05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
RECOMMEND
RECENT COMMENT
MOBILE
qrcode
OTHERS
(c)
このページ内における「ラグナロクオンライン」から転載された全てのコンテンツの著作権につきましては、運営元であるガンホー・オンライン・エンターテイメント株式会社と開発元である株式会社Gravity並びに原作者であるリー・ミョンジン氏に帰属します。 © Gravity Co., Ltd. & LeeMyoungJin(studio DTDS) All rights reserved. © 2010 GungHo Online Entertainment, Inc. All Rights Reserved. なお、当ページに掲載しているコンテンツの再利用(再転載・配布など)は、禁止しています。 当ページは、「ラグナロクオンライン」公式サイトhttp://www.ragnarokonline.jp/(または、ガンホーゲームズhttp://www.gungho.jp/)の画像(またはテキスト)を利用しております。
ro
ブログランキング
にほんブログ村 ゲームブログ ラグナロクオンラインへ にほんブログ村 小説ブログ 二次小説へ
ブログランキング
LATEST ENTRY
CATEGORY
ARCHIVE
LINKS
PROFILE
SEARCH
第十三話 「Exodus Joker」 (11)
  「!?」
 G1スナイパーが指で示した空の方向へ、グラリス達が一斉に視線を飛ばした。が、
 「……飛行船、って、どこよ?」
 G2ハイウィザードが全員を代表し、何もない青空に向かって思い切り目を細めた顔で疑問を投げる。
 「まだ見えないでしょう」
 応えるG1スナイパーの言葉は素っ気ない。
 「私でも『トゥルーサイト』を使ってギリギリ見える距離だもの」
 この台詞の中の『私でも』に込められた意味、それを知らないカプラ嬢はいないだろう。このグラリスNo1の超人的な視力を伝える逸話は多いが、グラリスとして街角に立ちながら、実に数キロも離れた町の反対側に立つ新人カプラ嬢のお辞儀の角度を指導した、などはまだ序の口だ。
 極めつけはグラリスの仲間内で『お月様にウサギがいるか否か』という下らない論争が起きた際、彼女が言った台詞だろう。
 この神眼のスナイパーは表情一つ変えず、
 『ウサギかどうかは分からないけれど、何か棲んでるのは間違いないわね。時々、動くものが見えるから』
 まあこれは余談としても、その常識はずれの視力を持ってして、視覚強化スキルの最高峰『トゥルーサイト』の助けが必要となれば、もう常人にとっては天体望遠鏡が必要な距離のはず。
 グラリス達が一斉に諦めの溜め息をつき、視線を戻したのも当然だ。
 「あと30分もすれば皆にも見えてくるわ。真っすぐこちらに向かっているから。で、問題は……」
 わずかに言葉を切ったG1スナイパーに、回転の早いG2ハイウィザードが突っ込む。
 「それ敵? 味方?」
 「わからない」
 神眼のG1スナイパーが肩をすくめる。
 「さすがにこの距離じゃね。シュバルツバルドの国内線で使われている定期飛行船に形は似ているけど、それにしてはずいぶん新しい、ってことぐらいしか」
 いやそれが分かるだけでも凄まじい。
 「……ここ飛び降りてったD1達がさ、無事に生き延びてて、助けに来たよー! ってんなら最高よね」
 G2ハイウィザードの言葉に、しんと沈黙が落ちる。
 D1と無代による地上2000メートルからの『飛び降り作戦』。だがその決死の作戦は実行の直前、彼女らグラリス達の目の前で敵の妨害を受けた。カプラ嬢の中に潜んでいた『BOT』が2人を銃撃し、落下の衝撃からD1の身体を守るはずの防御呪文を消されてしまったのだ。
 その時の様子を、グラリスを率いるG1スナイパーの卓越した目は鮮明に捉えている。防御呪文を失ったD1と無代の2人は、空中で絡まり合うようにして落下し、予定のコースを外れて山の頂きに激突、そのまま山の向こう側の斜面を湖に向けて転がり落ちた。
 しかしG1スナイパーに超人的な視力があると言っても、透視能力までは持っていないから、見えたのはそこまでだ。
 山の向こうに落ちたD1達に何が起きたのか? 直後に湖で発生した巨大な水柱は何なのか?
 そして何よりも、D1と無代の2人が無事に地上にたどり着いたのか?
 それを確認する事は、ついにできなかった。
 だが考えてみれば、元々まともな防御呪文があってさえ自殺行為スレスレの挑戦だったのだ。妨害によって呪文の効果を消されたまま、なす術もなく落下した2人が無事でいる、などと考えるほど、彼女らは楽観的な人間ではない。
 『2人は落下に失敗して死亡した』。
 口にこそ出さないが、グラリス達は全員そう覚悟を決めていた。
 「……そうは言っても確認できない以上、希望はゼロじゃないわ。そこでG15」
 「アーイ?」
 G1スナイパーの呼びかけに応えたのはグラリスの中で、いや全カプラ嬢を合わせても最も背が低い、下手をすると子供にしか見えないという、これまた何ともユニークな外見のグラリス。もちろん29歳という立派な成人なのだが、まずその年齢を信じる者はいない。
 
 グラリスNo15、師範魂術師(マスター・ソウルリンカー)
 名前を『珠洲音(スズオト)』。

 修行によって人間界から解脱した仙人が住むという『仙界』と、こちらの世界とが交わるミステリースポット『崑崙(コンロン)』生まれ。幼い頃からその霊的才能を見いだされ、わずか9歳でかの地の『番外神女』となり、カプラ社のスカウトが満場一致でグラリスに迎えた天才霊能力者。
 ……だが、本人は至ってほのぼのとした田舎の神社の巫女さんそのものである。
 「何か用ネー、G1?」
 「貴女の霊感で、あの飛行船に悪意があるかどうか調べてほしい。出来るわね?」
 G1スナイパーの言葉は、G15ソウルリンカーの霊能力を高く評価してのものだが、しかし言われた当人の反応ははかばかしくない。
 「ンー」
 ふくふくと丸い顔に細い糸の様な目をした、どこかの童子人形みたいな風貌には困惑の表情。
 「ソー言われてもネー、自信ナイヨー。あの『BOT』って変なのも、見逃しちゃったしネー」
 いつまでたっても上達しない、インチキ臭い崑崙訛りの大陸語で、ブツブツと自虐的な台詞を並べる。歴代カプラでも指折りの霊能力を謳われながら、魂のない『BOT』がカプラの仲間に入り込むのを防げなかったことが、かなり痛い傷になっているようだ。
 とはいえこのG15ソウルリンカーに限らず、グラリスの全員が今まで『BOT』なんか見たことも、いや聞いたことすらなかったのだから、多少は同情的になってもよかろう。
 だが彼女ら自身は、決してそれを許さない。全カプラのトップたるD1がそうだったように、カプラ嬢に『BOT』が入り込んだ事に気づかなかった、その自分が何よりも許せない。
 (次は絶対に見逃すものか)
 口には出さないが、全員の中にその決意がある。
 「マー、G1がソー言うなら、チョト頑張ってみるヨー」
 ぴょこん、と岩の上に結跏趺坐し、スナイパーの指差す方へ視線を向け、手には怪しげな印を結んで精神を集中させる。
 「お願い。それと、G6」
 「はいはいスナちゃん♪ タロットなら、あちきにお任せでやんすよ♪」
 G1スナイパーが声をかける前に、もうG6ジプシーがカプラ服のポケットからカードの束を取り出している。
 トランプの原型とも言われるタロットカード。その大小アルカナ合わせて74枚のうち、寓意画が描かれた『大アルカナ』22枚を使って運命を占う技術は、ジプシーという職業の得意分野だ。
 しゃしゃしゃしゃしゃっ、と手慣れたシャッフル。次いでこれまた鮮やかな手つきでくるり、と裏向きのまま扇状に広げる。
 「ほい、渦ちゃん♪ 1枚引くでやんす♪」
 「あ、パス。そーゆーオカルトに頼るのって負けなのよね、アタシぐらいになれば」
 カードを突きつけられたG2ハイウィザードが、バンザイして一歩後退。魔術師を職業に選んでおいて『オカルトが駄目』、とは矛盾も甚だしく見えるが、実は彼女ら魔術師には意外とリアリストが多い。ぶっ放す魔法の威力、ただそれだけを追求して飽くことのない彼らにとって、逆に夢やロマンは戯れ言の類いとなる。
 「じゃスナちゃんお願いでやんす♪ 引いたら裏向きのまんま、あちきに渡すでやんすよ♪」
 「ん」
 代わりに指名された神眼のG1スナイパー、こちらは一瞬のためらいもなく、扇状に広げられたカードのど真ん中から一枚選んでG6ジプシーに渡す。
 G15ソウルリンカーが集中を解いて立ち上がる。
 G6ジプシーがスナイパーから渡されたカードをひょい、とめくる。
 一瞬の間。
 出された2つの結論はほぼ同時、内容も同じだった。
 手のひらを顔の前でヒラヒラと振る同じポーズ。
 「ダメでやんすねー♪」
 「ダメダメだーネー」
 二人の異能のグラリスが、揃って悪運を告げた。
 「つまり、やってくる飛行船は『敵』ということですか?」
 G10ロードナイトの質問に応えはない。
 そしてそれが答え。
 「……ま、そんなもんよね。知ってたわよ、アタシぐらいになれば」
 いまいち母性的な豊かさに欠ける胸の前で、がっちりと腕を組んだG2ハイウィザード。その言葉に負け惜しみが含まれていないなど、本人すら信じていないだろう。
 「OK。でも敵と分かったなら、それはそれでいい。考えようによっては、これはチャンスよ」
 G1スナイパーの言葉、だがこちらは負け惜しみではない。
 「あの飛行船を奪って、ここを脱出しましょう。戦闘となればG3、貴女の出番ね」
 「引き受けました、G1」
 G1スナイパーの要請に、少し緊張した応えが返る。
 声の主はやや色黒の、ぱっと見ではどこかの農婦のような、いまいち垢抜けない風貌のグラリス。
 だがこの見た目に騙されてはいけない。

 グラリスNo3、師範教授(マスター・プロフェッサー)
 本名の『ルウカ・ウィンレイ』よりも、また『師範(マスター)』と『教授(プロフェッサー)』という同義語が重複する妙な役名よりも。
 週末ごとに砦を奪い合うGvの世界で彼女の異名、『月の女神(アルテミス)』を知らぬ者は一人もいない。

