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第七話「Wings」(2)
 ヤスイチ号、正式名称は飛行戦艦「アグネア」。
 その『母港』は、シュバルツバルドの浮遊岩塊空域にある。
 ヤスイチ号と同じく、ほぼ正体不明のエネルギージェネレーターである戦前種「ユミルの心臓」。その余りにも強大な浮遊力場は、ジュバルツバルドの首都ジュノーを都市ごと天空に浮遊させるに留まらず、その周囲にも半径数十キロにわたって無数の岩塊を浮かばせている。その中には直径数百メートルに達する岩塊も複数あるが、そのほとんどが無人(渡る手段がないのだから当然だ)のまま放置されていた。
 ヤスイチ号の母港、と同時にレジスタンスの本部でもある施設は、そんな浮遊岩塊の一つに作られている。
 岩塊の土手っ腹をくり抜いた細長いドックには今、ヤスイチ号こと『アグネア』と、その姉妹船である『セロ』の2隻が並んで停泊しているのだが、本来はヤスイチ号1隻だけのために作られたドックだけに、狭い事この上ない。
 2隻の船はほとんど船体をこすり合わせんばかりに接近した状態で、その見えない翼を休めていた。
 このレジスタンスの空中基地は、およそ3つのブロックに分かれている。
 この細長いトンネル状のドック。
 岩塊内部に蟻の巣のように張り巡らされた居住区。
 そして、岩塊の最上部に設けられた指令区の3つだ。
 「待って下さい議長殿! これでは完全に罪人扱いではありませんか!」
 ヴィフが抗議の声を響かせたのは、その指令区の一画。本来は捕虜を尋問するための、はっきり言えば『拷問室』。
 「まだ革命法廷は開かれてもいません! 船長…同志クローバーはまだ罪人ではないはずです! せめて独房に…」
 「時間がないのだ。同志ヴィフ」
 抗議の声をピシャリと遮ったのは、あの時『セロ』から響いていた声。クローバーが『ブロイス』と呼んだあの声だ。
 ブロイス・キーン革命評議会議長。
 年齢は30代中盤と、クローバーよりも若い。それが事実上レジスタンス組織のトップである『議長』の座にいるのは、彼の家系に原因がある。
 ブロイスの祖父は、ルーンミッドガッツ王国の教会に属する大物の聖堂騎士であった。
 しかしある時、組織内部の対立に巻き込まれて異端の疑いをかけられ、部下ともども王国を追われた。
 彼らがその遺恨を晴らすために組織した、それが王国レジスタンスの起源なのだ。
 言うなれば、生まれながらのレジスタンス。
 美しいプラチナブロンドを惜しげもなく刈り込んだ風貌は禁欲的で、チェイサーという職業も相まって、野に伏しつつも大義の成就を狙う革命の士としての風格を備えている。
 ただその目。
 確かに『鋭い』という表現は当てはまるが、そこにはどうも、誰も信頼しない『猜疑』、誰にも心を開かない『怜悧』の光が混ざる。
 彼よりも年長者ながら、あえて望んでその部下に甘んじているクローバーに言わせれば、
 『本来は『ナンバ−2』の方が向いてる男だ。ああ人を疑うばかりでは、組織がやせ細ってしまう』
 ということになる。
 例えば組織のトップにはもう少し鷹揚な人物な人物を据える。そしてその副官として彼が収まっているならば、組織はもっと上手く行くだろう、と。
 だがそのクローバーは今、無惨な状態だった。
 拷問室の壁に固定された2本の鎖に両腕を繋がれ、床に膝をついた状態で拘束されている。足首には鎖付きの鉄球。いかにクローバーが歴戦の古兵といえども、これでは戦う事も逃げる事も不可能だ。
 もっとも今の彼には、そんな気持ちすらないようだった。
 船内で拘束された時のままの着古したツナギに、髪もざんばら。がっくりと力なくうなだれた頭には『意志』というものが感じられない。
 ヴィフが彼の名誉のためにブロイスと争っているにも関わらず、反応を示さない。
 「時間…ですか?」
 ヴィフがブロイスに詰め寄りながら訊ねる。
 「そうだ。『セロ』と『アグネア』の両船が手に入った以上、ためらっている理由はない。直ちに王国を『解体する』作業に移る。形式や、まして感傷に浸っている暇など我々にはないのだ。同志ヴィフ」
