「……皆、聞こえましたか」
騎乗したグラリスNo10・長身のG10ロードナイトがつぶやく。それは仲間たちへの確認というよりも、自分自身への問いに近かった。
「私は騎士です。なんとしても彼らを助ける」
カプラ嬢の師範組織『チーム・グラリス』に、騎士として最年少で加わった彼女らしい純粋さ。
だが、ことは言うほど簡単ではない。
目の前の橋、ミネタ岩塊とソロモン岩塊をつなぐ大橋は破壊され、使用不能。となるとソロモン岩塊に渡るには、いったん隣のハデス岩塊を迂回するしかない。
だがジュノー市民が幽閉されているハデス岩塊を押し渡るには時間がかかる上、その間に再びソロモンへの橋が落とされる可能性もある。
いや、もう落とされているかもしれない。
「急ぎましょう!」
それでも決然と愛鳥の手綱を引く。
見る者の目を射るかのような青色を基調に、これでもかと豪奢な飾りを着けたペコペコ・グレイシャの羽根が揺れる。
今すぐにでも配下を率いて、いや、たとえ単騎でも3つの岩塊を駆け通し、大統領や無代たちを救いに行く構えだ。しかし、
「落ち着け、G10」
いっそ静かと表現していい声は、グラリスNo9・義足のG9パラディン。G10のやや後方、巨大な鎧を身につけ、同じくペコペコに騎乗した聖騎士の基本スタイルだ。
しかしその姿。
モンスター『ヴェスパー』の姿を写した巨大な白銀の鎧は、G9の素顔はもちろん元の体型すら分からない重厚さ。
従える愛鳥フィザリスもまた、並みのペコペコよりふた周りは大きく、珍しい漆黒の羽根を重装甲で覆っている。
G10と愛鳥の豪奢さも素晴らしいが、戦場における存在感という点において、ここはG9が一歩勝ると言わざるをえない。
「なぜでしょうか、G9」
G10も反論するが、決して強くはない。G10が後輩ということ以上に、現実の戦場における経験値が段違いであることを、両者が自覚している。
「気持ちはわかるけど、G9。あわてるにはまだ早い」
G10の声はあくまで静か。
「確かに橋は落とされた。けれど『チーム・グラリス』が本当にそれで止まるのか?」
「……?!」
はっとした表情のG10。
「仲間の意見を聞いてからでも遅くはない、そう思わないか?」
G9の言葉に被せるように、
うぉぉぉんん!!!
ジュノーの石畳の上を、軽快なエンジン音が近づいてくる。そして、
ぎゃぎゃぎゃあああ!!!
ほとんど真横に滑りながら停止したのは、鍛冶師のカート。ホワイトスミスの加速移動スキル『カートブースト』。
グラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミスだ。ダサいヘルメットに安全靴。口にはタバコ。
「G3から伝令!」
グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーからの指示を持ってきた。
「『G5の指示に従い、大統領の戦車を救援せよ』だ!」
にか、と笑うガテン系美魔女に、
「方法があるのですか、G5!」
G10の表情が一転して晴れる。
「おうよ。手貸してくれや」
「無論、無論です!」
顔を輝かせ、視線をG9へ移すが、巨大な鎧の中のG9、表情は読めない。ただ、ひょい、と片手の手のひらを返して見せたのが、
(ほらね?)
という笑みの代わりか。そこへ、
「だーもう、カート乗せてって言ってるのに!」
文句たらたらで追いついてきたのはグラリスNo2・小柄のG2ハイウィザード。
「この格好で走り回るとか、ありえないんだけど。アタシぐらいになれば」
文句が続く。そのはず、このグラリス・ハイウィザードが着る重任務仕様のカプラ服は今や、魔力増幅のためのアクセサリーやら装備やらが満載。本人が小柄なだけに、いっそ装備に埋もれたようにさえ見える。
太古、聖戦時代の巫女もかくやの重呪装だ。
「悪りぃな。このカートは一人乗りなんだ」
にやり、とG5。だが、
「乗ってるじゃん!」
G2が指差すカートの荷台にちょこなん、と座り込んでいるのはグラリスNo15・神殺しのG15ソウルリンカー。
「荷物ダヨー」
「……荷物だな」
G5、まだキーキー言っているG2をスルーし、
「皆、指揮下のカプラ嬢も含めてオレについてきてくれ……っと、その前に、アレが邪魔だ」
指差す市街地に、レジスタンスの残存勢力。人数は大したことがないが、例の自動人形が相当数、地下から加勢している。
「……時間がない。強行突破しかありません。大統領や無代さんたちが心配です」
ぐっ、と手綱を引き、先頭に出るG10。
だが、その騎士の真横をすい、っと通り抜けた者がいる。
G2ハイウィザード。
「魔法使い殿?!」
味方に不意をつかれた格好のG10を、しかしG2は無視。
「G9」
「『ディボーション』」
一声で、G2の身体を聖騎士の献身が包む。これで、G2を襲ういかなるダメージもG9へと転嫁される。瞬間、
だっ!!
G2がダッシュ、続いて献身の光紐を引いたG9も駆ける。
「!!」
そしてG10。わずかも遅れなかったのは大手柄だ。もし遅れていたら彼女、自分で自分を許せなかったろう。
「G10、魔法使いの視界を塞ぐな。右へ開け。私は左だ」
「承知!」
指示を出すのはG9、即座に従うG10。
すでにG2の身体を敵の弓や銃弾が襲っているが、この楔体型の突撃は止まらない。なお、さらに後方にはグラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストが影のように追走し、強化や補助の魔法を贈り続けている。
瞬間、G2の足が止まる。
背中に斜めに背負った杖を、腰の脇に回した左手でホールド。
反対の右手は正面、霞んで見えるほどの片手高速印掌。
ぢぢぢぃっ!
超圧縮された呪文詠唱は、虫の鳴く音色に似る。
「『ストーム……』」
敵の頭上に真っ白な雲。召喚された極低温の霊物質(エクトプラズム)が、空気中の水蒸気を水滴化し、同時に凍結する。
「『……ガスト』ぉ!!」
どぉぅっ!!!
ジュノーの石畳を、巨大なハンマーでぶっ叩いたような轟音と同時に、超低温の爆風が横ざまに襲いかかる。
飛びかかろうと待ち受けていた自動人形が10体ばかり凍りつき、直後に砕け散る。
「……誰もついてこないかー。今季は不作だな」
G2のつぶやきを聞く者はいない。よってそれが、彼女の指導下にあるカプラ・ウィザードたちのことと知る者もいない。
「魔法撃つ戦場はどこか、自分で嗅ぎ分けろ。なけりゃ自分で作れ。……こればっかりは教えて覚えさせるもんじゃないのよ」
最前線、敵がうようようごめく石畳の上で、ゆうゆうと一撃目の戦果を確かめながら、G2。
「アタシぐらいになってもね」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
双頭戦車『バドン』が、一瞬だけ速度を落として回頭。直後、再び加速して走り出した。
目指すはセージキャッスル。
シュバルツバルト共和国首都・空中都市ジュノーを構成する三大岩塊の中で最小のソロモン岩塊で、大統領府と並んで中枢を構成する巨大構造物だ。
いくつもの尖塔が並ぶ外観から『賢者の塔』の異名を持ち、その地下には戦前機械(オリジナル)『ユミルの心臓』を秘匿する。
敵の狙いはこの『心臓』だ。
そして戦車の無代たちの目的もまた、心臓を敵の手から守ることである。
この世のあらゆる事象に対し、自在に干渉可能な『万能干渉装置』である『心臓』は、現在の人間では制御しきれないまま、ジュノーの周辺に重力異常を引き起こして無数の浮遊岩塊を空に浮かせる一方、近づく人間の精神に作用することで、その人間の潜在能力を解放する。
これが『転生』と称される現象で、この世に存在する様々な職業を極めた者たちが、さらなる高みへと至るための重要な通過儀礼(イニシエーション)だ。
セージキャッスルの事実上の主人である放浪の賢者・翠嶺は、この転生のシステムを広く解放した。それにより、力を求めてジュノーを訪れる人間が後を絶たない。
セージキャッスルの正面、大きく開いた玄関に『扉』が見当たらないのは、この塔に蓄えられた知識と知恵が、広く人類に開かれるべし、との理念を象徴する。
だが今、その知を独占し、そして邪な目的に利用せんとする輩が扉から内側へと、ゾロゾロこびり付くように侵入している。
翠嶺が見たら嘆く、どころか瞬時に『冬』と化し、建物ごと焼き払わんばかりに激怒するにちがいない。
いや、翠嶺でなくともヒゲの大統領を筆頭に、戦車の乗員や親衛隊、少年賢者架綯(カナイ)らシュバルツバルト人にとって、無残に侵略されたセージキャッスルの姿は、どうしようもなく心をえぐる。
「……畜生」
戦車の中、誰ともなく悪態が流れる。そこに被せて、
「声が小せえ!」
いきなり怒鳴ったのは他でもない、無代だ。
「声が小そうございますよ、皆さま! そんな声で、大事が成せますか!」
あおるなり、拡声器のマイクを突き出し、
「大統領閣下、お手本をお見せ下さいませ!」
「う、うむ?!」
いきなり振られたヒゲの大統領カール・テオドール・ワイエルシュトラウスが一瞬、目を白黒。
だが彼も政治家、決断は早い。
「うむ! 見ていたまえ諸君! こうやるのだ!!」
拡声器のマイクを握りしめ、齧り付かんばかりの勢いで、
『よく聞け、侵略者ども!』
があ!!! と、スピーカーが破れ鐘のような音を吹き上げる。
『この国は私の……私たちの国だ! 』
がりがりに割れたその声は、しかしソロモン岩塊の隅々に、さらには残る2つの岩塊にまで響く。
『貴様ら侵略者にくれてやるものなど、石のひとかけら、風のひと吹きもない!』
その声は涙に濡れてかすれ、先ほど見たグラリスNo10・長身のG10ロードナイトの戦口上と比べれば、いや比べるのも気の毒なほどにみすぼらしい。
だが、
『私たちの国から出て行け! そして2度と戻ってくるな!』
それは人間の声だ。
カプラ・グラリスたちのような超人でも、翠嶺のような賢者でも、勇者でも、王者でも、まして神でもない。
『故郷の川の橋が壊れたまま直らない。みんなが困っているから、なんとかしたい』
田舎の大工の息子として生まれた、このヒゲの大統領が政治を志す、それが原点だったという。
長い政治生活と国際政治の波に揉まれ、その純粋さこそ磨り減った。
しかし、その原点は見失っていない。
譲れないものは、譲れないのだ。
「出て行け、侵略者ども!!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
中の人が「正月疲れで何も考えられない」と申しておりますデス。
今週の更新はお休みさせていただきますデス。
]]>
シュバルツバルト共和国大統領カール・テオドール・ワイエルシュトラウスの声が拡声器越しに響く。
この国における『大統領』という存在が、他国の王様や殿様や教皇様と決定的に違う点は、しょっちゅう国民の前に姿を表し、しかも結構長めのスピーチを行うことだ。それは『選挙』という特殊な手続きを経て選ばれる、この国に固有の事情にも関わっている。
そんな事情もあって、このヒゲの大統領の声は国民には馴染みであり、また国民ではないがシュバルツバルト共和国内に拠点を持つカプラ嬢たちも同様である。
ましてジュノーに女子寮を持ち、この街を中心に街角を守るカプラ・グラリス達はなおさらで、当然、聞き慣れた人間の声をいちいち聞き間違えるような間抜けもいない。
びゅん!
橋に向かって移動を開始した戦車・バドンの真上を、何かが高速で通過する。
矢だ。
かーん!!!
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーの仕事と理解するより早く、橋の袂に集まっていた敵兵が1人、自分のバリア呪文の発動に驚いて顔を上げる。
そして次の瞬間、
ばつん!
首筋を撃ち抜かれてぶっ倒れた。
息をもつかせぬ2連撃。一の矢でバリア呪文を消費させ、二の矢で倒す。しかもこの射程、通常の矢場の数倍では効かない距離だ。
もっとも飛行船『マグフォード』の船上で、既にキロ単位の長距離射撃を見せつけられてきたことを思えば、この程度の射撃にいちいち驚いていては身が持たない。
ひょう!!
直後、飛来したのは銀色の疾風。
風に愛された女神の翼を持つ武装鷹・灰雷(ハイライ)だ。なぜか理由は不明だが、今は主人であるG1の指揮下を離れ、まるで自らの意思と戦略があるかのように行動し、戦いを続けている。
がっ!! がっ! がっ!!!
完全武装の爪と嘴、そして刃と化した羽を武器に、一襲にして3人の敵兵の眼窩をえぐり、二の腕を握りつぶし、喉を切り裂く。
「撃(て)ぇ!」
どぉん!!!
ヒゲの大統領の射撃命令に、双頭戦車バドンの砲身が火を噴いた。直後、
だがぁん!!
橋のたもとに砲弾が着弾、橋を破壊しようと集まっていた敵兵を一気に突き崩す。
「ハート技研の諸君は、カプラ嬢たちと合流してくれ!」
「わかった……大統領、武運を!」
戦車と共に地上に出ていたイナバ技師以下、ハート技研の社員達が、見よう見まねの敬礼で戦車を見送る。
その背後、不時着した飛行船『マグフォード』からは、グラリスNo10・長身のG10ロードナイトを先頭に、カプラの前衛部隊がこちらに向かってくるのが見える。
一方、戦車に従うのは大統領の親衛部隊と、戦車の車内にちょこなんと座り込んだ少年賢者・架綯(カナイ)。戦車の外にはカプラ公安部のエスナ・リーベルト。
そしてもう一人、グラリスNo16自動人形(オートマタ)。今はディフォルテーNo4、モーラの魂が乗り移った憑依型グラリスが戦車の直衛だ。
そしてバドンの車内狭しと働く瑞波の無代その人。
「ありがとう! 機甲前進(パンツァー・フォー)!」
ヒゲの大統領が気どって答礼、そしてお決まりの台詞。
がああああああ!!!!
バドンが加速する。車体の前部が持ち上がったまま降りてこない、その走りっぷりは、まるで大海で船を襲う巨大なサメが、波を蹴立てて突進しているかのようだ。
同時に、大統領親衛の騎鳥騎士や魔法使い達が、僧侶の加速呪文を受けてだっ、とばかりに走り出す。速い。だが、滑らかな石畳が敷かれたジュノーの市街地では、戦車のスピードも相当だ。
がああああああ!!!!
たちまち浮遊岩塊をつなぐ空中橋に近づく。
「閣下、我々が先行します!」
「いかん!」
戦車を追い抜いて橋を渡ろうとする親衛隊を、しかしヒゲの大統領が止める。
「敵の集中攻撃があるぞ。キミらでは良い的(まと)だ。 ここは戦車で突破する!」
言うなり、小太りの身体を砲塔から引っ込め、バタン、と装甲扉を閉めてしまう。
「このまま橋を押し渡る!」
「承知!」
二門の戦車砲に、それぞれ砲弾を装填し終わった無代が応える。どうでもいいが、本来は部外者のはずの無代なのに、いつの間にか戦車を仕切っている。
「前進(フォー)!」
ヒゲが跳ね、戦車が進む。空中橋。空中都市ジュノーを構成する3つの巨大岩塊と、シュバルツバルトの大山脈をつなぐ四大橋のひとつだ。
一個小隊が横列を組んで通れる、とされるこの巨大な橋は、人や物資の往来はもちろん、巨大岩塊が風に流されないように繋ぎ止める連結機構の役割も持っており、その強度は折り紙付きだ。
がつん!
戦車の無限軌道が、橋と岩塊のつなぎ目を乗り越える。この部分は可動式で、風などの影響を受け流す緩衝機構となっている。戦車の重みを受けた橋が一瞬、沈み込むような動きをみせたのが証拠だ。
があああ!!
戦車が走る。
どぉん!
走りながら発砲。当たりはしないが、橋を破壊しようと工作する敵部隊を牽制する。
その間にも、カプラの遠矢と灰雷の攻撃が続く。
「間に合え!」
ヒゲの大統領が叫ぶ。瞬間、
だっ!
橋のたもとに集まっていた敵が、一斉に退いていく。工作が完了した。
「いかん……! エンジン全開!」
がああああああああ!!!
戦車のエンジンが吠える。思い切り持ち上がった前方の覗き窓には、細く切り取られたシュバルツバルトの空の青。
戦車と、それに続く親衛隊が橋の上を急ぐ。G10たちはまだ後方、橋にたどり着いていない。
その時。
ずがぁあああん!!
目指す橋のたもと、右方向で大爆発が起きた。敵が工作していた、恐らくは爆弾が爆発したのだ。
がくん!
橋が一気に斜めに傾く。
「うわあああ!?」
傾いていく戦車の中に、悲鳴がこだまする。
「若先生!」
「平気ですっ!」
架綯をきづかう無代に、少年賢者が気丈に叫び返す。
「怯むな、突っ切れ!」
「うぉおおお!!」
戦車の操縦手が唸り声を上げ、必死に操縦桿を操作。波打つ橋を乗り越えていく。
だだだっ!
何かが外を駆け抜ける音。後に続いていた親衛隊だ。この悪条件では、無類の走破性を持つ騎鳥ペコペコや、いっそ加速呪文でスピードアップした徒歩の方が速い。
がらがらがらがら!!
橋が崩壊する。まず上面の石畳が砕け散り、その中に仕込まれた頑丈な鉄骨が歪み、ねじれていく。
空中に浮遊する巨大な岩塊に、不断に影響する風の負荷が、一気に押し寄せてくる。
があああ!!
ほとんど斜めになりながら、バドンが走る。
「行け!」
がぁん!!
戦車が飛び跳ねた。岩塊と橋をつなぐ、今や捩くれて千切れる寸前の緩衝機構を、無限軌道が乗り越えたのだ。
ソロモン岩塊。シュバルツバルトの大統領府やセージキャッスル等の重要施設を要する巨大岩塊。
戦車はたどり着いた。しかし、
ががががががが!!!!
橋が、ついに崩壊する。石はすでに散り散りになって地上へと降り、残った鉄骨の最後の一本が捻れ、根本から千切れてぶらん、と垂れさがった。
「おのれ!」
橋の直前で停止せざるを得なくなったG10が歯噛みする。この橋を落された今、彼女らがいるミネタ岩塊から、大統領達に続いてソロモン岩塊に渡るには、ぐるりと迂回してハデス岩塊を通るルートしかない。
時間がない。
事実上、ヒゲの大統領府達は孤立したのだ。
がん!
橋のたもとで停止した戦車の装甲扉が、まるで跳ねるように開く。
「エスナ、無事か!」
飛び出してきたのはヒゲの大統領、そして無代だ。
「大丈夫……!」
気丈な返事はエスナ。長い紫の髪を乱しながらも、どうにか戦車にしがみついている。
「よかった……!」
ヒゲの大統領が目に見えてほっとする。だが猶予はない。
「閣下、囲まれます!」
「わかっている!」
戦車の周囲を固めた親衛隊に、大統領が怒鳴り返す。カプラの援軍がない以上、彼らは逆に崖っぷちへと追い詰められた格好だ。
「ここにいても死ぬだけ、ならばこのまま敵を突破して、セージキャッスルに突入するしかない!」
大統領が決然と言い放つ。
「機甲前進!」
聳え立つ賢者の塔へ、戦車が走り出す。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
3兄弟長男 illust/64973395
次男 illust/64973858
3男 illust/64974318
三姉妹長女 illust/64975018
次女 illust/64975266
三女 illust/64975494
前日譚 novel/8675662
第1話 novel/8887486
]]>JUGEMテーマ:Ragnarok
長身のグラリスNo10・G10ロードナイトの大音声が、ジュノーの空中都市を鮮やかに切り取った。
その声が切り取った空間、それこそは彼女が認めた『戦さ場』であり、その声を後ろに聞く者は味方、そして前に聞く者が敵である。
「我が名はオウカ!」
ふぉーっ、ふぉぉーっ♪
G10の名乗りを、高らかなラッパの音色が飾る。グラリスNo6・虹声のG6ジプシーが率いる音曲隊。そこには彼女の弟子となるグラリス・ダンサーだけでなく、G10配下のグラリス・ナイトも加わる。
「我が姓はラピエサージュ!」
だぁん! だだだぁん!
騎士連による打楽器。
騎鳥ペコペコの背に乗せて打つ特大の大太鼓や、雷神の如く連ねた小太鼓。楽器を持たぬ者はなお、盾を剣で打撃する。
「我が血の誉れは遥か千年、忌まわしくも遠き聖なる戦に源を発する……だが!」
G10の声が高まる。
「その栄光、語り聞かせる相手にとって、貴様らは不足!」
ぶん!
片手の大剣が敵を指す。と、同時に、
ぶわぁっ!
G10が騎乗する愛鳥・グレイシャの青い両羽が左右へ、水平に開かれる。
瞬間、『グレイシャ』の名の通り、辺り一面が氷河の蒼に染め上げられる幻。
空を飛べないペコペコの羽は、身体の大きさに比して、長さも大きさもかなり退化している。
だがグレイシャが広げた羽は鷹師の鷹、あの武装鷹・灰雷(ハイライ)もかくやの精強、そして豪奢。
無論それは本来の羽ではなく、同系色の青で染めた『付け羽』なのだが、それが見事なグラデーションを描いて広がる様は、もはやそれだけで芸術品だ。
これを初見で飾り切った瑞波の無代、まさに面目躍如といったところだろう。
だがG10とグレイシャ、見ものはこれで終わりではない。
「ゆえに! これより聞かせるは我が名、我が姓、我が血の栄光にあらず!」
すすすっ、と、グレイシャの右片羽だけが顔の前に折りたたまれる。
『片羽目隠し』
そう呼ばれる構えは、こちらの怒りを内に溜め、相手を蔑み侮辱する意味。
「聞かせるは罪!」
ずばっ!
グレイシャの両羽が上に45度跳ね上がり、ついでに片足も跳ね上げる。これぞ名高い、
『荒ぶる鷹の構え』
G10を乗せたまま、片足の不安定なポーズをとりながら、しかしグレイシャの姿勢には微塵の乱れもない。
「貴様らの罪!」
ずずずずずっ、とグレイシャの羽がさらに上へ。そして両羽の先端が頭上で出会う時、艶やかに広がった羽が描くのは円。
『前日輪の構え』
訓練を積んだペコペコでさえ困難とされる難ポーズも、グレイシャとG10にかかれば朝の背伸びと変わらない。さらに、
「犯した罪の数!」
羽は日輪を模ったまま、片足でくるり、と180度回転。敵に尻を向けたと見るや、
ぶあっ!!
今まで畳んでいた尾羽を、孔雀のごとく扇に広げる。これも付け羽、それも子供の背丈ほどもある長大な青羽とあれば、広げた様はまさに壮観。
空中都市を渡る風さえ、極地の氷河の香りに変わる。
「……くっ!」
鳥に派手さで負けた、と本気で悔しがるのはG6ジプシー。
「……くっ!」
なぜか同じく悔しがるのがグラリスNo2・細身のG2ハイウィザード。
じゃ、じゃあーん♪♪
バックの音曲隊も、演奏が佳境に入る。G10の口上に被らないよう、しかもグレイシャの動きに音を正確にハメるG6の指揮。
「罪、ひとつ!」
G10の声で、グレイシャがまた180度振り向く。さらに右羽を前へ、地面と平行に伸ばし、左羽を上へ垂直に立てる。
そして片足のまま、
だん!
一歩前へ。
だん!
もう一歩。
だん! だん! だん! だん!
「冒険者の、人類の宝たるカプラ社に、何をした!」
G10の口上に合わせ、片足のまま跳ねるように前へ、前へ。
そして足を入れ替え、羽の左右も入れ替えて、また前へ。
『羽飛び六方』
ペコペコの騎鳥術において最高レベルといわれる歩法が、ジュノーの石畳を高らかに鳴らす。
グラリスNo10・師範貴騎士。その愛鳥グレイシャ。
戦に先駆け味方を鼓舞し、敵を畏怖させる、これが『戦舞(ウォー・ダンス)』である。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「グレイシャ!!」
グラリスNo9・義足のG9パラディンと、同じく長身のG10ロードナイトが、同時に愛鳥の名を叫んだ。
漆黒の羽を持つ、ひときわ巨大な騎鳥がG9の『フィザリス』。
世にも稀な青い羽をなびかせるのがG10の『グレイシャ』。
2羽のペコペコがジュノーの市街地を突っ切り、不時着した飛行船『マグフォード』で待つ2人の主人の元へと疾走してくる。
「イヤーッ!!」
フィザリスの背中、すっくとばかりに忍者立ちをきめたグラリスNo14・覆面のG14ニンジャが、追跡してくる敵に向かってクナイを投げ続けている。
「敵の足を止める」
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、くるりと向きを変えて弓を構える。ハデス岩塊で市民を監視していた敵は既に壊滅、残った少数も市民や、セージキャッスルの賢者たちによって袋叩きにされている。
ひょう!
相変わらず、ろくに狙いもせず無造作に放たれるG1の矢が、敵の先頭を走る騎鳥騎士を直撃。
カーン!!
甲高い魔法の発動音。これはバリアに防がれる。だが直後、
だぁーん!!
重く響いた銃の射撃音と共に、騎士の身体が騎鳥ペコペコから弾き落とされた。
「……ヒット」
「見りゃわかるさ」
双銃シキガミの片割れ『オロチ』を、伸ばした右手に構えたまま、グラリスNo11・双銃のG11ガンスリンガーが軽口を叩く。相手はスポッターとしてそばに控えた弟子のテーリングNo4・T4。
ライフルも使わず、拳銃1丁でこの距離の狙撃を成功させるG11といい、G1といい、どうにも人間が相手だと、正しい意味での役不足を感じる。
いっそ『セロ』のような戦前機械でも相手に大立ち回りしている方が、よほど釣り合いが取れているのではないか。
2羽のペコペコを追っていた一団があわてて急ブレーキをかけ、逆に後退して市街地に逃げ込んだのも無理はない。馬鹿正直に追跡を続けていたら、2羽に追いつくまでに全滅させられかねない。
カーン!!
そうするうちにも、バリア魔法の甲高い発動音を響かせ、G9パラディンが『マグフォード』の甲板から飛び降りる。
といっても、常人では歩行すら困難なほどの全身鎧。人外のパワーを持つホムンクルス製の義足で甲板を蹴るまでは良いが、着地はほとんど墜落と同義だ。
もっとも、降りる前にグラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストからバリアを贈られたのはG9を守るためではない。
ジュノーの石畳の方を保護するためである。
「ありがとう、G14。フィザリス、来い!」
よいしょ、と起き上がったG9、その白銀の鎧めがけてフィザリスが走り寄る。
「イヤーッ!」
背中に直立していたG14ニンジャが、その跳躍力を見せつけるように大ジャンプし、ひらりとG9の側へ着地。
「フィザリスの武装は貴女?」
「いや」
G9の質問に、覆面のままのG14が首を振りながら、小さなメモをつまんで見せ、
「無代さん」
「……?!」
G14が見せたメモは、カプラの女子寮に忍び込んだ無代がG14ニンジャの部屋から道具を拝借した時、詫びの言葉を残したものだ。
くう、とフィザリスが喉で鳴く。
いいから早く乗れ、というのだ。
「そうか……本当になんでもできるな、あの人は」
ふー、というため息は、呆れたのか感心したのか。分厚い鎧の上からでは表情のカケラも読めない。
「グレイシャも完璧です、G9。……難しい装備なのに」
こちらはG10。G9と同じく船を降り、愛鳥グレイシャの装備を確認していた。
「無代さんには、こうなることが分かっていたのでしょうか?」
「それは……わからないけれど」
G10の質問とも、独白とも取れるつぶやきに、鎧の中からG9。
「少なくとも、私たちがここに帰ってくる。そう信じていてくれたのだろう」
その答えに、若いG10の顔がぱっ、と輝く。
「そうですね! そして、私たちは帰ってきた!」
「うむ」
答えるや否や、だん、と義足で石畳を踏みつけ、一息で愛鳥の背にまたがるG9。通常ペコペコは立ったまま騎士を乗せるが、G9の全身鎧では鞍によじ登れないため、フィザリスの方が石畳に座り込む形で騎乗。
直後、フィザリスがぐい、と足を踏ん張って立ち上がる。フィザリス自身の鎧とG9、総重量は1トン近いはずだが、その足に乱れはない。
ペコペコという生物が本来持っているパワーを差し引いても、この黒鳥の怪力は群を抜いているといえる。
「貴女も乗れ、G10」
「承知!」
力強く応えた若き女騎士の周りに、近習代わりのカプラ・ナイトたちがわらわらと集合。一人は鏡を掲げて、一人は最後のメイク確認。一人は髪型をチェックし、残りは手に手に磨き布を持って、G10の鎧を磨きあげる。
船内でもたいがい磨いたはずだが、それこそチリ一つ残さず磨かないと気が済まないと言わんばかり。
「参る!」
ついにG10がグレイシャに騎乗。鎧の色は青銀色。
世にも貴重なグレイシャの青羽に合わせたものだ。
かかっ、とグレイシャの爪が石畳を叩き、青色の騎士が進み出る。
「やあ、やあ!!!」
受け取った兜を左脇に抱え、魔剣『暴食(グラ)』を右手に抜き放つ。
「遠からんものは音に聞け! 近くば寄って目にも見よ!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスNo2、G2ハイウィザードが叫ぶ。
飛行船『マグフォード』が、自らのアンカーの鎖に引かれ、ちょうど砲丸投げの選手が振り回す砲丸のように大きな楕円軌道を描きながら、空中都市の上空を飛ぶ。
高度がさらに下がる。
がしゃがしゃがしゃがしゃああ!!!
ミネタ岩塊に広がる市街地、やや背の低い住宅の屋根を『マグフォード』の船艇が削り、石の瓦が液体か、いっそ煙のように粉砕されて四散していく。
『マグフォード』の船体は奇跡的に平行を保っているが、すでに舵もなにも効かず、さしものグラリスたちも甲板にしがみつくしかできない。
もしこのままどこかに引っかかって転覆でもすれば、船体は市街地を転がりながら大破、分解。
もちろん、乗っているカプラ嬢たち、乗組員すべてが助からない。
「頼む……っ!」
グラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミスが祈るように叫ぶ。
鎖がさらに引かれ、『マグフォード』の軌道は中央広場へ。高度がさらに下がり、住宅や商店を蹴散らすように船は進む。
甲板の上は、その破壊による瓦礫が雨のように降り注ぐ。
「ふ……んっ!」
グラリスNo9・義足のG9パラディンが、片足で甲板を蹴って船首へ。ホムンクルス技術で作られた生体義足により、人智を超えたパワーと機動力を発揮できる彼女ならではだ。
その身体を包む鎧も、義足の片足だけは関節部分に磁石が使われ、着脱が自在である。
がすん!
パラディンの巨大な盾が船首に打ち込まれる。即座に、盾の形が変えんばかりの瓦礫ががんがんと降り注ぐ。
「できるだけ私の後ろへ!」
「んなこと言ったって!」
G9の指示に、G2が苦情を叫び返す。が、それも無理はない。
揺れる、というより跳ね回るような甲板。降り注ぐ瓦礫。バリア呪文で防御されていなければ、今頃は全員、ボロ布のように身体を切り裂かれていただろう。
そして、バリア呪文にも限界はある。
「んなろお ! 『セイフティーウォール』!」
G2ハイウィザードが、魔術師専用の防御呪文を発動。僧侶のそれと違い、ダメージを完全に防ぐことはできず、しかも地面や床に固定されてしまう。
だが。
「『セイフティーウォール』! 『セイフティーウォール』!」
G2の呪文が連続発動。グラリスたちがしがみつく甲板を、円筒形の防御光が埋め尽くしていく。
「さっすが渦ちゃん!」
グラリスNo6、虹声のG6ジプシーが絶賛。ハーネス頼みの不自由な身体を引きずり、円筒を伝ってパラディンの後ろへ。
「長くは持たないわよ!」
そういうG2自身はグラリスNo10、長身のG10ロードナイトに片手で抱きかかえられ、じたばたしながら移動中。
面白いのはグラリスNo13・死神のG13アサシンクロスだろう。人の心を持たず、殺人以外に何もできない美しき死神は、ずっと甲板の上で片膝をついた待機姿勢のまま。それでいて、飛来するすべての瓦礫を回避し続けている。もちろん座ったまま回避しているのではないく、一瞬だけ立ち上がり、避け、また座っているのだが、それがあまりに速すぎてふっ、ふっ、と一瞬、消えて見える。それを見て、
「なんか腹立つわー!!!」
G2、こんな時でも正直者だ。
「G7、こっちへ」
「ありがとう」
グラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストが、盲目のG7クリエイターの手をひく。盲目、しかも戦闘経験皆無の研究者であるG7だが、その割に傷が少ないのは、少女型ホムンクルス・リーフを連れているからだ。
「……!」
自動的に主人を守る本能を持たされたホムンクルスは、飛来する瓦礫も脅威と判定し、自分の身体を使って防御する。とはいえその彼女も、片腕と頭の半分を失うという大ダメージ。いくら偽りの生命、肉体が滅びてもたった一個の母細胞から復活できるとはいえ、あまりに痛々しい。
ばすん! ばす、ばすん!
4つのエンジンが限界を迎え、次々に停止を始める。
「降りるぞ!」
G5が叫んだ。降りると言っても、もちろん半分以上は墜落である。
すがががががが!!!! ばきん! ずがん!!
『マグフォード』の船艇が、ついにシュバルツバルトの石畳をとらえた。
「うひゃ!!」
甲板のグラリスたちの身体が、1メートル以上も跳ねる。G9パラディン、そしてG13アサシンクロスだけが不動。
がりがりがりがりがり……!
奇跡的に人家も商店も少ない一角を、『マグフォード』の船体が駆け抜ける。市民たちが別の岩塊へ移されていたのが不幸中の幸い。そうでなければ大惨事だったろう。
「広場ぁ!」
正面、中央広場を囲む石製のアーチ。
もちろん『マグフォード』が潜れる大きさではない。船首が突っ込み、一瞬で粉々に破壊。
「よし、このまま止まれば……っ!?」
G5がつぶやいた、その瞬間。
奇跡を起こし続けてきた『マグフォード』の運が尽きた。
がん!!
中央広場を囲むアーチの内側、もう一つの四角いアーチに船首が引っかかった。
速度が落ちている。破壊できない。
行き場を失った『マグフォード』の船体が横向きに滑る。
ドリフト状態。だが、陸に上がった船は、横方向には踏ん張れない。
ばきん!
最後に残った左の気嚢が、船体を残して剝げ落ちる。
『マグフォード』の船体が一気に傾く。
「転覆!」
G5。
今の速度からいって、このまま横倒しで済めば御の字。
広場の上を転がりでもしたら死人は覚悟だ。
ばあん!!
嫌な予感は当たる。
横滑りした『マグフォード』が、残った石のアーチに横っ腹を突っ込み、そのまま横転。
巨大な船体が宙を舞う。
この高さでも、落ちれば船はバラバラだ。
「ちくしょー!」
心底悔しそうなG2の声が、石畳の上を逆さまに流れる。
あれほどに請い願った空中都市への帰還。その終幕がこれか。
『マグフォード』の運も、本当に尽きたのか。
いや、違う。
『マグフォード』の運なら、とっくに尽きていた。船だけならば、この遥か手前で沈んでいたはずだ。
だが、この船には乗っていた。
幸運の女神たちが1ダース。
いや、それ以上も。
『マグフォード』が空中で一回転、シュバルツバルトの紋章が刻まれた広場の中央へ落下し……
もふ。
巨大な船体が埋もれるほどの真っ白な体毛、それが『マグフォード』の落下を受け止めた。
「ご苦労様、『ベルガモット』」
盲目のG7クリエイターが、指の試験管を軽く鳴らす。
ホムンクルス・巨大種(ギガンテス)
中でも最大の防御力を誇る『アミストル』の巨大種が、再び『マグフォード』とカプラ嬢、乗組員の命を守った。
度重なる召喚で、もはや餌がない。巨大種を出現させておける時間は極小。
羊に似た、しかし小山のような白い身体が、同量の有機塩へと還元され、サラサラと崩れていく。
それにゆっくりと流されるように、『マグフォード』の船体が石畳の上へ。
『接岸』
アーレィ・バークの声が、今や完全に静まり返った船内に響き。
やがて大きな歓声にとって代わられる。
飛行船『マグフォード』は、こうして空中都市・ジュノーへ帰還した。
『必ず帰る』
無代との約束を果たしたのである。
つづく
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ばきん! がつん! !!!!
飛行船『マグフォード』、その最大の特徴である左右二つの気嚢と、船体をつなぐ連結機構が次々に折れ、あるいはちぎれて空中に散っていく。圧倒的な戦力を誇る飛空戦艦『セロ』との戦いで、ほとんど理不尽ともいえる無茶苦茶な飛行を続けてきたダメージが、ついに船体の崩壊へとつながった。。
カプラ嬢たちを乗せた船体をもはや支えきれない。
「落ちちゃう……!」
グラリスNo2、G2ハイウィザードが叫ぶ。
着地のチャンスは今、無代たちの砲撃で『セロ』は遠ざかっている今しかない
「ここだぁ!」
叫び返したのはグラリスNo5・美魔女のG5ホワイトスミス。
息を吹き返した4つのプロペラエンジンにしがみつき、メンテナンス用のカバーを次々に素手で引っぺがす。そして自らのカプラ倉庫から何かの装置を取り出すと、まるで殴りつけるような勢いで4つ全てに装着。
「これが最後、ブっ飛びやがれ! 『カートブースト』……じゃねえ、『アクセラレイション』!!」
そのスキル名は、今はまだ彼女しか知らない、使うこともできない。
ばすばすん、ばすん!
4つのエンジンが一斉に、一度咳き込むような異音を奏で、排気管から真っ黒な煙が吹き上がる。
「退避! エンジンから離れろ!! 今度のはケタ違いだ! 巻き込まれても知らねえぞ!」
G5が、エンジンの周囲にいた甲板員たちに怒鳴り、ついでに仲間のグラリスたちにも注意喚起。そして自分一人残って周囲を指差し確認したあと、最後にダッシュで離脱。エルニウム製の安全靴が、ガンガンと甲板を打つ。
ぶぉ、ぉぉぉおおおああああああああああんんんん!!!!!!!!
エンジンが叫ぶ。真っ黒だった煙が白く、そしていつしか真っ青な、空の色に変わっていく。
ああ!!!ああああ!!!!ああああああああ!!!!!!
今までとは明らかに違う、凄まじい高回転。
そして、爆風にも似た暴風が、『マグフォード』の甲板を吹き荒れる。
凄まじい推力を得た船体が、ぐん、と前に押し出される。
「うお、っとお!!」
奇声をあげたのはグラリスNo8、裸足のG8チャンプ。頭にかぶっていた赤銅色のヘアピースが風で吹っ飛びそうになった。彼女本来の頭髪は短く刈り込んだ黒髪で、『グラリス』を演じる時のみヘアピースをかぶっている。決して簡単に取れるようなチャチなものではないのだが、チーム・グラリスの大活躍を振り返れば、いろいろと限界にきていても無理はない。
「もう、邪魔!」
ヘアピースをヘアバンドごと頭からむしり取り、異次元のカプラ倉庫へ。
一方、G5は伝声管へ、
「船長! 持っても1分だ!」
『了解』
アーレィ・バークの返事は短い。といって、もはや彼にできることもほとんどない。
ばきん! ばきん!
離れ始めていた外側の気嚢に、逆に船体が食らいつく。というより、むしろ食い込んでいく。まだ生き残っていた連結機構の端が、ブスブスと気嚢に突き刺さる。
「よし! G10、アンカー切れ!」
「承知!」
G5の言葉に、グラリスNo10・長身のG10ロードナイトが反応する。
カプラ倉庫を起動させ、空中から取り出した大剣は魔剣『暴喰(グラ)』。聖戦時代から代々彼女の家・ルーンミッドガッツ王国の名家ラピエサージュ家に伝わる家宝だ。
「『オーラ』……」
刀身に闘気を込めるスキルを唱えながら1歩目を踏み出し、2歩目で大上段に振りかぶる。基本に忠実、というより基本そのもの、あらゆる騎士のお手本として一切恥じることのない完璧なムーブメント。
そして3歩目でダッシュしつつ、目標を正確に斬撃。
「……『ブレイド』!」
ばつん!
さしも頑丈な『マグフォード』の後部アンカーワイヤーが、根本から綺麗に切断される。
びゅうん……
千切れたワイヤーが、荒れ狂う風の形をなぞりながら飛び去り、そして自由を得た『マグフォード』が最後の飛翔を始める。
ああああああああああああ!!!!!
エンジンが叫び、離脱しかけた二つの気嚢に無理やり身体をあずけるように、船体を前へ、前へと押し出す。
真下に空中都市。
都市上面にジュノーの市民がひしめき合い、そして一斉にこちらを見上げているのが見える。ということは、ここは『ハデス』岩塊。空中都市を構成する3つの超巨大岩塊のうち最も小さく、『シュバイチェル魔法アカデミー』など技術・研究関係の施設や企業が集められた岩塊だ。
「ここ?! 目指してたの、『ミネタ』でしょ!?」
もはや着陸場所など選んでいる状況でないのは明らか。だが、そこをツッこむのがG2ハイウィザードだ。
「ここはダメです! 市民を潰してしまう!」
グラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが悲痛な声を上げる。
どんな形であれ、『マグフォード』の船体が群衆のど真ん中に胴体着陸すれば大惨事は免れない。治癒・蘇生魔法の存在があるとはいえ、蘇生すら不可能なレベルにまで損壊した死体が千人単位で並んでは、いかにチーム・グラリスといっても打つ手はない。
『マフォード』の高度が落ちる。
このまま高度を落とせば船底で市民を轢き潰し、最後は魔法アカデミーの建物に激突・四散。
逆に落とさなければ『ハデス』岩塊を飛び過ぎ、ジュノーの遥か向こう側へ落下する。
その時。
甲板上にいた『グラリス』が全員、一斉に動いた。
かけ声も、アイコンタクトもなく、しかし完璧な連携。全員が、他の全員の思考を正確に理解し、まるで一つの脳、一つの反射神経を共有するように動いたのだ。
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、残った前部のアンカーに取り付き、発射用のボウガンを真横に向ける。アンカーは装填済み。
狙いは『真横』。
そこに見えるのは『ミネタ』岩塊。巨大なシュバルツバルトの紋章が描かれた中央広場と、そこへ続くジュノーの大門。
狙う、と言っても、甲板の上はまともに立っていられないほどの振動と揺れ。しかしトリガーを握るのはG1スナイパーその人だ。
「いけ……!」
ばしゅん!
アンカーが大門目指して飛ぶ。風を裂き、あるいはなぞるように。
がきん!!
アンカーが、大門の根元に正確に突き刺さり、そして大門の端の尖塔に完璧に引っかかった。
『右旋回! 吹っ飛ぶぞ!』
バークの声が、全艦に響く。
グラリスたちがハーネスを再接続。グラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストがバリア呪文を振り撒く。
グラリスNo9・義足のG9パラディンだけは間に合わない。巨大な鎧を甲板に固定していたワイヤーを、再び張り直す時間はない。
がつん!
鎧の踵から、太い杭のようなヒールアンカーが甲板深く打ち込まれる。
どすん!
持っていた巨大な盾の、尖った下部を甲板に突き立てる。これで三点支持。
瞬間。
がぁん!
『マグフォード』の船体が、巨大な拳で真横からぶん殴られたような衝撃。
アンカーのワイヤーによって、船の向きが強引に変更された。『ミネタ』を中心にとした楕円軌道。
グラリスたちの身体が真横へ吹っ飛び、鐘が連打されるようなバリアの発動音が全艦を埋め尽くす。
ばぁん!
二つの気嚢のうち、外側の気嚢がついに剥落を始める。あと数秒後には、ちぎれた風船のように行き場を失い、中へ向かって飛び去っていくだろう。
「アンカー引け!」
G5の声で、エンジンと直結されたアンカーワイヤーの牽引機構が起動。本来ならとても引けるような状況ではないが、全開を超えて回る今のエンジンなら。
ワイヤーが引かれ、『マグフォード』の船体が『ミネタ』に向かって引っ張られる。
『ハデス』を飛び過ぎた『マグフォード』が、大きく弧を描いて『ソロモン』の上を通過。
「ぶつかる!!」
G1の警告、直後。
がりん!!
高くそびえたジュノー政庁の尖塔に、『マグフォード』の船艇が引っかかった。
船艇が削られ、船が大きく傾く。
大統領府、そして賢者の塔をスレスレにかすめていく。
「『ミネタ』!」
G2が叫ぶ。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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どむーん!!
双頭戦車『バドン』が備える2門の主砲、その片方が火を吹く。
「続いて左主砲……撃ぇ!」
シュバルツバルト共和国大統領、今は『バドン』の戦車長におさまるカール・テオドール・ワイエルストラウスその人が景気良く命じる、と同時に、今度は左の主砲。
どぉんー!
反動で、戦車の車体やキャタピラー、そして戦車の車体が乗る巨大な石畳までが、ぎしんん、と軋みをあげる。
「右主砲!」
大統領の指示が飛ぶ、砲弾装填の手間を考えればだいぶ気の早い指示だ。が、
「良し!」
装填完了の返事が、ほとんど即座に返ってくる。
「撃ぇ!!」
だぁん!!
『バドン』には操縦手1人のほか、2門の主砲に1人ずつ、計2人の砲手が搭乗する。その一方で、砲弾を込める装填手は1人しかおらず、しかも首都を奪われた際のドタバタによる人手不足から、専門の装填手ではない大統領自身が代わりを勤めていた有様だった。
それが今。
「左しゅ……」
「良し!」
大統領の確認より早く、装填完了の合図が返る。その間にも、発車の終わった右主砲から空薬莢が引き抜かれ、ぽん、と一度宙を舞ったと見るや、戦車の隅っこ置かれた弾薬箱にことん、と綺麗に整列して収納される。と見るや、すかさず次の砲弾が取り出され、まるで吸い込まれるように砲塔内へと装填される。
魔法のようだが、もちろん魔法ではない。
2門の主砲の装填口にそれぞれ括られた2本の紐と、それを操る1人の男の仕業だ。
「撃ぇ!」
どぉーん!