 出身はフェイヨンの貧しい農家だが、家族の生活を支えようとセージキャッスルの奨学生に応募し、魔法を学んで『プロフェッサー』となった苦労人。実は学生時代は全くの無名であり、しかも『就職希望』として実践科目ばかり履修していたために、あの戦前種・翠嶺の目に留まるどころか名前すら知られぬまま卒業している。
 だが卒業後、就職先に選んだ大手のGvギルドで、その『職人プロフェッサー』としての才能が開花。
 最底辺の下働きから、瞬く間に小隊指揮、大隊指揮と位を上げ、ものの半年で支城の一つを任されるまでになったスピード昇進ぶりは、Gvの世界で今や生きた伝説の一つだ。
 先代の教授枠を勤めていた『グラリス』が、『私より師範教授にふさわしい』と彼女を推挙し、自分はさっさと引退してしまったことも有名な逸話である。
 異名となった『アルテミス』は、常に前線やや後方にあって沈着冷静に戦況を見つめる姿を、夜の月に例えて付けられた。
 ……と言われるが、実は彼女が色黒であるのを、敵が逆に揶揄したものが定着した、というのが真実らしい。
 「決まりね。今後の指揮はG3に一任します」
 G1スナイパーが宣言する。
 「リーダーの責任はそのまま私が負うけれど、戦闘指揮はG3の得意分野だから。みんな異論ないわね?」
 全員を見回して確認を求める。
 このG1スナイパーも卓越した視力と弓、そして鷹を操る技術により現代最高レベルの狩人と評価される女性だが、こと戦闘指揮となると未経験に近い。
 適材適所という言葉があるが、まさに最高の適材が揃っているのがチーム・グラリスである。
 だが、それでもすんなりとは決まらないのもまた、また個性の塊が揃うこのチームらしい。
 「はいはい異議あり! あたしがやる、あたし!」
 元気いっぱいに挙手するG2ハイウィザードに、G1スナイパーが軽くうなずく。
 「じゃ頑張って、G2」
 「頑張らなくても大丈夫、アタシぐらいになれば!。さあG3、作戦を立てるんだ」
 「承知しました、G2」
 何のことはない、1と3の間に無理矢理2が割り込んだだけの話。傍目からはまるで漫才でもしているようにしか見えないが、その割には誰一人くすりとも笑わないのが逆に可笑しい。全員がこういうことに慣れっこになっているらしかった。
 ところでさっきからG2ハイウィザードが一人、自分勝手な言動を繰り返しているように見えるが、実は決してそうではない。彼女の言動に対し、グラリスの誰も怒ったり、気を悪くする者がいないのがその証拠だ。
 自分の能力に対する自負や誇り、自尊心や傲慢さ、それを隠しもしないのは確かに魔術師に特有の気質である。しかし自負だの誇りだの、自尊だの傲慢だのの程度を比べるならば、実はチーム・グラリスの誰一人としてG2ハイウィザードに劣る者はいないのだ。
 全員が全員、自分を一番としか思っていない。他の職業に他の頂点があることはしぶしぶ認めるにしても、自分がそれより下などとは夢にも思わない。
 カプラ嬢という頂点の中にある、もう一つの頂点。
 『グラリス』の座に座る女たち。
 そこから溢れ出る傲慢や横暴を隠さないだけ、このハイウィザードはいっそ正直者なのである。
 「では作戦を説明します」
 G3プロフェッサーが、G1スナイパーから借りた小さなナイフを筆記具代わりに、地面の岩にガリガリと図面を引き始める。確かに目鼻立ちこそ美人とは言えないが、衆目を集めて自説を講義するその姿のサマになること。人の話など半分聞けば上等、ぐらいにしか思っていないグラリス達でさえ、真面目にじっと聞き入っている。
 「あの飛行船にこちらの情報がすべて伝わっている、という最悪の想定でスタートします。まず飛行船が接近してからの敵の出方によって、状況分岐は3パターン……」
 吹き抜ける風の中、岩の上に描き出されるのは見事な作戦図。
 敵の飛行船が『イトカワ』に接近した後、いきなり接岸してくるかもしれず、あるいは離れた場所から降伏を促してくるかもしれない。G3プロフェッサーは、想定されるあらゆる状況に合わせ、チーム・グラリスの面々を中心としたカプラ嬢の陣形と働きを説明していく。
 「最終的な目的は、飛行船を乗っ取って『イトカワ』を脱出することです。だから敵とはいえ、飛行船を大きく損傷するのは避けたい」
 G3プロフェッサーの視線がG2ハイウィザードの方をちらり、と見た。
 「何であたしの顔見るかな、そこで」
 ぶすっ、とした顔で頬を膨らませるG2ハイウィザードだが、実は彼女の顔を見ているのがG3プロフェッサーだけでなく、グラリスのほぼ全員と知ってキレる。
 「分かってるわよ!、アタシぐらいになれば!! どうせそんなデカいの撃てないしっ! 杖がないからっ!」
 ぷん、と横を向いてスネて見せるものの、逆に魔法を増幅する強力な杖さえあれば、飛行船だろう何だろうが丸ごと火だるまにしかねない、それがこの小柄な魔術師だ。
 「結構です。あとG7」
 「何かしら?」
 G3プロフェッサーが声をかけたのはG7、盲目のクリエイターだ。
 「貴女には、洞窟の中の若い娘達を落ち着かせてほしい。どうしても駄目なら、薬を使っても」
 「引き受けましょう。どのみちここじゃ、私の出番はないしね」
 眼鏡の奥の瞳を静かに閉じたまま、G7クリエイターが苦く笑う。実は彼女、とある分野の第一人者として、アルケミストギルド内に専用の実験棟を与えられるほどの術者なのだが、この『イトカワ』ではある条件から、その実力を発揮することができない。
 「洞窟に引っ込んで、晩ご飯のキノコでも育ててるわ」
 わずかな触媒からキノコや植物を育てるのも、クリエイターのスキルのひとつ。それは今、『イトカワ』に幽閉されたカプラ嬢達の貴重な食料となっている。
 「お願いします。では各自、準備にかかって下さい」
 プロフェッサーが手にしたナイフをとん、と岩に突き立てる、それが合図。
 『チーム・グラリス』が一斉に動き出す。
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:26 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (12)

 ずどぉーん!!
 「……でも、その準備はぜぇ〜んぶムダでしたー、っと」
 G2ハイウィザードがボヤく。 
 どどぉーん!!
 「そんなものですよG2、実戦なんて」
 G3プロフェッサーが慰める。
 「ダヨネー」
 インチキ臭い崑崙訛りの大陸語で茶々を入れるのはG15ソウルリンカー。だが、いずれの言葉も半分は爆音にかき消される。
 どぉーん!!!!
 ぐわきぃーん!!
 どずぅーん!
 響き渡る轟音は大砲の発射音、そして砲弾の着弾音だ。
 『イトカワ』に接近した飛行船が取った行動は結局、最もありきたりで、かつ最も効果的なものだった。
 こうして『イトカワ』に向け、いきなり大砲を撃ち込んで来たのである。
 浮遊岩塊の上で待ち受けていたカプラ嬢達の持つ攻撃スキル、その射程距離の遥か外側からの艦砲射撃だ。さすがのカプラ『チーム・グラリス』も、これではどうしようもない。
 残された道は『待避壕に引きこもって籠城戦』のみ、そう決断したG3プロフェッサーは、即座にカプラ嬢の大半を避難させた。
 その一方で、新たに『イトカワ』の表面に、縦穴の縁から伸びる塹壕を掘り、自分はその狭い溝に身を伏せながら敵に相対している。もちろん、『チーム・グラリス』の面々も一緒だ。
 敵の砲撃が降り注ぐ『イトカワ』の表層に、まるで齧り付くようにして砲撃を避ける彼女らの姿。それは一見すると最前線の野戦塹壕そのものだが、よく見れば中にいる全員、お馴染みのカプラ服とエプロン、ヘアバンドを隙なくきっちりと身に付けている。
 シュールと言えばこれほどシュールな光景もない。
 「くっそー、敵もそうそうバカじゃないか! もーちょい近づくだけで香ばしく焼いてやれるのに!アタシぐらいになれば!」
 どぉーん!
 「バカにつけ込むのが、作戦としちゃ一番簡単なんですけどねえ」
 ばきーん!
 ハイウィザードとプロフェッサー、魔法を生業とする2人のグラリスがボヤく。
 「ケドネー」
 なんだか他人事のようなG15ソウルリンカーの茶々。元々が小柄なG2ハイウィザードの膝上に、さらにちょこんと抱っこされたその姿は、とても戦闘の役に立ちそうには見えない。
 しかしどっこい、ソウルリンカーの役割は決して小さくない。
 特に彼女らが駆使する『魂』の名を持つ強化スキルは、対象となる職業によっては大幅な性能アップが見込めるため、『いるのといないのとでは大違い』だ。
 事実、今もG2ハイウィザードの身体は薄青く輝いていて、それこそはソウルリンカーの影響下、『魂状態』にある証拠だった。
 「魔術師殿、そろそろ時間です。お願いします」
 長く伸びた塹壕の端から、長身のG10ロードナイトがよく通る声を投げて来た。応じてG2ハイウィザードが立ち上がる。
 「はいはい、言われなくてもちゃんと時間計ってるわよ、アタシぐらいになれば! 『セイフティウォール』!」
 シュバッ!!
 瞬時に召還された莫大な魔力の塊が、濃いピンク色の透明な円柱となって立ち上がり、塹壕の端のG10ロードナイトの体躯を包み込む。
 定置型の防御魔法『セイフティウォール』だ。
 本来なら『ジェムストーン』と呼ばれる触媒を消費する魔法だが、ソウルリンカーによって『魂状態』にある魔術師は、これを無制限に発動できる。それをいいことに、
 「『セイフティウォール』!『セイフティウォール』!『セイフティウォール』!」
 塹壕の端から端まで隙間無く、魔法の防御円柱を並べて行く。
 こうしておけば、さすがに砲弾の直撃となると厳しいものの、絶え間なく塹壕を襲う爆風や多少の瓦礫程度が相手なら、それなりに有効な防御効果を発揮する。さらにG4ハイプリーストによる個人用バリア魔法『キリエエレイソン』などを重ねることにより、ちょっとした鎧に匹敵する防御力を発揮できる。
 また一口に『艦砲射撃』と言っても、撃って来る相手が飛行船であることは、彼女らにとってもう一つ有利な点だった。海に浮かぶ軍船とは違い、気嚢の浮力で宙に浮く飛行船は積載重量の制限が大きい。
 つまりそれほど大型の大砲は積めないのである。
 「相手は飛行船搭載用の半(デミ)カノン砲。あれなら地下の洞窟まで、厚さ10メートルの岩盤を撃ち抜く威力はない。ただし……」
 G3プロフェッサーが、最大の懸念を指摘する。
 「『出入り口』に直撃を食らわない限りは、ですが」
 そう。他の場所がいくら丈夫でも、出入り口となっている深さ10メートルの縦穴、そこに炸裂弾の直撃を受けるのだけは例外だ。万一そうなれば、逃げ場のない爆圧に洞窟内を蹂躙され、たとえ防御呪文で身を守っていたとしても大ダメージは免れないだろう。
 「どうですかG11、敵の様子は?」
 G3プロフェッサーが、一人の『グラリス』に声をかける。
 「大丈夫。心配するほどじゃないさ、G3」
 塹壕の縁から外を睨んだまま質問に応えたのは、いかにも俊敏そうな引き締まった身体と、鋭い目を持つ『グラリス』。

