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外伝『Tiger Lily』(5)
  善鬼の声に変化はない。
 「惜しかったな。そんな『大怪我』をしていなければ、お前の勝ちだったかもしれん」
 「な…!」
 乱鬼の顔に何度目かの驚愕が浮かんだ瞬間、
 ぐしっ! 
 聞くに堪えないような音とともに、乱鬼の右膝が砕けた。決定的な隙。その機を逃さず、善鬼が渾身の圧撃を叩き込む。
 ばしばしべしべし!
 「が!!!!あっ!!!!」
 乱鬼が言葉にならない絶叫を上げた。その体が、砕けた膝から一気に崩壊。ずるずるっと体ごと後退し、先ほどの柱にだん、と押し付けられる。そして見る間に乱鬼の背丈が半分になり、さらに地面に向かって圧縮されていく。
 砕けた乱鬼の膝。
 それは、脚にしがみついた無代が乱鬼に殴られながらも、再び噛み切った場所だ。善鬼の『大怪我』という表現は大げさだったが、それでも力の拮抗した鬼同士の潰し合いにおいては致命的な弱点となったのだ。
 「…善… 鬼…っ!」
 乱鬼の体はもう、顔が善鬼の膝の辺りまで来るほどに押しつぶされている。
 勝負は完全に決していた。
 その時、 はっ、と咲鬼が気づいた。鬼の里で生まれ育った咲鬼が知る、死にかけの鬼の最後の一撃。
 「爆発する! 体に爆弾が!」
 思わず叫んでい た。
 異能の傭兵として身を立てる鬼たちが、任務を決してしくじらないために、命と引き換えに実行する自爆行動だ。
 「遅い…お前だけは…死ね、善鬼!」
 「…なるほど。これで完全に、ここに増援はないと分かった」
 変わらぬ善鬼の声。そもそもどうやったらこの男の声は変わるのだろうか。
 「!!」
 咲鬼が必死の形相で善鬼に駆け寄ろうとした。何ができるわけでもない、ただじっとしていられなかったのだ。
 だが、その手を無代が掴む。
 「大丈夫だチビ鬼。これも『想定内』だぜ。…静ぁっ!」
 無代が叫ぶ。同時に善鬼が乱鬼の体を放し、一気に真後ろに跳び下がる。
 残されたのは、半分潰れた乱鬼の体。
 その瞬間、目を見開いた咲鬼の視界を白銀の流星がすっ、と横切った。
 
 「っ…てぇりゃあっ!!!」

 裂帛の気合いは一瞬後から聴こえた。
 その流星は、乱鬼が叩き付けられたあの柱の後ろから出現し、乱鬼の首を柱ごと斜めにぶった斬り、地面すれすれで止まっていた。
 流星、それは刀だ。
 かちゃ、と止まっていた刀が返り、ぶん、と血振るい。白い華奢な手が、これも真っ白な懐紙で丁寧に刀身を拭うと、すっと鞘に納める。
 「『鬼の首』、取ったりぃ〜っ!」
 ぴょん、と柱の影から飛び出したのは、すらりとした少女の姿。これも地味な頭巾に作務衣姿の『残った店員』だったはずだが…。
 「誰が上手いこと言えっつったよ、静」
 「…む、何よ無代兄ちゃん。もっとほめなさいよねっ!」
 ひょい、と頭巾をむしり取れば、こぼれ出る黒曜石の髪と元気一杯の美貌。
 一条家三之姫、一条静。
 この時まだ十代前半、今は腰に戻した細身の刀一つで、大人の胴体ほどもある柱ごと乱鬼の首を叩き合とした剣豪とはとても見えない。
 「ほらほら鬼の首、しかも二個!」
 両手にどや、と生首を掲げてみせる。一個は乱鬼、もう一つは先ほど乱鬼の増援に来て、香を追って行った鬼の物だ。どうやらこれも静が仕留めたらしい。
 「だから! んなもん見せるな! シャレんなってねえ!」
 無代が青い顔で抗議するのだが、静は知らん顔。
 「静姫様、ご面倒をおかけいたしました」
 「なんのなんの!」
 善鬼が慇懃に頭を下げるのに、両手の生首をひらひら振って応える。
 「あ、咲鬼! アタシが一条家の末っ子の静…だけど、今日からはアンタが一番下だからね! 『静お姉ちゃん』って呼ぶのよ?!」
 「こんなチビに生首突きつけて何言ってんだお前は!」
 「はい、静お姉ちゃん!」
 「チビ鬼も手懐けられてんじゃねええ!!」
 無代が半ギレしているところへ、ドヤドヤと入って来たのは鉄、巴、そしてお付きの学生達を従えた流である。
 「おう、終わったか手前ぇら」
 「あ、お父様。ほらほら、鬼の首!」
 「おっ静、そいつぁなかなか気が利いてんじゃねえか」
 がっはっは、と静の頭を撫でる鉄。
 「おかしい… やっぱこの一族、何かおかしい…」
 無代が土間にへたりこんだままぶつぶつ。これもひょいと戻って来た香が、残った傷の手当をしてくれる。
 「ふむ、現場は制圧済みか…」
 周囲を確認したお付きの学生達から報告を受けた流が、面白くもなさそうにつぶやく。
 「よし『飛鯨』へ伝令。『泉屋』への直接砲撃は中止」
 何気なく、怖い事を指示したりしている。
 「…頭痛え…」
 無代と来たら、むしろ乱鬼に殴られたよりダメージが大きそうな様子だ。
 「…無代」
 傷の手当を終えた香が、無代の顔に自分の顔を寄せて話しかけて来 た。
 「ん?」
 「お店、傾いてる」
 「え?」
 みし。
 驚いて周囲を見回す無代の耳に、イヤな音が響く。香の言葉通り、明らかに店の柱組が音を立てて傾きつつある。壁土が割れてばらばらと土間に落ちる。
 「…さっき静が斬った柱…店の大黒柱…」
 「うあ…」
 みしみしみ し。
 傾きが大きくなる。倒壊まであとわずか。
 「やべ、皆外へ逃げ…!」
 「おい、無代」
 腰を浮かせた無代に、外から流が声をかけてくる。
 「『飛鯨』の主砲、もう弾込めちまったらしい。もったいないからこの店、撃っていいよな?」
 素晴らしい笑顔で、流が宣言した。

