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第十一話「Mothers' song」(10)
   「『バーサーク』……!」
 静がエンペラーによって地に墜とされる、それを見るより早く、フールは自身のスキルを発動させた。
 『バーサーク』
 それは騎士の頂点たるロードナイトだけに使う事を許された、文字通り『最後の切り札』だ。
 肉体と精神のリミッターを解除し、限界を超えた体力とパワー、速度を引き出すことで、ただでも強力なロードナイトの戦闘能力を数倍、数十倍にも増幅する。
 聖歌『ゴスペル』と似た効果にも見えるが、実は両者は全く異なる。ゴスペルの効果が精神力や魔力の強化、つまり魔法使い達にまで及ぶのに対し、バーサークの効果はただ一つ。
 『肉弾』。
 それあるのみ。
 「!!!!!」
 今、フールの喉からほとばしる音は、だから『声』ではない。まさに獣の咆哮。
 「!!!!!」
 まず暴れ出したのはフールの左手、そこに絡み付いたミステルティンが、フールの腕ごと敵陣に叩き込まれる。と見るや、
 ばきばきばきぃっ!!!
 巨木が密生した森を、巨大な山津波が一気に押し流す音にも似た、ほとんど理不尽と言ってもいい破壊音が響き渡る。餌食となったBOTモンスターの槍が、剣が、盾が、鎧が、そしてついでに肉体が滅茶苦茶に粉砕され、瓦礫の山となって散乱していく。
 とても人間業とは思えない、ちょっとした災害クラスの破壊力だ。
 続いてフールの右手に呼び戻された処刑剣、今度はそれが凄まじい速度で奔ると、敵を文字通り『すだれ』のように切り刻む。それはもう剣による攻撃というより、猛烈な速度で回転する巨大なチェーンソーとでも言うべき代物だ。
 さらに恐るべきことに、バーサーク状態にあるロードナイトは、その体力まで普段の数倍に跳ね上がっている。そのため、ちょっとやそっとの攻撃を当てた程度では、倒すどころか弱らせることすら難しい。例えるなら、レーシングカー並の速度で走り回るパワーショベル、そんなモノとガチで喧嘩しろと言うのに等しい。
 今までの苦戦が嘘のように、騎鳥プルーフを駆ったフールが一気に敵陣を切り裂く。敵がフールに向けて殺到するのを逆に幸い、一撃、一閃で複数の敵をなぎ倒していく。敵の反撃も喰らうが、物ともしていない。
 『手が付けられない』とはこの事だった。
 「!!!!!!!!」
 フールの喉から放たれた咆哮が、青から深紫へ色を移す夕暮れの空さえ振るわせる。
 三大魔剣を従え、そして自ら魔神と化した若き騎士。無双の力で戦陣をかき分けて進むそのシルエットに、対抗しうる敵など一匹もいない。
 しかし、これほど強力なスキルなら、なぜ今まで使わなかったのか。不審に思われるのも仕方あるまい。
 当然、それには理由がある。バーサークによる強力無比の肉体強化、それには幾つかの大きなリスクが伴うのだ。
 一つ。
 まずバーサーク中は、他のいかなるスキルも使えなくなる。ナイト、そしてその頂点であるロードナイトが持つ圧倒的な戦闘スキル、それが全く使えないのだ。よってこの状態では肉体そのものと、握った武器の威力だけを頼りに、ひたすら肉弾戦を挑むしかなくなる。
 二つ。
 脳の機能を戦闘に特化した結果、バーサーク中は一切の言葉を発する事ができない。つまり他者との意思疎通が全く取れない状態になる。
 今、フールが吼えているのは、だから彼の激情ゆえではない。それがバーサーク状態の宿命なのである。
 三つ。
 バーサーク中は常に、体力が一定量ずつ減って行く。強化された肉体を駆動するための代償として、肉体と精神がじわじわと破壊されて行くのだ。そしてこの条件は、次の4つ目が加わる事で最悪のデメリットとなる。
 その四つ目。
 これが一番の問題だった。
 バーサーク中はスキルだけでなく、いかなるアイテムも使えなくなる。つまり受けたダメージや、減ってしまった体力を治療するための回復剤を、全く使う事ができないのだ。念の入った事に、プリーストの回復呪文等も受け付けない。
 これがフールにとってどれほど大きなデメリットか、いまさら説明の必要はあるまい。
 フールの代名詞とも言うべき回復剤頼みの特攻戦法、それが使えなくなってしまうのだ。
 自分でダメージを回復出来ず、同時に自動的に体力を奪われていく。フールから見ればそれは諸刃の剣どころではない、ほとんど自殺用の剣と言ってよかった。
 誰の援護も期待できない、独りぼっちの孤独な戦いを続けて来たフールにとって、だからバーサークは決して使う事ができないスキルなのである。
 だが今、フールはそれを使った。
 決して使えないはずのその剣を、一切のためらいなく、当たり前のように抜き放った。
 静の危機を救うため、その身を挺したと言えば英雄的かもしれない。だがフールは、それを否定するだろう。
 彼にとってそれは、文字通りごく当たり前の事なのだ。
 BOTの被害者としてどれほど過酷な、どれほど哀しい運命に巻き込まれようと、決して誰も憎もうとせず、そしてどんな運命も否定しなかった。
 底抜けに一途で、果てしなく優しい、この青年騎士にとって。
 そう。

