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第五話「The Lost Songs」(3)
  「何だと!?」「何だって!?」
 クルトと、マグ ダレーナの二人が目を剥いた。
 「…ちょっとお待ち、流。それは間違いないのかい?」
 「はい、マム。 刃の形状に、近しい者にしか分からない特徴があるので間違いありません。『ファルコン』の生き残りに聞き取りした結果からも…これを使った『女剣士』は私 の許嫁『一条静』で間違いないかと」
 しん、とテーブルに沈黙が落ちた。
 その静けさとは裏腹に、各人の頭脳はぶんぶん と音を立てて活動している。
 クルトが姿勢を正し、流を真っ直ぐに見据えた。
 「タートルリーダー、貴様まさか部隊の機密を…」
 「いえ、漏ら してはいません。彼女は『ウロボロス4』のことも、私がここに参加していることも知らないはずです」
 流がきっぱりと言う。流の現状を知っているの は、瑞波では鉄と巴、そして善鬼だけだ。
 「…では一条家が『ウロボロス4』に介入して来た、ということか?」
 「それはあり ません」「それはないね」
 今度は流とマグダレーナが口を揃えた。
 「一条鉄…『狂鉄』はココのOBだ。下手にウチに手ぇ出せばどうな るか、良く知ってる。…それにヤツがもし本腰入れてきたなら、ファルコンはとっくに全滅してるよ。あんな中途半端な被害じゃない。それこそ神隠しにでも あったみたいに『消されてる』はずさ」
 マグダレーナがあごを撫でながら首を捻る。
 「ならば…」
 「偶然の接 触、と見るのが自然です」
 困惑顔のクルトに、流はあくまで落ち着いて応える。
 「私の許嫁が偶然『カプラ嬢殺害事件』に興味を持ち、他の冒 険者たちと共にカプラ嬢の護衛活動をしていて『ファルコン』をの作戦行動を発見したのでしょう。彼女ならモンスターによる陽動に引っかからなくても不思議 ではありません。…『ウロボロス』とは無関係かと」
 さすが、流の分析はほぼ正しい。
 が、『フールとBOT』という別の線に、静が 絡んでしまっていることまでは、さすがの彼も想定外だ。
 「参ったね、それは」
 マグダレーナが苦笑いする。
 「アンタの許嫁 が首都に来たって話は聞いてたが、偶然とはいえまさか『ウロボロス』にたどり着くとはねえ」
 その声には、怒りや嫌悪は無い。むしろ賛美の 色さえ強い。
 そもそも、ファルコンチームの活動は非合法であり、それを攻撃して壊滅させたからといって『一条静』には何の罪もない。
 自分で無法行 為をしておいて、逆にやられたから怒って報復する、などという安っぽい行動原理は、さすがにマグダレーナにはなかった。
 「去年来たアン タの友人…『無代』だっけ? あれは半年かぎ回ってもダメで、最近は大人しくしてるって話だったのにね。…放置しといたのがマズかったかしらね」
 マグダレーナ の言葉に、流はしかし、ふっと笑いそうになる。
 (…この人も『万能』ではないのだな…)
 顔色一つ変えな いが、内心では笑いをこらえるのに必死だ。
 (不味いも何も…『あの無代』を野放しにした所に『あの静』が加わったんだぞ。…あ、とな ると香も黙っっちゃいないだろう。これは大変だ)
 流の思考に、意地の悪い色が加わる。
 彼自身、静の『飛爪』を見た時には、正直吹き 出しそうになったものだ。ファルコンチームには気の毒だが…。
 (…さすがは我が許嫁というべきか…いきなりコレだ…)
 あの静がいつま でも瑞波で大人しくしているワケはない、と思ってはいたが、家出して首都に来たと思ったらこの『大活躍』である。
 静と共闘したと いう異能のロードナイトとプリーストには、流も心当たりがない。
 天臨館の者でも、瑞波の家来衆でもないなら、こちらで見つけた仲間だろう。わずか3人で ファルコンチームを壊滅させるのだから、残る2人もただ者ではないはずだ。
 (…さて何が始まるやら…。いくら『完全再現種(パーフェクト・リ プロダクション)』といえども、のん気に構えない方が良いと思うが…?)