左の主砲が火を吹く。すかさず、男が左手で紐を引き、自分の体を左砲塔の装填口へ。流れるように装填口を開き、厚い手袋をした手で空薬莢を微かに浮かせる。
「よっ!」
軽快な掛け声。引いた紐を空薬莢の下へ滑り込ませ、紐を弾く反動でぴょん、と空中へ。まるで戦車の中を舞うように見えた、これが正体だ。そして宙を飛んだ空薬莢が空き箱へ収まる、その様子を見もせずに、
「ほっ!」
新たな砲弾を左手一本で尻からつかみ出し、またしても引いた紐の上にするり、と滑らせたままに装填口へ。
「はっ!」
左の装填口が閉まった時には、もう右砲塔の面倒を見るため、右へと紐を引き始めている。
決して広くない戦車内で、装填手が2人いるかのような働きぶり。
「……凄いな!」
足元の戦車内を覗き込み、思わず感嘆を漏らす大統領に、
「右も左も装填済みでございますよ、閣下」
にやり、と笑いを返して見せたのは他でもない、瑞波の無代、その人だ。
「本当に初めてなのかね? 無代くん?」
大統領が疑念を抱くのも無理はないが、
「申し訳ございません。手前、シュバルツバルトの秘密兵器に触った経験はございませんので」
無代が苦笑する。が、それも当然。他国に対して秘密裏に開発された共和国機動部隊の秘密兵器に、一介の冒険者である無代が触ることはもちろん、見たことすらあるはずがない。
「それはそうだが……うーん」
そんなことは当然承知で、それでも大統領は首をひねる。実際、それほどに無代の仕事ぶりが見事なのだ。
元々、仮の装填手である大統領が片方の大砲の面倒を見る間、もう片方の面倒を少しでも見てもらおうと、装填の手順を教えたのだ。
それが無代、ほとんど一目見ただけで、
『なるほど、承知いたしました』
さらに2、3度作業を繰り返すと、もう大統領の作業速度を追い抜いてしまった。
それだけではない。
見る間に作業を自分流に改良し、挙句にはニンジャのロープを短く切った紐を車内に張りめぐらすと、
『僭越ながら閣下、ここは手前が』
大統領を本来の指揮席に追い出すと、代わりに2人分、いやそれ以上の働きを始めたのである。
結果、ジュノーの地下から抜け出した戦車『バドン』は、本来の設計性能を遥かに超える火力を得て、空中戦艦『セロ』に立ち向かうことになったのだ。
もちろん、戦車の主砲は空中の敵を攻撃する、いわゆる対空攻撃能力は持っていない。が、ここは世界に稀な空中都市。飛行機械と戦車の高度が偶然にも近づいた結果、
「丘の上の敵を撃つ要領だ! よく狙いたまえ! 右主砲、撃ぇ!」
大統領の声とともに、砲撃音が車内を満たす。
無代が動く。機械と機械の間を、軽やかな風のように駆け抜け、戦車を戦いの座へと導いていく。
瑞波の無代と言えば、
『戦いでは無能』
と誰もが口を揃えるが、多少見方を変えるだけで、その評価もずいぶん変わる可能性があるのではないか。
ずがん!
砲弾が新たに1発、船体を赤黒く染めた『セロ』を貫く。
飛行船『マグフォード』との戦いで、防御の要である流体装甲を失った『セロ』ならば、『バドン』の主砲でも十分なダメージを与えられる。
榴弾が装甲を焼き、徹甲弾が船体を穿つ。
「大統領、あの船には翠嶺先生がいらっしゃいます!」
無代が注意を促すが、
「大丈夫……というのもなんだが、この砲であの船の中までは届かんよ。人が乗るエリアは、それこそ難攻不落だ」
大統領が苦笑いで応じる。聖戦時代の、それも異世界から飛来したオーパーツがどれほどの怪物か、姉妹艦であるヤスイチ号を通じ、彼はよく知っている。
「今はヤツを『マグフォード』から遠ざける。装甲のダメージが蓄積すれば、飛行できなくすることも可能だ」
今は撃つのみ。
ちか、ちかちか、ちかちかちか!
『マグフォード』から発光信号。国民皆兵制を敷くシュバルツバルト共和国では、小学生でも読める。
「む……」
大統領が顔をしかめる。
「ヤツはすでに『ユミルの心臓』からエネルギー供給を受けている」
「え?!」
大統領の後ろから、ひょい、と驚いた顔をのぞかせたのは少年賢者・架綯(カナイ)だ。
無代に背負われて地下を脱出した時は、ほとんど病人同然まで衰弱していたが、今は自ら編み出した魔法を使い、顔に赤みがさすまでに回復している。
僧侶系の回復魔法とはまったく違う、細胞を活性化する炎の魔法陣。
後に『温呪(ウォーマー)』と名付けられることになる魔法は、『死体さえ、死んだまま回復する』と称された。
架綯、いくら虚弱でも生きている。回復は当然だ。
「若先生、お具合はいかがで?」
「もう平気です!」
無代の気遣いへ、返事にも張りがある。ちなみに大砲の爆音だけを鼓膜の直前で和らげる『耳栓』の魔法を、ついさっき即席で編み出したばかりだ。
ちか、ちか、ちか、ちかちかちかちか!!
『マグフォード』から発光信号。
「くるぞ、『マグフォード』が胴体着陸を敢行する! 『バドン』、西側の縁まで移動だ」
大統領が操縦士に指示し、『バドン』が動きだす。
「移動中も砲撃を止めるな。無代くん、いけるか」
「もちろんでございますとも」
無代が、もはや自分の手足と化した左右の紐を握り直す。
「……ありがとう」
いかにも偉そうな口髭の下で、大統領がつぶやく。一度は市民を捨てて逃げた国家元首が、異国の風来坊に頭を下げる。
そんな男に、瑞波の無代が返すのは笑顔。それ以外にあるはずもない。
「参りましょう、閣下。お下知を」
「うむ! 右主砲……うお?!」
砲撃を命じようとした大統領が、髭を歪める。
「どうなされました、閣下?!」
「いかん、『マグフォード』が……壊れる!」
ばりばりばり……!!
次の瞬間、車内の無代にもその音が届いた。飛行船『マグフォード』その船体と二つの気嚢が分離を始めたのだ。
「『マグフォード』が落ちる……!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが、愛鷹の名を叫んだ。
武装鷹(アームドホーク)・灰雷。
最後に『彼女』を見たのは浮遊岩塊『イトカワ』に拉致される前。その時と比べれば、全身をガチガチの対物攻撃装備で固めた今の灰雷は、それこそ普段着のワンピースと全身鎧ほども違う。反射光を抑えた黒灰色の金属装備も、蒼空にあっては目視困難。
しかし、だからといって見間違えるG1であるはずもない。
ひょう!
灰雷がジュノーの空を駆ける。
カプラ嬢として街角に立つG1に従い、常にその翼を広げてきた空は、他でもない彼女の縄張りだ。
そこで勝手は許さない。
まして彼女が信頼する者たちに、害をなすなど論外。
ぎゅん!
怒りを込めた灰雷の翼が、嘴が、爪が飛空戦艦『セロ』を襲う。今や自慢の流体装甲を失い、飛行するのがやっとの『セロ』に対し、瑞波の無代が万全の武装をほどこした灰雷。決して釣り合わない勝負ではない。
とはいえ、やはりサイズ感の違いは如何ともしがたい。
ばつん!
灰雷の攻撃は確実にヒットしている。が、『セロ』に与えるダメージの総量で見れば、決して十分とはいえない。
「来い、灰雷!」
G1が呼ぶ。
猟師・ハンターの上級職スナイパーの中で、G1のように武装鷹とコンビを組む者を『鷹師』と呼称する。
彼女らは、いわゆる一般の鷹匠とは違い、武装鷹との間に一種の精神感応を通わせることができる。武装鷹の視覚や五感を鷹師が共有したり、逆に武装鷹が鷹師の脳を借りて、一時的に知能を引き上げたりすることが可能だ。
また、例えば騎士が自らの魔力を剣に転化し攻撃力を高めるように、鷹師の持つ魔力を武装鷹に転化することもできる。
むしろ武装鷹の真の力は、コンビを組む鷹師とリンクした時にこそ発揮される、といってよい。
「灰雷、来(け)ぇ! リンクだぁ!」
フェイヨン訛りもかまわず、G1が叫ぶ。冷静沈着を持って鳴るグラリスのトップ嬢をして、珍しく安定を欠いている。
とはいえ、それも仕方あるまい。
命を預けてきた飛行船『マグフォード』は、『セロ』との無茶な戦いで空中分解寸前。辛うじて後部アンカーを伸ばし、エンジンを全開にして姿勢を安定させているだけだ。
まるで風に吹かれるゴム風船。ヒモの先を木の枝に引っ掛けたまま、強風にあおられるゴム風船は、まるで空中に止まっているように見えるだろう。
今の『マグフォード』は、まさにそれだ。
この先、この状態を維持したまま、空中都市の上面へ軟着陸する。
『水に飛び込め。ただし濡れるな』というのに等しい奇跡を起こさねばならない。
だが。
「灰雷! 灰雷! どした、返事せぇ!」
G1の呼びかけが、虚しく宙に消える。
「どうしました、G1」
グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーが尋ねるが、G1はただ首を振り、
「わがんね……わからない。灰雷とリンクできない。こんなことは初めてだ」
G1が混乱している。これも珍しい。
「……! だめですG1、『セロ』がくる!」
G3の声が差し迫る。
灰雷の必死の攻撃にも関わらず、『セロ』が再び降下を始める。やはり大きなダメージは与えられない。
「ええい、近すぎっさ!」
巨銃エクソダスジョーカーXIIIに張り付いていたグラリスNo11・双銃のG11ガンスリンガーが、腰の2挺拳銃を両手に引き抜く。
右が『オロチ』、左が『イヅナ』の名を持つ双銃『シキガミ』は、彼女が師匠から受け継いだ愛銃だ。
ほとんどバンザイするように真上に構え、がぎん、がぎんと乱射を始める。ついでに、
「G1、ぼーっとしてないで撃つさ!」
言葉でG1をどやしつける。巨銃を撃つには近すぎるが、逆に魔法やスキル攻撃で届く距離ではない。届くとしたら銃か弓。あるいはもう一つ。
「『シールドブーメラン』!!」
ぶぉん!!
広い甲板の隅まで届く起動風に乗せ、『盾』が飛ぶ。グラリスNo9・義足のG9パラディンが、巨大な鎧を重機のように揺らし、左腕の大盾を『セロ』に向かって投擲した。
守護騎士のスキル『シールドブーメラン』。それをグラリスNo15・小柄なG15ソウルリンカーの『魂スキル』によってブーストし、飛距離を伸ばしている。
元々、あまり強力なスキルではなく、使われることも少ない技だが、今『セロ』に届く攻撃は多くない。
大盾が『セロ』を撃ち、そして戻ってくる。
「ワイヤー、外して!」
巨大な鎧の中から、伝声管を通じてG9の声。反応したグラリスNo10・長身のG10ロードナイトが、自らの剣を振るう。巨大な鎧を甲板に固定していたワイヤーが一斉に弾け飛ぶ。直後、剣を持ったままのG10が長身をひょい、と屈める。
その頭上すれすれ、回転する大盾が飛来。
「『シールドブーメラン』!」
ずん、と大鎧の足を甲板に踏ん張り、戻ってきた大盾を掴むや、再び投擲。
ぶん、と切り裂いた風が、グラリスたちの赤銅色の髪を舞い上げる。
「でえい、とっとと降りて来い!! 今度こそ灰にしちゃる! あたしぐらいになれば!!」
グラリスNo2・G2ハイウィザードのセリフは景気良いが、彼女にも無茶な薬物投与でダメージがある。『セロ』ほどの質量をどうにかできるとは、もはや思えない。
「くっそ……!」
グラリスNo5・美熟女のG5ホワイトスミスが吐き捨てる。復活したプロペラエンジンを必死でコントロールする彼女にとって、飛行船『マグフォード』にもやや何の力もないことは自明だ。『セロ』から逃げることも、避けることすらできないとわかっている。
「G3、私たちも!」
船内からディフォルテーNo1・D1が叫んでいる。カプラ嬢全員でかかれば、というのだろう。が、
(……無理だ)
焼け石に水、という言葉しか浮かばない。
降下してくる『セロ』を排除する間も無く、『マグフォード』は押しつぶされる。
(ここまでか……!)
さしものG3が『詰み』を意識した。
その時だった。
がつん!!
『セロ』の船体を、再び何者かが穿った。そして少し遅れて、
どぉーん!!
発射音。大砲だ。
「なに?!」
G3が目を見開き、新たな攻撃者を探す。
「あそこ!」
さすが神眼のG1が早い。眼下の空中都市、その石畳の上を指差す。
「あれは……?」
「戦車だ! ウチの『バドン』じゃねーか!!」
G5の声が弾む。自ら手がけた兵器を見間違うはずもない。そして、
「発光信号!! 『キカン……ノ』」
「『貴船の帰港を祝す……ムダイ?』」
「無代さん!!!」
真紅の髪をなびかせ、D1が甲板にかじりつく。
わあああっ!!
女たちが、カプラ嬢たちが湧く。
うぉおおお!!!
男たちが、船員、そしてアーレィ・バークの歓声までが伝声管を突き破る。
ずどぉん!!
戦車『バドン』が備える2門の主砲が、連べ打ちに『セロ』を撃つ。
「さすが無代さん、出迎えも派手だ」
『提督』アーレィ・バークが笑う。
「『マグフォード』、これよりジュノーに帰港する!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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猛烈な閃光が飛行船『マグフォード』を照らし、そびえ立つ空中都市の壁面に再び巨大な影を投影する。
ホムンクルス・ギガンテス『ジギタリス』が爆発した。その巨体を張り付かせていた飛空戦艦『セロ』もろとも自爆したのだ。
自らの体内に蓄えた魔力を爆発的に放出するスキル『生体爆破(バイオエクスプロージョン)』。ホムンクルス4種のうち、不定形種バニルミルトが持つ攻撃スキルのひとつ。
……というのは、実は嘘だ。
いや、嘘と断言するには語弊があるかもしれない。誤魔化し、または欺瞞といったほうが正確だろうか。
この自爆スキルはそもそも、本来は敵を攻撃するためのものではなかった。
ホムンクルスが開発された当時、バニルミルトは強力な戦闘力を持つ反面、不定形ゆえか不安定で暴走も多かった。具体的には飼い主の指示を無視して暴れたり、挙げ句の果てに飼い主自身を攻撃したりと事故が絶えなかったのだ。こうなると、もうホムンクルスを元の細胞に戻して収納する『安息』の指示にも従わない。
『人食いバニル』
そんな汚名まで着せられた、そんな不遇の時代があった。
ゆえにバニルミルトには、いざという時に飼い主の意志で自爆させる、いうなれば生体式の安全装置が組み込まれることとなった。
これが『生体爆破(バイオエクスプロージョン)』の正体だ。
それはアルケミストの技術が進歩し、バニルミルトが暴走する心配がなくなった後も残され、やがてホムンクルスが危機に陥った時の最後の切り札、と理解されるようになった。
ホムンクルス研究の、一つの最先端をゆくグラリスNo7・盲目のG7クリエイターにとって、自身の最高傑作に対してそれを使うことは、さぞかし複雑な思いがあっただろう。
「ごめんなさい、『ジギタリス』」
母細胞となって試験管に戻ったホムンクルスに、G7は改めて謝罪の言葉をかける。
だが彼女をしても、しんみりしている暇はなかった。
「爆風が来る、気をつけて」
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーが警告するまでもなく、グラリスたちには次の事態を予測している。
爆発と閃光、そして爆風。
『マグフォード』に乗船して以来、もう日常茶飯事となったルーティン。
がつん!!
船体を真下からぶん殴られるような、暴力的な爆発が襲う。
「うわ!?」
誰ともない叫び。
『マグフォード』の船体が、台風のど真ん中に放り込まれた木の葉のように前後、左右にぐるん、ぐるんと旋回する。至近距離からの爆風をまともに食らった。G1の風読みも間に合わず、たとえ間に合ったとしてもそれに対応する操船など、今の『マグフォード』にはどのみち不可能だ。
ばん! ばつん!!
気嚢と船体をつなぐ構造材がいくつか、負荷に絶えきれず折れ、あるいは片側が外れてぶら下がる。
ぎし、ぎしぃっ!!
残った構造材に余計な負荷がかかり、不気味な音をたてる。
「G5!」
指揮官たるグラリスNo3・月神のG3プロフェッサーが確認するが、
「とっくに限界だよ。見りゃわかんだろ」
グラリスNo5・美熟女のG5ホワイトスミスの返答は実に粗雑なものだ。実際、彼女はもう修理を放棄し、甲板に宙づりの身体を翻弄されながら、しぶとくタバコを吹かすのみ。
「いつバラバラんなってもおかしくねえ。覚悟はしときな」
「んな無責任な! ぶへっ!」
グラリスNo2・小柄なG2ハイウィザードが文句を言い、同時に甲板に叩きつけられてむせる。
「無責任、つったってよ、相手は戦前機械(オリジナル)だぜ? 今こうして飛んでること自体、奇跡だよ奇跡」
その声には、いっそ満足そうな響きさえ混じる。この技師はこの技師で、自分が関わった最高の飛行機械の現状に、これまた複雑な思いを抱えているのだ。
とっくに限界を超えてなお、あと少しの旅路を這いずるように進む。
『マグフォード』は飛ぶ。
「艦橋、後部のエアアンカーを使う!」
G1が伝声管に声を吹き込むや、返事も聞かずに行動開始。
ハーネスの伸縮機構を緩め、後部甲板へと走る。といっても風に翻弄される船の上、グラリスの大半がハーネスと甲板にしがみつくしかない状態。
「ぐ……っ!」
G1の身体が甲板から浮き、直後に落下。両手両足で辛うじて着地するが、次の瞬間、大きく右へと転がされる。
「『キリエエレイソン』!」
グラリスNo4・隻眼のG4ハイプリーストからバリア呪文。さすがこの状態でも仕事はする。周囲の仲間に、手当たり次第にバリア呪文を振りまき、怪我と見れば治癒呪文を贈る。
「『ディボーション』!」
甲板に垂直に固定されたままのグラリスNo9・義足のG9パラディンからG1へ、ダメージ転化のスキルが贈られる。
「ぬうぅ!」
仲間の支援を得て、G1が態勢を立て直す。
「G14、G1をフォローして!」
G3プロフェッサーが、グラリス随一の体術を誇る女忍者をうながす。瞬間、
「イャーッ!」
するん!
G14がハーネスと、そして自分自身の忍者道具・カギ付きのロープを巧みに使い、G1の側へ。不慣れな人間が見たら、ほとんど瞬間移動したかのような翔術だ。
「頼む、G14」
長身の女スナイパーが女忍者の手を取り、そして思い切りよく自分のハーネスを外す。
がくん!
「イャーッ!」
すっ飛ばされそうになるG1の身体を、G14が片手で抱え込み、空いた片手でカギ付きロープを投擲。
がきん!
舷側の出っ張りに引っ掛け、ぐい、と2人分の体重を支えながら移動。甲板の中央に飛び出た船内への出入り口を迂回し、後部甲板へ。
後部エアアンカー。
船体に固定された、ボウガン式の銛撃ち機に似たそれは、前部にあるものと全く同じ構造だ。空中戦艦『セロ』に対し、最強スキル『阿修羅覇鳳拳』を叩き込んだグラリスNo8・素足のG8チャンピオンを回収するため、G14自身が矢となって打ち出されたアレである。
アンカーはすでにセット済み。飛行船の屈強な甲板員たちが、それこそ決死でボウガンのクランクを回し、弦を引きしぼる。
伝声管に吹き込んだG1の声が、指示となって伝わっていたのだろう。男たちの中には、あの草鹿少年の姿もある。
わずかな時間で、その表情はすっかり大人、いや『男』だ。
G14に抱かれたG1が発射機に取り付く。
がくん!
「がっ?!」
思わぬ揺れで、G1が顔面を強打。ここまでの道のりで、仲間の支援も切れている。
ずる……
ガクガクとゆれるG1の顔面を、鼻血の筋が右、左と無残に這い回る。
「G1!」
「大ぇ丈夫だぁ」
G1の応えが、思わず訛る。比較的最近にグラリスとなったG14ニンジャが初めて聞くフェイヨン訛り、それも相当に山奥のものだ。治癒ポーションを渡そうとするG14を手で制する。
引き金に手をかけ、アンカーの先を睨む。
びゅう、びゅうと風が泣きわめく。
揺れる、いや、いっそ回転する船の上で、何を狙うか。
「10秒後に撃つ。キリエ急げ。……私の身体を、台にくくりつけて」
言葉の前半は発射台に備え付けの伝声管へ、後半はG14ニンジャへ。たちまち、カギを外したロープでG1の足、そして胴体がくくられる。
どん!
「ぐ……!」
台に密着した分、船体の衝撃が直接、内臓まで響く。骨まできしむ。息がつまる。
それでもG1、ボウガンの先から目を逸らさない。
「発射ぁ!」
普段は言わない発射の合図。同時に、
ばぁん!
巨大なアンカーが風を切って飛び出す。しゅるるるるる、と、頑丈なワイヤーが跡を追う。
直後、猛烈な風に煽られ、さしも重量のあるアンカーがぐいん、と軌道を乱される。びぃん、びぃん、と、ワイヤーが風に鳴く。
何を狙ったにせよ、この爆風と暴れる船の上では、まず命中はおぼつかない。
カプラ教導師範部隊チーム・グラリス筆頭、G1スナイパーその人を除いては。
びゅぅん!
軌道を乱された、と思われたアンカーが、再びの暴風に煽られ、行き先を変える。上へ、右へ、そして、
(もう一度、右へ振って……左)
G1の目が、風を読み切る。
がずん!!
命中。空中都市の岸壁、その最上部にアンカーが突き刺さる。
「衝撃!」
G1が叫ぶ。直後、
ぐいん!
アンカーと船体を結ぶワイヤーが一直線。暴れる船の姿勢が強引に矯正される。
爆風による急上昇、そして『マグフォード』の船首がぴたり、浮遊岩塊の一つを目指す。
だが代償は大きかった。
ばりばりばり!!!
強引な矯正に、『マグフォード』の船体が限界を超えた。正確には、気嚢と船体を繋ぐ構造材が。
二つの気嚢だけが、『マグフォード』の船体を置き去りにして上昇しようとする。
「エンジンだ! エナーシャ回せ!!」
いつ後部甲板に来たのか、G5ホワイトスミスの銅鑼声が響いた。甲板員たちが一斉に『マグフォード』の4つのエンジンに取り付き、エナーシャ・慣性機動機のクランクを回す。起動準備よし。
「エンジン始動!」
ぶぅおおおおおおおお!!!!!!
『マグフォード』の4つのエンジン、4つのプロペラが同時に覚醒、そして歌声を高らかに。もはや懐かしいとさえ感じる、あの風の歌。
みしっ、みしぃっ!
気嚢の上昇に置き去りにされそうになった船体が、プロペラの力で持ち直す。舵もなにも効かない。後ろに長く従えたワイヤーで、無理やり『まっすぐ先』を目指すのみ。
「もう計算も何もねえ、ヤケクソだ。祈れ!!」
G5が叫ぶ。
「いかん、行き過ぎる……!」
G1の絞るような声。『マグフォード』船首が目指す先、目的地としてきた空中都市の上部が見え、それがみるみる眼下に遠ざかる。
爆風が想定外に強すぎた。もう予定の着陸は不可能だ。
「船長!」
『胴体着陸を試みます。可能な限り、身を守ってください』
バークの返答は短く、冷静で、そして決断的だった。
「グラリス、船内へ!」
G3からチーム・グラリスへ、ついに船内退避が命じられる。甲板に固定されたG9だけは、やむなくそのまま、全員が船内へ。
だが。
「……『セロ』」
誰もが信じたくなかった。死神の名前。
ホムンクルスの自爆をもってしても、それを葬ることはできなかった。
巨大な船体を赤黒く、いや、もはや黒く染めた満身創痍ながらも、『マグフォード』を追い抜き、はるか高い空へ上昇。
そして、必死にもがく『マグフォード』を嘲笑うように降下してくる。
『エネルギーウィング』は使えなくとも、ただ体当たりするだけでいい。もはや『マグフォード』は死に体だ。
セミの抜け殻でも潰すように、すべてを終わりにできる。
「くっそぁ!!」
誰かが叫ぶ。グラリスたちの迎撃も間に合わない。
万事休す。
……万事休す?
どんっ!!
降下してくる『セロ』の船体を、何かが貫いた。
本来ならば流体装甲に阻まれるはずが、『マグフォード』との戦いで効果を失ったため、まともに食らう羽目になったのだ。
ぐらん
思わぬダメージに慌てたのか、『セロ』が『マグフォード』との衝突軌道を変え、上昇する。
だっ、とばかりに、G1が再び甲板へ飛び出し、そして彼女をして、めったに出さない大声を張り上げた。
大空に向かい、風に乗せて。
「灰雷(ハイライ)ーっ!!!」
風に愛された、翼持つ女神の名を。
つづく
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ホムンクルス・ギガンテス『ジギタリス』の陵辱が続く一方で、
「はい右、もーちょい右でやんすー♪」
「イヤーッ!」
「はい、行き過ぎ行き過ぎ」
「ヤッ!」
「おっけーでやんす♪」
「ありがとう。じゃあ、行きますね」
謎の会話を交わしているのはグラリスNo6・虹声のG6ジプシーと、同じく覆面のG14ニンジャ、そして盲目のG7クリエイターだ
直上へ上昇中のため、今や完全な『壁』と化した甲板の上、ハーネスにぶら下がったG14が、同様にハーネスへ身を委ねたG7を片手で『抱っこ』し、甲板上をズルズルと移動してきた。甲板のわずかな手がかりに指を引っ掛けての軽業は、まさにニンジャの面目躍如といったところだ。
そしてG7。
肉体的には一切の動きを見せず、手のひらにインプラントされた魔法回路へ発動を指示。
すべてのカプラ嬢が就任と同時に貸与される、カプラシステムの端末回路。
それは3次元空間のみならず、さらに高次の空間にまで干渉し、人間を遠く離れた場所に転送したり、大量の荷物を異次元空間の倉庫に預かったり、いずれもこの世界の冒険者に欠かせないサービスを提供する。
そして他でもないG7クリエイターが、カプラ社のスカウトに応じてグラリス・クリエイターとなった、一つの理由もそれだ。
ざあっ!!
『マグフォード』の真下、遥か地上の赤茶けた大地をのぞむ何もない空間から、何かが大量に、まるで滝のように落下を始めた。
近づいてみれば、それが鈍い黄金色に輝くいびつな球形の物体とわかるだろう。
この世界で『セルー』と呼ばれ、モンスターの体内で魔素が固形化したそれは、ホムンクルス『バニルミルト』のエサとして知られている。
元々、人造生命体として生み出されたホムンクルスたちは、生命体としては極めて不完全、かつ不安定であり、その一つの証拠としてまともな食物摂取ができない。
体組織の大半を魔力によって支えている、という構造上、自然の植物や肉から得られる栄養だけでは生命活動が不可能なのだ。
ために、特殊なエサが必要となる。
モンスターの体内において、自然の生命体と魔力が混合して生成される半物質『セルー』や『ジャルゴン』。一般人にはおよそ無価値なそれが、市場に出ればそれなりの値段で取引されるのはこのためだ。
Bu!
ホムンクルス『ジギタリス』の口が開き、『セルー』の滝を飲み込んでいく。通常サイズなら1個で充分な食事量となるが、そこは世界最大のギガンテス、胃袋の大きさもケタ違いらしい。
「お給料3ヶ月分よ、味わってね」
G7、苦笑混じりのセリフは冗談半分、本気も半分だろう。カプラ・グラリスに与えられる高い報酬に加え、それを無限に貯蔵し、こうして自在に出し入れできる環境があることは、『巨大種使い(ギガントファンサー)』にとってまさに無二の条件。
とはいえ、冒険者が持ち帰る『セルー』を数トン単位で手に入れることは、誰にとっても大変な作業だ。
もっとも、ホムンクルスにそれを忖度する知能はない。
そもそも人造生命体に知能を与えることは、かの有名な人体錬成と並ぶ『大禁忌』に相当する。
Baaaaaa!!!
それでも満腹になれば機嫌が良くなり、主人に懐く、その程度の知性は彼らにもある。
「うふふ。はいはい、頑張って」
盲目の目を細めるG7。さらに、
「可愛いでしょう、あの子?」
そう問われても、グラリスをして答えようがない。唯一、
「全然可愛くないけど頑張れ」
正直に、しかし精一杯の声援を送ったのはG2ハイウィザード。
その声が聞こえたか。
Fi……
異形の口から吐き出される、今までとは違う響き。
瞬間、きぃぃぃぃ、と耳障りな異音を発し、ホムンクルスの頭上に魔法陣が出現する。そして、
ぼっ!!!
巨大な火の玉が1個、飛空戦艦『セロ』の船体に叩きつけられる。
魔法が生み出す炎の矢『ファイヤーボルト』。
それは魔法のレベルに応じ、1個から10個まで増加する。ホムンクルスが使えるレベルは1、ゆえに1個。
だがその威力たるや。
撃たれた『セロ』の流体装甲がぼごん!、と沸騰し、一瞬だが船体を支える竜骨までむき出しになる。
かの放浪の賢者・翠嶺が操る『熱線砲(ブラスター)』や、アマツは瑞波の国の妃・一条巴の『氷雨』を例に挙げるまでもなく、魔法の威力はレベルだけでは測れない。
翠嶺や巴の術を支えるのが、超絶的な知性や技量ならば。
人造生命体がその身に抱えるのは、人知を超えた膨大な魔力量だ。
かつて聖戦時代に跋扈した魔物、神々、聖霊にも匹敵する魔力を、食物に替えて胃袋に蓄えたホムンクルスの戦闘力は、一時的ながら一千年前のそれらに匹敵する。
いかに技量が低かろうが、頭が悪かろうが、敵に密着して馬鹿力でぶん殴れば同じこと。
きぃん!!
凍気の矢『コールドボルト』。
煮えたぎった流体装甲が急激に冷やされ、かき潰し続けたカサブタのように変色しながらボロボロと崩れ落ちる。
ばちぃ!!
雷の矢『ライトニングボルト』。
強力な電撃が四方へと跳ね散り、流体装甲を形成するナノマシンを焼き狂わせる。
全体が赤黒く変色した『セロ』の船体が侵され、歪んでいく。
じゅぼぼおおお!!
1本だけ回復した『セロ』のエネルギーウイングが、ホムンクルスの身体に突き刺さる。体内の水分が一瞬で沸騰・爆発し、焼け焦げて崩れ落ちる。
肉が焼け焦げる異臭が、爆風の勢いで『マグフォード』まで届く。
「うげげげげげ……でも頑張れ、やっちまえ!」
G2の正直すぎる反応は、しかし全員共通のものだ。
刃の上を綱渡りするような彼女たちの戦い、それを勝利に導くのなら悪魔でもなんでも構わない。
ばち、ばちちちち!!
『ジギタリス』の身体が、さらに切り裂かれる。いかに不定形とはいえ、内臓もあれば神経もある。体組織を一定以上に破壊されれば、待つのは死だ。
「もう少し……もう少し!」
グラリスNo3・月神のG3プロフェッサーが、祈るようにつぶやく。
「もー、もっとスピード出ないの!!!」
G2ハイウィザードがイライラと叫ぶ。
空中都市上面まで、あと少し。だがその距離が遠い。
飛行船の上昇速度が、歯噛みするほど鈍く感じる。
「無理だ。もう風がない」
グラリスNo1・神眼のG1スナイパーの声は冷静、そして残酷だ。飛行船を持ち上げてくれた暴風は収まり、そのあとの無風が『マグフォード』を包んでいる。
「……仕方ない。G7、ごめんなさい」
G3の謝罪に、
「やむを得ませんね」
G7は、少し残念そうな微笑で応える。
そして、
「ごめんね、『ジギタリス』」
育て上げた巨大人造生命体に、届くはずもない小さな言葉を投げると、
「……『生体爆破(バイオエクスプロージョン)』」
結果、悪魔になろうと構わない。
ぼきゅっ!!!
史上最大のホムンクルスが、『セロ』もろとも火の玉と化した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
bbbbBBBaaaaaAAAAAAoooooOOOOO!!!!!!
ホムンクルス・ギガンテス『ジギタリス』が吠える。
『キツネノテブクロ』という可愛らしい和名を裏切る猛毒草、その名を与えられた人造生命体が、飛空戦艦『セロ』を襲う。
ガジガジガジガジ……!
不定形の身体の、どこにあるとも知れぬ顎と牙で『セロ』の流体装甲を物理攻撃、同時に全身から滲出する溶解液が、強力な化学分解を仕掛ける。その戦いぶりに、
「うげー」
グラリスNo2、G2ハイウィザードが、生理的嫌悪を隠しもせず、顔を歪めて舌を出す。
その姿は実際、生命の輝きとか美しさといった麗句にはほど遠い、あらゆる倫理に背を向けた異形の存在感だけを際立たせる。
自然の生命体で最大を誇るクジラ類は、体長にして30メートル超、重さにして160トン前後のものが確認されている。遠く北のモスコビアに伝わる伝説には、背中に人が住む家屋を乗せて回遊する島のようなクジラも登場するが、あくまで伝説だ。
だがグラリスNo7、盲目のG7クリエイターが育てた『ジギタリス』は、最大のクジラと比べても3倍以上。ましてクジラが水中生物であり、地上に上がれば自重で潰れて死に至る、という点を考慮すれば、その異常さは明白だろう。
5年に一度開かれるギガンテスの品評会でも、3大会連続で2位以下に大差をつけ優勝。4大会目にはついに、
『競技が成立しない』
ことを理由に『殿堂入り』を強制され、体良く参加を断られたという。
アルケミストギルドが彼女に数々の特権を与えたこと、またカプラ社がオーディション抜きの一本釣りで師範創生術師、グラリス・クリエイターにスカウトしたことも、彼女の抜群の育成能力を一端を示すエピソードだ。
そして未来。
グラリスを引退した彼女は天津・瑞波の国に教授として招かれ、国家支援のもとで人生最後のギガンテスを育成する。
『浮丸島鯨(ウキマルシマクジラ)』。
瑞波国の軍艦、しかも御座船の命名法に従い『鯨(クジラ)』の1文字を与えられたギガンテスは、身体の98パーセントが海水というクラゲのような構造ながら、実に全長1.2km、体重1600万トンという驚天動地のサイズを誇り、人類史上、まさに空前絶後の巨大生物となった。
G7の研究施設を背中に乗せた『島鯨』は、瑞波の移動要塞として世界の海を旅し、そして彼女自身の墓地となるのだが、それは先走りすぎというものだろう。
今は『ジギタリス』だ。
Ba!!
ぎぃん! という耳障りな魔法発動音、と同時に、ファイアーボルトが一発、『セロ』を撃つ。レベルこそ低いが、元のサイズがサイズだけに、人間など一撃で消し炭にする熱量を含有した炎の矢が、赤黒く色を変えた装甲板を激しく波立たせ、ボロボロと焼き削っていく。
Baa!!
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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グラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが指示を下す。
ふぉぉぉ!!
飛行船『マグフォード』の2つの気嚢が柔らかく、だが力強い音を吹き上げる。『錬金式噴射推進機構(アルケミカル・ロケットエンジン)』の、恐らくは最後となるであろう咆哮が、ジュノー空中都市の岸壁に跳ね返り、何度も木霊となって響き渡る。
ばくん!
気嚢に備わった上下の方向舵が思い切り上に振られ、『マグフォード』の姿勢が一気に変化する。斜めに、そして垂直に。
「総員、落下に備えて」
G3の指示。
カラ〜ン……と、ひとつ落下音が響いたのは、甲板に転がったまま残っていた薬瓶が、重力に負けて転がり落ちた。グラリスNo9、義足のG9パラディンが消費した回復剤か。
さもなくばG2ハイウィザードが無茶な服薬をした時の、強化剤の空き瓶だろう。
「うひゃあ!」
グラリスNo6、G6ジプシーの奇声。甲板に出たままのチーム・グラリスたちは、垂直の床にハーネス1本でしがみつき、真下千メートル以上の高さに耐えねばならない。
とはいえ、本音でビビっているグラリスなど皆無。G6の奇声も、単にムードを和ませるためのフリだ。
『マグフォード』が上昇する。
空中都市ジュノーを形成する『ソロモン』『ハデス』『ミネタ』の3大岩塊、そのど真ん中の隙間を、天へ向かって突き進む。
今の『マグフォード』からは3大岩塊は逆光で黒く。そして隙間から見える空は青く、引き裂かれた割れ目のように見えている。
ただ、その速度は悲しいほどに遅い。
気球の気嚢を転用したロケットエンジンの耐久力は低く、故にそこまで強力な噴射力は得られない。水平飛行ならともかく、これだけの重量を垂直に運ぶには、明らかにパワーが足りていない。
「……くるぞ」
グラリスNo1、神眼のG1スナイパーがつぶやく。
『マグフォード』最大の障害物、飛空戦艦『セロ』。それが、ジュノー帰還に挑む『マグフォード』の希望を砕かんと接近してくる。
『セロ』の持つ武器『エネルギーウイング』の一閃、いや、ただ至近距離を高速ですれ違うだけで、『マグフォード』はバラバラに砕け散る。
相変わらずの、絶望的な戦力差。
(だが、そうはさせない)
『マグフォード』の甲板、今や垂直となった木製の床にハーネス1本でぶら下がりながら、G1スナイパーは冷静だった。
そして、その切れ長の目をさらに細くし、『真下』をにらみつける。そして、
(……いる)
確信を持つ。
彼女以外の人間が見れば、そこにはただシュバルツバルド山脈の赤茶けた山肌と、深い谷底の暗黒だけしか目に入るまい。
だがグラリスの頂点に君臨する、このスナイパーの異能を持ってすれば。
(女王……母なる風)
『風が見える』
その異能を持ってすれば。
(今は眠っている。『風の玉座』で、眠りについている)
そこは、なにもない無風の空間。だがG1の異能感覚は、全く別のものを見る。
この地に、人の手によって空中都市が築かれた時、シュバルツバルド山脈の気流・気候にもまた大きな変化がもたらされた。
自由だった風がせき止められ、幾多の乱気流が形成され、そして逆にまったく風の吹かない場所も形成された。
G1が『玉座』と呼ぶ無風地帯だ。
風の吹かない場所を『風の玉座』と呼ぶのは、いかにも理屈に合わない話だ。が、この世で唯一、風をその目でとらえるG1スナイパーにとっては、逆に自明の理だった。
(すべての風は、あそこから生まれる)
彼女の目には、それがはっきりと見えるのだ。
無風なればこそ、あらゆる風を生む場所。
そして、そこには『女王』が住まう。
「来たよ、来たよ!!」
グラリスNo2、G2ハイウィザードが叫ぶ。垂直に上昇する『マグフォード』目指し、飛空戦艦『セロ』が真上から、悠々と降下してくる。
「……G11、用意は?」
「いつでもオッケーさ」
G1に応えたのはグラリスNo11、双銃のG11ガンスリンガー。
身体に複数のハーネスを装着し、垂直の床に張り付くようして、巨銃エクソダスジョーカーXIIIを構えている。もちろん銃にもハーネスを満載し、その凄まじい重量に抵抗する。
だがその方向は『セロ』とは真逆。
『真下』だ。
「ちょっと! 逆よ逆! 上から来るってば!!!」
大騒ぎするG2に、しかしG11は静かに、
「わかってるさ、これでいいんさ。どっちみち、ここでアイツは撃てないさ」
G11の言葉通り、3大岩塊に囲まれたこの場所で巨銃を撃てば、その爆発力は浮遊都市にも大きなダメージを与えてしまう。
もちろん、巻き込まれた『マグフォード』などゴミ同然だ。
「じゃあ、何撃つってのよ!!」
「……」
G11は答えず、動いたのはG1スナイパー。
「私の矢を撃て、G11」
「あいさ」
G1が愛用の弓を構える。身体を支えるのは、腰につけたハーネス1本。ほぼ完全な宙吊り状態。
「……!」
ひょう、と、真下へ向かって矢が放たれる。
小さな矢は、わずかに風に流されながら、あっという間に谷底へ吸い込まれ、見えなくなる。だがG1とG11、グラリスが誇る2人の射手、その目には、矢の行方がはっきりと見えていた。
「……今だ」
「!」
ずんっ!!
巨銃エクソダスジョーカーXIIIが火を噴いた。変わらず、凄まじい反動。銃身を固定した甲板が、まるでぶっ叩かれた太鼓の面皮のように跳ね上がり、丈夫なハーネスが1本、耐えきれずにばちん、と弾け飛ぶ。
からーん!
G11のダメージを引き受けたG9パラディンの鎧から、回復剤の空き瓶がまた吐き出され、真下へ消えていく。
「『セロ』、本艦直上!」
G3の声で、全員が真上に目を転じる。降下してくる『セロ』の赤黒い船体は、先の戦いのダメージが癒え切っていない証拠だ。が、今はそれでさえ脅威。
そして。
かっ!
遠く、真下の谷底から凄まじい閃光が吹き上がった。
真下から照らされた『マグフォード』、そして『セロ』の二つの影が、まるで怪物のごとく巨大化し、空中都市の壁面へと投射される。
やや遅れて。
ど、どどどどど!!!!1
爆発音。
爆風。
「くるぞ、つかまれ」
いっそ冷淡にさえ聞こえるG1の声は、降下してくる『セロ』を示したのか、それとも。
ばっ!
『セロ』のエネルギーウィングが展開される。たった1本、だがそれでも『マグフォード』を100回、いや1000回でも沈めて余りある。
ただし。
『チーム・グラリスさえ乗っていなければ』
ぐん!
『マグフォード』の船体が真下から、凄まじい力で押し上げられた。
「うひゃああああ?!」
G2ハイウィザードが、あわてて近くのG6ジプシーにしがみつく。
(寝起きの女王のお怒りだ)
G1スナイパーの唇が、不敵に釣り上がる。
「『天浮橋(アメノウキハシ)』?!」
誰かが叫ぶ。
空中都市ジュノーに、ごく稀に吹く風。
都市の真下から垂直に吹き上げ、浮遊岩塊をつなぐ橋を真下から煽る。
この時、橋を固定する巨大な鎖がきしみ、橋が天へ向かって巻き上げられるように見えることから『天浮橋』の異名がある。
(無風状態の間、谷底に溜まった風が、何かの拍子に目覚めて吹き上げる)
G1が『女王』と呼ぶその風を、巨銃の一撃が呼び覚ました。
びきい!
『マグフォード』の構造材が悲鳴を上げ、引き換えに今までとは比べものにならないスピードで上昇を開始。
『グラリス、伏せてください!』
伝声管から、アーレィ・バーク。
同時に『マグフォード』の上昇軌道が船底方向へ、滑るようにずれていく。
びぃぃぃん!!
甲板すれすれを、光と熱の塊が通り過ぎた。
エネルギーウィング。
『セロ』必殺の一撃、その下スレスレを『マグフォード』が潜り抜ける。
真下からの爆風、その力によって速度と軌道を急変させ、『セロ』の攻撃をかわした。
「ざまあー!!!!」
グラリスNo5、美魔女のG5ホワイトスミスが叫び、オマケとばかりにくわえていたタバコを真下、『セロ』へ向かって弾き飛ばす。
彼女をして、目にうっすらと涙を浮かべているのは、自分が建造に携わった飛行機械が大仕事を成し遂げた、技術者としての充実感によるものだろう。
だが、それで終わりではない。
ただ一撃、かわしただけだ。
しかも、彼らを助けた爆風は収まることなく、旧式の飛行船など砕いてしまえ、とばかりに暴れまわる。
「矢に沿って飛んで」
伝声管に吹き込んだ声は、冷静を通り越してもはや冷淡といっていい。
G1スナイパー、危機にあればあるほど、その心と技は冴え渡る。
ひょう!!
今度は真上へ、矢が放たれる。小さな矢は、暴風に煽られて右へ、そして左へ。
風の行方を示しながら、天へ向かって飛んでいく。
その先にこそ、『マグフォード』の活路がある。
だが、真下から再び『セロ』。
「ええい、こうなったら魔法でぇ……むぎぐぐぐ」
「はいはい、渦ちゃん静かに」
暴れるG2ハイウィザードを、G6ジプシーがぎゅう、と抑える。いっそ首締まってないか? という勢い。
「G7!」
「はいはい」
だが、指揮官のG3が声をかけたのは、戦闘職の仲間ではない。
グラリスNo7、盲目のG7クリエイター。
およそ修羅場には不向きな、研究肌の錬金術師だ。
だが、その真の脅威は彼女自身ではないことを、そこにいるすべての人間が知っている。
その細い手に握られた小さな試験管。それこそは。
「暴れていいわ、『ジギタリス』」
ぴぃん、と弾かれた試験管が、真下から迫る脅威、『セロ』へと吸い込まれる。
人造生命体・ホムンクルス。現在、ホムンクルスには4種類が確認されているが、本来、錬金術師が使役を許される人造生物は1人につき1種1体のみ。
だがグラリス・クリエイターたる彼女は特別に、ギルドから4種すべての使役を許されている。
少女型の『リーフ』。
鳥型の『フィーリル』。
獣型の『アミストル』。
その3種は、戦いの中ですでに見せた。
そして、
bbbbBBBaaaaaAAAAAAoooooOOOOO!!!!!!
