2011.11.16 Wednesday
外伝『Box Puzzle』(1)
「畜生! 探せ! あのどサンピン野郎、逃がすんじゃねえぞ!」
いかにもガラの悪いドラ声、そしてバラバラの足音が、薄い板塀の向こうを通り過ぎて行く。
(……これはどうも、まずかったな)
一条銀(いちじょう しろがね)は、塀の向こうの物騒な気配に五感を澄ませながら、小さく溜め息をついた。
(まったく、私としたことが……)
今は無人らしい古びた家の、猫の額ほどの庭。その植え込みの影にうずくまるようにして隠れている姿は、およそこの国の『殿様』がする格好ではない。
が、今は致し方なかった。
銀を追う人数は5人。いずれも船乗りくずれらしい、いかにも喧嘩慣れした感じの逞しく日焼けした男どもである。対してこちらは、自慢ではないが腕に憶えな どまったくない半病人が1人。これが実弟の鉄ならば5人が100人でも平気の平左、いやむしろ大喜びするだろう。が、銀では5人が1人でも怪しい。いやそ れどころかしばらくぶりの全力疾走で、また身体の調子がおかしくなっている。全身にイヤな汗が吹き出る一方、身体が異様に冷たいのは良くない兆候だ。下手 に捕まってリンチでも受けようものなら、今の銀では命も落としかねない。
塀の向こうに、また足音が戻って来る。
「まだ遠くには行ってねえ! その辺に隠れてやがるぞ!」
正解だ。
さて『銀1人』、と書いたがこのお殿様、本当に1人である。こんな時に限って供を連れていない。というより『連れる事ができない』というのが正しいだろう。
一国の主が供を連れられない、その不思議の理由はこの『場所』にある。
今、銀がみっともなくうずくまっているのは瑞波国の首都・瑞花の西端にある、通称『桜町』と呼ばれる一角だ。瑞花の町を潤す大河『剣竜川』の河岸にある周囲2キロほどの丘を、すっぽりと覆うように建設された、いわゆる『遊郭』である。
そして瑞波で唯一、国主である一条家の権力が及ばない『自由都市』でもあるのだった。
少し由来を語っておくと、元来この丘は『城』だったという。もう百年以上も昔の事だ。
銀が当主として君臨する一条家が、その源である北方からこの瑞花の地へ侵攻し、大名として根を降ろした時代。その一条家に抵抗した土着の豪族達が、最後まで立て篭ったのがこの丘であった。
この時、この地で戦った豪族達は、その抵抗のあまりのしぶとさから『泥竜(どりゅう)』と称され、さしも勇猛で鳴る一条家もこれに手を焼いたという。そして長い戦いの末、最終的に両者の間に以下のような和平が結ばれる事になった。
『泥竜の者は剣を捨てるか、一条家に仕えよ。代わりに一条家の名において、この桜町に自治と無税の特権を認める』
以来、この小さな丘の町は、泥竜の末裔である『顔役』達の下、自由貿易と遊郭の経営を軸に独自の道を歩むことになる。
天津有数の暴れ大名・一条家にさえ逆らった気骨と、その後に与えられた自由の風という両輪が、この町に独特の混沌と活力を吹き込み、町は隆盛を極めてい る。。一方の一条家も、天津の各地にその勢力拡大する一方で、この桜町には一切の介入をせず、その独立性を尊重し続けていた。
この一定の緊張に立脚した友好関係、それが今の一条家と桜町である。
それだからこそ、瑞波の国主たる一条銀もこの地では『ただの人』として振る舞うのが習わしだ。一条家の家紋『透かし三つ巴』を身につける事も、ましてや 『殿様』として供を連れて練り歩くような真似はしない。当然、危機に遭遇しようが怪我をしようが、最悪死んだとしても自己責任という、考えてみれば剣呑な 場所なのだ。
だったら来なけりゃよさそうなものだが、銀に言わせれば、
『まあ、そこはそれ』
と、きたものだ。
なにせこの桜町、今や瑞波で、いや天津でも最大級の歓楽街だ。特に、自由貿易を背景に世界中から集められる美姫の数と質では、既に帝都の柳町を凌ぐとまで言われる。『柳では足りぬ、桜を見てから女を語れ』は、天津の数寄者達の合い言葉にもなっているという勢いなのだ。
で、銀もご多分に漏れず、独身時代から通う馴染みの店・馴染みの美姫が少なくない。なにせこの殿様、身分を隠していてもモテるときている。
だから、異国から冬待巴を正妻に迎え、世嗣である一子・流を授かった後も、この町にたびたび足を向けていた。
ただ誤解のないように書いておくが、今の銀にはもう男性としての機能は失われている。好きだった酒もあまり飲めないし、食べられるものも限られていた。瑞波の医師団や妻の巴の努力により、確実に余命は伸びているものの、それでも銀の身体を根本的に治癒する術はない。
