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第八話「Free Fall」(5)
   ごぉぉぉおおおおお!!!!
 無代の体が、遥 か地上へと落下して行く。
 その状態を例えるなら、猛烈な水量を誇る巨大な滝の中に放り込まれたような、というのが最もふさわしいだろう。息も出来 ず、指一本も自由に動かせないほどの圧倒的な圧力が、無代の全身に叩きつけられる。ただしこの滝の水は上から下ではなく、逆に下から上に『降って来た』。
 いや、そもそ も無代の身体に叩き付けられているのは水ではない。
 空気だ。
 地上2000メートルから落下する二人の、その身体に襲いかかるの は、想像を絶するほどの空気の抵抗そのものだった。
 (…息が…! 目が…!)
 無代はパニックを起こしかけた頭を、必死で落 ち着かせようとする。が、何とか一つ呼吸をするのが精一杯で、目は全く開けられない。耳も、それこそ鼓膜が千切れ飛びそうなほどの爆音に侵されている。そ して永遠に続くかと思われるほどの落下感。現代の絶叫マシンでさえせいぜい十数メートルと考えれば、その恐怖ときたら根性だけが取り柄の無代さえ『涙モ ノ』だ。
 (…畜生…このままじゃ! …このままじゃD1が!)
 無代は必死に頭を回転させる。彼の身体を守る防御呪文はまだ健在 だ。が、D1のそれは違う。既にあのBOTが放った銃弾の一撃で、その効果は消滅している。このままでは残ったわずかなバリア呪文のまま、D1の身体は地 面に叩き付けられるだろう。そこに待っているのは…。
 無代には、それを救う手段は無い。
 冷徹に考えれば一端ここでD1を見捨て、自分 が生き延びることを考える場面だった。元々無理な計画だ。成功率50%ならばむしろ上出来と考えるべきだろう。また無代さえ生き残っていればD1が墜死し たとしても、死体の損傷次第では死体を蘇生させられる可能性もある。
 しかし生憎と言うか何と言うべきか、無代という男にはそういう思考回路は備わっていな い。
 『欲張り』。
 無代がD1に自分で言った通り、それを一言で言い表すならそれだろう。
 (…何とかしな きゃ…何とかっ!)
 それはまさに『ど素人の足掻き』もいい所だった。しかも結果として無代ができたことといえば、その両手両足をめちゃく ちゃに振り回しただけだ。
 呆れるほどささやかな抵抗。
 それでも無代は、猛烈な空気の抵抗に翻弄されながら、自分の両手両足をひたすらに、力の 限り振り回す。それで何ができるとも思っていない。無様でも何でも、とにかく何かしなくては、ただその衝動のままに身体を任せているだけだ。
 何の価値もな い意地。何の意味も無い行動。
 しかし運命というものは往々にして、その『無意味さ』に『意味』を与える。反対の言い方を するならば、運命が意味を与えるのは『行動した人間』だけなのだ。
そして無代という男はこれまでも、そうやって運命をもぎ取ってきたのだ。
 必死に振り回 す無代の手に、何かが触れた。
 無代はとっさにそれを掴む。無我夢中、という言葉がこれほどふさわしい場面は無かった。
 (… 髪…?!)
 無代の、それだけは他人に自慢できる料理の腕、その基礎となる指の感覚が、脳より先にそれを感知する。この空の上で、振り回した手に触 れる髪の毛がD1以外のものであるはずはなかった。
 後先考えず、掴んだ髪の毛を引き寄せる。髪の毛を引っ張られたD1には痛みもあるだろう が、今は構っていられない。
 (…すまんっ!)
 無代はその腕に渾身の力を込める。だが、D1の身体を何とか引き寄せようとするその手を、 別の手が邪魔をした。
 D1だ。
 その手は決然と、無代の手を払いのけようとする。それは『自分は放っておけ』という意思表 示だ。
 (…な…!?)
 それを感じた無代の頭が、それこそ沸騰した。
 (ふ…ざ…けん なこの野郎!)
 腹の底からの怒りが、無代の全身に火をつけた。