『セロ』の赤黒い船体、その上に、同じく赤黒い、いや赤い、青い、不吉な極彩色の生命体が出現した。
口に牙、粘液に虫羽根。昆虫のようでも、獣のようでも、魚のようでも、いっそ人のようにも見え、そしてそのどれにもまったく似ていない。
不定形型ホムンクルス『バニルミルト』。
だが、それは本当にバニルだろうか。
バニルなら通常、せいぜい馬か、大きくても小ぶりの象ぐらいしかないはず。
しかし、そこに出現したバニルの巨体は、『セロ』の船体をほとんど覆い尽くし、いっそまだ余りがある。
この世界に点在するダンジョン、そこに君臨するボスモンスターでさえ、ここまで巨大なものはちょっとお目にかかれない。
『巨大種(ギガンテス)』。
自然の摂理を外れた人造生命体、その範疇からもさらに逸脱した超級生命体。
グラリスに君臨する世界最高の『巨大種使い(ギガントファンサー)』、G7が駆使する最後の、最大の、そして最強の人造生命体が今、空中戦艦『セロ』に襲いかかったのだ。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが伝声管を通じ、飛行船の艦橋へと指示を送る。
「『降下用意、了解』」
同じく伝声管越しに指示を反復してきたのは、操縦桿を握る副長アレン・リーデルだ。
飛行船『マグフォード』がロケット型に変形して以来、ずっと船の操縦を引き受けているが、いまだにその声には緊張がある。
なにせ『マグフォード』のロケット飛行は、たった1度の試験飛行を経ただけで、これが2度目。しかもこの先、さらに前代未聞の高難易度飛行に挑まねばならない。
ジュノーへ向かって飛行高度を徐々に下げていき、空中都市の直前でエンジン全開&垂直に上昇。上昇推力と重力がギリギリ釣り合う頂点で、ジュノーの上部都市と高度を合わせて短時間停止し、船を捨ててジュノーへ上陸する。
一歩間違えばジュノーの岸壁に激突して木っ端微塵。上昇推力が弱すぎれば、ジュノーの上部都市へ届かず、逆に強すぎれば通り過ぎてしまい、上陸できない。
前代未聞のアクロバット帰港ともなれば、緊張しないほうがおかしい。
しかも、飛行戦艦『セロ』の追撃をかわしながら、となれば、成否はほとんど奇跡に頼るしかない。
その緊張を感じたか、
「力抜けよ、若いの。アンタは上手くやってる」
つとめて明るい声で励ましたのはグラリスNo5 、美魔女のG5ホワイトスミス。
「ここまでだって、みんなをちゃんと運んでくれた。アンタの操船がなかったら、みんなとっくに空の藻屑だったさ」
がっはっは、と銅鑼笑い。さらに声を低めて、
「安心しろ、ちゃんと『約束』は守ってやるから」
G5、副長のアレンが舵を握る代償としてディフォルテーNo1・D1ことガラドリエル・ダンフォールと、デートの設定を約束している。
カプラ嬢トップである美女との1日、なるほど命を掛けるに値するだろう。
「なんなら『お泊まり』もつけてやるぜ?」
「『……?!』」
伝声管の向こうから、明らかに息を飲む気配。
「なんでやんす? なんでやんす? なんだか楽しそうな気配を感じるでやんすよ?」
明らかに楽しんでいるG5の真横に、ひょいと顔を突っ込んだのはグラリスNo6、虹声のG6ジプシー。
「おう、G6、実はな……ごにょにょ」
「な、なんでやんすとー?!」
G6、目を丸くしながら、両の手のひらで口を覆う。いわゆる『年収低すぎポーズ』というやつだ。
「そんな面白……素敵な計画とは! これは一肌脱がなきゃ、女がすたるというモノでやんす!」
「場所のセッティング、頼めるか?」
「おとーちゃんの別荘に、ぴったりのヤツがひとつ」
「ほうほう?」
「白亜の豪邸に緑のヤシ、白い砂浜。海へ沈む夕日が、これまたムード満点」
「よさそうだな」
「しかも絶海の孤島。ちょこっと船に故障してもらえば、1週間でも1ヶ月でも」
「……決まりだ」
G5とG6、互いの手のひらをぽん、と打ち合わせ、
「つーわけで、若いの……死ぬ気でいけ」
「『り……了解っ!』」
余計力が入ったようにも聞こえるアレンの返答。
「降下開始。以降はG1の進路指示に従ってください」
G3プロフェッサー。仲間の悪巧みは、あえて聞かないふり。
「このまま直進しつつ降下。10秒後に右へ流されるが、気にせず舵そのまま」
G3を受けて進路を指示するのはグラリスNo1、神眼のG1スナイパー。
甲板の先端に陣取り、『風が見える』異能をフルに活かして、暗礁海域をゆく水先案内人よろしく『マグフォード』を導く。
ひゅう……
誰もが、何かと饒舌なG6や、グラリスNo2、G2ハイウィザードまでが口を閉ざすと、甲板にはただ風の音。そして気嚢ロケットの微かな推進音。
ふっ、と甲板が暗くなるのは、シュバルツバルド山脈が作る山影に船が飲み込まれたせいだ。
360度に広がっていた青空が消え、緑の少ない、赤茶けた山肌が視界を埋めていく。
海でもないのに、深海へと潜行していくような、不思議な感覚。
ジュノーの空中都市が近い。
空中にそびえ立つ岩肌、遥か上空から斜め鋭角に差し込む日の光。
この世に二つとない奇景の下を、『マグフォード』は潜行する。
「……敵は?」
それは、誰の言葉だったか。
「いる。『ミネタ』の向こう側だ」
待ち受ける空中戦艦『セロ』は当然、巨銃エクソダスジョーカーXIIIを警戒し、死角に回り込んでいる。
『マグフォード』はさらに潜行。
「うわ……初めて見たわ、岩塊のケツ」
「見ることないもんねえ、普通に暮らしてたらさ」
グラリスの誰ともなく、つぶやきがもれる。
円錐形を逆さにした3つの超巨大岩塊、その尖った先端が見えている。都市の排水や老廃物を地上に捨てる廃棄口があることから、『ケツ』だのと下品な呼ばれ方をする。
「上昇、用意」
G3プロフェッサーが指示を出す。
「このまま3大岩塊の隙間を、ど真ん中から上昇します。最終目的地は『ソロモン』岩塊」
「……」
船の内外から、息を飲む気配。作戦を理解してはいても、前代未聞に前代未聞を重ねた、成否不明の強行作戦だ。
ほとんど狂気の沙汰である。
「敵の狙いは『ユミルの心臓』の奪取。ならば『ソロモン』岩塊への不用意な攻撃は避けるはず。そこに賭けます。……G1?」
G3プロフェッサーの読み。
「いつでもOKだ」
答えたG1スナイパーは、なぜか船の真下をのぞきこんでいる。
「上昇、開始!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
]]>
グラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが指示を出す。
「あいさ」
巨銃エクソダスジョーカーXIIIを構え直したのはグラリスNo11、双銃のG11ガンスリンガーだ。
「G1、『セロ』はどこさ?」
「今は無理だ。あの山の向こう」
G11の質問に、グラリスNo1、神眼のG1スナイパーが指差す。その先の、ひときわ大きな山塊は、いかに伝説の巨銃でも貫けまい。
「どっか顔出しそうなとこは?」
「ダメだ。あのまま山向こうの谷を進まれると、もうジュノーの直前まで狙撃ポイントはない」
厳しい顔で、山脈を睨みつけるG1。
敵も馬鹿ではない。
「銃がダメならさ、弓で撃っちゃえば? 」
グラリスNo2、小柄なG2ハイウィザードが気楽に提案。だが確かに、G1スナイパーの弓は風に乗り、見えない相手にも届く。だが、
「今は風が悪い。あそこまで届けてくれる子が見当たらない」
G1。さすが、そうそう上手くはいかない。
「ま、寄ってきたら今度こそ灰にしちゃるわ。アタシぐらいになればね」
「G2、貴女はもう薬剤禁止です」
「ナンデ?!」
「G4、力ずくでも止めて下さい」
「了解した」
「ちょっ?!」
G3プロフェッサーが釘を刺した上に、グラリスNo4、隻眼のG4ハイプリーストに実力行使を命じる。実際、このG4ハイプリーストの戦闘技術は、グラリスの近接戦闘職と比べても引けを取らない。小柄で、かつ腕力にはまるで縁のない魔法使いを制圧するのは、文字どおり赤子の手をひねるようなものだろう。
「……ん?」
その時、目を細めたのはG1スナイパーだ。
「どうしました、G1」
「……妙だ。『セロ』が追ってこない」
G3プロフェッサーの質問に、彼方へ視線を向けたまま応える。
「『マグフォード』が目的ではない……?」
首をひねるG3。
「あのコースだと……ジュノーへ先回りするつもりか?!」
「あっ!」
G1の予測に、G3が目を開く。が、
「ジュノーを背にされちゃ、コイツは撃てないさ」
先に苦い言葉を吐いたのはG11ガンスリンガー。彼女が操る巨銃エクソダスジョーカーXIIIは威力こそ絶大だが、その威力が仇となり、周囲にまで大きな被害を及ぼす。
「ジュノーの街が吹っ飛んじまうさ」
「それでなくても、人質の市民に被害が出るのは避けられません」
G11の言葉を、G3が補足する。
飛行船『マグフォード』の、そしてカプラ嬢たちの切り札が封じられてしまう。だが、
「……ですが作戦に変更はない。私たちはジュノーを目指します」
G3プロフェッサーは揺るがない。
「ただし、作戦ルートは変更。行動分岐を4つさかのぼって、その後の分岐はすべて省略。ジュノー上陸作戦に直結します。敵から、こちらの姿が見えていない今がチャンスです……スタート」
G3の声が淡々としたものに変化する。正念場の証拠だ。
返答も、任務の確認もしない。
チーム・グラリスの精鋭たちが、甲板に散る。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「……見えたっ、ジュノー!」
飛行船『マグフォード』の甲板上、飛び上がるようにして叫んだのはグラリスNo2、G2ハイウィザードだ。飛空戦艦『セロ』との戦いにおいて、魔力強化剤の過剰摂取を敢行し、一時は生命の危険にさらされた。その時に起きた肉体変異は既に治ったようだが、顔や体のあちこちに残った血痕が、激闘を物語って痛々しい。
が、本人は至って元気そのもの。
『マグフォード』の舳先から身を乗り出さんばかりにして、進行方向に広がるシュバルツバルドの大山脈と、そこに係留された巨大な街を指差す。
空中都市・ジュノー。
それはルーンミッドガッツ大陸3大国家のひとつ、シュバルツバルド共和国の首都であり、そして飛行船『マグフォード』の最終目的地でもある。
『ソロモン』『ハデス』『ミネタ』という3つの超巨大岩塊を、標高1800メートルを超えるシュバルツバルド山脈の頂につなぎ留めた姿は、何度見ても天下の奇景だ。
帰ってきた。
口には出さないが、甲板に顔をそろえたカプラ嬢、チーム・グラリスの大半が、その感慨にひたる。船内に待機中のカプラ嬢たちも同様だろう。
浮遊岩塊『イトカワ』を脱出し、空中戦艦『セロ』との死闘をくぐり抜け、彼女たちはついに帰ってきた。
「でも、本当の戦いはこれからよ」
グラリスNo1、神眼のG1スナイパーが、気を引き締めるように一言。
「砂ちゃん、それ最終回フラグでやんす♪」
余計な茶々で混ぜかえすのはグラリスNo6、虹声のG6ジプシー。
「で、どこへ降りるの? 『ソロモン』? 『ミネタ』?」
G2の質問に、
「『ユミルの心臓』はセージキャッスルの地下。なら直接『ソロモン』に乗り込みたいところですが」
答えたのはグラリスNo3、月神のG3プロフェッサー。
「できることなら『ミネタ』の女子寮で装備を整えたい。G9 、G10のペコペコもいますし」
「それは是非にお願いしたい」
G3の言葉を受けたのはグラリスNo10、長身のG10ロードナイト。
「『グレイシア』は我が半身も同然。戦に臨むには欠かせぬ相棒です」
力強く訴える声がくぐもっているのは、顔を仮面で覆っているせいだ。『セロ』との戦闘が終わった後、肌の調子を整えるため、顔面に化粧水でパックを施している。髪もワックスを塗り直し、絹の袋にまとめて覆ってある。
戦の華たるロードナイト、『本番』を前に準備怠りない。
「ウチの『フィザリス』も、いてくれれば百人力だ。というか、このナリじゃろくに歩けないしなあ」
白銀に鮮血の赤色を添えた巨大な『ヴェスパー鎧』、その内部から伝声管ごしに声を伝えてきたのはグラリスNo9、義足のG9パラディン。
「情報通り、無代さんが既に武装させてくれているなら、すぐにでも戦えるだろう」
「よし、決まりだ!」
G2が、指揮官よろしく両手を打ち合わせ、
「じゃあこの船、もっかい飛行船に戻して、一度『ミネタ』に降りる。んで寮でいろいろ積み込んでから、『ソロモン』に突撃! よーそろー!」
「悪りぃ。それ無理」
気勢を上げるG2を制したのはグラリスNo5、美魔女のG5ホワイトスミス。
ダサいヘルメットにオリデオコン製の安全靴、くわえ煙草といういつものスタイルで、甲板にどっかと胡座。
「無理、ってなによ? 」
首をかしげるG2に、G5はひらひらと手を振り、
「戻せねえ」
「なにが?」
「飛行船に。この船、一度この形に変形したら、もう戻せねえのよ」
「はあ……?!」
G2が素っ頓狂な声をあげる。が、それも無理はない。
飛行船『マグフォード』は賢者の塔・セージキャッスルが開発した最新鋭艦だ。1つの船体を、2つの気嚢の下にぶら下げた双胴型の飛行船。
そこから、2つの気嚢が船体を挟み込むよう平行に並ぶよう変形。さらに気嚢内部の気体を反応させ、後方から噴出して進む『錬金型噴式推進器(アルケミカルロケットエンジン)』へと『進化』する。
まさに世界最新の飛行機械だ。
だがその能力と引き換えに、一度変形したらもう元に戻せない、という。
「そりゃまあ、アインブロックの飛行船ドックに入れリャ戻せるけど、前回のテスト飛行じゃ3ヶ月かかったぜ。ドックに入れずに、まして飛びながら戻すなんて無理無理」
「無理ですね」
G5の大雑把だが、その分よくわかる説明を受けたのはグラリスNo7、盲目のG7クリエイター。
「気嚢を元に戻すにしても、気嚢の内部を元の浮遊ガスで満たすには、一度ロケットの噴射口を塞がないとダメ。でもそうしたら?」
「落ちる……?」
「正解」
G2の答えに、人差指を立ててにっこり。が、G2、もちろん嬉しがるどころか、目に見えて青い顔で、
「じ、じゃあさ。この船、どうやって降りるの……?」
「……」
G5。
「……」
G7。
「なんで目を逸らす!??! そうだ、テスト!! テスト飛行やったんでしょ?! そん時はどうしたのよ!!」
G2が食ってかかるのへ、G5は青い空を見上げ、
「あん時ゃあ、海の上でやったんだ。最後は胴体着陸したっけなー。ありゃーうまくいった」
G5、煙草をぷかり。
「完璧でしたねえ」
G7、見えない目でにっこり
「な、なるほど! ……って、どこに海があんのよ!!!???」
「おお渦ちゃん、ノリツッコミお見事でやんす♪」
「アンタはちょっと黙ってろ!!」
G6ジプシーの茶々にG2がキレるが、この場合は仕方ない。
伝声管のブザーが鳴ったのはその時だった。
『ブリッジのバークです。G2、着陸についてご説明しましょう』
どうやら、騒動はブリッジまで聞こえていたらしい。
「なんか手があんの、船長?」
『もちろん危険は伴いますが、方法はあります。Z軸噴射による、垂直上昇です』
バークの説明はこうだ。
『マグフォード』は、このままジュノーに向かってゆっくりと高度を下げながら接近する。
そしてジュノーの直前でロケットを最大出力で噴射、ジュノーの岩塊の崖すれすれを垂直に上昇し、島の上部に至る寸前でエンジンの推力をギリギリまで絞る。
『垂直に打ち上げた矢は、落ちる前に頂点で一度止まる。その停止時間を利用します。エンジンをギリギリで吹かしながら、船を可能な限り空中に静止させる』
「……その間に船を降りる、ってわけ?」
『その通りです』
バークの声は、伝声管越しでも冷静、かつ頼もしい。しかし、G2ならずとも疑問は残る。
「だとしても、その後、船はどうなるの?」
『……ご想像にお任せします』
G2の質問に対して、バークの返答にかかる一瞬の間が、全てを物語っていた。
「ま、その後、ジュノーに『ケツからそーっと降りる』ってのも不可能じゃねえさ。よっぽど上手くやりゃあ、だが」
「……」
G5のフォロー。G7は無言。それが同時に、この計画の行く末を物語る。
「またイチかバチか、だよもう」
うんざり顔のG2に、全員が苦笑い。だが、笑わない者も少数。
「すまないけれど、悪い知らせだ」
神眼のG1スナイパー。その目は船の後方、遙かに広がるシュバルツバルド山脈に注がれている。
「『セロ』だ。追ってくる」
全員の目が、驚愕とともに同じ方向を向く。が、このグラリス・スナイパーの目と同じものが見られる人間はいない。
「見えないわよ?!」
「谷底を隠れて進んでくる。風の乱れでわかる。あそこだ」
愛用の長弓をかざして示すが、もちろん誰も見えない。しかし、この弓手の言葉を疑う者もない。
風が見える、それこそが彼女の異能だ。
「このままだと、ジュノーに着く前に追いつかれる!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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翠嶺が、ひょいと部屋の外から顔をのぞかせ、
「お前の義妹、一条香もこの船に囚われている。おそらく、この部屋の奥だ」
ぶっきらぼうに告げる。
「ありがとう存じます」
礼を言う流だが、声は硬く、そして動こうともしない。
「いいのか、連れて行かなくても?」
「構うな、と申しておりました」
「申し……?」
流の言葉に、翠嶺が首をかしげる。
「我が義妹は、常にはない力を持っております。時には人の口を借りてしゃべることも」
「……なるほど」
翠嶺が合点する。香の力、『鬼道』のことは、彼女も心得ている。
「だが、本当にいいのか?」
「構いません」
流は微動だにしない。
義妹と同じく超感覚を持つキョウが、翠嶺の気配と共に『船の後方に大きな力を感じる』と告げていた、それが香のことだったのだろう。だが『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』の力を色濃く受け継ぎ、未来視さえ可能にする義妹の言葉は、瑞波の戦人(イクサビト)にとって神託と同様だ。
「ふーん」
翠嶺が鼻を鳴らし、
「時間がない。先に行く」
ひょい、とまた顔を引っ込め、かつかつと廊下を歩き出す。
「お待ちください、翠嶺先生」
「……」
巨体を部屋の外に滑り出させ、流が追ってくるのを、翠嶺は無視する。が、流も構わず、
「ご無礼」
「ちょ……?!」
その丸太のような巨腕を伸ばし、再び翠嶺の身体を抱き上げたではないか。
「何をする?!」
血相を変える翠嶺に、しかし流は無表情のまま、
「お召し物が汚れます、先生」
平然と答えた。
見れば確かに、廊下の先には流たちが倒したレジスタンス兵の死体が転がり、無残な有様だ。特にキョウの魔剣・ムラマサやマグダレーナの戦槌を食らった者は、もはや人の形を留めていない。
廊下や壁はもちろん、天井まで含めて血と肉の海だ。
「あたしはいいのかい、流や?」
後ろから意地悪く聞いたのはマグダレーナ。戦槌を肩に担ぎ、軽装とはいえ鎧をまとった尼僧兵の姿は、もちろん他人の気遣いが必要とは見えない。
母の恩師である翠嶺を丁重に扱う流に、同じ女として嫉妬、というわけでもあるまいが、茶化すぐらいの気持ちはあったろう。
ぴた。と、流の巨体が止まり、くるりと振り向く。そして、
「失礼」
「?!」
両腕で抱き上げていた翠嶺の身体を、軽々と片手に抱き変えるや、つかつかとマグダレーナの側へ歩くと、
「お……ま、待ちな、こら?!」
慌てるマグダレーナの身体を反対の腕で、これも軽々と抱き上げてしまった。
「ば、馬鹿! 冗談だ! 降ろしな!」
「お静かに。暴れられますと、抱き具合がよろしからず」
「な……?!」
言葉だけ聞けば、妙な誤解を招きかねない。が、言っている流は平然たるものだ。
双子を抱えた父親よろしく、といっても抱いている相手は2人とも成人。マグダレーナこそ、やや少女じみた体躯とはいえ、武装を加えれば重量も十分だ。
それを片手で1人ずつ抱き上げ、すたすたと歩き出す。呆れた腕力、というか、もはや怪力といって差し支えない。
じたばたしていたマグダレーナだが、一瞬、反対側に抱かれた翠嶺と目が合い、
「……」
「……」
お互い、苦笑いで肩をすくめると、大人しくなった。
じゃり、と流の足が血と肉をかき分ける。確かに、ここを歩くのはぞっとしない。タートルコア、月影魔女の猛者たちも、足取りは慎重だ。違うのは
「ひゃひ」
嬉々として先行するキョウぐらいである。
「流」
翠嶺がつぶやくように、
「私の言い方が悪かった」
まだ不機嫌な表情ながら、謝罪した。
「……いいえ。こちらも感情的になりました。武士にあるまじきことです。申し訳もありません」
流も謝罪を返すが、こちらの表情にも笑顔はない。
お互い、決して相入れぬ場所があることは確認済みなのだ。
「船を悪用されてはならぬ、という先生のご懸念はごもっとも」
流が口火を切る。どうでもいいがこの男、人間2人を抱えて歩きながら、息も切らさない。
「ですが、少なくとも自分は、あのプロイス・キーンとやらに比べれば千倍もマシ、と心得ます」
「それは認めよう」
翠嶺が即座にうなずく。
「というか、アレより下は探してもおるまいがな」
「ごもっとも」
けちょんけちょんである。
「では流。これ以上、この船をアレの支配下に置いてはおけない。その点では一致できるな?」
「承知」
「しかと?」
「武士に二言はござりませぬ」
「……聞け、流」
翠嶺が身じろぎし、身体を床へ降ろさせる。既に血の海は過ぎ、マグダレーナも続く。
「私は聖戦を見た。『人類が勝った』、それは嘘だ」
翠嶺が流の目をじっ、と見上げる。
「嘘」
「そう、嘘だ。この話は、初めてする」
流から目をそらさず、翠嶺は語る。
「異界からの敵は、あまりに強大だった。人類の抵抗は、ほとんど意味をなさなかった。ただ一部の人間がうまく身を隠しながら抵抗し、その間に敵が去った。そして辛うじて絶滅を逃れた。それだけだ」
「敵が去った?」
「飽きたのだろうさ」
「……」
流は沈黙するしかない。
「だが、それでも人類が生き残れたことには理由があった、と私は思っている」
「理由? それは?」
「皆が力を合わせたから、だ。……別に子供の説教ではないぞ」
翠嶺は真剣な顔で、
「あの時だけは、国家も、人種も、性別も、年齢も関係なかった。残された者たちは1人残らず、我欲を捨て、生き延びるために協力した。いいか、1人の例外もなく、だ」
ふっ、と翠嶺の表情がくずれかかり、すぐに戻る。
「あの時の力こそ、人の真の力だと私は信じている。他でもない、この目で見たから言うのだ」
「……先生」
流がなにか言おうとしたが、翠嶺は許さず続ける。
「私はずっと1人で生きながらえながら、人々の間にあの団結を再現しようと試みた。だが、それはとても難しかった。結局、人はまたバラバラになり、口々に我欲を言い立てる。私はなにもできなかった」
それでも、翠嶺は目をそらさない。
「だが私は諦めない。諦めずに種を蒔き、水を与え続ける。それが私だ」
どん、と、その優美な手で流の胸を叩き、彼女の話は終わった。くるり、と背を向け、廊下を歩き出す。
その時だ。
ごう……
『セロ』の船体が揺れた。
「まさか、もう中和した?! そんなエネルギーがあるはずが……」
翠嶺が血相を変える。
「もしや……『ユミルの心臓』が?!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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が、予想に反し、2人とも特にこれといった反応は示さない。
お互いの名を名乗り、一瞬だがお互いの目を見つめて、反らす。起きたことといえば、それだけだった。
「一条の御曹司、状況を」
流の腕に悠々と抱かれたまま、翠嶺が質問する。
「どうぞ私のことは『流』と」
流、前置きしておいて、
「本艦は飛行船『マグフォード』と交戦、何らかの手段で返り討ちにあい、機能に異常をきたしたようです。結果、我々は脱出できました」
「『マグフォード』が無事だったか」
翠嶺の表情がぱっ、と明るくなり、そして一瞬だけ、異質の思考に囚われたように固まる。
「……まあ予想はしていたが、嬉しい知らせだ」
そんな翠嶺の表情を、流は見逃さない。
「本艦、もしくは『マグフォード』について、何か思い当たることがおありでしたら、ご教示願えれば幸いに存じますが?」
「む」
流の質問に翠嶺、
「『マグフォード』には、戦前兵器(オリジナルウエポン)の備えがある。恐らくは、それだろう」
わずかな思考の後、答えた。賢者の塔にとっての機密事項ではあったが、今、それを隠すのは得策でない、と判断。
「戦前兵器とは?」
流の目が光る。同時に、マグダレーナの表情も微動。
「『エクソダスジョーカーXIII』。聖戦直後、飛行船番長・鹿頭のペルロックが使っていた巨銃だ……が、もちろん実戦を想定したものではない。航海の無事を祈る、お守りみたいなものさ」
翠嶺の説明、後半はマグダレーナに聞かせるための『弁明』である。賢者の塔の権威をバックに、国境も航路も無視して飛行することを許された『マグフォード』、それに武器が積んであったとなれば、ルーンミッドガッツ王国のみならず各国にとって、明らかな信義違反となる。
「実際に使用するとなれば、一発撃つだけでも困難を極める。『大木は日陰の他に役立たず』だよ」。
ことわざ入りの弁明は賢者らしいが、ごまかしには違いない。
「だが、撃てた」
マグダレーナが突っ込む。
「もし撃てた、とすれば」
翠嶺が微笑で受ける。ついでに前提を微妙にぼかしている、意外にクセモノだ。
「撃てたとすれば、今回は特別だ。『マグフォード』は、シュバルツバルドの浮遊岩塊に幽閉されていたカプラ嬢たちを救出する任務を帯びていた。船の船長は『提督』アーレィ・バークだ。彼女たちを救出し、戦前兵器の運用を託した」
翠嶺が目を閉じ、流の太い腕に軽く頭をもたせかける。
「この『セロ』は攻撃を受けても、そのダメージを相殺する特殊な装甲を持っている。現代の人間がこれを壊すのは『奇跡』だ。が、『マグフォード』とカプラ嬢たちがタッグを組み、あの巨銃を使いこなしたならば、不可能ではなかろう」
以上、説明終了、と言わんばかりに、翠嶺が両手を豊かな胸の前に組む。
長いエメラルドの髪と、同じく緑と青を基調にデザインされた薄手の教授服がさらり、と揺れる。
巨漢の流に抱かれた姿は、本当に森の精霊(ドリアード)もかくやの美しさだ。
「……まあ、銃の件はいずれにしましょう」
マグダレーナがクギを刺しつつも、撤退。今これ以上、翠嶺を追求したところで大した利益はなく、時間も惜しい。しかも加えて、流がやんわりと視線を向けてくる。
(余計なことは聞くな)
そういうことだ。
(……あー、もう!)
マグダレーナは内心、舌打ち。
その時だ。
ごぅん……。
『セロ』の船体を、下から突き上げるような振動。
「着底したな」
翠嶺が目を開け、つぶやく。
「もう動けない、と?」
「いや、そうではない」
流の質問に、しかし翠嶺は首を振る。
「装甲のダメージが限界を超え、飛行に支障が出たために着底した。が、時間が経てばダメージは中和される」
「中和とやらにかかる時間は?」
「正確にはわからんが、長くはない。この船が姉妹艦の『アグネア』……ヤスイチ号とジェネレーターの出力が同じ、と仮定して……30分はかかるまい」
「承知」
それを聞き、流が背筋を伸ばす。マグダレーナと月影魔女、タートルコアの面々を見回し、
「戦闘続行だ。この船を乗っ取る……翠嶺先生、ご協力願えますか?」
「よかろう。ただし」
翠嶺が流の目を見る。
「あくまでこの世界の平穏を願うゆえだ。この船を私利私欲に使うことは、誰にも許さん」
「……この私が私利私欲に走る、と?」
流が、いっそ笑いを含んで問い返すのへ翠嶺先生、真面目な顔で、
「ああ。なにせ、あの子の息子だからな」
容赦なく返答したものだ。
「母のことを……?」
「勘違いするな。お前の母は懐かしく、可愛い弟子だ。……だが」
「だが?」
「それとこれとは、話が別だ。何者かの野心のため、聖戦時代の力を現代の災いにしてはならぬ。それはあの時代を生き、そして今を生きる戦前種(オリジナル)、つまり私の義務だ。生きる理由と言ってもよい」
「……」
さすが放浪の賢者・翠嶺、伊達に一千年を生きていない、と言うべきか。気の遠くなるような歳月に裏打ちされた揺るぎない信念に、さしもの流も返す言葉を見つけられなかった。
「大義であった」
翠嶺は言い捨てると、流の腕からするり、と抜け出す。
「ご無理をなさっては」
「よい」
とんとん、と履物を直し、すっく、と流の巨体に相対する。
「助けてもらった借りは忘れん。『セロ』の奪取に手を貸してもよい。だが、お前の野心は捨ててもらう。この力は誰かが、あるいは国家が自由にしてよい力ではないのだ」
「その約束はできかねます」
流の顔から、表情が消えている。
「我は天津鎮北・瑞波武士。まして頭領に生まれついたこの身なれば、奪るは必定。いわば……『生きる理由』」
一条流、言い返した。
奪る。
人を、田を、畑を、金を、女を、国を。
夢を。
ばちん。
流と翠嶺、2人の視線がぶつかり合う。千年の賢者に、若き武士の目は、しかし負けてはいなかった。
人も畏れる森の神鹿を、去年生まれた狼の子が喰って悪い、と誰が決めたか。
「……ちっ!」
断じて美女賢者がしていい顔ではない、盛大なしかめ面で舌打ちし、退いたのは翠嶺の方だった。
「お前の母……巴といい、あの無代といい、アマツ人というやつは皆こうなのか? なぜ人の話を聞かん!」
「それは心外!」
さっきまで翠嶺相手に一歩も退かなかった流が、なぜか血相を変えて、
「拙者、母よりよほど素直にござる。まして無代の石頭ずれと比べられては!」
大真面目な顔で、なぜか武家言葉まで動員して反論したものだ。
これには翠嶺もぽかん、と口を開け、やがて諦めたようにぶすっ、と頬をふくらませると、
「もう知らん! 勝手にしろ!」
腹いせにげしっ、と流の足を蹴っ飛ばすと、ぷい、と横を向いてすたすた、と部屋を出てしまった。なお、無代のことが2人の話題に上るのはこれが初めてなのだが、無残にもスルー。
流にしては珍しい、これ以上ないほどの交渉失敗。
「……振られたな」
マグダレーナが、なぜか妙に嬉しそうに突っ込む。
それがツボったらしく、全員がぶほっ、と吹き出す。
「時間がない。いくぞ」
スルーして指示を出す流の声にも、いつものキレがない。
ただ一条流、その表情は決して苦くも、暗くもなかった。不思議なことである。
あるいは彼にとって、こうして本気の本音でぶつかり合い、お互いに退かない中にも理解を深める、そんな経験が貴重で、ひょっとして楽しいものであったのかもしれない。
いずれこの2人、瑞波の国益と賢者の塔の公益を巡って衝突を繰り返し、間に立つ無代を悩ませ続けることになるのだが、これはその第一ラウンドであった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「けふ」
一条流の命令一下、女魔剣士・キョウの痩せた身体が廊下を走り出した。かあん! かん! という金属音は、彼女が引きずる魔剣ムラマサが、廊下や壁にぶつかる音だ。
「参りましょう」
続いて、流がマグダレーナを促す。といっても、自分は動こうとしない。マグダレーナとその親衛隊『月影魔女』に先行しろ、というのだ。
言葉は丁寧だが、指揮権とリスク管理だけはしっかり握っているあたり、流らしいと言えるだろう。
マグダレーナ、そんな流をひと睨みし、
「行くよ」
『月影魔女』を率いて、自ら走り出す。ここへきてグダグダ言っても仕方ない、と腹をくくっているのだろう。
続いて一条流とタートルコア。こちらはいちいち口に出さずとも、流の指先一つ、顎の動きひとつで、まるで一つの生き物のように動く。
「アクト」
「イエス、リーダー?」
副官のアクト=ウインドが流の側に寄る。お互いにしか聞こえない小声。
「『月影魔女』との連携は考えるな。キョウを死なせないことだけに集中しろ」
「イエス、リーダー」
アクトがうなずく。連携無視、それはアクト自身も考えていたことだ。
そもそも『月影魔女』とタートルコアでは、実力も成り立ちも、行動原理もまるで違う。
子供時代にマグダレーナに引き取られ、その下で厳しい修行を積んだ魔女達の実力は、ルーンミッドガッツ王国軍ならエース級、王室親衛隊すら退けると言われる強者揃いだ。
対してタートルコア。
チームの精鋭、といえば聞こえはいいけれど、元々が支援任務を主とするタートルチームから、多少マシな人材を選んだ寄せ集めに過ぎない。それも、一条流という指揮官を護衛し、移動の便宜を図り、指揮の伝達をスムーズにする、という目的のためだ。
もし『月影魔女』のような超人クラスと連携しろ、などと言われたら、
(文字通り、お手上げだからな)
アクトも胸をなで下ろす。もっともアクト自身はプロフェッサーとして、月影魔女に劣らない技量の持ち主であり、連携しろと言われれば不可能ではない。が、
(どうにも、ぞっとしねえや。あの魔女ども)
気乗りしないこと、この上ない。
実際、今でもマグダレーナの背後にアサシンクロスがぴたり、と付いている。後方の流たちを信用していない証拠だ。
(いいさ。俺たちは今まで通り、リーダーにくっついてくだけだ)
アクトも、とうに腹をくくっている。
父から『一条家の男に付けば、運命が変わるかもしれない』、そう言われて歩んできた道だが、もう変わるどころの話ではない。
今や空を飛ぶ戦前機械(オリジナル)を乗っ取り、ルーンミッドガッツ王国の暗部を牛耳る女黒幕を配下にしよう、という勢いだ。
(俺は何だ? アレか? モノホンの魔王にでも付いたのか?)
アクトが、そんな妄想に近い自問に沈んだ、その時だ。
「きひぃ!」
先行した女魔剣士の奇声が響く。
「キョウ、開戦」
ほとんど反射的に、アクトがチームに戦闘開始を告げる。
閉鎖された廊下の隔壁を切り破った、その先に敵が待ち構えていた。そこへキョウが躊躇なく飛び込んでいる。
「ぃぃぃぎ!」
細身・長尺の魔剣『大水蛇村正(オオミズチムラマサ)』が、ほとんどデタラメとも見える太刀筋で暴れ回り、そのたびにじゃっ、じゃっ、と血しぶきが舞う。
廊下の白い床や壁、天井が赤黒く染まっていく。
カーン、カーン、というバリア呪文の発動音が響いている以上、敵にも備えはあったはずだが、キョウの殺戮は止まらない。
よく聞けば、バリア呪文の発動音にカカカカカ、という短い連音節が混じるのに気づくはずだ。あの浮遊岩塊『イトカワ』の戦いで、グラリスNo12チェイサーが、敵のバリアを手の指で連続して叩くことで、バリアの耐久力を削り取ってしまう、通称『モロク撃ち』という技法を見せた。
キョウが使う技もそれに近く、刀身がバリアに接触した瞬間、腕と肘に闘気を集めて骨伝導衝撃波(ボーン・ソニック)を発生させ、刀身を細かく震わせることでバリアを『削る』。
闘気を操る剣士系のスキル、バッシュやマグナムブレイクの変形技で、キョウのオリジナルスキルだが、文字通り彼女がキレている時しか使えないため、名前もなければ模倣も不可能。
瞬く間に3人ほどが斬り伏せられる。そのままキョウが暴れまわって決着、と思われた、だがその時だ。
からん。
妙に乾いた音を立てて、キョウの魔剣ムラマサが床へ落ちた。
「ふえ……?」
瞬時、完全に輝きを失っていたキョウの目に知性が戻り、同時にぼんやり、と立ち尽くす。
「あ、やべ!」
アクト。廊下の後方からだが、状況は見えている。というか、魔剣士と化したキョウは、間違っても愛刀を落とすことはない。それが落としたということは、
(『ストリップウエポン』だ)
それしか考えられない。敵が持つ武器を、持ち主の意志に反して剥ぎ取ってしまう悪漢系のスキル。魔剣の力で戦う、キョウの泣き所だ。
「キョウ、伏せろ!」
叫びながら、アクトが身振りでタートルコアのハイプリーストに合図を送る。支援と保護の魔法を贈る。
だが間に合わない。
ばつん!
キョウから武器を奪ったチェイサーからナイフ、さらにロードナイトが大ぶりの剣を叩きつけてきた。
「げひっ!」
キョウの細い体が壊れた糸人形のように吹き飛び、壁に叩きつけられる。
壁に大輪の血の花が咲く。
「『ヒール』!」
タートルコアのハイプリーストから回復呪文。まともに考えれば即死級のダメージだが、キョウが咄嗟に両腕を身体に巻きつけ、二つの刃を辛うじて防御したのが見えた。
両腕はちぎれて落ちたが、まだ死んではいない。
ぼぅぅ……
キョウの身体を回復魔法の光が包み、千切れたばかりの腕がふわり、と宙に浮いて元の位置に癒着する。ちなみに千切れた部位が魔法で焼き尽くされ消失した場合や、魔法の効果が届かないほど遠くにすっ飛んだ場合は、千切れたところから新しい部位が『生えてくる』。
神の恩寵は結構だが、効果は意外と雑なのだ。
回復したキョウに追撃。だがマグダレーナと『月影魔女』が追いついた。
「ふっ!」
マグダレーナの戦槌。神器か、あるいはそれに匹敵する逸品だろう。対するチェイサーは、再び『ストリップウエポン』、いや鎧も装備もすべて剥ぎ取る『フルストリップ』か。
だがキョウに気を取られた分、一瞬対応が遅れた。マグダレーナにとってはそれで十分。
どん!
重く巨大な戦槌を、まるで細剣(レイピア)のように、腕をまっすぐに伸ばす遠撃ちで相手の胸板へ。
「がふっ!?」
一瞬で心臓と肺を叩き潰され、気管を逆流した血が口からあふれる。ぐるん、と白目を剥き、死亡。
残りの敵も『月影魔女』たちにより、ほとんど鎧袖一触で排除される。蘇生・回復の暇も与えないのは、対人戦の基本だ。
「ぐぅ」
キョウが立ち上がる。ムラマサは、なんと口にくわえている。ストリップウエポンで武器を奪われると、一定時間は神経系が混乱したままになり、武器を持つことができなくなる。
だからといって口にくわえるというのは異常。といってキョウ、それもダメなら自分の身体に刺して持ち歩きかねない。
「マグダレーナ様、キョウがこの有様ですので、隔壁をお願いできますでしょうか?」
後からのうのうと追いついてきた流が、マグダレーナに声をかける。隔壁を斬るキョウが武器を奪われているので、マグダレーナの戦槌で破れ、というのだ。だが、
「私が」
『月影魔女』のチャンピオンが進み出る。最大級の破壊スキル『阿修羅覇王拳』、チャンピオンにはそれがある。が、それより何より、母とも慕うマグダレーナが流の命令下にあるのが気に入らないのだ。
阿修羅で、隔壁が開いた。
さらに待ち伏せがあるかと警戒したが、もう誰もいない。
「あそこか、キョウ」
廊下の突き当たり、隔壁ではない扉がある。
「うう」
長大な刀身を横咥えにしたまま、キョウが首を縦に振る。
「もう刀を持てるだろう。斬れ」
「うく」
キョウが言われるままにムラマサの柄を握る。ぎゅう、と握りを確かめ、
「くひ」
唇の両端を耳まで釣り上げる狂喜の表情。
「ひびぃ!」
ムラマサが宙を駆け、後からキョウの身体が飛び、扉が切り裂かれる。扉の向こうは薄暗い、だが奇妙な燐光があちこちに瞬く部屋。
扉の正面に、拘束されたままの翠嶺がいた。
流が近づこうとして、いったん止まるとタートルコアの女ハイプリーストを手招き。彼女が翠嶺の箝口具を外すのを待つ。
「人が悪いくせに、そういう気遣いはできるんだね」
「……何かおっしゃいましたか?」
マグダレーナが茶化すのを、流が知らないふりをする。長時間、箝口具を噛まされた翠嶺が、意図せずあふれた唾液で汚れている。彼女に無用の恥をかかせぬための時間だ。
「遅いぞ、一条の御曹司」
部屋の中から声がかかった。入って良い、という合図だ。
「お待たせいたし、申し訳ございません、翠嶺先生」
流があらためて、その巨体を室内に入れる。
翠嶺、既に他の拘束具も外され、長椅子に横坐り。
「手を貸せ。足が痺れて立てん」
「承知つかまつりました」
言われた流、だが手を貸すどころか太い両腕を差し出し、翠嶺の身体を抱き上げる。いわゆる『お姫様抱っこ』だ。翠嶺は長身だが、流がそれを上回る巨体のため、素晴らしくバランスが取れている。
鎧姿の巨漢が、緑の髪の美女を抱き上げる様は、まさに神話の1ページ。
「お初にお目にかかる。放浪の賢者殿。ルーンミッドガッツ王国元老院付、マグダレーナ・フォン・ラウムと申す」
マグダレーナが進み出て、名乗る。元老院付とは元老院直属、ぐらいの意味だが、王国内における彼女の地位は、そんな曖昧なものに止まらない。単なる飾りである。
「セージキャッスル第一席、放浪の賢者・翠嶺だ」
セージキャッスルの第一席は大賢者の席だが、翠嶺がセージキャッスルに帰還している間は第一席を彼女に譲る、というのが慣例となっている。
千年を生きた『戦前種(オリジナル)』。
戦前種を模して作られた『完全再現種(パーフェクトリプロダクション)』
2人の女性が顔を合わせたのはこれが初めてのことだった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
マグダレーナが装備を整える合間を縫って、流が質問。
「いや、ほとんどわからないね。この船、『何か』と戦闘になった?」
「シュバルツバルトの飛行船に攻撃を仕掛けようとしていた。そこまでは自分たちも見ていました」
流の答えに、
「飛行船?!」
マグダレーナが珍しく、素っ頓狂な声を上げる。
「ええ、飛行船です。そこから、何かの攻撃を受けた。そこで窓が閉められ、見えなくされました」
「途中までは見えてたのかい」
「この船の指揮官は、無能な上に見栄っ張りのようでして」
けちょんけちょんである。
とはいえ事実、この飛空戦艦『セロ』を指揮する元王国レジスタンスのプロイス・キーンときたら、船の力を他人に誇示し、捕虜にした放浪の賢者・翠嶺をわざわざ流に見せびらかすような男だ。
今回も、おそらくは『セロ』の力を誇示したかったのだろう。飛行船『マグフォード』を待ち伏せし、これを襲う様を流に『見学』させるべく窓、実際には壁面のリアルタイム映像を投影していた。
だが、
「逆に攻撃を受けて、都合が悪くなったのでしょう。また目暗にされました」
「ふん」
マグダレーナにも、プロイス・キーンに対する流の軽蔑が伝染したようだ。
「しかし、飛行船でこの戦艦をシメるとはね」
「ジュノーで、この船の待ち伏せから逃げ切った飛行船がありました。おそらくアレでしょう。見たこともない双胴の飛行船で……」
「そいつは『マグフォード』。『提督』アーレィ・バークが指揮する、賢者の塔直轄の飛行船だ」
さすがにマグダレーナは知っている。賢者の塔の研究者たちを乗せ、国境・航路無視の特権を得て各国を飛び回る機密船。それが『マグフォード』だ。
しかし流、そちらには興味を示さず、
「『提督』アーレィ・バーク、とは何者です?」
「バークかい? 元はシュバルツバルドの定期航路で飛行船の船長してた。当時から腕が良くて、ついたあだ名が『提督』。それを賢者の塔が引き抜いた」
「ほう……」
流の気のなさそうな返事だけ聞いていれば、まさかその瞬間、彼の『人さらいリスト』にバークその人の名前が書き込まれた、とは思うまい。
後に流、無代を通じてバークの知己を得るや、凄まじい熱意で瑞波へスカウトを敢行し、バークを大いに迷惑がらせることになる。無代のとりなしで、瑞波への仕官こそ免れたが、流はそれでも諦めず、瑞波の若者を何人かバークに弟子入りさせている。
その若者たちが後に『瑞波空軍』創設の礎となり、飛行船内にグリフォンを搭載した『飛空空母』が世界の空を席巻することになるのだが、それはまた後の話だ。
とはいえ、いくらバークが凄腕であっても、
「まさか『戦前機械(オリジナル)』を退けるとは……?」
「さあ、そこはわからんね」
マグダレーナも、まさか飛行船『マグフォード』に戦前兵器・エクソダスジョーカーXIIIが搭載され、さらにはカプラ嬢の師範部隊チーム・グラリスが搭乗し、まるで聖戦時代さながらの激闘を繰り広げた、とは想像もつかない。
「ま、この船が今ボロボロで、乗っ取りのチャンスだ、ってことは私も同意だ」
装備を整えたマグダレーナが部屋を出て、流の巨体に相対する。
プリーストの意匠を取り入れた軍服は、墨色の禁欲的な色使いの反面、スカートの両側に深いスリットが刻まれ、武器を収納するガーターリングが丸見えだ。
中身はともかく、外見はいっそ少女じみた美しさを誇るマグダレーナが着ると、なるほど悪魔でも堕落させられそうな、相反する魅力がある。
流、その姿を上から下までじっくり観察しておいて、
「よくお似合いです、マム。やはりそのお姿でないと」
「そうかい。お眼鏡にかなって嬉しいよ」
どこまで本気か分からないお世辞と、これまたどこまで本気か分からない皮肉。
飼い主と飼い犬、喰う者と喰われる者。
平気なのは本人たちだけで、ヒリヒリするような緊張感に顔を強張らせるのは周囲の方だ。
(おいおい、どうなるんだよコレ?)
