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第二話「The Sting」(4)
 のん気に肉まんを担いで歩いていた流が異変を感知したのは、天臨館の中心部、本棟の姿が見えた時だった。
 建物の影から、見慣れた少女の影が疾走してくる。
 静だ。
 「義兄様! 流義兄様! テロです! モンスターがいっぱい校庭に!」
 小さな許嫁の声が届く前に、流の巨体も疾走に移っている。
 ただ走り出す前に、持っていた肉まんを捨てず、一応その辺の庭木に引っ掛けたのが彼らしい。
 静の後ろから駆けてくる屈強な人影は、世継ぎである流の周囲を固めるべく、生徒から選び抜かれた近衛の面々。
 そしてさらにその後ろ。
 天臨館の中庭に、異形の姿が垣間見える。
 河童。それも相当の数。
 流と静が合流し、その周囲を大柄な男子生徒がぐるりと取り囲むが、やはり流が頭一つ飛び出している。
 「静! 綾は!?」
 「綾姉様は中庭で戦ってます! 皆で庭まで河童を釣ってきてて…」
 「よし。笠垣! 報告!」
 流が歩調をやや緩め、周囲の少年達に指示を飛ばす。
 名を呼ばれた笠垣は、瑞花の町奉行の三男。二人の兄に疎まれるほど文武に秀でた俊英で、校内の防衛隊をまとめる大役を担う。
 流の事実上の副官と言っていい。
 「はっ! 若様、笠垣報告いたします! 午後三つの鐘が鳴るのと同時に、校庭の南側から河童の集団が出現。生徒はほぼ全員が自習で本棟内におりましたので、いったん出入り口と窓を鎧戸で閉め切り、棟内で緊急時の班分けと武装を」
 「大義。それで」
 「準備でき次第、綾様が本棟正面から討って出られ、同時に本棟左右の出入り口から支援を展開。綾様への集中を避けつつ、中庭に敵をまとめております。現時点で死者、重傷者なし」
 「よし。ロルーカ! 本棟以外の状況は」
 青髪のロルーカは遠くモスコビア貴族の子弟。ここ天臨館との交換留学生だが、すっかり流に心酔し留学期間が過ぎても帰国せず瑞波にとどまっている。長身に長い手足を持ち、オオカミを思わせる観察眼と持久力を兼ね備えた、生まれながらの斥候だ。
 「は。ロルーカ、報告いたします。行動要領にのっとり、偵察三班を校内に展開中。生徒を見つけ次第本棟に誘導、現時点で他の場所でのモンスター発生の確認はありません。同じく死者、重傷者なし」
 「東の端の未使用棟に二人いる。すぐに一班行かせろ。お前も行け」
 「はっ!」
 「急げ! 次、劉! 先生方への連絡は」
 劉はコンロンからの留学生。小柄ながら引き締まった身体と俊敏な体さばきを兼ね備え、高速かつ正確な伝令班を率いる。
 「劉であります。城内に直接テレポートできるものがおりません。最も近い堀の前まで飛ばしたのが四分前。城からはまだ何の反応もありません」
 「…四分…。城内に情報が伝わるのに十分として…援軍が来るまでもういくらもないな」
 「御意」
 流と、それを囲む一隊が本棟を回り、ついに中庭に入った。そこは今や戦場。
 中庭を我が物顔に闊歩し、生徒に襲いかかる河童の群れ。
 生徒たちもただ襲われているわけではなく、釣り役、回復、支援と役割を決め、数班に分かれて河童の動きを必死にコントロールする。
 「ヤスミネ! お前はいい! 敵から目を離すな!」
  流の姿を見つけて報告に来ようとする女生徒に、流の指示が飛ぶ。
 ヤスミネ、という名前の響きだけなら天津人のようだが、こなれた発音で呼べば「ジャスミン」。モ ロクの大商人の娘で、これも留学生だ。抜群のヒール回復力をかわれて回復支援班の要を担っており、今は確かに大忙し。流の指示に深くうなずくと、素早く 戦列に戻る。
 河童の数はおよそ数十。生徒の数はその三倍だが、全員が戦闘員というわけではない。
 むしろ戦闘員は少数。しかも彼らは、まだほとんど実戦を知らない。教練だけだ。
 その教練も、教師たちや城兵らの引率が常なので間違っても死ぬ事はないが、今はそうはいかない。
 全員のレベルを考えても、河童と安全に戦える者は皆無といってよい。

