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第一話登場人物紹介
 無代
無代(むだい)

アマツ・瑞波国(みずはの国)出身の青年商人。行方不明の友人を探すため、冒険者になろうとプロンテラへやって来たが挫折、下町の安宿で無為な日々を送っていた。

静
一条 静(いちじょう しずか)

瑞波国の守護大名・一条家の末姫。まだ十代後半だが、天才的な剣技を持つ美少女剣士。行方不明の婚約者を探すために実家を家出、プロンテラに無代を尋ねて来る。

若
一条 流(いちじょう ながれ
無代の友人で静の婚約者。一条家の世継ぎだが、現在行方不明。その消息には秘密があるらしい……?

コルネ・ユールリアン
無代が泊まっている安宿の女将。客あしらいに長けた女傑だが面倒見は良く、無代や静を見守ってくれる

D4(モーラ)
カプラ嬢。ディフォルテー・ナンバーズで一番若手のNo4。プロンテラで無代と付き合っていたが、彼女の方から別れを告げる。


魔王
一条 銀(いちじょう しろがね)
一条家の先代当主。智に秀でた名君だったが、身体が弱く早世した。流の実父で、無代の恩人でもある。

殿
一条 鉄(いちじょう くろがね)
銀の実弟で一条家の現当主。兄とは正反対の屈強な武人で、男気溢れる豪傑。静の実父。

巴
一条 巴(いちじょう ともえ)
銀の元妃で流の実母。銀の死後は弟の鉄と再婚し、妃として国を支えている。
中の人 | 第一話「Good morning!Adventure!」 | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第一話「Good morning!Adventure!」(1)
 ゆうしゃたちのけんが
 まおうをつらぬいた

 まおうはたおれた

 そしてまおうはいった

 ゆうしゃたちよ

 よくぞわしをたおした

 これからはおまえたちが

 わしのかわりに

 せかいをかえていくのだ


 ルーンミッドガッツ王国・王都プロンテラ。
 この世界最大の都市と、故郷の天津(あまつ)・瑞波国(みずはのくに)との最大の違いは何か、と問われたら、
 「それは夜の明るさだ」
 と、無代(むだい)は即座に答えるだろう。
 魔法の灯火が所狭しと配された町並みは、まるで都市全体が光を発しているかのように、真夜中でも昼のように明るい。
 (明るすぎる街……)
 朝の、覚醒に向かうまどろみの中で、無代はいつものように、独り言とも愚痴ともつかない思考の中。
 (だから、俺は迷ってしまったのか……)
 責任転嫁と現実逃避。
 薄目を開けると、いつもの宿の部屋。
 カーテンの隙間から入り込む光の量は、昨夜ベッドに入った時のそれと大差ない。
 ただ窓の外から聞こえるニワトリの雄叫びが、一日の始まりを力強く宣言している。
 それは革命を告げる改革者の声にも似ているが、実際、彼らにとっては毎朝が革命なのかもしれない。
 スープにも丸焼きにもされず、生き延びた革命の朝。
 (そしてこれから断頭台に送られるのは俺、というわけだ)
 自嘲と諦観。
 ……するり。
 そんな思考を読まれたかのように、薄い毛布の中から、ずっとそばにあった素晴らしい温もりと触感が消失した。
 (処刑前の、最後の饗応も終わり……か)
 「あ、ごめん……起こしちゃった?」
 若い女の、生命にあふれた張りのある声。
 同じく生命力を凝縮したかのような、見事な身体の曲線を隠すものは、流れ落ちる豊かな髪の毛だけ。
 たった一夜だけとはいえ、自分に与えられたものの価値と、同時に失うものの大きさを実感させられる。
 「いや……こっちも起きたとこ。ニワトリの革命軍に、処刑台へ連行されるとこさ」
 「あはは。彼らに慈悲を乞うても無駄よ? 大人しく処刑されることね」
 芝居がかった台詞を棒読み。同時にてきぱきと衣服を身につけ、髪を結っていく。
 別れを言うなら早くしないと、彼女は別の人になってしまう。
 「モーラ、あのな……」
 「今日限り、でしょ?」
 化粧の手を休めず、手鏡から目を離すこともなく、彼女は答える。
 「ああ」
 「宿の女将からね、聞いたわ。今日限りで宿、追い出すって」
 「……」
 「溜まってる宿代、代わりに払ってくれるなら、って言われたけど……」
 「よしてくれ」
 「ふふ、言うと思った。……ごめんね。ヒモ作るほどの余裕はないの」
 「当然だ」
 精一杯のプライド。いや、単に女のヒモに成り下がる度胸も無いだけか。
 「これからどうするの?」
 「それ聞いてどうする?」
 そのくせへそ曲がり。
 「その言い方ないんじゃない? 最近、狩りも露店もしてないでしょ?  故郷……天津に帰るの?」
 「わかんね。帰らない……と思うけど。帰りの船賃も無いしな」
 「あのね、無代」
 女が男の方を見る。視線、それが男に与える最後の贈り物。
 だが男はその受け取りさえ拒否する。
 「すごく月並みだけど、出会った頃の貴方は素敵だった。光ってはいないけど、輝いてたわ」
 「何だよそりゃ」
 「今は、光ってもいないし輝いてもいない。そんだけ」
 「だから、何だよそれ」
 女に非難されてることは分かる。でもそれしか分からない男。
 「行くね。さよなら」
 だから一夜で愛想を尽かされる。
 「仕事熱心だな。いくら何でも早すぎないか?」
 「違うわ。男の部屋から朝帰りするとこ、人に見られるワケにいかないだけよ。……カプラ嬢なんだから」
 そう言い捨てて、他のモノもまとめて捨てて、部屋を出て行く女はもう「モーラ」ではない。
 『デフォルテー』
 その名を名乗ることを許された、この世にたった4人しかいない交代要員『ディフォルテー・ナンバーズ』の4人目。
 それが彼女、モーラの『昼の顔』だ。 

 『カプラ社』

 その会社名と、その従業員である『カプラ嬢』を知らない人間は、この世界に1人もいないだろう。
 世界中の街角に、時には町でさえない危険なダンジョンの入り口に24時間、1日も休まず立ち続ける女たち。
 その周囲に展開される強力な魔法領域、その力を使って空間を操り、ある時は冒険者たちの荷物を預かり、ある時には別の町に冒険者を転移させる。またある時は、テレポートの魔法の帰還位置を正確に記憶したりもする。
 たとえ瀕死の状態でも、テレポートの魔法、あるいは『蝶の羽』と呼ばれるアイテムを使えば、必ずこのカプラ嬢の元に帰還できる。
 世界中の、それこそ無数の冒険者たちが、この彼女らの力を頼りにダンジョンに挑み、その力を信じて貴重な荷物を預ける。
 それ故に『カプラ嬢』は、冒険者たちにとって単なる『窓口』以上の意味を持つのだ。
 その数は『ディフォルテー』を筆頭に6人。

 『ビニット』

 『ソリン』

 『グラリス』

 『テーリング』

 『W』

 だが『6人』と言っても本当に6人しかいないわけではない。
 例えば『ディフォルテー』は世界3カ所に同時に配置されているし、『テーリング』に至っては9カ所だ。
 カプラ嬢のこの名前はだから、言うなれば『役名』である。
 一つの『役名』に対し、4〜20人ほどがその『名』を名乗る事を許され、さらにその下に見習いの新人を従えてローテーションを行う。
 中でも『ディフォルテー』は『長女にして最初のカプラ嬢』という『設定』であり、多くのカプラ嬢の頂点とされる『役』。
 決して1人の男が、まして文無しで宿屋を追い出されるような男が『モノ』にできるような存在ではない。
 「やっぱり仕事熱心なんだろ…」
 ドアが閉まる。そして男は永遠に失う。
 (……いや、元々手に入れてもいないんだ)
 そうとでも思わないとやるせなさで潰されそうな、この世の宝の一つ。
 「ゆうしゃは ちからつきた……」
 最初の宝箱を目の前にして、冒険は終わる。

 言い訳する相手が自分だけ、という状況は、情けなさのレベルでいうとかなりの上位にランクされる。
 冒険者としていっぱしの名を上げよう、と故郷を出たのが半年前。
 新人冒険者を受け入れる『冒険者アカデミー』をさっさと卒業して商人に転職。そこから、昔からちょっとした憧れのあった鍛冶士・ブラックスミスになるのが目標だった。
 森でオオカミ退治。下水道でゴキブリ潰し。草刈り、キノコ狩りの日々。
 夢中でかき集めた経験値と金。
 だがプロンテラを離れ、ちょっとばかり強敵であるオークに挑んだあたりから、しかし調子が狂い始める。
 自分と敵の強さのアンバランス。欲しい装備と稼ぎのアンバランス。
 周りの冒険者がみんな自分より強く、金持ちに見え、彼らの背中がどんどん遠くなる感覚。
 それがいつまでも続くんじゃないかという憂鬱。
 そんなのは全部自分の問題で、解決できるのは自分だけなのだが、その肝心の自分とやらが変調を来してはどうしようもない。
 新しい武器でも買えば、と無理して銘入りの武器を買ってみた。
 新しい女でもできればと、高根の花を口説いてもみた。
 結果として分かったのは、足りないのが自分の『中身』だという、当たり前と言えば当たり前の事実だけ。
 残ったのは言い訳する自分と、その言い訳を聞く自分。
 やがて最後には自分さえも消えて、言い訳だけが残るという情けなさの特上レベル。その予感におびえる特大の憂鬱。