 断っておくが、もし立場が逆であったなら、当の無代だってD1と 同じ事をした可能性が高い。『自己犠牲』という行為は、ケースによっては批判の対象ともなるものだが、真に差し迫った事態に陥った時、『自分を勘定に入れ ずに』行動できる人間は確かに存在する。
 無代も、D1も、まさにそういう人間だった。
 だが、今の無代 の頭はそこまで回らない。ただD1の行為に対する白熱した怒りだけがある。が、その怒りが逆に無代に力を与えた。
 D1の妨害を無 視し、その髪の毛を引っ張る。髪の毛の何割かが千切れる感覚る。命綱であるその髪の毛が、全て千切れてしまえば終わりだ。
 (…そんな ら…!)
 咄嗟の閃き。髪を掴んだ右手、その反対の左手を飛ばし、無代の邪魔をするD1の『腕』をがっしりと捕まえる。髪の毛よりはよほど頑丈 だ。
 ぐい! 無代がD1の身体を思い切り引いた。がつん! という激突の勢いで、二人の身体が密着した。
 (…! あぶね え!)
 無代の脳裏に危険信号。密着の衝撃が大きすぎると、それが『ダメージ』と判定され、無代の身体を守る『カウプ』の呪文が消失してしまう。… が、幸いにも呪文は健在。
 D1の身体を両手で抱きしめる。恐らく、女性を抱擁する場面としてはこの世で最悪のそれだろう。
 (…お、凄 え…)
 それでもカプラ嬢の頂点を究めた女性の身体だ。一瞬でもその感触を楽しんでしまう無代という男、意外と大物と言えるかもしれない。
 D1ももう抵 抗しない。当たり前だが、別に無代に抱かれてどうこう、という話ではない。下手に暴れて無代にダメージを与えると、これも無代にかけられた『カウプ』が消 えてしまう危険性があるからだ。
 無代が必死に身体を捌き、自分の身体を下にしようとする。落下の衝撃を少しでも和らげよ う、というのだ。が、スカイダイビングの技術も何もない無代のこと、ただジタバタするだけという無様な格好。
 (…畜生…!)
 何とか、何と かならないかともがく無代が一瞬、その目を開く。凄まじい風でまた閉じてしまうが、その一瞬。
 (…山?!)
 無代の目に映っ た、それは確かに『山』だった。山の頂上。もう目の前だ。
 落下地点がずれている。
 最高峰のスナイパーであるG1でさえ読み切れ なかった予想外の風か、あるいは無代とD1がもがいた結果か。ともかく、無代とD1の身体は予定の落下コースを外れ、湖の側に聳えていた岩山の、その頂上 付近へ向けて落下している。
 考えている暇はなかった。
 無代がD1の身体を思い切り抱きしめる。今度ばかりは楽しむ余裕などない。衝撃に備え る、その時間さえろくになかった。
 がつん!!!!
 無代の背中に衝撃。自由落下の超高速のまま、岩山の頂きに直撃した のだ。
 その瞬間、無代の身体に贈られた『カウプ』の呪文が、そのただ一度の効果を発揮。本来なら無代の肉体が粉々に砕けるほどの衝撃が、ほぼノー ダメージに抑えられる。
 (…止まれっ!)
 瞬間、無代が祈る。ここで落下が終われば、無代もD1もかすり傷で済む。
 だが、残念な がらそう上手くは行かなかった。岩山はまるで鉛筆の先のように尖った形状で、その頂上にピンポイントで突き刺さる危機こそ回避できた。が、落下はまだ止ま らない。
 がきぃぃぃん!!
 二人の身体が、激突の衝撃で跳ねた。そのまま湖に向けて落ち込む急斜面を、なす術も無く転 がり落ちる。崖にしがみつけるような速度ではない。その上に、湖まではまだ数百メートルを残しているだろう。
 カ! カカカカ カカァァン!!!!
 鐘を乱打するような金属音は、無代とD1の身体にかけられたバリアの呪文だ。このバリアは一定のダメージを殺した後、自 動的に消滅する。そうなれば、無代もD1も、まるでヤスリの上を転がる蒸し菓子のようにその身体を削られ、バラバラにされるだろう。
 ばん!
 D1を抱きし めていた、無代の右腕が肩から千切れ飛んだ。落下の途中で崖の岩に接触したのだ。