 口には出さず、流は出されたコーヒーをすする。表情は一切動かさな かったつもりだが、テーブルの主はさすがに見抜いた。
 「…何がおかしいんだい? 流や?」
 マグダレーナが流を問いただしてくる。責める 口調ではないが、嘘を許す相手ではない。
 「…失礼しました、マム。…いえ、田舎者の友人に、お転婆な許嫁と、まことにお恥ずかしい 限りだと。どちらも決して王国の敵というわけではありません。どうかご容赦を」
 確かに嘘ではないにしても、しゃあしゃあとそんな台詞を吐いて弱々 しく微笑んでみせたりするあたり、流もなかなか『毒持ち』になってきたらしい。
 が、それがマグダレーナに通じているかどうかは、流にも本当の所は 分からない。
 何せ相手は、ルーンミッドガッツ王国の最重要人物の一人なのだ。
 『再現種(リプロダクション)』については以前説明した。聖 戦時代に生み出された強力な『戦前種』に匹敵する力を、何らかの手段で現代に蘇らせたものがそれだ。
 流の目の前にいる『マグダレーナ・フォン・ラ ウム子爵夫人』は『再現種』である。
 それもただの再現種ではない。

 『完全再現種(パーフェクト・リプロダクション)』。

 それは『成功種(サクセス)』を超え、『戦前種(オリジナル)』と同等かそれ以上の『性能』を持つ、と認められた再現種の呼び名である。
 そしてそれ を、世界で唯一保持しているのが彼女なのだ。
 王国内における彼女の、目に見える『戦力』と目に見えない『権力』には絶大なものがある。
 国王その人で さえ、彼女の意見を無視する事はできないと言われているのだ。
 (この人がその指をわずかに動かすだけで、オレなど文字通り『ひと捻り』だろう…)
 流もそれは十 分に理解しているし、だからこそ彼女の『下』に、その身を置いている。
 が、だからといって『服従』しているつもりはない。この若者が、自分の全てを他人に委ね るなどあり得ないことだ。
 内心はむしろ逆、この巨大な存在に対してさえ、挑むような気持ちで日々を送っている。
 当のマグダレー ナとて、この若者が額面通り自分に心服しているなどとは思ってもいない。それどころか、流のそういう所を好ましく思っているほどだ。
 逆に言えば、 流が何をしようがどうにでもなる、という余裕の為せる技でもある。
 「なるほどねえ…瑞波の『成功種(サクセス)』となれば、ファルコンを壊滅させたのもう なずける…か。クルト。一条静をマークしなさいな」
 「は!」
 マグダレーナの指示にクルトが畏まるが、流はわざと首を傾げてみせ る。
 「マークは確かに必要ですが、どうぞご注意を。我が許嫁を甘く見ますとケガをいたします」
 「…何だと?」
 クルトが不機嫌 そうに流を睨む。
 マズい指揮の結果とはいえ、部下の部隊を大きく傷つけた相手なのだから無理もない。
  「失礼します、大佐殿。…あの娘…静の『技』はもちろんですが、その『勘』をなめてはいけません。気配や視線、匂い、周囲全てに対する感覚がどれも神懸か り的で す。かなり遠距離からの監視でも気づかれる恐れがありますし…足音や足跡からでも人物を特定します。近距離なら体臭でも。特に…」
 流がクルトと マグダレーナを交互に見る。
 「特に…『私』の匂いならば相当離れていてもわかるでしょう。下品な話で申し訳ありませんが、身を隠すつもりなら、も う首都で立ち小便もできません」
 しん、とテーブルに沈黙が落ちる。
