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外伝『祈夏』(1)
  天津・瑞波の国。
 それは一条流がルーンミッドガッツ王国に旅立ってしばらく経った、ある夏の日。

 「……暑い。暑いぞ、善鬼」
 畳の上にでーん、と大の字になった女が、ほとほと耐えかねた様子で文句を言った。下手な男性を上回る大柄な身体に、肌が盛大に透けて見える薄手の麻着を一枚、それも緩く着ただけのなりでその格好なものだから、これでも嫁入り前の娘をして、とても他人に見せられる姿ではない。
 天津・瑞波の守護大名、一条家の長女・綾だ。
 「……うむ、暑いな」
 その文句を背中に受けながら、文机に向って筆を走らせているのが一条家筆頭御側役・善鬼。こちらは綾とは対照的に、同じ麻の着物でも濃地のそれをきちんと着こなし、畳の上に直接正座といういつもの禁欲的な姿。
 「……お前は暑そうに見えないな善鬼。 ひょっとして涼しいのか?」
 気の無い返事が気に入らないのか、綾がむくっ、と半身を起こして善鬼の背中を睨む。
 「暑いとも。が、季節やお天気に文句を言っても始まるまい」
 「むー……」
 確かに正論だが、綾が求めているのはそんなものではない。が、この善鬼という男に、それを察しろというのはなかなか難しい。いや、ひょっとしたら察しているかもしれないが、この男が女の甘えに構ってやる、という図そのものが想像できない。
 「……つまらん」
 綾がまたでーん、と大の字に戻る。
 蝉の、それこそ何かの圧力さえ感じる猛烈な声がまた、部屋の中に満ちた。
 瑞波の首都・瑞花の町はこの日、夏一番の暑さに見舞われており、一条家の居城・見剣(みつるぎ)城もその例外ではない。城の三ノ丸、上級武士達の屋敷が並ぶ一角にある善鬼の屋敷にも、その猛烈な日差しが照りつけていた。
 広い畳の部屋は、襖も障子も何もかも開け放っているのだが、それでもろくに風が入らない。広い庭は打ち水をしてもすぐ乾いてしまう有様で、池の鯉さえ岩陰に入ったまま顔を出す気配もない。
 「……水風呂にでも漬かろう、善鬼。このままではオレは溶けてしまう」
 「好きにするがいい」
 「一緒に」
 「俺はいい。屋敷の者に示しがつかん」
 振り向きもしない。
 だが、善鬼が断るのは無理もない。一条家の国事の大半を取り仕切るこの筆頭御側役が、親子ほど歳の違う女と(それも事もあろうに主君の、かつ嫁入り前の姫君と)昼間から水風呂に興じていた、などという話がどこかに漏れでもしたら、それこそ『切腹もの』である。いや武家の常識から考えれば、まだしも武士として死ねる『切腹』などという生温い処置では済むまい。『斬首』か、最悪の場合『張り付け』でもおかしくない。
 そもそも今、綾がこうして善鬼の屋敷でゴロゴロしている事そのものが、既にして十分にアウトなのだ。が、
 「なあに心配いらん。この国でオレのやる事に文句を言うヤツなぞ1人もおらん。いてもオレが黙らせる」
 むん、と大の字から飛び起きて、善鬼の背中に張り付くようにぺたん、と座り直す。
 綾の言う事は本当だ。実際この綾という姫君は、恋人である善鬼の屋敷にほぼ毎日居続けている。彼女の正式な部屋は、城主の一族が住まう城の二ノ丸にちゃんとあるのだが、そこには全く戻っていないのだ。
 善鬼の屋敷に、ほとんど居候状態である。
 先に書いたように、本来なら両者ともタダでは済まない話である。が、一条家の当主、つまり殿様である一条鉄以下、誰一人それに文句を言わない。
 それは綾の持つ圧倒的な武力、瑞波の守護女神とも称せられるその実力……も、あるのだが、それ以上に彼女が人々に『愛されている』からに他ならない。 
 一条綾姫、とにかく人気者である。
 実父である一条鉄そっくりの、豪放磊落で気っ風の良い『男前』な性格。型にはまらない自由奔放な行動。敵はその名を聞いただけで震え上がるが、味方にすればこれほど頼りになる人間はいないという人望。彼女の凱旋に声援を送る一般庶民も、共に戦場に従う兵士達からも、ほとんど拝まれる勢いで慕われている。普通に『神』扱いなのだ。
 だから、一条家の中で最も人望を集めるのは誰か、と言われれば、殿様である鉄はまあ別格としても、これはもう文句無しに『綾姫』である。(世継ぎである流も人望はあるが、これは綾とは別種の『カリスマ的人気』だ)。
 そんな綾だからこそ、日々『男の家』に入り浸っていても、
 『ああ、鬼の御側役殿もご苦労なことだ』
 と、逆に善鬼の方が気の毒がられる、という妙な所に落ち着く有様である。まあこれは一方で、元々この善鬼が誰よりも謹厳で、乱れた生活とは縁遠い人間、ということを誰もが承知しているから、ということもあるだろう。
 「だから水風呂。ほらほら」
 正座した善鬼のぴん、と伸びた背中に、その豊かな胸をふにふにとくっつけながら、綾が誘うのだが、
 「いい加減にしなさい、綾。物には限度というものがある」
 正座の姿勢のまま微動だにせず、何やら書き物を続ける善鬼。
