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第十五話 Crescent scythe(1)
 ルーンミッドガッツ大陸・アルナベルツ教国。
 その国土の大半が砂漠や荒れ地で占められた、「風さえ砂の味がする」と言われるほどの乾燥地帯だ。
 『砂漠』と聞けば『暑い』というイメージを持たれるだろうが、アルナベルツに関して言えばそれは逆で、どちらかと言えば『寒い』。大陸の最北部に広がる大山脈、その裾野に広がるこの国は、大陸三国の中では最も北に位置し、一年を通した平均気温も最低である。
 乾燥し、寒い。
 つまりは『貧しい』。
 そんな荒れ果てた国の、さらに辺境に広がる荒野を、一台の鳥車が疾走していく。
 馬が牽くから『馬車』。
 鳥が牽くから『鳥車』。
 乗り物としての構造は馬車とそっくりだが、決定的に馬車と違うのは、それを牽引する動物が馬ではなく『騎鳥ペコペコ』なのだ。
 鳥車を牽くペコペコは6羽。
 『六鳥立て(シックス・バーズ)』は禁令により、よほど高位の人間しか使えない。庶民にとっては、ほとんど国家レベルの式典でもなければ目にする機会のない、超VIP専用の乗り物である。
 断じてこんな荒野を、しかも供も連れない1台のみで走っていいものではなかった。
 御者席には2人。一人は手綱を握る御者で、アルナベルツの中級神官らしい純白の外着姿。もう一人は青色の『振り袖』を風になびかせた女教授。
 2人とも、その表情にはただならぬ緊迫と、そして色濃い疲労を貼り付けている。
 「技官様! 右から来ます!」
 「!!」
 御者の警告に女教授が立ち上がり、慌てた様子で周囲を見回す。
 「右後方に1騎! 左からも2騎!」
 御者がさらに警告。だがその時にはもう、女教授の視界にも『敵』が見えていた。騎鳥ペコペコに跨った騎士やら聖騎士が10騎以上、この鳥車に迫ってくる。
 残念ながら、鳥車の『お供』ではない。
 それが証拠に全員が抜身の剣や槍で武装し、覆面の隙間からのぞく目に殺気をみなぎらせている。
 「追いつかれる! もっとスピード出ないの?!」
 女教授が、切羽詰まった声で御者に叫ぶが、
 「無理です! いくら『六鳥立て』でも、これが限界だ!!」
 御者も負けじと、切羽詰まった声で叫び返す。
 「技官様!!」
 御者が警告するのと、女教授に騎士の剣が撃ち込まれるのが同時。
 「っつあ!!」
 だが女教授の反応も早い。背中に背負っていた巨大な『本』を右手に、騎士の剣をがっちりと受け止める。
 『本』で『剣』を受け止める、というのは異様だが、この世界では珍しいことではない。
 魔力が込められた本を、魔法の触媒だけでなく直接戦闘に使う『本殴り(ブックビーター)』は、特に魔法職『プロフェッサー』に多い。
 本は本で、魔法よりも『殴る』ことに特化したものが出まわり、中には下手な打撃武器よりよほど硬質かつ高威力の高いものも存在する。
 この女教授がまさにそれであり、彼女が使う本もまたそれであった。
 「でああああ!!!」
 女教授の持つ本が剣を跳ね返すと、同時に目にも留まらぬスピードで騎士を連打する。
 一方で本を持つ女教授の細腕に、さほどの力が込められているとも見えないのは、本そのものに『打撃のスピードを上げる』魔法効果が付与されているからだ。
 ばばばばばっ!!と、 本を閃かせるように敵を殴る様は、貴重な本を粗末に扱っているようしか見えない。『本を叩くもの(ブックビーター)』の異名の由来だ。
 威力はともかく、そのウザいまでの連打スピードの前に、さしもの騎士も手綱を引いて鳥車から離れる。
 だが、
 「技官殿、左も!」
 「っつあ!!」
 息をつく暇もない。
 御者の頭上に振り下ろされる剣を、再び本で打ち払い、新たな騎士に本の連打を叩き込む。しかし、
 「!?」
 空振り。
 左から襲ってきた新たな騎士は、剣が本に阻まれると同時に鳥車からひらり、と騎鳥を離し、距離を取る。
 「右っ!」
 「うあ!!?」
 御者が、御者席に這いつくばるようにして必死に手綱を握り、それでも警告を飛ばしてくる。
 一度は離れた右の騎士が、再び剣を突き込んでくる。
 辛うじて振り袖を裂かれただけで回避、振り向きざまに本を連打。
 空振り。
 距離を取られた。
 「……ちくしょう!」
 女教授にも、もう騎士たちの意図が分かっている。
 一撃離脱。
 ペコペコの機動力を活かし、左右から交互に攻撃を加え、即、逃げる。
 いくら高性能の本を持つといっても、しょせん女教授は一人だ。そうしてじわじわと体力を削れば、さほど無理しなくても遠からず限界が来ることは明白だった。
 「ってぇえ!!」
 右。左。右……かと思えばまた左。
 本を抱えた女教授が、大型の馬車の左右を振り子のように走り回る。いや、走らされる。
 「くっそー!!!」
 ジリ貧どころではない、もはや絶体絶命。その中で、
 「出ろ……出ろ……出てくれよおおお!!」
 女教授は一人、謎の言葉を祈りのようにつぶやく。
 右、左、また右。女教授の息が切れたと見て、右の騎士が『決め』に来る。大型の両手剣を思う存分振り回し、狙うのは女教授の細足だ。
 「うああ!!」
 女教授が、本で剣を撃ち落とす。刃が御者台に食い込み、そこに引きずられた騎士の態勢が崩れる。
 「!!!!!」
 ばばばばばばばっ!!! 騎士の脳天に本の連打。頑丈な兜に阻まれ、致命傷には至らない。
 だが。
 ばちん!!
 本の連打が急停止。表と裏の表紙をがっちりと止めていた金具が勝手に外れ、巨大な本のページが開かれる。
 うぉん!!
 魔法の発動音。
 本に封じ込められていた魔法が解き放たれる。
 「出ったあ!!!」
 女教授と御者、そして襲ってくる騎士たち全員の視界が一瞬、暗転。そして次の瞬間、
 「うわ?!」
 騎鳥ペコペコを駆って疾走する騎士たちが、いっせいに鳥車から離れていく。疾走の速度が一気に落ち、鳥車の速度の前に置いてけぼりを食らう。
 騎士たちの頭上には、大きな鎌を構えた黒頭巾、『死神』のビジョン。もちろん本物の死神ではなく、魔法効果が視覚化された幻た。
 
 広域魔法『ヘルジャッジメント』。
 
 魔法本『死神の名簿』に封じ込められたこの魔法は、本で敵を殴る際、稀に発動する自動魔法・オートスペルだ。攻撃魔法としてはそう大きな威力はないが、広い範囲に呪い、すなわち今のような速度低下の魔法をバラまいてくれる。
 「今よ、逃げて!!」
 女教授が御者を助け起こす。
 「お見事です、技官様」
 「いいから早く!!」
 女教授『マリン・スレア』は叫んだ。
 速度低下の魔法は、そう長くは続かない。もし敵に僧侶系の術者がいれば、即座に回復されてしまう。
 御者が手綱をさばき、鳥車の速度を上げる。
 だが、その時だった。
 「あー、ダメダメ。それじゃ死ぬよ、アンタたち」
 突然、2人の頭上から声が降ってきた。若い女の声だ。
 ぎょっとして見上げると、鳥車の屋根の上に人影。
 長身の、女性のシルエット。
 「誰だっ!?」
 女教授・マリンが本を構えて立ち上がる。最初、彼女の頭に浮かんだのは『山賊』だ。この荒野には、旅人や冒険者を狙う山賊が隠れ住んでいる。その一派が、この豪華な鳥車に目をつけたとしても不思議はない。
 実際、屋根の上にすっくと立つ女の身なりは、はっきり言って最悪だ。
 元は剣士服だったらしいが、スカートが破かれて両足がむき出しで、下半身を隠すのは下着だけという有り様。そのなりで背中にバックラー、腰にアマツ風の剣とくれば、まさに絵に描いたような山賊海賊。
 「誰でもいいでしょ。命かかってる時に」
 マリンの誰何に、しかし女は心底バカにした風でひらひらと掌を振り、
 「いい? この先に今の10倍の数の待ち伏せがある」
 「?!」
 「アンタらは逃げてるつもりで、逆に追い込まれたのよ。気づいてない?」
 「……」
 マリンが黙る。といって、別に言いくるめられたわけでも、女の言葉を信じたわけでもない。いきなり出現した正体不明の女の言葉を、そのまま鵜呑みにするほど馬鹿ではない。
 頭の中で、ぶんぶんと音がするほどの状況判断。その間、数秒。
 結論、女の言い分は『ありうる』。
 「このまま進めば死ぬ。それより引き返して、まずさっきの連中を片付ける。その後にもっと有利な地形を選んで、敵を迎え撃つ」
 女が続ける。
 マリンの状況判断の結果、これも『あり』だ。
 「困ってるなら加勢するけど、どう?」
 にっこり、とほほ笑むその表情に嘘は見えない。
 よく見れば顔の造形はもちろん、艶やかな黒髪といい、意志の塊のような黒い瞳といい、めったに見られないほどの美女戦士だ。だが、
 「断る。何者か知らんが、いますぐそこから降りろ。そして去れ」
 「あ、やっぱり?」
 マリンの冷たい返事に、しかし女は逆に笑みを大きくする。
 「でも、いいの? このままじゃ間違いなく死ぬよ?」
 「二度は言わない、去れ」
 マリンが睨みつける。取り付く島もない、とはこのことだ。
 魔法職、しかも女性にしては頑固で、扱いが難しいことから『マリン・スフィアー』のアダ名を持つ彼女の、面目躍如といったところだ。ちなみにマリン・スフィアーとは、南の海に生息する魚卵型のモンスターで、下手に攻撃すると周囲を巻き込んで自爆することで有名である。
 この扱いに、さしもの女戦士も両手を上げ、呆れたような表情を浮かべる。
 「じゃ仕方ない。ご勝手に」
 そう言った時だった。
 
 こん、こん。
 
 御者台の背中を、鳥車の『中』から叩く音。
 「!??!」
 その音に、御者とマリンの2人がすっ転ぶような勢いで反応する。
 マリンが御者台の背を開き、中とつながる小窓に顔を寄せ、
 「……」
 なにやら小声で二言三言。ついで、えっ、という驚愕の表情。
 そして再び顔を上げ、女戦士を見上げた顔には、これでもかというほどのしかめっ面。
 「……わかった、お前を雇う」
 「おっ!!」
 女戦士がにかっ、と笑い、ひょい、と御者台に飛び降りたと思うや中へと通じる小窓へ、
 「おうおう、話が分かるねえ『中の人』!」
 「黙れ!」
 マリンが大慌てで女戦士を引き剥がし、すぱーん、と小窓を閉める。
 「雇うとは言ったが、お前を信用したわけではないぞ! あと、車の中のことは絶対に詮索するな。絶対だ!」
 「へいへい。よっしゃ、商談成立だ。いくぜ、野郎ども!」
 「合点だ、お頭!」
 まるで山賊のような合図と同時に、まず鳥車の屋根に一人、黒衣の男僧侶が出現。
 続いて岩陰から、大柄のペコペコを駆る男貴騎士・ロードナイトが一人。
 最後に鳥車の真横に、高速でバックステップを繰り返す女殲滅士・アサシンクロス。
 いずれも相当の使い手であることが、マリンの目にも分かる。これだけの手下を従える以上、この女戦士も。
 (……ただの山賊じゃない)
 そう判断せざるを得ない。
 「アタシは一条静(いちじょうしずか)。『静』って呼んでくれていいよ。何なら『しーちゃん』でも」
 マリンが、差し出された手を慎重に握る。
 ただの山賊でないとすれば、逆に油断がならない。警戒を怠ってはいけない。
 この連中は……
 「で、雇い主さん? さっそくなんだけど」
 静が、握った手をぶんぶんと振りながら、

 「なんか食べる物くれない? 昨日からまともなもの食べてなくてさー。 あと着る物もあると助かるんだけど?」

 (……ただの山賊だー!!!)
 マリンは頭を抱えそうになった。
 
 つづく。
 
JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 12:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(2)
  マリン=スフィアーことマリン・スレアは、女神フレイヤを奉ずるアルナベルツ法皇庁、その文化局に席を置く中級神官である。
 が、実は元からフレイヤ教徒でもなければ、アルナベルツの国民ですらない。
 出身はルーンミッドガッツ王国。その下級貴族の娘として生まれ、早くから魔法に才能を発揮した彼女は、成人前にはシュバルツバルド共和国にある魔法学校『シュバイチェル魔法アカデミー』に入学。そこで魔法の研究に没頭し、卒業後はそのまま賢者の塔・セージキャッスルに移った。
 そこで放浪の賢者・翠嶺にその才能を見出される。
 といっても異能・天才がひしめく『翠嶺の弟子』の枠内ではない。マリンが持つ魔法の才能や技術は、賢者の塔の研究者としてはごく平均的なもので、まちがっても魔法の矢・マジックボルトの超精密制御で知られた『氷雨の巴』こと一条巴や、魔法式を直接触ってコントロールする異能の少年賢者・『呪文摘み(スペルピッカー)』架綯(カナイ)のような規格外の術者ではない。
 では、あの美しき女賢者の目に止まったのは何か。それはマリンの、言葉は悪いが『極度の専門馬鹿』っぷりだった。

