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第二話「The Sting」(5)
  「香っ! 無代っ! 返事をしろっ!」
 綾が校庭を疾駆していた。
 『風流』にさっぱり縁のない彼女には、不規則に配置された庭木や庭石が邪魔で仕方ない。
 中庭の河童は一掃。しかし、東の一角でもう一群が発生しているとの連絡を受け、そのまま移動して来たのだ。
 支援班も移動しているが、彼女に付いて来られるのはわずかな人数。だが構わず走る。
 (香にもしものことがあったら…お母様に何と…)
 亡き母との約束、妹たちを守ると誓ったあの日の涙が、噛み締めた奥歯の感触とともに蘇る。
 走りながら、敵をなぎ倒す。ついでに邪魔な庭木も庭石も吹き飛ばす。
 疲れなど全く感じない。
 その目に、庭の一角に群がる異形の群れが映った。一カ所に向ってわらわらと集まって行く。
 (…そこか!)
 綾の勘が撃て、と決断を促す。中心に誰かいたら巻き添えだが…いや、もしそうなら既に遅いのだ。
 「ボウリングバッシュ!」
 むしろ間の抜けた爆音が響き、集まった河童を一掃。周囲にも、もう一匹も残っていない。
 駆け寄ってみて、一瞬で状況を理解した。古井戸。その中だ。
 「香っ!」
 「姉様!」
 聞き慣れた妹の応えに力が抜けそうになるが、まだだ。
 「無事か、香!」
 「はい! でも無代が大けがを!」
 「一番底にいるのか? 2人だけか? 敵はいないな?」
 「はい! 姉様!」
 「そこにいろ! ジャスミン! ジャスミン来い!」
 プロンテラ生まれの綾は、発音が正しい。館内一の治療師が、ロングヘアを乱して全力で駆けてくる。
 「綾様、ジャスミン参りました!」
 「けが人が下にいる! 降りるぞ掴まれ!」
 顔を赤くして一瞬躊躇するジャスミンを強引に抱きかかえ、ためらいもなく真っ暗な井戸に飛び込む。
 だん! だん! 足で井戸の石組みを蹴り、落下の速度を殺しながら降りて行く。
 香と無代の位置を確認し、着地点を決めると、腕の中のジャスミンを一度ぽい、と放り上げておいて、一気に落下。
 だん! と着地。ジャスミンが落ちてくるのをふわ、と柔らかく受け止めて立たせる。
 綾のアクロバットも凄いが、放り上げられて落下しながらも、けが人を目視しつつヒールを撃ち込んでいるジャスミンの技量も驚嘆に値する。
 香にも一発撃っておいて、さらに無代にヒールを重ねる。
 「綾姉様…」
 「香、心配したぞ。しかし…これ、お前がやったのか?」
 「はい」
 井戸の底に、三匹の異形が倒れ、既に溶け始めている。いずれも片目にぽっかりと、ぞっとするような暗い穴が開けられている。
 香の一刺し。脳への一撃を食らったのだ。
 「三匹?」
 「いいえ…五…」
 「…すご…」
 ジャスミンが思わず感嘆の声を上げる。小柄で細い香の身体。しかも素手。
 「…ぐ…はあ! 助かったあ!」
 無代が息を吹き返した。傷が塞がり、顔にも精気が戻る。
 「よし。伝令! 無代と香は無事。河童は一掃! 本陣に伝えろ!」 
 「承知しました、綾様!」
 綾の声に、井戸の上から返事が返る。劉だ。最速で伝わるだろう。
 「無代…よかった!」
 「待て」
 無代に駆け寄ろうとする香を、綾の逞しい腕が止めた。
 「姉様?」
 ばち、と姉妹の視線がぶつかる。
 「…香。お前はいつもの香じゃない。『どこの香』だ?」
 「…」
 一瞬、ぐらり、と香の身体が揺れた。
 「分割思考だな? しかし会ったことがない。『どこ』だ?」
 ふら、と香の身体が崩れるのを、綾が腕で支える。
 「…姉…様…」
 綾の腕に抱かれて、香の身体から力が抜けた。
 ようやく、焼き付いた脳に思考が戻ってくる。
 (…さすが綾姉様、鋭い)
 (…脳と代わる?)
 (…いや、このままご挨拶しておこう。これから長いお付き合いだもの。同意要請)
 (同意)
 「おい香…大丈夫か…って血? お前、まだ怪我を? ジャスミン!」
 「…そんな! ヒール!」
 「…違います。ケガじゃなくて…綾姉様…あの…」
 香が小さな声で、綾に何か呟いた。
 「え…? 初潮…?」
 「ば、姉様っ! だめっ! む、無代がいるのに!」
 「す、すまん! …えーと、…おめでとう?」
 「ああああああ」
 デリカシーの欠片も無い姉に、香が頭を抱える。
 「…そうかー。会ったことない割に堂々としてると思ったら、お前あれか。『子宮』か。そーか! 女になったのか、お前も!」
 「ねーえーさーまー! もーうーやーめーてー!!」
 ジャスミンがぷっと吹き出す。
 「無代殿。これは聴かなかったことに…」
 「…何か…いろいろ分からん事はあるけど…了解だよ、ヤスミネさん」
 無代は分割思考の概念を全く知らない。なのでこの会話はチンプンカンプンなのだが、さすがに初潮だの出血だのは理解できる。
 「…えっと…だけど何にしても、姫様が血流してるの見られちゃまずい。俺の血がついたってことにしてくれ」
 「はい、無代殿」
 ジャスミンは無代を丁重に扱う。この女性は、無代と流の特殊な関係を心得ている数少ない生徒の一人だ。
 「無代…」
 香が無代に駆け寄り、ぎゅっ、と抱きついた。
 「…ありがとう。…その…逆に助けられちまったな、姫さ…いや…。『香』」
 「…う」
 名前で呼べ、と言ったのは自分のくせに、実際に呼ばれるとまた頭が沸騰しそうになる。
 「でも、まだ終わっちゃいない。流を助けてやらねーと。こっからが大変なんだ」
 無代がはしごを登ろうとするのを、しかしジャスミンが止める。
 「だめ。このままだと傷はまたすぐ開きます。血もだいぶ失っている。綾様、お願いします」
 「おう」
 綾が無代を軽々と抱え上げる。
 「待った。綾、河童は片付いたのか」
 「ああ。もう残ってないはずだ」
 「城からは?」
 「先生方が順次戻って来てる。一条家からは…」
 「それだ! 城から誰が来る!」
 「善鬼」
 「確かか?」
 「館長殿がそうおっしゃった」
 「うわ〜!」
 無代が頭を抱えた。
 「…状況は最悪…難易度も最大…か。…中庭だな? すまんが急いでくれ綾。香も、大丈夫か?」
 「…はい。身支度をしたらすぐ。ジャスミン?」
 「医務室に…その、生理用品は一通りのものはございます。供をおつけしますので。お着替えのご用意も」
 「行くぞ」
 綾が全員を促すと、無代を抱えたまま、だぁん、と床を蹴った。
 跳ぶ。
 だん! と壁を蹴る。
 跳ぶ。
 だん! だん! だん! だん! 
 一気に井戸から飛び出すと、着地するのももどかしくだだだだっ! と駆け出す。
 速い。
 抱えられた無代がすくみ上がるほどの速度。
 「…こ、怖ええ!」
 「舌を噛むぞ! 無代!」
 「…!」
 慌てて黙る無代をよそに、綾はさらに速度を上げる。
 「あ、いけね! 総員本棟に集合…ぶへっ!」
 「総員! 本棟に集合せよ!」
 案の定舌を噛んだ無代に代わり、綾が周囲に指示を出す。
 速度は一切緩めない。
 いや、さらに加速する。