 「なら涼しい所に行こう。ラヘルとやらには氷の洞窟、とかいうダンジョンがあるらしいではないか。2人で行こう」
 「無理ばかり言うものではない」
 これも言下に却下される。
 「お世継ぎの流様が国を留守にしておられるこの時期に、俺とお前までが2人して国を空けて……それも暑いから涼みに行きました、など言える事ではない」
 正論である。
 「……うー、つまらん……」
 相手にしてもらえず、またでーん、と大の字に戻る綾。だがわずかでも善鬼相手に戯れて、少しは気が晴れたらしい。先ほどよりは大人しく転がっている。
 また蝉の声。
 「……なあ、善鬼」
 「何だ?」
 なんだかんだ言っても、ちゃんと相手はしてやる善鬼だ。
 「……無代兄ちゃん、昨夜出発したぞ」
 綾が天井を見つめたまま、ふ、と口にした。
 「……そうか」
 「香と静とオレ、三姉妹だけで見送った」
 「うむ」
 「お前も来れば良かったのに。一度しかない『男の旅立ち』ってヤツだろう?」
 「だからこそだ」
 善鬼の返事は素っ気ない。どうでもいいがこの男、さっきから何を言われても何をされても、姿勢一つ変えていない。
 「物見遊山に行くわけではない。見送りなど不要」
 「……無代と同じ事を言う」
 相変わらず天井を見つめたまま、綾がつぶやく。
 「『物見遊山じゃないんだから、見送りなんかいらねえ』って。1人で黙って行くつもりだったらしいが、妹の香が勘づいて、それに静が気づいて、それをオレが察知した。……ひょっとして迷惑だったのか?」
 「そんなことはないが」
 綾の声が少し曇った所へ、善鬼が微かに優しい声を出した。この男のこういう所、いやなかなかどうして、である。
 「あまり大げさに送り出して、引っ込みがつかなくなるのも気の毒だ。意地の男だからな、あれは」
 「なるほど、確かにな……。流義兄様を『きっと見つけて来るから待ってろ』って出発したが……」
 いつの間にか、綾が『大の字』から『胡座』になっている。どっちにしても嫁入り前の姫君のする格好ではないが。
 「流義兄様はアレだろう? 『ウロボロス』に行ったんだろう?」
 「……」
 善鬼は答えない。瑞波の世継ぎである一条流が、ルーンミッドガッツ王国の秘密組織・外人部隊『ウロボロス4』に徴発されたという事実は、当主の鉄とその妻の巴、そして善鬼の3人しか知らない超機密事項だ。
 しかし綾は、実父である鉄が当の『ウロボロス4』の士官としてルーンミッドガッツ王国にいた頃、既に物心ついて、ウロボロスの隊員達とも交流した経験を持っている。というか、そもそもこの善鬼と綾との馴れ初めこそ、当時『ウロボロス4』で鉄の副官を務めていた善鬼に、綾が一方的に片思いしたのが発端だ。
 『四の魔女』マグダレーナ・フォン・ラウム率いるあの組織のシステムや機密性を、綾がよく承知しているのは自然な事なのである。
 「だんまりか……まあ、言えないならいいさ。しかし善鬼? いくら無代兄貴でも、あの『九頭龍』を見つけられると思うか?」
 「できるわけがない」
 即座に全否定。
 「だよなあ……」
 ふむ、と綾が溜め息をつく。無代の目的の、その困難さを思えば当然だ。
 例えば話を現代に移してみよう。ある1人の日本人男性がアメリカ滞在中に行方不明になったとする。その男は、実はアメリカでCIAでもFBIでもない、世間はもちろん政府内でも一部の人間しか知らない秘密組織に参加している、としよう。この前提で、その裏の事実を全く知らない民間人の友人がアメリカに渡り、単独で友の行方を探したとして見つかるものかどうか。
 まあまず不可能だろう。
 まして何の情報化もされていないこの世界。『ウロボロス4』は当のルーンミッドガッツ王国の貴族達でさえ、存在を知らない者が大半という極秘の存在だ。多少目端が利くというだけの、なんのつてもない徒手空拳の若者では、文字通りその尻尾すら掴めまい。いや逆に万一にもそこにたどり着き、尻尾を掴めないまでも『見た』としたら、それだけで『消される』可能性も高い。
 それは地図も、情報も何もないダンジョンに、初めての冒険者が棒切れ一つで挑むのにも似た暴挙と言えた。
 「無代兄貴はお前の弟分みたいなものだろう? 心配じゃないのか?」
 「心配だとも」
 ちっともそんな風には聞こえない響きで、善鬼が応える。
 「だが、無代がこれで逃げ帰ったり最悪死ぬとしたら、あいつもそれまでの男だ。どの道、その先には進めまい。……無代が選んだ道は、そういう道なのだ」
 「む……」
 善鬼の厳しい言葉に、しかし綾はうなずくしかない。
 「『その先』か。確かに、香を嫁にしようというなら、な」」
 無代と香、2人の関係はもう一条家の身内では『公認の仲』と言ってよい。香は何がどうあっても無代から離れることはないだろうし、無代もそのつもりだろう。
 だが、無代という男がどれほど才覚があろうが、一条家とただならぬ縁があろうが、結局は姓も持たない平民である。一方で『引きこもりの狂い姫』と揶揄される香だが、それでも一条家の姫君であることに違いはない。
