2016.05.03 Tuesday
第十五話 Crescent scythe(38)
アルナベルツの都・ラヘルの街を、殺戮が吹き抜けた。
国民や神官に紛れ込んだ『BOT』だけをピンポイントで、選択的に殺していくのが理想だが、モンスターテロに偽装した騒乱の中では、それも万全とはいかない。
犠牲は出る。
少女教皇の命を受けた『聖槌連』が、嵐の後の街を走り回って蘇生をほどこしていく。静とうきが殺した『BOT』は傷口から判断できるし、何より殺し方が徹底しているため蘇生可能時間が短すぎて、『生き返らせる暇もない』。
(恐るべし……!)
さしも精鋭の『聖槌連』達でさえ、額に冷や汗を生じる。自分たちでは、たとえ命令されたとしても、ここまで徹底的にはやれないだろう。もしやれるとしたら、
(亡きヴォーコルフ神将閣下、ただ一人ではないか?)
と、そこまで思い至った時、はたと気づくのだ。
(あの静という女武者は、神将閣下の代わりを務めるつもりなのだ)
国家のため、あらゆる汚れ仕事を引き受けてきた老神将ヴァツラフ・ヴォーコルフは、『BOT』の脅威からアルナベルツを救うため、教皇のすげ替えを画策した。
もし、その企みが成功していたなら、こうして血を流して『BOT』を粛清するのは、彼の仕事だったはずだ。
だが彼は静に倒され、アルナベルツから去るはずの少女教皇は、自らの意思で帰還した。
その結果、アルナベルツを血で清める汚れ仕事は、他ならぬ静に回ってきたのである。
斬られた相手が流すはずだった血を、斬った静が流す。
血の因果。
誰かを斬るという行為は、たとえ遺恨のない勝負といえども、その因果を引き受けることになる。一条静という少女は、故郷を出てからの短い期間で、その因果の道を一気に駆け抜けた。
自分の気持ちだけで剣を振るってきた、ただ強いだけの少女剣士から。
自分以外の誰かの剣として、殺戮と流血を引き受ける武人へと。
それは『汚れた』とも言えるし、あるいは『逞しくなった』と表現することもできただろう。
だが静にとっては、どちらも同じことであり、そして望むところだ。
結局のところ『強い武者』など、人間社会の中では異端のはみ出し者にすぎない。力を示せば示すほど、社会の中からははみ出していく。そして最後には、ただの乱暴者として処分されるのがオチだ。
ゆえに、武人は主人や、国家に仕え、その枠組みの中で力を振るうしかない。
そうしてみれば、瑞波という故郷を飛び出した静は、いわば首輪の取れた猛獣そのものだった。
彼女がその力を振るい続ければ、『巨悪と戦う』というお題目があったとしても、いずれは猛獣として処分される運命だったはずだ。
『貴方と出逢えて嬉しい』
静が少女教皇に捧げた言葉に、嘘はなかった。
彼女はそこで初めて、ただの猛獣から『武者』となった。
アルナベルツという国の中で、たった一人、孤独に戦い続け、そしてこれからも戦おうとする少女を、今一時の主人と定めた。
自分の気持ちは後回しにして、この小さな主人のために刃を振るうのだ。
その滅私の生き方を静に示したのが、彼女が倒した神将ヴァツラフ・ヴォーコルフであったことは、皮肉というしかなかろう。
ただ違うのは、老神将の忠誠は国家に。
そして静のそれは、少女教皇その人にのみ属する。
ゆえに、静にとってはアルナベルツの国家などどうでもよい。
『猊下の道を阻むなら、国など滅びて当然』
『主人の剣』と一括りにするなかれ。
一条静、魔剣・妖刀の類なり。
事実、神殿の中をグリフォンで駆け巡りながら、
「ねえ、うき。あの『ニルエン』っての、やっぱ殺しといた方がよくない?」
「あー……でも『殺すな』ってよ、猊下?」
「まあ、そう言われたけどさー。なんか信用できない感じ、あの女」
「おっぱいデカいしねえ」
「デカいね……って、そこ?!」
呑気なのか剣呑なのか、いまいち判然としない会話を交わしている。
その間にも一人、また一人と『BOT』を見つけ出しては、確殺の刃を振るい続ける。普段は静寂と清浄に包まれる神殿は、今や文字通りの『血の海』だ。
「よし、じゃあこうしよう。『お前は教皇猊下の僕か?』って聞いて、嘘言ったら殺す」
この姫武者は、他人の嘘がわかる。
「お好きにどーぞ」
うきも反対しない。というより本当の所は、どうでもいいのだろう。殲滅士・アサシンクロスにとっては、いちいち殺人の理由など必要ない。
(不自由なこって)
にわかに『宮仕え』となった静に、うきは肩をすくめる。
自由な獣のようだった静が、いつしか賢い猟犬になっていく。その様は頼もしくもあり、残念にも感じる。もし静が、アルナベルツの荒野にいた頃のまま、山賊のお頭として好き放題に生きたらどうだったか。
それはそれで、きっと心踊る日々だったに違いない。
(ま、こっちのが正解なんだろうけどさ)
アルナベルツの少女教皇に出会う。そんな奇跡を引っ張り込むのが、ただの暴れ者とは違う。
一条静という少女の、稀有な輝きなのだ。
また一人、太った女神官の心臓を貫き、そして大神殿の『掃除』は終わった。
「ラスト、行こう」
「ほいな」
ある意味、無抵抗の人間を散々殺しまくっておいて、そのテンションはまるで草むしりのバイトでもしているかのようだ。実際、こんな底なしの猛獣どもが、自分の好き放題に生きたとして、それは他者の迷惑以外の何物でもあるまい。
一度訪ねたニルエン大神官の部屋は、静の頭に記憶されている。
ノックもなしに扉をぶち破り、グリフォンごと突入。
ベッドの上、全裸で抱き合う男女へ一気に肉薄すると、ひらりと床に飛び降り、大鎌『片菫』の刃を閃かせる。
ざん!