 (…失敗した…)
 鬼のリーダー・逆鬼は、瑞花の街中の宿にいながら、そう悟らざるを得なかった。
 店の表から十二人、裏から十二人。そして地中を掘り進む奇襲班が二名。計二十六名の鬼が、定刻になっても戻るどころか連絡一つ寄越さない。
 経験豊かなリーダーでなくとも、異常事態により任務は失敗したと判断するのは当然だった。
 攻撃に参加せずに宿屋に残った逆鬼を含む四人は、『後詰め』ではない。
 ここで言う『後詰め』とは、先制攻撃部隊が十分な成果を挙げられなかった場合に、後方から直ちに現場に投入され、ダメ押しの一撃を加える部隊の事だ。
 しかし逆鬼を含む四人はそれではない。
 彼らは咲鬼を鬼の里に確実に移送する為の『撤退支援』チーム だ。全員がワープポータルを使う。だから最初から先制攻撃の二十六人と連携攻撃をしていない。
 よって今から彼らが現場に行って攻撃したところで、ただの『四人だけの単独部隊』でしかなく、敵が先の二十六人を殲滅したとするならば、彼らもまた何の意味も無く全滅させられるだろう。
 よって戦略的に正しい道を選ぶならば、直ちにこの場でワープポータルを出し、鬼の里へ逃げ帰るべきだ。
 だが、逆鬼には迷いがある。
 任務失敗はもはやどうにもならないとしても、なぜ失敗したのか、その原因を調べずに帰れば、リーダーとして鬼の里での激しい糾弾は避けられない。
 単なる料理屋の主人が、二十六人もの鬼を一夜にして殲滅する方法など、当の逆鬼にさえ想像がつかない。何らかの追加戦力があったとしか考えられなかった。先ほどから聴こえていた、明らかに大砲の砲撃音のような音も、それに関係があると見て間違いあるまい。
 そしてこの先、第二次の咲鬼強奪作戦が行われるとしたら、これらの情報を持ち帰らないことは致命的だ。
 『隠密裏に、店の様子を見に行く』
 逆鬼が下した決断はそれだった。鬼の残党の四人をさらに2つに分け、二人ずつのチームが時間差で宿を出て、『泉屋』へ向かう。四人同時に襲われないための用心だ。
 まず二人が出発し、続いて逆鬼ともう一人の若い鬼が出発した。逆鬼は自分の前に、若い鬼を走らせる。二人同時に襲われないための用心だ。
 用心に用心を重ねた。だがその事が結局、逆鬼のその後の運命を過酷な物にしたのだから皮肉だった。
 逆鬼の十メートルばかり前、夜の街を疾走していた若い鬼が突然、急停止した。
 異常を感知した時の行動だ。逆鬼も止まる。
 ぐしゃん!
 逆鬼の耳に、奇怪な音が届いた。
 びしゃん!
 続いてもう一 つ、音が響いた。
 と同時に、逆鬼の足下に何かがすっ飛んで来て、ぼとっ、と落ちた。
 「!」
 逆鬼ほどの男 が、一瞬立ちすくむ。それは人間、いや『鬼の上半身』だったから当然だ。先に出た、二人組の一人。
 雲に隠れた月のわずかな光と、鬼の視力を頼り に暗闇を透かすと、もう一人の鬼も発見できた。
 夜の街路に半ば埋もれるようにして、全身を無惨に潰され、息絶えている。
 『潰されていた』というからには、潰した相手がいる。
 月にかかった雲が流れた。
 月光が瑞花の街路を淡く照らし出す。
 『潰した主』 は、そこにいた。
 逆鬼が最初に見たのは、並よりふた回りは巨大な、ペコペコのシルエットだった。そのシルエットが月光の中で、燃え上がっ たように見えた。
 いや、燃えたのではない。
 紅いのだ。
 全身が深紅の羽根の、巨大なペコペコ。
 (…!!!)
 その意味を理解した逆鬼の背中を、戦慄が貫いた。深紅の巨大騎鳥など、世界にただの一羽しかいない。だが、それよりも希少で名高いのは、むしろその乗り手の方なのだ。
 
