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第十六話「The heart of Ymir」(1)

 シュバルツバルド共和国・首都ジュノー空域。
 ジュノーに残された戦前機械(オリジナル)『ユミルの心臓』が引き起こす重力異常により、地上2000メートルの空中に無数の巨大岩塊が浮遊する光景は、もはやおなじみといってもいいだろう。
 その中を一直線に、風を切り裂きながら飛翔する物体がある。
 飛行船『マグフォード』。
 船体の上部に2つの気嚢を持つ双胴型の飛行船であったそれは、今や変形を遂げ、 船体の両側に翼のように気嚢を従えた未来的なフォルムへと姿を変えている。そして気嚢自身もまた、浮遊ガスを満たして船体を飛翔させる本来の役目を捨て、錬金術士によってコントロールされる『練金式噴射動力機構(アルケミカル・ロケットエンジン)』として、ジュバルツバルドの空を突き進んでいる。
 何もかもが新しく、そして未知の飛行。
 「いいぜ、想定より遥かに安定してる」
 上機嫌で感想を口にしたのはグラリスNo5ホワイトスミスだ。街ですれ違えば、その全員が振り返るほどの美熟女。
 ……なのだが、カプラ服をはだけて腰に巻きつけた上半身は、白いタンクトップ1枚。足にはエルニウム製のゴツい作業靴、ダサいヘルメットを首の後ろに引っ掛け、口にはくわえタバコという『残念さ』は相変わらず。
 とはいえ、男ばかりの『マグフォード』の艦橋が、それでもぱっと華やかさを増したように見えるのは、このガテン系美女が持って生まれた、まさに『華』の力を象徴していると言えるだろう。
 「おら、しっかり頼むぜ、パイロット」
 「はい、G5」
 G5ホワイトスミスの手荒な激励に、いささか緊張して応えたのはアレン・リーデル。飛行船マグフォードの若き副長であり、今はブリッジ最前列に作られた専用のコンソールに陣取っている。
 「この形になったら、私も手が出せない。プレッシャーをかけるつもりはないが、お前が頼りだ」
 船長アーレィ・バークまでが、真面目にプレッシャーをかけてくる。
 「い、イエス、キャプテン!」
 船の船長と設計者、二大巨頭から圧力をかけられては、緊張しないわけにはいかない。操縦桿を握る手に、イヤな汗がにじむ。
 船長であるバークが、飛行船の甲板係からの『叩き上げ』であるのとは対照的に、アレンはジュノー国立アカデミーを優秀な成績で卒業し、いきなり航海士として『マグフォード』に配属された、いわゆるエリートキャリアだ。
 しかも船長であるバークに師事し、空の現場を叩き込まれた実力は、お世辞抜きで折り紙付き。シュバルツバルドの飛行船乗りの中でも次代のエースとして、バークの跡を継ぐと期待される逸材である。
 ゆえに変形した『マグフォード』の操縦を一手に任されているのだが、さすがに今は状況が悪い。
 『マグフォード』がこの形になって飛ぶのは、実はまだ2度目。1度目は試験飛行だったため、実戦での飛行はこれが初めてなのだ。
 (ぶっつけ本番かよ!)
 アレンが内心で愚痴るのも無理はなかった。
 『マグフォード』が飛行船形態であった時には、艦橋中央にある巨大な舵輪とレバーで、上下左右の動きをコントロールしていた。だがダブルロケット形態に変形した今は、我々でいうところの戦闘機のように、操縦桿とペダルで操縦するシステムに変更されている。
 船体を撫でる風の状況、砕ける雲の感触がダイレクトに伝わって来るこのシステムが、アレンは嫌いではない。が、飛行船時代なら少々操船をミスっても墜落しないものが、自分の手首の動き一つで、一瞬にして落下墜落する、というのは、実に心臓によくない。その上、
 「おう、どしたどした。顔色悪りぃぞ」
 美魔女のG5がニヤニヤとイジってくる。正直、勘弁してほしい。
 「そう固くなんなって」
 G5が、わざわざ操縦席の側までカツカツと歩いてくる。格好は汗臭いガテン系なのに、その体臭は不思議と甘いのは、やはり持って生まれた華の違いか。
 そしてアレンの耳元に、真っ赤な熱帯花のような唇を寄せると、
 「うまく生き延びたら、デートさせてやる。D1と」
 「……マジですか?」
 アレンが正面から目を離さず、しかし明らかに『食いつく』。シュバルツバルドの荒野で無代、翠嶺と共にD1を拾い上げて以来、彼が副長の立場まで堂々と利用してD1に接近しているのは、船長以下、皆が知っていることだ。
 「おう、マジだとも。D1と丸一日デート。ばっちりセッティングしてやる」
 G5が請け負う。本当に言葉だけみれば、どこかの飲み屋のオヤジが、従業員のホステスを客に売り飛ばしているようにしか聞こえない。
 「でもD1は……」
 さすがにアレンが一歩下がる。いくらカプラ・グラリスがカプラ嬢の教導師範部隊であるといっても、プライベートまで強制する権利はない。D1に向かって、
 『アレンとデートしろ』
 と命令する権利も、またD1にそれを聞く義務もない。だが美魔女のG5は真面目な顔で、
 「こいつはD1のためでもあるんだ」
 アレンに、噛んで含めるように説明する。
 「カプラ社を救うために、あの子は死ぬ覚悟だ。まあ今は状況が状況だから、それも仕方ない。だが、その後はどうなる」
 G5は、意外なほど真剣に言葉を続ける。
 「たとえこの状況を切り抜けて、カプラ社の安定を取り戻したとしても、あの子は一生、会社に命を捧げるだろう。そいつは正しくない」
 美魔女は、ふっと笑いを浮かべ、
 「カプラ社のために女の喜び、楽しみまで捨てる必要はない。……俺みたいに、男に相手にされなくなっちまったら、手遅れだ」
 最後の方は、冗談とも本気ともつかない話になったが、しかしD1を案じているのは本当らしい。
 「……頑張ります」
 アレンも操縦桿を握る手に力を込める。といって、別にご褒美がカプラのNo1とデートだからではない。彼もまた、実感したのだ。
 この空の先に、『未来』があることを。
 たくさんの人々の未来を乗せて、『マグフォード』は飛んでいる。そしてこの船がしくじればジュノーは占領され、『ユミルの心臓』は奪われ、世界は崩壊へと向かうだろう。
 (そうはさせない)
 他人にも、自分にも、楽しく明るい未来がなくては嘘だ。
 「ま、安心しな。この船には、なにもアンタしか乗ってないワケじゃない。そろそろだ」
 美魔女のG5ホワイトスミスが、操縦席脇の伝声管を指でコツン、と叩く。と、次の瞬間、まるでそれを待っていたかのように、
 『……監視からブリッジへ』
 伝声管から、強くハリのある女性の声が響いた。カプラ・グラリスのNo1、神眼のG1スナイパーだ。
 『ブリッジです、監視どうぞ』
 『風の状況を伝える。2分後に大きめのエアポケット。落下に注意。それを越えたら西北西へ強い風が吹いている。流されないように。以降の風は追って伝える。監視から、以上』
 『ブリッジ、監視了解』
 「……ほら、な?」
 美魔女のG5がアレンにウインク。だがアレンは怪訝な顔だ。
 「エアポケットとか、風って……わかるんですか?」
 「分かるっつーか、『見える』んだとさ。風が」
 G5が肩をすくめる。
 「『見える』?!」
 「おう。説明されてもさっぱりわからんけど、翠嶺先生がおっしゃるにゃ、たまにそういう人間がいるらしい。『異能感覚』ってな」
 『異能感覚』とは、例えば音に色がついて見えたり、逆に色を見ると音として認識されたりする、脳神経系の特異能力として知られている。このような『異能感覚』は多岐にわたり、現実世界の同じ現象を、他人とは違うとらえ方で認識する人間は、実は意外に多い。
 神眼のG1スナイパーもまた、単に視力が優れているだけでなく、その手の異能の持ち主であるらしい。
 「総員、衝撃に備えよ」
 バークが全艦に発令する。席のある者は席についてベルト。そうでない者も近くに身体を固定し、カプラ・プリーストたちがバリア魔法『キリエ・エレイソン』を展開していく。壊れもの、危険物も固定。
 『監視からブリッジへ』
 伝声管から再び声。
 『エアポケットまで、あと10秒。カウントする。10、9、8……』
 G1の落ち着いた声が、静かに数字を減らしていく。
 『3、2、1、接触』
 ガクン!!
 『マグフォード』の船体が、いきなり数十メートルも落下する。風が複雑にぶつかりあった結果、急激な下降気流が発生した。気嚢の浮力で飛翔していた飛行船時代の『マグフォード』なら、そこまで恐る必要のない現象だが、今のロケット形態だとモロに影響を受ける。
 ごお、と船外の風が鳴り、固定しそこなった書類や小物がふわり、と浮き上がる。
 「うお……お!」
 アレンが思い切り操縦桿を引き、ペダルで尾翼を振り回す。
 『落ち着け。5秒で凪の空域に入る。……3、2、1』
 船内中から、若いカプラ嬢たちの悲鳴が響く中で、伝声管から聞こえるG1の声は、まるで別世界から語りかけてでもいるかのように冷静だ。
 『ゼロ』
 ふっ、と落下が止まる。浮遊していた書類や小物が、ばさばさ、かちゃん、と床に落下。カカカカーン!!!と、バリア魔法の発動音。身体へのダメージを、魔法のバリアが代わって引き受けた。
 ついでにきゃあきゃあ、とカプラ嬢たちの声。緊急事態でも、つい華やいだ雰囲気になるのは致し方ない。
 『すぐ次の風が来る。舵を立てて』
 『了解』
 気をとりなおしたアレンが、伝声管の向こうのG1に応答しつつ、『マグフォード』の船体を風に向かわせる。
 ぐん!
 大きく、一度だけ船体が揺らいだものの、双胴の巨鯨は再びジュノーへの船首を向けた。
 『ここからしばらく、風は安定してる』
 G1が、ほっとさせる一言。続いて伝声管から、別の声。
 『気嚢班からブリッジ、ロケットに問題なし』
 盲目のグラリスNo7、G7クリエイターだ。船内の錬金術士を束ね、この最新鋭の推進機構を見守っている。
 『カプラ嬢に被害なし』
 これは月神のグラリスNo3、G3プロフェッサー。浮遊岩塊『イトカワ』からカプラ嬢を脱出させた、比類なき戦闘指揮官だ。
 「で、船体にも異常無し、っと」
 『マグフォード』の各部署から伝令を受けた美魔女のG5ホワイトスミスが、手のチェックリストをパタン、とたたむ。そして、
 「この船にゃ、この通り、俺たちグラリスが乗ってんだ。心配いらねえ、任しとけ」
 ばん、とアレンの肩を叩く。
 「未来は、必ず切り開いてやる」
 
 
 つづく

 

JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(2)
 「未来は、必ず切り開いてやる」
 美魔女のG5ブラックスミスが放った言葉は、そのままチーム・グラリス全員の気持ちでもあった。中でも、
 (……絶対に探し出してみせる)
 神眼のG1スナイパーの気持ちは強い。
 『マグフォード』が無事ジュノーに帰還できるか否か、その最初のステップが、まずは自分の『眼』にかかっていることを自覚しているのだ。

