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第十二話「The Flying Stones」(3)
  D1が話を始めてから翠嶺の顔色が変わるまで、さほどの時間はかからなかった。が、しかしそれも当然だろう。
 総ての始まりとなった『カプラ嬢殺害事件』。
 そこから発覚した『カプラ社とカプラシステムの乗っ取り事件』。
 正直、それだけでも国家レベルと言ってよい大事件だ。しかもそれに、翠嶺自身がずっと追って来た『BOT事件』が直接絡んでいる。
 「嘘……でしょう?」
 『賢者』の代名詞でもあるこの戦前種さえ、思わずそうつぶやいたほどだ。考え事をする時の翠嶺の癖、教授服の振り袖を腕にくるくると巻き付けるあの癖が、端で見ていると可笑しいほど繰り返されている。
 「じゃあ最初に殺されたカプラ嬢は『BOT』だったというわけ?」
 「はい」
 翠嶺の質問に答えるD1の声は、これでもかと固い。
 「となると、首謀者はカプラ社のアイダ専務。BOTを使い、内部からカプラシステムの魔術式(プログラム)をハッキングすることで、その乗っ取りを企んだ、と」
 くるくる、と翠嶺が袖を巻く。
 「……いいえ、賢者様。申し上げにくい事ですが、アイダ専務の後ろには恐らく、社長を含めた役員会がいるものと」
 D1の両拳が、白くなるほど握りしめられる。
 「なんてこと……」
 巻いた袖をほどいて、またくるくる。
 「会社ぐるみ、というわけ? しかもその挙げ句、邪魔になったカプラ嬢の全員を浮遊岩塊に拉致幽閉……。じゃあ今、世界中で立っているカプラ嬢は?」  くるくる。
 「はい。全員『BOT』にすり替えられているはずです。その上、カプラシステムの制御も奪われています」
 「まずいわね、それは。とてもまずい」
 くるくる。
 「あの鉄壁の『カプラシステム』に、まさかそんな穴があったなんて」
 翠嶺が天を仰ぎ、ふーっと息を吐く。さらりと揺れるエメラルドグリーンの髪、それに縁取られた細く、真っ白な喉が美しい。
 「カプラシステムの構築には、実は私も関わったのよ。遠い遠い、昔の話」
 D1と無代の方に顔を戻し、今度は翠嶺が語り始めた。
 「まあ『関わった』と言っても、ほんの少しお手伝いをしただけだけれどね。根幹となる魔術式(プログラム)は『私の先生達』が構築なさった。本当に凄い人達だったわ」
 聖戦時代、異世界から襲来した『空間を操る魔物』。苦労の末に捕獲したその魔物に知性を与え、まったく新しい魔法生命体を生み出す。
 彼らはそれに『カプラ』の名前を与えた。
 そして彼の力を使い、空間転送と倉庫のサービスを行うという『使命』もまた、同時に与えたのだ。
 未曾有の災害を真逆の公益に変えてしまう、大胆にして超高度なプロジェクト。それこそが世界に冠たる『カプラサービス』そのものなのだ。
 「カプラプロジェクトでは特にセキュリティ、外部からの悪意ある干渉に対する守りに最大の労力が払われた。『外』からカプラシステムに干渉する事は、今の私でさえ不可能でしょう」
 この世の魔法を極め尽くしたとさえ言われる女賢者が、その滑らかな肩をすくめる。
 「でも賢者様、その防御も破られてしまいました」
 悔しさを押し殺したD1の声は、まるで消え入るようだ。本当はそんな言葉を口にしたくないのだろうが、あえて言葉にすることで自分に鞭を当てている、そんな風にも取れる。
 「貴女のせいではないわ、D1」
 それを敏感に察したのだろう、翠嶺がことさらに優しい声を出した。
 「『BOT』化したカプラ嬢にハッキングプログラムを仕込み、『中』からシステムを崩すなんてね。さすがの先生達も、そこまでは想定していなかった。そして私自身も」
 翠嶺がくるくる、と袖をほどく。
 「私が『BOT』の事件に関わって最初にしたことは、我が賢者の塔に『BOT』が入り込んでいないか調べることだった」
 翠嶺の言うには『BOT』を見分ける簡単な魔術式が開発されており、魔術系か僧侶系の術者であれば比較的短時間で、しかも相手に気づかれずにその存在をあぶり出せるのだという。