 バリアが切れている。
 凡人ながらもそ れなりに鍛えた無代の腕が、枯れ枝のようにあっさりと千切れ、回転しながら宙を舞う。
 「…がっ…!」
 痛みよりもま ず、衝撃と熱さが無代を襲った。
 「!」
 D1が、宙に舞った無代の腕を咄嗟の反射神経でばしっ、と捉まえたと見るや、素早く『元 の位置』にくっつける。
 びぃん!
 千切れた傷口をD1の治癒呪文が包み、奇跡の光が瞬時に切断面を癒着させる。今度は『カア ヒ』の呪文がその効果を発揮したのだ。身体にダメージを受けるたびに、一定の治癒効果を連続して発揮する呪文。
 だがその治癒力 には限度がある。傷はすぐには塞がらない。切り立った崖を、体を削られるように落下する二人に、新たなダメージが次々に襲いかかる。
 『カアヒ』が 激しく、連続して起動するが、治り切らないダメージが確実に蓄積していく。
 そして、魔力の蓄積がほとんどない無代の体から『カアヒ』の呪文が 消失した。
 がきぃぃぃぃんんん!!
 (…!)
 悪い事は重なる。凄まじい衝撃音と共に、無代とD1の身体が崖から 弾け飛んだ。無代が背負った『呪砕き』が、崖から突き出した岩と激突したのだ。
 二人の身体が崖から放り出される。
 「がふっ…!」
 無代がその口 から盛大に鮮血を吐いた。激突の衝撃で、背骨と内臓に甚大なダメージを負ったのだ。
 「…ヒール!」
 がつん! D1 得意の『気付け型』、反動は大きいが治癒力も猛烈なヒールが、無代の身体を治癒する。この状態で治癒呪文を唱えられる女性など、世界中探しても何人もいな いだろう。さすがカプラの最高峰、D1を名乗るだけの事はある。
 が、立て続けの『受難』に、さすがの無代も意識が吹っ飛びかけ、気管に残った鮮血で呼吸 もまともにできない。
 そして落下も停まらない。
 「…!」
 二人を守る魔法の盾はもう存在しない。落下速度は岩山への落下で大 幅に削られたとはいえ、このまま水面に激突すれば間違いなく二人とも助からない。
 耳が千切れそうな風切り音。それはもう、彼らへの鎮魂歌になろう としていた。
 (…ちきしょう…駄目か…っ!)
 さしもの無代の頭にも絶望の闇がさした。思えば、あの空の牢獄を飛び出してから、まだいく らの時間も経っていまい。そして残された時間はもう数秒。
 (…畜生…!)
 風で開けられない目を、無理矢理こじ開けた。
 どうせ死ぬな ら、最後まで己の運命を見届けたい。それが無代の最後の意地だった。
 「…ヒール! …ヒール!」
 D1がまだ叫んでいる。それが彼女の最後の意 地だと、無代にも分かる。
 無代の瞳に、湖の水面が見えた。自由落下という異常な状態が引き起こす、凄まじい精神集中のせいだろうか。まだそれなり の距離があるのに、美しく澄んだ湖水に泳ぐ魚の群れまで、くっきりと見通せる。
 (…ちくしょおおおおお!!!! 済まねえ静っ!…流! … 香…!)
 人生の走馬灯、そんなロマンティックなモノは、無代にはない。ただ白熱した頭の中で、仕えたばかりの年下の主と、友と、恋人に詫びた。
 美しい、しか し確実な死をもたらす水の境界線が近づく。
 さあっ…
 その鏡のようだった水面に突然、真っ白な円が出現した。それは、 ちょうど無代たちが落下しようとする場所だ。
 その白い円がもの凄い速度で、その直径を広げる。
 (…泡…?)
 こんな怪現象 に対して何の知識も持たない無代だが、しかしその直感は正しかった。
 それは確かに泡だ。
 湖の中から凄まじい勢いで噴き上がる巨大な爆発、それが引き 起こす余りにも巨大な泡だった。
 ど、ど、どどどどどどどど!!!!
 真っ白な円の中心が見る見る盛り上がる。まる で、落下する二人の身体を迎えるように、巨大な水の柱が天を目指して立ち上った。
 ざぁん!
 無代とD1、二人の身体がその水柱に包まれ た。衝撃。無代の両肩が脱臼し、D1の右膝がアメのように折れ曲がる。首は重度のムチ打ち症状。