 ただ一人を除いて。

 「綾! ご苦労!」
 「流義兄様! 遅いぞ! オレ一人で片付けてしまうところだ!」
 流の大音声に負けない大声で怒鳴り返した相手。
 内容はどこかの豪傑兄弟の会話のようだが、その声はまぎれもなく女性だ。
 一条家の長女、一条綾。
 どんっ!
 声と同時に、河童が一匹吹き飛ばされて地に這う。
 武器は特大の木刀一本。
 折れないように鉄の箍をずらりと打ち込んである。
 髪はショートカット。
 あまりに硬い髪質のため、伸ばしても結えないからだという。
 大きな瞳は戦いの興奮に輝き、気合い声を叩き出す大きな口は大笑しているようにさえ見える。実は、父の鉄に最も似ているのが彼女なのだが、決して不美人というわけではない。
 逆に、その野性的な生命力でむせかえるような存在感は、この美貌にして異能の三姉妹の長女にふさわしい存在感を十二分に体現している。
 「義兄様! 妹達は?!」
 「綾姉さま! 静は義兄様の側におりますっ!」
 「おお! 静! 義兄様をしっかりお守りしろ!」
 「はいっ!」
 これには流も苦笑するしかない。
 無論、静の出番などあろうはずもなかった。
 綾の戦闘能力はずば抜けていた。河童の群れをほぼ一人で引き受け、まだ余裕がある。
 防具は胸当てのみ。それも専用の物ではなく、一般教練用のそれのためサイズが合わず、その豊かすぎる胸の盛り上がりを上半分しか覆えていない。
 さらにその余波で胴衣の裾もたくし上がってしまい、鉄片を打ち付けて肌で覆ったような見事な腹筋がのぞき放題だ。
 その下で、これまた立派としか言いようのない腰を守る革のショートパンツにしても、正直防御の役に立っているようには見えない。
 だが、それを補って余りあるのがその肉体。
 露出している首も、腕も、太腿も、臑も、すべてが強靭な筋肉で武装されている。が、それでいて鈍重な印象はまったくない。
 猫科の肉食獣、それも超大型のそれを思わせるしなやかさと力強さ。
 そして美しさ。
 「狩りをするのは雌。子供を産むのも雌」という野生の獣の掟を、人の身体で表現すれば必ず『綾という形』になるに違いない。
 実際、綾はその生涯に五人の子供を産み、ひ孫と共に戦場を駆けるまで長生きし、終生『瑞波大将軍』の座を保ち続けた。それとて、別に綾が譲らなかったわけではない。彼女が存命の間、誰一人その座を継ごうなどと考えもしなかっただけだ。
 「瑞波最強」を名乗るまであと四年。
 「天津最強」を名乗るまであと六年。
 そして「世界最強」まであと十年。

