2014.06.24 Tuesday
Day of Glaris(1)
カプラ『グラリス』のホームグラウンドはどこか、と問われれば、『シュバルツバルトの首都・ジュノー』、それしか答えはあるまい。
もちろん他にも『グラリス』が配置された街は数多いが、街中にあるカプラポイント3箇所、そのすべてがグラリスで占領されている街となればもう、このジュノーをおいて他にはないからだ。
よって当然、ジュノー市民にとって『カプラ嬢』とは、長女役でトップとされる『ディフォルテー』でも、まして他の姉妹たちでもない、カプラ服の肩に『カプラスパイラル』を持たず、赤銅色の髪と黒縁の眼鏡がトレードマークの、この異色のカプラ嬢のことだ。
さらに『グラリス』の役を交代で務める『チーム・グラリス』の正体こそ、世の女性たちの憧れでもあるカプラ嬢を、さらに磨き鍛えるため組織された『教導師範部隊』であり、各職業のスペシャリストを選りすぐった超技能集団である、という事実もまた、ジュノー市民の誇りの一端を担っている。
加えて、あの世界の根幹を揺るがした大混乱の中で、強力無比の戦前機械・飛空戦艦セロを擁してジュノーを制圧した武装集団を、獅子奮迅の戦いで撃退した、という飛び切りの武勇伝が加わったのだから大変だ。
ジュノー市民の、いやシュバルツバルド国民が『グラリス』に向ける視線ときたら、もう神話時代の勇者英雄、いやそれすら通り越さんばかりの勢いであり、この街にある3箇所のカプラポイントは、いつも凄まじい人垣に囲まれ、さながら生きた女神の降臨を拝む聖地、といったありさまだ。
この日も早朝からジュノー中央のカプラポイントに、『チーム・グラリス』のメンバーでも一二を争う人気者、グラリスNo6・ジプシーが『降臨』するとあって、まだ暗いうちから凄まじい見物客が押し寄せ、カプラ嬢の身辺警護を行うカプラガードが、ほとんど総出で警備に当たる騒ぎになった。
だがその騒動も、カプラ嬢の交代時間が近づくと一段落。
もちろん『グラリス』の誰が、いつ、どこのカプラポイントを担当するか、そのシフト表は別に公開はされていない。だが今や大陸全土に広がったカプラファンにとって、それを予測することなど朝飯前である。
G6・ジプシーの次は、グラリスNo9・パラディンの出番だ。
と、ここまで書いておいて何なのだがこの義足の師範聖騎士、チーム・グラリス内の『人気の度合い』で言うと、実はそう高い方ではない。同じ剣士から転職するクラスとしては、何かと派手なグラリスNo10・ロードナイトとどうしても比較されてしまうし、その仕事にしても『縁の下の力持ち』に属するものが多い。それに何より、グラリスの中では唯一の『人妻』、それも知らぬ者とてない『愛夫家』であることが、カプラファンの大半を占める『野郎ども』の夢を打ち砕いているのだからやむを得ない。
もっとも彼女の『旦那持ち』としての落ち着きや、その妙に『男前』な性格や、職業婦人としての風格めいたものが、意外と若い女性に人気だったりするので世の中分からない。
折しも、野郎どもの野太い歓声に見送られたG6ジプシーが、それこそ天まで届けとばかりに盛大な両手投げキッスを残し、カプラポイントから消える。
と、ほぼ同時に次のグラリスが、前任者と寸分違わない位置に出現する。空間を自在に操るカプラシステムを利用した、お馴染みカプラ嬢の早変わりだ。
「……あれ?」
だが、周囲を埋めた人垣から漏れたのは歓声ではない。
『グラリス』の中で、これまた一二を争う長身のG9パラディン、その姿が出現するはずの空間を、観客全員の視線が『空振り』したのだ。
「じゃーん!」
口で奏でた効果音は、本来あるべき位置よりずいぶんと下。
グラリスNo15・ソウルリンカーだ。
