2015.12.01 Tuesday
第十五話 Crescent scythe(25)
静とうきによる、いささか剣呑な一幕を挟みながら、静たち一行はアルナベルツの荒野を進んだ。しかし少女教皇が目的地として示したダンジョン「氷の洞窟」まで、まだかなりの距離がある。仮に静がグリフォン化した速水を駆ったとしても半日以上、今のように鞍無しのペコペコと歩行の『聖槌連』を率いた状態では、夜通し走っても到着は明日だ。
夕暮れ、疲労も考えて早めの休息を取ることにした。
『砂漠の旅』といえば、照りつける太陽の下を半死半生で歩く様を想像しがちだが、実際に砂漠を往来する者達が選ぶのは『夜の旅』である。その理由は二つ。
一つには、もちろん猛烈な陽射しと高温を避けるためだ。砂漠の猛烈な高気温と乾燥は、人間の体から容赦なく水分を奪い、最後には体力を奪っていく。
二つには、方角を確かめやすいためだ。砂漠の民は海の民と同様、月や星の位置から方角を知るのである。
一行はそれぞれに砂漠に転がった岩の陰などで陽射しを避け、簡単な食事を取ったあと、マントに包まって眠る。そして深夜に起床して日が昇るまで、また歩くのだ。
……とはいえ、少女教皇にとっては過酷な、しかも初めての体験だ。ゴロゴロの岩をちょっとどけただけの土の上で、マント一枚敷いて眠れ、と言われたところで、
「無理だよねえ」
さすがの静も、これは頭を掻くしかない。
「すまぬ……」
申し訳なさそうに、少女教皇がつぶやく。声に力がないのは、それでも相当に疲れているからだ。ただ馴れない環境と、リラックスできない硬い地面の上で、神経が興奮したまま眠れない。
すでに日は暮れ、フールが用意した焚き火の灯りが、一行の横顔を赤く揺らしている。
「あ、マリンのオートスペルならどうだろ?」
静が思いつく。呪物技官・マリンが専門とするオートスペル装備の中には、攻撃したり、あるいは攻撃してきた相手を強制的に眠らせてしまう効果を持つものが存在する。だが、
「いやいやいや!?」
盛大に首を振るマリン。
「魔法による『睡眠』と、本来の『眠り』とは別物だから! 麻酔薬の強烈なヤツ、バケツで流し込むようなもんだから!」
眠ったまま起きることなく死亡した例もあり、人体にどんな副作用があるか、いまだに正確なデータがないのだという。
「うーん」
こうなると、静も万策尽きた感。
「……こんな時こそ、無代がいればなあ」
思わずにはいられない。あの青年なら、砂漠のど真ん中だろうがなんだろうが、王宮のベッドにいるような快適な環境を即座に整えてくれるにちがいないのに。
「どこでなにしてるんだか、もう」
自分のことは棚に上げる静である。
「しーちゃん、しーちゃん」
静の後ろから、速水。
「なに? あっちゃ……うお?!」
振り向いた静が盛大に仰け反ったのも無理はない。
夕暮れの砂漠の風に、青みを帯びて見えるほど純白の毛をなびかせた、小山のような巨体。
ウサギ型の巨大モンスター『エクリプス』だ。
「呼ばれた気がした!」
という速水、ウサギなのに、なぜかちゃんと『ドヤ顔』に見えるのがおかしい。
「あっちゃん、ナイス!」
静の顔が輝く。一方、周囲にはどよめき。静たちはもう慣れたものだが、聖槌連たちにとって速水の『変身』は、まあ当然といえば当然だが、かなり異様に映るらしい。
「ほいっ」
静が、ぐったりした少女教皇を軽々と抱き上げ、エクリプスの背中に寝かせ……
ぼふっ!
「?! 埋まった?!」
毛足が長すぎて、少女教皇の体が腰からVの字になって沈んでしまった。もふもふにもほどがある。
「コレ毛刈りして、んで毛布作ればいんでね?」
カタール両手に、うき。
「非道いっ!?」
速水。
「いえ、モンスターの身体は霊質ですから、毛とか刈っても本体から離れるとほとんど消えちゃいます」
マリン。
てんやわんやの末、エクリプスの両耳の間の、やや毛足の短いあたりにマントを敷き、そこに寝かせることで解決。
「コレ毛刈りして、んで毛布作ればいんでね?」
カタール両手に、うき。
「非道いっ!?」
速水。
「いえ、モンスターの身体は霊質ですから、毛とか刈っても本体から離れるとほとんど消えちゃいます」
マリン。
てんやわんやの末、エクリプスの両耳の間の、やや毛足の短いあたりにマントを敷き、そこに寝かせることで解決。
「大丈夫? 猊下?」
「うむ……いつもの寝床より……良い」
既にうとうとし始めている。静も安心した様子。速水の鼻面を軽く撫でておいて、自分の寝床へと戻る。
(……)
眠りに落ちる寸前、微かに開いた少女教皇の目に。
満天の星。
窓枠にも、城壁にも遮られず、容赦なく広がる夜空に、満天の星。
(……すごい)
このまま、目を開けたまま眠れば、夢の中に持っていけるだろうか。そして忘れずにいられるだろうか。いや、必ず覚えておこう。
初めてできた友達と過ごす、この星の夜のことを。
二度とない、今日という日のことを。
明日には終わってしまう自分の、すべてのことを。