「……皆、聞こえましたか」
騎乗したグラリスNo10・長身のG10ロードナイトがつぶやく。それは仲間たちへの確認というよりも、自分自身への問いに近かった。
「私は騎士です。なんとしても彼らを助ける」
カプラ嬢の師範組織『チーム・グラリス』に、騎士として最年少で加わった彼女らしい純粋さ。
だが、ことは言うほど簡単ではない。
目の前の橋、ミネタ岩塊とソロモン岩塊をつなぐ大橋は破壊され、使用不能。となるとソロモン岩塊に渡るには、いったん隣のハデス岩塊を迂回するしかない。
だがジュノー市民が幽閉されているハデス岩塊を押し渡るには時間がかかる上、その間に再びソロモンへの橋が落とされる可能性もある。
いや、もう落とされているかもしれない。
「急ぎましょう!」
それでも決然と愛鳥の手綱を引く。
見る者の目を射るかのような青色を基調に、これでもかと豪奢な飾りを着けたペコペコ・グレイシャの羽根が揺れる。
今すぐにでも配下を率いて、いや、たとえ単騎でも3つの岩塊を駆け通し、大統領や無代たちを救いに行く構えだ。しかし、
「落ち着け、G10」
いっそ静かと表現していい声は、グラリスNo9・義足のG9パラディン。G10のやや後方、巨大な鎧を身につけ、同じくペコペコに騎乗した聖騎士の基本スタイルだ。
しかしその姿。
モンスター『ヴェスパー』の姿を写した巨大な白銀の鎧は、G9の素顔はもちろん元の体型すら分からない重厚さ。
従える愛鳥フィザリスもまた、並みのペコペコよりふた周りは大きく、珍しい漆黒の羽根を重装甲で覆っている。
G10と愛鳥の豪奢さも素晴らしいが、戦場における存在感という点において、ここはG9が一歩勝ると言わざるをえない。
「なぜでしょうか、G9」
G10も反論するが、決して強くはない。G10が後輩ということ以上に、現実の戦場における経験値が段違いであることを、両者が自覚している。
「気持ちはわかるけど、G9。あわてるにはまだ早い」
G10の声はあくまで静か。
「確かに橋は落とされた。けれど『チーム・グラリス』が本当にそれで止まるのか?」
「……?!」
はっとした表情のG10。
「仲間の意見を聞いてからでも遅くはない、そう思わないか?」
G9の言葉に被せるように、
うぉぉぉんん!!!
ジュノーの石畳の上を、軽快なエンジン音が近づいてくる。そして、
ぎゃぎゃぎゃあああ!!!
ほとんど真横に滑りながら停止したのは、鍛冶師のカート。ホワイトスミスの加速移動スキル『カートブースト』。
グラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミスだ。ダサいヘルメットに安全靴。口にはタバコ。
「G3から伝令!」
グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーからの指示を持ってきた。
「『G5の指示に従い、大統領の戦車を救援せよ』だ!」
にか、と笑うガテン系美魔女に、
「方法があるのですか、G5!」
G10の表情が一転して晴れる。
「おうよ。手貸してくれや」
「無論、無論です!」
顔を輝かせ、視線をG9へ移すが、巨大な鎧の中のG9、表情は読めない。ただ、ひょい、と片手の手のひらを返して見せたのが、
(ほらね?)
という笑みの代わりか。そこへ、
「だーもう、カート乗せてって言ってるのに!」
文句たらたらで追いついてきたのはグラリスNo2・小柄のG2ハイウィザード。
「この格好で走り回るとか、ありえないんだけど。アタシぐらいになれば」
文句が続く。そのはず、このグラリス・ハイウィザードが着る重任務仕様のカプラ服は今や、魔力増幅のためのアクセサリーやら装備やらが満載。本人が小柄なだけに、いっそ装備に埋もれたようにさえ見える。
太古、聖戦時代の巫女もかくやの重呪装だ。
「悪りぃな。このカートは一人乗りなんだ」
にやり、とG5。だが、
「乗ってるじゃん!」
G2が指差すカートの荷台にちょこなん、と座り込んでいるのはグラリスNo15・神殺しのG15ソウルリンカー。
「荷物ダヨー」
「……荷物だな」
G5、まだキーキー言っているG2をスルーし、
「皆、指揮下のカプラ嬢も含めてオレについてきてくれ……っと、その前に、アレが邪魔だ」
指差す市街地に、レジスタンスの残存勢力。人数は大したことがないが、例の自動人形が相当数、地下から加勢している。
「……時間がない。強行突破しかありません。大統領や無代さんたちが心配です」
ぐっ、と手綱を引き、先頭に出るG10。
だが、その騎士の真横をすい、っと通り抜けた者がいる。
G2ハイウィザード。
「魔法使い殿?!」
味方に不意をつかれた格好のG10を、しかしG2は無視。
「G9」
「『ディボーション』」
一声で、G2の身体を聖騎士の献身が包む。これで、G2を襲ういかなるダメージもG9へと転嫁される。瞬間、
だっ!!
G2がダッシュ、続いて献身の光紐を引いたG9も駆ける。
「!!」
そしてG10。わずかも遅れなかったのは大手柄だ。もし遅れていたら彼女、自分で自分を許せなかったろう。
「G10、魔法使いの視界を塞ぐな。右へ開け。私は左だ」
「承知!」
指示を出すのはG9、即座に従うG10。
すでにG2の身体を敵の弓や銃弾が襲っているが、この楔体型の突撃は止まらない。なお、さらに後方にはグラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストが影のように追走し、強化や補助の魔法を贈り続けている。
瞬間、G2の足が止まる。
背中に斜めに背負った杖を、腰の脇に回した左手でホールド。
反対の右手は正面、霞んで見えるほどの片手高速印掌。
ぢぢぢぃっ!
超圧縮された呪文詠唱は、虫の鳴く音色に似る。
「『ストーム……』」
敵の頭上に真っ白な雲。召喚された極低温の霊物質(エクトプラズム)が、空気中の水蒸気を水滴化し、同時に凍結する。
「『……ガスト』ぉ!!」
どぉぅっ!!!
