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第十六話「The heart of Ymir」(58)

 ひどく音割れした大統領の演説は、しかしシュバツルバルトの風に乗り、カプラ嬢たちが陣取るミネタ岩塊まで届いた。

 「……皆、聞こえましたか」

 騎乗したグラリスNo10・長身のG10ロードナイトがつぶやく。それは仲間たちへの確認というよりも、自分自身への問いに近かった。

 「私は騎士です。なんとしても彼らを助ける」

 カプラ嬢の師範組織『チーム・グラリス』に、騎士として最年少で加わった彼女らしい純粋さ。

 だが、ことは言うほど簡単ではない。

 目の前の橋、ミネタ岩塊とソロモン岩塊をつなぐ大橋は破壊され、使用不能。となるとソロモン岩塊に渡るには、いったん隣のハデス岩塊を迂回するしかない。

 だがジュノー市民が幽閉されているハデス岩塊を押し渡るには時間がかかる上、その間に再びソロモンへの橋が落とされる可能性もある。

 いや、もう落とされているかもしれない。

 「急ぎましょう!」

 それでも決然と愛鳥の手綱を引く。

 見る者の目を射るかのような青色を基調に、これでもかと豪奢な飾りを着けたペコペコ・グレイシャの羽根が揺れる。

 今すぐにでも配下を率いて、いや、たとえ単騎でも3つの岩塊を駆け通し、大統領や無代たちを救いに行く構えだ。しかし、

 「落ち着け、G10」

 いっそ静かと表現していい声は、グラリスNo9・義足のG9パラディン。G10のやや後方、巨大な鎧を身につけ、同じくペコペコに騎乗した聖騎士の基本スタイルだ。

 しかしその姿。

 モンスター『ヴェスパー』の姿を写した巨大な白銀の鎧は、G9の素顔はもちろん元の体型すら分からない重厚さ。

 従える愛鳥フィザリスもまた、並みのペコペコよりふた周りは大きく、珍しい漆黒の羽根を重装甲で覆っている。

 G10と愛鳥の豪奢さも素晴らしいが、戦場における存在感という点において、ここはG9が一歩勝ると言わざるをえない。

 「なぜでしょうか、G9」

 G10も反論するが、決して強くはない。G10が後輩ということ以上に、現実の戦場における経験値が段違いであることを、両者が自覚している。

 「気持ちはわかるけど、G9。あわてるにはまだ早い」

 G10の声はあくまで静か。

 「確かに橋は落とされた。けれど『チーム・グラリス』が本当にそれで止まるのか?」

 「……?!」

 はっとした表情のG10。

 「仲間の意見を聞いてからでも遅くはない、そう思わないか?」

 G9の言葉に被せるように、

 

 うぉぉぉんん!!!

 

 ジュノーの石畳の上を、軽快なエンジン音が近づいてくる。そして、

 

 ぎゃぎゃぎゃあああ!!!

 

 ほとんど真横に滑りながら停止したのは、鍛冶師のカート。ホワイトスミスの加速移動スキル『カートブースト』。

 グラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミスだ。ダサいヘルメットに安全靴。口にはタバコ。

 「G3から伝令!」

 グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーからの指示を持ってきた。

 「『G5の指示に従い、大統領の戦車を救援せよ』だ!」

 にか、と笑うガテン系美魔女に、

 「方法があるのですか、G5!」

 G10の表情が一転して晴れる。

 「おうよ。手貸してくれや」

 「無論、無論です!」

 顔を輝かせ、視線をG9へ移すが、巨大な鎧の中のG9、表情は読めない。ただ、ひょい、と片手の手のひらを返して見せたのが、

 (ほらね?)

 という笑みの代わりか。そこへ、

 「だーもう、カート乗せてって言ってるのに!」

 文句たらたらで追いついてきたのはグラリスNo2・小柄のG2ハイウィザード。

 「この格好で走り回るとか、ありえないんだけど。アタシぐらいになれば」

 文句が続く。そのはず、このグラリス・ハイウィザードが着る重任務仕様のカプラ服は今や、魔力増幅のためのアクセサリーやら装備やらが満載。本人が小柄なだけに、いっそ装備に埋もれたようにさえ見える。

 太古、聖戦時代の巫女もかくやの重呪装だ。

 「悪りぃな。このカートは一人乗りなんだ」

 にやり、とG5。だが、

 「乗ってるじゃん!」

 G2が指差すカートの荷台にちょこなん、と座り込んでいるのはグラリスNo15・神殺しのG15ソウルリンカー。

 「荷物ダヨー」

 「……荷物だな」

 G5、まだキーキー言っているG2をスルーし、

 「皆、指揮下のカプラ嬢も含めてオレについてきてくれ……っと、その前に、アレが邪魔だ」

 指差す市街地に、レジスタンスの残存勢力。人数は大したことがないが、例の自動人形が相当数、地下から加勢している。

 「……時間がない。強行突破しかありません。大統領や無代さんたちが心配です」

 ぐっ、と手綱を引き、先頭に出るG10。

 だが、その騎士の真横をすい、っと通り抜けた者がいる。

 G2ハイウィザード。

 「魔法使い殿?!」

 味方に不意をつかれた格好のG10を、しかしG2は無視。

 「G9」

 「『ディボーション』」

 一声で、G2の身体を聖騎士の献身が包む。これで、G2を襲ういかなるダメージもG9へと転嫁される。瞬間、

 

 だっ!!

 

 G2がダッシュ、続いて献身の光紐を引いたG9も駆ける。

 「!!」

 そしてG10。わずかも遅れなかったのは大手柄だ。もし遅れていたら彼女、自分で自分を許せなかったろう。

 「G10、魔法使いの視界を塞ぐな。右へ開け。私は左だ」

 「承知!」

 指示を出すのはG9、即座に従うG10。

 すでにG2の身体を敵の弓や銃弾が襲っているが、この楔体型の突撃は止まらない。なお、さらに後方にはグラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストが影のように追走し、強化や補助の魔法を贈り続けている。

 瞬間、G2の足が止まる。

 背中に斜めに背負った杖を、腰の脇に回した左手でホールド。

 反対の右手は正面、霞んで見えるほどの片手高速印掌。

 

 ぢぢぢぃっ!

 

 超圧縮された呪文詠唱は、虫の鳴く音色に似る。

 「『ストーム……』」

 敵の頭上に真っ白な雲。召喚された極低温の霊物質(エクトプラズム)が、空気中の水蒸気を水滴化し、同時に凍結する。

 「『……ガスト』ぉ!!」

 

 どぉぅっ!!!

 

 ジュノーの石畳を、巨大なハンマーでぶっ叩いたような轟音と同時に、超低温の爆風が横ざまに襲いかかる。

 飛びかかろうと待ち受けていた自動人形が10体ばかり凍りつき、直後に砕け散る。

 「……誰もついてこないかー。今季は不作だな」

 G2のつぶやきを聞く者はいない。よってそれが、彼女の指導下にあるカプラ・ウィザードたちのことと知る者もいない。

 「魔法撃つ戦場はどこか、自分で嗅ぎ分けろ。なけりゃ自分で作れ。……こればっかりは教えて覚えさせるもんじゃないのよ」

 最前線、敵がうようようごめく石畳の上で、ゆうゆうと一撃目の戦果を確かめながら、G2。

 

 「アタシぐらいになってもね」

 

 つづく

 

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:19 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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