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Day of Glaris(1)
 カプラ『グラリス』のホームグラウンドはどこか、と問われれば、『シュバルツバルトの首都・ジュノー』、それしか答えはあるまい。
 もちろん他にも『グラリス』が配置された街は数多いが、街中にあるカプラポイント3箇所、そのすべてがグラリスで占領されている街となればもう、このジュノーをおいて他にはないからだ。
 よって当然、ジュノー市民にとって『カプラ嬢』とは、長女役でトップとされる『ディフォルテー』でも、まして他の姉妹たちでもない、カプラ服の肩に『カプラスパイラル』を持たず、赤銅色の髪と黒縁の眼鏡がトレードマークの、この異色のカプラ嬢のことだ。
 さらに『グラリス』の役を交代で務める『チーム・グラリス』の正体こそ、世の女性たちの憧れでもあるカプラ嬢を、さらに磨き鍛えるため組織された『教導師範部隊』であり、各職業のスペシャリストを選りすぐった超技能集団である、という事実もまた、ジュノー市民の誇りの一端を担っている。
 加えて、あの世界の根幹を揺るがした大混乱の中で、強力無比の戦前機械・飛空戦艦セロを擁してジュノーを制圧した武装集団を、獅子奮迅の戦いで撃退した、という飛び切りの武勇伝が加わったのだから大変だ。
 ジュノー市民の、いやシュバルツバルド国民が『グラリス』に向ける視線ときたら、もう神話時代の勇者英雄、いやそれすら通り越さんばかりの勢いであり、この街にある3箇所のカプラポイントは、いつも凄まじい人垣に囲まれ、さながら生きた女神の降臨を拝む聖地、といったありさまだ。
 この日も早朝からジュノー中央のカプラポイントに、『チーム・グラリス』のメンバーでも一二を争う人気者、グラリスNo6・ジプシーが『降臨』するとあって、まだ暗いうちから凄まじい見物客が押し寄せ、カプラ嬢の身辺警護を行うカプラガードが、ほとんど総出で警備に当たる騒ぎになった。
 だがその騒動も、カプラ嬢の交代時間が近づくと一段落。
 もちろん『グラリス』の誰が、いつ、どこのカプラポイントを担当するか、そのシフト表は別に公開はされていない。だが今や大陸全土に広がったカプラファンにとって、それを予測することなど朝飯前である。
 G6・ジプシーの次は、グラリスNo9・パラディンの出番だ。
 と、ここまで書いておいて何なのだがこの義足の師範聖騎士、チーム・グラリス内の『人気の度合い』で言うと、実はそう高い方ではない。同じ剣士から転職するクラスとしては、何かと派手なグラリスNo10・ロードナイトとどうしても比較されてしまうし、その仕事にしても『縁の下の力持ち』に属するものが多い。それに何より、グラリスの中では唯一の『人妻』、それも知らぬ者とてない『愛夫家』であることが、カプラファンの大半を占める『野郎ども』の夢を打ち砕いているのだからやむを得ない。
 もっとも彼女の『旦那持ち』としての落ち着きや、その妙に『男前』な性格や、職業婦人としての風格めいたものが、意外と若い女性に人気だったりするので世の中分からない。
 折しも、野郎どもの野太い歓声に見送られたG6ジプシーが、それこそ天まで届けとばかりに盛大な両手投げキッスを残し、カプラポイントから消える。
 と、ほぼ同時に次のグラリスが、前任者と寸分違わない位置に出現する。空間を自在に操るカプラシステムを利用した、お馴染みカプラ嬢の早変わりだ。
 「……あれ?」
 だが、周囲を埋めた人垣から漏れたのは歓声ではない。
 『グラリス』の中で、これまた一二を争う長身のG9パラディン、その姿が出現するはずの空間を、観客全員の視線が『空振り』したのだ。
 「じゃーん!」
 口で奏でた効果音は、本来あるべき位置よりずいぶんと下。
 グラリスNo15・ソウルリンカーだ。
 本来現れるべき義足のG9パラディンとは正反対、グラリス中、いや全カプラ嬢の中でも最も背が低い、ほとんど少女にしか見えない師範魂術師。だがそれゆえに熱狂的かつカルト的な人気を誇るグラリスが、代わって出現した。
 「……」
 観客が困惑にざわめいたのも一瞬。そこは百戦錬磨のカプラファン達だ。この突然のシフト交代に、
 (G9パラディンに何かあったらしい)
 と類推するなどは序の口。そして、真に本当にこなれたファンなら、
 (ああ……また『旦那』か)
 と、見当をつけるぐらい、朝飯前なのであった。
 「いくさじゃあああああ!!!!!」
 ジュノーの南部、カプラ・グラリスの寮内に、虹声のG6ジプシーのこれでもかと景気の良い雄叫び、いや『雌叫び』が響いた。
 義足のG9パラディンら一部の家庭持ちを除く、大半のグラリスが日常の根城としているこの建物は、先年の騒乱の中で完膚なきまでに破壊されてしまったが、去年ようやく再建された。
 ただ再建したにしては、えらく時間がかかったのは、もちろん元の形に復元しただけではないからだ。
 いつ、いかなる敵に襲われても数ヶ月は籠城可能な堅牢さに加え、大量の武器・食料を貯蔵し、シュバルツバルドの空を行き交う飛行船をボタンひとつで、即時無条件にチャーターできるネットワークを有する。攻めに回っても、世界中のカプラポイントで発生する有事に対して24時間いつでも、5分以内で初動を起こせる体制が整えられている。
 まさに世界最強の女子寮。
 その地下の岩盤をぶち抜いて設けられた広大なブリーフィングルーム。
 「皆の衆、いくさじゃあ♪ いくさでござるううううう♪♪♪♪」
 「G6、ちょっと静かに」
 G6ジプシーの雄叫びが、ちょうどオペラのソロ風アレンジに変化した辺りで、グラリスNo3・プロフェッサーのツッコミが入った。
 高い天井と広大な空間を有する部屋の中央、これまた巨大な指揮卓の上には、一つの都市と、ある建物の詳細な構造図が広げられている。 正面にグラリスの指揮官・G3プロフェッサー。さらにその周囲を、お馴染みチーム・グラリスの面々が埋める光景ときたら、この世のどんな女子会より物騒だ。
 「アルデバランにおけるアルケミストギルドの武力殲滅は最後の手段です。あわてない」
 G3プロフェッサーの声こそ冷静だが、内容は案の定、耳を疑うほどに物騒だ。
 「だがG3、倖弥が殺された後では元も子もない」
 抗議の声は義足のG9パラディン。ちなみに『倖弥』は彼女の夫の名前で、ということはやはりトラブルは『旦那絡み』であるらしい。その表情こそ冷静だが、既にカプラ服に合わせてデザインされたアーマードレスに帯剣、盾まで背負った完全装備。
 いわゆる『殺る気満々』だ。
 「辞表はもう『専務』に届けてあるし、カプラのみんなに迷惑をかけるつもりはない。私一人で行く」
 「貴女まであわてないで下さい、G9」
 だがG3プロフェッサーは一蹴。
 「アルケミストギルドは確かに戦闘ギルドではありませんが、それでも武装は十二分にある。ギルド直属の威力部隊『髑髏印』は、単位時間あたりの火力なら世界一です。いくら貴女でも一瞬で灰だ」
 「む」
 防御が自慢の聖騎士が、一瞬で灰と言われては誇りもへったくれもない。
 「それに無事、アルケミストギルドに突入して地下牢に辿り着いたとしても、非武装の旦那さんを連れて脱出はどうします? 今度こそ二人まとめて灰か、ホムンクルスの餌ですよ」
 G3プロフェッサーの言い方こそ辛辣だが、言葉に決してトゲはない。事実を淡々と告げれば、意味の通じない相手ではないと分かっている。
 「あと、その『辞表』とやらはコレですか?」
 G3プロフェッサーが懐から、味も素っ気もない封筒をひょい、と取り出す。
 「あ」
 「さっき『専務』が返しに来ました。すごく困ってましたよ」
 「む」
 「あんまり『専務』を困らせないでやって下さい。『D1』と掛け持ちで、あの娘も大変なんですから」
 言っておいて、ぴっ、と白い封筒を宙に弾く。瞬間、
 「ファイアーボルト」
 ぼっ!
 一瞬で灰。
 「むむー」
 その言葉を使わぬ雄弁の前には、さしものG9も黙るしかない。
 「大丈夫、旦那さんはまだ処刑されていません。G7がギリギリまで交渉を続けてくれている」
 盲目のグラリスNo7・クリエイターは、チーム・グラリスで唯一、アルケミストギルド内部の人間だ。当然、組織にも一定のコネを持っている。
 そもそも今回の発端は今朝、義足のG9パラディンの夫・倖弥に対し、アルケミストギルドから処刑命令が出たことによる。
 元々、ギルド内部の異端児として、事あるごとにギルドと衝突を繰り返していた倖弥が、戦場で重症を負った妻のG9を救うため、『ホムンクルスを利用した人体部品の錬成・移植』という禁忌スレスレの行為に手を染めたことは、本編にも書いた。その倖弥を救うため、組成した妻はグラリスとなり、教会とカプラ社のコネを最大限に使って、夫の身を守ったことも読者既読の通りである。
 それにより、アルケミストとしての大半の技能を封印され、わずかな製薬と露天しかできなくなった倖弥だったが、そうも言っていられない事態が起きた。
 あの世界を揺るがした大騒乱だ。
 『グラリス』として、その中心で戦う妻を放っておける倖弥ではない。ギルドとの誓約なんぞどこ吹く風、とばかりにいつものメンツを集めると、妻を助けるために参戦し、八面六臂の大活躍。
 だが、コレがギルドの逆鱗に触れる。
 一度ならず二度までもギルドの誓約を踏みにじったとなれば、確かにやむを得ない部分もあろう。
 ただ、いずれの事態も情状は十分に汲んでよい話だし、何より正式な裁判もないまま『処刑』というのが穏やかでない。
 『結局、アルケミストギルド内の勢力争い。その巻き添えを食らったのよ』
 内情に詳しい盲目のG7クリエイターが語ったことだ。
 『今のギルド長は製薬畑のトップ。だけど、今回の騒乱でG9や、ほかならぬ私が活躍したものだから、ホムンクルス畑の連中が盛り返して来ている』
 G9パラディンの義足となった左足は、夫の倖弥がホムンクルスの技術を使って創りだした生体部品であり、人体とは比べ物にならない異能を有する。また盲目のG7クリエイターはホムンクルスを巨大化させる『巨大種(ギガンテス)』の第一人者であり、その作品はかのジュノー奪還作戦でも伝説的な働きを見せた。
 『歴代、製薬畑が独占してきたギルド長の座を、ホムンクルス畑が奪う、ってね。馬鹿な話だけど』
 元来、組織内の勢力争いなどに露ほどの興味もないG7は、肩をすくめてみせたものだった。
 『で、製薬畑の連中が慌てて、G9の旦那を見せしめにしようとしてる、ってわけ。ホントはG9もまとめて消したかったみたいよ?』
 冗談ではない。その伝でいけば、盲目のG7クリエイターの身柄だって安泰とは言えないではないか。
 「万一のために、G7には護衛をつけています」
 さすが指揮官のG3プロフェッサーに抜かりはない。
 「しかし、それではG7がギルドを説得するのは逆効果では?」
 「もちろん」
 義足のG9パラディンの疑問を、G3プロフェッサーは肯定する。
 「説得できる、とは最初から思っていません。こちらの態勢が整うまでの時間稼ぎ、そう考えてもらって結構」
 「態勢?」
 G9パラディンの目が不信を宿す。世界中どこでも5分以内の状況開始、それがグラリスの信条だ。実際、出撃なら今すぐでも可能である。
 だがG3プロフェッサーは揺るがない。
 「さっき『社長』を通じて、わがカプラ社が持つ『最強のカード』を切ってもらった。今はその連絡待ちです」
 折しも、ブリーフィングルームへ複数の伝令が入る。
 「OK、準備が整いました」
 G3プロフェッサーが電文から顔を上げ、一同を見回す。
 「どうやら武力殲滅は必要ないみたい。『救出作戦』に切り替えます。G5」
 「おうよ。お待ちかねだぜ」
 G3プロフェッサーの指示を受けたグラリスNo5・ホワイトスミスが、トレードマークのくわえタバコのまま、ブリーフィングルームの一角にある気密扉を開放する。
 扉の向こうは細い通路、その向こうには分厚い装甲板でしつらえた扉がもう一つ。それを開くとまた通路、そしてまた装甲扉。
 それが3度繰り返された後、最後の装甲扉が開かれた先は、『空』。
 そして眼下には、
 ぶぉぉおおおおお!!!!
 双胴飛行船『マグフォードII』。再建なったその純白の巨体が、例によってアンカーも使わず、4つのプロペラのパラレル駆動だけを使って空中に静止し、乗客を待っている。
 ちなみにここから乗り込むのに梯子も何もない。飛び降りる、が正解。すべてはG5ホワイトスミスが、あの動乱の反省をもとに作り上げた。用意周到にして強力無比の、これがカプラの要塞だった。
 「チーム・グラリス、状況開始。ただし眼鏡は外さない。だから人も殺さない……極力」
 G3プロフェッサーの、やはり物騒な指示が飛ぶ。
 「あとG9、最後に一つ、確認したいことが」
 「何?」
 グラリスの指揮官は、今日一番の真剣な顔で、 
 「旦那さん、『女装』は得意ですか?」 
中の人 | 外伝『Day of Glaris』 | 11:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Day of Glaris(2)
 アルケミストギルドはその日の朝から、ギルド創立以来の事態に襲われていた。
 ギルドの厄介者・倖弥への処刑命令が出されたのが早朝。これに対してその妻、G9パラディンが所属するカプラ社から異議申立てが来る。と、ここまでは想定の範囲内だった。
 またその使者がギルドの身内でもある盲目のG7クリエイター、これも予想できたことである。
 ただその護衛名目で、実に3人もの『グラリス』が乗り込んでくることは予想していなかった。
 グラリスNo11・ガンスリンガー。傭兵として世界の戦場を渡り歩き、要人警護も星の数ほどこなしたプロフェッショナル。
 グラリスNo8・チャンピオン。グラリス最強の対人『破壊』能力を誇る、異端にして孤高の格闘者。
 そしてグラリスNo2・ハイマジシャン。言わずと知れたチーム最大にして最強の『ぶっ壊し屋』。
 いずれも先の動乱で、かの戦前機械(オリジナル)を相手に死闘を繰り広げた、まさに生きた伝説そのもの。加えて全員がカプラ倉庫を自在に操る現役のカプラ嬢ときているから、セキュリティ名目で武器を取り上げたところで何の意味もない。
 施設内に核爆弾でも持ち込まれた方が、まだマシというものだ。
 しかも何のつもりか、盲目のG7クリエイターがギルド長らを説得にあたる間、得意の二丁拳銃をぶっ下げたG11ガンスリンガーだけが護衛につき、他の2人は別行動。瀟洒な東屋や石像が立ち並ぶ中庭の、綺麗に手入れされた芝生の上で、G8チャンピオンの指導の下『足つり体操』だの『安産ツボ押し』だの、どこから突っ込んだらいいのか分からない珍妙なポーズやら体操やらに勤しんでいる。
 一応、アルケミストギルドの精鋭威力機関『髑髏印』が監視にあたってはいるが、壊し屋のG2ハイウィザード、そしてどこへ行くにも裸足のG8チャンピオン、その2人だけでほぼ一軍にも匹敵する戦闘能力の持ち主だけに、これはもう監視する方が心臓に悪い。
 「……身体、結構柔らかいねえG2」
 「まーね、ギルド戦とか体力勝負だから、ちゃんと鍛えてるのよアタシくらいになれば……あああっ! そこ! そこ効く!!」
 「いや、按摩さんじゃないから」
 ごき、と変な方向に関節をハメられ、うぎゃあ、と変な声を上げたり。
 「……」
 総勢100名にも達する『髑髏印』の精鋭全員が、手にジワジワと嫌な汗をかきつづけている。
 相手の意図が分からない、それがこれほど精神的に来るとは思っていなかった。こんなことなら『倖弥の身柄を渡せ』とガチで脅されたほうがよっぽど分かりやすい。アルケミストの使う劇薬、その瓶に張られたラベルのドクロマークに語源を持つ彼ら『髑髏印』は、単純な時間辺りの火力密度だけを比べるなら、他のどんな職業をも上回る自信があるのに……。
 そんな奇怪な監視任務が、しかし唐突に終わりを告げた。
 「G2、G8、ご苦労様でした」
 建物の中から中庭へ、盲目のG7クリエイターが姿を見せた。自らが創りだした少女型の『盲導ホムンクルス』に手を引かれたいつもの姿だが、その後ろには双銃のG11が油断なく付き添っている。
 「おー、時間? じゃ、いこっか」
 G2ハイウィザード、そして裸足のG8チャンピオンが、芝生からぴょん、と立ち上がる。
 「お、おい待て! 勝手な行動は……!」
 監視役、『髑髏印』のリーダーが、盲目のG7の前に立ちふさがり、そして凍りつく。
 当然だ。
 超大口径の万能拳銃『オロチ』、その真っ暗な銃口が突然、目の前に出現すれば誰だってそうなる。
 双銃のG11ガンスリンガー、その象徴でもある二丁拳銃『シキガミ』の片割れだ。ちなみに対となるもう一丁『イヅナ』は180度反対方向、『髑髏印』の副隊長の眉間に据えられている。
 恐るべきファスト・ガンだ。
 「動いてもいいけど、命の保証はしないさ?」
 二丁拳銃の引き金にかけた指に、あと数ミリグラムの力が加われば、隊長と副隊長そろって脳漿をまき散らし、白亜の床を真っ赤に染めてぶっ倒れることになる。
 そして銃手の言葉通り、命の保証はない。
 魔法かアイテムで蘇生が可能な世界といっても、死者が無制限に生き返れるわけではない。死亡後、蘇生が可能な時間には制限があり、それは遺体の損傷度によって異なるのだ。
 こんな大口径の弾丸で脳天をふっ飛ばされでもしたら、蘇生可能時間などものの数十秒だろう。当然、周囲は乱戦状態となるだろうから、味方が蘇生してくれる保証などない。
 「そーそー、アンタらこそ勝手な行動は慎め?」
 G2ハイウィザードがこきこき、と首を鳴らしながら、G8チャンピオンと共にG7クリエイター、G11ガンスリンガーと合流。
 「大体さ、こっちがこのまま大人しく、何もしないで出てってやろう、ってのよ? それ、わざわざ邪魔してどーすんの?」
 いつの間にか手に持った、巨大な杖の先でぐるり、と相手の集団を威嚇する。
 「それともなに? 『グラリスの半分』相手に、ココで一戦交えてみるか? いつでもOKよ? アタシぐらいになれば?」
 『グラリスの半分』とは? だが、その言葉が終るか終わらないか。
 