ジュノーの石畳を、巨大なハンマーでぶっ叩いたような轟音と同時に、超低温の爆風が横ざまに襲いかかる。
飛びかかろうと待ち受けていた自動人形が10体ばかり凍りつき、直後に砕け散る。
「……誰もついてこないかー。今季は不作だな」
G2のつぶやきを聞く者はいない。よってそれが、彼女の指導下にあるカプラ・ウィザードたちのことと知る者もいない。
「魔法撃つ戦場はどこか、自分で嗅ぎ分けろ。なけりゃ自分で作れ。……こればっかりは教えて覚えさせるもんじゃないのよ」
最前線、敵がうようようごめく石畳の上で、ゆうゆうと一撃目の戦果を確かめながら、G2。
「アタシぐらいになってもね」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
双頭戦車『バドン』が、一瞬だけ速度を落として回頭。直後、再び加速して走り出した。
目指すはセージキャッスル。
シュバルツバルト共和国首都・空中都市ジュノーを構成する三大岩塊の中で最小のソロモン岩塊で、大統領府と並んで中枢を構成する巨大構造物だ。
いくつもの尖塔が並ぶ外観から『賢者の塔』の異名を持ち、その地下には戦前機械(オリジナル)『ユミルの心臓』を秘匿する。
敵の狙いはこの『心臓』だ。
そして戦車の無代たちの目的もまた、心臓を敵の手から守ることである。
この世のあらゆる事象に対し、自在に干渉可能な『万能干渉装置』である『心臓』は、現在の人間では制御しきれないまま、ジュノーの周辺に重力異常を引き起こして無数の浮遊岩塊を空に浮かせる一方、近づく人間の精神に作用することで、その人間の潜在能力を解放する。
これが『転生』と称される現象で、この世に存在する様々な職業を極めた者たちが、さらなる高みへと至るための重要な通過儀礼(イニシエーション)だ。
セージキャッスルの事実上の主人である放浪の賢者・翠嶺は、この転生のシステムを広く解放した。それにより、力を求めてジュノーを訪れる人間が後を絶たない。
セージキャッスルの正面、大きく開いた玄関に『扉』が見当たらないのは、この塔に蓄えられた知識と知恵が、広く人類に開かれるべし、との理念を象徴する。
だが今、その知を独占し、そして邪な目的に利用せんとする輩が扉から内側へと、ゾロゾロこびり付くように侵入している。
翠嶺が見たら嘆く、どころか瞬時に『冬』と化し、建物ごと焼き払わんばかりに激怒するにちがいない。
いや、翠嶺でなくともヒゲの大統領を筆頭に、戦車の乗員や親衛隊、少年賢者架綯(カナイ)らシュバルツバルト人にとって、無残に侵略されたセージキャッスルの姿は、どうしようもなく心をえぐる。
「……畜生」
戦車の中、誰ともなく悪態が流れる。そこに被せて、
「声が小せえ!」
いきなり怒鳴ったのは他でもない、無代だ。
「声が小そうございますよ、皆さま! そんな声で、大事が成せますか!」
あおるなり、拡声器のマイクを突き出し、
「大統領閣下、お手本をお見せ下さいませ!」
「う、うむ?!」
いきなり振られたヒゲの大統領カール・テオドール・ワイエルシュトラウスが一瞬、目を白黒。
だが彼も政治家、決断は早い。
「うむ! 見ていたまえ諸君! こうやるのだ!!」
拡声器のマイクを握りしめ、齧り付かんばかりの勢いで、
『よく聞け、侵略者ども!』
があ!!! と、スピーカーが破れ鐘のような音を吹き上げる。
『この国は私の……私たちの国だ! 』
がりがりに割れたその声は、しかしソロモン岩塊の隅々に、さらには残る2つの岩塊にまで響く。
『貴様ら侵略者にくれてやるものなど、石のひとかけら、風のひと吹きもない!』
その声は涙に濡れてかすれ、先ほど見たグラリスNo10・長身のG10ロードナイトの戦口上と比べれば、いや比べるのも気の毒なほどにみすぼらしい。
だが、
『私たちの国から出て行け! そして2度と戻ってくるな!』
それは人間の声だ。
カプラ・グラリスたちのような超人でも、翠嶺のような賢者でも、勇者でも、王者でも、まして神でもない。
『故郷の川の橋が壊れたまま直らない。みんなが困っているから、なんとかしたい』
田舎の大工の息子として生まれた、このヒゲの大統領が政治を志す、それが原点だったという。
長い政治生活と国際政治の波に揉まれ、その純粋さこそ磨り減った。
しかし、その原点は見失っていない。
譲れないものは、譲れないのだ。
「出て行け、侵略者ども!!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人が「正月疲れで何も考えられない」と申しておりますデス。
今週の更新はお休みさせていただきますデス。
]]>
シュバルツバルト共和国大統領カール・テオドール・ワイエルシュトラウスの声が拡声器越しに響く。
この国における『大統領』という存在が、他国の王様や殿様や教皇様と決定的に違う点は、しょっちゅう国民の前に姿を表し、しかも結構長めのスピーチを行うことだ。それは『選挙』という特殊な手続きを経て選ばれる、この国に固有の事情にも関わっている。
そんな事情もあって、このヒゲの大統領の声は国民には馴染みであり、また国民ではないがシュバルツバルト共和国内に拠点を持つカプラ嬢たちも同様である。
ましてジュノーに女子寮を持ち、この街を中心に街角を守るカプラ・グラリス達はなおさらで、当然、聞き慣れた人間の声をいちいち聞き間違えるような間抜けもいない。
びゅん!
橋に向かって移動を開始した戦車・バドンの真上を、何かが高速で通過する。
矢だ。
かーん!!!
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーの仕事と理解するより早く、橋の袂に集まっていた敵兵が1人、自分のバリア呪文の発動に驚いて顔を上げる。
そして次の瞬間、
ばつん!
首筋を撃ち抜かれてぶっ倒れた。
息をもつかせぬ2連撃。一の矢でバリア呪文を消費させ、二の矢で倒す。しかもこの射程、通常の矢場の数倍では効かない距離だ。
もっとも飛行船『マグフォード』の船上で、既にキロ単位の長距離射撃を見せつけられてきたことを思えば、この程度の射撃にいちいち驚いていては身が持たない。
ひょう!!
直後、飛来したのは銀色の疾風。
風に愛された女神の翼を持つ武装鷹・灰雷(ハイライ)だ。なぜか理由は不明だが、今は主人であるG1の指揮下を離れ、まるで自らの意思と戦略があるかのように行動し、戦いを続けている。
がっ!! がっ! がっ!!!
完全武装の爪と嘴、そして刃と化した羽を武器に、一襲にして3人の敵兵の眼窩をえぐり、二の腕を握りつぶし、喉を切り裂く。
「撃(て)ぇ!」
どぉん!!!
ヒゲの大統領の射撃命令に、双頭戦車バドンの砲身が火を噴いた。直後、
だがぁん!!
橋のたもとに砲弾が着弾、橋を破壊しようと集まっていた敵兵を一気に突き崩す。
「ハート技研の諸君は、カプラ嬢たちと合流してくれ!」
「わかった……大統領、武運を!」
戦車と共に地上に出ていたイナバ技師以下、ハート技研の社員達が、見よう見まねの敬礼で戦車を見送る。
その背後、不時着した飛行船『マグフォード』からは、グラリスNo10・長身のG10ロードナイトを先頭に、カプラの前衛部隊がこちらに向かってくるのが見える。
一方、戦車に従うのは大統領の親衛部隊と、戦車の車内にちょこなんと座り込んだ少年賢者・架綯(カナイ)。戦車の外にはカプラ公安部のエスナ・リーベルト。
そしてもう一人、グラリスNo16自動人形(オートマタ)。今はディフォルテーNo4、モーラの魂が乗り移った憑依型グラリスが戦車の直衛だ。
そしてバドンの車内狭しと働く瑞波の無代その人。
「ありがとう! 機甲前進(パンツァー・フォー)!」
ヒゲの大統領が気どって答礼、そしてお決まりの台詞。
がああああああ!!!!
バドンが加速する。車体の前部が持ち上がったまま降りてこない、その走りっぷりは、まるで大海で船を襲う巨大なサメが、波を蹴立てて突進しているかのようだ。
同時に、大統領親衛の騎鳥騎士や魔法使い達が、僧侶の加速呪文を受けてだっ、とばかりに走り出す。速い。だが、滑らかな石畳が敷かれたジュノーの市街地では、戦車のスピードも相当だ。
がああああああ!!!!
たちまち浮遊岩塊をつなぐ空中橋に近づく。
「閣下、我々が先行します!」
「いかん!」
戦車を追い抜いて橋を渡ろうとする親衛隊を、しかしヒゲの大統領が止める。
「敵の集中攻撃があるぞ。キミらでは良い的(まと)だ。 ここは戦車で突破する!」
言うなり、小太りの身体を砲塔から引っ込め、バタン、と装甲扉を閉めてしまう。
「このまま橋を押し渡る!」
「承知!」
二門の戦車砲に、それぞれ砲弾を装填し終わった無代が応える。どうでもいいが、本来は部外者のはずの無代なのに、いつの間にか戦車を仕切っている。
「前進(フォー)!」
ヒゲが跳ね、戦車が進む。空中橋。空中都市ジュノーを構成する3つの巨大岩塊と、シュバルツバルトの大山脈をつなぐ四大橋のひとつだ。
一個小隊が横列を組んで通れる、とされるこの巨大な橋は、人や物資の往来はもちろん、巨大岩塊が風に流されないように繋ぎ止める連結機構の役割も持っており、その強度は折り紙付きだ。
がつん!
