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第二話登場人物紹介
無代
 無代(むだい)
アマツ・瑞波国(みずはの国)出身の青年商人。行方不明の友人を探すため、冒険者になろうとプロンテラへやって来たが挫折、下町の安宿で無為な日々を送っていた。




一条家(いちじょうけ)

アマツ・瑞波国の守護大名。地理的に都から遠いため田舎者扱いされているが、代々良政を布いており国土は豊か。また精強な武士団も抱える強国であり、周辺国を次々に従え、戦国の世に覇を唱えようとしている。

香
一条 香(いちじょう かおり)
一条家の二の姫。抜群の霊能力と、脳神経系の強化能力を併せ持つ異能の姫君だが、それゆえにほとんど人と交わらず、長く引きこもり生活を続けていた。義兄の友人である無代に一方的に恋慕、騒動を引き起こす。

静
一条 静(いちじょう しずか)
一条家の末姫。天才的な剣技を持つ美少女剣士。行方不明の婚約者を探すために実家を家出、プロンテラに無代を尋ねて来る。

若
一条 流(いちじょう ながれ)
無代の幼なじみで静の婚約者。一条家の世継ぎだが、現在行方不明。その消息には秘密があるらしい……?

綾
一条 綾(いちじょう あや)
一条家の一の姫。天津無双を謳われる武将で、底抜けに陽性の女傑。

魔王
一条 銀(いちじょう しろがね)
一条家の先代当主。智に秀でた名君だったが、身体が弱く早世した。流の実父で、無代の恩人でもある。

殿
一条 鉄(いちじょう くろがね)
銀の実弟で、一条家の現当主。兄とは正反対の頑強な武人で、男気溢れる豪傑。静、香、綾の三姉妹の実父。

巴
一条 巴(いちじょう ともえ
銀の妃で流の実母。銀の死後は鉄と再婚。

善鬼
善鬼(ぜんき)
一条家筆頭御側役(ひっとうおそばやく)。瑞波の国事を一手に引き受ける鉄の腹心。綾とは歳の離れた恋人同士。

桜
一条 桜(いちじょう さくら)
鉄の元妻で故人。静、香、綾の三姉妹の実母。前代未聞の霊能力を持っていた。その血統には秘密がある。

中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(1)
 ……伸びない背丈
 ……膨らまない胸

 ……薄っぺらい腰

 ……棒のような手足

 姉

 太古の英雄が振るう大剣のような姉

 妹

 名工が丹精したナイフのような妹

 私はそのどちらにもなれず

 この身をひたすら削って

 針のように細くするだけ

 ただ一度だけ

 ただ一人だけを

 深く刺せるように

 それで折れてしまっても

 その人の中に

 いつまでも残るように


 天津・瑞波の国。
 その中央を貫いて流れる大河「剣竜(けんりゅう)川」を、瑞波の人々は尊敬と畏怖を込めて「大剣竜(だいけんりゅう)」と呼ぶ。
 その「大剣竜」の下流、暴れ竜の首根を押さえるように建つ城が、静たち一条家の居城「三末(みすえ)城」。
 だがこの城も、別名である「見剣(みつるぎ)城」と呼ばれるのが通例だ。
 その城の異名は、一条家が大剣竜の治水に古くから取り組み、国を発展させてきた歴史への賛辞でもある。
 そして今や、天津でも有数の大都市となった城下町を、誇りを込めて「瑞花(みずはな)」と呼ぶ。
 大剣竜を飼いならす見剣の城、その下に花咲く瑞花の都、というわけだ。
 さて。
 その見剣城に、朝が来た。
 奇しくもそれは、遠く海を隔てたプロンテラの地で、無代と静が新たな冒険の幕を開けたのと同じ朝である。
 城の天主中層、城主の一族が揃って食事をする大広間。
 瑞花の町を覆う朝霧の上から、朝日が明るく差し込む。
 「おはようございます。お父様、お義母様」
 そう挨拶をして広間に入って来たのは、一条家の次女で静の姉、香(かおり)である。
 妹に比べて背はかなり低く、体つきは細い。既に成人しているが、体つきだけ見ると少女と間違えそうだ。
 背中に長く垂らした真っ直ぐな髪の色と、瞳の色は静と同じ漆黒。
 だが、人に与える印象は真逆である。
 静の黒が輝く黒曜石なら、香の黒は深い夜の色である。
 そして見る者を底知れぬ深みに引込む、精緻な人形のような美貌。
 静、香に長女の綾を加えた一条家の三姉妹は「日月星」と評される。
 眩しい火炎球のような長女は『日』
 天にきらめく宝石のような三女は『星』
 そして夜の闇を鋭く縁取る次女は『月』
 三姉妹が並ぶと、一番年下に見られることも多い。人はどうしても、姉や妹の陽性の魅力ばかりを重宝しがちなのだ。
 しかし人を見る目を持つ者が見れば、この次女もまた姉や妹に劣らない、恐るべき力と魅力を兼ね備えていることを知るだろう。
 「おおお、香! 目ぇ覚めたか! うーんと、十日ぶりか? 腹減ったろ? 今用意させるから……いや、俺の分を食ゃあいいや! さあさあ!」
 香の細い身体がびりびりと震えるほどの大きな声。
 そして満面の笑みで彼女を出迎えたのは、香の実父でもある城主・一条鉄(くろがね)。
 豪快、という表現がぴったりの厳つい風貌だが、こんな笑みを浮かべるとなかなかどうして、そこらの線の細い『イケメン』など軽く吹き飛ぶような魅力がある。
 さらに戦闘僧、モンクとして鍛え上げられた身体は、決して巨漢というわけではない身体をふた周りは大きく見せていた。
 「殿様ったら、十日ぶりのお食事ですよ。まずは重湯か何かからでないと……。おはようございます、香さん。さあ、こちらへ……もっとよく顔を見せて?」
 女性にしてはしっかりと通る、しかし十分に優しい声の主は、香の義母で鉄の妻、巴(ともえ)。
 無代の記憶に刻まれた、美しく賢い『てんじょううらのまおうのきさき』。
 時に冷たい印象さえ与える美貌。
 だがその落ち着いた物腰には、少々の事態はびくともせずに柔らかく受け止める「女の格」を感じさせる。
 夫の鉄を上回るほどの長身であり、また腰や胸には目を見張る豊かさもたたえていた。
 「はい、お義母様」
 素直にうなずいてそばに行き、畳の上に正座。
 巴は香の顔を両手で優しく包み、その目をじっと覗き込む。そしてその手を下にずらしながら、香の体を確かめるように撫で下ろしていく。
 「……また痩せてしまったわね。眠るまではだいぶ、しっかりした体になっていたのに……。気分は悪くない? めまいや、幻覚は? 歩くのはしっかり歩けたようだけれど……」
 「ふふ。はい、大丈夫です、お義母様」
 香は、義母を安心させるように微笑む。
 「心も落ち着いていますし、体もおかしい所はありません。食事も…普通に食べられると思います。すぐに元にもどります」
 そんな安直な言葉で安心してしまうような、単純な義母でないことは承知の上だが、特に強がりを言っているつもりはない。実際、心身にそれほどのストレスは感じていないのだが…。
 「だめよ。ただでもアレは心と脳に負担をかけるのに…その上に身体までいじめたら大変。しばらくは養生してもらいますよ? 香さん?」
 「はい、お義母様」
 内心で苦笑しつつ、香は大人しくうなずいた。
 義理の母である以上、亡き本当の母親の代わりにはならない。が、この女性の聡明さと想いが伝わらないほど馬鹿ではない。それに……。
 (私の『目』のことを知っていて、それでも平然と私に笑いかけることができる人)
 その強さを、真心を、今の香は理解できる。
 「おう、よしよし来た来た。重湯…というかな、少しは力がつくように鶏の出汁で…薄い粥だなこりゃ」
 運ばれて来た器を、鉄が自ら受け取って香のところまで運んでくれる。
 家族の距離がとても近い。
 これは天津の武士階級、それも一国一城の主の家となれば珍しいことといわねばならない。
 が、これは鉄と巴の経歴が関係している。
 鉄は若い頃、他国であるルーンミッドガッツ王国の軍人であった。王都プロンテラで同じ軍人の女性と結婚し、静ら姉妹を授かったのも、その妻を亡くしたのもプロンテラの士官用アパートだった。
 要するに、あまり格式張った生活をしていない。
 また妻の巴も元々、天津の出身ではなくルーンミッドガッツ王国の小貴族の娘である。
 そして彼女もまた鉄や鉄の妻と同様、王都の軍人であった。
 そのため二人とも、家族の距離は近い方が自然なのだ。
 そんな二人に見守られながら食事をするのは、すでに成人している香には少々くすぐったい。おまけに、人並み以上の体格を持つ二人に挟まれると、香の身体では本当に小さな子供にしか見えなくなってしまう。
 まあ、これも親孝行と思って黙って食べる。
 「お父様? 綾姉様と静の姿が見えませんが……」
 さっきから気になっていた姉と妹の不在を、食べながら尋ねた。
 「おお……綾はな、鍵抜山の麓の方でモンスターが湧いたってんで、退治に行ってる。もう治まったそうだが、しばらく逗留してあれこれ見させてるとこだ。道とか…水とかな」
 「静は?」
 香が尋ねたその瞬間。
 鉄と巴、両親が一瞬、視線を合わせた。本当に一瞬だったが、敏感な香はそれを感知する。
 (……?)
 気づかない振りをしつつ父の顔を見た。
 「おお、静は……な」
 ちょっと言葉を切った後、鉄は真面目くさった顔になると、
 「家出しおった」
 「……え?」
 香が虚を突かれた様子で固まった。珍しいことだ。
 一条三姉妹の次女である香は、姉妹の中で最も優れた頭脳の持ち主だ。
 書籍は一度読んだだけで全て記憶できるし、応用力も極めて優れている。
 さらには、その『脳』をさらに効率的に運用するための訓練を、幼少時から積んでいる。
 その香の能力を持ってして、一瞬とはいえ何を言われたのか分からない。それぐらい意外な回答。
 「家出、とおっしゃいましたか……?」
 「おう」
 鉄の悪ふざけかと思ったが、父の顔はあくまで真面目だ。
 それに、この近さで家族が嘘をついても、香にはすぐわかってしまう。
 「家出しおったぞ。先週だ。書き置きによるとだな、行方知れずの義兄……流(ながれ)のことだなこりゃ。その義兄を自分で探すから、ルーンミッドガッツのプロンテラへ行きます、とさ」
 「プロンテラ、って……」
 「あっちでな、無代のガキを頼るつもりらしい」
 がちゃん。
 香が、空になった粥の器を膳に置いた…というか叩き付けた。
 「香さん、お行儀が悪いわ」
 「……申し訳ありませんお義母様」
 言葉は素直に謝っているが、声の温度はかなり低い。
 「お母様、もう少し……詳しくお聞かせ願えますか? 静が、家出? 無代のところへ? ……一人で?」
 「その通りよ?」
 巴は少しも態度を変えず、落ち着いた優しい声で応える。…が、香には逆に、それが自分に対する挑発であるかのように見え始めた。
 「静さんは、一人で、プロンテラの、無代さんのところへ、流を探しに、行きましたよ? もう着いて、無代さんとも、会えたみたいよ?」
 一つ一つ区切られた言葉。
 その一つ一つが香にとってどんな意味を持つのか、それを知り尽くしている証拠だ。
 明らかな挑発である。
 「お義母様」
 「なに?」
 「無代は私の夫です」
 「まだですよ?」
 「  夫  で  す  」
 「まあ、百歩譲ってそうだとして、それがなに?」
 巴の声は変わらず、香の声はさらに温度が低い。
 「無代は国を出る時、私に『待っていろ』と言いました」
 「らしいわね」
 「だから、私は待っておりました」
 「そうみたいね」
 「無代が苦しい状況にあることは感じておりましたが、それでも待っておりました」
 「だからそれがなに?」
 「お母様!」
 香の声は氷。
 「それを知っていてなぜ、私を差し置いて、静を行かせてしまわれたのですか?」
 「行かせた訳ではなくてよ? 家出なのですから」
 巴はしれっと言うが、そんなはずはなかった。
 この聡明な義母が、静ごときの家出に気づかないわけがない。あらかじめ止めてしまうのも、途中で連れ戻すのも簡単なはずだ。
 知っていて黙認したとしか考えられない。
 血の気の薄かった香の顔に、赤みが差す。闇色の瞳の奥に、暗い炎がゆらめく。
 「おい、香よぅ」
 鉄が口をはさんでくる。
 「静は確かに家出だぜ。もっとも昨日、無代のガキに手紙をやってな。プロンテラで武者修行ってことにしたぞ。だから今はもう家出じゃねえ、あいつは当分、あっちで無代の野郎と一緒に……」
 ばきっ!
 香が右手に持った箸が折れた。いやもちろん折ったのだ。細い指に似合わず、その力は侮れないものがある。
 「……お父様」
 「おう?」
 「お父様もお認めになった、ということですね?」
 「んー、まあなー。無代のガキんとこ、ってのがちょっと気に食わねえが……流を、惚れた男追いかけて家出たあ、静のヤツもなかなかやるじゃねーか。なあ? 巴?」
 「ええ、殿様。貴女もそう思わなくて? 香さん?」
 間に香をはさんで、夫婦が言いたい放題だ。
 「それを……お認めになるなんて……」
 香の、絞り出すような声。
 だが、それに応えた巴の言葉は、まさに止めの一撃だった。
 「あら、惚れた男をモノにするのに、親の許しなんかいるのかしら?」
 香の目が見開かれる。そこに鉄の追い打ち。
 「いや〜ウチじゃ聞いたことねえな。大体、そんなノンキな女なんかいねーだろ? ウチにさ」
 わはは、おほほの笑い声。
 さんざん虚仮にされて、しかし赤く染まりかけていた香の顔は逆に、元の色に戻っている。
 「……ごちそうさまでした。お父様、お義母様、失礼いたします」
 氷点下にまで下がっていた声音も、元の温度だ。
 「香さん」
 「はい、お義母様」
 「何がどうあれ、当面は養生していただきますよ?」
 「はい」
 返事も素直なものだ。
 「失礼いたします」
 丁寧に頭を下げ、部屋を出て行くのを、鉄と巴は黙って見送る。
 残ったのはまっぷたつに割れた粥の器と、ぽっきり折れた箸。
 「……もちっとブチ切れるかと思ったが、意外と抑えやがったな〜」
 「香さんも大人になったのですよ、殿様」
 改めて自分達の朝食に戻りながら、二人はしみじみと会話する。
 「早けりゃ今夜ぐらいか……?」
 「常識で考えますと今夜はちょっと……。身体がついてこないでしょう。弱った身体をある程度回復させたとして……明後日」
 どうやら香の『家出の日取り』を予想しているらしい。この夫婦もある意味素っ頓狂だ。
 「……で? 巴、お前だったらどうだよ?」
 「もうお城にはいませんわ」
 即答。
 「あいつの母親……『桜』だったら?」
 「同じく、もう出発していますね」
 これも即答。
 「……行ったかなあ」
 「……でしょうねえ」
 顔を見合わせて苦笑い。
 「これで、よかったんだよな?」
 「ええ、よかったのです。あの姉妹を……桜の娘達を『嫁に出すことはできない』のですからね」
 巴が、遠い何かに想いをはせる。
 「それに、『選ぶのはあの娘達』なのです。桜が……殿様を選んだように」
 軽い皮肉を混ぜて、巴が鉄に流し目を送る。
 かつてこの巴と、静達の母である桜が、鉄を巡って恋敵であったことを知る者は少ない。
 「…あ〜、ま、まあな。…使える野郎を婿として、自分でとっ捕まえてくるしかねえ……そうだよな。しっかし、アレだぜ? 無代のガキがそんなに良いかねえ? ええ? とんだ鼻垂れじゃねえかよ」
 鉄が、食事の後に運ばれた熱い茶をすすりながら、腹の底から不満そうに言う。
 「ふふ……。確かにまだまだ若いですが、いい子ですよ。それに、銀様が認めた子です」
 「銀の兄貴か……。なあ、巴よ」
 巴のとりなしに、鉄の表情が深くなる。
 「はい、殿様」
 「俺は嫁を、桜を失って……お前は旦那を、銀の兄貴を失った」
 「……はい」
 「だけど、桜は3人の娘を残してくれた。兄貴は流と、この国を残した」
 「はい」
 「オレはな。この国も城も、オレのモンだとは思っちゃいねえ。これは今でも兄貴のモンだ。んで、これをそっくり流のモンにしてやる、それがオレの役目だと思ってる」
 「……」
 「娘たちも同じよ。桜の娘達を……あいつらが惚れた真っ当で、使える野郎と一緒にさせてやる。この乱世に、甘いと言われようともな」
 「はい」
 言う方にも、聞く方にもよどみがない。二人の間で、何度も交わされた会話なのだろう。
 『女は家の道具』。それが普通の時代。
 乱世において、国と国を結びつける最上のものが婚姻関係である。自国の若君にはどこかの姫をもらい、自国の姫は他の国へ嫁ぐ。これで最低でも二つの国と同盟が結べるのである。
 一国の世継ぎが自分の従姉妹を許嫁にするだの、姫君がどこの馬の骨ともわからない男の所へ走るだの、そもそもあり得ないことなのだ。
 だが、この夫婦はそれを認めている。一国の主として、その不利は承知の上だ。
 失われたものと、残されたものをそれぞれに、真心を込めて受け止めてきた歳月が、この二人をそのようにした。 
 自分の欲望よりも、失われた者の想いを。残された者達の幸せを。
 静も、他の子供達も、皆この祈りの中で育てられたということを、ぜひご記憶いただきたい。
 「ところで殿様……?」
 「んん?」
 「この『私』は今、どなたのモンなのでございますか?」
 「んんんん!?」
 少し笑いを含んだ巴の問い。
 鉄は渋い顔で湯のみを置くと、広げた両手を顔の前でばちん、と合掌。
 「すまねえ兄貴っ! こればっかりは!」
 「ぷっ」
 巴が吹き出した。
 「むむー。笑うな、巴よう」
 「ふふふ。失礼いたしました…お側へ行ってもよろしゅうございますか、殿様?」
 「お、おう……」
 空気が変わったのを察して、給仕の女官たちが一斉に部屋を出て行く。
 もう慣れっこなのである。
 「また皆で、揃ってメシが食えればなぁ……」
 夫婦二人きりが残った朝の広間に、鉄の、そんな呟きが残った。


