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外伝『Tiger Lily』(2)
  鬼の里を逃げ出した咲鬼が、必ず天津・瑞波へ向うと予測し、石田の港で待ち伏せていた『鬼』は案の定、乱鬼一人ではなかった。 複数だ。
 その一団のリーダーは『逆鬼』といい、経験と鍛錬を積み重ねた、鬼の里の幹部の一人である。
  乱鬼が咲鬼を発見・確保しようとするのを、無代と香によって阻まれた時、リーダーの逆鬼は露店街の外にいた。知らせを受けた彼が知らぬ顔で現場に急行して みると、咲鬼、無代、そして香(逆鬼は無代、香の名前も素性も知らず、ただ若い夫婦者と見た)の三人が丁度、露店の店じまいの最中だった。
 香が、通りがかりの若いアコライトにいくばくかの小銭を渡し、傷ついた無代の治療を依頼する。露店街にはこうした、修行のために仕事を求める冒険者が数多くおり、安価でそのスキルを用立ててくれる。
 無代がヒールの光に癒されている間に、香がてきぱきと肉まんの露店を片付け、荷物をあっという間にカート一つにまとめる。周囲の人々には、小柄で痩せぎすながらよく働く娘、とでも映るだろう。香には、顔面の筋肉を操作して容貌を変える技術もあるが、今は使っていない。
 が、もし万一香の顔を知っている者がこの様を見たとしても、まさかそれが『瑞波国の姫君』とは思いもしまい。
 逆鬼も当然、そんな事は考えつきもしない。
 無代へのヒールを終えたアコライトが、今度はワープポータルを使う。これも料金の内、なのだろう。カートを引いた無代と香、そして咲鬼の三人がたちまち、転送の輪の中に消えた。
 「…」
 それを見届けた逆鬼は、また何気ない風を装ってアコライトに近づき、
 「すんでのところでツレの三人組と入れ違ってしまってね。彼らはどこへ行ったのかな?」
 言いながら、アコライトの手に金を握らせる。香が先ほど払った金の、およそ数倍。
 『瑞波の首都、瑞花の街』
 それだけ聞き出すと、逆鬼は短く礼を言って露店街から出た。早足で街を突っ切り、港に近い、とうに潰れた茶屋の一つに入る。
 扉を一歩入るや否や、薄暗い店内にざっ、と人影が満ちた。どこからか集まった、配下の鬼達だ。
 「瑞波」
 「町外れの料理屋・泉屋の店主で『無代』」
 短い時間で集められた情報が、これまた短い時間でやりとりされる。
 「…行くぞ」
 逆鬼が低く、短く告げる。返事はない。
 ただ、灯りもない店の暗がりの中、無言で立ち上がった男達のシルエット。
 『鬼』
 その数、三十。
 一夜とかからず、瑞花の街を廃墟にできる。


 瑞花の街に到着した無代と香が、咲鬼を案内してくれたのは、街の中心部から少しはずれた場所にある、一軒の小さな料理屋だった。
 看板は『泉屋』。
 「俺の店なんだ。おーい、戻ったぜー」
 無代はちょっと自慢そうに言いながら、店の暖簾をくぐる。
 「親方、お疲れー」
 「おかえりなせー親方ー」
 夕方からの開店準備中だったらしい、店の中やら厨房やらから、店員達が次々に顔を覗かせて無代を出迎える。男女とも若い連中が多いが、中には明らかに無代よりも歳上の者もいた。
 「親方…ってその娘さんは?」
 「おう、この子はな…」
 無代が説明しようとする前に、
 「親方…まさか『隠し子』!」
 「何いっ!」
 「…いつかやると思っていた! 予測はできていた!」
 「ようじょ…ようじょ!?」
 「つまりオレの嫁という事だな?」
 「いやいやオレの嫁だろ?」
 あっという間に人だかりができる。
 「うるせーお前ら! まず人の話を聞かんかー!」