 それはもう、愚かなほどに。
 
 そんなフールを、敵とて放置していたわけではない。
  一秒でも足止めして周囲を囲み、フールの肉体を切り刻むためのスキル攻撃を雨のように降らせて来る。それを受けたフールも次第に傷を増やし、動きも鋭さを 失って行く。もしフールが『魔剣醒まし』として、生きた三大魔剣を操る剣士でなかったら、あるいはとっくに制圧されていたかもしれない。
 だがフールは止まらない。その身体が傷つき、力を失っていこうとも、敵の苦痛を喰らう生きた魔剣どもを駆り立て、周囲の敵を蹂躙しつつ突き進む。
 静がエンペラーによって地面に磔にされた、あの場所まであと一息。魔剣をあと数回、振るう事ができれば。
 だが、そこが分かれ道だった。
 「今いいトコなんだ。邪魔すんな、カス」
 吐き捨てるようなエンペラーの声と同時、猛烈な勢いで飛来した槍がフールを襲った。
 スパイラルピアース。敵を貫き粉砕する衝撃波を、槍の周囲に螺旋状に纏わせて投げつける、ロードナイト最強の攻撃スキル。しかも投げたのは他ならぬ最強の『取り替え児』・エンペラーだ。先刻、静を地面ごと吹き飛ばした大砲並の破壊力を思えば、もう危険どころの騒ぎではない。
 回避の時間はなかった。フールが咄嗟に左腕のミステルティンを掲げ、防御の姿勢を取る。バーサークによって超強化された、知覚と反射速度のフル回転。だが、
 だあぁん!!!
 鼓膜を直接ぶん殴られるような衝撃音と共に、フールの左腕に絡んだミステルティンが吹き飛ばされた。スパイラルピアースの螺旋衝撃波、その余りの威力に、魔剣ではなくフールの腕が耐え切れなかったのだ。
 魔剣が絡んでいた腕の肉がごっそりと抉り取られ、内部の骨が無惨に露出。それが出血で見る見る朱に染まってゆく。せめてバーサーク状態でなければ、そこに回復剤を叩き付け、傷の治療もできただろう。だが今のフールにその手段はない。
 出血が止まらず、また心臓の鼓動もおかしい。スパイラルピアースの衝撃波が動脈を逆流し、心臓の筋肉にまでダメージを与えたのだ。
 ぐらり、とフールがよろめいた。その目が焦点を失い、身体が騎鳥プルーフの上から崩れ落ちる。
 それでも、その右手からエンペラーに向かってオーガトゥースを放ったのは、文字通り最後の力だったか。
 だがその魔剣も、エンペラーには届かない。
 「フール!!!」
 声を限りに、静が叫んだ。両腕を刃物で地面に縫い付けられながら、それでもフールに向って声を張り上げる。
 だがその声も、フールには届かない。
 「はっはー」
 エンペラーが静の身体にマウントを決めたまま、小馬鹿にした様な笑い声を上げた。静も必死で足をジタバタさせているが、優秀な武具に包まれた肉体は憎らしいほど堅牢で、さすがの静も両手を貫かれたままでは脱出できない。
 朱に染まったフールの身体が地に墜ちる、その凄惨な光景が静の目に焼き付く。
 「残念、今度こそ終わりだ。兄弟……い……?」
 フールに向かって最後の言葉を投げようとしたエンペラーがしかし、急に舌をもつれさせた。
 「あ……ぉえ?」
 思うように舌が回らない。不審に思って口元に目を落とし、そこに妙な物を発見する。

