2016.08.02 Tuesday
「『無代の嫁です。どうぞよろしく』。だってサー?」
「なにそれ?」
G2ハイウィザードが、形の良い片眉を神経質に吊り上げる。
「『アタシのオトコにちょっかい出すなよ?』ってか?」
「そうは言ってませんが」
G3プロフェッサーが苦笑。
「……でもまあ、そういう意味でしょうか?」
「そういう意味でやんすとも」
G6ジプシーがニヤニヤ。
「アマツの某国の、姫君であらせられるとか」
D1が解説。無代とD1、ともに浮遊岩塊『イトカワ』から飛び降り、そこで出会った翠嶺と共に旅をした仲だ。
「なるほど。普通じゃないとは思ってたけど、嫁もか」
変な風に納得したのはG2。実は高いところが得意ではない彼女、『イトカワ』から飛び降りた無代を『頭おかしい奴』扱いしていた。
「別に手なんか出さないわよ、つっといて。あんな冴えないの」
G2、身も蓋もない。だがG15ソウルリンカーは笑って、
「もう行っちゃったヨー」
「なんじゃい、言い逃げかい!」
がん、と杖で床を打つG2。
「……」
小柄なG15ソウルリンカーは、長い煙管をくわえたまま無言。
(アマツ……そうか。『皆殺しを逃れた最後の生き残りがいる』って、アレだネ)
かつて故郷コンロンで伝えられた、秘密の記憶をたどる。
実はG15らコンロンのソウルリンカー達にも、『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』の血が流れている。
遠い昔、異世界から次元を越えてやってきた彼らの1人が仲間と離れ、コンロンに移り住んだ、その子孫が彼女らであるという。
その当時、聖戦終結直後のコンロンは混乱の極みにあった。
聖戦中、指折りの激戦地となったコンロンは、人知を越えた戦いの余波によって無数の次元断層を抱え込み、常に異世界からの脅威にさらされていたのである。
コンロンに移り住んだ『霊威伝承種』は、その混乱を押さえ込み、また異世界から侵入する魔物を駆除するため、自らの血と技術、すなわち『鬼道』をコンロンに根付かせた。
性別も伝わらない、この初代の動機が何であったのか。
『愛した人がコンロン人であった』、それ以外の伝承はない。それで十分なのだろう。
それから幾星霜、初代が伝えた血はすっかり薄まり、高度な心霊技術の多くが失われた。
コンロン人はその後も『霊威伝承種』との接触を試みたが、すべて失敗している。
『霊威伝承種』と縁の切れたコンロンが再び彼らの話を聞くのは、ルーンミッドガッツ帝国の秘密機関『ウロボロス』による殲滅が行われた後のことになる。
『霊威伝承種』の血、そして『鬼道』の力がコンロンに戻ることは、永久になくなったのだ。
それでも現代、稀にG15ソウルリンカーのような強力な魂術師が生まれるのは、コンロンの地を守らんとした初代の意思かもしれない。
それにしても先刻、一瞬だが目にした『霊威伝承種』の霊体。
(確かにすごい力だった)
魂を肉体から遊離する、それだけでも高度な心霊技術なのに、その状態で他人の魂術をインターセプトし、『BOT』にされた人間の魂を元の肉体に戻した。
さらにG16自動人形へ、他人の魂を入れることさえしている。
単に力があるだけではない、大胆かつ精密な『技術』がそこにある。
(『鬼道』……か)
G15ソウルリンカーは、強力すぎる力がもとで、故郷を追われることとなった。次元を越えてコンロンを襲った『神』を殺してしまったのだ。
ゆえに、その力の源流である『霊威伝承種』に対し、複雑な思いを抱くのは当然だろう。
(ま、一千年も前の話、どうでもいいけどネー)
煙管をぷかり。
ぽん、と落とした灰は、次元を越えてカプラ倉庫へ。とんだ携帯灰皿もあったものだ。 「どうした、G15」
物思いにふける眼前に、ぬっと顔を近づけてくるのは隻眼のG4ハイプリースト。鋭く引き締まった容貌に眼帯を着けた姿は、尼僧というより歴戦の傭兵教官そのもの。事実、彼女はアルナベルツ教国・フレイヤ教皇直属の威力機関『聖槌連』の武僧出身であり、片目を失う負傷の後、治療僧に転身した変わり種だ。
「体に異常があるなら、状況を説明しろ」
鋭く尋ねてくる様子も医者の問診というより、部下に戦況を問いただす鬼軍曹といった雰囲気。
「大丈夫だヨー」
G15ソウルリンカーが、細い目をさらに細く。
「ちょっと考え事してただけだヨ、G4」
「そうか。ならいい」
G4ハイプリーストの答えもシンプル。
「心のことはわからん。だが身体に異常があれば、すぐに言え」
それだけ言うと長身をさっさと翻し、『BOT』から戻ったT4のチェックへと向かう。その姿、『医は心』などと格言からは遠い。
だがG4ハイプリースト、たとえどんな戦場の、いかなる場所であろうとも駆けつけ、味方の命を救い、背中に担いで自陣へ駆け戻る。
患者に猫なで声をかけるのが医者なら、命を賭して命を救う者をなんと呼ぶべきか。
「ありがトー」
その背中に投げたG15ソウルリンカーの声は、彼女にして珍しい『本音』であった。
「じゃあさ、D4ってどこ行ったの? G16の身体使ってさ」
G2ハイプリーストが質問。
「ジュノーです。無代さんを助けるため、先回りした」
D1が回答。
「あ、無事なんだアイツ」
「無事だそうです。賢者の塔の架綯先生……私たちのカプラ倉庫を修復してくださった賢者様も。それからG9、G10お二人のペコペコ、『フィザリス』と『グレイシャ』も」
「何?!」
G10ロードナイト、そしてG9パラディンが反応する。
「二羽とも無代さんが世話をして、武装させて待っているそうです」
「……!」
G10ロードナイトの表情がみるみる明るくなる。一方のG9パラディンの表情は、巨大な鎧の中で分からない。が、
「うれしい情報だ。感謝する」
鎧の中から拡声器で応える声は、やはり明るい。騎士級の戦士たちにとって、騎鳥ペコペコは大切なパートナー。しかもこの2人のそれは、並以上に希少であると同時に、深い絆で結ばれている。
「そして……G1、聞こえますか?」
壁の伝声管へ声を投げたD1に、答えは即座。
「聞こえている。灰雷は無事か?」
「……無事どころか」
D1が珍しく笑う。
「無代さんを助けて、無双の大活躍だそうです」
「……そうか」
G1の声は変わらない。だが喜んでいないわけがない、それは全員が知っている。
「いい知らせをありがとう。……で、そんな時に悪いが、こちらからも知らせがある」
伝声管から聞こえる声に変化はない。
「何でしょう、G1?」
「敵の飛空戦艦を発見した」
一瞬、カプラの全員が凍りつく。
さらに一瞬の後、G3プロフェッサーの叫びが轟く
「総員、戦闘用意!!」
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok