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第四話「I Bot」(3)
  半月が天頂を過ぎている。
 「こっちだ! 早く!」
 早足で歩く『ビニット』のオレンジ色の髪が、月光に照らされる。
 『冒険者』の一団が彼女を誘導してきたのは、東門外だった。
 緑の草が生い茂り、さして強くないモンスターがちらほらいるだけの牧歌的なフィールド。
 だが、王都の光もここまでは届かず、昼間とは違って夜はさすがに少々不気味だ。
 城門から少し離れて、数10人の一団がビニットを囲む。
 いつの間にか、全員が無言。
 「…!」
 ビニットが息を飲む気配。
 1人のロードナイトが騎乗のまま無言で大剣を抜き、ゆっくりとビニットに近づいた。
 「…」
 危険。
 やっとそう気づいた『ビニット』が逃げようとするが、周囲の『冒険者』がそれを許さない。
 全員が武器を抜き、印を結び、矢をつがえ、完全な戦闘態勢に入っている。
 ロードナイトの剣が振り上げられ、オレンジの髪に向けて振り下ろされようとした時だった。
 「…待て! 殺すな!」
 大音声と共に、城壁の影から騎乗のシルエットが飛び出した。
 包囲の一角に突撃し、数人をまとめて吹き飛ばす。虚を突かれた包囲組が一瞬、浮き足立った。
 その隙を突いて、シルエットが包囲陣をさらに深く食い破る。
 フールだ。
 大剣を風のように振るい、『ビニット』に向って突進する。
 しかし、包囲組の立て直しも早かった。
 明らかに寄せ集めではない、徹底的に訓練された動きだ。不意の事態に直ちに対応し、陣形を整えてフールを迎え撃つ。
 鎧姿の前衛が立ち塞がり、同時に狙い済ました矢が飛来する。
 「!」
 フールは鋭く剣を振るって矢を迎撃。
 が、矢の全ては受けきれない。足に、腕に、矢が突き刺さる。
 致命傷ではないが、足止めには十分なダメージ、と、矢を射た弓手たちは感じたはずだ。
 矢の鏃が筋肉や関節に食い込めば、どれだけ我慢強い人間でも行動が大幅に制限されてしまう。
 だが、フールは止まらなかった。
 身体に刺さった矢をすばやく、それも無造作に引っこ抜く。そして、身体のあちこちに巻き付けたベルトから、細長い回復薬の瓶を指に挟むようにして抜くと、傷口に瓶ごとがちゃん、と叩き付けた。
 砕けたガラスが傷口はもちろん、叩いた掌にまで食い込むが、瓶の内部から噴出する回復薬の効果でまとめて治癒。血染めのガラス片がぼろぼろと地面に落下する。
 無茶苦茶な回復法だった。
 確かに手っ取り早いと言えばその通りだが、見ているこっちまで『痛い』。
 がちゃん、がちゃん、がちゃがちゃ、と次々に薬瓶が砕かれ、フールの身体のあちこちが血に染まる。
 しかし、防具の隙間から覗くフールの表情には、特に何の変化もない。
 そうだ。
 あの時、昼間の調理場でフールは言った。

 『痛いって…何? 分からないんだ』

 フールの身体は、痛みを感じない。
 『無痛症』。
 現代ではそう呼ばれる。
 主に脳の障害により、痛みや苦痛を全く感じない身体のことだ。
 矢が刺さろうが剣で斬られようが、はたまた爆発した卵で火傷しようが、フールは『痛い』という概念さえ理解できない。
 その結果、筋肉と関節が稼働するプロセスさえ健在なら、どれほどの傷を負おうとも動き続け、闘い続ける。
 思えば先ほど、矢を迎撃した動作もどこかおざなりだった。多少の傷を負うことは何とも思っていないらしい。
 「止めろ! 一瞬でいい!」
 『ビニット』を殺害しようとしたロードナイトが指示を飛ばす。どうやらこれがリーダーだ。
 「ふっ!」
 フールが一瞬の隙をついて目の前のナイトを切り伏せ、横から突進してきたクルセイダーの鎧の継ぎ目に剣を叩き込む。
 相撃ちで、巨大な槍に肩を串刺しにされるが、一瞬たりとも怯まない。
 肩に刺さった槍を中程から斬り飛ばし、やはり無造作に引っこ抜いて回復薬を叩き付ける。
 即死や大けがさえしなければ、相撃ちでも望むところ、と言わんばかりの戦闘法だ。
 攻撃を受けても動き続けるスキルに『インデュア』があるが、これはそれ以上だった。
 耐えるべき苦痛が、そもそも存在しないのだから。
 しかし…。
 痛みを克服しているからといって、フールは決して超人というわけではない。
 身体も鍛えられ、技も十分に手練のレベルに達しているが、だからといって多勢に無勢をひっくり返す『力』があるわけではない。
 まして相手は、正体こそ分からないが正式の訓練を積んだ『部隊』だ。
 それが証拠に、立ち尽くす『ビニット』に到る、最後の一歩が押し切れない。
 包囲される。
 明らかに『ビニット』の殺害を後回しにし、フールを先に片付ける態勢だ。
 後方に回復役のプリースト、ハイプリーストを従えた重武装の前衛がフールに殺到し、同時に矢と魔法が振りそそぐ。
 切り刻まれ、突き刺され、焼き尽くされる数瞬後の運命。
 それに逆らうことは不可能と思われた。
 だが。