逆刃・細身の薙刀が、女の腹部へ吸い込まれた。
「……ひ?!」
ようやく状況に気づいた女大神官が、顔を引きつらせる。
夕刻、少女教皇をこの部屋へ導いた女武者が、護国の大鎌を自分の腹へ突き刺した。それが意味するものは、少女教皇が行う『掃除』の対象に、ニルエン自身も含まれた、という事実。
この場に及んで、彼女の理性は正確に働いた。
「お前は教皇猊下の僕か?」
静が予定の言葉を投げる。ぞっとするほど無感情で、重い声。
返される言葉が何であれ、土手っ腹を刃でぶち抜かれた状態で、自分の心に嘘がつける人間など、そうそういるものではない。
「答えろ」
「……我は僕にあらず」
その答えは意外。
「共に歩む者でありたい」
真っ青な顔に、一面の汗を浮かべながらも、女大神官の声は揺ぎない。
「……確かに聞いた」
しゅん!
刃が引き抜かれ、血があふれる。が、意外にも少量。
「内臓は傷つけていない。ヒールを」
静が、ベッドで固まっている裸の少年神官に言い放ち、くるりと背を向ける。
「……嘘じゃねーんだ?」
うきが尋ねるのへ、
「うん」
特に残念そうでもなく、静が答える。
ニルエンの言葉に、嘘はなかった。ならば少女教皇の財となろう。
「戻ろか」
「ほい、お疲れ〜」
相変わらずのノリで、グリフォンごと窓をぶち破り、うきをぶら下げて空へと舞い上がる。
流血の夜は、終わりを告げる。
つづく
国民や神官に紛れ込んだ『BOT』だけをピンポイントで、選択的に殺していくのが理想だが、モンスターテロに偽装した騒乱の中では、それも万全とはいかない。
犠牲は出る。
少女教皇の命を受けた『聖槌連』が、嵐の後の街を走り回って蘇生をほどこしていく。静とうきが殺した『BOT』は傷口から判断できるし、何より殺し方が徹底しているため蘇生可能時間が短すぎて、『生き返らせる暇もない』。
(恐るべし……!)
さしも精鋭の『聖槌連』達でさえ、額に冷や汗を生じる。自分たちでは、たとえ命令されたとしても、ここまで徹底的にはやれないだろう。もしやれるとしたら、
(亡きヴォーコルフ神将閣下、ただ一人ではないか?)
と、そこまで思い至った時、はたと気づくのだ。
(あの静という女武者は、神将閣下の代わりを務めるつもりなのだ)
国家のため、あらゆる汚れ仕事を引き受けてきた老神将ヴァツラフ・ヴォーコルフは、『BOT』の脅威からアルナベルツを救うため、教皇のすげ替えを画策した。
もし、その企みが成功していたなら、こうして血を流して『BOT』を粛清するのは、彼の仕事だったはずだ。
だが彼は静に倒され、アルナベルツから去るはずの少女教皇は、自らの意思で帰還した。
その結果、アルナベルツを血で清める汚れ仕事は、他ならぬ静に回ってきたのである。
斬られた相手が流すはずだった血を、斬った静が流す。
血の因果。
誰かを斬るという行為は、たとえ遺恨のない勝負といえども、その因果を引き受けることになる。一条静という少女は、故郷を出てからの短い期間で、その因果の道を一気に駆け抜けた。
自分の気持ちだけで剣を振るってきた、ただ強いだけの少女剣士から。
自分以外の誰かの剣として、殺戮と流血を引き受ける武人へと。
それは『汚れた』とも言えるし、あるいは『逞しくなった』と表現することもできただろう。
だが静にとっては、どちらも同じことであり、そして望むところだ。
結局のところ『強い武者』など、人間社会の中では異端のはみ出し者にすぎない。力を示せば示すほど、社会の中からははみ出していく。そして最後には、ただの乱暴者として処分されるのがオチだ。
ゆえに、武人は主人や、国家に仕え、その枠組みの中で力を振るうしかない。
そうしてみれば、瑞波という故郷を飛び出した静は、いわば首輪の取れた猛獣そのものだった。
彼女がその力を振るい続ければ、『巨悪と戦う』というお題目があったとしても、いずれは猛獣として処分される運命だったはずだ。
『貴方と出逢えて嬉しい』
静が少女教皇に捧げた言葉に、嘘はなかった。
彼女はそこで初めて、ただの猛獣から『武者』となった。
アルナベルツという国の中で、たった一人、孤独に戦い続け、そしてこれからも戦おうとする少女を、今一時の主人と定めた。
