2015.03.03 Tuesday
外伝『The Gardeners』(22)
「ヤーッ!!」
気合一閃、みいやのクナイが先制を仕掛けた。ちょっとした砲弾並みの威力を与えられたクナイが宙を裂き、『鬼殺しの閃鬼』を襲う。
「っ!?」
逃げる閃鬼が瞬間、脚に急制動をかけ、巨大な松の幹に身を隠す。
厳忽寺を囲む松林は、この寺がまだ島であった頃から生えていた原生林をそのまま活かしたもので、冬でも青々と茂る風景は絵にも描かれるほどだ。
だが今、その場所はまさに戦場と化していた。
「ヤーッ!!」
ばあん!!!
閃鬼が隠れた松の幹が、まるで内部から爆発したように抉られる。みいやのクナイが直撃したのだ。
「ヤーッ!! ヤーッ!!」
ばん!!! ばぁん!!
連続着弾。さすがに幹を貫くには至らないが、松の木の分厚い表皮が煎餅のように砕け、周辺の地面にバラバラと散らばり落ちる。凄まじいまでの威力だ。
だが、それだけの威力を誇るクナイを撃ちまくりながら、しかしみいやの狙いは『閃鬼を撃つ』ことではない。
ばっ!!
松林を透かして降り注ぐ月光、それが大きく陰ったと気づいて見上げれば、
「覚悟!!」
貴騎士・一二音と愛鳥『竜胆(リンドウ)』のコンビが、樹上から逆落しに攻めかかる。
巨大な松が生い茂る林の中で、別の木から樹上に駆け上がり、そこから閃鬼の隠れた松に飛び移って攻撃する。一方のみいやは、クナイの連撃で閃鬼を釘付けにする。忍者と騎士、陽動と奇襲、本来ならば役割は逆のはずだが、この連中にそんな常識は通用しないらしい。
対する閃鬼。
もし頭上からの奇襲を避け、松の幹を外せばクナイに撃たれる。といってその場に留まれば、樹上から加速しつつ突進してくる重騎士の一撃をまともに食らうことになる。その重量と加速度だけでも恐ろしいのに、さらにロードナイトのスキル攻撃が加われば、いかに閃鬼でも形すら残るまい。
松の幹を外さず、なお奇襲にも対応するには?
文字通り生死を分ける一瞬の決断、そこはさすが、歴戦の『鬼』である。
だっ!!
閃鬼は躊躇なく、松の幹を駆け上っていた。
みいやのクナイを避け、同時に頭上からの奇襲に対応するには、確かにこれしかない。攻撃に対して一方的に受けに回るより、こちらから向かって行くことで受けるダメージをある程度コントロールできる。もはや避けられぬ以上、こちらが撃たせたいところに撃たせる、いわゆる捨て身の戦法だ。
がががががっ!と、太い松の幹を駆け下りてくる一二音と竜胆に対し、閃鬼は衝突のタイミングを自ら調節する。
パアン!!
一二音の愛剣『鮮血喰い』が、ここ一番の破裂音を奏でる。超音速のクリティカル攻撃。その刃は必中、必殺。
閃鬼と一二音、鬼と騎士のシルエットが、松の巨木を上下にすれ違う。
まともな戦場なら決してありえない、おとぎ話の影絵劇。
ばぎぃん!!
激突、そして破壊音。影絵の騎士が地上へと駆け抜け、鬼は逆に樹上へと駆け上がる。
ばつん!
同時に地上へと落下したのは、殲滅士・アサシンクロスが使う両手剣『カタール』の片刃だ。しかも、真っ二つに折れている。
「……天っ晴れ」
一二音が思わず、敵への賛辞をつぶやく。こちらの剣が決して避けられぬと悟り、逆に自らのカタールを片方、襲い来る剣に叩きつけることで刃筋をそらした。
そして作り出したほんの数十センチの空間を、正確になぞってすり抜けていった。
文字通り、最小限の被害で虎口を脱したのだ。
しかし。
「みいや、左は奪った!」
一二音が叫ぶ。『鮮血喰い』に叩きつけられたカタールが砕けたのはもちろん、
「ヤツの左腕はもう使えん。回復の隙を与えるな!」
一二音の目と、そして剣から伝わる手応えが、閃鬼の左腕の骨という骨、関節という関節が滅茶苦茶に砕けたことを確認している。いくら『最小限の被害』と言っても、地上数十メートルから駆け下りるペコ騎士の突進を食らって、無傷で済むわけがないのだ。
「ヤーッ!!」
片腕で松を駆け上る閃鬼に、隣の松からみいやのクナイが飛ぶ。忍者の『クナイ投げ』は必中、すなわち狙われれば決して避けられない。
ぎん!!
閃鬼が残った右腕のカタールでクナイを撃ち落とし、素早くみいやの死角に入る。こうなったら、とにかく『狙われない』ことが重要だ。
「ヤーッ!!」
ばつん!!