 「しかし…」
 「今すぐこの男を『処刑』することもできるが、それは我々が悲願を達成する日を迎えてからでもよかろう。むしろこれは温情というものだよ」
 ブロイスは表情一つ変えない。
 「情を捨てたまえ、同志ヴィフ。確かにキミの優しさは美徳だが、戦いには無用だ。…一生捨てたままでいろとは言わない。大義の成就の日まででいいのだ。…それも今となってはほんのわずかな時間だ」
 「…」
 ヴィフは押し黙る。
 「考えてもみたまえ。今や我らレジスタンスは戦前種を3つも手に入れた。2隻の空中戦艦と、あの女教授。王国を制するのに何の不安もない」
 「…先生はレジスタンスのものじゃありません。協力して下さってるだけです。お弟子さん達の体が見つかるまで…」
 ヴィフが反射的に抗議するが、ブロイスは動じない。
 「問題ない。BOTにされたその『弟子達』は見つからない。…いや、見つかる。死体でね」
 「何ですって!」
 ブロイスの言葉に、ヴィフが跳び上がらんばかりに驚く。
 「蘇生不能になった弟子達の死体を見せてやれば、あの女教授は間違いなく復讐の鬼となって王国を襲うだろう。そしてその身が砕け散るまで戦ってくれるはずだ。いささか扱いにくい女だが、我々にとってこの上ない戦力には違いない」
 「どういうことなんですか議長殿! 先生のお弟子さん達が死ぬって…どうして分かるんですか!」
 「…『ウロボロス』さ…」
 いきなり、クローバーの声が拷問室に響いた。
 「…船長?!」
 「『議長殿』はウロボロスとつながったんだ。そうだろう? ブロイス?」
 両腕を拘束され、顔を床に向けたままで、クローバーは目の前の男に問いかける。
 「そうでもなきゃ、ある日突然『セロ』を手に入れたり出来るはずがない。…そして『BOT屋』こと『ウロボロス2』と同盟を結んだ、そんなところだろう」
 クローバーがぐい、と顔を上げ、屈従の姿勢からブロイスを睨み上げる。
 「…だって…『ウロボロス』って王国の組織じゃ…?!」
 ヴィフがもう、訳が分からないという風情で首を振る。
 が、ブロイスは相変わらずの無表情。
 「その通りだ、クローバー。…いや『先輩』と呼ぶべきかな? 今や私が『ウロボロス6』なのだから」
 無表情。
 逆にクローバーの目に炎が灯る。
 「…教会だな…? 俺が盗んだ『アグネア』を取り戻すために、どこかで新たに発見した『セロ』をエサにしてお前を釣った、というわけだ。…相変わらずだな、あそこの連中のやることは」
 「利害の一致、というヤツだ」
 ブロイスがクローバーを見下ろす。
 「教会は、長く続きすぎた王国の支配にくさびを打ち込みたがっている。9つのウロボロスを一つにまとめ、そっくり教会の指揮下に移す。そうなれば王国は事実上、無力化されたも同然だ。『セロ』と『アグネア』があれば簡単な『作業』だよ」
 「…その功績で、お前は聖堂騎士団長様か」
 「『騎士枢機卿(カーディナルナイト)』だ。…『法王』とまでは、まだ言うまい」
 「次期法王候補様に悔悟を聞いて頂けるとは、もったいなくて涙も出ねえ」
 クローバーの皮肉にもキレがない。
 「何とでも言いたまえ。既に他のウロボロスも、私の力を怖れて次々に同盟を求めて来ている。これを機に『皆で世界を変えよう』とね。彼らもまた、長い膠着の歴史に飽きているのだ」
 「『私の力』ね」
 「『私の力』だ。利用できるパワーを全て利用する。それこそがパワーだよ。BOT化されたあの女教授の弟子達…探し出してこちらに引き渡すよう、ウロボロス2に依頼してある」
 無表情。
 「それに同志ヴィフ、天津の、瑞波国の王女を保護したそうだな?」
 香の事だ。
 「は、はい議長殿。ヤスイチ…『アグネア』の医務室に保護しております」
 「見張りは?」
 「眠っておられますので、特に…」
 「付けろ。そしてアグネアの船内ではなく、指揮区画の独房に移せ。絶対に逃がすな。人質として瑞波を動かすもよし、王国に殺されたことにして、あの女教授と同じように瑞波を王国にけしかけるのも面白い。使い道は様々だ」
 「?!」
 反射的に抗議しようとしたヴィフよりも、しかし一瞬速く、
 「ブロイス!」