与えられた時間は恐らくあと数年。その余命を数えながら生きている、それが今の銀なのだ。だからこそ妻の巴も、銀が一時の息抜きを求めてこの町に来ることを、決して本気で咎めることはない。
『……ほどほどになされませ、殿様』
やんわりと、そう釘を刺すだけである。むしろこの町が夫に、わずかでも生きる力を与えるならばそれでよし、というスタンスだ。
さて、それほどに馴染んだ町だけに、ここでの振る舞いには慣れているはずの銀だったのだが、しかし今日はドジを踏んだ。
馴染みの店で、これまた馴染みの美姫に添い寝させての一夜を過ごし、朝も早いうちに店を出たのだが(桜町では、日が高くなるまで店に居続けるのは『野暮、無粋』とされる)、そこで酔った男どもに絡まれている女を1人、助けたのだ。
いや、助けてしまった、と書いた方が正しいだろう。
美姫ではない、どこぞの店の下女らしいその女は、あまり美人でも利発そうでもない。桜町の女なら自然と身に付けるはずの、この手の客のあしらい方がまるで身に付いておらず、ただただ、
『おろおろ』
とするばかり。
さて本来なら桜町には、こういう女を助ける者はいない。
そもそもこの桜町で、女が酔った男をあしらえないというのは、海女が海で泳げない、というのに等しい。自由と混沌が支配するこの町は、同時に徹底した『自 己責任』の町でもある。子供や病人、老人といった本当の意味の弱者には優しくとも、五体満足で働ける力のある者に対しては容赦がない。『能無し』がのうの うと生きられる場所ではないのだ。
だから銀が彼女を助けたのも、ただの『おせっかい』である。繰り返すが、本来ならば放っておくのがこの町の流儀なのだ。
だが、この日の銀はなぜか、その女を放っておけなかった。何度思い出しても理由が分からないが、とにかくこの時、銀は彼女に声をかけた。
『来なさい』
そして女の手を引き、一緒に逃げてやったのだ。薬が効いている間は、銀も人並みに走る事ぐらいはできた。それが1時間ほど前の事だ。
今は、その助けた女もいない。銀が男達を引きつけている間に、礼も言わずにどこかへ消えてしまった。結果、銀だけが男どもから逃げている、というわけだ。
(いらないおせっかいを焼くからこういう事になる)
反省しきりの銀だが、この先どうするかとなると、どうにも手詰まりである。ここに隠れ続けるのも限界があるし、連中を振り切るのも無理そうだ。といって助けを求めるあてもありはしない。
(参ったな……)
身体の変調も危険水域に達しつつある。朝、店で用意させた水筒を出し、印籠の中の薬を飲み下した。これでしばらくはしのげるが、しかし薬の性質から、あまり連続で飲むのは危険である。
銀が本気で困り果てた、その時だった。
「おい、お武家さん」
「?!」
いきなり背後から声をかけられた。銀は別に武術の達人ではないが、それでも鈍感というわけではない。気配もなく後ろを取られる憶えなどなかった。
驚いて振り向くと、背後の板塀から一本の腕がにょっきりと生え、銀を手招きしている。さしもの銀が一瞬、新手のモンスターか何かかと疑ったほどだ。
「助けてやる。ついてきな」
張りのある、そして迷いのない声。腕は子供のそれだが、日焼けして逞しい。これはどうも、モンスターではなさそうだ。
(……町の子供か?)
困惑する銀に、その腕はもう一度だけ力強くて招きをすると、すぽん、と板塀の中に消えた。見れば板塀の一角がぱかん、と割れていて、人が通れそうな隙間が 出来ている。突然の事態だけに、銀といえども一瞬迷った。が、すぐに立ち上がると空の水筒を放り捨て、その隙間に身を踊らせる。戦場を駆ける剛勇こそ持た ないが、そこは銀も『武将』だ。この手の決断は早い。
隙間を抜けると、路地とも言えないような暗く、細い空間に出た。
(まるでいつぞやの抜け穴だな……)
確かに、妻の巴との馴れ初めにもなったあのプロンテラ城の抜け道を思い出すような場所だ。
「この家を建てた時に、隣の家主と土地の境界でモメてさ」
薄暗い路地の中で、小声の解説が響く。銀に見えるのは、大柄な少年のシルエット。
「結局、町の顔役が間に入って、喧嘩するなら双方がちょっとずつ下がれ、ってことになってね」
諍いを起こした双方が少しずつ損する、という妙な『大岡裁き』の挙げ句にできたこの空間を、子供らが抜け道兼遊び場として使っているらしい。
「ここを行けば、大剣竜の川まで出られるよ」
