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第二話「The Sting」(2)
 「どーよ? 旨いだろ? な? オレの言った通りだろ?」
 無代、17歳。

 「おいしー! 無代、これ美味しい!」
 一条静、11歳。

 「うん、確かにうまい」
 一条流、17歳。

 その時、彼らはまだ一つの場所で、一つの季節を共有していた。
 瑞花の郊外に建てられたばかりの教育機関「天臨館」。
 そこはかつて瑞花でも有数の寺院であったが、十年ばかり前、故あって廃寺となっていた。
 それが数年前、一条家の新しい城主である一条鉄の命によって装いを変え、学校として再建されたのだ。
 広大な敷地の中に瓦葺きの木造建築が立ち並び、珍木や奇岩が趣深く配置された風景は、なかなかの風格と静けさをたたえている。…のだが、そこで学ぶ血気盛んな若者達にとっては、いささか退屈なものに映るようだ。
 実際、無代たち三人は正規の授業が自習なのをいいことに、まだ使われていない教室棟の一角で敷物を広げ、なにやら試食の真っ最中である。
 館長以下の教師たちは今頃、城に呼び出されて重臣達に囲まれ、今後の教育方針などを真面目に話し合っている最中だというのに、のんきな話である。
 「『肉まん』って名前にしようと思うんだよ」
 湯気の立つ白い塊を、自分でも口に運びながら、無代が機嫌良く言った。
 呆れた事に無代の側には簡易のコンロが作られ、蒸し器が据えられ、今も湯気を噴いている。その辺には生地やら具やらを練ったらしい道具も散らばったままだ。
 この男、学校の中で饅頭を蒸して振る舞っているらしい。教師不在とはいえ、やりたい放題もいいところである。
 「肉の饅頭と言うわけか? ちと安直な気もするが、それぐらいの方がウケるのかな」
 幾つ目かの饅頭をほおばりながら、流が首を傾げる。
 「分かりやすくていいと思う!」
 あぐらをかいた流の膝の上で、静が賛成した。
 一見すると幼女が座っているようだが、そうではない。静は同年代の少女の中でも長身と言っていい。
 流が大きすぎるのだ。
  十七歳にして、その身長は190センチに迫っている。上背だけではない、幅も、厚みもただ事ではない。
 その半分が骨で半分が筋肉、と言われてもうっかり信 じてしまいそうな迫力がある。しかも見かけだけではなく、既に見剣の城でも指折りの『力士』でもあるのだ。
 おまけにハンサムで頭も切れるとくれば、もはや嫌味を通り越していっそ清々しいとさえ言えた。
 その巨大な膝の上で、すらりとした黒髪の美少女が我が物顔で座り込む様は、それこそ神話の一シーンのようでさえある。 
 「無代は、いつも色々見つけてくるねえ!」
 「まーな。今回の航海は実に有意義だった…てか『無代兄さま』と呼べや、静」
 「美味しいよ、無代兄ちゃん」
 十一歳にして、既に輝くような魅力の片鱗を十二分にたたえた少女に手放しでほめられれば嬉しいのは当たり前だ。
 「うむ…やっぱり使える男だ、お前は」
 「よせやい」
 次代の名君と評判も高い、瑞波の世継ぎにほめられるのも大変結構なことだ。
 「よしよし、もっと食うか? 二人とも?」
 「うーん、食べたいけど…」
 「? 遠慮すんなよ?」
  ちょっと迷った様子の静に、無代がほい、と白い塊を差し出す。が、
 「…姉様も呼んでくる! みんなで食べるともっと美味しいと思う!」
 ひょい、と流の膝から立ち上がると、一目散に駆け出す。
 「おー、行ってこい…ってもういねえ。速っ!」
 「…おい、無代」
 「ん〜?」
 無代が蒸し器を覗き込みながら鼻で応える。自分の国の若様に対して、一介の町民がする態度ではないが、これが二人のルールのようなものだ。
 「いい加減、城に来ないか。お前が継ぐ家名も、部屋も衣装も準備万端だ。武士んなって、俺のんとこに…」
 「だから『まだ』だってば」
 無代が蒸し器をのぞいたまま、流の言葉を遮った。
 「…武士んなって城に上がるのがイヤだって言うんじゃないぞ。どーでもいい商売人の息子…それも妾の子がさ、お侍の家の姓をもらって、若様の側近にしてもらうなんざ、夢のまた夢みたいな話だ。今でも夢見てんじゃないかと思うぐらいさ」
