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第十三話 『Exodus Joker』(1)

 『飛空戦艦セロ』。

 それは遥か聖戦の時代、姉妹艦である『アグネア(ヤスイチ号)』と共に、この世界とは別の世界から次元の壁を越えて飛来した超技術体、いわゆる『オーパーツ』である。
 全長80メートル、全幅20メートルの細長い葉巻型をした船体は、音速とは言わないものの、現代の航空機に匹敵する速度で飛行が可能だ。
 動力も不明。
 作動原理も不明。
 燃料も、いや、そもそも燃料の補給が必要なのか否か、それさえ不明。
 要するに詳しいことは何も分からないが、とにかく使う事だけはできる、まさにブラックボックスだらけのオーパーツというわけである。
 さて、その名に『飛空戦艦』の名を冠する以上、当然ながら相応の戦闘能力も備えている。現状で知られている武装は唯一、船体後部に放射状に装備された12枚のエネルギーウイング『ルシファー』だけだが、しかし『だけ』と、言ってしまうにはその威力があまりに圧倒的であることは、過去のいくつかの戦闘例からも明白だろう。
 そして攻撃だけではない。船体を保護する装甲もまた破格の性能を持っている。
 一見すると何の変哲もない滑らかな金属板だが、実際には極微小のナノマシンが無数に集合した、水銀のような半流体の構造物でできているのだ。
 もし12枚の光の翼『ルシファー』をすり抜けて、この装甲に直接攻撃を当てることができたとしても、その攻撃エネルギーは即座にこの流体金属に吸収されてしまう仕組みである。
 さらに吸収されたエネルギーは、『セロ』の動力炉から供給される膨大な中和エネルギーによって包み込まれ、ゆっくりと相殺される周到さ。
 「まさに無敵にして不可侵、というわけですよ。『放浪の賢者』殿」
 得意顔もここに極まれり、といった表情でそう言い放ったのは『プロイス・キーン』。
 ルーンミッドガッツ王国に逆らう反政府組織、いわゆるレジスタンスの総評議長。
 だが、その肩書きには今や『元』が付いている。
 ルーンミッドガッツ王国に対する反逆活動の後ろ盾だったシュバルツバルド共和国、そして自らの組織さえ裏切った男。
 そして秘密組織『ウロボロス6』と手を組んで、この戦前機械『セロ』を手に入れ、同じ戦前機械『ヤスイチ号』を指揮するクローバーを陥れた張本人。
 瑞波一条家の二の姫・香や、記憶喪失の少女ハナコ、プリーストの若者ヴィフらを巻き込んだ裏切りと決別の顛末は、読者も既にご承知であろう。
 その男が、翠嶺を見下ろして笑っている。
 短く刈り込んだプラチナブロンドと、その特徴である鋭い目は変わらないが、めったに感情を表に出さないこの男にしては珍しい笑顔だ。
 しかし唇を片方に歪めただけのその表情は、残念ながら他人を不快にする効果しか持っていない。
 もっともプロイス自身、それはよく承知していて、だからこそめったに笑わないのだが、それでも今こうしてニヤニヤ笑いをやめないのは、自分が指揮する『セロ』の性能をこうしてひけらかすのが楽しくてたまらないからだろう。
 (……まるでオモチャを見せびらかす子供だな)
 プロイスの一方的な自慢話を聞かされた翠嶺が、その頭の中に抱いた感想は、奇しくも先刻『セロ』が飛行船『マグフォード』を襲った際、彼女の弟子である無代が抱いた感想とそっくり同じものだ。これが無代ならば、いや無代でなくたって嫌みの一つも言い返したいところだが、今の翠嶺にそれはできない。
 『賢者の塔』こと『セージキャッスル』、その創立者の一人であり、魔法に関わる者すべての尊敬を集める美しき『戦前種(オリジナル)』翠嶺。
 彼女は今、囚われの身だ。
 ここは『セロ』船内の、艦橋の手前にある広いブリーフィングルーム。あのクローバーが仕切る『ヤスイチ号』ならば、いつも船員たちの笑い声が響く憩いの場でもあり、翠嶺が足を踏み入れればたくさんの明るい挨拶で迎えられ、溢れんばかりの敬意と共に上座へ通されたものだ。
 だが『ヤスイチ号』とそっくり同じ作りでありながら、『セロ』のそれは飾りの一つもない、がらんとした空間。しかも今は、拘束された翠嶺とプロイスの二人きり。
 ぶっちゃけ辛気臭い。
 しかも翠嶺にとって不愉快なことはまだある。
 部屋の中央で翠嶺が座らされているのは、何とキャスター付きの頑丈な拘束椅子。花弁のような唇には呪文封じの箝口具を噛まされ、優美な手には印形を結べないよう革袋を被せられた上で、椅子の左右の手すりにがっちりと固定されている。サンダル履きのすらりとした足までも、同じく拘束椅子に固定済み。こんな凶悪犯罪者か精神異常者のような扱いをしておいて、楽しい気分になれという方が無理な相談だ。
 だがここまで厳重に拘束しておきながら、一方で翠嶺の身だしなみは完璧だった。