 「善鬼が…来るか…」
 流は『本陣』の中で呟いた。
 既に香と無代の無事、河童の脅威の一掃の連絡は受けている。中庭も片付けが進み、静かなものだ。
 城から大急ぎで戻って来た館長以下教師陣が、改めて館内の捜索と被害状況をチェックしているが、既に生徒達によって同じ事が三度繰り返されているだけに、それは形式に終わるだろう。
 それぞれの任務を追えた生徒たちが戻って来て、流の本陣の両翼に静かに整列し始めていた。
 皆、自分たちの戦いと任務の完了に安堵し、その成果を誇る笑顔に満ちている。
 が、流は緊張したまま。
 本当の戦いはこれからなのだ。それに気づいている者が少なすぎる。舌打ちしたい気分だ。
 「若様」
 「笠垣か」
 「…父も覚悟はしていると存じます。どうぞお気遣いのなきよう」
 笠垣の父親は町奉行だ。つまり城下の治安の責任者である。
 「…責任取って腹でも切るというのか?」
 「…は」
 「馬鹿者」
 「…は?」
 「それを負けというのだ馬鹿。…見ておれ。誰一人…殺すものかよ」
 「…若…?」
 「来るぞ…『ラスボス』だ。…正門を閉じよ」
 「何と…? 門を…?」
 「同じ事を二度言わすな! 閉門だ!」
 中庭正面、開かれた正門の向こうに大量のテレポート音。
 城から天臨館へ戻る教師のワープポータルに便乗すればいいものを、わざわざ自前でテレポートして真正面から来るところなど…。