 …Kha…

 フールを押し包むように殺到した前衛が、二人まとめて「落ちた」。
 文字通りだ。
 一人残らず、垂直に、地面に崩れ落ちたのだ。

 …Khaa…

 …KhaaAaAAaA!!…

 異様な『声』が周囲を圧する。そして、それが膨れ上がる。

 KHA!

 KHAAA!!

 「…やっと目が覚めたか。『処刑剣(エクスキューショナー)』」
 落ち着いたフールの声。
 だが、『誰』に話しかけているというのか。
 「…悪いけど、いつものように『朝食』は無いよ。ボクの苦痛を、キミにあげることはできない…」
 
 …GGGGAAAAA!!!!!

 吠えた。
 剣が。
 フールの手に掲げられた『魔剣』が。
 その柄に飾られた、不気味な髑髏が。
 か! と目を開けた。
 剣が。
 「処刑剣(エクスキューショナー)」。
 がば! と牙を剥いた。
 剣が。
 
 「…だから、『朝食』は自分で調達してくれ。…その辺でね」
 
 GA!!!!!

 その咆哮は、フールへの応えだったのか、それとも不満だったのか。
 ただ確かな事が一つ。
 そしてあり得ない事が一つ。
 フールが握る、その魔剣は『生きている』。
 があ! と周囲の敵に襲いかかる。
 剣が。
 魔剣が。
 生きている魔剣が。
 「処刑剣」。
 その『処刑』が始まった。
 『罪』も『罰』も、そこには無いのに。

 『ビニット』を追った静と速水が、城の外に出るまで若干の時間がかかった。
 東門が閉鎖されてしまったからだ。
 静が激しく抗議したが、門番には無視された。
 速水が静を必死でなだめなければ、それこそ門番相手に一戦交えかねない勢いだったが、何とかそれだけは回避。
 速水は門から離れ、城壁沿いの寂しい一角に静を引っ張って行く。
 「もう! 速水! 邪魔!」
 「だ、駄目だよしーちゃん。あの様子じゃ門番も…いくら何でも危ないよ。大丈夫、街の外にはちゃんと出られるから…ちょっと目つぶっててくれない?」
 「…ん〜?」
 思いっきり不審顔をする静。
 「…見られたくないから…ね?」
 「…ん〜。わかった。…こう?」
 「そうそう…じゃ、行くよ」
 速水の声が途絶えるや否や、静の身体を何か巨大な物が『掴んだ』。
 一度決めた以上、静は騒がない。相変わらずの肝の据わり方だ。
 ただ、掴み方がとても優しかったのは感じた。
 ふ、と静の身体が持ち上がる。
 そのまま、巨大な起重機の先に乗ったかのように、ぐぃーんと空中高く持ち上げられ、続いてすーっと水平に移動し、最後にふわっと地面に下ろされる。
 「…目、開けていいよ」
 速水の声に静が目を開けると、そこはもう街外だ。城壁が街の灯りを遮断して、暗さを強調する。
 側に立つ速水の表情も、暗がりに隠れて見えない。
 例え見えても、静は見なかっただろうけれど。
 「…えと…ビニットどこだろね。しーちゃん?」
 「…あそこみたい…何か…闘ってる!?」
 「あれ…ふーちゃんだ!」
 速水が叫ぶ前に、静はもう駆け出している。
 駆けてどうするのか。
 その『戦場』へ駆け込んで何をするのか。
 考えるより先に、静は駆ける。
 その瞳が『戦場』を捉えた。
 フールが闘っている。
 「フールのあれ…何…? …魔剣…?」
 走りながら、静が眉根を寄せる。状況が飲み込めないらしい。
 「…『魔剣醒し』…」
 「え?」
 いつのまにか、また隣を走る速水のつぶやきを、静は理解できない。
 「…同じ『エラー』だと思ったのに…ずるいやふーちゃん…『魔剣醒し』なんて…」
 速水のつぶやきはさらに、小さくなる。
 『魔剣醒し』。
 奥深いダンジョンに生息する『魔剣』と呼ばれるモンスターを、自分の武器として操る者をそう呼ぶ。 
 だが本来、人間は魔剣を使えない。
 魔剣は呪いのかかった立派な『モンスター』であり、基本的に獲物の『苦痛』を食って活動する。
 そのため、もし人間がそれを(握れたとして)握れば、魔剣はまずその握った人間に膨大な苦痛を与え、これを食ってしまう。
 どんなに我慢強い人間でもひとたまりもない。彼らが与える苦痛はそれこそ即死級のものだからだ。
 握れば、まず命はない。
 世の中に武器として流通する『魔剣』は、だからモンスターとしての意志と力を永久に封印されたものばかりなのだ。
 だが、フールは違う。彼は痛みを感じない。
 いかなる魔剣も、彼に『苦痛』を与える事はできない。
 だから、封印された魔剣の意志を目覚めさせ、その本来の力を解放して闘うことが可能だ。
 いや『闘わせる』ことが可能なのだ。
 『魔剣醒し(アウェイクン)』。
 フールの『処刑』は続く。
 解放された魔剣は、もう武器ではない。
 右手に『処刑剣』、左手に『喰人鬼牙(オーガトゥース)』。そんな使い方も自由、というより『ルール無用』だ。

 …KyAHaaaa…!

 …Gahahahahahaaaaaa…!