 無代がキレるが、店員達は知らん顔だ。
 「だが待ってほしい。私の『妹』という可能性もあるのではないか」
 「既に『お姉様』と呼ばせることが決定しているアタシに隙はなかった」
 「ちょっと誓いのロザリオ買って来る!」
 女店員といえども容赦がない。無代がいくら言っても止まらない。
 「…こほん」
 ぴた。
 その騒動を、咳払い一つで見事に治めたのは、香である。
 「…失礼しました〜」
 「さー仕事仕事っと」
 「お嬢ちゃん、ごゆっくりねー」
 店員達が一斉に、潮が引くように持ち場に帰って行く。この現金さには、無代も怒るより苦笑。ちなみに店員は皆、香の素性を薄々知っているのだが、この怖れられ方はただ香の身分によるものだけではない。
 怒らせてはいけない人間が誰であるかぐらい、彼らにだってわかるのだ。
 「すまねーなーもう、うるさくってさ。さ、座った座った。今、温ったかい物持って来るからな」
 成り行きに呆然としている咲鬼を、無代は奥まった席に座らせる。
 本当にすぐ、ほかほかと湯気の立った食事が運ばれて来た。鬼の里にいた頃でさえ、見た事もないような献立だ。
 「さあ喰え。残しやがったら承知しねえぞ?」
 咲鬼の正面にどかっ、と座った無代が笑顔で勧めて来る。
 咲鬼にだって『見ず知らずの人についていって、食事を食べさせてもらう』事の意味ぐらい分かるし、例えばこの食事に何か余計なモノが入っていて、気がつけばどこかに人身売買、となる可能性がないわけではない。
 しかし咲鬼はもう、目の前の若者をとことん信用するつもりだった。
 咲鬼から見てさえ『大丈夫なのかこの人』と思ってしまうぐらい、無茶で無鉄砲な若者。咲鬼と出会ってからでさえ、二三度死んでいても不思議ではない。
 よく見れば、顔だの手だの肌の見える所は至る所傷だらけだし、首に至っては『一度千切れたような』痕まである。この調子じゃ、見えない所はもっと凄いはずだ。恐らく、これまでもあんな無茶苦茶な事を繰り返しながら生きて来たのだろう。
 そして自分の方が痛いはずなのに、何よりもまず先に、誰かの頭を撫でるのだ。
 そして『大丈夫』と言うのだ。
 だからもう、咲鬼はこの無代と言う若者を信じる事に決めていた。
 「い…いただきますっ!」
 店の奥の店員達にも聞こえるように、思い切り大きな声を出して、箸を握って食べ始める。
 「美味いだろ?」
 無代が聞いて来る。
 「はい! 美味しいですっ!」
 皆に聞こえるように。
 大きな声で、笑顔で。
 「すごく美味しいです!」
 だってそうしないと。
 泣いてしまいそうだから。
 本当に暖かくて、美味しくて、嬉しくて、だから泣いてしまいそうだ。
 時々、店の奥から代わる代わる店員達が顔を覗かせて、咲鬼の様子をうかがって行く。それに、笑顔で応える。 
「…」
 だが、なぜか正面に座った無代は、少し不満そうな顔をしていた。なぜそんな顔をするのか、咲鬼には理解できない。
 (…嬉しがり方が足りないのかな…)
 そう思うのだが、これ以上はしゃいで見せるのも何だかわざとらしい。
 「…お代わり?」
 「は、はい! いただきますっ!」
 無代に茶碗を差し出すと、また大盛りの飯とおかずが運ばれる。
 ちょっと苦しくなるほど食べて、飛び切り大きな声でごちそうさまを言った。 
 「…ん。お粗末」
 言われた無代は相変わらず、何だか不満そうな顔。
 「…あの…無代さん…?」
 恐る恐る声をかけてみる。
 「…あー、お前さ」
 無代が咲鬼の目をじっと見て、何か言おうとした時だった。
 「おう、邪魔するぜ」
