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第十四話「Cloud Climber」(2)
 「止めろ、だとぉ?!」
 老カツギが珍しく素っ頓狂な声を張り上げた。
 だがそれも無理はない。無代の言葉はそれほど意外なものだったのだ。
 「そのお方が『御山に登る』ってのを、あっしに止めろと、こう言うのかい?!」
 「その通りなんでございます」
 畳に両手を突き、ついでに頭も突いた土下座の格好のまま、無代が必死の声を出した。
 「俺じゃあ止められねえ……でも天下の大棟梁さんの言葉なら、きっと聞いて下さる! この通りだ……この通りです!」
 声を限りに叫びながら、下げた頭を微塵も上げない。
 「……むう」
 老カツギが息を飲んだ。
 確かに『話してみろ』と言ったのは自分だが、まさかここまでの話とは思っていなかった。
 「ひょっとして無代さん、その『お方』ってのは、何かご事情をお持ちかい?」
 老カツギが尋ねると、無代が自分のことのように辛そうに、
 「ご慧眼、恐れ入ります。実は……お身体がお悪いんで」
 揺れる声で答えた。
 「お若いご時分からずっとお身体が良くなくって、それがどんどん悪くなっちまって……最近じゃ、もうどんなお偉いお医者様が束になっても手に負えねえ」
 外国から嫁いできた賢い奥方様が、自ら考案した特別な技でもって、辛うじてその命をつないでいるのだという。
 「だけど、それだってもう長くは……」
 無代をして、最後まで言うことができない。
 代わりに、ぎりっ、と奥歯を噛み締める音。
 無念の音。
 「……それじゃあ何かい、そんなお身体で『御山に登りたい』と、そのお方はおっしゃるのかい?」
 よほど呆れるか、いっそ怒ってもいい場面だったが、老カツギの声は意外にも優しかった。
 だが問われた無代の身体は、激しい痛みに貫かれたように震える。
 「俺が……俺がいけなかったんです」
 無代が土下座の姿のまま言葉を絞り出す。
 「ご病気で退屈な床の慰めになるかって、大棟梁さんとの昔話をペラペラと……しまいに『自分は天下の名人の、最後の弟子だ』なんて……あんなこと言わなけりゃ……俺があんなことさえ言わなけりゃ!」
 めりっ、と畳に額がめり込む音。
 悔悟の音。
 そしてしばしの沈黙。
 「……ま、まずは頭をお上げなせぇ、無代さん。それじゃ話もできねえや」
 老カツギがそう促したものの、まだ相手の答えを聞かないうちに『頭を上げろ』と言われて、素直に上げる無代でもない。
 案の定、びくとも動かない無代に苦笑しつつ、老カツギは一計を案じる。
 「無代さん、一服付けさせてくれねえか」
 タバコを吸いたい、と持ちかけた。
 「承知いたしやした」
 無代が頭を下げたまま、すっ、と畳を滑り下がってから立ち上がり、部屋の隅に片付けてあった煙草盆を手に取る。
 台所へ行き、竈の中から真っ赤に熾った炭火を一つ、煙草盆の火入れに収めて戻ってくる。
 煙管に刻みタバコを詰め、くるりと回して老カツギに差し出す。
 さすがと言うか無代、相変わらずこの手の一連の動きに一分のよどみもない。
 煙管を受け取った老カツギが、その口をくわえるのを見計らい、無代が火入れの熾火を煙草盆ごと持ち上げてくれる。
 煙管のタバコに火を着けるにはコツがあり、これを『遠火』といって、熾った炭火から少し離れた位置から息を吸いつつ火を着けるのが良し、とされるのだ。
 ぷか、と一服目の煙が流れた。
 「……うん」
 口の端にかすかな煙を残し、老カツギが目を細める。
 煙管にタバコを詰めるにも、あまり固く詰めると煙の通りが悪くなり、不味い。といって緩すぎれば、焼けて崩れたタバコを口から吸い込み、下手をすれば火傷する羽目になる。

 その点で無代、自分では一切吸わないのに、老カツギ本人が詰めるより上手いのだ。
 そして未だに顔を伏せたままの無代だが、煙草盆を掲げている分、さすがに土下座よりは顔が見られるのは計画通り。
  そのまましばし、わざとゆっくり煙を楽しむ。それは老カツギ自身の心を決める時間でもあった。
 「お話はわかりました、無代さん」
 「お引き受け下さいますか!」
 ぱっ、と顔を上げた無代に、しかし老カツギはあえて無代の方を見ず、
 「残念だが無代さん、アンタの頼みゃあ聞けません」
 意外にも断りの言葉を吐いた。
 「え?!」
 さすがの無代も予想外だったのだろう、思わず掲げた煙草盆を取り落としそうになる。

 これが青年・無代なら、内心はともかく手はびくともしなかったろうが、その辺はまだ少年だ。
  「ど、どうして?! どうして駄目なんで?!」
 血相を変えて問いただしてしまう、そんなところもまだ未熟。
 「……あっしはね、無代さん」

 老カツギがゆっくりと、諭すように話を始めた。
 「アンタも知っての通り、長いこと御山にお仕えしてきました。そして分かったことが一つある」
 老カツギはそこまで言っておいて、煙草盆の上で煙管をぽん、と手で叩いて灰を落とす。ちなみに煙管の首をカン、と打ち付けて灰を落とす描写が流行りだが、これは本来怒りや苛立ちの表現であり無作法。また煙管も傷んでしまうため忌まれることだ。

 無代が空の煙管を受け取り、動搖の中にも素早く二服目を整える。
 老カツギの口から、再びの煙。
 「それはね、無代さん。『御山に登る人の命は、御山が決める』ってことなんだ。長い間、沢山の人の生き死にを見てきて、あっしにはそれがわかった」
 「……」
 無代は黙って聞いている。内心でいくら動搖しても、師とも仰いだ老人の話の腰を折るような真似はさすがにできない。
 「御山ではね、沢山の人が死ぬ。お武家様でもお公家様でも、恐れ多くも今上様(天皇)でさえ、そいつは変わらねえ。戦で何百って首を取った豪傑様が、たった一個の、犬の糞みたいな石っコロに頭を打たれて亡くなったこともあった」
 老カツギが遠くを見る目になる。
 ちょうど頭の上に落石、ちょうど足の下が崩落、突然の雷、ほんの小さな怪我が腫れ上がり、命を奪うこともある。いったん山に入れば、どれほど入念に準備し、体調を整え、油断なく山道を行ったとしても、死を完全に避けることは不可能だった。
 それは老カツギが駆け出しの小僧時代から、何度も何度も繰り返し見てきた光景だ。
 その一方で、今にも倒れそうな老女が
孫の病気快癒を祈るため、凄まじいまでの執念で見事に頂きに立ち、無事に下山していくのも見た。戦で片手片足、片目まで失った武士が崖をよじ登り、本懐を遂げるのを見たこともある。
 そこに身分も性別も年齢も、金持ちも貧乏も何も関係ない、死ぬものは死に、生きるものは生きるのだ。
 念のために書いておくが、この老カツギは、いやカツギなら誰もが『山で死ぬこと』を悪いこととは思っていない。
 むしろ幸せなことだと思っている。
 『だってご神域で死ぬんだからよ、極楽成仏間違いなしさ』
 当然のようにそう思っていた。だからこそ、
 『人が生きるも死ぬも、御山が決めていらっしゃるのだ』
 老カツギはそう思うようになった。
 山で死ぬ者は山で死ぬように、遥か彼方から山に呼ばれ、その懐で死ぬ。そこに人の意志や作為が介在する余地はないのだ。
 「だからね、無代さん。あっしらは客を断らない。どんなに弱った年寄りでも、病気の人間でも、『登りたい』と言って代金を払えば登らせる。ほんの二、三歩歩いただけで死ぬ、そんな人でもカツぐんだ。そして、あとは御山の御心に任せる」
 それがカツギの生き方。
 「あっしらに『登るのを止めろ』ってのは、だから『お門違い』ってヤツなのさ、無代さん」

 煙管の最後の煙を吐き出し、煙草盆に戻す。無代は何も言わず、煙草盆を下げて台所に行き、火と灰の始末をし、居間の隅に置いた。
 無代が元の場所へ座る。もう土下座はしなかった。
 老カツギに断られてなお、重ねて粘り強く頼むことも出来たろう。だがそれでは師に対し、己の信念を曲げろ、ということになる。ましてその信念が昨日今日、思いつきで出来上がったものではないと分かってなお、それを曲げてくれ、などと言える無代ではなかった。
 その代わり、表情には苦悩だけが残る。
 『これからどうしたらいいのか』
 たとえ商売で大損しようが、想いを寄せる女に振られようが、こんな顔を人に見せる無代ではない。それほどに、この老カツギに心を許したか。
 それほどに苦悩が深いのか。
 そんな無代を正面からじっ、と見ていた老カツギが、急に自ら立って台所に歩いた。腰を浮かそうとする無代を手で制し、戻ってきた手には大ぶりの茶碗が2つ。
 無代が持ってきた新品の酒が一本。
 酒の封を開け、茶碗を卓に置いて波波と注ぎ、ひとつは自分、ひとつは無代。そして、
 「無代さんよ、あっしに『登るのを止めろ』は、確かにお門違いだ」
 見つめる無代の目の前で、冷や酒をぐい、と含む。そして無代の目をしっかりと見返しながら、
 「だが『登らせてくれ』ってんなら、話は違うのだぜ?」
 「……?!」
 今度は無代が目を丸くする番だった。
 「御山をナメるヤツぁ、誰だろうが許さねえ。だが今の話を聞きゃあ、アンタがそうじゃないってこたぁ、十二分に分かるってもんだ」

 茶碗の酒をちびり。
 「今から準備すりゃあ、梅雨明けの山開きに間に合います。したら、この夏の間にみっちり鍛えて、来年の夏も同じようにやる。そんなら夏の終わりにゃあ一人前のカツギになれる。いや必ず、このあっしがしてみせますとも」  無代を見つめる目が、老人とは思えない光を放った。
 「来年の夏が終わって、雪で御山が閉じる前に登るのだ。アンタの大事なその御方を背中に背負って、無代さん、アンタが登るんですよ。もちろん、あっしもお供をさせていただきますとも」
 「い、いやしかし大棟梁さん、そりゃあ……そいつは……」
 無代の手で、茶碗の酒が揺れる。これほどに動揺し、迷う無代というのも本当に珍しい。
 「お身体、本当にお悪いんです。今だってもう、一日のうちのいくらも起きてられねえ。もし来年の夏まで辛抱なさったとしても……」
 とても四貢山になど登れるものではない。

 間近で病状を見てきた無代には、それが手に取るように分かる。
 「あんなに良くして頂いて……本当に、ご立派な方なのに!」
 無代の声が高くなる。零れそうになる酒の碗を両手で支えるが、それでもあふれた酒精の雫が無代の手を濡らす。
 「難しい御本を山のようにお読みんなって、何でも知ってらして、この世に見通せない物は無いってぐらい凄え『目』をお持ちで……。ご病気でさえなけりゃあ……本当に、あの病気の畜生さえ無けりゃあ……!」
 「無代さん」
 声を荒げそうになる無代に、老カツギが静かに言った。
 「アンタ、本当にその御方が好きなのだねえ」
 瞬間。

 無代の顔がぐしゃっ、と崩れた。両目から、あふれるように涙が流れ出す。そうすると、大人びて見えた無代が本当の、まだ少年の顔になった。
 老カツギが、無代の手から落ちそうな茶碗をそっと取り上げてやると、少年はそのまま泣き崩れる。
 「……うっ……ぐぅっ……」
 押し殺した声は、『男泣き』というものだったろう。

 年齢的にはまだ少年の無代だったが、当時から人に涙を見せることなどまずないと言ってよかった。だからこそ今の泣き姿は、実の祖父のように心を許した老カツギの前だからこそ見せることができた、少年・無代の本当の気持ちだったに違いない。
 「……死んで欲しくねえ! もう誰も死なせたくねえんだ!!」
 無代の喉から、嗚咽と共に本当の気持ちがほとばしる。
 「俺は……俺はもう嫌なんです、大棟梁さん! 大事な人が、俺の背中で死んじまうのは、もう嫌なんですよ!」
 大事な人。

