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第三話「mild or intense」(2)
  鼻を突く異臭に、さしもの香も顔を歪めた。
 (…臭)
 『鼻』の判断でとっくに嗅覚は停止しているが、異臭はもう目やら唇やら、露出している粘膜にまで浸透を始めている。
 周囲の人々は全員、例外無く意識を失って倒れていた。大人も子供も男も女も折り重なり、まるで人の海だ。
 四隅の小さな魔法灯の他は、ほとんど光のない船の底。
 香が家出の末に乗り込んだ、あの移民船の船底である。水音や船の揺れ、うねりの様子から、船はまだ外洋を航行中のようだ。
 もともと衛生的とはいえず、空気も悪いし多少の異臭もした。だが、それにしても今のこの異臭は異常である。
 ガスだ。
 それも事故ではない。何者かが意図的に、船底にガスを流し込んだのだ。
 真夜中、船底の『客』が眠っている間に、それは行われた。
 大半の客は眠ったまま意識を奪われ、異変に気づいた少数の客も、船底から避難しようと船上への扉に殺到したところで、がっちりと施錠された扉に阻まれ、そこで力尽きた。
 香も眠っていたが、警戒のために一カ所だけ起きていた『右目』の警報で目を覚ました。
 即座にガスの成分を分析し、超特急で体内に対抗措置を取る。内臓や筋肉や血流に『自分で思考させる』ことが可能な香は、量にもよるが大抵の薬物は無効にできた。
 ガスは微弱。香ならば生存、活動に大きな問題はない。
 だが、意識のある人々が船底の扉に群がり、それでも扉を開けることができないのを確認して、脱出をいったん保留する。
 (あの扉から出るのは難しい。素手では破壊できない。有効な武器もないようだ)
 『右肩』が分析する。
 (様子を見るべきでは?)
 『左腿』
 (ガスの成分と量からみて、客を殺すつもりはないと思われる。意識を奪う事が目的だ)
 『鼻』
 (もともとコレを目的とした奴隷船だったのでは? 調査不足だ)
 『左肺』が不満を訴える。
 (急いでいたことは事実だが、調査不足という判断は早すぎる。船を乗っ取られた可能性もある)
 『脳』が調停する。
 (とりあえず、身体も回復しきっていない。様子を見る。同意?)
 各器官から温度の差こそあれ、同意が伝えられる。
 そのまま、警戒のための一部器官を除いて、再び眠ったのだ。
 そして、相変わらずのガスの中で目を覚ました。
 ガスを流した犯人がすぐにでも、扉から中の様子をうかがいに来るかと思っていたが、数時間経っても誰も来ない。全感覚を動員して『外』の気配を探るが、少なくとも船底の天井の上には誰もいない。
 気は進まないが、回りの人々の『運命』を覗き見してみる。
 …『死』のイメージが支配的になっていた。それどころか、既に死亡している者も少なくない。
 殺すつもりはない、というのはどうやら間違いらしい。が、最初から皆殺しにするつもりならもっと強力なガスを使えばいい。その方が簡単だし安上がりだ。
 (選別か…?)