 なけなしの荷物をまとめて食堂へ降りる。
 「おはよう、女将さん」
 「おはよう、無代さん」
 帳場の女将に『さん』付けで呼ばれた。どうやらまだ客扱いしてもらえるらしい。
 が、いっそそのまま叩き出された方が気が楽な状況だけに『嫌み』にも思える。
 「昨夜はお楽しみでしたね、無代さん?」
 「『棒読み』が身にしみるよ」
  やっぱり『嫌み』らしい。
 「朝飯ぐらいは食って行きな。武士の情け、って天津の習慣だろ?」
 「ありがたいけど、俺は武士じゃないぜ?」
 「あたしもさ? ほれ」
 「……すまん」
 心遣いは有り難いけれど、さすがにタダ飯で長居する度胸はなく、急いでパンとスープを流し込む。それでも間が持たない。
 「女将さん?」
 「ん?」
 「『光ってもいないし輝いてもいない』ってどういう意味だ」
 適当にもほどがある質問に、しかしベテランという言葉が割烹着を着たような宿の女将は驚きもせず、 
 「あれさ」
 「ん?」
 宿の、開け放たれた玄関の外を行き交う冒険者たち。朝の光の中で、ひときわ目立つ『光』を放っているのは熟練の冒険者だ。
 駆け出しの無代など想像もつかない経験と時間を積み重ね、その地位を極めた者だけがまとう事ができる魔法の光。
 「『転生オーラ』。あれが『光っている』ってこと」
 「なるほど……ね」
 「で、『輝いてない』ってのは……」
 「今の俺だ」
 「正解。せめてヒゲぐらい剃りゃいいのにね」
 聞くんじゃなかった、と心から後悔する。宿で味わう最後のメシまで不味くするほどの被虐趣味はない。
 「アンタも最初は輝いてたんだよ、それでもさ。……そう、あんな風にね」
 「……」
 女将は外の誰かを指しているらしいが、無代はもうそちらを見ない。
 すっかり不味くなった朝食を片付けるのに集中。
  「『冒険者アカデミー』の新入生さんだね、あのピンクの帽子。…すれ違う冒険者も、露店の品物も、出会うモンスターも何もかもが珍しくて、目を輝かせ て。ふふ、あくびをかみ殺してる。今日の冒険が終われば明日の冒険が楽しみで、夜も寝られないのさ。でもやっぱり目は輝いてる」
 「……」
 それを今聞かされて何になる、と思うのは無代の被害妄想。
 「ん? こっちへ来るってことは、ウチのお客かね? アンタの部屋の『後がま』だと、無駄がなくていいんだがね」
 いや、案外被害妄想でもないらしい。この上『後がま』まで来られたら、自分がこの場で消えてなくなっても不思議じゃないので、急いで最後の一口を飲み込み、立ち上がる。
 「世話になった。ツケは……いつか」
 「はいよ。それまでせいぜい元気でいな。……いらっしゃいませ?」
 玄関ですれ違う、出て行く客と入ってくる客。
 それぞれにそれなりの言葉をかける女将が、しかし一瞬、ぽかんと口を開けた。
 ずどぉん!
 すれ違うはずの無代の身体が、見事に一回転した。いや、『させられた』。そして無惨にも背中から床に落下する。
 突然の出来事に無代は受け身すら取れず、結果として息もできずに悶絶。
 「ちょ……アンタ?!」
 「……やっと見つけた」
 血相を変える女将を無視し、『入ってきた客』が口を開いた。女性の声。透き通った、だがガラスのように鋭い。
 「見つけた……と思ったらこのザマとは。なんなの、そのヒゲ。だらしない!」
 床の上の無代に、容赦ない罵声が振ってくる。
 「ちょ、ちょっと待って、待って下さいましな!」
 女将が制止に入ってくれているが、無代はいまだ床の上でうめくしかできない。
 何事かと、食堂にいた他の客や、外の通行人まで足を止め、時ならぬ人垣が形成されていく。
 「困りますよ、ここでモメ事は! 無代さんの……お知り合い?」
 「失礼した」
 罵声の主はやはり女性、まだ少女と言っていい風貌だが、それにしては長身だ。強靭なバネを感じさせる体つき。背中にシールドを背負い、腰には天津風のツルギと呼ばれる刀を下げている。
 少女がアカデミーの新入生を示すピンクの帽子を脱ぎ、頭をひとつ下げる。と、黒曜石を糸に梳いたような見事な黒髪も、揺れた。
 見る物の目に、鮮烈な印象を刻み付ける美貌の少女。
 「私は、天津は瑞波の国の守護、一条瑞波守鉄(いちじょう みずはのかみ くろがね)が三女、一条静(いちじょうしずか)と申す。この無代とは幼き折からの……」
 「ぷっ……」
 笑い声は、いつのまにかできた人垣のあちこちから聞こえた。
 「? 何がおかしい?」
 意志の強そうな濃い眉とまなざし。宝石のようなそれをはめ込んだ容貌は、精緻な工芸品を思わせる。
 プロンテラでは珍しい、そのエキゾチックな美貌に睨まれ、笑い声が一瞬止まる。
 「人の名を聞いて、笑う理由は何かっ!」
 「お嬢さん、お待ち下さいな」
 激高する異国の少女を、やはり女将が静止する。
 「あのねお嬢さん。今月だけでも、アナタで『4人目』なんですよ。『天津の静姫』を名乗るコはね」
 「4人目?」
 一瞬何を言われたのか分からず、きょとんとする少女。
 「プロンテラじゃ、まだ天津の人はめずらしい。偽物が見破られることはない、と思うんでしょうねえ…」
 「偽物……?」
 「そう。まあ、すぐバレちまうんですがね。髪と目の色が黒ってだけで、他に何の証拠もないんだからねえ」
 「なるほど」
 状況が飲み込めたらしく、少女のつり上がっていた眉が少し下がる。頭の回転もいいようだ。
 「私の偽物がたくさんいる。だから私が名乗ったとしても『また偽物か』、としか思われない」
 「そう」
 「証拠がないと信用されない」
 「そうそう。何か証拠をお見せいただけますかね?」
 「……」
 「どうです?」
 少女の沈黙に、人垣の緊張が解け始め…また笑い声がさざめき始める。その時。
 す、と少女の手が自分の腰のポケットに入れられ、また出された。広げられた手には、2枚の10ゼニー硬貨。
 「? それが? ただの、この国のお金ですけどね?」
 「これじゃない」
 2枚の硬貨を両手に分け、コイントスの形をつくる。ぐるり、と人垣を見渡す視線は『よく見ておけ』の意思表示。
 きぃん!
 2枚の硬貨が同時に宙に弾かれた。一枚は少女の前に、一枚は少女の背後に。
 そして…次の瞬間。
 『一瞬』で、『何か』が、『同時』に、起きた。

 少女の体が、『重力より速く』沈んだように見えた。
 少女の両手があり得ない方向に曲がり、またその数が倍に増えたように見えた。
 少女の顔が正面だけでなく、後ろにも見えた。
 少女の腰から抜かれた刀が、気まぐれな稲妻のように二本、三本と閃いて見えた。
 ちゃりん。
 『4つの音』が一つに聞こえた。
 真っ二つになった10ゼニー貨幣が合計4つ、地面に落ちている。
 『バラバラの出来事』。

 その場に居合わせた者全員が、それを『一連の出来事』と認識できないでいる空白の時間。
 「我が身の証はこの技と、この刀」
 少女は、離れ業を演じたばかりの腰の刀を鞘ごと抜き、自分の頭上にかざす。
 刀の柄には、透かし三つ巴(スリーヴォーテクシーズ・オープンワーク)の紋。
 「それだけだ。他にはない。これで証が立てられぬとあらば……証の立つまでこの血を流し尽くすのみ」
 納得いくまで殺し合う。
 たとえ死したとしても、その死をもって「一条静」の名前を忘れられない傷とし、この場とこの時に刻み込む。
 およそ少女の言う台詞ではない。
 が、その声音の本気を疑う者は、もう1人もいない。
 「お見それをいたしました。お嬢様。どうぞお怒りをお鎮めいただきますよう」
 今にも決壊しそうな沈黙を破り、深々と頭を下げたのは宿の女将だった。
 「もはや誰一人、疑う者はおらぬと存じます。ここはひらに、平に」
 場末の宿の女将にしては立派な物言い。この女将もかつては、それなりの礼儀を叩き込まれた時期があったのかもしれない。
 「うん。私も大人げなかった」
 この少女に大人げなかったと言われては、周囲の大人どもは立つ瀬がない。
 「恐れ入りましてございます、お嬢様。……しかし、まずはその足の下の方を」
 「あ」
 すっかり忘れられていた上に、少女に足蹴にされたままの無代。
 情けなさのレベルにはまだ上、いや下があったらしい。
 「げほ……」
 「大丈夫かい、無代さんや?」
 「……げふ。…すまん、女将。こ、この人を……中に」
 「ああ。お嬢様、ここは人目もございます。『無代さんのお部屋』にご案内させていただいてもよろしゅうございますか?」
 「うん。苦しゅうない」
 この物言いにも、もう笑う者はいない。
 「光栄に存じます。あばら宿ではございますが、ご無礼のお詫びに冷たいものなどお持ち致します。ではこちらへ。ほら、無代さんもお立ちよ」
 無代には目もくれず、背中の盾を女将に預けてさっさと宿の奥へ歩いて行く少女。女将もそれを案内していく。
 当の無代はまだ呼吸がまともに戻らず、壁を支えによろよろと立ち上がるのが精一杯だ。
 崩れ始めた人垣の好奇の視線は、無代に冷たい。
 冒険者の町では、身分よりも性別よりも年齢よりも、実力がモノを言う。
 高貴な少女に見事に投げ飛ばされ、惨めに地を這った『野郎』にかける情けは、誰も持ち合わせていない。
 だが、無代の情けなさのランクをさらに押し下げるのはそのことではない。
 「くそ、優しく投げてくれて……げほ」
 下は石畳。投げは天津柔術。本気で叩き付ければ殺すことだって簡単にできたはずだ。
 実は手加減されたと知っているのは自分だけ、というのも情けなさのレベルでは…。

