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第十六話「The heart of Ymir」(33)

 

 一条流率いるウロボロス4・タートルチーム、その精鋭であるタートルコアに、『行動開始と言われてから行動を開始するような間抜け』は一人もいない。

 飛空戦艦『セロ』が、チーム・グラリスの攻撃を食らい、全てのエネルギーを船体の保護に回した、まさにその瞬間、

 しゅっ!

 タートルコアを閉じ込めていた部屋のドアが一瞬、開いた。

 天井の照明も同じタイミングで点滅したところを見ると、エネルギー伝達を切り替える瞬間、全艦でエネルギー供給が乱れたとか、おおよそそんなところだろう。

 すでに戦闘待機状態を命じられていたタートルコアが、これを見逃すはずはない。

 「!」

 声もなく、開いたドアに突進したのは、黒い蛇のような長髪を閃かせたキョウ。大太刀『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』を操る女魔剣士だ。

 そして、その後方。

 「キョウ、乗れ」

 馬上から散歩にでも誘うような気軽な声は、一条流。だが、その巨体が起こした事象は、散歩どころではない。

 がん!

 そこらの女性の胴体ほどもある脚で、部屋に並んだパイプベッドを寝具ごと、ドアに向けて思い切り蹴飛ばした。

 ぶん!!

 砲弾と化したオフホワイトのパイプベッドが、揚力を得て一瞬、宙に浮く。上に乗っていた寝具が、まとめてがばあ! と部屋に飛び散る。

 「おほ!」

 全力でダッシュに入っていたキョウが、背後から迫るベッドを気配だけで察知し、タイミングを合わせて跳躍。

 だん!

 パイプベッドの枠に飛び乗るようにして廊下へ。そして同じく開きっぱなしになった向かいの部屋へ。

 そこに彼女の武器・『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』をはじめ、タートルチームの武器が保存されていることを、彼女自身の超感覚が捉えている。

 しゅ!

 扉が閉まる。エネルギー伝達が回復した。

 蜘蛛を思わせるキョウの細い身体とパイプベッドが、閉まりゆくドアへ吸い込まれる。

 がっしょぉん!!!!

 パイプベッドがドアに挟まれ、破壊される音。

 「キョウ!!」

 ドアが閉ざされ、再び幽閉状態になった部屋の中、タートルコアの副官アクト=ウインドが叫ぶ。戦場全体に目を配る戦闘型教授・プロフェッサーを職業とする彼は、大陸でギルド戦を主宰する太古の一族『エレメンタル』の末裔でもある。

 「キョウ! 無事なのか!」

 閉まったドアをドンドンと叩くが、外からの返事はない。

 「キョウ、おいキョウ!」

 ドアの前で安否確認を続けるアクトに、

 「アクト、動くな」

 声をかけたのは流。

 「は……? って?!」

 怪訝そうに振り向こうとしたアクトの真横に、ぬっ、と刃が出現した。濡れたような波紋を不気味に光らせた、片刃の剣尖。

 『大水蛇村正(オオミヅチムラマサ)』

 そして次の瞬間。

 「けえ!!」

 しゅば、ばっん!!

 芸術的なまでに滑らかな、『セロ』の船室の扉が、無残に切り裂かれた。初めて刃物を与えられた幼児が、『紙を人の形に切れ』と言われたらそうするような、乱雑で稚拙な切り口。

 「どけ、アクト」

 流が棒立ちのアクトを退かせると、

 「むん!」

 できの悪い人型を軽く蹴れば、めき、と一声残して、扉に大穴。その向こうの廊下には、抜き身の大太刀を舐めんばかりに抱きしめたキョウ。

 無残に押しつぶされたパイプベッドが向かいの部屋の扉に挟まり、その上下に人が潜れる程度の空間を残している。

 自らの身を呈してキョウの身を守り、武器の保管部屋へ侵入するのを助けた。もっとも、ベッドとして生まれた以上、はなはだ不本意な最後ではあったろうが。

 「よくやった、キョウ」

 流も、ベッドは無視して部下をねぎらう。

 「くぅ」

 本当に犬のような返答。とても軍人、それも規律の厳しいタートルチームの一員とは思えない。が、流の巨大な手のひらで、ぐりぐりと頭を撫でられて目を細めているキョウの姿を見れば、なるほど一周回って『軍用犬扱い』なのだろう。