 それは少年の背中で息絶えた、母のことに違いなかった。
 あの時、涙も見せずに母を弔った少年を、人々は口々に讃えたものだった。さすがしっかりした野郎だと、もう一人前の男だと、そう言って褒めたものだった。
 だが、人一倍気持ちの優しいこの少年が、たった一人の母親を自分の背中で死なせておいて、平気なはずはない。

 平気なはずがないではないか。

 「嫌だ……また俺を置いて行っちまう……俺だけ残して、俺だけ!」
 叫ぶように泣き、泣くように叫んだ。
 人の気持ちを汲むことに優れ、また誰よりも熱い気持ちを持った少年は、喜びも、そして悲しみも、その全身全霊で味わい尽くしてしまう。いくら大人びて見えても、立て続けに訪れた早すぎる別れは、やはり過酷な経験なのだ。
 「……申し訳……申し訳ねえ、大棟梁さん。みっともねえところを……」
 「まったくだ。みっともねえったらありゃしねえ」
 老カツギの声音は優しく笑いを含んでいたが、言葉は容赦がなかった。
 「アンタがそうやってベソかいて、何がどうなるってんだ。言ったろう、人の命は御山が決めなさる」
 ぴしゃり、と言っておいて、
 「だからこそ人は、自分のできることを誠心誠意、精一杯やるしかねえのさ。だとしたら無代さん、アンタにできる精一杯ってのは、この老いぼれに土下座することかい? それとも、そうやってベソかくことかい?」
 無代がはっ、と顔を上げる。
 「その御方の最後の望みを、その手で叶えて差し上げる。それじゃあねえのかね?」
 そう言ってぽん、と無代の肩を叩く老カツギの表情は、限りなく優しかった。
 「……はい、大棟梁さん」
 涙に濡れた少年の瞳から、ゆっくりと迷いが晴れていく。そして、それを見つめる老カツギの心にも、ある想いが兆していた。
 (……このためだったのだ)
 胸の奥から、久しく忘れていた熱いものがこみあげる。
 (俺が御山からこの街に来たのは、コイツをこの手で御山に導く、そのためだったのだ)
 それはもう、ほとんど確信に近い想いだった。
 四貢のカツギの歴史上、棟梁が無事に一生を勤め上げて引退し、瑞花の街に隠居した、という前例はない。彼にそれが可能だったのは、現役中、天皇を筆頭に何人もの大物を担いだ褒美として、相当額の現金を受け取っていたこと、そして養うべき家族がいなかったことの二つがあったからだ。また、周囲の弟子達もそれを勧めてくれ、彼は御山を離れてこの街にやってきたのである。
 それからの日々は、本当に楽しかった。
 職人の頂点として、それなりの贅沢は経験してきた彼だったが、稀代の名君と謳われる殿様の下で繁栄を極める瑞花の街となれば、世界中から集められる珍しい文物には事欠かない。
 港を行き交う巨大な船、街に溢れる人の波、美しい女声達、美味い飯に酒、祭りに花火。

 夢のように過ぎる日々を、まるで子供に戻ったように楽しんだ。御山の弟子たちに送る手紙に、何を書こうか迷うほどだ。
 そしてその思い出の大半に、この少年・無代がいた。
 瑞花の街が、まるで自分の庭ででもあるかのように、老いたカツギの手を引いて、あらゆる場所へ連れて行ってくれた。料理を振る舞い、酒を持ってきてくれた。生涯、山のことしか知らなかった男に、人としての楽しみを教えてくれた。
 何よりも、家族の温かさを味あわせてくれた。
 最初は、母親を背中に背負うやり方を教えただけの、小さな縁でしかなかったものが、いつしか街の片隅に結ばれた、本当の家族のように育ったのだ。
 (コイツのためなら、命もくれてやろう)
 老いたカツギの、それは偽らざる気持ちだった。
 どうせ残り少ない命である。ましてそこに御山からの天命が課せられたというなら、それこそ望むところだ。
 (このまま、ここでくたばったって一片の悔いも無ぇ老いぼれに、こんな豪勢な土産まで持たせて下さるってんだ。さすがは四貢の御山、粋な話じゃねえか)