 無代が必死で追いかけてたどりついた『無代の部屋』は、無代の部屋ではなかった。
 文字通りの意味だ。
 無代が昨夜まで泊まり、今朝モーラと別れ、先ほど追い出された『あの部屋』ではない。
 宿の中でも一番上等の部屋。
 無代の記憶では一番最近の客は、近頃名を挙げてきたギルドのギルドマスターで、恋人の美しいダンサーを連れた若いロードナイトだったはずだ。
 世界中に点在する『砦』と呼ばれる施設を、週末ごとに奪い合う『ギルド戦』に挑む強者たち。
 「初めて自分のギルドが『砦』を占領できた」と大喜びで、2人して部屋を後にしていったのが確か3日前。
 最上階である3階。窓をたっぷりと広く採り、家具も精一杯洒落たモノを置いた部屋。
 カーテンに真っ白なレースが使われているのは、宿でもこの部屋だけだ。
 これを『無代の部屋』と言われては苦笑するしかない。
 まあ、当たり前と言えば当たり前で、ホンモノのお姫様をお通しするにはコレでも十分失礼に当たるだろう。
 が、さすがというか少女は騒ぐこともなく、案内されるままに窓際の椅子に腰掛ける。
 「むさ苦しい場所で申し訳ございません。今、冷たい物をお持ち致します。何かお好みのものがございますでしょうか?」
 「いや。ありがとう、お任せする」
 「恐れ入ります。では失礼いたします」
 女将が部屋を出て行く。
 少女の座るテーブルには、対面にも椅子がある。だが無代はそこには座らず、ドアのそばに突っ立ったまま。
 沈黙。
 女将が来て、オレンジジュースをテーブルに置く。
 「お待たせいたしました。お口汚しでございます」
 空気を読んでか、それ以上は何も言わず、また部屋を出て行く。
 「……静」
 ようやく無代が口を開いた。
 「お前、その格好……。アカデミーに? いつ?」
 「先週」
 ジュースには手をつけず、無代の方を見る事もせず、少女は短く応える。
 「お館様や奥様はご存知……の、わけないよな? お供もいないし」
 「……」
 「まさか家出……してきたのか?」
 「……」
 少女は応えない。身動きもしない。
 「おい」
 「悪い?」
 少女、静が初めて、その目を無代に向けた。
 ひた、と音がするかのようなまなざし。強く結ばれた唇。詰問している格好の無代の方が、目を逸らしてしまいそうになる。
 「『悪い?』ってお前……。しかもその刀、『銀狼丸(ぎんろうまる)』だろ!? お家の家宝だぞ? 無断で持ち出して来たんじゃ……」
 「これはアタシの物だ!」
 腰の刀をぐっ、と左手で押さえて、静が言い返す。
 「銀(しろがね)の叔父上様が、生まれてくるアタシの守り刀に、って贈って下さった刀だ! だからアタシのものだ! 持って来て何が悪い!」
 「確かにそうだが……亡くなられた銀様がお鍛えになった、御生涯でたった一振りの刀だぞ。それにそのウルフカード……」
 静の激しい言葉にたじろぎながらも、無代は何とか指摘する。
 『カード』とは、モンスターを倒した際にごくごく稀に収集される、魔法の籠ったアイテムのことだ。
 これを武器や防具に融合させることで、様々な効果を付与・強化することができるため、非常に貴重で高価なものとされる。
 「知ってる。身体の弱かった叔父上様が、これも生涯でただ一度だけお拾いになったカード」
 「お館様にとっても、奥方様にとっても、亡き銀様の形見だ。無断で……それも家出なんて。お前、自分の立場とか」
 「……」
 強い表情は変えないまま、静が再び目を宙に戻す。
 「静!」
 「……」
 宙をにらむ静の目に、ふ、と涙が浮いた。宝石細工の上に降りた、光を宿す露。
 それは堰を切ったように溢れ出し、ほおを伝い、はらはらと膝の上に落ちた。
 「情けない……。情けないよ、無代」
 「……え?」
 「情けないって言ってんのよ!」
 射るような視線と、噛み付くような言葉が無代に突き刺さった。
 「無代! アンタ国を出るとき何て言った!? アタシ達に何て言った!?」
 「……う」
 「きっと名のある冒険者になって見せるって! そして行方知れずの流(ながれ)義兄様を、必ず見つけてくるからって! だから待ってろって! 言ったよね!? アタシにも!? お姉様たちにも!?」
 「ああ……」
 「それが何!?」
 無代はもう、静の方を見られない。
 「最後の便りは三ヶ月も前! やっと今朝探し当ててみたら、お金がなくて宿追い出されるところだって! 会いに来てみたら何よそのヒゲ! その髪! その目も…負け犬そのものじゃない! それがアタシの顔見てお説教!? 自分の立場考えろ!? ふざけんな馬鹿っ!」
 『宿追い出される云々』を誰に聞いたのか予想はつく。
 モーラ、いや『中央カプラのデフォルテー』だろう。「無代って人を捜してる」といってこの少女が現れて、今朝別れたばかりのモーラが何を考えたか……考えたくない。
 「すまない……」
 「義兄様は見つかった?」
 「……いや」
 「手がかりは?」
 「……」
 斬りつけるような言葉に、何か応えなくては、と思うほどに何も言えなくなる。
 「やっぱり無代も同じだ。もういい」
 がば、とジュースをあおり、がたん、と椅子を鳴らして静が立ち上がる。
 「いや、待て静。俺のことはともかく…お前は」
 「触るなっ!」
 凄まじい怒声に身がすくむ。
 少女とはいえ、鍛え抜かれた武人の気合いだ。が、無代がすくんだ理由はそれではない。
 彼女の怒りが正当なものだったからだ。彼女の涙が彼のために流されたからだ。
 「女将!」
 「はいお嬢様」
 ドアのすぐ外に控えていたらしい、女将が即座に顔を見せる。
 「顔を拭くものを」
 「ここにございます。どうぞ」
 既に用意済みだったらしい、即座に差し出された清潔そうなタオルで静はぐい、と顔を拭く。
 ここまでハンカチを差し出すことも忘れていた男は、黙って見ているしかない。
 「女将、この部屋は空いてる?」
 「は、空いておりますが…?」
 「今日からここに泊まりたい。…これで、どのくらい泊まれる?」
 ポケットから差し出したのは、天津の丁銀。ずしりと重い。
 「食事はアカデミーで食べられるからいいわ。アカデミー卒業したら、自分で稼ぐし。2、3日。長くても1週間泊まれれば」
 「とんでもございません。お食事を3食おつけいたしましても1ヶ月は楽に。お嬢様のお口に合うかどうかは存じませんが、アカデミーの無料給食よりはマシなものをお出しできるかと」
 「じゃあそれでお願い。お昼はいい。あ、お風呂も?」
 「毎夜でもご用意致します」
 「ちょ、おい、静」
 「あと女将」
 「はい」
 「こいつを追い出して」
 静が背中越しに親指で、無代を指差す。
 トントン拍子にも限度があるだろう、と口に出すヒマもなく、無代はドアの外に押し出される。
 「ペコペコの鳥小屋にでも隠れてな。……お嬢様に見つからないように」
 女将、今日二度目の武士の情け。
 だがその情けのありがたさも結局、時と場合とモノによるのだと、無代は思い知った。

中の人 | 第一話「Good morning!Adventure!」 | 14:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第一話「Good morning!Adventure!」(2)
 この世界には人が騎乗する、いわゆる『馬』はいない。 いるのは『ペコペコ』、あるいは『ペコ』と略して呼ばれる『鳥』である。
 ペコペコの翼は空を飛べない。が、その足は重装甲の騎士を装備ごと、馬に劣らない速度で運ぶことができる。
 さらには馬の通れない岩場や木の上、荒れ果てたダンジョンの中まで自由自在に行きすることもできた。
 冒険者の宿にはだから、冒険者たちが乗るペコペコを預かる『鳥小屋』が不可欠なのだ。
 その鳥小屋も昼間は皆、それぞれの冒険に出払っていて空。
 「無代さん、いるかい」
 「……ペコ」
 「ペコはペコって鳴かないよ。何してんだい?」
 「どん底の気分を噛み締めてたんだ」
 鳥の羽が混ざった敷き藁の上で、無代はひっくり返ったまま応える。声に力が無いのは我ながらやむをえまい。しかもここが一番『下』だという保証はどこにもない。
 「馬鹿言ってないで出て来な。お嬢様はお出かけになったよ。夕方までアカデミークエストだそうだ」
 アカデミークエストは、冒険者アカデミーが新人の冒険者に与える、ほどよい難易度の試練である。
 危険はほとんどないが、主立った都市や初歩的なダンジョンをほぼ無料で見て回れるし、報酬としてそれなりの装備も手に入るため、新人が経験を積むにはなかなか良く出来ている。
 無代は身体についたペコの羽をはたいて立ち上がる。
 連れて行かれた先は、さっきの部屋。
 「さて、お嬢様には『追い出せ』って言われたんだがね」
 「俺に不服はないぜ。元々そうだったんだし」
 特に嫌みのつもりもなく肩をすくめる。
 「無代さん、アンタ何者だい?」
 「……光っても輝いてもいない、冒険者くずれ」
 「嘘言いなさんな。それが瑞波国のお姫様と『タメ口』かい? しかもあんなに泣かせといてさ」
 「そんなこと聞いてどうするんだ?」
 今度は少し嫌みを混ぜたが、女将は無視する。
 「なあ、無代さんや。アタシも困ってるんだよ。協力しとくれ」
 「困ってるって?」
 「当たり前だろ? ウチを何だと思ってるんだい? お姫様がお泊まりんなるようなご立派なお宿に見えるかい?」
 「見えん」
 正直にけなしたが、女将はむしろ満足そうにうなずく。
 「だろ?」
 「自慢されても困るけどさ。じゃ断りゃよかったんだ」
 「馬鹿言いなさんな、断ったらどうなる? 瑞波国のお姫様を追い出した宿にする気かね!」
 「それはそれでカッコいいじゃないか」
 ほめたのだが、今度は目を吊り上げられた。
  「いい加減にしておくれ。あのお姫様をこれからどうするか、アンタが何者でどんな関係か、アタシにこれから何がおこるのか、全部聞かせてもらうまで、ここ を出さないよ!」
 だん、とテーブルをぶっ叩かれる。
 「あのね無代さん。こんなこた言いたかないが、一月も宿代のツケ待ってやって、最後の夜は女連れ込むのも目つぶってやったんだ。そんくらいしてもバチは当たらんと 思うがね?」
 「……」
 実にもっともな理屈なので、無代も言い返せない。
 「ツケは全部チャラにする。泊まりたいってんならまた泊まってもいいからさ」
 「まあ、ツケの話はともかく、迷惑かけたのは事実だ。わかった。ただし……」
 「ただし?」
 「他言無用の話も結構ある。他言したけりゃしてもいいけど、そんときゃアンタの命がないだけじゃ済まないと思ってくれ」
 『脅し文句』だが、決して『脅しではない』、と分かってもらえるだろうか。
 「女将さんとその係累、雇い人、この宿に至るまで、そんなものがあったことさえ無かったことになる」
 しかし、女将はうろたえない。
 「あのね、ウチはご覧の通りのボロ宿だけどさ、ココで冒険者相手の商売やってもう十数年。いろんな事があったさ。他言無用の話だってダース単位で知ってるよ。大丈夫、他言はしない」
 落ち着いたものだ。無代は改めてこの女将を見直す。これならば大丈夫かもしれない。
 「あの娘……静は天津・瑞波国の守護大名、一条家の三の姫。まぎれもないホンモノのお姫様だ」
 「ま、それはもう信じるしかないね。でもそれがなんでまたお伴も連れずに……家出?」
 女将が手の中の銀塊をいじくりながら首をひねる。無理もない。静を子供の頃から知っている無代でさえ、今の事態はいささか信じがたい。
 「何しに、というなら簡単だ。あの娘の婚約者を捜しに来たのさ」
 「何だって?」
 「ちょっと話がややこしくなるが…しかも他言無用だ。いいか?」
 「いいよ、話しておくれ」
 無代はポケットから小銭をいくつかつかみ出す。
 「まず、今の一条家の事からだ。最初に一家の当主であるお館様……『お殿様』だな。一条鉄(いちじょうくろがね)様とおっしゃる」
 硬貨を一つテーブルに置く。
 「次に、その鉄様の奥方様……巴(ともえ)様とおっしゃる」
 硬貨をもう一つ、テーブルに置く。
 「このお二人は再婚同士だ」
 あと二つ、硬貨を置く。
 「巴様は、一条家の先代のお殿様、一条銀(しろがね)様の奥方だった。銀様は鉄様の兄上に当たる方だ」
 「一条銀様って方は知ってるよ。結構な名君でいらして、通称は『ワイズシルバー』。でもお身体が弱くて、若くしてお亡くなりになったんだよね?」
 「そう、よく知ってるな。その通り。ちなみに弟の鉄様は『クレイジーアイアン』。……お若い頃はやんちゃだったそうでね」
 無代は苦笑いする。
 「で、鉄様の方もその少し前に奥様を亡くされてな。鉄様が銀様に代わって一条家をお継ぎになる時に、お二人は再婚なさった」
 硬貨の一つをまた少し離し、残った2つをくっつける。
 「兄上様の奥様をもらわれたわけか」
 「そうだ。まあその辺、色々言う人もいたが……ね。で、再婚した時、巴様にも鉄様にも、それぞれにもうお子様がいらっしゃった」
 硬貨を動かす。まず巴の方に1つ。
 「巴様と銀様の間には、流(ながれ)様という男子」
 そして鉄の方に3つ。
 「鉄様には綾(あや)様、香(かおり)様、そして静の3人の女子だ」
 「男子1人に女子3人。で、お世継ぎはその流様なのかい?」
 「うん。これは先代銀様の御遺志でね。自分の跡を弟の鉄様に譲る代わりに、息子をその次の殿様にすること……というか、これはあの『御兄弟二人の意志』と言うべきだな」
 「モメそうなもんだがね……そういうの」
 「珍しいぐらい兄弟仲がよかったんだよ。重臣どもも一切、口が出せなかった」
 遠くに離した銀の硬貨を、少し鉄の方へ近づける。
 「それで、婚約者がどうとかってのは?」
 「ああ……つまりあの娘、静は流様の許嫁なんだ。親も本人達もバリバリ公認のね」
  硬貨の2つをくっつける。
 「へー、従兄妹同士ってことか。…ってことは、あのお姫様は将来……」
 「そ。お殿様の奥方様で、男子を産めばお世継ぎの母上様になられる…はずのお方だ。だけど問題が……起きた」
 「問題?」
  くっつけた硬貨の一つを手に取り、拳の中に握り込む。
 「流様が……行方知れずになってるのさ。コレは絶対に他言無用だ」
 「何だって? 行方知れずって……お世継ぎ様だろ? その若様」
 「そうさ。表向きは一年前から、身分を隠してここプロンテラに武者修行に来てる……ってことになってる。いや実際そうだったんだが、首都に着いた様子はなく、消息も不明だ」
 「おおごとじゃないか……?!」
 「そうだな。しかし表立って騒ぐ訳にもいかん。ここは他国で、瑞波国だって天津のあちこちに敵を抱えてる。世継ぎがいなくなったなんて事が広まったら……」
 「下手すると国が傾く、か」
 「ああ。当然、一条家だって探してる……はずだがね。少なくとも表立って人を派遣したりはしてない。内々の事は俺にはわからんが…」
 無代は苦い顔になる。友人である一条流には当然、無代の他にも武士の友人やらがごまんといる。
 だが、彼らには流が行方不明という情報すら知らされていない。
 無代の知る限り、瑞波からプロンテラに捜索に来ているのは彼一人だった。
 「でも無代さんにも見つけられない。だから、シビレ切らした許嫁のお姫様が自分で探しに来た……ってのかい?」
 「簡単に言うとそういうことだな」
 「割と素っ頓狂な話だね、それ」
 女将があきれたように言う。無代も否定はしない。
 「そうだな。静……あのお姫様は昔っからアレだ……その『素っ頓狂』なことを平気でする娘でね。いやまあ、あそこの三姉妹はみんな素っ頓狂といえばそうなんだが」
 テーブルの上に配置された硬貨を片付けようとする無代の手を、しかし女将がさえぎった。
 「待ちなよ。そこまで知ってるアンタは、じゃあ何なんだい? それを聞いてない」
 「……」
 「ほれ、アンタの硬貨を置きなよ。どこのどういう場所に置くんだ?」
 「俺は……ここかな」
 ちゃりん。
 硬貨を一つつまんで、無代はそれを床へ落とした。
 「なんだいそりゃ? 床?」
 「俺のご身分といったら、いわゆるフツーの下々の者さ。瑞波のお城の城下町の、何の変哲もない商人の、それも妾の子だ。だからあそこ」
 床に落ちた硬貨を、あごで指す。
 「それが、何でお姫様を呼び捨てだい? おかしいじゃないか?」
 「それを話すには先代のお殿様、銀様の事を話さないといけない。『てんじょううらのまおう』の話をね」

