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第十一話「Mothers' song」(9)
  「ちくしょー……」
 うきは呻いた。
 薬と偽って毒を飲んだセンカルをうつ伏せにし、どうにか少量の毒を吐かせ、心臓マッサージを施した。
 だが正直なところ、無駄だということも分かっていた。
 センカルを覆う濃い死の影は、アサシンであるうきには見慣れたものだ。だからこそ、それを振り払うのがもう不可能である事は、彼女が一番良く理解していた。
 それでもなお、懸命に蘇生措置を続けたのはなぜだったのか、うき自身にも良くわからない。
 静に頼まれた事とはいえ、自分は引き受けたわけではないし、ぶっちゃけ引き受ける義理もない。『自分が勝ったから言う事を聞け』などと、言った静本人でさえ約束とは思っていないだろう。

 ただ強いて言うなら、静の哀しそうな顔は見たくない、そんな風に思った事は確かだ。あの姫様には、いつも元気で笑っていてほしい、周囲にそんな風に思わせる何かが、例えるなら『陽性のカリスマ』のようなものが、確かに備わっている。
 そしてもう一つ、この『BOTを巡る物語』が、センカルの自殺で幕引き。そんな終わり方そのものに、どうにも納得が行かなかったということもある。誰も救われず、誰も笑えず、残るのは涙と不幸と死体だけ。アサシンという血なまぐさい職業についているとはいえ、うきとてそんな物を望んで求めたりはしない。
 「ねえっ! せめて何か言い残しなよ! 何でも良いからさ!」
 センカルに呼びかけるが、返事はない。だが、その唇が小さく動くのを、うきは見逃さなかった。
 「何?! 何て言ったの?!」
 センカルの唇に耳を寄せる。聞こえてくるのは微かな息と、そして小さな、小さな響き。

 おやすみなさい 母さんの胸で


 その言葉は……いや、その歌は。

 
 おやすみなさい かあさんの胸で  
 
 悲しみやわらぎ 心やすまる
 
 アラル アラメ アラル アラメ 
 
 アラル アラメ アラル アラル アラメ

 それは、『母の歌』。
 遠いあの日、静の母・桜が歌った、あの子守唄だった。
 センカルという女性の、どこにその歌が宿っていたのか。
 子供を持たず、それどころか多くの子供達を生体実験の末に殺し、その運命を狂わせた彼女がなぜ、自らの死を前にしてその歌を紡ぐのか。


 こわがらないで ヘロデのことを

 この子守唄を 聞いておやすみ

 アラル アラメ アラル アラメ 

 アラル アラメ アラ……

 歌に歌われる『ヘロデ』とは『ヘロデ王』。
 遥か昔、『新たな王』すなわち救世主イエスが生まれる、という予言を怖れ、国中の赤子を片っ端から虐殺したという伝説の凶王だ。その行為だけを見れば、ヘロデとはセンカルその人の如し。これは皮肉と言うしかない。

 素朴で美しいリフレインが、苦しい息の下でついに途切れた。
 うきも、もう何も問わない。誰も救われない哀しい運命の、これがエンディングだと受け入れざるを得ない。
 あまりにも空虚な気持ちを抱えたまま、うきが再び地面に転がった。
 仰ぎ見た空の遥か高い場所に、夕暮れの山脈の影が、光と影の境界線を引いて伸びている。その境界線上を、野生の鳥が舞っていた。

 吸い込まれそうな光景に、うきは目を閉じる。
 その時だった。

 おやすみなさい かあさんの胸で

 悲しみやわらぎ 心やすまる


 歌が蘇った。
 消えたはずの歌が、再びラヘルの空に響き渡る。
 
 アラル アラメ アラル アラメ 
 
 アラル アラメ アラル アラル アラメ

 「?!」
 うきが弾かれたように身体を起こし、センカルを確認する。しかし彼女はうきの隣に寝たまま動かず、唇も固まったままだ。だが確認するまでもなく、歌っているのが『センカルではない』ということは、うきにも分かっていた。
 声。
 わずかの曇りすらない、透き通った水晶の針を思わせるボーイソプラノ。それも二人分。
 二つの声が完璧なユニゾンを奏で、荒れ果てたラヘルの岩山を、まるで神話の1ページのように彩っていく。