 フールが処刑剣をけしかける。
 魔剣の刀身が禍々しく変形し、『獲物』の武器や防具をすり抜けて肉体に食い込む。
 「ぎ、あぎああぎぎぎああ!!!!」
 不幸にも『獲物』になってしまった敵は、それこそこの世の物とも思われない絶叫とともに泡を吹き、白目を剥き、鼻血を噴いてぶっ倒れる。
 即死。
 即座に後方支援からの蘇生がかかるものの、例え身体が蘇生しても、膨大な苦痛で焼き切れた精神は容易に回復しない。
 逆に余り急いで復活させると悲惨な目に合う場合さえある。復活した途端に苦痛の再来を受け、倍の苦しみを味わうのだ。
 それで『再び死ぬ』者もいる。
 極上の苦痛をたらふく食い散らかし、満足そうに魔剣の刃が引っ込む。
 その間にも『喰人鬼牙』が別な『獲物』の腕に噛み付き、その微細な牙で神経に食い入り、一気に脳までを犯し尽くす。
 「ごぶっ!」
 噛まれただけの敵が、胃の中の消化物を噴水のように吐き戻し、次いで鮮血を吐き、最後に内臓そのものを吐く。
 文字通り、内臓がでんぐり返る苦痛。
 本来『痛み』とは、身体を危険から守るための警報装置だ。
 だが、警報も度が過ぎると、本来守るべき身体を逆に破壊してしまう。苦痛から逃れようとするあまり、身体が生命活動そのものを狂わせてしまうのだ。
 前衛が、文字通り喰い破られた。
 後衛からの遠距離攻撃が飛んではいるが、フールは魔剣がくわえ込んだ死体を盾のように使う。これでは矢も魔法も本来の威力を出せない。
 フールを襲うはずの敵が、もはや獲物の群れに変わっていた。
 単騎ゆえの弱点で、フールは距離を取られて囲まれるのが最も弱い。敵もそのようにしようと包囲を広げたのだが、予想に反してフールが止まらない。
 単純な武力ではなく、『苦痛をバラまく』という異様な戦闘法により、足止め役が足止めの役目を果たせないのだ。
 結果としてあっという間に包囲が食い破られ、被害が広がって行く。
 死体が転がる。
 その隙間に『蘇生した死体』が転がる。生きてはいるが、それは『死体』だ。
 それが証拠に、敵であるはずのフールを見る目が『死んでいる』。
 いや、大半の者はフールを見る事すらできない。精神が完全に折れている。
 経験したことのない苦痛が、闘う意志ごと精神を叩き折ったのだ。
 「…退却!」
 敵のリーダーの判断は遅きに失した。が、これはやむを得ない面もあるだろう。
 単騎で殴り込んで来た敵が、ここまでの相手とは誰も予想できないことだ。
 崩れかけの『部隊』だが、しかしまだ規律は生きている。
 何とか生き残った僧侶系の者が先に走り、逃走のためのワープポータルを出す。
 その光の輪へ向って、残りの者が走り込む。二人一組で負傷者や『死体』を担いで移動する動作には、修羅場をくぐって来た者のしたたかさを感じさせる。
 もちろん、短時間ながらフールに猛攻を加え、足止めするのも忘れない。
 『ビニット』は?
 眠らされ、騎乗のナイトに担がれている。
 追いすがろうと速度を上げるフールだが、そこで一瞬の遅滞。
 地面から氷の槍が出現したのだ。
 (…氷閃槍 !?)
 忍者が使う、忍術だった。
 威力より連射のスピードを重視したものらしく、立て続けに撃ち込まれる。このフールをして息もつかせぬ連撃だ。
 退却のワープポータル付近から詠唱しいるらしいが、かなりの距離がある。
 それでこの速度と正確さ。恐ろしいほどの手練だった。
 「…!」
 さすがのフールもこれは放置できず、ペコペコを止めてオーガトゥースで迎撃する。それでも頬やら耳朶やらに数本がかすめた。
 時間にして数秒足らずだが、そのわずかな遅滞が致命的。
 再度突進しようとしたフールのペコペコががくん、と止まった。足元の地面が底なし沼のように溶解している。
 足止めの魔法だ。
 さらに、静止したフールに複数の魔法陣が重なる。攻撃魔法。
 いかに魔剣醒しといえども、これだけはいけない。
 「…!」
 フールが両手に魔剣を握ったまま、いや、魔剣はもはやフールに握られているのではなく、フールの腕に自ら食い込んでいる。
 だからフールは、逆に自由になった指でありったけの回復剤をつかみ出し、ダメージに備える。
 一発目。
 メテオストーム。紅蓮の炎渦が直撃した。
 フールに痛みはないが、場所によっては筋肉はおろか骨まで見えるほどの猛烈な火傷を負わされる。両目を腕でカバーしなければ、眼球が沸騰して破裂しただろう。いや、脳が煮えてもおかしくない。
 フールがそのむき出しの骨に回復剤のガラス瓶を叩き付けて砕き、一気に回復させる。
 次の瞬間、二発目が来た。
 ストームガスト。今度は純白の氷渦をまともに食らう。