 『心臓』が仮説を立てる。
 (弱い者は死ぬに任せ、生き残るだけの生命力のある者だけを選別する)
 ありうることだ。奴隷として売るなら『丈夫で長持ち』する方がいい。
 冷静な分析。そして残酷な決断。
 (…私だけは生き残ってみせる)
 『子宮』がつぶやく。そして全器官からの、同意の沈黙。
 香は、彼女の姉妹や義兄のような英雄ではない。その能力が常人を上回るとしても、せいぜい一人か二人を守れる程度に過ぎない。
 彼女の義兄ならば素手でも扉をぶち破るだろうし、姉ならば扉どころか楽に天井を、いや船の土手っ腹に大穴を開けることすらやってのけるだろう。
 だが香の能力では、この両手両足を両肘両膝まですり減らしたとしても、やっと人一人通れるか通れないかの穴を開けるのが精一杯。例えそうしたところで、出血と疲労によってそこで死ぬのがオチだ。
 さらにここは海の上。香が航海術を持たない以上、万一船を乗っ取れたとしても漂流した挙げ句に死ぬのが、やはりオチなのだ。
 (蝶の羽一枚でもあれば…)
 『右耳』が悔やむが、後の祭り。『家出』の覚悟を決めるために、戻る事を想定しなかったのが裏目に出た。周囲の移民たちの持ち物も根気よく探してみたが、貧しい移民たちばかりだけに似たような状況らしく、テレポートアイテムは一枚も発見できない。
 だが、船のどこかには必ずある。難破や海賊の被害のお守りとして、船乗りなら蝶の羽を持つのが常だからだ。それを奪うのが唯一の可能性。たとえ瀕死の状態でも、それを奪って使うわずかな時間さえあれば。
 テレポート位置としてセーブしてある、見剣の城へ帰れる。
 もう『持ち主の口に入る事のない飲食物』を拝借し、余計な思考を止めてひたすら食べ、飲む。
 『出す方』はといえば、部屋の隅の簡易トイレはもう満杯。こうなるとどこで排泄しても変わらないし、香も気にしない。倒れている人をせめて避ける程度。
 さらに数時間。死者は半数を超えた。
 香の『目』には、自分が死んだことが理解できず、まだ倒れたままの『死者』が映り込む。が、どうしてやることもできないし、する気もない。
 (選別が目的なら、そろそろのはず…)
 香は感覚を研ぎ澄ます。身体の回復はまだ十分ではないが、短期決戦であれば目的達成は可能だろう。
 香には、移民たちの無益な死に対する感慨はあまりない。卑怯な手段、残虐な行為に対する怒りも、それほどない。『死を見る』ことのできる香にとってみれば、『死の価値』に大きな差はないからだ。
 もっと理不尽な、もっと簡単な理由で人は死ぬし、殺すし、殺される。
 彼女が辛うじて『価値』を見いだす死は、母と…そして無代の死。そして『無代の運命の付属物』としての自分の死、だけだ。
 今この瞬間も死んでゆく移民たち。だが、香にとって彼らを救おうという衝動自体、自分の生存と無代との再開を阻む『障害物』である。
 理不尽な死を迎える者への謝罪も、祈りも、香にはない。
 いや…あるのかも知れない。が、もしあったとしても完全に思考の外に排除されている。でも…。
 右目から涙が一筋、流れる。
 (落涙は機能エラーと判断。原因の究明と修正を要求)
 『脳』が『右目』を問いただす。
 (修正済。原因は…不明)
 (不明…了解)
 『脳』がそれ以上質さず、引き下がる。ここ数年、なぜかそういうことが増えた。無代という男を知ってから。
 こつん。
 天井に音が響いた。人の気配。
 (…来た!)
 『脳』が直ちに全身の思考を統括。
 (…戦闘準備良し! 目標は蝶の羽!)
 (同意!)
 全身の全器官が瞬時に戦闘態勢を整える。
 天井の上の気配は2人。まさか意識のあるものがいるとは思っていないだろう。
 香なら一瞬で事を終わらせられる。
 扉の鍵を操作する音。香の全身が細い、しかし強靭なスプリングとなり、エネルギーを蓄積する。
 (来る!)
 『脳』が最後のタイミングを取った瞬間だった。
 がぁん!
 香の意識に、もの凄い衝撃が走った。
 特大の雷を叩き落とされたような感覚に、全身が壊れた人形のように痙攣する。
 (…は、ぎ…っ!)
 体じゅうの血液が抜き取られたような脱力感が襲い、統一されていた思考が粉々に砕かれた。
 (…駄目っ! 今、今は駄目っ!!)