 一条瑞波守銀(いちじょう みずはのかみ しろがね)。
 『瑞波の賢公』、『ワイズシルバー』などと数々の名声を謳われた希代の名君主。
 身体が弱く統治期間は短かったが、瑞波の一条家を天津でも指折りの大名にのし上げたのは間違いなくこの銀の力だ。
 「そんなに偉かったのかい?」
 「偉いって言うか……とにかく『目』が凄い。」
 「目?」
 「うん。洞察力っていうのかね。ほとんどお城を出た事ないくせに、外の世界で起きている事を恐ろしいほど詳しく把握してたな。で、戦でも商売でも政治でもココにはコレしかない、っていう文句無しの手を打ってくる」
 天津全土どころか世界中に『草』を飛ばして情報を集めさせ、それを寝床で分析する。書状を一枚、二枚読んだだけで、自分の打つべき手が『見える』。
 「何だいそりゃ?! 何か神がかってるね」
 「ああ。重臣の顔見ただけで死期を言い当てちまったこともある。『何か憑いてる』って言うヤツも一人や二人じゃなかったよ。実際変わり者だったのも事実だ」

 わしはまおうじゃ

 「俺みたいな身分の人間が、雲の上のお殿様と会うことができたのも、それがモトだったのさ」

 ゆうしゃたちよ よくぞここまでたどりついた

 「頭良いくせに、子供みたいな悪ふざけが好きな人でね……」

 みごと わしをたおしてみよ

 「妙な遊びを思いついては、家来の子供達をおどかして遊んでたんだ……」

 その殿様が、ある日思いついた。
 「お城をダンジョンに見立て、自分が魔王役、子供を勇者役にして冒険させたら面白そうだ」
 しかし、勇者役の子供が問題だった。
 家来の子供達はこれまで散々おどかして遊んだこともあって、なかなか思うように『冒険』してはくれまい。
 そこで目をつけたのが、城下町の平民の子供。
 女の庭番を使って子供達を城内に、そこがお城とは知らせずに誘い込めば、面白いに違いない。

 「で、アンタが選ばれたワケかい?」
 「自慢じゃないがその頃、ちょっとは知られたガキ大将でね」
 「自慢するコトかね」
 
 怖いモノなしのガキ大将の前に、ある日美しい女性が現れ『魔王退治』を頼んでくる。
 怪しみつつも女性の色香と、褒美の宝物に目がくらみ、迎えの駕篭に乗る少年。

 「そっから大冒険だ。やたらと凝った武具とか渡されてね。実は紙製なんだが、とてもそうは見えんぐらいよくできてて…銀の殿様が自分で作ったらしい」
 「あはは、面白い方だ」
 「んで、家来衆が扮装した魔物とか倒して……途中からもう一人の勇者と一緒になって……どっちが勇者かでモメたり」
 「そのもう一人の勇者ってのは?」
 「あとで知ったが『若様』、つまり一条流様だった。ホントはこの遊びには呼ばれてなかったんだが、仲間はずれが許せなくて飛び入りしたらしい。向こうもなかなかの……悪ガキだったぜ」
 「なるほどねえ」

 そして予定外の二人の勇者が、魔王の巣食う天井裏にたどりつく。
 魔王は首尾よく勇者たちに倒され、勇者はご褒美をもらい、また市中に帰って行く。

 「で、どうやらその時の活躍っぷりで、お殿様に気に入られたらしくってね。内緒で城に入るのを許されたんだ。若様の、ちょっと毛色の変わった遊び相手ってことでね」
 「そりゃ、夢みたいな話だね」
  「妙な遊びに付き合わされて、若様と二人で何度もえらい目にあったな。あんまりおふざけが過ぎると奥方様がお怒りになってね。お殿様と若様とオレと三人で、正座でお説教喰らったこともあった」
 「ぶははは、そりゃ傑作だ!」
 「後で三人で大笑いして、今思い出しても確かに夢みたいな出来事だったな……」
 「いいねえ……でも、亡くなっちゃったんだろ、そのお殿様」
 「……ああ」

 わしには もうじかんがない

 「お殿様お気に入りだからって、町人のガキが通夜だ葬式だに出られるワケもない。後で城を抜け出して来た若様に話を聞いて、二人で泣いて…初めて酒飲んでまたえらい目にあって…」

 これからは おまえたちが

 「若様は『いつでも城に来い』って言ってくれたが……あんまり行く気にはなれなかった。もう『まおう』がいないって実感するのがイヤだったのかもな」

 わしのかわりに せかいをかえていくのだ

 「その後、奥方様が再婚なさって、鉄様が新しいお殿様になって……この方にもお会いしたけど、こっちもすげー良いお殿様でさ。で、その鉄様と一緒に三人のお姫様が城にやってきた。流……若様が引き合わせてくれて、そん時さ。初対面は」
 「なるほど。それで静お嬢様とも知り合いだったわけだ」
 女将はやっと納得が行った風にうなずいた。
  「鉄様がお殿様になると、城下町に武士・平民が一緒に学問や武術を学ぶ『天臨館』ってのをお作りになってね。ルーンミッドガッツの人も教師でたくさん来 て…。若様やお姫様たちと、そこで一緒に勉強した時期もあるんだ。さすがに人前ではへりくだってたが……俺と若様、姫様たちしかいない時はタメ口だった。そろって悪さしたことも……あったな」
 「よしわかった」
 女将がぽん、と一つ手を叩いた。
 「で、これからあのお嬢様をどうすればいい?」
 「……」
 「そんだけ親しかったんだ。アンタなら判断がつくだろ?」
 「まあ、速やかに天津にお帰り願うのが一番いいだろな」
 のろのろとした言葉。
 「無代さん、アンタが連れて帰ってくれるかい?」
 「無理」
 無代はあっさり断言し、今度こそテーブルの硬貨を片付ける。今の彼の全財産だ。明日の飯にも事欠く額だが。
 「あの調子で、静が俺の言うことなんか聞くワケない」
 「だろうねえ……」
 「天津に……ワープポータルのつてでもあれば、一条のお城宛に手紙ぐらいは書ける」
 無代はのろのろとだが提案する。
 ワープポータルとは魔法の一種で、一度行った事のある場所で魔法のメモ(『ポタメモ』という)を取れば、いつでもその位置に自分や他人を転送することができる。
 僧侶系の職業ならば使う事ができるが、商人の無代には使えない。
 またメモを取る事の出来る場所、取れる数には限りがあるため、必要な時に必要な場所のメモを持っている人間(『ポタ持ち』という)を探すのは、以外と手間がかかることもある。
 「で、静がここにいるって伝えて、誰かに迎えに来てもらう。奥方様…御家来衆にもまだ、多少は知り合いがいなくもない」
 「天津のポタ持ちか……うん、当てはある。よし、それで行こう。早速書いておくれ。ツケはチャラ、昼飯も出そう」
 そういえば、もう昼だ。
 「それでお帰り願えるかねえ……あのお嬢様?」
 「ま、多分な。アカデミークエストも最後までは無理だろうし……。諦めるさ」
 「? そんな風には見えないがね。アカデミークエなんざ、半日で片付けそうなお姫様じゃないか?」
 「アイツな、虫が苦手なんだよ。……下水道クエがあるだろ? ゴキブリてんこ盛りの。アレ、まず無理だ」