 この縁組みは本来、あり得るものではないのだ。
 実際、天津最強とも目される武闘派大名・一条家と縁組みが出来るなら、たとえ香がどんな狂い姫だろうがウチの嫁に、という要請は国外・国内を問わず星の数ほどあった。だが当主である一条鉄はこれを全て断っている。無論それは、自分の娘達が受け継いだ『特殊な血』を守るため、という秘密の目的があるためだが、それを知らぬ者の目から見ればまさに狂気の沙汰である。天津のパワーゲームにおいて絶大な効力を持つ『一条家の姫君』というレアアイテムを、むざむざゴミ溜のネズミに喰わせてしまう、そんな風にしか映るまい。
 無代という男はだから、ある意味そのパワーゲームの最先端にいる。『逆玉』と喜んでいられるような呑気な身分でないのはもちろん、いつ暗殺されてもおかしくない。いやむしろ暗殺されない方がおかしい、という大層なご身分なのだ。
 善鬼が言うのはそれである。
 「こればかりはもう、俺がこれ以上何を教えても無駄だし、守ってやるのも限界がある。腕っ節でも、金でも、人脈でも、権力でも何でもいい。自分で自分と、自分の家族を守れる力を手に入れる、それしか道はないのだ」
 「お前みたいにな、善鬼」
 むふふ、と綾が笑って、また善鬼の背中にくっつく。今度は両手を首に回して離れない。
 この善鬼もまた一介の軍人から今の地位まで、そして綾を恋人にして文句を言われない立場まで、たった一代で上り詰めた男だ。そのせいで命の危険にさらされた事も一度や二度ではない。言うなれば無代の大先輩、ということになる。
 余談だがこの善鬼、一条家の家来となる際に立派な姓をもらっているのだが、未だにそれを名乗っていない。思う所があるらしい。
 「だが案ずるな綾。あの男、無代ならやる。俺たちが思いもよらないような運命をその手でひっつかんで、きっとここまで登って来るさ。俺はそう信じている」
 まあ、多分に酷い目には遭うだろうがな、という善鬼の言葉は後に、実に見事に的中する事になるのだが、それはまだ少し気が早い。
 「うむ。ならばオレもそう信じよう」
 ここでこんな『男前』な会話が交わされていると、無代が知ったらどんな顔をすることか。
 人に信頼があり、祈りがある。
 それを裏切らないために立ち上がり、走り続ける人間がいる。
 運命の糸というものがあるとしても、その糸が垂れ下がる場所まで走り、手を伸ばし、それを掴み取るのは常に人間そのものだ。
 そうでなければいけない。
 「分かったら離れなさい、綾。さすがに暑い」
 「やだ」
 「俺達が昼間からこれでは、咲鬼の教育にもよくない」
 咲鬼は現在、この善鬼の屋敷で暮らしている。将来、一条家に使えるべく行儀見習い中だが、既に何かにつけて城の奥方様のお供をしたり、静と遊んだり、善鬼の屋敷の居候となった綾の面倒を見たりと、半身内の半侍女といった体で大いに可愛がられていた。
 「む、咲鬼の事を言われると弱い。ずるいぞ善鬼」
 「ずるくはない」
 と言いつつふ、と筆を置くと、ひょいとその腕を背後に伸ばしたと思うや、気づけば綾を膝の上に抱いている。綾も大柄だが、さらに長身の善鬼が持つ『鬼の怪力』は現代で言うならそう、ちょっとした建設機械並みである。
 「お? お?」
 面白そうに慌てた振りをする綾の唇を、善鬼のそれが塞いだ。
 しばし。
 「……咲鬼の教育に悪いのではなかったのか、善鬼?」
 「うむ。実は咲鬼、今は屋敷におらん」
 「やっぱりずるい」
 「ずるくはない」
 他愛もない時間が過ぎる。
 「……うん、やっぱり善鬼、お前を選んだのは正解だった。でかしたぞオレ」
 どこまでも前向き、かつ自己肯定的な綾である。
 「気が済んだら離れなさい」
 綾を膝の上からぽい、と投げ捨てる善鬼。
 「おっと」
 空中でくるん、と回転してぱた、と畳の上にまた転がる綾。猫科の肉食獣の動きだ。それも超大型の。
 「で、咲鬼はまた泉屋か、善鬼?」
 咲鬼は、自らが瑞波へやって来て一条家の身内となったあの一件以来、無代の店である泉屋(艦砲射撃による破壊から見事再建された)によく出入りし、無代を手伝ったり邪魔したり、遊び場としている。
 「うむ、そう言って出て行った。お前がまだ寝ているうちに」
 「むむ」
 綾姫様、基本朝寝坊。要するにかなりだらしない。
 「……店に行ったら、無代がいなくて驚くかな、咲鬼」
 咲鬼が懐いている無代は昨夜、瑞波を後にした。無代がいない以上、香も店にはもう寄り付くまい。用がなければ動かないのが香だ。
 「さてどうかな。咲鬼は賢い娘だ。意外に薄々勘づいてるかもしれん」
 「……」
 綾がむくっ、と起き上がった。なんだかんだで寝たり起きたり、結構忙しい姫様だ。
 「オレも行って来よう」
 がばっ、と立ち上がって宣言する。
 「泉屋か?」
 「うむ!」
 「ならば綾」
 「うむ?」
 「外へ行くならせめて、透けない着物に着替えて行くのだ」