アクト=ウインドが天を仰ぎ、ろくに信じてもいない神様に祈ったのは言うまでもない。
「で? 艦橋を制圧かい?」
マグダレーナが流に聞く。
「いえ、まず先に船尾へ」
「船尾?」
流の答えが意外だったのは、タートルコアの面々も同じだ。
「リーダー、船尾ですか?」
アクトが確認する
「そうだ。先に翠嶺師を救出する。戦力は多いに越したことはない」
「ああ、なるほど」
納得したアクト。確かに放浪の賢者・翠嶺は、流たちの部屋で見世物にされた後、船尾に運ばれた。それはキョウが見抜いている。
「キョウ、翠嶺師はまだそこにいるな」
「んふ」
魔剣ムラマサを握り、握った手の親指爪をカリカリと齧りながら、キョウがうなずく。魔剣の憑依が進んだか、その目に輝きはなく、もう完全に言葉はしゃべれないようだ。
一方で、驚いたのはマグダレーナだ。
「翠嶺だと?! 戦前種(オリジナル)のか?!」
「我らと同じく、この船に囚われておられます。我が母のご縁で、味方になっていただけるでしょう」
「……」
「何か、マム?」
「いや、なんでもないさ」
マグダレーナは首を振るが、そもそも彼女自身が聖戦時代を生きた戦前種(オリジナル)を模し、現代に生み出された『完全再現種(パーフェクトリプロダクション)』だ。
複雑な思いがあって当然。
そこを流、分かっているのか、いないのか。
(多分、分かって煽ってるよな、大将)
後尾へと廊下を移動しながら、アクトが内心で苦笑。付き合いが深いだけに、
(まったく、タチ悪りぃぜ)
ほんの一瞬だが、マグダレーナを気の毒に思った。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
マグダレーナが発した言葉が、果たして何を意図したものであったか、それは彼女自身にも判然としなかった。
あるいは諦めから発せられた、死に際の遺言であったかもしれない。
いずれにせよ、何かの効果を期待して発したものでなかったことは確かだ。
事実、その言葉を受け取った一条流の表情には、毛ほどの変化も見て取れなかった。
(……もはやこれまで)
マグダレーナは生涯で初めて、敵の前で瞑目した。
その時だ。
「その人を殺してはなりません……お退き下さい、流義兄様」
ぴたり。
流の巨体が前進を止めた。そして、
「……『香』か?」
「左様です、義兄様」
謎の会話。
それは流と、そして背後に隠れたキョウの声だ。
「おいキョウ?! どうしたキョウ?!」
さらに後方に控えたアクト=ウィンド。だがキョウの返事はない。
「……」
魔刀『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』を握りしめた長髪の魔剣士は、白目を見開き、脂汗を流しながら、『自分のものではない言葉』を発し続ける。
流との会話が続く。
「その人を殺さば凶、活かせば吉」
「香。お前は今、どこに?」
「無事、とだけ」
「『アイツ』は……?」
「『あの人』はジュノーに。今この時も戦っています」
「助力が必要か?」
「翠嶺師を」
「これからお前は?」
一瞬の間。そして香、
「我が心のままに」
言葉が途切れる。そして流、
「……許す」
そう呟いた流の唇に、わずかに浮かんだ微笑みの意味は何であったか。
(心のままに、ときたか。あの香が、変われば変わるものだ)
この男にも人並みに、義妹を可愛いと思う気持ちがある、と知れば、人は驚くだろうか。
(義兄としては、ちと妬けるぞ、無代)
今はいない友に悪態を投げる。
「ご武運を、義兄様」
「互いにな」
それで、すべての会話が終わった。
余人には意味不明。
一条家の血族と、家族も同然な一握りの人間にしか伝わらない会話だ。
一条家の姫衆の異能、特に二の姫・香の霊能力を持ってすれば、魔刀ムラマサに魅入られ心根を失った女剣士の『口を借りる』程度、朝飯前の芸当だと知る者が、一体どれほどいるだろう。
まして戦の最中にあって、
『一条家の男達は、血族の女達の言葉に決して逆らわない』
と、知る者となれば。
それは天才・一条銀をして、
『戦の勝ち負けならば、いくらでも見える。だが、その先の運命まで、私には見えぬ』
と言わしめた。
この女達の異能は、決して『霊威伝承種(セイクレッドレジェンド)』の血ばかりではない。一条家が、戦国の世にその歴史を刻み始めて以来、その血筋には多く、この異能を持つ女性が生まれている。
その血の全てが、戦に特化した一族。そう言っても過言ではないのだ。
そして、その血を継ぐ流にも、決して破れぬ不文律として伝えられている。
一瞬、流が後ろの部下達を振り向く。
その表情。
「ぶ?!」
この非常事態だというのに、なぜかキョウを除くアクトら全員が、虚を突かれて吹き出す。
(とっておきの悪戯の途中で、教師に見つかったガキ大将)
のちにアクトがそう評した。一条流という男にあって、本当に近しいものだけしか見られない、本音の表情だ。
そしてくるり、と正面に向き直った時には、もういつもの『将』の顔。
「失礼を致しました、マグダレーナ様」
しれっ、と謝罪すると、
「突然のことで、この犬めが勘違いをいたした様子」
後ろ手に、がっ、とキョウの首根っこを掴むと、その巨腕にモノを言わせてぐい、と釣り上げ、マグダレーナの前にびよん、とさらす。
首から吊るされたキョウは、まだ憑依の衝撃から回復せず、目を回したまま。それでも愛刀ムラマサを手放さず、ずるりと床に引きずったままなのは、いっそ天晴れというべきか。
「しつけがなっておりませんでした。お詫び申し上げます」
悠々と頭を下げたものだ。
「貴……っ様ぁ!!」
月影魔女のロードナイトが激昂する。当然だ。敵前でマグダレーナを裏切り、その心臓を刺して虜囚にし、今は部屋に攻め込んで仲間を2人も殺している。
そこまでしておいて、
『部下の勘違い』
とは、言い訳にしたって厚かましい。だが、
「っと、その前に」
流は平気の平左。というか流、最初から月影魔女たちを相手にしていない。
あくまでマグダレーナのみを相手にしゃべっている。
落ちていたナイフ、あのマグダレーナの心臓を貫いたマヒのナイフを拾うと、その柄を両手でつかみ、
「む!」
怪力。
ぱきん、と柄が折れると、内部は中空。そこから何かがコロコロと転がり出る。
「あ、青石……?!」
月影魔女のハイプリーストが、口をあんぐりと開ける。無理もない。
魔法の触媒となる、ブルージェムストーン。
それがあれば、空間転移魔法・ワープポータルを発動させ、いつでも脱出できた。そのキーアイテムが、目と鼻の先に隠されていたのだ。そういえば刀身に比べ、妙に柄が長いとは思っていた。
虜囚にされた時、彼女らの持つ装備や、魔法触媒はすべて取り上げられたが、マグダレーナの心臓に刺さったままのナイフはそのまま残された。抜けばマヒが解け、マグダレーナが蘇生するのを恐れたのだ。
この流という男、おそらくはそこまで見越して、裏切りのナイフに逆転の手を仕込んでいた。
細心なようで、大胆なようで、抜け目がない。
流が、その巨大な手のひらで輝く青い石を2個、ぴん、とハイプリーストに投げる。
その意味は明白。
「この犬め、狂犬なれども太刀筋は鋭い。まだ間に合いましょう」
キョウに斬られて死んだ月影魔女のアサシンクロス、チャンピオンの2人を蘇生せよ、というのだ。
死亡した2人、それぞれ首と、心臓に達する斬撃を食らって即死している。普通なら蘇生可能時間をとっくにオーバーしているところだが、そこは魔剣士・キョウの斬撃だ。
簡易衣の切れ目からのぞく、綺麗な斬り口。確かに、まだ間に合うかも知れない。
「『リザレクション』!!」
押し問答も後回し、ハイプリーストが仲間の2人に蘇生魔法を贈る……見上げるような天使の光像が部屋の中に立ち上がり、魔法の成功を告げる。直後、
「『ヒール』!」
タートルコアのハイプリーストから回復魔法。単純な蘇生ならばともかく、傷の回復となれば既に装備を整え、魔力を増幅させた彼らの方が上だ。
「……流、さっきのは香かい?」
聞いたのはマグダレーナ。彼女は香たちの母、桜が先代ウロボロス4に参加した時からの知己だ。一条鉄との結婚も、3姉妹の出産と成長も知っている。いっそ最も家族に近い1人とも言える。
だが流は、それに答えず、
「これを。マグダレーナ様」
流が大きな手を差し出し、幾つかのブルージェムストーンをマグダレーナに渡す。
『いいか流』
独特のダミ声が、流の脳裏に再生される。
『マグダレーナのロリババアはバカじゃねーし、言うほどクソでもねえから、俺も嫌いじゃねえ。ま、いっそ好きな女と言ってもいい。だがな、やっぱ根本的なところじゃ王の犬だ。いつ敵になってもおかしくねえ、それは覚えとけ』
義父にして先代ウロボロス4ウルフリーダー・一条鉄の言葉だ。
今は味方であっても、身内ではない。その緊張感はあって然るべし。
そもそも、ついさっきまで敵として排除しようとしていたのは流の方なのだ。
「装備はあちらでしょう、お急ぎを」
破壊された扉の向こう、対面の部屋を指差す。流たちの装備が対面の部屋にあったから、マグダレーナたちの装備もそこだろうと当たりをつけた。
「で、何をする気だい?」
「この船を乗っ取ります」
「……そんなこったろうと思ったよ」
ため息のマグダレーナに、当然、という顔の流。
「『くれてやる』の意味について、詳細は後ほど。マグダレーナ様」
「……わかった。全員、ここはタートルリーダーに従う」
蘇生した2人はもちろん、月影魔女全員が物凄い凶顔。だが、マグダレーナには逆らわない。
「キョウ、向こうの扉も斬ってこい。行け」
「ふ、ふぁい?!」
ようやく目眩から醒めかけたキョウを、流が太い足で小突く。徹底的に犬扱いだ。女性の地位がどうのこうの言う連中が見たら、ぶっ殺されかねない。
「いいんですか、リーダー」
声をひそめてアクト。
「かまわん」
流は普通の声。
「『船』と『女』、両方が手に入るなら上々。濡れ手に粟とはこのことだ」
にやり。と意地の悪い顔。
「……マジでモノにする気ですか?!」
「マジもなにも、本人がくれると言うんだ。もらわん手はなかろう?」
にんまり。その顔、もはや邪悪といってよかろう。
ふう、とアクトのため息。気苦労の絶えない副官、というのはどこの世界にもいるものだ。
マグダレーナたちの準備が整った。
「いくぞ」
一条流が命令を下す。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
船室の扉が開く、と同時に、部屋の中から攻撃が来た。マグダレーナの親衛隊『月影魔女』の一人、チャンピオンの女。
流の目が光る。
チャンピオンの後方に月影魔女、そしてマグダレーナ・フォン・ラウムその人の姿。
流自身が、その心臓に麻痺のナイフを刺し、虜囚とした。その裏切りのナイフは今、彼女の身体には見当たらず、麻痺からも目覚めている。
(目標、確認)
全員が、先ほどまで流たちが着ていたのと同じ、青色の患者服。
(他に装備なし)
「むん!」
気合いと共に、音速級の拳が一条流の巨体を襲う。いくら鍛え抜いた流の肉体でも、まともに喰らえば木っ端微塵。
だが。
「ぢぃ!」
別の気合い、というより、まるで虫が鳴くような声が、流の背後から響く。そして、
かーん!
女チャンピオンの身体を包むバリア魔法『キリエエレイソン』の発動音。そして間髪入れず、
ごつん!
音速を超えた拳が、肘から後ろを残して消失した。
「?!」
女チャンピオンの表情が驚愕に染まる。拳より速く飛来した一の太刀によって、まずバリアが消費され、二の太刀で拳が刈り取られた、と悟った時にはもう遅い。
ばあっ!
間髪入れぬ三の太刀が脇腹から胸へ、いわゆる逆袈裟に斬り上げた。血煙が吹き上がり、女チャンピオンの身体が側面の壁に叩き付けられる。
魔剣士・キョウが振るう『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』の仕業だ。しかし不思議、キョウの身体は流の巨体の後ろに隠れたまま、室内からは全く見えない。
ただ彼女の振るうムラマサ、その細身長尺の刃だけが、まるで流の身体をすり抜けでもしたかのように、前面の敵を排除したのだ。といって無論、本当にすり抜けたわけではない。
異様に長く柔軟なキョウの四肢と、強く反りを打った細身長尺の魔剣ムラマサ、その二つが融合して初めて可能な異形の太刀筋だ。
そして前に立つ流も、決してサボってはいない。
「ふん!」
鎧と籠手を装備した巨腕を振るい、やや小ぶりだが頑丈な丸盾を振り回す。
がん!
血煙に倒れた女チャンピオンの後方、不意打ちを仕掛けてきた女アサシンクロスを迎撃。その手に、流がマグダレーナを刺した麻痺のナイフ。その刃が無残に曲がっているのは、閉まった扉をこじ開けるのにでも使ったか。
だが、速い。
かーん、かーん!
バリア魔法の発動音は二重。流の喉を狙ったナイフと、女アサシンクロスに叩きつけた丸盾の一撃が、共に防がれる。
だが。
「ぎ……ゅっ!?」
しなやかで強い女暗殺者の身体が、壊れた人形のようにぐにゃり、と押し込まれた。
彼女のバリア魔法が防げたのは、盾と肉体が激突する衝撃のみ。だが、素手で巨牛すら制する流の攻撃が、そんな単純なものであるはずがない。
『押さば押せ、退かば押せ』
とは相撲の極意。打撃を打ち込めば即座に巨体を前進させ、さらなる圧力を叩き込む。耐えても、押す。逃げれば、さらに押す。
何者だろうが、耐えられるものではない。
「ひ……!?」
「ふぬ!」
すり足で前に出たその足で、女アサシンクロスの足を抑える。めしり、と骨の音。つまり、もう逃げられない。
「じぃ!」
そこへムラマサ。再び血煙。
扉が開いて、ここまで3秒と経っていない。
「一条、流っ!」
やっと、マグダレーナが声を上げた。だが、その声には本来あるべき冷静さも、あるいは部下に裏切られたことに対する怒りもなかった。
マグダレーナ声、そこににじむのは『絶望』。
(だめだ……!)
皮肉にも、彼女の明晰な頭脳と豊富な経験が、絶望を告げているのだ。
飛空戦艦『セロ』の船室に幽閉された、そこまでは流たちと同じ条件だった。そしてマグダレーナ自身の戦闘力と、『月影魔女』たちの実力を合わせれば、一条流とタートルコアといえども、十分に制圧することが可能だ。あのキョウという女剣士だけは要注意だが、それでも彼女らの全力には及ぶまい。
だが、彼女達が『セロ』の異常(飛行船『マグフォード』と、カプラ・グラリス達による攻撃の結果だ)を感知したのは、それが起きた後。
そして、部屋の扉が開いたのに気づくのも一瞬、遅かった。扉が閉まる前に、辛うじてナイフの刃を挟むことに成功し、扉を開いたものの、これも遅きに失した。
一条流とタートルコアが、一足先に完全装備を整えていたのだ。
いかに『月影魔女』といえども、ほとんど何の装備もないまま、完全武装の精鋭部隊に奇襲を仕掛けられて無事で済むはずはない。
ただマグダレーナが感じている絶望は、そんな戦力差だけの話ではなかった。
単なる戦力差だけならば、なんとでもやりようはある。自分はマグダレーナ・フォン・ラウム、聖戦時代の超人類を現代に甦らせた『完全再現種(パーフェクト・リプロダクション)』なのだ。肉体も、魔法も、常人を遥かに上回る力を持っている。
彼女が感じている絶望の源は、他でもない、一条流その人だった。
(首輪が外れている)
部屋の扉が開き、流の巨体とその表情を見た瞬間、マグダレーナは悟っていた。
彼女がルーンミッドガッツ王国の闇に作り上げた組織『ウロボロス4』は、王国以外の国々や組織の若者を集め、王国の正規軍にはできない裏の仕事をさせる特殊部隊だ。
集められた若者達は、世界最大・最強国家が生み出した最新の技術や技能を学び、同時に絶大なコネを構築する、という利益がある。
反面、もし反抗や裏切りを働けば最後、その最強国家が彼らの母体、母国や出身組織に対して牙を剥き、無類の力で押しつぶしてしまう。
彼らには利益と同時に、恐怖という首輪がかけられている。その首輪は生涯、取れることはなく、『ウロボロス』という組織についても、家族にすら詳細を明かすことは許されない。
その首輪が、マグダレーナが若者達を束ねるための首輪が、一条流の首には見えなかったのだ。
彼の叔父、先代のウロボロス4をシメた『狂鉄』こと一条鉄にも時々、そういうことがあった。
首輪を受け入れている風に見えながら、気づけば飄々と、自分の意思を通している。
『飼い主』であるはずのマグダレーナに、平気で牙を剥くことさえあった。
(厄介な奴)
マグダレーナ自身、それを骨身にしみるほど感じながら、しかし鉄の絶大な戦闘力と指揮能力、統率力を頼りにしないわけにはいかなかった。
一条流、彼も同じだ。
無類の喧嘩屋だった鉄と、冷徹な戦略家である流、タイプは全く違うが、ただ戦場にいるだけで誰もが頼り、一挙一投足に注目し、号令を待つ。
(アマツの『戦人(イクサビト)』とはこれか。決して人には飼いならせぬ獣)
改めて、自分が何を飼ったつもりになっていたか、それを思い知る。と同時に、この男が今、そして未来になにをするか、理解する。
流の目的は明確。
(この飛空戦艦を手に入れるつもりだ)
となれば、マグダレーナ達を殺すのは、ただその道筋の障害物であるからにすぎない。
かつての飼い主さえ、今は路傍の石ころ。
そして彼がこの船を手にいれた暁には、間違いなく、世界が彼の手に落ちるだろう。
半年? 一年? この男と戦前機械の手にかかれば、いかほどの時間もかかるまい。
しかも、
(もしこの男と私が戦って、勝ったとしても同じことだ)
これだ。ここで一条流とタートルコアを皆殺しにできたとしても、マグダレーナと月影魔女にはもう、この飛空戦艦を止める力は残っていない。
その陰謀を止めることは、もう誰にもできないだろう。
(争っている場合ではない。そんな場合ではないのだ!)
一瞬の、脳が焼け焦げるような思考。
だが、そこに答えはない。
首輪の外れた、野望の塊のような戦人を止めるすべなど、マグダレーナは持っていない。
どうすれば。
どうすれば。
「マグダレーナ様、お下がりを!」
『月影魔女』の残り2人、女ロードナイトと女ハイプリーストが、彼女を守るように前に出る。
先に仕掛けたチャンピオンとアサシンクロスは、治癒も間に合わず死亡している。死亡から蘇生させようにも、触媒となる青石が取り上げられていて不可能。
ぐい、と流の身体が前に出る。
改めて見ると、本当に大きい。
鎧を着ると、さらに大きく、分厚く、堅牢そのもの。城塞がそのまま動き出したような、いっそ感動的にさえ感じる光景。
その後方には、見えないけれども致死の刃を振るう魔剣士。さらにタートルコアのメンバーが勢揃いしていることは明白だ。事実、流の身体にはすでに新しいバリア魔法が贈られている。
万事休す。
(私には部下も、国も、自分自身さえ守れない)
一種の諦観、というか、開き直りに似た感情が、マグダレーナの心を洗い流した。
そう、文字どおり洗い流したのだ。
『飼い主』としての古い思考が去り、むき出しの、自然のままの思考が、一つの言葉を導き出した。
『一条流。お前に、私をくれてやる』
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
一条流率いるウロボロス4・タートルチーム、その精鋭であるタートルコアに、『行動開始と言われてから行動を開始するような間抜け』は一人もいない。
飛空戦艦『セロ』が、チーム・グラリスの攻撃を食らい、全てのエネルギーを船体の保護に回した、まさにその瞬間、
しゅっ!
タートルコアを閉じ込めていた部屋のドアが一瞬、開いた。
天井の照明も同じタイミングで点滅したところを見ると、エネルギー伝達を切り替える瞬間、全艦でエネルギー供給が乱れたとか、おおよそそんなところだろう。
すでに戦闘待機状態を命じられていたタートルコアが、これを見逃すはずはない。
「!」
声もなく、開いたドアに突進したのは、黒い蛇のような長髪を閃かせたキョウ。大太刀『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』を操る女魔剣士だ。
そして、その後方。
「キョウ、乗れ」
馬上から散歩にでも誘うような気軽な声は、一条流。だが、その巨体が起こした事象は、散歩どころではない。
がん!
そこらの女性の胴体ほどもある脚で、部屋に並んだパイプベッドを寝具ごと、ドアに向けて思い切り蹴飛ばした。
ぶん!!
砲弾と化したオフホワイトのパイプベッドが、揚力を得て一瞬、宙に浮く。上に乗っていた寝具が、まとめてがばあ! と部屋に飛び散る。
「おほ!」
全力でダッシュに入っていたキョウが、背後から迫るベッドを気配だけで察知し、タイミングを合わせて跳躍。
だん!
パイプベッドの枠に飛び乗るようにして廊下へ。そして同じく開きっぱなしになった向かいの部屋へ。
そこに彼女の武器・『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』をはじめ、タートルチームの武器が保存されていることを、彼女自身の超感覚が捉えている。
しゅ!
扉が閉まる。エネルギー伝達が回復した。
蜘蛛を思わせるキョウの細い身体とパイプベッドが、閉まりゆくドアへ吸い込まれる。
がっしょぉん!!!!
パイプベッドがドアに挟まれ、破壊される音。
「キョウ!!」
ドアが閉ざされ、再び幽閉状態になった部屋の中、タートルコアの副官アクト=ウインドが叫ぶ。戦場全体に目を配る戦闘型教授・プロフェッサーを職業とする彼は、大陸でギルド戦を主宰する太古の一族『エレメンタル』の末裔でもある。
「キョウ! 無事なのか!」
閉まったドアをドンドンと叩くが、外からの返事はない。
「キョウ、おいキョウ!」
ドアの前で安否確認を続けるアクトに、
「アクト、動くな」
声をかけたのは流。
「は……? って?!」
怪訝そうに振り向こうとしたアクトの真横に、ぬっ、と刃が出現した。濡れたような波紋を不気味に光らせた、片刃の剣尖。
『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』
そして次の瞬間。
「けえ!!」
しゅば、ばっん!!
芸術的なまでに滑らかな、『セロ』の船室の扉が、無残に切り裂かれた。初めて刃物を与えられた幼児が、『紙を人の形に切れ』と言われたらそうするような、乱雑で稚拙な切り口。
「どけ、アクト」
流が棒立ちのアクトを退かせると、
「むん!」
できの悪い人型を軽く蹴れば、めき、と一声残して、扉に大穴。その向こうの廊下には、抜き身の大太刀を舐めんばかりに抱きしめたキョウ。
無残に押しつぶされたパイプベッドが向かいの部屋の扉に挟まり、その上下に人が潜れる程度の空間を残している。
自らの身を呈してキョウの身を守り、武器の保管部屋へ侵入するのを助けた。もっとも、ベッドとして生まれた以上、はなはだ不本意な最後ではあったろうが。
「よくやった、キョウ」
流も、ベッドは無視して部下をねぎらう。
「くぅ」
本当に犬のような返答。とても軍人、それも規律の厳しいタートルチームの一員とは思えない。が、流の巨大な手のひらで、ぐりぐりと頭を撫でられて目を細めているキョウの姿を見れば、なるほど一周回って『軍用犬扱い』なのだろう。
そして、
「装備確認」
流がそう命令した時には、すでにタートルコア全員が武器保管庫に侵入済みだ。行動の速さはさすが、むしろキョウにかまっていた流が一番遅い。
しかも、ベッドが身を呈して作った空間は、流には狭すぎる。
「キョウ」
「くふ」
がん!
『大水蛇』が扉に食いつく。細身の大太刀を、同じく細身のキョウが両手で振るう有様は、まさに大蛇がのたうちながら獲物を食らう姿に似る。
がきん、がん!
ふたたび歪んだ穴が出現し、武器庫に巨体を滑り込ませた流に、アクトが駆け寄る。あの短い時間に、全身の防具から武器となる『本』まで、完全武装を終了しているのは見事。
「報告。装備は全て揃っていますが、青石が抜かれています。リーダー」
「うむ」
流が軽くうなずき、自分も装備を開始する。
武器庫になっていた部屋は、流たちが閉じ込められていた部屋と全く同じ、真っ白で無機質な空間で、
重装甲の守護聖騎士・パラディンである流の装備は、ひときわ巨大で重い。装備を終えたタートルコアのメンバーも装備を手伝う。その間にもハイプリーストから全員へ、防御・強化の呪文が贈られる。だがその最中、
「ぢっ!」
武器庫の外から、キョウの警告音。ほとんど防具を着けないため廊下で見張りをしているのはいいとして、彼女、愛刀を手にしてからほとんど人語をしゃべっていない。
「どうした?」
まずアクトが廊下へ出てみると、キョウがムラマサを水平に持ち上げ、その切っ先で1点を指している。廊下の向こう。彼らが幽閉されていた部屋の、隣の部屋。
そのドアにわずかな隙間ができ、そこからがん、がん、と激しい打撃音がもれ始める。何者かが隙間を足がかりに、内側からドアを破壊しようとしている。
「隣は……マグダレーナ様と取り巻きか」
アクトがつぶやく。
ルーンミッドガッツ王国秘密機関『ウロボロス』その4番目に当たる威力部隊を率いる『4の魔女』マグダレーナ・フォン・ラウム。そして彼女の親衛隊『月影魔女』が幽閉されている。それもまた、魔剣士キョウが自らの異能感覚で察知した。
してみると、彼女らもまたドアの一瞬の開閉を見逃さず、脱出の足がかりを作ったと見えるが、すでに万全の準備を整えて待ち構えていたタートルコアとは差がついたようだ。
なにせリーダーの流が『無代が来た以上、必ず何か起きる。備えろ』と命じていた。しかも根拠が根拠だけに、『瑞波の無代』がどれほどの男か、それを知らない人間に真似できる話ではない。
「キョウ」
「ふじゅ?」
流が犬、いや部下の魔剣士を呼び、その声をどす黒く低める。
「マグダレーナと月影魔女全員、ここで方をつける。少ししんどいが、全員、装備なしの裸同然。千載一遇のチャンスだ……やれるな?」
「くふぅ」
キョウの唇が、紅も点していないのに真っ赤に釣り上がる。
「……約束は?」
「果たす。さらばだ」
「きぅ」
キョウが刺し違えて死んでも、愛刀・大水蛇村正はその身体に突き刺してでも、共に置く。それが約束だった。
がん!!
ついに扉が破れる。
最も武装の厚い流が前へ、その背後に、背中を預けるようにキョウが潜む。
「……マグダレーナ様、ご無事ですか?」
しれっ、と声をかける流。
扉が開く。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
JUGEMテーマ:Ragnarok
弟子となったグラリスNo8チャンピオンに、尼僧は繰り返し告げた。そして、その言葉には2つの意味がある。
一つは、尼僧自身が歩んだ人間兵器としての過去に囚われないこと。
二つには、人が人に進化する前の、獣(ケモノ)の力に頼ることなく、人のまま人を超えること。
すなわち『自己進化』の達成だ。
数多くの失敗と犠牲を繰り返してきた尼僧には、しかし確信があったのだ。
『人を進化に導く扉、9番目のチャクラは存在する』
尼僧は既に、独自の鍛錬と瞑想の末、その端緒を掴んでいた。そして誰にも伝えるつもりのなかったその秘密を、最後の弟子・G8チャンピオンに託したのだ。
『人の脳には、龍が潜む』
尼僧が託した、それが口伝。
進化の当初、人間の脳は、ただの神経細胞の塊に過ぎなかった。だが発達の過程で複雑に分岐し、様々な役割を持つ部位へと拡大していく。
原始的な瘤のようだった脳から、まず二つの部位が分かれて上方へと隆起し、左右の頭頂葉へと進化した。そこから隆起は前方へと転じ、前頭葉が作られる。が、そこに至っても、人の脳はまだ拡大をやめなかった。行き場を求めた脳は後方へも拡大し、側頭葉と後頭葉が作られる。
結果、元の原始的な部位は、完全に新しい脳によって覆い隠されてしまう。
『脊髄の先端、獣(ケモノ)の尾から生まれた龍は、必ずそこにいる』
それは、新しい脳に覆い隠された古い部位、大脳辺縁系のさらに奥。
頭のてっぺんにある頭頂のチャクラ・サハスラーラ、気功術では百会と呼ぶ泉の、ちょうど真下。
『龍は、9番目のチャクラは、必ずそこにある』
尼僧は確信を持って示す。
『その泉を、龍泉と名付けましょう』
尼僧は、弟子となったG8に武術を教える傍らで、呼吸法と瞑想による『龍泉』の探索を日課とした。過去、何人もの犠牲を出した危険な鍛錬だったが、尼僧自身、たゆまぬ努力で技法を洗練し、もはや『荒瞑想』などの過度なストレスによらずとも目的に近づける。
やがて幾年かが過ぎ、老齢となった尼僧が肉体の衰えとともに病み、床につくことが多くなっても、師弟の探求は止まなかった。
そして、ある快晴の朝。
『御師さん、龍が見えました』
瞑想中だったG8が、ついに己の脳の奥に『それ』を見つけた。尼僧は、衰えた身体を寝床から引きずるようにして、
『そのまま、龍を見失わないように』
瞑想を続けるG8の後ろに立つと、残り少ない己の気を振り絞り、
『龍よ、天に昇れ!』
瞬間、両手の掌をG8の背中にふっ、と触れさせ、全ての気を若い弟子の身体に注ぎ込むと同時に、G8の身体が白熱し、どん! と、その身体の周囲へと衝撃波が拡散。その余波で、老いた尼僧が枯れ木のように吹き飛ばされ、荒れた岩山に転がる。
『御師さん!?』
G8があわてて跳躍し、師の身体を抱き上げた時には、老いた尼僧は既に手遅れの状態だった。高価な蘇生アイテムも、ここにはない。
『龍は、未来を示すもの』
苦しい息の下で、尼僧は最後の言葉を告げる。
『貴女は、未来を生きなさい。きっと楽しく、笑って生きるのよ』
そうして事切れた師の表情は、弟子のG8が初めて見る、穏やかな笑顔であった。
そう、彼女は優しい師であったが、彼女の過去がそうさせたのだろう、
彼女は、決して笑うことはなかったのである。
(御師さん、私は今、笑ってます)
巨大な敵に向かって、大空のど真ん中を落下しながら、G8チャンピオンが師に呼びかける。貴女の言いつけを守り、笑って、楽しくいます。
貴女がくれた生きる力で、未来を生きています。
「……『潜龍』」
風と雲が支配する世界で、G8は彼女の龍を呼び覚ます。
「『昇天』……っ!」
どん!
身体を捕えようとする風を吹き飛ばす、『爆裂波動』と呼ばれる凄まじい身体衝撃波がG8を包む。
G8の体内を龍が、活性化された気が駆け巡り、すべての細胞という細胞を活性化させる。
人の進化の可能性を信じた、一人の女性の遺産であり、未来への投資だ。
すうっ!
G8が高空の空気を吸い、そして吐く。呼吸によって気を練り、その気を気弾として身体の周囲に精製していく。その数はかつての5個から、最大の15個。
そして、師の問い。
『すべてのスキルの中で最強のスキルは何か、貴女は分かる?』
様々な異論はあれど、多くの人は、いやほとんどの人々が答える名はひとつだろう。
「『阿修羅』……」
G8が拳を握りしめ、全身の気を振り絞る。飛空戦艦『セロ』、その銀色の船体が視界を埋める。
「……『覇凰拳』!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスNo8チャンピオンの耳元で風が鳴き、普段、グラリスを演じる時はヘアピースで隠しているショートカットの硬い髪の毛が、炎のように逆立つ。
身体にまといつかせた光の玉は『気弾』と呼ばれ、自らの魔力を『気』という形で外部保存できる、いわば外付けの燃料タンクだ。
数は5つ。
そして彼女には『この状態でしか撃てないスキル』がある。
『すべてのスキルの中で最強のスキルは何か、貴女は分かる?』
G8チャンプの脳裏に、一人の女性の優しい声が蘇る。
(……御師さん)
頭を綺麗に丸め、鶴のように痩せた老女の姿が蘇る。その本当の名前は知らず、ただ『御師(おし)さん』、とだけ呼んでいた。
G8に武僧・モンクの技を教え、そして覇者・チャンピオンへと導いた恩師。
彼女は、かつてモンクの総本山『カピトリーナ修道院』において、技を極めた者にのみ与えられる『虎妃(トラノキサキ)』の称号を与えらえた女武僧だった。
武人としても、また指導者としても優れた能力を持ち、多くの優秀な弟子を育て上げた。そのため、一時はカピトーリナ修道院において一派を為すほどの権勢を誇ったこともある。なぜなら強力な武人を安定して供給できる、ということは、現代でいうなら一種の軍需産業だ。
結果、『強力な兵器』を求める各国の王家をはじめ、野望を持つ貴族、大商人、大ギルドの代表たちが、彼女の元に列をなした。そして同時に、
『もっと強力な兵器を。他国が、他人が持っていない兵器を』
と、求める声が高まる。資金も、人材も、勝手に集まる。
そして何よりも彼女自身、
『人はどこまで強くなれるのか』
知りたい、という欲求を抑えきれなくなった。
カピトーリナ修道院の外れに専用の修練場を新設し、弟子たちと共にそこに籠もった彼女は、さらなるスキルの開発に挑み、そして期待通りの成果を上げていく。
新たな打撃技、新たな連続攻撃。
周囲の敵を一掃する範囲攻撃。
特筆すべきは人体に隠された『経絡』に着目し、身体の一点を突くことで治癒、強化、攻撃など様々な効果を発揮する『点穴』の発見。
どれ一つをとっても、武僧の歴史を変える強大なスキル群に、周囲は熱狂した。
だが逆に、彼女自身の不満は増していく。
(これは過去の遺産の発展にすぎない)
彼女の不満はそれだった。
人体に『チャクラ』というものがある。
医学・生理学的には全く目に見えないものでありながら、生命エネルギーの発生・伝達に関わる重要な器官だ。
現状で知られているのは、背骨の基部から上に数えて7つ。この7つのチャクラを活性化させることで、人は体内に魔力・霊力・気力を生成する。
そしてモンクの修行を積んだ者はもう一つ、最初のチャクラのさらに下、8つ目のチャクラを開眼させる。『獣(ケモノ)』のチャクラと呼ばれるそれは、人間がまだ人間に進化する以前、背骨の先に尾を持っていた時代に存在し、そして進化の過程で忘れ去られたもの、とされる。
この8つ目のチャクラを開眼させることにより、モンクは人を超えた、野生の獣に匹敵する生命力を発揮し、呼吸法によって自ら大量の気力を生成できる。
(だが、それでは人はいつまでも獣を超えられぬ)
彼女の不満はそれであり、
(人が人として、人を超えるためのチャクラ、『9番目のチャクラ』があるのではないか?)
彼女の探求は、そこへと向かった。彼女は弟子たちに、
『9番目のチャクラを探せ』
そして、その隠し場所の最大の候補は、
『脳』
それだった。
人が獣ではなく人である、その最大の所以がそこにあるからだ。彼女と弟子たちは瞑想と修行により、脳の奥へ、奥へと探求を進めた。
だが、それが彼女にとっての命取りとなる。
探求の途中、有力な弟子たちが一人、また一人と精神を病んでいったのだ。中には発狂し、自殺する者まで出た。
脳を癒すという本来の役目を捨て、脳そのものにストレスを与えて反応を探る修行。『荒瞑想』と彼女が呼んだ修行に、彼らは耐えられなかった。
そこへ、悪いことに弟子の一人が禁忌に触れた。功を焦った彼は師匠に伝えぬまま、スポンサーから密かに『提供』された『材料』を基に、口にできない『実験』も繰り返していたことが発覚したのだ。
人体実験。
結果、その汚名までも着せられた彼女は、『虎妃』の称号を剥奪され、カピトーリナ修道院を追放される。
いや、正確に言えばその前に、彼女は自ら修道院を去っていた。非道な人体実験は彼女の知らない話だったが、その弁明すらしなかった。
(発狂した者も、禁忌に手を染めた者も、結局は私のせいではないか)
優秀な弟子たちを、自らの欲望のままに壊してしまった。そのことに気づいた瞬間、彼女はもう虎妃でも、武僧でもいられなかったのだ。
(このまま朽ちて消えよう)
そして尼僧は一人、大陸を放浪した。彼女の腕を見込み、その行方を捜すものは多かったが、
(二度と『兵器』は作るまい)
そう思い定め、最後にアルナベルツの荒れ山に庵を結び、隠れ住んだ。
武僧時代の知識と技術を元に荒地を畑にし、寄ってきたモンスターを狩り、たまに里に降りてドロップ品を売り、わずかな金を得る。
ろくに草も生えない荒れ山の中で、小さな姉妹を見かけるようになったのは、その頃のことだった。
貧しい里の子らしい、見るからに痩せ、みすぼらしい服を着た姉妹。やや年長の姉が幼い妹の手を引き、山中をうろうろと歩く姿を見て尼僧は、
(『おこぼれ拾い(ドロップピッカー)』か……)
すぐさま察する。
自分ではモンスターを狩れず、冒険者が通った跡をつけて歩いては、狩れれが拾い残したドロップ品を拾う、主に子供を指す言葉。
むろん、差別語である。
有力な冒険者ならわざわざ拾わないような、拾うだけ荷物の邪魔になる安価なドロップ品。だが貧しい彼らにとっては、それでも明日の家族の糧として十分だ。相手が子供なら、冒険者もあえてとがめず、『施し』として黙認する。
(私がドロップ品を売りに来るのを見て、親に言いつけられたのでしょう)
あのババアの後ろについて、おこぼれ拾ってこい、とでも言われたか。
(……)
義理はなかったが、しかしそこは元僧侶だ。弱い者がいれば、助けてやりたくなる。まして尼僧がモンスターを狩らず、ドロップ品を残さなかった次の日、姉の方の顔が無残に腫れ上がっているのを見せられては、なおさらだ。
それが親の『手』と分かっていても、やはり助けてやりたくなる。
(仕方ない)
尼僧やがて、姉妹のために狩をするようになる。こんな荒れ山でも、奥へ行けばかなりの大物モンスターがいる。もちろん危険な相手だが、御察しの通り尼僧の敵ではない。
それがしばらく続いたある日、彼女は姉妹に異常を見る。
姉が背中に妹を背負い、ふらふらと歩いている。幼かった妹も十分に成長し、姉が背負っても足がにょきり、と下に垂れる。重さも相当だろう。
『どうしました?』
尼僧は初めて、姉妹に声をかけた。
姉は、しばらく驚いたように目を見開き、目の前の痩せた尼僧を見つめていたが、やがて小さな声で、
『……病気』
そう答えた瞬間、姉の目に大粒の涙があふれ、
『助けて……助けてください! 病気なんです! お願いします! 助けて!』
『見せなさい』
妹を地面に降ろさせ、胸をはだけて触診する。いや、するまでもなかった。
妹は、すでに死んでいた。蘇生魔法で生き返らせるにも、とっくに限界時間を超えている。
黙って首を振る尼僧に、姉は必死で、
『だって、だって家を出る時はまだ……?!』
『ウィレスの人体感染です。発症したら最後、短時間で死に至る。潜伏期間が2週間、その間に山のどこかで身体に入り込まれたのでしょう』
尼僧はできるだけ冷静に言った。が、それは姉の救いにはならない。
『昨日から具合が悪くて……でもお父さんもお母さんも、山に行け、って』
姉は、涙さえ枯れた目で妹を見つめる。尼僧は、
『治療は……』
受けなかったのか、と聞きかけて、やめる。体内に入り込んだウィレスを浄化できる僧侶や冒険者が、あの貧しい里にいるわけがない。たとえいたとしても、そんな治療費は誰にも払えまい。
『一番下のいらない子だから、って』
姉の声は、もう絞り出すようなうめきと変わらない。
両親が姉妹をモンスターが徘徊する山へ送るのは、必ずしもドロップ品を拾うためだけではない。『余った子供を処分するため』だ。
両親が老いた時、自分たちの面倒を見させる子供は必要だ。貧しい家は子供の死亡率も高い、それゆえに『歩留まり』を考えて多くの子供を作る。
しかし逆に、死亡せずに生き残りが多すぎても困ってしまう。
目の前の姉妹は、まさにそんな現実の悲しい落とし子たちなのだ。
『武術を、教えてください』
妹の亡骸から目をあげた姉が、決然と言葉を吐いた。
『あの家にいたら殺される。でも死にたくない』
姉は、尼僧の前に身を投げ出した。
『武術を教えてください!』
もう二度と『兵器』は作らないと誓った、彼女の前で。
『私に、生きる力をください!』
かつて『虎妃』と呼ばれた尼僧の、最後の『弟子』。
グラリスNo8チャンピオンは、このようにして誕生したのである。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
魔法使いや僧侶たちが駆使する『魔力』とは別種の力、『霊力』によって召喚された霊物質(エクトプラズム)。それらは本来、不活性状態においては不可視のはずだが、それが『見える』ということは、単純に『濃度が濃い』ことを意味する。
『霊撃(エスマ)』とは、この単純に濃厚な霊物質を敵に叩きつけるスキルだ。
それゆえに魔法使いたちからは、
『あんなの技術(テクノロジー)でも技法(テクニック)でもない、ただの力任せの暴力(フォース)だ』
と謗られる。
そして『霊撃魂術師(エスマリンカー)』とは、その霊撃を操る術師の総称。
神仙都市・コンロンを本拠地とする魂術師(ソウルリンカー)は、今でこそ大した戦闘力も持たず、もっぱら兵士や冒険者を補助する支援職としか知られていない。
だが、ざっと600年ほど歴史を遡った過去、その評価はまるで違っていた。
『1人ボス殺し(ワンマン・ボスキラー)』
当時のソウルリンカーを評して……というか呪って、冒険者たちがつけたあだ名だ。
本来なら冒険者がチームを組み、必死のチームワークを駆使して挑まねば倒せないボスモンスターに、単身で挑んだ挙句倒してしまう。
格闘術に秀でた初級職『テコンキッド』から受け継いだ、俊敏な基礎体術と見切りのスキル。
『敵から攻撃を受けるたびに傷が癒える』、という反則級の自己治癒スキル。
『一度だけ敵の攻撃を完全に無効化する』という、これまた反則級の防御スキル。
極めつけは『死亡と同時に蘇生する』、死すら超越するスキル。
もちろん、使いこなすには相当の修練を必要とするものの、もしも彼らが敵に回ったことを想像すれば、これほど厄介な敵はまたといないだろう。
そして『霊撃(エスマ)』。
凶暴にして強大なボスモンスターを単身で翻弄し、ろくに手傷も負わないまま、涼しい顔で撃破する。
その力の前に冒険者たちは戦慄し、そしてそれは『排除』・『迫害』へと変化していった。
これは皮肉だ。
だって冒険者とは元々、一般社会で異物として『迫害』され、『排除』された者たちに他ならない。
その彼らが今度は身内に異物を作り、それを切り捨てにかかる。ギルドという共同体に群れ、そこに社会性を求め、規則を作り、そして『反則』を許さない。
それを皮肉と呼ばずして、なんと呼ぶのか。
だが結局、ギルドという形で徒党を組んだ冒険者たちは、ソウルリンカーたちの本拠地であるコンロンに詰め寄り、今後は『霊撃(エスマ)』の研究と修行を行わないことを約束させてしまう。
以来、『霊撃(エスマ)』の力はみるみる弱まり、ものの100年と経たないうちに『霊撃魂術師(エスマリンカー)』は滅びてしまった。
少なくとも表向きは、そう思われていた。
だが、違ったのだ。
『霊撃(エスマ)』は生きていた。
『霊撃魂術師(エスマリンカー)』は、ここにいる。
G15ソウルリンカー。
神殺しの巫女。
少女時代の彼女が、どうして次元を超えて侵入した凶神を殺すことができたのか。街を、民を救ったにもかかわらず、なぜコンロンを追放されねばならなかったのか。
考えてみれば分かる話だったのだ。
巫女の身であるにも関わらず、神を殺してしまった。
使ってはならない『霊撃(エスマ)』を使ってしまったこと。
二重の禁忌を犯したからこそ、彼女は故郷を追われたのだ。
『私のことを嫌いにならないで』
決死の戦いの末、街を守った彼女に向けられた蔑みの目。守ったはずの人々から向けられた目。
普段の飄々とした態度からは想像もつかない、決して癒えることない傷。いや、それはもう傷などという中途半端な言葉では表現しきれない。
砕け散った心の欠片を、ころん、と転がせただけの虚ろ。
その欠片に残った、微かな熱だけが。
ただ、その熱だけを。
轟、と、封印された禁忌の暴力が大空に咲き誇る。
膨大な霊力の渦が、実体を伴って宙を駆け、エネルギーウィングの防御をかいくぐり、飛空戦艦の船体に突き刺さる。
ばっ!!
エネルギーウイングが消失。最後の砦が、ついに陥落した。
飛行船の舳先、ふわ、とG15の小柄な身体が、風にあおられて宙に浮く。一瞬で力を使い果たした巫女は、静かに目を閉じる。
『私のことを』
がしっ!!
その襟首を、力強い手ががっちりと掴み、引き寄せた。
「うぉっとお!」
グラリスNo5ホワイトスミス。戦闘ではない、力仕事で鍛えた腕が、風に流されようとするG15の身体をキャッチ。
「とぉーっ!」
グラリスNo6ジプシーが、妙な気合いと一緒にダイブし、G15の細い腰に身体ごとタックルを敢行。
「確保っ!」
大柄な身体でG15を羽交い締めにしたのはグラリスNo10ロードナイト。
「よいしょ、と」
不自由な目で、それでも両手を懸命に手探りし、G15の身体にハーネスのベルトをぱちん、と固定したのはグラリスNo7クリエイター。
「道を開けてください」
G15の安全が確保されたのを確認し、淡々と作戦を実行する、それがグラリスNo3プロフェッサーの仕事だ。
G15を中心に、グラリスが塊となって甲板の上を横へ移動する。そこへ、
「G15、手ぇ!」
甲板の端から舳先へと、全速力で助走してきた裸足のカプラ嬢。
グラリスNo8チャンピオン。
走りながら片手を肩の高さに、手のひらを大きく開く。
G15が細い目を目を丸くしながら、それでも小さな手を、同じように開く。
2人のグラリスがすれ違う。
ぱぁぁん!
