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第七話「Wings」(1)
 「僕と世界を手に入れよう。流」
 コンドルリーダーことテムドール・クライテンの表情には、一点の曇りもない。
 完璧な微笑。
 対するタートルリーダーこと一条流の表情は、ほとんど無表情に近い。
 「…それはつまり、マグダレーナ様を裏切れということか? テム?」
 「裏切っているのはあっちだよ、流」
 テムドールの微笑に揺らぎはない。
 「人ならざる実験動物が、神に祭り上げられたのをいいことに好き放題やらかしているんだ。それは創造主たる我々に対する、根源的な裏切りだよ」
 (上手いことを言うものだ)
 流は内心で感心する。
 友人である無代も口は上手いが、それとは違う種類の上手さだった。
 テムドールの職はハイプリーストだが、確かにそれは神の言葉を代弁する者の巧さと言えるかもしれない。
 流には、そんなことを考える余裕さえある。
 「…兄様…!? タートルチームと共闘して、密かに王国内での勢力を拡大するだけではないのですか!?」
 むしろ驚愕したのは実の妹であるジュリエッタの方だった。
 「マグダレーナ様に反逆してウロボロス4を乗っ取るだなんて…そんな…!」
 「黙っていたことは謝るよ、ジュリア。確かにそれも嘘じゃないが、本来の目的は別にあったわけだ」
 テムドールはひたすら笑顔だ。
  ウロボロス4のリーダーに与えられた権限は強大だ。使える予算だけを見ても、作戦に必要となれば物資でも人員でも、ほぼ無制限に持ち出せる。流がタートルチームのために、大量の青ジェムを買い入れて各地に貯蔵しているのもその権限を使ってのことである。
 この力を密かに、自分の会社や国の利益になるように動かせば、それだけでも相当の成果を挙げられるだろう。
 無論、クルトやマグダレーナにバレればただでは済まないだろうが、事実上アタックチームを二分している流とテムドールが口裏を合わせれば相当の事ができる。
 テムドールは妹のジュリエッタにそう説明していたのだ。
 「この本来の目的に関しては、私がウロボロス4の全チームを完全に掌握してから事を起こすつもりだった。当然ジュリア、君にも手伝ってもらってね」
 妹の、血の気の引いた顔に向ってウインク。
 「だけど彼…流がどうにも手強くてね。下手をするとこちらが喰われかねないから、慌てて作戦変更という訳さ。ライバルとしては手強いが、味方になってくれればまさに最強のパートナーだ。おっと、これは少々腹を割りすぎたかな?」
 にっ、と歯を見せて笑う。ジュリエッタに笑顔はない。
 出し抜くはずの兄に、さらに大きなスケールで出し抜かれたのだから無理もなかった。
 (…さすが、兄の方が一枚上手か…。『腹を割る』とは良く言ったものだが…)
 流は内心、苦笑する。
 「で、改めて答えを聞きたいんだが、流?」
 「策はあるのか? テム?」
 流は逆に聞き返す。
 「マグダレーナ様の『神の座』が仮に偽りでも、その『実力』は本物だぞ。たとえあの人1人でも、ウロボロス4を全滅させるぐらい簡単だろう。今のオレに対抗策は思いつかん」
 流が発したこの問いが、実は極めて高度な試金石であると、テムドールが気づいたかどうか。
 その問いへの回答は、即座に返ってきた。
 「あるとも」
 本日最高の笑顔と共に。
 「それも複数だよ? あんな実験動物を地に這わせるだけに止まらない。世界さえ制することができる力が2つ。そして近々もう一つ、手に入る予定だ。キミの不安はもっともだが、それは杞憂というものさ」
 「…」
 テムドールの答えを吟味するように、流は一瞬、目を閉じる。
 そして、答えた。
 「断る」
 「…!」
 取り乱したのはテムドールではない。ジュリエッタだ。
 自分が取り込むはずだった男と、出し抜くはずだった兄。それが目の前で手を組むのはもはや必然、と思い込んでいたらしい。
 では当のテムドールは?