言い捨てて、少年はずんずんと歩き出した。全く後ろを見ない。銀がついて来ているかどうか、確認すらしない。ついて来られないなら、来られない方が悪い、という態度は、子供といえども実に『桜町の者』らしい。
とはいえ道は一本道、迷う気遣いはなかった。こうなると銀にも少し、少年を観察する余裕ができる。少年、歳の頃は十代の初め。銀の息子、流と同じぐらいと 見た。もっとも流は、その年齢で既に成人男性に引けを取らない体格だ。しかもまだ成長を続けているだけに、見かけだけならかなり歳上に見えるのだが。
足は速い。躍動する手足は、銀を追うあの男達と同じ様に日焼けし、子供といえどもなかなか逞しい。
(どこかの貿易船の下働きか……? しかしそれにしては身なりがいい)
少年の健脚についていきながら、銀が持ち前の観察力を発揮する。確かに少年の着物は決して安物ではなく、しかもまだ新しい。
抜け道が尽き、少し広い通りに出た。だがその時、背後の闇から声が響く。
「野郎ここだ! こっから逃げたぞ!」
抜け道を見つけられたらしい。
「こっち!」
少年が、銀を振り向きもせずに告げると、すぐに近くの別の路地に飛び込んだ。この町で働く者達が暮らすこのエリアは、町の外からの客が来る場所ではない。 銀も入り込むのは初めてだ。桜町の中でも特に入り組んだ一角だけに、追っ手の連中もまだ、逃げる2人の姿を捕捉してはいない。
路地はやはり狭く、暗い。
人がすれ違うのがやっとの路地を挟んで、低い屋根の粗末な建物が密集している。すべて木造で、屋根は良くて板葺き。瓦葺きの屋根すら珍しい。
やがて、2人が走る路地まで『が板張り』になった。板の下は水、剣竜川の川面だ。桜町の土台となっている丘が、大河に向って突き出した川下側。地形によっ て川の流れが遮られ、ゆったりとした遊水池のようになった場所に、無数の杭を打ち込んで土台とし、家を建て、町を作っているのだ。
丘の上の遊郭群が桜町の『光』なら、ここはまさにその『影』の部分。その影の町に、少年と銀が板を蹴ってゆく二つの足音だけが響く。
「……追って来るぞ」
背後からの気配を探った銀が、少年の背中に告げた。まだ距離があるが、確かに銀を追う連中の声が聞こえる。やはり完全に撒くことはできなかったようだ。
「わかってる。もう少しだ」
だが少年は慌てない。振り向きもしない。
(なかなか胆が据わっている)
銀は内心で感心する。子供と言えども、やるべき事が分かっていて迷いがない。
(……『泥竜の裔』か)
一条家の猛攻にすら耐え抜いた、古の桜の丘の強者達。頑迷で保守的で、しかし義理に厚く情が深い。数々の新兵器や新戦法を駆使する剽悍な一条武士の前に、戦では連戦連敗。しかし決して降参も服従もせず、石にかじりつき、泥をすすりながら戦い続けた気骨の者ども。
遥か時を隔てて、この町に生を受けた者に、今度は一条家の当主である自分が助けられる。これを皮肉と言うべきか、運命と言うべきか。
「ここ」
一軒の家の前で、少年がぴたりと足を止めた。その玄関の障子をからり、と開け、身体を滑り込ませる。銀も続いた。
ぴた、と障子が閉じられる。
中はまたしても暗い。狭い板張りの土間と、小さな畳の部屋。見た所、荒れてもいないし清潔だが、湿った空気にかび臭さが混じるのは、床下を川が流れる水上家屋の宿命か。
「喜助の親方、起きてらっしゃるかい?」
少年が、土間から畳の部屋に向けて声をかけた。畳の部屋には布団が敷かれていて、そこに人が1人、寝ているのが見て取れる。
「……小僧か?」
もぞ、と布団が動く気配がして、年老いた男の声で応えがあった。力のこもらない掠れた響きに、肺を病んでいる、と銀は見る。
「うん、おはよう親方。またちょっと通らせてもらうよ。……具合はどうだい?」
少年の声は殊更に明るい。相手の気持ちを少しでも上向かせようとする気持ちが入っているのを、銀も感じる。
「……ああ……今日はだいぶ楽だ。お前がくれた薬が効いた」
「また持って来るさ。だから元気んなって、また仕事頼むよ」
「おお……任せておけや」
「煙草と酒は控えんだぜ?」
「うるせえやい」
少年のからかいに、老人は笑いまじりの悪態で応える。声に少し気力が戻っているのを感じたか、少年はうん、と笑顔でうなずくと、
「また来る。裏口借りるよ」
銀を促して裏口へ抜ける。表の戸よりよほど頑丈な板戸を開くと、そこは『剣竜川そのもの』だった。
遮るものは何も無い、見渡す限りの滔々たる大河の流れ。もう河口に近いこの場所では、その川幅は1kmに迫る。大型の帆船、それも異国の物も数多く混じる船団が悠々と行き来する様は、ちょっとした海峡と言ってもいい。