 両親の予想通り、香はそのまま『家出』した。
 広間を出たその足で自分の部屋へ行き、衣装を目立たないもの変え、有るだけの現金を持つ。
 次に城の厨房に行き、驚く厨房係を尻目に日持ちしそうな食べ物をかき集めると、散歩に行くような気軽さで城の外へ出る。
 お付きの女官達が追って来ようとしたが、ひょいひょい、と歩くスピードを上げるとあっという間に振り切ってしまった。
 10日間も眠っていたために身体は弱っているものの、短時間ならばその程度の運動能力を叩き出すことは簡単だ。
 (手足の各関節と、主要な内臓に一つずつ。あとは脊椎に……3つほど分けとけばいいかな)
 そんなふうに、『心臓』で考える。
 (感覚器にも分けといた方がよくない?)
 そう考えるのは、『右耳』だ。
 (でも、まずは追っ手を完全に振り切らないと)
 『右手』が反対する。
 (同意。船で海に出るまでは、運動能力の確保が優先。そのための内臓活動も継続)
 決断を下したのは『子宮』。
 それらをとりまとめ、身体の各所に思考を振り分けるのは、『脳』だ。
 全身の各部署に『香の思考』が分散される。
 そして、その成果は劇的だった。
 (右大腿部、栄養不足!)
 (腹筋、カロリーもミネラルも全然足りない!)
 (背筋、筋肉活動低下。活動限界まであとわずか!)
 身体の各所が一斉に不満を訴えてくる。まさに大合唱。
 思った以上に、身体が衰弱しているらしい。さっきの鶏粥をせっせと吸収してエネルギーを配分するが、到底足りない。
 (歩けなくなるまで……20分? まずい)
 これは『右足』。
 (運河へ出て、渡しの舟に乗るべき)
 『左足』
 (疑問。追っ手に見つかるかも)
 『左肘』
 (大丈夫。お父様とお義母さまは、どうせ止める気はないのだから……)
 そして『子宮』。
 (同意。おっと、顔を変えるのを忘れている)
 本来自分の意志では動かせない顔の筋肉、表情筋を調節し、顔まで変えてしまう。さすがに骨格までは変えられないが、これだけでびっくりするほど「別人」になれる。
 10本の指先全部を使って顔をなぞり、その感触を元に自分の顔を心の中で「再生」する。
 これが彼女の鏡の代わりだ。
 (問題ない)
 すべての指が一斉にOKを出してくれる。
 これで香を「一条家のお姫様」とわかる人間はほとんどいなくなる。どこにでもいる痩せた小娘が、荷物を持ってお使いにでも出ている、といった風だ。
 数分歩いてたどり着いた運河の端で、首尾よく大剣竜の港行きの小舟を見つけ乗り込む。
 揺れる船に腰を下ろすと、いくつかの内臓を呼び出して喝を入れる。
 (食べ物を入れるから、急いで吸収!)
 城から持って来た煎餅だの干し魚だのを出して口に入れ、せっせと噛んでいく。胃が弱り気味で消化が追いつかないので、味がなくなるぐらいまで徹底的に噛む。あごが痛くなっているはずだが、あごが自分で判断して痛みを脳に伝えていない。
 水筒に入れてきたぬるい茶を口に含み、やや強引に飲み下す。
 (血液中に栄養が回ったら、下半身を中心に回復! 大至急!)
 栄養の取り合いにならないように、脳が仕切る。
 (舟が河港に着いたら、海へ下る船に乗り換え、ね?)
 『右耳』が確認。
 (プロンテラに行くには…まず海港でアルベルタ行きの船を探さないと。すぐに見つかるかな…?)
 『右肺』が心配。アルベルタはルーンミッドガッツ王国の玄関口でもある港町だが、天津との交易はまだ盛んとは言えない。
 (最悪、一条家の御座船を使う。家出の身で御座船使うのも変だけど…やむをえない)
 『子宮』が決を下す。
 
 「分割思考」。
 まるで多重人格者ででもあるかのようなこの精神技術を、香は使うことができる。
 思考を身体のあちこちに分散させ、それぞれに思考と身体制御を行う。
 複数の魔法の同時詠唱や、スキルの同時使用さえ可能になるという、きわめて特殊な技術だが、当然、誰にでもできるというものではない。
 脳の機能と思考を完全に切り離し、魂さえも分裂させて体内に配分してしまう。ある種の心霊術の側面さえある技術。
 その才能のない人間には最初から不可能だし、才能があってもその習得には長い時間と、そして猛烈な副作用が伴う。
 彼女がこの十日間を眠って過ごしたのもそれ、義母の巴が彼女を気遣うのもそれだ。
 香はその才能の中でも飛び切りのものを、実の母から受け継いだ。
 『才能』と言えば響きがいいが、現実にはそれは『呪い』に近い。
 見えないものを見、触れ得ぬものに触れる。
 見てはいけないものを見、触れてはいけないものに触れる。
 時に、人の運命さえ見えてしまう『目』。
 あまりにも飛び抜けた力は、必ずしも人を幸せにはしない。
 「見えたものを口に出してはいけない。手を出すのはもっといけない」
 だから幼い香は厳しく、そうしつけられた。
 そして彼女が身につけたのは『無関心』。目の前を通り過ぎる光景に、何の揺らぎも感じない心。
 じっと座り込んだまま黙々と『食事』を続ける香を、船頭や他の客が怪訝そうに見ているが、香は一切構わない。
 同じように、揺れる水面からじっと見つめてくる、この世の者ではない目にも構わない。空中から覗き込む顔も、隣の客の背中にいる『誰か』も。
 無関心を貫いてしまえば、すべてが風や雨と同じだ。見ることも触れることもできるけれど、意識しない限りは自分の人生には関わりのないもの。
 そんな香に対しては周囲の人間も、彼女に関わらないことを学んだ。
 わずかな例外を除いて。 
 香もまた自分以外の世界に対して、拒絶はしないが期待もしなかった。
 たった一人の例外を除いて。
 ……ぴくり。
 『食事』に集中していた体内の思考が、一斉に脈動した。
 ……どくん。
 思考の制御を振り切って体温が上昇し、顔がかっ、と熱くなる。
 記憶のフラッシュバック。
 初めて『彼』と出会った時の。
 彼女の人生に『色』がついた時の。

 
 『子供』から『少女』になるまでの間、香の記憶には『色』がついていない。
 自分でそうしたのだ。
 記憶力が良すぎて『忘れること』ができないので、せめて色を無くしてみたのだが、余計に細部が目立ってしまったのは失敗だった。
 『無色』の原因は、母にある。
 結婚前までは軍人だったとは信じられないぐらい、可憐な母。
 誰でも分け隔てなく愛し、そして誰からも愛された母。
 少しおっちょこちょいだったけれど、いつも明るく優しかった母。
 その母が、香にだけは距離を置いて接した。
 物心ついた時から、母に触れられた記憶がほとんどない。抱きしめられたことも、頭を撫でられたことも、手をつないだことさえ、ない。
 代わりに父や姉がそうしてくれたので、寂しいと思うことはなかった。というかこの二人は愛情表現に限度という物がないので、途中から少々迷惑にさえ感じた。
 「香! 父はお前を愛しているぞ!」
 「むむ! この姉とて負けんぞ! さあ来い香! 姉上が抱っこしてやる!」
 ……馬鹿じゃないのかと思う反面、やっぱりくすぐったくて、ちょっと嬉しかった。
 香が眠ってから、母が自分の寝床に来て添い寝してくれているのに気づいたのは、少し後のことだ。
 朝起きたとき、既に母の姿はなかったが、母の匂いと温もり、そして涙の跡が残っていた。

 ……ごめんね……ごめんね、香。ごめんね……

 微かなつぶやきを、夢うつつで聞いた気もする。

 ……でもね香……母様は……貴女を産んで、とても……

 その後、母は何と言ったのだろうか、思い出せない。
 そんな母が嫌いだったワケではない。むしろ大好きだったと思う。
 だからこそ、自分の存在が母を苦しめていると気づいた時の衝撃は暗く、深かった。
 (私がいると、かあさまは辛いんだ……)
 そう気づいてしまうことは、いっそ虐待でもされる方が楽なくらいの痛みとなって香を襲った。
 そして母の死。
 「母の死」という体験ももちろん辛いものだった。が、もう一つの事実が、それ以上に香を強烈に打ちのめした。
 (私は、かあさまが死ぬことを知っていた)
 母が懸命に香を遠ざけた理由。
 (かあさまは自分が死ぬことを、私に見せたくなかったのだ)
 そしてそれが無駄だったという結末。
 (でも私は見てしまった。知ってしまった)
 結論。
 (私はかあさまを苦しめただけだった)
 (ごめんなさい)
 (かあさま)
 (ごめんなさい)
 (私は)
 (呪いを)
 (受け継いで)
 (しまいました)
 (ごめんなさい)
 ……。
 そして香の心は凍り、記憶は色を失った。
 自分でそうしたのだ。
 そして香、15歳の春。

 「始まりの朝」より遡ること5年。
 

中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(2)
 「どーよ? 旨いだろ? な? オレの言った通りだろ?」
 無代、17歳。