 「で、調べた結果、塔の末端の一部に彼らが入り込んでいるのを発見し、排除しています。実はシュバルツバルド政府内でも、複数発見している」
 「……そんな場所にも?!」
 D1が激しく動揺する。
 「そう。だからカプラ社にも、私の名前で警告は出したのよ。でも返事は無かった。その時点で、もう少し気を配るべきだったわ」
 翠嶺がまたくるくる、と袖を巻く。
 元々カプラ社という会社は高い独立性を認められており、社内には独立した公安調査機関まで持っていて、賢者の塔やシュバルツバルド政府といえどもやすやすと干渉はできない仕組みだ。だが今回はそれが逆に、内部の腐敗の露見を遅らせる結果となってしまった。
 「カプラ公安部は優秀で知られているし、シュバルツバルド政府とも密接な関係があったはず。それが全く機能しなかったということは……根っこは相当に深そうね」
 翠嶺がため息をつく。
 「公安部そのものが裏切っている可能性もあります」
 D1がぼそり、と呟く。
 『カプラ公安部』はカプラ嬢のドロップアウト組、はっきり言えば『落ちこぼれ組』で構成されている。まあ一口に『ドロップアウト』と言っても必ずしも実力不足というわけではなく、そこには様々な理由がある。だがそれでもD1のような、陽の当たる場所だけを歩いて来たパリパリのエリートから見れば、どこか暗く胡散臭い存在であることは確かだった。
 実はD1、カプラ社内にそんな怪しげな機関があることに対し、日頃から会社に不満を訴えていたぐらいなのだ。
 「でも結局は私が、カプラ嬢の中に『BOT』が潜んでいる事に、早く気づいてさえいれば済んだことです!」
 D1が唇を噛む。その形の良い、しかし意思の強そうな唇にぷっつりと血が、そして同時に言い尽くせない無念が滲んだ。カプラ嬢の頂点であるD1、『ディフォルテーNo1』を受け継ぐ者として、カプラ嬢の中に悪意ある者の侵入を許した事が、一体どれほどの痛恨事だったか。
 「これまで築き上げたカプラの信用を、こんな無様な形で壊してしまうなんて……お客様方にも、かつて『D1』を名乗った先輩方にも、何一つ申し訳が立ちません!」
 ほとんど叫ぶようなD1の言葉に、しかし翠嶺は怒るでもなく、しかし突き放すようでもなく、
 「貴女がそう思うなら、そう思っていればいいわ」
 D1を真っすぐに見ながら、言葉を続ける。
 「でもD1? 貴女が今しなければならない事は、そうやって自分を責める事かしら?」
 ことん。
 そんな音が聞こえた気がした。それは翠嶺の言葉が、D1の心の中にそのまま、真っすぐに届いた音だ。『腑に落ちる』という言葉があるが、まさにこれを言うのだろう。
 「はい、賢者様」
 マントに包まれたD1の身体からゆっくりと、強ばりが取れていくのがわかる。
 「反省や悔悟は決して無駄ではないけれど、過ぎた事ばかりに足を取られていては、前には進めない」
 翠嶺がくるり、と最後の袖をほどく。
 「ね?」
 「はい、先生。……ありがとうございます」
 D1が静かに頭を下げた。心の中で何かがほどけたのだろう、その目は赤く、透明な涙がゆらゆらと滲む。
 「先生のおっしゃる通りだよ、D1」
 それまで一切の口を挟まず、黙ったままだった無代が、またことさらに明るい声を出した。
 「よっ、と。さあ、出来たぜD1」
 無代が立ち上がり、ふわり、とD1の前に広げてみせたのは、彼女がさっきまで着ていた服だった。空の牢獄に残ったG1、『グラリスNo1』に預けたカプラの制服の代わりに、仲間のカプラ嬢達から借りたシルクローブ。空中からの落下であちこち傷み、とどめに湖への落水でびしょ濡れになったものだ。
 だが今は奇麗に乾き、破けた布も繕われている。
 「新品同様とはいかないけど、恥ずかしくない程度にはなったと思うぜ」
 そう言って笑う無代、どうやらD1が翠嶺に事情を説明する間、ずっとこの服を繕っていたらしい。しかも言うだけの事はあり、かなり大きな破れ目もほとんど分からないレベルに復元されている。
 その服をほい、とD1に手渡しておいて無代、
 「ゴミを処分して参ります」
 と翠嶺に断ると、先刻の食事で使った即席の食器や残飯をひとまとめに持って、さっさと姿を消してしまった。