 「『必ずや 残った鬼が様子を見に来る』とは、さすが流義兄様。慧眼の至りだな」

 びん!と夜の闇に響く、女の声。もう間違いない。
 『瑞波の国で最も警戒すべき相手』。
 いや、『そもそも出会ってはいけない相手』と 言った方がよかったろう。
 「つまらん『睨み戦』に出てたお陰で出遅れたが、『鬼退治』に間に合って、いや良かった良かった」
 『睨み戦』と は、単に軍を派遣して威嚇するだけの、戦闘のない戦の事だ。この乗り手は何せ、そういう戦には持って来いの人材なので、良く駆り出されるのである。
 その『睨み戦』帰りのそのままで、ここに駆けつけたとおぼしい。ペコペコも乗り手もまっさらの完全武装。
 一条家一之姫、一条綾。
 その『異常な武名』を知らぬ物は、鬼にすらいない。
 「我が夫(婚礼はまだだがな?)、善鬼の姪に悪事を働こうという鬼は貴様らだな? いや返事はいらん。オレがそう決めた」
 ぶん、と腕に構えた巨大な鉄棍を一振り。まだかなりの距離があるのに、その一振りで逆鬼のところまで、濃い血風が届く。
 得物は特に決めず、その辺の頑丈そうなのを適当に持って行く、というのが彼女の流儀だという。今回はその鉄棍で、鬼の上半身と下半身をぶった斬ったのだ。
 では、無惨に道に潰れたもう一人は?
 その答えはすぐ出た。
 「参るぞ、 『炎丸(ホムラマル)』」
 炎丸、それがこの巨大騎鳥の名か。言われた騎鳥がぐい、と頭を下げたと見るや逆鬼たちの元へ突進する。並みのペコペコにはあり得ない猛烈な加速。
 前にいた若い鬼は、避ける暇すらなかった。
 びちゃん!
 鬼の体が無惨に潰れ、街路に半ば埋まる。即死。それはもう、戦闘というよりは『人身事故』だ。
 先の一人と同じ死因、答えは『鳥に轢き殺された』であった。
 逆鬼はさすがに、経験を積んだ鬼だ。こういう場合にどうすべきかを即座に判断し、実行した。後も見ないで逃走したのだ。
 しかし、その判 断は正しかったが、いささか相手が悪かった。
 ざくん!
 音と共に、逆鬼の体が前のめりに地面に転がる。急いで立ち上がろう として、そして気づく。
 膝から下の脚がなかった。
 ばたばた、という音の方を見ると、自分の膝から下の脚が二本、道の反対側へすっ飛んで、 落ちていた。
 ざん!
 右腕の肘から先が飛んだ。
 ぞん!
 左腕。
 綾の鉄棍だ。逆鬼の必死の逃走も、既に綾の間合いの中とあっては無意味だった。
 「安心しろ。『一人は残せ』との命だ」
 全然安心できない事を、綾が言い放つ。それは、捕虜として『生かされる』という意味である。
 (ならば舌を!)
 噛もう、と食いしばった逆鬼の口に、
 ばつん!
 綾の特大の鉄棍が、真正面から突き刺さった。もう舌は噛めない。噛むべき歯も全て叩き折られた。
 「あ…か…」
 無理矢理大口を開けさせられたまま、逆鬼が目を見開いて呻く。棍棒でぶっ千切られた四肢からの出血と激痛で、普通の人間ならとっくに死んでいるだろう。
 だが鬼の体の凄まじい耐久性は、逆鬼に無惨な生を強いる。
 「ヒール!」
 周囲の闇から湧き出すように現れた一団が、逆鬼に回復の呪文を放っ た。綾の旗本部隊の女兵士達だ。無代の『元彼女』のジャスミンも今、ここに所属し、まさにその得意のヒールを飛ばしている。だがそれは逆鬼を癒すためではなく、生かしておくための残酷な治療だが。
 「安心せい、お主は捕虜ではない。鬼の里とやらへの『伝言役』となってもらう。伝言は二つ」
 綾が騎乗から、逆鬼の口に棍棒を叩き込んだまま、またしても全く安心出来ない事を言い放つ。
 「一つ。咲鬼にまた手を出すというなら、次はこの十倍の鬼で来い。もしそれ以下で来たら、今度はこちらから行く」
 三十の十倍の三百。それは里の成年の鬼の総数に近い。要は『総掛かりで来い』というのだ。
 綾の燃える様な美貌に、凄絶な笑みが浮かぶ。
 「二つ。善鬼は里で最強の鬼と謳われていたらしいが…」
 笑みが深くなり、それこそ肉食の鬼のような真っ白な歯がのぞいた。
 「オレはその善鬼を『喰った女』だ。次回はそのオレが先陣を切るから、重々覚悟して参れ。以上だ」
 言うなり、逆鬼の口に突き刺した棍棒を軽く握り直すと、
 「鬼は、瞼の瞬きで会話できると聞く。ならば、口が無くても伝言に不都合は無いな?」
 どうせ返事など聞く気もさせる気もない。逆鬼の口内の棍棒が無情に、真下にたたき落とされる。
 鬼の最後の一人、逆鬼の下あごが鮮血と共に地面に、落ちた。 