鍛錬に鍛錬を重ねたチャンピオンの掌と、小さな巫女の掌が奏でるハイタッチの音が、どこまでも澄み渡る青空へと遠く。
「行ってくる!」
真っ白な歯を、これでもかと笑顔に飾り。
目を、再び糸のように細めた笑顔に見送られ。
だぁん!
裸足の王者は、大空へ跳ぶ。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
忌々しく輝く光の翼が、『マグフォード』に迫る。
そこからの数分、いや『数秒間』に、飛行船『マグフォード』の上で起きた出来事を伝える記録は存在しない。
いや、記録そのものは存在する。のちに再建されたカプラ社が発行する社史の中に、詳細に叙述された『正史』が存在することは、する。
だから正しくは、その出来事を『正確に記した記録は存在しない』というべきだろう。
その出来事は『ある理由で』抹消され、それを目撃したカプラ嬢と『マグフォード』の乗組員だけの、生涯の秘密となった。
『正史』によればこの時、グラリスNo2ハイウィザードが苦しい身体を圧し、2発目の魔法を放った、とある。
だが、正確にはそうではなかった。
G2ハイウィザードは『魔法を放とうとした』。
「ぎぅぅ!!」
倒れそうになる身体を杖に預け、自らの牙でズタズタに裂けた唇を震わせて、呪文を唱えようとした。
その目、その耳、その鼻からも、鮮血が滝のように流れ落ちている。凄惨な有様だ。
思考と魔力導通を高速・強化するため、ドラゴンの体液を精製した薬剤を摂取し、ドラゴンがそうであるように脳を結晶化させた。
結果、脳へ血液を供給する動脈が詰まり、頭蓋骨の中で内出血を起こしている。
当然、脳への酸素供給も行われない。
余命数秒、いや、生物学的には『もう死亡している』と表現されてよい。
カラカラカラカラ!!
『マグフォード』の甲板を、回復剤の空き瓶が、マシンガンの空薬莢よろしくバラまかれる。グラリスNo9パラディンが、ダメージ転化の『献身』スキルにより、G2のダメージを引き受けている。
が、身体への単純な損傷や痛覚だけならともかく、G2のそれは薬剤による永続的な身体異変を伴うダメージだ。いかなグラリス・パラディンといえども、引き受け切れるものではない。
だが、そんな『死に体』の有様で、なお敵を撃つために這いずり回る。
これが魔法使い。
そんなダメージでも、淡々と受け止めて支える。
これが守護聖騎士。
「……ゲぅ」
小さな龍が火を吐くように、G2が吐血。意志はあれども、もはや身体が限界だ。
瞬間。
ばさ、とG2の頭に大きな紙袋が被せられた。
グラリスNo4ハイプリースト。
そして次の瞬間。
「ふ……ッ!」
ごきん!!
G4の肘鉄が紙袋の上からG2の脳天へ、全体重を乗せた激烈さで叩き込まれる。
なにせ、ただの尼僧の肘鉄ではない。
アルナベルツ教国教皇直属の威力機関『聖槌連』、その中隊を率いた武僧が前身という武闘派。治癒支援型に転身した今でも、1日数時間に及ぶ鍛錬を欠かさない肉体は、グラリスの騎士系嬢たちが教えを乞うレベルだ。
ぐじゃ、と紙袋が血に染まる。脳幹を頭蓋ごと叩き割られて即死。そして素早く、
『蘇生(リザレクション)!』
死者を蘇らせる、僧侶系の奇跡魔法が贈られる。
薬剤によって結晶化したG2の脳は、たとえ治癒魔法を贈ろうが元には戻らず、ただ死へ向かうのみ。だから頭蓋骨ごと脳を砕き、いったん死亡させることで、薬剤による肉体変異をリセットした。
もちろん、ここまで激しく損傷した肉体では、蘇生に失敗してそのまま死亡する確率も高くなる。が、
「……げふっ!」
G4の膝の上で、G2の身体がびくん、と痙攣。
蘇生成功。
この無慈悲なまでに容赦ない、しかし確実無比な治療こそ、従軍尼僧G4ハイプリーストの真骨頂だ。
仲間の復活に安堵する、しかしグラリスにその暇はない。
飛空戦艦『セロ』が迫る。
グラリスNo1スナイパーは弓を連打、No11ガンスリンガーは腰の双銃を引き抜き、伏せ撃ちのまま乱射するが、『セロ』の流体装甲を破るには威力不足。
「『スパイラルピアース』!」
乾坤一擲、騎士系職でも最大級の遠距離攻撃、グラリスNo10ロードナイトの槍が飛ぶ。だが、
ばしっ!
エネルギーウイング、最後に残った1本の光の羽に撃ち落とされる。
万事休す。
だっ、とグラリスの全員が動いた。
グラリスNo8チャンピオンが、甲板の最後部から助走を開始する。だが正直、今、敵に向かって突撃しても、エネルギーウィングで迎撃されるだけだろう。
しかし、それもやむなし。
さらにG9パラディンが、グラリスを保護していた献身を解き、巨大な鎧ごと身をかがめている。
手には巨大な剣。このまま甲板を突き破って船倉に落下し、『グラリス以外の』各チームのNo1を保護する。
G7クリエイターは、手持ちのホムンクルス・ギガンテスの再召喚を準備。
G4ハイプリーストはG2ハイウィザードの身体を肩に担いだまま、船内へと走る。ありったけのバリア呪文を振りまくためだ。
『マグフォード』が墜落した時、1人でも多くのカプラ嬢が生き残れるように。
合図も何もなく、『戦闘(バトル)』ではなく『生存(サバイバル)』へと、グラリスたちは目的を変えたのだ。
1人を除いて。
チーム・グラリスがいっせいに甲板を駈け出す中で、たった1人、悠々と甲板の舳先を目指して歩く姿があった。
「?!」
G3プロフェッサーが一瞬、目をむく。彼女のプランに、そんな動きは入っていない。
だが、その小柄な姿は止まらず。
グラリスNo15ソウルリンカー。
敵の巨大な船影が迫る、『マグフォード』の舳先に立ち、彼女はにっこりと微笑むと、
「みんな、大好きだヨー」
今、それを言う時なのか。だが、彼女は言葉を続ける。
「だから、私を嫌いにならないでね」
聞いたこともないほど、寂しそうな声。
さしも百戦錬磨のチーム・グラリスが一瞬、五感のすべてを彼女に奪われる。
G15の小さな手が静かに、まっすぐに敵を指す。
「『霊道よ、通え(エストン)』」
ぱしん!
霊能力を持たないグラリスたちにも、はっきりと見えるほどの霊力が、G15と敵の間に奇跡の道を開く。
敵の被害は軽微、だがそれはあくまで『お膳立て』に過ぎない。
G15の周囲に、その小柄な身体が一瞬、宙に浮くほどの霊力が集中。
少女の姿の魂術師が、きらり、と細い目を光らせる。
「『霊撃(エスマ)』」
そしてグラリスたちは、カプラ嬢たちは、『マグフォード』に乗り込む全ての者たちは知ったのだ。
グラリスNo15ソウルリンカー。神殺しの女魂術師。
彼女こそは、はるか遠い昔に封印され、忘れ去られた禁断の存在。
霊撃魂術師(エスマリンカー)である、と。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスの最大破壊力・G2ハイウィザードが、その杖を天にかざす。
飛行船の甲板には既にG6ジプシーの歌が流れ、周囲には聖戦時代そのままの濃厚な魔素が満ちている。G4ハイプリーストによる強化の魔法も配備済みだ。さらに、
「G2……!?」
G3プロフェッサーが思わず警告の声を発したのは、G2ハイウィザードが追加の魔力薬剤を取り出したのを見たからだ。
「その量は危険っ!?」
だがG2、制止の言葉も聞かず、ぱきん、と瓶の口を折り飛ばし、くい、と中身をあおる。
しらしらと白銀色に輝く、見るからに『身体に悪そうな』薬剤。この世界に魔力が満ちていた聖戦時代から、現代に生き残った魔法生物のうちでも最強とされるドラゴンの体液、そこから抽出されたものという。高レベルなものになれば、その価値は同じ重さの貴金属、もしくは宝玉と同等とされる。
その効果は、人間の脳の魔力に関わる部位を、一時的に(ドラゴンの脳が結晶体であるのと同様に)結晶化させ、魔力回路を通過する魔力の量を増やし、速度を加速する。本来ならば脳が焼きつくほどの魔力を一気に流しても、問題なく魔法が発動するように、人体そのものを作り変えてしまうのだ。
ただ、当然のごとくリスクはある。
「ふっ……ぎイッ!」
G2ハイウィザードの喉から、気味の悪いうめき声がもれた。
ぴしっ!
澄んだ、しかしやはり不気味な破裂音は、魔術師の眼球が一瞬、紫水晶色に結晶化した音だ。
くち。
濡れた、これも不気味な音は、魔術師の右の犬歯が一瞬だけ鉱物化し、ねじれた刃物のように唇を突き破った音だ。
めり、と全身の体毛が鱗化し、一瞬で戻る。
ぱき、と、頭髪が角化し、また戻る。
わずか数秒のうちに、細身の魔術師の身体が猛烈に変化する。
先刻までの戦闘準備で、既に相当量の薬剤を摂取しているはずの身体に、さらに危険な薬剤を追加した代償。
「竜化現象だ。これ以上は!」
人が、人でなくなってしまう。しかし、
「だあってお」
黙っていろ、と魔術師は言う。後ろも見ず、ただ眼下の敵をにらんで言う。
そしてもう1本。
「だめだ!」
「……!」
止める暇もない。
ぎ……ギィィィィィィィ!!!!!
人外の叫びが、今や牙の巣となった魔術師の口からほとばしる。安全圏などとっくに通り越し、明らかに自殺行為まで踏み込んだ過剰投与だ。
誰だって危険とわかる、それ以上はいけないとわかるライン。
だが、彼らはそれを踏み越える。
いっそ鼻歌交じりで、もはや後戻りできない地点(ポイントオブノーリターン)を越えてしまう。
魔術師とは、そういう者たちだ。
だから、誤解を恐れずあえて言おう。
魔術師とは、魔法のエキスパートではない。
魔法のエキスパートとは翠嶺や架綯のような、多彩かつ精密な魔法技術を駆使するプロフェッサーに与えられてしかるべき言葉だ。
だが、魔術師はそうではない。
彼らにとって、魔法は手段に過ぎない。
より多く、より早く、より広く、敵を駆逐し、蹂躙するための手段でしかない。
だから極端に言えば、もっと効率良く敵を駆除できる手段が見つかったならば、彼ら魔術師は簡単に魔法を捨て、その新たな手段へとコンバートしていくだろう。彼らはそういう『生き物』なのだ。
だから魔術師は、魔法のエキスパートではない。
破壊のエキスパートである。
「『メテオ……』」
グラリスNo2ハイウィザードが、魔法を駆使する。もはや人語もまともに発音できないほど異形と化した口と、舌。
だが心配は無用だ。
もともと魔法とは、それら異形の者たちから人類が盗んだもの。
異形の口から放たれる魔法こそ、いっそ『ネイティブ』といって差し支えないのだ。
「『……ストーム』!!!!」
がば!!
青空が、灼熱の赤黒に裂けた。
異形の、破壊の権化と化したG2ハイウィザード、彼女の身体を鋳型にして生成された魔法が、異界から膨大な量の霊物質(エクトプラズム)を召喚。
同時に、霊物質を媒介とした『燃焼という現象』を再現する。
酸素も、燃料も必要ない、ただ『燃えて高熱を発するという現象』そのものを、現実空間に投影するのだ。
その熱量と範囲、そして対象物に対する破壊力は、術者の思念に比例する。
(ぶち……壊せぇぇえ!!!!!!)
一部どころか、ほぼ完全に結晶化した脳髄を、いっそマグマ状に溶かすほどの思念でもって、G2ハイウィザードは吠えた。
どぉん!
召喚された巨大な霊物質が、燃焼現象を引き起こしながら落下し、飛空戦艦『セロ』を直撃する。
ごばあ!!
さしも頑丈な流体金属の装甲が、焼けた溶岩を打ち込まれたミルクのように逆巻き、赤黒く変色していく。
それも一発ではない。
どぉん!! どぉん! どぉおん!!
小山のような大きさの流星が続々と出現し、『セロ』に襲いかかる。いくつかはエネルギーウィングに防がれるものの、すべてを防ぎきれるものではない。
「おお……!」
甲板に陣取るグラリスたちから、誰ともなく感嘆の声。さしも経験豊富なチーム・グラリスも、これほどの破壊力を目にするのは初めてのことだ。
いや、聖戦集結からこの方、これだけの破壊力を示した人類は稀、ひょっとしたら唯一かもしれぬ。
ぱっ!
『セロ』のエネルギーウイングが1本、消失した。もはや装甲に溜め込まれたダメージを保持しきれない。ダメージのエネルギーを熱に変え、時間をかけて放出するか、海へでも潜って一気に冷却する。
これだけのエネルギーを放出すれば、たとえ海でも受け止めきれず、大地震クラスの津波が発生するだろうが、そうでもしなければ飛行を維持するエネルギーすら不足し、最後は墜落・爆散するだろう。
異世界で建造され、聖戦終結まで戦った戦前機械(オリジナルマシン)として、ここまで深刻なダメージを負ったのは初めてのことだった。
ぱっ!
もう1本、光の翼が消失する。
あと1本、あとたった1本。
未来まで。
「いっけぇ!!!」
G5ホワイトスミスが絶叫する。それはチーム・グラリスのみならず、飛行船『マグフォード』に乗るすべての人々の叫びだったろう。
どぉん!
最後の流星が『セロ』を撃つ。
そして最後から二番目の流星は、大きく『セロ』を外れ、赤茶けた地上へと消えていく。
そして。
「だめだ」
G1スナイパーの神眼、それを借りるまでもない。
「1本、残った」
忌々しく輝く光の翼が、『マグフォード』に迫る。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
飛行船『マグフォード』の船体が、ホムンクルスの柔毛の中へ、さらに埋まる。
同時に猛烈な異臭が、甲板にいるチーム・グラリスたちの鼻を犯す。柔毛が高熱で焼ける匂い。
巨大銃・エクソダスジョーカーXIIIの威力を、この巨大な人造生物が受け止め、飛行船を守っている証拠だ。
「でっかー!?」
シンプルで正直な感想は、グラリスNo2ハイウィザード。実際、この巨体を前にしては、誰だってその程度の感想しか吐けないに違いない。
「まさか、ここまで上手くいくたぁね」
肩に巨大なレンチを担いだグラリスNo5ホワイトスミスが、タバコをひと吹きして笑う。
「『空中召喚』は、際限なく巨大にできるのがいいわ」
盲目のグラリスNo7クリエイターも笑う。
錬金術師系が創造・使役する人造生物ホムンクルス。その『大きさ』を競うカテゴリーにおいて、当代最高の技術を持つ『巨大種使い(ギガントファンサー)』こそが彼女だ。
浮遊岩塊『イトカワ』脱出で活躍した鳥型のフィーリルに続く2体目。
羊やカバといった獣型を取り、主人を守る防御力に秀でたアミストルの巨大種(ギガンテス)。その巨体を空中に召喚し、至近距離での超爆発から船体と乗員たちを守った。
爆発に直接さらされた体側は、体毛から肉まで焼け焦げた非道い有様だろう。が、元来ほとんど痛覚を持たない人造生物、焼かれようが裂かれようが苦痛はない。
モンスターに倒され死亡した主人の横で、同じくボロボロの姿になりながらも、のんびりと草を喰むアミストルの姿は、冒険者たちの間では日常茶飯事だ。
「でもさ、このデカイの連れてたら無敵じゃん?」
「あ、それ無理」
のんきに目を輝かせる細身のG2に、盲目のG7はあっさりと首を振って、
「この子、『重すぎて立てないのよ』。地面だと」
「意味ねえ?!」
G2のツッコミ。
『巨大種使い(ギガントファンサー)』は、あくまで『大きさ』を競うカテゴリーであり、現代で言えば『巨大カボチャコンテスト』に近い。味の良し悪しいや、食えるかどうかも問題ではない。
ただひたすら、大きければいいのである。
「ああ、でもせっかく新記録級ができたのに……大きさ測れないかしら、今?」
そんなことをつぶやくG7。
常識人に見えてもグラリス、頭のネジがどこか抜けている。
「ま、おかげで助かっ……おっと!?」
美魔女のG5が、巨大なレンチを担いで甲板をダッシュ。ホムンクルスの柔毛の圧力で外れ掛けたボルトを自ら締め直していく。
「全艦! 各部の損傷チェック!」
「全艦、各部損傷チェック」
G5の怒声を、甲板に鎧ごと固定されたグラリスNo9パラディンが、内蔵の伝声管を通じて館内に通達する。元は職人上がりのG5がドラ声を上げるのに対し、バリバリの前衛戦闘職であるG10の声が逆に落ち着いているのが可笑しい。
戦闘が苛烈になるほど感情は落ち着いてくる、というより『感情を殺し始める』のがプロフェッショナルだ。ましてG10パラディン、戦場のど真ん中で味方のダメージを自ら引き受ける守護聖騎士ともなれば、死ぬ時もこのテンションのまま息絶えるだろう。
「お、と、と?!」
『マグフォード』の甲板が急激に傾き、グラリスたちが足場を崩す。
「ちょっと、しっかりしなさいよ!!」
「無理言わないで」
怒鳴るG2に、盲目のG7クリエイターが穏やかに反論。
「『ベルガモット』はアミストルよ。空が飛べるわけじゃない。空中に召喚されたら、そりゃ落ちるわよ」
「はあ?!」
ぐら。『マグフォード』の傾きが激しくなる。『ベルガモット』が落下を始めたのだ。このままでは『マグフォード』も柔毛に埋まったまま墜落する。
どれだけもふもふの巨大種でも、この高さから落ちれば即死。もちろん『マグフォード』だって巻き添えだろう。
「G7、ここまでだ!」
「『安息』」
美魔女のG5が指示し、盲目のG7がホムンクルスの召喚を解く。偽りの生命を終わらせ、たった1個の卵母細胞へ回帰させると、腰の試験管へ厳重に封入。同時に、
ざあ!!
巨大な身体を構成していた肉体が、同量の有機塩へと変換される。空の真ん中、青みを帯びてさえ見える真っ白な塩の塊。
それは極寒の地に降るパウダースノーのように空中へ散り、『マグフォード』の上にもほんの一時、降り積もった後、風に吹かれて空中へと消えていく。
「ふえ、しょっぱ!」
文句を言うG2だけではない、他のグラリスたちも、口やら目やら耳やらに容赦なくサラサラと降る塩を、吐き出したり振り払ったり。
「大丈夫、人体に害はありませんよ」
盲目のG7。安心させるつもりだろうが、もちろんそういうことじゃない。
いや、今はそれよりも。
「敵は?!」
飛空戦艦『セロ』、目下の敵はそれだ。グラリスのほとんど全員が、甲板の縁に駆け寄る。
広がる空。眼下には赤茶けたシュバルツバルドの辺境大地。遠くに雲、いくつかの浮遊岩塊。
そして『セロ』もいる。『マグフォード』のほとんど真下。至近距離からの奇襲で、ついに『上』を取った。
「……残り3本」
誰かがつぶやく。
圧倒的な破壊力と防御力を誇る『エネルギーウイング』。それをここまで削るなど、到底、人間が成しうる技ではない。
だが、それでも敵は健在。脅威は依然、脅威のまま。
グラリスたちの戦いは終わっていない。
「……G8を上げてください」
グラリスNo3プロフェッサーが指示。
「 G8、上げろ」
G9パラディンが伝声。と、ほとんど同時。先刻、彼女が鎧ごと甲板へリフトアップされた昇降機が再び動きだす。
開いた甲板から暗い船倉が見え、そしてその闇を淡く照らす幾つもの光球が見えてくる。
甲板を吹き抜ける高空の風、それより高く、そして規則正しい呼吸音。
グラリスNo8チャンピオン。裸足を座禅に組み、静かに目を閉じて『その時』を待っていた。
決戦。それが近いことを、否応なく全員が感じ取る。
だが一人、
「はいはい出オチ出オチ。下げた、下げた」
全く感じていないグラリスが一人だけいる。
「『トドメ』とか無用、あたしぐらいになればね!」
ぎゃらあん!
杖と、全身を飾る魔力強化アイテムを揺らし、彼女は甲板の舳先に片足をかける。
「任せました、G2。思い切りやっちゃってください」
指揮官たるG3プロフェッサー、彼女にしては軽い言葉遣いだ。その方が、相手が『ノる』と知っている。
「おっしゃ、任されたぁ!」
グラリスの最大破壊力・G2ハイウィザードが、その杖を天にかざす。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
G11ガンスリンガーが、超スピードで射撃体勢に入る。隣のG1スナイパーも同様。
飛空戦艦『セロ』が迫る。残った5枚のエネルギーウイングを禍々しく輝かせ、いや、それでなくとも超高速で『マグフォード』に体当たりするか、至近距離を通過するだけで勝負は決まるのだ。
チーム・グラリスの活躍で敵を追い込んだ、と見えたのは錯覚。
大戦艦と丸木舟、その差は決して解消などされていないのだ。
「いけ、撃ち落とせー!」
G2ハイウィザード掛け声も、どこか切羽詰まる。
だが。
「はい、ストーップ!」
攻撃に『待った』をかけたのはG5ホワイトスミス。
「限界だ。今撃ったら、衝撃で船体が持たない。バラバラ空中分解、確実だ」
愛飲のタバコをひと吸い。あとは手のひらでもみ消し、吸い殻はカプラ倉庫へ。高熱に強い鍛治師・ホワイトスミスならではのマナーだ。
「うえええっ!?」
あわてたのはG2ハイウィザード。
「だって、来るよ?! きちゃうよ、あのデカイの?!」
「あー、来るね」
G5ホワイトスミス、よいしょ、と席から立ち上がり、カプラ倉庫から巨大な、武器にもなりそうなレンチを取り出すと、新しいタバコに火を着ける。
『セロ』が迫る。未知の流体装甲で覆われた銀色の船体が、あちこち赤黒く変色しているのさえ見て取れる。チーム・グラリスの攻撃を受け、そのダメージを殺しきれなくなった証拠だ。
それでも、いまだその戦力は圧倒的。
「ワー、ヤラレルー!」
わざとらしい棒読みの悲鳴は、G6ジプシー。
「……って、思うじゃん?」
にか、と、くわえタバコで笑ったのはG5。
「出番よ、『ベルガモット』」
つぶやきながら立ち上がったのは、盲目のG7クリエイター。その手には『2本目』の試験管。
「今だ、G7。正面!」
「『コール・ホムンクルス』」
G5の合図と同時、ひゅん、と中空へ投げられた小さな試験管。
甲板にいる全員の目が、それに集中する。
2人を除いて。
「……GO!」
G11ガンスリンガーに、G1スナイパーから合図。聖戦時代の破壊力を込めた矢が、三度、蒼空を駆ける。
がん!!
巨銃エクソダスジョーカーXIIIが火を噴く。矢の先端に取り付けられた弾丸を、弾丸で射抜く神業。
しかし、あまりに近い。その爆発力は、『マグフォード』そのものすらバラバラに空中分解させる、と、G5ホワイトスミスが言ったはずではないか。
「う、うわあああ?!」
G2ハイウィザードが仰け反る。
かっ!
閃光。まともに見れば、確実に失明する光量。そして鼓膜を破る爆音。
か、か、かーん!!!
バリア魔法が消費される。
カラカラカラカラ!!!
船体に鎧ごと固定された義足のG10パラディンから、回復薬の空瓶が大量排出される。『献身』のスキルでダメージを引き受けた、その代償だ。
そして爆風、いや、爆発の衝撃と熱そのものが『マグフォード』を襲う。
「!」
さしものチーム・グラリスが目を伏せた、その瞬間だった。
もふっ。
実に気の抜けた、そうとしか表現しようのない感触が『マグフォード』を包んだ。
巨大な、まるで雲のようなサイズの真っ白な柔毛が、聖戦時代の大爆発を遠ざける。
『?!』
あまりの大きさに、甲板にいるグラリスたちにも全体像がつかめない。
だが、もしこの戦いを離れた場所から見る目があったなら、『マグフォード』を爆発から守るように出現した、超巨大な純白・羊型の人造生物をどう見るだろう。
アルケミストが操る4種の人造生物の一つ、ホムンクルス・アミストル。
だが巨大すぎる。その体長は『マグフォード』の船体をほとんど覆い隠すほどだ。
『巨大種(ギガンテス)』
「頑張って、『ベルガモット』」
微笑さえ浮かべて激励するのはG7クリエイター。
史上最高の『巨大種使い(ギガントファンサー)』が操る2体目の巨大人造生物が今、シュバルツバルドの空に姿を現した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
グラリスNo11ガンスリンガーが、再び巨銃エクソダスジョーカーXIIIに取り付く。魔力を込めたコインを弾き、スコープに目を凝らす。
隣にはグラリスNo1スナイパー、こちらも2本目の矢を弓につがえ、その神眼を大空へ細める。研ぎ澄まされた刃物のような集中力。
だが、
「……ん?」
その表情が一瞬、揺らいだ。細めた両目の、片方の眉だけが器用にぴょん、と跳ね上がる。
「ありゃ?」
同じく、隣で巨銃を構えるG11も、妙に気の抜けた声。
「なになに、なによ?」
何かと首を突っ込みたがるグラリスNo2ハイウィザードが、とっととハーネスを抜け出し、舳先へとしゃしゃり出て、
「んん? あー?」
大空を覗き込み、やはり同じ反応。
ついでにくっついてきた小柄なG15ソウルリンカーも、
「アレー?」
G2のポーズを真似して
「どうしたの、皆?」
事情がわからないのは、盲目のグラリスNo7クリエイターだ。視力がほとんどない彼女には、仲間のグラリスたちが妙な空気になっている、それしかわからない。
「あー、なんつーかね」
細身のG2ハイウィザードが、呆れたような顔で頭をかきながら、
「あいつ、ヘタレだわ」
心底、馬鹿にした声で言い放った。
「へ、ヘタレ?」
G7クリエイターが、見えない目で眉を寄せる。
「いるのよねー、あーゆーの」
G2ハイウィザード、細身の身体をどすん、と席に戻し、天を仰いで足を組む。
「ほら、凄っごい高級装備とか親の金で揃えてもらって、意気揚々とダンジョンに潜ったはいいけど、最初の雑魚敵にちょっと突つかれて怪我しただけで、死んだような声出して逃げ出すボンボン」
「それな」
「ソレナー」
G11ガンスリンガーが相槌。G2ハイウィザードの説明が的確だったらしい。真似した相槌はG15ソウルリンカー。
「え、逃げたのか?!」
美熟女のG5ホワイトスミスが目を丸くするのへ、
「逃げた。というか、大あわてで距離を取っていった」
G1スナイパーが冷静に返す。
その神眼には、残った8つのエネルギーウイングを輝かせながら、『マグフォード』の射程外へ懸命に逃げていく『セロ』の姿が映っている。
「マジかよ。聖戦前の超兵器様だぜ? 天下無敵だろうに」
「だからこそ、でやんすね」
G5ホワイトスミスの疑問に、G6ジプシーが返す。
「『だからこそ』?」
「我こそは天下無敵、相手は雑魚、と思い込んでたら、その雑魚から手痛い反撃を受けた。だからパニくってるんでやんしょ」
こちらも天を仰ぎ、どこから出したか巨大な扇子で宙をぱたぱた。
「ああ小せえ。小せえったらありゃしねえ、でやんす」
「まったく、戦士の風上にも置けません」
憤慨しているのは長身のグラリスNo10ロードナイト。名門の家に生まれ、ちょっと行き過ぎな騎士道を叩き込まれて育った彼女には、『セロ』のヘタレっぷりが許せないらしい。
「あらまあ」
G7クリエイターが呆けた顔。
「ちっ、情けねえ」
G5ホワイトスミスは苦い顔。
ちなみにG5、G7の2人は、チーム・グラリスの中では珍しく、ほとんど実戦経験を持たない研究職上がりだ。数々の現場・鉄火場をくぐり抜けてきた他のメンバーと比べ、『敵』に対する認識力が弱いのは仕方ない。
「もう放っといて、ジュノー行っちゃえば?」
G2ハイウィザードがぶっちゃけるのへ、
「それも手ですね。この状況は想定していませんでした」
指揮官を務める月神のグラリスNo3プロフェッサー、杖ごと抱え込むように腕組みをして応える。事前に予測した様々な状況を、分岐によってトレースしていくのが彼女の作戦立案法だが、それでも想定外の事態は起こる。
「G1、どう思われます?」
「放っておくことはできないでしょうね」
神眼を『セロ』に向けたまま、G1スナイパー。
「逃げたとはいえ、まだこちらを見逃す気はないようよ。距離を取って張り付いてる」
「うわー、ヘタレの上にストーカーって。最低」
「さいてーネ」
G2ハイウィザード、そしてG15ソウルリンカーのコンビが突っ込む。
「わかりました。脅威を排除します。現状を、作戦分岐Hの6と7の間と想定。作戦続行。G9、全艦に送ってください」
「了解。全艦、作戦続行。分岐Hの6、7想定」
G3プロフェッサーの決断を、巨大な鎧のまま甲板に固定された義足のG9パラディンが、内蔵伝声管を通じて全艦に指示する。
「よし、ストーカーを炙り出す」
「あー、無駄弾使っちゃうさー」
G1スナイパー、そしてG11ガンスリンガーの射手コンビが、改めて愛弓と愛銃を取り直す。
「だいたいさ、なんで『そこなら弾が届かない』って思うっさね?」
「さあ……?」
神業を持つ2人の会話に、
「うわ、相手にしたくないわ……こんな連中」
G2ハイウィザードの感想は、いつだって正直だ。
ひいぃぃいい♪ と、G1スナイパーの口笛が響き、ひょう、と矢が放たれる。
「直上。5秒後」
「見えてるさ」
巨銃の引き金が引かれる。
ばつん!!!
凄まじい発射音と、かかかーん、というバリア魔法の発動音。直後、消費したバリア魔法の『お代わり』が、素早くグラリスたちに贈られる。隻眼のグラリスNo4ハイプリーストは、義足のG9パラディンと並び、チーム中で最も長い軍歴を誇る。
その仕事、まさに『無言実行』そのものだ。
ぱしぃ!
空に、また光の地獄。そして爆音と爆風。だが距離がある分、一撃目より『優しい』。
「こっちは、この方がありがてえ」
船体の損傷を気にするG5ホワイトスミスが、くわえタバコで笑う。
「で、やった?! 落とした?!」
G2ハイウィザードがまたフラグ。
「いや。だが減らした。5本」
『セロ』のエネルギーウイングを、さらに削った。
「いいぞ。もうちょい減らせりゃ、直撃いけるさ!」
G11ガンスリンガーの言葉に、甲板が活気づく。
だが。
「……いや、そうもいかない。どうやら開き直ったらしい……来る!」
G1スナイパーの鋭い声に、緊張が走る。
『セロ』が、残った光の翼を閃かせ、こちらへ急接近してくる。
「やべーさ!」
G11ガンスリンガー。
「距離が縮まったら撃てない。爆風で、こっちがバラバラになっちまうさ!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
巨銃エクソダスジョーカーXIIIの弾丸が、飛空戦艦『セロ』に対し、ついにその威力を発揮したのだ。
それも本来ありえない『2発同時爆発』。
巨銃エクソダスジョーカーXIIIの弾丸を2発、片方を弓で、片方を銃で打ち出し、飛空戦艦『セロ』に撃墜される寸前に、空中で衝突させて爆発させた。
空を吹き渡る風を読み切り、矢を数キロも先へ届ける弓術も神業なら、飛翔する矢の先端に、弾丸をピンヘッドで命中させる技量も、まさに人外だ。
チーム・グラリス恐るべし
聖戦時代の再現、いやそれ以上の超爆発が、シュバルツバルドの空を白熱に焼く。
そして直後、『マグフォード』の船体を巨大な平手でぶっ叩いたような爆音が届いた。
ばぁん!!
もはや音というより衝撃そのもの。飛行船『マグフォード』、その特徴でもある左右2つの気嚢が、打楽器の打面のように激しく振動する。
グラリスたちの目を閃光が焼き、爆音が鼓膜を引き裂く。
「……!」
かかかかーん!!!
甲高い魔法発動音は、隻眼のG4ハイプリーストが仲間に送ったバリア魔法の発動音。
カラカラカラ!!
一方で、『マグフォード』の甲板に、空になった薬瓶が次々に転がる。
グラリスNo9・義足のG9が聖騎士のスキル『ディポーション』を使い、甲板にいる仲間たちの身体ダメージを身代わりに引き受けた。
G9が身を包む巨大鎧には、高価な回復薬剤をマシンガンのマガジンのように収納する機構が備わっており、盾を持つ指の操作一つで連続して薬剤を血管投与できる。しかも薬剤は異空間のカプラ倉庫から補充し放題、となれば、即死でさえなければ、たとえ1000回死ぬほどのダメージを負ったとしても無傷。
甲板を転がるガラスの空き瓶は、閃光と爆風のダメージが『帳消し』になった、その証だ。
「10秒後に爆風が来る。舵をやや右、エンジン全開で急上昇」
神眼のG1スナイパーが伝声管を通じ、飛行船『マグフォード』の艦橋へ指示を飛ばす。
ふぉおおおお!!
噴射エンジンに姿を変えた双胴の気嚢が、後尾から二重、三重の円雲を率いて咆哮し、
飛行船は上昇を始める。
グラリスを率いる神眼の弓手、その風を見る異能を疑うスタッフはもういない。
「ベルト確認、安全姿勢」
甲板のチーム・グラリス全員、固定ベルトを確認し、さらにぎゅっ、と握りしめる。『マグフォード』の船体角度は45度、乗っている人間には垂直にも感じるだろう。
甲板に転がっていた薬の空き瓶が、澄んだ音を立てながら、群れをなして後方へ転がっていく。
「来るよ」
G1スナイパーのつぶやきと同時。
ばつん!!!
爆風が届いた。
今度こそ、飛行船『マグフォード』の気嚢が、ほとんど破れんばかりに波打ち、内側の構造材がぎしぃいいい、と、嫌な音を立てる。
「大丈夫、これ?!」
「ぶっちゃけ、わからん」
甲板に飛び出した非常用の椅子にくくりつけられたG2ハイウィザードの叫びに、むしろのんびり答えたのはグラリスNo5、愛煙家で美熟女のG5ホワイトスミスだ。『マグフォード』の設計・建造にも深く関わっている女技術者は、G2の隣の席でくわえタバコ。
「こんな状況、テストもしてないしなぁ……」
G5の言葉が切れる。
前方からの爆風を土手っ腹で受けた『マグフォード』が、さらに上昇角度を増した。今や船体角度は垂直、乗っている人間には、いっそ逆さまに感じる。
しゃら、ららら
甲板の後部に溜まっていた薬瓶たちが、とうとう甲板から放り出され、空中へと消えていく。
「うわ、わわわ!!!」
G2が叫ぶのは、いっそ正直者だ。他のグラリスでさえ、大空の真ん中でアクロバットなど初体験。いくら肝が座っているといっても限度がある。
例外はグラリスNo13、死神のG13アサシンクロス。彼女だけは固定ベルト1本を軽く握ったまま、甲板に片膝をついた『待機姿勢』で平然としている。この生来の暗殺者が相手では、物理法則さえ避けて通るらしい。
「舵、3度右……4度左」
垂直の甲板にへばりついたまま、G1スナイパーが伝声管へ細かく指示。この爆風の中、わずかでも風読みと操船を誤れば、船体は一瞬でバラバラだろう。
「む……!」
甲板に棒立ちでワイヤー固定されているG9パラディンの鎧が、一瞬、宙へ浮く。両手でワイヤーを握って再び固定。
「ぶ……っ!」
G2ハイウィザードが、これでもかと身につけた魔法強化アクセサリーの一部が、頭上で暴れた挙句に顔面を直撃。
「あいやー!?」
小柄なG15ソウルリンカー、たすき掛けのハーネスがずれて、身体がすっぽ抜けそうだ。そこへ、
「ほっ♪」
どこからか気の抜けた声と同時に、空中からナイフが出現。G15のハーネスとカプラ服をまとめて貫き、甲板に縫い付ける。グラリスNo12、不可視のG12チェイサーも健在のようだ。
一方で、椅子に座ったままバンザイポーズできゃーきゃー笑っているのはG6ジプシー。彼女にかかっては、この状況も絶叫アトラクションと大差ない。
いや、ひょっとして命の危機とか、そういうものに対する反応が『壊れている』のではないか。
「長生きしないよ、アンタ!!」
G2の嫌味に、
「……もとより、でやんす」
一瞬、笑顔を消して応えたG6の心中や。だが即座、
「バーカ、せっかく生きてんだから、長生きしてクソババアになんのよ!」
言い返すG2こそ。
「……さすが、でやんす♪」
心からの笑みで返したG6ジプシーである。それをよそに、
「で、やったの?! あいつ、やっつけたの?!」
堂々とフラグを立てるG2に、全員が苦笑。
爆風による大嵐が吹き抜け、『マグフォード』の船体が水平に戻る。
「……寒みっ!」
G5ホワイトスミスが大柄な身体を震わせ、鍛治師のスキルを発動して身体を温める。
飛行船が爆風に乗っかる形で、一気に高度を上げたせいで、甲板上の気温が激変した。
低温、低気圧、そして低酸素。
その中でもG1スナイパー、素早く甲板の先に陣取り、その神眼を凝らす。
「いる。ステルスを解いてる」
一部を除き、グラリスの大半が椅子やベルトの拘束を解き、甲板から首を出す。
「あそこだ」
G1スナイパーが指差すまでもない。
さっきの大爆発で雲が飛び散った空は晴れ。はるか高空に上った『マグフォード』からは、シュバルツバルドの辺境に広がる赤茶けた大地がくっきりと見下ろせる。
その中空に、敵はいた。
葉巻型、銀色の船体。飛空戦艦「セロ」。
その後部から展開される攻防一体の『エネルギーウイング』は本来、13枚の『ルシファー』。
だが。
「8枚。減らしたぞ」
G1スナイパーが宣言する。
「翠嶺師が分析した通りですね」
指揮官を務めるG3プロフェッサー。翠嶺が、巨銃エクソダスジョーカーXIIIと共に残した資料を、彼女はそれこそ穴があくほど読み込んだ。
「パワーソースを一元化しているから、想定外のダメージを受けると、船体の保持にパワーを取られるようです」
彼女らが至近距離で引き起こした大爆発、その威力を相殺するために、パワーを消費せざるをえなくなった。具体的には、セロの表面を覆う『流体装甲(リキッドアーマー)』、それを構成するナノマシン群にパワーを供給し、船体へのダメージを受け止めた。
結果『エネルギーウイング』に回すパワーが不足しているのだ。
「おし、いけるさ」
G11ガンスリンガーが、巨銃をぽん、と叩く。
「見てろ、ここで沈めちゃる」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
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巨銃エクソダスジョーカーXIIIのスコープから目を離したグラリスNo11、双銃のG11ガンスリンガーは、呆れるほどあっさりと降参した。
「ちょ!? ええぇぇぇええええ?!!?!」
グラリスNo2、小柄で毒舌なG2ハイウィザードが、この時ばかりは目をむいて絶叫。
「ど、どどどどういうこと!? その大砲、効かないの?! どーすんのそれ?!」
しかしG2があわてるのも無理はない。
圧倒的な戦力を持つ戦前機械(オリジナルマシン)・飛空戦艦『セロ』に対し、技術的には周回遅れもはなはだしい飛行船『マグフォード』で立ち向かう。その戦いの成否は、同じく聖戦時代の性能を伝える巨銃、エクソダスジョーカーXIIIの破壊力にかかっていたからだ。
この巨銃の弾丸には、火薬ではなく複数の激発型魔法陣が仕込まれており、それが着弾と同時に起動、瞬間的に複数の熱核系エネルギー召還魔法となって発動する。
『召還融合(リコールフュージョン)』。
寸分違わず重なった同一の空間座標に対し、同一の効果を持つ魔法を発動することで、破壊力を幾何級数的に増大させる超技術。
敵の攻撃を吸収・分解してしまう『セロ』の流体装甲(リキッドアーマー)といえども、この威力には耐えられない。
はずだった。
「だってさー、そもそも弾が当たんないんじゃ、どうしようもないさー」
G11ガンスリンガーが、いっそ呑気といっていい口調でぼやく。
事実、彼女が放った弾丸は『セロ』に着弾する直前、展開された13枚のエネルギーウイング『ルシファー』によって迎撃され、蒸発させられてしまった。これでは魔法が発動せず、破壊力を発揮するどころではない。
「……ふむ」
杖を抱えたグラリスNo3、月神のG3プロフェッサーが思案顔。
「どう思いますか、G9」
質問した先は、『マグフォード』の甲板に巨大な鎧ごと固定されたグラリスNo9、義足のG9パラディンだ。
「『オートガード』だ」
分厚い鎧の中から、伝声管ごしの回答は素早く、そして簡潔だ。聖騎士の性格もあるのだろう。
聖騎士系の防御スキル『オートガード』は、敵の攻撃を一定の確率で完全防御する。その確率は必ずしも高くはないのだが……
「13枚のエネルギーウイングとやらに、それぞれ一人づつ聖騎士を配置して、発動確率を上げているんだろう」
13人のうちの誰かが『当たり』なら自動防御が発動する、そういう仕組みか。
「バカバカしいほどの力技だが、確かに効果はあるな」
「なるほど」
聴き終えたG3プロフェッサーが、再び思案顔に戻る。
「落ち着いてる場合かぁぁぁああ!!」
G2ハイウィァードがじたばた。
「ええい、こうなったら結局あたしの魔法だ! 見てろ、焼き鳥にしてやる!!」
全身にまとった凄まじい魔力強化装備をじゃらり、と一度鳴らしておいて、空間の向こうにある自分のカプラ倉庫から、瓶やら錠剤やらの薬剤を1ダースほども引っ張り出す。
ただでも強化された魔法を、さらに肉体、精神レベルでブーストする秘薬の数々。それも常人が飲めば間違いなく命にかかわるほどの量だ。それを、
「はいはい、落ち着くでやんす」
ひょい、と取り上げたのはグラリスNo6、虹声のG6ジプシー。
「ああっ、こら返せ!!」
「その前に、作戦をちゃんと聞いてたでやんすか、渦ちゃん? ここまでは『想定内』でやんすよ?」
「ん……?」
G2がきょとん。
「やっぱり聞いてなかったでやんすね」
G6ジプシーがやれやれ。
「本番はこれからさー。まあ、見てるさね」
G11ガンスリンガーが、再び巨銃のスコープに目を当てる。そして、
「支援、よろしくさ」
後ろも向かずに声をかければ、ただちに、
「『ブレッシング』! 『マグニフィカート』!……」
グラリスNo4、隻眼のG4ハイプリーストから、自己強化の魔法が次々に贈られる。さらに、
「ブラギをなんと呼ぶべきか♪」
G6ジプシーの歌が響く。さらに、
きぃん……!!
G11ガンスリンガーの片手から、一枚のコインが澄んだ音を響かせて宙に舞い、そのまま甲板の外へ、どこまでも広がる空へと消えていく。
きぃん……!
続けてもう一枚。コインに込めた魔力を解放し、自身の力に変えるガンスリンガーの技だ。
「『インクリージングアキュラシー』……!」
狙撃の命中率を高める銃士スキル。これまでの試し撃ちでも使ってこなかった強化スキルを惜しげもなく投入。また足元には既に空になった薬瓶も転がっている。
きり……!
G11ガンスリンガーの目が、音を立てて細まる。比喩ではない、本当に音を立てたのだ。
持てる力のすべてを費やし、人間を超越する。
「OK、いつでもいいさ、G1」
G11ガンスリンガーの隣、いつのまにか立っていたのはグラリスNo1、神眼のG1スナイパー。
左手には愛用の大弓、そして右手につがえた矢は……。
「ちょっと、それマジ?!」
G6じぷしーにイジられていたG2ハイウィザードが、再び目をむく。だが当然だ。
G1スナイパーが弓につがえた矢には、肝心の鏃がなかった。代わりに別の物がくくりつけられている。
巨銃エクソダスジョーカーXIIIの弾丸、その弾頭だった。
「それ、弓で撃つ気?! 本気で?!」
「G2、静かに」
G3プロフェッサーがたしなめる。
ぎり、り……!
飛行船『マグフォード』の甲板、その突先に陣取ったG1スナイパーが大弓を引き絞り、ぐい、と遥か天を指す。
恐らく人類史上、聖戦時代を含めても前例がないだろう、弓による超・超距離狙撃だ。
いつの間にか、飛行船の甲板を見渡せる窓に、若いカプラ嬢たちが鈴なりになって見つめている。危険だから席に座ってベルトを締めろ、と言われているはずだが、どうにも我慢できなかったらしい。
そもそも、彼女たちを率いるはずのディフォルテーNo1、D1さえ、その中に混じっているのだからお代はいらない。
今から起きる奇跡、それを見逃すことは、どうしてもできない。
ひょう……♪
口笛。
G1だ。
素朴といえば聞こえのいい、単調なメロディー。技巧もなく、リズムもバラバラだ。
それでも口笛は風に乗り、見渡す限りの青空と、所々に散った雲の中へと流れ、消えていく。
歌舞にかけては最強のはずのG6ジプシーでさえ、一瞬、自分の歌を忘れ、陶然と目を閉じる。
(さあ、この矢を届けた子に、口笛をあげよう)
G1の異能。
風が人に見えるという感能力が、空を吹き渡る風を目で捉える。
もちろん、風は人ではなく、口笛もなにも聴いてはいないし、G1の言うことを聞くわけでもない。
それは、彼女自身の感覚を高め、人を超えていくための儀式のようなものと思えばいいかもしれない。
(届けて、この矢を)
ふ!
自分でも気づかぬうちに、矢が弓を離れた。
だが敵までの距離は遠い。とても矢の勢いだけでは届かない。
(……まず、西向きの風が運ぶ)
G1の目が、矢を背中に乗せて飛翔する西風の姿を追う。
(邪魔が入る。北の風はいたずら者だ)
背中の矢を、北風の子供が振り落とす。見る間に高度が落ちていく。
「うわ……!」
見ていたG2が目を覆う。が、
(大丈夫、東の風は素直だ)
ひょう、と、落ちてくる矢を両手ですくい上げ、再び軌道に乗せるのは東風だ。
(でも、南風とのデートがある。矢は二人が出会うまで)
南風が吹き、東の風をさらっていく。
矢が手を離れ、落ちる。
「……10秒後に敵直上100メートル」
G1の唇が、奇跡の始まりを告げる。
「カウント、5、4、3……」
「『スネークアイ』」
G11ガンスリンガーが、最後のスキル名をつぶやく。
ばき、と音を立て、銃士の瞳が縦に割れる。蛇の眼。
トリガーが引かれる。
だぁん!!
