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第十六話「The heart of Ymir」(35)

 「私をくれてやる」

 マグダレーナが発した言葉が、果たして何を意図したものであったか、それは彼女自身にも判然としなかった。

 あるいは諦めから発せられた、死に際の遺言であったかもしれない。

 いずれにせよ、何かの効果を期待して発したものでなかったことは確かだ。

 事実、その言葉を受け取った一条流の表情には、毛ほどの変化も見て取れなかった。

 (……もはやこれまで)

 マグダレーナは生涯で初めて、敵の前で瞑目した。

 その時だ。

 

 「その人を殺してはなりません……お退き下さい、流義兄様」

 

 ぴたり。

 流の巨体が前進を止めた。そして、

 

 「……『香』か?」

 「左様です、義兄様」

 

 謎の会話。

 それは流と、そして背後に隠れたキョウの声だ。

 「おいキョウ?! どうしたキョウ?!」

 さらに後方に控えたアクト=ウィンド。だがキョウの返事はない。

 「……」

 魔刀『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』を握りしめた長髪の魔剣士は、白目を見開き、脂汗を流しながら、『自分のものではない言葉』を発し続ける。

 流との会話が続く。

 「その人を殺さば凶、活かせば吉」

 「香。お前は今、どこに?」

 「無事、とだけ」

 「『アイツ』は……?」

 「『あの人』はジュノーに。今この時も戦っています」

 「助力が必要か?」

 「翠嶺師を」

 「これからお前は?」

 一瞬の間。そして香、

 

 「我が心のままに」

 

 言葉が途切れる。そして流、

 「……許す」

 そう呟いた流の唇に、わずかに浮かんだ微笑みの意味は何であったか。

 (心のままに、ときたか。あの香が、変われば変わるものだ)

 この男にも人並みに、義妹を可愛いと思う気持ちがある、と知れば、人は驚くだろうか。

 (義兄としては、ちと妬けるぞ、無代)

 今はいない友に悪態を投げる。 

 「ご武運を、義兄様」

 「互いにな」

 それで、すべての会話が終わった。

 余人には意味不明。

 一条家の血族と、家族も同然な一握りの人間にしか伝わらない会話だ。

 一条家の姫衆の異能、特に二の姫・香の霊能力を持ってすれば、魔刀ムラマサに魅入られ心根を失った女剣士の『口を借りる』程度、朝飯前の芸当だと知る者が、一体どれほどいるだろう。

 まして戦の最中にあって、

 『一条家の男達は、血族の女達の言葉に決して逆らわない』

 と、知る者となれば。

 それは天才・一条銀をして、

 

 『戦の勝ち負けならば、いくらでも見える。だが、その先の運命まで、私には見えぬ』

 

 と言わしめた。

 この女達の異能は、決して『霊威伝承種(セイクレッドレジェンド)』の血ばかりではない。一条家が、戦国の世にその歴史を刻み始めて以来、その血筋には多く、この異能を持つ女性が生まれている。

 その血の全てが、戦に特化した一族。そう言っても過言ではないのだ。

 そして、その血を継ぐ流にも、決して破れぬ不文律として伝えられている。

 一瞬、流が後ろの部下達を振り向く。

 その表情。

 「ぶ?!」

 この非常事態だというのに、なぜかキョウを除くアクトら全員が、虚を突かれて吹き出す。

 (とっておきの悪戯の途中で、教師に見つかったガキ大将)

 のちにアクトがそう評した。一条流という男にあって、本当に近しいものだけしか見られない、本音の表情だ。

 そしてくるり、と正面に向き直った時には、もういつもの『将』の顔。

 「失礼を致しました、マグダレーナ様」

 しれっ、と謝罪すると、

 「突然のことで、この犬めが勘違いをいたした様子」

 後ろ手に、がっ、とキョウの首根っこを掴むと、その巨腕にモノを言わせてぐい、と釣り上げ、マグダレーナの前にびよん、とさらす。

 首から吊るされたキョウは、まだ憑依の衝撃から回復せず、目を回したまま。それでも愛刀ムラマサを手放さず、ずるりと床に引きずったままなのは、いっそ天晴れというべきか。

 「しつけがなっておりませんでした。お詫び申し上げます」

 悠々と頭を下げたものだ。

 「貴……っ様ぁ!!」

 月影魔女のロードナイトが激昂する。当然だ。敵前でマグダレーナを裏切り、その心臓を刺して虜囚にし、今は部屋に攻め込んで仲間を2人も殺している。

 そこまでしておいて、

 『部下の勘違い』

 とは、言い訳にしたって厚かましい。だが、

 「っと、その前に」

 流は平気の平左。というか流、最初から月影魔女たちを相手にしていない。

 あくまでマグダレーナのみを相手にしゃべっている。

 落ちていたナイフ、あのマグダレーナの心臓を貫いたマヒのナイフを拾うと、その柄を両手でつかみ、

 「む!」

 怪力。

 ぱきん、と柄が折れると、内部は中空。そこから何かがコロコロと転がり出る。

 「あ、青石……?!」

 月影魔女のハイプリーストが、口をあんぐりと開ける。無理もない。

 魔法の触媒となる、ブルージェムストーン。

 それがあれば、空間転移魔法・ワープポータルを発動させ、いつでも脱出できた。そのキーアイテムが、目と鼻の先に隠されていたのだ。そういえば刀身に比べ、妙に柄が長いとは思っていた。

 虜囚にされた時、彼女らの持つ装備や、魔法触媒はすべて取り上げられたが、マグダレーナの心臓に刺さったままのナイフはそのまま残された。抜けばマヒが解け、マグダレーナが蘇生するのを恐れたのだ。

 この流という男、おそらくはそこまで見越して、裏切りのナイフに逆転の手を仕込んでいた。

 細心なようで、大胆なようで、抜け目がない。

 流が、その巨大な手のひらで輝く青い石を2個、ぴん、とハイプリーストに投げる。

 その意味は明白。

 「この犬め、狂犬なれども太刀筋は鋭い。まだ間に合いましょう」

 キョウに斬られて死んだ月影魔女のアサシンクロス、チャンピオンの2人を蘇生せよ、というのだ。

 死亡した2人、それぞれ首と、心臓に達する斬撃を食らって即死している。普通なら蘇生可能時間をとっくにオーバーしているところだが、そこは魔剣士・キョウの斬撃だ。

 簡易衣の切れ目からのぞく、綺麗な斬り口。確かに、まだ間に合うかも知れない。

 「『リザレクション』!!」

 押し問答も後回し、ハイプリーストが仲間の2人に蘇生魔法を贈る……見上げるような天使の光像が部屋の中に立ち上がり、魔法の成功を告げる。直後、

 「『ヒール』!」

 タートルコアのハイプリーストから回復魔法。単純な蘇生ならばともかく、傷の回復となれば既に装備を整え、魔力を増幅させた彼らの方が上だ。

 「……流、さっきのは香かい?」

 聞いたのはマグダレーナ。彼女は香たちの母、桜が先代ウロボロス4に参加した時からの知己だ。一条鉄との結婚も、3姉妹の出産と成長も知っている。いっそ最も家族に近い1人とも言える。

 だが流は、それに答えず、

 「これを。マグダレーナ様」

 流が大きな手を差し出し、幾つかのブルージェムストーンをマグダレーナに渡す。

 『いいか流』

 独特のダミ声が、流の脳裏に再生される。

 『マグダレーナのロリババアはバカじゃねーし、言うほどクソでもねえから、俺も嫌いじゃねえ。ま、いっそ好きな女と言ってもいい。だがな、やっぱ根本的なところじゃ王の犬だ。いつ敵になってもおかしくねえ、それは覚えとけ』

 義父にして先代ウロボロス4ウルフリーダー・一条鉄の言葉だ。

 今は味方であっても、身内ではない。その緊張感はあって然るべし。

 そもそも、ついさっきまで敵として排除しようとしていたのは流の方なのだ。

 「装備はあちらでしょう、お急ぎを」

 破壊された扉の向こう、対面の部屋を指差す。流たちの装備が対面の部屋にあったから、マグダレーナたちの装備もそこだろうと当たりをつけた。

 「で、何をする気だい?」

 「この船を乗っ取ります」

 「……そんなこったろうと思ったよ」

 ため息のマグダレーナに、当然、という顔の流。

 「『くれてやる』の意味について、詳細は後ほど。マグダレーナ様」

 「……わかった。全員、ここはタートルリーダーに従う」

 蘇生した2人はもちろん、月影魔女全員が物凄い凶顔。だが、マグダレーナには逆らわない。

 「キョウ、向こうの扉も斬ってこい。行け」

 「ふ、ふぁい?!」

 ようやく目眩から醒めかけたキョウを、流が太い足で小突く。徹底的に犬扱いだ。女性の地位がどうのこうの言う連中が見たら、ぶっ殺されかねない。

 「いいんですか、リーダー」

 声をひそめてアクト。

 「かまわん」

 流は普通の声。

 「『船』と『女』、両方が手に入るなら上々。濡れ手に粟とはこのことだ」

 にやり。と意地の悪い顔。

 「……マジでモノにする気ですか?!」

 「マジもなにも、本人がくれると言うんだ。もらわん手はなかろう?」

 にんまり。その顔、もはや邪悪といってよかろう。

 ふう、とアクトのため息。気苦労の絶えない副官、というのはどこの世界にもいるものだ。

 マグダレーナたちの準備が整った。

 「いくぞ」

 一条流が命令を下す。

 

 つづく

 

JUGEMテーマ:Ragnarok

中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:16 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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管理者の承認待ちコメントです。

posted by - ,2017/04/25 6:34 PM










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