 びん、と低く声を響かせて、一人の男が泉屋の店の暖簾をくぐるのが見えた。
 くだけた着流しに編み笠。腰には脇差し代わりの短棍が一本、無造作にぶち込まれている。ということは刃物の持てない、モンク系の武人だろう。
 背丈はそれほどでもない。が、幅と厚みが半端ではない。その上に、何と言うかその全身からほとばしる精気、存在感のオーラといったモノがただ事ではない。
 「いらっしゃいませ」
 無代が立ち上がり、素早く応対に出る。
 「わざわざのお越し、恐縮に存じます」
 「なに、構わねえ。…嫁も一緒だ」
 編み笠の男が顎で後ろを指すと、そこにすらりと長身の、やはり傘を被った女性のシルエット。手に何やら荷物を抱えて、無代に軽くうなずいてみせる。。
 「奥の部屋、構わねえな?」
 「ご案内致します。…おし、今日はこの店、貸し切りだ! 暖簾降ろしとけ! チビ助、お前は後からおいで」
 無代が、客の傘と荷物を受け取りながら、一息に三つの声を出す。
 前半は丁寧に、目の前の武人とその後ろに控えた夫人に。
 真ん中は大きくはっきりと、店の店員に。
 そして最後に優しい声で、咲鬼に。
 そのどれも、別に『作った声色』ではない。自然に、出すべき相手に出すべき声と表情がある。
 咲鬼は、二人の客を案内して行く無代の姿を見送りながら、不思議そうな顔をしていた。
 だって咲鬼は今まで、あんな『豊かな表情と声』を持つ人に、会った事がなかったのだから。

 しばしの後、咲鬼は店員の一人に連れられ、店の奥の部屋に案内された。ふすまの向こうに声をかけると無代の返事があり、す、とふすまが開く。
 恐る恐る入った。
 床の間の前の上座に男。その隣に女。さらにその隣に、香と呼ばれたあの若い女性。そして入り口の脇に、無代が正座で控えていた。
 「そこへ座んな」
 無代に促されるままぎこちなく一礼し、男と女の前に正座する。
 「…お館様、奥方様。これが『咲鬼』です」
 無代が、上座の男女に咲鬼を紹介してくれる。
 「おう。…おめえさんが、善鬼の姪っ子かい?」
 「…は、はい」
 上座の男が、優しい声で話しかけてくれる。赤みがかった髪を無造作に整えただけの、厳つく威圧的な容貌。だが、こういう優しい顔をすると別な意味で、実に魅力的だ。
 「俺は『一条鉄』、これは嫁の『巴』だ」
 「…この瑞波の国のお殿様と、お妃様だよ」
 男の名乗りに、無代が註釈してくれる。が、咲鬼はきょとんとするしかない。
 「…?…??」
 「ま、信じられんのも無理はねえがなあ」
 上座の男、鉄が苦笑する。
 「おめえさんの叔父貴、善鬼の野郎は今、ウチの家来なんだがよ。ちょっと他所の国へヤボ用で出かけてて、すぐに帰れねえんだ。で、代わりで済まねえんだが、俺たちが来たってわけさ。そこの無代の知らせでな」
 『代わりで済まない』も何も、もしその話が本当ならば、目の前にいるこの男は『国家元首』で、隣の女性は『ファーストレディー』ではないか。それが咲鬼一人を出迎えるために自ら足を運ぶなど、いくら咲鬼が幼く世間知らずと言っても、にわかに信じられる話ではない。
 「…そうですね。どうしたら信じてもらえるかしら…?」
 上座の女、巴が微笑しながら首を傾げる。元々天津人ではないらしく、艶やかな金髪に鋭い美貌の持ち主。だが、その物腰には年齢相応の落ち着きと余裕がある。
 「ま、とりあえずアレだ。おめえさんたち『鬼』の事はよく知ってる。何せ善鬼の野郎が『はぐれ鬼』になった時、護ってたのが俺の前の嫁だからなあ…」
 「…あ」
 咲鬼が驚いた顔をする。その話は、咲鬼も母から聞いていたからだ。叔父であり、鬼の里でも最強と謳われた手練でもあった善鬼が、里の掟を破ったまま戻らなかった、遠い昔の話。