 敵が保有する飛空戦艦『セロ』を、相手の攻撃より先に発見すること。

 それが彼女に課せられたミッションだ。
 光学、音響、魔法のすべてに不可視となる『3大ステルス能力』を持つセロは、この世界の常識的な方法では一切、補足することができない。
 『隣で寝ていても気づかない』
 とは、『セロ』の姉妹艦『アグネア』こと、ヤスイチ号の船長・クローバーの言葉だ。
 その絶対不可視の戦前機械(オリジナルマシン)に、G1はその『眼』で挑もうという。
 『マグフォード』の気嚢上に作られた監視台に座り込み、元の色がわからないほど使い込まれた愛用の革マントに包まって、ぐるりと広がる真っ青な空へと眼を走らせている。
 鋭く細められた切れ長の目は、恐るべし、もう数時間にわたって『一度も瞬きをしていない』。
 代わりといっては何だが、高い治癒効果を持つアイテム『イグドラシルの実』を潰して目尻に塗りつけ、その果汁を目薬のように眼球に流し込み続けている。まるでアイシャドーを入れたように見えるそれは、山野で獲物を追う狩人たちが日常的に行う『狩化粧』だ。
 「……」
 G1が無言のまま、ゆるやかに体の向きを変えていく。そうやって全天を見守る女弓師の姿に、さしも腕利きぞろいの『マグフォード』の監視班さえ感嘆の眼差しを禁じ得ない。
 一方、
 「でもさ、『見えない』んでしょ? 『セロ』って?」
 カプラ嬢の大半が乗り合わせている『マグフォード』の格納庫で、素朴といえば素朴な疑問を無遠慮に発するのは、グラリスNo2ことG2ハイウィザードだ。
 「だったら『見えない』んじゃないの?」
 「それが『見える』そうでありんすよ? 砂ちゃんには」
 G2の疑問に答えたのはグラリスNo6、G6ジプシー。ちなみに『砂』とは『スナイパー』をもじった、いわば隠語だ。
 魔術師と歌舞師、現状で仕事がない2人は格納庫の床にべったりと座り込み、非常食の菓子などを齧っている。
 「見えないもんが、なんで見えんのよ?」
 「あちきに訊かれましても」
 虹声のG6が肩をすくめる。
 「ただ、姉妹艦のヤスイチ号とやらは、何度も『見てる』そうでやんす。ジュノーで」
 「ふーん……?」
 小柄なG2は、まだ疑わしそうだ。が、虹声のG6は平然と、
 「ま、ウチのリーダーが『見える』っていうんなら、『見える』んでありんすよ」
 手のひらをひらひら。歌舞師らしい、元から楽天的な性格もあるのだろうが、それだけではない。
 「……まあね」
 なにかと気難しいG2まで、最後には納得したではないか。
 世界中から名人・達人を集めて構成された『チーム・グラリス』において、これだけの信頼を得ている。『G1』の地位が伊達ではない、何よりの証明だ。
 
 グラリスNo1・G1スナイパーことルフール・シジェンは、フェイヨンの出身だ。

 といってもフェイヨンの街中ではなく、そこから山に入った通称『弓手村』の、さらに山奥の、もう一つぐらい山奥の生まれである。
 急峻な山肌にへばりつくように造られた小さな集落では、猫の額ほどの畑と、あとはもっぱら狩猟で生計を立てるしかない。G1も幼い頃から弓を持たされ、鷹を従えて山林を駆け回って育った。
 その天才ぶりは、フェイヨンでは早くから有名であったが、やはり彼女が広く知られるようになったのは、今や伝説となったカプラ・グラリスの公開選抜試験だろう。
 カプラの教導師範部隊『チーム・グラリス』のメンバー選定には、いくつかのバリエーションがあり、カプラ本社からのスカウト、各職業ギルドによる推薦、先代グラリスからの譲渡などだ。
 その中でも最も多いのが、この公開選抜試験。公衆の面前で、誰もが納得する圧倒的な実力を見せつけてこその『グラリス』という、シンプルかつ公明正大な選抜方法である。
 ゆえに毎回、盛り上がる。
 この年、フェイヨンで行われたグラリス・スナイパー選抜にも、多くの見物客が詰めかけた。が、なぜか従来ほどの熱気はない。それというのも、今回の試験には、
 
 『鉄板の大本命』
 
 がいたからである。
 彼女は先代グラリス・スナイパーの弟子で、師から『精密機械』と呼ばれるほどの弓術を身につけていた。加えて家柄もジュノーの裕福な商家で、貴族出身の母親から生まれており、幼少時からカプラ嬢の養成学校にも通っている。
 さらに加えて、ファッションモデルも務まろうかという美女でもあった。
 ゆえに誰もが『彼女こそ次代のカプラ・スナイパー』と信じて疑わなかったのである。
 その日までは。
 試験が始まった。やり方はシンプル、的に向かってひたすら矢を放ち、的中数を競う。
 最初の100射で、参加者20人のうち半分が脱落した。
 さらに100射して5人。
 さらに100射して3人が残った。本命の美女と、唯一の対抗馬と目されたGv出身の女弓手、そしてルフール・シジェンその人である。
 だがここに至ってさえ、ルフールに注目する者は誰もいない。ボサボサの髪を無造作に束ね、浅黒く日焼けした顔には化粧のひとつもなく、身なりも道具も貧しい。となれば注目どころか、
 『晴れ舞台の邪魔』
 と見られても不思議はない。
 だが、次の100射が始まったところで異変はおきた。

 ぽつり。

 射場に、一粒の雨が落ちた。と見るや、

 ざあ……!!

 それはたちまち豪雨に変わる。さらに、

 轟っ!!

 土盛りに貼り付けた的が、無様に浮き上がるほどの暴風。そして雷。見物客が避難場所を求めて逃げ惑い、カプラ社派遣の試験官たちも屋内へと場所を移す。
 誰もが、もはや試験どころではない、と感じていた。
 ただ1人、ルフール・シジェンを除いては。

 たぁん!

 矢が的を射抜く音が、雨と風と雷の咆哮を貫いて響いた。
 人々が、ぎょっとして射場に目を戻せば、そこには平然と次の矢をつがえるルフールの姿。
 きり、と弓を引き絞り、ひ、と矢が放たれる。
 し、と飛んだ矢は強い風によって一度、大きく軌道を外れる。しかし、土盛りに到達する直前、再びの強い風にあおられて軌道修正。

 ぱぁん!

 的のど真ん中を射抜く。
 ぱん! ぱん! ぱぁん!!
 その後も、ルフールの矢は止まらない。ますます強まる雨と風の中、まるで的に吸い寄せられるように皆中を続けていく。
 それを呆然と見ていた本命の美女と対抗馬が、あわてて弓を取り直す。こうしてルフールが射ち続けている以上、審判も中断の指示は出せない。
 となれば、彼女たちも射ち続けなければならない。
 だが、

 ぼす!

 再開の1射目で、対抗馬の矢は無情にも土盛りへと外れる。
 
 ぱす!

 本命の矢が辛うじて的を捉えたのは、さすがと言えただろう。だが、それが限界だった。
 必死の思いで風を読み、ひ、と次の矢を放つ。だがその瞬間、

 どぉぉおお!!

 突然に強さを増した、まさにバケツをひっくり返したような雨。

 びちゃん

 本命の矢は的に届くことなく、射場の地面に斜めに落ち刺さった。
 
 ぱぁん!

 その隣でルフールの矢が的を捉えた、その音が勝負の行方を告げていた。
 「……貴女、ひょっとして『風が見える』の?」
 『互いに会話禁止』のルールを忘れ、本命の美女がルフールに尋ねた。ルフールは切れ長の目を一瞬だけ丸くし、小さく首を傾げる。
 ここにきて初めて彼女に注目した人々が、まさに固唾を飲んで見守る中、異能の皆中劇を見せつけたルフールは静かに口を開くと、

 「んだが。お前ぇにゃ、見ぇねぇのけ?」

 その場の全員がずっこけたという。
 「フェイヨンでも通訳がいるフェイヨン訛り」と評された、それがルフールのデビュー逸話となった。
 さて、その後どうなったかといえば、本命美女はその場で敗北を宣言し、弓を置いた。ルール上、規定の1000射までは決着としない決まりだが、雨も風も止まない中、皆中を続けることなど不可能と悟ったのだ。
 そして美女はもう一度、ルフールに向き合うと、
 『おめでとう、貴女がグラリスよ。でも、その前に』
 がっ、といきなりルフールの胸ぐらをつかみ上げるや、
 『今日から特訓だ! 言葉と礼儀と身だしなみ! 嫌とは言わせないぞ、この山猿女!』
 本命美女は、ポカンとするルフールを引きずるようにしてジュノーの実家へ連れ帰ると、その日から『個人授業』を始めた。カプラ社の同意もとりつけ、昼間は子供達に混じってカプラ養成の幼年学校に通わせ、夜は自宅で特訓をほどこす。その厳しさたるや、G1となった今でさえ、
 
 『思い出したくない……』

 と鬱顔をするレベルだったという。
 本命美女曰く、
 『私から夢を奪った貴女には、それを継ぐ義務があるの!』
 身勝手といえば身勝手な理屈だが、半生をかけた夢を諦めるには、彼女なりの時間と理屈が必要だったのだろう。
 とはいえ、まる3年に及ぶ特訓のおかげで訛りも治り、ボサボサだった黒髪は人がうらやむ艶と滑らかさを、日焼けした肌もフェイヨン人特有の白さと柔らかさを、それぞれに取り戻した。
 礼儀作法も、今では『あらゆるカプラのお手本』と言われるまでに成長し、ついにグラリスの頂点『G1』となることができた。
 本命美女、名をサティル・ファラエーという。ルフールとは同い年の彼女は、いまだにルフールと同じく誰にも嫁がず、

 『その辺の男より、よっぽど男前に育てちゃったし。もう貴女の嫁、ってことでいいわ』

 と、奇妙な友人関係を続けている。
 だが、そんなサティルでさえ、いまだに、

 『なに言ってるのかサッパリわかんない』

 と言わせる、それこそが2人を結びつけたルフール・シジェンの『風見(かざみ)』の技術。
 (……そろそろ『女王』の領地か)
 飛行船の上、瞬きひとつしないG1の目が、空の一点をとらえる。
 (お久しぶりです、女王陛下。御領地を通らせて頂きます)
 心の中でつぶやいた、その先に『それ』が見える。
 ジュノーの空の上、全天を圧するように大きく両手を拡げ、遥々と羽衣を翻す女性のシルエット。
 音に色を、色に音を感じる異能感覚の極致。
 
 G1ルフール・シジェンの目は、風を『人』としてとらえる。

 つづく
 
JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 14:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(3)
 グラリスNo1スナイパー、ルフール・シジェンの目は、風が『人』に見える。
 (女王陛下、御領地に立ち入る無礼をお許し下さい)
 彼女が今、飛行船『マグフォード』の上から挨拶した『風』は、シュバルツバルド山脈を吹き渡る風の中で二番目に大きく、強い風である。地上にも、飛行船にも目もくれず、天を覆うような巨大なドレスをはためかせ、ただ悠々と空を駆ける姿はまさに女王だ。
 空中都市・ジュノーを中心に、山脈を取り巻くような周回軌道を描くこの風は、その過程で山脈の峡谷という峡谷、頂上という頂上を制覇し、そのたびに無数の小さな風を生み出していく。
 『女王の子供達』
 G1がそう呼ぶ風たちだ。
 今も、女王がはためかせるドレスの裾から、次々に生まれてくる無数の小さな風が、『マグフォード』とG1の周囲を吹き渡り、旋風を巻いてかき消えては、またよみがえっていく。それは気まぐれなダンスのようでもあり、ただ無心に遊んでいるだけのようでもある。
 (……子供が20……いや、30)
 G1の目に、女王が連れる子供たちの姿が見えてくる。岩の黒と雪の白が支配するシュバルツバルトの山々を、あまねく遊び場とする自由の子たち。
 この空にあるものは、すべてが彼らの玩具。