 クローバーの、凄まじい怒声がびん、と拷問室を揺らした。
 「貴様! 香姫様に指一本でも触れたら許さんぞ!」
 「許さなければどうするというんだ?」
 無表情。
 「それに、悲願達成のためには仲間さえ犠牲にしてきた私たちだ。部外者にどれほどの犠牲が出ようと、仲間の命より大切という事はあるまいに。違うかね?」
 「貴様の詭弁は聞き飽きた」
 「詭弁ではない。情を捨て、利用出来る物は全て利用する。目的達成のためにはそれが必要だ」
 やはり無表情。
 「同志ヴィフ、もういいだろう? この男は嘘つきで、今や負け犬だ。君の情に免じて即時処刑は保留するが…」
 ヴィフの表情は硬いまま。
 「その日まで、ここで拘束する。行くぞ。君は『アグネア』の出発準備に掛かりたまえ」
 それだけ言うと、ブロイスは拷問室を出て行く。
 ヴィフが一瞬、クローバーの目を見つめた。
 2人の視線が絡む。が、クローバーは無言。
 「…同志ヴィフ!」
 「…はい、申し訳ありません、議長殿」
 ヴィフはその形の良い唇を噛みながら、拷問室を後にする。
 若者の体がドアをくぐり、その背中がクローバーの視界から消えるまで、不自然なほどに長い時間がかかった。
 クローバーには、その時間の意味が痛いほど分かっていた。
 彼が、自分にどうしてほしいのかも分かっている。
 だが、クローバーは無言を貫く。
 ただ若者の背中を、そして彼の消えていったドアを、いつまでも見つめていた。


 「…どうしよう…」
 ヤスイチ号の医務室。
 ハナコは一人、自分のベッドに浅く腰掛けたまま、不安そうにつぶやいた。
 クローバーが拘束され、自分達がこの医務室に軟禁されたあの夜から、かなりの時間が経っている。ヤスイチ号は翌日にはどこかに停泊したようだが、それがどこなのか、クローバーが言っていた通り彼らの『基地』なのか、ハナコには何の説明もない。
 医務室の窓もシャッターが降りたまま。
 何度か食事と飲み物が届けられたが、スタッフは皆無言で、ハナコの質問に答えてくれる者はいなかった。
 香はあれから、ずっと眠っている。
 人形のように端正な顔も、毛布に包まれた細い体も、ぴくりとも動かない。呼吸もごくゆっくりとしたもので、一見すると本当に人形が横たわっているかのようだ。
 『世話役』を自認するハナコでさえ、時々不安になってその額や頬を軽く触り、そこに健やかな体温があることをつい確認してしまうほど。
 (…香さんが眠っている間は、ハナコがお守りしなきゃ…!)
 そう自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせようとする。
 だが、不安な気持ちは消えない。
 ハナコには、あの島で香やクローバー、翠嶺らに救助される以前の記憶がない。
 それは、いざという時にどう行動すればいいか、という知識や経験がない、ということでもある。
 ハナコに残されているのはだから、直感と本能に頼った行動しかない。が、それで本当に香と自分を守れるのか、クローバーを救い出せるのか。
 不安ばかりがつのる。
 (…翠嶺先生がいてくれたら…せめて香さんが目を覚まして下さったら…)
 もしそうだったなら、どれほど心強いかと思う。
 彼女達なら、その比類ない知識と経験、そして決断力と行動力を存分に駆使し、この状況を必ず打開してくれるだろう。
 だが今、彼女達はここにはいない。
 (…ハナコがやるしかないんだ…でも…)
 堂々巡りの間に、ハナコの不安は大きくなるばかりだ。
 ぽぉん。
 その時だった。医務室の扉が解錠される確認音。続いて、扉が音も無くスライド。
 次の食事にはまだ早い。 
 「…誰ですか…?」
 ハナコが思わず腰を浮かせる。
 そこへ踏み込んで来たのは武装した一団だ。
 「動くな」
 ハナコに剣を突きつけて制止させ、別の一団が担架を持って香のベッドに近づく。
 「な、何をするんですか!」
 ハナコが慌てて抗議するが、返事はない。
 「か、香さんに触らないで下さいっ! …船長さんは…? ヴィフさんはどこですか! あなた達は誰なんですか!」
 やはり返事はない。
 (…香さんが…連れて行かれちゃう!)
