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第二話「The Sting」(1)
 ……伸びない背丈
 ……膨らまない胸

 ……薄っぺらい腰

 ……棒のような手足

 姉

 太古の英雄が振るう大剣のような姉

 妹

 名工が丹精したナイフのような妹

 私はそのどちらにもなれず

 この身をひたすら削って

 針のように細くするだけ

 ただ一度だけ

 ただ一人だけを

 深く刺せるように

 それで折れてしまっても

 その人の中に

 いつまでも残るように


 天津・瑞波の国。
 その中央を貫いて流れる大河「剣竜(けんりゅう)川」を、瑞波の人々は尊敬と畏怖を込めて「大剣竜(だいけんりゅう)」と呼ぶ。
 その「大剣竜」の下流、暴れ竜の首根を押さえるように建つ城が、静たち一条家の居城「三末(みすえ)城」。
 だがこの城も、別名である「見剣(みつるぎ)城」と呼ばれるのが通例だ。
 その城の異名は、一条家が大剣竜の治水に古くから取り組み、国を発展させてきた歴史への賛辞でもある。
 そして今や、天津でも有数の大都市となった城下町を、誇りを込めて「瑞花(みずはな)」と呼ぶ。
 大剣竜を飼いならす見剣の城、その下に花咲く瑞花の都、というわけだ。
 さて。
 その見剣城に、朝が来た。
 奇しくもそれは、遠く海を隔てたプロンテラの地で、無代と静が新たな冒険の幕を開けたのと同じ朝である。
 城の天主中層、城主の一族が揃って食事をする大広間。
 瑞花の町を覆う朝霧の上から、朝日が明るく差し込む。
 「おはようございます。お父様、お義母様」
 そう挨拶をして広間に入って来たのは、一条家の次女で静の姉、香(かおり)である。
 妹に比べて背はかなり低く、体つきは細い。既に成人しているが、体つきだけ見ると少女と間違えそうだ。
 背中に長く垂らした真っ直ぐな髪の色と、瞳の色は静と同じ漆黒。
 だが、人に与える印象は真逆である。
 静の黒が輝く黒曜石なら、香の黒は深い夜の色である。
 そして見る者を底知れぬ深みに引込む、精緻な人形のような美貌。
 静、香に長女の綾を加えた一条家の三姉妹は「日月星」と評される。
 眩しい火炎球のような長女は『日』
 天にきらめく宝石のような三女は『星』
 そして夜の闇を鋭く縁取る次女は『月』
 三姉妹が並ぶと、一番年下に見られることも多い。人はどうしても、姉や妹の陽性の魅力ばかりを重宝しがちなのだ。
 しかし人を見る目を持つ者が見れば、この次女もまた姉や妹に劣らない、恐るべき力と魅力を兼ね備えていることを知るだろう。
 「おおお、香! 目ぇ覚めたか! うーんと、十日ぶりか? 腹減ったろ? 今用意させるから……いや、俺の分を食ゃあいいや! さあさあ!」
 香の細い身体がびりびりと震えるほどの大きな声。
 そして満面の笑みで彼女を出迎えたのは、香の実父でもある城主・一条鉄(くろがね)。
 豪快、という表現がぴったりの厳つい風貌だが、こんな笑みを浮かべるとなかなかどうして、そこらの線の細い『イケメン』など軽く吹き飛ぶような魅力がある。
 さらに戦闘僧、モンクとして鍛え上げられた身体は、決して巨漢というわけではない身体をふた周りは大きく見せていた。
 「殿様ったら、十日ぶりのお食事ですよ。まずは重湯か何かからでないと……。おはようございます、香さん。さあ、こちらへ……もっとよく顔を見せて?」
 女性にしてはしっかりと通る、しかし十分に優しい声の主は、香の義母で鉄の妻、巴(ともえ)。
 無代の記憶に刻まれた、美しく賢い『てんじょううらのまおうのきさき』。
 時に冷たい印象さえ与える美貌。
 だがその落ち着いた物腰には、少々の事態はびくともせずに柔らかく受け止める「女の格」を感じさせる。
 夫の鉄を上回るほどの長身であり、また腰や胸には目を見張る豊かさもたたえていた。
 「はい、お義母様」
 素直にうなずいてそばに行き、畳の上に正座。
 巴は香の顔を両手で優しく包み、その目をじっと覗き込む。そしてその手を下にずらしながら、香の体を確かめるように撫で下ろしていく。
 「……また痩せてしまったわね。眠るまではだいぶ、しっかりした体になっていたのに……。気分は悪くない? めまいや、幻覚は? 歩くのはしっかり歩けたようだけれど……」
 「ふふ。はい、大丈夫です、お義母様」
 香は、義母を安心させるように微笑む。
 「心も落ち着いていますし、体もおかしい所はありません。食事も…普通に食べられると思います。すぐに元にもどります」
 そんな安直な言葉で安心してしまうような、単純な義母でないことは承知の上だが、特に強がりを言っているつもりはない。実際、心身にそれほどのストレスは感じていないのだが…。
 「だめよ。ただでもアレは心と脳に負担をかけるのに…その上に身体までいじめたら大変。しばらくは養生してもらいますよ? 香さん?」
 「はい、お義母様」
 内心で苦笑しつつ、香は大人しくうなずいた。
 義理の母である以上、亡き本当の母親の代わりにはならない。が、この女性の聡明さと想いが伝わらないほど馬鹿ではない。それに……。
 (私の『目』のことを知っていて、それでも平然と私に笑いかけることができる人)
 その強さを、真心を、今の香は理解できる。
 「おう、よしよし来た来た。重湯…というかな、少しは力がつくように鶏の出汁で…薄い粥だなこりゃ」
 運ばれて来た器を、鉄が自ら受け取って香のところまで運んでくれる。
 家族の距離がとても近い。
 これは天津の武士階級、それも一国一城の主の家となれば珍しいことといわねばならない。
 が、これは鉄と巴の経歴が関係している。
 鉄は若い頃、他国であるルーンミッドガッツ王国の軍人であった。王都プロンテラで同じ軍人の女性と結婚し、静ら姉妹を授かったのも、その妻を亡くしたのもプロンテラの士官用アパートだった。
 要するに、あまり格式張った生活をしていない。
 また妻の巴も元々、天津の出身ではなくルーンミッドガッツ王国の小貴族の娘である。
 そして彼女もまた鉄や鉄の妻と同様、王都の軍人であった。
 そのため二人とも、家族の距離は近い方が自然なのだ。
 そんな二人に見守られながら食事をするのは、すでに成人している香には少々くすぐったい。おまけに、人並み以上の体格を持つ二人に挟まれると、香の身体では本当に小さな子供にしか見えなくなってしまう。
 まあ、これも親孝行と思って黙って食べる。
 「お父様? 綾姉様と静の姿が見えませんが……」
 さっきから気になっていた姉と妹の不在を、食べながら尋ねた。
 「おお……綾はな、鍵抜山の麓の方でモンスターが湧いたってんで、退治に行ってる。もう治まったそうだが、しばらく逗留してあれこれ見させてるとこだ。道とか…水とかな」
 「静は?」
 香が尋ねたその瞬間。
 鉄と巴、両親が一瞬、視線を合わせた。本当に一瞬だったが、敏感な香はそれを感知する。
 (……?)
 気づかない振りをしつつ父の顔を見た。
 「おお、静は……な」
 ちょっと言葉を切った後、鉄は真面目くさった顔になると、
 「家出しおった」
 「……え?」
 香が虚を突かれた様子で固まった。珍しいことだ。
 一条三姉妹の次女である香は、姉妹の中で最も優れた頭脳の持ち主だ。
 書籍は一度読んだだけで全て記憶できるし、応用力も極めて優れている。
 さらには、その『脳』をさらに効率的に運用するための訓練を、幼少時から積んでいる。
 その香の能力を持ってして、一瞬とはいえ何を言われたのか分からない。それぐらい意外な回答。
 「家出、とおっしゃいましたか……?」
 「おう」
 鉄の悪ふざけかと思ったが、父の顔はあくまで真面目だ。
 それに、この近さで家族が嘘をついても、香にはすぐわかってしまう。
