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第十六話「The heart of Ymir」(17)

 

 「仕事だ、かかれ!」

 雇用主となった架綯の号令一下、イナバたちハート財団の技師たちが一斉に戦車・バドンの整備に戻る。

 速い。

 今までだって相当に迅速な仕事ぶりだったが、彼らにとってはそれすら『手抜き』だったとはっきりわかる。ボルトを締める速度、複数の工具を持ち替える手際、慣れない人間が見れば、ほとんど何をしているのかさえわかるまい。

 「15分で仕上げる。……大統領閣下野郎を呼んできな」

 イナバがキャタピラーの点検をしながら、背中で無代をうながす。

 「承知いたしました」

 無代もグダグダ言わず、即座に背を返して走る。

 「本当かね、無代くん?! 彼らが力を貸してくれると?!」

 無代の報告を受けた大統領が、まん丸な目を余計に丸くしたのも無理はない。

 これまで口をきくのはおろか、

 『同じ空気を吸うのも忌々しい』

 と距離を取られていた相手が、いきなり一緒に戦うことを承知した、と言われても信じられなくて当然だろう。

 無代も彼の困惑を理解した上で、これまでの経緯を説明し、

 「もちろん、だからといって『許された』わけではございません」

 「……わかっている。二度と許してはもらえないだろうし、そもそも、許してもらおうとも思っていないよ」

 大統領も神妙だ。

 「私は、ただ行動する。無代くん、君の流儀でいうなら『仕事』をするよ」

 まん丸い髭面を引き締める。

 「今度こそ、大統領の仕事を全うする。そのつもりだ」

 

 大統領とハート財団、ジュノーに残された2つの勢力が合流した。が、その数は少ない。戦力といえば戦車が1台。大統領親衛の貴騎士・ロードナイトが2人、に騎鳥ペコペコが2羽。上僧正・ハイプリーストと優魔術師・ハイウィザードが1人ずつ。

 これに武装鷹・灰雷を加えたものが、ほぼ全戦力というありさまだ。

 カプラ公安のエスナ・リーベルトが上弓師・スナイパーであるらしいが、彼女が弓らしいものを持っているのを無代は見たことがないし、本来は上級戦闘職である教授・プロフェッサーの架綯も、まるで戦闘向きではない。

 大統領本人やハート財団の技師たちも、それぞれ職業は持っているが、まったく戦闘経験がなく、これなら無代の方がまだマシというレベル。

 飛空戦艦『セロ』を有するレジスタンス勢に対抗するには、はなはだ心もとない。

 「それでも、やらねばなりません」

 無代が宣言する。

 「あと1時間もすれば、飛行船『マグフォード』がジュノーに帰還いたします。それと同時に行動を起こせば、チャンスはある」

 というか、それ以外にチャンスはない、というのが正しいことは、全員が知っている。

 「とはいえ、どうする。まず『ユミルの心臓』はソロモン岩塊。ここはミネタ岩塊だ」

 イナバの質問は根本的なものだ。

 シュバルツバルドの首都・空中都市ジュノーは、3つの超巨大岩塊を連結して構成されている。

 政府庁舎やセージキャッスルなど首都機能を象徴する施設がある『ソロモン』。

 共和国図書館、シュバイチェル魔法アカデミーなど研究・教育機関が集まる『ハデス』。そしてジュノー国際空港を擁し、一般市街地が広がる最大の岩塊『ミネタ』だ。

 飛行船『マグフォード』を降りた無代は、まずミネタ岩塊に降り立ち、カプラ社の女子寮に忍び込んだ。そして武装鷹・灰雷の助けを得て、ハデス岩塊に囚われていた架綯を救い出し、ミネタ岩塊に戻って、今に至っている。

 「ロープ1本でジュノーの三大岩塊を飛び歩くたあ、大したもんだが、俺たちも同じことをするのかい?」

 イナバはぞっとしない顔。

 「左様でございますねえ……ソロモン岩塊へ渡る橋は当然、閉鎖されておりますね?」

 「もちろんだ」

 大統領が渋い顔をする。

 「私たちは、緊急脱出用の小型気球でソロモン岩塊を脱出してきたのだが、それも破壊されてしまった」

 政府政庁から脱出した大統領一行は、地下に隠された緊急用の小型気球に乗り込み、ミネタ岩塊へと繋がれたワイヤーをたぐって脱出した。しかしこの非常装置も、使用後に敵に気づかれ、飛空戦艦『セロ』の攻撃を受けて破壊されている。

 「なら、また灰雷に頼むしかございませんね」

 大統領の言葉に、無代がうなずく。

 灰雷にロープを渡してもらい、パラシュート付きの空中ブランコで岩塊を渡る。無代が架綯を連れ、ハデス岩塊を脱出した時の手だ。

 「しかし今度は敵も警戒している。斥候の報告では、ソロモン岩塊の縁の警備が増えているそうだ。上手くいくかどうか」

 大統領は難しい顔。

 だが、その時だった。

 ばぁん ばばばぁん!!!

 巨大な貯雪槽に、爆発音が響いた。

 「?!」

 「カール、5番に敵!」

 エスナが叫びながら、貯雪槽につながるトンネルの一つを指差す。そこから煙。爆発はその奥だ。その爆発音でわかった。弓師が使うスキル、『罠(トラップ)』の起動音。

 エスナは弓を使わない、『罠師』だ。仕掛けた罠は、警報も兼ねていたのだろう。

 「バドン起動、砲撃用意!」

 大統領の指示一下、大統領親衛の戦車兵がバドンに乗り込む。そして大統領自身も。

 彼が戦車・バドンの戦車長なのだ。

 がおん!!

 双頭戦車・バドンのエンジンが起動。がじがじがじ、とキャタピラーが雪を削り、戦車の方向を変える。

 2つの砲塔が、煙を吐くトンネルを捉える。

 だが。

 ぴいっ!!

 武装鷹・灰雷の警報。すでにバドンから飛び上がった彼女は、貯雪槽の天井近くを舞いながら周囲を警戒していた。

 「トンネル……あっちも、こっちからも!」

 ばぁん! ばぁん!!

 貯雪槽につながる無数のトンネルから次々に爆発音と煙。そしてそれを蹴散らすように、何かが貯雪槽へと突入してくる。

 「あれは……人形だ! 自動人形(オートマタ)!!」

 イナバが叫ぶ。

 「キル・ハイルの亡霊だ!」

 祖国が生んだ狂気の人形たちが今、無代たちに襲いかかる。

 

 つづく

 

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中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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