戦車の無限軌道が、橋と岩塊のつなぎ目を乗り越える。この部分は可動式で、風などの影響を受け流す緩衝機構となっている。戦車の重みを受けた橋が一瞬、沈み込むような動きをみせたのが証拠だ。
があああ!!
戦車が走る。
どぉん!
走りながら発砲。当たりはしないが、橋を破壊しようと工作する敵部隊を牽制する。
その間にも、カプラの遠矢と灰雷の攻撃が続く。
「間に合え!」
ヒゲの大統領が叫ぶ。瞬間、
だっ!
橋のたもとに集まっていた敵が、一斉に退いていく。工作が完了した。
「いかん……! エンジン全開!」
がああああああああ!!!
戦車のエンジンが吠える。思い切り持ち上がった前方の覗き窓には、細く切り取られたシュバルツバルトの空の青。
戦車と、それに続く親衛隊が橋の上を急ぐ。G10たちはまだ後方、橋にたどり着いていない。
その時。
ずがぁあああん!!
目指す橋のたもと、右方向で大爆発が起きた。敵が工作していた、恐らくは爆弾が爆発したのだ。
がくん!
橋が一気に斜めに傾く。
「うわあああ!?」
傾いていく戦車の中に、悲鳴がこだまする。
「若先生!」
「平気ですっ!」
架綯をきづかう無代に、少年賢者が気丈に叫び返す。
「怯むな、突っ切れ!」
「うぉおおお!!」
戦車の操縦手が唸り声を上げ、必死に操縦桿を操作。波打つ橋を乗り越えていく。
だだだっ!
何かが外を駆け抜ける音。後に続いていた親衛隊だ。この悪条件では、無類の走破性を持つ騎鳥ペコペコや、いっそ加速呪文でスピードアップした徒歩の方が速い。
がらがらがらがら!!
橋が崩壊する。まず上面の石畳が砕け散り、その中に仕込まれた頑丈な鉄骨が歪み、ねじれていく。
空中に浮遊する巨大な岩塊に、不断に影響する風の負荷が、一気に押し寄せてくる。
があああ!!
ほとんど斜めになりながら、バドンが走る。
「行け!」
がぁん!!
戦車が飛び跳ねた。岩塊と橋をつなぐ、今や捩くれて千切れる寸前の緩衝機構を、無限軌道が乗り越えたのだ。
ソロモン岩塊。シュバルツバルトの大統領府やセージキャッスル等の重要施設を要する巨大岩塊。
戦車はたどり着いた。しかし、
ががががががが!!!!
橋が、ついに崩壊する。石はすでに散り散りになって地上へと降り、残った鉄骨の最後の一本が捻れ、根本から千切れてぶらん、と垂れさがった。
「おのれ!」
橋の直前で停止せざるを得なくなったG10が歯噛みする。この橋を落された今、彼女らがいるミネタ岩塊から、大統領達に続いてソロモン岩塊に渡るには、ぐるりと迂回してハデス岩塊を通るルートしかない。
時間がない。
事実上、ヒゲの大統領府達は孤立したのだ。
がん!
橋のたもとで停止した戦車の装甲扉が、まるで跳ねるように開く。
「エスナ、無事か!」
飛び出してきたのはヒゲの大統領、そして無代だ。
「大丈夫……!」
気丈な返事はエスナ。長い紫の髪を乱しながらも、どうにか戦車にしがみついている。
「よかった……!」
ヒゲの大統領が目に見えてほっとする。だが猶予はない。
「閣下、囲まれます!」
「わかっている!」
戦車の周囲を固めた親衛隊に、大統領が怒鳴り返す。カプラの援軍がない以上、彼らは逆に崖っぷちへと追い詰められた格好だ。
「ここにいても死ぬだけ、ならばこのまま敵を突破して、セージキャッスルに突入するしかない!」
大統領が決然と言い放つ。
「機甲前進!」
聳え立つ賢者の塔へ、戦車が走り出す。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
3兄弟長男 illust/64973395
次男 illust/64973858
3男 illust/64974318
三姉妹長女 illust/64975018
次女 illust/64975266
三女 illust/64975494
前日譚 novel/8675662
第1話 novel/8887486
]]>JUGEMテーマ:Ragnarok
長身のグラリスNo10・G10ロードナイトの大音声が、ジュノーの空中都市を鮮やかに切り取った。
その声が切り取った空間、それこそは彼女が認めた『戦さ場』であり、その声を後ろに聞く者は味方、そして前に聞く者が敵である。
「我が名はオウカ!」
ふぉーっ、ふぉぉーっ♪
G10の名乗りを、高らかなラッパの音色が飾る。グラリスNo6・虹声のG6ジプシーが率いる音曲隊。そこには彼女の弟子となるグラリス・ダンサーだけでなく、G10配下のグラリス・ナイトも加わる。
「我が姓はラピエサージュ!」
だぁん! だだだぁん!
騎士連による打楽器。
騎鳥ペコペコの背に乗せて打つ特大の大太鼓や、雷神の如く連ねた小太鼓。楽器を持たぬ者はなお、盾を剣で打撃する。
「我が血の誉れは遥か千年、忌まわしくも遠き聖なる戦に源を発する……だが!」
G10の声が高まる。
「その栄光、語り聞かせる相手にとって、貴様らは不足!」
ぶん!
片手の大剣が敵を指す。と、同時に、
ぶわぁっ!
G10が騎乗する愛鳥・グレイシャの青い両羽が左右へ、水平に開かれる。
瞬間、『グレイシャ』の名の通り、辺り一面が氷河の蒼に染め上げられる幻。
空を飛べないペコペコの羽は、身体の大きさに比して、長さも大きさもかなり退化している。
だがグレイシャが広げた羽は鷹師の鷹、あの武装鷹・灰雷(ハイライ)もかくやの精強、そして豪奢。
無論それは本来の羽ではなく、同系色の青で染めた『付け羽』なのだが、それが見事なグラデーションを描いて広がる様は、もはやそれだけで芸術品だ。
これを初見で飾り切った瑞波の無代、まさに面目躍如といったところだろう。
だがG10とグレイシャ、見ものはこれで終わりではない。
「ゆえに! これより聞かせるは我が名、我が姓、我が血の栄光にあらず!」
すすすっ、と、グレイシャの右片羽だけが顔の前に折りたたまれる。
『片羽目隠し』
そう呼ばれる構えは、こちらの怒りを内に溜め、相手を蔑み侮辱する意味。
「聞かせるは罪!」
ずばっ!
グレイシャの両羽が上に45度跳ね上がり、ついでに片足も跳ね上げる。これぞ名高い、
『荒ぶる鷹の構え』
G10を乗せたまま、片足の不安定なポーズをとりながら、しかしグレイシャの姿勢には微塵の乱れもない。
「貴様らの罪!」
ずずずずずっ、とグレイシャの羽がさらに上へ。そして両羽の先端が頭上で出会う時、艶やかに広がった羽が描くのは円。
『前日輪の構え』
訓練を積んだペコペコでさえ困難とされる難ポーズも、グレイシャとG10にかかれば朝の背伸びと変わらない。さらに、
「犯した罪の数!」
羽は日輪を模ったまま、片足でくるり、と180度回転。敵に尻を向けたと見るや、
ぶあっ!!