 彼女の専門、それは『オートスペル装備』だ。

 『オートスペル装備』とは、ある種の魔法が込められた兜や鎧、靴などの装備品で、それを身につけたまま敵を攻撃すると、込められた魔法が自動的に発動する、というものである。これを装備すると、本来魔法を使えない職業でも魔法が発動可能、しかも自前の魔力は必要ない。
 具体的な例を挙げれば、ここに『ヘルファイア』という槍がある。地獄の炎、という名の通り火属性を持つ大槍で、さらに炎の魔法も込められており、敵を攻撃する際に『ファイアーボール』という炎魔法を撃ち出す。槍を持っている騎士は、ただいつものように敵を突いているだけでいい。そうすれば勝手に魔法が発動し、敵に炎を浴びせてくれるのだ。魔法自体のレベルは低く、せいぜいが軽い火傷を負わせる程度だが、それでも使い手次第では下級のモンスター程度なら焼き払ってしまう。
 オートスペル装備、こう書くといかにも便利そうに見える。
 だが、その割にあまり世間に広まっていないのは、つまり『問題』があるからだ。
 問題の一つは、まず『魔法の発動率』にある。
 オートスペル装備の多くは、とにかく発動率が低い。ちょっと振り回しただけで強力な魔法がばんばん発動する、というような都合のいいものではない。それどころか『忘れた頃にちょっと発動する』程度がほとんどで、これではまるでアテにならないのだ。
 もう一つは『魔法の威力が低い』。せっかく魔法が発動しても、その多くはごく初歩的な魔法が多く、相手に大したダメージを与えられない。
 結局、オートスペルを持たない普通の装備で、もっと強力な装備を使った方がマシ、となってしまう。
 これが現在、いまひとつ世間に広まらない理由だった。
 プロフェッショナルの世界からは、
『素人が魔法ぶっ放して喜ぶためのオモチャ』
という、実に手痛い評価をする者も少なくない。ある程度好意的な者でも『良くも悪くも中途半端』という以上の評価は得られていない。

 だがマリンは、そんなヘンテコ装備にこそ魅せられた。

 オートスペル装備の多くは聖戦時代かそれ以前に作られ、ろくに使われもしないまま死蔵されていたり、効果を知られないまま市場に流通していたりする。マリンはそんな、国家の宝物庫の奥でホコリをかぶっていたり、日々開かれるバザーの露店に一山いくらの屑装備と混じって並んでいるオートスペル装備を、眼の色を変えて収集・研究した。
 具体的にはオートスペル装備を着けてフィールドに出、そしてモンスターを攻撃する。
 ひたすら何千、何万回と攻撃するのだ。
 そして、まず魔法の発動率を割り出す。どの程度の回数殴れば魔法が発動するか、それを膨大な試行によって弾き出す。
 同時に、発動した魔法の種類と威力を計測する。発動するのが攻撃魔法なら、それが敵に与えるダメージと、特に効果の高いモンスターもリストアップする。補助魔法であれば有用性を考察し、有効範囲や継続時間も弾き出す。
 ひたすらそれに没頭した。
 そして魔法アカデミー在学中の4年間と、賢者の塔に移った5年目までの計9年間で、賢者の塔が保有するオートスペル装備のデーターを残らず収集し、レポート化してしまった。結果、そこから『極めて有効』と判断されたいくつかの装備が賢者の塔によってコピーされ、非常な高額で市場に出回ることになり、塔の財政を大いに潤わせる。なにせ魔法の研究のほか、飛行船『マグフォード』の建造などにも手を広げる賢者の塔、資金はいくらあってもありすぎることはない。
 こうして今まで日陰の存在だったオートスペル装備と、そしてマリンという研究者が一躍、注目を集めることになったのである。
 そしてある日、放浪の賢者・翠嶺からマリンに呼び出しがかかった。
 「今後は私の下で研究してもらいます」
 賢者の塔の創立者の一人とも伝わる女賢者は、有無をいわさずそう宣言し、マリンを翠嶺直属の研究スタッフ『賢者の道具箱(ワイズマンズ・ツールボックス)』の一員としたのである。
 魔法の異能才能ではなく、その旺盛な研究行動力こそが、翠嶺の目に止まった。それはマリンにとって、ある意味『天才』を見いだされるよりも大きな誉れであったに違いない。
 翠嶺はさらにマリンへ、
 「アルナベルツ法国へ出向し、法皇庁の宝物庫に納められたオートスペル装備をデータ化せよ」
 という新たな命令を下した。 
 この命令を、マリンは飛び上がる勢いで拝領し、ほとんどその足で空中都市・ジュノーから飛行船に飛び乗ると、アルナベルツ法国へ向かっている。
 いくらなんでも研究資材や、身の回りの生活用品さえ放ったらかしで出発するのは早計もいいところだったが、しかしそれも無理はない。
 大陸西北部の辺境に位置するアルナベルツ法国法皇庁、その宝物庫といえば、研究者にとっては垂涎の的、まさに『宝の山』だ。一生に一度は足を踏み入れ、ただ収蔵品を見るだけでも、と夢見る者は多い。
 だが、それは簡単に実現する夢にあらず、むしろ夢のまた夢。
 それも当然、アルナベルツ法国は極めて閉鎖的・排他的な国家なのだ。
 この国に暮らす人々は、北の大山脈から流れ出る雪解け水が所々に湧き出した、いわゆる『オアシス』の周辺に、文字通り身を寄せ合うようにして生きている。が、その農業生産力は低く、農業以外の産業発展も遅れている。
 つまりは『貧しい』。
 世界の覇権を狙う野望の王国・ルーンミッドガッツ王国と、先進的な工業力で急成長を遂げるシュバルツバルド共和国という2大国の間で、よくまあこんな貧国が生き残って来られたものだが、そこには2つの理由がある。
 積極的な理由と、消極的な理由の2つだ。
 まず最初に消極的な、そして恐らくは最大の理由を挙げると、ぶっちゃけこの国には他国から侵略を受けるほどの魅力がない。繰り返すが土地は痩せて乾燥し、鉱物などの地下資源も決して多くない。人口も少なく、侵略して支配しても旨味がないのだ。
 もう一つ、辛うじて積極的な理由を挙げれば、それは国民の結束力だろう。
 『教国』の名を冠することでも分かるように、この国は『女神フレイヤ』を主神とする宗教国家であり、国民のほぼすべてが熱心な『フレイヤ教徒』だ。
 いや『熱心な』という表現は、あまりにも穏やかすぎるかもしれない。
 『狂信的な』。
 そう、まさに『狂信的』と言っていいだろう。全国民がほとんど命がけで、ただひたすら女神フレイヤを信仰する、それをイメージしていただきたい。。
 しかも『フレイヤ教』は、他の2国が奉ずる『オーディン教』とは教義を異にし、お互いを異教・邪教と見る対立関係にある。アルナベルツ法国の歴史は、他の2国からの排他と迫害の歴史と言ってもいい。
 貧しさと、厳しさ。
 それが逆に国民の結束を産み、『女神フレイヤの化身』とされる『アルナベルツ教皇』に対する、まさしく狂信的な宗教的依存を生んでいる、それがアルナベルツ法国だった。
 そんな国が閉鎖的・排他的になるのはむしろ当然だろう。
 しかもその中心的存在である法皇庁の、秘密の核心とも言うべき宝物庫に他国の研究者が入るなど、本来ならばまさに夢のまた夢なのだ。
 そこへ赴任の命令が出たのだから、マリンが飛びつくのもまた、当然というべきだった。
 とはいえもちろん、そこには『裏』がある。
 アルナベルツの歴代法皇は全員、魔法を学ぶ師として、大陸で最も尊敬される魔法の権威・翠嶺を選んでいる。もちろん当代の法皇も、まだ少女身ながら慣習を踏襲し、翠嶺を家庭教師として魔法の習得に励んでいた。飛行船『マグフォード』内に翠嶺の部屋が存在するのも、この家庭教師役のためシュバルツバルト共和国首都・空中都市ジュノーと、アルナベルツ法国首都・オアシス都市ラヘルを行き来するためなのだ。
 この縁あって、マリンがフレイヤ教に改宗して神官となることを条件に、研究が許された……というのが表向きの理由で、真実は賢者の塔がオートスペル装備で一儲けしたことを知り、財政不足に苦しむ法皇庁が翠嶺に相談した、ということらしい。
 そこでうってつけの人材として、マリンに白羽の矢が立った、というわけだ。
 マリンにとって、改宗は決して気軽な判断ではなかったが、それでもアルナベルツ法皇庁の宝物庫、通称『アルナ魔窟』は魅力がありすぎた。
 こうして法皇庁所属の技術神官となったマリンは、大神官直属となる『呪物技官』の官位をもらって宝物庫に立ち入りを許され、以来、ろくにジュノーに帰ることもせず研究に没頭してきた。

 一昨日の深夜、上司の呼び出しを受けるまでは。

 (……イヤな予感はしたのよねえ)
 マリンはその時の事を思い出すたびに、どうにも暗い気分にならざるをえない。
 そもそも法皇庁に出向して以来、上司に呼び出されるどころか、会うことすらなかったのだ。マリンの研究室は宝物庫のすぐ隣の、元は罪を犯した神官の懲罰房だったという小屋を改装したもので、まあ粗末といえば粗末な環境だが、最低限の快適性は確保されているし、何より誰も近づかないため静かなのが気に入り、彼女は研究から寝食まで、すべてここで行っている。あとはフィールドに出てモンスターを殴っているか、どちらかだ。
 対して上司は法皇庁の重鎮として、壮麗な庁舎の最上階に巨大な部屋を持ち、そこで執務を執り行う。あるいは法皇の宣託を受け、あるいは外国のVIPにも対応する。だから直属の上司と言っても仕事上の接点が無い上、お互い多忙を極め、さらに致命的なことには、そもそもお互いにまるで興味がなかったから、会うことがなかったのである。
 それが突然の呼び出し。これでイヤな予感がしないほうがおかしい。
 しかし、マリンを前にした上司は、
 「突然呼び出してごめんなさい」
まずそう言って頭を下げた。これは珍しい、というか大変なことである。
 『法皇庁の大神官』ともなれば、現代日本で言えば首相と内閣の大臣すべて、それに最高裁判所と警察のトップを合わせて『人数で割らない』ぐらいの権力を持つ。まさに、
 『神の代弁者』
 そのものだ。
 それが部下の、それも他国から出稿してきたにわか信徒に頭を下げるなど、あっていいことではない。かてて加えて、上司が着る大神官専用のゆったりした神官服の胸元から、盛大に零れ落ちそうな乳房。
 マリンはまさに圧倒される気分だった。
 (翠嶺先生もすごいけど、この人のは一段と……私の何倍あるかなあ?)
 などと呑気なことを考えているマリンをよそに、上司・ニルエン大神官は頭を上げると真剣な目で、
 「それでも、もう信頼できるのは貴女しかいない」
 これまた真剣極まる声で告げる。
 「他国の、しかも元異教徒の貴女に頼らねばならない窮状を、どうか察してほしい」
 身を乗り出すようにして訴えてくる。
 乳房が迫る。
 「は……はい?」
 「あるものを、秘密裏にある場所へ運んでもらいたい。できれば翠嶺師にお願いしたかったけれど、もう時間がないの」
 「は……はあ?」
 「やってくれますね?!」
 あまり背の高くないマリンの視界に、ニルエン大神官の胸が迫る。
 「あの……ところで何を、どこへ運べばいいんですか?」
 「やってくれますか!!」
 「内容によります」
 圧倒されつつも、そこは現場の研究者らしいリアリズムで対応するマリンに、ニルエン大神官はむしろ安心したようで、
 「当然です。ただ、その内容を聞けば最後、貴女に拒否権はなくなります。引き受けるか、死ぬか、どちらかです」
 母性的な外見とは裏腹に、この上司はやると言ったらどんな残酷な手段も平気でとる。まさに政治家そのものだ。
 それがここまで言う以上、マリンも腹をくくる覚悟を決めねばならないようだった。
 「聞かせて下さい。死ぬにしても、なぜ死ぬのか知ってから死にたい」
 「いいでしょう。それは……」 
 ニルエン大神官が、頼みごとの内容を語った。その頃にはもう、同時にマリンの視界のほぼすべてが上司の乳房で埋まっている。

 いろんな意味で、マリンに拒否権はなさそうだった。

 大神官の部屋から直接、法皇庁の裏庭に出、建物の影の闇にこっそりと準備されていた6鳥立ての鳥車に乗せられ、こっそりと法皇庁をぬけ出す。
 砂漠を、まず東へ。そして北へ進路を転じた辺りで、襲撃があった。
 襲撃があるかも、とは上司から既に警告されていたが、思った以上に早く、そして本格的な攻撃だった。
 その攻撃をしのぎながら、
 (……胸の大きな上司には気をつけよう!!)
 マリンは心の底からそう思ったのである。
 つづく。
 
JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(3)
 「おっけー、ココでいい。ココで敵を待ち伏せする」
  静がそう宣言し、鳥車の屋根から地面へと飛び降りた。頭に巻いた真っ白いターバンの端をなびかせ、ひらり、と着地する。ごろごろと拳大の岩が転がる、およそ歩きやすいとは言えない岩砂漠だが、静にかかればまっ平らの石畳と変わらないらしい。
 鳥車を追っていた敵の前衛はとっくに蹴散らされ、あちらやそちらの地面に転々と散らばっている。ろくな戦力もない鳥車を、待ち伏せの陣まで追い込むための小部隊だったのが災いした。いやまあ例えこの10倍の人数がいたとしても、静が率いる異能の一団の前では鎧袖一触だったろうが。
 静が腰の銀狼丸を、すぱっ、と抜き放ち、地面に垂直に突き立てておいて、刃に片耳を当てる。
 しばし。
 「……本体到着まで、あと5分。数は500。全員徒歩」
 銀狼丸を引き抜き、ポケットに入れた布切れで拭っておいて鞘に収める。先程から、やたらと腕をぐるぐる回したり、とんとん、と踵を鳴らすのは、新しい衣服の具合を調整するためだ。
 「何着せても似合うねえ、お頭」
 殲滅士・アサシンクロスのうきが、鳥車の屋根からニヤニヤと茶化す。
 「ほめても何も出ないよ」
 そちらを見もせず、ひらひらと手をふる静だが、口元には笑い。案外、まんざらでもないらしい。
 マリン=スフィアーが静のために用意した(というか奪い取られた)新しい衣服は、鳥車の荷台に積んであった予備の神官服と、あと幾つかのオプションだ。
 まず神官服は膝丈のフードチュニック、まあフード付きのワンピースみたいなものと思えばよい。通常、神官は下着の上にこれを被って、ウエストをベルトで締めるだけだが、騎鳥ペコペコに乗る時だけ下半身に袴をはく決まりだ。これに、素足の上から膝まで編み上げるサンダルをはく。
 今の静が、まさにその装いである。ただしフードだけは、
 「うっとおしい」
 の一言でざっくり切り取られ、哀れ銀狼丸の『刀拭き』に格下げ。
 髪の毛は、うきが、
 「せっかく綺麗なのに、そのままじゃ痛む」
 と、モロク風にターバンで巻いてくれた。あまり厚巻きにせず、かつ髪を顔の両側に一房ずつ垂らすのがオシャレポイント。うき、アサシンクロスという職業の割に女子力が高い。
 で、腰のベルトに銀狼丸を帯びれば、ちょっとした異国風の美戦士が一丁上がりである。なお、隠し武器の小柄もいくつか、ちゃんと仕込んであるのが静らしい。
 食事も、既に済ませた。
 鳥車には水も、食料も十分に積んである。が、さすがに料理をしているヒマはないので、保存食を齧っただけだ。
 「……なにこれ?」
 食料だと渡されたビスケット大の丸い塊を、静は初めて見るらしく、首をかしげてくんくん、と匂いをかぐ。
 「『金剛焼き』ってのよ、お頭。ものすげー硬いから、こっちの木槌で砕いて小さくしてから、飴みたいに舐めて食べ……」
 
 ぼりっ!!!
 