 完全凍結こそしなかったが、一瞬で全身の毛細血管が凍り付き、今度は重度の凍傷を負わされる。防具がなければ即凍死。防具である程度防いでも、凍傷のせいであっという間に全身の肉が溶け落ちるだろう。
 フールは回復剤を、心臓やら大動脈やら、血液の流れの多めなポイントにわざとくいこませて砕き、血液流にのせて回復剤を流し込む。
 即席の注射療法だが、荒っぽいのを通り越して無謀だ。筋肉の再生がアンバランスになり、フールの身体が変な風に傾く。
 これだけの魔法の連打を単独で食らって平気なのは、この世でペコペコぐらいのものだろう。
 この貴重な鳥型騎乗用モンスターは、人間による長年の品種改良により、物理、魔法の両方の攻撃に対して装甲車並みの耐久性を獲得している。
 その中でも、特にフールのペコペコは凄まじい。
 「プルーフ」という名前だが、その名に決して負けていない。耐久力で言えば、恐らく戦車並みだ。
 だが、乗っているフールの方はそうはいかなかった。
 スピードを重視して鍛えられたフールの身体は、魔剣醒しの能力によって戦闘力こそ圧倒的だが、決して耐久性に優れているわけではない。
 回復剤頼みの無茶な突進では、いずれ限界はある。
 だが止まらない。
 前進をやめようとしない。
 三つ目、四つ目の魔法陣が重なる。今度こそ危険だ。が、フールは表情ひとつ変えず、また回復剤を掴み出して負傷に備えるだけ。
 だが、その動かない表情が初めて、激しく動いた。
 「さ、せ、る、かああああああ!!!!」
 戦場の喧噪さえも易々と貫いて響く、透き通った叫び。
 静だ。
 「…な…キミ、どうして…?!」
 「はっ!」
 フールの叫びに応えるより速く、静のしなやかな腕が稲妻のように閃いた。
 魔法使いが一人、ぎゃっと首を押さえてのけぞる。まさに、フールに魔法を放とうとしていた女魔法使いだ。
 何事かと振り向いたもう一人の魔法使いも、ぐふっと首を押さえる。
 詠唱が止まり、魔法陣が掻き消える。
 「…なんでここに!?」
 どれだけ身体を攻撃されても眉一つ動かさなかったフールが目を丸くしている。よほど驚いたのだろう。
 「話は後っ!」
 静が叫び返しながら、また腕を閃かせる。
 今度は僧侶が首を押さえてうずくまる。どうやら何かを投げつけられたらしい。
 手裏剣? 違う。
 静の投げた武器を、『飛爪(ヒヅメ)』という。
 手裏剣よりずっと小さい、親指の爪をふた回りほど大きくしたような鉄片である。
 数カ所に鋭い刃がついており、人体に当たると皮膚を裂き、肉を喰い破って体内に『埋まる』のが特徴だ。
 傷口そのものは大きくないが、『売り』はその傷の厄介さである。何せこれを食らうと、傷口に指を突っ込んでほじくり出しでもしない限り、体内から除去できない。
 さらに魔法職の場合、これを首筋にもらうと詠唱ができなくなる。それどころか、うかうかしていると気管や頸動脈を傷つけられ、こんな物でも致命傷になりかねない。
 詠唱殺しに最適の武器として、静はこれを常に袖口に仕込んでいるばかりか、腰のポシェットにもひと掴み放り込んでいるのだ。
 「身体は大丈夫!? こいつら何!? ビニットはどこ!?」
 話は後、と自分で言った割に質問が多い。
 「…! 駄目だ! し…キミは来るな! 駄目だったら!」
 フールがやっと足止めを抜け出し、ペコペコを返して静に駆け寄る。
 お互い名前を呼ばないのは、相手に身元を知らせない注意だ。
 「そーだよしーちゃん! 危ないよしーちゃん! あああニューマっ!」
 あまりそういうことに気が回らないらしい速水が、防御魔法を展開しながら「しーちゃん」を連発する。
 …が、これで本名がバレたら大したものだから、まあ余り問題にはなるまいと、静もいちいち注意しない。
 飛爪を食らった魔法職が引きずられていく。それを援護するため、静に向って乱れ撃ちの矢が飛来する。
 数本は速水の出した防御のニューマが防ぎ、残りをフールが魔剣でたたき落とす。
 すり抜けた一本を、静が鼻先でひょい、と躱した。
 「平気! 当たらないから…あ、逃げちゃう!」
 慌てる男二人を尻目に、静が走り出す。左手を腰の銀狼丸に添え、右手の指に飛爪をつまんだままだ。
 「あ! こらっ!」
 フールが制止しようとペコペコの手綱を引くが、移動した先にもう静はいない。
 しなやかな身体を巧みにさばき、膝の辺りまで伸びた草むらに隠れるように、だが滑るような速さで移動する。
 「しーちゃん!」
 「…ああもう!」
 速水とフールが同時に駆け出す。
 大の男が小娘の静に振り回される格好だが、その行動には迷いやためらいは見られない。そしていざ走り出してしまえば、二人の目は戦士のそれだ。