今まで畳んでいた尾羽を、孔雀のごとく扇に広げる。これも付け羽、それも子供の背丈ほどもある長大な青羽とあれば、広げた様はまさに壮観。
空中都市を渡る風さえ、極地の氷河の香りに変わる。
「……くっ!」
鳥に派手さで負けた、と本気で悔しがるのはG6ジプシー。
「……くっ!」
なぜか同じく悔しがるのがグラリスNo2・細身のG2ハイウィザード。
じゃ、じゃあーん♪♪
バックの音曲隊も、演奏が佳境に入る。G10の口上に被らないよう、しかもグレイシャの動きに音を正確にハメるG6の指揮。
「罪、ひとつ!」
G10の声で、グレイシャがまた180度振り向く。さらに右羽を前へ、地面と平行に伸ばし、左羽を上へ垂直に立てる。
そして片足のまま、
だん!
一歩前へ。
だん!
もう一歩。
だん! だん! だん! だん!
「冒険者の、人類の宝たるカプラ社に、何をした!」
G10の口上に合わせ、片足のまま跳ねるように前へ、前へ。
そして足を入れ替え、羽の左右も入れ替えて、また前へ。
『羽飛び六方』
ペコペコの騎鳥術において最高レベルといわれる歩法が、ジュノーの石畳を高らかに鳴らす。
グラリスNo10・師範貴騎士。その愛鳥グレイシャ。
戦に先駆け味方を鼓舞し、敵を畏怖させる、これが『戦舞(ウォー・ダンス)』である。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「グレイシャ!!」
グラリスNo9・義足のG9パラディンと、同じく長身のG10ロードナイトが、同時に愛鳥の名を叫んだ。
漆黒の羽を持つ、ひときわ巨大な騎鳥がG9の『フィザリス』。
世にも稀な青い羽をなびかせるのがG10の『グレイシャ』。
2羽のペコペコがジュノーの市街地を突っ切り、不時着した飛行船『マグフォード』で待つ2人の主人の元へと疾走してくる。
「イヤーッ!!」
フィザリスの背中、すっくとばかりに忍者立ちをきめたグラリスNo14・覆面のG14ニンジャが、追跡してくる敵に向かってクナイを投げ続けている。
「敵の足を止める」
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、くるりと向きを変えて弓を構える。ハデス岩塊で市民を監視していた敵は既に壊滅、残った少数も市民や、セージキャッスルの賢者たちによって袋叩きにされている。
ひょう!
相変わらず、ろくに狙いもせず無造作に放たれるG1の矢が、敵の先頭を走る騎鳥騎士を直撃。
カーン!!
甲高い魔法の発動音。これはバリアに防がれる。だが直後、
だぁーん!!
重く響いた銃の射撃音と共に、騎士の身体が騎鳥ペコペコから弾き落とされた。
「……ヒット」
「見りゃわかるさ」
双銃シキガミの片割れ『オロチ』を、伸ばした右手に構えたまま、グラリスNo11・双銃のG11ガンスリンガーが軽口を叩く。相手はスポッターとしてそばに控えた弟子のテーリングNo4・T4。
ライフルも使わず、拳銃1丁でこの距離の狙撃を成功させるG11といい、G1といい、どうにも人間が相手だと、正しい意味での役不足を感じる。
いっそ『セロ』のような戦前機械でも相手に大立ち回りしている方が、よほど釣り合いが取れているのではないか。
2羽のペコペコを追っていた一団があわてて急ブレーキをかけ、逆に後退して市街地に逃げ込んだのも無理はない。馬鹿正直に追跡を続けていたら、2羽に追いつくまでに全滅させられかねない。
カーン!!
そうするうちにも、バリア魔法の甲高い発動音を響かせ、G9パラディンが『マグフォード』の甲板から飛び降りる。
といっても、常人では歩行すら困難なほどの全身鎧。人外のパワーを持つホムンクルス製の義足で甲板を蹴るまでは良いが、着地はほとんど墜落と同義だ。
もっとも、降りる前にグラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストからバリアを贈られたのはG9を守るためではない。
ジュノーの石畳の方を保護するためである。
「ありがとう、G14。フィザリス、来い!」
よいしょ、と起き上がったG9、その白銀の鎧めがけてフィザリスが走り寄る。
「イヤーッ!」
背中に直立していたG14ニンジャが、その跳躍力を見せつけるように大ジャンプし、ひらりとG9の側へ着地。
「フィザリスの武装は貴女?」
「いや」
G9の質問に、覆面のままのG14が首を振りながら、小さなメモをつまんで見せ、
「無代さん」
「……?!」
G14が見せたメモは、カプラの女子寮に忍び込んだ無代がG14ニンジャの部屋から道具を拝借した時、詫びの言葉を残したものだ。
くう、とフィザリスが喉で鳴く。
いいから早く乗れ、というのだ。
「そうか……本当になんでもできるな、あの人は」
ふー、というため息は、呆れたのか感心したのか。分厚い鎧の上からでは表情のカケラも読めない。
「グレイシャも完璧です、G9。……難しい装備なのに」
こちらはG10。G9と同じく船を降り、愛鳥グレイシャの装備を確認していた。
「無代さんには、こうなることが分かっていたのでしょうか?」
「それは……わからないけれど」
G10の質問とも、独白とも取れるつぶやきに、鎧の中からG9。
「少なくとも、私たちがここに帰ってくる。そう信じていてくれたのだろう」
その答えに、若いG10の顔がぱっ、と輝く。
「そうですね! そして、私たちは帰ってきた!」
「うむ」
答えるや否や、だん、と義足で石畳を踏みつけ、一息で愛鳥の背にまたがるG9。通常ペコペコは立ったまま騎士を乗せるが、G9の全身鎧では鞍によじ登れないため、フィザリスの方が石畳に座り込む形で騎乗。
直後、フィザリスがぐい、と足を踏ん張って立ち上がる。フィザリス自身の鎧とG9、総重量は1トン近いはずだが、その足に乱れはない。
ペコペコという生物が本来持っているパワーを差し引いても、この黒鳥の怪力は群を抜いているといえる。
「貴女も乗れ、G10」
「承知!」
力強く応えた若き女騎士の周りに、近習代わりのカプラ・ナイトたちがわらわらと集合。一人は鏡を掲げて、一人は最後のメイク確認。一人は髪型をチェックし、残りは手に手に磨き布を持って、G10の鎧を磨きあげる。
船内でもたいがい磨いたはずだが、それこそチリ一つ残さず磨かないと気が済まないと言わんばかり。
「参る!」
ついにG10がグレイシャに騎乗。鎧の色は青銀色。
世にも貴重なグレイシャの青羽に合わせたものだ。
かかっ、とグレイシャの爪が石畳を叩き、青色の騎士が進み出る。
「やあ、やあ!!!」
受け取った兜を左脇に抱え、魔剣『暴食(グラ)』を右手に抜き放つ。
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスNo2、G2ハイウィザードが叫ぶ。
飛行船『マグフォード』が、自らのアンカーの鎖に引かれ、ちょうど砲丸投げの選手が振り回す砲丸のように大きな楕円軌道を描きながら、空中都市の上空を飛ぶ。
高度がさらに下がる。
がしゃがしゃがしゃがしゃああ!!!