 「断る、それが君の答えだね?」
 破顔を微笑に戻しただけ。
 驚きも怒りも落胆もない。ある意味、流以上のポーカーフェイスと言えた。
 「そうだ。そしてコンドルリーダー、君を反逆罪で逮捕する」
 流がそう宣言するのと、室内に轟音が響くのが同時だった。
 テムドールの背後の窓ガラスが吹っ飛び、反対に流たちの背後のドアも吹っ飛ぶ。
 さらにテーブルまでが宙を舞った。流が、座ったままの姿勢から思い切りがんっ、と蹴り上げたのだ。
 信じられないほどの怪力。吹っ飛んだ巨大なテーブルが天井で跳ね返り、テムドールを上から襲う。
 しかしさすがにテムドール、飛来するテーブルは避けた。
 ただし、その選択肢は間違いだ。
 例えテーブルをまともに喰らったとしても、テレポの魔法を使うなり、ポケットのハエの羽根を使うなりして逃げるべきだった。
 彼の背後、砕け散った窓ガラスから飛び込んで来た人影は、マグダレーナ直下の『月影魔女』。そのパラディンとアサシンクロスの連携は凄まじく、さしもウロボロス4のトップアタックを率いるテムドールすら、ほとんど一瞬で制圧されてしまう。
 両腕を後ろにねじり上げられ、床に押さえ込まれる。さらに詠唱も、舌を噛む事もできないよう口にラバーの棒を噛まされ、両手両足を拘束。
 わずか数秒。
 さらに。
 後方で吹き飛んだドアからは誰も現れない、と見えた瞬間、ロビンリーダー・ジュリエッタの側にいきなり、スキンヘッドのモンク、流の部下であるヨシアが『出現』した。
 残影、と呼ばれる特殊歩法だ。
 ぎょっとなったジュリエッタを足払いで崩しながら呪文を詠唱。
 身体を鋼の如く強化するモンクのスキル、『金剛』。そのままジュリエッタを押さえ込みにかかる。
 「…っ!」
 女だてらにチームリーダーを務めるだけあり、ジュリエッタもとっさに、組み付いたヨシアに肘や膝を当てて反撃する。が、ヨシアはびくともしない。
 この堅さこそ、金剛モンクたるヨシアの真骨頂。そして気がつけばこちらも、身動き一つ取れないように押さえ込まれてしまう。
 鮮やかな固め技だった。
 反撃を許したのはむしろ、ジュリエッタに余計な怪我を負わせないよう手心を加えたためである。もしヨシアが本気ならば、今頃はジュリエッタの全身の骨やら関節やらを完全にバラバラにしていただろう。
 『絞め金剛』。あるいは少々揶揄も込めて『寝技金剛』。
 ヨシアが育った寺院の、ある意味『名物』でもある特殊モンク。
 抜群の防御力を得る代わりに動きが遅く、かつ強力な攻撃スキルが使えなくなる金剛モンクの弱点を克服すべく、その技を組技・関節技に求めた精華がそれだ。
 「おっとっと、動かないで下さいよロビンリーダー。下手に動くと大事な指とか筋とか痛めちまいますんでね」
 ヨシアが割と真剣な声で制止する。普段はふざけ半分の態度が多いだけに、そういう声を出すと妙な凄みがある。
 「ヨシアに従いなさい、ジュリア。悪いようにはしない」
 「…!」
 むしろ優しくさえある流の言葉。ジュリエッタはまるで、それに突き刺されたかのように身体を震わせ、すぐに沈黙した。
 何一つ出し抜けないどころか、男達の掌の上で踊っていただけだった。
 一瞬でそう気づいてしまう聡明さが、むしろ彼女を苦しめる。
 「ヨシア。彼女をオレの部屋にお連れしろ。丁重にな」
 「イエス・リーダー。さ、ロビンリーダー」
 ヨシアがジュリエッタの身体を起こしてやる。その身体は今や抜け殻のようで、ヨシアのされるがままだ。しかしだからといって、ヨシアにはわずかの隙もない。
 相手の身体に触れている限り、その動作のほとんどを瞬時に制圧できる技術と経験を体得している。まさにプロフェッショナルなのだ。
 「ご苦労、タートルリーダー」
 ヨシアとジュリエッタが出て行くのと入れ替わりに、砕けたドアからクルトが姿を表した。朝と同じパラディンの鎧姿。
 「大佐殿こそご苦労様です」
 流が敬礼で迎えた。
 顔を揃えた2人の男は、『月影魔女』の手によってテムドールが連行されるのを見送る。
 3人の男の視線が、複雑に絡み合い、すぐにほどけた。
 「…大佐殿。コンドルリーダーの口ぶりでは、彼らの計画はかなり進んでいるかと」
 「そうだな」
 テムドールの背中を睨みながら、クルトは難しい顔だ。