 うきの説明がまだ途中だというのに、あり得ない破壊音。
 
 ぼりっ! ぼりっ!! ばりばりぼぉりぶぉり!!!

 「あ、なるほど。噛んでると甘くなるねえ」
 平気な顔で静。もぐもぐと動く口の中からは、およそ姫君にあるまじき破壊音がボリボリバリバリ。『下手に齧ると歯が折れる』とは、あの王国秘密機関『ウロボロス4』の金剛僧・ヨシアの言葉だが(第九話「金剛不壊」参照)、それを平然と自前の歯で噛み砕くとは、もはや健康優良児の域を超えている。
 「……色々ありえねー、この姫様」
 うきが呆れたように肩をすくめる。
 いや、このうきにしても、『魔剣醒し』フールにしても、『終末の獣』速水厚志にしても、世間的に見ればたいがい非常識な存在のはずが、この姫様の前では、意外と常識的な存在になったような錯覚にさえ陥る。いや、やっていることといえば、ただ飯を食っているだけなのだが。
 装備を整え、飲食を提供する。これでマリンと、静の間で交わされた雇用条件は満たされた。
 「あとは契約通り、この鳥車と『中身』を目的地へ送り届ける。それでいいわね?」
 静がマリンに確認し、マリンがうなずく。
 といってもマリン自身、決してこの成り行きに納得はしていない。追手の第一陣を、文字通り蹴散らした静たちの実力は認めざるをえないが、それにしても彼女らの正体が不明にすぎた。
 隠形を自在に操る超一流のアサシンクロスだけでも要警戒だというのに、加えて三大魔剣を目覚めたまま駆るロードナイトときた。装備・アイテムの専門家であるマリンならでは、『人間の苦痛を糧とする』魔剣を目覚めたまま使う、それが何を意味するのか手に取るように分かる。
 さらにオマケに、この世のあらゆるモンスターへと変身する能力を持つプリーストと来ては、文字通り悪い夢でも見ているのかと、真剣に頬をつねりたい気分である。
 そして、そんな異能の一団を顎で指揮する、若く美しい女剣士。
 (まるでお伽話の冒険譚だ)
 徹底した現実主義者のマリンでさえ、そんな幻想にひたりそうになる。
 しかも静たちには、他にも『連れ』がいた。2人の、美少年と言ってもいいそっくりの双子だ。
 ただし2人とも『魂を抜かれたように』表情がなく、ただ静やうきの支持に従って歩き、食い、座る。ただそれだけ。
 「余計な詮索はしない」
 静がマリンにクギを刺す。
 「その代わり、こちらも鳥車の『中身』については詮索しない。それでいいよね?」
 条件を出しているようで、一切の有無を言わさぬ声音に、マリンもうなずくしかない。結局、マリンが納得しようがしまいが、今は静たちに頼るより他に手立てがないのも事実だった。
 「ちょっと待った。『全員徒歩』ってどういうのよ? 騎士いないの?」
 うきが静に問いただす。確かに、第一陣はペコペコ騎乗の騎士を中心に構成されていた。なのに本隊が全員徒歩、というのは不審である。
 だがその疑問に答えたのは静ではなく、マリンだった。
 「全員、僧侶神官だからよ」
 憂鬱を絵に描いたような顔で、マリンは言った。僧侶、すなわちプリーストは騎鳥ペコペコに乗れないので『徒歩』は納得だ。しかし、となると別の疑問も湧く。
 そもそも僧侶は戦闘職ではない。
 ただ一つの例外を除いては。
 「あ……ヤな予感」
 マリンの言葉を聞いたうきが、ぎゅっと眉を寄せる。
 「それってまさか……アレ?」
 うきの抽象的な問いに、マリンの答は具体的。
 「『聖槌連(せいついれん)』」
 「やっぱし」
 あちゃあ、と、うきが片手で目を覆う。
 「せーついれん?」
 初耳らしい静が貴騎士・フールと目を合わせ、
 「フール、知ってる?」
 「名前だけは」
 フールが答える。
 『魔剣醒まし』フール。少年時代、『BOT』技術によって他人と魂を入れ替えられ、その副作用で痛みを感じない身体にされた青年騎士。その重い運命の果てに静と出会い、過酷な戦いをくぐり抜けた彼は、以前と変わらず寡黙ではあったが、今はどこか清々しささえ感じさせる。
 例えるなら、激しい破壊の嵐の前で一度は荒れ果てた庭園に、素朴だが美しい野の花が咲き乱れ、青い空から吹き下ろす自由な風に揺れている、そんな心象風景がふさわしいだろうか。
 「アルナベルツ法国の法皇猊下直属の威力機関。ルーンミッドガッツ王国の教会直属『弔銃部隊』に匹敵するという精鋭集団だとか」
 「んで、全員がハイプリースト。ゴッつい『殴り』のね」
 フールの解説を、うきが補完する。
 『殴り』とは、プリーストのタイプを示す隠語だ。本来、回復や支援を主任務とするプリーストの中で、その肉体と腕力を鍛え上げ、戦闘職として戦う者たちを『殴り』、あるいは『殴りプリ』という。戒律によって刃物を持てず、杖や棍でぶん殴るから『殴り』だ。
 読者の皆様には、瑞波一条家筆頭御側役・善鬼という格好のモデルを紹介するだけで十分であろう。
 味方の攻撃・防御力を強化する補助魔法、傷を癒やす治癒魔法の全てを『自分』に使って戦う彼らは、時に専業の騎士や聖騎士を凌駕する戦力となりうる。
 アルナベルツ法国の『聖槌連』は、その代表格でもあった。
 「やりたくねーなー。アイツらしぶといんだよなー」
 「遅いし」
 まるで彼らと戦ったことがあるかのようにボヤくうきを、静がばっさり。その言葉通り、岩だらけの荒野の向こうから、土煙を蹴立てた一団がこちらへ向かってくる。移動速度をアップする『速度増加』の魔法を使っているらしく、その姿はみるみる大きくなる。
 ぼりっ!!
 静が最後の金剛焼きを噛み砕き、革の水筒から水をあおって飲み下す。そしてもう一口だけ水を口に含み、銀狼丸を鞘ごとぐいっ、と抜いて柄を口元へ。
 ふっ!
 革紐が巻かれた柄に水しぶき。刀身と柄を固定する『目釘』と呼ばれる木の軸に、一定の水を含ませることで粘りを上げる。『目釘を湿す』がこれだ。
 「『相手にとって不足なし』ってことでしょ、要するにさ」
 ぐい、と銀狼丸を腰に戻す。
 戦闘準備完了。
 
 「じゃ、とっとと片付けよっか」

 つづく
 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 13:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(4)
 アルナベルツ聖皇庁直属『聖槌連(せいついれん)』。それは全員がハイプリーストで構成された、重装甲の精鋭歩兵部隊だ。読者の皆様にはカプラ社の教導師範部隊『チーム・グラリス』No4、隻眼のG4ハイプリーストが所属していた部隊としてご記憶頂いているはずである。彼女はここで片目を失い、戦闘型から治癒・支援型へと転身した『リセット組』だ。
 『聖槌連』に話を戻そう。
 彼らは、先ほどフールが「ルーンミッドガッツ法王庁の『弔銃部隊(ちょうじゅうぶたい)に匹敵する威力機関』と評したとおり、国家ではなく宗教宗派に所属し、その教義と利益を守るために戦う戦闘部隊である。もっともアルナベルツ法国においては聖皇庁=国家であるから、事実上の国軍精鋭でもあった。
 以上のように書けば一見まともそうに見えるものの、その内情は『徹底的に訓練された狂信者』と評され、『神敵』に対しては女子供でも容赦なく殺戮する苛烈さで名高い。
 戒律によって刃物を持てず、棒や槌でぶん殴る戦闘スタイルも、『神の使徒』という割に荒っぽい。また、治癒魔法を駆使して自ら負傷を癒やすのはもちろん、バリア魔法『キリエ・エレイソン』、精神・身体能力をアップさせる『ブレッシング』『速度増加』『マグニフィカート』などを自分自身に使用することで、戦闘能力を1ランクも2ランクも上げてくる。オマケに『テレポート』、『ワープポータル』などの瞬間移動呪文も駆使できるとなれば、その機動力は事実上無限。蘇生呪文『リザレクション』を使えば、死んだ仲間を次々に生き返らせることも可能だ。
 強く、固く、速く。そして不死身。
 「あー、やりたくねー」
 愛刀・カタールを両手に握り、石だらけの荒野に立ちながら、アサシンクロス・うきがボヤく。
 「ボクも苦手だな」
 うきの隣、愛鳥『プルーフ』に騎乗したフールも、珍しく弱気を口にする。
 「殴られて骨を折られると厄介だ。回復遅れるし、折れてる間は動かせない。刺される、斬られる方が、まだマシだね」
 普通に聞けば気でも狂ったのかと疑うような台詞も、無痛の身体を持つ貴騎士・フールならではだ。肉体にどれほどの攻撃を受けても痛みを感じず、回復剤を傷口に瓶ごと叩きつけて治癒させながら戦うフールにとって、敵の攻撃をどう回避するかよりも、どれほど速く回復させるかが重要なポイントであるらしい。もちろん、身体の損傷を考慮しつつ戦う『ダメージコントロール』は戦士の基本だが、フールのそれは明らかに次元が違っていた。
 「囲まれて殴られるのは勘弁してほしいね」
 「んだなー」
 この二人、なんだかもう長年の戦友のような雰囲気だが、実は出会ってからまだ一日と経っていない。
 アルナベルツの荒野で、あの最強の敵『エンペラー』、そして彼が率いる『BOTモンスター軍団』と激闘を演じたのは、つい昨日のことだ。それぞれに死力を尽くした戦いの末、どうにかエンペラーを撃退したものの、フールは母とも慕った人と、同じ境遇の仲間たちを一人残らず失った。あの静でさえ一度は自死を覚悟する、それほどの戦いだった。
 そんな戦いをくぐり抜けたがゆえの、付き合った時間の長短とは無関係の仲間意識のようなものが、彼らの間にも働いている。うきとフール、本来ならばそんな甘っちょろい感傷に流されるタイプではないのだが、そこに静という触媒が入ると、違う。
 「今日からみんな仲間だからね!」
 一言、そう宣言しただけで、そこはもう『彼女の国』だ。
 運命を共に、血と骨をかき分けて進む『群れ』だ。
 彼女がそう言うなら仕方ない、そう思わせる、そうとしか思わせない何かが、あの異国の少女剣士には生まれながらに備わっているらしい。確かに首都・プロンテラにやってきた当初からその片鱗はあったが、その後に遭遇した戦い、そして昨日の死闘と、経験を重ねるごとに、それははっきりした『力』へと結晶化しているようだ。
 「しっかし、まさかこうなるとはさ。だって、昨日の今日だよ?」
 うきが、またボヤく。昨日の戦いだって、並の人間が一生を何度生きたとしても、一度さえ巡り合わないような大冒険だった。それが一夜明けてみれば、またコレである。
 そもそもの発端は、あの戦いの直後からだった。
 「じゃ、帰ろうか。プロンテラへ」
 静がそう宣言し、プリーストである速水が首都行きのワープポータルを起動した、その時だ。
 「……ちょっと待った!」
 当の静が、全員に制止を命じる。
 「おかしい。これ、首都じゃない」
 陽もすっかり落ちたアルナベルツの荒野で、そこだけが明るいワープポータルの光を下から浴びながら、静がそっと魔法円に近づく。あまり近づき過ぎると、ワープポータルの転送力に引っ張られ、吸い込まれてしまうから細心の注意。
 「……やっぱり。人の声もしないし、風の匂いも全然違う。あっちゃん、間違えてない?」
 静に睨まれた速水が、しかしぶんぶんと首を振って否定。そもそも彼のポタメモ、すなわちワープポータルの行き先を記した魔法記録には、首都プロンテラと港町アルベルタ、それに北の町・ルティエの3つしか登録されていない。
 「何だろ、この匂い……硫黄? あと、鉄が錆びたみたいな匂い」
 「『エルメスプレート』じゃね? それ? 『ノーグロード』の入り口辺りがそんな感じ」
 うきが指摘する。
 『エルメスプレート』は、シュバルツバルト共和国の首都・空中都市ジュノーの眼下に広がる荒野の一つで、鉄を含んで赤く錆びた岩石がゴロゴロと転がる高原地帯だ。浮遊岩塊『イトカワ』から飛び降りた無代とディフォルテーNo1『D1』が、放浪の賢者・翠嶺と出会い、共に歩いた土地でもある。
 また、そこに口を開く巨大洞窟『ノーグロード』は火山帯に属し、洞窟内は溶岩が流れ、火系のモンスターが徘徊する危険なダンジョンとして知られている。
 「ワープポータルがバグったかね? もっぺんやってみたら?」
 その時は、まだ大事と思っていないうきが速水を促す。
 だがその後、何度やっても静が首を縦に振らない。ワープポータルの魔法円から伝わる『向こう側』の気配、静にはそれだけで、十分に異常事態を感じ取れるらしい。
 「なんかおかしい。絶対おかしい!」
 がっちりと腕を組み、地べたに直接、どっかとあぐらをかき、もはや梃子でも動かない構え。
 「んなこと言ったって静ちゃん、まさかカプラシステムが狂うとか……あ」
 うきがそこまで言って、何かに気づいて口をぽっかりと開ける。
 「そういや今、ヤバいんだった。カプラ社」
 やっと事の重大さに気づく。そんなうきを、静がじろり、と見上げ、
 「カプラ嬢が次々に殺されてる。殺したのはルーンミッドガッツ王国の秘密機関。しかも殺されたカプラ嬢は皆『BOT』だった。そーだよね?」
 「げ」
 うきが、いきなり『ヤバい!』という表情。
 「そんなカプラ社に、無代兄ちゃんが捕まったまま帰ってきません」
 「う」
 「これ、全部つながってるよね?」
 「あ」
 「うき? 知ってること話して?」
 「あ、アタシハナンニモシリマセンヨ?」
 「嘘」
 「ち、チョットダケシッテルケドイエマセンゴメンナサイユルシテ?」
 「……嘘じゃない」
 「ウソナイ。アサシン・ウソツカナイ」
 「嘘」
 「げ」
 「……ま、言えないなら、いいわ」
 「タスカッタ!」
 「今はね」
 「ダメダッタ……」
 「とにかくワープポータルは使えない。『蝶の羽』も同じだろうからダメ。今日はココで野営して、朝になったらラヘルまで歩く。OK?」
 静がそう宣言し、一行は荒野の真ん中で野営を余儀なくされた。ろくに食べ物も飲み物もなく、わずかな焚き火と、騎鳥『プルーフ』の羽の下に全員が寄り添って暖を取るだけの、なんとも惨めなものであったが、静が実に楽しそうだったことが、なぜか全員の救いだった。
 そして一夜明け、アルナベルツの首都・ラヘルに向けて歩き出した途端、この騒動に遭遇した、というわけだ。
 「『命がいくつあっても足りない』って、こういうのを言うんだね」
 フールが、これも珍しくボヤき節。
 「それな」
 うきが、カタールの切っ先でフールをびしっ、と指す。マナー違反にもほどがあるが、フールは刃物を気にしない。
 それにしてもフールとうき、二人の台詞だけを聞いていれば随分と呑気な状況とも取れるが、冗談ではない。
 敵はもう、すぐ目の前だ。
 ドドドドド……!!!
 地震か、と疑うような重量感たっぷりの地響きが二人の立つ地面を揺らす。
 騎士に匹敵する重装甲に身を包み、巨大な盾を掲げ、さらにはそれ自体が何かの鍛錬器具ででもあるかのようなゴツい戦槌を肩に担いだ集団が、うきとフールめがけて突進してくる。
 ドドドドドドドドドドドドドドド!!!
 不安定な石ころが振動に耐えかね、ポロポロとそこらを転がっていく。
 「……ねえ? ボチボチ、よくね?」
 うきがフールに声をかける。
 「もうちょっと。あんまり早いと姫……『お頭』が怒る」
 フールがばっさり。
 「えー、もういいでしょコレ。」
 「じゃあ、あと5秒。5」
 「4」
 「3」
 「あ、ヤバい。省略」
 「0!! 退却っ!!」  
 フールと騎鳥・プルーフのシルエットがくるり、と180度回転したと見るや、全速力で駆け出す。一方のうきは前を向いたまま、恐ろしい勢いでぽん、ぽん、と飛び下がる。スキル『バックステップ』の連続使用による高速移動だ。
 ドドドドドドドドドドドドド!!!!
 敵が迫る。
 無痛の身体を持つ『魔剣醒まし』フールといえども、この数を同時に相手にすればたちまち殴り倒され、最後は肉塊になるまでぶん殴られるだろう。圧倒的な回避能力を持つアサシンクロス・うきにしても、この数を避け切るのは到底不可能だ。
 二人が逃げる。その先に小さな岩山が見えてくる。その平らな頂上に、あの鳥車の姿。
 「登るよ!」
 「おっけー!」
 ががっ!!
 フールがプルーフの手綱をさばき、垂直とは言わないがかなりの急斜面を作る岩山に取り付くと、一気に斜面を駆け上がる。うきもバックステップをやめ、くるりと正面を向くと、両手両足をフルに駆使してフールと並走。
 さして高くない岩山の頂上へ、あっという間にたどり着く。
 ドドドドドドド!!!!
 敵が追いつく。さすがに岩山を警戒してか、ぐるりと半円に取り囲むと盾を構えて山肌を登り始めた。重装甲が災いし、簡単には登れないようだが、それでもじわじわと、砂糖の山にたかるアリのように、小さな岩山を侵食してくる。
 がっ!!
 第一陣が岩山の頂上へ到達し……そして、目を疑った。
 そこに、巨大なモンスターがいた。
 逞しい、というより異形なレベルにまで鍛え上げられた、大の大人の胴体ほどもある上腕。それを支える上半身は、肩幅と胸厚がほぼ同じ。それが同じ太さのまま腰へとつながり、さらに大地そのものが盛り上がったような脚部へと終結する。
 見上げるような巨体。
 緑色の肌。
 無骨な、頑丈という言葉だけを絵に描いたような兜と鎧。
 武器は素手の拳。
 「お……『オークロード』!?」
 『聖槌連』の中から、絞り出すような声。
 対して緑の巨人の肩から、周囲を圧する鋭い雄叫び。
 「やっちゃえ、あっちゃん!!」
 オークロードに『変身』した速水厚志、その肩に我が物顔で座り込んだ静が腰の銀狼丸を抜き放ち、まるで神話の1シーンのように天を刺す。
 フォォォオオオオオオ!!!
 オークロードが吠える。
 そして。
 