 「家出しおったぞ。先週だ。書き置きによるとだな、行方知れずの義兄……流(ながれ)のことだなこりゃ。その義兄を自分で探すから、ルーンミッドガッツのプロンテラへ行きます、とさ」
 「プロンテラ、って……」
 「あっちでな、無代のガキを頼るつもりらしい」
 がちゃん。
 香が、空になった粥の器を膳に置いた…というか叩き付けた。
 「香さん、お行儀が悪いわ」
 「……申し訳ありませんお義母様」
 言葉は素直に謝っているが、声の温度はかなり低い。
 「お母様、もう少し……詳しくお聞かせ願えますか? 静が、家出? 無代のところへ? ……一人で?」
 「その通りよ?」
 巴は少しも態度を変えず、落ち着いた優しい声で応える。…が、香には逆に、それが自分に対する挑発であるかのように見え始めた。
 「静さんは、一人で、プロンテラの、無代さんのところへ、流を探しに、行きましたよ? もう着いて、無代さんとも、会えたみたいよ?」
 一つ一つ区切られた言葉。
 その一つ一つが香にとってどんな意味を持つのか、それを知り尽くしている証拠だ。
 明らかな挑発である。
 「お義母様」
 「なに?」
 「無代は私の夫です」
 「まだですよ?」
 「  夫  で  す  」
 「まあ、百歩譲ってそうだとして、それがなに?」
 巴の声は変わらず、香の声はさらに温度が低い。
 「無代は国を出る時、私に『待っていろ』と言いました」
 「らしいわね」
 「だから、私は待っておりました」
 「そうみたいね」
 「無代が苦しい状況にあることは感じておりましたが、それでも待っておりました」
 「だからそれがなに?」
 「お母様!」
 香の声は氷。
 「それを知っていてなぜ、私を差し置いて、静を行かせてしまわれたのですか?」
 「行かせた訳ではなくてよ? 家出なのですから」
 巴はしれっと言うが、そんなはずはなかった。
 この聡明な義母が、静ごときの家出に気づかないわけがない。あらかじめ止めてしまうのも、途中で連れ戻すのも簡単なはずだ。
 知っていて黙認したとしか考えられない。
 血の気の薄かった香の顔に、赤みが差す。闇色の瞳の奥に、暗い炎がゆらめく。
 「おい、香よぅ」
 鉄が口をはさんでくる。
 「静は確かに家出だぜ。もっとも昨日、無代のガキに手紙をやってな。プロンテラで武者修行ってことにしたぞ。だから今はもう家出じゃねえ、あいつは当分、あっちで無代の野郎と一緒に……」
 ばきっ!
 香が右手に持った箸が折れた。いやもちろん折ったのだ。細い指に似合わず、その力は侮れないものがある。
 「……お父様」
 「おう?」
 「お父様もお認めになった、ということですね?」
 「んー、まあなー。無代のガキんとこ、ってのがちょっと気に食わねえが……流を、惚れた男追いかけて家出たあ、静のヤツもなかなかやるじゃねーか。なあ? 巴?」
 「ええ、殿様。貴女もそう思わなくて? 香さん?」
 間に香をはさんで、夫婦が言いたい放題だ。
 「それを……お認めになるなんて……」
 香の、絞り出すような声。
 だが、それに応えた巴の言葉は、まさに止めの一撃だった。
 「あら、惚れた男をモノにするのに、親の許しなんかいるのかしら?」
 香の目が見開かれる。そこに鉄の追い打ち。
 「いや〜ウチじゃ聞いたことねえな。大体、そんなノンキな女なんかいねーだろ? ウチにさ」
 わはは、おほほの笑い声。
 さんざん虚仮にされて、しかし赤く染まりかけていた香の顔は逆に、元の色に戻っている。
 「……ごちそうさまでした。お父様、お義母様、失礼いたします」
 氷点下にまで下がっていた声音も、元の温度だ。
 「香さん」
 「はい、お義母様」
 「何がどうあれ、当面は養生していただきますよ?」
 「はい」
 返事も素直なものだ。
 「失礼いたします」
 丁寧に頭を下げ、部屋を出て行くのを、鉄と巴は黙って見送る。
 残ったのはまっぷたつに割れた粥の器と、ぽっきり折れた箸。
 「……もちっとブチ切れるかと思ったが、意外と抑えやがったな〜」
 「香さんも大人になったのですよ、殿様」
 改めて自分達の朝食に戻りながら、二人はしみじみと会話する。
 「早けりゃ今夜ぐらいか……?」
 「常識で考えますと今夜はちょっと……。身体がついてこないでしょう。弱った身体をある程度回復させたとして……明後日」
 どうやら香の『家出の日取り』を予想しているらしい。この夫婦もある意味素っ頓狂だ。
 「……で? 巴、お前だったらどうだよ?」
 「もうお城にはいませんわ」
 即答。
 「あいつの母親……『桜』だったら?」
 「同じく、もう出発していますね」
 これも即答。
 「……行ったかなあ」
 「……でしょうねえ」
 顔を見合わせて苦笑い。
 「これで、よかったんだよな?」
 「ええ、よかったのです。あの姉妹を……桜の娘達を『嫁に出すことはできない』のですからね」
 巴が、遠い何かに想いをはせる。
 「それに、『選ぶのはあの娘達』なのです。桜が……殿様を選んだように」
 軽い皮肉を混ぜて、巴が鉄に流し目を送る。
 かつてこの巴と、静達の母である桜が、鉄を巡って恋敵であったことを知る者は少ない。
 「…あ〜、ま、まあな。…使える野郎を婿として、自分でとっ捕まえてくるしかねえ……そうだよな。しっかし、アレだぜ? 無代のガキがそんなに良いかねえ? ええ? とんだ鼻垂れじゃねえかよ」
 鉄が、食事の後に運ばれた熱い茶をすすりながら、腹の底から不満そうに言う。
 「ふふ……。確かにまだまだ若いですが、いい子ですよ。それに、銀様が認めた子です」
 「銀の兄貴か……。なあ、巴よ」
 巴のとりなしに、鉄の表情が深くなる。
 「はい、殿様」
 「俺は嫁を、桜を失って……お前は旦那を、銀の兄貴を失った」
 「……はい」
 「だけど、桜は3人の娘を残してくれた。兄貴は流と、この国を残した」
 「はい」
 「オレはな。この国も城も、オレのモンだとは思っちゃいねえ。これは今でも兄貴のモンだ。んで、これをそっくり流のモンにしてやる、それがオレの役目だと思ってる」
 「……」
 「娘たちも同じよ。桜の娘達を……あいつらが惚れた真っ当で、使える野郎と一緒にさせてやる。この乱世に、甘いと言われようともな」
 「はい」
 言う方にも、聞く方にもよどみがない。二人の間で、何度も交わされた会話なのだろう。
 『女は家の道具』。それが普通の時代。
 乱世において、国と国を結びつける最上のものが婚姻関係である。自国の若君にはどこかの姫をもらい、自国の姫は他の国へ嫁ぐ。これで最低でも二つの国と同盟が結べるのである。
 一国の世継ぎが自分の従姉妹を許嫁にするだの、姫君がどこの馬の骨ともわからない男の所へ走るだの、そもそもあり得ないことなのだ。
 だが、この夫婦はそれを認めている。一国の主として、その不利は承知の上だ。
 失われたものと、残されたものをそれぞれに、真心を込めて受け止めてきた歳月が、この二人をそのようにした。 
 自分の欲望よりも、失われた者の想いを。残された者達の幸せを。
 静も、他の子供達も、皆この祈りの中で育てられたということを、ぜひご記憶いただきたい。
 「ところで殿様……?」
 「んん?」
 「この『私』は今、どなたのモンなのでございますか?」
 「んんんん!?」
 少し笑いを含んだ巴の問い。
 鉄は渋い顔で湯のみを置くと、広げた両手を顔の前でばちん、と合掌。
 「すまねえ兄貴っ! こればっかりは!」
 「ぷっ」
 巴が吹き出した。
 「むむー。笑うな、巴よう」
 「ふふふ。失礼いたしました…お側へ行ってもよろしゅうございますか、殿様?」
 「お、おう……」
 空気が変わったのを察して、給仕の女官たちが一斉に部屋を出て行く。
 もう慣れっこなのである。
 「また皆で、揃ってメシが食えればなぁ……」
 夫婦二人きりが残った朝の広間に、鉄の、そんな呟きが残った。