 トレードマークでもあるエメラルドの髪は奇麗に梳かれ、青と緑を基調とした教授服も汚れを落として見事に整えられている。驚いたことに貌の化粧まで直されており、その美貌にわずかの乱れもない。もちろん翠嶺が自分でそうしたわけではなく、プロイスが下した命令によって、彼の配下の女性レジスタンスが施したものだ。
 無慈悲に拘束しておいて、片方では美しく着飾らせる。翠嶺に対するこの矛盾した扱いこそ、プロイスという男の性格をそのまま露呈していると言えるだろう。
 例えるなら網で捕らえた美しい蝶を、可能な限り美しく飾ろうとするコレクターのような、少々偏執狂じみた愛玩心。よって、
 (コイツにとっては、私もオモチャの一つというわけか)
 という翠嶺の分析は皮肉にも正しい。自らが所有する最強の戦艦の船内で、これまた自らが捕らえた美しく賢い獲物を前に演説する。この男の肥大し切った自尊心を満たすには、まさに持ってこいの舞台なのだ。
 「賢者殿が御自慢の『熱線砲(ブラスター)』で、この『セロ』の半流体装甲(セミリキッドアーマー)を貫けるものか否か、ぜひ試してみたいところでした。残念ですよ」
 プロイスの演説はまだ続いているが、翠嶺にはもちろん聞いてやる義理はない。まして反応を返してやる気などさらさらないので、一切無視して無表情・無反応を続けている。
 その一方で、翠嶺の内心は穏やかとは言えなかった。いや、『穏やかとは言えない』などという穏当な表現はそれこそふさわしくないだろう。
 それはもう『腸が煮えくりかえる』と言う表現がぴったりの荒れ模様。
 翠嶺先生、怒り心頭なのである。
 いや、怒っていると言っても、決して目の前のプロイスに対してではない。こんな男がいまさら何を言おうが、何をしようがどうでもいい。
 また他でもないプロイスの口から『マグフォード』の撃沈、そして翠嶺を助けようとした男(無代の事だろう)の死を告げられてもいたが、意外なことに、それに対する怒りもなかった。
 だがそれは当然、そもそも翠嶺は『マグフォード』が沈んだの無代が死んだのと言われても、内心ではまるで信じていないのだ。船長以下、超一流の腕利きが揃うあの船が、そして出来は悪いが明るさとしぶとさだけは超一流のあの弟子が、そう簡単に沈んだり死ぬとはどうにも思えなかった。
 では翠嶺先生、何に腹を立てているのかと言えば、それは『自分自身』に対してである。
 (この結果は、すべて私の責任)
 そのことだった。
 空中都市ジュノーの飛行船基地『タネガシマ』で『セロ』襲撃を受けながら。
 『セロ』の船内に引きずり込まれながら。
 そして身体を拘束され身だしなみを整えられながら。
 ずっとそれだけ考え続けていた。
 それこそ内臓を掻き毟られ、血を吐きながら叫び回りたいような最悪の気分を骨の髄まで舐め尽くした。同時にその明晰な頭脳で、徹底的に状況を分析もした。結果、
 (私が甘かった)
 そう結論づけるしかなかったのだ。
 すべての始まりとなったルーンミッドガッツ王国の秘密組織『ウロボロス』による『BOT』事件。
 そしてD1、無代との出会いから始まった『カプラ嬢誘拐監禁』と『カプラ社の乗っ取り事件』。
 いずれも世界すら揺るがしかねない大事件に、にここまで深く関わった以上、自分はもっと慎重に行動すべきだった。
 言い訳にはなるが、確かに予測不能の誤算が、しかも複数起きたことは事実だ。
 この男・プロイスが戦前機械『セロ』を手に入れ、翠嶺に好意的だったクローバーをレジスタンス組織から追放していたことは、想定外にもほどがある事態だ。まして彼らにとっては敵のはずのルーンミッドガッツ王国と密通し、まんまと『ウロボロス6』の地位についているなど夢にも思わないことだった。
 だがそうだとしても、せめて自分がもう少し危機感を持ち、慎重に行動していたなら。
 ホームグラウンドである空中都市ジュノーに到着してすっかり安心し、そこに現れたこの『セロ』を『ヤスイチ号』と誤認して子供のように有頂天になる、あんな醜態を犯さなければ。
 思えば、危険を察知するべき前兆はいくらでもあった。
 あらかじめ手紙でジュノー帰還を知らせてあったのに、タネガシマへ賢者の塔からの迎えが来ていなかったこと。そして『セロ』の無礼な動き。
 自分より先にその異常に気づいた無代が、『それはヤスイチ号ではない』と指笛と発光信号で知らせてくれた、あの時の気持ちときたら。
 (失敗して赤面したなんて、何十年、いえ何百年ぶりかしら)
 あの時の真っ赤な顔を、まさか無代に見られてはいなかったか。あの距離ならまず見えていないとは思うが、もし見られていたなら絶望の上塗りである。
 いっそ無代が本当に死んでいてくれないか、などと不謹慎なことを、つい考えてしまうレベルだ。
 いまさらの話だが、翠嶺が『マグフォード』の船内で立てた反撃のスケジュールも、いささかイージーすぎた。
 今朝、翠嶺が『マグフォード』の船内から発送した手紙。あれがレジスタンスに届きさえすれば、クローバーが直ちに『ヤスイチ号』で駆けつけてくれるはずだった。そして『ヤスイチ号』の圧倒的な戦力を持ってすれば、カプラ社の社長だろうが重役だろうが、排除するのに何の苦労も無い。
