2017.04.18 Tuesday
がぎん!
船室の扉が開く、と同時に、部屋の中から攻撃が来た。マグダレーナの親衛隊『月影魔女』の一人、チャンピオンの女。
流の目が光る。
チャンピオンの後方に月影魔女、そしてマグダレーナ・フォン・ラウムその人の姿。
流自身が、その心臓に麻痺のナイフを刺し、虜囚とした。その裏切りのナイフは今、彼女の身体には見当たらず、麻痺からも目覚めている。
(目標、確認)
全員が、先ほどまで流たちが着ていたのと同じ、青色の患者服。
(他に装備なし)
「むん!」
気合いと共に、音速級の拳が一条流の巨体を襲う。いくら鍛え抜いた流の肉体でも、まともに喰らえば木っ端微塵。
だが。
「ぢぃ!」
別の気合い、というより、まるで虫が鳴くような声が、流の背後から響く。そして、
かーん!
女チャンピオンの身体を包むバリア魔法『キリエエレイソン』の発動音。そして間髪入れず、
ごつん!
音速を超えた拳が、肘から後ろを残して消失した。
「?!」
女チャンピオンの表情が驚愕に染まる。拳より速く飛来した一の太刀によって、まずバリアが消費され、二の太刀で拳が刈り取られた、と悟った時にはもう遅い。
ばあっ!
間髪入れぬ三の太刀が脇腹から胸へ、いわゆる逆袈裟に斬り上げた。血煙が吹き上がり、女チャンピオンの身体が側面の壁に叩き付けられる。
魔剣士・キョウが振るう『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』の仕業だ。しかし不思議、キョウの身体は流の巨体の後ろに隠れたまま、室内からは全く見えない。
ただ彼女の振るうムラマサ、その細身長尺の刃だけが、まるで流の身体をすり抜けでもしたかのように、前面の敵を排除したのだ。といって無論、本当にすり抜けたわけではない。
異様に長く柔軟なキョウの四肢と、強く反りを打った細身長尺の魔剣ムラマサ、その二つが融合して初めて可能な異形の太刀筋だ。
そして前に立つ流も、決してサボってはいない。
「ふん!」
鎧と籠手を装備した巨腕を振るい、やや小ぶりだが頑丈な丸盾を振り回す。
がん!
血煙に倒れた女チャンピオンの後方、不意打ちを仕掛けてきた女アサシンクロスを迎撃。その手に、流がマグダレーナを刺した麻痺のナイフ。その刃が無残に曲がっているのは、閉まった扉をこじ開けるのにでも使ったか。
だが、速い。
かーん、かーん!
バリア魔法の発動音は二重。流の喉を狙ったナイフと、女アサシンクロスに叩きつけた丸盾の一撃が、共に防がれる。
だが。
「ぎ……ゅっ!?」
しなやかで強い女暗殺者の身体が、壊れた人形のようにぐにゃり、と押し込まれた。
彼女のバリア魔法が防げたのは、盾と肉体が激突する衝撃のみ。だが、素手で巨牛すら制する流の攻撃が、そんな単純なものであるはずがない。
『押さば押せ、退かば押せ』
とは相撲の極意。打撃を打ち込めば即座に巨体を前進させ、さらなる圧力を叩き込む。耐えても、押す。逃げれば、さらに押す。
何者だろうが、耐えられるものではない。
「ひ……!?」
「ふぬ!」
すり足で前に出たその足で、女アサシンクロスの足を抑える。めしり、と骨の音。つまり、もう逃げられない。
「じぃ!」
そこへムラマサ。再び血煙。
扉が開いて、ここまで3秒と経っていない。
「一条、流っ!」
やっと、マグダレーナが声を上げた。だが、その声には本来あるべき冷静さも、あるいは部下に裏切られたことに対する怒りもなかった。
マグダレーナ声、そこににじむのは『絶望』。
(だめだ……!)