 懸命に思考の統一を図るが、もう遅かった。衰弱した状態にも関わらず、ここまで無理を重ねて来た体内の器官という器官が、一気に思考を崩壊させる。
 (…駄目)
 (もう…)
 (…原因を)
 (…遅い!)
 (無代が…!)
 (何!?)
 (危ない! 無代が危ない!)
 (論理的思考を…)
 (遅い…遅い遅い遅い…!)
 崩壊の要因となったその一撃が何なのか、すぐに分かった。
 無代の危機を感知してしまったのだ。
 空間を越えて、自分より大事な人の危機を感知してしまう、香の能力。
 (…無代に、危機が…!? あああ無代が死んで…死んで…え? え? え?)
 殴りつけられるように飛び交うイメージの中で、無代が何度も死ぬ。
 死ぬ。
 死ぬ。
 (…あ…ひ、ひ、いぃ…!!)
 眼球が激しく痙攣する。手の指が逆に折れ曲がり、あり得ない宙を引き裂く。
 過去にも何度かあった。無代が世界を巡る途中、危機に陥る度に感じた。
 彼が商売敵に捕われた時。船が難破して死にかけた時、得体のしれないモンスターに襲われ大けがを負った時。
 その苦痛や動揺、激しい感情を、香は『受信』してしまうのだ。
 この世でこの一撃だけは、香にもコントロールできない。
 全身の思考が沸騰し、白熱し、焼き切れる。
 (無代が…無代が!!)
 (どうしよう…ああ…どうしようどうしようどうしよう…?!)
 頭の中はそれしかない。泣きわめく幼児と変わらない。
 見剣の城で突然狂ったように泣きわめいたり、床にばったりと倒れたまま痙攣する香を、大半の者は『狂った』と思った。普段なら、真実を知る彼女の家族と、善鬼はじめごく少数の家来たちによってすばやく隔離されるのが常であったが、今はそれも望めない。
 せめて不幸中の幸いか、天井の扉が開くより一瞬早く、香の身体が音もなく崩れ落ちる。意識のある者とは気づかれまい。しかし…。
 (駄目だめダメダメやばいヤバいヤバいヤバい)
 もう身体の器官をコントロールできない。
 疲労した内臓が支えを失って次々に停止し、心臓が凄まじい不整脈を奏でる。筋肉は弾力を失い、視覚触覚はじめ全感覚がブラックアウト。
 ガスの無毒化プロセスも崩壊し、一気に身体と意識が犯される。
 こうなっては、香もただのか弱い女性に過ぎない。いや、身体が衰弱していた分、むしろ弱い。
 (あ…)
 (…無代…)
 「…む…」
 最後の力を、愛しい人の名前を呼ぶために使う。
 無代を知ってから、心の中で彼以外の名前を呼んだ事はない香である。
 だがその名も最後まで呼ぶ事はできず、香の意識は暗黒へ、落ちた。

 さすが香というべきかどうか、無代が後ろから殴り倒されたのは、まさに香が感知したその瞬間だった。
 プロンテラにあるカプラの支社。無代が連行された先は予想通りそこである。
 中央噴水でカプラガードに囲まれ、ここにたどりつくまでに一悶着あったので、時刻はもう昼近い。
 悶着の原因はモーラだ。
 無代を連行しようとするカプラガードに、モーラは激しく抵抗した。
 「この人は違います! 犯人じゃない! 連行なんてだめです! 私が許しません!」
 その剣幕は凄まじく、カプラガードの精鋭が一時的にとはいえ気圧される。
 「待った!モーラ!」
 見かねた無代が叫んだ。
 「ありがとうモーラ…でも駄目だ。これは俺のせいなんだから、君が会社に歯向かう必要はない。大丈夫だから」
 無代が逆にモーラを説得しなければ、それこそ『D4』の戦闘能力を首都のど真ん中で披露する羽目になったろう。