 「おいしー! 無代、これ美味しい!」
 一条静、11歳。

 「うん、確かにうまい」
 一条流、17歳。

 その時、彼らはまだ一つの場所で、一つの季節を共有していた。
 瑞花の郊外に建てられたばかりの教育機関「天臨館」。
 そこはかつて瑞花でも有数の寺院であったが、十年ばかり前、故あって廃寺となっていた。
 それが数年前、一条家の新しい城主である一条鉄の命によって装いを変え、学校として再建されたのだ。
 広大な敷地の中に瓦葺きの木造建築が立ち並び、珍木や奇岩が趣深く配置された風景は、なかなかの風格と静けさをたたえている。…のだが、そこで学ぶ血気盛んな若者達にとっては、いささか退屈なものに映るようだ。
 実際、無代たち三人は正規の授業が自習なのをいいことに、まだ使われていない教室棟の一角で敷物を広げ、なにやら試食の真っ最中である。
 館長以下の教師たちは今頃、城に呼び出されて重臣達に囲まれ、今後の教育方針などを真面目に話し合っている最中だというのに、のんきな話である。
 「『肉まん』って名前にしようと思うんだよ」
 湯気の立つ白い塊を、自分でも口に運びながら、無代が機嫌良く言った。
 呆れた事に無代の側には簡易のコンロが作られ、蒸し器が据えられ、今も湯気を噴いている。その辺には生地やら具やらを練ったらしい道具も散らばったままだ。
 この男、学校の中で饅頭を蒸して振る舞っているらしい。教師不在とはいえ、やりたい放題もいいところである。
 「肉の饅頭と言うわけか? ちと安直な気もするが、それぐらいの方がウケるのかな」
 幾つ目かの饅頭をほおばりながら、流が首を傾げる。
 「分かりやすくていいと思う!」
 あぐらをかいた流の膝の上で、静が賛成した。
 一見すると幼女が座っているようだが、そうではない。静は同年代の少女の中でも長身と言っていい。
 流が大きすぎるのだ。
  十七歳にして、その身長は190センチに迫っている。上背だけではない、幅も、厚みもただ事ではない。
 その半分が骨で半分が筋肉、と言われてもうっかり信 じてしまいそうな迫力がある。しかも見かけだけではなく、既に見剣の城でも指折りの『力士』でもあるのだ。
 おまけにハンサムで頭も切れるとくれば、もはや嫌味を通り越していっそ清々しいとさえ言えた。
 その巨大な膝の上で、すらりとした黒髪の美少女が我が物顔で座り込む様は、それこそ神話の一シーンのようでさえある。 
 「無代は、いつも色々見つけてくるねえ!」
 「まーな。今回の航海は実に有意義だった…てか『無代兄さま』と呼べや、静」
 「美味しいよ、無代兄ちゃん」
 十一歳にして、既に輝くような魅力の片鱗を十二分にたたえた少女に手放しでほめられれば嬉しいのは当たり前だ。
 「うむ…やっぱり使える男だ、お前は」
 「よせやい」
 次代の名君と評判も高い、瑞波の世継ぎにほめられるのも大変結構なことだ。
 「よしよし、もっと食うか? 二人とも?」
 「うーん、食べたいけど…」
 「? 遠慮すんなよ?」
  ちょっと迷った様子の静に、無代がほい、と白い塊を差し出す。が、
 「…姉様も呼んでくる! みんなで食べるともっと美味しいと思う!」
 ひょい、と流の膝から立ち上がると、一目散に駆け出す。
 「おー、行ってこい…ってもういねえ。速っ!」
 「…おい、無代」
 「ん〜?」
 無代が蒸し器を覗き込みながら鼻で応える。自分の国の若様に対して、一介の町民がする態度ではないが、これが二人のルールのようなものだ。
 「いい加減、城に来ないか。お前が継ぐ家名も、部屋も衣装も準備万端だ。武士んなって、俺のんとこに…」
 「だから『まだ』だってば」
 無代が蒸し器をのぞいたまま、流の言葉を遮った。
 「…武士んなって城に上がるのがイヤだって言うんじゃないぞ。どーでもいい商売人の息子…それも妾の子がさ、お侍の家の姓をもらって、若様の側近にしてもらうなんざ、夢のまた夢みたいな話だ。今でも夢見てんじゃないかと思うぐらいさ」
 「…じゃどうして?」
 「わかんねーか?」
 「聞いておきたい」
 「することがないからさ」
 無代はやっと流の方を振り向くと、肩をすくめた。
 「流、オマエがお城で一人ぼっちで、話す相手もいなくて半泣き、ってんならいつでも行ってやるよ。でも今のオマエはそうじゃないだろ?」
 「…」
  「オマエの周りに集まってくるヤツら。重臣方のご子息集に、天臨館の学友ども。みんな使える奴ばっかだ。腕も頭もいい、信用できるし気もいい、何よりオマエに惚れてる。あいつらがこのままオマエを囲んで大人になるなら、俺の目から見たって瑞波の国は安泰もいいとこだぜ」
 「…」
 「オマケにあんな可愛い許嫁までこさえてよ。…まあ…いささか幼女趣味を疑うけども」
 「…」
 無代がからかう。が、流は笑いも、怒りもせず、じっと黙った。
 「…どしたおい? いや冗談だぞ? 静姫さん、美人だし頭もいい。十年後にはえらいことになってるぞ、間違いなく。良い姫様選んだじゃないか」
 「…選んだ、と思うか?」
 「…何?」
 「オレが『静を選んだ』…と? …そう思うか?」
 「…? 何言ってんだ?」
 「いや…何でもない。…オレの思い過ごしかもしれん」
 流が頭を振って背筋を伸ばす。
 「何だよ? 気になるじゃねーか」
 「いや…いいんだ。それよりオマエの事だ。別に、お前に何か仕事しろと言ってるんじゃないんだがな」
 無代を真っ直ぐに見て話す。無代も真っ直ぐに見返す。
 「仕事しなくていい? じゃ、オマエの横で冗談言って軽口叩いて、あとは鼻毛でも抜いてろってのか?」
 「オレはそれでもいいんだが」
 「俺はそれじゃイヤなんだ」
 ここだけは真剣な顔で、無代が言葉をつなぐ。
 「気晴らしの道化が欲しいなら、他を当たってくれ」
 「…悪かった」
 一国の若様が素直に頭を下げると、諦めたように一息ついて
 「瑞波の国は、無代には狭すぎるか」
 「いや…世界が広すぎるんだよ、流」
 無代の声が、少し小さくなった。
 「これで三度、オヤジの船に乗っかって世界を見たが…広い。広すぎる…かもしれん」
 「…広いか」
 「広い。オレたちはまだ何も知らないと言っていい。そんな時に、オレたち二人が揃って城に籠っても…ダメだ。俺は『天井裏の魔王』とは違う。城にいながら世界を知ることも…まして変えるなんて…無理だ」
 「だが約束だ…魔王…父とのな」
 流が遠い目をする。この少年が父の死に涙を見せたのは、その通夜の翌日に城を抜け出し、無代と共に慣れない酒を飲んだ、その夜だけだ。
 「そうともさ。それに流。『城に来い』ってのは野暮だろよ。今は『ココがお前の城』だろ?」
 「ココ? 天臨館がか? …ふむ…なるほど…オレの城か」
 「鉄のお殿様はそのつもりだと思うぜ? ここに将来、お前の家来となりうる連中を集めて、お前が『城主』としていかに振る舞うか、見てるんだと思う。間違いなく」
 「…気づかなかったが…その通りだろう。いや…さすがだ無代。助かった。…オレはうまくやってる…よな?」
 「おう、問題ねーだろ」
 無代が請け合う。
  「オレが航海してる間に班分けも、緊急時の行動要領も出来上がってるじゃねーか。大したもんだ。…人選も文句無しだが…まだちょっと厚みが足りんのは致し方ねーな。 来年、もう少し生徒の数が増えれば…あと50は欲しいよな。前線でガチるのが10、後衛が10、もろもろ支援が30。そんだけいれば、倍の敵に囲まれてもしのげる。手薄なのは食い物の備蓄だが、コレはちょいと良い場所を見つけてあるんだ。ココの裏手に古井戸があってな。あの中に…」
 「…」
 なるほど自分が野暮だった、と流は思う。
 この男はこれでいいのだ。
 少なくとも、城の座布団の上で鼻毛を抜かせるより、ずっといい。
 「わかった、無代。オレが『魔王と闘う』」
 「おう、そして俺が『魔王の尻尾を踏んづける』」
 無代が自分の拳を流の方に突き出した。流もそれに応えて拳を出す。
 こつん。
 二つの拳が一つの音を響かせる。
 それが二人の少年の関係の全てであるかのように。
 「オッケー…ところで…流よ?」
 「ん?」
 無代が急に眉をひそめたので、何事かと流も身を乗り出す。
 「オマエんとこの…妹のことなんだが…」
 「妹? 静か?」
 「いや、アイツじゃねえ」
 「綾?」
 「そっちでもねえ」
 「じゃ…まさか…香?」
 「何で『まさか』なんだよ?」
 「オマエとの接点が思いつかん」
 流が大きな手であごをなでる。
 「オレだって思いつかねーよ。『無口な真ん中姫』さんと、この無代様との接点なんかさっぱりだ」
 無代が頭をかく。
 「? じゃ、なんで香のことなんか訊く?」
 「…睨まれてんだ…」
 「…すまん、何だって?」
 「その香姫様にだな、ここんとこずーっと睨まれてるんだよ! 天臨館にいる間! ずーっと!」
 「…状況が分からん」
 「オレだって分かんねえ! とにかく気がついたら、どっかからオレの方をじーっと睨んでんだもんよ。…何か…怖い顔で」
 「怖い、顔?」
 「うん…こうな…眉間にシワ寄せて、瞬きもしないでずーっと」
 無代が自分の眉間にしわを寄せてみせる。
 「無代。オマエ、香に何かしたのか?」
 「してねえ! …てゆーかむしろされたのオレだろ! 覚えてるか? オマエが姉妹三人揃ってオレに紹介してくれた時!」
 「…香に挨拶した途端に、モノも言わずに逃げられたな〜」
 「笑うトコじゃねえ!」
 愉快そうな流に、無代が食って掛かる。
 「オレは結構傷ついたぞコラ! …で、あんとき以来会うのはおろか、姿見ることさえなかったのに…」
 「いつからだ?」
 「気づいたのは、今度の航海から帰ってからだな」
 流が少し考える。
 「…妹が…香が天臨館に通いだしたのは、オマエが航海から帰った直後からだ」
 「…何…?」
 「…最初は全然興味を示さなかったのに…。まあアイツがここで『勉強すること』なんかもう残っちゃいないから無理もないが…。それが急に通うと言い出したんで変だとは思ってた…ひょっとして目当てはオマエか…」
 「目当てって何だよ!? ねえ何!? オレ何されんの?!」
 「…さあ…? あの香の考えてることは、オレにも分からんな〜」
 「だから笑うトコじゃねええええ! …?」
 心底困った様子でごりごりと頭をかいていた無代の手がふ、と止まった。
 「? どうした無代?」
 「…いる」
 怪訝そうな流に、無代が小声で応える。
 「何?」
 「…またいる…その…香が」
 「香? どこに?」
 「窓の外…おっと、見るなよ。気づかないフリしてくれ」
 「む? …気づかなかったな。…静なら気づいたろうから…あいつがいなくなってからか」
 「…流」
 「何だ?」
 無代が無言で、饅頭の粉を練った板を引き寄せる。残った粉でまだ白い。
 その粉の上を無代の指が滑り、素早く文章を作る。
 『 つ か ま え て く れ 』
 流は無言。それが承諾の合図と知っている無代が、大声を上げる。
 「分からんな〜、じゃねえ! オマエの妹だろうが! 何とかしやがれ!」
 があっ! と流の胸ぐらを掴む。
 「オレの知った事じゃないな」
 流も大声で応戦する。胸ぐらを掴んだ腕を軽々と振りほどき、その豪腕でどん、と無代を突き飛ばす。
 無代が転がる。窓の反対側。
 香の視線がそちらへ向くように。
 次の瞬間。
 座っていた流の巨体がうねるように動いたと見るや、一瞬で窓の外へ腕を突き出し、何かを掴み上げた。
 「きゃ…!」
 掴まれたのは香である。
 流の巨腕に襟首を掴まれて吊るされている身体は、流の巨体を差し引いたとしても小さい。
 着物が黒に近いグレーなのも災いしてというか何というか、まるで毛並みのいい子猫のようだ。
 「ほれ、つかまえたぞ、無代。…こら、香。暴れるな」
 つかまえている義兄もいまいち猫扱いである。
 言われた無代はというと、まだ転がったまま。
 「…流…オマエが手加減したのは…わかってるが…もーちょい手加減…してくれ…」
 転がりすぎて、反対側の壁に激突したらしい。柔術の鍛錬で受け身ぐらいはとれるが、「床」ではなく「壁」で受け身の練習をしたことはない。
 「おお、悪い。…で、これどうする?」
 義兄の腕にぶら下げられた香は、既に大人しくなっていた。無双を謳われる義兄の腕力に逆らっても無駄、と諦めているらしい。
 そのかわり、また無代を睨んでいる。
 「…よし、そのまま…。おい! 何で俺を睨むんだよ、アンタ!」
 「…」
 香は、真っ赤な花のつぼみのような唇を結んだまま応えない。
 「おい!」
 「…」
 今度は、ふっ、と横を向く。
 「…無代、それじゃらちが開かん。…二人とも、まあ座れ」
 見かねて流がとりなし、敷物へ戻って二人を座らせる。ついでに『肉まん』を取って、香に渡すが、身体を固くして受け取ろうとしない。
 「…香。この無代はな、兄にとっては特別に大事な男だ。こいつに恥をかかせることは、そのままオレの恥になるんだ。だから、話をしてやってくれないか」
 「…」
 ぐっ、と香が詰まる。生まれや育ちがそれほど堅苦しくないとはいえ、そこは武家の娘だ。さすがにこういう言い方をされては立場が苦しい。しかも、この義兄がそういう言い方が決して好きではなく、できればしたくないと思っていることも、香には理解できる。
 「…はい」
 折れた。
 「ありがとう。ま、食え」
 「…はい」
 「…うまいだろ?」
 「…はい」
 同じ返事しかしないものの、味は気に入ったらしい。もくもくと食べ始める。
 食べ終わった。
 懐紙を出して口を拭く。
 そしてまた、無代の方をじっと見る。
 それこそ穴の開くほど見る。
 その目がだんだん険しくなり、眉の間にしわが寄る。
 「…なるほど。こういう状況か、無代」
 「…こういう状況なんだよ。…何でオレ、睨まれてんの? ねえ?」
 やっと状況が飲み込めた、という様子の流に、無代が助けを求める。
 「…香。無代に何か『見える』のか?」
 「…」
 「…香?」
 「…何も…」
 香がやっと応えた。呟くような声。
 「…何も? 何も見えないというのか? 無代に?」
 驚いたように尋ねる義兄に、香はゆっくりと視線を向けると、
 「…はい、何も。…真っ白…」
 無代はきょとんとするしかない。
 「? どっか白いか? オレ? 航海で日焼けして…むしろ黒くね?」
 「…『真っ白』とはどういう意味か、香?」
 「…わかりません」
 「おい〜、無視すんな〜!」
 流と香が二人で深刻な顔をしているところへ、無代が必死に割り込む。自分のことが話題のはずなのに、自分にはさっぱり理解できない、というのだから無理もない。
 「オレちゃんと見えてるよ? 白くないよ? 黒いよ?」
 「無代、ちょっと黙れ」
 「ええええ!?」
 流の厳しい声に対し、精一杯抗議の姿勢を見せるものの、効果なし。ぶつぶつ言いながらもしばし黙る。
 「…このような事は初めてです。お義兄様、この男は何者なのですか…?」
 「…何者、と言われてもな。お互い十にもならん頃からの友達、としか」
 「触ってもよろしいでしょうか?」
 「オレは構わんが?」
 「では」
 「まてまてまてまて!!!!」
 我慢して大人しくしていた無代が、さすがにキレた。
 「ちょっとまて! オマエらなあ! 人をなんだと思ってやがる!」
 流と香、二人を交互に指差しながら抗議するが、二人は眉一つ動かさない。
 「お義兄様? 大人しくさせても?」
 「手荒なことはするなよ?」
 「はい」
 「ちょ! おい! …え…?」
 ふ、と香の身体が無代に寄り添った、と思った瞬間、首筋にちくり、と微かな痛み。
 だがたったそれだけで、無代の身体は凍り付いたように動かなくなった。
 無代の想像も及ばない、人体の機能を知り尽くした者の技。
 呼吸も、瞬きもできる。が、指一本動かせない。
 「香?」
 「ご安心下さい、義兄様。害はありません。身体の動きと言葉を封じただけです」
 「そうか、安心した」
 オマエが安心してどうする! と流を怒鳴りたいが、できない。
 それどころか香の細い手で軽々、ころん、と寝かされてしまう。
 「安心しろ無代。妙なことはさせないから」
 十分されとるわ! と流に突っ込みたいが、やはりできない。額からイヤな汗が吹き出す。
 その汗を香が懐紙ですぅ、と拭き取った。そして、
 (…冷た!)
 額に感じた冷たさに、無代が心の中で驚いた。それが香の手のひらだと分かって、さらに驚く。
 今まで経験したこともない体温の低さ。こちらの身体の熱がそっくり奪われていく感覚。
 (…ちゃんとメシ食ってんのか…? コイツ…?)
 こんな目に合わされておきながら、相手の身体が気になってしまう所など、無代もよくよく人がいい。
 「…香、どうだ? 何か解るか?」
 「…いえ」
 義兄と妹、相変わらず無代の意向は無視だ。
 「義兄様、この男に…接吻してもよろしいでしょうか?」
 「む?」
 しかもとんでもない方向に話が進む。
 「より深く接触すれば、何か解るのではと」
 「待て。さすがにそれはまずいだろう。無代には恋人がいる。瑞花一の呉服屋の娘でな」
 流が止めてくれた。一応の常識はあったか、とほっとしたのもつかの間。
 「『五月屋のお美弥』ですね? それなら問題ありません、義兄様。その女なら昨日、この男と別れたところです」
 香が何の感情もこもらない声で暴露した。
 「む? それはまことか、香?」
 「はい。この男が航海に出ている間に、別な男を作ったようです。材木問屋の跡継ぎですが」
 「…というと文左か。確かに美祢に言い寄っていた男の一人だが…」
 「実はこの男と付き合う前から『二股』だったようで、この男から航海の土産にサンゴの櫛をもらったのを潮時に、乗り換えたようです」
 「それは…残念だったな、無代。だが、浮気女に引っかからなくて結果オーライ」
 オーライじゃねえええ! …と突っ込めない。
 「よし香、そういうことなら、いいぞ。キスしても」
 「ありがとう存じます」
 お礼言うとこ違う! ってゆーか色々違いすぎてどっから突っ込んでいいのか分からん! と、突っ込みたいが突っ込めない。
 さら。
 無代の顔に香の黒髪がかかり、視界がふさがれる。こんな時なのに、その感触を心地よいと感じてしまう。
 すう。
 鼻をくすぐるのは、何かの御香だろうか。それとも香自身の匂いなのか。そして。
 ふわ。
 唇に柔らかい感触。なぜかそこだけは、不思議と冷たくなかった。
 数秒。
 全ての感覚がさあっ、と遠ざかった。終わったらしい、としか分からない。
 「…どうだ、香」
 「いえ、やはり何も」
 香の声は平静だ。やられた無代にしてみれば、それはないだろう、という気分。
 「義兄様。キスでも駄目となれば、この上は」
 「いい加減にせい」
 無代を『剥き』にかかろうとする義妹を、流がもう一度つまみ上げた。
 香は解せない、という表情のままぶら下げられる。
 「それ以上はいかん。ほれ、無代だって泣いている」
 床に転がったまま、目の幅と同じ幅の涙をだーだー流している無代。床の水たまりがまた哀れを誘う。
 「なぜいけませんか、義兄様?」
 「無代が婿に行けなくなるではないか」
 香が嫁に行けなくなる、と言わないあたり、流という男もどこか素っ頓狂だ。
 「ならば義兄様、香に良い考えがございます」
 「何だ」
 「この男が私の婿になればよいのでは?」
 「…」
 「いかがでございましょう?」
 「名案だ」
 流が重々しく肯定し、香の目をじっと見る。
 「だが香。無代にも選ぶ権利はある。無理強いはいかん」
 「…いけませんか?」
 「いかん。決して無理強いをしない、というならよかろう」
 「…はい」
 「…『亡き母上殿』に誓えるな?」
 「…う…はい…」
 しぶしぶ、香が承知した。
 「よし」
 流がすとん、と香を床に下ろす。そうしておいて、その辺に散らばった饅頭作りの道具やらなにやらを集め、火の始末をし、蒸し上がった肉まんをそっくり包むと立ち上がる。
 高貴な生まれの割に、こういう手際がやたらといい。
 「ま、そういう事だ、無代。『肉まん』とやらははもらってく。綾に届けてやらねば。じゃあな」
 言うだけ言うとさっさと教室棟を出、静が走って行った方へ歩き出す。
 (ま、亡き実母殿に誓ったならば、香もめったなことはすまい…無代には悪いが)
 内心で友に謝りつつも、半分は苦笑。
 そして…困惑。
 (だが…まさか無代、『お前も』…なのか…? これが偶然だと?)
 (あの姉妹に…『選ばれる』…のか?)
 (…いや、もっと大きなものに?)
 彼らしくない、とりとめのない思考を巡らしながら、流は天臨館の敷地を歩いて行く。
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(3)
  流の大きな足音が遠ざかると、がらんとした木造の教室に静寂が満ちた。
 無代は相変わらず転がされたまま、目の幅涙でだーだー泣いている。
 一方の香は香で、どこか途方にくれたようにぺたん、と座り込んだまま無代を睨んでいた。
 が、やがて諦めたようにふ、とため息をつくと、無代の首筋に指先を滑らせる。
 ちくり。
 「がああああああっ!」
 無代の身体が跳ね上がった。身体の自由が戻ったのだ。
 涙を袖で拭いながら、言葉にならない大声でわめきつつ、香の胸ぐらをぐい、と掴む。
 香の小さな身体ががくん、と揺さぶられる。が、その身体に抵抗の力はこもらず、細い首と手足もつられてがくがくと揺れるだけ。
 だん、と床に押し倒され、無代の腕で押さえつけられた。しかし、香に抵抗の意志が全くないことを悟ると、無代も腕から力を抜く。ただ、掴んだ襟は離さないところなど、なかなかに油断がない。
 仰向けの香。手足はてんでバラバラの方向に散らばり、首も力なく傾げられる。
 それはまるで、壊れた人形のようである。
 「…何なんだよ、アンタ…ワケわかんねえよ…」
 やっとのことで、無代が声を絞り出した。
 「…」
 香はぴくりとも動かない。
 「何とか言ったらどうなんだよ。何でこんなことするんだ?」
 「…分からなかったから…」
 「何?」
 「…どうすればいいのか、分からなかったから…」
 唇だけを動かして、香が答えた。小さな声。
 「どうすれば…ってオマエ…」
 呆れ声を出す無代に、香がくるりと顔を向ける。
 「…私は…人の運命が見える。…知ってるでしょう? 『一条の狂い姫』」
 「…まあ、噂だけは。…本当なのか? そんなもの見えんの? オマエ?」
 「…見える。いつでも何でも、というわけじゃないけど…自分の意志とは関係なく」
 無代はまだ信じられない、という顔。
 「自分の事も?」
 「自分の事は見えない。でも…自分の母親の死相まで…見える」
 「…そいつあ…。流のヤツも承知の上なんだな?」
 香がこくり、とうなずく。 
 「よし、アイツが信じるなら俺も信じる。…で、それなのに俺の運命が見えない、ってわけか、話を総合すると」
 香がまたこくり、とうなずく。
 「で? 見えないからって…何でこんなことする?」
 「…興味…が…あったから。どうして見えないのか。…ねえ、なぜ見えないの?」
 「知るかよ」
 香を押さえつけていた腕をぽい、と離して、無代が肩をすくめた。
 「俺に分かるワケないだろ。…で、何? それを見るために、俺とその…キスしたり…もっとアレとかコレとかする、っての?」
 こくり。手を離されてもまだ倒れたまま、香がうなずく。
 「…何だよ、回りくどいな」
 無代は香の方に向って、どかっとあぐらをかいた。