 たのんだぞ ゆうしゃたちよ

 かならずや せかいをかえてくれ

中の人 | 第一話「Good morning!Adventure!」 | 15:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第一話「Good morning!Adventure!」(3)
 夕方まで帰らない、と言い残して出発した静が、無言で宿に帰って来たのはしかし、まだ日も高い時間だった。おかげで、叩き出されたはずの無代と食堂でばったり顔を会わせることになってしまった。 が、静は無代を見ても何の反応も示さない。
 顔は真っ青。表情もなく、どうも足元も頼りない。
 さすがに女将が心配して、
 「お嬢様? 大丈夫でございますか? どこか具合でも……」
 「いや……。女将、風呂を……頼む。夕食は……いらない」
 やっとそれだけ言うと、部屋に閉じこもってしまった。
 「……虫だな、ありゃ」
 書きかけの手紙に目をもどしながら、無代は苦笑する。
 「フィゲルのエロ……天才博士殿の依頼ってヤツだろう。下水道の地下2階に『なんとか草』取りに行くやつ。……失敗したんだろうさ」
 「確かもう一個あるよねえ。地下4階までいくやつが」
 女将は心配そうだ。
 「ああ。下水道地下4階の写真撮って来るヤツな。あの様子じゃ無理だろな……。よしできた。これ、大至急届けてくれ。天津の石田城下に「泉屋」ってお茶屋がある。そこの店主に『無代から』って言えば、すぐに一条のお城に届けてくれる」
 「よしきた。ご苦労だったね、無代さん。晩飯と……今夜の部屋を用意してあげるよ」
 「助かる」
 「でも女を連れ込むのはナシだよ」
 「はは……もう愛想尽かされたよ」
 「そりゃ御愁傷様」
 宿を追い出されるのは免れたけれど…情けない状況は悪くなるばかりで、とてもじゃないが良い夢は見られそうもない。
 これ以上状況が悪くなることもあるまいと、夕食前に静の部屋のドアをノックしてみる。
 返事がない。
 直後に、風呂の案内に上がって来た女将がノックし、声もかけたがやはり返事がない。
 「失礼いたしますお嬢様。開けさせていただきます!」
 合鍵でドアを開ける。
 「いない……? あきらめて、国へ帰ったってことは?」
 「いや、荷物はあるが装備がない。……まさかアイツ、もう一回アカデミーに!?」
 「クエストやり直しにかい!?」
 「……すまん女将、ちょっと行ってくる! 悪いけど金貸してくれ。手持ちの金じゃアカデミーに入れない」
 卒業生が冒険者アカデミーに入る際は、後輩たちへの寄付の意味で有料が決まりだ。
 が、今の無代にはその金もない。
 差し出される紙幣を引っ掴み、なけなしの装備を商人用のカートに放り込むと、ガラガラと引っ張りながら宿を飛び出す。
 露店街を走り抜け、中央噴水脇にあるアカデミーへの転送場所から飛ぶ。
 無代にとっては久しぶりのアカデミーだ。が、年季の入った石畳や石壁にとっては何ほどの時間でもない。
 そしてこの人にとっても。
 「あら、無代じゃない、久しぶりね? どうしたの、血相変えて」
 アカデミーの「ヌシ」、ルーンだ。
 このピンクの髪の女性は「伝説」では、アカデミー創設以来ずっとそこにいて、卒業生全員を詳細に記憶しているらしい…いやそれは恐らく伝説ではあるまい。
 「ルーン、すまん、教えてほしい。『一条静』って女の子が通ってるよな、今」
 「ええ、あの黒髪の、元気のいいコでしょ? 凄い勢いでクエストこなしてる…そういえば無代、貴方の事を探してたわね? 卒業してからのことは知らないって言っといたけど」
 「それはいいんだ。もう会えたから。で、その静、今日は来たか?」
 「来たわよ? ついさっきも」
 「フィゲルのエロ……いや大博士の下水道のクエスト、だな?」
 「『実験のお手伝い』? それはさっき済んで…あ、また下水か〜。『冒険者になりたい』のラストに行ったとこ」
 「ありがと!」
 イヤな予感が的中する。
 『冒険者になりたい』の依頼こそ下水道地下4階、最下層への突入が必要なクエストだ。
 ダメモトで『ヨン爺』の所へ走ってみる。この老人は腕利きの元僧侶で、今はボランティアで新人冒険者の転送係を引き受けている。
 が、既にアカデミーを修了し、一人前の冒険者となった無代に対しては転送のサービスは拒否される。
 「どーしてもか?」
 「ダメじゃ、規則じゃからのう。……しかし、そのお嬢さんなら確かに少し前、下水道へ転送したぞ。今日一日で、都合4度目だな」
 何度か失敗し、送り直してもらっているのだろう。
 あの虫嫌いが虫に集られて任務失敗、など想像を絶する精神状態に違いない。
 そりゃ青くもなるだろう。

 それでもやめようとしないのか。

 アカデミーを出て、自分の足で下水道まで走る。
 無代もしばらく通った道だ。覚えたての技、『カートレボリューション』でゴキブリを集め、連続で壁に叩き付けて狩る。商人が使うことが出来る、カートを振り回して敵をなぎ倒す技。
 過去に同じ事を繰り返してきた先輩たちの苦闘の跡が、『そのまま』壁に残されていて…それを見ないようにするのが大変だった。
 うまく西側の壁に集められず、撃ち漏らしに集られては倒れた日々。
 一匹だと思って手を出したら十数匹が固まっていて、いきなり爆発したように襲われた。アレは今でも夢に見る。
 静が…あそこにいるのか。
 地下2階で、静の事を『アイン』に訊ねてみる。彼女もまた、新人冒険者を支援する女戦士だ。
 やはり少し前に通過して行ったという。
 先を急ぐ。
 こういう場合は『ハエの羽』と呼ばれるアイテムを使うのが一般的だ。
 このアイテムを使うと、認識できるフィールド内のランダムな場所にテレポートできる。
 場所を選ぶことはできないため、この羽を何十枚と持って次々に使って連続でテレポートしながら、目的地に近い場所に出るのを待つ、というテクニック。
 通称『ハエ飛び』。
 これを使うと、強力なモンスターがうようよいるような場所でも、無傷で突破できたりする。
 だが、人探しとなると話は別だ。
 無代はハエの羽を使わず、ひたすら歩く。コウモリを斬り払いながら2階を踏破、3階へ。
 ここは、今の無代でも決して楽ではない。
 世界でもココにしか生息しない、体長1メートルを超える巨大なゴキブリは、彼の最強の武器である銘入りの名剣の一撃でも殺せないからだ。
 しかもこのゴキブリどもは、モンスターの落としたアイテムに群がって体内に取り込む性質を持つ。
 つまり倒せば倒すほど、その体内からこぼれたアイテムを狙って群がって来る。
 「静っ!」
 商人の技術の一つ、大声を張り上げる『ラウドボイス』で少女の名を呼びながら、集まって来るゴキブリをカートレボリューション連発で叩き潰す。長いこと狩りをさぼっていたツケで息が切れるが、身体で覚えたタイミングそのものは忘れていない。
 「静ぁっ!」
 歩いては声を上げ、また歩いては大声を出す。
 が、返事はない。既に任務完了して帰ったのか? いや、悪い予感しかしない。
 そして、そういう予感ほど良く当たる。
 3階もどん詰まりに近くなって、辺りの様子が一変した。
 ゴキブリの死骸、それも尋常な数ではない。
 あるものは頭から尻までをまっ二つにされ、またあるものは頭をすっぱりと斬り落とされ、床を流れる汚水にプカプカと浮いている。
 その凄まじいまでの太刀筋。
 間違いなく静だ。
 だが、先へ進むに従ってその太刀筋にも乱れが出て来る。斬っても急所を外れていたり、斬り口が歪んでいたり。
 肉体と精神の疲労、そして圧倒的な『数』の前に、さしもの静が次第に押し潰されていくのが分かる。
 『……静!』
 無代は夢中で走った。
 そして最奥部、地下4階へ降りるワープポイントの光に透かして、倒れている人影が浮かぶ。
 見覚えのある衣装。
 「し、静! 静っ!」
 まわりに群がるゴキブリを必死で排除し、抱き起こす。
 幼い頃から武術で鍛えられた身体だが、しかし生気がなければ少し大柄な少女のそれにすぎない。
 息はあるが、ぐったりと動かない。ここまでたどり着くのに力を使い果たし、蝶の羽でアカデミーに戻る気力も残っていなかったらしい。
 放っておけばその肉体はゴキブリのエサになり、二度と復活できなかったろう。
 危ない所だ。
 無代はポケットからユグドラシルの葉を掴み出し、込められた魔法を起動する。死者蘇生の基本アイテムだ。
 発動する蘇生魔法。その威力を知ってはいても、結果を見るまではやはり気が気ではない。
 ふ、と静の口元に息が戻る。
 ぱちり、と黒曜石の目が開く。
 そして血の気の失せた唇が開き…
 「き、ゃああぁぁぁああああぁあああああああ!!!!!」
 絶叫が溢れ出した。
 恐怖、絶望、嫌悪、あらゆるマイナスの要素がどす黒くこびりついた絶叫。
 「静! 落ち着け、静! オレだ。無代だ。もう大丈夫。ヤツらはいないから!」
 「……あ……あ……あああ」
 眉の間に深い溝が刻まれ、薄汚れた頬を壊れたような涙が伝う。頬の奥で、合わない歯の根がガチガチと鳴る。
 自分の腕で自分の身体を抱きしめ、何かに憑かれたようにガタガタと震える。
 昼間、野次馬の前で見せたあの鮮やかな姿は、もはや見る影すらなかった。
 無代は、その老婆のように曲がった背中を撫でてやりながら、回復剤を口元に当ててすすらせてやる。
 静は、回復剤を少し飲んでは吐き、また飲んでは吐き、それを繰り返す。口元をぬぐってやるのは無代の役目だ。
 周囲に気を配る事も忘れない。こちらへ向かってくる影があれば、静の目に入る前に即座に飛んで行って潰す。が、何が起こっているのかは分かるのだろう。その度に、静の身体がびく、とすくみ上がる。
 「静……」
 何とかいくつかの回復材を飲み終わり、身体の回復が追いついたところで、声をかける。
 「大丈夫、か?」
 「……」
 応えはない。首が縦横、どちらに振られることもない。わずかに視線を上げ、無代の方を見るのが精一杯らしい。
 「……これが、ここで言う冒険ってヤツなんだよ」
 無代は、諭すように言った。
 「そしてコレが…冒険者なんだ。俺はここに一ヶ月通った。一度も吐かずに帰った事は……ない」
 「……」
 「お前が受けたアカデミークエスト。『冒険者になりたい』だろ? ゲフェンの少女・オネストの依頼。冒険者になりたいけど、親に反対されてる。本職の冒険者にあちこちの写真を撮って来てもらって、それを自分が撮ったことにして親を説得するって」
 「……」
 「それは嘘だ」
 「……え?」
 静の唇が小さく動き、疑問符を吐き出す。
 「あの子はゲフェンの大金持ちの子供でね。冒険者になるつもりなんか最初からない。自分の依頼で、アカデミーの駆け出し冒険者が四苦八苦するのを見て…楽しんでるだけなんだ」
 「……」
 「アカデミーもそれは知ってる。けど依頼の報酬以上に、彼女の親から莫大な額の寄付がある。冒険者の訓練にもなるってんで、黙認してるのさ。アカデミーのクエストはほとんど、そんなのばっかりなんだ」
 「そんな……」
 「どんなに一生懸命になっても、こんなひどい思いをしても……変わらないんだ。お前が依頼を果たした次の瞬間には、ドアから次の冒険者が入ってくる。同じ事の繰り返しだ。下水道の……虫も! カートレボリューション!」
 わざと、静のすぐそばの壁に叩き付ける。
 静は悲鳴こそ上げなかったが、顔が力なくうつむいてしまう。
 「ここが分岐点だ。静」
 無代はその顔の前に、蝶の羽を差し出す。
 「これを使ってアカデミーに帰って、冒険ごっこをやめるか。あの地下4階へのワープポイントを抜けて、先に進むか。ただ、あの先にいるモンスターはさらに……強い」
 「……」
 「俺がついて行ってもいいが、あまり変わらないだろう。俺のレベルでも楽に死ねる。ワープして、即座にカメラのシャッター押して、直後に蝶の羽を使ってテレポートするんだが……それでも死ぬ事は珍しくない」
 静は石になったように動かない。
 「どうする?」
 「……」
 「……静?」
 「……帰る」
 うつむいたまま、小さな応えが返ってきた。
 「帰る」
 「……そうか。ああ、それが、いいだろ」
 安堵と……小さな胸の痛み。
 静は差し出された蝶の羽を、力のこもらない手で押し返し、
 「……自分のがあるから。イグドラシルの葉も……ありがと」
 腰のポシェットから新しい葉を取り出し、無代に返す。
 無代は黙って受け取る。
 「宿に、先に帰ってて」
 ひゅん。
 無代が応えるひまもなく、静は蝶の羽を起動させていた。静の姿がテレポートの光に消える。
 下水道に静けさが戻った。
 無代は、自分がひどくイライラしていることに気づいた。
 そしてなぜ自分がイライラしなくてはいけないのかが分からず、余計に気分が荒れてくる。
 「……クソ」
 世間知らずのお嬢様に、世間ってヤツを教えてやったのだ。
 冒険に憧れる子供に、この世にロマンなんかないと教えてやったのだ。
 世界は変えられないと、教えてやったのだ。
 何が悪い?
 だって本当の事なのだ。自分が身をもって体験した、本当の事なのだ。
 「カートレボリューション!」
 なぜか蝶の羽で一足飛びに戻る気になれず、無代はゴキブリを叩き潰しながら歩き始める。
 (もうやめよう……)
 無代は心の中で吐き捨てた。
 静と一緒に国に帰ろう。瑞波の城下町で商売をすればいい。お城とのコネもあるのだから、いくらでもやっていけるだろう。
 顔色の悪いオーク鬼と、必死で殺し合う必要がどこにある?
 「すまん……流。でも、おれは……」
 行方の分からない友に、小さな声で告白する。
 「やっぱり勇者にはなれないよ…」
 薄汚い下水道の中に、その声は響くこともなく消えた。