 「単なるウロボロス4の乗っ取りではない。…恐らく他のウロボロスも関与した、かなり大規模な計画と見える」
 「…何をするつもりでしょう。『世界を制する力』、と彼は言いました」
 「わからん。これはもうウロボロス4の範疇を超えている。マグダレーナ様を通じて王国上部に繋いでいただき、ヤツの尋問を行わねばなるまい」
 「リヒタルゼンの、彼の会社も」
 「調べねばな」
 二人の男が息を合わせたようにうなずく。
 「ところで大佐殿。ロビンリーダーですが…」
 「あの女は踊らされただけか」
 「そのようです」
 クルトの口調には蔑みの色があるが、流には何の色もない。
 「わかった。リーダーの任は解くが、罪は問わん。こうなってはコンドルチームもロビンチームも、まとめてお前に預けるしかなくなった。時間がないが…」
 「問題ありません、大佐殿」
 流の脳裏にユークの顔が浮かぶ。その顔が少々涙目なのは、あの少年のこれからの殺人的な忙しさを暗示しているのだが。
 「頼むぞ。『ウロボロス2』と『BOT』によるカプラ社への浸食も、食い止められたワケではない。忙しくなる。すぐにかかれるな?」
 「イエス・サー」
 「待て、タートルリーダー」
 立ち去ろうとする流を、クルトが呼び止める。
 「お前が事前に、コンドルリーダーの造反を予見し、事前に私に通報していたことはいいとしよう」
 「はい」
 「むしろ彼の造反に『同調しなかった』のはなぜだ?」
 クルトがずばりと聞いてきた。
 「『マグダレーナ様への忠誠』などと下らない事は言うなよ? お前達は王国軍人ではない。人質であり、使い捨てのコマだ。離反造反は、むしろ当然なのだからな」
 このクルトという軍人は根っからの現実主義者らしい。精神性などハナから、一切信じていないのだ。
 「…」
 「…なぜだ?」
 「彼…コンドルリーダーは…」
 流は静かに答えた。
 「私を『信用』していましたが、『信頼』はしていなかった。それが答えです」
 流に『仲間になれ』と勧誘したあの時。
 流は『自分にはマグダレーナ様への対抗策は思いつかない』と言った。
 この言葉が試金石だった。
 この言葉に対して、コンドルリーダーことテムドールは、自分の持つ力の大きさを持って応えた。
 『世界を制する力があるから心配いらない』と、自分の力の大きさだけを信じ、目の前にいる流の力は信じていなかった。
 流はそこが気に入らない。
 (…あいつなら…無代がオレの側にいたなら。『策はない』というオレに、きっとこう答えたはずだ)
 
 『嘘つけ、馬鹿』

 そう言って、流の尻を蹴飛ばすはずだ。
 流が、それこそ寝ても覚めてもあの『完全再現種』に対抗する方法を考え続け、不完全ながらも即座に実行できる策の一つや二つは常備しているはず、と、無代なら言わずとも分かるはずだ。
 (悪いな、テム。自分と組めと誘うなら、もう少しオレを高く買ってほしかったな)
 流は内心で、コンドルリーダーのハンサムな顔に軽く詫びる。
 「信頼か…下らん」
 質問したクルトは、だが流の答えをばっさりと切り捨てる。
 「組織(システム)と実行戦力(パワー)の前では無用のものだ。お前はそれを作り出すことだけを考えていろ」
 「…はい、大佐殿」
 流は反論しない。
 二人の男はそれぞれにきびすを返し、破壊された部屋を後にする。
  

 男の一人、一条流が向ったのは自分の部屋。
 ドアを明けると、リビングにヨシア。そして未だダンサー姿のジュリエッタが呆然と椅子に座っている。ヨシアが流の寝室から持って来たらしい毛布で、身体を包んでいた。
 午前中、あれほどに艶やかだった髪は乱れ、流の部下であるサリサ・ゾシマが賞賛した見事な化粧も跡形も無い。
 生来の整った容貌そのものは損なわれていないにしても、何より彼女を内側から支えていた『意志』の力が根こそぎ奪われているため、その輝きも今やか細い。
 「…ヨシア、少し外してくれ」
 「イエス…あー、お一人で大丈夫すか? リーダー?」
 「危なくなったら呼ぶさ。それと、ひとつ頼まれてほしい」
 「イエス・リーダー?」
 流が小さくつぶやくのに、ヨシアが一つうなずくと、ご注意なすって、と言いおいて部屋を出て行った。まあ部下としては上官の身を案じるのは当然だが、流ほどの威丈夫が女一人にそうそう不覚を取るとも思えないので、最後のは冗談半分だ。