 「…ヒール!」
 だが、彼女の意 地がそれを救った。D1が、ほとんど無意識に唱え続ける治癒呪文が、二人のダメージを回復させる。
 巨大な水の柱が二人の身体を捉え、そのまま崩 れ落ちていく。本来なら水面で砕け散るはずの二人が、湖の懐に抱かれるように落下した。
 ず、ず、ずぅぅううん!!!
 水柱が完全に崩 壊し、湖全体が激しく波立つ。岩山の切り立った崖に、激しい水しぶきが打ち付けられる。
 無代は、水柱に抱かれながら水中に落下する直前、咄嗟に鼻 と口を塞いでいた。水に落ちる時に、溺れないようにするため身につけた『芸』だ。
 彼の生まれ育った瑞波の国・瑞花の街は、街中に縦横に運河の走 る、いわゆる水郷である。故に瑞花に生まれ育つ者で泳げない者など一人もおらず、また水難を避けるために、この手の技術は子どもの頃から叩き込まれるの だ。
 ちなみに鼻をふさぐのは、鼻の穴から急激に入り込んだ水が耳に伝わり、内耳にある三半規管にダメージを与えるのを防ぐためだ。三半規管は人間 が上下左右を感知するための重要な器官であり、これが狂うと『どちらが上か分からなくなる』。泳ぎが達者な人間が、水中で溺れる最大の原因がこれなのだ。
 (…生きて る…!)
 水中で、無代ははっきりと自分の状態を意識した。左足の鋭い痛みは、水中落下の際に痛めたのだろう。水の中ではD1のヒールも届くま い。内臓もあちこちやられているようで、猛烈な吐き気と悪寒がある。
 (構うか…生きてるって証拠だ!)
 無代は内心で吼える。なぜあそこで湖が爆発 し、結果として自分たちが助かったのか。それは確かに異常事態ではあるが、今はどうでもいいことだった。
 (呼吸は…水面 までギリギリ持つ! …それよりD1…!)
 必死に抱きしめ続けたD1の、その身体が動かない。気を失っているようだ。
 起こしている 時間はない。
 (間に合え…!)
 片手でD1の身体を支え、足と片腕で水をかく。鎧が重い。咄嗟に脱げるものは脱いだが、背 中の『呪砕き』だけは捨てられない。
 湖全体をかき混ぜるような波はまだ収まっていなかった。その中では人間二人の身体など、そ れこそゴミのようなものだ。だが無代は、下町のガキ大将だった頃から身体に染み付いた泳ぎと、水に対する感覚だけを頼りに、水面に向けて必死に上昇する。 身体のダメージと、ただでもギリギリの呼吸がさらに苦しい。
 (…もう少し…もう…少しだ…!)
 酸素を求めて肺が焼ける。限界を超えた肉体活 動の猛烈なストレスで、脳が芯から白熱する。
 (…もう…!)
 がば!
 水面に出た。
 「っはああ あ!!!!」
 空気が甘い。今まで味わったどんな食べ物飲み物よりも、それは魅力的な味だった。その空気を思うさま呼吸しながら、腕の中のD1を抱 え上げる。
 息がない。
 「D1!」
 大声で呼びかけるが、その大柄な身体には生気がない。結い上げられ た燃えるような赤髪が、今は半分以上ほどけて水に揺らいでいる。
 「おいD1! …糞っ!」
 蘇生の施術が必要だ。心臓マッサージと人工呼 吸。だが…
 (…岸が…遠い!)
 無代は歯噛みせざるを得なかった。何とか水面に浮上したものの、その位置は湖のほぼ中央。 いかに泳ぎの達者な無代でも、かなりの体力を消耗した今、単身ですら岸にたどり着くのは難しいだろう。
 それでも、無代は泳いだ。
 鉛の塊を持た されたようなD1の身体を抱き、同じく鉛のように重い足と片手で水をかく。一分、一秒でも早くD1を蘇生しなければならない。
 (間に合わな い…くそ、間に合わない…!)
 焦りが泳ぎを乱し、D1を抱えた腕が外れそうになる。必死で抱え直すが、体力がさらに無駄 に消耗されてしまう。
 無代とてかなりの重症、それを意志の力で支えているだけだ。それが切れれば、二人とも水に沈むしかないのだ。
 (ここまで… ここまで来て…っ!)
 無代は、最後の意地に火を灯す。
 「…死んでたまるか畜生っ!」