風が強い。
銀の、太く三つ編みにした銀髪がゆら、と揺れる。川に面した裏口の方が玄関よりも頑丈なのは、川面を渡るこの風を避けるためである。
「……どうする?」
銀が少年に尋ねた。目の前は川で、そこから先は道もない。泳げと言われれば泳げない銀ではないが、身体のことを考えるとちとしんどい。
だが、少年はその銀の問いににっ、と笑顔で答えた。思えば、少年の顔をはっきり見るのはこれが初めてだ。
緑がかった黒髪、逞しい顎の輪郭。いわゆる女性的な美少年とは縁遠いが、輝きのある強い瞳といい、意志の強そうな口元といい、別の意味でなかなか魅力的な容貌である。いや、表現としては『なかなか見所のある面構え』とでも言うべきか。
その面構えに、さらに不適な表情を浮かべて少年は言った。
「船で逃げる。あそこ」
指差す先に、縄でつながれた小舟が1艘、川の流れの上に浮かんでいた。大人が4人も乗ればいっぱいになってしまう川舟だが、作りはしっかりしたもので、しかも見た所、まだ新しい。
「『俺の船』なんだ」
少年の笑みが深くなる。ちょっと自慢そうな響きが混じるが、そこは少年らしくて微笑ましい。
「お前の船?」
銀が聞き返すのへ、少年はもやい綱を引っ張りながら、
「うん。買ったばっかりなんだぜ。お武家さんが最初のお客さ」
「それは、ちと悪いな」
「いいさ」
大人、それも明らかに身分が上の銀に対し、鷹揚な態度さえ見せる。その態度はもう太々しいとさえ言えた。
「よし、乗んなよ」
「すまん」
少年が軽々と舟に飛び乗ると、船尾で櫂を握る。銀が座るのは舟の中央。
「出すよ」
一声かけて、少年が櫂を漕ぎ出すと、すい、と舟が走り始めた。その軽い動きを感じただけで、銀には漕ぎ手の腕が分かる。
「……ほう、上手いものだな」
「桜っ子なら当然さ」
少年が軽く返すが、しかし桜町生まれの者だからといって、誰でもこう上手く舟を操れるものではない、と銀も知っている。
あっという間に、町が遠くなる。無数の杭の上に、みっしりと並んだ家屋。その下の真っ暗な水。その向こうには、小高く盛り上がった桜町の遊郭群。朝日はもうそこそこ高く昇り、町を明るく照らしている。
追っ手の姿がどこにもない所を見ると、どうやら撒いたらしい。どっちにしても、船で水上に出れば簡単には追ってこられない。
「ここまで来ればもう大丈夫だぜ。お武家さん」
「ありがたい」
子供には重労働のはずの舟漕ぎだが、少年は息も切らさない。よくよく鍛えている、というか生まれつき丈夫なのだろう。正反対の虚弱な身体に生まれついた銀には羨ましい限りだ。
「さて、命の恩人に対してまだ名乗っていなかったな。私は『金良(かねよし)』という」
『金』と『良』で『銀』、とは当て字にしてもいい加減だろうが、まさかここで本名を言うわけにもいかない。
「世話になった。ありがとう」
丁寧に頭を下げる。
「恩人なんて大げさだよ……あ、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だっけ」
少年は櫓を漕ぐ手を少し休めて、銀の顔をまっすぐに見た。
「俺は『無代(むだい)』」
堂々、としか言い様のない態度で、その少年は名乗った。
滔々たる大河の流れと、今も誇り高くそびえる古城の丘。偶然にもその二つを背負ったその姿は、『俺がここの主だ』とでも言わんばかり。
(……ほ……お……)
それは天津の賢公と謳われた一条銀をして、一瞬その目を奪われる情景だった。
「『無代』か。……良い名だ」
思わず呟いた。お世辞ではない。
『無代』とは、そのまま読めば単に『無料』という意味になってしまうが、この場合は違う。
例えば世の中には由緒ある銘刀や、滅多に生まれない強力な騎鳥といった、いくら金を積まれても売れない、金には換えられない文物が存在する。こういった『余りにも貴重過ぎて値段の付けようがないもの』を称して、
『無代』
というのである。
だから、銀にはその名を聞いただけで、この少年にその名を与えた者がどれほど彼を愛し、また期待していたか、十分に感じ取れた。
だが、その銀でさえ、まだ知らない。
この少年が未来に、どれほどの冒険に挑むのかを。
そしていつの日か本当にその名の通り、多くの人々にとってかけがえのない人間となることを。
『天津の無代に代えは無し』
後にそう称えられることになる、この希代の男の運命が今、まさに大きく変わった事を。
そしてもう一つ、銀の知らない事がある。
これまた希代の男、一条銀その人の残り少ない人生もまた今、大きく変わった事。