 ズシンッ!!!!

 小さな岩山が、大地ごと浮き上がるほどの衝撃。
 岩肌を、たかるように登っていた敵が鎧袖一触、宙へ投げ出される勢いで吹っ飛び、そのまま落下していく。
 モンスタースキル『アースクエイク』。
 「いっけー!!!」
 静が銀狼丸を振り下ろす。
 
 それが開戦の合図。
 
 つづく

 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 12:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(5)
  ガラガラガラガラドスン!!!!
 岩山を囲む急斜面が一気に崩壊し、一抱えもあるような岩塊が無数に、それこそ雪崩を打って『聖槌連』を押し流した。
 
 モンスタースキル「アースクエイク」。
 
 『地震』の名からも分かる通り、地面に強力な衝撃波を発生させ、周囲にあるものを破壊してしまう地系の広域魔法である。その威力は『足の下から巨人の拳でぶん殴られたような』と形容され、特殊な防具を身につけるか、それこそ宙に浮いてでもいない限り、人間であればほとんど即死を免れない。中途半端にボスに挑んだ冒険者が、一度は必ず全滅を経験する『凶スキル』としても知られている。
 もしこれを人類が自由に使えるならば、あらゆる戦術戦略を書き換える必要があるとまで言われる絶技だが、幸か不幸か現状ではモンスターだけ、それもごく一握りの『ボス』と呼ばれるモンスターだけにしか使えない。
 あの聖戦から千年、モンスターや神々が使役するスキルの多くが人類によって解析され、現代ではほとんど誰でも、修行さえ積めば行使が可能となっている。かのグラリスNo2・G2ハイウィザードのような高位の術者ともなれば、ボスにも匹敵する破壊力を叩き出すことも容易だ。
 だがそんな中でも、未だに人類の解析の及ばない、どうやっても使えないスキルもいくつか存在する。
 解析・研究しようにも、使えるモンスターが極少数しか生息していなかったり、あまりに強すぎて研究どころではなかったり、スキルの発動構造が複雑すぎてチンプンカンプンだったり、といった理由が主な原因である。
 中でもこの『アースクエイク』は別格とされ、『いない・つよい・わかんない』の三拍子がそろった『研究者泣かせ』として有名。現場の術者達からは解析が熱望されていながら、いまだ誰ひとりとして解析の糸口すらつかめていない、まさに幻のスキルなのだ。
 さしも精強を誇る『聖槌連』が、ほとんど一撃で壊滅的なダメージを受けたのも、だから無理もない話だった。
 彼らとて国軍精鋭にふさわしく、たとえ『アースクエイク』の一撃であろうが、少なくとも即死しないだけの防具を身につけていたし、鍛錬も積んでいる。
 ただ、あまりにも『地の利』が無さすぎた。
 「!!!!……!!!」
 重装甲に身を包んだ屈強のハイプリースト達が、雪崩を打って襲いかかる岩に吹き飛ばされ、押しつぶされ、ねじ切られて埋まっていく。『アースクエイク』の威力をまともに食らい、大ダメージを受けていた身体では、逃げるも耐えるもままならない。
 風化が進んでもろくなった急斜面の岩山、それ自体が兵器と化しては、さしもの精鋭もなすすべがなかった。
 「せーつい何とか、敗れたりっ!!」
 敵の名前すらちゃんと覚えてない静が、オークロード=速水厚志の肩の上で早々と勝どきを上げる。
 数にも戦力にも勝る『聖槌連』を迎え撃つのに、この岩山の頂上を選んだのは彼女だ。そのために、変身した速水にわざわざ鳥車を担ぎ上げさせ、わざわざ目立つようにど真ん中に据えておいた。
 本来、高所に陣取った敵を攻めるは不利であり、罠にも注意が必要である。
 だが静は、うきやフールから聞いた『聖槌連』の情報だけで、
 「警戒せず、一気にくる」
 と読んだ。彼らが有する騎士級の重装甲と、防御・強化・治癒・蘇生の魔法群を自在に駆使する特殊能力。
 そこから導き出されるのは、敵の計略や小細工を正面から押しつぶしてしまう『制覇力』だ。
 敵がどんな場所にどんな陣形を張ろうが、どんな罠を仕掛けようが関係ない。ただ一心に神の神名を唱えながら真正面から突入し、攻撃は魔法で跳ね返す。罠で死者が出れば、周囲の誰かが即座に蘇生させ、ものの数秒で『新品同様』に回復させて再び攻める。
 斬ろうが突こうが死なず、防ごうとも防ぎきれぬ、暴風か津波のような『災害』。
 これに攻められれば、いつか必ず敵は折れる。いくら戦力があろうとも、心が折れる。
 そういう、ある意味で戦術戦略を一切無視したむちゃくちゃな戦いを、彼らは繰り返してきた。この貧しく弱い国を、他の2大国に比肩する『法国』として立たせるため、戦い続けてきたのである。
 その自信、その自負。それがあるからこそ、
 「必ず、まっすぐ攻めてくる」
 と、静は読み、そして的中させたのだ。
 「貴軍に一片の恨みなし!」
 巨人獣の肩の上、神話の戦女のように静が叫ぶ。
 「然れども戦(イクサ)の慣い(ナライ)なれば容赦無用、覚悟!」
 相手に恨みも怒りもない。だが、これが戦である以上、一切の手加減はしない。およそ十代の、それも娘の言うことではないが、静は大真面目である。
 実際、半端ない人数が死んでいる。死体の損傷の激しさから、もはや蘇生魔法を使っても生き返れない者が大半だろう。彼らにも命があり、家族があり、友があり、人生があった。それを一瞬にして奪ったのはほかならぬ、この少女なのだ。
 その死に対し、『殺人者』としていかに在るか。
 十代の娘でなくても、それに答えを出せる者がどれだけいるか。
 いや静とて、言葉としての答えなど持っていない。
 命をかけた力と技と知恵のぶつかり合い、そのど真ん中で立ち続けること、その姿、その生き方こそが答えである。
 