 「お前、俺のこと好きなんだろ」

 「え?」
 ぴょこん! 倒れていた香の身体がいきなり跳ね上がり、空中で色々動いたと見るや無代に向いてぴたっ、と正座した。
 「うお、びっくりした! 何それ、すげえ!」
 「…今…なんて言った…の?」
 驚いてのけぞる無代に、これまたびっくりした顔の香が詰め寄る。
 「何…って。お前、結局俺のこと好きなんだろ? 運命とか何とか回りくどいこと言ってるけどさ」
 「…どうして…そうなる…の?」
 「どうしてってお前…」
 詰め寄る香に、負けじと無代がぐい、と視線で押し返す。
 「お前、俺に興味あるんだろ?」
 「そう」
 「で、触ったりキスしたりしたろ?」
 「そう」
 「もっと…その、アレコレもしようとしたろ?」
 「それは…」
 「オレの胸はだけてくれたのは誰よ?」
 「…私」
 「アレコレしたかったんだろ?」
 「…そう」
 「好きなんじゃん」
 「…えええ!?」
 身を乗り出していた香が、がくん、と退いた。呆然、という顔で無代を見る。
 そんな馬鹿な、という思い。
 でも、思い返してみる。この男を最初に見た時。
 (…義兄様の友達だから、って言っても、きっとつまらない一生を送るのだろうと…)
 ところが、無代の未来に何も見る事ができず、混乱して逃げてしまった。
 その後…その真っ白な未来が気になって、頭から離れなくなった。
 その真っ白な未来を、あれこれ想像した。
 もう一度あの男を見れば、と思ったが、航海に出てしまったと知って『落胆』した。
 それが帰って来たと知って『嬉しかった』。
 じっとしていられず、両親に頼んで天臨館に通い始めた。
 そして望み通り、それこそ穴の開くほど彼を見た。いくら見ても飽きる事がなかった。
 女がいると知って『落胆』し、別れるのを見て『ほっと』した。
 何とか彼に触れないものかと悩み抜いたが、今日義兄に捕まったのは『渡りに船』だった。
 アレコレできなかったのが…『心残り』だけど。
 …。
 がーん、と頭を殴られたような衝撃が来た。
 理解できてしまった。
 これではまるで…恋に狂ったタダの惚け女ではないか。
 「その顔だと理解できたみたいだな?」
 無代がやれやれ、とため息をついた。
 「ゴチャゴチャ考え過ぎなんだよ。これだから頭でっかちのお姫様はね〜。…とは言ってもだな」
 無代はもう一段、ぐい、と乗り出すと、
 「確かにオレは美弥と別れて一人だが…って、そういや何でお前がそれ知ってるんだ?」
 「…見てた。振られるとこ…」
 「見てたのかよ! …ま、まあいいや…いや、あんまりよくないけど…流の義妹だしな。これまでのことは水に流してやる。とはいえ、お前と付き合うのとかは無理だな。その…好きになられてもな」
 「…!」
 本日最大の衝撃。
 だが、覚悟はしていた。
 分かっていたことだ。これだけのことをしてしまったのだから、彼の心が自分に向くはずはない。
 「無理強いするな」、と義兄に約束させられた時、自分と彼のつながりは切れたのだ。
 それが分かったからこそ、無代の麻痺を解いたのではないか。
 当然だ。
 そして、この男との関係が切れたところで大した事ではない。
 元に戻るだけだ。
 城に戻り、また一人の部屋で自分の修行をするだけだ。
 「じゃ、オレ行くから。女の子振っといて放って行くのもアレだけど…こんな事の後だし。天臨館の中なら、一人でも平気だろ? もう睨まないでくれよ」
 無代が立ち上がり、背中を向ける。
 その瞬間。
 香の中で、何かがごそり、と音を立てて消失した。
 そしてその跡に、大きな穴が開いた。
 消えたのは、彼の『真っ白』を見つめながら過ごした時間。
 思えば母が亡くなってから、家族以外の人間に自分から触れたのは初めてだった。
 いや、言葉を交わした事さえ初めてだった。
 (…人は、言葉を交わさないと、こんなにもお互いの事が分からないのだ)
 そんなことも忘れていた。
 無代の背中が遠ざかる。香には真っ白に見える、その背中。
 そうだ。失うのはこれまでの時間だけではない。
 これからの時間。
 彼を見て過ごせたはずの、時間。
 運命が見えない彼だからこそ、不吉な未来に不安になることもなく、決して見飽きることのない、時間。

 未来。

 色を無くした香の心に、無色を通り越した、ただの『穴』が開いた。
 どこまで行っても出口のない穴。どこにもつながらず、何も入っていない、穴。
 その穴がどんどん大きくなり、『香』そのものを消しにかかる。
 痛みはない。
 いや、嘘。
 (だって…こんなに…涙が…)
 香の目から涙が溢れ出した。
 深い闇色の瞳がこの時だけ、涙の色で柔らかく溶けた。
 
 (行かないで下さい)

 涙と一緒に、祈りがあふれた。
 運命が見える少女の、生涯で初めての祈り。

 (振り向いて下さい)

 運命というものがあるのなら、祈ったって無駄だ。
 でも、あの人の真っ白な未来なら、ひょっとしたら祈りだって届くかもしれない。

 (行っちゃいやだ! 振り向いて! 置いていかないで!)

 …いや駄目だ。やっぱり祈りなんて届かない。
 さっき気づいたばかりではないか。
 届くのは「言葉」だけだ。
 今。
 この時。
 彼に。

 「…む、無代…むだいぃっ!」

 精一杯の勇気と一緒に、言葉を絞り出した。
 …だけど駄目だ。
 …遅かった。
 …もう遠すぎる。

 「…あ…」

 『穴』が、香の心臓を飲み込んだ。鼓動が凍り付く。
 肺を飲み込んだ。呼吸が凍り付く。身体と心が次々に凍り付いて行く。
 その中で、香は最後の祈りを捧げた。

 (『目』が最後でありますように)

 彼を最後まで見ていられますように。
 真っ白な彼を、一分一秒でも長く見ていられますように。
 その祈りは、しかし叶ったのか叶わなかったのか。

 無代が振り向いた。

 (…え?)

 それどころか、こっちへ全速力で走って戻ってくる。

 (…なぜ?)

 自分が祈った事も忘れて、香は目を丸くする。
 無代は走る速度を緩めず一気に近づくと、そのまま香を抱きしめて叫んだ。
 
 「伏せろ! テロだ!」 
 
 香は状況が飲み込めない。飲み込めない頭はただの石。
 代わりに…無代の腕の中で、香は見た。
 無代の『真っ白』の正体を。
 そして。
 香の心に、色が溢れ出す。
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(4)
 のん気に肉まんを担いで歩いていた流が異変を感知したのは、天臨館の中心部、本棟の姿が見えた時だった。
 建物の影から、見慣れた少女の影が疾走してくる。
 静だ。
 「義兄様! 流義兄様! テロです! モンスターがいっぱい校庭に!」
 小さな許嫁の声が届く前に、流の巨体も疾走に移っている。
 ただ走り出す前に、持っていた肉まんを捨てず、一応その辺の庭木に引っ掛けたのが彼らしい。
 静の後ろから駆けてくる屈強な人影は、世継ぎである流の周囲を固めるべく、生徒から選び抜かれた近衛の面々。
 そしてさらにその後ろ。
 天臨館の中庭に、異形の姿が垣間見える。
 河童。それも相当の数。
 流と静が合流し、その周囲を大柄な男子生徒がぐるりと取り囲むが、やはり流が頭一つ飛び出している。
 「静! 綾は!?」
 「綾姉様は中庭で戦ってます! 皆で庭まで河童を釣ってきてて…」
 「よし。笠垣! 報告!」
 流が歩調をやや緩め、周囲の少年達に指示を飛ばす。
 名を呼ばれた笠垣は、瑞花の町奉行の三男。二人の兄に疎まれるほど文武に秀でた俊英で、校内の防衛隊をまとめる大役を担う。
 流の事実上の副官と言っていい。
 「はっ! 若様、笠垣報告いたします! 午後三つの鐘が鳴るのと同時に、校庭の南側から河童の集団が出現。生徒はほぼ全員が自習で本棟内におりましたので、いったん出入り口と窓を鎧戸で閉め切り、棟内で緊急時の班分けと武装を」
 「大義。それで」
 「準備でき次第、綾様が本棟正面から討って出られ、同時に本棟左右の出入り口から支援を展開。綾様への集中を避けつつ、中庭に敵をまとめております。現時点で死者、重傷者なし」
 「よし。ロルーカ! 本棟以外の状況は」
 青髪のロルーカは遠くモスコビア貴族の子弟。ここ天臨館との交換留学生だが、すっかり流に心酔し留学期間が過ぎても帰国せず瑞波にとどまっている。長身に長い手足を持ち、オオカミを思わせる観察眼と持久力を兼ね備えた、生まれながらの斥候だ。
 「は。ロルーカ、報告いたします。行動要領にのっとり、偵察三班を校内に展開中。生徒を見つけ次第本棟に誘導、現時点で他の場所でのモンスター発生の確認はありません。同じく死者、重傷者なし」
 「東の端の未使用棟に二人いる。すぐに一班行かせろ。お前も行け」
 「はっ!」
 「急げ! 次、劉! 先生方への連絡は」
 劉はコンロンからの留学生。小柄ながら引き締まった身体と俊敏な体さばきを兼ね備え、高速かつ正確な伝令班を率いる。
 「劉であります。城内に直接テレポートできるものがおりません。最も近い堀の前まで飛ばしたのが四分前。城からはまだ何の反応もありません」
 「…四分…。城内に情報が伝わるのに十分として…援軍が来るまでもういくらもないな」
 「御意」
 流と、それを囲む一隊が本棟を回り、ついに中庭に入った。そこは今や戦場。
 中庭を我が物顔に闊歩し、生徒に襲いかかる河童の群れ。
 生徒たちもただ襲われているわけではなく、釣り役、回復、支援と役割を決め、数班に分かれて河童の動きを必死にコントロールする。
 「ヤスミネ! お前はいい! 敵から目を離すな!」
  流の姿を見つけて報告に来ようとする女生徒に、流の指示が飛ぶ。
 ヤスミネ、という名前の響きだけなら天津人のようだが、こなれた発音で呼べば「ジャスミン」。モ ロクの大商人の娘で、これも留学生だ。抜群のヒール回復力をかわれて回復支援班の要を担っており、今は確かに大忙し。流の指示に深くうなずくと、素早く 戦列に戻る。
 河童の数はおよそ数十。生徒の数はその三倍だが、全員が戦闘員というわけではない。
 むしろ戦闘員は少数。しかも彼らは、まだほとんど実戦を知らない。教練だけだ。
 その教練も、教師たちや城兵らの引率が常なので間違っても死ぬ事はないが、今はそうはいかない。
 全員のレベルを考えても、河童と安全に戦える者は皆無といってよい。

 ただ一人を除いて。

 「綾! ご苦労!」
 「流義兄様! 遅いぞ! オレ一人で片付けてしまうところだ!」
 流の大音声に負けない大声で怒鳴り返した相手。
 内容はどこかの豪傑兄弟の会話のようだが、その声はまぎれもなく女性だ。
 一条家の長女、一条綾。
 どんっ!
 声と同時に、河童が一匹吹き飛ばされて地に這う。
 武器は特大の木刀一本。
 折れないように鉄の箍をずらりと打ち込んである。
 髪はショートカット。
 あまりに硬い髪質のため、伸ばしても結えないからだという。
 大きな瞳は戦いの興奮に輝き、気合い声を叩き出す大きな口は大笑しているようにさえ見える。実は、父の鉄に最も似ているのが彼女なのだが、決して不美人というわけではない。
 逆に、その野性的な生命力でむせかえるような存在感は、この美貌にして異能の三姉妹の長女にふさわしい存在感を十二分に体現している。
 「義兄様! 妹達は?!」
 「綾姉さま! 静は義兄様の側におりますっ!」
 「おお! 静! 義兄様をしっかりお守りしろ!」
 「はいっ!」
 これには流も苦笑するしかない。
 無論、静の出番などあろうはずもなかった。
 綾の戦闘能力はずば抜けていた。河童の群れをほぼ一人で引き受け、まだ余裕がある。
 防具は胸当てのみ。それも専用の物ではなく、一般教練用のそれのためサイズが合わず、その豊かすぎる胸の盛り上がりを上半分しか覆えていない。
 さらにその余波で胴衣の裾もたくし上がってしまい、鉄片を打ち付けて肌で覆ったような見事な腹筋がのぞき放題だ。
 その下で、これまた立派としか言いようのない腰を守る革のショートパンツにしても、正直防御の役に立っているようには見えない。
 だが、それを補って余りあるのがその肉体。
 露出している首も、腕も、太腿も、臑も、すべてが強靭な筋肉で武装されている。が、それでいて鈍重な印象はまったくない。
 猫科の肉食獣、それも超大型のそれを思わせるしなやかさと力強さ。
 そして美しさ。
 「狩りをするのは雌。子供を産むのも雌」という野生の獣の掟を、人の身体で表現すれば必ず『綾という形』になるに違いない。
 実際、綾はその生涯に五人の子供を産み、ひ孫と共に戦場を駆けるまで長生きし、終生『瑞波大将軍』の座を保ち続けた。それとて、別に綾が譲らなかったわけではない。彼女が存命の間、誰一人その座を継ごうなどと考えもしなかっただけだ。
 「瑞波最強」を名乗るまであと四年。
 「天津最強」を名乗るまであと六年。
 そして「世界最強」まであと十年。