 たとえ『戦前機械(オリジナル)』でも、例外はない。

 (新しい玩具が、この空のどこかに隠れている。さあ、最初に見つけるのは誰?)
 G1が心の中で呼びかける。が、もちろん返事はない。風の女王も子供達も、あくまでG1の異能感覚がもたらす、いうなれば錯覚であり、極論すれば妄想に過ぎない。G1の視覚や聴覚など、五感に触れるすべての感覚が脳内で再統合され、このようなビジョンを生み出している。
 カプラ・グラリスとなってからの長い年月、ジュノーの街角に立ち続けながら、毎日のように眺めた空の中で、彼女はこのビジョンを生み出した。
 (見つけたら教えて。最初に見つけた子に、私の口笛を贈ろう)
 さあ……っ、と、G1が被ったマントが舞う。
 女王のドレスが激しくはためき、その裾や袖の先から小さな風が生まれ落ちては、シュバルツバルドの空へと散っていく。
 (私の灰雷が無事ならば、踊りのパートナーに貸し出そう。そして、とびきりの口笛で踊らせてあげる)
 今は側にいない愛鷹までダシに使うが、その灰雷が怒ることはないだろう。
 鳥は風と同じくらい、ダンスが好きな生き物だ。
 「監視からブリッジ。針路やや北」
 伝声管へ指示を送ると、『マグフォード』の巨体が静かに向きを変え、遮るもののない太陽と影がゆっくりとG1の周囲を巡る。
 G1の目には、『マグフォード』が風の女王のドレスにふわり、と乗る光景が映る。この風に乗っていけば、女王の城であるジュノーまで一直線だ。
 だがG1、一息つく間もなく伝声管を握ると、
 「G1からG3」
 「G3です」
 グラリスのリーダーであるG1から、カプラの戦闘指揮を任されているG3プロフェッサーの、落ち着いた声が返る。
 「G3、そちらの様子はどう?」
 「戦闘準備は70%といったところでしょうか。100%までには、あと30分ほしい」
 「まだ兆候はないけれど、急がせて」
 「了解、G1……各班、進行状況を報告して!」
 『マグフォード』の船体下部に広がる、大きな格納庫。その隅に陣取ったG3プロフェッサーが、G1との通話を切るやいなや周囲に指示を飛ばす。
 グラリスNo3プロフェッサー、ルウカ・ウィンレイは、ルーンミッドガッツ大陸の各所で毎週繰り広げられるギルド戦で名を馳せた元指揮官だ。戦闘においては、下準備こそが勝敗を決する最大の要因と知っている。
 「準備なんかいらん。あたしぐらいになれば!」
 即座に怒鳴りかえしたのはG2ハイウィザード。G3のほど近くに座り込んだ女魔術師は、カプラ倉庫から引っ張り出した携帯食で腹ごしらえの最中だ。
 『準備不要』とは、傲慢を通り越して、いっそ清々しいほどのプライドで固めた彼女らしい返答だが、その姿は言葉とは裏腹。
 銀色に輝くブーツにも、軽金属の糸で織られた術衣も、同じく細鎖を編んだマントにも、びっしりと魔術式のルーンが刻まれた重装備。
 ブーツの踵を低く、帽子のつばは狭く、杖も短めに軽くアレンジしているのは、ひとえに
 『走りやすさ』
 を追求した結果で、この女魔術師が生粋の前線魔術師である証拠だ。
 「了解です、G2」
 だから指揮官も、とやかく言わない。
 「こちらはあと10分というところだ、G3」
 グラリスでも有数の『男前な声』で答えたのはG4ハイプリースト。かつて戦場で失った片目に眼帯を施した風貌は、僧侶というより歴戦の傭兵教官を思わせる。そのはず、彼女はアルナベルツ教皇庁直属の威力機関、あの『聖槌連』の元幹部。隻眼となって以降、治療・支援型として修行をやり直したという異色の武闘派だ。
 何を隠そう、彼女をあつく信頼してグラリスに推挙したのはアルナベルツの少女教皇その人。そして隻眼のG4ハイプリーストもまた、少女教皇への絶対的な忠誠を崩さない。
 「……すみませんG3。久しぶりなので、念入りにやってもらっています」
 G4の背後、どこかの部屋のカーテンを引っぺがして作ったらしい、いかにも急ごしらえのテントの中から謝罪したのはG10ロードナイト、オウカ・フォン・ラピエサージュだ。
 長身の彼女の体を隠すため、カーテン数枚をつなげて作ったテントから、今しも若いカプラ嬢が出てきたところ。その手には
 『血まみれのタオル』。
 入れ替わりにG4ハイプリーストがテントに身体を入れ、 
 「『ヒール』」
 治癒の魔法を贈る。
 治癒魔法で肉体が修復する際、肉体に痺れが走る現象が知られているが、魔法の使い手によってこれが緩やかに作用する『癒し型』と、強烈な痺れをもたらす『殴り型』に大別される。
 そしてこの隻眼のG4ハイプリーストこそ『殴り型』の典型。食らった怪我人が気絶することもあるという、人呼んで『殺人ヒール』。
 「ぐ……!」
 痛みには相当強いはずのG10ロードナイトさえ。うめき声を抑えられない。その様子を見て、
 「仕事とはいえ、よーやるよなー」
 G2ハイウィザードが顔をしかめる。彼女には、わざわざ痛い思いをする人間の気が知れないのだろう。
 そんなG10が何をしているのかといえば、なんと今でいう
 『エステ』
 である。
 といっても、もちろん今のエステで流血の騒ぎになるはずもないから、あくまでイメージだけだ。
 G10が受けているエステは、まず頭髪から何から全身の体毛という体毛をすべて剃り落とす。その状態で、全身の角質やシミ、無用な日焼けをした皮膚を、魔法で凍らせたり、焼き切って除去する。
 なんなら爪さえ剥がす。
 この時、やむなく相当の出血があるのだ。
 そして後にヒールをかけ、体毛や皮膚を完全に新しいものに再生する。これがこの世界の『エステ』となる。
 聞くだに戦闘には関係なさそうに思えるが、さにあらず。
 戦場の華・ロードナイトにとって、

 『敵より美しくあること』

 こそが重要。
 まして師範貴騎士、グラリス・ロードナイトともなれば、容姿外見で他人に劣るなど決して許されることではない。
 浮遊岩塊『イトカワ』での不自由な生活や、それに続く戦闘で荒れた肌や髪のままで、敵の前に姿をさらすことは、ほとんど万死に価する恥辱だ。
 それに比べれば流血も、痛みも大した話ではない。
 「アレも『女子力』っていうのかな」
 小柄なG2ハイウィザードが肩をすくめる。
 「『女子力』というより、『女子怪力』って感じでやんすな♪ 『りく』ちゃんのは」
 ロードナイト=RK=りく、という、なんとも雑な略し方をするのはグラリスNo6ジプシー、祇王(ギオウ)。いつの時も明るく陽気で、そして底が知れない師範歌舞士は、歌において男の声はもちろん、複数の声を同時に発する『虹声(レインボーボイス)』の持ち主だ。
 「あんたもやれば? G6」
 「真っ平御免でやんす」
 身もフタもない反応。こっちも、わざわざ痛い思いをしてまで外見にこだわる神経はない。
 「……ありがとうございましたG4」
 心なしか荒い息のG10ロードナイトが、隻眼のG4ハイプリーストに礼を告げる。
 「こちらはOKですので、御自分の支度をなさってください」
 「了解した」
 荒っぽいエステが終わったらしい。G4ハイプリーストがテントを去ると、代わりに野次馬なG6ジプシーが早速、のぞきに入る。が、
 「う……おぉ」
 何かと茶化し屋のG6ジプシーが一瞬、言葉を失っている。
 「いいぞ。カーテンを外してくれ」
 長身のG10ロードナイトが立ち上がったらしく、豪奢な金髪がカーテンのの上からのぞいている。カーテン製のテントはあくまで血を隠すためで、裸を見られるのは別に平気らしい。
 世話役の若いカプラ嬢たちが、いいのかな、という顔をしながら、ばさり、と布を取り去ると、

 「じゃーん!」
 
 正面にG6ジプシーが、司会よろしく立ちふさがり、次の瞬間、両手を真横へ差し伸べながら、身体をスライド。
 残されたのは、見事な全裸を隠しもしないG10ロードナイト。

 きゃあああああ!!!!

 女性だらけの倉庫の四方から、真っ黄色の声が響き渡った。

 つづく

 
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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 12:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(4)

 「静かに! G6も自重してください」

 時ならぬ黄色い歓声に、G3プロフェッサーが叱咤を飛ばし、ついでにG6ジプシーもたしなめる。

 「へいへい、でやんすー」

 当のG6といえば、大して応えていない様子だったが、それ以上G3プロフェッサーが怒らないのは、戦闘を目前に控えて深刻になりがちな空気を、G6ジプシーなりに和ませようとしたこと、と承知しているからだ。

 「ありがとうございます、G6」

 全裸をさらし物にされた長身のG10ロードナイトが、小声で礼を言ったのも、それがあるからだ。戦(いくさ)においては先陣を切って敵を威嚇し、味方の士気を鼓舞する役割を追うロードナイトにとって、自陣の雰囲気を守ることも重要だ。

 ところでG10、まだ全裸だが、相変わらずその肢体を隠そうともしない。ルーンミッドガッツ王国において、聖戦時代から続く名家中の名家に生まれただけあり、羞恥心というもののあり方が根本から違っているらしい。

 「お召しを、G10」

 「うむ、大儀である」

 G10ロードナイト付きの若いカプラ嬢たちが、G10専用の鎧に着替えさせ始めても、ただ棒立ちでされるがままだ。ちなみに、近代的な組織を導入しているカプラ社において、カプラ嬢の間に『身分差』は存在せず、カプラの役名とナンバーによる階級制があるだけ。であるのに、G10ロードナイト付きのカプラ嬢たちが、まるで貴族に仕えるメイドさながらに彼女を敬うのは、やはり持って生まれた『血』のなせるわざと言えるだろう。

 ただ自陣にいるだけで神々しく、敵を畏怖させ、味方を奮い立たせる。

 戦の象徴・貴騎士ロードナイトの頂点として、実にふさわしい姿といえた。

 

 一方で、それと正反対に静かで、そして緊張に満ちた一角がある。

 

 「G13チーム。状況を」

 G3プロフェッサーが報告を求めたのは師範殲滅士・G13アサシンクロス付きのカプラ嬢たち。

 「あと3分で『補給』を終えます」

 その返答は、まるで重大な機密研究の進捗を知らせるような正確さと、緊張に満ちている。実際、床に片膝立ちの『待機状態』で座ったG13アサシンクロスを、複数のカプラ嬢が取り囲んだ様子は、何かの希少生物の研究風景さながらだ。

 「最後の一口です、G13」

 『給餌係』のカプラ嬢が、何かの粥のようなゲル状の食物を、計量器でもって慎重に重さを測った上で、スプーンに乗せて差し出す。

 「……」

 G13が無言で口を開け、かぷ、と口に含むと、もぐもぐ……咀嚼する。

 「いち、に、さん……」

 カプラ嬢が、咀嚼の回数をカウントし、定量に達したところで飲み込むように指示。最後に、これも定量の水をストロー付きの容器で吸わせ、食事終了。

 「お薬です。しばらく飲めなかった分を追加します」

 『投薬係』のカプラ嬢が、堅牢無比の魔法金属・エルニウム製のピルケースから、いくつかの錠剤を取り出す。世界最古の職業集団・アサシンギルドの紋章が刻まれたこのピルケースは、ギルドから定期的にカプラ社へ届けられるもので、収められた薬の内容たるや、薬剤の専門家である師範創成師G7 クリエイターにすら、

 『さっぱりわからない』

 と言わしめる代物。

 『ひょっとして、すべて偽薬(プラセボ)かも』

 彼女は、そう分析する。

 『偽薬(プラセボ)』、あるいは『偽薬(プラセボ)効果』とは、まったく薬効のない、たとえば小麦粉を固めたものを『薬だ』と言って患者に与えると、薬効がないにも関わらず症状が改善することことがあり、その現象を指す。

 『これを飲まなければいけない、と思い込まされている可能性は否定できない』

 ピルケースの中身を調べたG7は、確証はないながらも、そう結論づけている。

 『最強の暗殺者が、万一にもギルドの支配下を逃れないよう、そうしているのでしょう』

 その分析は、G3プロフェッサーのものだ。

 極端な秘密主義で知られるアサシンギルドは、世界最古の歴史を誇る反面、その内実のほとんどが闇に包まれている。その闇の奥から1世代に1人、純血の暗殺者が人の世に送り出され、『13番目のグラリス』を名乗るのが仕来りとなっている。