 両親の予想通り、香はそのまま『家出』した。
 広間を出たその足で自分の部屋へ行き、衣装を目立たないもの変え、有るだけの現金を持つ。
 次に城の厨房に行き、驚く厨房係を尻目に日持ちしそうな食べ物をかき集めると、散歩に行くような気軽さで城の外へ出る。
 お付きの女官達が追って来ようとしたが、ひょいひょい、と歩くスピードを上げるとあっという間に振り切ってしまった。
 10日間も眠っていたために身体は弱っているものの、短時間ならばその程度の運動能力を叩き出すことは簡単だ。
 (手足の各関節と、主要な内臓に一つずつ。あとは脊椎に……3つほど分けとけばいいかな)
 そんなふうに、『心臓』で考える。
 (感覚器にも分けといた方がよくない?)
 そう考えるのは、『右耳』だ。
 (でも、まずは追っ手を完全に振り切らないと)
 『右手』が反対する。
 (同意。船で海に出るまでは、運動能力の確保が優先。そのための内臓活動も継続)
 決断を下したのは『子宮』。
 それらをとりまとめ、身体の各所に思考を振り分けるのは、『脳』だ。
 全身の各部署に『香の思考』が分散される。
 そして、その成果は劇的だった。
 (右大腿部、栄養不足!)
 (腹筋、カロリーもミネラルも全然足りない!)
 (背筋、筋肉活動低下。活動限界まであとわずか!)
 身体の各所が一斉に不満を訴えてくる。まさに大合唱。
 思った以上に、身体が衰弱しているらしい。さっきの鶏粥をせっせと吸収してエネルギーを配分するが、到底足りない。
 (歩けなくなるまで……20分? まずい)
 これは『右足』。
 (運河へ出て、渡しの舟に乗るべき)
 『左足』
 (疑問。追っ手に見つかるかも)
 『左肘』
 (大丈夫。お父様とお義母さまは、どうせ止める気はないのだから……)
 そして『子宮』。
 (同意。おっと、顔を変えるのを忘れている)
 本来自分の意志では動かせない顔の筋肉、表情筋を調節し、顔まで変えてしまう。さすがに骨格までは変えられないが、これだけでびっくりするほど「別人」になれる。
 10本の指先全部を使って顔をなぞり、その感触を元に自分の顔を心の中で「再生」する。
 これが彼女の鏡の代わりだ。
 (問題ない)
 すべての指が一斉にOKを出してくれる。
 これで香を「一条家のお姫様」とわかる人間はほとんどいなくなる。どこにでもいる痩せた小娘が、荷物を持ってお使いにでも出ている、といった風だ。
 数分歩いてたどり着いた運河の端で、首尾よく大剣竜の港行きの小舟を見つけ乗り込む。
 揺れる船に腰を下ろすと、いくつかの内臓を呼び出して喝を入れる。
 (食べ物を入れるから、急いで吸収!)
 城から持って来た煎餅だの干し魚だのを出して口に入れ、せっせと噛んでいく。胃が弱り気味で消化が追いつかないので、味がなくなるぐらいまで徹底的に噛む。あごが痛くなっているはずだが、あごが自分で判断して痛みを脳に伝えていない。
 水筒に入れてきたぬるい茶を口に含み、やや強引に飲み下す。
 (血液中に栄養が回ったら、下半身を中心に回復! 大至急!)
 栄養の取り合いにならないように、脳が仕切る。
 (舟が河港に着いたら、海へ下る船に乗り換え、ね?)
 『右耳』が確認。
 (プロンテラに行くには…まず海港でアルベルタ行きの船を探さないと。すぐに見つかるかな…?)
 『右肺』が心配。アルベルタはルーンミッドガッツ王国の玄関口でもある港町だが、天津との交易はまだ盛んとは言えない。
 (最悪、一条家の御座船を使う。家出の身で御座船使うのも変だけど…やむをえない)
 『子宮』が決を下す。
 