 一方、大国ルーンミッドガッツ王国にしても、人道を無視した『BOT』という存在を作り出し、それを使ってカプラ社の乗っ取りを企んだ、などという事実を証拠付きで突きつけられれば、さすがに言い逃れはできまい。
 あとはシュバルツバルド共和国とアルナベルツ法国の立ち会いの下で政治交渉を行い、最低でも現王の隠居、元老院の総辞職ぐらいの落とし前はつけてもらう。
 そういう筋書きだったのだ。
 犠牲を最小限に抑えた合理的、かつスマートな解決方法は、確かに翠嶺らしい。
 だがその影で、不安要素に目をつぶってはいなかっただろうか。
 味方のはずのセージキャッスルとシュバルツバルド政府内部に、『BOT』の他にも隠れた内通者がいる可能性は決して低くなかった。
 対王国レジスタンスの中でも、組織のリーダーであるプロイスと現場指揮官のクローバー、その2人の間が決して上手くいっていないことは知っていた。それがいつ爆発してもおかしくないことも、実感として分かっていたはずだ。
 それらの不安要素をあえて無視していなかったか。
 自分ならば上手くコントロールできる、と過信してはいなかったか。
 (もう『賢者』の称号は返上ね……)
 プロイスに気づかれないように、何度目かのため息をつく。
 「ま、お気持ちは分かりますよ、賢者殿。この私がルーンミッドガッツ王国に帰参して『セロ』を手に入れ、裏切り者のクローバーを追放し、ほぼ同時にジュノーを陥落させるとは、さすがの貴女にも予測不可能でしょう」
 プロイスの言葉は、それだけ聞けば翠嶺を慰めているようにも聞こえるが、本当の意味はもちろん逆だ。彼女を見下ろすニヤニヤ笑いから感じ取れるのは結局、翠嶺の心をいたぶり、同時に自分の手柄を大きく見せようという欲望だけ。
 それは先刻『マグフォード』を撃沈した(実際には偽装に騙されただけだが)時と同じ、この男は自分の快楽のためだけに人を玩弄する、最もタチの悪いサディストだった。
 「我々の目的は先ほどお話した通り、『ユミルの心臓』を手に入れることです。そしてこの『セロ』がある限り、それを阻むものは何もない。お分かりですね、賢者殿?」
 わざわざ一拍置く。
 「できれば賢者殿には、自発的に我々に協力していただきたいのですが?」
 翠嶺の顔を覗き込むように尋ねるプロイスだが、当然ながら応えはない。翠嶺の形の良い細い顎は、縦はもちろん横にすら動かない。
 完全無視。
 「当然でしょうな」
 プロイスは肩を竦めて見せるが、ただのポーズであることは明らかだ。それが証拠に彼の顔には、例のニヤニヤ笑いがずっと浮かんだままである。プライドの高い翠嶺が、そう簡単に自分たちに協力しないことなど、プロイスにだって最初から分かっている。
 「では賢者殿にお気持ちを変えて頂くために、ぜひご覧に入れたいものがあります。少々お付き合いいただきましょう」
 プロイスが気取って指を鳴らすと、即座に談話室のドアからレジスタンス隊員が入ってくる。翠嶺の身だしなみを整えたのとは別の女性隊員で、ブラウンのショートヘアーが似合うきりっとした美人だが、その顔にはまったく表情がない。
 (『BOT』だな)
 無表情の理由を、翠嶺は即座に見抜く。
 彼女とて、伊達にこの一年『BOT』を追ってはいない。そのぐらいの判断は見ただけで十分だ。
 恐らくレジスタンスが捕虜にした、ルーンミッドガッツ王国の女軍人か何かをBOT化したのだろう。最近になって作られた新しい『BOT』には、もっと表情豊かで見分けにくいものもいるが、この『BOT』の無表情を見る限り少し技術レベルが低いか、もしくはプロイスの好みでわざとこうしているのだ。
 だが、いずれにしても翠嶺が必死で追いかけてきた敵と、味方と思っていた組織のトップがこうして結びついていたなど、笑い話にしてもひどすぎた。
 プロイスが歩き出すと、すぐに『BOT』の女が翠嶺の後ろに回り、拘束椅子のハンドルを押して追従する。
 これも『ヤスイチ』とそっくりの、船内を真っすぐに船尾まで貫く廊下を少し歩いたところで、だがプロイスは急に歩きを止めた。翠嶺の拘束椅子を押す『BOT』も、少し下がった位置で並ぶ。
 一つの部屋のドアの前。プロイスはそこで少し何か考える様子だったが、
 「と、その前に、少々寄り道を致します。賢者殿」
 そしてドアに対して真っすぐに向かい、これまた気取った声で、
 「プロイスだ。開けたまえ」
 ……しかし、残念ながらドアは開かない。それどころか中から返事もない。
 「おい聞こえないのか!  ちっ……ブリッジ! 5号室のドアを開けろ! 船長権限だ!」
 苛立ったプロイスが大声を上げると、廊下の艦内スピーカーから短い応答があり、今度は命令通りドアが開いた。
 この世界では珍しい横開きの自動ドアが、音も無くスライドする。
 だが、開いた自動ドアの向こうに翠嶺が見たものは、ひどく意外なものだった。
 プロイスが何を見せようとも、それこそ眉一つ動かすつもりのない翠嶺でさえ、思わず『目を点』にしたもの。
 それは巨大な、あまりにも巨大な。