 彼女らは驚異的な戦闘能力と、水底の花のような美しい外見を持つ一方で、その精神を徹底的に破壊され、能動的に言葉をしゃべることも、ろくに食事を摂ることもできない。

 アサシンギルドが発行する『仕様書』に従い、こうして何人もの世話係が食事を作って食べさせ、薬を飲ませ、身体を洗い、髪を整える。彼女が自分でできるのは服を着て、武具を身につける程度だ。服の洗濯や武具の手入れも当然、世話係の仕事である。

 「着替えますよ、G13」

 『衣装係』が声をかけると、自分からカプラ服をばさばさ、と脱いでしまうG13アサシンクロス。G10ロードナイトとは別の意味で、羞恥心の欠片も感じられない。

 ついでだが、こちらの全裸姿もまた、人間離れして美しい。

 G10ロードナイトの時とはまったく違う、感動と畏怖に満ちたため息が、カプラ嬢たちの間を駆け抜ける。

 「ほいほい、早く着せた着せた。『抜き身』は目に毒でやんす」

 G6ジプシーの反応も真逆。確かにその姿、あまり長く見つめていると、魂を抜かれそうにすら感じられる。しかしG6、『抜き身』とはよく言った。

 

 純血のG13アサシンクロス、その全裸姿はまさに『致死の刃』そのものといえる。

 

 「どうした! なにかあったか!!?」

 時ならぬ全裸劇場が展開した『マグフォード』の倉庫に、今度は凄まじい大声、それこそ倉庫の壁がビリビリと震えるような銅鑼声が響く。

 グラリスNo9パラディンだ。

 とはいえ、この銅鑼声は決して、彼女が空気を読まないとか、そういうことではない。

 「G9、マイクの音量! 音量を下げてください!!」

 G9パラディン付きのカプラ嬢がおおあわてで、『鎧から伸びた伝声管』に声を放り込む。

 「おお!! すまん」

 G9の返事は、前半が大きく、後半が普通。音量とやらを調節したらしい。

 広い倉庫の、また別の一角。そこにG9パラディンと、そのチームが陣取っている。が、もはやG9パラディンの姿は『見えない』。

 チームの中心に、でん、と据えられたのは巨大な鎧。それも尋常な大きさではない。

 短く、太い脚部。脇が閉められないほど広い肩幅と、首が肩に埋まったシルエット。

 シュバルツバルドの辺境、そこに広がる古代の遺跡『ジュピロス廃墟』で冒険者を待ち構えるモンスター『ヴェスパー』。その姿をシルエットに取り入れた、とてつもなく頑強な鎧だ。

 あまりに屈強すぎて、鎧の内外で声が届かないため、マイクと集音器が取り付けられている有様。

 「これでいいか?」

 「OKです、G9。鎧に問題は?」

 「ない。立ってみる」

 G9パラディンの応えはシンプルだ。決して根っからの武人というわけではないが、戦に臨んで余計なことは言わず、常にシンプルに思考し、行動する。

 戦場において、身を呈して味方を守る守護護聖騎士。身についた習慣とでもいうべきか。

  ごん!

  倉庫の床が一度、大きく揺れ、鎧が立ち上がる。 

 「おお……!」

 周囲から感嘆の声。

 このヴェスパー様式の鎧は、法王を守る親衛隊のためにデザインされながら、誰一人として戦うことはおろか、歩くことも、立つことすらできなかったという『欠陥品』で、この1点を除いて二度と作られなかった曰く付きの代物だ。

 それを着て平然と立ち上がるG9、身体の半身にホムンクルス製の義足を埋め込まれているとはいえ、やはり尋常な武人ではない。だがそれでも、

 「……立つのはいいが、歩くのは難しいな」

 そう認める。やはり壮大な欠陥品には違いないらしい。

 「ジュノーに着けばペコペコが、『フィザリス』がいる。彼なら平気で騎乗させてくれるさ」

 戦場で大怪我を負い、夫の手で禁忌の生体手術をほどこされて蘇った彼女を、リハビリ時代から支えてくれた愛鳥・フィザリス。

 G9パラディンは、ジュノーのカプラ女子寮に残してきたその愛鳥が、今も無事でいることを疑っていない。

 とはいえ、その愛鳥が女子寮に忍び込んだ無代と出会い、今や完全武装で主人の帰りを待っているとまでは、さすがに予想できまい。

 「G9、武具はどうしましょう?」

 「後でいい。ネジ止めしたら外せないしな」

 ヴェスパー鎧、もはや『手』も内部に埋め込まれるため、槍や盾も鎧に直接固定する。これでは『戦う』というより、ただの『壁』だ。

 法王の周囲に突っ立って、法王を狙う攻撃を身代わりに受け止める、そのための鎧。

 「『給薬』だけ、始めておいてくれ」

 「了解」

 G9の指示を受け、カプラ嬢たちが抱えてきた箱は治療薬・ホワイトスリムポーションの大箱だ。この貴重な薬剤を、金属製のマガジンに1ダース単位で詰め、マシンガンの弾よろしくがしょん、がしょんと、鎧の背中に差し込んで行く。

 「『給薬』よし。G9、作動テストを」

 「了解」

 鎧の内外、合図が揃うや否や、

 

 がががががっ!!

 

 本当にマシンガンの連打めいた機械音。続いて、

 

 からからからん!!

 

 鎧の下から、貴重な治療薬の空瓶が、これまたマシンガンの薬莢よろしく排出される。

 「動作、問題なし。G9からG3」

 G9パラディンが、壁の壁の伝声管に直接、鎧の伝声管を接続して連絡。

 「G3です。G9。状態はどうですか?」

 「準備よし。計算通りなら無補給で、即死攻撃に20分、耐える」

 「十分です。あとは待機で」

 「了解」 

 『即死』に『20分耐える』とは、聞くだに意味不明だが、指揮官たる月神のG3プロフェッサーは満足そうだ。

 倉庫外からの伝声管が鳴ったのは、その直後。

 「G1からG3」

 「G3です。G1、なにか?」

 「そろそろ『ジュノーフィールド』に入る。G15に準備をさせて」

 「……了解。G15」

 「アーイ」

 小柄なG15ソウルリンカーが、ぴょん、と立ち上がる。

 「じゃあ、『起こす』ネー」

 その視線の先。

 

 床に寝かされた、革製の『死体袋』。

 

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 12:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(5)

 カプラの教導師範部隊『チーム・グラリス』は、すべての職業の頂点と目される女性を集めて結成されていることは周知の通り。そして、その職業は初級職と、万能職『スーパーノービス』を除いた全16職業に及んでいる。

 しかし、もうご承知の方もいらっしゃるだろうが、現在の『グラリス』はNo1からNo15までの15人。そう、

 

 『1人足りない』

 

 早々に種明かしをするならば『拳聖』の職業が欠員となっているのだ。

 実は、このようにグラリスに欠員が出ることは珍しくない。職業者の、しかも女性の中から最高の人材を選び出す、という建前上、どうしても足りない職業が出てしまう。

 職業ギルドからの推挙によって決まるアサシンクロスやチェイサー、一発勝負のオープン選考が開かれるスナイパー、チャンピオン、ジプシーなどは比較的選びやすい。

 一方で、最も難関とされるのがご存知ロードナイト。実力はもちろん、容姿や家柄まで抜群であることが求められるため、適材が揃うことの方が珍しい。他に、熟達者が多くて優劣がつけにくいハイウィザードも、毎回のように選出が混乱することで有名だ。

 その難関を突破し、貴騎士ロードナイトと優魔術師ハイウィザードが2人揃ったグラリスは、歴史上でも極めて珍しいといえた。 

 現在、欠員となっている拳聖もまた選出が難しい職業とされ、その理由としては

 

 『熟達者が極めて少ない』

 

 ことが挙げられる。

 例を挙げれば、先代のグラリスで拳聖職を務めた女性は、年齢、実に70歳を超える老女であったが、実力はまさに折り紙つきで、各世代のグラリスにおいても最強とされるグラリス・アサシンクロスを相手に模擬戦をして、

 

 『まるで相手にしなかった』

 

 という。

 グラリス・拳聖が自らの周囲に展開する、一般には『拳界』と呼ばれるエリアに触れるや否や、どんな相手だろうが不可視の、そして無数の打撃に襲われ、彼方へ吹っ飛ばされてしまう。

 そこまで強力な職業である拳聖だが、一方で制約もある。

 己の肉体を鍛え上げるだけでなく、ほとんとスピリチュアルのレベルまで昇華する過程において、時に自分の視力、聴力、嗅覚といった感覚を犠牲にすることさえある。先代のグラリス・拳聖も、目がほとんど見えず、食事をしても味を感じなかったという。いや、そもそも『ほとんど食事もとらなかった』というから、まるで仙人かなにかのようだ。

 かように代償の大きい職業ともなれば、学ぶ者も、まして道を極めようとする者など、当然ながら少数。しかもその多くが、各国の軍隊やギルド戦の強豪ギルドが戦略的に『保有する』人材がほとんど。事実、先代のグラリス・拳聖も強豪ギルドからの引退組で、少女時代からずっとギルドの『所有物』であった。

 歳を取り、若い頃のような『効率』が出せなくなったため、引退ついでにカプラ嬢へ推挙されたのだ。

 それを残酷と見るか、温情と見るかは、人によるであろう。

 話がそれたが、ともかく現在のグラリスには欠員があり、そしてグラリスには欠員を埋める手段があった。

 

 倉庫の床に置かれた『革製の死体袋』。

 

 そして、その前に立った小柄なG15ソウルリンカーが、なにやらむにゃむにゃと儀式の準備に入る。カプラ嬢たちの視線が、その不可思議な場所に集中する。

 「はい、皆、手を止めないで」

 たしなめるのはG3プロフェッサーだ。もはや『引率の先生』じみてきた彼女だが、とにかく今は1分、1秒でも惜しい。

 「全員、交戦手順は確認したわね? ……じゃあこれが最後、万一にも飛行船が敗れた場合の手順を説明します。じゃあ、G14から」

 指名されたのはグラリスNo14・師範忍者。

 グラリスの設定に合わせて赤銅色に染めた髪はそのまま、トレードマークの覆面を常に外さない。

 「今から全員に、この丸薬を配る。配られたらすぐに飲め」

 忍者の声は低いが、不思議に倉庫の隅々まで届く。油紙に包まれた真っ黒な丸薬が、すばやく全員に回される。

 「この丸薬には、飲んだ者の体臭を変える効果がある……大丈夫、常人には匂わない。忍者にしか分からない匂いだ。安心しろ」

 体臭と聞いて一瞬ざわつく、そこはカプラ嬢といえども若い女性の集団だ。逆にG14のフォローこそ、忍者らしくない気遣いといえる。

 「この匂いは、我が星屑忍群の者に対して『棟梁から、お前に頼みがある』という意味を持つ。棟梁とは、私だ」

 忍者特有の、噛んで含めるような物言い。

 「我が忍群の忍者なら、数キロ先からでも嗅ぎつけ、必ずお前たちの前に現れる。もし飛行船が敗れ、地上に落とされたとしても、可能な限り動き回らず、体力を温存して待て。このシュバルツバルド山脈にも、我が忍群の『草』が隠れ住んでいるから、彼らがきっと現れる。そうしたら、頼みを言うがいい」

 言うだけ言って、さっさと座り込むのも忍者らしい。

 「はいはーい、次はあちきでやんす」

 打って変わってド派手なアピールは、おなじみG6ジプシー。

 「いいでやんすか、忍者ちゃんたちに出会ったら『潮騒の兄弟』商会へ、その商館へ連れて行くように頼むでやんす」

 ぐるり、と見渡す目は、しかし真剣だ。

 「あちきのおとーちゃんが作り上げ、その息子たち……あちきの兄弟たちが継いだ商会でやんす。この大陸の港という港に商館を持っている」

 G6ジプシーが少女時代、海賊上がりの富豪に買われ、そこから運命を変えていったことは承知の通りだ。

 「商館に着いたら『7兄弟』につなぎをつけてもらう。商会を率いる幹部たちは、拠点となる大きな商館にしかいない。つなぎの符丁は『嵐・雷・火事・拳骨』。よく覚えるでやんすよ。そして最後、これが肝心」