 口の中から、刃物が生えていた。

 「ぁは?」
 当たり前だが、エンペラーにも何が起きたのか分からない。
 エンペラーの口から生えた刃物は短い小刀、天津でいう『小柄』。見事な刃紋の入った名工銘入りの逸品で、もし現代にでも伝わっていたら、それこそ目玉の飛び出るような値段のつく博物館級の美術刀剣である。
 「瑞波刀は甘くないでしょ!」
 意地と誇りに満ちた静の声が、エンペラーに叩き付けられた。というからには当然、静がエンペラーを刺したのだ。
 だが彼女は両手を磷付けにされている。
 ならばどうやって?
 その答えはまたしても『足』だった。
 いつもブーツの内側に仕込んでいる小柄、それを足の指で持ち、サッカーで言うオーバーヘッドキックの要領で、エンペラーの後頭部をぶち抜いた。
 エンペラーに押さえつけられながらも、静が必死に足をバタバタさせていたのは、決して無駄な足掻きではなかったのだ。
 あの時。
 フールがバーサーク状態で突進し、最後の力でオーガトゥースを投擲したあの瞬間、エンペラーの注意がそちらへ逸れた。
 フールが文字通り命がけで作ってくれた、その隙を見逃す静ではない。
 すかさず片方のブーツで、もう片方のブーツの靴紐を引っ掛けてほどく。それに半秒。
 靴ひもがほどけたブーツを脱いで、素足になるのに半秒。
 その素足の指で、ブーツに仕込んだ小柄を抜くのに半秒。
 うきとの対決で見せた、あの驚異的な指の力で小柄を構え、エンペラーの後頭部を狙うのに半秒。
 わずか2秒、それで全ての準備は整った。
 その強靭な腰を支点に、抜群のバネと柔軟性を持つ自慢の脚を、まるでムチのように跳ね上げる。
 静の目からは、目標となるエンペラーの後頭部は死角だ。だがこの姫君にとって、そんな事は何の障害にもならない。
 小柄の刃を乗せた正確無比の蹴り、それはいっそ滑らかと言っていい軌道を描き、エンペラーの後頭部に吸い込まれた。
 作戦終了。
 「?!」
 舌が回らない、言葉が出ない、などとエンペラーが困惑していた時間など、実は『秒』もなかった。
 びくん、とエンペラーの巨体が痙攣し、その両目がくるん、と裏返る。
 ほぼ即死。人体における最大の急所を、刃物で奇麗にぶち抜かれたのだから当然だ。
 「でぇえい!!」
 絞り出すような静の気合い。美しい素足が舞うように閃き、白目を剥いたエンペラーの『耳』を足の指で引っ掴むと、思い切り後方へ引っ張る。既に木偶と化したエンペラーが、静の身体の上からずっでえん! と仰向けに転がり落ちた。
 これでもう、邪魔な重しはない。
 「だああっ!!」
 息つく暇もなく、静の脚が三たび宙を奔る。
 次の目標は自分の左腕、それを貫いた愛刀・銀狼丸だ。素晴らしい柔軟性を生かし、伸びやかな肢体を折り畳むようにして放った蹴りが、銀狼丸の刀身に見事にヒット。きぃーん、という金属音を引いて、銀狼丸が弾け飛ぶ。
 「っつうぅ!!!」
 静の表情が歪み、唇から苦痛が漏れる。だがこれは仕方あるまい。手首から刃物が抜ける痛みは、貫かれる時より大きい。それはもう背筋に寒気が走るほどの、痛みというよりは『ショック』。常人なら間違いなく失神モノだろう。
 やっと自由になった左手で、今度は右腕に刺さったナイフを抜きにかかる。
 しかし手首の傷を治療もできず、痛みを癒すこともできない左手では、とても充分な力は出せない。足も試してみたが、体勢が悪過ぎて抜く事は難しい。
 間断なく襲いかかる激痛と疲労で、さしも頑丈な静も息がぜいぜいと荒い。
 文字通り手も足も出ない状況、しかしそれでも静はへこたれない。
 がっ、と口で齧りつく。眩しいほど白く健康的な歯、それでナイフの柄に噛み付き、ペンチで釘でも引き抜くようにぐいぐいと引っ張る。
 「! !……っ ! 」
 染み一つない静の額に、玉のような汗が吹き出した。夕陽を受けてキラキラと光る汗は、決して萎えることのない闘志に捧げられた金色の冠だ。
 ごっ!! という重い音と共に、ついにナイフが抜けた。静の執念に根負けしたか、ナイフが刺さっていた岩がまっ二つに割れたのだ。
 「があああ……っ!!」
 静が雄叫びと共に、自由になった身体を引き起こす。だが無邪気に喜んでいる時間はない。
 さっき『殺した』エンペラーに、BOTモンスターが駆け寄っている。蘇生アイテムを使われたら、エンペラーはすぐに立ち上がって来るだろう。
 そうなれば、今度こそ終わりだ。
 「フール、ごめんね」
 身体を引きずるようにして銀狼丸を拾い上げた静が、もう届かない場所に伏したフールに声をかける。
 力尽きた青年騎士には、まだ息があるようだ。が、意識があるかは分からない。しかしどっちにしても、その運命はあとわずかだろう。こちらにもBOTモンスターが、止めを刺そうと殺到しているからだ。
 「……アンタ、殴ってやれないわ」
 静が銀狼丸を構える。と言っても闘うためではない。
 その切っ先は、自分の腹に向けられる。
 自刃。
 一切のためらいなく、静はその道を選んだ。
 敵陣のど真ん中、もとより援軍はなく、逃走のための転送アイテムもない。このままでは遠からず、敵に押し包まれて殺されるだろう。
 だが静にしてみれば、ただ殺されるだけなら『まだマシ』だった。
 剣を握って人を斬る、その道を選んだ時から、とっくに覚悟はできている。斬るのならば、斬られる事だってある。それが剣というものだ。
 一方、若く美しい女性として、その肉体を汚されることも考えられる。だがそれでも、静に動揺はない。戦国を生きる武家の娘として、国が戦に破れた時、その国の女達がどうなるかぐらい、一般常識の範囲だ。
 それに、少々男に嬲られるぐらいが何だろう。刃物で両手首をぶち抜かれる苦痛にすら耐えた静なのだ。心や肉体が少々傷つく程度、言葉は悪いが屁のようなものである。