自分の気持ちは後回しにして、この小さな主人のために刃を振るうのだ。
その滅私の生き方を静に示したのが、彼女が倒した神将ヴァツラフ・ヴォーコルフであったことは、皮肉というしかなかろう。
ただ違うのは、老神将の忠誠は国家に。
そして静のそれは、少女教皇その人にのみ属する。
ゆえに、静にとってはアルナベルツの国家などどうでもよい。
『猊下の道を阻むなら、国など滅びて当然』
『主人の剣』と一括りにするなかれ。
一条静、魔剣・妖刀の類なり。
事実、神殿の中をグリフォンで駆け巡りながら、
「ねえ、うき。あの『ニルエン』っての、やっぱ殺しといた方がよくない?」
「あー……でも『殺すな』ってよ、猊下?」
「まあ、そう言われたけどさー。なんか信用できない感じ、あの女」
「おっぱいデカいしねえ」
「デカいね……って、そこ?!」
呑気なのか剣呑なのか、いまいち判然としない会話を交わしている。
その間にも一人、また一人と『BOT』を見つけ出しては、確殺の刃を振るい続ける。普段は静寂と清浄に包まれる神殿は、今や文字通りの『血の海』だ。
「よし、じゃあこうしよう。『お前は教皇猊下の僕か?』って聞いて、嘘言ったら殺す」
この姫武者は、他人の嘘がわかる。
「お好きにどーぞ」
うきも反対しない。というより本当の所は、どうでもいいのだろう。殲滅士・アサシンクロスにとっては、いちいち殺人の理由など必要ない。
(不自由なこって)
にわかに『宮仕え』となった静に、うきは肩をすくめる。
自由な獣のようだった静が、いつしか賢い猟犬になっていく。その様は頼もしくもあり、残念にも感じる。もし静が、アルナベルツの荒野にいた頃のまま、山賊のお頭として好き放題に生きたらどうだったか。
それはそれで、きっと心踊る日々だったに違いない。
(ま、こっちのが正解なんだろうけどさ)
アルナベルツの少女教皇に出会う。そんな奇跡を引っ張り込むのが、ただの暴れ者とは違う。
一条静という少女の、稀有な輝きなのだ。
また一人、太った女神官の心臓を貫き、そして大神殿の『掃除』は終わった。
「ラスト、行こう」
「ほいな」
ある意味、無抵抗の人間を散々殺しまくっておいて、そのテンションはまるで草むしりのバイトでもしているかのようだ。実際、こんな底なしの猛獣どもが、自分の好き放題に生きたとして、それは他者の迷惑以外の何物でもあるまい。
一度訪ねたニルエン大神官の部屋は、静の頭に記憶されている。
ノックもなしに扉をぶち破り、グリフォンごと突入。
ベッドの上、全裸で抱き合う男女へ一気に肉薄すると、ひらりと床に飛び降り、大鎌『片菫』の刃を閃かせる。
ざん!
逆刃・細身の薙刀が、女の腹部へ吸い込まれた。
「……ひ?!」
ようやく状況に気づいた女大神官が、顔を引きつらせる。
夕刻、少女教皇をこの部屋へ導いた女武者が、護国の大鎌を自分の腹へ突き刺した。それが意味するものは、少女教皇が行う『掃除』の対象に、ニルエン自身も含まれた、という事実。
この場に及んで、彼女の理性は正確に働いた。
「お前は教皇猊下の僕か?」
静が予定の言葉を投げる。ぞっとするほど無感情で、重い声。
返される言葉が何であれ、土手っ腹を刃でぶち抜かれた状態で、自分の心に嘘がつける人間など、そうそういるものではない。
「答えろ」
「……我は僕にあらず」
その答えは意外。
「共に歩む者でありたい」
真っ青な顔に、一面の汗を浮かべながらも、女大神官の声は揺ぎない。
「……確かに聞いた」
しゅん!
刃が引き抜かれ、血があふれる。が、意外にも少量。
「内臓は傷つけていない。ヒールを」
静が、ベッドで固まっている裸の少年神官に言い放ち、くるりと背を向ける。
「……嘘じゃねーんだ?」
うきが尋ねるのへ、
「うん」
特に残念そうでもなく、静が答える。
ニルエンの言葉に、嘘はなかった。ならば少女教皇の財となろう。
「戻ろか」
「ほい、お疲れ〜」
相変わらずのノリで、グリフォンごと窓をぶち破り、うきをぶら下げて空へと舞い上がる。
流血の夜は、終わりを告げる。
つづく
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