 グラリスNo11、師範銃士(マスター・ガンスリンガー)。
 名を『サララ』という。

 元はルーンミッドガッツ王国の首都プロンテラの浮浪児、という過酷な過去を持つ彼女だが、先代の師範銃士を務めた『グラリス』に拾われ直弟子として成長。一方で銃匠(ガンスミス)の修行も積み、こちらも名を知られる実力者に成長した。彼女がカスタマイズ、もしくは製作した銃『SRRSP(サララスペシャル)』は、その恐るべき命中精度と作動の確実性から、世界中のガンスリンガーの垂涎の的だ。
 しかし最も有名なのは、『グラリス』の名を賭け、師である先代に挑んだエピソードだろう。
 グラストヘイム廃城を舞台に繰り広げられた模擬戦は、『模擬』といっても実弾使用のサドンデスルール。つまりどちらかが死亡するまで終わらない、ほとんど決闘であった。蘇生魔法がある世界とはいえ、身体の損傷次第ではそのまま死亡することだってある。挑む方も挑む方なら、受ける方も受ける方、という過酷さ。
 飛び交った実弾、双方合わせて2万7千発。
 決着に要した時間、実に47時間。
 まさに死闘と呼ぶにふさわしい師弟対決を制し、師から直接『グラリス』の名と、象徴である二丁拳銃を譲られた(先代曰く『強奪しやがったー!』)、それが彼女である。
 だが今、その腰に二丁拳銃の姿はない。『右にオロチ、左にイヅナ』の名で知られる名銃『シキガミ』はカプラ倉庫に仕舞われたまま、持ち主だけが『イトカワ』に幽閉されてしまったのだ。
 代わってカプラ服のウエストベルトに差し込まれているのは、一丁の小さな拳銃。あの無代とD1の『飛び降り作戦』を阻んだ凶弾、まさにそれを放った銃である。
 撃ったのはテーリングNo4こと『T4』。職業は『ガンスリンガー』。
 グラリスNo11、師範銃士たる彼女の弟子だった。
 あの時、グラリスらの手で取り押さえられたT4は、今も意識の無いまま縛り上げられ、若いカプラ嬢が交代で見張っている。が、その姿はG11にとって恥辱そのものだった。
 銃の構え方から叩き直し、カプラ・テーリングのナンバーズを名乗るまで育てた愛弟子が『BOT』にされ、幽閉されたカプラ嬢達の見張り役として送り込まれていた。そのことに気づかず、味方が後ろから撃たれるのも阻止できなかった。
 G11として積み上げてきた誇りもプライドもズタズタと言ってよい。
 「申し訳なさすぎて顔向けができないさ。D1にも無代さんにも」 
 そう言って、失われた誇りを取り戻すべく、あえて忌まわしい空の銃を腰に下げ、危険な塹壕のど真ん中に陣取って敵を睨みつける、その表情には鬼気迫るものがある。
 だからこそ、
 「こっちを警戒して距離をとってる分、命中率は泣けるほど悪いさ。飛行船から撃つなら、もっと近づかないとね」
 アレならそうそう当たるもんじゃないさ、という分析にも説得力があった。
 事実、飛行船の大砲3門から放たれた砲弾のうち、『イトカワ』に着弾したのはせいぜい半分。残りは『イトカワ』に触れることさえなく、シュバルツバルドの空へ虚しく消えている。首尾よく着弾した砲弾にしても、目標である縦穴の半径10メートル以内に落ちた砲弾といえば、さらにその5分の1ほど。縦穴への直撃は一発も無い。
 敵ながら、ちょっと気の毒になるほどの命中率だ。
 まあ『イトカワ』はシュバルツバルドの風を受けて常にその位置を変えているし、同じく空に浮かんだままの飛行船はなおさらだ。もしこれがバーク指揮する『マグフォード』なら、たとえ動く浮遊岩塊が相手でもぴたりと船体を静止させて見せるだろう。が、船の性能と操船の腕、共に圧倒的に劣る目の前の飛行船であれば、これは仕方ないこととも言えた。
 「敵の残弾は?」
 「これまでの弾数と、飛行船の気嚢の膨らみ具合から見て、残り3分の1ってとこさ」
 G3プロフェッサーの質問に、G11ガンスリンガーの答えは素早い。敵の残弾を知ることは、銃砲撃戦において最も重要なデータの一つだから当然だ。
 気嚢の浮力で空を飛ぶ飛行船は、積み荷の重さに応じて気嚢内の浮遊ガスを調節し、一定の高度を保つ仕組みである。だから今のように大砲を撃ち続ければ、撃った砲弾の分だけ船体が軽くなるため、気嚢の浮遊ガスを抜いてバランスを取らねばならない。彼女が『気嚢の膨らみ具合』に注目したのはこのためである。
 「敵が砲弾を撃ち尽くせば、接岸して乗り込んでくる可能性もある。そん時こそチャンス……っとヤバ、 次来るさ!」
 G11ガンスリンガーが塹壕内の仲間に向かって警報を出す。
 縦穴への至近弾だ。
 それにしても塹壕に伏せながら飛行船の大砲を監視し、発射前にその弾道をある程度見切ってしまうその分析力。敵がまともに照準すらできないのに比べ、実力の差は歴然である。
 「頼んださ、G9」
 「ああ、任せてくれ」
 G11ガンスリンガーの要請に、むしろ気楽な声で応えたのはG9。
 守護の聖騎士・パラディンだ。
 敵の攻撃から味方を守る、その仕事に特化された前衛職。とはいえ、今の相手は剣でも矢でも攻撃魔法でもない、飛行船からの艦砲射撃。どう考えてもたった一人の人間が、いや例え一人が千人でも防御できるとは思えないのだが……。
 しかし恐怖も気負いも感じさせず、G9パラディンは立ち上がる。
 「大丈夫、『慣れてる』からね」
 いっそ謎と言ってよい言葉を残して塹壕を後にする、その腕には巨大な盾。いや、果たしてそれを『盾』と呼んでいいものか。
 それはどう見ても、ただの巨大な岩の塊だった。
 直径は1メートル半、この長身のG9パラディンでも、身を屈めれば余裕でその影に入ってしまう大きさ。
 『イトカワ』の岩盤から切り出したらしく、材質は色気のない灰青色の花崗岩。形は歪なジャガイモを半分に切ったような、と言えば分かりやすいだろうか。カプラ服の革ベルトを加工した留め具を使い、無理矢理に左腕へ固定した様は、お世辞にもスマートとは言えない。
 いや、実は固定してあるのは左腕だけではない。
 カプラ服のスカート、その左側面を腰骨の上までまくり上げ(ちなみに下着が丸見えだ)、そこからむき出しになった純白の生体義足、その太腿にも盾の留め具ががっちりと巻き付けてある。つまり左半身の2カ所で巨岩を支えているのだ。
 とはいえ岩の重さは実に半トン超。本来であれば人間が持ち上げるなど絶対に不可能なはずである。
 だがそこには、このシュバルツバルドの空ならではの『裏技』があった。
 この急造の岩盾もまた浮遊岩塊の一片であるため、『イトカワ』から切り出されてなお『ユミルの心臓』の重力異常の影響を受ける。首都からかなり離れているため、さすがに単独で浮遊するほどの力はないが、それでも本来の重さの大半が軽減されてしまうのだ。
 とはいえ、その重さが無くなったわけではない。
 加えて、物体には『慣性』というものがある。『止まっている物は止まり続けようとし、動いている物は動き続けようとする』、その性質のことだ。
 例えば巨大な鉄の塊を天井から鎖で吊るし、これを床に立った人間が両手に抱えているとしよう。吊るしてあるわけだから、人間の手にかかる重量はゼロだ。
 だが、これを『横方向に動かせ』と言われたらどうだろうか。
 人間一人が渾身の力を込めても、そう簡単には動くまい。逆に一度動き出したら、今度はそれを止めるのは至難の業となる。下手にしがみ付けば、人間など簡単に吹っ飛ばされてしまうだろう。
 G9パラディンの盾にも同じことが言える。
 盾を構えてじっとしているだけなら問題ないが、『動く』となった途端に慣性の法則が襲いかかる。下手をすれば鉄塊を抱えた人間と同じく、盾の動きについて行けずに吹っ飛ばされるか、最悪身体が千切れとんでしまうはずだ。
 しかし驚嘆すべきはG9パラディン。
 そんな難しい装備を抱えているとは思えない自然さで、飛行船と塹壕の間に立ちはだかる。その離れ業を支えているのは無論、人外のパワーを持つ生体義足の左脚だ。まくり上げたスカートからのぞく純白の脚は、G9パラディンの歩みと共に変形を繰り返し、巨岩が引き起こす慣性の力を打ち消していく。
 「来るぞ!」
 G11ガンスリンガーの叫びと、遠くに浮かぶ飛行船の舷側から閃光が吐き出されるのが同時。砲発火炎(マズルブラスト)。砲弾は放たれた。
 「『オートガード』……『ディフェンダー』!」
 迎え撃つG9パラディンの身体が鈍く輝き、防御力を高めるスキルを発動を告げる。
 一歩、いや数ミリ間違えば、待っているのは死あるのみ。そのギリギリの戦いを前にした凄まじい集中力が、飛来する砲弾を全神経をもって捕捉する。
 砲弾が来た。
 「は……あッ!!」
 G9パラディンが、巨大な盾をぐん!と振り回す。まるで鋼鉄を精錬して造られた、超弾性の板バネを思わせるしなやかさ。
 そして力強さ。
 いかに半トンもの巨岩でも、大砲弾をまともに食らえば一撃で木っ端微塵である。当然、それを掲げた人間も同じだ。だからこそ『受ける』のではなく『さばく』。
 不細工な岩の盾が、G9パラディンが操るこの一瞬だけは鋭く、そして精密な軌道を描き、飛来する砲弾の弾道に滑り込む。
 「ッ!!」
 
 ぐわッきィーん!!!
 
 砲弾が盾と接触する凄まじい打撃音。同時にG9パラディンの身体を包む、防御スキルの効果が一気に発動する。
 ぎゅん!! 
 周囲の空気をつん裂き、砲弾がG9パラディンの遥か背後へ飛び去っていく。振り回された岩の盾が、飛来した砲弾の弾道をわずかにすり替えたのだ。
 縦穴への直撃弾は防がれた。
 だがそれで終わりではない。弾はまだ生きている。
 「うりゃァァア!!!」
 生体義足の左脚をフルパワーで駆動、同時に反対側、生身の右膝を『イトカワ』の岩盤に突き立てるようにして身体を支える。
 ぶぅん!
 G9パラディンの身体が右膝を軸にして180度回転、巨岩の盾を地面に対して斜めに構え、その下に潜り込むような防御体勢を取る。膝当てもないまま全体重と盾の超重量を受け止めた右膝が裂け、みるみる血が溢れてくる。
 しかし構っている暇はない。
 次の瞬間。

 どっぐゎああああん!!!

 離れた地面に着弾した砲弾が炸裂、凄まじい爆風と瓦礫の飛散がG9パラディンを襲う。
 カ! カ! カカァン!!
 残ったわずかな防御呪文、そして防御スキルが発動。しかしそれでも相殺しきれない爆圧が盾ごと彼女の身体を押しつぶしにかかる。
 「ぐぅッ!!」
 G9パラディンの喉奥から思わず苦痛が漏れる。盾を支える異形の左脚が、主を生かすために人外の力を解放する。
 (この……程度ッ!)
 防御呪文がなければ一瞬で鼓膜や眼球が裂け、肺を始めとする内臓への大ダメージは免れないだろう。兜も何もなく、カプラのヘアバンドを巻いただけの頭部に激しい衝撃を受けて脳が揺らされ、まともに意識を保つのさえ難しい。
 奥歯を砕けそうなほど食いしばり、ただ精神力のみで心身を支える。
 (そう……あの戦場に比べたらッ!)
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:27 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (13)
 