 結局、無代を犯人扱いせず、さらし者にしないように馬車を用意する、拷問しないなどの条件でモーラをしぶしぶながら納得させ、やっとここまでたどりついたのだ。
 (とんだ果報者だよ、まったく)
 無代の内心は苦い。結局、モーラに迷惑をかけてしまったこと対してである。
 彼を連行したカプラガードは元々、カプラ嬢の安全を守るために組織された、いわば私設警察だ。
 その性質上、公私共にカプラ嬢に近づく者を普段から監視している。実際、彼女たち目当てのストーカーは後を絶たないのだ。
 無代がモーラを口説き、一時的にとはいえ付き合っていた時期から、カプラガードの監視の目が光っていたのだろう。
 二人の関係が、無代がモーラに振られる形で解消され、その後カプラ嬢の殺害事件が発生。直後に無代がモーラに接触…。
 その辺りの情報も全て把握されていたなら…。
 (振られてヤケになったオレが、腹いせに新人のカプラ嬢を殺し、モーラに『復縁しないとお前も殺すぞ』と脅しに来た、ってところかな…)
 無代は、カプラガードが描いたであろう「絵」を想像してみる。
 (しかし直接的な証拠は何もない。…なのにこの行動、ずいぶん焦ってやがる)
 (そもそも、こりゃプロンテラ市警の仕事だろ)
 (どうやら何かありそうだな。しかし…)
 思考が元の場所に戻る。
 (モーラに迷惑かけっぱなしだ)
 元はといえば全部、無代の撒いたタネである。なのに、彼女は無代を守ろうとしてくれた。カプラ社内での彼女の立場を思うと、余計に心が痛む。
 支社の中の一室に放り込まれた。窓も何も無い一室。
 そこで殴り倒された。
 そして、次に待っていたのはガードの隊員連中による、いわゆるリンチ。
 モーラとの約束など、最初から守る気はなかったわけだが、それは無代も承知の上なので驚きはしない。が、やり口がいささか強烈だった。
 まず状態異常武器を使って身体をマヒさせられ、その上で殴る蹴るでボコられる。
 これはかなり効く。
 叫ぶこともうめくこともできない。さらに拷問なのに喋れない。つまり、心が早々に折れて自白しようとしても、させてもらえないのだ。向こうがやめるまで耐えるしかなく、耐えられなくてもどうしようもない。
 (迷惑かけた天罰、だよなあ…)
 苦痛でぐちゃぐちゃにになった頭で、無代は思う。
 だが、本当にキツいのはこの後だった。それまでの『マヒ』が『毒』に代わる。
 さんざん殴られて動けない身体をさらに毒化させられ、低いレベルのヒールを繰り替えしながら、ギリギリ死なない辺りを彷徨わせる。
 その肉体的、精神的苦痛は筆舌に尽くしがたい。
 その上、定期的にわざと『殺される』。
 ヒールをかけずに毒の効果で一度死亡させておき、蘇生可能時間を見計らって蘇生をかけるのだ。
 カプラ嬢殺害の時にも触れたが、『蘇生限界時間』というものがある。
 プリーストの魔法、あるいはイグドラシルの葉といったアイテムを使えば、死者を蘇生させることが可能だが、その効果も無限ではない。
 蘇生可能なタイムリミットがあるのだ。
 そしてそれは、死亡時に身体が受けたダメージによって変化する。大きなダメージほど、蘇生可能時間は短い。
  例えば殺されたカプラ嬢のように心臓を吹き飛ばされるとか、首を落とされるなどの大ダメージの場合、その時間はよくて数分。しかし、今の無代のように毒で じわじわと死亡した様な場合や、下水道で蟲に殺された静のようにダメージが大きくない場合は、数十分は『死亡』させておいても蘇生出来る。
 ただ、蘇生される方も決して楽ではない。
 文字通り、死の淵をさまようのだ。その精神的ダメージは大きい。