 「…さて、ジュリア」
 びくん、とジュリエッタの身体がすくみ上がる。流の言葉一つ一つが、もはや鞭のようだ。
 「ジュリア、君は罪には問われない。リーダーは降格になるが、ロビンチームがウチのチームに併合されれば、引き続き君に指揮してもらうつもりだ。何も変わらない」
 流はジュリエッタが座る椅子の前に片膝をつき、視線の高さを女に合わせた。
 その目をじっと覗き込む。
 ジュリエッタは必死で目を逸らそうとするが、流の鋭く、そしてある種の『磁力』をたたえた視線には到底抗しきれず、意志とは無関係にその目を見つめ返してしまう。
 「これで、君の望みは叶う」
 「…!?」
 流はほとんど表情を変えない。
 「コンドルリーダーことテムドール・クライテンは逮捕された。もう陽の当る場所に戻る事はできないだろう。つまり…」
 はっ、とジュリエッタが息を飲む。
 「全ては君の物になる。ウロボロス4も、会社も、クライテン家も」
 「…ひ…」
 ジュリエッタの顔が無惨に引きつった。流の言葉の意味をやっと理解し、同時にそれが引き起こす『結果』も理解してしまう。
 それは確かに、彼女が望んだ事だ。ただ、それは彼女の望んだようにはならなかった。
 彼女は、兄を出し抜きたかった。
 妹であるジュリエッタに鮮やかに出し抜かれ、這いつくばる兄。それを高みから見下ろしながら、自分の選んだ男、一条流の手でうやうやしく捧げられる花を、微笑しながら受け取る。
 それが彼女の望みだった。
 だが現実は違う。
 その花は一条流という男によって無惨に根こそぎにされ、泥も棘もそのままに、今やジュリエッタの頭上からぶちまけられようとしている。
 確かにそれは自分の物になるだろう。だが、もはや彼女には、その花を受け取ることは苦痛でしかない。
 ウロボロス4の幹部の座も、実家の財産も、会社の経営も、今はもう『恐怖の対象』でしかなかった。
 それはそうだ。あの兄でさえ、ああもあっさりと叩き潰されてしまった。
 ジュリエッタにとって兄は憎悪の対象だったが、それ以上に崇拝の対象でもあったのだ。
 憧れが嫉妬に、尊敬が憎悪に変わっても、兄は自分よりも『上』の存在だった。
 その兄が他人によって簡単に踏みにじられるのを見せつけられ、同時に自分の無力さを思い知らされ、ジュリエッタの心は既にぽっきりと折れていた。
 「ジュリア?」
 流の優しい声が響く。
 だが、彼女は弱々しく首を横に振るだけ。
 「…君が望んだことだ」
 ジュリエッタのイヤイヤが激しくなる。
 髪が乱れ、唇がだらしなく歪む。もう泣き出す寸前だった。
 それでも、瞳だけは流のそれから逸らすことができない。
 地獄だった。
 「…大丈夫だ。ジュリア。オレがついている」
 ふわり。
 ジュリエッタの両肩を大きく、暖かい物が包んだ。流の両手だ。
 ふ、とジュリエッタのイヤイヤが止まる。
 「…あ…」
 歪んだ唇から、弱々しい声が漏れた。
 荒波に溺れる者が、すがる木片を見つけた目。
 「君が望むなら、ウロボロス4も『君の会社』も『君の家』も、オレが全面的にバックアップしよう。…パートナーとしてね」
 太く、落ち着いた声。木片が巨木に、巨木が船に見えて来る。
 「…流…」
 ジュリエッタの唇がわなわなと震えた。
 「安心していい。君を陥れるつもりなら、とっくにやっている。君の兄上とは相容れなかったが…君とは上手くやっていけると確信しているよ」
 す、と流がジュリエッタの肩を放すと、ジュリエッタの椅子の前にその太い片膝をついた。
 握手を求め、大きな右手が差し出される。
 「流…!」
 真っ暗な荒波の中、救助の光を明々と照らした大船が目の前に停まったのだ。
 ジュリエッタは夢中で右手を出す。肩にかけられた毛布が床に滑り落ちるのも構わない。
 その時だった。
 ジュリエッタの手がふ、と止まった。
 すがりつくはずのその手が、何かに張り付いたように動かない。
 「…ジュリア?」
 流が、差し出した手を動かさないまま、微かに首を傾げる 
 「…!」
 ジュリエッタの喉がごくり、と鳴った。
 頭の中で警報が鳴り響いている。
 
 (…この手を取ってはいけない…!)