 『200人と3人の聖者(ツーハンドレッド・アンド・スリー・セインツ』。
 それは現代に生まれた伝説の一つである。
 5年前。
 ルーンミッドガッツ王国の辺境に位置する小さな村で、たまたま駐屯していた国境巡視の聖騎士団が、隣国アルナベルツ法国の大部隊に急襲された。両国の国境を巡るゴタゴタは日常茶飯事だが、その中でもめったにない規模の衝突だった。
 村を包囲し、最新鋭の大砲5門をひっきりなしに撃ち込んで来る敵に対して、聖騎士団は文字通り盾となって立ち向かう。住民を村の教会の中にかくまった上で、全員が盾を掲げて砲弾を受け止め、あるいは弾き飛ばすのだ。
 無謀、かつ無意味な戦いだった。
 軍事的にも政治的にも、ほとんど価値のない小さな開拓村である。守るより捨てて逃げるのが誰の目にも正解だったはずだ。 
 それでも彼らは戦った。
 部隊からの急報が首都プロンテラの大聖堂に届く。しかし事態をエスカレートさせたくない大聖堂と王国政府の意向が絡み、援軍派遣の動きは鈍い。
 それでも彼らは守った。
 そして200人が死に、3人が生き残った。
 いや、3人しか生き残れなかった。
 その3人のうちの1人、唯一の女性こそが彼女、G9パラディンなのだ。
 たまたま急を知った彼女の夫が手練の仲間を集め、遥か首都プロンテラから現地に急行し、決死の突撃で敵を退散させてくれなかったら、彼女も200人の死者の列に続いていただろう。事実、廃墟と化した村の中で夫が彼女を発見した時、既に彼女の左脚は失われ、失血死状態のまま瓦礫の中に埋まっていたのだ。
 魔法による蘇生限界時間ギリギリ、左足は肉片と化して飛び散ったまま再生不可能。魔法で蘇生しても、数分でまた死亡するほどの重症だ。
 半狂乱となった夫は即座に彼女を自分のラボに連れ帰ると、周囲が止めるのも聞かずに禁忌スレスレの生体錬成を慣行する。
 かつて首都プロンテラの暗黒界に生き、『悪』とされること総てに手を染めた男だ。聖騎士たる彼女によって捕らえられ、不思議な縁で夫婦となって更生を果たしたとはいえ、闇の狂気は未だその内にある。
 唯一の光である妻を失えば、その魂は再び闇に落ちただろう。
 何より、
 『死ぬなルキト! お前が死んだら、世界を滅ぼしてやるからな! 脅しじゃないぞ! ホントにやるぞ!!』
 女として、こんな熱い告白を耳元で聞かされ続けては、おちおち死んでもいられまい。彼女は生還し、前例のない生体義足のリハビリにも成功した。
 復帰してみれば、大聖堂が自らの失態を隠蔽するため、彼女を『聖女』として祭り上げていたのには少々呆れた。その『生ける聖者』の名を買いに、カプラ社が『グラリス』のスカウトを送って来た時も、正直なところ興味はなかった。
 だが、夫に錬金術師の最大禁忌『人体錬成』の嫌疑がかかり、アルケミストギルドの手によって軟禁状態に置かれたことで事情は変わる。
 いくら『足だけ』『あくまで義足』と言い張っても、元々素行が悪くギルドの問題児扱いされている夫だ。これを機会に錬金術師界から抹殺してしまおう、というギルドの意図は明白だった。
 そして彼女は決意する。
 『今度は私が、お前を助ける番だな』
 プロンテラ大聖堂とカプラ社という、大陸でも最大クラスの圧力団体を同時にバックに持てば、ギルドから夫の身柄を取り戻すぐらい朝飯前である。
 そして彼女は我が身を売る形で『グラリス』となり、ここに立っている。
 再び襲い来る砲弾に、身体一つ、盾一つを持って立ち向かう。
 (待ってろ倖弥、必ず帰るからな)
 身柄こそ無事に取り戻せたが、錬金術師としての様々な権利を取り上げられ、今はわずかな製薬と露天商しかできない夫。
 (だから我慢して、世界を滅ぼすのはちょっと後にしろ。私が留守でも酒は控えて、肉ばっかり食べるな。髪とか髭とか爪とかちゃんと手入れして清潔に! あと歯もちゃんと磨け! 喧嘩はせめて三日に一度ぐらいにしろ!)
 途中から趣旨が変わっている気もするが、つまりは彼女をパラディンとして立たせるものは、決して神や民への博愛ではない。
 愛する男への、ただ一途な愛。
 『我が命は君が命』
 それだけである。
 単なる言葉の綾ではない。今も彼女を生かすこの生体義足、その錬成には彼女の血と共に、大量の夫の血が使われている。本人は決して口にしないが、恐らくは命に関わるほどの量をその身から搾り出し、この奇跡の足を自分に与えてくれたのだ。
 常人には理解の及ばぬ異形の愛、それゆえに強い絆。
 「ッあああ!!」
 盾ごと押しつぶされそうな爆風に、異形の、しかし奇跡の左脚が抵抗する。
 ごきん!
 ついに岩の盾が割れ、下半分が風に煽られて飛び去った。G9パラディンの身体も跳ね飛ばされ、地面をゴロゴロと転がること数メートル。
 (……耐えた!)
 だが地面に突っ伏した身体は激しいショック状態で、さすがにすぐには動けない。ぐずぐずしていればまた砲撃が来る。
 だが焦りはない。その目に塹壕から味方が飛び出してくるのが見える。
 隻眼のグラリス。
 G4ハイプリーストだ。
 アルナベルツ法王庁直属の戦闘僧であり、ルーンミッドガッツ王国軍の拷問を受けて片目まで奪われた彼女にとって、このG9パラディンは立場上『異国異教の仇敵』である。
 だがこの2人、普段から決して仲は悪くない。馴れ合いこそしないが、角を突き合わせることもない。
 実は2人は『グラリス』となる以前、G4ハイプリーストが捕虜となり片目を失った戦場で、一度出会っていた。その時のG9パラディンは憲兵、つまり軍内部の不正や犯罪を取り締まる立場にあり、味方が条約違反の拷問を行っている、との情報を得て派遣されてきたのだ。だから形としては一応、G9パラディンがG4ハイプリーストを助けた、ということになる。
 もっともそこは戦場での話。お互いに礼を言ったり言われたり、という筋合いでもないのは当然だ。
 だが片目を失っても機密を漏らさなかったG4ハイプリーストと、筋を通して彼女の権利を守ったG9パラディン、2人の間に何らかの化学反応があったことは確かだろう。
 お互いに戦場にあって、力の限りぶつかり合った者同士の、ある種の共感とでも言うべきか。
 (アイツは必ずフォローに来る)
 (あの程度でアイツは死なない)
 強敵と書いて友と読む、でもあるまいが、共通の敵を前にして強者二人の認識が完璧にシンクロする。
 ざあ、と滑り込むようにしてG4ハイプリーストが到着。
 「生きているな、G9」
 「……おう」
 「よし、じゃあ行くぞ。『死ぬなよ』」
 『死ぬな』とはどういう意味か。その答えは直後。
 「『ヒール』!」
 G4ハイプリーストの掌から、奇跡の治癒魔法が贈られる。その光に包まれた途端、
 「……がふッ!!」
 癒されるはずのG9パラディンが、喉の奥で妙な音を立てた。眼球がぐるり、と白目を剥き、辛うじて地面に手を付いて支えられていた身体がべちゃん、と潰れる。すかさずG4プリーストの指がG9パラディンの首筋に触れ、脈をチェック。死んではいない、意識を失っただけだ。
 「『リカバリー』!」
 「……ぶは!」
 毒やマヒなど、肉体の状態異常を強烈に回復させる魔法、その一発で気絶から叩き起こす。ろくな強化装備もない状態から、G9パラディンの身体を一瞬で治癒させたことといい、その力の凄まじさは特筆に値する。
 だがこのG4ハイプリーストを有名にしているのはその効果だけではない。
 治癒魔法ヒールには、効き目は緩やかだが穏やかに効く『癒し型』と、爆発的に効く一方で激しい反動がある『気付け型』の2種類があることを思い出して頂きたい。
 このG4ハイプリーストのヒールは後者、それもぶっちぎりの例として名高いのだ。曰く、『ヒールをかけられた相手がショック死するレベル』。
 人呼んで『殺人ヒール』。
 先刻の『死ぬな』の意味はコレである。
 さしも頑丈なG9パラディンが一発で意識を吹っ飛ばされたことから見ても、その異名が伊達でないことは明らかだった。
 「あー、死ぬかと思った!」
 「立て、走るぞ」
 目をパチパチさせて頭を振るパラディンに、ハイプリーストは容赦ない。それも当然、敵の大砲が狙っている。
 3門の大砲のうち、直前に撃った1門は再装填中としても、残る2門はいつでも発射できる状態なのだ。
 半分に砕けてしまい、もはや防御の用を成さない盾は捨て、替えのきかない革ベルトの留め具だけを回収。G4ハイプリーストが肩を貸し、G9パラディンを無理矢理立たせる。そこは元・戦闘尼僧、現・戦場治療尼僧。その肉体と鍛錬は戦士級、力もそれ相応である。
 「了解、シスター」
 絶大な威力を誇る治癒魔法で既に肉体は回復、ショック症状からも立ち直ったG9パラディンと、肩を貸したG4ハイプリーストが走り出す。飛行船の大砲が発射されるが、塹壕のG11ガンスリンガーから警報が無いのは『外れ弾』の証拠なので気にしない。
 塹壕に飛び込んできた2人を、指揮官であるG3プロフェッサーが出迎えた。
 「見事でしたG9。すぐにピットインを!」
 「応!」
 G9パラディンが一息つく間もなく身を翻し、途中で何人かとハイタッチをしながら塹壕の中を駆け抜け、 最後に地下への縦穴へと飛び下りる。
 縦穴(ピット)に入る(イン)とは良く言ったものだ。
 底まで10メートルの深さ、だが左脚の生体義足がまたもその力を発揮し、ダメージはもちろん落下音まで殺して着地する。カプラ服のスカートが無様に捲り上がらないよう、手で押さえる余裕。
 たどり着いた穴の底は、大砲弾の降り注ぐ穴の上に負けないほどにぎやかだった。
 「阿修羅……」
 垂直の岩の壁に向け、一人の『グラリス』が気合いを高めている。グラリスの制服であるヒール付きのブーツを脱ぎ捨て、素足の両足で思い切り広くスタンスを取り、拳を腰だめに構えた一撃必殺のポーズ。身体の周囲をふわふわと漂う、気弾の輝きが美しい。
 「……覇凰拳!」
 どんっ!
 重い衝撃。拳が岩の壁に吸い込まれると同時に、硬い花崗岩にばばばっ!っとヒビが入り、続いてどさあ、と一気に崩れ落ちた。これこそカプラ嬢達が隠れる地下洞窟を掘り進んだ、最大級の威力を誇る超破壊スキル。
 『阿修羅覇凰拳』。
 今は最初の洞窟とは別の方向へ、新たな洞窟を掘削中である。

 グラリスNo8、師範覇拳士(マスター・チャンピオン)
 名前の『葵(アオイ)』は僧号だが、本名は出家の時に捨てる決まりのため、今はこれ以外に名乗る名は持たない。『マスター』と『チャンピオン』が重なる役職名も奇妙だが、そういうものとご理解頂きたい。
 
 ベインスの山中に一人ぼっちで暮らしていた彼女が、アルナベルツの首都ラヘルにある武僧院に連れてこられたのは18歳の時だった。
 その時には既に、たった一人でボス級のモンスターを屠りながら暮らす『ベインスの虎乙女』の名は、既に他国にまで鳴り響いている。
 だが武僧院が彼女に興味を持ったのは、彼女の強さではない。
 18年前、禁忌を破って僧院を脱走した老尼僧が、その命尽きるまで密かに育てたのが彼女、という噂を得たからである。
 生涯を武術の研究に捧げ、『虎王妃』の異名を取ったその老尼僧は、新技の実験中に誤って愛弟子を殺してしまった自責から心を病み、ある日突然僧院から姿を消した。結果として彼女が編み出した技、研究中だった新技の総てが失われたのである。
 武僧院が血眼になって追い求めた老尼僧の消息と技の行方について、だが少女は一切を語ろうとしなかった。一方、まるで飼い殺しのような境遇にも不満を言わず、僧院で過ごすこと数年。
 しかし転機は訪れる。
 カプラ『グラリス』の師範覇拳士枠に欠員が出たと知るや、監視の目を盗んで僧院を脱走。カプラ本社のあるアルデバラン北の荒野で行われた選抜大会に参加し、数百人に上る候補者を文字通りなぎ倒して優勝した。
 『グラリス』を襲名した彼女に、もはや武僧院が表立って手を出すことはできない。裏から暗殺者など送り込もうにも相手が悪い、丁寧に叩きのめされて送り返されるのがオチだ。
 人として生まれ、虎として死んだ老尼僧の技を継いだ女覇拳士は、ついに自由を得たのである。
 その実力を知る物は言う。
 『既に別次元』と。
 とはいえろくな装備も何もないこの『イトカワ』では、彼女といえども苦労はあるようだ。
 「だあああー! 手加減難しいっ!!」
 思いっきり欲求不満だったりする。
 「阿修羅ってさあ! 阿修羅ってさあ!! こんな風にちまちま撃つもんじゃないんだって! もっとこう、どーん!って撃つもんなの、どーんって!!」
 よほど力が余っているらしく、身体の関節をあちこちポキポキ言わせながら、信じられないような柔軟性でストレッチを繰り返す。そうして身体を動かしていないと気持ちが落ち着かない、失礼だが少々『脳筋』っぽいところがあるようだ。
 「はいごくろーさん」
 そんなG8チャンピオンに、全く斟酌しない足取りでずかずかと近づいたのはもう一人の『グラリス』。
 制服のワンピース、その上半身をがばっと脱いで腰に結び、盛大にまくり上げたスカートも、やはり腰に結びつけている。その豊かな胸を隠すのは地味なグレーの下着一枚、足は靴下を脱ぎ捨て、素足に直接、靴ひもをだらしなく解いたブーツを引っ掛けている。
 気品と礼儀を旨とするカプラ嬢には本来、決して許されないワイルド極まる着こなし、いや着崩しだ。
 「ほれ、邪魔だからとっとと退いた退いた。体操はあっちでやってあっち」
 「ちょっ、押さないでよ社長!!」
 不平を訴える素足のG8チャンピオンを押しのけ、傍若無人を絵に描いたような態度で、破壊された岩塊の山を前に仁王立ち。
 「よっしゃ手前ぇら、こん中から盾に使えそうなの探して持って来い! モタモタすんな! トロトロしてっとケツ引っ叩くぞ!」
 服装だけではない、口もワイルド。