 「その意気だ」

 その孤独な叫び に、応えがあった。
 「!」
 無代が仰天して周囲を見回す。
 (…人…?!)
 ワケも分からず 水面を見回した無代の目に映ったのは、一人の人間だった。

 「もう少しだけ 頑張るがいい。すぐそこまで行く」

 意志の強さを感 じさせる、張りのある声。
 女性だ。
 (…え…?!)
 さすがの無代も、状況を飲み込めない。あまりにも驚く事が多過ぎ て、自分が何に驚いているのか分からないほどだった。
 ここは湖の真ん中。
 だがその声の主は、
 (…歩いて る…?!)
 何と、『彼女』は水の上を歩いている。すらりと長い足を優雅に踊らせ、まるで野原を散歩するような風情でこちらに歩いて来る。
 だが彼女が何 者であろうが、水の上を歩けるはずはない。
 そうだ、『彼女』が歩いているのは水の上ではない。
 彼女が歩いてい るのは、『氷の上』だった。
 季節はまだ冬には遠い。なのに、湖の水が凍っている。
 ばき。
 ばき。
 ばき…ばきば ききききき!!!!!
 彼女の歩みの先、まるで冬の女神の御渡でもあるかのように、湖の水が一筋に凍り付いて行く。
 魔法だ。コール ドボルト。
 彼女の両手に握られた二本の槍が閃くたびに、無代が見た事さえない凄まじい凍気のエネルギーが荒れ狂い、湖の水を暴力的なまでの力で凍 らせるのだ。
 その技に『名前』があることを、この時の無代はまだ知らない。
 そして先ほど湖を爆発させ、彼らを救ったのが彼女であること を。
 その技にもまた『名前』があることを。
 『凍線砲(フリーザー)』。
 そして『熱線砲(ブラスター)』。
 無代がそれを 知るのは、ほんの少しだけ先の事だ。
 「…!」
 今の無代はただ、この正体不明の救いの手に縋り付くことしかできな い。体に残ったなけなしの力を振り絞り、氷の方へ泳ぐ。
 氷の道がその数倍の速度で、無代の方へ伸びる。
 「ふっ…!」
 無代の手が氷 の道に掛かった。全身の痛みと、手が千切れるほどの冷たさをこらえてよじ上る。その襟首を、女の力強い手が掴んで引き揚げてくれた。
 「…ありがと う…存じますっ!」
 礼もそこそこに、無代はD1の体を引っ張り上げる。これも、女の手が助けてくれる。
 蘇生。
 「…ぐっ… が…はっ!!」
 激しい咳と共に、D1が蘇生した。
 「げふ…ぜ…ぐ…ふ…っ!」
 肺にまで水が入っている。無代はD1の背中を 撫でてやるしかできない。
 「飲ませなさい。ゆっくりね」
 無代の前に、治癒薬の瓶が差し出される。
 「あ、ありがと う…ありがとう存じます!」
 無代が馬鹿のように礼を繰り返しながら瓶を受け取り、蓋を取ってD1にすすらせた。効果はてきめん、すぐにD1の呼吸 が落ち着き、体に赤みがさす。
 「大丈夫そうだな」
 女の、実にあっさりとした声。
 「あんな所から 人間が落ちてくるとは奇怪だが、まあ余計な詮索はすまい。では、私は行く」
 「お、お待ち下さい! まだお礼を申し上げておりません!」
 無代が大慌て でその後ろ姿に声をかける。
 風をはらむ、青い教授服。
 瀟洒な白い帽子。
 「礼などいらん。名乗るほどの者でもない」
 両手には見事 な長槍が二本。
 「申し遅れました! 私は天津・瑞波の守護職、一条家の小者で無代と申します! どうかご尊名だけでも!」
 ぴた。
 さっさと歩み 去ろうとした、女教授の後ろ姿が止まった。
 くるっ、と振り向く。
 鮮やかなエメラルドグリーンのロングヘアが、湖の風になび く。
 「…『瑞波』の…『無代』…!?」
 宝石を削り出したような美貌の、その瞳がまん丸になった。