 「…やる気満々で来やがったな…善鬼の旦那…」
 無代は呻いた。
 流の本陣後方、本棟の裏口から綾と共に『現着』している。
 正面からは死角になる教室に、護衛の一隊と共に上がり込み、机をどけて空間を作る。
 「…どういうことだ? 無代」
 綾が無代を床に降ろしながら訊ねて来る。
 「善鬼が、テロが終わってから自ら乗り込んでくる理由その一。善鬼…善鬼様は、『断罪』に来られたのですよ」
 無代が、綾に対する口調を変える。周囲の数人の生徒が集まって来たからだ。
 無代の、一条家に対する特殊な立場は、それほど大っぴらにはなっていない。
 「よろしいですか、綾姫様。今から、ここが『裏本陣』でございます」
 立つのが辛いらしい。床に座り込んだ無代が、綾を見上げる。 
 「姫様がこの陣の主です。これから忙しい。この無代に差配をお任せ下さいますか?」
 「おう、無論だ。よいか皆、無代の言葉はオレの言葉だ。指示に従え」
 綾は微塵も躊躇しない。
 「もう流様に連絡するヒマがありません。綾姫様、『大きな字』を書くのがお得意で?」
 「何だと? …まあ、小さい字よりは得意だが」
 「ヤスミネさん、一番でかい筆と墨。それと、正面から見えない部屋のカーテンひっぺがして来て下さい。あと槍。武器庫で一番でかい槍を一本。旗を作ります」
 「…りょ、了解」
 綾の側に控えた治療師が、配下の班員に指示を出す。香も身支度の手伝いを終えて現れた。
 他には目もくれず、まっすぐ無代の側へ。
 「香…姫様。姫様にもお仕事が。小さい字を書くのはお得意でいらっしゃいますね?」
 「…? ええ、…大きい字よりは」
 こんな時だが、『裏本陣』に笑いが漏れる。
 「香姫様にも墨と、細い筆を。あと、誰か裏の竹林から、竹切って来て下さい。女性の腕くらいの太さのやつ。大至急」
 伝令班の一隊が動き出す。
 「手の空いた女衆は、綾様の身支度を。汚れ落として、可能な限りきらびやかに…お化粧も。…鬼の筆頭御側役殿を…悩殺できるぐらい」
 「なんだか…大芝居になるんだな? 無代」
 「はい、綾様。…問題は…役者が舞台に乗ってくれるかどうか。…頼むぜ、流」
 最後は小さな声で、主演男優にエールを送る。

 「一条家筆頭御側役、善鬼殿のご到着である。なぜ門を開けぬか」
 閉じられた正門の向こうから、善鬼の部下の大音声が響いた。
 その強大な権威を誇示するように、その声音には恫喝の色が濃い。「開門願い」ではなく、「開けないのはなぜか」ときた。
 ざわ、と、庭の生徒達がざわめく。恫喝に対し、明らかにビビっている。
 無理もない。
 筆頭御側役の、その絶大な力を知らない瑞波人などいない。
 城主・一条鉄の絶対的な信頼を背負い、その城主の意志を覆すことすら可能な唯一の男。
 例えばもし一条家に、流の他に複数の男子がおり、彼らが世継ぎを争っていたとしよう。
 その場合、この善鬼の一言で次の世継ぎが代わりかねない。それぐらいの発言力を持っているのだ。
 これにビビらないものはこの場に…まず一人。