中の人 | 外伝『祈夏』 | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
外伝『祈夏』(2)
  「いない?! 咲鬼はまだ来てないというのか、笠垣っ!」
 「いえ綾様、どうぞお気をお鎮め下さいまし。あと、手前もう『笠垣』姓は捨てておりまして。今は泉屋……」
 「貴様の名前なぞどーでもいいわ! これが落ち着いていられるか! 咲鬼は我が妹、娘も同然ぞ!」
 「よーく存じております、存じて上げておりますとも」
 読者の皆様にはもうお馴染みであろう、料理屋『泉屋』の真ん前、天下の往来。
 瑞波で、いや天津で知らぬ者とてない真紅の巨大騎鳥『炎丸(ホムラマル)』に乗ったまま、えらい勢いで押し問答をしているのはもちろん、綾だ。並のペコペコよりふた回りは大きい、それも真っ赤な羽根の炎丸と、同じく真紅を基調とした着物を翻した綾は、夏の町中では目立つことこの上ない。
 押し問答の相手は町人、それも老境にさしかかった年齢の男だが、それにしてはえらく体格が良く『面構え』もただ者ではない。どこか名のある武将、と行っても通じる風格だ。平民が姫君に相対するからには、地べたに正座で手は膝、というスタイルだが、決して卑屈な印象を与えない。
 そのはず、『笠垣』の名を聞いて思い出す読者の方もあろう。元、瑞花の町奉行であった笠垣桐十郎。あの『天臨館テロ事件』の責任を取って職を辞し、武士の身分まで捨てたその人の、今の姿である。
 ところで『町奉行』というと裁判官、のようなイメージをお持ちの方も多いだろうが、実はその権限は非常に広い。この瑞波の首都における行政のほとんどを一手に握る、現代で言うなら東京都知事と警視総監、高等裁判所の長官など、もろもろを全部兼ねたような要職だ。よって、ただでも生半の人物に務まる仕事ではないのだが、その中でもこの笠垣という男、一条家の先代当主・一条銀に取り立てられて以来、歴代有数とも言われる手腕を振るって来た傑物である。
 いずれは一条家の重臣となること『間違いなし』と言われたほどの男が、今は一介の料理屋のオーナーというのだから、奇特と言われても仕方あるまい。武士を捨てた後、この店とチェーンを丸ごと無代から買い取り、逆に無代を『客分』として迎え入れ、包丁を持って店に出るも、国外へ商売に出るも自由、としている。
 物心共に、無代の『後ろ盾』もしくは『後見人』となる道を選んだのだ。
 その動機は『恩義』である。
 あの天臨館のテロ事件。あの時もし世継ぎの君である流、あるいは3人の姫君のうちの誰か1人でも傷を負っていたならば、間違いなく自分は切腹。笠垣の家も断絶していた。闇に葬られた『真相』が公になったとしても、ほぼ同様であろう。それどころか、奉行所の要職にあった者たちも多くは同じ道を歩んだはずである。
 それが一切のお咎め無しに終わり、笠垣家も無事、息子に譲る事ができたのは、無代や流の活躍のお陰である。特に無代は全ての責任を自ら被って退学、という見事な結末をつけてみせた。
 「この命、若様と無代殿らのお陰で長らえた。ならば拾った残りの人生、為に使わん」
 と、自ら髷を切り落としたのである。潔い、とも言えるが、やはりちょっとユニークな人物であることも隠せまい。事実、現役の奉行であった頃も、町の人々から『桐十(とうじゅう)様』の愛称で親しまれていた。ちなみに『桐十』とは桐十郎の愛称、まあ『金さん』みたいなものと思えばよい。だから料理屋のオーナーとなった今でも、瑞花の街の人々は皆、この男の元の身分や仕事を知っており、結果として『泉屋』の名は他の店とは別格の扱いを受ける事になった。
 例えば少々スジは違うが、店の前で瑞波の姫君がこうして大声で押し問答をしていても、
 「おお、『桐十様』も暑いのにご苦労な事だ」
 で、済む程度に。
 ちょうど良いので、文中でも瑞波の人々に習って、彼の事は『桐十』の名で呼ばせていだだこう。
 「どうぞお聞き下さりませ、綾様。咲鬼様は確かに一度、手前の店に顔を出されております。が、またすぐお出かけになりましたので。午後にはまた一度、こちらへお寄りになると存じますから」
 桐十が苦笑まじりに説明する。ちなみに咲鬼、少女といえども今は筆頭御側役・善鬼の姪として認められており、また一条家の侍女同然の扱いも受けている。武家の女子として敬って扱うのは町人として当然だ。
 「出かけた……? 1人でか?」
 「まあ……左様でございます、綾様」
 「どこへ?」
 「綾様」
 桐十がすっ、と居住まいを正した。
 「何に致しましても、ここは天下の往来。どうぞ一度降鳥なされまして、店にお入りいただくわけには参りませぬか」
 丁寧に頭を下げる。が、 
 「断る。そもそも、咲鬼はその身を狙われているのだぞ」
 「どう致しましても?」
 「くどい」
 綾は頑として動かない。
 「そこまで申されますならば、やむを得ませぬな」
 ふう、と桐十が肩を落とした。
 「ほう……ならばどうする、笠垣?」
 「咲鬼様の所まで、この桐十がご案内を致しましょう。ならばお気もお済みになるかと」
 「おう」
 剣呑な雰囲気だった綾が、やっと少し機嫌を直す。
 「最初からそう致せばよい、笠垣。いや桐十」
 「多少の事情もございまして。お察し下さい、綾様。では」
 桐十が暖簾の向こうに声をかけると、即座に店員の1人が飛び出してきて、日除けの笠と1本の杖を手渡した。そこそこに長身の桐十が持って、胸先まで届くほどの白木の杖。
 「参りましょう、綾様」
 「『無反り村正』か」
 杖を一目見た綾が妙な事を言うのへ、
 「恐れ入りましてございます」
 桐十が頭を下げた。
 この杖、実は『仕込み』である。それを一目で見抜いた綾の目に『恐れ入った』というわけだ。
 この桐十、かつては居合いの達人として知られた武人である。その愛刀こそ、村正をわざわざ無反り、つまり直刀に鍛ち直した『無反り村正』。
 ちなみに瑞波では、町民が刀を所持する事を禁止していない。帯刀、つまり腰や背中に見えるように所持して出歩く事が禁じられているだけである。よって桐十が武士を捨て、腰に刀を帯びる権利を失っても、その愛刀はこの杖に仕込んで歩く事は咎められない。
 「腕は衰えておらんと見えるな、桐十」
 綾の武人の目は、桐十の居合いが未だに『神速』を維持していることを看破する。
 「重ねて恐れ入りましてございます。では綾様」
 「おう」
 桐十が笠を被るのを見計らって、先ほど杖と笠を持って来た泉屋の店員の1人が2人に『速度増加』の呪文を贈った。この店員、僧侶系の術者らしい。。移動速度を維持するため、供をするようだ。
 綾の炎丸を先導して桐十が走り出すと、先ほどの店員がそれを追う。1騎と2人が、瑞花の街を素晴らしいスピードで駆け抜けてゆく。驚くのは桐十の健脚だ。とても老境にさしかかろうとする年齢には見えない。
 一気に瑞花の街を抜け、郊外の田園をも抜けて、『龍ヶ背』の山筋へ分け入る。
 瑞花の北方に広がる『龍ヶ背』は、瑞波の国を貫く大河『剣竜川』に添うように、瑞波平野へ突き出した山塊だ。他ならぬ見剣城もまた、その山塊から別れた一山の上に立つ。山塊の元をたどれば、剣竜川がその源を発する大山脈へとたどり着く。そこまで行けばもう、人跡未踏と言っても過言ではない深山だが、背の口と呼ばれるこの麓の辺りはまだ、いわゆる『里山』の雰囲気を多分に残した穏やかな風景が広がっている。
 夏の日差しの中、山も畑も森も、これでもかと緑が濃い。その緑が、陽の熱に溶け出して風に混じり、綾の肺の中まで緑に焼き付かせるようだ。
 空は黒みがかって見えるほど青く、雲はその空を切り抜いたように白い。遥か遠くに見える山脈の、その山頂の辺りを隠す雲は黒く、恐らくは夏の驟雨に見舞われているのだろう。
 里山の山道に入ろうとする所で綾の目がふ、と道ばたの立て札を捉えた。
 木製。その表面には、一条家の家紋である『透かし三つ巴』。そして短い文章。