巨銃が火を噴く。瞬間、
「よし」
神眼のG1スナイパーがうなずく。彼女には、もう分かるのだ。
飛翔する矢を、敵に撃ち落とされる前に、弾丸で狙撃する。
神業の中の神業が、見事成功したことが。
「全員、衝撃に備えて。中の娘たちも席について、ベルトを締めさない」
G3プロフェッサー。伝声管に吹き込む声は冷静、いっそ事務的ですらある。
「え、当たったの?」
きょとんとするG2ハイゥザードに、
「ああ。これからね」
G1スナイパーがうなずいて、G2の身体を子供のように抱え上げ、甲板に備えられた非常用の椅子に座らせ、ベルトでぐるぐる巻き。
「ちょ、お?!」
「杖を離さないように」
言いながら、自分は甲板のフックに自分の腰から伸びたベルトを引っ掛けただけ。
そして。
「命中(ヒット)」
甲板にひざまずいたG1が、小さくつぶやいた次の瞬間。
かっ!
空の真ん中に、光の地獄が出現した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
ヒゲの大統領が叫ぶ。そんなに何度も言わなくても分かる話だが、響きが気に入っているらしい。
ど、どぉん!
並列2門の主砲が火を吹き、自動人形の塊を吹き飛ばす。そこへG16自動人形の身体を借りたモーラが暴れ込み、突破口を開く。なお今のモーラはG16の身体を持つと同時に、ディフォルテーNo4すなわちD4のナンバーズでもある。
ややこしい。
ここは簡略に『モーラ』と呼ぶことにしよう。
「バドンの後ろへつけ! ちと煙いが、離れるな!」
「承知しました、閣下!」
ヒゲの大統領の指示に無代たちが従い、一団となって巨大な戦車の後ろへ固まる。確かに煙たい。戦車の排気ガスだ。
「若先生、せめてこれを」
呼吸器が弱い架綯のため、無代が清潔な手ぬぐいでマスクを作って着けてやる。棒付きのイグ種をくわえたままなら、多少は耐えられるだろう。
何よりも、無代の大きな手のひらが架綯の背中に添えられ、力強く撫でてくれる。だがそれは単純な保護や憐れみ、まして甘やかしではない。架綯を一人前の戦力として正しく整備し、その性能を最大限に発揮させるためだ。
限りなく優しく、そして容赦がない。
ざわ、と架綯の背中に痺れが走る。肌が、ひりひりと痛い。
傷つくことへの恐れと、戦いへの嫌悪、そして一人前の戦士として扱われたことへの喜び。とても一言で伝えきれる感覚ではない。
震え、立ちすくむのが当然。
「背負って差し上げましょうか、若先生」
見透かしたように、無代の提案。だが、
「……歩けます!」
泣きそうな声で、それでも架綯は言い放ち、足を前に出す。転げたってかまわない、どうせ無代が支えてくれる。
それが無代の仕事。
そして架綯には架綯の仕事がある。
「SPを補給できます。不慣れですが、言ってください!」
体内で無限に魔力を生成し、それを他者に供給できる教授=プロフェッサーの仕事は、戦場における魔力タンクだ。はなはだ心もとないタンクではあるが、それでも、
(僕は僕、一人しかいない)
架綯は歩き、そして呪文を唱える。魔力を回し、そして自動人形を味方に作り変える。
マスクの下にくわえたイグ種は、これで7個目……8……11個目。どんどん増える。体力と魔法で魔力を交換する術は、熟練者でも身体への負荷は大きい。
まして架綯、すでに発熱している。無代が足元の雪をすくって布に巻き、架綯の首筋と脇の下に巻きつけて冷やしてくれる。脳に回る太い血管を冷やすことで、脳そのものを熱から守るのだ。
どれだけ歩いたのか。いつしか周囲はトンネルに変わり、一つ目の角を曲がり、二つ目の角を曲がり、そして数がわからなくなる。
(暗い)
架綯の視界が狭まっていく。貧血を起こしかけている。
どおん、どおん!
バドンの大砲の音。
ざりざりざりざり。
キャタピラの音。
がおお! がおおおお!!
エンジンの音。
がき、どがばきぐしゃ!
戦いの音。
せんせい、わかせんせい!
無代の声。
無代の……
「若先生! 口を開けて!」
耳元で叫ばれ、無意識に呪文を唱え続ける口に指を突っ込まれる。無意識に噛む。
「いっ……先生! 飲んで!」
指の間から、冷たくて甘い液体が流し込まれる。かっ、と喉が焼ける。ハチミツ入りの水、おそらくウイスキー添加。
「ん……ごく」
甘い。喉が焼ける。そして鉄の味。噛みついた指から流れる、無代の血。
ずる、と指が抜かれ、そして飲んだ水が全身に回る。治癒魔法の効果だ。じん、と身体がしびれ、貧血状態が強制的に解除される。
「先生、息を吸って!」
「は……あ!」
冷たい空気をいっぱいに吸い込む。追加の水を含まされ、さらに飲み下す。
「上へ出ます。若先生、息を整えて」
無代の手が背中を撫でる。
「この先は坂です。無代が背負います」
反論する暇すらない。あっという間に無代の背中に背負われ、背中と足を紐で固定される。
「苦しくはございませんか。今のうちに、少しでも体力を回復して下さいませ」
言いながら、無代が戦車の後から坂を登り始める。
急な坂は、貯雪槽とトンネルを保持するための重機を地下に運ぶ穴だ。
がおお! がおおおおお!
がりがりがりがり!
戦車・バドンが力強く坂を登る。凄まじい排気の煙が、マスクをした架綯の喉さえ侵す。
「もう少しでございます!」
だが架綯を背負った無代はまるで平気。広い背中、そして力強い足取りで、架綯を上へ、上へと運んでくれる。
そして光。
強くなる。
太陽の光。
空中都市ジュノーの空。
そこは今、まさに戦場だった。
「マグフォード!!」
無代が叫ぶ。
飛行船マグフォード。無代たちの希望を乗せた船。
「セロ……!」
ヒゲの大統領がつぶやく。
飛行船マグフォード、そして飛空戦艦セロ。
二つの飛行機械の死闘が、ついに決着の時を迎えていた。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
ひゅ!
G16自動人形が両膝を落とし、右掌を前下方へ、そして左拳を腰に密着させる。
『フェリオチャギの構え』。
フェリオチャギ、通称は『旋風蹴り』。
び、ひょお!!
G16の右足が、左足を軸にして高速回転する。
グラリスが本気で戦う時にのみ着用を許される『重任務仕様』のカプラ服は、スカートが邪魔にならないようスリット入り。人造物とは信じられない滑らかな、そして伸びやかな脚線と、清楚な下着の白色までが、見るものの目に焼きつく。
ひゅばっ!
回転と同時に、G16の体内に召喚された霊物質・エクトプラズムがほとばしり、周囲の大気を円形の刃に変える。
ばぁん!
G16に詰め寄ろうとした自動人形たちが、まとめて激しいダメージを受けて吹っ飛ぶ。
瞬間、G16は次の構え。腰を高くすっくと伸ばし、右掌を正面、左拳を腰へ。
『ネリョチャギの構え』。ネリョチャギ、いやこれは『かかと落とし』と言った方が断然、通りがいいだろう。
ふ!
G16の見事な脚線が振り上げられ、ほとんど垂直に天を指す。そこへ敵!
ふっ!
天を指したG16の足先が一瞬、人間の動体視力を上回り、消える。
ごっ!
G16に襲い掛かった敵が、まるで不思議さに首を傾げるようなポーズで、地面へ垂直に崩れ落ちる。敵の真上から打撃を与え、同時に敵の体幹へ闘気を叩き込むことで、相手を短時間、マヒ状態に追い込む。
がっ!
そこへもう一撃、今度こそ自動人形の首がへし折れる。
さらに次の構え。両足前後に開き、軽く腰を落とす。右掌を正面、逆に左手のひらは後方へ大きく開く。
『トルリョチャギの構え』。
トルリョチャギ、回転蹴りだ。
ネリョチャギとは違い、やや斜め上に流すように足を振り上げ、
ふひゅっ!
右から襲ってくる敵の顎を、斜め下へ刈り取るように蹴り下げる。
ぎゅ、ん!
G16のかかとから、敵の体幹へ大量の霊物質が流れ込み、背骨を中心に斜めのきりもみ回転。同時に、周囲に群がっていた仲間の自動人形をローラーのように巻き込みながら爆発、四散する。
ただの物理的な蹴りではない、敵の身体そのものを爆弾と化す『術』だ。
この世界に数ある職業の中でも、最も不可思議でユニークな職業といえば、モーラたち『拳聖』だろう。ほとんど手を使わず、足の蹴りだけで戦う格闘職『テコンキッド』が、その格闘術を神秘のレベルまで高めたのが『拳聖』とされる。
……とはいえその実態は、格闘職というよりもむしろ魔法職に近い。
マジシャンやウィザードは、呪文や魔法陣を使って霊物質・エクトプラズムを召喚し、『燃焼という現象』や『凍結という現象』を再現する。
対して拳聖は、その肉体の内部に霊物質を召喚・蓄積し、それを使って『打撃という現象』を再現する。
よって拳聖が放出する霊物質を浴びた者は、実際には蹴られていないのに、まるで蹴りを食らったような現象を受け、倒れる。あるいは体内に『蹴られた』という事実だけを再現され、爆発四散する。
『敵を物理破壊する魔法の化身』、とでもいうべきか。
きわめて習得が難しく、高レベルとなると数えるほどしかいないとされる拳聖の、それが正体だ。自動人形であるG16の打撃も、霊物質の召喚を伴うことで拳聖の技を再現できる。
G16の攻撃を受け、敵の陣形、というより『群れ』の一角が崩壊した。
かぁん!
G16のヒールが高らかに雪の床を打ち、長身に作られた人造のボディを前進加速。高速移動スキル『タイリギ』。
今や美しい凶器と化した両足を、まるでナイフのように閃かせ、乱れた敵の群に突進。そして敵の直前で床を踏み切る。
ど! ……っかあん!
『ティオアプチャギ』、目にも止まらぬ飛び蹴りが炸裂、膨大な量の霊物質が周囲にばら巻かれる。まるでビーズをぶち撒けた机を、巨大なハンマーでぶっ叩いたような有様だ。敵が吹っ飛び、そして敵の群れ全体が激しく動揺する。
ひょう!
G16が再び、戦車・バドンの正面に戻ってくる。正面を見据える横顔は美しいが、無表情。そして、
こき。
無表情のまま、首を右に。
こき、こき。
続いて首を左右に。
くい、くいっ!
両手を振り上げ、振り下ろす。そうして次々、全身の関節を動かしていく。まるで『自分の身体の動かし方を確認している』ようだ。
不恰好なラジオ体操、だがもちろん音楽なし。
そして無表情。
だが、その姿を最初は呆気にとられ、そして今は妙に真剣に見つめていた無代が、ぽつりと口を開いた。
「……モーラ?」
ぴく、と、その言葉にG16が反応する。正面を見つめていた無表情の美貌が、くるり、と後ろを振り返る。
「やっぱり、モーラなのか? 」
短い間、恋人だったカプラ嬢。ディフォルテーNo4を持つカプラナンバーズ。
彼女と無代は、カプラ社の正義を裏切ったアイダ専務の陰謀の下、共に捕らわれ、そしてモーラの身体は『BOT』に堕とされた。
拳聖として鍛え上げられたその身体に、無代は一度叩きのめされ、そして浮遊岩塊イトカワへと送り込まれたのだ。
あの時の蹴りは、魂の籠もらぬ『BOT』の蹴りだった。そして今は、肉体を人形に変えた蹴り。どちらもモーラその人のものとはいえない。
それでも、目の前の女性を『彼女』と見抜いた。
『人を見る目』において並ぶものなし、と言われた瑞波の無代らしいといえば、実に『らしい』話だ。
「モーラ、お前……あ痛ぇっ!」
思わずG16=モーラに駆け寄ろうとした無代が、見事に後ろへずっこける。
無代の襟首を、いつのまにか飛来した武装鷹・灰雷がくちばしでがきっ、とくわえたのだ。
「痛ってえ……おい、なにすんだ灰雷、って痛ぇ!!」
鷹相手に猛然と抗議しようとした無代に、再び灰雷のくちばし。おでこを正面からげしっ、と突かれた。もちろん対人・対物用の重装備に換装した灰雷が本気で突いたなら、無代の頭などスイカか、下手をすれば水風船のように破裂して即死だろう。無代が『痛い』で済んでいるのは、よほど手加減している証拠だ。
とはいえ、この幕間狂言のおかげで、無代とG16=モーラの感動の再会は水入りとなる。
「来るぞ!」
戦車の上から、ヒゲの大統領が警告。戦車の砲塔を巡らせ、敵を照準する。大統領親衛の兵士たちも、それぞれモーラを中心にポジションを取る。
細かい事情はともかく、モーラという強力な前衛を得たことで、陣営の立て直しができた。
「も、モーラ! お前が来たってことは、『マグフォード』も来てるのか!?」
無代が叫ぶ。
「……まだ」
正面を向いたまま、モーラの答えは短い。しかも不明瞭だ。『まだ』が『みゃあだ』に聞こえる。人形の発声器官に、まだ慣れていないのだろう。
「まだ?!」
「先に飛んで来た」
「飛んで?!」
「『融合』」
「飛べんの?! 融合で?!」
簡潔に説明しているつもりで、簡潔すぎて分かりにくい。
拳聖には『太陽と月と星の融合』というスキルが存在する。魂術士・ソウルリンカーによって『拳聖の魂』を付与された状態でのみ使用可能な『浮遊戦闘技』だ。
この状態になると、およそ10分ほどの間、空中をふわふわと浮遊しながら戦うことが可能になる……が、あくまで『浮遊』であって『飛行』ではない。
原理としては、体内に蓄積した霊物質をわずかずつ放出させ、『地面を蹴るという現象』を細かく何度も再生することで『浮いているように見える』だけだ。
そもそも拳聖が飛べるのならば、浮遊岩塊イトカワからの脱出も簡単だった。ちなみに『融合』の状態でイトカワから落ちれば、真っ逆さまに地上へ落下する。地面を『蹴る』には、距離が遠すぎるのだ。一応、地面に落ちる寸前で若干のブレーキがかかるものの、そのまま激突して死亡する。いくら頑丈なG16自動人形のボディでも粉々だろう。
「説明は後」
「お、おう……で、『マグフォード』は無事なんだな?! カプラのみんなを連れて、ジュノーへ戻って来るんだな!?」
無代の質問は、ほとんど祈りにも似ていただろう。彼自身、それを信じてはいても、決して確証はなかったのだ。
「もちろん」
『もちろん』は『もてろん』。モーラ、だいぶ発音に慣れてきた。
「マグフォードが来る! 帰って来る! やりましたよ大統領閣下! 皆様!」
「うむ!」
もう手放しではしゃいでいる、といっても過言ではない無代の様子に、ヒゲの大統領以下、仲間たちも相好を崩す。
「よし、いずれにしても、もはや逃げ隠れできる状況ではない。このまま地上に出て『ユミルの心臓』を目指す!」
ヒゲの大統領が決断を下す。確かに、ここに自動人形の軍団が送り込まれた以上、地上のレジスタンスに見つかるのも時間の問題だ。
見つかれば当然、飛空戦艦セロの攻撃を受けるだろうが、そこは『マグフォード』とカプラ嬢たちを頼むしかない。
一か八か。
生来の戦人(イクサビト)である一条家の人間がいたら、目を覆うような博打戦法、下手をすれば特攻・玉砕戦法でもあるだろう。
だが今、彼らに取るべき選択肢はほとんどない。
「行きましょう、閣下」
無代が起き上がる。今まで無代の襟をくわえたままだった武装鷹・灰雷が翼を打ち、宙へと舞い上がる。
「うむ、行こう! 機甲、前進!」
轟、とエンジンの音。がりり、とキャタピラの音。わずかな反抗勢力が、空中都市奪還へ動き出した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
架綯は小さくなったまま。
ジュノーのセージキャッスル・賢者の塔には、誰でも使える巨大な伝言掲示板があることで有名だ。
この掲示板は、単純に誰かに伝言を残すだけではなく、不特定多数の研究者に対し広く知識を集めたり、問題の解決を依頼したりもできる。
つまりは現代、インターネット上にある巨大掲示板とよく似た使い方ができるのだ。ちなみに、よほどの内容でない限り報酬や対価も不要。そこは世界中の魔法に関わる術者からの寄付金や、大国が拠出する莫大な補助金が流れ込むセージキャッスルだけに、賢者たちは基本、給料以外の報酬を受け取らない。
その掲示板に『以下の圧縮スクロール術式に対し、外部から接続・改変・操作が可能な術式の構築』を依頼する張り紙が出されたのが先月。そして翌日には、もう架綯による回答の張り紙が、その上に重ねて貼られていた。
目の前に術式が提示されれば即座に手を伸ばし、解析し、最適化し、任意に改変する。『呪文摘み(スペルピッカー)』こと架綯にとっては、ほとんど無意識の行動だった。
逆に架綯先生、術式の使用目的などには、とんと興味がない。
ましてそれがこんな風に悪用され、しかも自分たちを危機にさらすなど、まるで想像の範囲外だった、というわけだ。
「若先生は、ご自分の御価値というものを、もう少し真剣に評価なさった方がよろしゅうございますね」
無代が苦笑しながら、大きな手で架綯のどんぐり色の髪をぐりぐり。
「はいぃ……」
架綯。力あるものが自分の振るう力に対し、無関心・無自覚であるほど恐ろしく、また危険なことはない。
「で、ということは若先生。あれをどうにかできるのでは?」
「はい……?」
無代の質問に、架綯がきょとん、とした顔を返す。言われたそばから無自覚なのが架綯らしい。
「あの人形が、若先生の仕事で動いたなら、若先生がなんとかできるのでは?」
「あ……?!で、できます! できます!」
噛んで含めるように言われ、やっとつながった。
「無代さん、人形を捕まえて下さい! 1体でいいです!」
「また無茶を……!」
なんとかしろ、と言ったのは無代だが、自動人形は無代より遥かに強力な敵。倒すことも、まして捕まえろなどと無茶ぶりもいいところ。
だが、そこへ助け舟。
「『ストームガスト』!」
轟っ!
大統領親衛のハイウィザードが、大雪嵐の魔法を発動。ちょうど真横から無代たちに接近していた自動人形が数体、極低温に巻き込まれて凍結する。
「今だ!」
「ありがとう存じます!」
無代がハイウィザードの支援に一礼、架綯を連れて走る。霊物質・エクトプラズムの氷に閉じ込められた自動人形。
「接続(アクセス)……!」
架綯が自動人形の背中に手をかざす。同時に、
ぶわあっ!!
人形の背中から、半透明に輝く無数の魔法陣が、まるで爆発したような勢いで一斉に展開する。
「うわ!?」
未知の事態に、ハート財団のぎした地はもちろん、無代でさえ一瞬、仰け反った。人間を超える性能を与えらえた自動人形だけに、それを制御するための魔法術式も当然、膨大なものになる。
それを巻物(スクロール)の中に超圧縮状態で収納し、自動人形に内蔵する技術こそ、キル・ハイルという狂気の技師が成し遂げた『仕事』の根幹だ。
架綯は、その膨大な制御術s機を仮想の魔術空間内へ、無造作にぶちまけた。もしキル・ハイル本人が見たら卒倒しそうな光景だ。
たとえばそれは、銃弾が飛び交う戦場のど真ん中で、コンピューターを分解して地べたに広げるような行為だ。しかも図面もなにもなく、ネジから集積回路の一つまでバラバラにしてぶち撒けた。もうそれは『分解』とかいうレベルではなく、単純に『破壊』と表現した方が正しいだろう。
圧縮スクロールに納められた魔法術式を、固定の魔方陣もなにもない屋外で全展開するとは、そういうことだ。展開したとして、絶対に元には戻せないし、まして改造など不可能。
『呪文摘み(スペルピッカー)』・架綯を除いては。
あらゆる魔法呪文・術式を、概念(コンセプト)ではなく物体(オブジェクト)として、自分の『手』で直接操作できる反則級の異能。
「こうして……こっちだ!」
何かをぶつぶつとつぶやきながら、細い両手の指であっちを摘み、こっちを切り離し、こっちと結ぶ。時々、自分の手の甲をしゅっ、と指でこすり、そこから新しい術式を引き出す。呪文を制御するための『工具』や『金具』、『接着剤』にあたる術式を、皮下に仕込んだ魔方陣に収納してあるのだ。
こうして仕事に夢中になっている時は架綯、さすが放浪の賢者・翠嶺に認められた一人前の術者の顔。
「……できた!」
架綯が全ての術式を、『まるで魔法のように』自動人形へと収納した、ちょうどその瞬間。
バリバリ!! ばあん!!
霊物質の氷が砕け、閉じ込められていた自動人形たちが動き出す。架綯が『摘まんだ』人形だけではない、他の人形も真円の目を不気味に光らせ、かぁんと革靴の底を鳴らす。
「若先生、離れて!」
無代が後ろから、架綯の教授服の襟を掴んでぐい、と引っ張る。
「ぐぇ?!」
壊れた人形のように四肢をバタつかせる架綯、その胸元へ戦爪。間に合わない!
ぶん!
だが空振り。
がぎぃん!
架綯を狙った自動人形、その顔面に、別の人形の戦爪がまともに食い込み、前進を阻んだ。
ばちぃ! じゅん!
顔面を砕かれた自動人形の頭部に火花が走り、がくん、と全身の力が抜ける。
ばん!!
さらにもう1体。破壊された人形の脇を通り抜け、架綯たちに襲いかかろうとした人形が、脇腹を真横から蹴り上げられ、いびつなブーメランの形になってすっ飛ぶ。
がつん!
蹴った足を地面の雪へ下さず、そのまま空中で翻し、もう1体の顎の下へ。
ばきばきぶち!
顎を蹴り上げられた人形の首が折れ、内部の人工筋肉と配線が、ちぎれた皮膚の下からブチブチとはみ出す。
「おお?!」
そこでやっと、人間たちが反応した。
「若先生、あれは?!」
「げほ、無代さん……離して」
「あ、これは申し訳ないことを」
襟をつかまれたままだった架綯が、無代の手にすがって苦しそうに体を起こす。
「どうぞ、若先生」
無代が手渡したのは棒付きキャンディー、ではなく、回復剤である『イグドラシルの種』に小さな棒を刺したもの。
呼吸器の弱った『天井裏の魔王』が愛用し、そして今は架綯の愛用品となった回復アイテムだ。
「もご……。人形の『敵味方判定』を書き換えました。僕らではなく、人形を攻撃します」
がきょん!
また1体、背中から戦爪を突き立てられて停止する。架綯が摘まんだ人形は、まだ他の人形が『敵』と認識していないらしく、やりたい放題だ。
「よし、あれをもっと作りましょう!」
「っても、あんまり余裕ないぞ!」
無代に叫んだのは親衛のハイウィザードだ。事実、自動人形の数は増える一方で、すでに100、いや200は軽く超えている。もはや、どうやっても捌ける数ではない。
1体、そしてもう1体の人形を味方にしたところで、潮目が変わった。今まで架綯の人形を無視していた敵が、反撃しはじめた。
「『敵』認識されたみたいです」
架綯が苦い顔。こうなると数の暴力、人形はたちまち人形に取り囲まれ、バラバラに破壊されていく。
「壁まで下がれ! バドンの陰に入るんだ!」
大統領の号令一下、戦車・バドンと一緒に、全員が走る。巨大な貯雪槽の端、岩盤がむき出しの壁に張り付くと、その前に戦車が停止、左右を大統領親衛が固める。
架綯が摘まんだ人形たちは、まだ戦っているのかどうか、敵の集団の中に埋もれてわからない。
「もう1体!」
「無理だ! 隠れてろ!」
大統領親衛の声も必死だ。もはや無代たちのリクエストに応じる余裕はない。この間にも敵の数は増え続けている。実際、あと1体や2体、味方の人形があったところで、焼け石に水だろう。
「くそ……ん?」
戦車の中から、ヒゲの大統領がひょい、と首を出した。手には双眼鏡。
「どうなさいました、閣下?」
「……」
無代が戦車の後方から尋ねるが、返事はない。
「閣下?」
「敵がこちらを襲ってこない。戦っているようだ」
「若先生の人形が?」
大統領の言葉に、無代が戦車によじ登り、敵を透かし見る。貯雪槽の中は暗く、少しでも離れるともう暗闇だ。
「投光器!」
かっ!
目もくらむ光の帯が、戦車から伸びる。その先。
がぁん!
1体の自動人形の首がちぎれ、遥か天井に届くほど高い放物線を描くと、
どん!
無代たちの眼前に落下した。下顎が上顎に完全にめり込み、首の人口骨がぐしゃぐしゃに引きちぎられている。
「?!」
無代たちが目をむく。そこへ、
がしゃあん!!
今度は人形の全身が吹っ飛んできて、戦車の脇腹に激突。両手と両足が、ちょうど『卍』の形のようにひしゃげ、
どしゃん!
戦車の側壁から雪の上に、ちょうど『逆卍』の形に落下して止まる。動かない。完全に壊れている。
「これ……若先生の人形が?」
「……いや」
無代の質問に、双眼鏡を食い入るようにのぞきこんでいた大統領が首を振る。
「あれは……あれは?!」
があん! がん! がん!
再び、いや三度、四度、『卍』型の人形が戦車に叩きつけられ、雪の上に積み重なる。その胸に刻まれた、くっきりとした靴の跡。
女生徒の革靴とは違う、ヒールのある靴だ。
キル・ハイル学園の自動人形ではない。
ひゅん!
自動人形の集団の中心から、何から飛んだ。素晴らしく高い放物線は、跳躍スキル『ノピティギ』。
すとん!
無代たちの前に立ったのは、すらりとした長身に、赤銅色に染められた髪と眼鏡、そしてカプラ服。
「……グラリス?!」
無代がつぶやく。
「G16!」
ヒゲの大統領が叫ぶ。
16番目の、最後のグラリス。
そしてキル・ハイルの闇が産んだ最後の、最高の人形が今、血の繋がらぬ姉妹たちと相対したのだ。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
それはハート財団のみならず、シュバルツバルドの職人・技術者にとって、まさに悪夢の別名だ。
まずもって、自分の持つ技術を己の欲望のためにだけ使う、これがいけない。
先人から継承した技術は、自分だけのものではない。いや、たとえそれが自分で開発した技術だとしても同じだ。
技術とは、社会に役立てるためにある。
これは民主国家であると同時に、世界有数の技術立国であるシュバルツバルド共和国の国是でもあるのだ。
だが、キル・ハイルという男は違った。
意中の女性を手に入れたい、他の男に渡したくないという邪念の一心で、己の技術を売り渡すことも、犯罪に手を染めることすらいとわなかった。
シュバルツバルドの職人・技術者にとって許しがたい。
怒りがある。
と同時にもう一つ、そこに『羨望』があることも否定できない。
職人・技術者ならば誰でも、他人の仕事を見て、それを己の仕事と比べることをやめられないものだ。ほとんど本能のようなものといってもいいだろう。
その彼らがキル・ハイルの『仕事』を見れば、どうしても分かってしまうのだ。
自分が及びもつかない、超高度の技術。
そこに至るまでの、気の遠くなるような研鑽と試行錯誤。
それを乗り越える精神力。
執念。
たとえそれが、邪な情念に支えられたものであったとしても、成し遂げた『仕事』のレベルの高さは否定しようもない。
(悔しいが、凄え)
そう思わないわけにはいかない。
そして今、その恐るべき『仕事』が、群れとなって襲いかかってくる。それは二重の意味での絶望を意味する。
「キル・ハイルの亡霊!」
彼らがそう呼ぶ自動人形が、貯雪のトンネルを次々にくぐり抜けてくる。
青を基調とした女学院の制服と、真っ白なニーハイソックスに黒い革靴。いずれもキル・ハイルが人形量産の隠れ蓑とした学園のものだ。
本来なら、明るい春の日差しと、爽やかな風の中でこそ映える装いのはずが、今は雪解けの泥水で汚れ、頭にかぶるはずの青色のベレー帽も、とうにどこかにすっ飛んでいる。
黒灰色の髪はざんばら。
まぶたの存在を忘れたかのように見開かれた目は、人間離れした真円。
両袖に咲いた花弁のようなフリルは、指が変形した戦爪によって内側から、無残にもズダボロに切り裂かれている。
かんっ!
伸びやかな足先で、革靴が雪を蹴る。
かかかん、かん!
トンネルから雪に着地した人形たちが、次々に革靴を鳴らす。
自然で美しい、しかし強靭無比な機動。その二律背反こそ技術の粋と、技術者たちは知っている。
畏怖する。
「うぉおおお!」
大統領親衛のロードナイトたちが、騎鳥に飛び乗って迎撃開始。槍と剣、武器こそ違え、そこは精鋭。
ばん! ばつん!
たちまち1対の人形が脳天を貫かれ、もう1体が胴体を袈裟懸けに両断される。と、同時に後方のハイプリーストからの支援魔法が2人を包み、半瞬遅れてハイウィザードの大魔法。
「『ストームガスト』!!」
ばきん!
魔法で召喚された霊物質・エクトプラズムが、『極低温という現象を再現』しながら、綺麗な1列の発動線を作り上げる。そして次の瞬間、
ばきばきばき!!!
超低温の列は地面を南西から北東へ、大陸を押し渡る寒冷前線のように発動線を移動させていく。
ばりばりばり!!!
冷気に巻き込まれた自動人形が氷結し、北東方向へみりみりと押し込まれていく。見開かれたまま瞬きもしない目が、ばちん、ばちんとショート光を放つ。
「うりゃ!!」
ロードナイトの剣が閃き、氷ごと人形を両断。もう1体も槍で、床の雪へと縫い止められ動かなくなる。
だが。
「ダメだ、こいつら喰い切れん!」
大統領親衛のハイウィザードがうめく。人形の集団を冷気に巻き込んで、しかし凍ったのは半数に満たない。霊物質による現象再現、この場合は超低温をキャンセルされたのだ。高レベルのモンスターや、人間でも修練を積んだ冒険者相手ならば起こりうる現象。
「これがキル・ハイルの亡霊か!」
シュバルバルド山脈の奥深く、彼らの学園に乗り込んだ軍部隊が、ほとんど打つ手もなく全滅させられたのも無理はない。
限りなく人間に近い人形を指向したキル・ハイルの手は、いつか人間をはるかに超えた存在を作り出した。
「退がれ!」
戦車・バドンの拡声器から声。ヒゲの大統領。親衛隊が即座に現場を離脱。
「……!」
どぅん!!
バドンが備える2門の主砲、その片方から砲撃。冷気の渦を抜け出した人形に、砲弾の一撃が襲いかかる。
ばきばき!!!
前後になった2体の人形に直撃、粉砕。両脇にいた1体も巻き添えで半身を砕かれ、さらに2対が腕やら足やらをもぎ取られる。さすがの破壊力。
「いかん……数が多すぎる!」
しかし、大統領はうめく。
トンネルを抜けてくる人形の数が止まらない。まるで獲物に群がるアリのように無感動に、そして無慈悲に。
かか……かか……かかん!!
雪を蹴る革靴の音が無数に反響し、それだけでこちらの精神までおしつぶされそうになる。
「退け! 20メートル!」
大統領の指示。
がじじじじじ、と、バドンのキャタピラーが雪を蹴る。両翼に詰めた親衛隊たちもすばやく後退。ハート財団の技術者や無代たちも、すでに一団となって後退中だ。
そして空いた空間に、アリたちが詰め………
ばぁん!!!
突然、床の雪が爆発。前進してきた人形のスカートがめくれ上がる。もちろん、淫らな妄想などしている暇はない。爆風と炎が下半身から上半身へ、そしてざんばらの髪まで覆い尽くし、一瞬でまだらの炭となって崩れ落ちる。
弓師スキル『クレイモアトラップ』
召喚した霊物質に、火属性の爆発術式を仕込んで地面に設置する。いわゆる『地雷』だ。
カプラ公安、エスナ・リーベルトの『仕事』である。
ば、ば、ばばばばあん!!!!
地雷の連続発動。親衛隊と戦車が人形と交戦している隙に、後方の雪中へ地雷を仕込んで回っていた。
そして今も、
「無代、そこどいて」
「あ、申し訳ございま……」
「どいて!」
戦車のさらに後方、無代をどつく勢いで、新たな地雷原を敷設中だ。
「カール、OKよ!」
「後退、20メートル!」
再び地雷原。
「くそ、全然減らん!」
イナバが歯噛みする。
「こんな人形、どこから……!?」
「キル・ハイル学園だろう」
戦車の中から大統領。
「レジスタンスのヤツら、あそこに封印した人形を、どうにかして制御する方法を見つけたんだ。そして私たちを見つけ出すために、地下に放った」
複雑怪奇なジュノー地下の貯雪路を、人間の手で捜索するのは人手がかかりすぎる。レジスタンス組織も、もともと人数そのものは多くない。
「あの……ごめんなさい」
そこに小さな声を挟んだのは架綯だ。
「それ、ボクです。人形の圧縮スクロールに、外部からハッキングして操作する術式を……」
「……?!」
「その、こんなことに使われるとは思わなくて……ごめんなさいっ!」
無代のそばで小さくなった架綯を、全員がなんとも言えない顔で見たものだった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「仕事だ、かかれ!」
雇用主となった架綯の号令一下、イナバたちハート財団の技師たちが一斉に戦車・バドンの整備に戻る。
速い。
今までだって相当に迅速な仕事ぶりだったが、彼らにとってはそれすら『手抜き』だったとはっきりわかる。ボルトを締める速度、複数の工具を持ち替える手際、慣れない人間が見れば、ほとんど何をしているのかさえわかるまい。
「15分で仕上げる。……大統領閣下野郎を呼んできな」
イナバがキャタピラーの点検をしながら、背中で無代をうながす。
「承知いたしました」
無代もグダグダ言わず、即座に背を返して走る。
「本当かね、無代くん?! 彼らが力を貸してくれると?!」
無代の報告を受けた大統領が、まん丸な目を余計に丸くしたのも無理はない。
これまで口をきくのはおろか、
『同じ空気を吸うのも忌々しい』
と距離を取られていた相手が、いきなり一緒に戦うことを承知した、と言われても信じられなくて当然だろう。
無代も彼の困惑を理解した上で、これまでの経緯を説明し、
「もちろん、だからといって『許された』わけではございません」
「……わかっている。二度と許してはもらえないだろうし、そもそも、許してもらおうとも思っていないよ」
大統領も神妙だ。
「私は、ただ行動する。無代くん、君の流儀でいうなら『仕事』をするよ」
まん丸い髭面を引き締める。
「今度こそ、大統領の仕事を全うする。そのつもりだ」
大統領とハート財団、ジュノーに残された2つの勢力が合流した。が、その数は少ない。戦力といえば戦車が1台。大統領親衛の貴騎士・ロードナイトが2人、に騎鳥ペコペコが2羽。上僧正・ハイプリーストと優魔術師・ハイウィザードが1人ずつ。
これに武装鷹・灰雷を加えたものが、ほぼ全戦力というありさまだ。
カプラ公安のエスナ・リーベルトが上弓師・スナイパーであるらしいが、彼女が弓らしいものを持っているのを無代は見たことがないし、本来は上級戦闘職である教授・プロフェッサーの架綯も、まるで戦闘向きではない。
大統領本人やハート財団の技師たちも、それぞれ職業は持っているが、まったく戦闘経験がなく、これなら無代の方がまだマシというレベル。
飛空戦艦『セロ』を有するレジスタンス勢に対抗するには、はなはだ心もとない。
「それでも、やらねばなりません」
無代が宣言する。
「あと1時間もすれば、飛行船『マグフォード』がジュノーに帰還いたします。それと同時に行動を起こせば、チャンスはある」
というか、それ以外にチャンスはない、というのが正しいことは、全員が知っている。
「とはいえ、どうする。まず『ユミルの心臓』はソロモン岩塊。ここはミネタ岩塊だ」
イナバの質問は根本的なものだ。
シュバルツバルドの首都・空中都市ジュノーは、3つの超巨大岩塊を連結して構成されている。
政府庁舎やセージキャッスルなど首都機能を象徴する施設がある『ソロモン』。
共和国図書館、シュバイチェル魔法アカデミーなど研究・教育機関が集まる『ハデス』。そしてジュノー国際空港を擁し、一般市街地が広がる最大の岩塊『ミネタ』だ。
飛行船『マグフォード』を降りた無代は、まずミネタ岩塊に降り立ち、カプラ社の女子寮に忍び込んだ。そして武装鷹・灰雷の助けを得て、ハデス岩塊に囚われていた架綯を救い出し、ミネタ岩塊に戻って、今に至っている。
「ロープ1本でジュノーの三大岩塊を飛び歩くたあ、大したもんだが、俺たちも同じことをするのかい?」
イナバはぞっとしない顔。
「左様でございますねえ……ソロモン岩塊へ渡る橋は当然、閉鎖されておりますね?」
「もちろんだ」
大統領が渋い顔をする。
「私たちは、緊急脱出用の小型気球でソロモン岩塊を脱出してきたのだが、それも破壊されてしまった」
政府政庁から脱出した大統領一行は、地下に隠された緊急用の小型気球に乗り込み、ミネタ岩塊へと繋がれたワイヤーをたぐって脱出した。しかしこの非常装置も、使用後に敵に気づかれ、飛空戦艦『セロ』の攻撃を受けて破壊されている。
「なら、また灰雷に頼むしかございませんね」
大統領の言葉に、無代がうなずく。
灰雷にロープを渡してもらい、パラシュート付きの空中ブランコで岩塊を渡る。無代が架綯を連れ、ハデス岩塊を脱出した時の手だ。
「しかし今度は敵も警戒している。斥候の報告では、ソロモン岩塊の縁の警備が増えているそうだ。上手くいくかどうか」
大統領は難しい顔。
だが、その時だった。
ばぁん ばばばぁん!!!
巨大な貯雪槽に、爆発音が響いた。
「?!」
「カール、5番に敵!」
エスナが叫びながら、貯雪槽につながるトンネルの一つを指差す。そこから煙。爆発はその奥だ。その爆発音でわかった。弓師が使うスキル、『罠(トラップ)』の起動音。
エスナは弓を使わない、『罠師』だ。仕掛けた罠は、警報も兼ねていたのだろう。
「バドン起動、砲撃用意!」
大統領の指示一下、大統領親衛の戦車兵がバドンに乗り込む。そして大統領自身も。
彼が戦車・バドンの戦車長なのだ。
がおん!!
双頭戦車・バドンのエンジンが起動。がじがじがじ、とキャタピラーが雪を削り、戦車の方向を変える。
2つの砲塔が、煙を吐くトンネルを捉える。
だが。
ぴいっ!!
武装鷹・灰雷の警報。すでにバドンから飛び上がった彼女は、貯雪槽の天井近くを舞いながら周囲を警戒していた。
「トンネル……あっちも、こっちからも!」
ばぁん! ばぁん!!
貯雪槽につながる無数のトンネルから次々に爆発音と煙。そしてそれを蹴散らすように、何かが貯雪槽へと突入してくる。
「あれは……人形だ! 自動人形(オートマタ)!!」
イナバが叫ぶ。
「キル・ハイルの亡霊だ!」
祖国が生んだ狂気の人形たちが今、無代たちに襲いかかる。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
ばさり!
巨大な羽を打って旋回したのは武装鷹・灰雷だ。今や全身に対人・対物用の重武装をまとった彼女もまた無代と、架綯と共に戦うつもりなのだ。
「どうかしてるぜ、手前え……」
イナバが毒を吐いたが、その言葉は明らかに、迫力に欠けていた。
「まさか『神様の声が聞こえる』、ってクチかよ」
狂人、そうとでも扱わなければ、収まりどころがない。だが残念、瑞波の無代はいたって、誰よりも正気だ。
「神様と申される御方は、いささか遠くにおられるご様子で」
無代は笑う。
神様というヤツの声も、そしてその手も、人のもとへ届くには、いつだって遅すぎる。
「手前に聞こえます声は神にあらず、アーレィ・バークの声」
『必ず帰る』、その約束。
「D1の声」
『もう泣かない』、その誓い。
「架綯先生の声」
『俺はもう、ガキじゃない』、その叫び。
「そして翠玲先生のお声」
言葉にはならず、しかし確かな師弟の契り。
「神でなく、人。手前がこの目で見、この耳で聞いて『よし』と信じた皆様の声こそ、天の声にございます」
無代は、だから揺るがない。
誰に雇われたというなら、それらすべての人々に、自分は雇われた。思えばプロンテラの宿屋で腐りきっていたあの日から、どれほどの声に、人に雇われてきたか。
だから、もう迷わない。
(畜生……!)
イナバは、腹の中で唸り声を上げていた。。認めがたいことだが、この百戦錬磨の熟練技術者をして、無代という青年に『嫉妬』したのだ。
この先に待つ困難を、事もあろうに『仕事』と、そして、それを『天から請け負った』と言い放つ。
『男子一生の仕事』を得て、その道を迷いなく突き進む。
職人ならば、男ならば。いや人間ならば、誰もが一度は憧れる。
イナバとて、それは同じなのだ。
「ところでイナバ様。この仕事、募集人数に限りはございません」
無代がにこり、と、またひと笑い。
「ひょっとして今、お手隙ではございませんか?」
なら、アンタも一口乗らないか。誘う無代の言葉は回りくどいが、もはや駆け引きはない。自分の言葉がイナバに、そしてハート財団の職人たちに響いている。無代にはそのことが、はっきりとわかっている。
そう、無代にはわかるのだ。
『行くべき道を求め、さまよう者』の姿と、苦悩が。
だからこそ、わざわざ『仕事』という言い方で彼らを煽った。
いつの間にか、戦車の中にいた職人たちも全員、外で無代の声を聞いている。その面々を、イナバがぐるり、と見渡しておいて、
「……確かに、手は隙いてる」
答えたイナバの声から、棘が消えている。
「では?」
「だがその前に、聞かなきゃなんねえことがある」
イナバの表情、もはや鋭くはないが、しかし真剣。
「雇われたというなら、アンタの報酬は? そして俺たちの報酬はどうなる?」
無代の目を真っ直ぐに見る。
「報酬の無え仕事はしねえ。ハート技研、創業以来の鉄則だ」」
「ごもっともでございます」
無代がうなずく。
無報酬といえば美しくも聞こえるが、報酬のない『仕事』は職人を腐らせるだけでなく、雇い主をも腐らせる。
『いい仕事』には、それに見合った『報酬』が不可欠。無代も、それを理解した上で、
「では僭越ながら、まず手前の報酬から申し上げましょう」
わざと真面目腐った顔で、
「『コレ』でございます」
『小指』。
イナバ以下、ハート技研の職人たちが一瞬、ぽかんとし、
「ぶはははは!!!」
いっせいに笑い崩れた。
「『女』ときたか、おい!」
「はい。これが『飛び切りのヤツ』でございましてですね」
わざと糞真面目な顔でつなぐ無代に、
「ぶはははは!! そいつぁ確かに、命賭けたっていいや!」
ばんばん、と手を叩いて大受け。が、まさかその『女』が『一国の姫君』とは、さすがに夢にも思うまい。
ついでに、ばさり、と灰雷。なぜか無代の頭上を再び一回転し、戦車の砲身に戻る。
「……で?」
イナバが笑いを消す。彼らへの報酬を示さねばならない。
「これだけの人数が命賭けるんだ。安かねえぞ」
イナバがわざわざ吹っ掛けてくるのは、決して意地悪ではないし、駆け引きでもない。
職人の誇りと、覚悟がそうさせるのだ。
沈黙。
だがその時だった。
「……?!」
びくん、と身体を震わせたのは他でもない、少年賢者・架綯だった。
なぜなら瞬間、二人の男が同時に架綯に働きかけたのだ。
イナバの目が、架綯の目を真っ直ぐに見た。
無代の手が、架綯の背中を力強く押した。
結果、どんぐり色の教授服に包まれた架綯の細い身体は、つんのめるように前に押し出される。
目は、イナバの目を見つめたまま。
「え……あ、あっ?!」
少年賢者は、そして気づく。残念、出番には遅れたが、ここで自分で気づいただけ、若先生も成長したといえるだろう。
そう、ここは彼の出番なのだ。
「ええと、ええと、ぼ、僕が! ……いや、お、『俺』が!!」
声も、身体も震えたまま、それでも。
「俺が皆さんを雇……!」
いや、違う。言い方が違う。
(先生なら……翠嶺先生に!)