 「分割思考」。
 まるで多重人格者ででもあるかのようなこの精神技術を、香は使うことができる。
 思考を身体のあちこちに分散させ、それぞれに思考と身体制御を行う。
 複数の魔法の同時詠唱や、スキルの同時使用さえ可能になるという、きわめて特殊な技術だが、当然、誰にでもできるというものではない。
 脳の機能と思考を完全に切り離し、魂さえも分裂させて体内に配分してしまう。ある種の心霊術の側面さえある技術。
 その才能のない人間には最初から不可能だし、才能があってもその習得には長い時間と、そして猛烈な副作用が伴う。
 彼女がこの十日間を眠って過ごしたのもそれ、義母の巴が彼女を気遣うのもそれだ。
 香はその才能の中でも飛び切りのものを、実の母から受け継いだ。
 『才能』と言えば響きがいいが、現実にはそれは『呪い』に近い。
 見えないものを見、触れ得ぬものに触れる。
 見てはいけないものを見、触れてはいけないものに触れる。
 時に、人の運命さえ見えてしまう『目』。
 あまりにも飛び抜けた力は、必ずしも人を幸せにはしない。
 「見えたものを口に出してはいけない。手を出すのはもっといけない」
 だから幼い香は厳しく、そうしつけられた。
 そして彼女が身につけたのは『無関心』。目の前を通り過ぎる光景に、何の揺らぎも感じない心。
 じっと座り込んだまま黙々と『食事』を続ける香を、船頭や他の客が怪訝そうに見ているが、香は一切構わない。
 同じように、揺れる水面からじっと見つめてくる、この世の者ではない目にも構わない。空中から覗き込む顔も、隣の客の背中にいる『誰か』も。
 無関心を貫いてしまえば、すべてが風や雨と同じだ。見ることも触れることもできるけれど、意識しない限りは自分の人生には関わりのないもの。
 そんな香に対しては周囲の人間も、彼女に関わらないことを学んだ。
 わずかな例外を除いて。 
 香もまた自分以外の世界に対して、拒絶はしないが期待もしなかった。
 たった一人の例外を除いて。
 ……ぴくり。
 『食事』に集中していた体内の思考が、一斉に脈動した。
 ……どくん。
 思考の制御を振り切って体温が上昇し、顔がかっ、と熱くなる。
 記憶のフラッシュバック。
 初めて『彼』と出会った時の。
 彼女の人生に『色』がついた時の。