 『一条家御用地。立チ入リヲ禁ズ』。

 元々、この龍ヶ背の遥か奥には一条家の『隠し天領』があり、そこで人知れず兵を練ったり、ある時代には一族の罪人を幽閉したこともある。だが、こんなに里に近い辺りに御用地があるとは、綾をして承知していない。立て札の様子から見て、近年に建てられた物と見える。
 「綾様」
 桐十が走りながら声をかけて来た。さすがと言うか、息一つ切らしていない。
 ここから先が御用地であり立ち入り禁止というからには、一条家の人間もしくはその許可のある者しか立ち入れない。この先に咲鬼がいるとしても、平民である桐十や供の店員は入れない。
 「よい。許す」
 綾の許可は簡潔。許可といってもたった一言、口で言っただけだが、何せ言ったのは知らぬ者とてない殿様の長女なのだから文句のつけようはない。
 一騎と2人、速度を緩めず駆け抜ける。
 緑がさらに濃くなった。というよりもう、空と人間と真紅の騎鳥以外は全部緑だ。細い小川が道に沿っているが、その上にも夏草が分厚くのしかかり、魚も住めぬほどの水量しかない川面もちらほらとしか見えない。
 その山道の途中でふ、と、桐十が足を止めた。綾と炎丸、供の店員も止まる。
 「……お分かりになりましょうか、綾様」
 「うん」
 何が、とも聞かず綾はあっさりうなずくと、炎丸の背を降りた。
 「ここで待て、炎丸」
 綾が声をかけると、世界にも稀な真紅の巨大騎鳥はその足を折り、ふぁさり、とその羽根を一つ揺らしてその場に座り込んだ。鳴きも騒ぎもせず、ひょいと嘴を伸ばして小川の水を飲んでみたり、やはり並のペコペコには無いある種の余裕、というか風格すら感じられる。
 「歩行にて申し訳ございません。ですが、もう少しですので」
 「構わん。『霊場』となれば、歩くは当然の礼」
 桐十が頭を下げるのに目もくれず、綾は道の先をじっと見ている。
 『霊場』。
 それは、死者を弔う聖域を意味する。多くは寺であったり神社であったりするが、綾はこんな場所にそんなものがある、という事もまた知らない。ただ知識として知らなくても、その場所に流れる霊気を感知することぐらい、綾には朝飯前である。
 何せ亡き実母・桜は『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』と呼ばれた希少種なのだ。
 『霊威伝承種』は、聖戦の時代からジュピロス廃墟の近くで、他との交わりを絶って暮らして来た少数民族。その起源は『異世界』という謎の民族だ。並の霊能力者が束になっても敵わない、という絶大な霊能力と身体能力を有していたが、『さる事件』によって純血の子孫は絶滅した。桜はその最後の1人であり、今、この地上でその血を受け継ぐのは綾、香、静の一条三姉妹のみ。
 その長女として、綾にも強大な武力と同時に、一定の霊能力が備わっている。親しい者の危機や無事を遠く離れた場所から知ったり、周囲の霊気を感知する程度は楽なものだ。
 「……しかし、こんなところに寺なぞあったかな?」
 桐十に続いて山道を歩きながら、綾がいぶかしげな顔をする。綾とて瑞波領の全てを知っているわけではないが、それでも瑞花の近郊ならば大抵の事は知っているはずだ。
 「綾様がご存じないのは当然でございます。ここが『こう』なりましたのは最近のこと……しかも寺ではございません」
 「最近? 嘘を申せ」
 綾は思わず反論した。なぜなら綾がここで感知した霊気はそれこそ、霊場として数百年を経た祈りの場に匹敵する清浄さと霊圧を備えていたからだ。いくら立派な寺や神殿を建て、誰かが一年二年と祈ったとしても決して得られる類いのものではない。しかもその霊圧はどんどん濃くなる。まるで大河の源流を遡り、清浄な清水を無尽蔵に湧き出させる、最初の泉に近づいているようだ。
 心なしか、暑さも遠のいている。
 「……綾様」
 桐十が足を止めた。綾も止まる。
 彼らの歩いて来た山道から、ひと掴みほどの林を隔てた向こうに、墓地があった。
 林を切り開いたと見える、猫の額ほどの土地。真ん中に桜とおぼしき若木が一本植えられているが、夏の今、それは花ではなく緑の葉を茂らせている。
 その若桜の周囲をぐるりと取り囲むように、いくつかの小さな墓石が置かれていた。
 自然石をそのまま使ったらしく、名は彫られていない。周囲には奇麗な砂利が敷き詰められおり、きれいに草がむしられ、落ち葉なども掃き清められて片隅にまとめられている。側には竹の箒が一本。
 そして、そこに咲鬼の小さな姿があった。綾や桐十には気づいていない。
 ちょうど掃除を終えた所らしい。玉のような汗を手ぬぐいで拭うと、墓地の奥のちょっとした崖になった所へてててっ、と走った。
 そこに水が湧いている。
 崖の岩間から滾々と湧き出す清水を、これまた自然石を削ったらしい小さな手水鉢で受けてある。水は自然に鉢から溢れ、その周囲にだけ青々とした苔を育てていた。どうやら先ほどの小川は、この泉が源流であるようだ。
 地面に溢れた水の上で、美しい羽根を休めていた夏の蝶が一群れ、咲鬼に驚いたか逃げ散って行く。
 冷たい水で気持ち良さそうに口をすすぎ、顔を洗う咲鬼を、綾は微笑ましくも、うらやましくも思いながら見つめる。
 綾にはもう、全てが分かっていた。
 墓の数は30。
 それは『鬼の数』だ。
 咲鬼が瑞波にやってきたあの日、彼女を連れ戻そうと襲って来て、一条家の人々と無代達の手によって倒された『鬼』の数。リーダーである逆鬼1人は、他ならぬ綾によって両手両足を千切られたまま鬼の里に送り返されたが、咲鬼はその事は知らない。まあ、その逆鬼も十中八九、生きてはいまい。
 だから30。
 咲鬼の実母、里の掟を裏切って咲鬼を逃がした後、自ら命を絶った女性の墓は、一条家の菩提寺に建てられた。咲鬼に百合の着物をくれた、あの名も知れぬ老婆の墓もそこだ。無論、墓には何も入ってはいないが、咲鬼が何くれとなくそこを訪れては、祈りを捧げていることを綾は知っている。
 そして、その祈りの場所はここにもあったのだ。
 咲鬼が手水の水を手桶に汲んで、30基の墓石の一つ一つにひしゃくでかけてやる。抜いた草と掃き集めた落ち葉でたき火をし、その火で線香に火を灯す。
 30本の線香の、細い糸のような煙。
 その中で、咲鬼はしゃがんで小さな手を合わせた。
 その背中。
 その背中だけで、少女の祈りの真摯さが伝わって来るようだった。
 「……声をおかけになりますか?」
 「いや」
 桐十の質問を、綾は否定する。