 こわがらないで ヘロデのことを

 この子守唄を 聞いておやすみ

 アラル アラメ アラル アラメ 

 アラル アラメ アラル アラル アラメ

 歌っているのは言うまでもない。『月』と『星』だ。
 魂を抜き取られたはずの二人の少年が、すっくと立ち上がり、歌っている。今まで、何があっても全く反応も示さなかった二人が、まるでどこかのスイッチが入ったかのように、センカルの歌を引き継ぎ、その薔薇のつぼみのような唇で歌を奏でる。
 「何よ、これ!?」
 うきが驚愕の声を上げた。いや、驚いたのはしかし、双子が『歌った事』に対してではない。
 「これ……この歌って!?」
 うきが呆然と自分の胸元を見る。先刻、静との戦いで衣服ごと鷲掴みにされたあの場所。静のシャレにならない握力をまともに喰らって青黒く腫れ上がり、所々出血さえしていた。 
 その傷がない。
 例え治癒しても痕が残るのは避けられない、それほどの傷がきれいさっぱり、肌の上から消え去っている。それだけではない。他の擦過傷も打撲傷も、そして消耗した体力までが、まるで新品同様に復活していた。

 アラル アラメ アラル アラメ

 アラル アラメ アラル アラメ

 双子の歌う、リフレインが響く。
 ぶあっ、と全身が総毛立つほどの快感と共に、うきの身体に活力が満ちていく。視力、聴力を始めとする五感が数倍も鋭敏になり、遥か高みの空を舞う、鳥の羽ばたきすら捉えられる。
 「これ『聖歌(ゴスペル)』?! でも……何で?」
 うきが呆然とつぶやく。
 『ゴスペル』。
 砕けた表現を使うならば、それは『奇跡を起こす歌』だ。
 どれほどの深い傷も一瞬のうちに治癒し、毒だの麻痺だの状態異常をぬぐい去り、さらには味方の体力・知力・知覚といったパラメータを数倍にも引き上げる。そして敵に対しては逆に、身体の自由や体力を奪うマイナスの効果も与えるという、極めて強力なスキルだ。

 しかし今起きているこれは本来、決してありえないことである。
 『ゴスペル』というスキルは、神に祝福された聖戦士『パラディン』にしか使えない。他の職業の者が、ましてBOTとして魂を抜かれた子供が歌えるはずがないのだ。
 だが、さすがのうきも知らない事がある。
 かつてアルナベルツの片田舎で、その地を領有する若い領主の元に、一人の美しい女聖戦士が嫁いだこと。
 彼女は双子の男の子を産み、その後に別の領主の奇襲を受け、夫と共に戦死したこと。
 その女聖戦士が『戦前種(オリジナル)』であったこと。
 類い稀なる『ゴスペル』の歌い手であったこと。
 そしてその歌が、こう呼ばれていたことを。

 『風の守歌』。

 その歌は『ゴスペル』の常識を遥かに越え、遥か戦場の隅々にまで響き渡り、味方に力と勇気を与えた。そしてその最後の戦いで、まだ赤子だった二人の息子を最後まで守り抜いた。
 さらに彼女の死後も、残された息子達の中に歌はとどまり、今も彼らを守っている。そう見抜いたのは他ならぬ一条家の二ノ姫。静の姉である一条香、その人だ。
 母が息子達に与えた歌は、彼らの身体から魂を抜かれた後も、BOTプログラムの注入を拒んだ。そして抜き取られた二つの魂を、彼女の友人である戦前種・翠嶺の元に送り、そこに保護したのだ。
 奇跡。
 『風の守歌』・瑠璃花(ルリハナ)が、命を賭けて最後に残した歌は、まさに奇跡を起こした。
 いや、その奇跡はまだ終わってはいない。

 それはまだ、始まったばかりだ。
 うきの目が突然、その視界の隅に何かを捉えた。驚愕の中でも、ゴスペルによって鋭敏化した視力に曇りはない。青空に傾きかけた太陽、その端に何やら異形の物が動くのをはっきりと感知する。
 と見るや、それはどんどん大きくなる。物凄いスピードでこちらへ近づいて来るのだ。
 「何あれ?!」
 うきが武器を取って立ち上がった。静との戦いで、地面に放ったままだったアサシンの専用武器『カタール』。巨大な両刃を持つその武器を両手に一振りずつ握ると、まるで腕から先が全て武器化されたかのようにさえ見える。
 殲滅者・アサシンクロスの本領発揮だ。