 「彼女らの霊力を遮断するこの鎧を脱ぐのも、 城の結界内以外では危険です。…足跡などは論外ですので、下手な外出も危ない。足跡を残さないように移動はペコペコで…」
 「わかったわ かった。…で、どうしろと言うんだね、流や」
 マグダレーナが苦笑しながら訊ねるのへ、流がすかさず、
 「私を首都から 離していただくのが安全かと」
 「…貴様!」
 流の要求に、クルトが目を吊り上げた。
 「勝手な事を言 うな! 貴様はこれから、今までの倍は働かねばならんのだぞ! ファルコン、イーグルの残存をお前に預け、アタックチームへ昇格させる! この席はその話 だと分かっているだろう!」
 クルトが激しくたしなめる。それも流に対する期待の裏返しなのだろうが、しかし当の流は知らぬ顔だ。
 「もちろんで す大佐殿。…しかし我が許嫁が首都にいるとなれば、『ウロボロス4』の機密保持が危険に…」
 「ならばその許嫁とやらを処分…」
 「お待ち、ク ルト。そこまでにしときな」
 マグダレーナが一段、温度の低い声を出した。
 「分かってるのかい? その娘は『狂鉄』の実の娘だよ? 万が一 にもヤツに知れようものなら…」
 「…方法はいくらもあります。この男には気の毒ですが…」
 静の『殺害計 画』を語る上司に、流はしかし黙したままだ。
 代わりにマグダレーナが受けた。
 「いうや、そう簡単にはいかないよ。これ以上 被害を出したくないなら、私がやるしかないね」
 「…!」
 クルトが顔色を変える。
 「…そん な…!」
 「ホントさ。その娘は『狂鉄』の娘ってだけじゃない。…『御恵(みめぐみ)』の血をも引いた極めつけの『成功種(サクセス)』だ。『霊 威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』、知らないワケじゃあるまい?」
 ぴく、とクルトの顔が引きつった。
 「『御恵』…?  あの『鬼道』の…? まさか…」
 「これは機密中の機密、他言は一切無用だよ。後ろの将軍衆もいいね?…流は知ってるはずだ ろ、その辺の事は?」
 「…」
 流は黙って、小さくうなずいたのみ。
 だがクルトは興奮を抑えきれない様子だ。
 「しかし…し かしアレは…『御恵の血』は根絶やしにされたはずでは…? 確か『ウロボロス6』に」
 「そうさ。だが一人だけ生き残った。あの『六の死神』の手を 逃れてね。『御恵桜(みめぐみさくら)』。それが一条鉄の前妻。そして一条静の『実母』の名前さ」
 マグダレーナが懐かしそうな、それでいて苦い 顔をする。
 「…機密了解しました。しかし、なぜ『狂鉄』が御恵の女を…? お聞かせ願えませんか?」
 クルトがマグダ レーナの方へ身を乗り出す。
 「『偶然』だったんだよ、これもまたね」
 マグダレーナが腹をくくった様子で、話し始めた。
 「『御恵』の 一族が『ウロボロス6』に皆殺しにされた時、彼女…『桜』一人だけがこの『ウロボロス4』に参加してたのさ」
 「な、なるほ ど…」
 それを聞いたクルトがまず一つ、納得が行ったと言う顔になる。
 「…確かにウチに参加していれば、居所も身元も完璧に隠蔽されま す。だから助かったと」
 「その通り。あの娘…桜はあの一族の中でも、特に優れた姫だったからね。ぜひウチに欲しいと無理言って来させたんだが… それが幸運だった」
 マグダレーナはしかし、浮かない顔で続ける。