 『武神姫・一条綾』。
 その十六歳の姿がここにある。

 「綾様! 北の一班、三匹目参ります!」
 「同じく南三班、五匹目!」
 「おう! 構わん、まとめて連れて来い! 西五、東二もだ! 無理に止めるな! 4匹まとめて来い!」
 既に数匹を相手にしている綾の指示で、各班の釣り役が一斉に動き出す。
 目を血走らせたモンスターの群れが一気に綾に殺到する、瞬間。
 「ボウリングバッシュ!」
 特大の範囲攻撃。
 異形どもが肉片となって消失した。
 周囲の少年、少女達から感嘆のため息が漏れる。綾を見る彼らの目は、もう崇拝に近い。
 「止まるな! 手の空いた班は館内を再度偵察! まだいるかもしれんぞ、気を抜くな!」
 流の鋭い指示が飛ぶ。
 ここに至っても流は、近衛班が作る『本陣』から出ようとしない。彼が戦闘に参加すれば、それなりに綾を助けることができるはずだが、太い腕をがっちりと組んだまま動こうともしない。
 といって建物の中に避難するわけでもない。
 前線で直接指揮を執りつつ、直接戦闘には参加しない、という位置を崩さない。
 一つには、『総大将とはそういうもの』だからである。
 本来総大将とは武力に秀でる必要はない。流は『たまたま自分も多少強い』だけの話だ。
 今はせいぜい二百にも満たない小さな戦場だが、これが数万、数十万の戦場となれば、たった一人の武勇など大したことはない。
 綾のような並外れた武人はそもそも少数だし、彼女でさえ数十万の敵味方が入り乱れる中で、一人で戦局を左右することは難しい。
 むしろ、その『数』を一つにまとめあげる、武力以外の『力』こそが重要である。
 流が欲しいのは己の腕力ではない。その『数を動かす力』だ。
 (権威に法、信仰にカリスマ…金もか)
 それに比べれば自分の腕力など、わずかな敵から身を守るか、わずかな味方に『さすが若様』とお世辞を言わせる程度の意味しかない。
 そして動かない理由がもう一つ。
 (万が一にも、オレがケガをしてはいけない)
 それだ。
 (オレが無傷で、静たち姉妹が無事で、生徒を一人も失わないこと)
 今、この戦場においては、それこそが最優先事項である。
 理由を記そう。
 もし被害者が出れば、そしてそれが一条家の係累だったならば、間違いなく天臨館の教師、そして町奉行の配下が責任を問われ、大量に処分されることになる。
 処分の重い者には『切腹』もあり得る。
 それによって失われる人材は、テロの被害よりよほど大きいものになるはずだ。
 (…そうはさせん…断じてさせんぞ…)
 それを阻止するための、一条流の『本当の戦い』は、この『後』に始まるのだ。
 (…下手をすると、河童なぞよりよっぽどヤバいのが、城から来る…)
 既に結果の見えた目の前の戦局などに、もう流の関心は無いと言ってよい。
 刻限まであと…数分。
 (…こんな時に…無代のヤツは何をしてるんだ…!)
 いや自分が見捨てて行ったのだが、そこはコロッと忘れてるところが、この若様の大物なところと理解していただきたい。

 「…くそ…こんな時に流のヤツ、人を置いて行きやがって…囲まれたか…」
 ほぼ同時刻、無代は、香を腕の中にかばいながら毒づいていた。
 言うまでもなく、言い分は無代に分がある。
 確認出来る敵の数は四。いや五。
 未使用の建物に忍び込んで遊んでいたのが災いした。
 ここは流が定めた防衛ラインの『外側』なのだ。偵察も敵の誘導班も後回し。
 いずれは誰か来るだろうし、流も捜索の指示をするだろうが、少なくとも今は無代と香の二人だけ。
 援軍の到着まで見つからずに隠れていられればいいが、それはできそうもない。既に数匹が二人をターゲットに捉えている。
 いわゆる『タゲられている』状態だ。
 鎧戸を閉めている時間も人手もないので、ろう城も無理。こんな時に限ってテレポートアイテムである『ハエの羽』も『蝶の羽』もない。
 まして戦うなど論外。
 「走るぞ。おい」
 「…」
 香は返事をしない。
 無代が覗き込むと、元々血の気の薄い顔はさらに色を失い、目は呆然と見開かれ、唇は小さく震えている。細い腕で自分の細い身体を抱きしめるようにして、自失の体だ。
 「…大丈夫。何とかするから、オレの言う通り走ってくれ」
 「…」
 無代は香の硬直を、恐怖によるものと理解して励ました。が、香は実は、河童など見てもいないし恐れてもいない。
 自失の理由は別のところにあった。
 (…白じゃなかった…)
 大恐慌をきたした思考の片隅で、香は微かに考えた。
 (この人の運命は…白じゃなかった…)
 それは自分の見誤りだった。
 見たつもりが、見ていなかった。
 (白にしか…見えなかっただけ…私には…あまりに強すぎて…)
 光の三原色というものがある。
 赤。
 青。
 緑。
 この三つの色の光を重ねて発光すると、『白色』の光となる。
 逆に白色の光をプリズムで分解すると、虹になる。
 『白い光』とは、全ての色の光の集合体なのだ。
 香が、無代に見た『白』。
 (無数の運命の…分岐点…信じられない…こんなの…)
 その『白』には、あらゆるものが詰まっていた。
 無代自身の運命はもちろん、流も、静も、綾も、そして自分も。瑞波の人々も、見た事も無い国々の人々も。既に死んだ人々も、まだ生まれない人々も。
 魔も。
 国も。
 それらが、命の限り生きて、死ぬ。そしてまた生まれる。
 そして、それが何一つ確定しないまま、ドロドロに溶けて煮えたぎっている。
 その白熱こそが、『白』。
 ビッグバン直前の宇宙、という概念は、残念ながら香にはない。
 (無限の面を持つために、真球にしか見えないサイコロ)
 そういうイメージを作ってみる。
 どこへ転がるか、ほぼ推定不能のサイコロ。
 何者かが、世界の運命をもてあそぶために使う、無限の溝を持つルーレット。
 無代自身に何の力も、何の自覚もない。
 いやむしろ、人の何倍もひどい目にあうだろう。
 そして、彼に関わった者たちに、否応なくその人生を賭けさせ、無理矢理カードを引かせるだろう。
 そこから生まれる無数の分岐。新たに生まれる世界。
 満天の星。果てしない海原。遥かに高い青空。
 香が今まで見て来た人の運命など、ほんの小さなものに過ぎなかった。
 細く開いた窓の隙間から、ほんの一つ二つの星を眺めたに過ぎなかった。足下に寄せる波を見て、海と思っただけだった。
 軒下から見る雲を、空の高さと思っただけだった。
 香の『目』が焼き付く。
 『呪われた力』が湯玉になって跳ね回る。
 何一つ制御出来ないまま、香はただ、人々の運命と世界の巨大さに圧倒されていた。
 「…」
 「おい! おい! しっかりしろ! くそ…!」
 無代はこれ以上は無理、と判断し、香の身体を肩に抱え上げる。大した重さではないが、河童の包囲を走って突破するとなると空身でも厳しい。
 「…だけど…やってやる! せめてじっとしててくれよ!」
 だっ、と窓に足をかけ、そのまま庭へ飛び出し、一気に走り出した。
 河童が殺到してくる。
 三匹は振り切った。
 が、残る二匹は振り切れなかった。追いつかれるまであとわずか。
 二匹とはいえ、ほぼ戦闘能力の無い無代と香の二人が死ぬには十分すぎる。
 遺体の損傷次第では、蘇生魔法で復活出来るかも怪しくなるだろう。
 「…置いて…逃げて…」
 香が力なくつぶやく。
 べしん!
 「きゃ!」
 お尻を引っ叩かれた。…何年ぶりだろう…とかのん気な事を考えてしまう。
 「下らねーこと言ってんな! よし…あれだ! しっかりつかまれ! 姫さん!」
 香を自分の首に抱きつかせ、しっかり抱え直す。さすがに息が切れ、身体も限界。
 無代の首に抱きつけば、香からは当然、真後ろが見える。
 河童の生臭い息を感じられるほどの距離。もうだめだ。
 しかし…。
 ふ、と音が消えた。
 体重も消えた。
 浮遊感、そして…落下!
 「ひ…!!!」
 真っ暗な空間を落ちて行く感覚があり、次にがつん!という衝撃が襲った。
 「ぐぅっ! うううう!!!」
 無代が呻くのが聞こえ、香を抱いた身体ががくがくと震えた。
 「…ここ…?」
 「…痛てて…い、井戸…。…古井戸だよ。食料庫になりそうな場所探してて、たまたま見つけたんだ」
 香の頭は、まだ働きが鈍い。思考の白熱は収まるどころか、むしろ熱を増している。
 古井戸と言われてもピンとこない。が、薄暗い空間と、周囲の苔むした石積みを見て、何となく理解する。
 見上げれば、砕けた板のシルエットと、青空が見えた。
 要するに、古井戸の蓋をぶち抜いて落下したらしい。
 「…助かった…の…?」
 「まだだ」
 無代が辛そうな声を出す。
 「悪いけど後ろ向いて、そっちのはしごへ掴まってくれ。腕が…保たない」
 「…」
 「気をつけろ。急に手離すと落ちるぞ」
 無代の首から腕をほどこうとして、無代に注意され気づいた。
 足下に何もない。
 井戸の底まで落下する途中で、石積みに沿って作られた鉄はしごに掴まって止まっているらしい。
 慎重にに身体を入れ替え、はしごの方を向く。無代から身体を離すのを、身体が本能的にいやがるのを感じる。我ながら子供みたいだ、と、ぼうっとした頭で考える。
 錆びた鉄のはしごにつかまると、無代の手が見えた。血が滴っている。
 頭の混乱に拍車がかかってしまう。
 「…手…血が…」
 「…さすがに痛かった。生爪剥いじまったみたいだけど、食われるよりマシ…っ! クソ! 来やがった、畜生!」
 「!」
 井戸の上。壊れた蓋の間からこちらを覗き込んでいるシルエットは、明らかに味方ではない、異形のそれだった。
 「…何とか隠れていられればと思ったけど…そう上手くはいかねーか…ここでじっとしててくれ」
 「…どう…するの?」
 「一匹だけなら、何とかしてみる。駄目だったらすまん」
 「無理よ!」
 「何とかする」
 言い残して、無代がはしごを登り始めた。
 逆に河童は、井戸の石垣にその爪を引っ掛けるようにして、こちらへ降りてくる。
 香が見上げる中、二つの影が交錯した。
 「この…野郎ぉぉぉおおお!!」
 無代の、腹から絞り出すような叫びが、狭い井戸の中に響き渡った。
 そして、二つの影が一つになり、暗闇へ向けて落下する。
 「…あ…!」
 香の側を、激しく争う二つの肉体が通過する。手を出す事も忘れて、呆然と見守る。
 ずん! 重い衝撃が、井戸の石組みさえ揺らした。
 「…む、無代っ!」
 香が叫ぶ。
 彼の名前を呼ぶのは二度目。それがこんな時とは。
 しかし返事は無い。
 急いではしごを降りる。
 先に待っているかもしれない危険など、頭から吹き飛んでいた。無限にも思える、錆びた鉄のはしご。
 ある所から急に錆がひどくなるのは、かつて水のあったラインだろう。
 辺りがどんどん暗くなるのは、井戸の口が遠くなるせいだ。
 必死に思考を分割し、両方の瞳に瞳孔を開かせる。限界まで、いやその上まで。
 底が見えた。意外に広い。
 無代がうつぶせに倒れ、その向こうに異形の姿。どちらも動かない。
 異形には目もくれず、無代にすがりつく。
 「…姫さん…」
 「無代! 無代…あ…!」
 血だ。無代の身体の下に、血が溜まり始めている。
 「…っ!」
 大急ぎで出血している場所を確認。足だ。右膝が砕けて骨が見え、そこからの出血。
 血を止めないと命に関わる。
 白熱した思考から必死に知識を探し出しながら、腕に思考を分割して筋力を強化。
 傷口を懐紙で覆い、自分の着物を裂いて作った簡易の包帯で締め上げる。
 (…止まって…止まって…)
 「…止まっ…て…よ…!」
 駄目だ。今は泣いている場合じゃない。
 「…姫さん…駄目だ、逃げろ!」
 視界の隅で、異形がむくりと起き上がった。動きは鈍い。その胸板に巨大な傷。
 無代が落下の衝撃を利用し、右膝が砕けるのと引き換えにつけた傷だが、致命傷には至らなかったのだ。
 「殺せなかった。すまん、逃げてくれ。一秒でも食い止めるから、味方が…綾が来るまで…」
 「…香って、呼んでよ…」
 うつむいて、無代の足の傷を押さえたま香がつぶやいた。
 「…何だって!?」
 「私だけ『姫さん』とか呼ぶのずるい。姉様や静は名前で呼ぶのにずるい」
 「おま…何言ってんだ! 早く逃げろって!」
 「…いやだ」
 思考が限界に来ていた。焼き付いた脳髄はもう、まともな判断ができない。
 したいことを、したいようにするだけ。
 「ばかやろ!」
 どん! と突き飛ばされた。ころん、地面を一回転する。
 それでも馬鹿のように無代のところへ戻ろうとして、香は見た。
 無代が、河童の足にすがりついていた。動かない足は投げ出したまま。両腕で必死に組み付き、さらに膝の裏の靭帯に噛み付く。
 そして目で『逃げろ』と香に訴える。
 まったく、諦めるという事を知らないらしい。
 だがその背中に、河童の爪が狙いを定めた。その一撃が振り下ろされれば、間違いなく致命傷だ。
 (…死んじゃう)
 (…無代が)
 (…消えちゃう)
 (…未来が)
 分散した思考たちが悲鳴を伝えてくる。が、それを受け取る脳はすでに思考を停止していた。
 (…私の)
 (…幸せが)
 (…消えちゃう)
 
 幸せ。

 ああ、幸せだった、と思う。
 この数日、無代を見つめながら過ごした時間。
 よく笑い、よく怒り、よく喧嘩し、よく仲直りし、よく笑わせる人。
 次に何をするのか、どうにも予測出来ない人。
 幸せ。
 誰かを愛しく見る時間。

 (…母様はね、貴女を生んで…)

 母の言葉。
 欠けた言葉が蘇る。

 (貴女を生んで、幸せだった…)

 (…幸せだった)
 (…そうだったんだ)
 (…私は、母様を)
 (…幸せにできたんだ)

 だが、その思考も途絶える。
 無代が死ぬなら、意味はない。
 (…わたしも)
 (…消えよう)
 (…このまま)

 (いいえ)