 爽やかな海風 が、咲鬼の頬を撫でて行く。
 空は幾つかの真っ白な雲を散らしただけの晴天。
 周囲は見渡す限りの海。
 水平線。
 瑞波中央水軍 二番艦・『二ノ丸飛鯨』、風に乗って自慢の快速を飛ばす、その甲板に咲鬼は立っていた。
 貨物船に乗って海を越えた咲鬼だが、実は水平線を見るのも、海風に吹かれるのも初めてだった。貨物船では船倉に押し込められ、外に出る事などなかったのだ。
 騒動から一夜明けた、その朝である。
 綾を加えた一 条家の面々は、止めの砲撃ですっかり『更地』になった泉屋から、運河の『飛鯨』に移ると、そのまま海へ出た。全員が船内で戦いの汚れを落とし、食事をし、一眠りを終えて起きたところだ。
 もっとも無代だけは、大事な店が更地どころか『盆地』になったショックでまだ寝込んでいるのだが…。
 「…咲鬼」
 飽きもせずに海を見つめていた咲鬼が、背後から名を呼ばれて振り向く。
 「はい、善叔父さま」
 善鬼だった。着物を濃い灰色の着流しに替えているが、服装ほどリラックスして見えないのは、この男の持って生まれた謹厳な雰囲気による ものだろう。
 「お前に話しておかねばならぬ事がある」
 善鬼が懐から、咲鬼の母の手紙を取り出す。それは船内で改めて、咲鬼から善鬼へ手渡されたものだ。
 「この手紙の中身の事だ。お前の母はお前を送り出した後…」
 「自ら命を絶った、ですね?」
 「…」
 咲鬼の言葉に、さしもの善鬼が一瞬、その目を見開いた。
 「…鬼の掟を破った制裁は厳しい。それに母が生きていれば私の、そして善叔父さまの人質として使われてしまいます」
 咲鬼はまっすぐに善鬼の目を見て、決然と言った。
 善鬼はその姿を黙って見つめていたが、やがて手紙を再び自分の懐に戻すと、
 「…その着物は、お世話になった方のものか?」
 突然、話題を変えた。
 「はい」
 咲鬼が、少し誇らしげに背を伸ばす。
 巴の技と、香の極精密の手によって完全に蘇った老婆の着物は、朝のうちにやはり香の手によって、咲鬼の体に合わせて裾上 げされた。老婆が元々小柄だったこともあり、子供の咲鬼にも着られるように見事に仕立て直されている。
 周囲の海の色にも負けぬ、素朴だが力強い藍染め。そこに真っ白に染め抜かれた百合の花。
 「『鬼百合』の花、だな」
 「はい」
 野に力強く咲くその百合は、『鬼の百合』の名を冠せられる。
 この海に儚く散った老婆の命が今、咲鬼という命の花となって咲き誇っていた。
 「…よく似合う」
 「ありがとうございます」
 この男が女の着物をほめるなどまずあり得ない、と知らず、咲鬼は顔を紅潮させて応える。
 「…咲鬼。お前は賢く、そして強い娘だ」
 「…?」
 す、と善鬼が長身を屈め、咲鬼の前に片膝をついて視線の高さを合わせる。
 「だが俺たち大人が、お前の強さに甘えてはいけない、俺はそう思う」
 鬼の目が、限りなく優しい光を宿した。
 「…泣いてくれ、咲鬼。お前はまだ、泣いていい。涙を我慢しなくてもいいのだよ」
 咲鬼の頭に、大きな手が乗せられた。
 「辛ければ、悲しければ、大声で泣いていい。 泣いて、そこら中に求めていいのだ」