 グラリスNo5・師範白鍛冶師(マスター・ホワイトスミス)。
 名前は『ノヴァ・ハート』だが、愛称である『社長』の方が通りがいい。
 役名である『ホワイトスミス』は本来『ブリキ職人』を示す言葉だが、この世界では鍛冶師(ブラックスミス)の上位職を示す言葉に転用されている。

 ところで『社長』の愛称は、同じく鍛冶師だった父の後を継ぎ、シュバルツバルド下町の町工場を国内有数の大企業『ハート技研』に育て上げた実業家としての顔が有名であるからだが、無論、肩書きだけで襲名出来るほど『グラリス』のホワイトスミス枠は甘くない。
 当然のように彼女も、『グラリス』の名に恥じない技術の持ち主だ。
 強力かつコンパクトなエンジンや、それを動力とした様々な機械を創り出す天才的な能力。それは既に『鍛冶』の範疇を遥かに越え、この世界では未知領域である『機械工学』の域にまで入り込んでいる。
 読者諸君に分かりやすい例を挙げれば、あの最先端の飛行船『マグフォード』のエンジンこそ、まさに彼女がネジ一本から図面を引いて作り上げた逸品。そして『マグフォード』本体の設計・建造にも彼女の技術がふんだんに盛り込まれている。
 賢者の塔の最高権威・『放浪の賢者』こと翠嶺が、有事の際に呼び集めるスタッフ群『賢者の道具箱(ワイズマンズ・ツールボックス)』にも名を連ねる、現代最高の鋼の匠。それが彼女だ。
 付け加えるならもう一つ。
 実は彼女は『グラリス』、いやカプラ嬢の中でも指折りの美女として知られ、アラフォー世代ながら化粧映え万全の派手な容貌と、メリハリ無双の妖艶な肢体の持ち主。
 ……なのだが、いかんせん中身がご覧のワイルドさ。私生活でも酒と煙草とウンコ座りを愛する『ガテン系アネゴ』であるため残念無念。
 『カプラ2大ガッカリ美人』、その『西の横綱』を張っている。
 「社長、お願いします!」
 「おっしゃ、見せろ!」
 弟子のカプラ嬢が数人がかりで抱えて来た大岩を、素手でざっと検分した後、小さなハンマーでコンコン。その反響音に耳を傾けていたが、いきなりハンマーを振り上げ、
 「失格!」
 大して力も込めずに、かぁん! と一撃。直後、ふた抱えもある大岩がパカンと裂け、ついでバラバラと崩れ落ちる。抱えていた若いカプラ嬢達が目をぱちくり。
 「ヒビが多すぎる! パラディン殺す気か手前ぇら! 目に見えないヒビは音で聞き分けんだよボケ!」
 ひとしきり怒鳴り上げておいて、
 「 次!」
 並んだ岩を指で手招き。
 「お願いします、G5お姉さん」
 そう言って岩を持って来たのはW1。『イトカワ』を飛び下りる無代に巨斧『ドゥームスレイヤー』を譲った、カプラ『W』のトップ嬢である。
 金髪ツインテールのロリっぽい外見に反して既婚者で子持ち、カプラチームの中では年かさの一人だが、それでも同職の大先輩であるG5ホワイトスミスには頭が上がらないようだ。
 「ん」
 同じようにまず素手で、次いでハンマーでコンコン。
 「……ん。よし、しっかり持ってろ」
 ぶっきらぼうな承認。
 「『アドレナリンラッシュ』!」
 びん! 攻撃速度を上げる鍛治師のスキルが発動、G5ホワイトスミスの身体を真紅の輝きが包む。そこからは一気!
 「どりゃああああ!!!」
 手にした小さなハンマーが猛スピードで振り下ろされ、がががががががが!!! っと大岩を削って行く。
 歪ながら盾の形になるまで1分。留め具を通す穴を2カ所開けるのに、加えてもう1分。
 「よっしゃ。G9、こっち来い」
 「おう。……、ありがとう、もう十分だ」
 穴の底に直接座り込み、水とわずかな食料を口にしていたG9パラディンが、祖末ながらも給仕してくれた若いカプラ嬢に礼を言って立ち上がる。
 「む……っ!」
 G5ホワイトスミスがW1に手伝わせ、出来上がったばかりの岩盾をG9パラディンの身体に装着する。
 「左上、ここんとこに小さいヒビがある。砕けるとしたらここからだぜ」
 「わかった」
 鍛冶師と聖騎士、2人の会話は短い。普段ならむしろ饒舌なG5ホワイトスミスの口数が少ないのは、意外にも申し訳なさからだ。こんな防具とも呼べないような不細工な代物しか作れない。それに命を賭けさせねばならない。職人として、とても納得のいく話ではなかった。
 しかしだからといって、ここで『言い訳』など論外だ。
 一方のG9パラディンも決して不満は言わない。今はこの岩盾が『精一杯』だと知っているからだ。戦いの最前線で無い物ねだりなど、これまた論外である。
 簡素だが万全の装着作業が終了。
 「頼んだ」
 「任せろ」
 託す方と託される方、極限まで圧縮したやりとり。
 G9パラディンが穴の上、丸く切り取られた青空を見上げる。左脚の生体義足が撓み、再びあの大ジャンプを準備する。
 だが異変はその時起きた。
 穴の外、塹壕の中で敵と相対していたはずの『チーム・グラリス』が、一斉に穴の底目指して降りて来たのだ。
 岩を刻んだ梯子を凄い勢いで降り、最後の数段は飛び下りたG3プロフェッサーが叫ぶ。
 「飛行船が直上に移動中!」
 縦穴から居住区へと続く洞窟の隅々に、声が木霊する。
 「爆撃が来るぞ! 全員、奥へ退避!」
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:28 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (14)
  敵飛行船の移動を最初に把握したのはG1スナイパー、その意図を把握したのはG11ガンスリンガーだった。
 それまで『イトカワ』から少し距離を取り、高度をやや上に取りながら撃ち降ろしの艦砲射撃を繰り返していた飛行船が、急に高度を上げながら接近してくる。
 ちょうど『イトカワ』の上を大きく飛び越えるような軌道だ。
 「……やば。連中、爆撃する気さ!」
 「G11、爆撃とは?!」
 G11ガンスリンガーに、G10ロードナイトが聞き返す。
 「真上から直接、ココへ弾を落っことす気だ。撃っても当たんないから! ……G3!」
 「全員、待避壕へ! 」
 指揮官G3プロフェッサーの決断は早い。水平方向からの砲撃に対しては一定の防御効果を発揮した塹壕だが、真上からの爆撃となると話は別だ。
 『チーム・グラリス』が一斉に縦穴の中に飛び込んで行く。その中で、
 「さーて、仕事だっ!」
 G2ハイウィザードがG15ソウルリンカーを抱っこしたまま、どっこいしょと立ち上がると、
 「ほい、アンタは先に降りる!」
 ぽいっ。
 無造作に縦穴の中へ放り込む。
 「あ? アイヤーァァァ……」
 ベタな悲鳴を残し、深い穴の中に落っこちて行くG15ソウルリンカー。だが周囲の誰一人として心配はしていない。ソウルリンカーは多彩な足技で戦うテコンキッドの上位職であり、もともと体術に優れた職業だ。しかもダメージ無効化スキル『カウプ』をはじめ、身を守るに敵したスキルを数多く持っている。こんな縦穴どころか『イトカワ』から地上へ落下しても、ことによったら平気で生き延びるかもしれない。
 「G6、やるぞ!」
 「ほいほい、渦ちゃん♪  準備おっけーでありんす♪」
 状況に比べて余りにも危機感のない返事はG6ジプシー。その手にはロープが握られ、その先端は塹壕の端に作られたアンカー代わりの岩に括られている。ムチやロープなど長い紐状の武器を操るのは、彼女らダンサー・ジプシーの得意分野なのだ。
 小柄なG2ハイウィザードがG6ジプシーに抱きつくようにしながら、お互いの腰をベルトで固定する。2人の身体を連結したまま、ロープを伝って穴を降りるのだ。
 「あーもう、乳が邪魔だ! この乳が!!」
 「もーしわけありんせん、生まれつきで♪……比べて渦ちゃんはすっきりぺったん、うらやましゅうありんす♪」
 「ぺったん言うな、これはステータスだ。アタシぐらいになれば」
 「ウッ……」
 「泣くな!!」
 どうにも緊張感に乏しい。
 「G2、G6、早く!」
 G3プロフェッサーが穴の底から急かすが、穴の上の2人とて遊んでいるわけではない。ベルトがちゃんと固定されているか、ロープは大丈夫か、一通り確認しながらのじゃれ合いのようなものだ。
 「行くでやんすよ、渦ちゃん♪」
 「もー苦しいから早よやれ! いちいち断らなくていいのよ! アタシぐらいになれば!」
 ぱっ、と2人の身体が穴の中へ躍り出し、2メートルほど下がった所で停止。細身の外見に反してしなやかに鍛えられたG6ジプシーの身体が、鮮やかにロープを操って空中停止を果たす。
 そして今度はG2の番。
 「『アイスウォール』!」
 しゃきん!!!
 鋭い物体が高速で空気を引き裂く、金属音にも似た音が響く。と同時にたった今、G2ハイウィザード、G6ジプシーの2人がくぐったばかりの、地下へと続く縦穴の入り口が、青白い物体にすっぽりと覆われていた。青白いと言っても、本来は純白色であるものが、空の青色を透かしてそう見えるのだ。
 防御魔法『アイスウォール』。
 任意の場所に氷の壁を召還し、敵の侵入を防ぐスキル。それを使って縦穴を塞ぎ、爆撃から守る作戦だ。
 ところで、このスキルの効果を『空気中の水分を凍らせるもの』と誤解している人も多いが、実はそれは間違いである。そもそもこんな巨大な氷の塊を作れるほど、空気中に水分があるはずもない。
 実は凍っているのは水ではなく、魔法によって召還されたゲル状の霊物質、いわゆるエクトプラズムである。
 この不活性の半物質であるエクトプラズムは、その高い粘性を利用し、敵の動きを阻害する魔法『クァグマイア』などに利用される一方、こうして低温で凍らせれば非常に硬度の高い防壁に変貌する。
 「『アイスウォール』!『アイスウォール』!」
 G6ジプシーが巧みなロープさばきで縦穴の中をメートル刻みに降下し、G2ハイウィザードが霊氷の壁を連続召還していく。そして2人の足が穴の底に着く頃には、10メートルの縦穴は完全に塞がれていた。
 さすがに一枚では砲弾の直撃を防げない霊氷の壁、では厚さ10メートルまで重ねれば如何に。
 「中へ!」
 G9パラディンが退避壕の入り口で新たな盾を構え、2人を呼び込む。
 爆撃が始まったのはその直後。

 どどどどどどどどががががががぁぁぁぁぁんんん!!!!!!

 今までの砲撃とはケタ違いの密度と正確さで、敵の砲弾が『イトカワ』の岩盤を穿つ。命中率の悪い砲撃を諦め、砲弾を直接投げ下ろしているのだ。それはそれで苦労もあるのだろうが、慣れない空中からの艦砲射撃に比べれば、遥かに正確で素早い攻撃が可能なのは事実らしい。
 「!!」
 さしも頑丈な洞窟が激しく揺れ、天井からパラパラと岩の破片が降る。
 「く、崩れませんよ、ね……?」
 若いカプラ嬢、カプラ『ビニット』のノーナンバーが、G3プロフェッサーに小声で恐る恐る尋ねる。だが、
 「崩れる可能性はある」
 待避壕の入り口を睨みつけたまま、振り向きもせずに投げられた答えに甘さはない。
 「元々、最初からこのやり方で爆撃されていたら、ココも耐えられなかった。……だけど、こちらにとっては最初で最後で最大のチャンス。これで敵が弾薬を使い果たしてくれれば……」
 その時だ。
 「来る!」
 G9パラディンの叫びと、待避壕を轟音が埋めるのが同時だった。

 どぐわっしゃああああん!!!