ミネタ岩塊に広がる市街地、やや背の低い住宅の屋根を『マグフォード』の船艇が削り、石の瓦が液体か、いっそ煙のように粉砕されて四散していく。
『マグフォード』の船体は奇跡的に平行を保っているが、すでに舵もなにも効かず、さしものグラリスたちも甲板にしがみつくしかできない。
もしこのままどこかに引っかかって転覆でもすれば、船体は市街地を転がりながら大破、分解。
もちろん、乗っているカプラ嬢たち、乗組員すべてが助からない。
「頼む……っ!」
グラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミスが祈るように叫ぶ。
鎖がさらに引かれ、『マグフォード』の軌道は中央広場へ。高度がさらに下がり、住宅や商店を蹴散らすように船は進む。
甲板の上は、その破壊による瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「ふ……んっ!」
グラリスNo9・義足のG9パラディンが、片足で甲板を蹴って船首へ。ホムンクルス技術で作られた生体義足により、人智を超えたパワーと機動力を発揮できる彼女ならではだ。
その身体を包む鎧も、義足の片足だけは関節部分に磁石が使われ、着脱が自在である。
がすん!
パラディンの巨大な盾が船首に打ち込まれる。即座に、盾の形が変えんばかりの瓦礫ががんがんと降り注ぐ。
「できるだけ私の後ろへ!」
「んなこと言ったって!」
G9の指示に、G2が苦情を叫び返す。が、それも無理はない。
揺れる、というより跳ね回るような甲板。降り注ぐ瓦礫。バリア呪文で防御されていなければ、今頃は全員、ボロ布のように身体を切り裂かれていただろう。
そして、バリア呪文にも限界はある。
「んなろお ! 『セイフティーウォール』!」
G2ハイウィザードが、魔術師専用の防御呪文を発動。僧侶のそれと違い、ダメージを完全に防ぐことはできず、しかも地面や床に固定されてしまう。
だが。
「『セイフティーウォール』! 『セイフティーウォール』!」
G2の呪文が連続発動。グラリスたちがしがみつく甲板を、円筒形の防御光が埋め尽くしていく。
「さっすが渦ちゃん!」
グラリスNo6、虹声のG6ジプシーが絶賛。ハーネス頼みの不自由な身体を引きずり、円筒を伝ってパラディンの後ろへ。
「長くは持たないわよ!」
そういうG2自身はグラリスNo10、長身のG10ロードナイトに片手で抱きかかえられ、じたばたしながら移動中。
面白いのはグラリスNo13・死神のG13アサシンクロスだろう。人の心を持たず、殺人以外に何もできない美しき死神は、ずっと甲板の上で片膝をついた待機姿勢のまま。それでいて、飛来するすべての瓦礫を回避し続けている。もちろん座ったまま回避しているのではないく、一瞬だけ立ち上がり、避け、また座っているのだが、それがあまりに速すぎてふっ、ふっ、と一瞬、消えて見える。それを見て、
「なんか腹立つわー!!!」
G2、こんな時でも正直者だ。
「G7、こっちへ」
「ありがとう」
グラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストが、盲目のG7クリエイターの手をひく。盲目、しかも戦闘経験皆無の研究者であるG7だが、その割に傷が少ないのは、少女型ホムンクルス・リーフを連れているからだ。
「……!」
自動的に主人を守る本能を持たされたホムンクルスは、飛来する瓦礫も脅威と判定し、自分の身体を使って防御する。とはいえその彼女も、片腕と頭の半分を失うという大ダメージ。いくら偽りの生命、肉体が滅びてもたった一個の母細胞から復活できるとはいえ、あまりに痛々しい。
ばすん! ばす、ばすん!
4つのエンジンが限界を迎え、次々に停止を始める。
「降りるぞ!」
G5が叫んだ。降りると言っても、もちろん半分以上は墜落である。
すがががががが!!!! ばきん! ずがん!!
『マグフォード』の船艇が、ついにシュバルツバルトの石畳をとらえた。
「うひゃ!!」
甲板のグラリスたちの身体が、1メートル以上も跳ねる。G9パラディン、そしてG13アサシンクロスだけが不動。
がりがりがりがりがり……!
奇跡的に人家も商店も少ない一角を、『マグフォード』の船体が駆け抜ける。市民たちが別の岩塊へ移されていたのが不幸中の幸い。そうでなければ大惨事だったろう。
「広場ぁ!」
正面、中央広場を囲む石製のアーチ。
もちろん『マグフォード』が潜れる大きさではない。船首が突っ込み、一瞬で粉々に破壊。
「よし、このまま止まれば……っ!?」
G5がつぶやいた、その瞬間。
奇跡を起こし続けてきた『マグフォード』の運が尽きた。
がん!!
中央広場を囲むアーチの内側、もう一つの四角いアーチに船首が引っかかった。
速度が落ちている。破壊できない。
行き場を失った『マグフォード』の船体が横向きに滑る。
ドリフト状態。だが、陸に上がった船は、横方向には踏ん張れない。
ばきん!
最後に残った左の気嚢が、船体を残して剝げ落ちる。
『マグフォード』の船体が一気に傾く。
「転覆!」
G5。
今の速度からいって、このまま横倒しで済めば御の字。
広場の上を転がりでもしたら死人は覚悟だ。
ばあん!!
嫌な予感は当たる。
横滑りした『マグフォード』が、残った石のアーチに横っ腹を突っ込み、そのまま横転。
巨大な船体が宙を舞う。
この高さでも、落ちれば船はバラバラだ。
「ちくしょー!」
心底悔しそうなG2の声が、石畳の上を逆さまに流れる。
あれほどに請い願った空中都市への帰還。その終幕がこれか。
『マグフォード』の運も、本当に尽きたのか。
いや、違う。
『マグフォード』の運なら、とっくに尽きていた。船だけならば、この遥か手前で沈んでいたはずだ。
だが、この船には乗っていた。
幸運の女神たちが1ダース。
いや、それ以上も。
『マグフォード』が空中で一回転、シュバルツバルトの紋章が刻まれた広場の中央へ落下し……
もふ。
巨大な船体が埋もれるほどの真っ白な体毛、それが『マグフォード』の落下を受け止めた。
「ご苦労様、『ベルガモット』」
盲目のG7クリエイターが、指の試験管を軽く鳴らす。
ホムンクルス・巨大種(ギガンテス)
中でも最大の防御力を誇る『アミストル』の巨大種が、再び『マグフォード』とカプラ嬢、乗組員の命を守った。
度重なる召喚で、もはや餌がない。巨大種を出現させておける時間は極小。
羊に似た、しかし小山のような白い身体が、同量の有機塩へと還元され、サラサラと崩れていく。
それにゆっくりと流されるように、『マグフォード』の船体が石畳の上へ。
『接岸』
アーレィ・バークの声が、今や完全に静まり返った船内に響き。
やがて大きな歓声にとって代わられる。
飛行船『マグフォード』は、こうして空中都市・ジュノーへ帰還した。
『必ず帰る』
無代との約束を果たしたのである。
つづく
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ばきん! がつん! !!!!
飛行船『マグフォード』、その最大の特徴である左右二つの気嚢と、船体をつなぐ連結機構が次々に折れ、あるいはちぎれて空中に散っていく。圧倒的な戦力を誇る飛空戦艦『セロ』との戦いで、ほとんど理不尽ともいえる無茶苦茶な飛行を続けてきたダメージが、ついに船体の崩壊へとつながった。。
カプラ嬢たちを乗せた船体をもはや支えきれない。
「落ちちゃう……!」
グラリスNo2、G2ハイウィザードが叫ぶ。
着地のチャンスは今、無代たちの砲撃で『セロ』は遠ざかっている今しかない
「ここだぁ!」
叫び返したのはグラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミス。
息を吹き返した4つのプロペラエンジンにしがみつき、メンテナンス用のカバーを次々に素手で引っぺがす。そして自らのカプラ倉庫から何かの装置を取り出すと、まるで殴りつけるような勢いで4つ全てに装着。
「これが最後、ブっ飛びやがれ! 『カートブースト』……じゃねえ、『アクセラレイション』!!」
そのスキル名は、今はまだ彼女しか知らない、使うこともできない。
ばすばすん、ばすん!