 半裸の男の後ろ姿だった。
 

 広い背。
 太い首。
 厚い胸。
 堅い腰。
 剛い脚。


 身長2メートル、もしくはそれ以上という『縦』も凄いが、『横』だって負けてはいない。全身が凄まじく発達した分厚い筋肉に鎧われ、ドア越しの限られた視界では全体像が見えないほどだ。
 いまさら男の身体なんぞにビビる義理もない翠嶺でさえ、思わず見惚れてしまいそうな男性美の極致。
  「な……っ?!」
 ドアを開けさせたプロイス本人が絶句した所を見ると、どうやら彼にとってもそれは予想外だったらしい。まあ、もし予想していたとしても、ドアを開けたところにいきなりコレがいて驚かない人間は、まずいないだろう。
 それほどに大きく逞しいその男は、しかもただ突っ立っているわけではなかった。
 太い鉄筋を数百本も束ねて固めたような片足が床を踏ん張り、そしてもう片方の脚が天井へ向かって高々と持ち上げられている。何とも奇妙な片足立ち。
 (これは確かアマツの相撲の……そう、『四股』)
 翠嶺の広範な知識が即座に正解を導き出す。が、その千年に及ぶ知識にさえ、ここまで見事な四股は含まれていない。
 掲げられた片足は天井に向かって真っすぐ、ほとんど垂直と言っていい角度で天を突き、しかもそれを支えるもう片方の足腰には、わずかの揺らぎすらない。
 永遠に思えるほどの、たっぷりとした滞空時間。
 やがて片足がゆっくりと時間をかけて降下した後、ひた、と床に着地する。
 ここまで無音。
 だが次の瞬間。

 ずぅん!!!!!!