 「イヤーッ!!!!!」
 どかん!! 中庭に面した扉の一つが派手に吹っ飛び、中から飛び出した黒い影が空中でくるり、と一回転。
 すた、と着地したのは、ひときわ背の高い石像、イズルード海底神殿に生息するモンスター『ストラウフ』の上。眼鏡から下をすっぽりと面頬で覆い、双手を胸の前で印に結んだその姿。
 「ニンジャ?!」
 『髑髏印』の中から、思わず声が漏れる。グラリスNo14・忍者。とっくの昔にアルケミストギルドに潜入していたらしい。
 必要な時、必要な場所。忍者はそこにいる。
 「G13、セカンド・オフィサー命令です。アルケミストギルドの殲滅指令は只今を持って消滅(デリート)。以後は私の指示に従いなさい。copy?」
 さらに、盲目のG7クリエイターが謎の言葉をつぶやくと、
 「……copy」
 無機質な返答と共に、ふうっ、と、新たなグラリスの姿が中庭に浮かび上がる。
 グラリスNo13・アサシンクロス。人を殺す以外何もできない、一人では着替えも、食事すらできない『十三番目のグラリス』。
 その不吉で、それゆえに美しい死神の姿は、燦燦と陽光が降り注ぐ緑の芝生の上では、まるで洗いたてのシーツに落ちた真新しい血痕のように、どこまでも不吉で、それゆえにどこまでも美しい。
 「で、アンタもいんの? G12」
 「ほっほ」
 G2ハイウィザードに応えた声は、相変わらず人を小馬鹿にしたようで、それでいて飄々と風に溶ける。そして、その姿はついぞ見えない。
 グラリスNo12・チェイサー。この不可視のグラリスがいつ、どこで何をしているのか、把握できる者は神にもいない。ただ肝心な時には必ず、一番面白い所にいる。『悪漢』とはそういうもので、そうやって生き、そうやって死ぬものだ。
 「……」
 総勢100人を超える『髑髏印』の面々は、もう身動き一つ取れない。グラリスが7人、まさに『グラリスの半分』。
 彼女らが本気で戦う気になれば自分たちはもちろん、歴史あるアルケミストギルドを建物ごとこの世から消失させることさえ朝飯前だろう。
 「じゃ、アタシらは出て行くけど、牢屋の人は殺さないこと。偉い人から死刑執行命令が出るまではね……出せれば、だけどさ」
 G2ハイウィザードの捨て台詞に、『髑髏印』の全員が悟らざるを得なかった。監視していたのは自分たちではない。
 彼女たちだ。
 何らかの準備が整うまで、牢屋の中の男が殺されないように、グラリスの半分がこの建物に居座り、アルケミストギルドそのものを監視していた。
 そして穏便に済ませてもらったのは、自分たちの方なのだ。
 「あ、来た来た」
 裸足のG8チャンピオンが、首をのけぞらせて空を見上げる。一瞬、そこにはただ青空だけが見える。しかし錯覚だ。
 