 G6の目がすっ、と細まる。

 めったにない、彼女が最高に真剣な時の表情。

 「待った、G6。……伝声管をすべて切って。外に声が漏れないように」

 G3プロフェッサーの指示。

 「ありがとうありんす」

 G6ジプシーがにっこり。だが決して目は笑っていない。

 「幹部に、あちきの兄弟たちに会ったら、こう言うでやんす。『科戸の桜(しなとのさくら)から、お願いがある』」

 ぐるり、と再び周囲を見回す、その真剣さ。

 「これを聞けば、たとえどんな願いだろうが命がけで動いてくれる。それがあちきの兄弟でやんす。ただし、決して他所では言わないこと。そして、言ったら忘すぐにれること。以上、きっとお願いしたでやんすよ」

 しん、と倉庫が静まる。

 その言葉にどんな意味があるかは知らずとも、この陽気な師範歌舞師の過去にまつわる、重大な言葉であることは察せられた。

 「あ、もひとつ、忘れてたでやんす」

 重い空気を察したかG6。

 「あちきの兄弟たち、おとーちゃんが手塩にかけて育て上げた海の男たち。全員すこぶるつきのイイ男でやんすが」

 にやり。

 「決して惚れちゃあダメでやんすよ? 『海の男に惚れた女は地獄』と、相場は決まってるでやんすからね」

 G6のウインク。まるで音がしそうなそれに、どっ、と倉庫に笑いがもれる。

 「最後は私だ。着替えながら失礼する」

 G10ロードナイトが引き継ぐ。さすがにもう全裸ではなく、下着をつけ、鎧下で身体を覆った上で、若いカプラ嬢たちの介添えを受けながら鎧を着けている最中。

 「商会の船に乗ったら、すみやかに『ファロス灯台』へ集まれ。あの古城は私の城だ」

 ルーンミッドガッツ王国でも屈指の大貴族に生まれたG10ロードナイトは、グラリス拝命の際、父親から形だけの領土をもらっている。ロード、すなわち『領主』であることが、拝命の条件だったからだ。

 「形だけとはいえ我が城。遠慮は無用。そして、そこが我らの最後の砦となる」

 聖戦時代には海戦の拠点として利用された灯台兼要塞島も、現在は存在価値を失い廃城と化している。しかし陸地とつながる橋を落として籠城するとなれば、その難攻不落ぶりは相当なものになろう。

 まして、全員がカプラ倉庫を自在に操れるカプラ嬢となれば、数年の籠城すらたやすいに違いない。

 ただし、その時にはジュノーの『ユミルの心臓』は敵に握られ、カプラシステムもどうなっているか分からない。

 籠城に援軍の望みはなく、ただの延命措置となる可能性も高い。

 その未来は決して明るくは……

 「んなの、真面目に聞く必要ない、ない」

 ここまで真剣な撤退手順を、てんからバカにしたような声は、G2ハイウィザード。

 「アタシぐらいになれば、逃げる算段なんていらないのよ。敵は全部焼くからね」

 倉庫の中に、べつの感慨が流れる。

 だが決して、G2の言葉を大言壮語と侮る者はいない。

 

 言葉だけでなく、それが実現可能だからこそ『グラリス』なのだ。 

 

 「ハーイ、じゃあいくヨー!」

 やっと準備が整ったか、それともここまで空気を読んで待っていたか。小柄なG15ソウルリンカーが印を結ぶ。

 「『拳聖の……』」

 ぼう、と光る魂術の光。

 「『魂』!」

 気合と同時、死体袋の上に青い気文字が流れる。

 『過去に存在した最強の拳聖の魂を呼ぶ』、ソウルリンカーの術。ならば袋の中は、まさに死体なのか?

 全員が注目する……だが。

 「アレ……?」

 術をかけた本人であるG15ソウルリンカーが、妙な顔で首を傾げる。

 そして次の瞬間。

 

 革袋が爆発した。

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 14:49 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(8)

 カプラ嬢の頂点に返り咲いて以降、チーム・グラリスを除く若いカプラ嬢たちを、言葉と態度で力強く統率するD1は、しかしほとんど笑顔を見せることがなかった。

 カプラ社どころか、世界そのものの存亡に関わる事態の、その最前線に立っている責任と重圧を、真正面から受け止めようとする彼女に、G5ホワイトスミスが『会社と心中するつもりだ』と心配したのも無理はない。

 だが今、D1の声も表情も、かつての晴れやかさを取り戻している。

 「まずは落ち着いてください。確かに異常な事態ですが、私たちにとってはむしろ福音です」

 そして笑顔。

 それが、たとえ一時的なものであったとしても、仲間のカプラ嬢たちを落ち着かせるには十分だった。

 「聞きましょうか、D1」

 神眼のG3プロフェッサーが促した時には、義足のG9パラディンも、長身のG10ロードナイトも、それぞれの準備位置に戻っている。もちろんG13アサシンクロスも待機状態だ。

 危機的状況ではない、と即座に判断し、戦闘状態を解除。しかし同時にD1の言葉を注視する。

 「はい、G3。でもその前に、彼女たちを紹介させてください」

 めったに見られないD1の『どや顔』。だがカプラ嬢たちがあっ、となったのは、彼女の背後から姿を見せた2人のカプラ嬢の方だ。

 「T4?! あなた、『戻った』の?!」

 G3プロフェッサーが、わざわざ声に出して確認する。

 倉庫じゅうの視線を集め、そこに神妙な顔で立っているのは、ポニーテールにした黒髪が特徴のカプラ嬢『テーリング』、そのNo4だった。

 敵の手によって『BOT』にされた彼女は、かつて浮遊岩塊『イトカワ』に捕らえられていた際には、岩塊を脱出しようとした無代とD1を銃で狙撃、計画を頓挫させる寸前まで追い詰めている。

 その後は仲間のカプラ嬢たちによって捕縛され、意識もないままに荷物として持ち運ばれていたのは記憶に新しい。

 それが今、生気を宿らせた瞳を輝かせ、カプラ服の背をぴん、と伸ばしてD1の隣に立っている。

 その腰には、女性らしいカプラの制服に不釣り合いな、ゴツい銃帯(ガンベルト)。

 彼女は銃士・ガンスリンガーだ。

 「G15が起きたら、改めて確認してもらいますが、彼女は間違いなくT4です。『BOT』だった身体に、魂が戻った」

 「私からも保証するさ。コイツは間違いなく私の馬鹿弟子、T4さ」

 D1の言葉を受け、後ろからぺしぺし、とT4の頭を小突いたのはグラリスNo11・師範銃士(マスター・ガンスリンガー)。万能二丁拳銃『シキガミ』を腰の後ろへ十字にぶち込み、革製のブーツを高らかに鳴らす姿は、そこらの男性銃士が裸足で逃げ出す『粋』を光らせている。

 「ったく心配かけやがってさ。ほら、謝っとくさ」

 「……皆様にはご迷惑と、ご心配をおかけしました。申し訳ありません。T4、ただいま戻りました」

 神妙な声、目には薄っすらと涙。

 「T4、よかったでやんす!!」

 倉庫の階段をすっ飛んできて、T4をがっちりと抱きしめたのはG6ジプシーだ。無理もない、誰よりも自由を愛する彼女にとって、魂を奪われる『BOT』化は、自分の心を抉られるように辛い。

 「あの段階では、誰が『BOT』にされて、同じことをさせられてもおかしくなかった。T4、貴女に責任はないわ」

 G3プロフェッサーの言葉は明快で、それゆえに有無を言わせぬ説得力を持つ。それがカプラ嬢の総意である、という保証はない。だが今は戦時、戦闘指揮官の言葉に一定の説得力さえあれば、多少のブレは看過されてよい。 

 「ほんの5分ほど前のことでした」

 D1が話し始める。

 彼女と、双銃のG11ガンスリンガーは倉庫を離れ、別にしつられられた船室にいた。そこには『BOT』状態のT4と、もう一人、同じく『BOT』にされたディフォルテーNo4、D4の身体が収容されている。

  D4、本名をモーラというカプラ嬢は、ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラで、冒険者に挫折しかかっていた無代と付き合い、そしてカプラ社の内紛へと引き込んだ経緯を持つ。

 そして自らも『BOT』にされて無代を襲い、さらに『イトカワ』を襲う飛行船でカプラ倉庫として利用されていたところを、チーム・グラリスの活躍によって救出された。

 D1にとっては可愛い部下、G11ガンスリンガーにとっても、T4は愛弟子だ。今は『BOT』としてのプログラムも停止しているのか、目覚めていても人形のように何の行動も、反応も返さない2人に食事をさせ、排泄や身体の洗浄、着替えや化粧まで、まるで不能者を介護するかのように面倒を見る。

 他に責務も仕事もある2人だが、他の若いカプラ嬢たちには任せられない、と自ら介護を買って出るあたり、男も逃げ出すカプラの手練れたちといえど、そこは女性らしいといえるかもしれない。

 「よし、だいぶ見違えたさ。な、D1?」

 「そうですね……服と下着の洗濯は、まとめて若い子たちに任せましょう」

 「すげー早く乾くってさ」

 「飛行船ですからね」

 D1とG11、顔を見合わせて笑う。風と太陽に事欠かない飛行船は、なにせ洗濯物干しに最高。今や『マグフォード』の上部甲板は、カプラ嬢たちの服や、華やかな色の下着で満艦飾状態である。

 船の甲板員には、草鹿少年のような青少年も多いので、大変に困ったことだ。

 T4とD4、相変わらず人形のような2人を椅子に座らせ、飛行船が荒っぽく飛んでも大丈夫なようにベルトを締める。まず先にD4。

 

 異変が起きたのは、まさにその瞬間だった。

 

 するり。

 G11ガンスリンガーの腰に、不意の感覚。もちろんプロ中のプロフェッショナル、その原因を即座に察知する。

 (『オロチ』が抜かれた?!)

 腰の後ろに十字型に携帯している二丁拳銃『シキガミ』のうち、左の『オロチ』が抜き取られた。残るは右の『イヅナ』。

 「D1、下がるさ!」

 詳細は不明、だが状況は明らかだ。部屋の中には4人、そして今のタイミングで自分の銃を奪えるのは、

 「T4!」

 双銃の、いや今は単銃のG11が『シキガミ』を手に叫ぶのと、T4が立ち上がるのが同時。

 じゃきん!

 『オロチ』の銃口が、G11の眼前に黒々と迫る。T4の手首に浮き出た筋肉が、ピクリと震える。引き金を引く人差し指を駆動させる合図。

 「しッ!」

 瞬間、G11が掌底で『オロチ』の重心を真上へ跳ね上げ、そのまま曲げた肘でT4の肘を打つ。

 T4が、負けじと打ち下ろした肘で迎撃。

 ごちん!

 2人の肘鉄が激突し、金属めいた音が部屋に響く。その音が合図だった。

 ひゅん!

 瞬時、G11の『イヅナ』が奔り、その銃口をT4の眼前にお返し。T4の『オロチ』も風を切り、『イヅナ』の銃口を弾き飛ばす。

 銃身が絡み合い、弾け飛ぶ。同時に開いた片手がお互いのカプラ服を掴み、関節を極めようとして外される。

 4つのブーツの踵が、かかん!と床を叩く。相手の足を払おうとして、複数回のフェイントを絡めた蹴りに阻まれる。

 ひゅん! ひゅん! ひゅひゅん!

 一瞬の迷い、一手のミスが致命傷となる、ドアまで退避したD1でさえ、思わず見惚れるほどの超接近戦。

 熟練のガンスリンガー同士が戦う『銃身舞踏(バレルダンス)』も、極めれば芸術だ。

 ぶぅん!