 『どこからでも殺しに来い。殺してやる』

 なんと美しく、そして凄絶な答えだろうか。……だが。
 (……ひょっとしたら)
 カタールを両手に斜面を駆け下りながら、うきの脳裏にふっと、ある思念がよぎる。
 (あの子はこの世界で、一番孤独なんじゃないか)
 それは多分、『一条静』という少女に対して他人が抱いた、最初の違和感であったかもしれない。
 ほんの微かではあるが、静がこの世界から、人の世界からズレ始めていることを、最初に気づいた人間であったかもしれない。
 (……ま、もとからマトモじゃないけどね、あの姫様は)
 その時、うきは自らの違和感を、そのように誤魔化した。が、その思考は後々まで、彼女の心にトゲのように刺さり続けることになる。
 だが今は、そんな感傷的思考など無用。
 戦だ。
 「っせいっ!!」
 うきのカタールが、生き残ったハイプリーストに襲いかかる。刃を振り回さず、脇を締め、肘を腰の骨で固定した状態から、体ごと踏み込んで装甲をぶち抜く。
 アサシンが重装甲の敵と正面からぶつかる際に使う、『直抜き(ジキヌキ)』と呼ばれるスタイルだ。速度は格段に落ちる代わりに、カタールという優秀な刃物の威力を存分に発揮できる。
 本来、アサシンは速度と敏捷性を武器に、敵に対して高速の連突きを叩き込むスタイルを得意とする。だが、今のように重装甲の敵に対しては、ろくに鎧も貫けない軽量の連打をいくら撃ったところで徒労でしかない。
 そこで、対人戦を主にするアサシンの間で編み出されたのが、この『直抜き』だ。
 本来の速度と敏捷性を武器に、まず敵の攻撃をかいくぐって懐に飛び込む。と同時に、腰の骨を起点にがっちりと固定したカタールを敵に叩き込む。そのまま体重をかけて押しこめば下半身を、足を踏ん張って突き上げれば上半身へと刃が食い込む。刃を腕ではなく腰で固定するため、人体で最も力のある脚部の力を直接、刃に伝えることができることがミソだ。
 「ぐ……ゃあ」
 腹部をまともにえぐられたハイプリーストが、身体を『く』の字に折ってよろめく。
 「悪いね」
 ひゅん!
 片手の刃で敵の腹部を貫いたうきが、もう片方の刃を腰から離し、今度こそ存分に風を切らせる。
 かつん!
 腹部への一撃に比べ、ひどく軽い音だったが、その刃は敵の兜の面頬をすり抜け、眼窩から後頭部へするり、と抜けた。
 即死。
 「よっ、と」
 ぶん!
 敵の身体から刃を引き抜きざま、真後ろから撃ち込まれた槌の一撃をひらり、とかわす。敵の目には、うきの姿がいきなり消失したように見えただろう。この敏捷性、そして致命的な一撃を加える時の攻撃力。
 殲滅士アサシンクロス・うきの真骨頂だ。
 「うわ?!」
 うきを殴りそこねた敵が、足場の悪い斜面に足を取られる。その時には、うきはもう彼の真後ろ。
 「ふっ!!」
 胸の前で交差させたカタールを、足から腰、肩から腕へと、全身をバネにして撃ち込む。
 ころり。
 敵の首が落ちる。
 ぶわっしゃあ!!
 鮮血が間欠泉のように吹き出し、岩場を赤黒く染める。
 鎧の首部は、鎖帷子や金属の喉輪で防護されてはいるが、構造上、他の急所ほど重装甲にはできない。とはいえ、鎖帷子ごと人体を切断する威力。
 うきというアサシンクロスは、どうやら相当の対人経験を積んでいるらしい。
 2人片付けておいて、うきが戦場を見渡し、
 「……ちょっと生き残りが多いか。マズいなあ」
 顔をしかめる。
 地震とがけ崩れで部隊の大半を削ったが、それでも生き残った兵士がかなりいる。まずいのは、彼ら全員が蘇生と治療の魔法を持ち、死んだ兵士を生き返らせることができる、ということだ。
 時間をかけてはいられない。
 生き残った敵めがけて駆け出しながら、腰のベルトから小型の毒瓶を取り出し、カタールにセット。ばしゅう!と、禍々しい煙が上がり、刃が異様な色に染まる。
 スキル『デットリーエンチャントポイズン』。
 武器に猛毒を付加し、威力を上げるスキルだが、これを単なる『毒』と考えるのは早計だ。アサシンクロスの扱う毒ともなれば、そのへんのセコい暗殺毒とはレベルが違う。現代でいえばBC、すなわち生物化学兵器に分類されるほどの威力と危険性を兼ね備える。
 「よいせ!」
 掛け声と共に、浮きの姿がかき消すように消失。彼女の異能技『滅失(バニシング)』だ。『潜伏(ハイディング)』も『掩蔽(クローキング)』をも超える、『殺されても気づかない』隠密攻撃術。
 その効果時間はわずか半秒。
 うきにとっては、無限にも比する無敵時間。
 「!」
 今度は声もなく、敵の土手っ腹にカタールを撃ち込む。瞬間、刃の毒が顕現し、敵の腹部が鎧ごと、ごっそりと溶け落ちる。結果だけ見れば、大砲で腹をぶち抜かれたに等しい。
 「?!」
 声もなく、敵が倒れる。前触れも何もなく、腹に風穴を開けられたのだから当然だろう。
 さらに1人、2人、うきのカタールが獲物をとらえていく。
 (わざわざ神のミモトとやらに送ってやるんだ、運賃もらってもいいぐらいだね!)
 罰当たりなことを考えつつ、その姿を明滅させながら戦場を駆け巡る。
 その時だ。
 ずしん!!
 大地を揺るがすような衝撃音。
 (……!?)
 うきが思わず振り返ると、そこに信じられない光景があった。
 オークロード=速水厚志の巨体が倒れている。
 そして、それを守るように立つ静の前に、ひときわ輝く鎧を着けた巨漢の姿。
 うきは、その姿に心当たりがあった。
 (やっばい! あれ、『大将』じゃん!)
 
 つづく

 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 14:09 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(6)
 「あっちゃん、大丈夫?!」
 敵の眼前、倒れたオークロード=速水厚志を守るように立ちはだかった静が、視線を正面から動かさないまま、背後に声をかける。
 「平気……ごめん、しーちゃん」
 「……回復、急いで」
 無事を伝える速水の言葉に、静の指示は短い。この少女剣士が人の『嘘』を一発で見抜いてしまうのはご承知の通りだが、別に静でなくても今の速水の有り様を見れば、即座にそれが嘘だと分かるはずだ。
 オークロードの巨体を支える脚、その右の向こう脛が完全に砕かれている。前から後ろへ、いびつな『く』の字を描いて折れ曲がり、ぱっくりと裂けた肉の中から、奇妙なほどに白い骨が見えている。
 重傷だ。
 最初の『アースクエイク』の一撃で、岩山の斜面に取り付いた敵を一掃。そのまま勢いに乗り、肩の上に静を乗せたまま斜面を駆け下りると、残った敵に襲いかかったまでは順調だった。
 オークロード、とにかく強い。
 その巨躯を鎧う筋肉は重厚かつ強固で、敵の戦槌をまともに喰らっても被害はわずか、ちょっとアザができる程度。逆に特大の攻城槌にも似た豪腕を一振りすれば、たとえ重装甲のハイプリーストであっても、撃ち抜かれたゴルフボールのように軽々とふっ飛ばされる。
 だがそれも当然。本来ならば強力な魔法を連打できる熟練の後方支援を、それも複数以上そろえたフルパーティでなければ挑めない強モンスターだ。
 「いけー! やってしまえー!」
 静が調子に乗るのも無理はない、まさに快進撃。だが、そこに油断あり。
 『聖槌連』の生き残り、その一団の中から突然、一人の鎧僧が疾走し、オークロードの足元へ走り込んだ。オークロードには遠く及ばずとも、人間としては相当の巨体。だが、その動きはまるで地を這う雷。肩の上でご機嫌だった静の反応が一瞬、間に合わない。
 ごぎぃっ!!!
 肉が裂け、骨が砕ける、耳を覆いたくなるような破壊音。
 さしものオークロードが前のめりに倒れる。それを下で待ち構え、真下から顎を撃ち上げる一撃を加えんとする鎧僧。
 もし、これが決まっていたら、いくらオークロード=速水厚志といえども命がなかっただろう。巨体が倒れ込む重力加速度に、カウンターで下から叩き上げる槌の威力が加われば、最低でも顎が砕け、おそらくは頚椎が破壊される。
 だが、そこまで許す静ではない。
 「ふ……っ!!」
 オークロードの身体が崩れるより速く、その肩からするり、と尻を滑らせ、迎撃態勢を整える。さて、すでに打ち上げの態勢に入った鎧僧を、どう止めるか。
 飛び降りる勢いのまま、銀狼丸で受け止める?
 否だ。
 敵の鎧僧の体格、そしてオークロードの脚を砕いた威力を見る限り、静の全体重を乗せた一撃を持ってしても、食い止めることは不可能。それどころか静もまとめて、銀狼丸ごとぶち砕かれかねない。
 (……槌も普通じゃない。ひょっとすると『神器』)
 静の目は、とっくに鎧僧の異能を見抜いている。
 では鎧僧の足元に着地しておいて、その脚を狙う?
 それも否だ。
 確かに、装甲の薄い足首を狙った銀狼丸の横薙ぎ、あるいは渾身の足払いを加えれば、さしもの強敵もバランスを崩し、オークロードへの追撃はなるまい。だが。
 (間に合わない!)
 着地して、撃つ。その2動作を実行する時間が足りない。静の予測では、どう頑張っても敵の脚を払うのと、敵がオークロードの顎を砕くのが同時だ。
 ならば?
 (……ならば!!)
 静の引き締まった尻が、きゅっ、とわずかに方向転換。着地位置を正確に定める。右手に銀狼丸、左手でオークロードの肩をとん、と突いて落下する。
 どこに?
 まさに振り上げられようとする、槌の真上だ。サンダル履きの静の脚が、まるで体操の平均台に飛び降りる一流選手のキレと優雅さで、鮮やかな着地を決める。もし今が競技中なら、審判全員の満点は確実だろう。
 「むう!?」
 だが審判ならぬ鎧僧は動揺を隠せない。
 いかに怪力、いかに神器といえども、まさに振り上げようとする槌の先端に、人間一人の体重を落とされてはたまらない。支点と力点、世界で最も古く原始的な力学法則、『テコの原理』だ。
 しかも相手は一条静、ただ飛び乗っただけで満足するようなタマではない。
 飛び乗ると同時に、いやその前からとっくに銀狼丸を地面と平行に横たえ、上半身をひねりつつ顔の脇に引き付けている。
 上段突きの構え。銀狼丸の切っ先が狙うのは、兜の面頬の奥に守られた眉間、ただ1点。
 「うぉお!?」
 鎧僧が吠える。
 突きが放たれる。
 静の突きには気合声もなければ、殺気すらない。この間合いでは、気合声はおろか息ひとつでさえ、相手に攻撃のタイミングを知らせてしまう。
 無垢、無音。
 ただブログラム通りに動くだけの処刑器具のような無機質さで、銀狼丸の刃が飛来する。
 上下左右、どちらにも避けられない。ならば面頬の隙間ごしに眉間を貫かれ、即死。
 だが、鎧僧もまた恐るべき手練だ。動揺もつかの間、あるいはそれすら偽装。
 「むんっ!」
 静の脚に、文字通り乗っ取られた戦槌の柄を、思い切り上に振り上げる。といっても、戦槌そのものを振り上げるのは力学的に不可能。
 だから、逆だ。戦鎚の先はそのままに、握った柄だけを振り上げる。読者の皆様には、
 『ちゃぶ台返し』
 と表現すれば、一発でお分かりいただけるだろう。
 戦槌の上に乗った静ごと槌を持ち上げるのは困難、ならばだがその端を持ち、斜めにひっくり返せばどうか。
 槌の先端が支点となり、上に乗った者は吹っ飛ぶ。さっきのお返しとばかりの『テコの原理』だ。
 きゃりん!!
 銀狼丸の先端が面頬をかすめる。ぞっとするような死の気配。だが、
 「っ、とお!」
 さしもの静も、唯一の足場を後ざまにひっくり返されては、突きを完遂させることは不可能。ただし、そのままちゃぶ台の上の食器のごとく、大地にぶち撒けられるかといえば、それはない。
 とんっ!
 後ろへバランスを崩しながらも足先で戦槌を蹴り、後方へ飛ぶ。すらりと長い脚がアルナベルツの空を裂き、くるり、と一回転。
 石塊だらけの荒れた大地に、乱れひとつ起こさず着地。またも満点だ。
 だがここは戦場、得点板も喝采もない。
 着地した静の脳天に、戦槌の一撃が墜ちる。速い。静を振り落とすことさえ、決して簡単な技ではなかったはずだが、即座に立て直して追撃ときた。
 この鎧僧の手練ぶり、相手がまともな人間ならば、大抵の敵は相手にもなるまい。
 相手が、まともな、人間、ならば。
 「むぅんっ!!!」
 ターバンに巻かれた静の脳天に迫る戦槌。それは決して、全体重を乗せた渾身の一撃、というわけではなかった。この鎧僧にしてみれば、威力よりも速度を重視した、それこそ『撫でるような』一撃でしかない。
 だが、加えられるのは神器の威力、兜もない生身の人間の頭蓋であれば、例え静だろうが撫でるだけで即死確実。
 さらには鎧僧、静の回避力も侮ってはいない。左右、あるいは後方へ、素早く身をかわしておいて、あのアマツ刀で反撃してくる、それも予測済みだ。先ほどは槌に飛び乗られる、という失敗をおかしたが、今度はそうはいかない。
 静がどうかわそうが、右だろうが左だろうが、あるいは後方に逃げようとも『このまま突進する』。
 左手の盾、右手の槌、そして全身を覆う重鎧。その防御力は、実はこうした密着戦にこそ真価を発揮する。
 静の武器では、鎧僧の装甲を貫けない。アマツ刀は軽く、切れ味も鋭いが、ゆえに『威力』が足りない。殺傷力はあっても、破壊力がない。十分に振りかぶり、正確に打ち込んだ時こそ恐ろしいが、相打ち覚悟の問答無用で突き進んでくる鎧武者に対する抑止力、マンストッピングパワーに欠ける。
 まして静は女性、このままもつれ合いに持ち込めば、体格もパワーも鎧僧が上回る。
 (取った……!)
 そう思ったし、それは決して間違いではない。
 
 相手が、まともな、人間、ならば。

「ふ……ぅ」
 致死の戦槌が、ほとんど額に触れるほどのタイミングで、静が動いた。右でも、左でも、後ろでもない。
 前だ。
 鎧僧の巨躯、その懐に飛び込みながら、銀狼丸を振り上げる。だが、斬るためではない。この位置からどう振り回そうとも、敵に致命傷を与えられないことは承知の上だ。今、静に必要なのは銀狼丸の刃ではない。
 柄だ。
 頑丈な革紐を水に濡らし、革が伸びたところで柄に巻く。革は乾けば縮むため、柄は木の根を巻いたように固定される。その堅牢な柄を、鎧僧の手首にぶち当て、そして絡める。柄と手と腕、そして肘が、まるで組木細工のように絡まる。
 「っせいっ!!!」
 気合一閃、静の身体が鎧僧の打ち込みとシンクロし、大地へと沈み込む。
 一瞬。
 ばぁんっ!!
 「がっ…ああああ!!」 
 異様な破裂音と同時に、鎧僧の面頬の奥から、たまらぬ悲鳴が噴き上がった。
 それでも渾身の力で盾を振り回し、静の胴を薙ぐ。ひらり、と静が飛び離れ、オークロード=速水厚志の側へと戻る。
 「ぐっ……ヒ、『ヒール』!!」
 鎧僧が治癒の魔法を使おうとするが、態勢が崩れすぎてうまく発動しない。
 その腕、頑丈な手甲の隙間から、大量の血がこぼれ出る。だが斬られたのではない。
 『折られた』。
 手首に絡んだ銀狼丸の柄を支点にしたところまでは分かるが、それ以上はどこをどうしたものか、表現のしようがない。ただ敵の打ち込みの威力に、静自身の体重をまるまる乗せて、鎧の中の腕を折る。それも、折れた骨が肉を裂いて飛び出す、いわゆる『開放骨折』という重傷を負わせた。
 それだけではない。
 膝も砕けている。
 手首を極めただけではなく、同時に足さばきを使って敵の踏み込み脚を絡め、しゃがみ込む勢いを使って膝をへし折った。
 いずれも『テコの原理』だが、ここまで来ると高度すぎて、本来のシンプルさとは程遠い。

 瑞波柔術・秘伝大蛇(オロチ)『氷柱(ツララ)砕き』

 いささかベタなことは認めるとして、敵の打ち込みにシンクロし、敵の自重で敵を砕く、という意味では正鵠を射た技名だろう。
 刃の立たぬ鎧武者を制するために、あの厳忽寺で編まれたその技を、静が持たないはずがない。
 鎧僧は確かに手練だ。
 だがこの姫君は、それを遥かに上回る手練中の手練なのだ。
 