 無代の場合、蘇生してもまた毒化の地獄が待っている。香が感知した、無代の度重なる死のイメージの正体がこれである。
 いっそひと思いに死んだ方が楽、という状態を無理矢理続けられると、もう自分が真犯人でなくても真犯人でいい、と誰もが思ってしまう。
 人一倍の意地を杖に耐える無代とて、おそらくは例外ではいられまい。
 「…う…ぐ、げ…ぇ」
 もう人間の声は出せない。
 (…やめてくれ…もう、やめてくれ…助けてくれ、殺してくれ…) 
 理性の部分はどうあれ、無代の本能はもう泣き叫んでいるといっていい。
 涙が止めどなく流れ、鼻水やら涎やら吐瀉物やらと混じって、ひどい顔だ。
 顔色どころか全身が紫色。ズボンが赤黒く染まっているのは、止まらない血尿のためである。
 手足の爪が浮き上がってはがれ落ち、髪の毛もイヤな色に染まって抜け落ち始めている。
 眼球はとっくに、白目まで真っ黒だ。赤を通り越した黒。
 「お前が、犯人だ」
 男が、無代の髪の毛を掴んで顔を持ち上げ、耳元でささやく。
 無代を連行したカプラガードのリーダー。若い、といっても無代よりは年かさの、金髪のナイト。
 言葉に訛がないのは生粋のプロンテラ人の証拠で、身長や体格から貴族とわかる。なのにカプラ社に雇われていることから、恐らく家督を継げなかった次男か三男だろう。手の剣ダコは、それなりに修練を積んだ使い手であることもわかる。得意技は『突き』。
 無代は混濁した脳で、ほとんど無意識に考える。別に香のような特殊能力ではない。経験と研鑽によって身につけた無代の『財産』である。
 その財産を得るまでに経て来た労苦を、途切れ途切れに思い出す。
 一人世界を巡り、人にボコられたことも、モンスターに殺されかけたことも両手の数では足りない。実際に『死んだ』ことも一度や二度ではなかった。
 心配かけてはいかんと、航海の土産話にしたことはないけれど、どうやら香には分かっていたようだ。
 無代には一条家の人々のような、天から授かった超人的な力は無い。
 それでも、『天井裏の魔王』の言葉を胸に、勇者を目指して駆けた青春。
 結局、勇者にはなれなかった。
 だが、行くと決めた。
 退きも、止まりも、逃げもしないと誓った。
 (…誓ったんだ…)(…やめてくれ、もう…)
 「お前が、犯人だ」
 (……誓った)(…助けてくれ、許してくれ…!)
 「お前が犯人だな?」
 (…………)(何でも喋るから…!!!)
 その意地も…しかし尽きようとしていた。尽きたとしても、誰も無代を責められまい。
 無代以外は。
 
 『…拾え』

 聞いた途端に『幻聴』だと分かる、重く、静かな声が無代の耳に響いた。
 苦痛も悲鳴も遠くなる。
 『5年前』のあの日に、時間が巻き戻る。
 天臨館での『活躍』の翌日、無代は城に呼び出された。呼んだのは一条家筆頭御側役・善鬼。
 正直、褒美でももらえるのかと思っていた。
 だが違っていた。いや、違うどころの話ではなかった。
 城の道場で二人きり、しかも善鬼がその愛杖「鬼棒」を手にしているとなれば、いくら無代でも不穏な空気は感じる。
 この「鬼棒」は通称であり、その実体は強力な打撃力を誇る『マイトスタッフ』を7〜8本束ね、鋼の箍で締め上げたという何とも荒っぽい棍棒だ。
 そしてその威力もまた、その荒っぽさに見合った恐るべきものである。
 これで殴られた相手は、跡形もなく潰れて消えるとも、地面にクギを撃つように埋め込まれるとも言う。
 通常、鈍器を使って戦うプリーストを『殴りプリ』と称する。
 が、この鬼棒を握った善鬼はそれゆえに、「潰しプリ」だの「埋めプリ」だのの異名で呼ばれていた。
 「これは試験である。左手を出せ」