  「…だけど『ウロボロス6』の追跡もしつっこくてねえ。このままウチで隠し切れるか、さもなきゃ『六の死神』とガチでやり合うか…。こっちには狂鉄も、桜 の『オマモリの鬼』だった善鬼もいたが、あの死神相手じゃね。最後は勝っても、受ける被害は甚大だ。さあどうする、ってところで『横やり』が入った」
 「横やり?」
 「そう。『ウ ロボロス8』からの横やりさ」
 クルトは、完全にマグダレーナの昔話に引込まれている。
 流にとっては既 知の話も多いが、秘密主義に貫かれた組織である『ウロボロス』についての話となると、彼とても知らないことの方が多い。
 
 『ウロボロ ス』。ルーンミッドガッツ王国に隠された、9つの秘密組織。

 それらの組織は それぞれが『王国のため』と称して、到底表沙汰にできないような活動を続けているという。
 時には部隊同士がぶつかり合い、時には手を組 む。
 9つの頭が9つの尾に噛み付く、あの異様な紋章そのままに、王国の暗部でうごめいてきた。
 (…王国の最深部…いや最暗部か…。その実 体…知りたいものだ…が…)
 瑞波国の世継ぎである流にとっては、それこそ喉から手が出るほど欲しい情報だ。
 だが、その情報 は間違いなく『猛毒』を持っている。下手に触れれば自分のみならず、瑞波の国さえ滅ぼされかねないほどの、それは毒だろう。
 その証拠にあの 『喧嘩上等!』な義父・一条鉄でさえ、ウロボロスに対しては慎重な態度を崩さないのだ。
 流の脳裏に、義父の言葉が蘇る。
 『…アレな、魔 物の巣だからよ。くれぐれも気をつけるんだぜ。お前が安っぽい情に流されることはねえだろうが…下手な『欲』も危ねえからな…』
 この『ウロボロ スの4つ目の頭』に招集された時に、彼が贈ってくれた言葉だ。
 その言葉をもらっておいて、ここで下手は打てない。
 (…焦るな。こ こで学ぶ事は学び、もらえる物はもらい、その全てを瑞波に持って帰るまでは…)
 流が自分に言い聞かせる。
 「…『ウロボロ ス8』…『交配・混合実験』を行っていた部隊でしたか…」
 クルトが記憶をたどるようにつぶやく。
 「ああ。『霊威 伝承種』の血に興味を持ったんだろうね。その『交配』を条件に、彼女を助けると申し出て来たのさ。…何せ『私を作ったヤツ』の孫だからね、つながりはあっ た」
 (…『私を作った』…?)
 流の耳と頭脳が、一片の情報も取り逃すまいとフル回転する。
 (マグダレーナ その人もまた、『ウロボロス』が生み出したというのか…?)
 何気ない会話に聞こえるが、そこに込められた情報の価値はケタ違い。まさに王国の超機密 情報のオンパレードだ。
  「…結局、桜がヤツの交配実験に参加することを条件に、ウチと『ウロボロス8』の共同であの娘を守る事になった。正確にはウロボロス6のバックに話をつけ て、死神に追求の手を引かせる、ってことで手を打ったのさ。…『交配相手は桜に選ばせる』ことが、私のつけた条件。そしてあの娘が選んだのが…」
 「同じ『ウロ ボロス4』にいた一条鉄…。とんだ馴れ初めですな」
 クルトが肩をすくめる。
 「まあね。でも私は後悔はしてないよ。あの二人は似合い だったもの」
 両肘をテーブルに突いて、両手で顎を支えるいささか行儀の悪い姿勢を取る。
 口元には思いのほか優しい笑み。
 「『狂鉄』の ヤツも最初は反発してたが、最後は納得したさね。そして桜は3人の娘を生んだ。『幸せだ』と、あの娘は言ったよ。嘘ではなかったと信じてる」
 マグダレーナ がしばし目を閉じる。