 「…じゃどうして?」
 「わかんねーか?」
 「聞いておきたい」
 「することがないからさ」
 無代はやっと流の方を振り向くと、肩をすくめた。
 「流、オマエがお城で一人ぼっちで、話す相手もいなくて半泣き、ってんならいつでも行ってやるよ。でも今のオマエはそうじゃないだろ?」
 「…」
  「オマエの周りに集まってくるヤツら。重臣方のご子息集に、天臨館の学友ども。みんな使える奴ばっかだ。腕も頭もいい、信用できるし気もいい、何よりオマエに惚れてる。あいつらがこのままオマエを囲んで大人になるなら、俺の目から見たって瑞波の国は安泰もいいとこだぜ」
 「…」
 「オマケにあんな可愛い許嫁までこさえてよ。…まあ…いささか幼女趣味を疑うけども」
 「…」
 無代がからかう。が、流は笑いも、怒りもせず、じっと黙った。
 「…どしたおい? いや冗談だぞ? 静姫さん、美人だし頭もいい。十年後にはえらいことになってるぞ、間違いなく。良い姫様選んだじゃないか」
 「…選んだ、と思うか?」
 「…何?」
 「オレが『静を選んだ』…と? …そう思うか?」
 「…? 何言ってんだ?」
 「いや…何でもない。…オレの思い過ごしかもしれん」
 流が頭を振って背筋を伸ばす。
 「何だよ? 気になるじゃねーか」
 「いや…いいんだ。それよりオマエの事だ。別に、お前に何か仕事しろと言ってるんじゃないんだがな」
 無代を真っ直ぐに見て話す。無代も真っ直ぐに見返す。
 「仕事しなくていい? じゃ、オマエの横で冗談言って軽口叩いて、あとは鼻毛でも抜いてろってのか?」
 「オレはそれでもいいんだが」
 「俺はそれじゃイヤなんだ」
 ここだけは真剣な顔で、無代が言葉をつなぐ。
 「気晴らしの道化が欲しいなら、他を当たってくれ」
 「…悪かった」
 一国の若様が素直に頭を下げると、諦めたように一息ついて
 「瑞波の国は、無代には狭すぎるか」
 「いや…世界が広すぎるんだよ、流」
 無代の声が、少し小さくなった。
 「これで三度、オヤジの船に乗っかって世界を見たが…広い。広すぎる…かもしれん」
 「…広いか」
 「広い。オレたちはまだ何も知らないと言っていい。そんな時に、オレたち二人が揃って城に籠っても…ダメだ。俺は『天井裏の魔王』とは違う。城にいながら世界を知ることも…まして変えるなんて…無理だ」
 「だが約束だ…魔王…父とのな」
 流が遠い目をする。この少年が父の死に涙を見せたのは、その通夜の翌日に城を抜け出し、無代と共に慣れない酒を飲んだ、その夜だけだ。
 「そうともさ。それに流。『城に来い』ってのは野暮だろよ。今は『ココがお前の城』だろ?」
 「ココ? 天臨館がか? …ふむ…なるほど…オレの城か」
 「鉄のお殿様はそのつもりだと思うぜ? ここに将来、お前の家来となりうる連中を集めて、お前が『城主』としていかに振る舞うか、見てるんだと思う。間違いなく」
 「…気づかなかったが…その通りだろう。いや…さすがだ無代。助かった。…オレはうまくやってる…よな?」
 「おう、問題ねーだろ」
 無代が請け合う。
  「オレが航海してる間に班分けも、緊急時の行動要領も出来上がってるじゃねーか。大したもんだ。…人選も文句無しだが…まだちょっと厚みが足りんのは致し方ねーな。 来年、もう少し生徒の数が増えれば…あと50は欲しいよな。前線でガチるのが10、後衛が10、もろもろ支援が30。そんだけいれば、倍の敵に囲まれてもしのげる。手薄なのは食い物の備蓄だが、コレはちょいと良い場所を見つけてあるんだ。ココの裏手に古井戸があってな。あの中に…」
 「…」
 なるほど自分が野暮だった、と流は思う。
 この男はこれでいいのだ。
 少なくとも、城の座布団の上で鼻毛を抜かせるより、ずっといい。
 「わかった、無代。オレが『魔王と闘う』」
 「おう、そして俺が『魔王の尻尾を踏んづける』」
 無代が自分の拳を流の方に突き出した。流もそれに応えて拳を出す。
 こつん。
 二つの拳が一つの音を響かせる。
 それが二人の少年の関係の全てであるかのように。