一方のみいやもやすやすと黙らされはしない。閃鬼の足取りを予測し、ちょうど足場となりそうな松の幹を爆発的にえぐり取る。松の木の下からは、再び一二音と竜胆のコンビが駆け上がってくる。
閃鬼が跳ぶ。松の巨木のほとんど頂点まで駆け上がり、みいやのクナイを一発叩き落としてから、次のクナイを撃つまでのタイムラグを利用し、別な松の幹に飛び移ったのだ。
ずがぁん!!
その閃鬼の着地点に、同じく松から松へと跳躍した竜胆の蹴りが炸裂。閃鬼は辛うじて脚の小指一本、砕かれただけで逃れ、再び別の木へと跳躍。
「ヤーッ!!」
すかさず必中のクナイが飛来する。いかな閃鬼とて、空中で軌道は変えられない。
ばつん!!
砕け散った血と肉が、松林の中に撒き散らされる。みいやのクナイが、ついに直撃弾を得たのだ。しかし、
「まだ!」
一二音だ。確かに閃鬼の動きが止まらない。みいやの直撃弾を食らってなお、死ぬどころかほとんど速度も落ちない。では砕け散った血と肉は?
左腕だ。
一二音と竜胆によって使用不能にされた左腕で、みいやのクナイを受けた。結果、肩からわずかの上腕を残し、完全に失われている。アサシンクロスの衣装に備わった機能によって、自動的に欠損部分が締め付けられ失血を逃れているが、それでも行動能力が落ちないのは奇跡的と言えた。
(恐るべきヤツ……!)
奇しくも一二音、みいや共に同じ感想を抱く。好敵手をリスペクトすることをためらわない貴騎士はともかく、忍者がここまで敵に感嘆するのは、そうあることではない。みいやが半武士の『忍士』であることを差し引いたとしても、閃鬼の精強さが想像を超えていることは認めざるを得なかった。
「ヤーッ!」
みいやのクナイが跳ぶ。
「むんッ!!」
竜胆が宙を駆け、一二音の剣が舞う。複雑に絡み合う松の巨木の間で、凄まじい三次元戦闘が繰り広げられる。
しかし読者の皆さんは既にお気づきだろう。
一人足りない。
ばっ!!
竜胆が翼を開き、滑空しながら閃鬼を追う。対する閃鬼はそれを隙と見て、やや高い位置からペコ騎士に飛びかかる。一二音が剣で迎撃。さらに、その攻撃を予測していたみいやのクナイが飛来する。
空中に開かれた虎口。
ぎぃぃん!!
だが閃鬼は、一二音の剣の威力をカタールで吸収し、さらに高く跳んでクナイを避ける。
竜胆の翼では、滑空しても上昇はできない。みいやのクナイも連発不可。
閃鬼の身体がひときわ高い松の頂へ。そこからならば、ついに厳忽寺の五重塔が目に入る。
閃鬼が跳……
「取った」
みいやがつぶやく。
ばりん!!!
閃鬼の脚が凍りついた。まさに跳躍の瞬間、腰から下が超低温の霊物質に覆われ、出来損ないの氷像のように固められてしまった。
さやかの氷術だ。
その姿は見えず、だがこの位置で閃鬼を待ち受けていた。
飛び道具と体術を併せ持つみいや、そして騎鳥ペコペコの超絶的な機動力を駆使する一二音をアタッカーとし、あえて最大威力を持つさやかを隠しておいて、閃鬼を死地へと追い込む。
とはいえこの松林で炎術なんぞ使えば、それこそ瑞花の歴史に残る大火災を招きかねないため、範囲を絞っての氷術伏せだ。閃鬼もそれを分かっていて、しかし対策の立てようがない。力押しのように見えて、実は着々と仕掛けは作られた。
自慢の運動能力のほとんどを奪われ、さしもの閃鬼もたまらず落下する。そのまま地面に叩きつけられれば、下半身が粉々に砕けて即死間違いなし。それを見越してか、唯一自由な右腕を振り回し、松の枝をバキバキと折りながら速度を殺して落下したのは見事。
だが。
「ヤーッ!」
どんっ!!
今度こそ、みいやのクナイが閃鬼の身体を捉えた。ほとんど自由の効かない落下状態で、必中のクナイをかわす手はない。折った松の枝で防御、辛うじて即死は免れたがそれだけだ。
どさぁん!!