 凄まじい爆発音と破砕音。投げ落とされた砲弾が、とうとう縦穴を直撃したのだ。
 膨大な量の霊氷が一気に砕け散り、爆破の衝撃を吸収する。だがさしも10メートルの氷の壁も、爆発のエネルギー総てを受け止めることはできなかった。待避壕の入り口に、爆風と共に凄まじい量の砕氷が殺到する。
 「ぐぅっ!!」
 G9パラディンが呻き声を挙げる。
 ありったけの防御魔法と防御スキル、その最大レベルの助けを借りて巨大な氷の塊を受け止めたものの、さらに襲いかかる爆風と氷に耐え切れない。
 「『アイスウォール』!」
 G2ハイウィザードの魔法が爆風に立ち向かう。同時に待避壕の中の全員が、ありったけの防御・治癒のスキルを発動。戦場であれば一軍すら壊滅させうる殺傷兵器に、鍛え抜いた心技体の総てを動員して抵抗する。
 ぐわっしゃーん!
 氷の壁が崩れ去った。待避壕の中にいたカプラ嬢全員の身体から、防御魔法の発動を告げる甲高い音が連続して響く。襲い来る氷と爆風、そして逃げ場の無い待避壕内に凄まじい爆圧が荒れ狂う。
 もし防御呪文がなければ、全員即死まちがいなし。
 どうにか気丈に振る舞ってきた若いカプラ嬢達の間から、たまらず悲鳴が上がる。いやチーム・グラリスの中にさえ目を固く閉じ、歯を食いしばるメンバーもいたほどだ。
 縦穴から霊氷の破片がなだれ込み、待避壕の床の3分の1近くが白く染まる。
 「天井! 崩れる!」
 もう誰の声かも分からない警報に、見上げれば天井の岩が直径3メートルほどの範囲で剥がれ、まさに落下するところだ。『イトカワ』を浮かせる重力異常の影響で、いきなり落下しなかったことだけが救いだった。
 「でぃやぁあ!!!!」
 反応したのは、いや『反応できたのは』素足のG8チャンピオンのみ。いや、たとえ反応できたとしてもこの巨岩を瞬時に、しかもほとんど素手で処理できる者が他にいるだろうか。
 だぁんっ! という踏み込みの音と共に、鍛え抜いた脚で猛然と床を蹴り、渾身の掌底突きを巨岩に叩き込む。
 『猛虎硬爬山』
 G8チャンピオンが持つ強力な打撃スキルが発動、ずん! という重い打撃音が待避壕を揺らす。だが何も起こらない。
 外の爆撃音すら遠のいて聞こえるほどの、圧縮された1秒。
 ぶぉんっ!宙にあった巨岩が突然反対方向へ吹っ飛び、誰もいない待避壕の壁に激突して砕け落ちた。猛虎硬爬山のスキル特性であるノックバック、相手を後方へ吹き飛ばす効果を利用し、落下する巨岩を安全に排除したのだ。
 「G8、続けて天井を警戒して!」
  G3プロフェッサーの声が飛ぶ。まだ天井を撃ち抜かれたわけではないが、爆撃の衝撃で縦横にかなりの数のヒビが入っていて、いつ崩れ出すか分からない。
 「G9の回復を! 全員に防御魔法のかけ直し、急いで!」
 なだれ込んだ霊氷に埋もれるように倒れた義足のG9パラディン、その身体を長身のG10ロードナイトと隻眼のG4ハイプリーストが力任せに引きずり起こす。息を確認、まだ死んではいない。
 「ヒール!」
 必殺のヒールが命をつなぎ止め、G5ホワイトスミスが駆け寄ってざっと盾をチェックする。
 それで終わりだ。
 ものの数十秒前まで死にかけていた事が嘘のように、再び盾を構えて立つG9パラディン。この死地のど真ん中にいるというのに、特に悲壮な雰囲気もない。
 「貴女達、よく見ておきなさい」
 静かな声は、盲目のG7クリエイターだった。この場での戦闘には自ら無力と判断し、待避壕の一番奥に泰然と腰を下ろしたまま、若いカプラ嬢達に語りかける。
 「あれが『パラディン』です」
 戦場在守。
 戦に在りて守る者、その生き様、在り方をこそ見よ。
 義足のG9パラディン、その背中をカプラ嬢の全員が声もなく見つめていた。手を自然に祈りの形に変える者もいる。
 「よしてくれG7、お尻がかゆくなるじゃないか、ええ?」
 振り向きもせず、自ら混ぜ返す言葉にも、緊張はおろか高揚すら感じられない。
 「いつでも掻いて差しあげるでやんすよ♪ パラちゃんのお尻なら、特に念入りに♪」
 G6ジプシーが乗っかり、待避壕に笑いさえ漏れる。
 待避壕になだれ込んだ霊氷が、その寿命を終えて元の霊物質に戻り、ほぼ同時に雲散霧消していく。
 そして。
 待避壕の中を、永遠にも思える静寂が満たした。
 「終わった……?」
 「しっ……!」
 G2ハイゥイザードのつぶやきを、G3プロフェッサーが制する。ぴん、と立てた人差し指は唇の前。
 このまま『爆撃で全員死んだ』と思わせ、油断した敵の飛行船が接近するのを待ち伏せる、そういう策だ。
 「G11、敵の残弾は?」
 忍び声はG3プロフェッサー。
 「ほとんど無いはず。およそ50発は落してるから」
 即答。そこはG11ガンスリンガー、あの猛爆撃の中でも敵の弾数を数え続けていたらしい。
 「OK。G12……G12いますか?」
 G3プロフェッサーが、不可視のG12チェイサーを呼んだ。
 「……ほっほ?」
 返事は待避壕の中、すぐ近く。だがやはり姿は見えない。
 「外に出て周囲の確認を頼みます」
 「ほっほ♪」
 それを返事と呼んでいいものか否か、しかし鍛え抜かれたグラリス達の感覚は、見えない何かが確かに外へ移動した気配を捕らえている。
 姿の見えないこのチェイサー、なるほど斥候役としては最適任だ。
 数秒。
 「ほっほ〜♪」
 縦穴の上から降って来た声に、G1スナイパーが縦穴の底から見上げれば、爆撃でひどく歪んだ穴の入り口、見えるのは青空。そこへ、ひょいと一本の手が突き出され、人差し指でちょいちょい、と『上がってこい』の仕草をしておいて、またひょい、と消えた。
 「G12、飛行船は?」
 G1スナイパーの質問に返事はない。
 チーム・グラリスの面々が互いに顔を見合わせるが、すぐに軽くうなずき合う。『安全』、そういうことだろう。
 あの不可視のG12チェイサーは行動原理こそ気まぐれだが、その能力と信頼はグラリスの誰にだって劣るものではない。
 音を立てないように気をつけながら、G1スナイパーが縦穴の壁を登り、身を伏せたまま再び塹壕へ潜り込む。爆撃で大きな損害を被っているものの、身を隠すだけの機能はまだ残っている。
 一方でG12チェイサーの姿は塹壕の中にも外にも、もうどこにも見えなかった。
 「来る」
 G1スナイパーが小さく、だが鋭く呟く。
 飛行船が近づいて来る。爆撃の後、いったん距離を取っていた敵が、エンジンを響かせて再び近づいて来る。
 高度は『イトカワ』とほぼ同じ。
 ならば接岸する気だ。
 「待っっっっっ……てましたぁあ!! よっしゃ、お前ら見物してな! 一人で充分だから! アタシぐらいになればね!」
  小柄なG2ハイウィザードが、全身に炎を纏う勢いで唸る。
 「くれぐれも丸焼きは駄目ですよ、G3」
 クギを刺すG3プロフェッサーの言葉、だが彼女をして、待望の事態への高揚は隠せない。
 もっともG2ハイウィザードが何をどう吼えようが、だからといって黙って見ているグラリスなどいるわけがない。長身のG10ロードナイト、素足のG8チャンピオンら、前衛戦闘能力に秀でたグラリス達が続々と塹壕へ上がって来る。
 隻眼のG4ハイプリーストは既に印を結び、即座に支援魔法を発動できる構え。事前に発動しておかないのは、発動時の音と光を敵から隠すためである。
 奇襲の基本だ。

 ばらばらばらばらばらぼぼぼぼおおおお

 敵飛行船のエンジン音が近づく。読者の皆様にはおなじみの飛行船『マグフォード』、その音楽的なほど滑らかなエンジン音に比べ、いかにも気の抜けたローテクな音。もっともこれは『マグフォード』の方が異常なのであって、この時代の飛行船用のエンジンなど、どれもこんなものである。
 だが、
 「あー、整備がなっちゃいねえなあクソが」
 縦穴の下、待避壕の入り口でその音だけ聞いて毒づくのは、カプラが誇る残念美魔女ことG5ホワイトスミス。
 「アタシらカプラと喧嘩しに来たってのに、アレじゃエンジンが泣くぜまったく」
 「社長、気持ちは分かりますがお静かに」
 同じく待避壕で留守番の、盲目のG7クリエイターがたしなめる。
 「ちっ! わかってんよ」
 バツが悪そうに顔をしかめてウンコ座りし、タバコの代わりにくわえた枯れ草の茎をぺっ、と吐き出す。このG5ホワイトスミスはカプラ嬢の中でも飛び抜けた愛煙家で、先だって点呼の時にタバコがどうのこうの雑談していたのも彼女だ。
 「……悪りぃ」
 「大丈夫」
 クリエイターとホワイトスミス。待避壕の中、若いカプラ嬢達を預かる格好で留守番する2人もまた、見えざる緊張とプレッシャーの中にいる。
 なぜならこれが最後のチャンス。
 彼女らが生き残る、本当に最後のチャンスなのだ。
 「攻撃の陣形を説明します、集まって」
 塹壕に隠れて敵の飛行船を睨みつけながら、G3プロフェッサーがグラリス達を呼び集める。
 だが異変はその時、起きた。

 ぼぼぼぼぼぼおおおおおんんん!!!!

 飛行船のエンジン音が高く変化し、いきなり速度を上げながら上昇を始めたのだ。『イトカワ』の上空を飛び越えるようなその軌道は、まさに先の爆撃の再現。
 「そんな……馬鹿な!?」
 その動きに誰よりも驚愕したのはG11ガンスリンガーだった。彼女の観察では確かに、飛行船の重量はほぼ空っぽ。つまり弾薬はほぼ尽きているはずなのだ。
 なのに、
 「重さが戻ってる?! 何でさ!?」
 そう。飛行船の気嚢の張り、浮かんでいる状態からして、数トンにも及ぶ重量が復活している。
 だがいかなる魔法を使おうとも、空を移動している飛行船に積み荷を転移させることはほとんど不可能なはずである。
 例えばワープポータルを例にとれば、この魔法で移動出来る『転移先』は固定された空間の一点でなければならない。飛行船のように、動いている乗り物の上に転移することはできないはずなのだ。
 ならば敵は一体どうやって弾薬を補充したのか。
 その答えを出したのはG1、希有の目を持つスナイパーだった。
 「……『カプラ倉庫』よ」
 その声は同じグラリスの仲間達でさえ、かつて聞いた事もないほど苦渋に満ちている。そしてもう一人。
 「あ、アイヤーぁあ……あれ『D4』ヨー!……でも『D4じゃない』ヨー!!」
 強力な霊能力を持つ小さなG15ソウルリンカーが、真っ青な顔でつぶやく。
 「ちょっと! D4って……まさかディフォルテーのNo4?! それって確か……!?」
 血相を変えるG2ハイウィザードに、神眼のG1スナイパーが応えを絞り出す。
 「飛行船の中に彼女、D4が見えた。『BOT』よ……畜生、やられたっ!」
 最後は叫びになった。
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:43 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (15)
 