 ハナコの頭がかっ、と真っ白になった。
 それまで彼女の心を重く塞いでいた不安や困惑が、ほとんど一瞬で消失する。
 ハナコの心の奥に灯った超高温の炎が、不純物を一瞬で焼き付くしたのだ。
 炎。
 (…こいつら…!)
 それは『怒り』だった。
 (…こいつらは…!)
 燃え盛る、などというお優しい怒りではない。それは翠嶺の『熱線砲(ブラスター)』もかくやという、純粋な『熱塊』だった。
 「…でたな…悪者ぉぉぉぉっ!」
 ハナコの腕が無意識にがっ、と何かを掴んだ。同時に、その感触と重さが彼女に勇気を与える。
 「貴様! 動…」
 動くな、と言おうとした男は、最後までその台詞を吐く事はできなかった。
 ハナコがその腕でぶぉん! と振り回した『物体』が、彼の体を直撃したのだ。
 ぐしゃ! と、その体が壊れた人形のように弾け、担架を抱えた仲間数人をも巻き込んで、医務室の壁際まで吹っ飛んだ。
 「香さんに、触るなあ!!!」
 ぶぉん! と二振り目。
 眠ったままの香を抱え上げようとしていた2人が、同じく軽々と吹っ飛ばされる。
 「こいつ!」
 扉の側で後詰めをしていた2人が、慌てて剣を抱えてハナコに迫る。
 そして、ぎょっとして止まった。
 二人の顔が強ばる。
 その顔に、『これ無理』という文字が浮かんで、消えた。
 彼らが見たもの。
 それはもう、言うまでもないだろう。
 『ベッドを構えたハナコ』だった。
 ぶぉん!
 三振り目。げしぃん! と、構えた剣ごと二人の男が吹っ飛ぶ。
 ハナコの、たった一人の戦いが始まった。


 両腕両足を拘束されたままでも、クローバーはほとんど熟睡することができる。
 戦士として鍛え抜かれた心身と、どんな時でも次の行動のために力を蓄えるという本能によるものだ。
 そして熟睡状態であっても、異常があれば即座に覚醒し、行動することも同時に、可能だ。
 そのクローバーの神経が異変を捉え、彼の心身に覚醒を促した。
 カチャ。
 拷問室の鍵が開く音。戦前種であるヤスイチ号のハイテクなそれとは比べ物にならないが、それでも頑丈さには定評のある鍵だ。
 そっと開かれた扉から滑り込んで来たのは、クローバーが予想した通りの人物だった。
 「…ヴィフ」
 「…」
 慎重に扉を閉めた若者はしかし無言で、クローバーの方を見る事もせず俯いたまま。
 「…」
 クローバーも無言のまま、ヴィフの俯いた顔を見つめる。
 重く、濃密な時間が流れた。
 無言の中に込められた意志だけが、狭い部屋に静かに溜まっていくようだ。
 「…どうして…」
 その沈黙を破ったのは、やはり若いヴィフだった。
 「…どうして、何も言ってくれないんですか…船長…」
 そこで初めて、ヴィフの目がクローバーの目を見る。だがその目には力は宿っていない。
 不安と、迷いに満ちた目は、誰かに何かを伝えることはできない。
 「…船長!」
 「…甘えるな、ヴィフ」
 今までヴィフが聞いた事もない、厳しい声が響いた。びく、と、ヴィフが叱られたかのように体をすくませる。
 「俺はお前に、香様とハナコちゃんの身柄を頼み、お前はそれを引き受けた。俺のやるべき事はそれで終わった。後はお前だ」
 「…」
 ヴィフが再び俯く。葛藤と言う名の嵐が、若者の胸を掻きむしっているのが、彼を見守るクローバーにもはっきりとわかる。
 クローバーとの約束を守るなら、ブロイスの命令に背く事になる。
 逆にブロイスの命令に従うなら、クローバーとの約束は破らざるをえない。
 だが、ヴィフという若者はその優しさ故に、答えを出す事ができない。
 だから答えを探しに、いや、答えを『もらいに』来たのだ。
 だが、クローバーは彼に答えを与えない。
 「俺たちはもう、船長でも部下でもない。献身と支援の相方でもない」
 「…」
 ヴィフが再び俯いた。
 彼にも分かっているのだ。