 だがこの身体を、いやこの『血』を自由にされること、それだけは別だった。

 『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』。
 亡き母から受け継いだその血が、この身体には流れている。
 遠く聖戦の時代に異世界からもたらされ、王国と教会によって迫害され、そしてとうとう最後の一人にまで殲滅された、貴重極まりない血脈。
 姉の香が受け継いだ前代未聞の霊能力や、同じく姉の綾、そして自分が受け継いだ、その異常とも言うべき戦闘能力。ウロボロス2・フランシア・センカルが、そしてウロボロス8・速水厚志が、それぞれに運命を狂わせるまで魅せられたその力。
 『鬼道』の忌名を冠せられた、無双の力を秘めた血。
 この血を、悪意ある者に渡さないこと。
 そして一人の女として愛する男と交わり、この血を未来へ、健やかに伝えること。
 それが静・香・綾の一条三姉妹が、亡き母と交わした遠い約束だった。
 『俺のガキ産め』
 エンペラーのその言葉に飲まれることは、だから静にとって死よりもずっと悪い。ましてその生まれた子を『取り替え児』にされ、さらに弄ばれるなど、到底あっていい事ではなかった。
 母からもらったこの宝を、そんな歪んだ欲望の玩具にされることを思えば、自分一人が死ぬぐらいどうという事はなかった。
 どうせいつかは死ぬ自分が、今死ぬだけの事だ。
 いや、ただ死ぬだけでは、きっと蘇生されてしまうだろう。だから『念入りに』死ななければならない。
 まず剣士の攻撃スキル・バッシュを自分の腹に向けて撃ち、『子宮』を吹き飛ばす。その後、銀狼丸を喉に当て、前に倒れ込みながら再びバッシュ。大口径のライフルを口にくわえて自殺する要領で、できるだけ広範囲に『脳』を破壊する。
 そこまで肉体を破壊すれば、蘇生限界時間もほとんどゼロに近いはずだ。敵が静に駆け寄り、銀狼丸を引き抜いてから蘇生アイテムを使ったとしても、生き返ることはないだろう。
 できれば残った血肉もすべて焼き払いたいが、現状そこまでは望めない。
 (……銀の叔父上様、どうぞ静の身をお守り下さい)
 静が愛刀に、そしてその鍛ち手に呼びかける。
 これから自刃しようというのに、『守ってくれ』とは意外に聞こえるかもしれない。
 しかし静にとってはそれほどに、自分の血が大切なのだ。ろくに顔も憶えていない実母・桜からもらった、この血と肉が。
 だから死に臨んでも、その心に揺らぎはない。恐怖も、悔悟もない。
 「……皆、さらばです」
 別れの言葉すら短い。
 父や義母、二人の姉、彼らの誰一人として、静の死に様に涙を見せる者はいないだろう。武家の人間に生まれた以上、闘って死ぬ事と、生きる事は同義なのだ。むしろ、
 『よくぞ』
 と誉めてくれるに違いない。
 静が伴侶に選んだ、愛しい義兄だって同じだ。できればもう一目会いたかったし、子供を産んで育てられなかったことは申し訳なく思う。でも、それだけだった。
 だが。
 銀狼丸を握った手から、ちくり、と静の心を刺すものがある。
 決して揺るがないはずのその心に、ほんのわずかに引っかかる物がある。