 何の試験なのか、何をするのか、善鬼は一切説明せず、質問も許さない。
 無代が手を出す。
 そこへ鬼棒が一閃した。
 無代の肘から先が音も無くちぎれ、どん、と道場の床へ落ちる。 
 一瞬、何が起こったか分からず、呆然とちぎれた手を凝視する無代に、善鬼が一言。
 「拾え」
 静かな声。
 冗談ではなかった。ちぎれた肘から鮮血が噴き出す。激痛が遅れて襲い、さらに急激な失血も加わって意識が遠のく。
 「止血しろ。腕を拾ってつければ治してやる」
 何の感情もない声。
 無代はもう思考能力がない。拾うというより、身体の方を床に投げ出し、這いつくばって左手を掴み、無我夢中で傷口に付ける。上下が反対なのを、慌てて戻す。
 「ヒール」
 がん、と来た。
 余談になるが、ヒールの使い手には二種類いる。
 『癒し(マイルド)型』と『気つけ(インテンス)型』だ。
 まず癒し型だが、この使い手のヒールは優しさが特徴である。
 身体の中から熱がじんわりとわき上がるように効いてきて、いつまでもこの感覚に包まれていたいと思うような効き方をする。
 無代が知る範囲ではあの天臨館一の治療師、無代の元彼女でもあるジャスミンがそうだった。
 そしてもう一方が『気つけ型』。
 この使い手のヒールはとにかく速く、爆発的に効く。
 その代わり、治される方にも結構なダメージというか衝撃というか、「反動」があるのが特徴だ。
 例えば、あなたが長時間正座をさせられて、すっかり足が痺れたとする。
 その足をやさしくマッサージしてくれるのが前者なら、両手でぐいぐいと揉み込んでくるのが後者。
 疲れた身体を優しく癒すアロママッサージと、全身の関節をボキボキやられる整体の対比にも近いだろう。
 そして後者の代表こそ誰あろう、この善鬼なのだ。
 その治療の衝撃たるや、それこそ傷口と傷口の合わせ目に五寸釘を打ち込まれたようだ。確かに金輪際離れることはないだろうが、それはもう『治療』というよりは『修理』である。
 腕は見事に全快したが、無代はもう声も出せずにのたうち回る。だが善鬼の試練はまだ始まったばかりだった。
 「次、右腕」
 無情な声がかかる。
 (…逃げないと…!)
 無代の本能が必死に逃走を命じるが、身体の方がすくんで動けない。それどころか、言われるままに右腕を出してしまう。
 どん。
 右腕が床へ落ちた。
 「拾え」
 両手が済むと、次は両足だった。片足ずつ、今度は横殴りにされたため、足は道場の壁まで飛んで、ぶつかって落ちる。
 両手と残った足を使って死にもの狂いで床を這い、ヒールを受ける。
 血と汗と涙で顔も身体もぐしゃぐしゃだった。いつになったら終わるのか、なぜこんなことをされるのか。
 「最後。頭だ」
 善鬼が信じられないことを言い出した。
 頭を落とすから拾って付けろ、というのか。そもそもそれはヒールで治るのか? 死ぬんじゃないのか? 
 だが善鬼の表情からみて、まったくの本気らしい。
 (…冗談じゃねえ!)
 ここへきて無代の中に、逆に怒りが湧いていた。
 どうして自分がこんな目に合わされなければならないのか。自分に何の恨みがあるのか。
 殺す気なら一気に殺せばいいではないか。
 (冗談じゃねえぞこん畜生…!)
 涙でぐしゃぐしゃの顔で、涎でべとべとの口で、善鬼を睨み返した。身体はもう、善鬼の暴力に完全に屈している。歯の根が合わず、恐怖にがちがちと音を立てる。
 しかし、無代は残ったなけなしの意地で、心だけは折れまいと踏ん張る。
 反撃は不可能だ。逃げる事もできない。
 (…だったら、やってもらおうじゃねえか!)