 あの夜、空の上で、クローバーとヴィフは決別した。ヴィフはクローバーの過去を許せず、彼を裏切り者と呼んだ。そして叫んだのだ。
 『子供扱いするな』、と。
 だからヴィフが今この部屋に、クローバーから『答えをもらいに』来るのは甘えでしかない。
 「…自分で考えろ。自分で悩め。…内臓が千切れるほど悩め。そして、自分で決めろ」
 クローバーの声は変わらず厳しい。
 だが、そこに限りない思いやりが込められている事を、誰よりもヴィフは理解できた。
 「悩まず、疑わず…自分を騙して突き進んだ…俺のようには、なるな」
 その思いやりが決して上辺だけのものでないことも。
 ぐっ、とヴィフが何かを飲み込む音。
 「…夢なんです…」
 ヴィフがもう一度顔を上げた時、その目は涙に濡れていた。
 「…母の…夢なんです…。もう一度…奪われた故郷の屋敷で…お茶会をするのが…」
 きしむような声。
 「父はあの日、市民に首を刎ねられました。僕が生まれ育った屋敷は焼かれ、花壇は踏みにじられた…」
 涙に濡れた瞳は、もうどこも見ていない。
 「母は幼かった僕を連れて、必死でアルベルタの親戚の家まで逃げ延びて、その屋根裏部屋にかくまわれました。薄暗くてカビ臭い部屋で、何年も…。それで病気になって…僕がプリーストになったのは、母の体を支えたいからだった…」
 貴族の座を追われた、金も力も無い母子がたった2人で、人の善意にだけすがって生きて行く事が、奇麗事で済むはずもない。
 子供が決して見るべきではないことを、彼が見てしまう事もあったろう。
 クローバーは何も言わない。それは過去に、ヴィフの口から何度も聴いた話だ。
 何度も。何度も。
 辛い過去と、ささやかな夢の話。
 しかしその過去と夢こそが、この若者を支えて来たのだ。
 その経験を積み重ねて、今の優しい若者になったのだ。
 ヴィフがポケットから鍵を出した。クローバーの枷の鍵だ。
 まず左の足かせを外す。
 「…ヴィフ…」
 「…僕にはまだ分かりません…」
 その声は泣き声。しかし、ためらわずに左の足かせも外す。
 「…でも、こうしなきゃいけない気がするんだ…こうしなきゃ…」
 自分に言い聞かせるように、右手の手かせを外そうとして、その手が止まった。
 「…鍵が…合わない…!?」
 涙に濡れたヴィフの顔が白くなった。
 「…ブロイスか。…ハナからお前を信用してなかったな…」
 クローバーが吐き捨てる。
 「その通りだ。…失望したよ、同志ヴィフ。いや、もう同志ではないな」
 扉が開いた。
 クローバーとヴィフには、もう見なくても分かっていた。
 部下を連れたブロイスが拷問室に入って来る。
 「ヴィフ、お前を逮捕する。…いや、クローバーと一緒に、この場で処刑するとしよう」


 「う、りゃああああ!!!」
 もう何振り目になるのか、ハナコがベッドを振り回し、レジスタンスの男達を吹っ飛ばした。
 ハナコのたった一人の戦いはまだ続いていた。
 が、そろそろ終わろうとしている。
 ハナコの敗北で。
 確かに、ハナコには怪力がある。昨日、ハナコがベッドを振り回した際は、確かに古兵のクローバーさえ退けた。
 だが、それはあくまで彼らがハナコを傷つける気がなかったからだ。
 クローバー達はハナコを保護する事を最優先に、武器を一切使わなかったし、強力なスキルも使用しなかった。
 だが、今回は違う。
 最初こそ、不意をつく事で数人を倒すことができたものの、完全武装した彼らはダメージを回復すると直ちにハナコを『殺しに』来た。
 振り回される巨大なベッドの隙をつき、剣で、また短剣でハナコの腕や脚を狙って来る。
 プリーストによる防御呪文をかけて突っ込まれれば、ベッドの一撃といえども相手を制圧するのは容易ではない。
 ましてハナコは何の戦闘訓練も経験もないのだ。怪力だけの戦いは所詮、長くは続かない。
 「…きゃ…!」
 一瞬、ハナコの足がもつれ、振り回していたベッドの勢いが弱まる。
 (…まずい…っ!)