 「オッケー…ところで…流よ?」
 「ん?」
 無代が急に眉をひそめたので、何事かと流も身を乗り出す。
 「オマエんとこの…妹のことなんだが…」
 「妹? 静か?」
 「いや、アイツじゃねえ」
 「綾?」
 「そっちでもねえ」
 「じゃ…まさか…香?」
 「何で『まさか』なんだよ?」
 「オマエとの接点が思いつかん」
 流が大きな手であごをなでる。
 「オレだって思いつかねーよ。『無口な真ん中姫』さんと、この無代様との接点なんかさっぱりだ」
 無代が頭をかく。
 「? じゃ、なんで香のことなんか訊く?」
 「…睨まれてんだ…」
 「…すまん、何だって?」
 「その香姫様にだな、ここんとこずーっと睨まれてるんだよ! 天臨館にいる間! ずーっと!」
 「…状況が分からん」
 「オレだって分かんねえ! とにかく気がついたら、どっかからオレの方をじーっと睨んでんだもんよ。…何か…怖い顔で」
 「怖い、顔?」
 「うん…こうな…眉間にシワ寄せて、瞬きもしないでずーっと」
 無代が自分の眉間にしわを寄せてみせる。
 「無代。オマエ、香に何かしたのか?」
 「してねえ! …てゆーかむしろされたのオレだろ! 覚えてるか? オマエが姉妹三人揃ってオレに紹介してくれた時!」
 「…香に挨拶した途端に、モノも言わずに逃げられたな〜」
 「笑うトコじゃねえ!」
 愉快そうな流に、無代が食って掛かる。
 「オレは結構傷ついたぞコラ! …で、あんとき以来会うのはおろか、姿見ることさえなかったのに…」
 「いつからだ?」
 「気づいたのは、今度の航海から帰ってからだな」
 流が少し考える。
 「…妹が…香が天臨館に通いだしたのは、オマエが航海から帰った直後からだ」
 「…何…?」
 「…最初は全然興味を示さなかったのに…。まあアイツがここで『勉強すること』なんかもう残っちゃいないから無理もないが…。それが急に通うと言い出したんで変だとは思ってた…ひょっとして目当てはオマエか…」
 「目当てって何だよ!? ねえ何!? オレ何されんの?!」
 「…さあ…? あの香の考えてることは、オレにも分からんな〜」
 「だから笑うトコじゃねええええ! …?」
 心底困った様子でごりごりと頭をかいていた無代の手がふ、と止まった。
 「? どうした無代?」
 「…いる」
 怪訝そうな流に、無代が小声で応える。
 「何?」
 「…またいる…その…香が」
 「香? どこに?」
 「窓の外…おっと、見るなよ。気づかないフリしてくれ」
 「む? …気づかなかったな。…静なら気づいたろうから…あいつがいなくなってからか」
 「…流」
 「何だ?」
 無代が無言で、饅頭の粉を練った板を引き寄せる。残った粉でまだ白い。
 その粉の上を無代の指が滑り、素早く文章を作る。
 『 つ か ま え て く れ 』
 流は無言。それが承諾の合図と知っている無代が、大声を上げる。
 「分からんな〜、じゃねえ! オマエの妹だろうが! 何とかしやがれ!」
 があっ! と流の胸ぐらを掴む。
 「オレの知った事じゃないな」
 流も大声で応戦する。胸ぐらを掴んだ腕を軽々と振りほどき、その豪腕でどん、と無代を突き飛ばす。
 無代が転がる。窓の反対側。
 香の視線がそちらへ向くように。
 次の瞬間。
 座っていた流の巨体がうねるように動いたと見るや、一瞬で窓の外へ腕を突き出し、何かを掴み上げた。
 「きゃ…!」
 掴まれたのは香である。
 流の巨腕に襟首を掴まれて吊るされている身体は、流の巨体を差し引いたとしても小さい。
 着物が黒に近いグレーなのも災いしてというか何というか、まるで毛並みのいい子猫のようだ。
 「ほれ、つかまえたぞ、無代。…こら、香。暴れるな」
 つかまえている義兄もいまいち猫扱いである。
 言われた無代はというと、まだ転がったまま。
 「…流…オマエが手加減したのは…わかってるが…もーちょい手加減…してくれ…」
 転がりすぎて、反対側の壁に激突したらしい。柔術の鍛錬で受け身ぐらいはとれるが、「床」ではなく「壁」で受け身の練習をしたことはない。
 「おお、悪い。…で、これどうする?」