 無代は右手の拳を固く、固く握った。善鬼がむ、と身構えるが、無代には反撃する気などない。
 「があっ!」
 その拳を、自分の口に突っ込んだ。あごを限界まで開き、歯で拳が削れるのも構わず、一気に手首まで押し込む。
 そして、そのまま善鬼を睨みつけた。
 さあ、やれ。頭をちぎれ。
 (口に拳骨くわえてりゃあ、頭ちぎれても見失なわねえだろ!)
 見上げた土性っ骨だった。
 睨みつけられた善鬼の唇が、わずかにほころんだように見えた、次の瞬間。
 頭の真横に凄まじい衝撃がきた。
 本当に首が落ちたのか…残念というべきか、そこから無代の記憶はない。
 気がついた時には、道場の床にべちゃっとつぶれていた。
 「…座れ」
 善鬼の声に、何とか顔を上げてみると、正面にきちんと正座した善鬼がいた。鬼棒は脇に置かれている。
 意地の続きで、何とか身体を引っ張り上げ、善鬼の真正面に正座する。
 (もうどうにでもしやがれ!)
 また善鬼を睨んで、そこで気がついた。無代の目を見つめ返してくる善鬼の目が、今までと全く違う。
 「…昨日の、天臨館での差配は見事であった」
 相変わらず静かだが、むしろ暖かい響き。
 「この俺までも巻き込んで、三文芝居をさせるとはな。あの時間でよくもやったものだ」
 「…」
 無代は狐につままれたような顔。
 「…だが無代。お前はこの先も『裏』でやっていくつもりか?」
 意外な質問に無代は一瞬戸惑うが、何とか目をそらさずに答える。
 「…お、俺…いえ私には、前でガチンコする力はないし、魔法とかも無理ですから…はい」
 つっかえながら応える無代に、善鬼は一つうなずくと、
 「ならば、先ほどの『痛み』を忘れるな。あれが『前』の痛みだ」
 それを教えるための試練。善鬼の目がじっと無代を見る。
 「『前』の痛みを知らぬ『裏』など無用、いやむしろ害悪である」
 「…はい」
 無代が深くうなずいた。
 「よろしい、よく耐えた。…合格」
 善鬼は短く言うと、鬼棒を携え立ち上がる。
 「ぜ、善鬼さん!」
 「…む?」
 「ありがとうございましたっ!」
 精一杯の声。頭を床に叩き付けるような礼。
 「うむ。…なお励め」
 無代の必死の返事を背中に、善鬼は道場を後にする。
 その厚く、重い背中。
 (…)
 床から顔を上げられないまま、無代は考える。
 (…で、俺の頭、ほんとに千切れたのかな…?)
 実は無代、今に至ってもその答えを知らない。
 ただ…。

 「お前が犯人だな?」
 現実が戻って来た。身体と精神のダメージは、もはや無代が自力でどうにかできるレベルを遥かに越えている。
 だが。
 「…ぢ…」
 「ん?」
 「ぢ…げ…ぢげえよ、ばが…」
 『違えよ馬鹿』と、声を絞り出した。
  (…裏切れねえもんが、あるんだよ畜生…!)