 ぶぉぉぉぉんん!!!
 突然、ひときわ高いエンジン音が鳴り響き、そこに純白双胴の巨鯨が出現する。『マグフォードII』。
 G8ホワイトスミスらの手により、初代から様々な改良を加えられた最新鋭飛行船は、気嚢からガスを噴出するロケット推進機構も大幅に進歩した。現在ではこのように、少量のガスをゆっくりと噴出することで、低速ながら無音での航行も可能だ。
 さらに気嚢と船体の色を、今のような空色や闇色へと自在に変えられる『光学ステルス機構』まで備えた結果、そろそろその存在自体が国際問題化しつつあるレベルだ。
 
 ヴォォォオオオ!! 
 ステルス航行を解き、アルデバランの上空へ進入した飛行船が、エンジンとプロペラの推力を最大限に活かし、一気に高度を下げる。都市の象徴たる時計塔を、まるで掠めるようにぐるりと周回する螺旋軌道。
 ひゅん、ひょん、と飛行船から数本のロープが地上に垂らされ、その先がざざざざざっ、と石畳をこする。
 ひらり。
 そのロープを伝って次々に地上に降り立ったのは言うまでもない、チーム・グラリスだ。
 「行きましょう」
 アルケミストギルドの構成員がこぞって呆然と見上げる中、G7クリエイターが声をかける。
 中庭から本館へ、そして外へと続く廊下の扉がすべて開放され、グラリス達が悠々と歩いていく、その後姿を黙って見送る。
 怒りだの屈辱を感じる暇も隙もない、いっそ清々しいほどの完敗だった。
 「ご苦労様でした」
 飛行船から降り立ったG3プロフェッサーが、G2ハイウィザードら『ギルド潜入班』をねぎらう。
 そして一列に整列。
 既にあちこちに情報が回ったとみえて、時計塔の前には続々と『カプラファン』が押し寄せている。元々『アルデバラン時計塔前』はカプラ・グラリスの担当ポイントだが、今は他チームのナンバーズが交代で、カツラと眼鏡を着けて立っている。多分、他の担当ポイントもそうだろう。
 なぜなら現在、ここに現役のカプラ・グラリス全員が勢揃いしているからだ。
 年に一度、アマツの桜祭りででもなければ決して見られない、ファン歓喜の光景。
 ただ、そこに『あの時』を戦ったチーム・グラリス、その全員が揃うことはない。『グラリス』に空いた欠員は、埋められることなく今に至っている。
 カプラを知る者達にとっては周知の、そして痛恨となる、不揃いのグラリス。
 だが彼らの誰一人として知らなかった。
 この後に起こる出来事。
 後に『グラリスの日』と呼ばれる、その奇跡の時間のことを。
中の人 | 外伝『Day of Glaris』 | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Day of Glaris(3)
 「御開門!!御開門を願わん!!」
 国境の街・アルデバランを囲む堅牢な城壁、その向こうから響いた大音声は、遥か街の真ん中に聳える時計塔まで、くっきりと届いた。
 「これに罷り越したるは神聖ルーンミッドガッツ王国の騎士にしてモロクの守護職、王国元老院議員、オウカ・フォン・ラピエサージュなる!」
 「?!?!?!」
 そろそろ広場を埋め尽くしそうなアルデバラン市民、そしてカプラファンたちは一斉に目を剥き、一方で時計塔の正面に整列したチーム・グラリスは平然。
 アルデバランの空に朗々と響いたその名乗りこそは、『元』グラリスNo10ロードナイト。
 抜群の資質と容姿、そして非の打ち所のない血統家柄から、カプラの最高峰『ディフォルテーNo1』すら勤められるとされた、かつての新人グラリスその人だ。
 彼女は『あの戦い』で大きなダメージを受けた母国の混乱を見かね、自ら決断してグラリスを辞し、王国貴族として帰参。直後から、王と元老院議会の絶大な信頼の下、モロクとその周辺の土地を領土として与えられ、全身全霊でその復興に取り組んでいる。
 同時に、王国の意思決定に深く関わる元老院、その最年少の議員にも選ばれ、『あの戦い』を通じて手を取り合った様々な国々の人々と共に、信頼関係に基づいた盛んな外交を行っている。
 もはやこの大陸のVIPの一人と言って差し支えない、庶民には顔すら拝めない雲の上の存在。
 それが今、白銀に輝くアーマードレスに身を包み、騎鳥ペコペコにまたがった華麗な騎士姿で、アルデバランの大門を悠々と潜り抜けて来る。極彩色のペコペコの羽をこれでもかと飾った兜を小脇に抱え、聖戦時代から彼女の家系に伝わる魔剣は腰だ。
 「よー、おひさーG10、じゃなかった、『マム・ラピエサージュ』」
 何かと遠慮のないG2ハイウィザードが、手に持った巨大な杖をぶんぶん振り回して挨拶。ちなみに『マム(Ma’am)』は『マダム(Madam)』の省略形であり、男性なら『サー(Sir)』にあたる敬語なのだが、このG2が言うとほとんど敬語に聴こえない。実に魔法使いらしい、王も貴族も、神様だって知ったことかという気位の高さ。
 「キャ〜♪ ロナチャ〜ン♪ 税金安クシテ〜♪」
 また適当な黄色い声を張り上げての歓迎は、もちろん虹声のG6ジプシー。
 だが言われたG10ロードナイトには怒りの欠片もない。
 「お久しぶりです魔法使い殿、唄人殿も、お元気そうで安心しました」
 すべての役柄を女性だけで演じる、アルナベルツ名物・女演劇の花型男役のような、いっそ男より男前な声と態度も相変わらずだ。
 「どうぞ昔のように『G10』と呼んで下さい。マム、などと呼ばれるよりも、私にとっては遥かに大きな誉れです」
 どこかに台本でもあるのかと疑うほど、いちいちセリフが大仰なのも相変わらず。
 ちなみに『10番目のグラリス』も『師範貴騎士(マスター・ロードナイト)』も、彼女がその座を辞して以来、ずっと空位のままだ。とはいえ騎士として抜群の能力はもちろん、家柄や血筋まで厳選されるグラリス・ロードナイトは、チーム・グラリス中で最も人選が難しいと言われるだけに、それも致し方ない。
 裏話になるが、かつて瑞波一条家の長女・綾もグラリス・ロードナイト候補として名前が上がったことがあるのだが、結果として彼女でさえ『実力はともかく血統家柄が悪すぎる』とハネられている(もっとも決まったところで綾が受けたとは思えないが)。『大陸三大国の上級貴族出身で、少なくとも3親等以内に王族の血統を持つ』等の暗黙の内規を満たす、次代のグラリス・ロードナイトが誕生するのは、実に27年も後、なんとこのG10ロードナイトの長女である。
 もちろんこの時、まだ生まれてすらいない。
 華麗なる長身のグラリス・ロードナイトがくるり、とペコペコを返した。
 アルデバランの大門を、彼女に続いて数台の『鳥車』が列をなして入街してくる。馬のいないこの世界で、馬の代わりにペコペコに曳かせた車のことをこう呼ぶのだが、馬よりパワーのあるペコペコだけに、通常は1羽か、せいぜい2羽もいれば十分だ。
 だが今、G10ロードナイトの先導でアルデバランに入ってくる鳥車は4羽立て、中には6羽立てという最大級のものまで、いずれも巨大かつ豪華な鳥車ばかり。
 大門から時計塔までまっすぐに進み、そこから時計塔をぐるりと車回しに使って整列し、一旦停止。同時に、並んだ鳥車の一台からアマツ風の服を着た使用人が、別の一台からは双子らしい二人の少年従者が飛び降り、手早く乗降用の低い階段をしつらえる。
 まず最初に時計塔正面に来た鳥車は、扉に『カプラの螺旋(カプラスパイラル)』を刻む、カプラ社の重役専用車だ。
 扉が開く。
  迎えるはG10ロードナイトの大音声。
 「カプラ社代表取締役社長、ルフール・シジェン殿!」
 どおっ!! と群衆が湧いた。カプラの紋章を見た時から予想はしていても、その姿を生で見るのはやはり格別だ。
 長かった黒髪をばっさりとショートにし、『最もグラリスらしい』と謳われたカプラ服と眼鏡の姿から、かっちりとした男物のスーツに着替えた長身のシルエット。階段をしつらえてくれたアマツ風の使用人と、双子の少年従者に軽く黙礼し、ヒールの音も高らかにアルデバランの石畳の上に降り立つ。
 神眼を謳われた『元』グラリスNo1スナイパー、そして『現』カプラ社社長、その人の姿である。
 「G1……いや社長、このたびは申し訳ない」
 事の発端である義足のG9パラディンが頭を下げるのへ、
 「ん……? ああ、そのことはいい、G9。旦那さんが無事で何より」
 これも相変わらずの冷静さで、神眼のG1スナイパーがうなずく。
 「後は任せておけ。必ず無事に助け出す。堂々と、正面からね」
 にやり、微かに微笑む表情も、あの日の頼もしさと変わらない。が、
 「キャ〜♪ シャチョサ〜ン♪ ボーナス上ゲテ〜♪」
 また適当な黄色い声を張り上げるG6ジプシーに、じろり、と意味深な流し目を投げておいて、はー、と溜息。かつての仲間と一堂に会する久々の機会だが、どうも機嫌はよろしくない。
 回りの群衆には聴こえない低い声で、
 「……これでアンタらが好き放題しなきゃね……女子寮の建設費、最終的に幾らかかったか知りたい?」
 「ぅおっと……!」
 G5ホワイトスミスが首をすくめる。破壊された女子寮を要塞化するのはカプラ社の総意としても、グラリス達が半分ノリで考えたアイディアを片っ端から盛り込み、勝手にどんどん予算をふくらませた『戦犯』こそ彼女だ。