 「…まあ、こう言っちゃ何だが、善鬼のヤツは俺の元嫁に惚れててな。だがそれを護れなかった事を悔いて…その『娘達』を護ろうと、鬼の掟に背いて俺についてきてくれたのよ。その娘の一人が、そこの香さ。三姉妹の、真ん中だ」
 話を振られても、香は特に反応を返さない。冷たい美貌には表情がなく、咲鬼にも興味なさげ。
 「だからまあ、おめえさんの事情も大体分かる。…『女の鬼』なんだろ、おめえ? …だから一人で逃げて来た、だな?」
 「…」
 それは咲鬼にとって隠すべき事なのだが、もう隠しても無意味なようだった。
 それに、信じると決めたのだ。
 咲鬼は懐に大事に仕舞ってあった、母からの手紙を取り出した。す、と無代が寄って来る。
 「…いいのか?」
 「はい」
 咲鬼は無代の目を見て、はっきりと答えた。
 「母が、叔父に見せるようにと持たせてくれた手紙です」
 無代はしっかりとうなずき、それを受け取るとそのまま、両手で鉄に手渡す。
 「…読ましてもらうぜ」
 片手でそれを受け取った鉄は丁寧にその手紙を開くと、ぱらり、と広げて文面に目を走らせる。
 読み終えると、そのまま隣の巴に渡す。
 手紙は巴が読み、また丁寧に畳まれると、無代を介して咲鬼に返された。
 「…先に訊いとくがよ。おめえこの手紙、読んだかい?」
 鉄が咲鬼に訊ねる。
 咲鬼は首を振った。
 「いいえ。母が、お前は読んではいけないと」
 「…そうかい」
 鉄は一瞬だけ目をつぶると、かっ、とその目を開いた。
 「よっしゃ、分かった! 咲鬼って言ったな。よくまあ、たった一人でここまで来たぜ。辛かったろうが…もう心配いらねえ。善鬼の野郎は俺の息子も同じ男、その姪っ子ってんなら…何だ? ま、要するに『身内』ってことよ」
 がさっ、と上座を立った鉄が、どかどかと咲鬼の側に来て膝をつくと、わしっ、とその頭を掴んだ。
 「大丈夫だぜ。後は俺たちに任せな」
 ぐりぐり、と撫でられた。荒っぽいが、決して粗雑ではない。
 「何が来ようが絶対ぇ守ってやらあな。…やい無代、てめえ、ちゃんと『釣って』来たんだろうな?」
 「抜かりはございません」
 無代は即答。
 「この娘を連れ去ろうとしたヤツ、絶対追って来ると思いましたんで。露店から転送で跳んだ後、すぐに香に顔を変えて跳び戻らせて、様子を見させてました。そしたら、俺たちを送ってくれたアコライトに、直後に行き先を訊いてったヤツがいた」
 逆鬼である。それを香がさらに追跡し、鬼の溜まり場となった廃墟の茶店まできっちりと確認している。
 「来ますよ。今夜にも」
 「よっしゃ、おめえにしちゃ上出来だ。流のヤツは呼んであるな」
 「すぐ参上します、と」
 「さあさあ、そうと決まればまずお風呂ですよ」
 小難しい顔になった男どもを尻目に、巴がぽんぽんと手を打った。
 「女の子はいつでも奇麗にしておかないと。…無代さん、お風呂お借りできますね?」
 「沸いております。ウチの女衆に入れさせましょ…」
 「私が入れます」
 どん、と巴が宣言する。
 「は?」
 「女の子をお風呂に入れるの、夢だったのよ。流は男の子だし、静さんは私と一緒は嫌がったし…」
 「はあ…」
 無代が困った顔をするが、巴は構わず、
 「さあ咲鬼さん、お風呂お風呂。着物も奇麗なものに替えましょうね。うちの姫達の、昔の着物を持ってきたのよ」
 「あの荷物はそれですか」
 無代が苦笑する。
 「ま、その着物も、荷物の方も、もう役目は終えてる感じだしな。新しくしていただくか?」
 「…はい」