 それは、彼女の今の心理状態では全く信じられない、正反対の衝動だった。
 現に、早くその手を取れ、そうすれば楽になる、という心の叫びもまた強烈なのだ。
 この手を取れば、楽になれる。揺るぎない安心が手に入る。
 だが、ジュリエッタの手は止まったままだ。
 (…今、この男の…一条流の手を取れば…いえ、この手にすがりつけば…)
 自分はどうなるのか。
 この手にすがりついた後に、自分にはどんな人生が『残されている』のか。
 この強力な男にすがり、頼りきり。
 この男の機嫌を損ねないように笑顔を絶やさず、身体を磨き、言葉を飾り。
 この手を離される日を怖れ、見捨てられる悪夢におびえ。
 たとえこの男が約束を守り、自分を最後まで支えてくれたとしても。
 一生を盤石の安心の中で過ごす事ができたとしても。
 それでも。

 「…それは、私の人生じゃない」

 涙があふれた。
 言ってしまった。
 それは言ってはいけない、しかし言わなければいけない言葉だった。
 途中まで差し出した手は膝に落ち、そして握り拳に変わった。
 差し伸べられた救助の手を拒否し、荒波を漂う方を選んだのだ。
 一条流の手は、差し出されたまま微動だにしない。が、ジュリエッタはもう、その手を見ていない。
 見ているのは自分の、二つの拳。か細く、小さいけれど、しかしそれは確かに『拳』。
 「…それが君の答えか?」
 今までの優しい響き嘘のような、ぞっとするほど色の無い声が響いた。
 だがジュリエッタは、涙に濡れた目をぐっ、と男の目に向ける。
 「…『女は』…」
 「…む?」
 「『女は馬鹿な方が幸せになれる』。…父の口癖です。そして、私の大嫌いな言葉」
 「…」
 「でも…『嘘』ではないのですね。今、分かりました」
 ぐい、と涙をぬぐう。
 その手に、魔法のようにナイフが出現していた。
 「毒特化のナイフです。ごめんあそばせ?」
 「…いいんだな?」
 「ええ」
 差し出された手を握る代わりに、女は毒化のナイフを突きつけた。
 「幸せになれずとも、私は私でいたい」
 「わかった」
 差し出された流の手が引っ込められる。
 「ヨシア!」
 流の声に即座にドアが開き、ヨシアが飛び込んで来る。
 「…!」
 ジュリエッタが、はっと身構えるが、ヨシアは流の後ろでぴたり、と止まると流に何かを手渡しただけだ。独特の形をした黒いケース。
 「…あ!」
 「君のバイオリンだ、ジュリア。オレは門外漢だが、相当の名品と聞いた」
 流はバイオリンケースをジュリエッタに放ると、窓の外を指差した。
  「ここから真っ直ぐ走って…見えるか? あのアジサイの茂みを探せばカギ付きロープが隠してある。それを使ってあの壁を越えれば王宮のエリアだ。見つから ずに抜けられたら町に出られる。ダンサーならロープ使いはお手の物だろう。…もしも外で『無代』という男に会ったら、そいつは信用できるからオレの名前 を出せ。…オレからは以上だ」
 「…流」
 ジュリエッタがバイオリンのケースをしっかりと胸に抱いた。
 「自分でいたい、というならそうするがいい。その翼で、力尽きるまで飛べ。ロビンリーダー」
 突き放すような別れの言葉だったが、しかしジュリエッタの唇には笑みが浮かんだ。
 「私がこうすると分かってたの?」
 「想定内だ」
 「…ほんと、イヤな男!」
 そんな憎まれ口も、力強い笑顔から発せられたなら、意外と粋な別れの挨拶になった。
 ばん、と窓を開けると外に身体を踊らせる。ダンサーの衣装が風になびくと、それは本当に翼であるかのように見えた。