 「着替えるといいわ、D1」
 なんだかあっけにとられているD1を、翠嶺が苦笑しながら促す。ちょいちょい、と指差したその指の先には、無代がさっきまで座っていた岩。その上に奇麗に畳まれたD1の下着が、そっと置かれていた。
 しばらくして無代が戻って来ると、既に服を着終わったD1の深紅の髪を、翠嶺が自分の櫛で梳かしている最中だった。D1はしきりに遠慮するが、
 「はい黙って。じっとしていなさいね」
 聞く翠嶺でもない。
 それにしても翠嶺のエメラルドグリーンの髪と、D1のルビーレッドの髪。何とも好一対の、いずれ劣らぬ美女が湖畔の木陰でそうしていると、まるで太古の女神を描いた一幅の絵のようだ。
 「まこと眼福の至り。無代、寿命が延びましてございます」
 笑う無代の冗談も、意外と冗談ではないかもしれない。
 最後に翠嶺から無代へ、想い人である香の消息が告げられた。彼女は無代を追って瑞波の国を出た後、ルーンミッドガッツ王国に向かう船の中で拉致され、一度は『BOT』にされかかりながら辛くも脱出。翠嶺やクローバーら『飛空艇・ヤスイチ号』の面々によって救われているのだ。
 「それは……何とも先生にはご恩ばかりで……」
 如才なさでは人後に落ちない無代も、この話にはさすがにうまい反応ができなかった。。自分も人の事は言えないが、香のそれもたいがい波瀾万丈、間一髪にもほどがある。
 「いえいえ、礼には及ばないわ。あの子はまあ、8割方は自分で助かったようなものです」
 翠嶺が可笑しそうに笑う。
 「ほんと、身体から魂を抜かれて『BOT』にされるところを、自分で戻って脱出するなんて、この世であの子しかできないでしょうね」
 賞賛を惜しまない言葉ではあるものの、その異能の姫君を何気に『あの子』呼ばわりしているところが翠嶺らしい。
 「でもあの子のお陰で別な希望も生まれた。彼女なら『BOT』にされた人間を元に戻せるそうよ」
 「!?」
 D1の、そして無代の顔が紅潮した。
 「先生?! それはまことの事ですか!」
 「ええ。あの子が自分でそう言ったわ、『戻せる』と」
 翠嶺が力づけるようにうなずくと、D1も無代も、明らかにほっとしたようだ。『BOT』化されてしまったD4・モーラを始め、悲劇の被害者達を救うことができるという情報は、2人にとってまさに天恵である。
 「香が……」
 小さくそうつぶやいた無代の表情が一瞬、ふっと揺らぐのをD1は見た。それはここまで飄々と明るく振る舞ってきた無代に似つかわしくない、ひょっとして泣き出すのでは、と疑わせるような、気の抜けた弱々しい表情。
 すぐに元の表情に戻ったので、翠嶺さえそれに気づいていない。それにD1が気づけたのは、以前に一度その表情を見たことがあったからだ。
 あの浮遊岩塊の上から飛び下りる直前、皆に隠れて嘔吐していた時の、あの表情。
 彼だって本当は不安で恐ろしい、でもそれを押し隠して、精一杯元気に振る舞っているのだ。
 翠嶺の話を聞き、先の見えない不安に光が射したことで、それが少し緩んでしまったのだろう。
 「ただ、肉体から引きはがされた魂は、本来なら数時間で消えてしまう」
 「?!」
 D1と無代に再び緊張が走る。  
 「でもそれには例外があることも、あの子が証明してくれた。絶望するのはまだ早いわ」
 母のゴスペルに包まれた双子、『エンジュ』と『ヒイラギ』の魂は、今も消えずに翠嶺の傍らにある。
 翠嶺が決然と口を開く。
 「まずは『カプラシステム』をアイダ専務一派から取り戻す。そのためにはニブルヘイムのN0(エヌゼロ)が持つ、カプラのオリジナルプログラムが必要、ということね」
 翠嶺が教授服の方袖をまたくるん、と腕に巻き付ける。
 「賢者様、そのN0というカプラ嬢の事は、『D1』である私もよく知らないのですが……」
 「実は私もなのよ、D1」
 D1の問いに、翠嶺も困ったように眉を寄せる。
 「カプラシステムの構築に関わった、とは言っても、正直な所あまり詳しい事は知らないの。ニブルに特殊なカプラ嬢がいる、という事はもちろん知っているけれど、その彼女がそんな重要な鍵を握っているなんて知らなかった」
