2016.11.01 Tuesday
「仕事だ、かかれ!」
雇用主となった架綯の号令一下、イナバたちハート財団の技師たちが一斉に戦車・バドンの整備に戻る。
速い。
今までだって相当に迅速な仕事ぶりだったが、彼らにとってはそれすら『手抜き』だったとはっきりわかる。ボルトを締める速度、複数の工具を持ち替える手際、慣れない人間が見れば、ほとんど何をしているのかさえわかるまい。
「15分で仕上げる。……大統領閣下野郎を呼んできな」
イナバがキャタピラーの点検をしながら、背中で無代をうながす。
「承知いたしました」
無代もグダグダ言わず、即座に背を返して走る。
「本当かね、無代くん?! 彼らが力を貸してくれると?!」
無代の報告を受けた大統領が、まん丸な目を余計に丸くしたのも無理はない。
これまで口をきくのはおろか、
『同じ空気を吸うのも忌々しい』
と距離を取られていた相手が、いきなり一緒に戦うことを承知した、と言われても信じられなくて当然だろう。
無代も彼の困惑を理解した上で、これまでの経緯を説明し、
「もちろん、だからといって『許された』わけではございません」
「……わかっている。二度と許してはもらえないだろうし、そもそも、許してもらおうとも思っていないよ」
大統領も神妙だ。
「私は、ただ行動する。無代くん、君の流儀でいうなら『仕事』をするよ」
まん丸い髭面を引き締める。
「今度こそ、大統領の仕事を全うする。そのつもりだ」
大統領とハート財団、ジュノーに残された2つの勢力が合流した。が、その数は少ない。戦力といえば戦車が1台。大統領親衛の貴騎士・ロードナイトが2人、に騎鳥ペコペコが2羽。上僧正・ハイプリーストと優魔術師・ハイウィザードが1人ずつ。
これに武装鷹・灰雷を加えたものが、ほぼ全戦力というありさまだ。
カプラ公安のエスナ・リーベルトが上弓師・スナイパーであるらしいが、彼女が弓らしいものを持っているのを無代は見たことがないし、本来は上級戦闘職である教授・プロフェッサーの架綯も、まるで戦闘向きではない。
大統領本人やハート財団の技師たちも、それぞれ職業は持っているが、まったく戦闘経験がなく、これなら無代の方がまだマシというレベル。
飛空戦艦『セロ』を有するレジスタンス勢に対抗するには、はなはだ心もとない。
「それでも、やらねばなりません」
無代が宣言する。
「あと1時間もすれば、飛行船『マグフォード』がジュノーに帰還いたします。それと同時に行動を起こせば、チャンスはある」
というか、それ以外にチャンスはない、というのが正しいことは、全員が知っている。
「とはいえ、どうする。まず『ユミルの心臓』はソロモン岩塊。ここはミネタ岩塊だ」
イナバの質問は根本的なものだ。
シュバルツバルドの首都・空中都市ジュノーは、3つの超巨大岩塊を連結して構成されている。
政府庁舎やセージキャッスルなど首都機能を象徴する施設がある『ソロモン』。
共和国図書館、シュバイチェル魔法アカデミーなど研究・教育機関が集まる『ハデス』。そしてジュノー国際空港を擁し、一般市街地が広がる最大の岩塊『ミネタ』だ。
飛行船『マグフォード』を降りた無代は、まずミネタ岩塊に降り立ち、カプラ社の女子寮に忍び込んだ。そして武装鷹・灰雷の助けを得て、ハデス岩塊に囚われていた架綯を救い出し、ミネタ岩塊に戻って、今に至っている。
「ロープ1本でジュノーの三大岩塊を飛び歩くたあ、大したもんだが、俺たちも同じことをするのかい?」
イナバはぞっとしない顔。
「左様でございますねえ……ソロモン岩塊へ渡る橋は当然、閉鎖されておりますね?」
「もちろんだ」
大統領が渋い顔をする。
「私たちは、緊急脱出用の小型気球でソロモン岩塊を脱出してきたのだが、それも破壊されてしまった」
政府政庁から脱出した大統領一行は、地下に隠された緊急用の小型気球に乗り込み、ミネタ岩塊へと繋がれたワイヤーをたぐって脱出した。しかしこの非常装置も、使用後に敵に気づかれ、飛空戦艦『セロ』の攻撃を受けて破壊されている。
「なら、また灰雷に頼むしかございませんね」
大統領の言葉に、無代がうなずく。
灰雷にロープを渡してもらい、パラシュート付きの空中ブランコで岩塊を渡る。無代が架綯を連れ、ハデス岩塊を脱出した時の手だ。
「しかし今度は敵も警戒している。斥候の報告では、ソロモン岩塊の縁の警備が増えているそうだ。上手くいくかどうか」
大統領は難しい顔。
だが、その時だった。
ばぁん ばばばぁん!!!
巨大な貯雪槽に、爆発音が響いた。
「?!」
「カール、5番に敵!」
エスナが叫びながら、貯雪槽につながるトンネルの一つを指差す。そこから煙。爆発はその奥だ。その爆発音でわかった。弓師が使うスキル、『罠(トラップ)』の起動音。
エスナは弓を使わない、『罠師』だ。仕掛けた罠は、警報も兼ねていたのだろう。
「バドン起動、砲撃用意!」
大統領の指示一下、大統領親衛の戦車兵がバドンに乗り込む。そして大統領自身も。
彼が戦車・バドンの戦車長なのだ。
がおん!!
双頭戦車・バドンのエンジンが起動。がじがじがじ、とキャタピラーが雪を削り、戦車の方向を変える。
2つの砲塔が、煙を吐くトンネルを捉える。
だが。
ぴいっ!!
武装鷹・灰雷の警報。すでにバドンから飛び上がった彼女は、貯雪槽の天井近くを舞いながら周囲を警戒していた。
「トンネル……あっちも、こっちからも!」
ばぁん! ばぁん!!
貯雪槽につながる無数のトンネルから次々に爆発音と煙。そしてそれを蹴散らすように、何かが貯雪槽へと突入してくる。
「あれは……人形だ! 自動人形(オートマタ)!!」
イナバが叫ぶ。
「キル・ハイルの亡霊だ!」
祖国が生んだ狂気の人形たちが今、無代たちに襲いかかる。
つづく
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