 「……帰ってない!? 静が? 帰ってないって!?」
 無代が宿屋に帰ったのは、やっと日も落ちた頃だった。
 ゴキブリ相手に無意味な戦闘を繰り返し、下水を出てからもすぐに宿に帰る気にならずぶらぶらと時間を費やしたためだ。
 だが待っていたのは静ではなく、心配そうな女将の顔。
 「まだお帰りじゃないよ? 見つかったのかい? お嬢様は?」
 「見つけたさ! 下水道で別れて…アイツ、まさか…また下水道に!」
 そういえば下水道を歩いて戻る途中、ハエ飛びで下水道を移動する数人の冒険者を見かけた。
 その中に、女の剣士はいなかったか? 見覚えのある黒髪は?
 自分の間抜けぶりに腹が立つ。
 ダッシュでとんぼ返りして、今日二度目のアカデミー、二度目のルーン、二度目のヨン爺。
 すべてが無代の予想に合致した。
 静はもう一度、下水道に行ったのだ。
 『誰の助けも借りずに自力で』クエストを突破する気なのだ。
 蝶の羽を、イグドラシルの葉を、律儀に無代に返したのはそのためだったのだ。
 無代はまたしても下水へ戻る。さすがにアインに変な顔をされたが、構っているヒマはない。今度は歩かず、持てる限りのハエの羽をつぎ込んでハエ飛び。女将に借りた金もすっからかんだ。
 そして地下3階。彼女はそこにいた。
 数時間前に無代と分かれた、あの場所に。
 そして戦っていた。
 「えいっ! たあっ! ……バッシュ!」
 鋭い気合いと、それ以上に鋭い太刀筋。
 そこに、剣士である彼女の持てる最大の攻撃スキル『バッシュ』を加え、巨大なゴキブリを駆逐していく。
 一撃ごとに回復剤を飲み、無理矢理体力を回復させての無茶苦茶な戦い。わずかな隙に壁にもたれて座り、体力を回復させてはまた叩く。
 飲んだ回復剤を吐かないように片手で口を抑えるが、それでも指の間から汚液が漏れる。
 下半身が濡れているのは、失禁の痕だろう。
 それでも戦いをやめない。
 無代に気づくこともなく、無代も声をかけられない。
 「えいっ! この! 返せ! どいつが食べた! 刀を! 刀を返せええ!」
 恐怖を、嫌悪を振り払い、自分を支えるための声。
 そしてその言葉の意味を知って、無代は愕然とせざるを得なかった。。
 銀狼丸。
 彼女が今、振るっている刀は銀狼丸ではない。
 アカデミークエストの報酬として無料でもらう、何の変哲もない店売りのツルギだ。
 あの時。
 ゴキブリに喰われて倒れたあの時。
 彼女はここで、刀を失っていたのだ。嫌らしいアイテム食いのゴキブリに、大切な家宝の刀を奪われたのだ。
 少女を助け起こした時、彼女の腰に刀が無い事になぜ気づかなかったのか。
 自分の間抜けさに言葉もない無代の耳に、静の叫びが届く。
 「返せ! 返せ! 返してよ! あれは…あれは『無代兄ちゃんの刀』なんだからっ!」
 「!」
 無代の背中を戦慄が貫いた。
 知っていた。
 少女は知っていた。
 それが彼女のものではないことを。
 一条家の家宝でもないことを。

 ひとりめのゆうしゃよ このかたなを ほうびにやろう

 「てんじょううらのまおう」が彼にくれた刀。『まおう』が生涯で唯一、自分で鍛えた刀。

 ゆうしゃのつるぎ。

 「あ、ああああったああああ!! あった! 銀狼丸! あったあああ!」
 静の絶叫に似た声が響いた。
 手の中のツルギを惜しげも無く捨て、モンスターの体から吐き出された銀狼丸を拾い上げる。
 「あった……よがっだ! なくしてなかった……よかった。これで、これで……」
 ぐい。
 折れそうになる体を、銀狼丸を支えに立ち上がる。
 そしてポシェットの中から、使い込まれたカメラを取り出し、首から下げた。アカデミークエストを完遂させるために。
 『冒険者になりたい』
 それは誰の望みだったのか。
 そして……静は光の中に消える。地下4階へのワープポイントの中へ。
 その先を、無代はもう追いかけなかった。いや追いかけられなかった。
 たとえ失敗しても、彼女はまた来るだろう。
 無代がどんな『真実とやら』を告げた所で、冒険をやめないだろう。
 剣を支えに歩いて行く、その少女の後ろ姿に、無代は文字通り打ちのめされていた。
 ゴキブリが無代の体に群がりつつあったが、無代は動かない。いっそこのまま食われて消えてしまいたいような気分。
 情けなさも、どうやらココがMAXらしい。
 カチカチという牙の音に耳まで齧られて、無代はようやく蝶の羽を使った。
 どこへ帰るというのか。あてもないままに。


 ぼうけんをやめますか?


 静が宿に帰ってきたのは結局、日付が変わった真夜中だった。頭からずぶ濡れなのは、中央噴水に飛び込んできたからだろう。
 失禁の痕を隠すために。
 だが、それはアカデミーを修了した生徒なら誰でも知っている、伝統のごまかし法だ。ちなみにそれを教えてくれるのはルーン。
 『帰りに噴水に飛び込んでいくといいわ』。
 数知れぬ生徒たちに、彼女はそう教えてきた。
 その教えを守ってずぶ濡れになった静は、女将が『風呂に』と勧めるのを断ろうとした。
 が、ここは女将が頑としてゆずらなかった。言葉は丁寧だが叱りつけるような調子に、静も根負けする。
 「わかった、入ります。洗濯と……着替えも頼めるかな」
 「もちろんでございますとも」
 「ありがとう。それと……無代は、その……まだ、いる?」
 1時間後。
 無代が静の部屋を訪れると、開口一番「ペコペコの羽……頭の上」指摘されてしまった。
 今は鳥小屋住まいだから、とは言い訳にしても情けない。用意してもらった部屋を断り、また鳥小屋に転がり込んだのは自分だ。
 静は新しいコットンシャツに着替えていた。女将が用意したのだろうが、男性用らしく少し大きい。
 胸にはアカデミー修了バッチ。あのまま一気に修了まで突っ走ったらしい。失禁で汚れた服のままで。
 疲れているはずだが、その表情には逆に力が満ちていた。誇りと喜び。
 風呂で汚れを落としただけではない。五体にいつもの輝きがすっかり戻り、さらに深みさえ加わったようだ。
 光ってはいないが、輝いている。
 無代には眩しすぎる。
 「無代……これ」
 差し出された銀狼丸。汚れはすっかり清められている。
 両手で受け取り、額に押し頂いて一礼。鞘を払う。
 優美な曲線を描く刀身の刃紋はいささか不安定で、何カ所かの刃こぼれもある。
 「ありがとう。虫から……取り返してくれて」
 「……うん」
 「知ってたんだな……コレが俺のだって」
 「お義母様が教えてくれた。これは、本当は無代のだって」
 無代の脳裏に、豪奢な金髪を頂いた女性の姿が浮かぶ。
 『てんじょううらのまおう』がいつも頭が上がらなかった、賢くて美しい『まおうのきさき』。
 「『てんじょううらのまおう』を倒した褒美にもらったんだけど……お前が生まれる時、『姪っ子に守り刀を送ってやりたいけど、もう力がなくて鍛てないから、そいつ貸してくれないか』って言われて」
 「うん。銀の叔父上様はそのままお亡くなりになって……。お父様とお義母様は事情を知ってたんだけど、どうしても……叔父上様の思い出の品を手放せなかったって」
 「……」
 「無代に返してあげてほしいって。そして『ごめんなさい』って」
 刀を持つ手が震える。手の中で、剣がずしり、と重くなる錯覚。
 「銀の殿様……あの魔王、ホント下手糞でさ。ひどい刀なんだ……刃紋はでこぼこだし、刃は歪んでるし、すぐ欠けるし……。病気で力がないのに無理して打つからさ」
 「……」
 「精錬もしてないし…しかもウルフカード一枚挿しだってさ……笑っちゃうよな」
 「……」
 「ありがとう静。でもこれは、この刀は今の俺には……」
 「あのね、無代兄ちゃん」
 無代の言葉を遮って、静が昔の呼び名で彼を呼んだ。
 「アタシ、分かってたよ。流義兄様が……¥ただの失踪じゃないってこと」
 「!」
 「そりゃ詳しい事は分からないけれど……お父様とお義母様は、多分知ってるんだと思う。無代兄ちゃんが一人でどんなに調べたって、絶対分からないような……事情」
 「静……」
 無代は愕然とする。
 彼が半年がかりで調べた友の消息。
 無代とて馬鹿のつもりはない。できるだけ慎重に、できるだけ広範囲に、情報網を広げたつもりだ。
 だが、あるレベルに達すると、その網はかき消すように無力化される。無代程度の力では、到底太刀打ちできない何か…。
 例えば……国家。
 その万丈の断崖とも、千尋の谷ともつかない断絶を前に、無代は絶望せざるを得なかった。
 そして、せめてその絶望を彼女には…静には伝染すまいと、自分の無能ゆえに見つからないのだと嘘をついた。
 「でもね、みんなホントのこと言ってくれない。アタシを傷つけないように、みんな嘘をつくの……」