 
 『子供』から『少女』になるまでの間、香の記憶には『色』がついていない。
 自分でそうしたのだ。
 記憶力が良すぎて『忘れること』ができないので、せめて色を無くしてみたのだが、余計に細部が目立ってしまったのは失敗だった。
 『無色』の原因は、母にある。
 結婚前までは軍人だったとは信じられないぐらい、可憐な母。
 誰でも分け隔てなく愛し、そして誰からも愛された母。
 少しおっちょこちょいだったけれど、いつも明るく優しかった母。
 その母が、香にだけは距離を置いて接した。
 物心ついた時から、母に触れられた記憶がほとんどない。抱きしめられたことも、頭を撫でられたことも、手をつないだことさえ、ない。
 代わりに父や姉がそうしてくれたので、寂しいと思うことはなかった。というかこの二人は愛情表現に限度という物がないので、途中から少々迷惑にさえ感じた。
 「香! 父はお前を愛しているぞ!」
 「むむ! この姉とて負けんぞ! さあ来い香! 姉上が抱っこしてやる!」
 ……馬鹿じゃないのかと思う反面、やっぱりくすぐったくて、ちょっと嬉しかった。
 香が眠ってから、母が自分の寝床に来て添い寝してくれているのに気づいたのは、少し後のことだ。
 朝起きたとき、既に母の姿はなかったが、母の匂いと温もり、そして涙の跡が残っていた。