 重い、これでもかと重い振動が床を走り、翠嶺を拘束した椅子までがびりり、と震える。異世界のオーパーツである『セロ』の床は、それ自体が衝撃を吸収する未知の物質で作られており、少々暴れたり騒いだりしても壊れるどころか足音さえしないはずだ。
 だが、その床さえこうして震わせてしまう、男の肉体とパワーの規格外っぷりをどうかご覧頂きたい。
 「無礼だろう、プロイス・キーン」
 振り向く気配さえ見せず、半裸の男が言葉を響かせた。肉体にふさわしく重い、そして落ち着いた声。
 「人を訪ねるのに予告もなく、来たら来たで勝手にドアまで開けて押し入る、それがお前の礼儀か?」
 正論、そして容赦がない。肉体だけでない、頭も切れるらしい。
 「き、貴様に礼儀を教わる覚えはない!」
 対して、ようやく我に返ったらしいプロイスの反論には、いまいちキレがない。
 「貴様の身柄は私が預かっているのだぞ! 立場をわきまえろ!」
 「わきまえるのはお前だ、プロイス・キーン」
 男の応えは相変わらず後ろ向きのまま。プロイスの恫喝など、どこ吹く風である。
 「身柄を預かっているからと言って、礼を失して良いはずがあるか。オレはお前の部下でも、まして虜囚ではない。故事に倣うならば『客』、すなわち『主』よりも格上、と知るがいい」
 またも正論。プロイスも一瞬、応えに窮する。その隙にかぶせるように男が姿勢を変え、今度は反対の足を持ち上げる。またしてもたっぷりと時間をとった、見事な四股。
 そうしながら、男の声がまた響く。
 「ま、オレも一から礼儀を教えてやるほどヒマではない。今回だけは無礼を見逃してやろう。用があるなら早く言うがいい」
 言葉の内容は寛大だが、よく考えれば相手に尻を向け、悠々と四股を踏みながら喋っておいて『礼儀』も何もなかろう。しかしこの男、そんなことは頭から気にもしていないらしい。
 先ほどの会話を聞けば少なくとも『セロ』の船内では、プロイスの方がこの男より立場が上のはずだが、これではもうどちらが上だかさっぱり分からない。
 一方のプロイス、さぞ真っ赤になって黙り込むか、はたまた逆ギレするか、と思われたが、さすがにそれはプライドが許さなかったらしい。
 どうにか怒りを抑えた震え声で、
 「貴様に良いものを見せてやろうと思ってな。まずはこちらを向くがいい、『タートルリーダー』」
 呼ばれた、その名前。
 だが巨漢はすぐには振り向かず、ゆっくりと四股の足を戻し、ずぅん! とまた一つ、重く床を揺らしておいて、いかにも面倒くさそうに身体の向きを変えた。
 今まで後ろ姿しか見せなかった男の肉体が、翠嶺達の前でついに露になる。
 凄まじい厚みを持つ肩と胸筋、そして鋼の塊を無造作に叩き込んだような腹筋。現代のボディビルダーにありがちな、逆三角形を強調する細い腰とは真逆もいいところの、太やかな大木の幹にも似た腰。
 その腹回りと腰回り、臀部から大腿部にかけての圧倒的なボリュームから一見、肥満している印象を受けかねないが、よく見ればなめし革のような皮膚の下には、引き締まった筋肉がパンパンに詰め込まれ、重力に負けて垂れ下がるような部位など、それこそ欠片も見あたらない。
 両腕は下手な女性の胴体ほども太く、そこから発生するであろう打撃力、あるいは圧搾力がどれほどになるか、想像するだけでも恐ろしい。
 山脈のように隆起した肩の筋肉が、太い首のそれとほとんど一体化し、頭部が胴体に一割ばかり埋まって見える、いわゆる『猪首』。これは人体の急所である頸椎を守ると同時に、頭や顎に打撃を喰らった際、脳を揺らされるのを防ぐプロテクターの役目も果たす。
 ただ半裸でそこに立つだけで、見る者に『重装甲・重武装』という矛盾した感想を抱かせる驚異的な肉体。
 加えてその容貌も強烈だ。
 濃く、太い眉。炯々と光る黒い瞳。アマツ人には珍しい、彫りの深いシルエット。
 荒々しい野生の剣呑さと、高貴かつ知的な上品さ、その相反する要素が見事に同居した、恐ろしいほどの漢っぷり。お伽話や神話の世界に住むという、人智を超えた知性と力を持つ虎や熊、竜が本当にいたとしたら、きっとこんな貌に違いない。
 逆に卑近な言い方をするならば、あの金剛モンク・ヨシアが評した『体育会系インテリヤクザ』という表現が一番しっくりくる。
 もうお分かりであろう。
 遠くアマツの天下を狙う戦国最強の暴れ大名・瑞波一条家の長子にして世継ぎの君。

 一条流。

 その男が、再び物語の中に威容を現した瞬間。
 そしてこの世界の運命を握る、大切な出会いの時。
 戦前種・翠嶺と一条流、二人の視線がぶつかり弾けた、それが初めての瞬間であった。

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