2015.11.04 Wednesday
第十五話 Crescent scythe(21)
「自分で考えろ」
そう言い放って、静たちは後も見ずに騎鳥・ペコペコをスタートさせた。残された聖槌連がついて来るか来ないか、ひょっとしたら再び襲ってくる可能性も考慮し、警戒はしている。
が、結局、聖槌連は全員、それぞれに速度増加の呪文を使い、静たちのペコペコに追従してきた。もちろん正確にはアルナベルツの少女教皇その人に、だ。
果たして彼らが、本当に『自分で考えて』そうしたのか、それはわからない。
ただ彼らも、既にアルナベルツ教皇についての秘事を知ってしまっている。目の前で死んだ彼らのリーダー、右神将ヴァツラフ・ヴォーコルフと、他ならぬ少女教皇その人の口から語られた真実。
『教皇が神の化身などではなく、人の手で勝手に選ばれ、しかも強硬手段で拐かされたものであること』
『死後は教皇の資格を失うはずが、現教皇は赤子の時に一度死んでおり、しかも先刻、彼らの目の前でまた一度死んでいること』
すなわち少女教皇は教皇にあらず。
いや教皇は、教皇にあらず。
神にもあらず。
そのことを、眼前で嫌というほど見せつけられている。
もちろん彼らとてヴォーコルフに率いられ、『教皇殺し』の任務に加担していた。それ自体が本来、許されざる背徳である。
だが、それはあくまでヴォーコルフという、教皇よりも神よりも、『国家』そのものに奉じ、そして殉じた男に盲従してのことだ。事実、少女教皇の姿を見て以降、彼女を攻撃するどころか、まともに見ることすらできなかった。
だがヴォーコルフは死に、もう彼らに命令を与える者はいない。命令をくれるべき少女教皇も、彼らにそれを与えなかった。
『ただ命令に従っただけ』、という甘えを許さなかった。
この上でなお少女教皇に追従するとなれば、ただただひたすらに無思考な、本能だけで行動する昆虫にも似た盲信か。
あるいは本当に『自分で考えた』か、どちらかだろう。
「どちらでもよい」
フールの介添えを受け、愛鳥・プルーフの上に横すわりした少女教皇がつぶやいた。
「いずれにせよ、選択の責任は自分で取ることになる。ここから先は、な」
「……」
静たち一同、無言。
風さえ砂の味がする、アルナベルツの荒野。
ぴんと澄んだ空。
足音も軽やかに駆けゆく騎鳥。ふわふわ揺れる羽毛。
隊列を組み、追走してくる重僧兵。
(まるで、何かの物語みたい)
他人事のように考えたのは、マリンだ。
それは、あくまで巻き込まれるまま、流されるままここに至った彼女だからこその感想であった。
アルナベルツの少女教皇と、山賊じみた異国の武姫が出会い、その異能の仲間たちとともに戦い、また旅立つ。吟遊詩人の語る冒険譚のような世界に、自分が紛れ込んでいることが不思議でならない。
冒険譚であれば、こういう人物も意外な活躍の場があるものだが……。
(いやいやいやいや無理無理無理!!!)
脳内で全力否定。
先刻の戦いでは彼女も聖槌連の僧兵を倒しているが、
(あんなの二度と無理!)