 こうなるともう、静とやりあった時の素手なんぞとは根本的に違う。
 昼間、洞窟を塞ぐ巨石すら粉砕した恐るべき攻撃スキルを始め、敵を抹殺するためだけに存在し、徹底的に鍛え抜かれたアサシンの心身全てが、一気に戦闘モードにシフトされる。さらにはゴスペルによる猛烈な支援効果も加わり、体全体が燃えるようだ。
 今、こちらへ飛来するそれが何であっても、負ける気はしない。

 だが。
 ばさっ!! と巨大な翼を広げて飛来したそれは、うきやセンカルのいる場所ではなく、少し離れた巨石の向こうに音も無く着地した。
 油断なくカタールを構えるうきにも、しかし状況がつかみ切れない。
 ラヘルの山肌に、双子の歌う聖なる歌が響く。お世辞にも美麗とは言えない巨石群を、しかし今は夕暮れの光が黄金色に輝かせ、まるでそこが古代の聖地ででもあるかのように彩っている。
 その輝く岩々の向こうから、ひょいと姿を現したのは、黒い僧服を纏った若いプリーストだった。
 頭にはえらく派手な花飾り。ハンサムだが、どこかぽやんとした表情。

 何者だ、とうきが誰何するより先に、その男が口を開いた。

 「しーちゃんどこ?!」
 
 「し、『しーちゃん』?!」
 うきがカタールを構えたまま、素っ頓狂な声を返す。
 「しーちゃんの匂いがする! ふーちゃんの匂いも! 二人どこ!?」
 「!?!? ひょっとして、静ちゃんのこと言ってるの?」
 「そーだよ。……キミ、しーちゃんの何? 敵? 友達?」
 武装したうきを怖れるでもなく、ずんずん近づいて来るその男に、うきもちょっと押され気味だ。
 しかしその男の足が止まった。
 「速水……厚志?」
 うきの側から発せられた、小さな声に反応したのだ。
 センカルだった。
 自ら致死量の毒を飲んだ彼女が、その目を開けて半身を起こしている。うきですら手の施しようがなかった猛毒が、奇跡の歌・ゴスペルによって浄化され、なけなしの体力も戻ったらしい。
 だがその目には、もう正常な光はない。あれほど理知的だったその目は、まるで夢でも見ているかのように煙り、小さな声を絞り出す唇は弱々しく震えている。
 「? 僕を知ってるの?」
 速水がセンカルに視線を移し、訊ねる。
 「速水厚志・『ウロボロス8』……」
 「『ウロボロス8』?!」
 うきがぎょっ、とした顔で速水の顔を見た。油断なく構えていたカタールに、さらに力がこもったようだ。『ウロボロス』、その言葉の意味と危険性を、うきも知っているのだ。だが『ウロボロス』は王国の超機密のはずで、それを知っているとなれば、どうやらうきもただ者ではない。
 「ああ、僕じゃなくて『この人』を知ってるの?」
 速水が自分の顔を指差す。
 「違うよ。僕は彼じゃない。彼は僕が……」
 速水は言った。
 「たべた」
 「食べた?!」
 うきが目を剥いた。いや速水、いくら何でも正直に答え過ぎだろう。
 「あ、しまった。コレ言っちゃ駄目なんだった」
 案の定、困ったように頭をかく。
 「???」
 うきの頭の上に、特大の疑問符が浮かぶ。そりゃ何の事か分からないだろう。
 だがセンカルは違った。その焦点の合わない目を大きく見開き、わなわなと唇を振るわせてつぶやく。
 「『終末ノ獣(リヴァイアサン)』……」
 おお……おお……、というセンカルのうめき声が響いた。
 「『リヴァイアサン』?」
 速水は、記憶の中にあるその言葉を反芻する。遠い日に、ガラス越しに聞いた言葉だ。
 「それって、僕のこと?」
 「貴方は……」
 逆に問われたセンカルは怪訝な顔をするが、すぐに察した。この獣は、自分の事は何も知らないのだ。
 「『捕食進化型合成獣(エボルビング・プレデター)』……速水博士のライフワークだった」
 センカルが夢でも見るように呟く。
 『捕食進化』。
 それは他の生物を食べることによって、その生物の能力をコピーし、より強力な生命体へと進化する能力の事である。無論、自然界に存在するはずのないものだ。
 その存在しない生命体を創り出す事に執念を燃やした人間こそ、『ウロボロス8』・速水厚志その人だった。
 元々『ウロボロス8』という組織は、いずれ訪れる『次なる聖戦』の戦力とするために、人間の味方となるモンスターを創り上げることを目的とする組織である。だが、その主席となった速水厚志という天才は、ただ創るだけでは満足しなかった。
 人間が手を下さなくても自ら進化し、無限に強力になっていく無敵の生命体、その創造に力を注いだ。