 ハナコの焦りはしかし、やはり見逃してはもらえなかった。
 だっ、と突っ込んで来たモンクらしい男が棍棒でハナコの腰をぶん殴る。
 「が…っ!」
 むしろ剣ではなかったため打撲で済み、骨折もしなかったから幸いとも言えた。が、彼女の戦いを終わらせるには十分な一撃。
 たちまち抑え込まれる。
 「は、放せえっ!」
 怪力を発揮して振りほどこうともがくハナコの顎が、がん、と殴られた。
 ぐらん、と頭が揺れる。
 いかに怪力の持ち主でも、体は普通の女性のものだ。顎を殴られ、その反動で脳を揺らされるともうアウトである。
 「…ち…くしょ…う…」
 殺される、と思った。
 涙が出た。
 せっかく香や、クローバーや、翠嶺や、ヴィフ達が助けてくれたのに。
 いい人たちが皆で、自分を助けてくれたのに。
 また悪者にやられて、今度こそ殺されてしまう。
 そう思うと、悔しくて悔しくて、ひたすら悔しかった。
 そして、自分の事を『友達』と呼んでくれた香を、約束した通りに守ることができないことが情けなくて、申し訳なくて、ただ涙があふれた。
 「…香…さん…」
 必死に力を振り絞り、香のベッドを見上げる。
 その目がしかし、ぽかんと開かれた。 
 「香…さん…?」
 ベッドの上で、香が『起きていた』。
 腰から上半身をぴん、と垂直に立て、顔を正面に向けて、その闇色の目をぱっちりと開いている。
 その顔がゆっくりと、ハナコの方を向いた。
 何だか、操り人形のような不自然な動き。
 その目がハナコの視線を捉える。
 唇が動いた。
 
 「『ハナさん』、今助けるから、動いちゃ駄目だよ?」

 『香』の姿で、『香』の声で。
 『香ではない誰か』が言った。


 名前を呼ばれたヴィフは、しかしもう何もかも分かったという様子でゆっくりと振り向いた。
 「ブロイス議長…」
 「備えあれば憂い無し、だね、ヴィフ君。君がこうするのではないかと、用心していた甲斐があったよ」
 表情は無表情だが、自分の考えが図に当るとさすがに嬉しいのか、饒舌さに拍車がかかっている。
 「ルーンミッドガッツ王国を打倒し、奪われた領地を取り戻して貴族に返り咲く。…夢が叶う寸前だったものを、バカなことをしたものだね」
 ブロイスに皮肉を言われても、しかしヴィフの表情は意外にも平静だ。
 「…知ってるんだ…」
 「何?」
 「…知っているんです、僕は」
 ヴィフがブロイスの目を見返した。
 「貴族だった僕の父が殺された日は今、故郷の『祝日』なんです。民を苦しめ続けた『暴君』が倒された日だって」
 「…ほう」
 ブロイスは興味なさげだが、ヴィフも別に聞かせるつもりで喋ってはいない。
 「…父は確かに、良い領主じゃなかった。…いえ、はっきり言って悪い領主でした。税金は重く、その金は自分の…僕たちの贅沢に使われた。奇麗な女性にも目がなかった。家来達も町で市民をいじめてた…僕には優しい父だったけど…でもやっぱり、恨まれて当然の人だった」
 辛い告白を続けながら、しかし反対にヴィフの声に力がこもり始める。
 「僕のために苦労してくれた母の、夢をかなえてあげたい。失われた僕の少年時代を取り戻したい。…でも、それが人々に悪夢を蘇らせるだけだったら…僕は…」
 「…ヴィフ君、結構な演説だが…」
 「静かにしろ、ブロイス」
 クローバーが、とてつもない威圧を含んだ声でブロイスの茶々を遮った。かつて『死神』と異名を取った男の迫力だ。さすがのブロイスが一瞬黙る。
 「…僕は…貴族になんかならなくていい…」
 ヴィフの目から涙が消えていた。
 この優しい若者は今、決別しようとしていた。