 「よく聞こえん。何者だと?」

 その男、一条流が本陣に突っ立ったまま呼び返した。
 うわ、と生徒達がひっくり返りそうになる。
 それはそうだ。これでは喧嘩を売っているのも同然である。
 「…筆頭御側役、善鬼殿であります。若様、門をお開けなされい!」
 「黙れ! 慮外者が!」
 相手が『若様』と知っても高圧的な態度を改めない相手に、流が怒鳴り返した。
 「ここ天臨館は内規により今現在、この一条流の城である! どこの何様であろうが、城主たる余の許し無くして一歩でも立ち入れると思うな!」
 
 「よっしゃあ!」
 『舞台裏』で、無代が拳を握りしめた。
 「よくぞ申された! 流…若様!」
 「おお、流義兄様、吠えるのう」
 綾が大急ぎで着替えながら、感嘆する。
 「…しかし、大丈夫なのか。あそこまで善鬼をコケにして」
 「今はそれしかございません、綾姫様」
 無代は落ち着いた声で解説する。
 「善鬼様の仕事は、今回の騒動に対して責任ある者を断罪することです。好き放題にやらせたら…館長以下、幹部教師は間違いなく全員切腹」
 「…むう」
 「町奉行様も危ない。さらにお奉行様が腹を切れば、与力衆も口をぬぐってはおられません。下手をすると数十人単位の命が失われる。それも有為の人材ばかり。テロよりよほど悪い」
 「…馬鹿な…」
 「しかし、それが武家の組織というもの。が…道はあります」
 「道?」
 「それこそが、善鬼様が自ら乗り込んでこられた理由、その二。あの方だって馬鹿ではございません。むざむざ人を失いたいはずはない。…最悪の札は、同時に最強の札でもある。毒は上手く調合すれば薬にもなる」
 「…?」
 「できる。…俺たちなら。いけ、流」

 「…若君様。善鬼めにございます」
 門の向こうから、先ほどとは打って変わって落ち着いた、しかし恐ろしいほどの存在感を持った声が響いた。
 一条家筆頭御側役・善鬼その人だ。
 「…善鬼か。何用だ?」
 「は…」
 「何用かと訊ねておる」
 「…は。…天臨館にてテロ発生の知らせを受けて参りました。…ご無事でいらっしゃいますか?」
 「無事だ。妹達もな。生徒職員にも犠牲者無し。施設は少々損傷したが、問題はない。以上だ」
 流は門を睨みつけたまま、微動だにしない。
 「…何よりでございます。…被害を検分致しとう存じますが、開門いただけませんか?」
 「許しを乞え」
 「…若様。ここが若様の城とは?」
 「認めぬと申すか?」
 「…この善鬼、不覚にもその義は存じ上げませぬ」
 しん。
 門の内と外。静寂と緊張が満ちる。
 「よかろう。貴様の無知には目をつぶり、余が自ら聞かせて進ぜる」
 「…」
 天臨館の生徒の中には、ガタガタ震えている者さえいる。
 瑞波国でもトップクラスの権力者と、彼らの少年大将との、これは一騎打ちだった。
 「良く聞け善鬼。天臨館内規五の二。非常時においては教師の中で軍位を持つものが指揮官となり、生徒と施設の安全を確保する事が認められている。教師不在の際には、生徒から選ばれた者がその役につく。つまり、今がそれである」
 「…」
 「ちなみに余は見剣城守備隊の少佐だ。位に不足はない。さらに佐官である以上、有事の際には独自に兵を組織し、施設を徴発して戦闘を行う権限を有する。これに一片の越権もない」
 「…しかし、既に天臨館には館長殿以下、教師の教師の衆が帰着なされたはず」
 「権限は未だ移譲しておらぬ。かつ、移譲時期の決定権も余にある」
 「戦闘も終了したはずでは?」
 「それも総大将であり城主たる余が判断することだ」
 屁理屈スレスレである。
 言った者勝ち、とはこの事だ。ただ、筆頭御側役に対してこんな口を利くヤツが他にいないだけの話である。
 「…ふむ」
 「…善鬼よ。これは余の『初陣』である。しかも『完勝』で飾ったのだが…?」
 わざわざ言葉を切って続ける。これが最後の殺し文句。
 「そち、まさか余の初勝利にケチを付けに参ったのではあるまいな?」
 一瞬の静寂。
 