 センカルも『ウロボロス』時代、速水がその研究をしていた事は知っている。が、まさか完成するとは思っていなかった。それほど困難な、奇跡とも言うべき生命体なのだ。
 しかしそれは見事に完成され、そして今、センカルの目の前に立っている。
 と同時にセンカルは、行方不明と伝えられたウロボロス8・速水厚志自身の末路も、同時に理解した。
 恐らくオリジナルの速水厚志は、この『リヴァイアサン』にその身を喰われ(自分から喰われた、とはさすがに想像しなかったが)、その結果、獣は彼に『進化』した。
 天津にあった『ウロボロス8』の壊滅の謎も、それで説明がつく。
ウロボロス8と天才・速水厚志。彼らはその研究の果てに、生み出した最大の研究成果によって、この世から消滅したのだ。
 そして……。
 「『捕食進化』と『情報保存』……彼、速水厚志は、まだ貴方の中にいるの?」
 「いるよ」
 センカルの問いに、速水はあっさりと答えた。
 「僕の中で彼が何を感じ、何を考えているかは分からないけれど、でも彼は僕の中にいる。いつか僕が死ぬまで、ね」
 自分の作り出したモンスターによって肉体を喰われ、意識と思考だけの存在となって、モンスターの中で生き続ける。
 それは尽きぬ福音だろうか、それとも永劫の罰だろうか。

 気づけばセンカルは必死に身体を起こし、這いずるようにして速水の足元に跪いていた。夕日の黄金に染まる岩山の一角に、まるで一幅の聖画のような光景が出現する。
 天から降臨した神の御使いの前で、罪の赦しを請う伝説の罪人の姿。
 ただ伝説と違うのは、彼女が請うのは『赦し』ではなかったことだ。
 「私を、食べて!」
 センカルが叫んだのは、その言葉だった。
 「ちょっ! 何言ってんの?!」
 うきが驚愕して制止しようとするが、センカルは止まらない。
 「まだ死ねない!」
 センカルは力の限り叫び返した。
 「だって私はまだ何もしていない。罪も、罰も、償いも、苦しみも……全然足りない!」
 病んだその身体の、どこそんな力があったのか。いやそれは正しく、死を目前にした人間の、命の最後の灯火だったかもしれない。
 「私は逃げていただけだ」
 逃げて、逃げて、逃げ続け。最後は自殺という究極の逃げを打った彼女に、しかし運命は否、と言った。遠い日の子守唄が、彼女自身の中にあったその歌が、双子の中に宿る奇跡の歌を呼び覚まし、彼女を死の淵から引き戻した。
 「死を望んでも、死なせてもらえなかった。私には、死ぬ事さえ赦されない」
 そう知ってやっと、そこまでしてやっと、彼女は向き合うことが出来たのだ。
 誰にも、もうどうしようもない、自分の運命に。
 「だからお願い! 私の命が尽きる前に、私を食べて。私を、私と言う罪を、どうかこのまま消さないで」