 そして冒頭。

 「回復、急いで」
 「うん」
 オークロードの身体が、一瞬にしてプリースト・速水厚志に戻る。
 「?!」
 この変身を初めて見た聖槌連が、何より驚愕したのは当然だろう。
 「……その業前と装備、ただの坊主とは思えない」
 静が、銀狼丸を肩に担いだ『山賊スタイル』で言葉を投げる。
 「名のある武人なら、名乗ったらどう?」
 「……」
 だが、それに返事はない。
 既に回復し、サポートに来た部下らしい聖槌連のいち団をうるさそうに振り払うと、立ち上がる。
 だが、無言。
 「……なるほど、名乗る名はない、と」
 静が、心底バカにしたように顎をつん、と上げ、
 「名も、神の紋章も隠した賊徒に、この名を聞かせるのはもったいないけれど」
 ひゅん、と、銀狼丸の切っ先を突きつける。
 「アマツ、瑞波の守護職・一条瑞波守鉄が三女、静! 推して参る!」

 つづく
 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 13:06 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(7)
 「アマツ、瑞波の守護職・一条瑞波守鉄が三女、静! 推して参る!」
 静の名乗りがアルナベルツの荒野に、文字通り轟き渡った。
 実は静、ルーンミッドガッツ王国にやって来て以来、こうした『名乗り』を控えてきている。彼女の立場はあくまで『お忍びの花嫁修業』であり、その静が父である鉄の名や瑞波の国名を共に名乗ることは基本的に許されない。また、フールや速水らも静の名は呼ばず、しーちゃんだの姫だのと好き勝手に呼んでいるのはご承知の通りだ。
 それをあえて今、名乗った。
 (さすがと言うべきなのか)
 静の名乗りを聞きながら、フールは内心で唸りたい気分だった。
 (ああいう感覚は、ボクには無い)
 静に対し、素直に敗北を認める。
 単純に敵と戦うだけなら、フールの戦力は静にもそうそう引けはとらない。世に言う『三大魔剣』、ミステルテイン、オーガトゥース、エクスキューショナーの三振りを『生きたまま』操る『魔剣醒まし(アウェイクン)』の真価は、まさにこういう乱戦の中でこそ発揮される。
 
 SYAHaaaaaaa!!!

 不気味な哄笑を振りまきながら、悪鬼の牙・オーガトゥースが戦場を駆ける。見た目は象牙型の短剣、それに目があり牙がある武器型モンスター。それがランダムに、しかも高速で地上を滑りながら、『聖槌連』に手当たり次第に攻撃を加える。

 カカカカ、カーン!!!
 
 聖槌連の身体を守っていたバリア魔法『キリエエレイソン』の防御音が鳴り響く。この音が鳴っている間は不可侵・無敵、だが当然それにも限界がある。

 カーン!

 バリアの耐久力、その最後の一枚が剥がれ落ちる。そのタイミングを狙いすましたかのごとく、愛鳥・プルーフに騎乗したフールが、砂塵を巻き上げて殺到。

 KHAAA!!

 これまた異形の咆哮が響き、フールの右手に抜き放たれた処刑剣・エクスキューショナーが聖槌連の頭上に落ちる。
 がちん!! 聖槌連の豪壮な盾が、本来なら致命の一撃を防御。しかし相手は魔剣。

 GA!!

 盾で受け止められた処刑剣の刃がミシミシと音を立て、まるで盾に噛みつくように変形。
 「ふッ!」
 鍛え抜かれたフールの腕に、タイミングをぴたりと合わせた騎鳥・プルーフの足さばきが加わり、聖槌連の盾がぐいっ、とはね退けられる。
 「!」
 聖槌連が、その名の由来でもある槌を掲げてフールを攻撃。だが遅い。
 
 Khyahaha!!!

 三たび、不気味な鳴声が吹き上がる。三大魔剣最後の一振・ミスティルテイン。
 『宿り木(ミスティルテイン)』。遥か神話の時代、この世のあらゆる物に対して無敵の誓いを立てさせた神が、『あまりに弱すぎて』誓いを立てさせるのを怠った一本の宿り木によって殺される、その故事からその名が取られたという。
 元来、地面ではなく樹上に寄生する宿り木は植物の中でも特殊視される。なぜというに、かつてあらゆる生命が天からもたらされた際、その住処によって大地か、海のどちらかの神と契約を結ばなければならなかったが、唯一、海にも大地にもよらなかった宿り木だけはその契約を逃れ、天上にあった時の魔力を失わずにすんだ。
 ゆえに、最弱に見えて最強。
 フールの左腕に、まさに宿り木よろしく絡みついた大剣・ミスティルテインが、撃ち込まれる大槌を受け止め、ついでにバリバリと噛み砕く。魔剣の特殊現象・石化の発現だ。
 
 hahahahahaha!!!

 聖槌連の鎧が石化して砕け、忌まわしい魔剣の顎がついにその肉体を噛む。
 「ぐ……ふっ」
 屈強の鎧僧が、膝から砕け落ちる。面頬の奥から鮮血を吐いて地面を這う。
 (強いな)
 愛鳥・プルーフを回頭させ、次の敵を探しながら、しかしフールは敵の練度の高さを実感していた。
 ご存知の通り、フールの三大魔剣は物理破壊力に加え、相手の肉体に常識外の苦痛を与えるという特徴がある。『人間の苦痛を食う』というモンスターの特徴を活かし、わずかに掠っただけでも、神経が焼き切れるほどの激痛が叩きこみ、下手をすればそれだけで相手の生命活動を停止させることもある。
 これを食らった相手はたいてい絶叫し、死なないにしてものたうち回るはめになるのだが、今の敵、聖槌連は例外だ。魔剣を食らっても苦痛を押し殺し、声も立てず、暴れもせず、ただ死ぬ。
 多くの宗教において、修行と称する苦行が取り入れられていが、これは精神を鍛えるのに最も効率的な方法が、実は肉体を鍛えることと考えられていることと無関係ではない。厳しい運動や、痛覚そのものといった苦痛に耐えることで精神が鍛えられる、そう信じられているからである。
 アルナベルツ法皇庁においてもこれは例外ではなく、よってその親衛部隊の頂点である聖槌連が、徹底した苦痛耐性を持っていることは不思議ではない。
 (やりにくい相手だ)
 フールにとって、苦痛の効きが悪い相手というのは、確かに相性がよろしくない。
 ちなみにこの激痛は、持ち主であるフール自身にも常に加えられているが、痛みを感じない『無痛症』の肉体を持つ彼には無関係。先日の戦いにおいて、聖歌『ゴスペル』の効果を受けて一時的に痛みを回復(?)したものの、その効果が切れると同時に再び無痛の身体に戻っている。
 だが、丸っきり元のフールに戻ったのかと言えば、それがそうでもない。
 かつては、自分の身体をわざと痛めつけるような無茶な戦いを繰り広げた彼が、今はむしろ慎重とさえ言える精密さを持って戦場を駆けている。無痛の身体を持って、傭兵として無数の戦場を経験したフールには、誰にも真似できない『戦場経験値』とも言うべきものが蓄積されており、今、それが最大限に活用されていた。
 いや、今までだってやろうと思えばできた。ただやらなかっただけだ。
 人間の魂を肉体から抜き取る『BOT技術』によって、他人の身体と魂を入れ替えられ、その副作用で無痛となったフール。人並みの痛みを感じない、それも他人の肉体を、かつては厭わしく思いながら生きてきた。
 それが静と肩を並べての戦いを越え、その心にも今までとは違う風が吹き込まれているようだ。

 『自分』を大切に思う、『何か』が。

 とはいえ、そんな強者・フールでさえ、静のとった行動には驚かされた。
 今の聖槌連に対して、自分の名を堂々と名乗る。
 その意味を、いや『威力』を、彼女は完璧に理解しているのだ。
 事実、静の名を聞いた敵軍の様子が、明らかにおかしい。魔剣の苦痛にさえ退かない精強の鎧僧達が、静の叫びに対しては明らかに『怯んでいる』。
 『一条静』、その名前に?
 いや、違う。
 目の前の少女が、自らの名と出自を堂々と名乗った、その事実そのものが、彼らの心を抉ったのだ。
 『名乗れる者』に対し、『名乗れない者』である自分たちに、引け目を感じたのだ。
 (……そりゃ辛いよね。神の紋章さえ隠して戦うのは)
 次の敵に魔剣を噛みつかせながら、フールが同情する。それを剣ごしにも感じたか、魔剣の苦痛よりも激しく、敵の鎧が蠢動する。

 そう、この敵は明らかにおかしかった。

 アルナベルツ法皇庁直属の最強威力部隊『聖槌連』。それであるのは間違いないのに、静たちに対して一度もそれを名乗らない。
 何よりおかしいのは、戦いにおいて神の名を唱えず、そして鎧にも神の紋章がない。
 アルナベルツの国民にとって、主神である『女神フレイヤ』の存在はまさに『絶対』だ。
 ましてその宗教の頂点にも近い彼ら聖槌連が、フレイヤの名も紋章も頂かない、というのは異常も異常。例えは妙だが、猟犬がワンと鳴かずにニャアと鳴きながら、四本足ではなく二本足でスキップして獲物を追うような、何かの風刺画のを思わせる滑稽ささえあるのだ。
 その姿、戦い方から導き出される結論は一つ。
 「おのれが奉じた神にさえ顔向けできぬ戦に、勝ち目があると思うか! 賊徒ども!」
 静の咆哮が轟く。
 その声が、どんな武器より鋭く敵の心を刺すのを、フールは天を仰ぐような気持ちで感嘆する。戦場経験だけ言うなら、自分より遥かに少ないはずのこの少女だが、戦というものの機微を知り、それを正確に突くことにかけては天才的と言うしかない。
 (まさに『戦の申し子』だ)
 フールでさえ、そう思わざるをえない。
 「天に頂く神さえおらぬ貴様らは、大人しく去れ! さもなくばここで死ね!」
 口先一つ、戦の潮目さえ変えてしまう静の声が、今やアルナベルツの荒野を支配していた。