 D4。
 カプラディフォルテーNo4、名前はモーラ。
 それは無代の元恋人であり、事件の発端となったカプラ嬢襲撃事件に巻き込まれ、敵の手によって『BOT』にされてしまったカプラ嬢だ。
 それが今、敵の飛行船に乗っている。そしてカプラ倉庫を使い、飛行船に弾薬を補給している。
 「これは……過去ぶっちぎりで最悪だわ」
 神眼のG1スナイパーが拳を握りしめ、塹壕の岩壁をごん、と叩いた。
 日ごろから冷静さが売りのG1スナイパーだけに、こんな姿を見るのも仲間達をして初めてだ。とはいえ状況を理解したチーム・グラリスの反応だって似たり寄ったり。
 「仲間が……カプラ嬢が敵、ということですか!」
 長身のG10ロードナイトが、ほとんど怒鳴り声を張り上げる。元々、ちょっと度が過ぎるほどの騎士道を叩き込まれて育った彼女だけに、『BOT』という非道な存在に対する憎悪は誰よりも激しかった。
 だがその彼女さえ、『BOT』と化したカプラ嬢が敵に回る、という事態は想定していない。いや、本音を言えばもちろん、想定すらしたくなかったのだ。
 「そうよG10。でも悪いけど今、一番の問題はそこじゃない」
 必死で冷静さを保とうとする神眼のG1スナイパー。
 そうだ。確かにカプラ嬢が『BOT』にされ、敵に回っているという事実は重大だ。だが今、最大の問題はそれではない。
 敵の飛行船にカプラ嬢が乗っていること。カプラ倉庫が使えるということ。
 つまり、敵に『弾切れがない』という『現実』。
 「全員外へ! 大至急!!!」
 指揮官のG3プロフェッサーが、縦穴の中へ向かって絶叫する。
 もう今までと同じ、退避壕に引きこもる作戦は使えない。
 敵がカプラ倉庫を弾薬庫として使い、さっきのような爆撃を繰り返し行えるとすれば、たとえ地下10メートルの退避壕もいつか、必ず潰されてしまう。
 いや、ぶっちゃけ言えば待避壕は既に満身創痍だ。もう一度でもあの爆撃を喰らえば……。
 若いカプラ嬢達が一斉に縦穴を登ってくる中、義足のG9パラディンが逆に縦穴を飛び降りる。盲目のG7クリエイターをはじめ、遅れた者を生体義足の力で投げ上げるのだ。
 「G7、荒っぽくなるがすまん!」
 「構いませんG9、お願い」
 誰もこの期に及んでグダグダは言わない。義足のG9パラディンが異能を存分に発揮し、盲目のG7クリエイターを10メートルの高さに投げ上げる。と、続けてもう一人、意識の無いまま縛られた一人のカプラ嬢が、G9パラディンの手によって穴の底から投げ上げられた。
 無代とD1を撃った魔弾の射手、テーリングNo4『T4』だ。
 『BOT』にされ、操られたまま味方を撃つという悲劇をなした彼女を、しかしカプラ嬢達は未だに仲間として扱っている。投げ上げたその身体は若いカプラ嬢達数人が受け止め、交代で担いで運搬する算段なのだ。
 そして最後に、また例の死体袋を一つ担ぐと一緒にジャンプ。とうとう待避壕は無人となる。
 「走って!」
 G3プロフェッサーが叫ぶ。
 待避壕から出たカプラ嬢達を守るものは、もう何もない。空からの爆撃に対しては、走って逃げ回るより他にないのだ。
 揃いのカプラ服とエプロン、ヘアバンドを巻いた女達が、G3プロフェッサーが示した方向へ一斉に走り出す。若いカプラ嬢の中には泣いている者や、半分パニックになりかけている者もいる。しかし今となってはそれも責められない。
 状況はまさに絶望的、今の彼女達は豪雨に逃げ惑う蟻の群れに等しい。
 そして生き伸びるために残された道は、もう一つしかなかった。
 「G1!」
 自らもかなりの速度で走りながら、G3プロフェッサーがリーダーのG1スナイパーに決断を促す。
 「分かっている! ……みんな、覚悟を決めて! 地上へ飛び降りるよ!」
 地上2000メートルからの飛び降り。
 だがそれは無代とD1が挑み、結果は生死不明という未知の領域だ。もうそれしかない、そう頭では分かっていても、全員の間に悲壮な溜め息が漏れる、これもまたやむを得ないことだった。
 飛行船が迫る。
 待避壕への爆撃を狙う当初のコースを外れ、『イトカワ』の上を走るカプラ嬢達を追いかけ、追いつめる動きだ。
 ぐずぐずしている暇はない。
 「G1、地上を確認して下さい! G4、G15、防御呪文の準備を!」
 『イトカワ』の端にたどり着いたG3プロフェッサーが指示を出す。
 だが。
 「……いかん、地上にも敵」
 『イトカワ』の端に這いつくばり、地上をのぞいた神眼のG1スナイパーが悲報を告げた。
 遥か2000メートル下、シュバルツバルド山脈の山裾に広がる赤茶けた荒野に、武装した一団が展開の真っ最中。装備はルーンミッドガッツ王国のそれに近いが、微妙にアレンジされていて所属ははっきりしない。元々、そういう隠密の部隊と思われた。
 「それでも……もうやるしかありません。G2!」
 「任せろ、G3」
 決然たるG3プロフェッサーの呼びかけに、G2ハイウィザードの返事は短く、そして低い。
 「高度2000メートルの自由落下でアタシの体重なら、地面に落っこちるまで1分弱。撃てるだけ撃ちまくって、露払いしといてやる。アタシぐらいになればね!」
 言い放つ言葉は、いっそ清々しいほどの気合いに満ちている。
 「お姉さん達……!」
 カプラWのトップ嬢・W1が、金髪を揺らしながら不安そうな声を上げる。この危機に及んで、未だキビキビと飛び降りの準備を整えて行くチーム・グラリスの姿に、逆に不吉な影を感じ取ったのだ。
 「貴女達は心配しなくていいのよ」
 G1スナイパーがいっそ静かな声で、微かに笑みさえ浮かべて応える。
 「一人でも多く生き延びて、力を合わせてカプラ社を取り戻す。貴女達はそれだけを考えなさい」
 力強い言葉。だが一方で、W1の不安は的中していた。
 グラリス達は、自分が生き延びることを考えていない。己の身体と命そのものを盾として、自分たちカプラ嬢を守るつもりなのだ。
 「私たち『グラリス』はね」
 いかにも『教授』らしく、G3プロフェッサーが諭す。
 「私たち『グラリス』は、貴女達カプラ嬢を教え導くために集められた。そして納得の上で契約を交わし、それに見合った報酬と、それ以上の名誉を受け取っている。ならば今、貴方達が生き残るための道を拓くのは私たちの仕事」
 片目を瞑って微笑む。
 「だから邪魔をしないで……ね?」
 彼女もまた、自分が請け負った仕事に殉ずる、その覚悟を決めているのだ。
 「そーそー。アタシらに任せとけ。ウロチョロされちゃ逆に邪魔なのよ、アタシぐらいになればね!」
 威勢良く言い放つG2ハイウィザードの小柄な身体を、後ろから抱きしめるように寄り添うもう一人のグラリスの姿。
 その唇からは、一節の歌。

 “ブラギをどのように呼ぶべきか”

 “イズンの夫”
 
 “最初の詩人”
 
 “長い顎髭の神”

 “顎髭のブラギ”

 “オーディンの息子と呼ぶ”
 
 G6ジプシーの歌が軽やかに風に溶ける。
 現代の歌舞師が古詩を学ぶ上で、最も重要とされる戦前教本(オリジナルテキスト)『散文のエッダ』。その中に記された、神話時代最高と謳われる詩人の名を讃えた一節だ。
 その歌に導かれるごとく、G2ハイウィザードの周囲に濃密な魔力の渦が召還されていく。魔法の素養のない者の目にさえ、無数の光点が一帯を漂い埋め尽くす様が可視化される、それほどの量、そして質。
 ここまで濃密な、ほとんど神話の世界にも匹敵する魔力が周囲にあれば、その太古の世界を闊歩していた神々や神獣・妖精達がしていたのと同じように、ただ効果を示すルーンを唱えるだけで魔法は発動する。
 すなわち魔法を使うために最も時間と手間を要するとされる、術者の内部や周囲の自然から大量の魔力を召還するプロセスが、まるまる一切不要になってしまうのだ。
 魔法使いにとって最大の障害である魔法の詠唱時間。それを暴力的なまでに短縮化するこの歌がどれほど有効か、いまさら改めて言うまでもあるまい。
 そしてそれを実現するこの歌こそ、歌舞系最優とも讃えられるスキル。

 『ブラギの歌』である。

 「大丈夫、あちきがついてるでやんすよ、渦ちゃん♪」
 G6ジプシーの声が、まるで男性のように太く、低いものに変わっている。このブラギの歌は本来、男性でなければ歌えないスキルなのだが、このジプシーは声の質を変化させることで、性差の壁をやすやすと飛び越えてしまうのだ。
 おしゃべりの調子がいつもの通りなので、いささか不気味にも聞こえてしまうのは致し方ないが、それでもこの土壇場でなお明るさを失わず、生命力満タンなのはさすがジプシーだ。
 「あちきら二人で、すっきり更地にしようじゃありんせんか。渦ちゃんのおっぱいみたいに」
 「だから! これはステータスだって言ってる!!」
 長い腕で後ろから抱きしめるG6ジプシーを振り向きもせず、G2ハイウィザードが怒鳴り返す。確かにこの2人が組めば、地上落下までに唱えられる魔法の量は格段に増えるだろう。
 しかし、いくらジプシーが明るく、死ぬ気など毛頭ないように振る舞っていても、だからといって2人の生存率はどれほど上がるというのか。ろくな装備も持たず、わずかな防御呪文だけを頼りに飛び下りる、それがほとんど『特攻作戦』であることに違いはない。
 『グラリス』達の覚悟をまざまざと感じたカプラ嬢達の間に、こらえ切れぬ小さな悲鳴とすすり泣きが漏れる。
 もちろん、戦いの成否はやってみなければ分からない。
 だが一つ確かなことは、今ここにいるカプラ嬢達全員が、そろって再び顔を会わせることは二度とない、ということだ。
 そしてもし、運良く何人かが生き残れたとしても、彼女達が心からの笑顔を見交わす日は永遠に来ないだろう。

 楽しかった日々も、輝ける思い出も。
 すべてはここが別れの場所。

 敵の飛行船が近づく。もう時間がない。
 「さあ……!」
 先刻のように身体を連結したG2ハイウィザードとG6ジプシー、その2人を先頭に、ついに決死の降下を始めようとした、その時だった。
 つんつん。
 G1スナイパーのカプラ服の袖を、小さく引っ張るものがある。
 子供のように小さなグラリス、G15ソウルリンカーだ。糸のような細い目を、真っ赤に泣き腫らしている。
 「G15、皆で覚悟は決めたはずよ?」
 その涙を未練と取ったG1スナイパーがたしなめる。だが、それは誤解だった。
 「違うヨー……違うヨーG1、あっち。あっち……!」
 G14ソウルリンカーが、その小さな手で空の彼方を指差す。その卓抜した霊能力が、何かを捉えたのだ。
 「来たヨー……帰って来たヨー!!」
 ほとんど叫ぶようなG14ソウルリンカーの言葉に、G1スナイパーがほとんど無意識に視線を飛ばす。
 そして次の瞬間、その場に居合わせたすべてのカプラ嬢達は、決してあり得ないものを目撃した。
 G1スナイパーが『目をこすって二度見』したのだ。
 月の兎(?)すら見つけ出す希有の視力を、自ら疑うとは何事か。
 「嘘……」
 G1スナイパーの目が呆然と見開かれ、そしてこれもあり得ないことに、そこから薄く涙が溢れ出る。
 彼女の目に映ったもの、それは奇しくも愛鷹・灰雷が、空を放浪して見つけ出したのと同じものだった。
 空の青と雲の白。そこにあり得ない色が挿す。
 真紅。
 それこそはカプラの頂点を示す、鮮やかなる命の色。
 誓いと誇りの色。

 カプラ『ディフォルテーNo1』、ガラドリエル・ダンフォール。

 鮮やかな紅玉の髪が、シュバルツバルドの風に炎の幻となって舞う、その様を。
 「来た……」
 G1スナイパーの目は、涙に曇ってもう見えない。しかしその真紅の輝きは、彼女の目の奥に焼き付いたまま決して消えることはなかった。

 「帰って……来た!!」

中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (16)
 