 「ん?」
 咲鬼の一瞬の迷いを、しかし無代は見逃さなかった。
 「どした? 言ってみな? 遠慮はいらねえ」
 「…」
 ぐっ、と一瞬つまったが、咲鬼は勇気を振り絞る。
 咲鬼の、わずかな荷物と一緒に持って来た着物。確かに汚い。確かに古い。確かに傷んでいる。
 でもそれは、あの老婆のものだ。
 あの老婆の、命と一緒に託されたものだ。
 だから咲鬼は無代や、この国のお殿様や、そのお妃様や、そのお姫様を前に、その話をした。
 こんな汚いモノを大事にしても、と馬鹿にされてもよかった。
 洗ったところで傷みすぎていて着る事も出来ない、無駄だ、と迷惑がられてもよかった。
 それでも、あの老婆の気持ちを裏切るよりましだった。分かってもらえないと覚悟で、懸命に、あの老婆との旅の話をした。
 「…だから…それを捨てないで下さい。自分で…自分で洗いますから。ご迷惑をおかけしませんから!」
 「…」
 咲鬼がそう言って頭を下げ、小さな頭を畳にこすりつけると、部屋の中に沈黙が落ちた。
 と、思ったらすん、と鼻をすすり上げる音がした。
 咲鬼がびっくりして顔を上げると、鉄が涙ぐんでいた。
 「…いい話だなぁおい…」
 「…よく話してくれました、咲鬼さん」
 国家元首とファーストレディーが、それぞれに感銘を受けた顔で咲鬼を見ていた。
 「それは捨てるなどとんでもないわ。…そのお着物、見せて頂けるかしら?」
 巴が優しく微笑むと、咲鬼からその着物を受け取った。
 木綿の、素朴な藍染め。汚れと傷みで、もう元の柄も良くわからないが、どうやら花の柄であるらしい。
 それは、老婆の嫁入り道具だったのだという。
 長い年月の間に傷み、もう着なくなっていたのだが、家族を襲った疫病の薬を買うために何もかも売り払い、残ったのがこれだけだったのだという。
 粗末でも汚れていても傷んでいても、それは一人の人間が生きた証だった。
 「まず、洗いましょう」
 巴が着物をひらり、と広げると、そのままふわり、と宙へ投げた。
 「?」
 咲鬼が不思議そうにそれを見上げた次の瞬間、
 「ファイアーボルト」
 巴の口から、魔法の呪文が紡ぎ出された。咲鬼も知る、全てを灼き尽くす炎の魔法。
 「?!」
 部屋の中が一瞬、真っ白に染まるほどの閃光。
 咲鬼の『鬼の目』だけが、宙に投げられた老婆の着物に、無数の炎の矢が襲いかかるのを捉えた。
 (…着物が…燃えてしまう!)
 だが少女があっ、と腰を浮かした時にはもう、全ては終わっていた。
 ふわり。
 老婆の着物が咲鬼の目の前に落ちて来て、畳の上に広がった。
 無傷。
 焦げ跡一つない。いや、それどころか…。
 「おお…見事なもんだなおい」
 鉄が感嘆する通り、着物は見事に蘇っていた。破れ・ほつれはそのままだが、長年の汚れが奇麗さっぱり消え去り、見えなくなっていた藍染めの柄が鮮やかに浮き上がる。
 『当代随一のボルト使い』と謳われた一条家の奥方・巴の神技。
 『灼雨』
 威力を極小に絞り込んだ炎のボルトを数万発、同時に射出して敵を釘付けにする離れ業を、『洗濯』に使うと言う発想は主婦ゆえか。精密にコントロールされた極微の炎が、老婆の着物に染み付いた汚れだけを焼き切り、浄化した、と言われて理解できる人間がどれだけいるか。
 だが当の巴には、その程度の芸は何ほどのこともないのだろう。
 「…百合…ですね」
 こちらも広げられた着物の柄を、感嘆の目で眺めている。
 藍色の地に、白く染め抜かれた百合の花。
 田舎の職人の素朴な手で、しかし力強く染められた大輪の百合が今、咲鬼の目に命を訴えかける。
 (…おばあちゃん…!)