 つづく
 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 13:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(8)
 (あ、意外と効いた?)
 敵の真ん前に刀一本、盾一つで立ちはだかりながら、静は内心でほくそ笑んだ。
 『神も頂かぬ、名も名乗れぬ賊ども』と、ほとんど思いつきで口にした煽りだったが、静が予想したよりよほど敵の心を刺したらしい。さして細心の観察や、精密な分析をしたわけでもなく、本当に思いつきで煽っただけ、というのがこの姫様の恐ろしいところなのだが、当の静にしてみれば、こうして言葉で敵を煽ることなどに大したウエイトを置いているわけではない。
 極言すれば、これは単なる『時間稼ぎ』だ。
 彼女の後ろでは、重傷を負わされた速水が自身に治癒魔法・ヒールをかけ、回復につとめている。彼の傷が治り、改めて速水自身と静に支援の魔法をかけ直す、その時間さえ稼げればいい話だった。
 そのために、まず指揮官らしき鎧僧に大ダメージを負わせ、『ついでに』言葉で煽った、それだけの話だった。
 圧倒的不利な戦場のど真ん中で、これだけの余裕というか『軽快さ』を発揮できる。一歩間違えば命を失う局面であっても、かくの如く飄々として振る舞う。
 『戦人(イクサビト)』とは、いや『戦女(イクサメ)』とはこういうものか。
 「あっちゃん?」
 「お待たせ。治ったよ、しーちゃん」
 後ろも見ずにかけた声に、速水が応える。
 「おっけー。じゃブレスと速度だけちょうだい。んでココもういいから、フールとうきの方、手伝って」
 「了解」
 同時に、後ろから支援魔法『ブレッシング』と『速度増加』が飛んでくる。静の身体が魔法光に包まれるのと、敵の鎧僧が3人同時に襲いかかってくる、それが同時。
 「『多けりゃ良い』ってモンじゃ……」
 静の身体を包んだ魔法光が一瞬、左右に大きくブレる。瞬時に起動したフェイントの動きを、魔法光が増幅して見せた。面白いのはこの場面で、静に『フェイントをかけている』という意識はなく、といってフェイントを使っていないわけでもない。
 戦場のど真ん中で棒立ちに見えて静、実は常時フェイントを使い続けている。立ち位置から半歩も動かないにも関わらず、常に身体の軸や重心をゆらゆらと移し、真の動きを敵に悟らせない。
 『そこにいるようで、そこにはいない』。ただ立っているだけで『技』である。
 「……ないのよ!!」
 3人の敵には、静がいきなり消えたようにも、突然目の前に出現したようにも、遥か彼方に瞬間移動したようにも見えたろう。
 結果、3人同時に仕掛けたはずが、うち2人はタイミングと間合いを外され、気づけば1対1。
 「うりゃ!」
 一人目が撃ち込む大槌の一撃。迎え撃つは静の銀狼丸。鍔元に近い位置に左掌を添え、刀身と鍔を使って外へ逃がすように、思い切り受け流す。相撲でいう『うっちゃり』の形。
 敵の巨体が、肩からバランスを崩す。
 「しッ!」
 ひらり、と身体をさばいた静が敵の背後に回りこむ。銀狼丸を逆手握り、柄頭に左掌を添えた逆突き。
 狙うは『脇の下』。鎧の構造上、そこには重装甲を仕込めない。もし仕込んでしまうと脇が閉じられなくなり、打撃斬撃の動きを阻害する。
 ざくん!
 脇から肺を貫き、心臓へ達する一撃。
 即死。
 がん!!
 直後に響いた、金属が金属を撃つ重い音は、二人目の敵が一人目の身体を撃った音だ。正確には、静が撃たせた音。
 一人目の胴体を貫いた銀狼丸の柄を、抜かずにぐいっ、と操り、二人目が撃ち込む打撃を、一人目の死体で受けてみせた。
 「よいしょお!」
 刺した柄はそのまま、崩れ落ちる一人目の死体に『足払い』をかけつつ、二人目の身体に向けて『タックル』を敢行させる。意識のない、ただ倒れてくるだけの身体というものは、生きている身体以上に重い。人間は、意識があれば無意識にバランスを取ろうとし、身体を預ける人間に対しても、負担を減らそうと活動するものだ。
 だが死人にその活動はない。
 「う、わ!?」
 崩れ落ちる鎧僧、その身体を下半身に預けられ、二人目が仰向けに仰け反る。
 仰け反った『顎の下』、それもまた鎧の弱点だ。そして、それを逃す静ではない。
 「ふッ!」
 一人目の脇から引き抜いた血塗れの銀狼丸を、至近距離から思い切り振り抜く。渾身の突き。ほとんど敵に密着した状態で、肩と肘の関節を綺麗に畳み込んで刀身を引き付けた姿勢から、上半身の力だけで撃ち抜くのだ。
 ぼりりっ!
 喉元から後頭部へと抜けた刃は、肉を裂くよりも骨、頚骨と頭蓋骨を砕く不気味な破壊音を残し、敵を絶命させた。これで2人、残るは1人。
 いや、もう勝負はついていた。
 3人目が、兜を脱いで両目を押さえ、よろよろとうずくまっているのだ。
 何が起きたのか、当の敵にも分からなかっただろうが、読者の皆様にはおよその予想がついているはず。
 そう、『飛爪(ヒヅメ)』だ。親指の爪ほどの鉄片、その複数の角を刃物に研ぎ上げた静の隠し武器。それ自体の殺傷力は低いが、静が使えばこの通り、敵の眼球や口腔、関節や急所に正確に撃ち込まれ、肉に埋まり込む。うまくすれば治癒魔法や治癒薬を使われても、しぶとく埋まったまま取り出せなくなり、敵の行動を大幅に制限してしまう。
 3人目は既に、その洗礼を受けていた。一体いつ投げたのか、おそらく誰にも分からなかっただろうが、明かせば『最初』である。3人の鎧僧が襲いかかってきた最初のタイミングで、一人目を迎え撃つ直前に、既に静の手から2個の飛爪が放たれ、3人目の両目を抉っていた。
 その結果、ヒールをかけても取り出せず、苦痛のあまり兜を脱ぐに至っている。
 ルーンミッドガッツ王国から治癒魔法・ヒールを含む様々なスキルが伝わって以降、アマツの武人たちが苦心して生み出した『治癒殺し』。傷を治癒しても、傷に埋まったまま取り出せない工夫をほどこした武器は、治癒スキルに依存する戦い方が染み付いた大陸の戦闘者には脅威だ。
 特に、ハイプリーストだけで構成された『聖槌連』、彼らにはほとんど『天敵』レベルだろう。
 「覚悟」
 銀狼丸にびゅっ、とひとつ血振りをくれた静が、さらに悠々と血糊を拭いながら鎧僧の脇に立ち、ふっ、と両手上段に構えたと見るや、一切ためらいなくびゅっ、と、その首を斬り落とした。
 ざばあ!!
 首の太さの鮮血が、遥か十数メートル先まで吹き散らされる。人間の心臓が血液を送り出す圧力は、人が考えるより遥かに強力だ。このように首を落とした場合、斬られた首は血液の圧力で遥か向こうまですっ飛ばされてしまう。ちなみに一部の武士は切腹で介錯を受ける際、これで首が汚れてしまうことを忌んだため、首の皮一枚を残して斬るのが上とされた。または身体を切り離すことを親不孝とする儒教の思想もあったとされるが、こうして首(正確には喉)の皮を残して斬ると、首は斬られた人間の懐にぽとり、と収まる。これを『抱き首』という。
 剣に不調法な者が行えば、抱き首どころか斬ることもできず、何度も首に斬りつける無様を演じることもあった。
 だがそこは静姫。別に切腹でも介錯でもないが、鮮やかに抱き首に撃ち落としている。
 これで3人。まさに鎧袖一触。
 異形に変身できる速水厚志の援軍を断り、他へと回す余裕は伊達ではなかった。確かに元から達人ではあったが、あのエンペラーやその配下の魔物どもとの戦いで、また一段と経験値を上げたらしい。
 技に淀みがなく、そして殺すに容赦がない。
 眼前に残るは大将格の鎧僧、1人。さきほど静に食らったダメージは既に回復したようだが、殺害された部下を蘇生させる素振りはない。
 「一対一(サシ)が望み?」
 再び血塗れを拭った銀狼丸を肩に、静が言い放つ。いちいち『上から』な物言いだが、こと戦場にあってこの姫君より『上』はそうそう存在しないだろう。
 だが。
 「静ちゃん、気ーつけて! そいつ『大将』だ!」
 「あ?」
 警告は、うきの声。だが静はその意味を理解できなかった。
 「知ってるよ。こいつがアタマでしょ?」
 「違げぇ〜!!!」
 うきが叫ぶ。
 「アルナベルツの大将は全員『神器持ち』なんだってば!」
 
 『神器持ち』

 やっとそれを理解した静が、さすがにあわてて大将に向き直った瞬間。
 びぃっ!!!
 巨大な質量が空気を引き裂く音。だがそれより速く、大将の大槌が静の身体に殺到していた。さっきとは明らかに違う、音速級の超打撃。
 びぃん!!
 静の身体がきりもみ状になって弾き飛ばされ、岩だらけの地面をガラガラと転がる。
 「っ……痛った!!」
 それでも素早く立ち上がったのはさすが、というより、最初に一撃で絶命しなかったのが、そもそも奇跡だ。
 いや、もちろん奇跡ではない。銀狼丸だ。
 静が肩の銀狼丸をとっさに振り下ろして盾にし、大槌の一撃から身体を反らした。猛烈なきりもみ回転は、その打撃力を受け流した余波である。
 ただし、だからといって無事では済まない。
 静が素早く、銀狼丸の刀身を切っ先から鍔元まで確認する。
 「ちっ!!」
 舌打ち。
 銀狼丸の『刃こぼれ』が、限界を迎えつつある。ウロボロスやエンペラーとの戦いで、相当の負担を強いた銀狼丸が今、かつてない強力な打撃を無理に受けた結果、刃にかなり大きな破損が発生した。
 手入れが、『研ぎ』が必要だ。さもなくば……。
 「静ちゃん! 逃げて! 『メギョンギルド』持ちだ! やばい!!」
 うきの声が聞こえる。
 だが、逃げる隙なし。
 豪っ!!
 神器の助力を得た超打撃が、静を襲う!

 つづく
 
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 13:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(9)
 (これ、ちょっとヤバい)
 さすがの静も、内心で焦りを隠せなかった。
 銀狼丸の刃こぼれが、もはや彼女の手に負えないレベルに達した、その事実がはっきりと認識されたからだ。
 静の愛刀・銀狼丸』は、ルーンミッドガッツ大陸において『ツルギ』と呼ばれる刀である。読者の皆様は先刻ご承知の通り、アマツ・瑞波国の先君、一条銀が、生涯にただ一振りだけ鍛えた刀であり、本来は静の幼なじみでもある無代に与えられた刀であった。それが、生まれたばかりの静の『守り刀』として貸し出され、以来、彼女の愛刀となった経緯もご承知の通りだ。
 そしてもう一つ、これまで幾度となく指摘してきた『あまり良い刀ではない』という事実も、同時にご記憶いただいているはずである。
 本来の持ち主である無代曰く、

 『刃紋はでこぼこだし、刃は歪んでいるし、すぐ欠ける。ホント下手糞で、ひどい刀
 
 『精錬もしていなくて、スロットにはウルフカード一枚きりというのだから笑ってしまう』

 と、まさに『けちょんけちょん』である。もちろん、そう言う時の無代の表情が限りない優しさと、そして一抹の寂しさをたたえていることは、誰もが知ることだ。
 とはいえ、この銀狼丸が正直、さほど上等な武器でないことは隠しようもない事実である。
 それが、この物語が始まって以来、王国の特殊部隊から最強のBOT戦士まで、あらゆる強敵を退けて来られたのは、ひとえに使い手、すなわち静の手柄だ。
 この天才剣姫はこれまで、斬る時も受ける時も他の局面でも、刀に余計な負担を与えないよう細心の注意を払い、ほとんどミクロン単位の修正を加えながら戦い続けてきた。
 今の聖槌連との戦いにおいても、威力に勝る大槌を振るう敵を相手に、敵の打撃を柄本に近い丈夫な部分で受けたり、装甲の弱い部分を正確に狙って貫くなど、銀狼丸の刃を守りつつ、100%以上の殺傷力を発揮できるよう技巧を凝らしている。
 もしそうでなければ、銀狼丸はとっくに折れるか、使い物にならなくなっていただろう。いや、常識で考えれば、ここまで刀が保つほうがおかしいのであって、銀狼丸が現状でも武器としてちゃんと使用可能である、という事実はほとんど奇跡に近い。
 だが、それでも限界はある。
 刀は人体と違い、魔法や薬剤では回復しない。静の超絶技巧によって、その限界を遥か先延ばしにしていただけで、限界は必ずやってくる。
 直前、聖槌連のリーダーから受けた予想外の一撃、それによって生じた刃こぼれは、まさにその前兆だった。
 (このままだと、折れちゃう……)
 刃こぼれを確かめ、銀狼丸を握り直しただけで、静にはそれがわかってしまう。
 もちろん、これまでにも細かい刃こぼれや歪みと無縁だったわけではない。戦いのたびに刃は欠け、刀身に微妙な歪みも生じる。だが、これまでの刃こぼれは静でも、荒砥石を使ってごしごしと研げば十分に再生可能だったし、刀身の歪みも、斬撃の際に気をつければいいレベルに収まっていた。
 だが、この刃こぼれは違う。今までのものとはレベルの違う大きさと深さ。こうなるともう、静の技術では修復も修正も不可能で、専門の修復技術を持つ職人に預け、きちんと研ぎ直してもらう必要がある。
 専門技術を持つ職人、つまり無代だ。鍛冶師・ブラックスミスであると同時に、故郷の瑞波国で多くの職人技を身につけているあの青年は、当然のごとく『研師』の技術を持ち、また柄を巻き直す『柄師』の心得もある。瑞波では他にも鍔を専門とする『鍔師』、もっぱら鞘をしつらえる『鞘師』、刀の下げ緒を結う『紐師』などの専門職が存在し、それぞれが分業で刀を仕上げていくのが通例だ。
 そして無代は、当たり前のようにそれらすべての技術を齧っていて、さすがに、
 
 『一人前の職人さんに比べれば、素人に毛が何本』

 と、謙遜はするものの、十分に実用に足るレベルで行使できる。だからこそ、静もプロンテラに来て以来、無代に全てを預けて安心しきっていたのだ。
 だが、その無代も今はいない。いや、もしいたとしても、すぐにこの場で銀狼丸を受け取り、戦場のど真ん中で研ぎ直せ、というのは無茶な話だろう……とはいえ無代のこと、決して『できない』とは言うまいが。
 ぎり、と静が奥歯を鳴らす。肝心な時に無代がいないこと、そして油断から銀狼丸を傷つけてしまった自分の不甲斐なさに、舌でも噛みそうなほどの苛立ちが湧き上がる。
 「静ちゃん、退って!」
 うきの声が聞こえるが、静は動かない。
 「ぅおーいぃ! お返事が聞こえませーん!」
 「……ちっ」
 盛大な舌打ち。
 「ちょっ!? 感じ悪りぃ!?」
 うきが直近の敵をなぎ倒し、静の側にひらり、と着地。
 「交代。コイツはあたしが抑えるから、静ちゃんは他のを片付けて」
 「やだ」
 即答。
 「ダメだって! 刀、もう限界でしょそれ!」
 「やだったらやだ!!」
 まるで駄々っ子である。
 剣の達人、というイメージから、この静を聖人君子のように思う者も多いが、実のところまったくそんなことはない。性格的には圧倒的に闘争心が勝った、ぶっちゃけかなりの暴れん坊である。
 実は、剣の達人=物静かな聖者というイメージは、日本において武家社会が完成し、その宗教的バックボーンとして『禅宗』が選ばれたことで作られた、いうなれば『虚像』にすぎない。
 『剣禅一如』など、実戦においてはほとんど何の意味もない。禅宗のイメージを前面に押し出すために作られた、いわゆるキャッチコピーに過ぎないのだ。
 日本において武家社会が完成し、徳川幕府が天下を統一して政治を掌握した時代、多くの剣術が宗教を精神的バックボーンに持っていた。
 有名なのは鹿島神道流で、文字通り『神道』を中心とした武道である。他にも密教をベースとした流派も存在したが、実はこれらの流派は、幕府にとっては問題があった。
 それは『天皇=朝廷』との関係だ。
 日本において天皇は神の子孫・天孫である。となると、天照大御神を主神とした神道をベースにした場合、幕府の上に天皇を頂くことになる。あるいは幕府成立まで、朝廷と深く結びついて日本を支配してきた密教系仏教も同様である。
 『日本は歴代、天皇を頂点に仲良く暮らしてきた』などという人もいるが、少なくとも徳川幕府が日本を牛耳った時代においてこれは大嘘で、幕府は天皇をまるで大事にしなかった。それどころか天皇の収入を絶ち、兵糧攻めに合わせるなど迫害を続けたことは有名な史実だ。
 それもこれも、日本国を支配するためには幕府こそ頂点であり、天皇はそれ以下、という暗黙のイデオロギーを示すためであった。
 よってその幕府=武士が神道や密教をバックとし、天照大御神や不動明王を上位とする武術を珍重することは、イデオロギー的に矛盾することになる。
 そこで登場したのが、中国から伝わったばかりの最新宗教であった『禅宗』である。そしてこの禅宗をいち早く取り入れたのが柳生新陰流・いわゆる柳生一族であり、彼らが幕府の中枢に深く食い込んで政治を動かしたことはご承知の通りだ。
 かの宮本武蔵も著作『五輪書』の中に『神仏は尊し、神仏を頼まず』という有名な一文を残していて、現代では彼のリアリストぶりを示すものとされているが、当時このような武術・宗教戦争が巻き起こっていたことを考えると、その意味はまるで違うものとなることが分かる。
 それはともかく、『剣の境地=悟り』だの『活人剣』だの、いわば誤ったイメージが定着した背景には、こうしたドロドロな政治的・宗教的背景があったことは間違いない。
 まあ、だからといって戦場の真ん中で駄々をこねるのは、さすがに美しい見世物とは言えまい。
 「ワガママ言うな、このバカ姫!」
 「誰がバカだこのうき!!」
 「人の名前で罵倒された?!」
 女二人、ぎゃいのぎゃいの言い争いながら、しかし敵の攻撃を確実に避け、うきに至ってはさらに1人を刺し殺している。スキル『デットリーエンチャントポイズン』による斬撃は、重装甲の敵すら一撃で葬り、かつその遺体を復活も不可能なほどに損傷・溶解せしめる。
 「コイツはアタシがやるの!!」
 「だから! その刀、無代っちの宝物じゃん! 折れたら何て言うのさ!」
 「そうだけど! ……うき、なんでそれ知ってんの?」
 「あ……む、無代っちに聞いた! ……かなあ?」
 「いつ?」
 「い、イツダッケカナー?」
 うき、この姫様に嘘をつけばバレる、と知って誤魔化すが、もちろん誤魔化せるものでもない。
 「これ終わったら、色々訊くことがありそうねー、うき?」
 「に、ニゲチャオッカナー?」
 冗談みたいなやりとりを続けながら、静の腕がムチのようにしなり、銀狼丸が稲妻のように飛ぶ。
 カーン! ぱぱぁん!
 「がっ?!」
 静に近づこうとした聖槌連の一人が、兜の上から片目を貫かれて崩れる。
 まるで飛び道具のような、瞬速の突き技。それも二連撃、一発目でバリア魔法・キリエエレイソンを砕き、二発目で敵を貫いた。
 刃にこれ以上のダメージを与えないために、敵と切り結ばず、かつ敵を一撃で葬るために、即席で編み出した打法だ。
 背中の肩甲骨から肩・腕・肘・手首のすべてを、まるで流体のように柔らかく連動させ、遠い間合いの敵に対して、まるで剣を投げつけるように振り回し、撃ち貫く。
 
