2016.12.06 Tuesday
わら、と敵の自動人形が群がる。そこへ、
ひゅ!
G16自動人形が両膝を落とし、右掌を前下方へ、そして左拳を腰に密着させる。
『フェリオチャギの構え』。
フェリオチャギ、通称は『旋風蹴り』。
び、ひょお!!
G16の右足が、左足を軸にして高速回転する。
グラリスが本気で戦う時にのみ着用を許される『重任務仕様』のカプラ服は、スカートが邪魔にならないようスリット入り。人造物とは信じられない滑らかな、そして伸びやかな脚線と、清楚な下着の白色までが、見るものの目に焼きつく。
ひゅばっ!
回転と同時に、G16の体内に召喚された霊物質・エクトプラズムがほとばしり、周囲の大気を円形の刃に変える。
ばぁん!
G16に詰め寄ろうとした自動人形たちが、まとめて激しいダメージを受けて吹っ飛ぶ。
瞬間、G16は次の構え。腰を高くすっくと伸ばし、右掌を正面、左拳を腰へ。
『ネリョチャギの構え』。ネリョチャギ、いやこれは『かかと落とし』と言った方が断然、通りがいいだろう。
ふ!
G16の見事な脚線が振り上げられ、ほとんど垂直に天を指す。そこへ敵!
ふっ!
天を指したG16の足先が一瞬、人間の動体視力を上回り、消える。
ごっ!
G16に襲い掛かった敵が、まるで不思議さに首を傾げるようなポーズで、地面へ垂直に崩れ落ちる。敵の真上から打撃を与え、同時に敵の体幹へ闘気を叩き込むことで、相手を短時間、マヒ状態に追い込む。
がっ!
そこへもう一撃、今度こそ自動人形の首がへし折れる。
さらに次の構え。両足前後に開き、軽く腰を落とす。右掌を正面、逆に左手のひらは後方へ大きく開く。
『トルリョチャギの構え』。
トルリョチャギ、回転蹴りだ。
ネリョチャギとは違い、やや斜め上に流すように足を振り上げ、
ふひゅっ!
右から襲ってくる敵の顎を、斜め下へ刈り取るように蹴り下げる。
ぎゅ、ん!
G16のかかとから、敵の体幹へ大量の霊物質が流れ込み、背骨を中心に斜めのきりもみ回転。同時に、周囲に群がっていた仲間の自動人形をローラーのように巻き込みながら爆発、四散する。
ただの物理的な蹴りではない、敵の身体そのものを爆弾と化す『術』だ。
この世界に数ある職業の中でも、最も不可思議でユニークな職業といえば、モーラたち『拳聖』だろう。ほとんど手を使わず、足の蹴りだけで戦う格闘職『テコンキッド』が、その格闘術を神秘のレベルまで高めたのが『拳聖』とされる。
……とはいえその実態は、格闘職というよりもむしろ魔法職に近い。
マジシャンやウィザードは、呪文や魔法陣を使って霊物質・エクトプラズムを召喚し、『燃焼という現象』や『凍結という現象』を再現する。
対して拳聖は、その肉体の内部に霊物質を召喚・蓄積し、それを使って『打撃という現象』を再現する。
よって拳聖が放出する霊物質を浴びた者は、実際には蹴られていないのに、まるで蹴りを食らったような現象を受け、倒れる。あるいは体内に『蹴られた』という事実だけを再現され、爆発四散する。
『敵を物理破壊する魔法の化身』、とでもいうべきか。
きわめて習得が難しく、高レベルとなると数えるほどしかいないとされる拳聖の、それが正体だ。自動人形であるG16の打撃も、霊物質の召喚を伴うことで拳聖の技を再現できる。
G16の攻撃を受け、敵の陣形、というより『群れ』の一角が崩壊した。
かぁん!
G16のヒールが高らかに雪の床を打ち、長身に作られた人造のボディを前進加速。高速移動スキル『タイリギ』。
今や美しい凶器と化した両足を、まるでナイフのように閃かせ、乱れた敵の群に突進。そして敵の直前で床を踏み切る。
ど! ……っかあん!
『ティオアプチャギ』、目にも止まらぬ飛び蹴りが炸裂、膨大な量の霊物質が周囲にばら巻かれる。まるでビーズをぶち撒けた机を、巨大なハンマーでぶっ叩いたような有様だ。敵が吹っ飛び、そして敵の群れ全体が激しく動揺する。
ひょう!
G16が再び、戦車・バドンの正面に戻ってくる。正面を見据える横顔は美しいが、無表情。そして、
こき。
無表情のまま、首を右に。
こき、こき。
続いて首を左右に。
くい、くいっ!