4つのエンジンが一斉に、一度咳き込むような異音を奏で、排気管から真っ黒な煙が吹き上がる。
「退避! エンジンから離れろ!! 今度のはケタ違いだ! 巻き込まれても知らねえぞ!」
G5が、エンジンの周囲にいた甲板員たちに怒鳴り、ついでに仲間のグラリスたちにも注意喚起。そして自分一人残って周囲を指差し確認したあと、最後にダッシュで離脱。エルニウム製の安全靴が、ガンガンと甲板を打つ。
ぶぉ、ぉぉぉおおおああああああああああんんんん!!!!!!!!
エンジンが叫ぶ。真っ黒だった煙が白く、そしていつしか真っ青な、空の色に変わっていく。
ああ!!!ああああ!!!!ああああああああ!!!!!!
今までとは明らかに違う、凄まじい高回転。
そして、爆風にも似た暴風が、『マグフォード』の甲板を吹き荒れる。
凄まじい推力を得た船体が、ぐん、と前に押し出される。
「うお、っとお!!」
奇声をあげたのはグラリスNo8、裸足のG8チャンプ。頭にかぶっていた赤銅色のヘアピースが風で吹っ飛びそうになった。彼女本来の頭髪は短く刈り込んだ黒髪で、『グラリス』を演じる時のみヘアピースをかぶっている。決して簡単に取れるようなチャチなものではないのだが、チーム・グラリスの大活躍を振り返れば、いろいろと限界にきていても無理はない。
「もう、邪魔!」
ヘアピースをヘアバンドごと頭からむしり取り、異次元のカプラ倉庫へ。
一方、G5は伝声管へ、
「船長! 持っても1分だ!」
『了解』
アーレィ・バークの返事は短い。といって、もはや彼にできることもほとんどない。
ばきん! ばきん!
離れ始めていた外側の気嚢に、逆に船体が食らいつく。というより、むしろ食い込んでいく。まだ生き残っていた連結機構の端が、ブスブスと気嚢に突き刺さる。
「よし! G10、アンカー切れ!」
「承知!」
G5の言葉に、グラリスNo10・長身のG10ロードナイトが反応する。
カプラ倉庫を起動させ、空中から取り出した大剣は魔剣『暴喰(グラ)』。聖戦時代から代々彼女の家・ルーンミッドガッツ王国の名家ラピエサージュ家に伝わる家宝だ。
「『オーラ』……」
刀身に闘気を込めるスキルを唱えながら1歩目を踏み出し、2歩目で大上段に振りかぶる。基本に忠実、というより基本そのもの、あらゆる騎士のお手本として一切恥じることのない完璧なムーブメント。
そして3歩目でダッシュしつつ、目標を正確に斬撃。
「……『ブレイド』!」
ばつん!
さしも頑丈な『マグフォード』の後部アンカーワイヤーが、根本から綺麗に切断される。
びゅうん……
千切れたワイヤーが、荒れ狂う風の形をなぞりながら飛び去り、そして自由を得た『マグフォード』が最後の飛翔を始める。
ああああああああああああ!!!!!
エンジンが叫び、離脱しかけた二つの気嚢に無理やり身体をあずけるように、船体を前へ、前へと押し出す。
真下に空中都市。
都市上面にジュノーの市民がひしめき合い、そして一斉にこちらを見上げているのが見える。ということは、ここは『ハデス』岩塊。空中都市を構成する3つの超巨大岩塊のうち最も小さく、『シュバイチェル魔法アカデミー』など技術・研究関係の施設や企業が集められた岩塊だ。
「ここ?! 目指してたの、『ミネタ』でしょ!?」
もはや着陸場所など選んでいる状況でないのは明らか。だが、そこをツッこむのがG2ハイウィザードだ。
「ここはダメです! 市民を潰してしまう!」
グラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが悲痛な声を上げる。
どんな形であれ、『マグフォード』の船体が群衆のど真ん中に胴体着陸すれば大惨事は免れない。治癒・蘇生魔法の存在があるとはいえ、蘇生すら不可能なレベルにまで損壊した死体が千人単位で並んでは、いかにチーム・グラリスといっても打つ手はない。
『マフォード』の高度が落ちる。
このまま高度を落とせば船底で市民を轢き潰し、最後は魔法アカデミーの建物に激突・四散。
逆に落とさなければ『ハデス』岩塊を飛び過ぎ、ジュノーの遥か向こう側へ落下する。
その時。
甲板上にいた『グラリス』が全員、一斉に動いた。
かけ声も、アイコンタクトもなく、しかし完璧な連携。全員が、他の全員の思考を正確に理解し、まるで一つの脳、一つの反射神経を共有するように動いたのだ。
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、残った前部のアンカーに取り付き、発射用のボウガンを真横に向ける。アンカーは装填済み。
狙いは『真横』。
そこに見えるのは『ミネタ』岩塊。巨大なシュバルツバルトの紋章が描かれた中央広場と、そこへ続くジュノーの大門。
狙う、と言っても、甲板の上はまともに立っていられないほどの振動と揺れ。しかしトリガーを握るのはG1スナイパーその人だ。
「いけ……!」
ばしゅん!
アンカーが大門目指して飛ぶ。風を裂き、あるいはなぞるように。
がきん!!
アンカーが、大門の根元に正確に突き刺さり、そして大門の端の尖塔に完璧に引っかかった。
『右旋回! 吹っ飛ぶぞ!』
バークの声が、全艦に響く。
グラリスたちがハーネスを再接続。グラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストがバリア呪文を振り撒く。
グラリスNo9・義足のG9パラディンだけは間に合わない。巨大な鎧を甲板に固定していたワイヤーを、再び張り直す時間はない。
がつん!
鎧の踵から、太い杭のようなヒールアンカーが甲板深く打ち込まれる。
どすん!
持っていた巨大な盾の、尖った下部を甲板に突き立てる。これで三点支持。
瞬間。
がぁん!
『マグフォード』の船体が、巨大な拳で真横からぶん殴られたような衝撃。
アンカーのワイヤーによって、船の向きが強引に変更された。『ミネタ』を中心にとした楕円軌道。
グラリスたちの身体が真横へ吹っ飛び、鐘が連打されるようなバリアの発動音が全艦を埋め尽くす。
ばぁん!
二つの気嚢のうち、外側の気嚢がついに剥落を始める。あと数秒後には、ちぎれた風船のように行き場を失い、中へ向かって飛び去っていくだろう。
「アンカー引け!」
G5の声で、エンジンと直結されたアンカーワイヤーの牽引機構が起動。本来ならとても引けるような状況ではないが、全開を超えて回る今のエンジンなら。
ワイヤーが引かれ、『マグフォード』の船体が『ミネタ』に向かって引っ張られる。
『ハデス』を飛び過ぎた『マグフォード』が、大きく弧を描いて『ソロモン』の上を通過。
「ぶつかる!!」
G1の警告、直後。
がりん!!
高くそびえたジュノー政庁の尖塔に、『マグフォード』の船艇が引っかかった。
船艇が削られ、船が大きく傾く。
大統領府、そして賢者の塔をスレスレにかすめていく。
「『ミネタ』!」
G2が叫ぶ。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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どむーん!!