 こういう『情』は、時として、致命的な弱点となることもある。マグダレーナが『裏』の仕事に身を置いている以上なおさら だ。
 が、それすらハンディとしないほどの実力、これもその裏返しと言えた。
 彼らを前に平然と機密を漏らすのも、結局はその掌の上だから なのだと実感させられる。
 (…でなければ、ここから生きては帰れないだろうな…)
 流でさえ、内心は結構動揺している。彼の義父 と従姉妹達の話ではあるが、ここまで王国の暗部に深く関わっていようとは意外だった。
 掌に微かに汗がにじむ。
 その時だった。

 (…おい、前ばっかり見てんじゃねーよ。後ろも気遣えよ)

 流の頭の中に、もう懐かしいとさえ感じる声が響いた。
 あれはもう何年 前だろう。
 実の父、一条銀が存命中、城の中で繰り広げた悪ふざけ。
 『天井裏の魔王』。
 選ばれた勇者が 自分ではなく、名もなき町人の子供と知って、我慢できずに飛び入りした。
 すったもんだの末にコンビを組み、暗い天井裏を彷徨ったあの時。
 (お前、一人 で何でも出来るって思ってるだろ? 確かにお前は強いけど、それじゃ大将にはなれないぜ)
 確かに怖い物無しだった自分。体格も力も頭脳 も、同年代の少年達を遥かに凌駕していたのだから当然だ。
 その彼に、正面切ってダメ出ししたのは、その名もなき町人の子供だった。
 (…そうだっ たな…。このオレでさえ焦ってるんだ…)
 後ろで控えるユークは、それこそ気を失いかねないほどのストレスだろう。
 だが慌てて振 り向くようなことはしない。
 (…バカ、だからってキョロキョロ振り向きゃ良いってもんじゃねーよ! 後ろのヤツにだってな、誇りがあんだよ。母親 に心配かけるガキみたいな扱いされるのはイヤだろ? 何か考えろよ!)
 そう言って『若君』である自分の尻を蹴飛ばされた経験があるからだ。
 (…身分を知 らなかったとはいえ、ひどいヤツだまったく…)
 その事について実父である一条銀に文句を言ったところ、次の日、その子供が遊び相手として 呼ばれて来た。
 思えば、無代と自分の、それが出会いである。
 (…父上には、そんな無代がオレの成長に必要だと分かったのだろ う)
 そんなことを思い出しているうちに、何だか落ち着いて来た。
 そうなると、本来の流の調子も戻って来るというものだ。
 視界の端で、 『月影魔女』のメイドが一人、音も無くユークに近づくのに気づいた。
 (…ミルクのカップが空か…)
 ほとんど無意識に、流の左手が肩越しで背後に 差し出された。
 一瞬、後ろでユークが戸惑う気配がしたが、すぐにその手の上にそっ、とカップが置かれる。
 流はその空の カップを、近づいて来たメイドに差し出すと、小声でオーダーを出した。
 と、頼んだ流でさえ驚くほどの早さで、注文通りの品が運ばれて来る。
 ユークの好物 のホットチョコレートだった。あるいは、彼らの好みぐらい調査済み、準備済みなのかもしれない。
 無代なら『みそ汁頼んでみようぜ! みそ 汁!』と言い出しかねないな、と流は内心で苦笑する。
 甘い香りのするカップを、流は自分で受け取ると(流石と言うべきか、メイドもちゃんと流の 方に運んで来た)これまた肩越しに渡してやる。
 両手でカップを受け取るユークも、空気を読んで礼は言わない。
 が、流にもはっ きりわかるぐらい、ほっとした気配。
 その時、流の目と、微笑を浮かべたマグダレーナの目が合った。いや、流の鋭い感覚は、その 後ろに控える将軍衆の視線も自分に集まっていたと感じる。
 (…?)