 ……ごめんね……ごめんね、香。ごめんね……

 微かなつぶやきを、夢うつつで聞いた気もする。

 ……でもね香……母様は……貴女を産んで、とても……

 その後、母は何と言ったのだろうか、思い出せない。
 そんな母が嫌いだったワケではない。むしろ大好きだったと思う。
 だからこそ、自分の存在が母を苦しめていると気づいた時の衝撃は暗く、深かった。
 (私がいると、かあさまは辛いんだ……)
 そう気づいてしまうことは、いっそ虐待でもされる方が楽なくらいの痛みとなって香を襲った。
 そして母の死。
 「母の死」という体験ももちろん辛いものだった。が、もう一つの事実が、それ以上に香を強烈に打ちのめした。
 (私は、かあさまが死ぬことを知っていた)
 母が懸命に香を遠ざけた理由。
 (かあさまは自分が死ぬことを、私に見せたくなかったのだ)
 そしてそれが無駄だったという結末。
 (でも私は見てしまった。知ってしまった)
 結論。
 (私はかあさまを苦しめただけだった)
 (ごめんなさい)
 (かあさま)
 (ごめんなさい)
 (私は)
 (呪いを)
 (受け継いで)
 (しまいました)
 (ごめんなさい)
 ……。
 そして香の心は凍り、記憶は色を失った。
 自分でそうしたのだ。
 そして香、15歳の春。

 「始まりの朝」より遡ること5年。
 

中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:15 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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