双頭戦車『バドン』が備える2門の主砲、その片方が火を吹く。
「続いて左主砲……撃ぇ!」
シュバルツバルト共和国大統領、今は『バドン』の戦車長におさまるカール・テオドール・ワイエルストラウスその人が景気良く命じる、と同時に、今度は左の主砲。
どぉんー!
反動で、戦車の車体やキャタピラー、そして戦車の車体が乗る巨大な石畳までが、ぎしんん、と軋みをあげる。
「右主砲!」
大統領の指示が飛ぶ、砲弾装填の手間を考えればだいぶ気の早い指示だ。が、
「良し!」
装填完了の返事が、ほとんど即座に返ってくる。
「撃ぇ!!」
だぁん!!
『バドン』には操縦手1人のほか、2門の主砲に1人ずつ、計2人の砲手が搭乗する。その一方で、砲弾を込める装填手は1人しかおらず、しかも首都を奪われた際のドタバタによる人手不足から、専門の装填手ではない大統領自身が代わりを勤めていた有様だった。
それが今。
「左しゅ……」
「良し!」
大統領の確認より早く、装填完了の合図が返る。その間にも、発車の終わった右主砲から空薬莢が引き抜かれ、ぽん、と一度宙を舞ったと見るや、戦車の隅っこ置かれた弾薬箱にことん、と綺麗に整列して収納される。と見るや、すかさず次の砲弾が取り出され、まるで吸い込まれるように砲塔内へと装填される。
魔法のようだが、もちろん魔法ではない。
2門の主砲の装填口にそれぞれ括られた2本の紐と、それを操る1人の男の仕業だ。
「撃ぇ!」
どぉーん!
左の主砲が火を吹く。すかさず、男が左手で紐を引き、自分の体を左砲塔の装填口へ。流れるように装填口を開き、厚い手袋をした手で空薬莢を微かに浮かせる。
「よっ!」
軽快な掛け声。引いた紐を空薬莢の下へ滑り込ませ、紐を弾く反動でぴょん、と空中へ。まるで戦車の中を舞うように見えた、これが正体だ。そして宙を飛んだ空薬莢が空き箱へ収まる、その様子を見もせずに、
「ほっ!」
新たな砲弾を左手一本で尻からつかみ出し、またしても引いた紐の上にするり、と滑らせたままに装填口へ。
「はっ!」
左の装填口が閉まった時には、もう右砲塔の面倒を見るため、右へと紐を引き始めている。
決して広くない戦車内で、装填手が2人いるかのような働きぶり。
「……凄いな!」
足元の戦車内を覗き込み、思わず感嘆を漏らす大統領に、
「右も左も装填済みでございますよ、閣下」
にやり、と笑いを返して見せたのは他でもない、瑞波の無代、その人だ。
「本当に初めてなのかね? 無代くん?」
大統領が疑念を抱くのも無理はないが、
「申し訳ございません。手前、シュバルツバルトの秘密兵器に触った経験はございませんので」
無代が苦笑する。が、それも当然。他国に対して秘密裏に開発された共和国機動部隊の秘密兵器に、一介の冒険者である無代が触ることはもちろん、見たことすらあるはずがない。
「それはそうだが……うーん」
そんなことは当然承知で、それでも大統領は首をひねる。実際、それほどに無代の仕事ぶりが見事なのだ。
元々、仮の装填手である大統領が片方の大砲の面倒を見る間、もう片方の面倒を少しでも見てもらおうと、装填の手順を教えたのだ。
それが無代、ほとんど一目見ただけで、
『なるほど、承知いたしました』
さらに2、3度作業を繰り返すと、もう大統領の作業速度を追い抜いてしまった。
それだけではない。
見る間に作業を自分流に改良し、挙句にはニンジャのロープを短く切った紐を車内に張りめぐらすと、
『僭越ながら閣下、ここは手前が』
大統領を本来の指揮席に追い出すと、代わりに2人分、いやそれ以上の働きを始めたのである。
結果、ジュノーの地下から抜け出した戦車『バドン』は、本来の設計性能を遥かに超える火力を得て、空中戦艦『セロ』に立ち向かうことになったのだ。
もちろん、戦車の主砲は空中の敵を攻撃する、いわゆる対空攻撃能力は持っていない。が、ここは世界に稀な空中都市。飛行機械と戦車の高度が偶然にも近づいた結果、
「丘の上の敵を撃つ要領だ! よく狙いたまえ! 右主砲、撃ぇ!」
大統領の声とともに、砲撃音が車内を満たす。
無代が動く。機械と機械の間を、軽やかな風のように駆け抜け、戦車を戦いの座へと導いていく。
瑞波の無代と言えば、
『戦いでは無能』
と誰もが口を揃えるが、多少見方を変えるだけで、その評価もずいぶん変わる可能性があるのではないか。
ずがん!
砲弾が新たに1発、船体を赤黒く染めた『セロ』を貫く。
飛行船『マグフォード』との戦いで、防御の要である流体装甲を失った『セロ』ならば、『バドン』の主砲でも十分なダメージを与えられる。
榴弾が装甲を焼き、徹甲弾が船体を穿つ。
「大統領、あの船には翠嶺先生がいらっしゃいます!」
無代が注意を促すが、
「大丈夫……というのもなんだが、この砲であの船の中までは届かんよ。人が乗るエリアは、それこそ難攻不落だ」
大統領が苦笑いで応じる。聖戦時代の、それも異世界から飛来したオーパーツがどれほどの怪物か、姉妹艦であるヤスイチ号を通じ、彼はよく知っている。
「今はヤツを『マグフォード』から遠ざける。装甲のダメージが蓄積すれば、飛行できなくすることも可能だ」
今は撃つのみ。
ちか、ちかちか、ちかちかちか!
『マグフォード』から発光信号。国民皆兵制を敷くシュバルツバルト共和国では、小学生でも読める。
「む……」
大統領が顔をしかめる。
「ヤツはすでに『ユミルの心臓』からエネルギー供給を受けている」
「え?!」
大統領の後ろから、ひょい、と驚いた顔をのぞかせたのは少年賢者・架綯(カナイ)だ。
無代に背負われて地下を脱出した時は、ほとんど病人同然まで衰弱していたが、今は自ら編み出した魔法を使い、顔に赤みがさすまでに回復している。
僧侶系の回復魔法とはまったく違う、細胞を活性化する炎の魔法陣。
後に『温呪(ウォーマー)』と名付けられることになる魔法は、『死体さえ、死んだまま回復する』と称された。
架綯、いくら虚弱でも生きている。回復は当然だ。
「若先生、お具合はいかがで?」
「もう平気です!」
無代の気遣いへ、返事にも張りがある。ちなみに大砲の爆音だけを鼓膜の直前で和らげる『耳栓』の魔法を、ついさっき即席で編み出したばかりだ。
ちか、ちか、ちか、ちかちかちかちか!!
『マグフォード』から発光信号。
「くるぞ、『マグフォード』が胴体着陸を敢行する! 『バドン』、西側の縁まで移動だ」
大統領が操縦士に指示し、『バドン』が動きだす。
「移動中も砲撃を止めるな。無代くん、いけるか」
「もちろんでございますとも」
無代が、もはや自分の手足と化した左右の紐を握り直す。
「……ありがとう」
いかにも偉そうな口髭の下で、大統領がつぶやく。一度は市民を捨てて逃げた国家元首が、異国の風来坊に頭を下げる。
そんな男に、瑞波の無代が返すのは笑顔。それ以外にあるはずもない。
「参りましょう、閣下。お下知を」
「うむ! 右主砲……うお?!」
砲撃を命じようとした大統領が、髭を歪める。
「どうなされました、閣下?!」
「いかん、『マグフォード』が……壊れる!」
ばりばりばり……!!