両手を振り上げ、振り下ろす。そうして次々、全身の関節を動かしていく。まるで『自分の身体の動かし方を確認している』ようだ。
不恰好なラジオ体操、だがもちろん音楽なし。
そして無表情。
だが、その姿を最初は呆気にとられ、そして今は妙に真剣に見つめていた無代が、ぽつりと口を開いた。
「……モーラ?」
ぴく、と、その言葉にG16が反応する。正面を見つめていた無表情の美貌が、くるり、と後ろを振り返る。
「やっぱり、モーラなのか? 」
短い間、恋人だったカプラ嬢。ディフォルテーNo4を持つカプラナンバーズ。
彼女と無代は、カプラ社の正義を裏切ったアイダ専務の陰謀の下、共に捕らわれ、そしてモーラの身体は『BOT』に堕とされた。
拳聖として鍛え上げられたその身体に、無代は一度叩きのめされ、そして浮遊岩塊イトカワへと送り込まれたのだ。
あの時の蹴りは、魂の籠もらぬ『BOT』の蹴りだった。そして今は、肉体を人形に変えた蹴り。どちらもモーラその人のものとはいえない。
それでも、目の前の女性を『彼女』と見抜いた。
『人を見る目』において並ぶものなし、と言われた瑞波の無代らしいといえば、実に『らしい』話だ。
「モーラ、お前……あ痛ぇっ!」
思わずG16=モーラに駆け寄ろうとした無代が、見事に後ろへずっこける。
無代の襟首を、いつのまにか飛来した武装鷹・灰雷がくちばしでがきっ、とくわえたのだ。
「痛ってえ……おい、なにすんだ灰雷、って痛ぇ!!」
鷹相手に猛然と抗議しようとした無代に、再び灰雷のくちばし。おでこを正面からげしっ、と突かれた。もちろん対人・対物用の重装備に換装した灰雷が本気で突いたなら、無代の頭などスイカか、下手をすれば水風船のように破裂して即死だろう。無代が『痛い』で済んでいるのは、よほど手加減している証拠だ。
とはいえ、この幕間狂言のおかげで、無代とG16=モーラの感動の再会は水入りとなる。
「来るぞ!」
戦車の上から、ヒゲの大統領が警告。戦車の砲塔を巡らせ、敵を照準する。大統領親衛の兵士たちも、それぞれモーラを中心にポジションを取る。
細かい事情はともかく、モーラという強力な前衛を得たことで、陣営の立て直しができた。
「も、モーラ! お前が来たってことは、『マグフォード』も来てるのか!?」
無代が叫ぶ。
「……まだ」
正面を向いたまま、モーラの答えは短い。しかも不明瞭だ。『まだ』が『みゃあだ』に聞こえる。人形の発声器官に、まだ慣れていないのだろう。
「まだ?!」
「先に飛んで来た」
「飛んで?!」
「『融合』」
「飛べんの?! 融合で?!」
簡潔に説明しているつもりで、簡潔すぎて分かりにくい。
拳聖には『太陽と月と星の融合』というスキルが存在する。魂術士・ソウルリンカーによって『拳聖の魂』を付与された状態でのみ使用可能な『浮遊戦闘技』だ。
この状態になると、およそ10分ほどの間、空中をふわふわと浮遊しながら戦うことが可能になる……が、あくまで『浮遊』であって『飛行』ではない。
原理としては、体内に蓄積した霊物質をわずかずつ放出させ、『地面を蹴るという現象』を細かく何度も再生することで『浮いているように見える』だけだ。
そもそも拳聖が飛べるのならば、浮遊岩塊イトカワからの脱出も簡単だった。ちなみに『融合』の状態でイトカワから落ちれば、真っ逆さまに地上へ落下する。地面を『蹴る』には、距離が遠すぎるのだ。一応、地面に落ちる寸前で若干のブレーキがかかるものの、そのまま激突して死亡する。いくら頑丈なG16自動人形のボディでも粉々だろう。
「説明は後」
「お、おう……で、『マグフォード』は無事なんだな?! カプラのみんなを連れて、ジュノーへ戻って来るんだな!?」
無代の質問は、ほとんど祈りにも似ていただろう。彼自身、それを信じてはいても、決して確証はなかったのだ。
「もちろん」
『もちろん』は『もてろん』。モーラ、だいぶ発音に慣れてきた。
「マグフォードが来る! 帰って来る! やりましたよ大統領閣下! 皆様!」
「うむ!」
もう手放しではしゃいでいる、といっても過言ではない無代の様子に、ヒゲの大統領以下、仲間たちも相好を崩す。
「よし、いずれにしても、もはや逃げ隠れできる状況ではない。このまま地上に出て『ユミルの心臓』を目指す!」
ヒゲの大統領が決断を下す。確かに、ここに自動人形の軍団が送り込まれた以上、地上のレジスタンスに見つかるのも時間の問題だ。
見つかれば当然、飛空戦艦セロの攻撃を受けるだろうが、そこは『マグフォード』とカプラ嬢たちを頼むしかない。
一か八か。
生来の戦人(イクサビト)である一条家の人間がいたら、目を覆うような博打戦法、下手をすれば特攻・玉砕戦法でもあるだろう。
だが今、彼らに取るべき選択肢はほとんどない。
「行きましょう、閣下」
無代が起き上がる。今まで無代の襟をくわえたままだった武装鷹・灰雷が翼を打ち、宙へと舞い上がる。
「うむ、行こう! 機甲、前進!」
轟、とエンジンの音。がりり、とキャタピラの音。わずかな反抗勢力が、空中都市奪還へ動き出した。
つづく
JUGEMテーマ:Ragnarok