 本当の空は飛べないが、しかしそれは翼だ。
 その後ろ姿がみるみる小さくなり、流の言葉通りロープを見つけると、高い壁に難なく引っ掛けてするすると登っていく。
 「…いいんですか、リーダー。逃がしちまって」
 ヨシアが訊ねるが、あんまり心配そうな声音ではない。
 「彼女の処遇はオレに一任されている。別に『逃がすな』とは言われていない」
 「うは、かっけえ…あ、失礼しました、リーダー」
 ヨシアがごりごりと、スキンヘッドをかく。
 「…すんません。ぶっちゃけコンドルリーダーを…造反者とはいえ、仲間をクルトのオッサンに『売る』ような上官にはもうついてけねーとか思ってたんですがね、さっきまで」
 「…」
 「でもやっぱ、あんたイカしてる。…ユークの坊主がべた惚れするのも無理ないっすわ」
 「下らん事を言ってないで、さっさと脱走者を追え。『逃がすなよ』?」
 「へーへー。…ロビンリーダーが脱走したぞ! タートルチーム! 出あえ! 出あえ!」
 わざとらしく大声でがなりながら、ヨシアがひょい、と窓枠を越えて飛び出して行く。
 ジュリエッタの姿はもう、どこにも見えない。


 砕けたドアの前で別れたもう一人の男、クルトが向ったのは王宮の監獄。
 衛兵の同行を断り、連行されたコンドルリーダー、テムドール・クライテンの『檻』を1人で訪れる。
 鉄格子の向こうに、質素なベッドに腰掛けたテムドール。
 腕には手錠。
 「これは大佐殿。わざわざのご来訪恐縮です」
 その表情はいつもの微笑。
 罪人として鉄格子の向こうにいるにも関わらず、暗さや自嘲は混じっていない。
 「いいザマだな、コンドルリーダー」
 「『元』です。ご覧の通り、『恋人』に袖にされまして」
 恋人とは流の事だ。いささかゴツい恋人だが。
 「…それは残念だったな」
 「ええ、返す返すも残念です。…しかし、これではっきりしたでしょう?」
 テムドールがゆっくりと立ち上がり、鉄格子の外のクルトと相対した。
 二人の男の視線がぱちん、とぶつかる。
 「大佐殿がご執心だった一条流は『選ばれなかった』」
 「…」
 無言で、クルトがポケットから取り出したのは、鍵だ。それも二つ。
 檻を空けてやり、中から出て来たテムドールの手錠も外してやる。
 「…良い気になるな。貴様の力など、一条流の足元にも及ばん」
 吐き捨てるようなクルトの言葉。だが逆にテムドールの微笑が深くなる。
 「でしょうね。認めますよ。…しかし、私は『選ばれた』。世界を変える…運命にね」
 そしてまた、あの素晴らしい笑顔が戻ってくる。
 「さあ、世界を変えに参りましょう、大佐殿。私たちと同じく『選ばれた』同志達が待っている」
 テムドールがさっさと歩き出す。
 それは到底、罪人の態度ではない。彼の言葉通り、選ばれた者の自信と確信に満ちた歩み。
 (…だが、果たしてそうだろうか…?)
 その後ろ姿に、クルトはふと思う。
 (…あの男…一条流こそが『選ばれている』のではないか…もっと…大きな物に…?)
 だが、それを深く考えるには、クルトという男はいささか現実主義者に過ぎる。
 (…バカバカしい。我々にはパワーがある。全てを圧倒できる…パワーが)
 クルトは首を振り、テムドールを追い越して歩き出す。
中の人 | 第七話「Wings」 | 16:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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