 綾には、敵を弔う咲鬼の気持ちが分からない。

 綾という女性は、生粋の武人だ。ほとんど遺伝子レベルからそうと言ってもいい。彼女にとって、戦って敵を平らげることは本能に近い事象であり、息をする、飯を食う、寝るといったごく当たり前の生命活動なのである。
 野生の虎が、喰った兎を哀れんだり弔ったりするだろうか。当然いるはずがなかろうし、万一そんな虎がいたとしたら、それはもう虎とは言えないだろう。
 だからあの鬼達に対しても、綾は何の興味もない。怒りや恨みもない代わりに、哀れみや弔いの気持ちもない。
 だが、だからといって咲鬼の全てが分からない訳ではない。いや、咲鬼という少女自身のことは、綾にも十二分に理解できた。
 その優しさと、強さを。
 墓に眠る者は、かつての敵である。敵対し、戦い、そして撃破した者達だ。だが少女は、その敵の魂にも祈る。
 安かれ、と。
 思えば彼らは、もし咲鬼が鬼の里を逃げ出さなければ、自分の運命に殉じていれば、瑞波で死ぬ事はなかった魂である。
 極めて希少な『女の鬼』として、数えきれぬ程の男の鬼と交わり、発狂しようが何をしようが母体能力の続く限り『鬼の子』を生んで死ぬ。その運命を咲鬼が受け入れていたならば。母の導きで、叔父である善鬼の元へ逃走したりしなければ。
 無代に声をかけられ、一条家の人々に迎えられなければ。
 当たり前だが、彼らの死の責任が咲鬼にある、などということは全くない。彼らの死は自業自得という言葉が実にふさわしいだろう。
 が、しかしそれでも彼らが、咲鬼という少女の命と深い関わりのある命だったことに違いはない。彼らの死という現実の先に、咲鬼の生があることに違いは無いのだ。
 だから、背負う。
 彼らの死を、弔いという形で背負って行く道を、咲鬼は選んだ。
 それは楽な生き方ではない。誰かの死の上に、自分が立っていると自覚しながら生きて行くという生き方は、何よりも強さが必要だろう。
 その小さな祈りの背中に、綾は決意を見る。
 強くなる。
 独りぼっちだった小さな鬼の娘が今、この場所から世界に向けて決意の言葉を叫んでいるように、綾には見えた。
 ふっ、と泣けそうになる。
 (……この娘は、オレより強い)
 天下無敵を自認する豪傑姫が心の中で、自ら敗北を認めていた。
 咲鬼が、綾にこの場所のことを内緒にしていたのも、綾にこの行為が分からないと知っていたからだろう。『鬼達の墓を作りたい』などと相談されても、綾はそれこそ一笑に付したはずだ。
 ではこの場所を、咲鬼は1人で作ったのか。そんなはずはない。
 この場所は、それこそ千年の霊場に匹敵する清浄さと、霊気を備えている。つい最近までただの雑木林だったはずのこの場所を、ここまで徹底的に浄化し霊場化するなど、常識では不可能だ。
 だが、その不可能を可能にする人間を、綾は1人だけ知っている。
 妹の香だ。『霊威伝承種』の霊力を、母の桜から最も色濃く受け継いだ極めつけの霊能力者。だが、あの妹が自発的に他人のために何かをするなど考えられない。
 しかし、そんな妹を動かすことができる人間もまた、綾は1人だけ知っている。
 無代。
 昨夜この故郷を旅立っていったあの男。咲鬼がその無代を前に、その小さな頭を下げたならば。
 あの男のことだ。即座に香に頼んでこの場所に小さな霊場を構え、善鬼に頭を下げてこの場所を天領にしてもらい。
 自ら弁当を用意して林を切り開き、墓石を担ぎ、桜を植え。暑い疲れたと文句を言いつつも、笑いを絶やさず、咲鬼と軽口を叩き合い。
 そして掃除の仕方と、素朴だが真摯な祈りの作法を、自ら実演しながらこの少女に教えたに違いない。
 そう思うと、この小さな墓地の隅々に、ここにはいない彼らの気配が満ちているように思えた。
 綾の知らない祈り。
 だがその弔いの気持ちは分からなくとも、綾はその気配を何よりも好ましく思う。
 少女の長い祈りを、線香の細い煙が優しく包む。
 何気なく、その煙の行方を追った綾の目が、ふ、と林の木の上で止まった。
 そこに誰かいる。
 はっ、と即座に研ぎすました綾の感覚にもう1人、反対側の草むらの中にも何者かの気配を感じ取った。
 (忍者……草むらのはローグ……か?)
 木の上の忍者は見事に木の幹に隠れ、草むらのローグも姿を消したまま、綾でさえすぐにはその存在に気づかない。相当の手練だった。
 (だが、敵ではない)
 綾は即座に看破した。綾が今まで感知できなかった以上、彼らに殺気がないのは当然だが、そもそも妹の香が作ったであろうこの規格外レベルの霊場結界に、敵意のある者が忍び込めるわけがない。静まり返った墓地に『チンドン屋』が乱入するようなもので、とても隠れてなどいられまい。
 といって、一条家の正規の御庭番とも違う。そこは綾ならでは、気配だけでわかる。
 「……ひょっとして泉屋の者か」
 「はい、綾様」
 綾に問われた桐十が、即座に肯定した。
 「まことに僭越とは存じましたが、咲鬼様には内緒で警護をさせていただいております」
 深々と頭を下げる。
 「警護と申しましても、不調法な素人芸で至らぬばかりでございますが……『無代親方』が留守の間に咲鬼様に何かございましては、泉屋一同申し訳が立ちませぬもので」
 「不調法、とは申したな」
 綾が苦笑いする。この自分にさえそれと気をつけなければ看破できない隠形使いなど、城の御庭番にさえ何人もいまい。
 「恐れ入りましてございます。おかげを持ちまして一同、筆頭御側役様より『外御庭番心得』の御紋札を頂戴しております」
 御庭番に準ずる、一条家の家紋入りの札。それがあれば、彼らもこの天領にも自由に出入りできる。それも善鬼からの下しとあらば、瑞波の誰がケチを付けられよう。
 この世の誰に知られる事も誉められることもない、しかし鉄壁にして水も漏らさぬ優しき守りがそこにあった。
 あの小さな少女の祈りの背中を、どれほどの想いが包んでいるか。
 それを思う時、綾の心には誇りにも似た気持ちがある。
 小さな墓地では、祈りを終えた咲鬼が木陰に座り、泉屋の号の入った包みを開けて弁当を広げたところだ。咲鬼が一度泉屋に寄ったのは、この弁当を受け取るためだったのだろう。弁当の『変わり稲荷』は、稲荷寿司の中身が胡麻であったり、菜飯であったり、鮭飯であったりの、泉屋の名物。咲鬼の好物である。
 嬉しそうに大振りの稲荷を頬張る咲鬼の姿を見納めると、綾はくるりと踵を返し、もと来た道をすたすたと帰り始めた。
 ここにある祈りも弔いも、綾には無縁だ。またそれを包む守りにも、綾が手を出すまでもない。
 だが、綾の中には別の決意がある。