 (あの人は、許してくれないだろうなあ……)

 その思いが、静の手をわずかに鈍らせる。
 そう、あの人は武人ではない。だから自刃の美学など分からないし、分かろうともしないだろう。
 静が自刃したと知れば、決して自分を許さないはずだ。
 相手が主家の姫様だろうが一切構わず『大馬鹿野郎!』と罵り、静が死んだ悲しみに、その胸を掻きむしるだろう。
 泣きながらこのラヘルの野を彷徨い、形見の髪の毛の一筋でも見つけようと、地べたを這いずり回るだろう。
 そして時が過ぎ、年を重ねても毎月、月命日には彼女の墓の前で、馬鹿野郎、馬鹿野郎と罵りながら、また泣くのだろう。
 ああ、目に見えるようだ。

 (……ごめんね、無代兄ちゃん)

 ふっ、と泣けそうになる。
 一条家の姫として、彼女がパートナーに選んだのは義兄・一条流だった。誰しもが認める文武に秀でた義兄を選んだ、その事に一片の後悔もない。
 だが義兄とは全く違う意味で、静はあの『無代』という若者に懐いていた。誤解を承知で言うなら、そう、本当の兄のようにさえ想っていた。
 世間知らずの静にいつも笑顔で、あるいは本気で怒ってくれた。下らない遊びも、品は悪いが美味しい食べ物も、みんな無代が教えてくれた。
 剣の修行と勉強ばかりのあの頃に、もし彼がいなかったらどうだったろう。どれほど充実していても味気なく、彩りの少ない日々だったのではないか。
 そしてそれは、二人の姉達にとっても、義兄の流にとってさえ同じだろう。
 (兄ちゃんの料理、もう一度、食べたかったな……)
 そんなどうでもいい想いが次々に湧き上がり、手の銀狼丸はすっかり止まってしまう。
 想えば手の中の銀狼丸は、彼女の叔父である一条銀が鍛え、無代その人に与えた剣だ。
 てんじょううらの、ゆうしゃのつるぎ。
 物言わぬ鋼に、鍛え手の想いがこもる、そんなことはあるのだろうか。
 真の持ち主の想いがこもる、そんなことがあるのだろうか。
 もしあったとして、その『想い』などというものが、死を覚悟した少女の運命を救う?
 そんなことがあるはずがない。
 もしあるとすればそれは、

 『奇跡』

 そう呼ばれる類いのものだ。
 銀狼丸を握る静の手に、再び力が戻るまで数秒。
 ではその数秒を。
 決して揺るがぬはずの少女の心をかき乱した、わずかの時間を。
 何と呼ぶのがふさわしいのだろう。
 「……こんのぉお!!」
 「?!」
 突然、真後ろから聞こえた声に、静の手が再び止まった。
 「バカ姫様がぁああ!!!」
 「ぶ!!!」
 すぱーん、と小気味よい音を立てて、静の後頭部が思い切り引っ叩かれた。
 「はあ?! 何それ!? ハラキリ!? ハラキリってヤツ?! あーいや、ないわー。それないわー。それマジないわー」
 手首の傷で握力のない静の手から、ひょい、と銀狼丸が取り上げられる。
 「うわー、これマジ痛そうだし、マジあぶねーし。……何これ? どういうこと? ハラキリとかさ、馬鹿なの? 死ぬの? いや死ぬとかないし。マジそれないし」
 猛烈な勢いのツッコミに、さしもの静が目を点にして振り向く。
 「うき?!」
 「おうよ!」
 カタールを持ったまま、両手の指を器用に立ててダブルピース。
 「夕陽の暗殺者・うき様参上!」
 昼間と微妙に違う、しかし相変わらずいい加減なキメ台詞とともに。
 「助けに来たぜぇ、静ちゃん!」
 何とも騒々しい奇跡が、向こうから押し掛けて来た。

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中の人 | 第十一話「Mothers' song」 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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