次の瞬間、車内の無代にもその音が届いた。飛行船『マグフォード』その船体と二つの気嚢が分離を始めたのだ。
「『マグフォード』が落ちる……!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、愛鷹の名を叫んだ。
武装鷹(アームドホーク)・灰雷。
最後に『彼女』を見たのは浮遊岩塊『イトカワ』に拉致される前。その時と比べれば、全身をガチガチの対物攻撃装備で固めた今の灰雷は、それこそ普段着のワンピースと全身鎧ほども違う。反射光を抑えた黒灰色の金属装備も、蒼空にあっては目視困難。
しかし、だからといって見間違えるG1であるはずもない。
ひょう!
灰雷がジュノーの空を駆ける。
カプラ嬢として街角に立つG1に従い、常にその翼を広げてきた空は、他でもない彼女の縄張りだ。
そこで勝手は許さない。
まして彼女が信頼する者たちに、害をなすなど論外。
ぎゅん!
怒りを込めた灰雷の翼が、嘴が、爪が飛空戦艦『セロ』を襲う。今や自慢の流体装甲を失い、飛行するのがやっとの『セロ』に対し、瑞波の無代が万全の武装をほどこした灰雷。決して釣り合わない勝負ではない。
とはいえ、やはりサイズ感の違いは如何ともしがたい。
ばつん!
灰雷の攻撃は確実にヒットしている。が、『セロ』に与えるダメージの総量で見れば、決して十分とはいえない。
「来い、灰雷!」
G1が呼ぶ。
猟師・ハンターの上級職スナイパーの中で、G1のように武装鷹とコンビを組む者を『鷹師』と呼称する。
彼女らは、いわゆる一般の鷹匠とは違い、武装鷹との間に一種の精神感応を通わせることができる。武装鷹の視覚や五感を鷹師が共有したり、逆に武装鷹が鷹師の脳を借りて、一時的に知能を引き上げたりすることが可能だ。
また、例えば騎士が自らの魔力を剣に転化し攻撃力を高めるように、鷹師の持つ魔力を武装鷹に転化することもできる。
むしろ武装鷹の真の力は、コンビを組む鷹師とリンクした時にこそ発揮される、といってよい。
「灰雷、来(け)ぇ! リンクだぁ!」
フェイヨン訛りもかまわず、G1が叫ぶ。冷静沈着を持って鳴るグラリスのトップ嬢をして、珍しく安定を欠いている。
とはいえ、それも仕方あるまい。
命を預けてきた飛行船『マグフォード』は、『セロ』との無茶な戦いで空中分解寸前。辛うじて後部アンカーを伸ばし、エンジンを全開にして姿勢を安定させているだけだ。
まるで風に吹かれるゴム風船。ヒモの先を木の枝に引っ掛けたまま、強風にあおられるゴム風船は、まるで空中に止まっているように見えるだろう。
今の『マグフォード』は、まさにそれだ。
この先、この状態を維持したまま、空中都市の上面へ軟着陸する。
『水に飛び込め。ただし濡れるな』というのに等しい奇跡を起こさねばならない。
だが。
「灰雷! 灰雷! どした、返事せぇ!」
G1の呼びかけが、虚しく宙に消える。
「どうしました、G1」
グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーが尋ねるが、G1はただ首を振り、
「わがんね……わからない。灰雷とリンクできない。こんなことは初めてだ」
G1が混乱している。これも珍しい。
「……! だめですG1、『セロ』がくる!」
G3の声が差し迫る。
灰雷の必死の攻撃にも関わらず、『セロ』が再び降下を始める。やはり大きなダメージは与えられない。
「ええい、近すぎっさ!」
巨銃エクソダスジョーカーXIIIに張り付いていたグラリスNo11・双銃のG11ガンスリンガーが、腰の2挺拳銃を両手に引き抜く。
右が『オロチ』、左が『イヅナ』の名を持つ双銃『シキガミ』は、彼女が師匠から受け継いだ愛銃だ。
ほとんどバンザイするように真上に構え、がぎん、がぎんと乱射を始める。ついでに、
「G1、ぼーっとしてないで撃つさ!」
言葉でG1をどやしつける。巨銃を撃つには近すぎるが、逆に魔法やスキル攻撃で届く距離ではない。届くとしたら銃か弓。あるいはもう一つ。
「『シールドブーメラン』!!」
ぶぉん!!
広い甲板の隅まで届く起動風に乗せ、『盾』が飛ぶ。グラリスNo9・義足のG9パラディンが、巨大な鎧を重機のように揺らし、左腕の大盾を『セロ』に向かって投擲した。
守護騎士のスキル『シールドブーメラン』。それをグラリスNo15・小柄なG15ソウルリンカーの『魂スキル』によってブーストし、飛距離を伸ばしている。
元々、あまり強力なスキルではなく、使われることも少ない技だが、今『セロ』に届く攻撃は多くない。
大盾が『セロ』を撃ち、そして戻ってくる。
「ワイヤー、外して!」
巨大な鎧の中から、伝声管を通じてG9の声。反応したグラリスNo10・長身のG10ロードナイトが、自らの剣を振るう。巨大な鎧を甲板に固定していたワイヤーが一斉に弾け飛ぶ。直後、剣を持ったままのG10が長身をひょい、と屈める。
その頭上すれすれ、回転する大盾が飛来。
「『シールドブーメラン』!」
ずん、と大鎧の足を甲板に踏ん張り、戻ってきた大盾を掴むや、再び投擲。
ぶん、と切り裂いた風が、グラリスたちの赤銅色の髪を舞い上げる。
「でえい、とっとと降りて来い!! 今度こそ灰にしちゃる! あたしぐらいになれば!!」
グラリスNo2・G2ハイウィザードのセリフは景気良いが、彼女にも無茶な薬物投与でダメージがある。『セロ』ほどの質量をどうにかできるとは、もはや思えない。
「くっそ……!」
グラリスNo5・美熟女のG5ホワイトスミスが吐き捨てる。復活したプロペラエンジンを必死でコントロールする彼女にとって、飛行船『マグフォード』にもやや何の力もないことは自明だ。『セロ』から逃げることも、避けることすらできないとわかっている。
「G3、私たちも!」
船内からディフォルテーNo1・D1が叫んでいる。カプラ嬢全員でかかれば、というのだろう。が、
(……無理だ)
焼け石に水、という言葉しか浮かばない。
降下してくる『セロ』を排除する間も無く、『マグフォード』は押しつぶされる。
(ここまでか……!)
さしものG3が『詰み』を意識した。
その時だった。
がつん!!
『セロ』の船体を、再び何者かが穿った。そして少し遅れて、
どぉーん!!
発射音。大砲だ。
「なに?!」
G3が目を見開き、新たな攻撃者を探す。
「あそこ!」
さすが神眼のG1が早い。眼下の空中都市、その石畳の上を指差す。
「あれは……?」
「戦車だ! ウチの『バドン』じゃねーか!!」
G5の声が弾む。自ら手がけた兵器を見間違うはずもない。そして、
「発光信号!! 『キカン……ノ』」
「『貴船の帰港を祝す……ムダイ?』」
「無代さん!!!」
真紅の髪をなびかせ、D1が甲板にかじりつく。
わあああっ!!
女たちが、カプラ嬢たちが湧く。
うぉおおお!!!
男たちが、船員、そしてアーレィ・バークの歓声までが伝声管を突き破る。
ずどぉん!!
戦車『バドン』が備える2門の主砲が、連べ打ちに『セロ』を撃つ。
「さすが無代さん、出迎えも派手だ」
『提督』アーレィ・バークが笑う。
「『マグフォード』、これよりジュノーに帰港する!」
つづく
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