 (ならばその全てを、オレが守らねばならぬ)

 その真夏の日差しさえ圧倒するような、熱い想いがこみ上げる。身に備わったこの力、背負える者が1人2人というのでは話にならない。
 瑞波の国の想いの全てを、自分が背負えずして何の大将軍か。
 歩く足にも力がこもる。
 道案内の必要がなくなった桐十と店員が、今度は供をする格好になる。
 「もう、よろしゅうございますので?」
 「よい。気が済んだ。それにオレがここにいたのでは……」
 綾がくすり、と笑う。
 「死んだ鬼どもも、おちおち寝ていられまいよ」
 平らげた敵への気遣いなどさらさらないが、ここはあの少女に免じておこう。
 「桐十」
 「はい、綾様」
 「大儀」
 後ろも見ないで歩きながら放った、これでもかと短いねぎらいの言葉。だが、綾はそれに万感を込める。
 だからこそ桐十、わざわざ足を止めて店員と供に山道にぬかづくと、
 「勿体なきお言葉にございまする……」
 その白髪混じりの頭が夏草に埋もれるまで、頭を下げたのである。



 1騎と2人が泉屋へ帰って来ると、ちょうどその店先に駕篭が2丁、着いた所に行き当たった。共に一条家の『透かし三つ巴紋』が入った御用駕篭。前後左右を固めた1個小隊規模の護衛が、綾の姿を認めて全員が即座に片膝の礼を取る。
 2丁のうち1丁は『御物駕篭』といい、茶や酒を始めとした一条家の御用物を運ぶための駕篭だ。大げさに見えるが、毒殺の危険性など考えれば専用の物流手段を持つ事はこの時代の高級武士には常識である。
 そしてもう1丁は華やかな朱塗りの『姫駕篭』。これは一条家の三姉妹のための物なのだが、どこへ行くにも炎丸に乗って行く綾を始め、香も静も誰も乗ろうとしないので逆に有名な駕篭である。そのめったに動かないはずの駕篭から、今まさに降りて来たのは……。
 「香?!」
 「……綾姉様」
 香だった。
 ただでも滅多に城から出ない(無代に会いに行く時は常に単身、それも誰にも見られず隠密裏だ)彼女、恐らくこの駕篭に乗るのは初めてではないか。おまけにいつもの町娘の衣装ではない、れっきとした『姫装束』。
 これが凄まじく似合う。
 香姫、元々人形のような色白の美貌なだけに、朱塗りの駕篭と相まって雛人形が動き出したようである。ほお、という溜め息が周囲から漏れるのも致し方ない。
 「おー、やっぱり似合うなー香。オレはその手の格好はさっぱり似合わんのだが。……それ、無代兄貴に見せてやればよかったのに」
 「……」
 綾は本気で賞賛したのだが、香はにこりともしない。どうもあまり機嫌がよろしくないようだ。
 「で、どうした香、色々珍しいではないか」
 綾が炎丸から降りて尋ねるのへ、
 「……預かり物です、姉様。善鬼から」
 表情一つ変えずに、懐から一封の書状を取り出すと綾に差し出した。片手なのが彼女らしい。
 「おう……って預かり物!? お前が?! 善鬼から?!」
 「……店に行こうと思った所を、義母様と善鬼につかまって」
 義母の巴に有無を言わさず着替えさせられ、善鬼からは綾への預かり物を頼まれて駕篭に放り込まれたらしい。道理で機嫌が悪い。
 しかし、この妹が多少強引にされたからといって、無代以外の他人の頼みを聞き入れるとは。
 まだあっけに取られたままの綾に書状を押し付けると、香は軽く一礼だけして、1人とっととで泉屋の暖簾をくぐってしまった。当然、姫衣装のままだ。
 いらっしゃいませー、という店員らの、威勢の良い挨拶が聞こえたと思った次の瞬間。

 「……って、香姫様?! ……じゃなかった、おかみさん?!」
 「ちょっ……無代親方は出発なさって……え? 御存知?」
 「店に出る……って?! ええええマジでえええ?!」
 「うああああ!! おかみさん、ここだめ! ここで着物脱いじゃだめえええ!!!」
 「お着替えは奥でっ! 女衆、早くおかみさんを奥にお連れしろー!」
 「うへー、幾らすんだよこの着物……こんなの土間に脱ぎ散らかすか普通……!」
 「……親方ー! 早く帰って来てくれー! こっちの身が持たねー!」