彼がこの世に残す、最後の物語の『寄せ太鼓』が今、鳴り響いた事。
その短くも濃密な物語。
『天井裏の魔王』の物語。
いかにもガラの悪いドラ声、そしてバラバラの足音が、薄い板塀の向こうを通り過ぎて行く。
(……これはどうも、まずかったな)
一条銀(いちじょう しろがね)は、塀の向こうの物騒な気配に五感を澄ませながら、小さく溜め息をついた。
(まったく、私としたことが……)
今は無人らしい古びた家の、猫の額ほどの庭。その植え込みの影にうずくまるようにして隠れている姿は、およそこの国の『殿様』がする格好ではない。
が、今は致し方なかった。
銀を追う人数は5人。いずれも船乗りくずれらしい、いかにも喧嘩慣れした感じの逞しく日焼けした男どもである。対してこちらは、自慢ではないが腕に憶えな どまったくない半病人が1人。これが実弟の鉄ならば5人が100人でも平気の平左、いやむしろ大喜びするだろう。が、銀では5人が1人でも怪しい。いやそ れどころかしばらくぶりの全力疾走で、また身体の調子がおかしくなっている。全身にイヤな汗が吹き出る一方、身体が異様に冷たいのは良くない兆候だ。下手 に捕まってリンチでも受けようものなら、今の銀では命も落としかねない。
塀の向こうに、また足音が戻って来る。
「まだ遠くには行ってねえ! その辺に隠れてやがるぞ!」
正解だ。
さて『銀1人』、と書いたがこのお殿様、本当に1人である。こんな時に限って供を連れていない。というより『連れる事ができない』というのが正しいだろう。
一国の主が供を連れられない、その不思議の理由はこの『場所』にある。
今、銀がみっともなくうずくまっているのは瑞波国の首都・瑞花の西端にある、通称『桜町』と呼ばれる一角だ。瑞花の町を潤す大河『剣竜川』の河岸にある周囲2キロほどの丘を、すっぽりと覆うように建設された、いわゆる『遊郭』である。
そして瑞波で唯一、国主である一条家の権力が及ばない『自由都市』でもあるのだった。
少し由来を語っておくと、元来この丘は『城』だったという。もう百年以上も昔の事だ。
銀が当主として君臨する一条家が、その源である北方からこの瑞花の地へ侵攻し、大名として根を降ろした時代。その一条家に抵抗した土着の豪族達が、最後まで立て篭ったのがこの丘であった。
この時、この地で戦った豪族達は、その抵抗のあまりのしぶとさから『泥竜(どりゅう)』と称され、さしも勇猛で鳴る一条家もこれに手を焼いたという。そして長い戦いの末、最終的に両者の間に以下のような和平が結ばれる事になった。
『泥竜の者は剣を捨てるか、一条家に仕えよ。代わりに一条家の名において、この桜町に自治と無税の特権を認める』
以来、この小さな丘の町は、泥竜の末裔である『顔役』達の下、自由貿易と遊郭の経営を軸に独自の道を歩むことになる。
天津有数の暴れ大名・一条家にさえ逆らった気骨と、その後に与えられた自由の風という両輪が、この町に独特の混沌と活力を吹き込み、町は隆盛を極めてい る。。一方の一条家も、天津の各地にその勢力拡大する一方で、この桜町には一切の介入をせず、その独立性を尊重し続けていた。
この一定の緊張に立脚した友好関係、それが今の一条家と桜町である。
それだからこそ、瑞波の国主たる一条銀もこの地では『ただの人』として振る舞うのが習わしだ。一条家の家紋『透かし三つ巴』を身につける事も、ましてや 『殿様』として供を連れて練り歩くような真似はしない。当然、危機に遭遇しようが怪我をしようが、最悪死んだとしても自己責任という、考えてみれば剣呑な 場所なのだ。
だったら来なけりゃよさそうなものだが、銀に言わせれば、
『まあ、そこはそれ』
と、きたものだ。
なにせこの桜町、今や瑞波で、いや天津でも最大級の歓楽街だ。特に、自由貿易を背景に世界中から集められる美姫の数と質では、既に帝都の柳町を凌ぐとまで言われる。『柳では足りぬ、桜を見てから女を語れ』は、天津の数寄者達の合い言葉にもなっているという勢いなのだ。
で、銀もご多分に漏れず、独身時代から通う馴染みの店・馴染みの美姫が少なくない。なにせこの殿様、身分を隠していてもモテるときている。
だから、異国から冬待巴を正妻に迎え、世嗣である一子・流を授かった後も、この町にたびたび足を向けていた。
ただ誤解のないように書いておくが、今の銀にはもう男性としての機能は失われている。好きだった酒もあまり飲めないし、食べられるものも限られていた。瑞波の医師団や妻の巴の努力により、確実に余命は伸びているものの、それでも銀の身体を根本的に治癒する術はない。