 (いいえ)
 (消えない)
 (消えてたまるか)
 (私の幸せを邪魔するものは)
 (どこの何者だろうと私が排除する)
 (さあ立て敵を見ろ弱点はどこだ武器は手刀一撃で刺し殺す決めないと私の無代が死ぬ許さない認めないさあ戦え!)
 すらり、と香が立ち上がった。完璧なバランス。
 微かに残った脳の思考が疑問符を吐き出す。
 (…この思考は…どこの思考…?)
 (無視。ノイズもしくはエラーと判断。行動を続行)
 弱々しい脳の思考を、その思考が一蹴する。
 (…こんな…思考は…知らない…)
 (無意味。ノイズと判断。以降の沈黙を要求。行動続行)
 容赦がない。
 (右手各関節を強化。肘、肩のバランスに注意。加速距離確保)
 (照準、『私の無代』が空けた傷)
 (敵の骨に注意。指が砕ける可能性大)
 (内分泌系全器官、機能最大)
 じん、と全身の毛穴がしびれるほどのエンドルフィンが放出され、唾液が苦くなるほどのアドレナリンと共に、カクテルとなって全身を駆け巡る。
 心臓は虫の羽ばたきの速度。
 肋骨がきしむほど波打つのは呼吸の余波。
 右手の指をピンと揃え、キリキリと力を込める。槍の穂先のように、いや針のように。
 (照準良し)
 (戦闘開始)
 (戦闘終了)
 ひょい、と無代を抱え上げて、河童から離れる。
 びちゃ、と遅れて地面に落ちたのは、河童の心臓。
 ずずん、とさらに遅れて崩れ落ちたのは、河童の身体。
 一瞬。
 一撃。
 一刺。
 狙い澄ました針掌の一刺しが河童の胸の傷に滑り込み、心臓を破壊した。
 (無代に追加の傷無し。出血は減少したものの停止せず)
 (…無代を…助けなきゃ…)
 (同意。無代を背負ってはしごを登る)
 (…無代を…助けなきゃ…)
 (同意するが、繰り返しは無意味。沈黙を要請)
 (…無代を)
 (もう、うるさいってば。分かってるからちょっと黙んなさい!)
 未知の思考がエネルギーを増す。他の諸器官はもちろん、脳も無視して思考を展開。
 (絶対に助けてみせる!)
 (…直上に敵。蓋の上に三匹確認)
 耳と目が警報を鳴らす。
 (外にはさらに多数の存在を推定)
 (…関係ない!…全部…殺す!)
 (論理的思考を要求)
 (うるさい! 私の未来を…幸せの邪魔はさせない! 同意を要求!)
 (…同意)
 (…条件付きで同意)
 (同意が適当と判断)
 (同意せざるをえない)
 (同意以外の選択肢がないことに抗議する)
 全身の思考群から、温度の差こそあれ一斉に同意の意志が伝わる。
 (照準指示。敵の眼球から脳髄を貫く。武器は針掌のみ。一刺しで決める、一撃離脱)
 (痛覚、疲労を完全遮断。重力方向は直下でセーブ。『私の無代』の上には決して落とすな。落ちるな)
 (全器官同意)
 (戦闘…)
 一匹目の河童が落下してくる。
 (再開っ!)
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(5)
  「香っ! 無代っ! 返事をしろっ!」
 綾が校庭を疾駆していた。
 『風流』にさっぱり縁のない彼女には、不規則に配置された庭木や庭石が邪魔で仕方ない。
 中庭の河童は一掃。しかし、東の一角でもう一群が発生しているとの連絡を受け、そのまま移動して来たのだ。
 支援班も移動しているが、彼女に付いて来られるのはわずかな人数。だが構わず走る。
 (香にもしものことがあったら…お母様に何と…)
 亡き母との約束、妹たちを守ると誓ったあの日の涙が、噛み締めた奥歯の感触とともに蘇る。
 走りながら、敵をなぎ倒す。ついでに邪魔な庭木も庭石も吹き飛ばす。
 疲れなど全く感じない。
 その目に、庭の一角に群がる異形の群れが映った。一カ所に向ってわらわらと集まって行く。
 (…そこか!)
 綾の勘が撃て、と決断を促す。中心に誰かいたら巻き添えだが…いや、もしそうなら既に遅いのだ。
 「ボウリングバッシュ!」
 むしろ間の抜けた爆音が響き、集まった河童を一掃。周囲にも、もう一匹も残っていない。
 駆け寄ってみて、一瞬で状況を理解した。古井戸。その中だ。
 「香っ!」
 「姉様!」
 聞き慣れた妹の応えに力が抜けそうになるが、まだだ。
 「無事か、香!」
 「はい! でも無代が大けがを!」
 「一番底にいるのか? 2人だけか? 敵はいないな?」
 「はい! 姉様!」
 「そこにいろ! ジャスミン! ジャスミン来い!」
 プロンテラ生まれの綾は、発音が正しい。館内一の治療師が、ロングヘアを乱して全力で駆けてくる。
 「綾様、ジャスミン参りました!」
 「けが人が下にいる! 降りるぞ掴まれ!」
 顔を赤くして一瞬躊躇するジャスミンを強引に抱きかかえ、ためらいもなく真っ暗な井戸に飛び込む。
 だん! だん! 足で井戸の石組みを蹴り、落下の速度を殺しながら降りて行く。
 香と無代の位置を確認し、着地点を決めると、腕の中のジャスミンを一度ぽい、と放り上げておいて、一気に落下。
 だん! と着地。ジャスミンが落ちてくるのをふわ、と柔らかく受け止めて立たせる。
 綾のアクロバットも凄いが、放り上げられて落下しながらも、けが人を目視しつつヒールを撃ち込んでいるジャスミンの技量も驚嘆に値する。
 香にも一発撃っておいて、さらに無代にヒールを重ねる。
 「綾姉様…」
 「香、心配したぞ。しかし…これ、お前がやったのか?」
 「はい」
 井戸の底に、三匹の異形が倒れ、既に溶け始めている。いずれも片目にぽっかりと、ぞっとするような暗い穴が開けられている。
 香の一刺し。脳への一撃を食らったのだ。
 「三匹?」
 「いいえ…五…」
 「…すご…」
 ジャスミンが思わず感嘆の声を上げる。小柄で細い香の身体。しかも素手。
 「…ぐ…はあ! 助かったあ!」
 無代が息を吹き返した。傷が塞がり、顔にも精気が戻る。
 「よし。伝令! 無代と香は無事。河童は一掃! 本陣に伝えろ!」 
 「承知しました、綾様!」
 綾の声に、井戸の上から返事が返る。劉だ。最速で伝わるだろう。
 「無代…よかった!」
 「待て」
 無代に駆け寄ろうとする香を、綾の逞しい腕が止めた。
 「姉様?」
 ばち、と姉妹の視線がぶつかる。
 「…香。お前はいつもの香じゃない。『どこの香』だ?」
 「…」
 一瞬、ぐらり、と香の身体が揺れた。
 「分割思考だな? しかし会ったことがない。『どこ』だ?」
 ふら、と香の身体が崩れるのを、綾が腕で支える。
 「…姉…様…」
 綾の腕に抱かれて、香の身体から力が抜けた。
 ようやく、焼き付いた脳に思考が戻ってくる。
 (…さすが綾姉様、鋭い)
 (…脳と代わる?)
 (…いや、このままご挨拶しておこう。これから長いお付き合いだもの。同意要請)
 (同意)
 「おい香…大丈夫か…って血? お前、まだ怪我を? ジャスミン!」
 「…そんな! ヒール!」
 「…違います。ケガじゃなくて…綾姉様…あの…」
 香が小さな声で、綾に何か呟いた。
 「え…? 初潮…?」
 「ば、姉様っ! だめっ! む、無代がいるのに!」
 「す、すまん! …えーと、…おめでとう?」
 「ああああああ」
 デリカシーの欠片も無い姉に、香が頭を抱える。
 「…そうかー。会ったことない割に堂々としてると思ったら、お前あれか。『子宮』か。そーか! 女になったのか、お前も!」
 「ねーえーさーまー! もーうーやーめーてー!!」
 ジャスミンがぷっと吹き出す。
 「無代殿。これは聴かなかったことに…」
 「…何か…いろいろ分からん事はあるけど…了解だよ、ヤスミネさん」
 無代は分割思考の概念を全く知らない。なのでこの会話はチンプンカンプンなのだが、さすがに初潮だの出血だのは理解できる。
 「…えっと…だけど何にしても、姫様が血流してるの見られちゃまずい。俺の血がついたってことにしてくれ」
 「はい、無代殿」
 ジャスミンは無代を丁重に扱う。この女性は、無代と流の特殊な関係を心得ている数少ない生徒の一人だ。
 「無代…」
 香が無代に駆け寄り、ぎゅっ、と抱きついた。
 「…ありがとう。…その…逆に助けられちまったな、姫さ…いや…。『香』」
 「…う」
 名前で呼べ、と言ったのは自分のくせに、実際に呼ばれるとまた頭が沸騰しそうになる。
 「でも、まだ終わっちゃいない。流を助けてやらねーと。こっからが大変なんだ」
 無代がはしごを登ろうとするのを、しかしジャスミンが止める。
 「だめ。このままだと傷はまたすぐ開きます。血もだいぶ失っている。綾様、お願いします」
 「おう」
 綾が無代を軽々と抱え上げる。
 「待った。綾、河童は片付いたのか」
 「ああ。もう残ってないはずだ」
 「城からは?」
 「先生方が順次戻って来てる。一条家からは…」
 「それだ! 城から誰が来る!」
 「善鬼」
 「確かか?」
 「館長殿がそうおっしゃった」
 「うわ〜!」
 無代が頭を抱えた。
 「…状況は最悪…難易度も最大…か。…中庭だな? すまんが急いでくれ綾。香も、大丈夫か?」
 「…はい。身支度をしたらすぐ。ジャスミン?」
 「医務室に…その、生理用品は一通りのものはございます。供をおつけしますので。お着替えのご用意も」
 「行くぞ」
 綾が全員を促すと、無代を抱えたまま、だぁん、と床を蹴った。
 跳ぶ。
 だん! と壁を蹴る。
 跳ぶ。
 だん! だん! だん! だん! 
 一気に井戸から飛び出すと、着地するのももどかしくだだだだっ! と駆け出す。
 速い。
 抱えられた無代がすくみ上がるほどの速度。
 「…こ、怖ええ!」
 「舌を噛むぞ! 無代!」
 「…!」
 慌てて黙る無代をよそに、綾はさらに速度を上げる。
 「あ、いけね! 総員本棟に集合…ぶへっ!」
 「総員! 本棟に集合せよ!」
 案の定舌を噛んだ無代に代わり、綾が周囲に指示を出す。
 速度は一切緩めない。
 いや、さらに加速する。

 「善鬼が…来るか…」
 流は『本陣』の中で呟いた。
 既に香と無代の無事、河童の脅威の一掃の連絡は受けている。中庭も片付けが進み、静かなものだ。
 城から大急ぎで戻って来た館長以下教師陣が、改めて館内の捜索と被害状況をチェックしているが、既に生徒達によって同じ事が三度繰り返されているだけに、それは形式に終わるだろう。
 それぞれの任務を追えた生徒たちが戻って来て、流の本陣の両翼に静かに整列し始めていた。
 皆、自分たちの戦いと任務の完了に安堵し、その成果を誇る笑顔に満ちている。
 が、流は緊張したまま。
 本当の戦いはこれからなのだ。それに気づいている者が少なすぎる。舌打ちしたい気分だ。
 「若様」
 「笠垣か」
 「…父も覚悟はしていると存じます。どうぞお気遣いのなきよう」
 笠垣の父親は町奉行だ。つまり城下の治安の責任者である。
 「…責任取って腹でも切るというのか?」
 「…は」
 「馬鹿者」
 「…は?」
 「それを負けというのだ馬鹿。…見ておれ。誰一人…殺すものかよ」
 「…若…?」
 「来るぞ…『ラスボス』だ。…正門を閉じよ」
 「何と…? 門を…?」
 「同じ事を二度言わすな! 閉門だ!」
 中庭正面、開かれた正門の向こうに大量のテレポート音。
 城から天臨館へ戻る教師のワープポータルに便乗すればいいものを、わざわざ自前でテレポートして真正面から来るところなど…。

 「…やる気満々で来やがったな…善鬼の旦那…」
 無代は呻いた。
 流の本陣後方、本棟の裏口から綾と共に『現着』している。
 正面からは死角になる教室に、護衛の一隊と共に上がり込み、机をどけて空間を作る。
 「…どういうことだ? 無代」
 綾が無代を床に降ろしながら訊ねて来る。
 「善鬼が、テロが終わってから自ら乗り込んでくる理由その一。善鬼…善鬼様は、『断罪』に来られたのですよ」
 無代が、綾に対する口調を変える。周囲の数人の生徒が集まって来たからだ。
 無代の、一条家に対する特殊な立場は、それほど大っぴらにはなっていない。
 「よろしいですか、綾姫様。今から、ここが『裏本陣』でございます」
 立つのが辛いらしい。床に座り込んだ無代が、綾を見上げる。 
 「姫様がこの陣の主です。これから忙しい。この無代に差配をお任せ下さいますか?」
 「おう、無論だ。よいか皆、無代の言葉はオレの言葉だ。指示に従え」
 綾は微塵も躊躇しない。
 「もう流様に連絡するヒマがありません。綾姫様、『大きな字』を書くのがお得意で?」
 「何だと? …まあ、小さい字よりは得意だが」
 「ヤスミネさん、一番でかい筆と墨。それと、正面から見えない部屋のカーテンひっぺがして来て下さい。あと槍。武器庫で一番でかい槍を一本。旗を作ります」
 「…りょ、了解」
 綾の側に控えた治療師が、配下の班員に指示を出す。香も身支度の手伝いを終えて現れた。
 他には目もくれず、まっすぐ無代の側へ。
 「香…姫様。姫様にもお仕事が。小さい字を書くのはお得意でいらっしゃいますね?」
 「…? ええ、…大きい字よりは」
 こんな時だが、『裏本陣』に笑いが漏れる。
 「香姫様にも墨と、細い筆を。あと、誰か裏の竹林から、竹切って来て下さい。女性の腕くらいの太さのやつ。大至急」
 伝令班の一隊が動き出す。
 「手の空いた女衆は、綾様の身支度を。汚れ落として、可能な限りきらびやかに…お化粧も。…鬼の筆頭御側役殿を…悩殺できるぐらい」
 「なんだか…大芝居になるんだな? 無代」
 「はい、綾様。…問題は…役者が舞台に乗ってくれるかどうか。…頼むぜ、流」
 最後は小さな声で、主演男優にエールを送る。

 「一条家筆頭御側役、善鬼殿のご到着である。なぜ門を開けぬか」
 閉じられた正門の向こうから、善鬼の部下の大音声が響いた。
 その強大な権威を誇示するように、その声音には恫喝の色が濃い。「開門願い」ではなく、「開けないのはなぜか」ときた。
 ざわ、と、庭の生徒達がざわめく。恫喝に対し、明らかにビビっている。
 無理もない。
 筆頭御側役の、その絶大な力を知らない瑞波人などいない。
 城主・一条鉄の絶対的な信頼を背負い、その城主の意志を覆すことすら可能な唯一の男。
 例えばもし一条家に、流の他に複数の男子がおり、彼らが世継ぎを争っていたとしよう。
 その場合、この善鬼の一言で次の世継ぎが代わりかねない。それぐらいの発言力を持っているのだ。
 これにビビらないものはこの場に…まず一人。

 「よく聞こえん。何者だと?」

 その男、一条流が本陣に突っ立ったまま呼び返した。
 うわ、と生徒達がひっくり返りそうになる。
 それはそうだ。これでは喧嘩を売っているのも同然である。
 「…筆頭御側役、善鬼殿であります。若様、門をお開けなされい!」
 「黙れ! 慮外者が!」
 相手が『若様』と知っても高圧的な態度を改めない相手に、流が怒鳴り返した。
 「ここ天臨館は内規により今現在、この一条流の城である! どこの何様であろうが、城主たる余の許し無くして一歩でも立ち入れると思うな!」
 
 「よっしゃあ!」
 『舞台裏』で、無代が拳を握りしめた。
 「よくぞ申された! 流…若様!」
 「おお、流義兄様、吠えるのう」
 綾が大急ぎで着替えながら、感嘆する。
 「…しかし、大丈夫なのか。あそこまで善鬼をコケにして」
 「今はそれしかございません、綾姫様」
 無代は落ち着いた声で解説する。
 「善鬼様の仕事は、今回の騒動に対して責任ある者を断罪することです。好き放題にやらせたら…館長以下、幹部教師は間違いなく全員切腹」
 「…むう」
 「町奉行様も危ない。さらにお奉行様が腹を切れば、与力衆も口をぬぐってはおられません。下手をすると数十人単位の命が失われる。それも有為の人材ばかり。テロよりよほど悪い」
 「…馬鹿な…」
 「しかし、それが武家の組織というもの。が…道はあります」
 「道?」
 「それこそが、善鬼様が自ら乗り込んでこられた理由、その二。あの方だって馬鹿ではございません。むざむざ人を失いたいはずはない。…最悪の札は、同時に最強の札でもある。毒は上手く調合すれば薬にもなる」
 「…?」
 「できる。…俺たちなら。いけ、流」