 『楔(クサビ)』

 遥かに遠い未来、この技をそう名づけ、ただこの技のみをもって幾多の戦いを制した武者が現れることになるのだが、それはまたまったく別の話。
 今はただ、刃が風を斬り、肉を貫く音が響くのみ。
 さらに1人、また1人。
 静の剣と、うきのカタールが敵の命を奪っていく。敵も蘇生や治癒の魔法を駆使し、倒れた仲間を立ち上がらせては押し寄せる。
 殺す速度と生き返る速度、この世で最も残酷なイタチごっこが展開する。
 「……強いのう」
 とうとう、感に堪えたように、聖槌連のリーダーが声を上げた。
 老境にさしかかった男の、しかし張りのある強い声。
 「『アマツの姫』がまことかは知らぬが、『アマツが武の国』とは、まことのようだのう」
 「あら、口があったんだ」
 煽る静に、
 「あるわい。名もあるぞ。ヴァツラフ・ヴォールコフという」
 「『右神将・ヴォールコフ』。2人しかいない大将の1人で、アルナ聖皇軍の事実上のトップだよ」
 うきがその正体を告げる。
 「中身は、そんな大層なもんではないがの。ただの力持ちの坊主よ」
 会話の間も戦いはやまない。静とうきにとっては、手を控えればたちまち、倒したはずの敵が蘇生されてしまう。敵が話しかけてきたなら、それはむしろ罠と思うのが戦場だ。
 「そのお偉いお坊さんが、なんで女神様の紋章まで隠して山賊仕事?」
 「強いばかりか、痛いところを突きおるわ」
 ヴォールコフが苦笑する。
 「だが、わしの心配より、いいのか? 鳥車が危ないぞ?」
 ヴォールコフの言葉に、静がはっ、と岩山を振り向く。
 そこには、地震で崩れた斜面を駆け上る数人の武僧の姿。岩山を背に、頂の鳥車を守ってきたが、うきと静、そしてフールと速水の4人では、いずれほころびは出る。
 「フール! あっちゃん!!」
 「無理だ!」
 「ごめん、しーちゃん! 間に合わない!」
 三大魔剣を駆るフールも、ふたたびオークロードに変身した速水も、それぞれの敵を抑えるのに精一杯だ。静が舌打ちする。
 「マリン! そっち行った! ちょっとだけ頑張って!」
 「うええええ?!」
 岩山の上で呑気に構えていたマリンが、いきなり呼ばれて飛び上がる。
 「ちょ、待っ?!」
 「すぐ行くから!!」
 静が銀狼丸をひと拭いして腰の鞘に戻し、ヴォールコフらに背を向ける。
 「うき! その大将、残しといてよ!」
 「知るかぁ! 早よいけ!!」
 うきの罵倒を背に、静が走り出す。ゴロゴロと岩だらけの地面だが、静にとっては舗装道路と変わらない。たちまち加速し、崩れた岩山の斜面を駆け上る。
 だが間に合わない。3人の武僧が頂上に達し、鳥車に襲いかかる。
 「うわっ……?!」
 慌てた御者が手綱さばきを誤り、驚いた騎鳥・ペコペコのうちの数羽が盛大に羽をバタつかせる。パニック状態だ。狭い岩山の頂で、鳥車が一瞬、制御を失って横滑りを起こす。
 「危な……っ!」
 御者台にいたマリンが振り落とされ、どうにか着地したものの、もはやどうすることもできない。
 横滑りした鳥車、その片方の車輪ががこん! と斜面に引っかかり、一気に傾く。
 「やばっ!」
 駆け上る静の真上、今にも落下しそうな鳥車の姿。だが静といえど、あれだけの重量を支えることなど不可能だ。
 ばくん!!
 真横に傾いた鳥車、その下向きになった扉が、静の方へ向けていきなり開いた。
 中に、小柄な人影。
 何か細長い包を胸に抱えている。鳥車がさらに傾く。保ってあと数秒。
 その人影と、静の視線が交錯する。

 「……飛んで!!」

 静が叫ぶ。
 
 つづく
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中の人 | 第十五話「Crescent scythe」 | 17:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十五話 Crescent scythe(10)
 「……飛んで!!」
 崖の下から、静が叫ぶ。
 見る見る傾いていく鳥車、その観音開きの扉が激しく揺れる。鳥車の中にいた小柄な人物と、静の目が合う。
 小柄な人物、少女だ。
 純白をベースに、金糸の刺繍をほどこした豪奢な法服。銀色の髪。
 静を見つめるその瞳は、右が赤、左が紫。
 その2つの輝きが、静の心に不思議な印象を刻む。それは、まだ幼く無垢なようでもあり、同時に、はるかに歳経て皺深くも見えた。
 あるいは子猫の姿のまま、百年を生きた猫がいたとすれば。
 雛の姿のまま、千年を生きた鶴がいたとすれば。
 もしも本当にそういうものがいたとするならば、ひょっとすれば彼女のような『もの』になるかもしれなかった。
 左右で違う瞳の色。
 ずれて、かみ合わない心と身体。
 
 不均衡(アンバランス)。

 「……目をつぶって飛んで! 受け止める!」
 静がもう一度、鳥車に向けて叫んだ。決して攻撃的ではないが、それこそ尻を引っ叩くような声。
 少女がはっ、と一度、目を見開いて、そして意を決したようにしっかりと目を閉じる。扉にしがみついた片手を離し、もう片手に抱えていた細長い包みを両手で抱きしめる。
 たんっ!!
 少女の、これも白絹を金糸で飾った布のサンダルが鳥車を蹴った。……と、言うのは簡単だが、崖から落ちかけの鳥車から『下へ飛べ』と言われて、果たして本当に飛べる人間がどれほどいるだろうか。『受け止める』と言われても、言った相手はほとんど見も知らぬ他人だ。その言葉には何の根拠も、保証もありはしない。
 だが、それでも少女は飛んだ。
 この世界で、おそらくは彼女だけにしか分からない、何かを信じて。
 「ひえええ!!」
 この世の終わりみたいな悲鳴はマリンだ。
 「!?」
 聖槌連、そして彼らを率いるヴォーコルフまでが、はるか崖上で繰り広げられる光景に息を飲む。
 「しィッ!」
 鳥車から飛んだ白と金の少女めがけて、静の身体が崖をダッシュする。ほとんど垂直に近い、それも広域破壊スキル『アースクエイク』で崩壊したばかりの岩だらけの崖を、まさに超人的なスピードで駆け上る。
 落下地点。
 計算通り。
 「でぇぃ!!」
 崖を蹴って跳躍。静の長身が宙を舞う。
 ばすっ!!!
 白金の少女の身体を両腕でキャッチ。だが、このままでは二人まとめて崖下へ一直線。それでも静一人ならば、何とか怪我で済む程度の着地が可能だろうが、この少女を抱えたままでそれは不可能。
 下手をすれば、いや、しなくても二人とも死ぬ。
 轟!!
 二人の耳元で風が鳴る。死の国への自由落下。地面まで、ものの半秒。だが。

 ぽよん!!!

 静と少女、岩に叩きつけられるはずの二人の身体が、何かの超弾力に包み込まれ、次の瞬間、真上へ弾き返された。
 そして再び落下。

 ぽよん!

 また跳ねて、

 ぽよん!

 また落ちて、そしてやっと止まった。
 「……ふう。あっちゃん、ナイス!」
 少女を抱いたまま、長い脚を投げ出すように座った静が、尻の下に向けてグッジョブのサイン。
 二人の下にはピンク色の、丸く巨大な塊。落下の衝撃を受け止めたのはこれだ。
 『マスターリング』。
 この世界で最もポピュラーなモンスター『ポリン』の巨大版で、ほとんどのギルドから『ボス指定』を受けている異生物である。とはいえボスの中では比較的、狩りやすいとされているため、駆け出しから中級へ至る冒険者パーティーに狙われたり、あるいは腕自慢の上級冒険者に単独でかられることもある。
 危険なモンスターでありながら、しかし愛嬌のある外見から、冒険者からは意外と愛されているともいう。
 ぽよん!
 マスターリングに変身した速水が、返事の代わりに身体を揺らし、少女と静をもう一度、軽く弾ませる。崖上への救援が間に合わないと悟り、同時に静の意図を理解して、その落下を崖下で待ち受けたのは、確かに彼の手柄と言えるだろう。
 「落ちるぞぉ!」
 崖の上からマリンの声。
 「おっと! あっちゃん、移動移動。あっち!」
 静が指示を出し、マスターリング=速水がぽよぽよと移動する。ここにじっとしていたら、上から落ちてくる鳥車に潰されてしまう。
 崖の上ではマリンが、おおわらわで御者と協力し、鳥車と騎鳥・ペコペコを切り離しにかかる。鳥車はもう完全に崖下へとバランスを移し、六羽の力を持ってしても、ズルズルと下がるのみ。このまま鳥たちごと落下するよりは、せめて鳥車を犠牲にしても鳥たちは助ける。
 「『フファイアーボルト』!!」
 マリンの魔法が閃き、鳥車の連結が一気に破壊された。同時に、
 がしゃん!!
 辛うじて崖上に残っていた最後の車輪が支えを失う。
 がしゃん! ぎゃららぎゃががしゃどどどどっど!!!!
 巨大な鳥車は、一瞬だけ四つの車輪で崖面を走り降りると見えたが、直後に大きくバウンドしたと思うや、そのまま錐揉み状態になりながら、一気に斜面を転がり落ちる。
 がしゃああ!
 最後にもう一度、大きくバウンド。
 どんぐわっしゃあん!!!
 着地。いや、落下。
 さすが丈夫に作られているらしく、本体の原型こそ留めているが、四つの車輪は砕け、あるいはひん曲がり、あるいはゆらゆらと揺れながら回り続けている。
 もう二度とは走れまい。
 「ふ、ふい〜」
 その惨状を崖上から見下ろしていたマリンが冷や汗を拭う。オートスペル研究のため『安全な狩り』のみを繰り返してきた彼女にとっては、こんな大騒動は生まれて始めてのことだ。
 「間一髪……って?!」
 気づけば、マリンの両脇に人影。
 『月』と『星』、静たちの連れの双子の少年だ。BOT技術によって魂を抜かれ、誰かの言葉に唯々諾々と従うだけの人形と化しているが、その辺りの事情はもちろん、マリンは知らない。
 「え、と? 怪我ない?」
 マリンの言葉に双子が揃って顔は向けるが、もちろん返事はない。 
 二人とも直前まで、鳥車の後ろの荷台に座り込んでいたはずだが、身体に危機が迫ると勝手にその場を退避し、近くにいる誰かの側に移動したらしい。魂を持たず、ただBOTブログラムのままに行動するだけなのだが、もともとの身体能力が高いため、相当の危機であってもきちんと反応し、自分の身体を守るのだから便利といえば便利だ。
 「……」
 その二人が、揃ってひょい、とマリンから離れる。
 「……?!」
 一瞬の困惑の後、マリンはその意味を悟る。『この場所は危ない』ということだ。
 「うひゃあ!!」
 ぶん!!
 ギリギリのタイミングでしゃがみこんだマリンの頭上を、巨大な戦槌が走り抜ける。聖槌連、敵はまだいた。
 「っのお!!」
 マリンも反撃。背中から愛本『死神の名簿』を引き抜くと、
 「『ファイアーウォール』!」
 攻防一体の設置魔法・炎の壁を召喚。敵の身体が焼かれ、同時に数メートルも弾き飛ばされる。この『ファイアーウォール』をいかに使いこなすか、それが魔法系術者の戦いを左右する。
 「逃げて!」
 マリンが双子の少年、そして鳥車から切り離したペコペコを抑えるのに必死な御者に向かって叫ぶ。
 敵は三人、守り切れる自信はない。
 だが今、ここで戦えるのは自分一人。
 (やるしかない!)
 これは研究でも、試験でもない。撤退する場所も、手段も、ない。
 (装備選択! リスクコントロールを全無視! ……ならば!)
 「どうなっても知らない!」
 炎の壁の向こう、敵に向かって歯を剥き出す。
 背中のリュックから小さな箱を取り出し、頭の上に掲げると、蓋を開く。直後、
 ぼわんっ!!!
 マリンの頭上に大きな、真っ黒い塊が出現した。それはどう見ても『雲』。
 『黒雲』。
 
 ゴロゴロゴロ……。

 マリンの真上に浮遊した黒雲が不穏な前兆音を奏で、ついでにその表面に細かな閃光を走らせる。
 「どうなっても……」
 『死神の名簿』を敵に向かって突き出す。炎の壁の効果が突き、敵の姿が顕になる。           

 ガラガラピシャーン!!
 
 崖の頂上に凄まじい閃光と轟音。
 雷光と雷鳴。
 「知らないからね!!!」

 つづく
 
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