 そして、

 「装備確認」

 流がそう命令した時には、すでにタートルコア全員が武器保管庫に侵入済みだ。行動の速さはさすが、むしろキョウにかまっていた流が一番遅い。

 しかも、ベッドが身を呈して作った空間は、流には狭すぎる。

 「キョウ」

 「くふ」

 がん!

 『大水蛇』が扉に食いつく。細身の大太刀を、同じく細身のキョウが両手で振るう有様は、まさに大蛇がのたうちながら獲物を食らう姿に似る。

 がきん、がん!

 ふたたび歪んだ穴が出現し、武器庫に巨体を滑り込ませた流に、アクトが駆け寄る。あの短い時間に、全身の防具から武器となる『本』まで、完全武装を終了しているのは見事。

 「報告。装備は全て揃っていますが、青石が抜かれています。リーダー」

 「うむ」

 流が軽くうなずき、自分も装備を開始する。

 武器庫になっていた部屋は、流たちが閉じ込められていた部屋と全く同じ、真っ白で無機質な空間で、

 

重装甲の守護聖騎士・パラディンである流の装備は、ひときわ巨大で重い。装備を終えたタートルコアのメンバーも装備を手伝う。その間にもハイプリーストから全員へ、防御・強化の呪文が贈られる。だがその最中、

 「ぢっ!」

 武器庫の外から、キョウの警告音。ほとんど防具を着けないため廊下で見張りをしているのはいいとして、彼女、愛刀を手にしてからほとんど人語をしゃべっていない。

 「どうした?」

 まずアクトが廊下へ出てみると、キョウがムラマサを水平に持ち上げ、その切っ先で1点を指している。廊下の向こう。彼らが幽閉されていた部屋の、隣の部屋。

 そのドアにわずかな隙間ができ、そこからがん、がん、と激しい打撃音がもれ始める。何者かが隙間を足がかりに、内側からドアを破壊しようとしている。

 「隣は……マグダレーナ様と取り巻きか」

 アクトがつぶやく。

 ルーンミッドガッツ王国秘密機関『ウロボロス』その4番目に当たる威力部隊を率いる『4の魔女』マグダレーナ・フォン・ラウム。そして彼女の親衛隊『月影魔女』が幽閉されている。それもまた、魔剣士キョウが自らの異能感覚で察知した。

 してみると、彼女らもまたドアの一瞬の開閉を見逃さず、脱出の足がかりを作ったと見えるが、すでに万全の準備を整えて待ち構えていたタートルコアとは差がついたようだ。

 なにせリーダーの流が『無代が来た以上、必ず何か起きる。備えろ』と命じていた。しかも根拠が根拠だけに、『瑞波の無代』がどれほどの男か、それを知らない人間に真似できる話ではない。

 「キョウ」

 「ふじゅ?」

 流が犬、いや部下の魔剣士を呼び、その声をどす黒く低める。

 「マグダレーナと月影魔女全員、ここで方をつける。少ししんどいが、全員、装備なしの裸同然。千載一遇のチャンスだ……やれるな?」

 「くふぅ」

 キョウの唇が、紅も点していないのに真っ赤に釣り上がる。

 「……約束は?」

 「果たす。さらばだ」

 「きぅ」

 キョウが刺し違えて死んでも、愛刀・大水蛇村正はその身体に突き刺してでも、共に置く。それが約束だった。

 がん!!

 ついに扉が破れる。

 最も武装の厚い流が前へ、その背後に、背中を預けるようにキョウが潜む。

 「……マグダレーナ様、ご無事ですか?」

 しれっ、と声をかける流。

 扉が開く。

 

 つづく

 

JUGEMテーマ:Ragnarok

中の人 | 第十六話「The heart of Ymir」 | 14:24 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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