「『お前たちを、俺が雇う』!!」
がくがく、と崩れそうになる架綯の両肩を、ばん、と無代が叩く。
「俺が雇う!!」
上から叩かれたのに、崩れそうだった膝が、逆に伸びたのはなぜだろう。
「雇うはいいが、金はあるんだろうな、先生?」
「お金……?!」
ぐっ、と詰まる。セージキャッスルからの給料はほとんど使わずに貯金してあるが、いかんせん助教授になってまだ日が浅い。何より研究以外に無頓着だった架綯、そもそも給料をいくらもらっているのか、それさえ知らない。
それを承知の無代が、ここは助け舟。
「『出世払い』では?」
「……なに?」
無代の言葉に怪訝な顔を向けるイナバへ、
「手前の故郷の風習でございまして。『今は払えないが、将来必ず出世して大物になって払う』という」
「『大物』、ときたか。どうなんだ、先生」
イナバが架綯に視線を戻す。架綯の顔は、もう真っ赤。
そして必死。
「きょ、『教授』に!」
懸命に絞り出した叫びに、しかし前後から、
「足りねえな」
「足りませんね」
イナバと無代、二人のツッコミ。
「……っ!!」
架綯、真っ赤な顔に、涙まで浮かぶ。セージキャッスルの助教授だって、簡単に登れる地位ではない。さらにのその上の教授となれば、数いる研究者のなかで一握り。
だが、それでも足りないと彼らはいう。
しかし考えてみれば、それは当たり前なのだ。
人の人生を、『人の命』を買うのだから。
雇う方にも、架綯にも、相応の覚悟がなくてどうする。
腹をくくれ。
そして叫べ。
「『大賢者』ぁあああっっ!!!」
『大賢者』、それはセージキャッスルの長。そして架綯の師・翠嶺と並び立つ、と当代唯一の存在だ。
魔法の頂点。少年は、そこまで駆け上がる。
『男子一生の仕事』。
叫びながら、指で真っ直ぐに天を指したのは無代の真似だが、その誓いは彼だけのもの。
「……売った!」
イナバの答えは短く。そして何よりも確かだった。
「ハート技研一同、今より賢者・架綯の雇用となる。契約書は後日、双方の協議とする。よろしいですな?」
イナバの顔に浮かんだ笑み。おそらく、背後の無代も同じ顔をしているはずだ。
ちなみに架綯は気づいていないが、契約内容が『双方の協議』である以上、どちらかが欠ければ不成立となる。
『生き残る』、それが前提だ。
「よっしゃ、手前ら! クライアントからお言葉だ!」
イナバが架綯の背後に、無代と並ぶ。
架綯はひとつ、息を吸うと、
「仕事だ! かかれ!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
]]>
口中にたまった血の塊を吐き出すような、それは告白だった。
無代はそれに答えず、むしろ朗らかに立ち上がると、
「お酒のお代わりをご用意いたしましょう」
そう言うと、大統領のもとを離れる。
(……さて、どうしたもんかな)
考えながら、大統領とは反目したままのハート財団が陣取る一角へ戻ろうとした、その無代を呼び止める者がある。
カプラ社の公安部員、エスナ・リーベルトだ。
「カールが……彼がなにを言ったかは知らないけれど、彼に責任はないわ」
紫の髪をなびかせた若く美しい諜報員は、まっすぐに無代を見つめて切り出した。
「と、申されますと?」
無代が聞き返すと、
「彼は、本当は戦うつもりだった。シュバルツバルドの民を守るために」
あの時、飛空戦艦『セロ』からの降伏勧告を受け入れた大統領は、さらにこちらから条件を追加している。
『自分を処刑するがいい。その代わりに国民の安全と権利を保障しろ』
このヒゲで小太りの大統領は、自分の命と引き換えにして、国と国民を守ろうとしたのだ。もちろん、成功する見込みがないのは承知の上。。
『あの冷酷なブロイス・キーンが、そんな条件を飲むはずもない。なんとか隙を見て刺し違える。そこまではやってみるつもりだ』
大統領は側近たちにそう告げると、彼らに避難を促した。刺し違えるといっても、大統領自身にはろくな武力を持たず、爆弾の類も無力化されるだろう。だから、
『ステッキの中に枝を仕込んでおいて、目の前で折ってやる』
そう宣言したものだ。
ちなみに『枝』とは、小さな枯れ木の枝に似たアイテム。正体は濃厚な魔素の塊で、これを破壊すると内包された魔素が解放され、その場所に魔物を召喚することができる。種類によってはボス級のモンスターさえ召喚可能で、これを街中で使用することを『枝テロ』などと称し、どの国でも禁止事項だ。
もちろん使った本人も危険で、即座にその場を離れる移動技術か、もしくは戦闘・防御の技術を持っていない限り、死は免れない。まさに自爆だ。
だが側近たちと、そしてエスナが彼を止めた。
『カール、貴方は王でも英雄でもない、大統領よ。生きて、政治を行いなさい』
それでも抵抗する大統領を、最後には魔法で強制的に眠らせ、わずかに残った大統領親衛隊の護衛をつけ、大統領府の地下へと脱出させたのだ。
「だから彼は国を、国民を裏切ってはいない。彼を生かしたのは、私たちの意思」
そう語るエスナ、無表情を装ってはいるが、瞳の上に極薄の、必死の涙が被さっているのを隠せていない。
「大統領閣下のことが、お好きなのでございますね」
「……っ!」
無表情が一発で崩れ、頬が真っ赤に染め上がる。無代ごときにバレるようでは、優秀な諜報員をして失態もいいところだろう。
「よろしいではございませんか。結果として犠牲は出なかった。大統領閣下ご自身も含めて」
無代がにっこりと笑う。
「そしてこれからも、誰の犠牲も出さねばよい。それでこちらの勝ちでございましょう」
「簡単に言うわね」
「簡単とは申しておりません」
エスナが照れ隠しで皮肉るのを、無代がいなす。
「やるべきことは一つ、シンプルな話だ、と申し上げたまで」
にやりと笑って一礼し、空のグラスを乗せた盆を片手に、雪の上を歩き出す。
ハート財団の『陣地』に帰ってみると、彼らは今や戦車整備の真っ最中だった。分厚い装甲板をあちこち外して内部を点検したり、ボロ布で古い油を拭き取って、新たな油を追加する。
よく見ればボロ布、無代が着ていたツナギだ。もはや服としての再利用は不可能だっただけに、最後に役に立ったのは本望というべきか。
「おう、無代」
キャタピラーを点検していたイナバが声をかけてきた。若い職人が一通り整備した駆帯の最中チェック中だったようだ。一方で、車内のシステム調整を手伝っていたらしい架綯が、心配そうに顔を出すのも見える。
「ご苦労様でございます、イナバ様。大統領閣下より、おすそ分けに感謝しますと」
無代も丁寧に頭を下げる。
「ふん」
イナバは鼻をひとつ。
「……一応、確認のつもりで申し上げますが」
無代は笑顔を崩さない。といって相手に媚びるではなく、逆に相手を見下す傲慢さもない。かつて初対面だった翠嶺さえ認めたほど、堂々と、しかも力強い表情。
「現状、『マグフォード』が帰ってくるまで、シュバルツバルドの危機に対応しうる戦力は二つ。ハート財団の皆様と大統領閣下の勢力のみ。ここは手を結ぶのが上策と存じますが」
「野郎がなにを言ったかは知らねえが、俺たちは野郎を許さねえ。それに変わりはねえよ」
「左様でございますか……致し方ございませんね」
あえて説得しようとせず、態度も表情も変えない無代に、イナバは逆に聞く。
「で、アンタはどうする?」
「どうする、と申されますと?」
「俺たちにつくか、野郎につくか」
イナバが鋭い目で見つめてくる。
「そのことでございましたら、どちらにもつかぬ、と申し上げましょう」
迷わず、無代はそう答える。
「どちらにもつかねえ、だと?!」
イナバが目をむく。
「まさか一人で戦う、ってんじゃあるまいな」
「ひ、一人じゃないですっ!!」
架綯だ。
戦車の上から、転げ落ちんばかりの勢いで無代のそばへすっ飛んでくると、その腕にしがみつく。
「僕……『俺』も無代さんと行きます! ユミルの心臓を、翠嶺先生を助ける!」
これで涙目でなければ架綯、一人前だ。無代はあえて架綯に構わず、
「若先生は若先生。手前は手前。これは手前の仕事でございますので」
「『仕事』、と言ったか?」
イナバの視線と、無代のそれがぶつかりあう。
「申し上げました。『マグフォード』が帰るまで、若先生とユミルの心臓をお守りし、翠嶺先生をお迎えに上がる。これは手前が一人、請け負った『仕事』でございます」
「誰から!」
イナバが叫ぶ。
「その仕事とやらを、どこの誰から請け負ったと言うんだ、アンタは!」
「……」
その時の無代の姿が、架綯という少年の記憶にずっと焼きつくことになる。そして彼自身のその後を決定づけたといっても過言ではない。
架綯が、イナバが、ハート財団の人々が見つめる中、無代は黙ったまま片手を上げて指差した。
その指先は真上を。
天を。
『無代の天下奉公』、『天に雇われた男』、後にそう呼び習わされた彼の一生を象徴する、それは一幕であった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
「さあ大統領閣下、お供の皆様、『おすそ分け』でございます」
シュバルツバルト大統領のもとへ、大量の料理を届けている。食料保存用の木箱の蓋を、お盆代わりに左右の手に掲げ、上に幾つもの皿を並べた『出前スタイル』だ。
「戦車の整備も請け負っていただけました。しばし待て、とのことで」
「……ありがたい」
暗い雪の上、一団となって座り込んでいた大統領御一行様に、少しほっとした空気が流れる。その空気は食事が進むにつれて暖かく広がり、溶かした雪を沸かして作ったウイスキーの湯割りに、ほんのりとハチミツを効かせた飲み物が配られる頃には、笑いさえ漏れるほどになっていた。
「ありがとう、無代君」
ヒゲで小太りの大統領が、無代に頭を下げる。
「とんでもございません。お粗末さまで」
無代が首をふりつつも、残さず平らげられた皿を片付ける表情、満更でもない様子だ。
「……無代君。彼らから、私のことは聞いたかね?」
「何をでございましょう、大統領閣下?」
大統領が水を向けてくるのへ、無代が聞き返す。
「『国を見捨てた大統領』、そう言っていただろう?」
「そう申されれば、そのようなことをお聞きしましたような?」
無代があからさまにとぼける。
「彼らの言うことは本当だ。私は国と、国民を見捨ててしまったのだよ」
大統領の言葉に、無代はあえて答えず、代わりに湯割りのおかわりを差し出した。大統領の視線が、もはや無代を見ていないことに、とっくに気づいていたからだ。
『誰かに聞いてほしい』
自分の話を。しくじりを。
罪を。
その相手に他でもない、無代という男を選んだことは大統領、何より大正解であったといえるだろう。こと他人の話を聞くことにおいて、無代以上の聞き手はそうそういるものではない。
「レジスタンスどもの裏切りと、ジュノーへの攻撃は突然だった」
ヒゲの大統領は、雪の上に座り込み、湯割りの器を両手に抱え込むようにして、その時のことを語り始めた。
「レジスタンスのリーダー、ブロイス・キーン。ヤツが『ヤスイチ号』の同型艦である『セロ』を、こともあろうにルーンミッドガッツ王国から入手して、保護者である我が国に牙を剥きおった」
ぐっ、と大統領の全身に力がこもる。
「大統領府の上空に『セロ』を出現させ、あの光の剣を抜き放ち、無条件降伏を勧告してきたのだ……恐ろしい光景だった」
「お察し致します」
無代、実際に光の剣・16本のエネルギーブレード『ルシファー』の一振りに襲われ、命からがら逃げ延びた経験がある。武装鷹・灰雷の助けがあったとはいえ、本当によくも生き延びたものだ。
「そもそも『対ルーンミッドガッツ王国レジスタンス』は、私の3代前の大統領が作った秘密組織だ。ヤツ、ブロイス・キーンの祖父が最初の頭を務めていた」
大統領が遠い目をする。
「ルーンミッドガッツ王国内部の権力争いに敗れたり、罪を得て国を追放された貴族や騎士たちを集め、強力な外人部隊を作る。その一方で、王国内部の機密情報を入手し、また内部工作の窓口にも役立てる目的があった。そして、それはうまく行っていた。少なくとも最近までは、だ」
大統領の表情に苦味が混ざる。どうも大統領、気持ちが顔に出る性格だ。ただ、それが政治家として身についた『芸』なのか、元々の性格なのか、そこまではまだ無代にもわからない。
「組織に軋みが生じたのは、クローバーと『ヤスイチ号』が亡命してきた、その直後からだった」
「『クローバー船長』。そのお名前は、翠嶺先生からもお聞きしております」
「うむ……翠嶺先生は、彼を信頼しておられたからな」
「大統領閣下は?」
「私もだよ、無代君」
ヒゲの大統領が、初めて笑顔を見せる。
「クローバー。彼には悲しみ、苦しみを乗り越えたさ強靭な心と、『ヤスイチ号』の無限の力に惑わされない冷静さ、誠実さがあった。だからこそ『ヤスイチ号』の指揮を預けていたのだ……だがヤツ、ブロイス・キーンは違った」
大統領の目が暗くなる。
「ヤツは『ヤスイチ号』が手に入った直後から、その力でルーンミッドガッツ王国を叩くべし、と主張してやまなかった。それどころかアルナベルツ教国も、世界の他の国々も平らげるべし、とね。明らかに、異形の力に飲まれていたのさ」
「大統領閣下は、どのようなお考えでいらっしゃったので?」
無代が水を向けるのへ、
「バカバカしい。『ヤスイチ号』一個の力で世界征服など、子供の遊びだよ」
ヒゲの大統領は、吐き捨てる。
「圧倒的な力で『敵』を殲滅し、支配する。反抗するものがあれば飛んでいって、殲滅する。あっちで殲滅、こっちで殲滅。挙句に出来上がるのは無人の荒野だ。もし万一、支配がうまくいったとしても、99%の奴隷を1%の主人が支配する『国家』の一丁上がり。そんなもの、シュバルツバルト共和国の建国理念が許さん」
国民主権。国とは、そこに住むすべての国民ものである。
「ブロイス・キーンとは、だがそういう男だった。それでも『ヤスイチ号』がクローバーの手にあり、翠嶺先生の手足となって働いている限り、暴挙に打って出ることはないと思っていた」
「その男が、こともあろうに『セロ』を手に入れてしまった、ということでございますね」
「その通り。もはやヤツにはルーンミッドガッツ王国に対抗してきた先祖の意地も、保護者たるシュバルツバルト共和国の理念もない。……いや、ヤツには最初からそんなものはなかったのだ。ただ強力な力と、支配への欲求があっただけ」
「いっそ分かりやすい『外道』で結構、というものでございますよ」
「まったくだ。だが、その外道を野放しにしてしまった我が国の、私の責任は逃れられん」
大統領の顔から、表情が消えた。そこで初めて無代は、この政治家の百面相が『芸』だと知った。
「それなのに、私はヤツと戦わなかった。ヤツの降伏勧告の前で、私はどうしたと思う? 無代君?」
「……」
無代は答えない。答えてほしいと、相手が思っていないことは明白だった。
「ジュノーの市民に向かって『ヤツの言葉に従え』、と指示したのだよ。軍にも『一切の抵抗をするな』と命じた。結果、軍は武装解除の上、すべての市民と一緒に『ハデス』岩塊に幽閉された」
「……ですが、市民に犠牲は出なかった。そうではございませんか?」
「だから、何だというのかね」
大統領は無表情のまま。
「私はね。ただ怖かったのだ。ジュノー市民に被害が出ることが、軍に犠牲が出ることが怖かった。『ヤスイチ号』と同等の力を持つ敵に、今のジュノーの戦力ではどうやっても手が出ない。そのことを知っていたから、ね」
「……」
「私はね、情けない大統領だ。彼らの言うとおりだよ。国と、国民を売り渡して、こうして自分だけおめおめと生き延びた」
がぱ、と、すっかり覚めた酒をあおる。
「大統領の資格など、最初からない男なんだよ、無代君」
つづく
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もちろんその前に、着替え一式を借り出すのも忘れていない。
革の安全靴に、汚れても目立たない藍染のズボンとシャツ。これに洒落た赤色系のネクタイを締め、丈夫な革のジャンパーを羽織るのがシュバルツバルドの職人流。仕事の時は、さらに革の手袋とヘルメットが必須だ。
「なんかイマイチだな」
イナゥヴァ技師長が、無代のなりを見て苦笑する。何を着ても微妙に似合わない、という無代の特技は、ここでも健在らしい。
「不徳の致しますところで」
無代も苦笑で返したものだ。
ところで無代、事情の説明を架綯に任せてしまっている。荷が重いのは承知の上で、だ。
実際、架綯先生ときたら、今も顔を真っ赤にし、大汗をかきながら演説の真っ最中。
「ですから! 敵の狙いは『ユミルの心臓』! あれの制御を奪われたら、もう手の打ちようがなひ!」
慣れない大声で、声が枯れている。
「それを阻止するために、『マグフォード』とカプラ嬢の皆さんは帰ってくりゅ!」
噛んだ。
それを背中で聞いている無代、笑いをこらえるのに必死だ。だが同時に、
(だが、それでいい。ばっちりだぜ、若先生)
内心で、心からのエールを送っている。もちろん無代自身が説明すれば、もっと要領よく、かつ劇的に相手の心を打つことも可能だが、
(ここは若先生の一択だ)
そこは無代、計算がある。
なにせ架綯、ほとんど嘘というものをつけない。そしてハート技研の連中もまた、そのことをよく知っている。よって彼らの信用を得ること、それを第一に考えるなら、
(今は腹芸キメてる場合じゃねえ)
そういうことだ。
差し出せるものはすべて差し出す。その上で、最大限の譲歩を願う。
もちろん『他者との交渉』とは、そんなイージーなものではない。相手の望むものと、こちらの望むものをすり合わせ、腹を探り、時にはだまし、時にはだまされたふりをしながら、互いの利害を細かく調整していくものだ。
相手が商人なら、無代もそうしていた。
(だけど、この人たちは違う)
無代は彼らに出会って早々、それに気づいている。
(『職人』なら、話はできる。いや、してみせる)
少年時代、どんな頑固職人相手でもひるまず、心を開かせて技を盗んだ。
(で、まずは『胃袋』だ)
ぽん、と手を打つ。
「さあ皆様、出来上がりでございます。熱いうちにお召し上がりを」
そう言って無代が振舞ったのは、水で溶いた小麦粉をフライパンで焼いた、いわゆる『クレープ』だ。
だが卵も、ろくな調味料もなく、小麦粉と、わずかなバターだけでこれを焼くのは至難の技。
至難の技……?
いや『瑞波の無代』ただ一人、それは当てはまらない。
向こうが透けて見えるほど薄い皮で、ソースを絡めて焼いた薄切り肉や野菜をくるくると巻いてかぶりつく。
あり合わせの乾燥果実にワイン、ニンニク、そして香辛料を煮詰めたソースは濃厚そのもの、焼けばさらに香ばしさが倍増しだ。寒々と暗い貯雪倉の中が、突然明るい屋台の側に早変わりしたかのよう。それでも、
(半マスでもいい、醤油があればイチコロなんだがなあ)
無代、味には不満がある。
醤油をベースに、バナナやマンゴーといった南国果実を煮詰め、大量のスパイスを加えたソースこそ、少年時代の無代が屋台で売って名を成した『元祖あゆたや焼き』、そのキモとなるものだった。
半信半疑で口に入れた人々が、夢中になって頬張る様を、どれほど誇らしく見たことか。そして今。
「これは……!」
シュバルツバルドの男たちが、子供のように口の端をソースで濡らしながら、目を剥いてかぶりついていく。
「お口に合いますでしょうか?」
無代が、聞くまでもないことをわざわざ聞く。
「む……むん!」
こくこく、と言葉もなくうなずく、それこそ無代にとって勝利の証だ。
「つきましてはイナバ様」
「なんでえ?」
じろり、と睨む老技師も、手に残ったソースを残らず舐めている最中ではしまらない。
「あちらの方々にもお振る舞いを、お許し願えませんか?」
無代が指したのは、貯雪倉の向こうに固まった、シュバルツバルド大統領の一行である。
「……いいだろう。食わしてやんな」
「ありがとう存じます」
無代、丁寧に頭を下げておいて、
「では、皆様の『お代わり』を作りました、その後に」
そう言って、また手を動かしたものであった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
そう言い放ったのは、男たちの中心に、どっかと腰を据えた初老の男だった。
「なんとおっしゃいました?!」
思わず反応したのは無代だ。
「……?」
初老の男が、怪訝な顔をする。だがそれも当然。
なにせ今の無代ときたら、もはや原型を留めないレベルまでボロボロになったツナギ1枚。飛行船『マグフォード』で、デッキシューズと一緒に船員用の予備を借りた、あの時のままだ。
あれから飛空戦艦『セロ』の襲撃をくぐり抜け、カプラの女子寮に忍び込み、ジュノーの外岸壁をよじ登り、片足を切り落とした偽装で架綯を救出した後、空中ブランコで浮遊岩塊を脱出し、地下水路で敵の攻撃を振り切った。
まともな人間なら、10回は死んでいてもおかしくない冒険をやりきったのだ。
結果、どちらも無代自身の血で濡れては乾き、濡れては乾きを繰り返し、今やどす黒い厚紙さながらの有様である。
「なんだ、テメエは?」
「これは申し遅れました」
相手の不信と敵意の前で、即座に姿勢を正し、丁寧に一礼。
「手前、『瑞波の無代』と申します。放浪の賢者・翠嶺先生、またカプラ・グラリスNo5、ノヴァ・ハート様にお世話になりました者にございます」
「なんだと?! 『お嬢』に?!」
翠嶺、そして何よりG5の名前に、初老の男だけでなく一団の全員が反応した。
『我らハート技研』、彼らがそう名乗ったことを、無代はもちろん聞き逃していない。そしてハート技研とはほかでもない、グラリスNo5ホワイトスミスの父親が創業した町工場であり、そして彼女自身が共和国有数の大企業へと育て上げた技術集団なのだ。
「はい。わたくし、ほんの昨日までカプラの皆様と一緒に囚われておりましたもので、そこで大変お世話に」
「……いい加減なこと抜かすとタダじゃおかねえぞ、テメエ?」
初老の男が凄む。本気で無代を絞め上げかねない殺気。
(よほど大事に想われているらしい)
彼らの反応の激しさを見て、無代は逆にG5という女性の慕われっぷりを逆算する。うかつな対応をすれば、逆にこちらの信用を失うだろう。
(さて、一筋縄じゃいかねえぞ)
無代が内心、ペロリと舌を舐める。
だが、意外なところから助け舟が来た。
「ほ、本当です! その人の言うことは本当なんです! イナゥヴァ技師長!」
戦車の上から、転げ落ちんばかりの勢いで駆けてきたのは、ドングリ色の教授服を着た小柄な少年。
架綯だ。
戦車の上で居眠りしていたが、さすがにこの騒ぎで起きたらしい。
「この人、無代さんは味方です! 僕も、翠嶺先生も、みんなを助けてくれた、勇敢で優しい人です! 僕が……『俺』が保証します!」
無代と出会ってわずか、人に対して、ここまで大声で主張できるまでになるとは。
「あ、いえそこまで大層なことは」
苦笑して頭をかく無代を、しかし一団はまるで無視。
「架綯先生!? アンタ無事だったのか!!」
初老の男は、ついに立ち上がって架綯のもとへ駆け寄ると、大きな手で架綯の小さな肩を抱く。二人、もとから知り合いであったらしい。
「賢者の塔の人たちは、残らず『ハデス』に捕まっちまったと」
「はい。でも、無代さんと……灰雷が助け出してくれたんです!」
「むぅ……」
そこまできて、初老の男はやっと無代を見る。さらにその向こう、停車した戦車の砲身を止まり木にした武装鷹・灰雷の姿も。
「どうやらマジみてえだな」
「お話をお聞きいただけますでしょうか? カプラ嬢の皆様の消息、そして『マグフォード』の帰還まで、あまり時間がございません」
「『マグフォード』! 提督・バークも無事か!」
「もちろんでございますとも、イナバ様」
無代が、無駄にいい笑顔でうなずく。初老の男の名前、正確には『イナゥヴァ』と発音するようだが、無代はあえて瑞波風にアレンジ。その方が、逆に無代を覚えてもらいやすい。
交渉は円滑、これも架綯のおかげだ。
(若先生、一皮むけたじゃないか)
内心の評価を改める。交渉人としてはいささか正直すぎるが、今回はそれがうまく働いた。
「では、情報の交換と参りましょう……ですがその前にひとつ、よろしゅうございましょうか?」
「なんだ?」
逆に問われた無代が、横目で指した先に、木箱の山。
「ひょっとして、あれは食料でございましょうか?」
「めざといな、おい。……腹へってんのか?」
初老の男、イナバがニヤリ。だがその顔には、もはや疑いの色はない。
「手前、料理人でもございまして。よろしければ皆様にもご馳走を」
「いいだろう」
イナバが了承する、そのタイミング。
「で、その代わりと言っては、なんでございますが」
「戦車か……? わかった、やってやらあ」
一瞬、複雑な顔をしたイナバだが、結局は了承。
「ついでに、何か着るものもお貸しいただけますれば」
「アンタ……無代さん?」
無代の怒涛の攻めに、イナバはもはや苦笑するしかない。
「その辺で勘弁しな。ケツの毛まで剥かれそうだ」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
戦前機械(オリジナル)・「ユミルの心臓」が引き起こす重力干渉を利用し、空中に浮遊する3つの巨大岩塊を連結して作られた、世界唯一の空中都市だ。
その存在は孤高にして難攻不落。唯一の弱点は「水不足」だが、都市の地下に雪を蓄えることで対応している。
「まこと、凄いものございますねえ」
無代が嘆息するのも、決してお世辞ではない。
彼らが立っているのは、ちょっとした運動場ほどもある四角い雪の広場である。ジュノー製の戦車『バドン』に乗って連れてこられたのがここだ。
四方は岩の壁、そして天上もまた岩。
それは都市の地下、花崗岩の岩盤をくり抜いて作られた最大級の『貯雪槽』だった。
深さ40メートル、幅50メートル、奥行きは実に100メートル。その床は、奥へゆくほど低くなっており、ちょうど斜めに掘られた巨大トンネルの様相を呈している。
街に降った雪は最終的にここへ集められ、まるで高山に降った雪が氷河となって降るように、下へ下へとずり落ちていく仕組みだ。
「そして夏になったら、底から解け落ちてくる水をくみ上げて、上水道に流して使うんです。冷たくて美味しいんですよ」
無代と並んで立った少年賢者・架綯の解説に、自慢の色が混じるのもまた、仕方のないことだ。
しかもジュノーを形成する3つの岩塊には、これと同規模の貯雪槽が最低5つ、最大で9つも掘られており、また自家用の貯雪槽を備えた家も少なくない。
「それでも水は貴重だからね」
戦車の上から、解説の最後を引き取ったのは他でもない、カール・テオドール・ワイエルシュトラウス。
シュバルヅバルド共和国大統領、その人だ。
「ジュノーの市民は皆、節水に努めてくれている。世界一、水を大切にする市民だよ」
その声に自慢が混じるのもまた、自然なことだろう。
「本当に素晴らしいことでございます」
無代が賛辞を重ねるのも、やはりお世辞ではない。
シュバルツバルド共和国は、世界でも唯一、国民投票による大統領制を布いている民主国家だ。
『迷信や強権によらぬ、科学と理性によって立つ国家。本当に素晴らしいことだ』
無代にとって最高の師であった瑞波一条家の前当主・一条銀は、常々そう評価していた。
『国民が国民の中から、自分たちで元首を選ぶ。それならば、最後の一人になったとしても国は滅びない。一部の支配者層が崩れれば、それで終わる国とは違うのだよ』
銀は、首を傾げる無代にそう説いた。
『もちろん、そういう国家を実現するには、国民の誰もが元首となれる資質と、教養を備えていなくてはならない。当然、そのための高度な教育制度があるはずだ』
病の床で夢を見るように、銀はつぶやいたものだ。
『そこには、我が妻・巴の師であった賢者殿のような師が集い、この世のあらゆることについて思索をめぐらせ、そして培った知識と知恵を次の世代へと伝えていくのだ』
それは血で血を洗う戦国の世に生まれた一人の男が描いた、一つの理想そものであったのだろう。
瑞波の国内に教育機関・天臨館を創設したのも、彼にその思いがあったからに違いない。そして事実、その学び舎から巣立った者たちが、のちに瑞波の民主化を成し遂げることになる。
『空に浮かんだ都市、岩をも穿つ工業力、空飛ぶ船、民主主義……人間の力と知恵に果てはないのだ……』
銀の言葉は夢か、それとも病が見せたうわごとであったか。
(……アンタの夢は本当だったよ、天井裏の魔王)
結局、一度もこの街を訪れることがなかった男に、無代は心の中で呼びかける。妻の師である翠嶺に何度か招待を受けたが、そのたびに体調を崩してしまった。
(祭りの前に熱出す子供と一緒だ、まったく)
無代は苦笑したものだ。
もし彼がこの街を訪れていたら。無代と同じように飛行船に乗り、地下の大空洞を戦車に乗って駆け巡ったならば。
(熱出すぐらいじゃすまなかったろうな。はしゃいじまって、『もう帰らない』って言い出したかも)
「無代さん?」
黙ってしまった無代の顔を、架綯が下から心配そうにのぞき込む。
「いえ、なんでもございません、若先生」
無代が顔を上むきに振ってごまかした。こんなところでわけもなく涙ぐんでしまっては、ただの変な人だ。
「あまりに見事なもので、言葉を失っておりました」
そうほめると、小柄な少年賢者はさらに嬉しそうな顔になる。彼もまた、いつかこの国を支え、あるいは導くために育てられた未来の卵なのだ。
「ここも決して安全ではないが、敵は決定的に数が少ない。常に移動していれば、そうそう補足はされないだろう」
大統領が、戦車から降りてくる。小太りの身体をツナギの戦車服に包み、頭には金属製のヘルメット。
正直、ダサい。が、冬眠前のクマだと思えば、一周回って可愛いと言えなくもない。
「カール」
かわって、戦車の上から顔をのぞかせたのはエスナ・リーベルト。
紫色の長髪と謎めいた美貌を持つ、カプラ社公安部門の生き残りだ。
「バドンのオーバーホールを」
「うむ……任せたよ、エスナ。無代さん、架綯先生もバドンに乗ってくれ。灰雷も」
大統領に促され、二人が戦車に乗る。武装鷹・灰雷はもともと、戦車の主砲を悠々と止まり木にして休んでいて、いっそ戦車の主(ぬし)は彼女のようだ。
ぐろろろ……と、巨大な戦車が低い唸りを上げ、エスナの操縦で前進を始めた。雪の上に残されたのは大統領と、わずかな護衛のみ。
ごろごろと5分ばかりの移動だったが、架綯は安心と疲れからか、無代に寄りかかってうとうと。
「どちらへ?」
無代が聞いても、エスナは答えない。無視しているわけではなく、行けばわかる、ということだろう。
戦車が向かう雪の先に、人の一団が見えた。人数は20人ほどか。
ごぅん、と戦車が止まる。だが、そこに集った人々は無言……どころか、エスナが戦車を降りて近づいても、こちらを見もしない。
「……バドンのオーバーホールをお願いします。戦闘がありました。主砲を撃っています」
「……」
返答なし。
「あの……」
「帰んな」
エスナの呼びかけに、冷たい声が返った。
「国民を見捨てた大統領に貸す腕はない。我ら『ハート技研』にはな」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
彼女が『女王』と呼ぶ、シュバルツバルトの上空を統べる風。そして、その風から生み出される無数の『子供たち』。
G1スナイパーはそれらの風と、雲が織りなす壮大なタペストリーを、ほとんど瞬きもせずに監視し続けている。『イグドラシルの実』を潰して目尻に塗りつけ、その果汁を目薬のように眼球に流し込み続けることで、乾ききった眼球を強引に治癒しているとはいえ、その耐久力、忍耐力、そして集中力の凄まじさを見よ。
意味の混乱は承知で、もはや『光学レーダー』とでも呼ぶべき範囲と精度をもって、マグフォードの敵を決して見逃さない。
(……?)
G1スナイパーの目が一つの風を捉えた。女王が生み出す風の子供たち、いや、正確に言えば、その『破片』だ。例えば、高い山の頂に風がぶつかった時、このようなバラバラに砕けた風が生まれる。
が、この空域、この高度にそんな山は存在しない。
なのに、風を砕くほどの巨大な質量が存在するとすれば……。
(どこだ……?!)
G1スナイパーが両目の目尻にイグ実を追加。渇いた目が焼け付くようだが、泣き言を言っている時ではない。そうしている間にも、ひとつ、またひとつと、砕け散った風の欠片がG1スナイパーの目の前を通り過ぎる。
近い。
初めて、監視所に備え付けの巨大な双眼鏡を手に取り、目に当てる。双眼鏡越しでは、風を見ることはできない……が、
(いた……!)
砕けた風の向こう、雲と青空の境目に微妙な光が揺らぐのを、G1の神眼がとらえた。ジュノーの街角でカプラ嬢として仕事中、何度か目にした揺らぎ。
間違いなく、光学ステルスの揺らぎだ。
雲の後ろ、じっと動かない。
(待ち伏せのつもりか……)
「総員、戦闘用意!」
G3プロフェッサーの声が、飛行船の倉庫に響いた。
もっとも戦闘要員たるチーム・グラリスの面々は、G1スナイパーから『敵発見』の連絡を受けると同時に、即座に行動を開始している。だからG3プロフェッサーが叫んだのは、むしろそれ以外のカプラ嬢たちへ、緊張と覚悟をうながす意味が大きい。事実、
「ではD1」
G3プロフェッサーが、カプラのリーダーであるディフォルテーNo1に声をかける。
「はい、G3」
「あとは任せます。手順通り、全員をできるだけ席につかせて。座れない者も身体を固定する。どうしても恐怖に絶えられないと思ったら、G7が配った睡眠薬を使って。……ただし!」
G3が念を押す。
「効き目が強力すぎて覚醒に時間がかかる。いざ船を脱出する時のために、『リカバリー』が使える者を残すこと。忘れないで」
『リカバリー』はプリースト系の魔法で、睡眠などの状態異常を治癒できる。
「承知しました、G3」
「心配すんな、D1」
横槍はG2ハイウィザード。
「敵なんざ、とっとと叩き落として、チリも残さず焼き払ってやるから。アタシぐらいになればね」
「はい、G2……ご武運を!」
G2ハイウィザードの大言壮語は毎度だが、それでD1の表情からふっ、と緊張が消えるのだから不思議なものだ。
チーム・グラリスが階段を登り、扉をくぐって甲板に揃う。
以前は甲板の上を塞いでいた双胴の気嚢が、今は甲板の左右へ平行に移動している。さえぎるもののない青空のど真ん中、グラリスたちの赤銅色の髪と、濃い臙脂のカプラ服が風に舞う。
ごぅんごぅん……。
甲板の一角にあるハッチから、荷役用のクレーンが倉庫へと降下、白銀に鮮血の赤色を添えた巨大な『ヴェスパー鎧』に包まれたG9パラディンが吊り上げられる。完全に荷物扱いだが、鎧があまりに巨大過ぎて、『マグフォード』の通路を通れないのだから仕方ない。
「おーらい、おーらい」
『マグフォード』の若い甲板員達の手で甲板へ。さらに鎧の各所から、幾本ものワイヤーを張って甲板に固定される。
「G9、問題は?」
G3プロフェッサーが、鎧の伝声管の側に寄って話しかける。
「問題ない」
G9パラディンの応えはシンプル。
「では、始めましょう。『マグフォード』、進路そのまま」
「了解……作戦を開始する。『マグフォード』、進路そのまま」
G9パラディンが鎧の拡声機能と、それに直結された飛行船の伝声管を使い、全艦に指示を伝達する。G9パラディン、そして指揮官のG3プロフェッサーさえ、もはや大声を上げたり、叫んだりすることなく、いっそ淡々とした声を出している。
理由は、その必要がなくなったからだ。
浮遊岩塊『イトカワ』を皮切りに、若いカプラ嬢たちの先頭に立って戦っていた時は、全員に指示を徹底し、かつ士気を鼓舞するためにも、声を張り上げることが多かった。
だが今、もはやその必要はない。
自分のやるべき仕事を知り尽くし、他人に士気を左右されることもない、真の精鋭たちの戦いが始まる。
「うっし、戦るさー!」
今作戦の主役たるG11ガンスリンガーが、甲板船首部分に設えられた銃座に着く。巨銃・エクソダスジョーカーXIIIの大砲じみた巨体を支えるため、短時間で急造された代物だが、そこはG5ホワイトスミスの仕事。金属製の銃座も、木製の椅子も、簡易ながら堅牢そのものだ。
支援にG4ハイプリーストとG15ソウルリンカー。給弾役にG10ロードナイトという豪華さはそのまま、『BOT』から復活したばかりのテーリングNo4、T4がアシスタントとして側につく。
「ほい、持っとくさ」
G11ガンスリンガーが、腰の後ろにX字にぶち込んでいた双銃『シキガミ』をベルトごと外すと、T4に預ける。信頼の証だ。
「ちょっと、このハーネスっての窮屈なんだけど。外していい?」
逆に文句たらたらなのはG2ハイウィザード。
甲板にいる全員が、上半身をたすき掛けにベルトで固定するハーネスを着け、さらに背中に引いた伸縮ロープで甲板からの落下を防いでいる。
「船が逆さまになっても平気でありんすか、渦ちゃん?」
G6ジプシーが意地悪く聞くのも当然だが、一方で、
「そういうアンタはどうなのよ?!」
G2ハイウィザードが聞き返すのも当然。なにせG6ジプシーときたら、窮屈なハーネスなんぞどこ吹く風。伸縮ロープ一本、片手の手首に絡めたなり、悠々と甲板に立っている。
「懐かしや懐かしや。おとーちゃんの船団にいた頃は、よく歌ったもんでありんす。『命歌』」
「……聞いちゃいねえ」
G2ハイウィザードが顔をしかめる。ちなみに『命歌』とは、海で嵐に襲われた時、船団の船が旗艦から逸れないよう、その位置を知らせるために歌われる。
「嵐の夜、あちきが夜通し歌って、おとーちゃんが舵取って……」
そして嵐が去った夜明け、兄弟たちの船が一隻も欠けず生き延びたと分かった時には二人、抱き合って涙したものだ。
ブラギをなんと呼ぶべきか……♪
G6ジプシーの歌が始まる。大気中の魔素を収束し、魔法・スキルの発動を容易にする効果を持つ魔歌だ。途端、荒々しい風に吹きさらされた『マグフォード』の甲板を、どろりと重い空気が包む。
「あら、大変」
反応したのは盲目のG7クリエイター。
「G3、全員に通達を。緑色の『吐き止め薬』を服用するように」
G3プロフェッサーを通じて指示を出す。目の見えない彼女は盲導ホムンクルスを傍らに、甲板に固定された専用の椅子に座って身体を支えている。
「G6が本気だわ。不慣れな者は、放っておくと『魔素酔い』を起こします」
飛行船『マグフォード』に乗船している乗組員、カプラ嬢の全員に、G7クリエイターから事前に薬剤が配布されている。その中身は回復薬だけでなく、このように多彩な状況に対応できるよう考慮されているのだ。
「いーから、とっとと撃ち落としちゃってよもう」
結局、ハーネスを我慢することにしたG2ハイウィザードが、G11ガンスリンガーを急かしにかかる。
「おっけー。んで、ターゲットはどこさ、G1?」
「正面やや右。ドリラーのエリマキみたいな形した雲の、上辺に隠れてる」
気嚢の上の監視所から、甲板へと移動した神眼のG1スナイパーが指差す。
「んんん……?」
銃座に座ったG11ガンスリンガーが軽く肩を揺らし、巨銃のスコープに目を当てる。
発射態勢に入ったことを確認したG4ハイプリーストから支援魔法が贈られ、G9パラディンからは献身のスキルが飛ぶ。光の紐が続く限り、ダメージはすべて聖騎士のものとなる。
薄い光をまとったG14ソウルリンカーからは、1回限りのダメージ無効魔法。
さらにG11ガンスリンガー自身も、浮遊岩塊『イトカワ』の時には使わなかったガンスリンガーのスキルも動員。
きぃーん!
手首に装着したコインケースから、手首の動きひとつで魔力が込められたコインを弾き出す。ガンスリンガー独特の自己強化アクション。
精神が研ぎ澄まされ、五感を含むあらゆる感覚が何倍にも増幅されていく。
銃との一体感、さらに弾丸や弾道そのものまで、自分の感覚とシンクロしていく。G11ガンスリンガー自身が、まるでターゲットに直接手を伸ばし、触れているような感覚。
「……いた」
G11ガンスリンガーがつぶやくのへ、
「え、見えんの?」
G2ハイウィザードの疑問。敵はステルス能力を持ち、見えないはず。
「見えないけど……わかるさ。確かに、いる。……撃っていいか、G3?」
「どうぞ、タイミングは任せます。撃ってください」
G3プロフェッサーの応えは明快。
「よーし、アタシが撃て、って言ったら撃つんだ、G11!!」
また勝手なことを言い出すのはもちろん、G2ハイウィザード。
(……うん、見えてきた)
もちろんG11ガンスリンガー、聞いちゃいない。
今まで第六感だけで捉えていた『ターゲット』が、彼女の目にも見え始めている。もちろん敵にはステルス機能があるため、はっきりと捉えることは不可能だ。
だが、大空に薄く散った雲の向こう、微かに不自然な光の屈折があるのを、G11ガンスリンガーの目が捉える。これでもかと贈られた支援魔法、そしてガンスリンガーのスキルによって、G1スナイパー並みの視野を手にした結果だ。
(……っし!)
脳内で弾道を計算。こちらも移動中の飛行船で、不安定。しかもターゲットは見えない。
常識で考えれば、数十発の弾を撃ちまくりながら着弾を調整したとしても、まず当たるものではない。
だが、
(いけるさ!)
それができるからこそグラリス。師範銃士(マスター・ガンスリンガー)。
(いくぞ、鹿頭! アンタの好きな。空のケンカだ!)
心の中で、巨銃の持ち主に呼びかける。
「撃て!」
G2ハイウィザードの勝手な合図。だが奇跡、タイミングは完璧。
どんっっ!!!
猛烈な射撃音と衝撃。
かかかかーん!!!
同時に周囲に贈られたバリア魔法が発動し、ダメージを受け止める。だが、誰もダメージなど気にしてはいない。すべては弾道の、その行方。
G1スナイパーが神眼を凝らす。その目は、遥か音速を超えて飛ぶ弾丸すらとらえるのか。
「……よし、当たる」
小さな呟き。
着弾すれば、弾頭に込められた召喚魔法によって膨大なエネルギーを発生させ、敵を葬り去る無敵の弾丸。
それは彼女らの勝利を意味する
だが。
ばぁっ!!
突如、青空の向こうに光の束が出現。彼女らの望んだ爆発は起こらない。
「……?!」
スコープを覗いていたG11ガンスリンガー、そしてG1スナイパーまでが閃光に目を焼かれる。
「……『エネルギーウィング』」
G3プロフェッサーがつぶやく。放浪の賢者・翠嶺が調べた『戦前機械(オリジナル)』の調査資料に書かれていた、飛空戦艦唯一にして最大の武器。
12枚の、光の羽根。
巨銃の弾丸が着弾する寸前、その光の守りが発動し、弾丸を蒸発させた。爆破の魔法が発動する前に、魔法陣ごと消し去ってしまった。
どんっ!!
G11ガンスリンガーが、即座に次弾を発射。
ばしっ!!