 義兄の腕にぶら下げられた香は、既に大人しくなっていた。無双を謳われる義兄の腕力に逆らっても無駄、と諦めているらしい。
 そのかわり、また無代を睨んでいる。
 「…よし、そのまま…。おい! 何で俺を睨むんだよ、アンタ!」
 「…」
 香は、真っ赤な花のつぼみのような唇を結んだまま応えない。
 「おい!」
 「…」
 今度は、ふっ、と横を向く。
 「…無代、それじゃらちが開かん。…二人とも、まあ座れ」
 見かねて流がとりなし、敷物へ戻って二人を座らせる。ついでに『肉まん』を取って、香に渡すが、身体を固くして受け取ろうとしない。
 「…香。この無代はな、兄にとっては特別に大事な男だ。こいつに恥をかかせることは、そのままオレの恥になるんだ。だから、話をしてやってくれないか」
 「…」
 ぐっ、と香が詰まる。生まれや育ちがそれほど堅苦しくないとはいえ、そこは武家の娘だ。さすがにこういう言い方をされては立場が苦しい。しかも、この義兄がそういう言い方が決して好きではなく、できればしたくないと思っていることも、香には理解できる。
 「…はい」
 折れた。
 「ありがとう。ま、食え」
 「…はい」
 「…うまいだろ?」
 「…はい」
 同じ返事しかしないものの、味は気に入ったらしい。もくもくと食べ始める。
 食べ終わった。
 懐紙を出して口を拭く。
 そしてまた、無代の方をじっと見る。
 それこそ穴の開くほど見る。
 その目がだんだん険しくなり、眉の間にしわが寄る。
 「…なるほど。こういう状況か、無代」
 「…こういう状況なんだよ。…何でオレ、睨まれてんの? ねえ?」
 やっと状況が飲み込めた、という様子の流に、無代が助けを求める。
 「…香。無代に何か『見える』のか?」
 「…」
 「…香?」
 「…何も…」
 香がやっと応えた。呟くような声。
 「…何も? 何も見えないというのか? 無代に?」
 驚いたように尋ねる義兄に、香はゆっくりと視線を向けると、
 「…はい、何も。…真っ白…」
 無代はきょとんとするしかない。
 「? どっか白いか? オレ? 航海で日焼けして…むしろ黒くね?」
 「…『真っ白』とはどういう意味か、香?」
 「…わかりません」
 「おい〜、無視すんな〜!」
 流と香が二人で深刻な顔をしているところへ、無代が必死に割り込む。自分のことが話題のはずなのに、自分にはさっぱり理解できない、というのだから無理もない。
 「オレちゃんと見えてるよ? 白くないよ? 黒いよ?」
 「無代、ちょっと黙れ」
 「ええええ!?」
 流の厳しい声に対し、精一杯抗議の姿勢を見せるものの、効果なし。ぶつぶつ言いながらもしばし黙る。
 「…このような事は初めてです。お義兄様、この男は何者なのですか…?」
 「…何者、と言われてもな。お互い十にもならん頃からの友達、としか」
 「触ってもよろしいでしょうか?」
 「オレは構わんが?」
 「では」
 「まてまてまてまて!!!!」
 我慢して大人しくしていた無代が、さすがにキレた。
 「ちょっとまて! オマエらなあ! 人をなんだと思ってやがる!」
 流と香、二人を交互に指差しながら抗議するが、二人は眉一つ動かさない。
 「お義兄様? 大人しくさせても?」
 「手荒なことはするなよ?」
 「はい」
 「ちょ! おい! …え…?」
 ふ、と香の身体が無代に寄り添った、と思った瞬間、首筋にちくり、と微かな痛み。
 だがたったそれだけで、無代の身体は凍り付いたように動かなくなった。
 無代の想像も及ばない、人体の機能を知り尽くした者の技。
 呼吸も、瞬きもできる。が、指一本動かせない。
 「香?」
 「ご安心下さい、義兄様。害はありません。身体の動きと言葉を封じただけです」
 「そうか、安心した」
 オマエが安心してどうする! と流を怒鳴りたいが、できない。
 それどころか香の細い手で軽々、ころん、と寝かされてしまう。
 「安心しろ無代。妙なことはさせないから」
 十分されとるわ! と流に突っ込みたいが、やはりできない。額からイヤな汗が吹き出す。
 その汗を香が懐紙ですぅ、と拭き取った。そして、
 (…冷た!)