 求めていい。

 抱きしめる手を。
 頭を撫でる手を。
 涙を拭う手を。
 優しい言葉 を。

 愛を。

 「そして俺たちは必ず、お前の涙に応えるだろう。…咲鬼、お前はまだ、子供でいいのだ」
 「…う…っ」
 ぐしゃ、と咲鬼の顔が崩れた。
 涙が、溢れ出た。
 小さな拳で必死に拭うけれど、透明な涙は後から後から溢れ出て、咲鬼の小さな拳ではとても 拭いきれない。
 代わりに、善鬼の指がそれを拭った。
 「う…う…ぁあああああああああ!!!!!!!」
 咲鬼は泣いた。
 ずっと、ずっ と我慢していたけれど、もう止められなかった。
 いや、止めなくてもいいのだ。
 目の前の大鬼の首に抱きつき、思い切り声を張り上げる。その背中を、大きな腕が優しく抱きしめる。
 
 うああああん! うわあああああん!

 海に、空に、小さな鬼の泣き声が吸い込まれて行く。

 (お母さん…)

 うああああん! うわあああああん!

 (おばあちゃん…)

 うあああん! うわあああああああん!!!

 (咲鬼は…咲鬼 はもう大丈夫です…)

 うううううああああああん!

 (聴こえますか…? 咲鬼はこんなに大きな声で、泣いてもいいのです…)

 うああああああん!!!

 船のどこかから、様子をうかがっていたに違いない一団の声が、風に乗って咲鬼の耳に届く。
 「お、泣いた泣いた。ちゃんと泣きやがったぜ、咲鬼坊のヤツ」
 「よろしゅうございました殿様。これであの娘も、立派な子供に戻れましたわ」
 「よし! ここ はお姉ちゃんとして慰めに行かなきゃねっ!」
 「ほほう、お前が生まれた時には既に『お姉ちゃん』だったこのオレに敵うとでも?」
 「はいはいチビ鬼、よかったよかった。よろしゅうございましたねっと…」
 「む? どうした無代、元気が無いぞ?」
 「お前が言う な! …俺も泣きてえよ…」
 「…無代…膝、貸す…?」

 応えてくれる人がいる。
 応えてくれる人達がいる。

 (…だから、大 丈夫…。咲鬼は…大丈夫です!)

 うわあああああん!!!!

 (そしていつか、私も誰かを護る人に…鬼になります! きっと…!)

 「…う…ふう…っ!」
 咲鬼はわざと子供っぽく、顔を善鬼の着物にこすりつけて最後 の涙を拭う。そして抱きついた腕を放すと、そこに善鬼の笑みがあった。
 多分、誰も見た事の無い鬼の微笑。
 咲鬼はその笑みに、泣き顔を最高の笑顔に変えて応えた。
 そして力強くその体を振り向かせると、彼女の笑顔を待つ人々の元へ、力一杯駆け出していく。

 二度とは枯れぬ鬼の百合が、海風に揺れる。

 おわり。
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