 2丁の銃底が、お互いの顎を狙って思い切り振り回される。

 「!!」

 2人の身体が同時に仰け反り、そっくり同じ角度まで、見事なアーチを描く。

 ひ!

 仰け反った勢いのまま、同じ蹴りが跳ね上がる。

 ぱちん!

 2つのブーツが空中で接触し、そこで上昇を停止。

 ぐん!

 仰け反ったまま後ろへ回転するはずの2人が、接触したお互いのブーツを支点にして、強引に身体を前方へ引き戻す。

 『オロチ』の銃口が振り下ろされる。

 『イヅナ』の銃口が振り上げられる。

 「甘い!」

 G11の気合い。

 床に残った片足一本に、鋼のような力を宿らせて身体を支え、空中で接触したブーツに今一度、蹴りを発生させる。

 「……わ!?」

 その変則動作に、とうとうT4が均衡を崩す。

 「動くな(フリーズ)!」

 瞬間、G11がT4の背後へ回り込み、その後頭部へ『イヅナ』の銃口をポイント。

 T4が『オロチ』の引き金から指を抜き、両膝を床へついて両手をホールドアップ。

 

 『勝負あり』。

 

 「まだまださ、T4」

 「さすが、恐れ入りました。……ただいま戻りました、師匠」

 降伏を告げるT4の声には、しかし限りない嬉しさと、申し訳なさが含まれている。

 「お帰り、T4」

 手塩にかけて育てた弟子の腕と、『BOT』のそれを見間違えるような師匠ではない。

 あの短い『銃身舞踏』が、どんな言葉よりも雄弁に、弟子の復活を告げている。

 「G11!?」

 駆け寄ったD1が、状況をつかめないまま目を丸くしている。

 「D1、こいつはT4だ。間違いないよ。しかし、どうやって戻った?」

 「そのことです、師匠。『私たち』は、ある人に助けられ、自分の身体に戻ることができたのです」

 

 「……『私たち』?」

 「……『ある人』?」

 

 D1がそこまで説明すれば、さすがチーム・グラリス。状況を推論するのに手間はない。G2ハイウィザードがぽん、と手を打つ。

 「あー、道理で見たことある動きだと思ったわ、あたしぐらいになれば。さっきのG16の『中身』って……」

 「ええ、あれは『D4』です。G15の招魂プロセスに横入りして、T4の魂を戻し、D4をG16のボディに宿らせた」

 説明すれば単純だが、しかしそれがどれほどの神業か、知る人ぞしる。

 「……あー、びっくりしたヨー!!」

 覆面のG14忍者の腕から、びよん、と飛び起きたのはG15ソウルリンカー。隻眼のG4ハイプリーストが素早くバイタルをチェックするが、問題なさそうだ。

 「平気平気。ちょっとびっくりしただけだヨ」

 ヒラヒラと手を振り、長い煙管に火を着けさせて一服。

 「いやー、コンロンの年寄り連中から話は聞いてたけど、やっぱ本物はすごいネー。あんなことができるなんてサー」

 細い目を、さらに細くするG15ソウルリンカー。

 「G15、説明を」

 G3プロフェッサーが促すのへ、G15、ぷはー、とひとつ天井へ向かって煙をはくと、

 「『鬼道』」

 その禁忌の言葉は短く。

 「『霊威伝承種(セイクリッド・レジェンド)』だヨ。そして……」

 煙管を掲げたまま、面白そうにぐるり、と周囲を見回しておいて、一言。

 

 「『無代の嫁です。どうぞよろしく』。だってサー?」

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(9)

 「『無代の嫁です。どうぞよろしく』。だってサー?」

 「なにそれ?」

 G2ハイウィザードが、形の良い片眉を神経質に吊り上げる。

 「『アタシのオトコにちょっかい出すなよ?』ってか?」

 「そうは言ってませんが」 

 G3プロフェッサーが苦笑。

 「……でもまあ、そういう意味でしょうか?」

 「そういう意味でやんすとも」

 G6ジプシーがニヤニヤ。

 「アマツの某国の、姫君であらせられるとか」

 D1が解説。無代とD1、ともに浮遊岩塊『イトカワ』から飛び降り、そこで出会った翠嶺と共に旅をした仲だ。

 「なるほど。普通じゃないとは思ってたけど、嫁もか」

 変な風に納得したのはG2。実は高いところが得意ではない彼女、『イトカワ』から飛び降りた無代を『頭おかしい奴』扱いしていた。

 「別に手なんか出さないわよ、つっといて。あんな冴えないの」

 G2、身も蓋もない。だがG15ソウルリンカーは笑って、

 「もう行っちゃったヨー」

 「なんじゃい、言い逃げかい!」

 がん、と杖で床を打つG2。

 「……」

 小柄なG15ソウルリンカーは、長い煙管をくわえたまま無言。

 (アマツ……そうか。『皆殺しを逃れた最後の生き残りがいる』って、アレだネ)

 かつて故郷コンロンで伝えられた、秘密の記憶をたどる。

 

 実はG15らコンロンのソウルリンカー達にも、『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』の血が流れている。

 

 遠い昔、異世界から次元を越えてやってきた彼らの1人が仲間と離れ、コンロンに移り住んだ、その子孫が彼女らであるという。

 その当時、聖戦終結直後のコンロンは混乱の極みにあった。

 聖戦中、指折りの激戦地となったコンロンは、人知を越えた戦いの余波によって無数の次元断層を抱え込み、常に異世界からの脅威にさらされていたのである。

 コンロンに移り住んだ『霊威伝承種』は、その混乱を押さえ込み、また異世界から侵入する魔物を駆除するため、自らの血と技術、すなわち『鬼道』をコンロンに根付かせた。

 性別も伝わらない、この初代の動機が何であったのか。

 『愛した人がコンロン人であった』、それ以外の伝承はない。それで十分なのだろう。

 それから幾星霜、初代が伝えた血はすっかり薄まり、高度な心霊技術の多くが失われた。

 コンロン人はその後も『霊威伝承種』との接触を試みたが、すべて失敗している。

 『霊威伝承種』と縁の切れたコンロンが再び彼らの話を聞くのは、ルーンミッドガッツ帝国の秘密機関『ウロボロス』による殲滅が行われた後のことになる。

 『霊威伝承種』の血、そして『鬼道』の力がコンロンに戻ることは、永久になくなったのだ。

 それでも現代、稀にG15ソウルリンカーのような強力な魂術師が生まれるのは、コンロンの地を守らんとした初代の意思かもしれない。

 それにしても先刻、一瞬だが目にした『霊威伝承種』の霊体。

 (確かにすごい力だった)

 魂を肉体から遊離する、それだけでも高度な心霊技術なのに、その状態で他人の魂術をインターセプトし、『BOT』にされた人間の魂を元の肉体に戻した。

 さらにG16自動人形へ、他人の魂を入れることさえしている。

 単に力があるだけではない、大胆かつ精密な『技術』がそこにある。

 (『鬼道』……か)

 G15ソウルリンカーは、強力すぎる力がもとで、故郷を追われることとなった。次元を越えてコンロンを襲った『神』を殺してしまったのだ。

 ゆえに、その力の源流である『霊威伝承種』に対し、複雑な思いを抱くのは当然だろう。

 (ま、一千年も前の話、どうでもいいけどネー)

 煙管をぷかり。

 ぽん、と落とした灰は、次元を越えてカプラ倉庫へ。とんだ携帯灰皿もあったものだ。 「どうした、G15」

 物思いにふける眼前に、ぬっと顔を近づけてくるのは隻眼のG4ハイプリースト。鋭く引き締まった容貌に眼帯を着けた姿は、尼僧というより歴戦の傭兵教官そのもの。事実、彼女はアルナベルツ教国・フレイヤ教皇直属の威力機関『聖槌連』の武僧出身であり、片目を失う負傷の後、治療僧に転身した変わり種だ。

 「体に異常があるなら、状況を説明しろ」

 鋭く尋ねてくる様子も医者の問診というより、部下に戦況を問いただす鬼軍曹といった雰囲気。

 「大丈夫だヨー」

 G15ソウルリンカーが、細い目をさらに細く。

 「ちょっと考え事してただけだヨ、G4」

 「そうか。ならいい」

 G4ハイプリーストの答えもシンプル。

 「心のことはわからん。だが身体に異常があれば、すぐに言え」

 それだけ言うと長身をさっさと翻し、『BOT』から戻ったT4のチェックへと向かう。その姿、『医は心』などと格言からは遠い。

 だがG4ハイプリースト、たとえどんな戦場の、いかなる場所であろうとも駆けつけ、味方の命を救い、背中に担いで自陣へ駆け戻る。

 患者に猫なで声をかけるのが医者なら、命を賭して命を救う者をなんと呼ぶべきか。

 「ありがトー」

 その背中に投げたG15ソウルリンカーの声は、彼女にして珍しい『本音』であった。

 「じゃあさ、D4ってどこ行ったの? G16の身体使ってさ」

 G2ハイプリーストが質問。

 「ジュノーです。無代さんを助けるため、先回りした」

  D1が回答。

 「あ、無事なんだアイツ」

  「無事だそうです。賢者の塔の架綯先生……私たちのカプラ倉庫を修復してくださった賢者様も。それからG9、G10お二人のペコペコ、『フィザリス』と『グレイシャ』も」

 「何?!」

 G10ロードナイト、そしてG9パラディンが反応する。

 「二羽とも無代さんが世話をして、武装させて待っているそうです」

 「……!」

 G10ロードナイトの表情がみるみる明るくなる。一方のG9パラディンの表情は、巨大な鎧の中で分からない。が、

 「うれしい情報だ。感謝する」

 鎧の中から拡声器で応える声は、やはり明るい。騎士級の戦士たちにとって、騎鳥ペコペコは大切なパートナー。しかもこの2人のそれは、並以上に希少であると同時に、深い絆で結ばれている。

 「そして……G1、聞こえますか?」

 壁の伝声管へ声を投げたD1に、答えは即座。

 「聞こえている。灰雷は無事か?」

 「……無事どころか」

 D1が珍しく笑う。

 「無代さんを助けて、無双の大活躍だそうです」

 「……そうか」

 G1の声は変わらない。だが喜んでいないわけがない、それは全員が知っている。

 「いい知らせをありがとう。……で、そんな時に悪いが、こちらからも知らせがある」

 伝声管から聞こえる声に変化はない。

 「何でしょう、G1?」

 「敵の飛空戦艦を発見した」

 一瞬、カプラの全員が凍りつく。

 さらに一瞬の後、G3プロフェッサーの叫びが轟く

 

 「総員、戦闘用意!!」

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(10)

 G1スナイパーが、その異様な風を感じたのは、『マグフォード』の倉庫で騒動が起こる直前のことだ。

 彼女が『女王』と呼ぶ、シュバルツバルトの上空を統べる風。そして、その風から生み出される無数の『子供たち』。

 G1スナイパーはそれらの風と、雲が織りなす壮大なタペストリーを、ほとんど瞬きもせずに監視し続けている。『イグドラシルの実』を潰して目尻に塗りつけ、その果汁を目薬のように眼球に流し込み続けることで、乾ききった眼球を強引に治癒しているとはいえ、その耐久力、忍耐力、そして集中力の凄まじさを見よ。

 意味の混乱は承知で、もはや『光学レーダー』とでも呼ぶべき範囲と精度をもって、マグフォードの敵を決して見逃さない。

 (……?)

 G1スナイパーの目が一つの風を捉えた。女王が生み出す風の子供たち、いや、正確に言えば、その『破片』だ。例えば、高い山の頂に風がぶつかった時、このようなバラバラに砕けた風が生まれる。

 が、この空域、この高度にそんな山は存在しない。

 なのに、風を砕くほどの巨大な質量が存在するとすれば……。

 (どこだ……?!)