 「『原初にして永遠のカプラ嬢』。彼女の事を、相談役は最後にそうおっしゃっていました」
 「その意味も含めて、調べてみる必要があるわね」
 くるん、と、もう方袖も腕に巻き付ける。
 「『カプラシステム』を構築したのは賢者の塔の先輩達だけれど、後に交わされたカプラ社との間の協定で、それを研究する事は禁じられているの。当時の資料も総て廃棄された。すべてはカプラ社の独立性を保つために、ね」
 確かに、人間や物資の輸送に絶大な力を持つカプラ社が、どこか特定の国家や団体に肩入れすれば、世界のパワーバランスを大きく崩すことになる。
 カプラ社が高い独立性を認められているのも、その中立を貫くためなのだ。
 「だから、あの会社がバランスを欠いている今の状況は、正しく『世界崩壊の危機』だわ。一刻も早く何とかしなければ」
 「重ねてご助力をお願いします、賢者様。それに……」
 「ええ。捕われているカプラ嬢達の救出もね。大丈夫、忘れてはいないわD1。それに関してはちゃんとアテもあります」
 力強く頷く翠嶺の脳裏に、飛空艇『ヤスイチ号』の純白の機体と、それを指揮するクローバーの逞しい顔が浮かぶ。あの無敵の戦前機械(オリジナルマシン)と連絡が取れさえすれば、たとえ地上数千メートルの浮遊岩塊だろうが、カプラ嬢達を救い出すことなど、自分の庭で花を摘むようなものだ。
 ただ、そのヤスイチ号が今どういう状況にあるのか、さすがの翠嶺もこの時は知らない。
 クローバーとヤスイチ号は翠嶺と別れた直後、所属するレジスタンス組織のトップ『プロイス・キーン』の裏切りに遭い、一度は囚われの身となった。だが部下であるヴィフとハナコ、そして香の身体を借りた何者かの助けにより脱出に成功、現在は助けを求めにアマツ・瑞波へ向かう最中だ。
 同時に、今や秘密組織ウロボロスの一角『ウロボロス6』となったプロイス・キーンの手には、ヤスイチ号の同型艦である『セロ』があり、その力によってルーンミッドガッツ王国最強の守護者たるマグダレーナ・フォン・ラウムすら倒されている。
 いかに翠嶺でも、その知の及ばない場所で進む事態までは対応できない。ましてや無代やD1がそれを察しろ、というのは無理な話だ。
 「翠嶺先生のご助力があれば百人力、いえ千人力でございます」
 無代が無邪気に喜ぶのも致し方ないことだろう。 
 「でも困ったわね。一度アルデバランまで戻って、そこからカプラ転送でジュノーへ移動するつもりだったのだけど」
 翠嶺が、すっきりとした眉をひそめる。確かにカプラ社が信用できず、しかもアルデバランに立っているカプラ嬢までが『BOT』となれば、うかつに空間転送は頼めない。どこか遠い海の上だの、果ては地上数千メートルの上空にでも放り出されたら、いくら翠嶺でも助かるまい。
 「まして途中で意識を奪われて『BOT』化されてしまうとか考えるとぞっとしないわ」
 滑らかな肩を竦める翠嶺に、無代もうなずく。
 「いささか時間はかかりますが、やはり歩いて参りますしか。D1は私が背負いますので」
 「いや大丈夫だ。ちゃんと歩けるから」
 無代の言葉を強く否定したD1だが、強がりは明らかだ。
 「今は甘えておけよ。ジュノーに着いたら忙しくなるんだからさ」
 それでもぐずぐず言うD1をどうにか黙らせ、無代が再びD1を背負って立ち上がる。
 さてこの時の無代と来たら、膝下を引き千切った例の半ズボンに、同じくシャツの両袖を肩から千切ったベスト、というかランニングというか、とにかくそういう類いの物を、言い訳程度に身につけているだけ。それなりに鍛えられた体躯に、傷だらけの肌をあちこちむき出しにしたその格好だと、まるでどこか場末の港で働かされる、最下層の苦役奴隷にでもなったかのようである。
 しかしこの無代という男、言うまでもないことだが『奴隷』などにはほど遠い。
 「無代、槍を」
 翠嶺が促すのと、無代の手からすっ、と槍が差し出されるのが同時だ。しかも、
 「あら……可愛いこと」
 思わず翠嶺が声を上げたのは、差し出された二振りの槍、その穂先に一匹ずつ、セミとトンボが止まっていたからだ。いや止まっていた、と言っても無論、本物の虫ではない。槍の穂先に鞘を固定する鞘紐、それを結って飾りとしたものだ。『蝶結び』というものがあるが、それよりも遥かに複雑で巧妙な結び方。