  「…勝負!」
 『舞台裏』の無代が呟いた。

 「…いえ。申し訳ございません、若君様。この善鬼の不覚でございます」
 沈黙を、善鬼が破った。
 「これまでのご無礼、平にお許し下さいませ。この善鬼、僭越ながら若君様の初陣の勝利に対し、お祝いを申し上げとう存じます。どうか天臨館への入城をお許し下されますよう」
 今までの押し問答は何だったのか、という滑らかさで一気にこれだけ言うと、
 「一条家筆頭御側役、善鬼めが推参つかまつりました。なにとぞ開門をお願い申し上げる!」
 堂々の開門願いが轟く。
 「入城を許す。門、開けい!」
 今度は即座に、流が応じた。

 「…よっしゃ勝った!」
 無代がごろん、と床に仰向けになった。満面の笑み。
 「…てか、やっぱり最初っからその気だったな、あの人〜。助かった!」
 手放しで喜ぶ無代に、綾が納得したように呟く。
 「…そうか…。これを『凶事』ではなく『慶事』にする。そういうことか…!」
 「その通りでございます。綾姫様」
 無代がひっくり返ったまま応える。十分無礼な態度だが、もう誰もとがめない。
 「この一件で厳しく責任を問えば、『お世継ぎの初陣の初勝利』に水を差すことになりますのでね。それこそ、ケチがつく」
 無代がニヤリ、と笑う。
 「逆にお祝いに乗っかってしまえば、凶事の責任なんか大半は吹っ飛ぶ。恩赦の先払いと思えばよろしい。被害は出てないんだから、誰も損をいたしません」
 犠牲者を一人も出さないこと。その理由がこれだ。
 一条の若君も姫君も無傷。香がヤバかったことは黙っているとして。
 それよりも若君の総大将ぶり、綾の武者ぶり、若者達の奮戦ぶりを大々的に宣伝する方が、どれだけ瑞波のためになるか知れない。
 武者は高揚し、民は歓喜するだろう。天臨館には留学生も多い。他国に土産話として持ち帰ってもらおう。
 「これで『切腹祭り』は止められた。…とはいえ、ここで満足してちゃ困る」
 無代がかっ、と宙を睨む。
 「若様の正攻法はいわゆる『安全圏』。こっからが…無代の仕事。狙うは『この上』」
 「おう。準備はいいぞ、無代」
 「では綾姫様、よろしゅう御願い申し上げます!」