 G1スナイパーが両目の目尻にイグ実を追加。渇いた目が焼け付くようだが、泣き言を言っている時ではない。そうしている間にも、ひとつ、またひとつと、砕け散った風の欠片がG1スナイパーの目の前を通り過ぎる。

 近い。

 初めて、監視所に備え付けの巨大な双眼鏡を手に取り、目に当てる。双眼鏡越しでは、風を見ることはできない……が、

 (いた……!)

 砕けた風の向こう、雲と青空の境目に微妙な光が揺らぐのを、G1の神眼がとらえた。ジュノーの街角でカプラ嬢として仕事中、何度か目にした揺らぎ。

 間違いなく、光学ステルスの揺らぎだ。

 雲の後ろ、じっと動かない。

 (待ち伏せのつもりか……)

 

 「総員、戦闘用意!」

 G3プロフェッサーの声が、飛行船の倉庫に響いた。

 もっとも戦闘要員たるチーム・グラリスの面々は、G1スナイパーから『敵発見』の連絡を受けると同時に、即座に行動を開始している。だからG3プロフェッサーが叫んだのは、むしろそれ以外のカプラ嬢たちへ、緊張と覚悟をうながす意味が大きい。事実、

 「ではD1」

 G3プロフェッサーが、カプラのリーダーであるディフォルテーNo1に声をかける。

 「はい、G3」

  「あとは任せます。手順通り、全員をできるだけ席につかせて。座れない者も身体を固定する。どうしても恐怖に絶えられないと思ったら、G7が配った睡眠薬を使って。……ただし!」

 G3が念を押す。

 「効き目が強力すぎて覚醒に時間がかかる。いざ船を脱出する時のために、『リカバリー』が使える者を残すこと。忘れないで」

 『リカバリー』はプリースト系の魔法で、睡眠などの状態異常を治癒できる。

 「承知しました、G3」

 「心配すんな、D1」

 横槍はG2ハイウィザード。

 「敵なんざ、とっとと叩き落として、チリも残さず焼き払ってやるから。アタシぐらいになればね」

 「はい、G2……ご武運を!」

 G2ハイウィザードの大言壮語は毎度だが、それでD1の表情からふっ、と緊張が消えるのだから不思議なものだ。

 チーム・グラリスが階段を登り、扉をくぐって甲板に揃う。

 以前は甲板の上を塞いでいた双胴の気嚢が、今は甲板の左右へ平行に移動している。さえぎるもののない青空のど真ん中、グラリスたちの赤銅色の髪と、濃い臙脂のカプラ服が風に舞う。

 ごぅんごぅん……。

 甲板の一角にあるハッチから、荷役用のクレーンが倉庫へと降下、白銀に鮮血の赤色を添えた巨大な『ヴェスパー鎧』に包まれたG9パラディンが吊り上げられる。完全に荷物扱いだが、鎧があまりに巨大過ぎて、『マグフォード』の通路を通れないのだから仕方ない。

 「おーらい、おーらい」

 『マグフォード』の若い甲板員達の手で甲板へ。さらに鎧の各所から、幾本ものワイヤーを張って甲板に固定される。

 「G9、問題は?」

 G3プロフェッサーが、鎧の伝声管の側に寄って話しかける。

 「問題ない」

 G9パラディンの応えはシンプル。

 「では、始めましょう。『マグフォード』、進路そのまま」

 「了解……作戦を開始する。『マグフォード』、進路そのまま」

 G9パラディンが鎧の拡声機能と、それに直結された飛行船の伝声管を使い、全艦に指示を伝達する。G9パラディン、そして指揮官のG3プロフェッサーさえ、もはや大声を上げたり、叫んだりすることなく、いっそ淡々とした声を出している。

 理由は、その必要がなくなったからだ。

 浮遊岩塊『イトカワ』を皮切りに、若いカプラ嬢たちの先頭に立って戦っていた時は、全員に指示を徹底し、かつ士気を鼓舞するためにも、声を張り上げることが多かった。

 だが今、もはやその必要はない。

 自分のやるべき仕事を知り尽くし、他人に士気を左右されることもない、真の精鋭たちの戦いが始まる。

 「うっし、戦るさー!」

 今作戦の主役たるG11ガンスリンガーが、甲板船首部分に設えられた銃座に着く。巨銃・エクソダスジョーカーXIIIの大砲じみた巨体を支えるため、短時間で急造された代物だが、そこはG5ホワイトスミスの仕事。金属製の銃座も、木製の椅子も、簡易ながら堅牢そのものだ。

 支援にG4ハイプリーストとG15ソウルリンカー。給弾役にG10ロードナイトという豪華さはそのまま、『BOT』から復活したばかりのテーリングNo4、T4がアシスタントとして側につく。

 「ほい、持っとくさ」

 G11ガンスリンガーが、腰の後ろにX字にぶち込んでいた双銃『シキガミ』をベルトごと外すと、T4に預ける。信頼の証だ。

 「ちょっと、このハーネスっての窮屈なんだけど。外していい?」

 逆に文句たらたらなのはG2ハイウィザード。

 甲板にいる全員が、上半身をたすき掛けにベルトで固定するハーネスを着け、さらに背中に引いた伸縮ロープで甲板からの落下を防いでいる。

 「船が逆さまになっても平気でありんすか、渦ちゃん?」

 G6ジプシーが意地悪く聞くのも当然だが、一方で、

 「そういうアンタはどうなのよ?!」

 G2ハイウィザードが聞き返すのも当然。なにせG6ジプシーときたら、窮屈なハーネスなんぞどこ吹く風。伸縮ロープ一本、片手の手首に絡めたなり、悠々と甲板に立っている。

 「懐かしや懐かしや。おとーちゃんの船団にいた頃は、よく歌ったもんでありんす。『命歌』」

 「……聞いちゃいねえ」

 G2ハイウィザードが顔をしかめる。ちなみに『命歌』とは、海で嵐に襲われた時、船団の船が旗艦から逸れないよう、その位置を知らせるために歌われる。

 「嵐の夜、あちきが夜通し歌って、おとーちゃんが舵取って……」

 そして嵐が去った夜明け、兄弟たちの船が一隻も欠けず生き延びたと分かった時には二人、抱き合って涙したものだ。

 

 ブラギをなんと呼ぶべきか……♪

 

 G6ジプシーの歌が始まる。大気中の魔素を収束し、魔法・スキルの発動を容易にする効果を持つ魔歌だ。途端、荒々しい風に吹きさらされた『マグフォード』の甲板を、どろりと重い空気が包む。

 「あら、大変」

 反応したのは盲目のG7クリエイター。

 「G3、全員に通達を。緑色の『吐き止め薬』を服用するように」

 G3プロフェッサーを通じて指示を出す。目の見えない彼女は盲導ホムンクルスを傍らに、甲板に固定された専用の椅子に座って身体を支えている。

 「G6が本気だわ。不慣れな者は、放っておくと『魔素酔い』を起こします」

 飛行船『マグフォード』に乗船している乗組員、カプラ嬢の全員に、G7クリエイターから事前に薬剤が配布されている。その中身は回復薬だけでなく、このように多彩な状況に対応できるよう考慮されているのだ。

 「いーから、とっとと撃ち落としちゃってよもう」

  結局、ハーネスを我慢することにしたG2ハイウィザードが、G11ガンスリンガーを急かしにかかる。

 「おっけー。んで、ターゲットはどこさ、G1?」

 「正面やや右。ドリラーのエリマキみたいな形した雲の、上辺に隠れてる」

 気嚢の上の監視所から、甲板へと移動した神眼のG1スナイパーが指差す。

 「んんん……?」

 銃座に座ったG11ガンスリンガーが軽く肩を揺らし、巨銃のスコープに目を当てる。

 発射態勢に入ったことを確認したG4ハイプリーストから支援魔法が贈られ、G9パラディンからは献身のスキルが飛ぶ。光の紐が続く限り、ダメージはすべて聖騎士のものとなる。

 薄い光をまとったG14ソウルリンカーからは、1回限りのダメージ無効魔法。

 さらにG11ガンスリンガー自身も、浮遊岩塊『イトカワ』の時には使わなかったガンスリンガーのスキルも動員。

 きぃーん!

 手首に装着したコインケースから、手首の動きひとつで魔力が込められたコインを弾き出す。ガンスリンガー独特の自己強化アクション。

 精神が研ぎ澄まされ、五感を含むあらゆる感覚が何倍にも増幅されていく。

 銃との一体感、さらに弾丸や弾道そのものまで、自分の感覚とシンクロしていく。G11ガンスリンガー自身が、まるでターゲットに直接手を伸ばし、触れているような感覚。

 「……いた」

 G11ガンスリンガーがつぶやくのへ、

 「え、見えんの?」

 G2ハイウィザードの疑問。敵はステルス能力を持ち、見えないはず。

 「見えないけど……わかるさ。確かに、いる。……撃っていいか、G3?」

 「どうぞ、タイミングは任せます。撃ってください」

  G3プロフェッサーの応えは明快。

 「よーし、アタシが撃て、って言ったら撃つんだ、G11!!」

 また勝手なことを言い出すのはもちろん、G2ハイウィザード。

 (……うん、見えてきた)

 もちろんG11ガンスリンガー、聞いちゃいない。

 今まで第六感だけで捉えていた『ターゲット』が、彼女の目にも見え始めている。もちろん敵にはステルス機能があるため、はっきりと捉えることは不可能だ。

 だが、大空に薄く散った雲の向こう、微かに不自然な光の屈折があるのを、G11ガンスリンガーの目が捉える。これでもかと贈られた支援魔法、そしてガンスリンガーのスキルによって、G1スナイパー並みの視野を手にした結果だ。

 (……っし!)

 脳内で弾道を計算。こちらも移動中の飛行船で、不安定。しかもターゲットは見えない。

 常識で考えれば、数十発の弾を撃ちまくりながら着弾を調整したとしても、まず当たるものではない。

 だが、

 (いけるさ!)

 それができるからこそグラリス。師範銃士(マスター・ガンスリンガー)。

 (いくぞ、鹿頭! アンタの好きな。空のケンカだ!)

 心の中で、巨銃の持ち主に呼びかける。

 「撃て!」

 G2ハイウィザードの勝手な合図。だが奇跡、タイミングは完璧。

 どんっっ!!!

 猛烈な射撃音と衝撃。

 かかかかーん!!!

 同時に周囲に贈られたバリア魔法が発動し、ダメージを受け止める。だが、誰もダメージなど気にしてはいない。すべては弾道の、その行方。

 G1スナイパーが神眼を凝らす。その目は、遥か音速を超えて飛ぶ弾丸すらとらえるのか。

 「……よし、当たる」

 小さな呟き。

 着弾すれば、弾頭に込められた召喚魔法によって膨大なエネルギーを発生させ、敵を葬り去る無敵の弾丸。

 それは彼女らの勝利を意味する

 

 だが。

 

 ばぁっ!!

 突如、青空の向こうに光の束が出現。彼女らの望んだ爆発は起こらない。

 「……?!」

 スコープを覗いていたG11ガンスリンガー、そしてG1スナイパーまでが閃光に目を焼かれる。

 「……『エネルギーウィング』」

 G3プロフェッサーがつぶやく。放浪の賢者・翠嶺が調べた『戦前機械(オリジナル)』の調査資料に書かれていた、飛空戦艦唯一にして最大の武器。

 12枚の、光の羽根。

 巨銃の弾丸が着弾する寸前、その光の守りが発動し、弾丸を蒸発させた。爆破の魔法が発動する前に、魔法陣ごと消し去ってしまった。

 どんっ!!

 G11ガンスリンガーが、即座に次弾を発射。

 ばしっ!!