 『武神姫・一条綾』。
 その十六歳の姿がここにある。

 「綾様! 北の一班、三匹目参ります!」
 「同じく南三班、五匹目!」
 「おう! 構わん、まとめて連れて来い! 西五、東二もだ! 無理に止めるな! 4匹まとめて来い!」
 既に数匹を相手にしている綾の指示で、各班の釣り役が一斉に動き出す。
 目を血走らせたモンスターの群れが一気に綾に殺到する、瞬間。
 「ボウリングバッシュ!」
 特大の範囲攻撃。
 異形どもが肉片となって消失した。
 周囲の少年、少女達から感嘆のため息が漏れる。綾を見る彼らの目は、もう崇拝に近い。
 「止まるな! 手の空いた班は館内を再度偵察! まだいるかもしれんぞ、気を抜くな!」
 流の鋭い指示が飛ぶ。
 ここに至っても流は、近衛班が作る『本陣』から出ようとしない。彼が戦闘に参加すれば、それなりに綾を助けることができるはずだが、太い腕をがっちりと組んだまま動こうともしない。
 といって建物の中に避難するわけでもない。
 前線で直接指揮を執りつつ、直接戦闘には参加しない、という位置を崩さない。
 一つには、『総大将とはそういうもの』だからである。
 本来総大将とは武力に秀でる必要はない。流は『たまたま自分も多少強い』だけの話だ。
 今はせいぜい二百にも満たない小さな戦場だが、これが数万、数十万の戦場となれば、たった一人の武勇など大したことはない。
 綾のような並外れた武人はそもそも少数だし、彼女でさえ数十万の敵味方が入り乱れる中で、一人で戦局を左右することは難しい。
 むしろ、その『数』を一つにまとめあげる、武力以外の『力』こそが重要である。
 流が欲しいのは己の腕力ではない。その『数を動かす力』だ。
 (権威に法、信仰にカリスマ…金もか)
 それに比べれば自分の腕力など、わずかな敵から身を守るか、わずかな味方に『さすが若様』とお世辞を言わせる程度の意味しかない。
 そして動かない理由がもう一つ。
 (万が一にも、オレがケガをしてはいけない)
 それだ。
 (オレが無傷で、静たち姉妹が無事で、生徒を一人も失わないこと)
 今、この戦場においては、それこそが最優先事項である。
 理由を記そう。
 もし被害者が出れば、そしてそれが一条家の係累だったならば、間違いなく天臨館の教師、そして町奉行の配下が責任を問われ、大量に処分されることになる。
 処分の重い者には『切腹』もあり得る。
 それによって失われる人材は、テロの被害よりよほど大きいものになるはずだ。
 (…そうはさせん…断じてさせんぞ…)
 それを阻止するための、一条流の『本当の戦い』は、この『後』に始まるのだ。
 (…下手をすると、河童なぞよりよっぽどヤバいのが、城から来る…)
 既に結果の見えた目の前の戦局などに、もう流の関心は無いと言ってよい。
 刻限まであと…数分。
 (…こんな時に…無代のヤツは何をしてるんだ…!)
 いや自分が見捨てて行ったのだが、そこはコロッと忘れてるところが、この若様の大物なところと理解していただきたい。

 「…くそ…こんな時に流のヤツ、人を置いて行きやがって…囲まれたか…」
 ほぼ同時刻、無代は、香を腕の中にかばいながら毒づいていた。
 言うまでもなく、言い分は無代に分がある。
 確認出来る敵の数は四。いや五。
 未使用の建物に忍び込んで遊んでいたのが災いした。
 ここは流が定めた防衛ラインの『外側』なのだ。偵察も敵の誘導班も後回し。
 いずれは誰か来るだろうし、流も捜索の指示をするだろうが、少なくとも今は無代と香の二人だけ。
 援軍の到着まで見つからずに隠れていられればいいが、それはできそうもない。既に数匹が二人をターゲットに捉えている。
 いわゆる『タゲられている』状態だ。
 鎧戸を閉めている時間も人手もないので、ろう城も無理。こんな時に限ってテレポートアイテムである『ハエの羽』も『蝶の羽』もない。
 まして戦うなど論外。
 「走るぞ。おい」
 「…」
 香は返事をしない。
 無代が覗き込むと、元々血の気の薄い顔はさらに色を失い、目は呆然と見開かれ、唇は小さく震えている。細い腕で自分の細い身体を抱きしめるようにして、自失の体だ。
 「…大丈夫。何とかするから、オレの言う通り走ってくれ」
 「…」
 無代は香の硬直を、恐怖によるものと理解して励ました。が、香は実は、河童など見てもいないし恐れてもいない。
 自失の理由は別のところにあった。
 (…白じゃなかった…)
 大恐慌をきたした思考の片隅で、香は微かに考えた。
 (この人の運命は…白じゃなかった…)
 それは自分の見誤りだった。
 見たつもりが、見ていなかった。
 (白にしか…見えなかっただけ…私には…あまりに強すぎて…)
 光の三原色というものがある。
 赤。
 青。
 緑。
 この三つの色の光を重ねて発光すると、『白色』の光となる。
 逆に白色の光をプリズムで分解すると、虹になる。
 『白い光』とは、全ての色の光の集合体なのだ。
 香が、無代に見た『白』。
 (無数の運命の…分岐点…信じられない…こんなの…)
 その『白』には、あらゆるものが詰まっていた。
 無代自身の運命はもちろん、流も、静も、綾も、そして自分も。瑞波の人々も、見た事も無い国々の人々も。既に死んだ人々も、まだ生まれない人々も。
 魔も。
 国も。
 それらが、命の限り生きて、死ぬ。そしてまた生まれる。
 そして、それが何一つ確定しないまま、ドロドロに溶けて煮えたぎっている。
 その白熱こそが、『白』。
 ビッグバン直前の宇宙、という概念は、残念ながら香にはない。
 (無限の面を持つために、真球にしか見えないサイコロ)
 そういうイメージを作ってみる。
 どこへ転がるか、ほぼ推定不能のサイコロ。
 何者かが、世界の運命をもてあそぶために使う、無限の溝を持つルーレット。
 無代自身に何の力も、何の自覚もない。
 いやむしろ、人の何倍もひどい目にあうだろう。
 そして、彼に関わった者たちに、否応なくその人生を賭けさせ、無理矢理カードを引かせるだろう。
 そこから生まれる無数の分岐。新たに生まれる世界。
 満天の星。果てしない海原。遥かに高い青空。
 香が今まで見て来た人の運命など、ほんの小さなものに過ぎなかった。
 細く開いた窓の隙間から、ほんの一つ二つの星を眺めたに過ぎなかった。足下に寄せる波を見て、海と思っただけだった。
 軒下から見る雲を、空の高さと思っただけだった。
 香の『目』が焼き付く。
 『呪われた力』が湯玉になって跳ね回る。
 何一つ制御出来ないまま、香はただ、人々の運命と世界の巨大さに圧倒されていた。
 「…」
 「おい! おい! しっかりしろ! くそ…!」
 無代はこれ以上は無理、と判断し、香の身体を肩に抱え上げる。大した重さではないが、河童の包囲を走って突破するとなると空身でも厳しい。
 「…だけど…やってやる! せめてじっとしててくれよ!」
 だっ、と窓に足をかけ、そのまま庭へ飛び出し、一気に走り出した。
 河童が殺到してくる。
 三匹は振り切った。
 が、残る二匹は振り切れなかった。追いつかれるまであとわずか。
 二匹とはいえ、ほぼ戦闘能力の無い無代と香の二人が死ぬには十分すぎる。
 遺体の損傷次第では、蘇生魔法で復活出来るかも怪しくなるだろう。
 「…置いて…逃げて…」
 香が力なくつぶやく。
 べしん!
 「きゃ!」
 お尻を引っ叩かれた。…何年ぶりだろう…とかのん気な事を考えてしまう。
 「下らねーこと言ってんな! よし…あれだ! しっかりつかまれ! 姫さん!」
 香を自分の首に抱きつかせ、しっかり抱え直す。さすがに息が切れ、身体も限界。
 無代の首に抱きつけば、香からは当然、真後ろが見える。
 河童の生臭い息を感じられるほどの距離。もうだめだ。
 しかし…。
 ふ、と音が消えた。
 体重も消えた。
 浮遊感、そして…落下!
 「ひ…!!!」
 真っ暗な空間を落ちて行く感覚があり、次にがつん!という衝撃が襲った。
 「ぐぅっ! うううう!!!」
 無代が呻くのが聞こえ、香を抱いた身体ががくがくと震えた。
 「…ここ…?」