与えられた時間は恐らくあと数年。その余命を数えながら生きている、それが今の銀なのだ。だからこそ妻の巴も、銀が一時の息抜きを求めてこの町に来ることを、決して本気で咎めることはない。
『……ほどほどになされませ、殿様』
やんわりと、そう釘を刺すだけである。むしろこの町が夫に、わずかでも生きる力を与えるならばそれでよし、というスタンスだ。
さて、それほどに馴染んだ町だけに、ここでの振る舞いには慣れているはずの銀だったのだが、しかし今日はドジを踏んだ。
馴染みの店で、これまた馴染みの美姫に添い寝させての一夜を過ごし、朝も早いうちに店を出たのだが(桜町では、日が高くなるまで店に居続けるのは『野暮、無粋』とされる)、そこで酔った男どもに絡まれている女を1人、助けたのだ。
いや、助けてしまった、と書いた方が正しいだろう。
美姫ではない、どこぞの店の下女らしいその女は、あまり美人でも利発そうでもない。桜町の女なら自然と身に付けるはずの、この手の客のあしらい方がまるで身に付いておらず、ただただ、
『おろおろ』
とするばかり。
さて本来なら桜町には、こういう女を助ける者はいない。
そもそもこの桜町で、女が酔った男をあしらえないというのは、海女が海で泳げない、というのに等しい。自由と混沌が支配するこの町は、同時に徹底した『自 己責任』の町でもある。子供や病人、老人といった本当の意味の弱者には優しくとも、五体満足で働ける力のある者に対しては容赦がない。『能無し』がのうの うと生きられる場所ではないのだ。
だから銀が彼女を助けたのも、ただの『おせっかい』である。繰り返すが、本来ならば放っておくのがこの町の流儀なのだ。
だが、この日の銀はなぜか、その女を放っておけなかった。何度思い出しても理由が分からないが、とにかくこの時、銀は彼女に声をかけた。
『来なさい』
そして女の手を引き、一緒に逃げてやったのだ。薬が効いている間は、銀も人並みに走る事ぐらいはできた。それが1時間ほど前の事だ。
今は、その助けた女もいない。銀が男達を引きつけている間に、礼も言わずにどこかへ消えてしまった。結果、銀だけが男どもから逃げている、というわけだ。
(いらないおせっかいを焼くからこういう事になる)
反省しきりの銀だが、この先どうするかとなると、どうにも手詰まりである。ここに隠れ続けるのも限界があるし、連中を振り切るのも無理そうだ。といって助けを求めるあてもありはしない。
(参ったな……)
身体の変調も危険水域に達しつつある。朝、店で用意させた水筒を出し、印籠の中の薬を飲み下した。これでしばらくはしのげるが、しかし薬の性質から、あまり連続で飲むのは危険である。
銀が本気で困り果てた、その時だった。
「おい、お武家さん」
「?!」
いきなり背後から声をかけられた。銀は別に武術の達人ではないが、それでも鈍感というわけではない。気配もなく後ろを取られる憶えなどなかった。
驚いて振り向くと、背後の板塀から一本の腕がにょっきりと生え、銀を手招きしている。さしもの銀が一瞬、新手のモンスターか何かかと疑ったほどだ。
「助けてやる。ついてきな」
張りのある、そして迷いのない声。腕は子供のそれだが、日焼けして逞しい。これはどうも、モンスターではなさそうだ。
(……町の子供か?)
困惑する銀に、その腕はもう一度だけ力強くて招きをすると、すぽん、と板塀の中に消えた。見れば板塀の一角がぱかん、と割れていて、人が通れそうな隙間が 出来ている。突然の事態だけに、銀といえども一瞬迷った。が、すぐに立ち上がると空の水筒を放り捨て、その隙間に身を踊らせる。戦場を駆ける剛勇こそ持た ないが、そこは銀も『武将』だ。この手の決断は早い。
隙間を抜けると、路地とも言えないような暗く、細い空間に出た。
(まるでいつぞやの抜け穴だな……)
確かに、妻の巴との馴れ初めにもなったあのプロンテラ城の抜け道を思い出すような場所だ。
「この家を建てた時に、隣の家主と土地の境界でモメてさ」
薄暗い路地の中で、小声の解説が響く。銀に見えるのは、大柄な少年のシルエット。
「結局、町の顔役が間に入って、喧嘩するなら双方がちょっとずつ下がれ、ってことになってね」
諍いを起こした双方が少しずつ損する、という妙な『大岡裁き』の挙げ句にできたこの空間を、子供らが抜け道兼遊び場として使っているらしい。
「ここを行けば、大剣竜の川まで出られるよ」
言い捨てて、少年はずんずんと歩き出した。全く後ろを見ない。銀がついて来ているかどうか、確認すらしない。ついて来られないなら、来られない方が悪い、という態度は、子供といえども実に『桜町の者』らしい。