 だが結果は同じだ。魔法が発動しなければ、弾丸は石ころより無害。

 師範銃士が、巨銃のスコープから目を離す。両手を広げて上に向け、肩をすくめる。

 「……ダメっさね」

 呆れるほどあっさりと降参。

 『マグフォード』の甲板に、一瞬の沈黙。

 

 「ちょ!? ええぇぇぇええええ?!!?!」

 

 G2ハイウィザードが、目をむいて絶叫した。

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 11:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十六話「The heart of Ymir」(11)

 シュバルツバルド共和国首都・ジュノー。

 戦前機械(オリジナル)・「ユミルの心臓」が引き起こす重力干渉を利用し、空中に浮遊する3つの巨大岩塊を連結して作られた、世界唯一の空中都市だ。

 その存在は孤高にして難攻不落。唯一の弱点は「水不足」だが、都市の地下に雪を蓄えることで対応している。

 「まこと、凄いものございますねえ」

 無代が嘆息するのも、決してお世辞ではない。

 彼らが立っているのは、ちょっとした運動場ほどもある四角い雪の広場である。ジュノー製の戦車『バドン』に乗って連れてこられたのがここだ。

 四方は岩の壁、そして天上もまた岩。

 それは都市の地下、花崗岩の岩盤をくり抜いて作られた最大級の『貯雪槽』だった。

 深さ40メートル、幅50メートル、奥行きは実に100メートル。その床は、奥へゆくほど低くなっており、ちょうど斜めに掘られた巨大トンネルの様相を呈している。

 街に降った雪は最終的にここへ集められ、まるで高山に降った雪が氷河となって降るように、下へ下へとずり落ちていく仕組みだ。

 「そして夏になったら、底から解け落ちてくる水をくみ上げて、上水道に流して使うんです。冷たくて美味しいんですよ」

 無代と並んで立った少年賢者・架綯の解説に、自慢の色が混じるのもまた、仕方のないことだ。

 しかもジュノーを形成する3つの岩塊には、これと同規模の貯雪槽が最低5つ、最大で9つも掘られており、また自家用の貯雪槽を備えた家も少なくない。

 「それでも水は貴重だからね」

 戦車の上から、解説の最後を引き取ったのは他でもない、カール・テオドール・ワイエルシュトラウス。

 

 シュバルヅバルド共和国大統領、その人だ。 

 

 「ジュノーの市民は皆、節水に努めてくれている。世界一、水を大切にする市民だよ」

 その声に自慢が混じるのもまた、自然なことだろう。

 「本当に素晴らしいことでございます」

 無代が賛辞を重ねるのも、やはりお世辞ではない。

 シュバルツバルド共和国は、世界でも唯一、国民投票による大統領制を布いている民主国家だ。

 『迷信や強権によらぬ、科学と理性によって立つ国家。本当に素晴らしいことだ』

 無代にとって最高の師であった瑞波一条家の前当主・一条銀は、常々そう評価していた。

 『国民が国民の中から、自分たちで元首を選ぶ。それならば、最後の一人になったとしても国は滅びない。一部の支配者層が崩れれば、それで終わる国とは違うのだよ』

 銀は、首を傾げる無代にそう説いた。

 『もちろん、そういう国家を実現するには、国民の誰もが元首となれる資質と、教養を備えていなくてはならない。当然、そのための高度な教育制度があるはずだ』

 病の床で夢を見るように、銀はつぶやいたものだ。

 『そこには、我が妻・巴の師であった賢者殿のような師が集い、この世のあらゆることについて思索をめぐらせ、そして培った知識と知恵を次の世代へと伝えていくのだ』

 それは血で血を洗う戦国の世に生まれた一人の男が描いた、一つの理想そものであったのだろう。

 瑞波の国内に教育機関・天臨館を創設したのも、彼にその思いがあったからに違いない。そして事実、その学び舎から巣立った者たちが、のちに瑞波の民主化を成し遂げることになる。

 『空に浮かんだ都市、岩をも穿つ工業力、空飛ぶ船、民主主義……人間の力と知恵に果てはないのだ……』

 銀の言葉は夢か、それとも病が見せたうわごとであったか。

 (……アンタの夢は本当だったよ、天井裏の魔王)

 結局、一度もこの街を訪れることがなかった男に、無代は心の中で呼びかける。妻の師である翠嶺に何度か招待を受けたが、そのたびに体調を崩してしまった。

 (祭りの前に熱出す子供と一緒だ、まったく)

 無代は苦笑したものだ。

 もし彼がこの街を訪れていたら。無代と同じように飛行船に乗り、地下の大空洞を戦車に乗って駆け巡ったならば。

 (熱出すぐらいじゃすまなかったろうな。はしゃいじまって、『もう帰らない』って言い出したかも)

 「無代さん?」

 黙ってしまった無代の顔を、架綯が下から心配そうにのぞき込む。

 「いえ、なんでもございません、若先生」

 無代が顔を上むきに振ってごまかした。こんなところでわけもなく涙ぐんでしまっては、ただの変な人だ。

 「あまりに見事なもので、言葉を失っておりました」

 そうほめると、小柄な少年賢者はさらに嬉しそうな顔になる。彼もまた、いつかこの国を支え、あるいは導くために育てられた未来の卵なのだ。

 「ここも決して安全ではないが、敵は決定的に数が少ない。常に移動していれば、そうそう補足はされないだろう」

 大統領が、戦車から降りてくる。小太りの身体をツナギの戦車服に包み、頭には金属製のヘルメット。

 正直、ダサい。が、冬眠前のクマだと思えば、一周回って可愛いと言えなくもない。

 「カール」

 かわって、戦車の上から顔をのぞかせたのはエスナ・リーベルト。

 紫色の長髪と謎めいた美貌を持つ、カプラ社公安部門の生き残りだ。

 「バドンのオーバーホールを」

 「うむ……任せたよ、エスナ。無代さん、架綯先生もバドンに乗ってくれ。灰雷も」

 大統領に促され、二人が戦車に乗る。武装鷹・灰雷はもともと、戦車の主砲を悠々と止まり木にして休んでいて、いっそ戦車の主(ぬし)は彼女のようだ。

 ぐろろろ……と、巨大な戦車が低い唸りを上げ、エスナの操縦で前進を始めた。雪の上に残されたのは大統領と、わずかな護衛のみ。

 ごろごろと5分ばかりの移動だったが、架綯は安心と疲れからか、無代に寄りかかってうとうと。

 「どちらへ?」

 無代が聞いても、エスナは答えない。無視しているわけではなく、行けばわかる、ということだろう。

 戦車が向かう雪の先に、人の一団が見えた。人数は20人ほどか。

 ごぅん、と戦車が止まる。だが、そこに集った人々は無言……どころか、エスナが戦車を降りて近づいても、こちらを見もしない。

 「……バドンのオーバーホールをお願いします。戦闘がありました。主砲を撃っています」

 「……」

 返答なし。

 「あの……」

 「帰んな」

 エスナの呼びかけに、冷たい声が返った。

 「国民を見捨てた大統領に貸す腕はない。我ら『ハート技研』にはな」

 

 つづく

 

 

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第十六話「The heart of Ymir」(12)

 「国民を見捨てた大統領に貸す腕はない。我ら『ハート技研』にはな」

 そう言い放ったのは、男たちの中心に、どっかと腰を据えた初老の男だった。

 「なんとおっしゃいました?!」

 思わず反応したのは無代だ。

 「……?」

 初老の男が、怪訝な顔をする。だがそれも当然。

 なにせ今の無代ときたら、もはや原型を留めないレベルまでボロボロになったツナギ1枚。飛行船『マグフォード』で、デッキシューズと一緒に船員用の予備を借りた、あの時のままだ。

 あれから飛空戦艦『セロ』の襲撃をくぐり抜け、カプラの女子寮に忍び込み、ジュノーの外岸壁をよじ登り、片足を切り落とした偽装で架綯を救出した後、空中ブランコで浮遊岩塊を脱出し、地下水路で敵の攻撃を振り切った。

 まともな人間なら、10回は死んでいてもおかしくない冒険をやりきったのだ。

 結果、どちらも無代自身の血で濡れては乾き、濡れては乾きを繰り返し、今やどす黒い厚紙さながらの有様である。

 「なんだ、テメエは?」

 「これは申し遅れました」

 相手の不信と敵意の前で、即座に姿勢を正し、丁寧に一礼。

 「手前、『瑞波の無代』と申します。放浪の賢者・翠嶺先生、またカプラ・グラリスNo5、ノヴァ・ハート様にお世話になりました者にございます」

 「なんだと?! 『お嬢』に?!」

 翠嶺、そして何よりG5の名前に、初老の男だけでなく一団の全員が反応した。

 『我らハート技研』、彼らがそう名乗ったことを、無代はもちろん聞き逃していない。そしてハート技研とはほかでもない、グラリスNo5ホワイトスミスの父親が創業した町工場であり、そして彼女自身が共和国有数の大企業へと育て上げた技術集団なのだ。

 「はい。わたくし、ほんの昨日までカプラの皆様と一緒に囚われておりましたもので、そこで大変お世話に」

 「……いい加減なこと抜かすとタダじゃおかねえぞ、テメエ?」

 初老の男が凄む。本気で無代を絞め上げかねない殺気。

 (よほど大事に想われているらしい)

 彼らの反応の激しさを見て、無代は逆にG5という女性の慕われっぷりを逆算する。うかつな対応をすれば、逆にこちらの信用を失うだろう。

 (さて、一筋縄じゃいかねえぞ)

 無代が内心、ペロリと舌を舐める。

 だが、意外なところから助け舟が来た。

 「ほ、本当です! その人の言うことは本当なんです! イナゥヴァ技師長!」

 戦車の上から、転げ落ちんばかりの勢いで駆けてきたのは、ドングリ色の教授服を着た小柄な少年。

 架綯だ。

 戦車の上で居眠りしていたが、さすがにこの騒ぎで起きたらしい。

 「この人、無代さんは味方です! 僕も、翠嶺先生も、みんなを助けてくれた、勇敢で優しい人です! 僕が……『俺』が保証します!」

 無代と出会ってわずか、人に対して、ここまで大声で主張できるまでになるとは。

 「あ、いえそこまで大層なことは」

 苦笑して頭をかく無代を、しかし一団はまるで無視。

 「架綯先生!? アンタ無事だったのか!!」

 初老の男は、ついに立ち上がって架綯のもとへ駆け寄ると、大きな手で架綯の小さな肩を抱く。二人、もとから知り合いであったらしい。

 「賢者の塔の人たちは、残らず『ハデス』に捕まっちまったと」

 「はい。でも、無代さんと……灰雷が助け出してくれたんです!」 

 「むぅ……」

 そこまできて、初老の男はやっと無代を見る。さらにその向こう、停車した戦車の砲身を止まり木にした武装鷹・灰雷の姿も。

 「どうやらマジみてえだな」

 「お話をお聞きいただけますでしょうか? カプラ嬢の皆様の消息、そして『マグフォード』の帰還まで、あまり時間がございません」

 「『マグフォード』! 提督・バークも無事か!」

 「もちろんでございますとも、イナバ様」

 無代が、無駄にいい笑顔でうなずく。初老の男の名前、正確には『イナゥヴァ』と発音するようだが、無代はあえて瑞波風にアレンジ。その方が、逆に無代を覚えてもらいやすい。

 交渉は円滑、これも架綯のおかげだ。

 (若先生、一皮むけたじゃないか)

 内心の評価を改める。交渉人としてはいささか正直すぎるが、今回はそれがうまく働いた。

 「では、情報の交換と参りましょう……ですがその前にひとつ、よろしゅうございましょうか?」

 「なんだ?」

 逆に問われた無代が、横目で指した先に、木箱の山。

 「ひょっとして、あれは食料でございましょうか?」

 「めざといな、おい。……腹へってんのか?」

 初老の男、イナバがニヤリ。だがその顔には、もはや疑いの色はない。

 「手前、料理人でもございまして。よろしければ皆様にもご馳走を」

 「いいだろう」

 イナバが了承する、そのタイミング。

 「で、その代わりと言っては、なんでございますが」

 「戦車か……? わかった、やってやらあ」

 一瞬、複雑な顔をしたイナバだが、結局は了承。

 「ついでに、何か着るものもお貸しいただけますれば」

 「アンタ……無代さん?」

 無代の怒涛の攻めに、イナバはもはや苦笑するしかない。

 「その辺で勘弁しな。ケツの毛まで剥かれそうだ」

 

 つづく

 

 

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