 戦前種(オリジナル)・翠嶺。

 無代と、この希有な戦前種との、それが最初の出会いであった。
 『この世の全ての戦前種と知り合いだった男』 無代の伝説。その第二幕。
 そして翠嶺自身から、『人生で最も出来の悪い弟子』と言われ続ける不思議な師弟関係の、その始まり。
 『出会いとい う宝箱』がまた一つ、無代の前でその扉を開いたのだ。



 その街に、朝日 が昇る事はない。
 といって、月や星の光が届く事もない。
 永遠の闇。
 供を引き連れ、巨大な骸骨馬に跨がった『死者 の王』が今しも、街の広場を悠々と行進してゆく。
 彼らに果敢にも挑んだ冒険者はつい先ほど、一人残らず返り討ちに遭った。今頃はどこか明る い街の、どこかのセーブポイントに飛び戻り、ある者は絶望し、ある者は悔しさを噛み締めながらリベンジを誓っていることだろう。
 『死の街・ニブ ルヘイム』
 その街角の、ありふれた日常の風景の中に、『彼女』もいた。

  『N0(エヌゼロ)』

 カプラの魔、そしてカプラ社の相談役だった少 年が、『原初にして永遠のカプラ嬢』と呼んだ、その姿。
 制服こそ他のカプラ嬢と変わらないが、その容貌は闇に溶けたまま見えない。冒険者達の応対 のために、か細い声で決まりきった台詞を呟く他は、何一つ口にする事もない。
 …はずだ。
 だが今、誰一人として生ある者のいないこの 時、信じられない事が起きた。
 死の王の行進が、彼女の前にさしかかると、ふ、とその歩みが止まる。
 「…ご苦労で した、王様…」
 N0の唇から、ねぎらいの言葉がこぼれ出た。決まった台詞しか聞いた事のない冒険者達が聞けば、何が起きたかと仰天する だろう。
 だが驚く事はそれで終わりではない。
 死の王が、馬の鐙から足を外した。
 片手に持ったその巨大な槍の穂先を、す、と 真っ暗な天に向けて差し上げた。
 それは『礼』である。
 王たる者が、この街角のカプラ嬢に礼を尽くす、いかなる理由 があるのか。
 「…『私』を狙う者は増えるでしょう…。これからもお願いします、王様…」
 N0の願いに応えるように、死の王が槍を構え 直し、また行進を始める。
 「…とはいえ…急いで下さい…無代さん…」
 N0の、わずかに覗いた唇に、微かな笑みが浮かぶ。
 「…早く…こ こまでいらっしゃい…待っていますよ…」
 静まり返った闇の街に、世界一孤独な呟きが響く。
 「…でも…『娘 の彼氏』があまりモテ過ぎるのも、『母親』として心配ですけど、ね…」
 くす。
 くすくす。
 悲鳴と泣き声だけが似合うこの街角に、この時 だけはひどく可笑しそうな笑い声が響いた。

 つづく
中の人 | 第八話「Free Fall」 | 20:14 | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
Comment
うあああああ
痛い、あいかわらず痛いし怖い!
ワタシガコウショキョウフショウとしっての狼藉か・・・
あんな高いとこからスカイダイビングとか、死んでも死んでも生き返るとしてもイヤダ!!絶対無理だ!!死んだ方がましだ!(本末転倒すぐる笑

でもそんなガムシャラに頑張ろうとする姿が素敵すぐる!(*`・ω・)b

しかし。。。今回もあっちゃんは全体的に残念な子で可哀相だ・・・(爆笑

posted by (*´ヮ`*)ノ ,2010/06/05 11:14 PM

>(*´ヮ`*)ノ さん

 実は作者も高所恐怖症です(笑) 書いてて怖かった!

 …あっちゃんはねえ…(謎笑

posted by sizuru ,2010/06/06 2:17 AM










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