とはいえ道は一本道、迷う気遣いはなかった。こうなると銀にも少し、少年を観察する余裕ができる。少年、歳の頃は十代の初め。銀の息子、流と同じぐらいと 見た。もっとも流は、その年齢で既に成人男性に引けを取らない体格だ。しかもまだ成長を続けているだけに、見かけだけならかなり歳上に見えるのだが。
足は速い。躍動する手足は、銀を追うあの男達と同じ様に日焼けし、子供といえどもなかなか逞しい。
(どこかの貿易船の下働きか……? しかしそれにしては身なりがいい)
少年の健脚についていきながら、銀が持ち前の観察力を発揮する。確かに少年の着物は決して安物ではなく、しかもまだ新しい。
抜け道が尽き、少し広い通りに出た。だがその時、背後の闇から声が響く。
「野郎ここだ! こっから逃げたぞ!」
抜け道を見つけられたらしい。
「こっち!」
少年が、銀を振り向きもせずに告げると、すぐに近くの別の路地に飛び込んだ。この町で働く者達が暮らすこのエリアは、町の外からの客が来る場所ではない。 銀も入り込むのは初めてだ。桜町の中でも特に入り組んだ一角だけに、追っ手の連中もまだ、逃げる2人の姿を捕捉してはいない。
路地はやはり狭く、暗い。
人がすれ違うのがやっとの路地を挟んで、低い屋根の粗末な建物が密集している。すべて木造で、屋根は良くて板葺き。瓦葺きの屋根すら珍しい。
やがて、2人が走る路地まで『が板張り』になった。板の下は水、剣竜川の川面だ。桜町の土台となっている丘が、大河に向って突き出した川下側。地形によっ て川の流れが遮られ、ゆったりとした遊水池のようになった場所に、無数の杭を打ち込んで土台とし、家を建て、町を作っているのだ。
丘の上の遊郭群が桜町の『光』なら、ここはまさにその『影』の部分。その影の町に、少年と銀が板を蹴ってゆく二つの足音だけが響く。
「……追って来るぞ」
背後からの気配を探った銀が、少年の背中に告げた。まだ距離があるが、確かに銀を追う連中の声が聞こえる。やはり完全に撒くことはできなかったようだ。
「わかってる。もう少しだ」
だが少年は慌てない。振り向きもしない。
(なかなか胆が据わっている)
銀は内心で感心する。子供と言えども、やるべき事が分かっていて迷いがない。
(……『泥竜の裔』か)
一条家の猛攻にすら耐え抜いた、古の桜の丘の強者達。頑迷で保守的で、しかし義理に厚く情が深い。数々の新兵器や新戦法を駆使する剽悍な一条武士の前に、戦では連戦連敗。しかし決して降参も服従もせず、石にかじりつき、泥をすすりながら戦い続けた気骨の者ども。
遥か時を隔てて、この町に生を受けた者に、今度は一条家の当主である自分が助けられる。これを皮肉と言うべきか、運命と言うべきか。
「ここ」
一軒の家の前で、少年がぴたりと足を止めた。その玄関の障子をからり、と開け、身体を滑り込ませる。銀も続いた。
ぴた、と障子が閉じられる。
中はまたしても暗い。狭い板張りの土間と、小さな畳の部屋。見た所、荒れてもいないし清潔だが、湿った空気にかび臭さが混じるのは、床下を川が流れる水上家屋の宿命か。
「喜助の親方、起きてらっしゃるかい?」
少年が、土間から畳の部屋に向けて声をかけた。畳の部屋には布団が敷かれていて、そこに人が1人、寝ているのが見て取れる。
「……小僧か?」
もぞ、と布団が動く気配がして、年老いた男の声で応えがあった。力のこもらない掠れた響きに、肺を病んでいる、と銀は見る。
「うん、おはよう親方。またちょっと通らせてもらうよ。……具合はどうだい?」
少年の声は殊更に明るい。相手の気持ちを少しでも上向かせようとする気持ちが入っているのを、銀も感じる。
「……ああ……今日はだいぶ楽だ。お前がくれた薬が効いた」
「また持って来るさ。だから元気んなって、また仕事頼むよ」
「おお……任せておけや」
「煙草と酒は控えんだぜ?」
「うるせえやい」
少年のからかいに、老人は笑いまじりの悪態で応える。声に少し気力が戻っているのを感じたか、少年はうん、と笑顔でうなずくと、
「また来る。裏口借りるよ」
銀を促して裏口へ抜ける。表の戸よりよほど頑丈な板戸を開くと、そこは『剣竜川そのもの』だった。
遮るものは何も無い、見渡す限りの滔々たる大河の流れ。もう河口に近いこの場所では、その川幅は1kmに迫る。大型の帆船、それも異国の物も数多く混じる船団が悠々と行き来する様は、ちょっとした海峡と言ってもいい。
風が強い。