 流の頭に疑問符が浮かぶが、
 (まあこの場に ユークを連れてくるのは、ちと場違いだったか)
 と納得する。
 しかし事実はそうではなかった。
 (…流のヤツ も、なかなかやるじゃないか)
 マグダレーナは内心、そんなことを思っている。
 (それでいい。 強いだけ、切れるだけのヤツに付く人間は、もっと強い奴になびく。その壁を越えるにはどうするか、コイツはちゃんと知ってる。…義理とはいえ、鉄の息子だ ねえ)
 懐かしく、軍人時代の一条鉄の顔を思い出す。
 恐らく、後ろの将軍達も同じだろう。彼らのほとんどが若い頃、一条鉄の世話になっている ことを、マグダレーナはよく承知していた。
 喧嘩の仲裁、作戦失敗の尻拭い。虜囚の身から救出してもらった者までいる。
 (…その鉄の 娘を処分する、なんてこの連中の前で言う事かね。クルトもまだまだだ…ああ、鉄のヤツがココを継いでくれてたらねえ…)
 少し嘆いてしま う。
 一条鉄という男の『面倒見の良さ』を語るにはもう一つ『気前の良さ』を忘れてはいけない。
 とにかく金払いがいい。
 この男と飲み に行って、一度でも金を払った部下はいないはずだ。苦しい時には何も言わずに金を貸してくれて、返済の催促一つしなかった。
 最大の伝説の一 つは、部下の故郷が飢饉にみまわれた時、それを救うために首都南露店の食料を残らず買い占め、冒険者達を雇ってそれを運ばせたエピソードだろう。人口 800人の貧しい村は今、『クロガネ』という地名を名乗っている。
 もちろん、軍人の給料でできることではない。
 金を出したのは 故郷の兄、瑞波の先代の殿様である一条銀だ。
 弟の求めに応じ、巨額の金を淡々と送金し続けた兄。
 瑞波の国がいく ら豊かとはいえ、いささか浪費が過ぎるという重臣達の苦情に、
 「肥料に水。大樹を育てるのに惜しむ馬鹿があるか。しかも『敵地』たる王国に根を張ろう というのに」
 と一蹴し、弟を支え続けた。
 鉄。流。そして無代。
 今、瑞波の未来に大きく関わろうとする男達。
 その男達の肩 に、今は亡き一条銀の温かい手がいつも添えられている、そのことを知る者は少ない。
 『力の塊』であるマグダレーナさえ、瑞波の国で真に恐るべき 相手が何者か、果たして知っていただろうか。
 『天井裏の魔王』。
 彼の残したモノが今、その力強い枝をついに伸ばし始めてい た。
 (…聞き逃すな…ユーク。全てを持ち帰るぞ。ここからな…)
 流の気持ちは、背中で伝わったろうか。
 (しかし…『ウ ロボロス』同士の内紛…その結果生まれたのが…綾、香、そして静…)
 流でさえ、家族以外からは初めて聞く、一族の秘密。
 さしもの彼も興 奮を抑えきれない。
 (一条家と『ウロボロス』…)
 『因縁』。
 流の頭にその言葉が焼き付く。
 流の内心を他所 に、マグダレーナとクルトの会話は続いている。
 「しかしマグダレーナ様、『ウロボロス8』はしかし、消滅したのでしたね」
 「そう。桜が 死んで、鉄と3人の娘達が天津へ帰るのにくっついて、あの男も天津に研究所を建てたんだが…その後、研究所は突然壊滅しちまった。あの男、『ウロボロス 8』も行方不明さ」
 「…研究中の事故、と聞きましたが」
 「実験動物が逃げて暴れた、って鑑定だったが、詳細は不明のままさ。職員も全滅したし ね。『ウロボロス8』の死体はなかったけど…死んだ、と考えるのが自然だろう。あの出世欲の塊みたいな男が、あれから十何年も音沙汰無しなんて考えられな い」
 マグダレーナが、新たに注がれた紅茶で口を湿らせ、

 「…死んだん だろうさ。『ウロボロス8』…『速水厚志』はね」 

 ぽつり、とつぶ やく。
中の人 | 第五話「The Lost Songs」 | 19:47 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
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