 ぐっ。
 泣くまい、とこらえる。
 「…香さん」
 巴が、隣に座った香に声をかけた。
 「はい」
 それまで人形のように座っていた香が初めて、義母の声に応える。
 「このお着物、直せますね? 貴女なら」
 「…」
 言われた香はまず巴を見、次に畳の上の着物をじっと見た後、最後に咲鬼の後ろにいる無代を見た。
 咲鬼からは見えない角度で、無代がぶんぶんぶんぶん、と頭を縦にうなずかせる。
 『直してやれー!』
 という意思表示だ。
 「…はい。お義母様」
 「ありがとう、香さん。では早速お願いします」
 香の表情からは何の熱意も感じられないが、やると決めた以上、ぐずぐずしないのが香だ。袖口から二本の長い針を取り出し(後で咲鬼が知った事だが、それは香の隠し武器の一つだった)、両手につまむと着物の側にうずくまる。
 一つ目、袖口の大きな破れをじっと見ていた香の手が、いきなり動いた。
 二本の針が凄い勢いで、しかし恐ろしいまでに正確に動き、破れ千切れた着物の糸をほどき、新たに撚り合わせ、そして織り直して行く。
  布の破れ口に新たな布を織り込む『かけはぎ』という修復法が存在するが、香のそれはレベルが違う。足りない糸の繊維を一本ずつ、他の場所から引き抜いてき て、新たな糸を再生するのだが、その時、藍染めの柄がきちんと再生されるように、繊維の位置をひとつずつ計算している。
 確かに理論上はやってやれないことはないのだろうが、問題はそのスピードである。人間業とは思えないほどに速い。
 香が瞬きもせずに針を奔らせる所、あっというまに傷はふさがり、ほつれは直り、百合の花が咲き誇る。
 それはもう『修復』というよりは『再生』に近い。
 「さ、ここは香さんに任せて、咲鬼さんはお風呂ね?」
 今度こそ巴が立ち上がり、有無を言わせず咲鬼を風呂へ拉致したのだった。
 
 「おおお、奇麗になったじゃねえか!」
 『泉屋』の広い風呂で、襷がけに腕まくり・鉢巻姿の巴に徹底的に洗われた咲鬼が巴と共に元の部屋に戻ると、鉄の大声が出迎えてくれた。香の姿が消えていたが、どうやら修復に集中するために別の部屋に移ったらしい。
 代わりに新たな男がいて、鉄、無代と何やら相談中である。
 「おっと、こいつが俺の義息子でな、『流』ってんだ」
 「あ…咲鬼と申しますっ!」
 咲鬼が慌てて正座し、頭を下げる。
 「一条流だ。よろしく頼む」
 重く応えた男はまだ若い。無代と同年代だろう。
 が、年齢より何より、とにかく『大きい』。
 背が飛び抜けて高いのに加え、腕も、胴体も、足も、首も、太い。といっても太っているのではなく、鍛えているのだ。
 顔立ちは整っており美男子と言えるが、この大きさと逞しさが加わると単なるハンサムの範疇を超えてしまう。恐ろしいほどの『漢っぷり』だった。
 「その着物…『静』のお下がりですか、母上」
 「そうよ。ちょうどぴったりだったわ」
 巴が自慢げに、後ろから咲鬼の両肩を掴む。男どもに見せつけよう、という格好だ。
 「…よく似合う」
 ふ、と表情を緩めた流が手を伸ばし、その大きな手でぽんぽん、と頭を軽く叩いた。
 見かけとは異なり、この若者も無代や鉄と同じ魂を持っていることを、咲鬼は敏感に感じていた。
 「んじゃ、そういう手はずでいいな、流?」
 「承知しました義父上。…しかし、繰り返しになりますが義父上御自らお出になる必要は…」
 「これはウチの身内の問題だ」
 鉄が、流の抗議をぴしゃりと遮る。