だが結果は同じだ。魔法が発動しなければ、弾丸は石ころより無害。
師範銃士が、巨銃のスコープから目を離す。両手を広げて上に向け、肩をすくめる。
「……ダメっさね」
呆れるほどあっさりと降参。
『マグフォード』の甲板に、一瞬の沈黙。
「ちょ!? ええぇぇぇええええ?!!?!」
G2ハイウィザードが、目をむいて絶叫した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
いつもご拝読ありがとうございますデス。
まことに申し訳ありませんデスが、本日は中の人が寝過ごしたため、小説のUPはありませんデス。
近日中に今週分をUPする予定デスので、お待ちくださいデス。
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「なにそれ?」
G2ハイウィザードが、形の良い片眉を神経質に吊り上げる。
「『アタシのオトコにちょっかい出すなよ?』ってか?」
「そうは言ってませんが」
G3プロフェッサーが苦笑。
「……でもまあ、そういう意味でしょうか?」
「そういう意味でやんすとも」
G6ジプシーがニヤニヤ。
「アマツの某国の、姫君であらせられるとか」
D1が解説。無代とD1、ともに浮遊岩塊『イトカワ』から飛び降り、そこで出会った翠嶺と共に旅をした仲だ。
「なるほど。普通じゃないとは思ってたけど、嫁もか」
変な風に納得したのはG2。実は高いところが得意ではない彼女、『イトカワ』から飛び降りた無代を『頭おかしい奴』扱いしていた。
「別に手なんか出さないわよ、つっといて。あんな冴えないの」
G2、身も蓋もない。だがG15ソウルリンカーは笑って、
「もう行っちゃったヨー」
「なんじゃい、言い逃げかい!」
がん、と杖で床を打つG2。
「……」
小柄なG15ソウルリンカーは、長い煙管をくわえたまま無言。
(アマツ……そうか。『皆殺しを逃れた最後の生き残りがいる』って、アレだネ)
かつて故郷コンロンで伝えられた、秘密の記憶をたどる。
実はG15らコンロンのソウルリンカー達にも、『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』の血が流れている。
遠い昔、異世界から次元を越えてやってきた彼らの1人が仲間と離れ、コンロンに移り住んだ、その子孫が彼女らであるという。
その当時、聖戦終結直後のコンロンは混乱の極みにあった。
聖戦中、指折りの激戦地となったコンロンは、人知を越えた戦いの余波によって無数の次元断層を抱え込み、常に異世界からの脅威にさらされていたのである。
コンロンに移り住んだ『霊威伝承種』は、その混乱を押さえ込み、また異世界から侵入する魔物を駆除するため、自らの血と技術、すなわち『鬼道』をコンロンに根付かせた。
性別も伝わらない、この初代の動機が何であったのか。
『愛した人がコンロン人であった』、それ以外の伝承はない。それで十分なのだろう。
それから幾星霜、初代が伝えた血はすっかり薄まり、高度な心霊技術の多くが失われた。
コンロン人はその後も『霊威伝承種』との接触を試みたが、すべて失敗している。
『霊威伝承種』と縁の切れたコンロンが再び彼らの話を聞くのは、ルーンミッドガッツ帝国の秘密機関『ウロボロス』による殲滅が行われた後のことになる。
『霊威伝承種』の血、そして『鬼道』の力がコンロンに戻ることは、永久になくなったのだ。
それでも現代、稀にG15ソウルリンカーのような強力な魂術師が生まれるのは、コンロンの地を守らんとした初代の意思かもしれない。
それにしても先刻、一瞬だが目にした『霊威伝承種』の霊体。
(確かにすごい力だった)
魂を肉体から遊離する、それだけでも高度な心霊技術なのに、その状態で他人の魂術をインターセプトし、『BOT』にされた人間の魂を元の肉体に戻した。
さらにG16自動人形へ、他人の魂を入れることさえしている。
単に力があるだけではない、大胆かつ精密な『技術』がそこにある。
(『鬼道』……か)
G15ソウルリンカーは、強力すぎる力がもとで、故郷を追われることとなった。次元を越えてコンロンを襲った『神』を殺してしまったのだ。
ゆえに、その力の源流である『霊威伝承種』に対し、複雑な思いを抱くのは当然だろう。
(ま、一千年も前の話、どうでもいいけどネー)
煙管をぷかり。
ぽん、と落とした灰は、次元を越えてカプラ倉庫へ。とんだ携帯灰皿もあったものだ。 「どうした、G15」
物思いにふける眼前に、ぬっと顔を近づけてくるのは隻眼のG4ハイプリースト。鋭く引き締まった容貌に眼帯を着けた姿は、尼僧というより歴戦の傭兵教官そのもの。事実、彼女はアルナベルツ教国・フレイヤ教皇直属の威力機関『聖槌連』の武僧出身であり、片目を失う負傷の後、治療僧に転身した変わり種だ。
「体に異常があるなら、状況を説明しろ」
鋭く尋ねてくる様子も医者の問診というより、部下に戦況を問いただす鬼軍曹といった雰囲気。
「大丈夫だヨー」
G15ソウルリンカーが、細い目をさらに細く。
「ちょっと考え事してただけだヨ、G4」
「そうか。ならいい」
G4ハイプリーストの答えもシンプル。
「心のことはわからん。だが身体に異常があれば、すぐに言え」
それだけ言うと長身をさっさと翻し、『BOT』から戻ったT4のチェックへと向かう。その姿、『医は心』などと格言からは遠い。
だがG4ハイプリースト、たとえどんな戦場の、いかなる場所であろうとも駆けつけ、味方の命を救い、背中に担いで自陣へ駆け戻る。
患者に猫なで声をかけるのが医者なら、命を賭して命を救う者をなんと呼ぶべきか。
「ありがトー」
その背中に投げたG15ソウルリンカーの声は、彼女にして珍しい『本音』であった。
「じゃあさ、D4ってどこ行ったの? G16の身体使ってさ」
G2ハイプリーストが質問。
「ジュノーです。無代さんを助けるため、先回りした」
D1が回答。
「あ、無事なんだアイツ」
「無事だそうです。賢者の塔の架綯先生……私たちのカプラ倉庫を修復してくださった賢者様も。それからG9、G10お二人のペコペコ、『フィザリス』と『グレイシャ』も」
「何?!」
G10ロードナイト、そしてG9パラディンが反応する。
「二羽とも無代さんが世話をして、武装させて待っているそうです」
「……!」
G10ロードナイトの表情がみるみる明るくなる。一方のG9パラディンの表情は、巨大な鎧の中で分からない。が、
「うれしい情報だ。感謝する」
鎧の中から拡声器で応える声は、やはり明るい。騎士級の戦士たちにとって、騎鳥ペコペコは大切なパートナー。しかもこの2人のそれは、並以上に希少であると同時に、深い絆で結ばれている。
「そして……G1、聞こえますか?」
壁の伝声管へ声を投げたD1に、答えは即座。
「聞こえている。灰雷は無事か?」
「……無事どころか」
D1が珍しく笑う。
「無代さんを助けて、無双の大活躍だそうです」
「……そうか」
G1の声は変わらない。だが喜んでいないわけがない、それは全員が知っている。
「いい知らせをありがとう。……で、そんな時に悪いが、こちらからも知らせがある」
伝声管から聞こえる声に変化はない。
「何でしょう、G1?」
「敵の飛空戦艦を発見した」
一瞬、カプラの全員が凍りつく。
さらに一瞬の後、G3プロフェッサーの叫びが轟く
「総員、戦闘用意!!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
カプラ社どころか、世界そのものの存亡に関わる事態の、その最前線に立っている責任と重圧を、真正面から受け止めようとする彼女に、G5ホワイトスミスが『会社と心中するつもりだ』と心配したのも無理はない。
だが今、D1の声も表情も、かつての晴れやかさを取り戻している。
「まずは落ち着いてください。確かに異常な事態ですが、私たちにとってはむしろ福音です」
そして笑顔。
それが、たとえ一時的なものであったとしても、仲間のカプラ嬢たちを落ち着かせるには十分だった。
「聞きましょうか、D1」
神眼のG3プロフェッサーが促した時には、義足のG9パラディンも、長身のG10ロードナイトも、それぞれの準備位置に戻っている。もちろんG13アサシンクロスも待機状態だ。
危機的状況ではない、と即座に判断し、戦闘状態を解除。しかし同時にD1の言葉を注視する。
「はい、G3。でもその前に、彼女たちを紹介させてください」
めったに見られないD1の『どや顔』。だがカプラ嬢たちがあっ、となったのは、彼女の背後から姿を見せた2人のカプラ嬢の方だ。
「T4?! あなた、『戻った』の?!」
G3プロフェッサーが、わざわざ声に出して確認する。
倉庫じゅうの視線を集め、そこに神妙な顔で立っているのは、ポニーテールにした黒髪が特徴のカプラ嬢『テーリング』、そのNo4だった。
敵の手によって『BOT』にされた彼女は、かつて浮遊岩塊『イトカワ』に捕らえられていた際には、岩塊を脱出しようとした無代とD1を銃で狙撃、計画を頓挫させる寸前まで追い詰めている。
その後は仲間のカプラ嬢たちによって捕縛され、意識もないままに荷物として持ち運ばれていたのは記憶に新しい。
それが今、生気を宿らせた瞳を輝かせ、カプラ服の背をぴん、と伸ばしてD1の隣に立っている。
その腰には、女性らしいカプラの制服に不釣り合いな、ゴツい銃帯(ガンベルト)。
彼女は銃士・ガンスリンガーだ。
「G15が起きたら、改めて確認してもらいますが、彼女は間違いなくT4です。『BOT』だった身体に、魂が戻った」
「私からも保証するさ。コイツは間違いなく私の馬鹿弟子、T4さ」
D1の言葉を受け、後ろからぺしぺし、とT4の頭を小突いたのはグラリスNo11・師範銃士(マスター・ガンスリンガー)。万能二丁拳銃『シキガミ』を腰の後ろへ十字にぶち込み、革製のブーツを高らかに鳴らす姿は、そこらの男性銃士が裸足で逃げ出す『粋』を光らせている。
「ったく心配かけやがってさ。ほら、謝っとくさ」
「……皆様にはご迷惑と、ご心配をおかけしました。申し訳ありません。T4、ただいま戻りました」
神妙な声、目には薄っすらと涙。
「T4、よかったでやんす!!」
倉庫の階段をすっ飛んできて、T4をがっちりと抱きしめたのはG6ジプシーだ。無理もない、誰よりも自由を愛する彼女にとって、魂を奪われる『BOT』化は、自分の心を抉られるように辛い。
「あの段階では、誰が『BOT』にされて、同じことをさせられてもおかしくなかった。T4、貴女に責任はないわ」
G3プロフェッサーの言葉は明快で、それゆえに有無を言わせぬ説得力を持つ。それがカプラ嬢の総意である、という保証はない。だが今は戦時、戦闘指揮官の言葉に一定の説得力さえあれば、多少のブレは看過されてよい。
「ほんの5分ほど前のことでした」
D1が話し始める。
彼女と、双銃のG11ガンスリンガーは倉庫を離れ、別にしつられられた船室にいた。そこには『BOT』状態のT4と、もう一人、同じく『BOT』にされたディフォルテーNo4、D4の身体が収容されている。
D4、本名をモーラというカプラ嬢は、ルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラで、冒険者に挫折しかかっていた無代と付き合い、そしてカプラ社の内紛へと引き込んだ経緯を持つ。
そして自らも『BOT』にされて無代を襲い、さらに『イトカワ』を襲う飛行船でカプラ倉庫として利用されていたところを、チーム・グラリスの活躍によって救出された。
D1にとっては可愛い部下、G11ガンスリンガーにとっても、T4は愛弟子だ。今は『BOT』としてのプログラムも停止しているのか、目覚めていても人形のように何の行動も、反応も返さない2人に食事をさせ、排泄や身体の洗浄、着替えや化粧まで、まるで不能者を介護するかのように面倒を見る。
他に責務も仕事もある2人だが、他の若いカプラ嬢たちには任せられない、と自ら介護を買って出るあたり、男も逃げ出すカプラの手練れたちといえど、そこは女性らしいといえるかもしれない。
「よし、だいぶ見違えたさ。な、D1?」
「そうですね……服と下着の洗濯は、まとめて若い子たちに任せましょう」
「すげー早く乾くってさ」
「飛行船ですからね」
D1とG11、顔を見合わせて笑う。風と太陽に事欠かない飛行船は、なにせ洗濯物干しに最高。今や『マグフォード』の上部甲板は、カプラ嬢たちの服や、華やかな色の下着で満艦飾状態である。
船の甲板員には、草鹿少年のような青少年も多いので、大変に困ったことだ。
T4とD4、相変わらず人形のような2人を椅子に座らせ、飛行船が荒っぽく飛んでも大丈夫なようにベルトを締める。まず先にD4。
異変が起きたのは、まさにその瞬間だった。
するり。
G11ガンスリンガーの腰に、不意の感覚。もちろんプロ中のプロフェッショナル、その原因を即座に察知する。
(『オロチ』が抜かれた?!)
腰の後ろに十字型に携帯している二丁拳銃『シキガミ』のうち、左の『オロチ』が抜き取られた。残るは右の『イヅナ』。
「D1、下がるさ!」
詳細は不明、だが状況は明らかだ。部屋の中には4人、そして今のタイミングで自分の銃を奪えるのは、
「T4!」
双銃の、いや今は単銃のG11が『シキガミ』を手に叫ぶのと、T4が立ち上がるのが同時。
じゃきん!
『オロチ』の銃口が、G11の眼前に黒々と迫る。T4の手首に浮き出た筋肉が、ピクリと震える。引き金を引く人差し指を駆動させる合図。
「しッ!」
瞬間、G11が掌底で『オロチ』の重心を真上へ跳ね上げ、そのまま曲げた肘でT4の肘を打つ。
T4が、負けじと打ち下ろした肘で迎撃。
ごちん!
2人の肘鉄が激突し、金属めいた音が部屋に響く。その音が合図だった。
ひゅん!
瞬時、G11の『イヅナ』が奔り、その銃口をT4の眼前にお返し。T4の『オロチ』も風を切り、『イヅナ』の銃口を弾き飛ばす。
銃身が絡み合い、弾け飛ぶ。同時に開いた片手がお互いのカプラ服を掴み、関節を極めようとして外される。
4つのブーツの踵が、かかん!と床を叩く。相手の足を払おうとして、複数回のフェイントを絡めた蹴りに阻まれる。
ひゅん! ひゅん! ひゅひゅん!
一瞬の迷い、一手のミスが致命傷となる、ドアまで退避したD1でさえ、思わず見惚れるほどの超接近戦。
熟練のガンスリンガー同士が戦う『銃身舞踏(バレルダンス)』も、極めれば芸術だ。
ぶぅん!
2丁の銃底が、お互いの顎を狙って思い切り振り回される。
「!!」
2人の身体が同時に仰け反り、そっくり同じ角度まで、見事なアーチを描く。
ひ!
仰け反った勢いのまま、同じ蹴りが跳ね上がる。
ぱちん!
2つのブーツが空中で接触し、そこで上昇を停止。
ぐん!
仰け反ったまま後ろへ回転するはずの2人が、接触したお互いのブーツを支点にして、強引に身体を前方へ引き戻す。
『オロチ』の銃口が振り下ろされる。
『イヅナ』の銃口が振り上げられる。
「甘い!」
G11の気合い。
床に残った片足一本に、鋼のような力を宿らせて身体を支え、空中で接触したブーツに今一度、蹴りを発生させる。
「……わ!?」
その変則動作に、とうとうT4が均衡を崩す。
「動くな(フリーズ)!」
瞬間、G11がT4の背後へ回り込み、その後頭部へ『イヅナ』の銃口をポイント。
T4が『オロチ』の引き金から指を抜き、両膝を床へついて両手をホールドアップ。
『勝負あり』。
「まだまださ、T4」
「さすが、恐れ入りました。……ただいま戻りました、師匠」
降伏を告げるT4の声には、しかし限りない嬉しさと、申し訳なさが含まれている。
「お帰り、T4」
手塩にかけて育てた弟子の腕と、『BOT』のそれを見間違えるような師匠ではない。
あの短い『銃身舞踏』が、どんな言葉よりも雄弁に、弟子の復活を告げている。
「G11!?」
駆け寄ったD1が、状況をつかめないまま目を丸くしている。
「D1、こいつはT4だ。間違いないよ。しかし、どうやって戻った?」
「そのことです、師匠。『私たち』は、ある人に助けられ、自分の身体に戻ることができたのです」
「……『私たち』?」
「……『ある人』?」
D1がそこまで説明すれば、さすがチーム・グラリス。状況を推論するのに手間はない。G2ハイウィザードがぽん、と手を打つ。
「あー、道理で見たことある動きだと思ったわ、あたしぐらいになれば。さっきのG16の『中身』って……」
「ええ、あれは『D4』です。G15の招魂プロセスに横入りして、T4の魂を戻し、D4をG16のボディに宿らせた」
説明すれば単純だが、しかしそれがどれほどの神業か、知る人ぞしる。
「……あー、びっくりしたヨー!!」
覆面のG14忍者の腕から、びよん、と飛び起きたのはG15ソウルリンカー。隻眼のG4ハイプリーストが素早くバイタルをチェックするが、問題なさそうだ。
「平気平気。ちょっとびっくりしただけだヨ」
ヒラヒラと手を振り、長い煙管に火を着けさせて一服。
「いやー、コンロンの年寄り連中から話は聞いてたけど、やっぱ本物はすごいネー。あんなことができるなんてサー」
細い目を、さらに細くするG15ソウルリンカー。
「G15、説明を」
G3プロフェッサーが促すのへ、G15、ぷはー、とひとつ天井へ向かって煙をはくと、
「『鬼道』」
その禁忌の言葉は短く。
「『霊威伝承種(セイクリッド・レジェンド)』だヨ。そして……」
煙管を掲げたまま、面白そうにぐるり、と周囲を見回しておいて、一言。
「『無代の嫁です。どうぞよろしく』。だってサー?」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
シュバルツバルド共和国辺境の高山地帯、現在では鳥型モンスター・グランペコを狩る少数の冒険者だけが通う岩山に、突然として出現する巨大な廃墟『キル・ハイル学園』。
周囲を高い外壁に囲まれた豪壮な施設は、しかし見るものに『学園』とは真逆の、『要塞』もしくは『牢獄』のイメージを抱かせる。
いや、意外にそれは真逆ではなく、共通のイメージかもしれない。
内部は共和国の大統領権限によって厳重に封印され、校舎内はおろか外壁の中をうかがうことすら困難。そのせいか、
『夕暮れ時に、校舎の窓から複数の女生徒たちの姿を見た』
だの、
『それが全員、まったく同じ姿・顔をしていた』
だの、
『強引に侵入しようとした冒険者が、突然現れたアルケミストギルドの特殊部隊によって骨も残さず溶かされ、消された』
だのと、怪談めいた流言も多い。つまりは誰も詳細を知らない、そのことの裏返しだ。
廃墟がなぜそんな場所にあるのか、なぜ『学園』の名を持つのか。
そして「キル・ハイル」とは誰なのか。
現在、それを知る者は一握り。
共和国政府、賢者の塔、アルケミストギルドという3組織の中枢と、カプラ社だけだ。
「キル・ハイル」とは、かつてシュバルツバルド共和国に生きた技師、そして企業家の名である。
貧しい田舎の生まれた機械工のキル・ハイルが、いかにして指折りの富豪となり、自らの名を冠した学園を設立するまでになったか。それを語る前に言っておかねばならないことは、その男が天才で、そして邪悪であったということだ。
若き日、一人の美しい女に横恋慕したキル・ハイルは、邪恋の果てに女を殺害する。さらに女の恋人だった男にまで憎悪を募らせ、彼を破滅させることを計画する。
そのための力と金を得るため、共和国の技都リヒタルゼンを支配するレッケンベル社に自らの技術と成果を売り渡した。
その技術とは『自動人形(オートマタ)』であった。
当時の共和国にもすでに自動人形は存在したが、技術レベルは低く、ほとんど玩具のロボットの域を出ないものばかり。その中で、キル・ハイルの製作する自動人形は、まさに『次元が違った』。
従来と同じ人口骨格と機械心臓をベースに作られているにもかかわらず、最初に持ち込まれたレッケンベル社の重役達でさえ、
『人間ではないか……?』
と疑ったとされる完成度は、彼の天才と狂気を示すエピソードであろう。
この第一世代を元に、レッケンベル社から支援を引き出したキル・ハイルは、魔法による情報圧縮と、アルケミストのホムンクルス技術の導入に成功した。
そうして誕生した第二世代は人間以上に美しく、感情豊かにふるまうようになる。下賎な話だが、『夜の相手』までつとめるレベルに到達したのだ。
当時のヒリタルゼンで、第二世代自動人形を使った密かな饗宴が行われ、幾体もの人形が享楽の末に生贄よろしく破壊された、という話は公然の秘密である。
キル・ハイルに『息子とされる青年』キエル・ハイルが付き従うようになるのもこの時期である。
だがキル・ハイルの邪な人生にも終わりがやってくる。
キル・ハイルの自動人形に対し、最初に動き出したのはアルケミストギルドだった。
レッケンベル社によって厳重に秘匿されていた人形技術が、禁忌『ホムンクルスへの知性付与』、そして大禁忌『人体錬成』に抵触することを察知したのだ。
ギルドから抗議を受けた共和国政府は、情報機関による捜査の結果、キル・ハイルが過去に犯した殺人と、その後に行った禁忌の所業を確認、彼の逮捕を決定する。
逮捕に向かった捜査員は、しかしキル・ハイルの死体と対面する。
見るも無残に引き裂かれた死体は、『彼の息子とされる』第二世代自動人形キエル・ハイルの仕業、というのが、死体を発見したレッケンベル社の主張だった。
が、すべての犯罪をキル・ハイルとその『息子』に押し付けよう、としたレッケンベル社の陰謀という説も根強い。そこらへんは、読者の皆様にお任せしよう。
こうしてキル・ハイルの死と、レッケンベル社からの『積極的な』資料・情報提供によって、いったんは解決したかと思われた事件は、しかし意外な方向へ展開する。
『キル・ハイル学園』、実は秘密の機械人形工場として建設されたその施設に、残された機械人形を回収に向かったアルケミストギルドの部隊が、何者かの抵抗にあって全滅したのだ。
『髑髏印(スカルマーク)』の異名を持つギルドの戦闘部隊は、独自の薬剤技術によって製造される爆発物の扱いに長け、瞬間的な破壊力ならば他職を寄せ付けない。
だが、自ら開発した第四世代自動人形へと身体を移し替えたキエル・ハイル、そして彼に率いられた第三世代自動人形たちの戦闘能力は、彼らの予想をはるかに上回った。しかも学園は要塞化され、うかつに近づくことすらできない。
ギルドの要請を受けた共和国政府は、キルハイル学園へ正規軍の投入を決定したものの、しかし自動人形たちの抵抗は激しく、いたずらに被害を増すばかり。
仕方なく賢者の塔、そしてカプラ社へと支援要請が下り、最終的には当時の『チーム・グラリス』が学園内に侵入、見事キエル・ハイルの撃破に成功し、ようやく事件は終結を見た。
その後、政府とアルケミストギルド、賢者の塔の3機関による共同管理下に置かれた学園から、一体の女性型自動人形が発見される。
過去の自動人形を遥かに超える『第五世代』自動人形。
真っ当な方法では破壊どころか傷一つつけられないボディは、プログラム次第で少女から老婆まで変幻自在。さらに内蔵されたギミックのほとんどが、現代に至るまで未解明というオーパーツ、そしてブラックボックスであった。
共和国政府内で、『彼女』の破壊を主張する声が高かったのは当然だが、しかし賢者の塔、アルケミストギルドの知的好奇心が勝ち、彼女は存続を許された。
その管理場所としては、国家や宗教はもちろん、いかなる利益集団にも属さず、しかし暴走など不測の事態にも対処できることが条件。
そして最後の自動人形はカプラ社へ、そしてグラリスの所有物となったのである。
「どしたあ!」
だだだだん! と倉庫の階段を降りてきたのは美魔女のG5ホワイトスミス。艦橋に詰めていたはずだが、騒ぎを聞きつけたらしい。G3プロフェッサーが、
「『G16』が暴走しました!」
「なにぃ!? んなわけが……?!」
報告に目を剥く。グラリスの技術担当として自動人形の調査も行う彼女は、その人形の精密さをよく理解している。壊れたなど信じられない。
とはいえ、彼女にさえ未知の部分が多い、それも事実。
「待て、停止させてみる!」
ばちん!
G5ホワイトスミスが駆け出すのと同時、G16自動人形を包んでいた魔法陣が消失する。G2ハイウィザードが起動済みだった魔法を、G3プロフェッサーが発動前にキャンセルした。
「『ディボーション』!」
自動人形に駆け寄るG5に、側へ詰めていた義足のG9パラディンから献身のスキル。これでG5が受けるダメージは、すべて聖騎士が引き受ける。不気味に白い『ヴェスパー鎧』は、まさにグラリスの砦だ。
(停止コマンドのコンソールは……首の後ろ!)
G5が自動人形の後ろに回り、カプラ服の背中のチャックに手をかける。
しかし。
「!」
するり、と、G16自動人形が動いた。身体が床へと深く沈み、カプラ服のスカートが黒い花のように床へ広がる。そして次の瞬間、
とん!
床を蹴って、G16自動人形が飛ぶ。
「む!」
峰打に剣を振ったG10ロードナイトの脇をくぐり抜け、片手を床につける。
「イヤーッ!」
ニンジャシャウトが倉庫を圧する。G14忍者がG15ソウルリンカーを抱いたまま、片手でクナイを投擲。
きゅん!
G16自動人形が、床についた手を支点にバックフリップ。クナイは空を切り、倉庫の壁へ。
ぱきん!
隔壁すら穿つニンジャのクナイは、だが刃に阻まれる。
G13アサシンクロス。
なんと彼女はG16自動人形ではなく、倉庫の隔壁を傷つけるクナイの方を『脅威』と判定した。
この異常。
G16自動人形が、倉庫の隅へたどり着く。
「?! 隔壁を開く気だ!」
G5ホワイトスミスが叫ぶ。だが遅い。自動人形の手首から伸びたマジックハンドのようなギミックが、倉庫の隔壁をコントロールする機構に侵入し、強制的に解放。
ごぅん!
重い駆動音とともに、後部隔壁が持ち上がる。
轟!
隔壁の隙間から吹き込む風が、倉庫内を暴風が舞う。
「くそっ!」
G5ホワイトスミスがダッシュ。が、その必要はなかった。
わずかに開いた隔壁は、すぐに閉まった。強制解放と同時に、閉鎖のコマンドも打ち込まれていたらしい。
倉庫の中に静寂が戻る。
そしてG16自動人形の姿だけが消えていた。
「なになに?! 何が起きたのよ!」
G2ハイウィザードが叫ぶが、答えは誰も持っていない。
だがその時だ。
「ご説明しましょう」
倉庫に通じる階段に現れたのは、深紅の髪のカプラ嬢。
ディフォルテーNo1、D1の姿だった。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
G2ハイウィザードが弾かれたように立ち上がる。
「G13! 脅威排除!」
月神のG3プロフェッサーが、グラリスの最強戦力・G13アサシンクロスへ指示を飛ばす。
ぐわぎぃん!
重い金属が衝突する音は、『ヴェスパー鎧』を着けたG9パラディンの跳躍音。『重すぎて歩けない』はずだが、片足に埋め込まれたホムンクルス製の義足を使い、無理やり床を蹴った。
飛べば当然、着地する。
ずどぉん!!
ぬめりとした白色金属の塊が、倉庫の中央、爆発した革袋の真ん前に着地。いかなる脅威からも味方を守る、守護聖騎士が立つべき正当たるポジションだ。
「G15!」
爆発に巻き込まれたか、床に倒れた小柄なG14ソウルリンカーを、駆け寄った覆面のG14忍者が抱き上げる。
「そのまま抱いていろ。揺らすな」
いつの間にか隻眼のG4ハイプリースト。素早くG14の首筋で脈を、同時に瞳孔を確認。
生きている。だが目の焦点が合わず、意識に混濁が見られる。
「『ヒール』! 」
ただちに治療開始。
「G13!」
G3プロフェッサーが再び叫ぶ。カプラが脅威にさらされた場合、その脅威に対して最も素早く対応できるのが、死神のG13アサシンクロスだ。事実、彼女の補給を担当していた若いカプラ嬢たちは、一斉に身体を床へ伏せている。G13アサシンクロスの起動に巻き込まれないため、緊急時にはそうするよう訓練されている。
だが。
「……」
肝心のG13アサシンクロスは動かない。
「G13、脅威判定を更新! コピー!?」
「……コピー」
G3プロフェッサーの怒鳴り声に、死神の澄んだ声が返る。だが、それでも死神の刃は動かず、その無感情な目を倉庫の中央へ向けたまま。
「放っとけ、G3! そいつ壊れた!」
ごっ!
大きな杖で床を打ったのはG2ハイウィザード。同時に、
うぉん!
倉庫の中央へ巨大な魔法陣が出現。G2ハイウィザードによる大魔法だ。
「G2?! ここでは!?」
月神のG3プロフェッサーが血相を変える。飛行船の船倉で大魔法なんぞぶっ放したら、いくら『マグフォード』でもどうなるか。
しかしG2ハイウィザードは意に介さず、
「何かあってからじゃ遅い! 止めたきゃアンタが止めろ!」
怒鳴り返す。魔法職・プロフェッサーは、魔法の発動を阻害するスキルも保有している。
飛行船の中でいきなり大魔法を発動するG2ハイウィザードの乱暴さも、裏を返せばG3プロフェッサーの腕と判断を信頼している、ということだ。
そして、この動乱のど真ん中。バラバラに千切れた革の死体袋の上に、
『それ』は立っていた。
すらりとした長身に、赤銅色に染められた髪と眼鏡、そしてカプラ服。カプラ・グラリスの仕様を忠実に再現した……いや、それはあまりにも『忠実すぎる』。
設定に忠実であろうとするあまり、逆に非人間的にさえ見える姿はそう、まるで『人形』だ。
そして、その印象は正しい。
もし貴方が彼女の胸をはだけ、その豊かな乳房の間をのぞくことができれば、その白い肌に刻印された『5TH』の文字を見るだろう。
『第5世代』。
その言葉が意味するところを知る者は、もうほとんどいない。カプラ嬢たちでさえ、『彼女』の正体を正しく知っている者は一握りだ。
多くのカプラ嬢の認識は、ただ『グラリスの欠員を埋めるために作られた人形』。
人間の体を模し、魂術師・ソウルリンカーのスキルによって、過去に存在した最強の職業者の魂を宿し、グラリスとして活動する。
グラリスの補欠人形、それが彼女だ。
だが『彼女』が生み出された経緯、いや『闇』は、もっと深い。
かつてシュバルツバルド共和国に存在したキル・ハイル、キエル・ハイルの親子。
彼らの呪われた人生と所業。
その果てに生み出された第5世代、いや最後の人形。
『最後のグラリス』が今、目をさました。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
しかし、もうご承知の方もいらっしゃるだろうが、現在の『グラリス』はNo1からNo15までの15人。そう、
『1人足りない』
早々に種明かしをするならば『拳聖』の職業が欠員となっているのだ。
実は、このようにグラリスに欠員が出ることは珍しくない。職業者の、しかも女性の中から最高の人材を選び出す、という建前上、どうしても足りない職業が出てしまう。
職業ギルドからの推挙によって決まるアサシンクロスやチェイサー、一発勝負のオープン選考が開かれるスナイパー、チャンピオン、ジプシーなどは比較的選びやすい。
一方で、最も難関とされるのがご存知ロードナイト。実力はもちろん、容姿や家柄まで抜群であることが求められるため、適材が揃うことの方が珍しい。他に、熟達者が多くて優劣がつけにくいハイウィザードも、毎回のように選出が混乱することで有名だ。
その難関を突破し、貴騎士ロードナイトと優魔術師ハイウィザードが2人揃ったグラリスは、歴史上でも極めて珍しいといえた。
現在、欠員となっている拳聖もまた選出が難しい職業とされ、その理由としては
『熟達者が極めて少ない』
ことが挙げられる。
例を挙げれば、先代のグラリスで拳聖職を務めた女性は、年齢、実に70歳を超える老女であったが、実力はまさに折り紙つきで、各世代のグラリスにおいても最強とされるグラリス・アサシンクロスを相手に模擬戦をして、
『まるで相手にしなかった』
という。
グラリス・拳聖が自らの周囲に展開する、一般には『拳界』と呼ばれるエリアに触れるや否や、どんな相手だろうが不可視の、そして無数の打撃に襲われ、彼方へ吹っ飛ばされてしまう。
そこまで強力な職業である拳聖だが、一方で制約もある。
己の肉体を鍛え上げるだけでなく、ほとんとスピリチュアルのレベルまで昇華する過程において、時に自分の視力、聴力、嗅覚といった感覚を犠牲にすることさえある。先代のグラリス・拳聖も、目がほとんど見えず、食事をしても味を感じなかったという。いや、そもそも『ほとんど食事もとらなかった』というから、まるで仙人かなにかのようだ。
かように代償の大きい職業ともなれば、学ぶ者も、まして道を極めようとする者など、当然ながら少数。しかもその多くが、各国の軍隊やギルド戦の強豪ギルドが戦略的に『保有する』人材がほとんど。事実、先代のグラリス・拳聖も強豪ギルドからの引退組で、少女時代からずっとギルドの『所有物』であった。
歳を取り、若い頃のような『効率』が出せなくなったため、引退ついでにカプラ嬢へ推挙されたのだ。
それを残酷と見るか、温情と見るかは、人によるであろう。
話がそれたが、ともかく現在のグラリスには欠員があり、そしてグラリスには欠員を埋める手段があった。
倉庫の床に置かれた『革製の死体袋』。
そして、その前に立った小柄なG15ソウルリンカーが、なにやらむにゃむにゃと儀式の準備に入る。カプラ嬢たちの視線が、その不可思議な場所に集中する。
「はい、皆、手を止めないで」
たしなめるのはG3プロフェッサーだ。もはや『引率の先生』じみてきた彼女だが、とにかく今は1分、1秒でも惜しい。
「全員、交戦手順は確認したわね? ……じゃあこれが最後、万一にも飛行船が敗れた場合の手順を説明します。じゃあ、G14から」
指名されたのはグラリスNo14・師範忍者。
グラリスの設定に合わせて赤銅色に染めた髪はそのまま、トレードマークの覆面を常に外さない。
「今から全員に、この丸薬を配る。配られたらすぐに飲め」
忍者の声は低いが、不思議に倉庫の隅々まで届く。油紙に包まれた真っ黒な丸薬が、すばやく全員に回される。
「この丸薬には、飲んだ者の体臭を変える効果がある……大丈夫、常人には匂わない。忍者にしか分からない匂いだ。安心しろ」
体臭と聞いて一瞬ざわつく、そこはカプラ嬢といえども若い女性の集団だ。逆にG14のフォローこそ、忍者らしくない気遣いといえる。
「この匂いは、我が星屑忍群の者に対して『棟梁から、お前に頼みがある』という意味を持つ。棟梁とは、私だ」
忍者特有の、噛んで含めるような物言い。
「我が忍群の忍者なら、数キロ先からでも嗅ぎつけ、必ずお前たちの前に現れる。もし飛行船が敗れ、地上に落とされたとしても、可能な限り動き回らず、体力を温存して待て。このシュバルツバルド山脈にも、我が忍群の『草』が隠れ住んでいるから、彼らがきっと現れる。そうしたら、頼みを言うがいい」
言うだけ言って、さっさと座り込むのも忍者らしい。
「はいはーい、次はあちきでやんす」
打って変わってド派手なアピールは、おなじみG6ジプシー。
「いいでやんすか、忍者ちゃんたちに出会ったら『潮騒の兄弟』商会へ、その商館へ連れて行くように頼むでやんす」
ぐるり、と見渡す目は、しかし真剣だ。
「あちきのおとーちゃんが作り上げ、その息子たち……あちきの兄弟たちが継いだ商会でやんす。この大陸の港という港に商館を持っている」
G6ジプシーが少女時代、海賊上がりの富豪に買われ、そこから運命を変えていったことは承知の通りだ。
「商館に着いたら『7兄弟』につなぎをつけてもらう。商会を率いる幹部たちは、拠点となる大きな商館にしかいない。つなぎの符丁は『嵐・雷・火事・拳骨』。よく覚えるでやんすよ。そして最後、これが肝心」
G6の目がすっ、と細まる。
めったにない、彼女が最高に真剣な時の表情。
「待った、G6。……伝声管をすべて切って。外に声が漏れないように」
G3プロフェッサーの指示。
「ありがとうありんす」
G6ジプシーがにっこり。だが決して目は笑っていない。
「幹部に、あちきの兄弟たちに会ったら、こう言うでやんす。『科戸の桜(しなとのさくら)から、お願いがある』」
ぐるり、と再び周囲を見回す、その真剣さ。
「これを聞けば、たとえどんな願いだろうが命がけで動いてくれる。それがあちきの兄弟でやんす。ただし、決して他所では言わないこと。そして、言ったら忘すぐにれること。以上、きっとお願いしたでやんすよ」
しん、と倉庫が静まる。
その言葉にどんな意味があるかは知らずとも、この陽気な師範歌舞師の過去にまつわる、重大な言葉であることは察せられた。
「あ、もひとつ、忘れてたでやんす」
重い空気を察したかG6。
「あちきの兄弟たち、おとーちゃんが手塩にかけて育て上げた海の男たち。全員すこぶるつきのイイ男でやんすが」
にやり。
「決して惚れちゃあダメでやんすよ? 『海の男に惚れた女は地獄』と、相場は決まってるでやんすからね」
G6のウインク。まるで音がしそうなそれに、どっ、と倉庫に笑いがもれる。
「最後は私だ。着替えながら失礼する」
G10ロードナイトが引き継ぐ。さすがにもう全裸ではなく、下着をつけ、鎧下で身体を覆った上で、若いカプラ嬢たちの介添えを受けながら鎧を着けている最中。
「商会の船に乗ったら、すみやかに『ファロス灯台』へ集まれ。あの古城は私の城だ」
ルーンミッドガッツ王国でも屈指の大貴族に生まれたG10ロードナイトは、グラリス拝命の際、父親から形だけの領土をもらっている。ロード、すなわち『領主』であることが、拝命の条件だったからだ。
「形だけとはいえ我が城。遠慮は無用。そして、そこが我らの最後の砦となる」
聖戦時代には海戦の拠点として利用された灯台兼要塞島も、現在は存在価値を失い廃城と化している。しかし陸地とつながる橋を落として籠城するとなれば、その難攻不落ぶりは相当なものになろう。
まして、全員がカプラ倉庫を自在に操れるカプラ嬢となれば、数年の籠城すらたやすいに違いない。
ただし、その時にはジュノーの『ユミルの心臓』は敵に握られ、カプラシステムもどうなっているか分からない。
籠城に援軍の望みはなく、ただの延命措置となる可能性も高い。
その未来は決して明るくは……
「んなの、真面目に聞く必要ない、ない」
ここまで真剣な撤退手順を、てんからバカにしたような声は、G2ハイウィザード。
「アタシぐらいになれば、逃げる算段なんていらないのよ。敵は全部焼くからね」
倉庫の中に、べつの感慨が流れる。
だが決して、G2の言葉を大言壮語と侮る者はいない。
言葉だけでなく、それが実現可能だからこそ『グラリス』なのだ。
「ハーイ、じゃあいくヨー!」
やっと準備が整ったか、それともここまで空気を読んで待っていたか。小柄なG15ソウルリンカーが印を結ぶ。
「『拳聖の……』」
ぼう、と光る魂術の光。
「『魂』!」
気合と同時、死体袋の上に青い気文字が流れる。
『過去に存在した最強の拳聖の魂を呼ぶ』、ソウルリンカーの術。ならば袋の中は、まさに死体なのか?
全員が注目する……だが。
「アレ……?」
術をかけた本人であるG15ソウルリンカーが、妙な顔で首を傾げる。
そして次の瞬間。
革袋が爆発した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok
時ならぬ黄色い歓声に、G3プロフェッサーが叱咤を飛ばし、ついでにG6ジプシーもたしなめる。
「へいへい、でやんすー」
当のG6といえば、大して応えていない様子だったが、それ以上G3プロフェッサーが怒らないのは、戦闘を目前に控えて深刻になりがちな空気を、G6ジプシーなりに和ませようとしたこと、と承知しているからだ。
「ありがとうございます、G6」
全裸をさらし物にされた長身のG10ロードナイトが、小声で礼を言ったのも、それがあるからだ。戦(いくさ)においては先陣を切って敵を威嚇し、味方の士気を鼓舞する役割を追うロードナイトにとって、自陣の雰囲気を守ることも重要だ。
ところでG10、まだ全裸だが、相変わらずその肢体を隠そうともしない。ルーンミッドガッツ王国において、聖戦時代から続く名家中の名家に生まれただけあり、羞恥心というもののあり方が根本から違っているらしい。
「お召しを、G10」
「うむ、大儀である」
G10ロードナイト付きの若いカプラ嬢たちが、G10専用の鎧に着替えさせ始めても、ただ棒立ちでされるがままだ。ちなみに、近代的な組織を導入しているカプラ社において、カプラ嬢の間に『身分差』は存在せず、カプラの役名とナンバーによる階級制があるだけ。であるのに、G10ロードナイト付きのカプラ嬢たちが、まるで貴族に仕えるメイドさながらに彼女を敬うのは、やはり持って生まれた『血』のなせるわざと言えるだろう。
ただ自陣にいるだけで神々しく、敵を畏怖させ、味方を奮い立たせる。
戦の象徴・貴騎士ロードナイトの頂点として、実にふさわしい姿といえた。
一方で、それと正反対に静かで、そして緊張に満ちた一角がある。
「G13チーム。状況を」
G3プロフェッサーが報告を求めたのは師範殲滅士・G13アサシンクロス付きのカプラ嬢たち。
「あと3分で『補給』を終えます」
その返答は、まるで重大な機密研究の進捗を知らせるような正確さと、緊張に満ちている。実際、床に片膝立ちの『待機状態』で座ったG13アサシンクロスを、複数のカプラ嬢が取り囲んだ様子は、何かの希少生物の研究風景さながらだ。
「最後の一口です、G13」
『給餌係』のカプラ嬢が、何かの粥のようなゲル状の食物を、計量器でもって慎重に重さを測った上で、スプーンに乗せて差し出す。
「……」
G13が無言で口を開け、かぷ、と口に含むと、もぐもぐ……咀嚼する。
「いち、に、さん……」
カプラ嬢が、咀嚼の回数をカウントし、定量に達したところで飲み込むように指示。最後に、これも定量の水をストロー付きの容器で吸わせ、食事終了。
「お薬です。しばらく飲めなかった分を追加します」
『投薬係』のカプラ嬢が、堅牢無比の魔法金属・エルニウム製のピルケースから、いくつかの錠剤を取り出す。世界最古の職業集団・アサシンギルドの紋章が刻まれたこのピルケースは、ギルドから定期的にカプラ社へ届けられるもので、収められた薬の内容たるや、薬剤の専門家である師範創成師G7 クリエイターにすら、
『さっぱりわからない』
と言わしめる代物。
『ひょっとして、すべて偽薬(プラセボ)かも』
彼女は、そう分析する。
『偽薬(プラセボ)』、あるいは『偽薬(プラセボ)効果』とは、まったく薬効のない、たとえば小麦粉を固めたものを『薬だ』と言って患者に与えると、薬効がないにも関わらず症状が改善することことがあり、その現象を指す。
『これを飲まなければいけない、と思い込まされている可能性は否定できない』
ピルケースの中身を調べたG7は、確証はないながらも、そう結論づけている。
『最強の暗殺者が、万一にもギルドの支配下を逃れないよう、そうしているのでしょう』
その分析は、G3プロフェッサーのものだ。
極端な秘密主義で知られるアサシンギルドは、世界最古の歴史を誇る反面、その内実のほとんどが闇に包まれている。その闇の奥から1世代に1人、純血の暗殺者が人の世に送り出され、『13番目のグラリス』を名乗るのが仕来りとなっている。
彼女らは驚異的な戦闘能力と、水底の花のような美しい外見を持つ一方で、その精神を徹底的に破壊され、能動的に言葉をしゃべることも、ろくに食事を摂ることもできない。
アサシンギルドが発行する『仕様書』に従い、こうして何人もの世話係が食事を作って食べさせ、薬を飲ませ、身体を洗い、髪を整える。彼女が自分でできるのは服を着て、武具を身につける程度だ。服の洗濯や武具の手入れも当然、世話係の仕事である。
「着替えますよ、G13」
『衣装係』が声をかけると、自分からカプラ服をばさばさ、と脱いでしまうG13アサシンクロス。G10ロードナイトとは別の意味で、羞恥心の欠片も感じられない。
ついでだが、こちらの全裸姿もまた、人間離れして美しい。
G10ロードナイトの時とはまったく違う、感動と畏怖に満ちたため息が、カプラ嬢たちの間を駆け抜ける。
「ほいほい、早く着せた着せた。『抜き身』は目に毒でやんす」
G6ジプシーの反応も真逆。確かにその姿、あまり長く見つめていると、魂を抜かれそうにすら感じられる。しかしG6、『抜き身』とはよく言った。
純血のG13アサシンクロス、その全裸姿はまさに『致死の刃』そのものといえる。
「どうした! なにかあったか!!?」
時ならぬ全裸劇場が展開した『マグフォード』の倉庫に、今度は凄まじい大声、それこそ倉庫の壁がビリビリと震えるような銅鑼声が響く。
グラリスNo9パラディンだ。
とはいえ、この銅鑼声は決して、彼女が空気を読まないとか、そういうことではない。
「G9、マイクの音量! 音量を下げてください!!」
G9パラディン付きのカプラ嬢がおおあわてで、『鎧から伸びた伝声管』に声を放り込む。
「おお!! すまん」
G9の返事は、前半が大きく、後半が普通。音量とやらを調節したらしい。
広い倉庫の、また別の一角。そこにG9パラディンと、そのチームが陣取っている。が、もはやG9パラディンの姿は『見えない』。
チームの中心に、でん、と据えられたのは巨大な鎧。それも尋常な大きさではない。
短く、太い脚部。脇が閉められないほど広い肩幅と、首が肩に埋まったシルエット。
シュバルツバルドの辺境、そこに広がる古代の遺跡『ジュピロス廃墟』で冒険者を待ち構えるモンスター『ヴェスパー』。その姿をシルエットに取り入れた、とてつもなく頑強な鎧だ。
あまりに屈強すぎて、鎧の内外で声が届かないため、マイクと集音器が取り付けられている有様。
「これでいいか?」
「OKです、G9。鎧に問題は?」
「ない。立ってみる」
G9パラディンの応えはシンプルだ。決して根っからの武人というわけではないが、戦に臨んで余計なことは言わず、常にシンプルに思考し、行動する。
戦場において、身を呈して味方を守る守護護聖騎士。身についた習慣とでもいうべきか。
ごん!
倉庫の床が一度、大きく揺れ、鎧が立ち上がる。
「おお……!」
周囲から感嘆の声。
このヴェスパー様式の鎧は、法王を守る親衛隊のためにデザインされながら、誰一人として戦うことはおろか、歩くことも、立つことすらできなかったという『欠陥品』で、この1点を除いて二度と作られなかった曰く付きの代物だ。
それを着て平然と立ち上がるG9、身体の半身にホムンクルス製の義足を埋め込まれているとはいえ、やはり尋常な武人ではない。だがそれでも、
「……立つのはいいが、歩くのは難しいな」
そう認める。やはり壮大な欠陥品には違いないらしい。
「ジュノーに着けばペコペコが、『フィザリス』がいる。彼なら平気で騎乗させてくれるさ」
戦場で大怪我を負い、夫の手で禁忌の生体手術をほどこされて蘇った彼女を、リハビリ時代から支えてくれた愛鳥・フィザリス。
G9パラディンは、ジュノーのカプラ女子寮に残してきたその愛鳥が、今も無事でいることを疑っていない。
とはいえ、その愛鳥が女子寮に忍び込んだ無代と出会い、今や完全武装で主人の帰りを待っているとまでは、さすがに予想できまい。
「G9、武具はどうしましょう?」
「後でいい。ネジ止めしたら外せないしな」
ヴェスパー鎧、もはや『手』も内部に埋め込まれるため、槍や盾も鎧に直接固定する。これでは『戦う』というより、ただの『壁』だ。
法王の周囲に突っ立って、法王を狙う攻撃を身代わりに受け止める、そのための鎧。
「『給薬』だけ、始めておいてくれ」
「了解」
G9の指示を受け、カプラ嬢たちが抱えてきた箱は治療薬・ホワイトスリムポーションの大箱だ。この貴重な薬剤を、金属製のマガジンに1ダース単位で詰め、マシンガンの弾よろしくがしょん、がしょんと、鎧の背中に差し込んで行く。
「『給薬』よし。G9、作動テストを」
「了解」
鎧の内外、合図が揃うや否や、
がががががっ!!
本当にマシンガンの連打めいた機械音。続いて、
からからからん!!
鎧の下から、貴重な治療薬の空瓶が、これまたマシンガンの薬莢よろしく排出される。
「動作、問題なし。G9からG3」
G9パラディンが、壁の壁の伝声管に直接、鎧の伝声管を接続して連絡。
「G3です。G9。状態はどうですか?」
「準備よし。計算通りなら無補給で、即死攻撃に20分、耐える」
「十分です。あとは待機で」
「了解」
『即死』に『20分耐える』とは、聞くだに意味不明だが、指揮官たる月神のG3プロフェッサーは満足そうだ。
倉庫外からの伝声管が鳴ったのは、その直後。
「G1からG3」
「G3です。G1、なにか?」
「そろそろ『ジュノーフィールド』に入る。G15に準備をさせて」
「……了解。G15」
「アーイ」
小柄なG15ソウルリンカーが、ぴょん、と立ち上がる。
「じゃあ、『起こす』ネー」
その視線の先。
床に寝かされた、革製の『死体袋』。
つづく