 額に感じた冷たさに、無代が心の中で驚いた。それが香の手のひらだと分かって、さらに驚く。
 今まで経験したこともない体温の低さ。こちらの身体の熱がそっくり奪われていく感覚。
 (…ちゃんとメシ食ってんのか…? コイツ…?)
 こんな目に合わされておきながら、相手の身体が気になってしまう所など、無代もよくよく人がいい。
 「…香、どうだ? 何か解るか?」
 「…いえ」
 義兄と妹、相変わらず無代の意向は無視だ。
 「義兄様、この男に…接吻してもよろしいでしょうか?」
 「む?」
 しかもとんでもない方向に話が進む。
 「より深く接触すれば、何か解るのではと」
 「待て。さすがにそれはまずいだろう。無代には恋人がいる。瑞花一の呉服屋の娘でな」
 流が止めてくれた。一応の常識はあったか、とほっとしたのもつかの間。
 「『五月屋のお美弥』ですね? それなら問題ありません、義兄様。その女なら昨日、この男と別れたところです」
 香が何の感情もこもらない声で暴露した。
 「む? それはまことか、香?」
 「はい。この男が航海に出ている間に、別な男を作ったようです。材木問屋の跡継ぎですが」
 「…というと文左か。確かに美祢に言い寄っていた男の一人だが…」
 「実はこの男と付き合う前から『二股』だったようで、この男から航海の土産にサンゴの櫛をもらったのを潮時に、乗り換えたようです」
 「それは…残念だったな、無代。だが、浮気女に引っかからなくて結果オーライ」
 オーライじゃねえええ! …と突っ込めない。
 「よし香、そういうことなら、いいぞ。キスしても」
 「ありがとう存じます」
 お礼言うとこ違う! ってゆーか色々違いすぎてどっから突っ込んでいいのか分からん! と、突っ込みたいが突っ込めない。
 さら。
 無代の顔に香の黒髪がかかり、視界がふさがれる。こんな時なのに、その感触を心地よいと感じてしまう。
 すう。
 鼻をくすぐるのは、何かの御香だろうか。それとも香自身の匂いなのか。そして。
 ふわ。
 唇に柔らかい感触。なぜかそこだけは、不思議と冷たくなかった。
 数秒。
 全ての感覚がさあっ、と遠ざかった。終わったらしい、としか分からない。
 「…どうだ、香」
 「いえ、やはり何も」
 香の声は平静だ。やられた無代にしてみれば、それはないだろう、という気分。
 「義兄様。キスでも駄目となれば、この上は」
 「いい加減にせい」
 無代を『剥き』にかかろうとする義妹を、流がもう一度つまみ上げた。
 香は解せない、という表情のままぶら下げられる。
 「それ以上はいかん。ほれ、無代だって泣いている」
 床に転がったまま、目の幅と同じ幅の涙をだーだー流している無代。床の水たまりがまた哀れを誘う。
 「なぜいけませんか、義兄様?」
 「無代が婿に行けなくなるではないか」
 香が嫁に行けなくなる、と言わないあたり、流という男もどこか素っ頓狂だ。
 「ならば義兄様、香に良い考えがございます」
 「何だ」
 「この男が私の婿になればよいのでは?」
 「…」
 「いかがでございましょう?」
 「名案だ」
 流が重々しく肯定し、香の目をじっと見る。
 「だが香。無代にも選ぶ権利はある。無理強いはいかん」
 「…いけませんか?」
 「いかん。決して無理強いをしない、というならよかろう」
 「…はい」
 「…『亡き母上殿』に誓えるな?」
 「…う…はい…」
 しぶしぶ、香が承知した。
 「よし」
 流がすとん、と香を床に下ろす。そうしておいて、その辺に散らばった饅頭作りの道具やらなにやらを集め、火の始末をし、蒸し上がった肉まんをそっくり包むと立ち上がる。
 高貴な生まれの割に、こういう手際がやたらといい。
 「ま、そういう事だ、無代。『肉まん』とやらははもらってく。綾に届けてやらねば。じゃあな」
 言うだけ言うとさっさと教室棟を出、静が走って行った方へ歩き出す。
 (ま、亡き実母殿に誓ったならば、香もめったなことはすまい…無代には悪いが)
 内心で友に謝りつつも、半分は苦笑。
 そして…困惑。
 (だが…まさか無代、『お前も』…なのか…? これが偶然だと?)
 (あの姉妹に…『選ばれる』…のか?)
 (…いや、もっと大きなものに?)
 彼らしくない、とりとめのない思考を巡らしながら、流は天臨館の敷地を歩いて行く。
中の人 | 第二話「The Sting」 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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