閃鬼の身体が地面に落下する。片腕を失い、下半身は氷漬け。オマケで脇腹の肉をごっそりとクナイでえぐられ、その出血もひどい。
放っておいても数分で死ぬ。だが貴騎士に、まして忍者に油断はない。敵がまだ生きている限り、魔法でも薬剤でも使えば瞬時に回復する、ここはそういう世界だ。
「せぇいっ!!」
一二音が大剣『鮮血喰い』を逆手に握り、ちょうど『槍投げ』のような構えを取りつつ、騎鳥・竜胆を疾走させる。
螺旋状の衝撃波をまとわせた剣を敵に投げつける、騎士最大・最強の攻撃スキル『スパイラルピアース』。
しかも一二音のそれは、騎鳥・竜胆の助走と踏み切りにタイミングを合わせて剣に威力を追加する、まさに彼女ならではの特別製だ。その破壊力ときたら、それこそ現代の野戦砲にも匹敵するだろう。もちろん人間など、たとえ鬼だろうがひとたまりもない。
同時にみいや、さやかの2忍者も、一二音の攻撃方向から正三角形を作った対角を保持、それぞれ得意のクナイとタタリの発動を準備済みだ。同時に発動しないのは、万が一にも敵が一二音の攻撃をかわした場合の備え。
トドメを三人同時ではなく三段攻撃とする辺り、周到な上に容赦がない。万事休す。
「『スパイラル』……」
一二音の詠唱。地面でもがく閃鬼の身体を、照準の魔法陣が取り巻く。騎士など直接攻撃職のスキルは、純粋に魔法力だけで攻撃現象を引き起こす魔法使いたちのそれと違い、だいたい詠唱が短いのが特徴だが、その中でも『スパイラルピアース』は長めの詠唱を必要とする。
だだだだだだだ、だんっ!!!
一二音の詠唱にピタリと呼吸を合わせ、全力で助走してきた竜胆が地面を踏み切る。
「……『ピアース』!!」
人鳥一体、尋常でない威力を与えられた螺旋の剣が、閃鬼めがけて撃ち込まれる。残るのはおそらく、血と肉と土の混じった温かい泥土、それだけだろう。
それだけのはずだった。
ぶんっ!!
スパイラルピアース、その必殺の軌道上に何か巨大なものが飛来し、割り込んだ。
「えっ!?」
クナイを構えたまま、みいやが目を見開く。だが無理もない。その忍者の目に映った飛来物は、あまりにも意外なものだった。
それは『石灯籠』だった。
厳忽寺の境内を飾る大灯籠だ。高さ2メートル、重さはおそらく1トンにも及ぶだろう。巨大な一個の岩を彫り削って作られた一体型で、『厳忽寺の灯籠さん』として、それ自体にお賽銭を上げる者もいる名物。
その巨大な石造物が、錆びたお賽銭を撒き散らしながら空中を飛んで来て、スパイラルピアースの軌道に割り込んだ。
ずがああああああん!!!
剣の威力が炸裂、石灯籠が砕け散る。代わりに閃鬼は無事……どころか、失った左腕があらかた再生している。回復剤を使った。通常、四肢を欠損するほどの怪我を負った場合、傷の程度や欠損からの経過時間によっては、回復剤を使っても復元しない場合が多い。だが相手は『鬼』、しかも傷を負ってからそれほど時間が経ってない。
復活される。
「撃て、みいや!!」
一二音が叫ぶ。さしもの彼女も、最大攻撃を放った直後に、即座に行動には移れない。
だが、みいやも撃てなかった。
『2個目の石灯籠』が彼女めがけて飛んできたから……ではない。そんなものはとっくに避けた。
『3個目の石灯籠』がさやかめがけて飛んできたからだ。
「避けて、さやかちゃん!」
『タタリ』の発動のためトランス状態に入っていたさやかは、しかし反応できない。
みいやはさやかの元へ走り、体当たりで地面へ押し倒す。
どすん!!
石灯籠が地面に、それこそ数十センチもめり込む。上手に『当たらない位置』に投げてくれたようだが、それでも万一のことはある。
『鬼殺しの閃鬼』が立ち上がる。四肢は完全に復活していた。
だが、みいやは動けない。
『石灯籠をぶん投げる』、そんなことが可能な『人間』が誰か、彼女は知っていたからだ。……いや、正確には『人間』ではない。
『鬼』を知っていたからだ。
『なぜ?』と『やはり!』、二つの感情がみいやの心をぐるり、と一回り。
だが結論はとっくに出ていた。
(……それでも、やるべきことは変わらない。敵は倒す!)
それだけだ。
さやかを抱きかかえたまま、ぐるん、と起き上がる。
「やっちゃえ、さやかちゃん!」
腕の中の『忍術兵器』に命じる。
しかし、その時だった。
「瑞波一条家筆頭御側役、善鬼が養女・咲鬼これにありっ!!」
遠く、厳忽寺の境内の向こうから、遥かな大音声が、その場のすべての者の耳に届いた。
少女の高く透き通った声は、まるで一筋の流星のように。
「『鬼殺しの閃鬼』! お前の相手はここだ! 咲鬼はここに! これにあるぞ! 」