 『無代も同じだ!』。

 昼間の罵倒はこの意味だったのか。
 「アタシだって、一条の女だもん。自分が選んだ『男』の事だもん。義兄様が『生きてる』ってことはちゃんと『見える』よ。でも難しい状況にある、ってことも、ちゃんと分かる」
 誰もが彼女を傷つけまいとして。
 「本当のこと、言ってもらえない方が辛い。何も分からない子供扱いされるのは辛い。嘘つかれるのは……イヤだよ」
 結局傷つけた。
 この誇り高く、誰よりも強い少女を。
 猫と虎の区別もつかず、カナリヤと鷹の区別もつかず、ただ愛玩した。
 「わがまま言ってごめんなさい。自分にも何かできるって、証明したかったの。アカデミーは修了できたけど……無代兄ちゃんの言う通りだった。アタシ、何も分かってなくて……」
 無代の胸の痛みが拡大する。
 「明日、瑞波へ帰ります。迷惑かけて……ごめんなさい」
 ぺこり、と頭を下げられて、胸の痛みはもはや激痛に変わっていた。 
 「……おやすみ、無代兄ちゃん」
 「……ああ、おやすみ」
 銀狼丸と無代を廊下に残して、ドアが閉じる。
 ギリギリだった。
 ギリギリで涙を見られずに済んだ。
 そして押し殺した嗚咽は、聴かれずに済むだろう。
 ドアの中から漏れる、嗚咽にかき消されて。


 ぼうけんをつづけますか?


 女将は、無代が泣き止むのを待ってくれていた。食堂に誘われ、飲み物が用意されたテーブルに座る。強い蒸留酒だが、今はありがたい。
 「はいこれ、無代さん宛だ。天津の……瑞波から」
 革製の通信袋。受け取って見ると、中には2通の手紙。
 取り出して裏を見て、無代は慌てて額の前に押し頂く。
 「! うわ、無代さん、そりゃアンタ! あ、アタシゃ見ないから! 大丈夫! 開けても大丈夫だからね……!」
 女将が慌てるのも無理はない。
 裏書きは『一条瑞波守鉄』。太く、あちこち色々はみ出したその文字はまぎれもない、殿様の直筆。
 『持っている』どころか、『見たことがある』だけでも末代までの語り草だ。
 滑稽なほどに目を背ける女将に苦笑しながら、無代は中身を読む。
 沈黙。
 黙ってその手紙をしまい、もう一通を開いて読み、そちらは開いたまま女将の方へ差し出した。
 「女将さん、読んでみろよ」
 「!? なんだって? そ、そりゃどういうことさ!」
 「読めば分かる…あ、そうか天津の文字は読めないか…って、今確か、お殿様のお名前読めたよなアンタ?」
 「あ、ああ。読めるよ。天津の文字もさ…昔、ちょっと習ったから…ね。…これ、ホントに読んでいいのかい?」
 「大丈夫だ。そっちはお殿様のじゃない。読んでみな…ってもう読んでるか。どうだい?」
 「……こりゃあ……どういう?」
 「わかんねーか?」
 「いや、そりゃわかるけど……!?」
 「静と無代の二人が、今後プロンテラで暮らすための住居、食事、ほか生活にかかる費用は全額、一条家が負担する、だとさ」
 無代がニヤリと笑う。
 「文面は一条家の御側役(おそばやく)筆頭、善鬼(ぜんき)様。んで、一条家の勘定奉行様の花押……サインが入ってる。すげえぞ。この宿貸し切りどころか、新築したって平気だ。一条家御用達で、大ホテルぶっ建ててみるかい?」
 女将の口があんぐり。
 「ま、どうやら静の家出が、家出じゃなくなったってことらしい。公認の武者修行……かな?」
 「つまり……お殿様がお姫様の、その……」
 「『素っ頓狂』をお許しになった、ってことさ。これで大手を振って冒険ができる」
 無代が手紙をしまい、もう一度両手で額に押し頂く。
 「……で、どうすんだい? 無代さんや」
 「どう、とは?」
 「しらばっくれんじゃないよ」
 女将が身を乗り出す。
 「冒険、続けんのかい?」
 「……」
 「偉そうなこと言うようだけどね。これでも今まで、ずいぶんな数の冒険者を見てきた。そのアタシが言うよ。あのお嬢様の目は…」
 「……『もう冒険者の目』だ、って言うんだろ?」
 無代が可笑しそうに返した。
 「女将さんで4人目だよ。今日、同じ事言われるの」
 「4人目? あと3人は?」
 「アカデミーのルーンと、ヨン爺さんと、アイン」
 「……ふん」
 女将はまんざらでもなさそうに鼻を鳴らした。
 「でも、あの連中と同意見となれば、もう確実さ。あのお嬢様はもう『お姫様』じゃない。『冒険者』だよ」

 その道に何が立ち塞がろうととも、その道がどれほど遠かろうとも。
 汚泥の中を惨めに這いずり回ろうとも、誰にどんな目で見られようとも。
 目指したものは手に入れる。
 その目。

 無代は手紙の袋を、テーブルに置いた銀狼丸の上に添えた。
 まるで何かの儀式であるかのように。

 ぼうけんをつづけますか?

 ……いいえ
 
 「女将さん…これ、今までのツケの分。足りるよな?」
 「アンタ、この金どうしたんだい?」
 「最後の最後で、下水道のゴキブリ卵がカード出してくれたのさ。ついでにゴキブリもね」
 あまり有用なカードではないのでそこまで高価ではないが、それでもツケを払うには十分な額。
 「ツケは俺のツケだから、これは俺が払わないとな」

 ぼうけんをやめますか?

 ……はい

 「で、悪いんだけど女将さん。風呂、まだ沸いてるか?」
 「ああ、使うかい?」
 「すまん。それとカミソリも、貸してくれ」
 「いいともさ」

 いままでのぼうけんのきろくをけしますか?

 ……はい

中の人 | 第一話「Good morning!Adventure!」 | 15:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第一話「Good morning!Adventure!」(4)
 朝。 太古からの恒例であるニワトリの革命歌も、3階のこの部屋に届く頃には優しい恋歌に変わっている。
 部屋の主、無茶な戦いと…涙で疲れきった静の眠りを妨げる力はない。
 その眠りを破るのは他のものだ。

 「おはよう存じます! 静お嬢様! お目覚め下さいませ!」
 
 「ひやああああ!」
 突然の大声に、静はベッドから文字通り跳び上がった。
 それでも、枕元に置いた護身の脇差しを構えたのはさすがだ。
 「お目覚めでございますか、静お嬢様? どうぞ刃物はお収め下さいませ」
 「……ふえ?……無代?」
 それでもすぐには事態が飲み込めないらしい。
 「はい。静お嬢様。無代でございます。おはよう存じます」
 部屋にずかずかと入って来た無代がカーテンを開け、窓を開け、朝の光と風をたっぷりと室内に招き入れる。
 「うん……おはよう。ってあれ? ヒゲがない…?」
 「はい、剃りましてございます。…昨日はお見苦しいところばかりお見せいたしまして、まことに失礼をいたしました。…さしあたり、身だしなみを整えてございますが、よろしゅうございましょうか?」
 「いいけど……言葉、も……変? あ? 転職したの?」
 静の目が点になったまま戻らない。
 「いかにも。この無代、本日より心を入れ替えまして商人から鍛冶師、ブラックスミスに転職いたしましてございます」
 それは、あの『てんじょううらのまおう』と同じ職業。
 「さて、つきましては静お嬢様にお願いがございます」
 「……はい」
 勢いに押され、きょとんとしたままうなずいてしまう静。
 「恐れながら、この無代をお雇い下さいますよう」
 「……はい?」
 「はい? ではございません。無代をお雇い下さいませ」
 「……は……う?」
 静の両目が点から疑問符に変わる。
  「今、無代をお雇い下さいますと! このお宿に無制限に滞在しつつ、お食事、お風呂、御寝所の心配は一切無用。狩りでのドロップ品はすべて無代がお売りい たしますし、冒険に必要な装備、アイテム、クエスト品に至るまですべて、無代がご用意致します! お金の管理もバッチリ!」
 「う? う?」
 「要するに、お嬢様は余計な事は一切考えず、好きなだけ冒険ができるのでございます!」
 「う? う? う?」
 「ですから是非とも! 無代を! お嬢様の! 従者に! お雇いくださいませ!」
 「……うー?」
 「……おい、聞いてんのかコラ?」
 「……聞いて、る」
 「それは結構。で、お雇いいただけますね?」
 「ちょっ、ちょっと待って!」
 静が無代の胸元にぴっ、と脇差しを突きつける。まだ若干寝ぼけているらしい。
 「こらこらこら静っ! 危ない危ないそれ刃物! 刃物ちょっと危ない!」
 「待って……ね?」
 静の目が据わっている。
 「ね? じゃねえ! いやわかった! いえ、わかりましたお嬢様!」
 やっと脇差しが鞘に収まる。
 「えっと……それはつまり……」
 静が額に指を当てる。
 「無代が、アタシのお世話してくれて……アタシはこのまま冒険していい、って……こと?」
 「左様でございます」
 「でも、国元のお父様とお義母様が……」
 「そちらも問題ございません。この無代がばっちりお手紙をお送りいたしまして、きっちりお許しをいただきましてございます」
 事実関係にはだいぶ誇張があるが、結果として丸っきり嘘というわけでもない。
 「本当、に……?」
 「はい。静お嬢様は武者修行……というか花嫁修業、ってのもも変か。まあとにかくもろもろの修行のため、ここで冒険していただくことと相成りました」
 「……」
 「つきましては、どうぞこの無代を従者に…って、なぜ泣く?」
 「……だって、だって……」
 朝の光の中、静の目にみるみる涙が溢れ出る。
 「うれしい……よお」
 彼女が涙を見せるのは何度目だろう。だが、今度の涙はこれまでとは、まるで意味が違っていた。今度こそ、無代がそっと差し出したハンカチで目を抑えるが、表情は喜びで輝きを増している。
 「え、えへへ、やった。無代が……無代兄ちゃんが、手伝ってくれるんだ!」
 「左様でございます」
 「アタシの、家来……!」
 「はい」
 「じゃ、ジュース買って来て!」
 「断る!」
 「ええええ!?」
 「調子に乗るんじゃねえでございますよ? 冒険以外のワガママは許しません。お金も今日からお小遣い制!」
 「えええええええ!」
 「それと!」
 無代は表情を改めると、静の正面に片膝をついた。そして少女の顔をまっすぐに見る。
 「勘違いするな? 俺はお前を『助ける』んじゃない。そんな力は俺にはない。これは、そう『共闘』なんだ」
 「……うん」
 静も表情を引き締めてうなずく。二人とも目をそらさない。
 「お前はお前の男、流を助けたい。俺も俺の友達、流を助けたい。それには俺たち一人ずつじゃ駄目だ。…恐らく、二人でも駄目だろう」
 「……」
 「だから、味方を増やす。一人でできないことを二人で、二人でできないことならもっと大勢で成し遂げる。これは、その『共闘』の第一歩だ」
 「うん! そして……無代兄ちゃんは上る気なんだね。……『姉様』のとこまで」
 「そうだ。手伝ってくれるな?」
 「無代が手伝ってくれるなら!」
 「決まりだ。おーい、女将さん!」
 無代がドアの向こうに声をかけると、女将がおずおずと入って来た。布をかけた盆を両手に捧げ持っている。
 盆の上には『銀狼丸』。
 「おはようございます、お嬢様。でも……いいのかい無代さん? アタシなんかで……こんな大事なことなのに」
 「いいんだ。アンタがふさわしい。立会人、頼んだよ」
 「承知した。ではお嬢様、お召しかえと身支度を……」
 「……?! アタシ、寝間着……! あ、頭も、寝癖……」
 静がはっ、とうつむいて自分の姿を見、次にきっ、と無代の方を睨む。
 「大丈夫でございますよ? わたくしは気にいたしませんので……」
 びぃん!
 無代のしれっとした言葉を切り裂くように、静の脇差しが宙を切り裂き、後ろの壁に深々と突き刺さった。いつ抜いてどう投げたのか、無代にはまったく知覚できない。
 無代の首筋から、細く血がにじむ。
 「わざと擦らせたのよ……?」
 それはわざと外すよりも、わざと当てるよりも難しい。
 凍り付くような静の視線に、無代が馬鹿みたいにこくこくとうなずく。
 「……出てけ?」
 「し、失礼致しますっ!」
 つむじ風を巻いて、無代が部屋から逃げ出す。
 
