2016.09.06 Tuesday
「国民を見捨てた大統領に貸す腕はない。我ら『ハート技研』にはな」
そう言い放ったのは、男たちの中心に、どっかと腰を据えた初老の男だった。
「なんとおっしゃいました?!」
思わず反応したのは無代だ。
「……?」
初老の男が、怪訝な顔をする。だがそれも当然。
なにせ今の無代ときたら、もはや原型を留めないレベルまでボロボロになったツナギ1枚。飛行船『マグフォード』で、デッキシューズと一緒に船員用の予備を借りた、あの時のままだ。
あれから飛空戦艦『セロ』の襲撃をくぐり抜け、カプラの女子寮に忍び込み、ジュノーの外岸壁をよじ登り、片足を切り落とした偽装で架綯を救出した後、空中ブランコで浮遊岩塊を脱出し、地下水路で敵の攻撃を振り切った。
まともな人間なら、10回は死んでいてもおかしくない冒険をやりきったのだ。
結果、どちらも無代自身の血で濡れては乾き、濡れては乾きを繰り返し、今やどす黒い厚紙さながらの有様である。
「なんだ、テメエは?」
「これは申し遅れました」
相手の不信と敵意の前で、即座に姿勢を正し、丁寧に一礼。
「手前、『瑞波の無代』と申します。放浪の賢者・翠嶺先生、またカプラ・グラリスNo5、ノヴァ・ハート様にお世話になりました者にございます」
「なんだと?! 『お嬢』に?!」
翠嶺、そして何よりG5の名前に、初老の男だけでなく一団の全員が反応した。
『我らハート技研』、彼らがそう名乗ったことを、無代はもちろん聞き逃していない。そしてハート技研とはほかでもない、グラリスNo5ホワイトスミスの父親が創業した町工場であり、そして彼女自身が共和国有数の大企業へと育て上げた技術集団なのだ。
「はい。わたくし、ほんの昨日までカプラの皆様と一緒に囚われておりましたもので、そこで大変お世話に」
「……いい加減なこと抜かすとタダじゃおかねえぞ、テメエ?」
初老の男が凄む。本気で無代を絞め上げかねない殺気。
(よほど大事に想われているらしい)
彼らの反応の激しさを見て、無代は逆にG5という女性の慕われっぷりを逆算する。うかつな対応をすれば、逆にこちらの信用を失うだろう。
(さて、一筋縄じゃいかねえぞ)
無代が内心、ペロリと舌を舐める。
だが、意外なところから助け舟が来た。
「ほ、本当です! その人の言うことは本当なんです! イナゥヴァ技師長!」
戦車の上から、転げ落ちんばかりの勢いで駆けてきたのは、ドングリ色の教授服を着た小柄な少年。
架綯だ。
戦車の上で居眠りしていたが、さすがにこの騒ぎで起きたらしい。
「この人、無代さんは味方です! 僕も、翠嶺先生も、みんなを助けてくれた、勇敢で優しい人です! 僕が……『俺』が保証します!」
無代と出会ってわずか、人に対して、ここまで大声で主張できるまでになるとは。
「あ、いえそこまで大層なことは」
苦笑して頭をかく無代を、しかし一団はまるで無視。
「架綯先生!? アンタ無事だったのか!!」
初老の男は、ついに立ち上がって架綯のもとへ駆け寄ると、大きな手で架綯の小さな肩を抱く。二人、もとから知り合いであったらしい。
「賢者の塔の人たちは、残らず『ハデス』に捕まっちまったと」
「はい。でも、無代さんと……灰雷が助け出してくれたんです!」
「むぅ……」
そこまできて、初老の男はやっと無代を見る。さらにその向こう、停車した戦車の砲身を止まり木にした武装鷹・灰雷の姿も。
「どうやらマジみてえだな」
「お話をお聞きいただけますでしょうか? カプラ嬢の皆様の消息、そして『マグフォード』の帰還まで、あまり時間がございません」
「『マグフォード』! 提督・バークも無事か!」
「もちろんでございますとも、イナバ様」
無代が、無駄にいい笑顔でうなずく。初老の男の名前、正確には『イナゥヴァ』と発音するようだが、無代はあえて瑞波風にアレンジ。その方が、逆に無代を覚えてもらいやすい。
交渉は円滑、これも架綯のおかげだ。
(若先生、一皮むけたじゃないか)
内心の評価を改める。交渉人としてはいささか正直すぎるが、今回はそれがうまく働いた。
「では、情報の交換と参りましょう……ですがその前にひとつ、よろしゅうございましょうか?」
「なんだ?」
逆に問われた無代が、横目で指した先に、木箱の山。
「ひょっとして、あれは食料でございましょうか?」
「めざといな、おい。……腹へってんのか?」
初老の男、イナバがニヤリ。だがその顔には、もはや疑いの色はない。
「手前、料理人でもございまして。よろしければ皆様にもご馳走を」
「いいだろう」
イナバが了承する、そのタイミング。
「で、その代わりと言っては、なんでございますが」
「戦車か……? わかった、やってやらあ」
一瞬、複雑な顔をしたイナバだが、結局は了承。
「ついでに、何か着るものもお貸しいただけますれば」
「アンタ……無代さん?」
無代の怒涛の攻めに、イナバはもはや苦笑するしかない。
「その辺で勘弁しな。ケツの毛まで剥かれそうだ」
つづく
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