思い出すだけでも怖気が走る。人を殺す、その感触に慣れることなど永久にないし、そもそも慣れたくもない。
(ジュノーへ帰りたいよぉ……翠嶺先生ぇ〜)
平和で安全な空中都市を、今ほど恋しく思ったことはない……が、読者の皆様はもちろん、現在のジュノーが平和からも安全からも程遠い状況にあることはご存知の通り。マリンの庇護者である翠嶺もまた同様。
もしも神様がいるとして、たとえばオートスペルの神様がいたとして。
どうもマリンにはあまり優しくない神様のようであった。
「お、ところで静ちゃんや?」
寝っ転がっていた騎鳥ペコペコの背中からむくり、と起き上がったのはうきだ。さすがに寝っ転がったまま騎鳥を操ることはできないが、手綱を伸ばしてフールの愛鳥プルーフにゆわえ付け、先導してもらう格好。
「ん〜?」
こちらはちゃんと手綱を握った静。鞍無し・鐙無しの裸鳥とはいえ、この姫君の騎乗姿勢に乱れはない。
「教皇タンにお仕えしたんならさ、職業、レベルアップしてんじゃない? 騎士(ナイト)か十字騎士(クルセイダー)か」
ざわっ……
うきがその言葉を口にした瞬間、一同の間に何か異様な空気が走った。
「そーなの? でもアレって、なんか面倒な手続きとかいっぱいあるんじゃ……?」
「いや、なれるぞ。どちらでも」
静の疑問に、即座に応えたのは誰あろう、アルナベルツの少女教皇だ。
「妾を誰と思う。アルナベルツを統べる皇帝にして、女神フレイヤのしもべを束ねる法王でもある」
心なしか、えいっ、と胸を張って見える。
「国を護るナイトでも、教えを護るクルセイダーでも、どちらの資格も下せる。選ぶがよい、静」
「そんな簡単なの?! だってフレイヤ教徒とかでもないよアタシ?!」
静が変な顔をするが、
「錠を開けるようなもんじゃからの。鍵穴を持つ人間がいて、それに合う鍵を持った人間がいれば、誰でもできる」
少女教皇はしれっ、としたものだ。
「静ちゃん、『剣士』になる時に、体にプリントされたでしょ? 魔法陣」
うきが確認するのへ、
「されたされた」
静が答える。
「あの魔法陣の中に、もともと全部入ってんのよ、スキルが。剣士から騎士、十字騎士までの」
うきの解説。
「だから極論、魔法陣のスイッチを切り替えるだけで転職できるんさ。ま、さらにその上の『転生職』となると、ジュノー行って転生儀式受けないとダメだけど」
「へー」
静が他人事のように感心する。
「そうやってスキルをひとまとめに移植して、誰でも使えるようにする。コレが大陸の『スキルパッケージ』技術、ってワケさ」
うきの自慢。
「というわけで、さあ選ぶのだ静ちゃん! 騎士か、さもなくば十字騎士か!」
「うーん……でも、いきなり言われてもなー。選び直しはできないんだよね?」
「できん。職業選択は一生に1回だけ!」
「うーん……」
普段は果断な静だが、ここは悩む。
「姫、差し出がましいようだけど」
珍しく、フールだ。静のペコペコの右側へ愛鳥プルーフを寄せ、
「ボクは騎士がいいと思う。いや、自分がそうだから言うわけじゃないけど」
「んー。確かに綾姉様が騎士だし。強いよねえ、騎士」
「えっ、待ってしーちゃん、そこは十字騎士じゃない?」
が、反対側にペコペコを寄せてきたのは速水。
「ヒールとか使えるし! あと槍だし!」
「そーいや、流兄様は聖騎士(パラディン)目指すって」
いちいち揺らぐ静に、
「騎士」
「十字騎士」
外野がうるさい。というか、
「その方ら、なぜそうも口出しする……?」
むしろ不思議がったのは少女教皇。その傾げた首の角度に、わざわざ合わせて首を傾げたうきが、唇を吊り上げてにんまり。
「説明しよう、教皇タン!」
ぴっ、と指を一本。
「職業選びとスキル選び。それは冒険者にとって最大の関門! そして他人にとっては!」
ぐっ、と握りこぶし。
「最大の娯楽なのだ!!」
「ああ、野次馬というやつか」
「バッサリだよ!?」
少女教皇の反応に、うきが騎鳥から落っこちそうになる。
その喧騒をよそに、当の静はさして興味も、興奮もない様子。
「ま、どっちでもいいわ。猊下、適当に決めてくれる? コインでも投げて」
といういい加減さ……が、その時だ。
「だぁぁぁ黙らっちゃりぇ!!!」
大声で、しかも盛大に噛んだのは、何とマリンだ。
「職業選びは真剣に!! スキル選びはもっと真剣に!! お遊びは許しません!!」
えらい剣幕である。
「ええい、そこを退けっ!」
「どわ!?」
ろくに乗ったこともない、しかも裸鳥のペコペコを鮮やかに操り、速水を押しのけて静の左へ。
「詳細に検討を行います! さあコレを見て!」
静の前にばーん、と広げたのはスキル表。
「い、いやマリン? アタシそーゆーのよくわかんないから適当に……」
「……黙れ」
「ひっ?!」
さしもの静が黙ったのは、マリンの目の色が変わっているから。そしてそれが義母・一条巴のそれを思い出させた。
(こ、コレはアレだ、逆らっちゃいけないアレだ)
「真面目に選ぶ……いいね?」
「あ……はい」
そういうことになった。
つづく