 何の得にもならない、ただの意地。
 だがその天下一品の意地は、やはり天を微笑ませたのか。あるいは苦笑いか。
 恐らく後者。
 『拷問室』のドアが一撃、どかん! と吹き飛んだ。同時に飛び込んで来た影が一つ。
 「貴様ら! 何をしているっ!」
 拷問室の頑丈な壁が、一瞬たわんで見えるほどの大声が室内に響きわたる。
 女の声だ。
 無代を『可愛がって』いた隊員たちが、一斉に凍り付いた。同時に、無代を押さえつけていた隊員、犯人だとささやき続けていたリーダーが立て続けに吹っ飛ばされる。
 鈍く、重い打撃音が連続して、後から聞こえた。獲物は剣。だが鞘付き。
 「ヒール!」
 がん! と無代の身体に回復がかかる。同時に、頭から解毒薬らしい薬がぶちまけられた。
 「ヒール! ヒール!」
 がん! がん!と回復が畳み掛けられる。さらに薬がだばだばと降ってくる。
 ヒールの使い手に『癒し型』と『気つけ型』がいると書いたが、今、無代にヒールをぶち込んでくれた使い手は、典型的な『後者』だった。
 「…ぎゃ…あぁぁ…!」
 回復されているというのに、無代は拷問の時より激しくのたうち回った。それほどの「反動」。
 足の痺れが全身どころか内臓にまで回ったところで、体中を力任せに揉まれるのを想像してもらうと分かりやすい。
 「…足りないか? …ヒール!」
 もう一発来る。
 「!!!!」
 無代はもう声も出ない。もし声が出ていたら「私が犯人ですごめんなさい」と叫んでいたかもしれない。
 拷問よりひどい。
 だが、その分効き目は確かだった。はがれ落ちた爪はあっという間に生え変わり、髪も目も身体の色も正常に戻る。ただ、治癒のために体液を消耗した反動で、猛烈に喉が乾く。
 ぽん、と投げ与えられたのは水筒。中身も確認せず、むさぼるように飲んだ。果汁入りの水だったが、今の無代にとってはこれこそ天上の甘露だ。
 「…大丈夫か?」
 ヒールの主が訊ねる。
 「…あ、ああ…。だずが…っだ。ありがど…」
 まだ声がまともに出ない。が、必死で礼を言う。
 「大丈夫そうだな。よし、立て」
 片手で胸ぐらを掴まれる。が、まだとてもじゃないが自分の足では立てない。
 「…ちょ…」
 待ってくれ、という無代の訴えは、しかし無視された。
 胸ぐらを掴んだ片手でぐい、と引きずり起こされる。無代とて大の男なのだが、それを一気に片手で、それも目の高さまで持ち上げる。
 「無代だな? ウチの者が迷惑をかけたが…それとこれとは話が別だ」
 押し殺した声。その時、無代は初めて声の主を見た。
 憤怒に燃え上がるかのような真っ赤な髪。
 相手を萎縮させるためにあるような、強烈な視線。そして叩き付けるような美貌。
 「お前はD4…モーラを傷つけた。これは礼だ。…受け取れ!」
 言葉の意味を理解するより早く、その一撃は来た。
 鳩尾のど真ん中。
 D4ことモーラの拳を、その土手っ腹にぶち込まれたのが一昨日。だが、無代は知った。
 モーラはまだ、修行が足りない。
 この一撃に比べれば、あれはまだ未熟な、子供の拳だ。
 これこそが真の拳。
 無代の身体と心が、一瞬にして粉砕されたかのような衝撃が突き抜ける。
 胸ぐらを掴まれたままだったため、胸を視点にして下半身が天井まで跳ね上がる。
 落下のタイミングに合わせて胸ぐらの手が離れ、無代はうつぶせに床へ叩き付けられた。
 そして悟る。これが…これがカプラの最高峰。
 「私はガラドリエル・ダンフォール。…『D1』だ。覚えておけ」
 D1。頂点たるデフォルテーの、さらに頂点。
 そして、頂点の破壊力。
 内臓のいくつかが完全に潰され、脊髄も変な風に折れ曲がっている。細かい打撲や骨折に至っては数える方がヤボだろう。
 一条家の人間にほとんど匹敵する、それは圧倒的な『力』だった。
 そしてあと数秒で無代が死ぬ、というところで、あれがきた。
 「…ヒール」
 今度こそ、無代の意識がすっ飛んでいく。
 それをいっそ、幸せだと思った。
中の人 | 第三話「mild or intense」 | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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