本来現れるべき義足のG9パラディンとは正反対、グラリス中、いや全カプラ嬢の中でも最も背が低い、ほとんど少女にしか見えない師範魂術師。だがそれゆえに熱狂的かつカルト的な人気を誇るグラリスが、代わって出現した。
「……」
観客が困惑にざわめいたのも一瞬。そこは百戦錬磨のカプラファン達だ。この突然のシフト交代に、
(G9パラディンに何かあったらしい)
と類推するなどは序の口。そして、真に本当にこなれたファンなら、
(ああ……また『旦那』か)
と、見当をつけるぐらい、朝飯前なのであった。
「いくさじゃあああああ!!!!!」
ジュノーの南部、カプラ・グラリスの寮内に、虹声のG6ジプシーのこれでもかと景気の良い雄叫び、いや『雌叫び』が響いた。
義足のG9パラディンら一部の家庭持ちを除く、大半のグラリスが日常の根城としているこの建物は、先年の騒乱の中で完膚なきまでに破壊されてしまったが、去年ようやく再建された。
ただ再建したにしては、えらく時間がかかったのは、もちろん元の形に復元しただけではないからだ。
いつ、いかなる敵に襲われても数ヶ月は籠城可能な堅牢さに加え、大量の武器・食料を貯蔵し、シュバルツバルドの空を行き交う飛行船をボタンひとつで、即時無条件にチャーターできるネットワークを有する。攻めに回っても、世界中のカプラポイントで発生する有事に対して24時間いつでも、5分以内で初動を起こせる体制が整えられている。
まさに世界最強の女子寮。
その地下の岩盤をぶち抜いて設けられた広大なブリーフィングルーム。
「皆の衆、いくさじゃあ♪ いくさでござるううううう♪♪♪♪」
「G6、ちょっと静かに」
G6ジプシーの雄叫びが、ちょうどオペラのソロ風アレンジに変化した辺りで、グラリスNo3・プロフェッサーのツッコミが入った。
高い天井と広大な空間を有する部屋の中央、これまた巨大な指揮卓の上には、一つの都市と、ある建物の詳細な構造図が広げられている。 正面にグラリスの指揮官・G3プロフェッサー。さらにその周囲を、お馴染みチーム・グラリスの面々が埋める光景ときたら、この世のどんな女子会より物騒だ。
「アルデバランにおけるアルケミストギルドの武力殲滅は最後の手段です。あわてない」
G3プロフェッサーの声こそ冷静だが、内容は案の定、耳を疑うほどに物騒だ。
「だがG3、倖弥が殺された後では元も子もない」
抗議の声は義足のG9パラディン。ちなみに『倖弥』は彼女の夫の名前で、ということはやはりトラブルは『旦那絡み』であるらしい。その表情こそ冷静だが、既にカプラ服に合わせてデザインされたアーマードレスに帯剣、盾まで背負った完全装備。
いわゆる『殺る気満々』だ。
「辞表はもう『専務』に届けてあるし、カプラのみんなに迷惑をかけるつもりはない。私一人で行く」
「貴女まであわてないで下さい、G9」
だがG3プロフェッサーは一蹴。
「アルケミストギルドは確かに戦闘ギルドではありませんが、それでも武装は十二分にある。ギルド直属の威力部隊『髑髏印』は、単位時間あたりの火力なら世界一です。いくら貴女でも一瞬で灰だ」
「む」
防御が自慢の聖騎士が、一瞬で灰と言われては誇りもへったくれもない。
「それに無事、アルケミストギルドに突入して地下牢に辿り着いたとしても、非武装の旦那さんを連れて脱出はどうします? 今度こそ二人まとめて灰か、ホムンクルスの餌ですよ」
G3プロフェッサーの言い方こそ辛辣だが、言葉に決してトゲはない。事実を淡々と告げれば、意味の通じない相手ではないと分かっている。
「あと、その『辞表』とやらはコレですか?」
G3プロフェッサーが懐から、味も素っ気もない封筒をひょい、と取り出す。
「あ」
「さっき『専務』が返しに来ました。すごく困ってましたよ」
「む」
「あんまり『専務』を困らせないでやって下さい。『D1』と掛け持ちで、あの娘も大変なんですから」
言っておいて、ぴっ、と白い封筒を宙に弾く。瞬間、
「ファイアーボルト」
ぼっ!