 「あと、シュバルツバルドの『国宝武器』、勝手に持ちだして狩りしたヤツ!」
 「バレたさ!?」
 G11ガンスリンガーが首をすくめる。巨銃『エクソダスジョーカーXIII』はあの戦いの後、『国宝』に指定されたが、保管はそのまま『マグフォードII』の船内だ。
 「それと先週! 賢者の塔の架綯先生を連れ出して、ジュピロス廃墟の未踏破区域でさんざん鍵開けやらせたの誰!? 賢者の塔から猛抗議が来てるんだけど!」
 「げ」
 「あ」
 「う」
 「アイヤ〜」
 「あらら〜♪」
 「アイィエ」
 「ほっほ」
 「……ほぼ全員か」
 G1スナイパーが天を仰ぐ
 「ちっ、まさかあのガキ、チクりやがるとは……あんだけサービスしてやったのにっ!」
 何をしたのかG2ハイウィザード。
 「ほら、やっぱG2のおっぱいじゃ駄目だったじゃん?」
 両手を首の後ろで組んで、G8チャンピオン。
 「アンタの胸板腹筋に言われたくないわよ。……くっそー、お子ちゃまにはコッチのが効くと思ったのにっ」
 「……あのね、架綯先生の名誉のために言っとくけど、チクリじゃないからね」
 G1スナイパーが、今や部下となったかつての同僚たちをじんわりと睨み回す。
 「架綯先生、熱出して寝込んでらっしゃるってよ、あれ以来。『うわ言』でバレましたとか……どんな顔して謝りゃいいのよっ!」
 眉間のシワをぐりぐり。気苦労が絶えないようだ。
 「あー、まあまあG1、それぐらいに。方々をお待たせしては失礼ですから」
 乗降用の階段を抱えたアマツの使用人に促され、G10ロードナイトがとりなす。
 G1スナイパーをその場に残し、先頭の鳥車が移動。時計塔をぐるりと周回して次の鳥車が止まり、アマツの使用人と双子の従者が、素早く階段を据え付ける。
 扉には『神聖アルナベルツ法国』の紋章。群衆のどよめきが高くなるのは無理もない。ここアルデバランの街が属する『シュバルツバルド共和国』とアルナベルツ法国とは、ぶっちゃけ『敵国』だ。『あの戦い』以後、その関係はかなり改善されてはいるが、長い年月の間、血で血を洗う戦いを繰り返してきた両国の関係が、そうそうインスタントに友好化されるなら、世の中こんな世話のない話はなかろう。
 だが群衆のざわめきと視線の原因は、決してそこにあるのではない。
 それが証拠に、彼らには『敵意』はない。あるのはむしろ『期待』に満ちた『疑念』。
 まさか。
 まさか。
 まさかそんなことが。
 扉が開く。
 G10ロードナイトの大音声。
 「神聖アルナベルツ法国・法王庁第3席! アキラ・スカーレット枢機卿殿!」
 うおおおおおおお?!?!?!?!
 今度こそ、街を埋め尽くした大群衆から驚愕と歓喜の声が吹き上がった。
 『元』グラリスNo3ハイプリースト。
 彼女はG10ロードナイトと同じく、戦乱で人材不足に陥った母国に帰参し、少女法皇を支える中枢人物として活躍中。
 と、いう情報は誰でも知っていても、カプラ退任以来、彼女の姿を見ることも、噂を聞くことすら絶えて無かった。アルナベルツ法王庁の並外れた排他性、そして秘密主義のためである。
 名高い少女法皇に仕える神官達のうち、人前に姿を見せるのは下級、せいぜいが中級神官まで。最高位である『大神官』、それに続く『枢機卿』クラスが人前に、しかも『外国』でその姿を晒すのは、恐らくこれが史上初めてではないか。
 それゆえに、決して二度とは揃わないと言われた『あの日のグラリス』。
 それが今、青空に聳える時計塔の前に。
 真っ白な布地を金糸で縁取った法服を、茶色の帯でゆったりと結ぶ、アルナベルツ法国女性神官のベーシックな装い。失った片目を覆っていたトレードマークの黒革眼帯は、柔らかな白絹に銀糸でアルナベルツの紋章を刻んだ豪華なものに変わっている。
 とはいえ、その歴戦の傭兵教官めいた厳しい風貌は現役時代そのまま、少しも変わっていなかった。
 「わははははは!!!!似合わねー!!!!!」
 挨拶代わりの爆笑はもちろんG2ハイウィザードだが、他のグラリス達も苦笑を隠せない。
 誰よりも、G3ハイプリースト自身が、
 「笑うな。自覚はしている」
 と、苦笑交じりなのだから世話はない。
 「わざわざすまない、枢機卿殿」
 義足のG9パラディンがかつての敵、そして同僚、そして戦友に頭を下げる。
 「礼を言うのはこっちだな、G9。おかげで神殿を抜け出す口実ができた」
 回りの群衆には見えぬ、小さな笑み。
 「神殿は清浄だが、どうにも空が狭い。『イトカワ』で見た空さえ、今では懐かしい」
 珍しくセンチメンタルになっているのは、さしもストイックな彼女も、閉鎖的な神殿での生活がよほど堪えたか。
 それとも。
 G9ハイプリーストが階段を降りるのと同時に、アマツの使用人と双子の従者が、アルナベルツの石畳の上に緋色の絨毯を広げる。神に仕える者を穢れから守る、高度な紋章を刻んだ逸品だ。
 お付きの女神官を従えたG3ハイプリーストが鳥車を降り、絨毯の上に降り立った。お付きの神官はまだ子供で、低級神官の戒律に従って顔は隠されている。辺りの風景が余程に物珍しいのか、布ですっぽり覆われた顔を思い切り仰け反らせ、聳える時計塔を見上げてみたり、居並ぶ群衆やチーム・グラリスの面々をきょろきょろと見回したり。しまいには隻眼のG3ハイプリーストに、小声でたしなめられる始末だ。
 二人を残し、また鳥車が巡る。こういう時、呼ばれるのが後になるほど社会的地位が高い、というのが通常の礼。
 扉には、賢者の塔『知識の紋』。
 群衆が再びどよめき、扉が開く。
 エメラルドグリーンの髪と、青を基調とした教授服が、シュバルツバルド山脈を吹き降ろす風になびいた。
 「賢者の塔・セージキャッスル第1席、『放浪の賢者』、大教授(グランドプロフェッツオル)翠嶺殿!」
 G10ロードナイトの迎え口上を聞くまでもない。市民、そしてカプラファンも関係ない大歓声が、巨大な時計塔さえ震わせる。
 あの戦いを収束に導き(真実はともかく、表向きはそうなっている)、今や超国家の調停組織となった賢者の塔・セージキャッスルを率いるこの戦前種は、世界中の人々にとっての平和と繁栄の象徴であり、尊敬の対象でもあるのだ。
 整列したチーム・グラリス、今や大陸のVIPの一人である長身のG10ロードナイト、隻眼のG3ハイプリーストさえも、この女賢者に対しては現役同様の礼。
 「翠嶺先生、わざわざのご足労、感謝いたします」
 代表して神眼のG1スナイパーが再度、頭を下げる。続けて、
 「あのう……架綯先生のご病気、誠に申し訳なく……」
 謝罪の言葉にキレがないのは、さしも沈着冷静をもって鳴る女弓師をして、さすがにバツが悪いとみえる。
 「いいのよG1。まあ病気と言っても、ちょっと『のぼせた』だけ」
 翠嶺が柔らかく微笑む。『春』の方らしい。
 「おかげさまで、色々と『お勉強』させてもらったみたいだし」
 柔らかい微笑みのまま、チーム・グラリスに流し目。
 『春』が一瞬『冬』に逆戻りし、一同がひいっ、とすくみ上がる。翠嶺先生の『怒らせてはいけない人』の評価はますます高いようだ。
 車列が巡り、最後の鳥車が時計塔の正面に泊まる。官能的なほどに美しい艶を持つ黒色の車体は、大陸ではまだ珍しい『漆塗り』である。しかも車体すべてを漆で塗り、そこに金銀の蒔絵をほどこしてある。外へ外へとアピールする大陸の美意識とは真逆の、内側へ内側へと深く染み透っていくような彩色美。
 『アマツ・瑞波の守護職、一条家王女、香殿!』
 G10ロードナイトの声は短く、その姫君の名を知る人々も少ない。あの戦いで彼女がどこで、何をしたかを知るものは、今でもほんの一握りなのだ。
 とはいえ、扉から現れたその姫君の姿に、群衆から思わず感嘆の溜息が漏れる。
 人形のように冴えた造形はそのままに、人妻として、また母としての柔らかさと包容力をのせた美貌。
 これも大陸では珍しい艶やかな黒髪を腰まで長く梳き、黒地に藤の花を染め抜いた見事な着物をすっきりと着こなした姿。
 乗り物の黒漆そのままに、見る者を自らの内面へと誘う静謐の美。
 アマツの使用人に手を取られ、階段を降りる足にも漆塗りの履物。アルデバランの石畳にかろん、と軽い音を転がす。
 美女には事欠かないカプラの面々も、思わず魂を奪われたように一礼。ついでにG3ハイプリーストのお付き神官が、思わず顔の覆いを持ち上げそうになり、隻眼の上司の手でばすっ、と戻されたり。
 漆の鳥車が車列に戻り、そのまま他の鳥車と共に時計塔をぐるりと囲んだ状態で待機。アマツの使用人と、双子の従者の手で、筒状に巻かれた長い絨毯がころころころ、と伸ばされる。
 方向は西。アルケミストギルドの方角。もちろん、街を半分横断するほどの長さはないので、複数の絨毯を伸ばしては巻き、伸ばしては巻きしながらつないでいく。
 まるで喜劇のような仕事だが、アマツの使用人の絨毯さばきが実に見事で、まるで街の中に緋色の川が流れるように淀みがない。
 「さて」
 一同を見回した翠嶺が、ぽんぽんと手を叩く。
 「では『殴り込み』と行きましょうか」
 