皮肉にも、彼女の明晰な頭脳と豊富な経験が、絶望を告げているのだ。
飛空戦艦『セロ』の船室に幽閉された、そこまでは流たちと同じ条件だった。そしてマグダレーナ自身の戦闘力と、『月影魔女』たちの実力を合わせれば、一条流とタートルコアといえども、十分に制圧することが可能だ。あのキョウという女剣士だけは要注意だが、それでも彼女らの全力には及ぶまい。
だが、彼女達が『セロ』の異常(飛行船『マグフォード』と、カプラ・グラリス達による攻撃の結果だ)を感知したのは、それが起きた後。
そして、部屋の扉が開いたのに気づくのも一瞬、遅かった。扉が閉まる前に、辛うじてナイフの刃を挟むことに成功し、扉を開いたものの、これも遅きに失した。
一条流とタートルコアが、一足先に完全装備を整えていたのだ。
いかに『月影魔女』といえども、ほとんど何の装備もないまま、完全武装の精鋭部隊に奇襲を仕掛けられて無事で済むはずはない。
ただマグダレーナが感じている絶望は、そんな戦力差だけの話ではなかった。
単なる戦力差だけならば、なんとでもやりようはある。自分はマグダレーナ・フォン・ラウム、聖戦時代の超人類を現代に甦らせた『完全再現種(パーフェクト・リプロダクション)』なのだ。肉体も、魔法も、常人を遥かに上回る力を持っている。
彼女が感じている絶望の源は、他でもない、一条流その人だった。
(首輪が外れている)
部屋の扉が開き、流の巨体とその表情を見た瞬間、マグダレーナは悟っていた。
彼女がルーンミッドガッツ王国の闇に作り上げた組織『ウロボロス4』は、王国以外の国々や組織の若者を集め、王国の正規軍にはできない裏の仕事をさせる特殊部隊だ。
集められた若者達は、世界最大・最強国家が生み出した最新の技術や技能を学び、同時に絶大なコネを構築する、という利益がある。
反面、もし反抗や裏切りを働けば最後、その最強国家が彼らの母体、母国や出身組織に対して牙を剥き、無類の力で押しつぶしてしまう。
彼らには利益と同時に、恐怖という首輪がかけられている。その首輪は生涯、取れることはなく、『ウロボロス』という組織についても、家族にすら詳細を明かすことは許されない。
その首輪が、マグダレーナが若者達を束ねるための首輪が、一条流の首には見えなかったのだ。
彼の叔父、先代のウロボロス4をシメた『狂鉄』こと一条鉄にも時々、そういうことがあった。
首輪を受け入れている風に見えながら、気づけば飄々と、自分の意思を通している。
『飼い主』であるはずのマグダレーナに、平気で牙を剥くことさえあった。
(厄介な奴)
マグダレーナ自身、それを骨身にしみるほど感じながら、しかし鉄の絶大な戦闘力と指揮能力、統率力を頼りにしないわけにはいかなかった。
一条流、彼も同じだ。
無類の喧嘩屋だった鉄と、冷徹な戦略家である流、タイプは全く違うが、ただ戦場にいるだけで誰もが頼り、一挙一投足に注目し、号令を待つ。
(アマツの『戦人(イクサビト)』とはこれか。決して人には飼いならせぬ獣)
改めて、自分が何を飼ったつもりになっていたか、それを思い知る。と同時に、この男が今、そして未来になにをするか、理解する。
流の目的は明確。
(この飛空戦艦を手に入れるつもりだ)
となれば、マグダレーナ達を殺すのは、ただその道筋の障害物であるからにすぎない。
かつての飼い主さえ、今は路傍の石ころ。
そして彼がこの船を手にいれた暁には、間違いなく、世界が彼の手に落ちるだろう。
半年? 一年? この男と戦前機械の手にかかれば、いかほどの時間もかかるまい。
しかも、
(もしこの男と私が戦って、勝ったとしても同じことだ)
これだ。ここで一条流とタートルコアを皆殺しにできたとしても、マグダレーナと月影魔女にはもう、この飛空戦艦を止める力は残っていない。
その陰謀を止めることは、もう誰にもできないだろう。
(争っている場合ではない。そんな場合ではないのだ!)
一瞬の、脳が焼け焦げるような思考。
だが、そこに答えはない。
首輪の外れた、野望の塊のような戦人を止めるすべなど、マグダレーナは持っていない。
どうすれば。
どうすれば。
「マグダレーナ様、お下がりを!」
『月影魔女』の残り2人、女ロードナイトと女ハイプリーストが、彼女を守るように前に出る。
先に仕掛けたチャンピオンとアサシンクロスは、治癒も間に合わず死亡している。死亡から蘇生させようにも、触媒となる青石が取り上げられていて不可能。
ぐい、と流の身体が前に出る。
改めて見ると、本当に大きい。
鎧を着ると、さらに大きく、分厚く、堅牢そのもの。城塞がそのまま動き出したような、いっそ感動的にさえ感じる光景。
その後方には、見えないけれども致死の刃を振るう魔剣士。さらにタートルコアのメンバーが勢揃いしていることは明白だ。事実、流の身体にはすでに新しいバリア魔法が贈られている。
万事休す。
(私には部下も、国も、自分自身さえ守れない)
一種の諦観、というか、開き直りに似た感情が、マグダレーナの心を洗い流した。
そう、文字どおり洗い流したのだ。
『飼い主』としての古い思考が去り、むき出しの、自然のままの思考が、一つの言葉を導き出した。
『一条流。お前に、私をくれてやる』
つづく
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