 「瑞波の国の問題じゃねえ。だから流よ、お前ぇも心しな。この件でケガしたり死んでいいのはウチの身内だけだ。天臨館のガキどもを訓練名目で使う事までは目つぇぶってやるが、ケガ一つでもさせたら承知しねえからな」
 「承りました。では手はず通りに。…無代、お前の店が少々、壊れるかもしれんが」
 「いいぜ」
 鉄の義息子というからにはこの流、瑞波の国の世継ぎ、つまりプリンスであるはずだが無代はタメ口。
 「石田の城下で良い物件があったからな。そこに支店出したら、どうせここは改装する予定だったんだ。少々なら壊してくれて構わんぜ」
 「で、一条家の金で改装しろ、というわけか?」
 「それはお心次第さ」
 そう言ってにやり、と笑い合う二人の若者は、どうやらかなり気心の知れた友人らしい。
 「問題ねえ。そんぐらい出してやる」
 その会話に割り込んだのは鉄だ。言うなり、懐からなにやら掴み出してぽいぽいと無代に放る。
 「おっ…とっと。こりゃ早速、ありがとう存じます」
 無代が受け取ったのは『切り餅』と呼ばれる小判の束。『狂鉄』こと一条鉄の金払いの良さは、瑞波の伝説の一つである。
 「そいつは改装とやらの手付けと、今夜の炊き出し代だ。美味いもの喰わせやがれよ」 
 「承知いたしましてございます。…よし、おいチビ助、お前も手伝え。働かざるものなんとやらだ」
 「…では義父上、私も指揮に戻ります」
 「おう。…抜かるんじゃねーぞてめえら。今夜は我が一条家挙げての…」
 鉄がにやり、と笑う。
 「『鬼退治』だ」

 真っ白な頭巾を被って、真っ白な割烹着を着て、咲鬼は『泉屋』の厨房の中をくるくると立ち働いた。
 包丁を握った無代が、時々大声で店員達を怒鳴りつけるのは、全員が咲鬼のその姿に和んで手が止まるからだ。
 「そういう親方だって和んでるくせにー」
 「自分たちにも和む権利を要求する!」
 「うっせー!」
 賑やかな中にも料理は進む。
 店員達が作る大量の握り飯や、様々な具を炊き込んだ稲荷、それに大鍋の豚汁やらうどんやらは、店の土間から直接ワープポータルでどこへやら運ばれる。
 そして無代の作る凝った料理は、奥の部屋の鉄と巴に。これは咲鬼が盆を持たされて運ばされるのだが、それが鉄と巴を多いに喜ばせたことは言うまでもない。
 その作業が一通り終わると、無代は店員のほとんどを店から帰宅させた。残ったのはわずか2人ほど。
 店の中にしん、とした緊張が満ち始めたその時だった。
  「…無代」
 姿を消していた香が、ひょっこりと厨房に顔を出した。
 「…来やがったか?」
 無代が聞き返すのへ、香がこくり、とうなずく。
 咲鬼の喉がごくり、と鳴る。
 続いて厨房に顔を覗かせたのは鉄だ。年齢を感じさせない、鍛え抜かれた身体は既にもろ肌脱ぎ。両手には使い込まれて丸く変形し、元の色が分からないほどに黒光りするナックルががっちりと嵌まっている。後ろには、肌も露な魔術師姿の巴。
 「おう無代、酒よこせ」
 「承知」
 無代が差し出す酒の徳利を受け取ると、ぐっと口に含み、
 「ふっ!」
 左拳に酒飛沫。
 続いて右。
 「うし! おう、咲鬼坊よ」
 「は、はいっ!」
 緊張する咲鬼に、鉄がにかっ、と笑いかける。
 「大丈夫、ちょっとの辛抱だからよ。…待っててくれや。な?」
 「はい…あの!」
 「ん?」
 咲鬼が精一杯の声を出す。
 「ご、御武運をお祈りしますっ!」
 「…おう! …よっしゃ巴!」
 酒の徳利をそのままぐい、と肩に担ぐと一同に背を向け、
 「…こりゃ負けらんねーぜ!」
 「はい…殿様!」
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