 つづく
中の人 | 外伝『Day of Glaris』 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Day of Glaris(4)
 緋色の絨毯が作り出す流れの先は、いまさら言うまでもなくアルケミストギルド。そして当のギルドにとってはまさに『災難』、そうとしか言いようがなかった。
 できれば無視したい。
 だが到底できるものではない。
 ギルド長はじめギルドの幹部達が、それこそすっ転ぶような勢いで玄関に殺到し、VIPたちを出迎える。ギルドを守っていた威力機関『髑髏印』に、『こちらからは絶対に手を出すな!』と厳命するのを忘れなかったのは上出来だった。
 彼らの使うスキル『アシッドデモンストレーション』は、大陸のスキルの中でも指折りの威力を誇る爆破スキルではあるが、今、それを行使するのは非常にまずい。もし使えば世界レベルのVIP、それも複数を巻き込む上、周囲を埋めた大群衆も巻き添えになってしまう。
 もちろんギルドにだって自衛権があり、それが証拠に各国の首都にあるギルド会館には、それぞれの政府から強力な治外法権が認められている。ましてこのアルデバランのそれは『本家』なのだ。
 とはいえこの状況。
 もしもこちらから先に手を出して大虐殺をやらかしたとして、後で『自衛による無罪』を主張できるか否か。
 考えなくても結果は明白だろう。
 となればアルケミストギルドにとって、今の状況を暴力沙汰に発展『させないこと』こそ死命。
 殴り込まれたのはこちらの方なのだから、よく考えれば何とも理不尽な話だが、こうなってはやむを得ない。
 「入れていただけますかしら?」
 緋色の絨毯の上を先頭を切って歩いてきた翠嶺に、開口一番そう言われれて、だから拒否することは不可能だった。
 辛うじて翠嶺、G1スナイパー、G10ロードナイト、G4ハイプリーストとそのお付神官、香とその使用人、そこまでで人数を区切るのが精一杯。
 というか、向こうから『それだけでいい』と言ってくれてホッとする有様である。
 会見場は、ギルドの大ホールになった。
 ギルド長以下、ギルドの評議員が全員入れる部屋がそこしかなかったためで、それ以外となると『中庭』しかなく、さすがに地べたに座って交渉するわけにもいかない。
 大ホール正面中央の壇上、本来はギルド長ら幹部連中がそろってふんぞり返る席に、客達が座る。
 正面に翠嶺、右脇にG1スナイパーとG10ロードナイト、左脇にG4ハイプリーストと香。お付の神官と使用人は、それぞれの主人の後ろに控える、という配置。対して、迎えるギルド側は全員が壇下の下座だ。
 しかし、この席次が既にいけなかった。
 構図からして完全に『裁く側』と『裁かれる側』。どちらがどちらかは書くまでもないだろう。
 仮にギルド側が想定していた通り、会見相手がカプラ社の人間だけであったなら、この逆もあり得た。事実、さっきまでギルドに陳情を繰り返していたG7クリエイターと、護衛のG11ガンスリンガーが立たされていたのがこの下座だった。
 だが今この場で、これだけのVIPを向こうに回して上座に座るとか、そんな度胸がギルドの誰にあるだろう。
 「状況が状況だし、挨拶は抜きでいいわね? さっそく本題に入りましょう」
 主導権も完全にあちら。
 翠嶺がひょい、と顎で合図すると、香の後ろに控えていたアマツの使用人が、馬鹿でかい荷物の中から見事な漆塗りの文箱を取り出す。
 翠嶺先生、もともと『顎で合図』などと、いかにも傲岸不遜な態度を取る方ではないのだが、どうやらわざとやっているらしい。
 加えて、巨大な机に隠れて見えないけれど、その長い足を高々と組んで座っているのが、上半身の見事な『しなり具合』でわかる。ちなみに先生、相変わらず足が長くていらっしゃるものだから、組んだ足を斜めに流す余裕。他のグラリス2人も同様だ。
 なので、残った香姫も真似して組もうとしたのだが、着ているのが和服のために不可能。困った顔でちらり、と傍らの使用人に視線を向けてみたものの、軽く頭を振られて断念する、という一幕まで挟まっている。
 残念ついでにお尻を少しずらし、G4ハイプリーストの後ろに控えていた少女神官を手招きして、ぽんぽん、と隣を叩く。
 座れ、の合図。
 椅子が無駄にでかい上に、香が少女並みに小さいため、2人並んでも悠々と座るスペースがある。
 とはいえ厳しい戒律で知られるアルナベルツ教団の、それも下っ端の少女神官が、まるで身分違いの姫君と並んで座れ、と言われておいそれと座れるものでもない。
 だが驚いたことに、上司であるG4ハイプリーストが立ち上がって香に一礼し、
 「殿下におかれましては、お気遣いまことに恐縮に存じます。……座らせていただきなさい」
 何と許可が出た。
 あでやかな着物姿の香と、覆面の少女神官。
 対の人形なら不揃いもいいところの、なんとも奇妙なひと並びが出来上がる。
 文箱を両手で掲げ持ったアマツの使用人が翠嶺の傍らに移動し、机の上で複雑な蝶の形に結われた紐をほどいた。
 蓋を取ると、中身は当然『手紙』だ。
 文箱の蓋をそっと机の上に置いた使用人が、壇下のギルド長に軽く目配せ。
 『壇上まで取りに来い』の合図だ。
 だが、さすがのギルド長もこれ以上の屈辱は勘弁願いたいらしく、えらく美人の女秘書を呼び寄せる。代わりに取りに行かせようというのだろう。
 それを察した壇上の使用人が、素早い動作で壇を降り、ギルド長に一礼してから小さく耳打ち。
 「……?!」
 途端に、偉そうな髭に覆われたギルド長の顔色が真っ赤に、そして真っ青に変わり、使用人に促されるより先に、自ら壇上に上がる。
 どうでもいいが、何かと細かい幕間狂言が多いことだった。
 ギルド長が壇上に上がっても、翠嶺は動かない。変わらず椅子の上で足を組んで横に流し、肘掛けに肘を乗せ、指を軽く頬に触れさせたまま。
 自分では何もしないことが、相手への最高のプレッシャーになるとご存知だ。
 代わりにアマツの使用人が、いちいち一礼しながら手紙を取り上げ、差出人を読み上げはじめた。
 「ルーンミッドガッツ王国中央銀行頭取、ミヒャエル・フォン・ドムトールン卿」
 大陸最大の金融機関のトップ。『あの大戦』までは、複数いる副頭取の一人としか思われていなかったが、その実、真に経営権を握っていたのはこの男だったとされる。
 「シュバルツバルト共和国、ハート財閥(コンツェルン)総帥、ハート・シュバルツ国家技師殿」
 工業技術国家シュバルツバルド最大の機械メーカー社長、言わずと知れたG5ホワイトスミスその人だ。
 「アマツ、瑞波国守護・一条鉄殿」
 毎度おなじみ、瑞波のお殿様。
 「シュバルツバルト共和国大統領、カール・テオドール・ワイエルストラウス殿」
 シュバルツバルトの国家元首。度重なる部下の裏切りや、あの大戦では首都を占領されるという失態を犯しながらも、グラリス達の助けで見事に国を立て直したことが好感され、昨年の選挙では圧勝で大統領に再選されている。
 「神聖ルーンミッドガッツ王国七王家、七名連名」
 先王の死後、王を輩出すべき7つの王家は未だに次王を決めず、7人の王子の合議体制を続けている。強力な元老院の権力と、その直下組織として再編された『ウロボロス』の力に対抗するため、とされているが、それぞれの後ろ盾となる勢力がほとんど壊滅してしまったため、単に決められないだけという噂もある。
 一人ずつの名前を読み上げないのは、それだけで7人に順列がついてしまうから、という実に下らない理由。
 そして最後の書状。
 「神聖アルナベルツ教国、フレイヤ教団教皇猊下」
 教皇に名前は無い。元々あった名前は教皇選出と同時に完全に破棄され、それ以後は純粋な『存在』として君臨する決まりだ。
 たいがいのことには驚かなくなっていたアルケミストギルドのお偉方が、思わずえっ、と驚愕の声を揃える。
 無理もなかった。
 手紙の相手があの教皇様で、驚かない奴がいたらお目にかかりたい。
 神聖アルナベルツ教国において唯一の信仰対象であるフレイヤ女神、それと同等の化身ともされる少女教皇は、ほとんど人前に姿を見せることも、声を聞くことすら稀な『超』の字のつくVIPだ。ルーンミッドガッツやシュバルツバルトといった、同じ大陸三国の元首クラスとの外交交渉でさえ、人前に出るのは大神官までであり、教皇その人と言葉を交わしたり、まして手紙をやりとりしたケースなど皆無といえる。
 その人物から直筆の手紙が届くなど、文字通りの奇跡。
 さもなくば詐欺。
 いや、普通なら誰もが『偽物』と考えるだろう。
 だが、直属の枢機卿であるG4ハイプリーストがこうして壇上に座っている以上、まさか詐欺もあり得ない。
 ここに至って、ギルド長は『詰んだ』と理解せざるを得なかった。
 国家元首クラスの、それも複数の手紙を秘書に取りに行かせるなどあり得ない。まして幻の皇帝からの勅書となればなおさらだ。
 むしろこっちから定期的にアルナベルツの大神殿に出向いて、相応の貢物を納めて、それを何世代か繰り返して、ようやく大神官レベルの書状がもらえる、それほど奇跡的な話なのだ。
 まして各国のVIPが壇上で見守るこの状況で、その手紙を受け取らないだの、読まないだのと言えるか。
 言えるわけがない。だから読むしかない。
 「僭越ではございますが、封をお開けいたしましょうか?」
 アマツの使用人が、文箱をそっと差し出してくる。中にはアマツ特産・螺鈿細工をほどこしたペーパーナイフ。こんなものでも刃物だから、使用人の自分が勝手に手に取るわけにはいかない、ということだ。
 「……お願いする」
 ギルド長が折れた。
 実は意地でナイフを取ろうとしたのだが、そこで初めて自分の手が、どうしようもないほど震えていることに気づいたのだ。
 「では、失礼を致しまして」
 アマツの使用人がナイフを右手に取ると、机上に一列、綺麗に並べんだ手紙を一通ずつ左手で軽く押さえ、横からすっ、すっと刃を走らせていく。
 総ての開封に10秒かそこら、機械並みの正確さと速度だ。
 ナイフを文箱に戻し、机に置かれた封の中から手紙を少しだけ引き出す。これも、まるでカードマジックに臨む奇術師さながらの手並み。
 だが当のギルド長には、そんなものに見とれる時間も楽しむ余裕もない。壇上で立ったまま、片端から手紙を引き出して読んで行く。
 その時間、アマツの使用人が荷物へと戻ったと思うと、何と客人全員の前に瀟洒なティーカップと菓子皿を並べ、お茶と茶菓子を供している。
 ある意味『敵陣のど真ん中』でコレをやる度胸も凄いが、そのお茶と菓子を前に、何やらにこやかに女子会じみた会話を始めた翠嶺以下、女性陣の肝っ玉もたいがいだ。
 行き届いたことに、香の隣に座った少女神官にも同じものが供される。
 最初は戸惑いながらもG4ハイプリーストに目でうながされ、無個性な覆面の下から両手で菓子を突っ込んでもぐもぐ……瞬間、
 ぱあああああ!!!
 と、覆面の上からでもわかるほどの美味しいリアクション。その有様に、女性陣からいっせいに微笑がもれる。
 だがその時、真に注意深い目を持つ者がいたなら気づいたかもしれない。
 2人のグラリス、翠嶺、そして香までが『少女神官がお茶と菓子に手をつけるまで、誰一人として自分のお茶にも、菓子にも手を伸ばさなかった』。
 それはまさに、自分より高位の人間と食事を共にする際の礼のはずだ。
 だがそれに気づいた者も、ましてその意味を理解したものなど一人もいなかったし、もし気づいていたらどうなったか、その結果を考えれば、気付かなかったことはむしろアルケミストギルドにとって『幸い』ですらあったに違いない。
 ギルド長が総ての手紙を読み終わった。意外と時間がかからなかったのは、手紙の内容がほとんど同じだったからだ。