 老いたカツギの血が久々に、いやこれほどに滾ったことがかつてあっただろうか。
 「行こう、無代さん。今度はあっしが、アンタを連れて行く番だ」
 差し出された老人の手、その皺だらけの、日焼けで真っ黒な老人の手を、無代の若々しい手が両手で握り返す。
 「はい、大棟梁さん」
 そして、ぴしり、と畳の上に座り直すと、改めて両手を付き、
 「ご教示、どうかよろしくお願い申し上げます!」
   『無代の天下奉公』

 後に読み物や芝居にもなり、末永く人気を保つ物語の、その最初の見せ場として名高いのが、この『四貢登り』である。
 老いた名人カツギから秘伝を授かり、危険な山に挑む無代が、道中で出会う荒ぶる龍神や、意地悪な山の精霊達の妨害を、恋人の香姫の力を借りながら、知恵と勇気で切り抜けていく。
 そしてついに、頂上に至った無代が月の光で船を編み、それに乗った『あの人』が天へと旅立つ。
 『四貢の別れ』。
 泣かせるシーンだ。
 そしてこの時に授かった名刀『銀狼丸』を腰にして、無代の冒険の本番、ルーンミッドガッツへと向かうのである。
 無論、フィクションだ。
 龍だの精霊だのもたいがいだが、いくら無代だって月の光で船なんか編めるわけがないし、『銀狼丸』は山に登るずっと前、とっくの昔に受領済みである。ルーンミッドガッツに向かうのも、だいぶ後のことだ。
 まして香に至っては、この時まだ会ったことすらない。
 戯作者などという連中は、まあ何でもドラマチックに書くものである、ということだ。
 おっと、話が逸れた。

 「さあ、そうと決まりゃあ無代さん、アンタに聞いておかなきゃならんことがある」
 老カツギが言いたいことを、無代はすぐに理解する。
 無代が四貢山に連れて行く『お方』。謎の武士の正体だ。
 「ごもっともです。……だが大棟梁さん、誠に申し訳ねえのですが、それを言う前に一つだけ、約束してもらいてえ」
 「皆まで言うない」
 老カツギが笑う。
 「何もかも、ここだけの話だ。この口が裂けたって、誰にも漏らすもんじゃあありませんよ」
 これは嘘でも何でもない。四貢のカツギは、カツぐ人の秘密は決して漏らさないのが掟だ。
 「では申し上げます。どうか驚かねえで聞いておくんなさい」
 無代が馬鹿に真剣な顔になるのを、老カツギは苦笑で迎える。
 「それも、いらねえ心配だぜ。無代さん」
 どん、と拳で自分の胸を叩く。
 「こちとら四貢のカツギだ。何を聞いたって、びくとも驚くもんじゃねえ。さあ、言ってご覧なせえ。その御方ってのは、どこのどなた様だ?」
 その様子に、さすがの無代も安心したようだ。
 意を決して、口を開く。

 「一条瑞波守銀(いちじょうみずはのかみしろがね)公。まぎれもねえ、瑞波の国のお殿様でいらっしゃいます」

 直後。
 もういい刻限の夜中だというのに、大慌てで隠居所を飛び出して『医者』を呼びに走る、少年・無代の姿があった。
 後に老カツギ、この日のことを笑い話にするたびに、
 『無代さんも、人が悪りぃぜ』
 と、頭をかいたという。
 ともあれ、このカツギの老人と四貢山との縁が、無代に大きな経験をもたらした。山で生きるすべを身につけたのも、武装鷹やペコペコの世話を叩きこまれたのもこの時期だ。
 そしてそれは今、動乱の最中にある空中都市・ジュノーへとつながっていくのである。

 つづく
 
中の人 | 第十四話「Cloud Climber」 | 10:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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