 当然、無代の仕業である。
 仕掛けた本人がしれっ、としているのが小憎らしいが、それまでの緊張が少し和んだのは事実だった。
 「悪いが、少し急ぐぞ」
 槍と帽子を受け取り、性格が『冬』に戻った翠嶺の声も、言葉の割にはどこか優しい。
 「承知仕りましてございます、先生。どうぞ斟酌は御無用に」
 それに対し、手加減抜きでいい、と返した無代の笑顔ときたら。やる事なす事、奴隷どころかむしろ不敵、と評していいぐらいである。
 翠嶺の先導で湖を離れ、荒れた岩山を歩き出す。
 『急ぐ』と言った翠嶺の言葉が、冗談でも脅しでもないことはすぐにわかった。
 シュバルツバルド共和国辺境の山岳地帯。ろくな道もない、岩だらけ薮だらけの土地は歩きにくいことこの上ない。しかも浮遊するカビのようなモンスターや、羽の生えた獣人型のそれなど、直接的な脅威もある。
 だが一行の先に立った翠嶺は、手にした得意の槍でそれらの脅威をなぎ倒しながら、ずんずんと歩いて行く。マントをD1に貸したため、今はむき出しになった美しい脚が、そのたおやかな外見を裏切る力強さで山道を踏破する。女性で、しかも研究者というそのプロフィールからは想像もできないペースだ。
 だが無代とて負けてはいなかった。
 翠嶺の後をついていくだけとはいえ、女性にしてはかなり大柄のD1を背負った上に、巨斧ドゥームスレイヤー、加えて翠嶺の荷物まで腰に結わえ付けている。単純な重量だけ見ても、下手な男では歩くどころか真っすぐ立つことさえ難しいだろう。
 ましてこの山の中、このハイペース。先を行く翠嶺でさえ、たとえ無代が音を上げてたとしても叱るまい、と内心密かに思っていたほどだ。だが、

 「D1、大丈夫か? 酔ったら言えよ?」
 
 「あ、先生も、お疲れになりましたらお水がございます。元気が出るよう、ハーブとハチミツを入れてございますので、いつでもお声をおかけ下さいませ?」
 
 「いえいえ、恐れながら先生。今は平気なご様子でも、汗やらなにやらで水分が減るものでございまして、喉が渇いてから飲んでもいささか遅いのでございますよ?」

 この調子である。
 さすがにずっとしゃべり続けるようなことはないが、しかししゃべったところで息が乱れる事も、上がることも切れることもない。もちろん足取りに微塵の乱れもないのは当然だ。脚を左右に『がに股』気味に開き、身体を軽く前傾させ、あまり身体を上下に揺らさずに移動する。軽快な野生の羚羊のような翠嶺の脚運びに対し、もっと大型の獣、例えば羆のような雰囲気さえある。
 のっし、のっし、という擬音がよく似合いそうだ。
 「無代、お前……」
 「はい、先生? お水でございますか?」
 「違う。……いや、水はもらっておくが」
 「どうぞ、先生」
 一度も振り向かない翠嶺に、無代が滑らかに水筒(コレも無代が木で作った)を渡し、飲んだら受け取って背後のD1に回し、最後は自分も飲んで腰に戻す。
 これだけの動作をして、やはり足取りに乱れはない。
 「無代、お前ひょっとして『カツギ』の経験があるのか?」
 「は……これは恐れ入りましてございます」
 「そうなのか?」
 「はい。とんだガキの頃でございますが、少々縁がございまして」
 「……『カツギ』?」
 不思議そうにつぶやいたのはD1だ。
 「『強力(ごうりき)』の事だよ。高い山の上へ、人や荷物を担ぎ上げる。だから『カツギ』」
 無代が丁寧に説明してやる。
 「この男、無代の故郷であるアマツではな、高い山を信仰の対象に見立てて、それに登る事が修行であり功徳を積むことになる、と信じられている。その手助けをする仕事なのだ」
 翠嶺の解説まで付く。
 「どうせ時間はある。一つ話してみよ」
 「どうも……お聞かせするような面白い話ではございませんが」
 無代は苦笑しながら、しかし話し始めた。
 もちろん、歩調は緩めず乱れも無い。
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