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第十六話「The heart of Ymir」(9)

 「『無代の嫁です。どうぞよろしく』。だってサー?」

 「なにそれ?」

 G2ハイウィザードが、形の良い片眉を神経質に吊り上げる。

 「『アタシのオトコにちょっかい出すなよ?』ってか?」

 「そうは言ってませんが」 

 G3プロフェッサーが苦笑。

 「……でもまあ、そういう意味でしょうか?」

 「そういう意味でやんすとも」

 G6ジプシーがニヤニヤ。

 「アマツの某国の、姫君であらせられるとか」

 D1が解説。無代とD1、ともに浮遊岩塊『イトカワ』から飛び降り、そこで出会った翠嶺と共に旅をした仲だ。

 「なるほど。普通じゃないとは思ってたけど、嫁もか」

 変な風に納得したのはG2。実は高いところが得意ではない彼女、『イトカワ』から飛び降りた無代を『頭おかしい奴』扱いしていた。

 「別に手なんか出さないわよ、つっといて。あんな冴えないの」

 G2、身も蓋もない。だがG15ソウルリンカーは笑って、

 「もう行っちゃったヨー」

 「なんじゃい、言い逃げかい!」

 がん、と杖で床を打つG2。

 「……」

 小柄なG15ソウルリンカーは、長い煙管をくわえたまま無言。

 (アマツ……そうか。『皆殺しを逃れた最後の生き残りがいる』って、アレだネ)

 かつて故郷コンロンで伝えられた、秘密の記憶をたどる。

 

 実はG15らコンロンのソウルリンカー達にも、『霊威伝承種(セイクレッド・レジェンド)』の血が流れている。

 

 遠い昔、異世界から次元を越えてやってきた彼らの1人が仲間と離れ、コンロンに移り住んだ、その子孫が彼女らであるという。

 その当時、聖戦終結直後のコンロンは混乱の極みにあった。

 聖戦中、指折りの激戦地となったコンロンは、人知を越えた戦いの余波によって無数の次元断層を抱え込み、常に異世界からの脅威にさらされていたのである。

 コンロンに移り住んだ『霊威伝承種』は、その混乱を押さえ込み、また異世界から侵入する魔物を駆除するため、自らの血と技術、すなわち『鬼道』をコンロンに根付かせた。

 性別も伝わらない、この初代の動機が何であったのか。

 『愛した人がコンロン人であった』、それ以外の伝承はない。それで十分なのだろう。

 それから幾星霜、初代が伝えた血はすっかり薄まり、高度な心霊技術の多くが失われた。

 コンロン人はその後も『霊威伝承種』との接触を試みたが、すべて失敗している。

 『霊威伝承種』と縁の切れたコンロンが再び彼らの話を聞くのは、ルーンミッドガッツ帝国の秘密機関『ウロボロス』による殲滅が行われた後のことになる。

 『霊威伝承種』の血、そして『鬼道』の力がコンロンに戻ることは、永久になくなったのだ。

 それでも現代、稀にG15ソウルリンカーのような強力な魂術師が生まれるのは、コンロンの地を守らんとした初代の意思かもしれない。

 それにしても先刻、一瞬だが目にした『霊威伝承種』の霊体。

 (確かにすごい力だった)

 魂を肉体から遊離する、それだけでも高度な心霊技術なのに、その状態で他人の魂術をインターセプトし、『BOT』にされた人間の魂を元の肉体に戻した。

 さらにG16自動人形へ、他人の魂を入れることさえしている。

 単に力があるだけではない、大胆かつ精密な『技術』がそこにある。

 (『鬼道』……か)

 G15ソウルリンカーは、強力すぎる力がもとで、故郷を追われることとなった。次元を越えてコンロンを襲った『神』を殺してしまったのだ。

 ゆえに、その力の源流である『霊威伝承種』に対し、複雑な思いを抱くのは当然だろう。

 (ま、一千年も前の話、どうでもいいけどネー)

 煙管をぷかり。

 ぽん、と落とした灰は、次元を越えてカプラ倉庫へ。とんだ携帯灰皿もあったものだ。 「どうした、G15」

 物思いにふける眼前に、ぬっと顔を近づけてくるのは隻眼のG4ハイプリースト。鋭く引き締まった容貌に眼帯を着けた姿は、尼僧というより歴戦の傭兵教官そのもの。事実、彼女はアルナベルツ教国・フレイヤ教皇直属の威力機関『聖槌連』の武僧出身であり、片目を失う負傷の後、治療僧に転身した変わり種だ。

 「体に異常があるなら、状況を説明しろ」

 鋭く尋ねてくる様子も医者の問診というより、部下に戦況を問いただす鬼軍曹といった雰囲気。

 「大丈夫だヨー」

 G15ソウルリンカーが、細い目をさらに細く。

 「ちょっと考え事してただけだヨ、G4」

 「そうか。ならいい」

 G4ハイプリーストの答えもシンプル。

 「心のことはわからん。だが身体に異常があれば、すぐに言え」

 それだけ言うと長身をさっさと翻し、『BOT』から戻ったT4のチェックへと向かう。その姿、『医は心』などと格言からは遠い。

 だがG4ハイプリースト、たとえどんな戦場の、いかなる場所であろうとも駆けつけ、味方の命を救い、背中に担いで自陣へ駆け戻る。

 患者に猫なで声をかけるのが医者なら、命を賭して命を救う者をなんと呼ぶべきか。

 「ありがトー」

 その背中に投げたG15ソウルリンカーの声は、彼女にして珍しい『本音』であった。

 「じゃあさ、D4ってどこ行ったの? G16の身体使ってさ」

 G2ハイプリーストが質問。

 「ジュノーです。無代さんを助けるため、先回りした」

  D1が回答。

 「あ、無事なんだアイツ」

  「無事だそうです。賢者の塔の架綯先生……私たちのカプラ倉庫を修復してくださった賢者様も。それからG9、G10お二人のペコペコ、『フィザリス』と『グレイシャ』も」

 「何?!」

 G10ロードナイト、そしてG9パラディンが反応する。

 「二羽とも無代さんが世話をして、武装させて待っているそうです」

 「……!」

 G10ロードナイトの表情がみるみる明るくなる。一方のG9パラディンの表情は、巨大な鎧の中で分からない。が、

 「うれしい情報だ。感謝する」

 鎧の中から拡声器で応える声は、やはり明るい。騎士級の戦士たちにとって、騎鳥ペコペコは大切なパートナー。しかもこの2人のそれは、並以上に希少であると同時に、深い絆で結ばれている。

 「そして……G1、聞こえますか?」

 壁の伝声管へ声を投げたD1に、答えは即座。

 「聞こえている。灰雷は無事か?」

 「……無事どころか」

 D1が珍しく笑う。

 「無代さんを助けて、無双の大活躍だそうです」

 「……そうか」

 G1の声は変わらない。だが喜んでいないわけがない、それは全員が知っている。

 「いい知らせをありがとう。……で、そんな時に悪いが、こちらからも知らせがある」

 伝声管から聞こえる声に変化はない。

 「何でしょう、G1?」

 「敵の飛空戦艦を発見した」

 一瞬、カプラの全員が凍りつく。

 さらに一瞬の後、G3プロフェッサーの叫びが轟く

 

 「総員、戦闘用意!!」

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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