 
 正門が大急ぎで開かれた。門番の生徒も、かなり焦っていたらしい。
 もっと勿体ぶって、思い切りゆっくり開いてやればいいものを、と流は舌打ちするが、そこまで指示する余裕は彼にもない。
 武装した一団を引き連れ、善鬼が門をくぐってくる。
 善鬼という男の、その最大の特徴は「目」だ。
 鋭い。それも並の鋭さではない。その視線を食らって、何か隠し事ができる人間がどれほどいるか。
 いや、言わなくてもいいことまで言ってしまう人間の方が多かろう。
 長身に、武人らしい体つき。そこにその目が加わると、その姿には超特大の猛禽類を思わせる威風がある。
 それが、真っ直ぐに流を見ながら歩いてくる。
 流がぐっ、と緊張するところへ、その身体に優しく触れる手があった。
 静だ。
 「義兄様。綾姉様が来られます」
 「む?」 
 ちら、と振り返って綾を確認すると、流の身体から一気に緊張が解けた。
 何かを悟ったその巨体に、いつもの自然体が戻る。
 (…やっと来たか。遅いわ…無代!)
 微かな笑み。
 「義兄様、お待たせを致しました!」
 大きな布を巻き付けた槍を担ぎ、悠々と現れた綾の姿は、先ほどとは一変している。
 艶やかな緋色の着物。
 その上に、今度こそ彼女の身体に合わせて特注された胸当て、篭手、そして脛当てをつけている。
 頭には金色の兜。
 いずれの防具も、一点の曇りもなく磨き上げられぴかぴかだ。
 さらに、その武者姿を飾り立てるのは、花。急には飾りが見つけられなかったため、急遽花壇の花を摘んできて、綾の装束を大輪の花で飾ってある。
 ヘルムの右半分を覆い隠すように飾られた、大輪の百合数本。
 イヤリングの代わりに釣鐘草の花が下げられ、豊かな胸元には、ブローチ代わりの桔梗。
 腰の刀には、柄を覆い隠すように花菖蒲があしらわれている。
 うっすらとアイシャドー。やや濃いめのほお紅。
 そして強烈なほどの口紅。
 「綾姉様、きれー!」
 静が感嘆の声を上げた。それは単純な言葉だったが、そこに居合わせたもの全員の深い共感を呼ぶ。
 「そうだろう? 皆が頑張ってくれたぞ。義兄様! 勝利の勝ちどきと参ろう!」
 にやり、と綾が微笑む。
 流も理解する。
 「…おう! 静、来い! これを持って」
 流が自分の剣を抜いて静に渡し、その身体を抱え上げると、自分の肩の上に立たせる。
 抜群の運動神経を持つ静は、こともなげにすらり、と立ち上がってみせた。
 「よし、やれ。静!」
 「はい、義兄様!」
 静が、流の剣を高々と天に掲げた。研ぎすまされた剣が、陽の光を跳ね返す。
 それを見た善鬼が止まる。付き従う一団も、何事かという顔を揃えて止まった。
 「えい!」
 静の声が、天に響く。
 「えい!」
 もう一度。
 「おうっ!」
 最後の気合いが合図。
 綾が、担いでいた旗を風に解き放った。静の後ろに、その旗は命を得た。
 あらん限り巨大な筆で叩き付けるように書かれた、あらん限り巨大な七つの文字。
 
 「天下無双 天臨館」

 風の中で、その文字もまた命を持った。
 「…天下」
 そしてその命のままに、それを見た若者たちの心に、深く根を下ろしていく。
 「無双…」
 誰ともなく、その言葉を呟く。
 後に…。
 「天臨の旗の下に」。それが、彼らの合い言葉になった。
 合い言葉はやがて、瑞波を天津の頂点に押し上げる大波となり、世界へその名を轟かせる颶風となっていく。
 学び舎であり、城であり、遊び場であり…また戦場でもあった、その場所。
 黄金の時代のまっただ中を生きる、その実感を若者たちに与え続けた、その旗。
 「えい! えい! おう!」
 綾の声が響き渡る。
 「えい! えい! おう!」
 流の声が呼応する。
 だが、すぐにその声は、生徒たちの声に飲み込まれた。
 えい!
 えい!
 おう!
 繰り返し、繰り返し。
 男も、女も。
 笑う者も、泣く者も。
 若き歓喜の爆発。
 怖いものなど、何も無くなった。

 「…手の空いている人は、行って下さい」
 無代が床に寝転がったまま、裏本陣のスタッフに声をかけた。
 天も割れよと響く勝ちどきの声に、沸き立たない若者はいない。皆いそいそと出て行く。
 「班長さんたちは申し訳ないが、残って下さい。まだ仕事がある。香姫様、そちらは?」
 「…できました」
 「結構でございます。では、姫様もお出まし下さいませ。ヤスミネさん、お供を」
 「はい、無代さん。姫様、では」
 「ん。行ってきます。無代」
 「よろしくお願い致します」
 さすがに最後は身体を起こし、丁寧に頭を下げる。
 その側を通り抜けて、香が出て行く。その後ろに、盆を捧げ持ったジャスミンが従う。
 「…さて、ロルーカさん。劉さん。いよいよ仕上げです」
 無代が、二人だけ残った班長に声をかけた。
 「二人で、オレをボコってもらえますか?」
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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