 「…痛てて…い、井戸…。…古井戸だよ。食料庫になりそうな場所探してて、たまたま見つけたんだ」
 香の頭は、まだ働きが鈍い。思考の白熱は収まるどころか、むしろ熱を増している。
 古井戸と言われてもピンとこない。が、薄暗い空間と、周囲の苔むした石積みを見て、何となく理解する。
 見上げれば、砕けた板のシルエットと、青空が見えた。
 要するに、古井戸の蓋をぶち抜いて落下したらしい。
 「…助かった…の…?」
 「まだだ」
 無代が辛そうな声を出す。
 「悪いけど後ろ向いて、そっちのはしごへ掴まってくれ。腕が…保たない」
 「…」
 「気をつけろ。急に手離すと落ちるぞ」
 無代の首から腕をほどこうとして、無代に注意され気づいた。
 足下に何もない。
 井戸の底まで落下する途中で、石積みに沿って作られた鉄はしごに掴まって止まっているらしい。
 慎重にに身体を入れ替え、はしごの方を向く。無代から身体を離すのを、身体が本能的にいやがるのを感じる。我ながら子供みたいだ、と、ぼうっとした頭で考える。
 錆びた鉄のはしごにつかまると、無代の手が見えた。血が滴っている。
 頭の混乱に拍車がかかってしまう。
 「…手…血が…」
 「…さすがに痛かった。生爪剥いじまったみたいだけど、食われるよりマシ…っ! クソ! 来やがった、畜生!」
 「!」
 井戸の上。壊れた蓋の間からこちらを覗き込んでいるシルエットは、明らかに味方ではない、異形のそれだった。
 「…何とか隠れていられればと思ったけど…そう上手くはいかねーか…ここでじっとしててくれ」
 「…どう…するの?」
 「一匹だけなら、何とかしてみる。駄目だったらすまん」
 「無理よ!」
 「何とかする」
 言い残して、無代がはしごを登り始めた。
 逆に河童は、井戸の石垣にその爪を引っ掛けるようにして、こちらへ降りてくる。
 香が見上げる中、二つの影が交錯した。
 「この…野郎ぉぉぉおおお!!」
 無代の、腹から絞り出すような叫びが、狭い井戸の中に響き渡った。
 そして、二つの影が一つになり、暗闇へ向けて落下する。
 「…あ…!」
 香の側を、激しく争う二つの肉体が通過する。手を出す事も忘れて、呆然と見守る。
 ずん! 重い衝撃が、井戸の石組みさえ揺らした。
 「…む、無代っ!」
 香が叫ぶ。
 彼の名前を呼ぶのは二度目。それがこんな時とは。
 しかし返事は無い。
 急いではしごを降りる。
 先に待っているかもしれない危険など、頭から吹き飛んでいた。無限にも思える、錆びた鉄のはしご。
 ある所から急に錆がひどくなるのは、かつて水のあったラインだろう。
 辺りがどんどん暗くなるのは、井戸の口が遠くなるせいだ。
 必死に思考を分割し、両方の瞳に瞳孔を開かせる。限界まで、いやその上まで。
 底が見えた。意外に広い。
 無代がうつぶせに倒れ、その向こうに異形の姿。どちらも動かない。
 異形には目もくれず、無代にすがりつく。
 「…姫さん…」
 「無代! 無代…あ…!」
 血だ。無代の身体の下に、血が溜まり始めている。
 「…っ!」
 大急ぎで出血している場所を確認。足だ。右膝が砕けて骨が見え、そこからの出血。
 血を止めないと命に関わる。
 白熱した思考から必死に知識を探し出しながら、腕に思考を分割して筋力を強化。
 傷口を懐紙で覆い、自分の着物を裂いて作った簡易の包帯で締め上げる。
 (…止まって…止まって…)
 「…止まっ…て…よ…!」
 駄目だ。今は泣いている場合じゃない。
 「…姫さん…駄目だ、逃げろ!」
 視界の隅で、異形がむくりと起き上がった。動きは鈍い。その胸板に巨大な傷。
 無代が落下の衝撃を利用し、右膝が砕けるのと引き換えにつけた傷だが、致命傷には至らなかったのだ。
 「殺せなかった。すまん、逃げてくれ。一秒でも食い止めるから、味方が…綾が来るまで…」
 「…香って、呼んでよ…」
 うつむいて、無代の足の傷を押さえたま香がつぶやいた。
 「…何だって!?」
 「私だけ『姫さん』とか呼ぶのずるい。姉様や静は名前で呼ぶのにずるい」
 「おま…何言ってんだ! 早く逃げろって!」
 「…いやだ」
 思考が限界に来ていた。焼き付いた脳髄はもう、まともな判断ができない。
 したいことを、したいようにするだけ。
 「ばかやろ!」
 どん! と突き飛ばされた。ころん、地面を一回転する。
 それでも馬鹿のように無代のところへ戻ろうとして、香は見た。
 無代が、河童の足にすがりついていた。動かない足は投げ出したまま。両腕で必死に組み付き、さらに膝の裏の靭帯に噛み付く。
 そして目で『逃げろ』と香に訴える。
 まったく、諦めるという事を知らないらしい。
 だがその背中に、河童の爪が狙いを定めた。その一撃が振り下ろされれば、間違いなく致命傷だ。
 (…死んじゃう)
 (…無代が)
 (…消えちゃう)
 (…未来が)
 分散した思考たちが悲鳴を伝えてくる。が、それを受け取る脳はすでに思考を停止していた。
 (…私の)
 (…幸せが)
 (…消えちゃう)
 