 「…若君様。善鬼めにございます」
 門の向こうから、先ほどとは打って変わって落ち着いた、しかし恐ろしいほどの存在感を持った声が響いた。
 一条家筆頭御側役・善鬼その人だ。
 「…善鬼か。何用だ?」
 「は…」
 「何用かと訊ねておる」
 「…は。…天臨館にてテロ発生の知らせを受けて参りました。…ご無事でいらっしゃいますか?」
 「無事だ。妹達もな。生徒職員にも犠牲者無し。施設は少々損傷したが、問題はない。以上だ」
 流は門を睨みつけたまま、微動だにしない。
 「…何よりでございます。…被害を検分致しとう存じますが、開門いただけませんか?」
 「許しを乞え」
 「…若様。ここが若様の城とは?」
 「認めぬと申すか?」
 「…この善鬼、不覚にもその義は存じ上げませぬ」
 しん。
 門の内と外。静寂と緊張が満ちる。
 「よかろう。貴様の無知には目をつぶり、余が自ら聞かせて進ぜる」
 「…」
 天臨館の生徒の中には、ガタガタ震えている者さえいる。
 瑞波国でもトップクラスの権力者と、彼らの少年大将との、これは一騎打ちだった。
 「良く聞け善鬼。天臨館内規五の二。非常時においては教師の中で軍位を持つものが指揮官となり、生徒と施設の安全を確保する事が認められている。教師不在の際には、生徒から選ばれた者がその役につく。つまり、今がそれである」
 「…」
 「ちなみに余は見剣城守備隊の少佐だ。位に不足はない。さらに佐官である以上、有事の際には独自に兵を組織し、施設を徴発して戦闘を行う権限を有する。これに一片の越権もない」
 「…しかし、既に天臨館には館長殿以下、教師の教師の衆が帰着なされたはず」
 「権限は未だ移譲しておらぬ。かつ、移譲時期の決定権も余にある」
 「戦闘も終了したはずでは?」
 「それも総大将であり城主たる余が判断することだ」
 屁理屈スレスレである。
 言った者勝ち、とはこの事だ。ただ、筆頭御側役に対してこんな口を利くヤツが他にいないだけの話である。
 「…ふむ」
 「…善鬼よ。これは余の『初陣』である。しかも『完勝』で飾ったのだが…?」
 わざわざ言葉を切って続ける。これが最後の殺し文句。
 「そち、まさか余の初勝利にケチを付けに参ったのではあるまいな?」
 一瞬の静寂。
 
  「…勝負!」
 『舞台裏』の無代が呟いた。

 「…いえ。申し訳ございません、若君様。この善鬼の不覚でございます」
 沈黙を、善鬼が破った。
 「これまでのご無礼、平にお許し下さいませ。この善鬼、僭越ながら若君様の初陣の勝利に対し、お祝いを申し上げとう存じます。どうか天臨館への入城をお許し下されますよう」
 今までの押し問答は何だったのか、という滑らかさで一気にこれだけ言うと、
 「一条家筆頭御側役、善鬼めが推参つかまつりました。なにとぞ開門をお願い申し上げる!」
 堂々の開門願いが轟く。
 「入城を許す。門、開けい!」
 今度は即座に、流が応じた。

 「…よっしゃ勝った!」
 無代がごろん、と床に仰向けになった。満面の笑み。
 「…てか、やっぱり最初っからその気だったな、あの人〜。助かった!」
 手放しで喜ぶ無代に、綾が納得したように呟く。
 「…そうか…。これを『凶事』ではなく『慶事』にする。そういうことか…!」
 「その通りでございます。綾姫様」
 無代がひっくり返ったまま応える。十分無礼な態度だが、もう誰もとがめない。
 「この一件で厳しく責任を問えば、『お世継ぎの初陣の初勝利』に水を差すことになりますのでね。それこそ、ケチがつく」
 無代がニヤリ、と笑う。
 「逆にお祝いに乗っかってしまえば、凶事の責任なんか大半は吹っ飛ぶ。恩赦の先払いと思えばよろしい。被害は出てないんだから、誰も損をいたしません」
 犠牲者を一人も出さないこと。その理由がこれだ。
 一条の若君も姫君も無傷。香がヤバかったことは黙っているとして。
 それよりも若君の総大将ぶり、綾の武者ぶり、若者達の奮戦ぶりを大々的に宣伝する方が、どれだけ瑞波のためになるか知れない。
 武者は高揚し、民は歓喜するだろう。天臨館には留学生も多い。他国に土産話として持ち帰ってもらおう。
 「これで『切腹祭り』は止められた。…とはいえ、ここで満足してちゃ困る」
 無代がかっ、と宙を睨む。
 「若様の正攻法はいわゆる『安全圏』。こっからが…無代の仕事。狙うは『この上』」
 「おう。準備はいいぞ、無代」
 「では綾姫様、よろしゅう御願い申し上げます!」

 
 正門が大急ぎで開かれた。門番の生徒も、かなり焦っていたらしい。
 もっと勿体ぶって、思い切りゆっくり開いてやればいいものを、と流は舌打ちするが、そこまで指示する余裕は彼にもない。
 武装した一団を引き連れ、善鬼が門をくぐってくる。
 善鬼という男の、その最大の特徴は「目」だ。
 鋭い。それも並の鋭さではない。その視線を食らって、何か隠し事ができる人間がどれほどいるか。
 いや、言わなくてもいいことまで言ってしまう人間の方が多かろう。
 長身に、武人らしい体つき。そこにその目が加わると、その姿には超特大の猛禽類を思わせる威風がある。
 それが、真っ直ぐに流を見ながら歩いてくる。
 流がぐっ、と緊張するところへ、その身体に優しく触れる手があった。
 静だ。
 「義兄様。綾姉様が来られます」
 「む?」 
 ちら、と振り返って綾を確認すると、流の身体から一気に緊張が解けた。
 何かを悟ったその巨体に、いつもの自然体が戻る。
 (…やっと来たか。遅いわ…無代!)
 微かな笑み。
 「義兄様、お待たせを致しました!」
 大きな布を巻き付けた槍を担ぎ、悠々と現れた綾の姿は、先ほどとは一変している。
 艶やかな緋色の着物。
 その上に、今度こそ彼女の身体に合わせて特注された胸当て、篭手、そして脛当てをつけている。
 頭には金色の兜。
 いずれの防具も、一点の曇りもなく磨き上げられぴかぴかだ。
 さらに、その武者姿を飾り立てるのは、花。急には飾りが見つけられなかったため、急遽花壇の花を摘んできて、綾の装束を大輪の花で飾ってある。
 ヘルムの右半分を覆い隠すように飾られた、大輪の百合数本。
 イヤリングの代わりに釣鐘草の花が下げられ、豊かな胸元には、ブローチ代わりの桔梗。
 腰の刀には、柄を覆い隠すように花菖蒲があしらわれている。
 うっすらとアイシャドー。やや濃いめのほお紅。
 そして強烈なほどの口紅。
 「綾姉様、きれー!」
 静が感嘆の声を上げた。それは単純な言葉だったが、そこに居合わせたもの全員の深い共感を呼ぶ。
 「そうだろう? 皆が頑張ってくれたぞ。義兄様! 勝利の勝ちどきと参ろう!」
 にやり、と綾が微笑む。
 流も理解する。
 「…おう! 静、来い! これを持って」
 流が自分の剣を抜いて静に渡し、その身体を抱え上げると、自分の肩の上に立たせる。
 抜群の運動神経を持つ静は、こともなげにすらり、と立ち上がってみせた。
 「よし、やれ。静!」
 「はい、義兄様!」
 静が、流の剣を高々と天に掲げた。研ぎすまされた剣が、陽の光を跳ね返す。
 それを見た善鬼が止まる。付き従う一団も、何事かという顔を揃えて止まった。
 「えい!」
 静の声が、天に響く。
 「えい!」
 もう一度。
 「おうっ!」
 最後の気合いが合図。
 綾が、担いでいた旗を風に解き放った。静の後ろに、その旗は命を得た。
 あらん限り巨大な筆で叩き付けるように書かれた、あらん限り巨大な七つの文字。
 
 「天下無双 天臨館」

 風の中で、その文字もまた命を持った。
 「…天下」
 そしてその命のままに、それを見た若者たちの心に、深く根を下ろしていく。
 「無双…」
 誰ともなく、その言葉を呟く。
 後に…。
 「天臨の旗の下に」。それが、彼らの合い言葉になった。
 合い言葉はやがて、瑞波を天津の頂点に押し上げる大波となり、世界へその名を轟かせる颶風となっていく。
 学び舎であり、城であり、遊び場であり…また戦場でもあった、その場所。
 黄金の時代のまっただ中を生きる、その実感を若者たちに与え続けた、その旗。
 「えい! えい! おう!」
 綾の声が響き渡る。
 「えい! えい! おう!」
 流の声が呼応する。
 だが、すぐにその声は、生徒たちの声に飲み込まれた。
 えい!
 えい!
 おう!
 繰り返し、繰り返し。
 男も、女も。
 笑う者も、泣く者も。
 若き歓喜の爆発。
 怖いものなど、何も無くなった。

 「…手の空いている人は、行って下さい」
 無代が床に寝転がったまま、裏本陣のスタッフに声をかけた。
 天も割れよと響く勝ちどきの声に、沸き立たない若者はいない。皆いそいそと出て行く。
 「班長さんたちは申し訳ないが、残って下さい。まだ仕事がある。香姫様、そちらは?」
 「…できました」
 「結構でございます。では、姫様もお出まし下さいませ。ヤスミネさん、お供を」
 「はい、無代さん。姫様、では」
 「ん。行ってきます。無代」
 「よろしくお願い致します」
 さすがに最後は身体を起こし、丁寧に頭を下げる。
 その側を通り抜けて、香が出て行く。その後ろに、盆を捧げ持ったジャスミンが従う。
 「…さて、ロルーカさん。劉さん。いよいよ仕上げです」
 無代が、二人だけ残った班長に声をかけた。
 「二人で、オレをボコってもらえますか?」
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第二話「The Sting」(6)
 善鬼が天臨館に連れて来た一隊は、城に常駐する最精鋭の兵ばかりである。
 それが、いっそ見事なぐらいに圧倒されていた。
 凛とした流の口上に。
 艶やかな綾の花武者ぶりに。
 鮮やかな静の勝ちどきに。
 堂々たる巨大な旗に。
 そして、若者たちの熱狂に。
 それらは所詮演出でしかなく、精鋭たる彼らがその気になれば、それこそ一瞬で制圧できるたぐいの物にすぎない。
 綾でさえ、彼らが総力を挙げてかかれば押さえ込むことは可能だろう。
 それでも、彼らはその目を奪われた。耳も奪われた。
 内心で、「ガキの遊び」と馬鹿にしていたものに、完全に圧倒されていた。
 経験を積んだ実戦部隊でさえそれである。
 戦場をほとんど経験せず、書類と格闘してきた官僚武士たちときたらもう、魂まで吹っ飛んだような顔だ。
 「…」
 微動だにしないのは善鬼一人。…いや、彼とてよくよく見れば、変化はある。
 その口元の、ほんのわずかな笑みに気づいた者はいなかったが。
 (…やるものだ)
 いざとなれば、若君に助け舟の一つも出さねばと用意してきたものが、一切無駄になった。が、それすら頼もしい。
 この男が、もう完全に成り行きを見守るつもりになっている。お手並み拝見、という姿勢である。
 (…お、『次』が来たな…)
 香だ。流が気づく。
 す、と流の右手が上がった。
 それを合図に、すう、と勝ちどきが止まる。
 善鬼も歩き出した。供の連中ものろのろと動き出す。
 流の前まで来ると、膝をついて畏まる。
 「若様、善鬼めがまかりこしました。このたびの勝ち戦、まことにめでたく存じ上げまする。また綾姫様、静姫様にあらせられましてもご無事なお姿を配し奉り、善鬼、胸を撫で下ろしましてございます」
 「うむ、大義である」
 流が代表して応える。
 「また若様。不測の事態に対する万全の備え。さらには犠牲を一人とて出さぬお見事なる御采配。この善鬼、感服いたしましてございます。若様のおられる限り一条家、ひいては瑞波の国は未来永劫大安泰にござりまする」
 いささか大仰に聞こえるが、武家の跡取りが初陣を飾ったとあれば、これでも大人しいぐらいである。
 もっとも、流の方に初陣の感慨などない。
 (俺の初陣、初勝利は『天井裏』だからな〜)
 内心は白け気味である。
 「うむ。善鬼、面を上げるがよい」
 流と善鬼、二人の視線がぱちん、と火花を散らし、すぐに凪いだ。
 先ほどの、門を挟んだ問答によって、既に話の方向性は決まっている。もう火花を散らす必要は皆無だ。
 『観客』として連れて来られた官僚武士たちには、もう天臨館への処罰意識はない。逆に、どんな褒美で酬いるのがよいか、というレベルまで話が逆転しているはずだ。
 口上の終わった所へ、香が来た。
 「これは…香姫様にあらせられましても、ご無事で何よりに存じまする」
 「ありがとう善鬼。…館内の器が割れてしまって、ねぎらいの茶の一つも出せませんが…気持ちだけでも汲んで下さい」
 供のジャスミンが差し出す盆の上から、香が手ずから器を受け取り、流と善鬼に手渡す。
 流は悠々と、善鬼は畏まって受け取り…判で押したようにその視線を止めた。
 「天臨館の竹林の竹で器を作り、井戸の水を汲みました」
 香がしれっと解説するが、嘘である。
 器の中身は空だ。
 その代わり、香が自分で書いた文字がびっしり。
 『舞台の上の役者』にしか見えない、『舞台裏』からの伝聞。
 「…これは風流だな」
 「…もったいのう存じまする」
 流と善鬼が飲んだ振りをし、礼を言って器を返す。
 「どうだ善鬼。天臨館の水の味は」
 「結構至極。染み入りましてございまする」
 つまり、伝聞を承諾したということだ。
 あとは演じ切るのみ。
 「どうだ善鬼? 余の申した通り、天臨館に守備兵など不要であろう? ここで学ぶ者全てが兵であり、石垣であり、堀であるのだ」
 「御意にございます。以後は学徒による守備に重点を」
 つまり、一定の自治を認めるということだ。
 学徒による防衛が完璧であったとなれば、不在の教職員の責任も軽減されてよい。
 「となれば善鬼。学徒全員の帯刀を許すのがスジであるな?」
 「ごもっともに存じます。ただし私闘は厳禁」
 「無論。許可なく抜刀すれば厳罰」
 全員帯刀。それは館内での身分差の消滅を意味する。
 武士と平民、その垣根が一時的にとはいえ消滅することは、この時代に会って衝撃的な出来事である。
 が、まさにこの制度により、この後の時代、多くの人材を生み出す母体の礎が出来上がるのである。
 自治と特権。
 それは国の中に作られたもう一つの国だ。
 そこは若き才能の揺りかごであり、また時には国と対立する頭脳の避難所ともなっていく。
 後に『世界最強の実践教育機関』と謳われたその場所の、それはもう一つの原点。
 流と無代、そしてその仲間たちが夢として描いてきたものが、今こそ形になろうとしていた。
 初陣を大勝利で飾った世継ぎが提案し、筆頭御側役がうんと言えば、それは実現する。
 ただし、流の誉れが『熱いうち』でなければならない。事務方の頭が冷えてからでは遅いのだ。
 『勝ったんだから、それぐらいいいだろう』という、いわば『ノリ』でOKを出してしまう。そのタイミングこそが重要である。
 『舞台裏』が狙ったのは、まさにそのタイミングだった。
 