 曰く。
 ギルドの背徳者『倖弥』の助命嘆願。
 よければ彼の身柄を引き取り、今後の行動について責任を持ってもよい。
 アルケミストギルドの高い理想を認め、今後も尊重していく。
 ギルド長以下、組織の皆様の健康と商売繁盛を祈っている。
 ついては一定の利益供与の用意がある。

 ほぼ、そういうことだった。ちなみに大事なのは最初と最後だけ、というのが、この手の外交文書のお約束。
 要するに、何かしらの見返りをやるから倖弥を助けてやれ、というのだ。
 絶妙なタイミングで、アマツの使用人が、
 「重ねて僭越ではございますが」
 優しく、穏やかな声。
 「可及的速やかに、お返事をお書きになられた方が身のため……いえ、よろしいかと存じます」
 サラっと、何か怖いことを言われた気がするが、気のせいだろうか。
 「もしよろしければ、お返事の文面など、ご相談に乗らせて頂きますが?」
 気がつけば今まで翠嶺が座っていた正面の席に、アマツの使用人が座っている。
 翠嶺はいつの間にか、香の椅子に移動。
 そして香が翠嶺の、少女神官がG4ハイプリーストの、それぞれの『膝の上』に横座りし、素知らぬ顔でお茶と菓子を楽しんでいるではないか。周囲では女同士、話が弾んでいるようだ。
 アマツの使用人が改めて、人の良さそうな笑顔で、
 「いかがでございましょう?」
 そこで初めて、ギルド長も気がついた。そして尋ねる。
 「……貴方は?」
 「これは申し遅れました」
 問われて初めて気がついた、と言わんばかりの表情。

 「わたくし、『瑞波の無代』と申します。以後、お見知り置きを」
中の人 | 外伝『Day of Glaris』 | 11:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
Day of Glaris(5)
 『瑞波の無代』。
 その名を名乗ってにっこりと微笑んだ男に対し、逆にギルド長と幹部達があっ、という顔になる。
 残る9割の評議員達は、
 『誰……?』
 それも当然。
 この世界で『無代』の名を知る者は、本当に一握り。
 ましてその名前が、この世界にとってどれほどの意味を持つか、それを知る者はさらに少ない。
 だからこそ、それを『知る者』であるギルド長は驚き、そしてすべてを理解した。
  今の自分が、そしてアルケミストギルド全体がどれほどの瀬戸際に置かれているのか、それを理解したのである。
 大体、今の状況そのものが異常すぎる。
 アルケミストギルドが背徳者『倖弥』への死刑命令を出したのは今朝、そして今はまだ午前中。
 だというのに、自分の目の前には国家元首レベルの書状が複数、それこそ大量印刷のダイレクトメールじみた勢いで並べられ、しかもそれを賢者の塔のトップである翠嶺はじめ、これまた世界レベルのVIP達がわざわざ配達しに来た、ときている。
 となれば、現実に今の状況を演出するためには、