 30分後。
 「アンタからも何とか申し上げておくれよ無代さん。お嬢様のお召し物。いくら何でも『剣士服』じゃあさ……」
 「もー女将! アタシはコレでいいったら!」
 「でも……大事な儀式なんでございますよ? 無代さんにとっても」
 「どーでもいいのよっ! 無代の事情なんかっ!」
 やっと入室を許された無代だが、女二人は押し問答中。
 どうやら衣装のことでモメているらしい。
 女将としてはせめて小奇麗な格好をさせたいらしいが、静は勝手に昨日までの剣士の装いに着替えてしまったようだ。
 「しかも、まだ生乾きなんでございますよそれ……」
 「平気だったら。着てれば乾くもん!」
 静も、どうやらすっかり調子が戻って来たようだ。無代は苦笑いするしかない。
 「女将さん、静お嬢様がいいとおっしゃるなら、わたくしはか構いませんので。早速始めましょう」
 無代は静を立たせ、その前に片膝をついた。
 「ふん! そうそう。無代なんか、コレで十分よっ! さ、ちゃっちゃとやっちゃうんだからね!」
 女将がしぶしぶ、しかし厳粛な仕草で盆に乗せた銀狼丸を差し出す。
 無代が片膝をついたまま、盆の上の銀狼丸を受け取ると、それを両手で静に捧げた。
 「我が名は、無代……我が剣を、一条静に捧げ奉る。受け取り賜うや否や……?」
 捧げられた静もさすがに、表情と口調を厳粛なものに改める。
 「……我が名は一条静。無代、汝の剣をここに受け取る」
 静は剣を受け取ると鞘を払った。そこに、無代が自分の手のひらを差し出す。
 す、と静が刃を滑らし、無代の手のひらを浅く斬った。静が剣を収め、盆に戻す。
 無代の手に血がにじむ。
 女将が差し出した真っ白い布で、無代はその血を拭き取ると、血のにじんだ布をたたみ、再び静に捧げた。
 「ここに主従の誓いは立てられた。プロンテラ旅館業組合理事・コルネ・ユールリアン。確かに見届けた」
 女将が宣言する。そんな立派な名前だったのかと、無代は内心少し驚く。ユールリアン。確かこの国の貴族の列にそんな名前があったはずだ。
 「……」
 無代の感慨をよそに、静は受け取った布を軽く唇に当てる。
 そして、少しだけそれをじっと眺め…大事そうに、本当に大事そうに懐に収めた。唇に微かな笑み。
 だが、無代が立ち上がるとすぐに笑みを消し、
 「せ、せいぜい頑張ってお仕えしなさいよねっ!」
 「はいはい……って女将さん、アンタが泣くこたないだろ、おい」
 「ば、馬鹿言うんじゃないよ。泣いてなんかないよ! ちょ……ちょっとぐっと来ちまっただけさ! 勘違いすんじゃないよ!」
 そういうの流行りなのか、と無代は苦笑する。
 「さ! 今日の冒険に出発! 無代っ! 支度して支度っ!」
 「承知致しました、静お嬢様。では……」
 無代はひとつ間を置くと、言った。

 「あたらしいぼうけんをはじめますか?」

 「もちろん!」

 静の応えは短く、そして力強い。


 「もー、見送りなんていいったら! ここでいいから!」
 「ですが静お嬢様……」
 「ですがじゃないっ! ほら、銀狼丸かして! 盾も!」
 静が道の真ん中で、無代の手から剣と盾を奪い取る。
 「ではお嬢様、本日の獲物はウルフでございます。アカデミーからフェイヨンの近辺に転送がありますから。現地でアインに支援をもらうのをお忘れにならないように」
 「はいはい!」
 「ドロップはイチゴが高く売れますので。それと草とキノコ。一番北のワープポイントから出た所にもキノコがいくつか生えますから、それも叩いてくださいませ?」
 「アレ面倒くさい……」
 静が拗ねてみせる。
 「無精をなさってはいけません、お金のためでございます! 生活費はともかく、装備アイテムのお金は自分たちで稼がねばなりませんのですから!」
 「うー、わかったわよ〜」
 しぶしぶ、という風情だが、その表情は明るい。いや明るいどころか輝いている。
 冒険ができる、その喜びに。
 「ではくれぐれもお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
 「は〜い。行ってきまーす。あ、おはようデフォルテー!」
 「おはようございますお嬢様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」
 道ばたのカプラ嬢と挨拶を交わすと、その脇をすり抜けるようにして、静の姿が人ごみに消えていく。
 「……」
 「……あ〜、おはよう、モーラ」
 「……」
 知らん顔するのもどうかと思い、無代は『元恋人』に挨拶するが……気まずい。
 「……お、は、よ、う、ご、ざ、い、ま、す 。 無、代、さ、ん、?」
 トゲだらけの挨拶でも、返ってくるだけマシだろうか。
 「奇麗なお嬢様ですこと〜。お歳はお幾つ?」
 「えーと、確か16……かな?」
 「ふーん……あーゆーのが好みだったんだ〜」
 「いあ、モーラ? それは誤解……」
 「もー話しかけないで下さる? 仕事中ですので」
 身もふたもない。が、自分のしでかした事を思えば実にもっともな対応なので、無代も立つ瀬がない。
 「すまなかった、モーラ。こんなこと言えた義理じゃないが、目が覚めた。感謝してる……ぐっ! は、あ……」
 土手っ腹に一撃。
 鋭く、しかも重い。無代の身体が見事に「く」の字に折れ曲がった。
 モーラの拳だ。だが通行人にも他の客にも、食らった無代にさえ『見えない』。
 カプラ嬢はいずれも相当の腕前の冒険者でもある。ましてその頂点であるディフォルテーのNo4、『D4』を名乗るモーラが弱いわけはない。
 しかも難所中の難所と言われる「東オーク村・オークダンジョン入り口前カプラ」を、現役カプラ嬢で最長の2年間、無事故で勤め上げた下積みは伊達ではなかった。
 「それで許してあげるわ。せいぜい頑張りなさいな」
 「ありがた……い」
 胃からこみ上げる『朝食』をこらえて、何とか声を絞り出す。
 「転職、したのね?」
 「ああ。ブラックスミス。『まおうさま』と同じ、な」
 「まおう?」
 「いや、なんでもない。まあ、転職してももう、狩りはしないんだけどね」
 「サポート専門ってわけ?」
 「ああ……俺は、俺にはてっぺん目指す力はないからな。でも……アイツなら」
 静が歩いていった方角を眺める。もうとっくに静の姿はないが、それでもまぶしそうに。
 「アイツならそんな限界なんか、きっと飛び越えていく。俺の背中を踏み台にして、ね」
 「……ちょっと、悔しいかな」
 モーラがつぶやいた。
 「?」
 「光ってないけど、輝いてるわ……貴方。できれば私が輝かせてあげたかったけど、ダメだった。でも、あの娘にはできたのね。だから悔しい」
 小さなため息。
 「君が突き放してくれたおかげで目が覚めた。ありがとう。君ならほかにいくらでも……がっ! ふ……ぅ……」
 二撃目。まあ、これは無代が悪い。
 「すまん……失言、だった……」
 「三度目は、ホントぶっ殺すわよ?」
  冗談、ではあるまい。
  「殴られついでに、もう一つ告白して……いいか?」
 「命の保障はしないけど、それでいいならご勝手に?」
 「『アレ』じゃないんだ……『本命』。国元に、いるんだけどな」
 肋骨の二、三本で済めばいいなあと、モーラの次の一撃を待つ。
 だが、モーラはあきれたような流し目を送ってきただけ。
 「わかってたわよ。どっかに『本命』がいることぐらい」
 「そか……」
 「こっちに呼んだりするの?」
 「いや、向こうから来る……と、思う。今の俺のこと知ったら……」
 無代の顔色が良くないのは、殴られたばかりではないようだ。
 「来たら……紹介するよ」
 呼吸を整えながら、無代は天を仰ぐ。
 「それまで俺が生きてたら……な。せいぜい頑張ってみるよ」
 無代は、腰のポシェットをぽん、と軽く叩く。昨夜届いた、あの一通目の手紙が入れてある。
 殿様からの手紙。だが中身は違った。
 少し色あせた紙に、短い、見慣れた筆跡。
 それは勇者になれず、道に迷った男のために、過去から届けられた遠い約束の証。

 『せかいをかえてみせろ』

 『ゆうしゃでなくても』

 『えいゆうでなくても』

 『おまえならきっとできる』

 『てんじょううらのまおうより』

 『みらいのともへ』


 気がつけば、モーラが片手を上げ、手のひらを広げている。
 無代はその手に、同じように広げた自分の手を力強くぶつけると、人ごみに向けて歩き出した。
 
 冒険は始まる。

 (つづく)

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