 「よーするに、お武家なんてのは戦に勝ってさえいりゃいいのさ」
 無代が述懐するところである。
 「向こうはご褒美のお小遣いやる気になってんだから、そこで予定より多くもらうのガキの基本スキル」
 …だそうである。

 「…ところで若様。こたびのテロの下手人を捜索せねばなりません。生徒の詮議、よろしゅうございますか?」
 善鬼の言葉に、生徒がざわめく。詮議、つまり取り調べを行うということだ。
 「…む」
 流が躊躇してみせる。そこに、
 「その必要はございません。既に下手人は捕らえてございます」
 流の後ろに控えていた香が声を上げた。
 そこにいる全員がえっ、と驚く。当然だ。
 「下手人をこれへ!」
 周囲の驚きを尻目に、香の指示。偵察、伝令の両班長、ロルーカと劉に両脇を抱えられ、一人の男子生徒が引き出されて来た。
 抵抗したらしく、顔は無惨に晴れ上がっている。
 男は流と善鬼の前に押さえ込まれ、洗いざらい吐かされる。
 好きだった女に振られてカッとなり、モンスター召還のアイテムである『枝』を使った。
 『枝』は海外渡航の土産に買って来たもので、こんなことになるとは思わず、まことに申し訳ない。
 この男の処分も、その場で決まった。
 男は流の手から、館長以下で構成される懲罰委に渡される。詳細は館内で調査の後、後日善鬼に報告される、ということになった。
 …つまり、何もしないということだ。
 そして最後の場面。
 「この大馬鹿者が!」
 流の豪腕が男に炸裂し、その身体が遥かに宙を飛んで、中庭の池に落下する。
 その水柱をもって、幕引き。
 無代、十七歳の初夏。
 『天臨館史上初の退学者』。
 その伝説がここに誕生した

 後日談を記そう。
 当たり前のことだが、善鬼はテロの背景を徹底的に洗わせた。
 無論内密にだ。
 そして翌日には真犯人を見つけ出した。というより、最初からある程度の目星はついていたらしい。
 それは、天臨館の前身である寺の僧侶で、寺が廃絶されたことを恨みに思い、敷地の中に密かに封印されていた河童を解き放った、というのが真相であった。
 寺の廃絶の原因が、他国との麻薬取引だったことを思えば逆恨みもいいところである。
 僧侶と、その真相は闇に葬られ、結果として誰も重い責任を負わされずにすんだ。
 が、町奉行笠垣桐十郎は、自ら職を辞したという。笠垣桐十郎。その名は記憶しておいていただいてよい。

 さて、全ての罪をひっ被って退学させられた無代は、めでたく実家からも勘当された。
  とはいえ無代、もともと妾の子であり、実家の姉弟や義母からは目の敵であったから、いっそ清々したというのが本音である。
 実母も既に亡く、実家に依存する理 由はもうなかった。もしも実家の面々が、無代と一条家の特別な関係を知っていたなら、間違っても勘当などしなかったろうけれど。
 家を出た無代は、城下のボロ長屋に安い家賃で転がり込むと、さっそく屋台を一つ引っ張って来て『肉まん屋』を始めた。
 それも天臨館の正門前で。
 で、これが大当たりした。
 最初こそ、『騒動の張本人』という事情しか知らぬ者から石が飛んでくる事もあった。が、何せ一条流とその取り巻き、つまり天臨館をシメている連中がことごとく屋台の常連になったので、すぐにそれも治まり、昼時には行列ができるまでになった。
  これまた余談だが、無代は同時に『人生最大のモテ期』に突入。相当数の告白を受けたものの、なぜかいずれも断っている。唯一の例外はあのジャスミンで、こ の女性だけは押しの一手で付き合うことに成功したものの、やはり長続きはしなかった。彼女は傷心のまま故郷のモロクに帰ってしまったが、その後、モロクの崩壊時に瑞波から、天臨館の仲間を中心とした相当数の義勇隊が派遣されたのに感じ入り、再び瑞波の旗下に戻ることになる。
 あとロルーカからも、男同士の熱い告白を受けたが、余談に過ぎるので割愛する。
 もっともロルーカの『狙い』はあくまで『一条流その人』なので、こちらは大した問題にはならなかったようだ。

 香は、無代が退学になると同時に、とっとと天臨館から姿を消した。
 ただその前に、無代に謝罪することは忘れなかった。例の、無代が流にボコられた直後のこと、さすがに力尽きて医務室に担ぎ込まれた無代の枕元。
 「…睨んだり…キスしたり…色々ごめんなさい。許してくれとは…言えないけど…」
 「…いいって。結局命の恩人だしな。…河童倒したの、凄かったぜー」
 「…あ、あれは…夢中で…」
 「カッコよかったって」
 「う…」
 ここは喜んでいい所なのかどうなのか。
 「…じ、じゃあ、私行きます。…もう迷惑かけないから…。その…忘れて下さい。…さよなら」
 「…」
 無代は無言。
 何か言ってほしかったけれど、要求できる立場でもないので、無理矢理背中を向ける。
 (!!!!馬鹿馬鹿馬鹿何でよもったいないカッコつけんな今だ今しかない行け押せ一気に落とせ大丈夫落ちるから諦めるなやってみろ!!!!)
 さっきから『子宮』が猛抗議の雨を振らせているが、全て無視。
 (抗議抗議抗議! 幸せになりたくないのか!)
 (…なりたい)
 (疑問疑問疑問! 論理的説明を要求!)
 (…でも、あの人に幸せになってほしい。同意要求)
 (同意)
 あっさり折れた。思考が統合される。
 いずれこの身は呪われているのだ。母と同じ運命をたどるなら短命も確定的。子供ができれば高確率でその子も呪われる。
 誰かの側で生きることは、それ自体が加害行為。
 この身は毒。
 ほんの一時間前までは、それも含めてどうでもいいことだった。
 でも今は。
 叶う事なら幸せになりたいと、今は願う。
 だがそれをかき消すほどに、あの人に幸せになってほしいと、今は祈る事ができる。
 そのためなら、自分などどうなっても構わない。
 (そのためなら、魔でも神でも…即座に排除する。全器官同意?)
 (同意)
 香は歩き出す。

 「おう。無代、生きてるか?」
 香と入れ替わるように、流が来た。善鬼は帰ったらしい。
 「死んでるよ…流…お前が手加減してくれたことは知ってるが…」
 「いや? 別に手加減してないぞ?」
 「出てけ」
 何だ元気そうじゃないか、と枕元にどっかりと座り込む。
 「ご苦労だったな、無代。ところで、そこで香とすれ違ったが…何か…親でも殺しそうな顔してたぞ?」
 「…」
 「…無代?」
 「…毒だ…」
 「ん? 何だって?」
 「毒が回っちまったらしい…。『忘れてください』、だと…?」
 流の反対側へ寝返りを打つと、枕元の流にさえ聞こえない声で、
 「…遅えよ。馬鹿」

 無代の肉まん屋台が繁盛したことは既に書いたが、ものの二ヶ月ほどで屋台から店を持つまでになったことは周囲も驚いた。
 無論、開店資金が即金なワケはなく借金なのだが、有力な出資者が『あちこち』にいたことは書いておいてよかろう。
 で、香はというと。
 (…これで、だいぶ顔変わる?)
 (問題ない。これなら私とはまず分からない)
 (あとは衣服が問題。裏返して使える物が少ない)
 (夏だし難しい。水中で呼吸できないか)
 (無理だってば)
 (では今日はこれでいく。乾物屋の小僧がお使いに出ている、という設定)
 (履物注意。ボロい草履を用意しないと)
 (足袋も脱ぐべき)
 (水と食料よし)
 (出発)
 要するに、『ストーカー技術』にさらなる磨きがかかっていた。
 この調子で、無代の店に日参している。といっても客ではない。『気づかれないように見守る』だけである。
 何と言うか…やっぱり素っ頓狂の血は争えないということか。
 いつものように、朝の開店準備中の店の前を通り過ぎる。訳あってつぶれた店を中古で購入したその店の名は『泉屋』といい、以前の店の看板をそのまま使っている。面倒だかららしい。今は肉まんだけでなく、食事も酒も出すいわゆる『茶屋』に昇格していた。
 店の中で働く無代の姿がギリギリ見える木陰に座り込んで…。
 「…おい」
 「!」
 その木陰に無代がいた。待ち伏せを食らうとは不覚である。
 「な、何でございましょう、旦那様?」
 何とか変装通り、『乾物屋の小僧』を演じるが…。
 「…」
 「…う…」
 無代に至近距離でじっと見つめられると、もういけない。表情筋の細工がボロボロと崩れ、元の顔に戻ってしまう。
 「…ご、ごめん…なさい…」
 「…毎日毎日よくもまあ…」
 無代が呆れ声。食い物屋の主人らしく、前掛けに襷がけ。頭に結んだ頭巾が舶来の派手なバンダナなのが今風、とでも言おうか。
 「…あ、あの! め、迷惑かけるつもりじゃ…」
 「いやまあ、別に迷惑じゃないけどな…もう慣れたし」
 「…」
 とっくにバレていたと知っては、もう立つ瀬が無い。消え入りたいような気分でうつむいて立ち尽くす香に、
 「…来なよ」
 うつむいた顔の前に、無代の手が差し出された。
 「…え…?」
 香が、差し出された手と無代の顔を交互に見比べる。
 「そんだけヒマならさ、店、手伝ってくれよ。忙しいんだ」
 差し出された手は微動だにしない。
 「瑞波のお姫様を茶屋で働かした、なんて分かったらえらいことだから、顔は変えてくれよ? そんならさ…毎日…来ていいから。給料も払う…ってのも変だけど」
 (…かあさま)
 香の中の、全ての思考がしん、と沈黙する。
 「…い、いいの…?」
 「いい。つーかもう…降参? アンタに刺されて…頭イカれたんだろ、多分」
 無代が苦笑する。
 (…かあさま)
 心の中で、亡き母を呼ぶ。
 (…かあさま、香を…誉めて下さいませ…)
 (…香は…)
 (…恋を…しました…)
 母への告白。
 そして自分への、偽らざる告白。
 (…どうか…)
 (…どうか…誉めて下さい見守って下さい祝福して下さい)
 (…許して…下さい)
 無代の手を取る。大きく、熱い手。
 ぎゅっ、と握る。ぎゅっ、と握り返される。
 (…この人を…私が…幸せにしてみせますから!)
 「…ちょ、香? 目…怖い…?」
 「…参りましょう、旦那様! 香はもう、肉まんが作れます! 毎日見てますから!」
 「…いやいやいやいや…えええええ? まじで?」
 「おまかせ下さい! さあさあ! 今日も忙しいですから!」
 若干退き気味になった無代の背中を押す。
 その真っ白な背中。
 見通せない未来。
 しかし、香はもうそれに混乱する事も、恐れる事もない。
 (…幸せに…なる!)
 今度こそ、香は歩き出す。
 未来へ。

 …五年後。
 香の姿は、アルベルタ行きの船の中にある。
 『半公認の家出』の後、首尾よくルーンミッドガッツへの移民船を見つけて潜り込んだ。無論、子供としてだ。
 船賃がタダに近い最下層の移民船だけあって、環境はひどい。窓も無い船底はカビ臭く不衛生で、食べ物も水も、お世辞にも健康に良いとはいえない。
 が、香は全く気にしなかった。
 体内器官を完全に掌握できる彼女にとって、栄養摂取は別にちゃんとした食べ物でなくても問題ない。『泉屋の無愛想な女中』として過ごした日々で、無駄に舌が肥えてしまったのが悔やまれるぐらいである。
 ちなみに店はその一年後、ある人物に結構な値段で売り渡され、彼女の女中生活も終わりを告げた。店はその後、いわゆるチェーン展開を始め、今は天津の石田城下にも支店がある。それらを統括する主の名は『泉屋桐十郎』というのだが…余談に過ぎる。
 無代は再び、今度は自分の金で海外渡航の日々に戻った。香もついていこうとしたが、さすがにこれは親に止められてしまった。
 そして、半年前のルーンミッドガッツ行き。
 (…やっぱり、無代を一人で行かせるんじゃなかった…)
 強烈な後悔が身体を蝕む。
 (…待っていろ…って言うから…待ってたのに…)
 ぐつぐつと腹が立つ。
 (しかも…静の…家来とか…)
 ごおっ! と何かが燃え上がる。
 (…一人で行かせるんじゃなかった…)
 (…私がついていくべきだった!)
 ごごごごごご、と何かが脈動する。
 (待ってて無代…)
 (今、香が参ります…)
 (きっと…貴方を幸せにしますから…!)
 (全器官同意!)

 「…と、いう連絡が先ほど国元から参りました、静お嬢様」
 「…」
 「…お嬢様…?」
 「…な、何?」
 「…お顔の色が優れません」
 「だっ、だだだだ大丈夫よっ!」
 早朝、プロンテラ。例のお宿の静の部屋。現在、『お姫様のお部屋』らしく改装中だ。
 近いうちに完成すれば、その一角に専用の風呂まで備えたなかなかの設備になる予定である。ちなみにこの三階まで湯を運ぶために、窓の外には滑車も作られている。綱を引っ張るのは無代だが。
 今日の冒険に備えて朝食を済ませ(まだウルフ森通いである)、食後のお茶を味わいながらのひと時…のはずが、国元からの『香、家出』の知らせで崩壊した。
 知らせて来たのは、天津は石田城下の『泉屋』からのワープポータル。泉屋チェーン店同士をつなぐホットラインとしてポタ持ちを常駐させるシステムに、強引に割り込む形で昨夜のうちに作られた高速連絡網である。
 香もこれを使えば即座にここに到着できたのだが、この存在は現時点では無代以下わずかな人間しか知らない。
 「…かっ、香姉様が…来る…」
 「はい」
 「…怒ってる…よね…?」
 「多分。しかしまあ、それは覚悟の上でございましょう?」
 「う…うん! と、当然よっ! む、無代はもうアタシの家来なんだからね! 流義兄様を見つけるため…なんだから!」
 「はい」
 「香姉様に文句言われる筋合いなんかないもん!」
 「はい…お嬢様、涙目です。ハンカチ」
 「あ、ありがとっ!」
 口でどう強がっても、静の顔色は最悪だ。
 二人の姉のうち、そりゃあ『強い』のは天下無敵の綾姉だが、どちらが『怖い』かといえば…。
 「ね、ねえ無代?」
 「はい、お嬢様?」
 「香姉様…こっちについたら…どうすると思う…?」
 「…まあ…いきなり殺しはしないと存じますよ?」
 無代がしれっと言う。
 「こ、殺す!? 殺すって誰を? アタシ? アタシなの!?」
 「だから殺しませんって…まず半殺しにしてからじわじわと」
 「いやあああああ!!!半殺しいやああ!! でっ、でもっ! 無代…こっちで付き合ってた娘いるじゃん! 中央カプラのモーラ! 知ってんだからね! …宿に連れ込んだりしたって!」
 「…う…女将め…意外と口の軽い…」
 「香姉様が知ったら…ヤバいんじゃない? 彼女だって」
 「…」
 無代がきな臭い顔になる。あり得ない話ではない。
 「ま、まあ香ももう、そこまで馬鹿な事はしないと…思いますが…」
 「うわ…歯切れが悪すぎる…」
 静が頭を抱える。何にしても、香の行動を予測することなど、彼女らには不可能だ。
 「…イヤな予感しかしないよ〜無代〜」
 「いけませんお嬢様。そういうこと言ってると本当に悪い事が…? 外が騒がしゅうございますね?」
 「だね。何だろ?」
 「あれは…カプラの辺り? ん? はい、開いておりますよ、どうぞお入りくださいまし?」
 静の部屋がノックされ、無代が入室を許すのと同時に女将が入って来る。
 「おはよう存じます、口の軽い女将さん」
 「大変ですよお嬢様、無代さん」
 無代の嫌味をスルーして、女将が血相を変える。
 「何かあったの? 外の騒ぎのこと?」
 「左様でございますとも。大変でございますよ。…カプラ嬢が一人、殺されたんだそうで…」
 「!」
 「!」
 がちゃん、静がティーカップを落とす。
 がばっ、と無代が女将の胸ぐらを掴む。
 「誰が…誰が殺された! 誰が殺した! 女将っ!」
 嵐は、来た。
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:24 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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