一瞬で灰。
「むむー」
その言葉を使わぬ雄弁の前には、さしものG9も黙るしかない。
「大丈夫、旦那さんはまだ処刑されていません。G7がギリギリまで交渉を続けてくれている」
盲目のグラリスNo7・クリエイターは、チーム・グラリスで唯一、アルケミストギルド内部の人間だ。当然、組織にも一定のコネを持っている。
そもそも今回の発端は今朝、義足のG9パラディンの夫・倖弥に対し、アルケミストギルドから処刑命令が出たことによる。
元々、ギルド内部の異端児として、事あるごとにギルドと衝突を繰り返していた倖弥が、戦場で重症を負った妻のG9を救うため、『ホムンクルスを利用した人体部品の錬成・移植』という禁忌スレスレの行為に手を染めたことは、本編にも書いた。その倖弥を救うため、組成した妻はグラリスとなり、教会とカプラ社のコネを最大限に使って、夫の身を守ったことも読者既読の通りである。
それにより、アルケミストとしての大半の技能を封印され、わずかな製薬と露天しかできなくなった倖弥だったが、そうも言っていられない事態が起きた。
あの世界を揺るがした大騒乱だ。
『グラリス』として、その中心で戦う妻を放っておける倖弥ではない。ギルドとの誓約なんぞどこ吹く風、とばかりにいつものメンツを集めると、妻を助けるために参戦し、八面六臂の大活躍。
だが、コレがギルドの逆鱗に触れる。
一度ならず二度までもギルドの誓約を踏みにじったとなれば、確かにやむを得ない部分もあろう。
ただ、いずれの事態も情状は十分に汲んでよい話だし、何より正式な裁判もないまま『処刑』というのが穏やかでない。
『結局、アルケミストギルド内の勢力争い。その巻き添えを食らったのよ』
内情に詳しい盲目のG7クリエイターが語ったことだ。
『今のギルド長は製薬畑のトップ。だけど、今回の騒乱でG9や、ほかならぬ私が活躍したものだから、ホムンクルス畑の連中が盛り返して来ている』
G9パラディンの義足となった左足は、夫の倖弥がホムンクルスの技術を使って創りだした生体部品であり、人体とは比べ物にならない異能を有する。また盲目のG7クリエイターはホムンクルスを巨大化させる『巨大種(ギガンテス)』の第一人者であり、その作品はかのジュノー奪還作戦でも伝説的な働きを見せた。
『歴代、製薬畑が独占してきたギルド長の座を、ホムンクルス畑が奪う、ってね。馬鹿な話だけど』
元来、組織内の勢力争いなどに露ほどの興味もないG7は、肩をすくめてみせたものだった。
『で、製薬畑の連中が慌てて、G9の旦那を見せしめにしようとしてる、ってわけ。ホントはG9もまとめて消したかったみたいよ?』
冗談ではない。その伝でいけば、盲目のG7クリエイターの身柄だって安泰とは言えないではないか。
「万一のために、G7には護衛をつけています」
さすが指揮官のG3プロフェッサーに抜かりはない。
「しかし、それではG7がギルドを説得するのは逆効果では?」
「もちろん」
義足のG9パラディンの疑問を、G3プロフェッサーは肯定する。
「説得できる、とは最初から思っていません。こちらの態勢が整うまでの時間稼ぎ、そう考えてもらって結構」
「態勢?」
G9パラディンの目が不信を宿す。世界中どこでも5分以内の状況開始、それがグラリスの信条だ。実際、出撃なら今すぐでも可能である。
だがG3プロフェッサーは揺るがない。
「さっき『社長』を通じて、わがカプラ社が持つ『最強のカード』を切ってもらった。今はその連絡待ちです」
折しも、ブリーフィングルームへ複数の伝令が入る。
「OK、準備が整いました」
G3プロフェッサーが電文から顔を上げ、一同を見回す。
「どうやら武力殲滅は必要ないみたい。『救出作戦』に切り替えます。G5」
「おうよ。お待ちかねだぜ」
G3プロフェッサーの指示を受けたグラリスNo5・ホワイトスミスが、トレードマークのくわえタバコのまま、ブリーフィングルームの一角にある気密扉を開放する。
扉の向こうは細い通路、その向こうには分厚い装甲板でしつらえた扉がもう一つ。それを開くとまた通路、そしてまた装甲扉。
それが3度繰り返された後、最後の装甲扉が開かれた先は、『空』。
そして眼下には、
ぶぉぉおおおおお!!!!
双胴飛行船『マグフォードII』。再建なったその純白の巨体が、例によってアンカーも使わず、4つのプロペラのパラレル駆動だけを使って空中に静止し、乗客を待っている。
ちなみにここから乗り込むのに梯子も何もない。飛び降りる、が正解。すべてはG5ホワイトスミスが、あの動乱の反省をもとに作り上げた。用意周到にして強力無比の、これがカプラの要塞だった。
「チーム・グラリス、状況開始。ただし眼鏡は外さない。だから人も殺さない……極力」
G3プロフェッサーの、やはり物騒な指示が飛ぶ。
「あとG9、最後に一つ、確認したいことが」
「何?」
グラリスの指揮官は、今日一番の真剣な顔で、
「旦那さん、『女装』は得意ですか?」