 幸せ。

 ああ、幸せだった、と思う。
 この数日、無代を見つめながら過ごした時間。
 よく笑い、よく怒り、よく喧嘩し、よく仲直りし、よく笑わせる人。
 次に何をするのか、どうにも予測出来ない人。
 幸せ。
 誰かを愛しく見る時間。

 (…母様はね、貴女を生んで…)

 母の言葉。
 欠けた言葉が蘇る。

 (貴女を生んで、幸せだった…)

 (…幸せだった)
 (…そうだったんだ)
 (…私は、母様を)
 (…幸せにできたんだ)

 だが、その思考も途絶える。
 無代が死ぬなら、意味はない。
 (…わたしも)
 (…消えよう)
 (…このまま)

 (いいえ)

 (いいえ)
 (消えない)
 (消えてたまるか)
 (私の幸せを邪魔するものは)
 (どこの何者だろうと私が排除する)
 (さあ立て敵を見ろ弱点はどこだ武器は手刀一撃で刺し殺す決めないと私の無代が死ぬ許さない認めないさあ戦え!)
 すらり、と香が立ち上がった。完璧なバランス。
 微かに残った脳の思考が疑問符を吐き出す。
 (…この思考は…どこの思考…?)
 (無視。ノイズもしくはエラーと判断。行動を続行)
 弱々しい脳の思考を、その思考が一蹴する。
 (…こんな…思考は…知らない…)
 (無意味。ノイズと判断。以降の沈黙を要求。行動続行)
 容赦がない。
 (右手各関節を強化。肘、肩のバランスに注意。加速距離確保)
 (照準、『私の無代』が空けた傷)
 (敵の骨に注意。指が砕ける可能性大)
 (内分泌系全器官、機能最大)
 じん、と全身の毛穴がしびれるほどのエンドルフィンが放出され、唾液が苦くなるほどのアドレナリンと共に、カクテルとなって全身を駆け巡る。
 心臓は虫の羽ばたきの速度。
 肋骨がきしむほど波打つのは呼吸の余波。
 右手の指をピンと揃え、キリキリと力を込める。槍の穂先のように、いや針のように。
 (照準良し)
 (戦闘開始)
 (戦闘終了)
 ひょい、と無代を抱え上げて、河童から離れる。
 びちゃ、と遅れて地面に落ちたのは、河童の心臓。
 ずずん、とさらに遅れて崩れ落ちたのは、河童の身体。
 一瞬。
 一撃。
 一刺。
 狙い澄ました針掌の一刺しが河童の胸の傷に滑り込み、心臓を破壊した。
 (無代に追加の傷無し。出血は減少したものの停止せず)
 (…無代を…助けなきゃ…)
 (同意。無代を背負ってはしごを登る)
 (…無代を…助けなきゃ…)
 (同意するが、繰り返しは無意味。沈黙を要請)
 (…無代を)
 (もう、うるさいってば。分かってるからちょっと黙んなさい!)
 未知の思考がエネルギーを増す。他の諸器官はもちろん、脳も無視して思考を展開。
 (絶対に助けてみせる!)
 (…直上に敵。蓋の上に三匹確認)
 耳と目が警報を鳴らす。
 (外にはさらに多数の存在を推定)
 (…関係ない!…全部…殺す!)
 (論理的思考を要求)
 (うるさい! 私の未来を…幸せの邪魔はさせない! 同意を要求!)
 (…同意)
 (…条件付きで同意)
 (同意が適当と判断)
 (同意せざるをえない)
 (同意以外の選択肢がないことに抗議する)
 全身の思考群から、温度の差こそあれ一斉に同意の意志が伝わる。
 (照準指示。敵の眼球から脳髄を貫く。武器は針掌のみ。一刺しで決める、一撃離脱)
 (痛覚、疲労を完全遮断。重力方向は直下でセーブ。『私の無代』の上には決して落とすな。落ちるな)
 (全器官同意)
 (戦闘…)
 一匹目の河童が落下してくる。
 (再開っ!)
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:22 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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