 ぐん! と速水が一瞬スピードを上げ、騎乗のフールを追い抜いて急停止、振り向きざまにフールへ支援魔法を飛ばしておいて、また走り出す。
 さらに、先をいく静に追いすがるようにして支援を飛ばす。
 速水厚志、一瞬とはいえ明らかに人外の速さだ。
 退却する一団は、死体を除いてほとんど残っていない。次々に退却のワープポータルに飛び込んで消えていく。
 死体はもう蘇生不可能と見て見捨てられるのだろう。
 「待てぇっ!」
 低い姿勢からだん! と静が飛ぶ。
 最後の一人、ポータル係らしいプリーストが超特急で光の輪に飛び込み、消える。
 静がそこへ落下したのが直後…だが間に合わない。人数制限を計算しての退却だろう。
 落下した静の身体がびたんっ、と地面に張り付く。
 しかし、光は消える。空間を超えて人間を運ぶ、神秘の門は閉じてしまった。
 「…しーちゃん…!」
 「…」
 速水とフールが追いつく。静は地面にうつ伏せ、べた寝したまま動かない。
 「…しーちゃん…」
 さすがの静も、敵に追いつく事ができず傷心、と思ったのだろう。速水が恐る恐る近づいて、静を助け起こそうと身を屈めた瞬間。
 がば! と静が顔を上げた。
 だん! と立ち上がる。
 速水の胸ぐらをぐい、と両手で掴み上げ、
 「あっちゃん! 『ルティエ』のポタ持ってる!?」
 「わあ! あ? え? ルティエ? えと…お、『おもちゃ工場』んとこ…なら…」
 「出して! 追いかける!」
 とんでもない事を言い出した。
 「…わかるの…? 転送先が…? 何で?」
 フールが目を丸くしている。普段は決して表情豊かとは言えないが、そういう隙のある表情をすると意外と愛嬌がある。
 「…匂い!」
 「匂い!?」
 「そう、風の匂い! ワープポータルの向こうから吹いてきた…雪と…煙の匂い! 暖炉で泥炭を燃やす匂いだ! アカデミークエストで行ったことあるから間違いない。ルティエよ! 水の匂いもしたから川の近く!」
 男二人がぽかんと口を開けた。
 超空間でつながったワープポータルなら、確かに向こうとこちらの空気はつながる。
 だがその空気の匂いを嗅ぎ分けて、行き先を特定したというのか。
 何という知覚能力。
 犬じゃあるまいし、と彼女は言った。が、人間を遥かに超える嗅覚を持つ犬にだってこんな芸当は不可能だろう。
 ただ嗅覚が優れているだけで出来ることではないのだ。
 環境感知能力、とでも言えばいいのか。常に自分の周囲の環境を知覚し、記憶し、そしてこの土壇場で発揮できなくてはならない。
 ある意味、速水やフールよりよほど人間離れしている。
 「ぼーっとするなぁ! 急げ! くずぐずしてたら今度こそ逃げられる!」
 「…あ、うん! ワープポータル!」
 「ま、待った! 静姫はここにいて! そもそもキミには関係ないことだ! ボクだけが行くから…!」
 フールが叫びながら何やらごそごそしていると思ったら、ブルージェムストーンを一個、ポケットから取り出して速水に放る。
 ワープポータルの魔法を使うためには、この魔法の石を一つ消費する。だから、他人にどこかに送ってもらう時は、この石を代金代わりに渡すのが通例だ。
 こんな時なのに、妙な所で律儀なフールである。
 が、その律儀さが命取り、というか何と言うか。
 静がぴょん、とフールの鞍の前に飛び乗った。
 またがるのではなく横座りで、その身体を若きロードナイトに預ける
 通称『姫座り』。
 何せ本物の『姫』がやるのだがから文句のつけようがない。
 「よし行けフール!」
 「えええ!?」
 「ぐずぐずしないっ! ほら、ヤツらが逃げちゃうってば!」
 「…!」
 「無駄だよふーちゃん…」
 困惑しきりのフールに、速水が苦笑する。
 「その姫様は止まんないよ…ふーちゃんと同じで…ね?」
 「…とりあえず『ふーちゃん』って呼ばないでくれる?」
 フールが観念したように、ペコペコの手綱を握り直す。
 「あ! しーちゃん、しーちゃん! 3人でパーティ組まないと! 名前! パーティ名!」
 速水がいささか場違いなことを叫ぶのに、静がちょっと眉を上げて、
 「…『スクランブルエッグ』!」
 その答えに、今度はフールが顔をしかめる。
 「…『自爆』だけは勘弁してよ…行けっ!」
 静とフールを乗せたペコペコ「プルーフ」が光の輪に飛び込む。
 速水が続く。
 奇妙なごちゃ混ぜ(スクランブル)の三つの卵たちが、一つの戦場へと緊急発進(スクランブル)していく。
中の人 | 第四話「I Bot」 | 16:58 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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