 「どうか、私を赦さないで……!」

 血を吐くような叫びをぶつけられた速水はその時、しかしセンカルを見ていなかった。
 速水の目は、全く別のものを見ていた。
 自分の足元に跪くセンカルの、その後ろ。そこに、いるはずのない人間が立っている。
 ラヘルの荒れ果てた岩山に、すらりと立った姿。やや小柄だが、野生の雌鹿のように引き締まった身体。
 ピンクがかった独特のブロンド。軍服風にアレンジされた、ソウルリンカーの衣装。
 どこまでも柔らかく、優しい微笑み。
 遥かな時を隔て、再び目にした『彼女』は、あの時と少しも変わっていなかった。
 (ひさしぶり)
 心の中で語りかけると、彼女はにっこり、と笑顔を返してくれた。
 そして速水の足元に踞るセンカルの側に、その片膝をつく。
 そこに彼女がいることは、当然ながら速水にしか見えない。しかし速水にとってそれは、現実以上にリアルな光景。
 幻の彼女がセンカルの背中に手をやり、そして速水を見上げる。
その目が何を語るのか、速水にはすぐにわかった。
 (……たべていいの?)
 そう聞いた速水に、彼女が返した表情をどう表現したらいいだろう。
 それは優しく、同時に悲しみをたたえ、慈しみに満ち。
 そして誰よりも厳しい表情。
 慈愛と裁きの貌、癒しの手と断罪の剣。罰と赦し。相反する力を同時に持った、それは女神の姿だったかもしれない。
 (わかった)
 速水は頷き、そして。
 「キミをたべてあげる」
 その言葉に、センカルは涙の目を上げる。その目に、速水の端正と言って良い貌が映った。
 「ありがとう……」
 目を閉じる。跪いた姿勢はそのままに、手を祈りの形にしたのは無意識か。
 唇には、あの日聴いた『母の歌』。双子の歌う荘厳なゴスペルに、その歌が溶けてゆく。
 そしてその歌が、ふっ、と途切れた。
 気づけば、センカルの姿はない。血の一滴すら、残っていない。
 そして速水の目にだけ見えていた『彼女』の姿もまた、消えていた。

 (またね)
 速水が贈ったのは、あの時と同じ別れの言葉。
 「……彼女は生き続けるの? アンタの中とやらで?」
 「そう」
 速水の返事を待つまでもなく、うきの全身は戦慄で埋め尽くされていた。
 目の前で行われた『捕食』の瞬間を、アサシンクロスの目ははっきりと捉えている。異形の捕食器官のその一閃で、フランシア・センカルという一人の女性は消えた。
 償いようのない罪を背負ったまま、死を目前にした一人の女が得た、それは望み通りの罰だったのか。
 それとも望まぬ救済であったのか。

 うきの身体に震えが走る。彼女だってアサシンとして裏の世界に生き、人より多くの事を見聞きしてきた自負がある。にもかかわらず、彼女の全く知らない何か、途方も無い事が起きている感覚。
 彼女の知らない物語が、彼女の意志を無視して、どこかに向って収斂してゆく感覚。
 見慣れた世界が何かに浸食され、上書きされてゆく感触。
 (……何だよこれ……何なんだよこれ!)
 違和感。
 恐怖。
 そして止めようのない、歓喜。
 「……しーちゃんは、あっちだね」
 センカルの知識を吸収したのだろう、速水が何事もなかったかのように声を上げた。
 間を置かず、その身体が変化する。モンスターが発生するのと同じ原理、周囲にあるが目に見えない『魔素』ともいうべきものを吸収・変換して行われる、物理法則をあざ笑うかのような爆発的な変身だ。
 「!」
 うきが目を剥いたのも当然。目の前にいた人間が、いきなり大型モンスターに変化するなど、彼女をしても初めての経験だった。
 おかしい、ここは本当に自分の知っている世界なのか。

 (何が、何が始まるってんのよっ!)
 両手に握ったカタール、その握り手に思わず汗が滲む。いかなる時も自身に冷静を強いる、そのアサシンの精神修練が全く役に立たない。
 変身を終えた速水の身体に、『月』と『星』が寄り添った。少年特有の引き締まった腰を、両側からひょいひょい、とその背に乗せる。『月』が右、『星』が左からの横座り。なぜか速水も、それを当然として受け入れる。
 二人が歌う子守唄を、その母の歌を、速水もかつて聴いたのだ。
 巨大な翼が、ぐん、と広がる。
 「待ちなよ」
 うきが速水、いや『速水だったもの』を引き止める。自分でも止めようのない衝動が、うきを突き動かしていた。
 未知の未来に魅かれていく、そのどうしようもない衝動。行き先がどこで、そこに何が待っていようとも決して止まらない。
 いや、逆に嬉々として突き進む。
 「アタシは静ちゃんの味方だ。アタシも連れてけ」
 彼女ももまた『冒険する者』なのだ。

 「てゆーかお願い! 一緒に乗っけて飛んで!!」
 
中の人 | 第十一話「Mothers' song」 | 20:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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