 ひと騒動である。
 「あらら」
 外で聞いていた綾も苦笑するしかない。それにしても、
 (しかし、あの香がなあ……男が出来るとこうなるか!)
 綾はまだ信じられない、という顔だ。
 どうやら香姫、無代が不在の間もこの泉屋で働くつもりのようだ。無代がいなければ用も無いとばかり、店には寄り付かなくなると思ったが、それは間違いだったらしい。
 香なりに、無代の留守を守るつもりなのだ。
 『待っていろ』。無代のその言葉を胸に、彼が大切にしていた物を無代の代わりに見守るつもりなのだ。
 妹の、その劇的ともいうべき変化に、綾は姉として嬉しく思うと同時に、
 「男、というか無代の兄貴か。大したもんだなあ……うーん、我が善鬼も形無しだぞ」
 ちょっと悔しそうである。
 「綾様」
 桐十が声をかけてきた。そういえば、まだ御物駕篭の中身を受け取っていないので、一同が帰れないでいる。
 善鬼からの書状を開けて、読み下す。
 「……むふふ」
 読みながら綾姫様、妙な笑いを漏らした。
 「綾様?」
 桐十が首を傾げるのへ、
 「うむ、さすがは善鬼。やっぱりオレの目に狂いはないというものだ!」
 一転、上機嫌で御物駕篭の中身を店に運ばせたのである。


 泉屋の奥座敷。
 ここは例の事件で吹っ飛んだ泉屋が、一条家の出資によって再建された際に作られた特別の部屋だ。かなりの広さがあり、また裏手の運河に通じる庭に面している。そこからたっぷりと風を取り入れる開放的な構造ながら、他の部屋からは完全に死角となるよう工夫され、部屋に通じる廊下も巧妙に隠されている。実際、店の常連でさえその部屋があることを知らないというから念が入っている。
 勿論それは、一条家の人々が人目を気にせず寛げるようにと、無代が大工に命じてしつらえた部屋だ。
 その座敷に、綾がまたひっくり返っている。人目を気にしないにもほどがあるが、文句を言う者がいるわけではない。
 枕元には泉屋の女中が1人、ゆっくりと団扇を使って綾に風を送っている。
 風鈴の音、涼やか。
 「綾様」
 庭から声がかかった。先ほど墓地への道行きを供してくれた、あの僧侶系の店員だ。
 「おう」
 その声に、綾がむくりと起き上がる。
 「おっつけ、咲鬼様が、お店に、お帰りに、なります」
 「うむ」
 ちょっと不自然なほどにゆっくりとした、店員の言葉。
 (……『呪口(マジグチ)』か)
 今まで気にした事もなかったが、良く聞けば間違いない。超高速で呪文を唱えるために滑舌を鍛え抜いた副作用で、日常会話まで早口になってしまうのを隠すために、逆に殊更ゆっくり喋る癖のことを『呪口』という。危険な狩り場で、また戦場で、休むことなく必死に呪文を唱え続けた者の証のようなものだ。してみると、これもかなりの手練とみえる。
 また綾の枕元で団扇を使う女中も、団扇を握る手が不自然だ。指がおかしな方に曲がっているそれは『印指(インジ)』という。これも、下手をすると一昼夜も魔法の印を結び続けるような生活を続けた者がなる、身体的奇形の一つ。
 「綾様。店員一同、お召しにより揃いましてございます」
 庭から、桐十の声がした。
 綾が縁側に出てみると、そこに泉屋の店員がずらり揃って平伏している。
 「大儀である。面を上げてよい」
 す、と全員が顔を上げる。
 (……よくぞこんなに集めたもんだ)
 今さらながら、綾は感心する。泉屋には何度も足を運んでいるから気づかない自分が悪いのだが、それにしても、である。
 剣士系の者はその体つきを見れば腕が分かるし、盗賊系の者は気配と足運びで一目瞭然。手や顔に妙な火傷の痕があったりするのは、薬品を扱う者の勲章である。
 いずれの店員も、無代があちこちの行商先やら何やらで知り合い、店に連れて来た者という。あの男のことだから多分、手練と分かって連れて来たわけではなかろう。そんなことを見抜く『武人の目』は持っていないはずだ。
 ただ、別の目を持っている。
 例えば人だらけの市場の中で、哀しい運命に屈しかけた少女を見つけ出す。そういうかけがえのない目を、あの男は持っているのだ。ここに並んだ人々は、彼がその目で見つけ出して来た者達なのである。
 庭に並んだその店員達の中に、香がしれっと座っているのを見つけて、
 「ぶ!」
 と吹き出してしまう綾である。何と言うか素っ頓狂なのは変わらない妹だが、それも良い変化と受け取ろう。
 「一条家筆頭御側役・善鬼より、泉屋一同に下し物がある」
 綾の言葉こそ武張っているが、声は優しい。胸元にぶち込んであった善鬼からの書状を開く。
 「『日頃の労苦に報い、当家氷室より氷2貫目(約8kg)を下すものなり』」
 おおー、という声にならない感嘆が流れた。冬の間に作った氷を涼しい場所に貯蔵し、夏に消費するための施設が『氷室』だが、この世界ではワープポータルがあるし、氷結の魔法もあるため氷の入手自体はさほど難しくない。ただし冷蔵庫が有るわけではないので、夏の氷はやはり貴重だ。しかも2貫目ともなれば、かき氷にして100人分にも相当するだろう。
 「……ただし食べ過ぎに注意、だそうだ」
 にか、と綾が笑う。気が利く男を持つと幸せだ、とでも言いたげな笑顔。
 氷が来た。
 名水と名高い大剣竜の源流水を凍らせた、二抱えはあろうかという氷塊。夏の強烈な日差しをキラキラと反射し、見ているだけで涼しげだ。
 氷と一緒に、氷を削るための大振りの大刀も来る。綾がぱぱっと襷がけになると、庭に降りて刃物を握った。
 戦場で敵をなぎ倒す、その類い稀な剣風で氷を削ろうというのだ。
 座敷の襖が開いて、小さな娘鬼が顔を覗かせたのは、ちょうどその時である。 

 「咲鬼デス。ただいま戻りました。綾姫様がお見えと聞いて」 

 「おう咲鬼、よく戻った。さぞ暑かったろう? 今からオレが良い物を作ってやるから、皆で一緒に食べよう!……ただし!」
 綾が満面の笑みで咲鬼に呼びかけると、
 「食べ過ぎは禁物だぞ?」
 ちりりん。
 風鈴の音、涼しく。

 おわり。

 ありがとう。
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