 1.ほとんど朝一番で各国の中枢に働きかけ、
 2.下手をすればまだ寝ている相手を叩き起こし、
 3.例文を示しつつ手紙を書かせ
 4そのうち何人かは、身支度をさせた上で鳥車に乗せ、アルデバランへ転送する

 少なくとも以上の行動が必要となる。
 冗談ではない。
  それはもう、『可能』とか『不可能』とかいう以前の、夢か妄想のレベルではないか。
 しかも、手紙の内容がまた尋常でなおのだ。
 机の上に並べられた手紙には、それぞれが所属する組織や国家から、アルケミストギルドへの利益供与が盛り込まれている。
 例えば、中央銀行からは相当額の特別融資、企業からは企業秘密レベルの技術移転。
 中でも注目すべきは、アルナベルツの教皇猊下その人から示された条件だ。

 『アルナベルツ国内における、危険植物の栽培・管理権限の下賜』

 ぶっちゃけ言えば『アルナベルツ国内で自由に毒草・麻薬を栽培していい』というのだ。まともに聞けば、気でも狂ったのか、と疑う話だろう。
 だが、これが意外にも非常に現実的。実はそこには、アルナベルツ側の深い事情があった。
 ご存知の通りアルナベルツという国は、国土の大半を痩せた荒地が占める貧しい国だ。そのため手っ取り早く現金収入を得るために、密かに麻薬を栽培する農民が後を絶たない。
 当然、見つかれば厳しく断罪されるものの、麻薬が産む莫大な利権は、法王庁の内部まで腐らせるのに十分。取締官に一定額の金、つまりは賄賂を流す見返りに、栽培を見逃してもらう。
 麻薬と汚職、この2つの汚染を産み出す社会構造こそ、アルナベルツ法王庁にとって最大の悩みのタネでもあった。
 そこで、アルケミストギルドである。
 彼らに国内での麻薬栽培を独占させ、その見返りに国内の違法栽培を取り締まらせる、というのだ。
 もともとアルケミストの使う薬剤には、多くの危険な麻薬や毒草が使われる。その一方、薬剤の扱いに長けたアルケミストは、それらの危険性と効能をよく知り、それを正しく管理することはお手のものである。
 そして同時に、薬剤の誤った使い方を嫌悪し、それを正そうとするモラルも徹底している。
 アルナベルツにとっては麻薬栽培の利権を確保したまま、国内の浄化を実現できる。
 一方のギルドにとっても、国家公認で危険植物を栽培できることは大きな利益になる上に、閉鎖的で知られるアルナベルツ法王庁に対し、金と制度の両面で恒常的なコネを構築できる。
 いや、麻薬栽培による目先の収入より、むしろ後者の方が大きいだろう。
 国家とギルドの両方に大きな利益をもたらす、絶好の条件。
 ギルドの長としては、コレに乗らない選択肢など存在しない、と断言してもよかった。実際、気持ちとしては今、ここで踊り出したいほどだ。
 だがギルド長には同時に、それとは真逆の感情も湧き上がる。
 その感情とは他でもない。

 『恐怖』だ。

 こんなことができる人間がいる。
 これだけの条件をアルナベルツ法王庁から、しかも教皇直筆の勅書(アルナベルツの教皇は神と同一視されるため、正確に言えば『神勅』である)を引き出せる人間が存在する。
 他の国や企業から引き出した条件も含めれば、アルケミストギルドが得られる利益は、ごく短期に限っても天文学的。将来に渡っての長期的な利権ともなると、もはや数値化することすら諦めねばならないレベルだろう。
 これを朝一番で、まるで長年の友達を茶会に誘うレベルの気軽さで取り付ける人間がいる。
 どんな『力』があれば、それが可能なのか。
 いっそ武力で世界征服でもしたほうが、まだ簡単ではないか。
 本当にそんなことが可能なのか。

 可能なのだ。

 この目の前に座った、人の良さそうな、だがいまいち垢抜けない男。
 『瑞波の無代』ならば可能なのだ。
 世界を滅ぼしかけた『あの戦い』のど真ん中で戦った、その割に英雄でもなければ勇者でもない。
 しかし紛れも無く世界を救った、この男なら。
 「……いったい、どうやって」
 ギルド長の口から、思わず口をついて出た疑問は、決して答えを期待しての言葉ではなかった。本当にこれだけのコネを持つ人間なら、その力の源を明かすはずがない。
 だが無代はあっさりと、
 「なに、ちょうど『新作の菓子』が完成したところでございましたので」
 手のひらで背後の女衆をひらり、と指しておいて、
 「お披露目のお茶会に、お誘い致しましただけでございます」

 何事もなかったかのように、答えて見せたのである。
 その言葉に、
 「上出来です、無代」
 翠嶺先生のほめ言葉と共に、女衆がそろってティーカップを掲げる。もっとも覆面の少女神官だけは、とうとう香の分の菓子まで分けてもらって、夢中でもぐもぐ。
 それを見守る女衆の視線の優しいこと。
 アルケミストギルドは、ただただ絶句。
 そう、この男が。
 この男こそが、G3プロフェッサー曰く『カプラ社が持つ最強のカード』。
 そのカードが切られた時、アルケミストギルドは賭けてもいない賭け金を、ありえない高倍率で押し付けられ、勝つつもりもないのに『勝たされた』。
 誰が見てもギルドの大勝利。

 だがその実、決定的な敗北。

 「教えていただこうか、無代殿。私は、どうお返事を書けばよいのだろう?」
 深いため息の後にギルド長が発した、それが敗北の宣言であった。
 こうなれば、後は早い。無代の言うがままに筆を走らせ、すべての手紙に封をし、無代に預ける。
 それで終わりだった。
 「願わくば二度と、貴方には会いたくない」
 ギルド長がそう言いながら、無代の手をしっかりと握り、
 「だが、そういうわけにもいかないのだろうな」
 その顔に苦笑が刻まれる。
 商人が、その商売相手に与える別れの言葉には色々あるが、『ぜひまた会いましょう』だの『すばらしい取引でした』だの、そんな言葉は何ら評価に値しない。
  ぶっちゃけそれは『カモ』に与えるエサと同等である。
 ならば、
 「お前には二度と会いたくないが、そうもいかない」
 それは商人が、その商売相手に与えるものとしては、おそらく最上級の別れの挨拶であった。

 さて、世に言う『喧嘩上手』の条件の中で、もっとも重要なのが『引き際』、それであることは言うまでもない。
 無代と、そしてチーム・グラリスは、まさにこの見本のような連中であった。
 行きは鳥車で悠々と乗り込んだ翠嶺たちも、帰りとなれば一瞬たりともモタモタすることなく、上空に待機していた『マグフォードII』へ、ロープ一本で鮮やかにピックアップされる。
 G4ハイプリーストのお付神官だけが、主人に加えてG9パラディンの二人がかりで抱きかかえられ、やけに慎重に吊り上げられたが、まあ慣れぬ少女のことだから仕方ない。
 ただその時、飛行船を見上げていたアルデバラン市民の中に、こんなことを言い出す者がいた。
 『飛行船の甲板から地上を覗き込んだ少女神官の覆面が取れ、その左右の瞳の色が違うのが見えた』。
 もちろん、信じる者はいない。
 左右異色の瞳を持つ少女教皇本人が、無代の新作お菓子に釣られ、しぶる部下を説き伏せて下級神官の姿に身をやつし、わざわざアルデバランまで遊びに来る。

 そんな話を、どこの誰が信じるだろうか。

 アマツ・瑞波の国。
 その最大の学府『天臨館』の近くに、無代が最初に開いた『泉屋』がある。
 ご存知の通り現在はオーナーが変わり、無代は店の契約シェフという立場だが、そこが『無代の店』である、という人々の認識は変わっていない。
 それどころか『鬼』の襲撃を受けたり、艦砲射撃で一夜にして吹っ飛んだり、一癖も二癖もある店員が着々と増えても、それが変わらない……どころか、
 ますます『無代の店なら仕方ない』
 という認識が強まるのだから、無代親方も頭の痛いことだった。
 朝。
 店の前を掃除するのは、女給姿の二人。
 一人を『みいや』、もう一人を『さやか』といい、言わずと知れた泉屋の店員である。もちろん、只者ではない。
 背丈ほどもある箒を持ったまま、2人なのに10人ぐらいに分身して見える勢いで掃除していれば、そりゃ只者と思うヤツはいないだろう。
 そこへ、
 びゅごぉん!
 転送魔法の出現音。
 空間に穴が空いた瞬間、向こう側とこちら側の気圧差によって、両方の空気が一瞬、激しく入れ替わる音。
 出現したのは赤銅色の髪と眼鏡、肩にカプラ螺旋のないカプラ服。
 グラリス。
 そして開口一番、
 「お……親方どこだ親方……っ?!」
 『みいや』に食ってかかり、ほぼ同時に目を剥いてフリーズ。
 箒から抜かれた仕込みの忍刀で、前後から首筋を抑えられたのだから当然。
 動けば即死。
 「親方〜!」
 物騒な武器で制圧した割に、『みいや』が呑気な声を店内に飛ばす。
 「空から新しい親方の女が〜!」