銀の、太く三つ編みにした銀髪がゆら、と揺れる。川に面した裏口の方が玄関よりも頑丈なのは、川面を渡るこの風を避けるためである。
「……どうする?」
銀が少年に尋ねた。目の前は川で、そこから先は道もない。泳げと言われれば泳げない銀ではないが、身体のことを考えるとちとしんどい。
だが、少年はその銀の問いににっ、と笑顔で答えた。思えば、少年の顔をはっきり見るのはこれが初めてだ。
緑がかった黒髪、逞しい顎の輪郭。いわゆる女性的な美少年とは縁遠いが、輝きのある強い瞳といい、意志の強そうな口元といい、別の意味でなかなか魅力的な容貌である。いや、表現としては『なかなか見所のある面構え』とでも言うべきか。
その面構えに、さらに不適な表情を浮かべて少年は言った。
「船で逃げる。あそこ」
指差す先に、縄でつながれた小舟が1艘、川の流れの上に浮かんでいた。大人が4人も乗ればいっぱいになってしまう川舟だが、作りはしっかりしたもので、しかも見た所、まだ新しい。
「『俺の船』なんだ」
少年の笑みが深くなる。ちょっと自慢そうな響きが混じるが、そこは少年らしくて微笑ましい。
「お前の船?」
銀が聞き返すのへ、少年はもやい綱を引っ張りながら、
「うん。買ったばっかりなんだぜ。お武家さんが最初のお客さ」
「それは、ちと悪いな」
「いいさ」
大人、それも明らかに身分が上の銀に対し、鷹揚な態度さえ見せる。その態度はもう太々しいとさえ言えた。
「よし、乗んなよ」
「すまん」
少年が軽々と舟に飛び乗ると、船尾で櫂を握る。銀が座るのは舟の中央。
「出すよ」
一声かけて、少年が櫂を漕ぎ出すと、すい、と舟が走り始めた。その軽い動きを感じただけで、銀には漕ぎ手の腕が分かる。
「……ほう、上手いものだな」
「桜っ子なら当然さ」
少年が軽く返すが、しかし桜町生まれの者だからといって、誰でもこう上手く舟を操れるものではない、と銀も知っている。
あっという間に、町が遠くなる。無数の杭の上に、みっしりと並んだ家屋。その下の真っ暗な水。その向こうには、小高く盛り上がった桜町の遊郭群。朝日はもうそこそこ高く昇り、町を明るく照らしている。
追っ手の姿がどこにもない所を見ると、どうやら撒いたらしい。どっちにしても、船で水上に出れば簡単には追ってこられない。
「ここまで来ればもう大丈夫だぜ。お武家さん」
「ありがたい」
子供には重労働のはずの舟漕ぎだが、少年は息も切らさない。よくよく鍛えている、というか生まれつき丈夫なのだろう。正反対の虚弱な身体に生まれついた銀には羨ましい限りだ。
「さて、命の恩人に対してまだ名乗っていなかったな。私は『金良(かねよし)』という」
『金』と『良』で『銀』、とは当て字にしてもいい加減だろうが、まさかここで本名を言うわけにもいかない。
「世話になった。ありがとう」
丁寧に頭を下げる。
「恩人なんて大げさだよ……あ、名乗られたら名乗り返すのが礼儀だっけ」
少年は櫓を漕ぐ手を少し休めて、銀の顔をまっすぐに見た。
「俺は『無代(むだい)』」
堂々、としか言い様のない態度で、その少年は名乗った。
滔々たる大河の流れと、今も誇り高くそびえる古城の丘。偶然にもその二つを背負ったその姿は、『俺がここの主だ』とでも言わんばかり。
(……ほ……お……)
それは天津の賢公と謳われた一条銀をして、一瞬その目を奪われる情景だった。
「『無代』か。……良い名だ」
思わず呟いた。お世辞ではない。
『無代』とは、そのまま読めば単に『無料』という意味になってしまうが、この場合は違う。
例えば世の中には由緒ある銘刀や、滅多に生まれない強力な騎鳥といった、いくら金を積まれても売れない、金には換えられない文物が存在する。こういった『余りにも貴重過ぎて値段の付けようがないもの』を称して、
『無代』
というのである。
だから、銀にはその名を聞いただけで、この少年にその名を与えた者がどれほど彼を愛し、また期待していたか、十分に感じ取れた。
だが、その銀でさえ、まだ知らない。
この少年が未来に、どれほどの冒険に挑むのかを。
そしていつの日か本当にその名の通り、多くの人々にとってかけがえのない人間となることを。
『天津の無代に代えは無し』
後にそう称えられることになる、この希代の男の運命が今、まさに大きく変わった事を。
そしてもう一つ、銀の知らない事がある。
これまた希代の男、一条銀その人の残り少ない人生もまた今、大きく変わった事。
彼がこの世に残す、最後の物語の『寄せ太鼓』が今、鳴り響いた事。
その短くも濃密な物語。
『天井裏の魔王』の物語。