 優しいだけの自分、流されるだけの自分に別れを告げようとしているのだ。
 薄暗い屋根裏部屋でうずくまるだけの自分を捨て、その若々しい翼を広げようとしているのだ。
 それを邪魔したり、茶々を入れる事は許さない。
 クローバーは両腕を拘束されたまま、深くそう決意していた。
 「…ブロイス議長。クローバー船長を処刑し、翠嶺先生や香さんたちを利用するというあなたの決定には従えません」
 ヴィフの声が、意志の力で響く。 
 「僕は貴族に戻れなくても…戦士としてずっと未熟なままでも…」
 その瞳が、意志の力で輝く。

 「…それでも! 僕は『卑怯者』にはなれません!」

  ヴィフの見えない翼が、その場にいる全ての者の頬を打った。
 「…殺せ」
 無表情な命令が拷問室に響く。だがもう一つの声が、その声をかき消した。
 「ヴィフ! 俺を自由にしろ! 鍵が無いなら手首を喰いちぎれ!」
 クローバーだ。
 声もさることながら、その内容もまさに壮絶。
 だが。
 「はい、船長!」
 ヴィフは一切のためらいなく、その言葉を『受けた』。頑強な手かせに拘束されたクローバーの手首に噛み付き、口から溢れる血を拭いもせずに深く、深くその歯を突き立てる。
 同時にクローバーも、全身の力でその腕を引っ張る。ヴィフが噛み付いて作った『裂け目』から肉が、腱が、骨が、ばりばりと音を立ててちぎれていく。
 常人ならそれだけで気を失うほどの激痛だろう。老人子供なら、そのショックで死亡してもおかしくない。
 だが、クローバーはそれこそ眉一つ動かさない。あのフールのように痛みを感じない身体というならともかく、これは尋常の忍耐力ではなかった。
 『献身者(ディボーター)』。
 戦場で、他人の傷と痛みを自分の身体で肩代わりする、それは守護の戦士の称号だ。
 そうして生きた日々が、彼の心と身体をこのようにしたのだろう。
 身体の傷も、痛みも、決して消す事はできない。だがそれよりも大切なものがある時、人は痛みを『超える』ことができる。
 「ぅおおおおお!!!!」
 クローバーが吼えた。ばきん! ぶちぶちぶちっ! 耳を覆いたくなるような音が響き、ついに手首が千切れた。
 即座にヴィフがそれを拾い、元の位置にくっつける。吹き出す鮮血で凄まじい有様。
 「ヒール!」
 治癒呪文。『パッシブヒーラー』ヴィフの途切れない治癒力が、クローバーの傷を猛烈な勢いで癒していく。
 「こっちもだ! ヴィフ! 急げ!」
 クローバーが若者を怒鳴り上げた。『死神』と呼ばれた男の、手加減無しの怒声。
 当然ながら、ヴィフが憎いわけではない。
 クローバーはこの若者を認めたのだ。
 教え導き、かばい守る者ではなく。
 共に戦い、共に死ぬ者として。
 「殺せっ!」
 一瞬、あっけにとられていたブロイスと部下が、やっと我に返ったように2人に襲いかかる。
 クローバーの手首に噛み付いたヴィフの、やや華奢な背中に剣が降る。
 それを、自由になった方の腕でかばおうとするクローバーにも、短剣の斬撃が浴びせられる。
 クローバーは足元に転がった足かせの鉄球を蹴り上げ、腕を振り回し、腹の底から怒声を絞り出しながら敵を威嚇した。
 「貴様ら! ヴィフに手を出すな!」
 敵の剣すら鈍らせる、血と鉄の匂いの中で生きて来た男の裂帛の気合い。

 「俺の『息子』に手を出すな!」
中の人 | 第七話「Wings」 | 17:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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