 「違げぇ!!」

 抑えこまれたグラリスと、店内から飛び出してきた無代が、何故か同時に同じツッコミ。
 「……って、何でえ、誰かと思えば」
 割烹着姿の無代が、刃物で絶賛制圧されているグラリスの前にしゃがむ。
 「『倖弥』じゃねえか」
 言葉通り、ばっさりとめくれ上がったカプラ服の下は男の足と尻、それにスパッツ姿。
 「お、おう。俺だけど……親方、とりあえずこれ何とかして!」
 なるほど首の頸動脈をぴたり、と刃物で抑えられて、平静でいられる人間はあまりいない。時に狂気スレスレの豪胆さを発揮するこの倖弥も、どうやら例外ではないらしい。
 「……」
 だが無代は無言でじーっと倖弥を見ているだけ。
 「お、おい。親方……?」
 思いっきり眉を寄せる倖弥に、たっぷり時間をかけさせておいて、無代。
 「似合うなー、そのカッコ」
 「そこかよ!!!!」
 思いっきりツッコミ返した勢いで、思わず倖弥の身体が跳ね上がる。瞬間、首を抑えた忍刀がばっさり……と、思いきや、するり、と引かれて箒の中へ戻っている。
 何の事はない、殺す気など最初からなかったのだ。
 助かった、とばかり、倖弥がぶへーっ、と嘆息。
 「お、親方! 実は話がある!」
 「おう、わかった聞いてやる……が、その前に一つ質問、いいか?」
 無代が真面目くさった顔で、

 「その足、剃ってんの?」

 ひとしきりの騒動の後、店内の小座敷で無代、倖弥の2人が向き合う
 みいやとさやか、二人の女給はお菓子の配達。番頭の出すワープポータルに乗り、世界各地へ。
 それもアルナベルツの法王庁だのシュバルツバルト賢者の塔だの、トップレベルの重要地点にポタメモが、それも『食い物の配達用』に常設されている店など、ココだけだろう。
 「いってきまーす!」
 それを見送って、無代も一息。

 と同時に、倖弥ががばっ、と土下座。
 「この通りだ親方っ!」
 「何だよ、藪から棒に」
 片手の湯呑みをすする無代に、
 「もう勘弁してくれ!」
 涙目で訴える倖弥。
 と、ここに至る事情は次のようになる。
 無代達がアルケミストギルドをねじ伏せた後、倖弥はギルド自身の手で開放され(カプラによる『救出』ではなく、ギルドによる『免罪』を条件にした)ることになった。
 だが、そのまま大手を振って世間を歩いたのでは、一度は処刑を命じたギルドの顔も立たない。
 一方で、まだ倖弥の断罪を諦めていない強硬派も存在する。
 『ほとぼりがさめるまで、当面は引きこもっていろ』
 という無代の指示で、その引きこもり場所に選ばれたのが他でもない。
 『カプラ社・グラリス女子寮』
 そこであった。
 ココなら何が来ようが無敵だし、また何をしようが外に漏れることもない。人を預けるのにこれほど安心な場所はないはずだ。

 預けられる本人を除いて。

 「もー嫌だ!」
 倖弥が、ほとんど絶叫する。
 「こんなカッコはさせられるわ、鬼みてーな女どもに滅茶苦茶こき使われるわ……」
 よっぽどひどい目に遭ったらしい。まあ、男子禁制の寮だからと女装させられた上に、『俺様』だらけのグラリスたちと共同生活、というのが相当のストレスであることは想像に難くない。
 「んなこと言ってもお前、最初は『ハーレム!』だとか『男の夢!』だとかノリノリで……」
 「そう思っていた時期が俺にもあった……が、すべて撤回する!」
 「えー」
 「じゃあ親方、代わりにやってみろよ!!」
 「絶っ対やだ」
 「アンタって人は!!!」
 またひと騒ぎ。
 「とはいえ、あれから半年か。よく辛抱した方かなあ」
 「おう。女の下着の洗濯にかけちゃ、ちょっとしたもんだぜ。専用の洗剤開発してやったわ」
 「うわー……引くわー、それ」
 「好きでやってんじゃねーし!! 大体、男に下着洗濯させる女の方が引くだろ、常識的に考えて!!」
 もっともである。
 「ま、ギルドの強硬派の抑え込みも上手くいってるみたいだしな。お前も今や『瑞波の外交官』扱いだから、連中だってそうそう手も出せんだろう」
 「……それに関しちゃ、お礼の言葉もねえ」
 無代の働きかけにより、倖弥は現在、瑞波国からルーンミッドガッツ王国に派遣された外交官、という身分が与えられている。『あの大戦』で大きな働きをし、大陸三国に太いパイプを作った瑞波ならでは、外交官に対する治外法権も非常に強い。
 「これで首都でもどこでも、大手を振って歩ける。この恩は、一生かかってでも返す」
 「別にそんなのは構わねえ」
 湯呑みをちゃぶ台に戻し、無代が腕を組む。
 「……グラリス寮を出るのはいい。だが条件がある」
 「おう! どんな条件だって飲むぜ!」
 勢い込んでちゃぶ台に身を乗り出す倖弥に、今度こそ無代が真剣な顔で、
 「結婚しろ」
 「……親方と?」
 「ていっ!」
 「脳天に湯呑み痛い!!」
 ちゃぶ台に撃沈する倖弥。
 「茶化すんじゃねーよ。分からねーとは言わせねえぞ、若造」
 ちゃぶ台に突っ伏したままの若者を、カプラ服の襟首ごと掴んで引っ張り起こす。
 「……もう結婚してるし」
 「契約上は、だろ? そんな形だけの話じゃねえ」
 無代は容赦無い。
 「家庭を作れ、って言ってんだ。二人が暮らし、帰る場所」

 倖弥は無言。その目に光はない。
 「『自分には誰かを幸せにする資格も、自分が幸せになる資格もない』、か?」
 無代が立ち上がり、その勢いで倖弥も釣り上げる。えらい力だが、考えてみれば無代もまだ三十代、壮健極まる男盛りだ。
 「笑わせんじゃねーや」
 啖呵のキレも更に。
 「お前の過去に何があって、お前が過去に何をしたか、そりゃ俺も詳しくは知らねえよ。俺はお前じゃねーからな。……だけど、お前よりよく知ってることもある」
 ぐい、と倖弥を睨みつける。
 「お前の過去も、そしてこれからの未来も、一切合切ひっくるめて全部、引き受けてくれる女がいる、ってことだ。そしてもう一つ」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ。
 「そんな人がいるってのに、未だにウダウダ言ってやがる倖弥。お前こそ三国一の『贅沢者』だ、ってことさ」
 いい終えて、ぱっと手を放す。
 どちゃっ、と倖弥の身体が畳の上に落ちる。ぐちゃぐちゃのあぐらをかいたまま、がっくり項垂れた姿は哀れですらあるが、格好が女装なものだからどうにも。
 「……なあ、親方」
 「あん?」
 「俺ぁ、アイツに甘えてんのかな」
 「分かってんじゃねーか」
 倖弥の正面にどかっ、と座り込む無代。
 「彼女がいないと生きて行けねえくせに、彼女の人生は背負えませんとか、甘えてるんじゃなけりゃ何だ?」
 「でも、俺と一緒にいたんじゃ、あいつはまた死……」
 「人はいつか死ぬ」
 断固とした言葉。
 「明日階段から落ちて死ぬかもしれねーし、ここでもっぺん脳天に湯呑み食らって死ぬかもしれん」
 「湯呑みは勘弁」
 倖弥も苦笑するしかない。
 「だけど人の死は、誰のせいでもねえ。お天道さまが決めるこった。そんなことを気に病んで、人を愛さないとかバカのすることさ」
 「いや、湯呑みで死んだら親方のせいだろ」
 言い返す倖弥の声にも、生気が戻ってくる。
 「……いまさらプロポーズとかさ、あいつ、OKしてくれっかな」
 「だとよ、G9」
 無代の言葉が終るか終わらないか、小座敷のふすまがスパーン!と開かれる。
 その向こうに、きっちりと正座したG9パラディン。
 白装束にたすき掛け、白鉢巻。
 おそらく泉屋の連中がノリノリで着せた『敵討ちの正装』で、じっ、と倖弥を睨みつけている。
 「お、お前……!」
 倖弥がごくり、と唾をひと呑み。
 ここは腹をくくるところだ。
 「屡姫斗(ルキト)! 俺と……結婚してくれ!」
 がばっ、とG9パラディンの前に膝をつく。
 一瞬の間。

 「断る!!!!」

 同時に、正座した状態からノーモーションで正拳突き。食らった倖弥が隣の部屋まですっ転ぶ。
 「お、親方っ、話が違……」
 「馬鹿者っ!!」
 無代に抗議しようとする倖弥に、G9パラディンが激怒の叱咤を浴びせる。
 「女装した男にプロポーズされる、女の気持ちになってみろ!」
 至極ごもっとも。
 スカート全開でひっくりかえった倖弥も、これにはぐうの音も出ない。
 「お……おう。すまん」
 「とっとと着替えてやり直せ! ……それともう一つ!」
 G9パラディンの声が一段と低くなり、

 「その足、剃ってるの?」


 おわり

 
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中の人 | 外伝『Day of Glaris』 | 08:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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