 飛行船『マグフォード』の気嚢上に作られた監視所。
 「……!」
 紅玉の髪を風にさらしたまま、空の真ん中で仁王立ちするD1の身体を、覚えのある感覚が貫いた。
 その感覚はあの武装鷹・灰雷が、空の上から彼女を見つけ出した時に感じた視線、まさにそのものだ。
 だが灰雷は無代と共にジュノーに残ったはず。ならば今、彼女を貫いた視線の持ち主の心当たりは、残りたった一人しかいない。
 「G1……!」
 カプラ『チーム・グラリス』を率いるスナイパーの、愛想こそ無いが頼もしい風貌が浮かぶ。
 『マグフォード』の監視班は既に、飛行船が激しく『イトカワ』を攻撃する様子を克明に捉えている。つい先刻には、今までとはケタ違いの大規模な爆撃が行われたことも把握済だ。
 『カプラ嬢の生存は確認出来ず』
 艦橋にいるアーレィ・バークにはその報告も届いているはずである。
 だがD1はほとんど確信していた。
 (……まだ生きている。戦っている!)
 そして今、自分を貫いた視線こそ、『イトカワ』からの生存報告そのものだ。
 「バーク船長、D1です。お願いがあります」
 D1が監視所の伝声管に声を放り込む。
 「何でしょう、D1」
 「『イトカワ』へ信号を送らせて下さい。彼女達はまだ生きている。戦っています」
 「……」
 一瞬の間があった。
 今の所、『マグフォード』の存在は敵の飛行船に気づかれていない。『イトカワ』への最短距離を進みながら、周囲を漂う雲や浮遊岩塊を上手く利用して敵の目を眩まし続けている。
 だがここから発光信号を打つならば、さすがに敵にも気づかれるだろう。しかしそれでもバークは、
 「地上部隊も展開しているようですし、いずれ遠からず敵には気づかれるでしょうから、信号を送るのは構いません。ただし、まだこの距離だと発光信号は届かない」
 冷静に指摘する。
 「いいえ」
 しかしD1、力強く反論。
 「届ける方法があります。やらせて下さい」
 「……よろしい、許可しましょう」
 「ありがとうございます、バーク船長!」

 ◇

 「ちょっと……帰って来たって!? D1が?! ホントに!?」
 目をまん丸にしたG2ハイウィザードがG1スナイパーに食いつく。
 「わわわっ! ちょっと渦ちゃん、引っ張っちゃ危ない、危のうありんす!!」
 身体をベルトで連結したままのG6ジプシーが引きずられ、二人まとめて地面にひっくり返りそうになるのを必死にこらえる。
 「あの髪を見間違うわけがない。間違いなくD1よ。そして双胴の飛行船、あれは確か賢者の塔の……」
 「『マグフォード』か!!!」
 G5ホワイトスミスの顔が、ぱっと明るくなる。自ら手がけた飛行船が助けに来たのだから当然だが、そうすると本当に大輪の花が咲いたような美人である。
 「ちくしょー! 良いとこ持って行きやがって! んな空の上で濡れちまったらどうしてくれる!!」
 やっぱり台無しだ。
 「ちょっとG9! G9、あれ見て!」
 彼方の空を見つめていたG1スナイパーが突然、G9パラディンを促す。
 「んんん?!」
 片足義足の聖騎士が、指差された方向に目を凝らす。そしてその目は捉える。
 「あれは……光? あっ……!」

 ちかちか! ちかちかちか! ちか!

 空の一点に、激しく明滅する光がある。距離から考えても、通常の光信号機などでは決して放ち得ない凄まじい光量だ。
 G9パラディンが拳を握りしめ、その光を食い入るように見つめる。 
 あれほどの光量を、しかもここまで高速で明滅させうるもの。
 「……『ホーリークロス』!!」
 
 ちかっ! ちかちかっ! ちかちかっ!

 それは聖騎士パラディンの攻撃スキル『ホーリークロス』、その発動を告げる光。
 聖なる祈りの波動を帯びた闘気を、武器の尖端から敵に叩き込むこのスキルは、闇・不死のモンスターに対して絶大な威力を誇る一方で、すべての攻撃スキルの中でもトップクラスの連打能力、すなわち素早く何度も攻撃する性能に優れる。
 この連打性能と、そしてスキル発同時に発せられる強烈な十字形の光を利用し、遠隔の味方に信号を伝えるこの技術は、聖騎士が仲間内だけで伝える『裏技』だった。
 そこには内輪だけで通じる暗号も含まれており、同じ騎士団や家族、師弟の間でしか通じない通信もある。
 ならばカプラのトップを張る真紅の髪のカプラ・パラディンと、遥か空を越えて意思を通じ合える人間は一人しかいない。
 「……」
 吹き過ぎるシュバルツバルドの風を追い越し、歳若い弟子から届く光の伝言を、G9パラディンは黙って見つめていた。
 その目にうっすらと浮かぶのは、やはり涙。
 「何て言ってんの、ねえ?!」
 遠慮のないG2ハイウィザードが責っ付く。対するG9パラディンの応えは、まるで呟くがごとく。
 「……いらっしゃいませ」

 いらっしゃいませ
 カプラサービスはいつも皆様のそばにいます
 何をお手伝いいたしましょう?

 それはカプラ社創立以来、何千、何万、何億と繰り返された決まり文句。
 だがそこに込められた万感の想い、それを受け取れないカプラ嬢がいるだろうか。
 しん、と落ちた沈黙の中、敵飛行船のエンジン音が迫る。あとわずかで爆撃が開始され、『イトカワ』の上を破壊の嵐が吹き荒れるだろう。
 だが。
 「……ぷっ」
 最初に噴き出したのは、やはりG2ハイウィザード。
 「……ふ、あははははは!!!」
 思い切り笑いを吹き上げたのはG10ロードナイト。
 そして笑いの輪が広がる。
 滅多に爆笑などしないG1スナイパーまでが、こらえ切れずに身体を二つに折り、目を擦りながら笑いの発作に耐えている。
 「あ……あの娘ってば……もーちょい気の利いたこと言えないのまったく!!」
 ひーひー笑いながら、しかしやはり目に涙を溜めてG2ハイウィザード。
 「直球ド真ん中、大いに結構じゃありんせんか♪」
 G6ジプシーが、2人の身体をつないだベルトを外しながら、最上級の笑顔でフォローを入れる。
 「 真面目な『でわ』ちゃんらしくて、上等じょーとーでやんすよ♪」」
 その手に扇子の一つもあれば、さぞかしやんやと煽って見せただろうが、今はひょいと片足を上げ、ひらりと手のひらを舞わせたのみ。しかし『D1』で『でわ』とは略すにも雑すぎないか。
 「で、返事は何て送る?」
 G9パラディンがG1スナイパーからナイフを借り、頭上高く掲げながら尋ねる。
 しかし、やはりこういうことはG2ハイウィザードが速い。
 「『遅せえ! モタモタしてねーで早よ迎えに来いヴァーカ!!』って言っといて!」
 「わかった」
 
 ばばばっ! ばばばばばっ! ばっ! ばっ!

 掲げられたナイフが鋭く十字に光る。どうやら本当に原文ママで伝えたらしい。さらにいくつかの追加情報を伝え、聖なる光通信は終わる。
 「さあ!」
 G3プロフェッサーが両手をパンパンと打ち合わせ、全員の視線を集める。敵の飛行船は頭上、もう目前。
 「D1が来るまで……逃げ回る! 全員、駆け足いっ!!」
 おーっ!!
 天を突く、透き通った鯨波の声。
 元々、生まれ持った高い資質を厳しく鍛え上げ、さらに選び抜かれた女性達だ。ついに希望を、意気を取り戻した今、これまでとは比べ物にならない速度で塊となって走り出す。
 飛行船が『イトカワ』に落とす黒い影から、靴音も軽く逃げ回るのだ。
 シュバルツバルドの空の上、命をかけた追いかけっこが始まった。

 ◇

 「カプラ嬢、全員無事だそうです。待避壕は潰されてしまいましたが、こちらの到着まで逃げ切ってみせると」
 伝声管を通じて『マグフォード』の艦橋へ届いたD1の声が、隠せない嬉しさで鈴を振るように響いた。バークをはじめ艦橋のクルー達の間にも、思わず笑いが漏れる。
 「遅いと叱られてしまいました。早く来い、とのことです」
 「おめでとうD1、貴女の勝ちだ」
 バークの祝福に、伝声管の向こうで一瞬、言葉に詰まる気配がある。
 「……ありがとうございます。皆さんのお陰です」
 礼の声は少し湿っていた。胸に迫るものがあるのだろう。
 「ですが悪い知らせも。敵の飛行船には、『BOT』にされた私の部下、D4が乗っています」
 「それは容易なりませんね」
 バークの返答から笑いが消える。
 「よろしい。となれば、敵の注意をこちらに引きつけた方がいいでしょう。D1、一般信号は使えますね?」
 「もちろんです」
 「では闘気が回復したら、敵の飛行船に向かって宣戦布告と降伏勧告を送って下さい。思い切り派手な奴を」
 「承知しました、バーク船長」
 言い終わるや否や、もう気嚢の上で新たな発光が吹き上がる。戦いに際してこちらの正当性を声高に主張し、敵の非道と不正義を罵倒する、いわゆる『戦口上』だ。
 なにせ今回の件、彼我の正当・非正当は議論の余地がないほど明確である。もちろんコレで敵が怯むだの、まして降伏するなどとは思っていないが、それでもD1をして、いくら罵詈雑言を並べても並べ足りないことだろう。
 「こちら艦長だ。総員、対艦戦用意。これよりカプラ嬢ご一行様をお迎えに参上する。本船にとって空前絶後のお客様だ、気を引き締めろ」
 バークの命令が全艦に伝わり、船体前部に作られた艦橋も装甲される。後方からせり出した金属の格子が、大きく開いたガラス部分をすっぽりと覆っていく。この耐久・対衝撃性に優れる魔法金属エルニウム製の金網は、視界を確保しつつ、艦砲の直撃以外なら相当の衝撃に耐えられる。
 「第一、第二コンテナは投棄。第三コンテナの食料と、飲料タンクの水はまだ捨てるな」
 船体を軽くして機動性を確保するために、重要度の低い補充品はパラシュートを着けて捨ててしまう。
 『バーク船長。よろしければ私が、カプラ倉庫に預かりますけれど』
 伝声管からD1の声。
 「願ってもない。助かります、D1」
 バークが即座に申し出を受けた。しかし船にカプラ倉庫が常備されている、この便利さに慣れてしまうと、逆に大変なことになりそうだと、内心で苦笑する。
 「では諸君、連中に教えてやろうじゃないか。シュバルツバルドの空の流儀というやつを」
 バークが船長帽子を被り直す。
 戦闘準備、完了。
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 12:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (17)
  「伏せて! 」
 鋭い叫びと共に、義足のG9パラディンの身体があり得ない距離を跳躍した。
 彼女の指示通り、ぺったりと地面に伏せた若いカプラ嬢の身体を跳び越えて着地、同時に素早く盾を構える。片腕と、義足の片足で支えた盾を斜めに固定する、あの独特の耐爆姿勢だ。
 言うまでもない、生体義足のパワーを存分に生かしての超機動である。
  
 どっぐわぁーん!!!

 腹の底をぶん殴られるような爆音、わずかに離れた場所に投下された砲弾が炸裂し、四散した大量の岩と砲弾の破片が、爆風を伴ってカプラ嬢達に襲いかかる。
 カカカカカーン!!
 G9の身体を守るバリア魔法の発動音、だがすぐに限界を迎えて崩壊し、なおも飛来する岩の塊が、掲げられた盾にゴンゴン、ゴンと重い音を立てて激突する。
 「ぐっ……怪我は!?」
 「ありません! ありがとうございます、G9!」
 「走れ!」
 礼を言う若いカプラ嬢をどやしつける間も、隻眼のG4ハイプリーストがバリア呪文『キリエエレイソン』をかけなおしてくれる間も、決して頭上の飛行船から目を離さない。防御を主任務とするパラディンは、誰よりも敵の動向に敏感でなければならない。
 「足下に注意! 待避壕が崩れる!」
 G3プロフェッサーの叫びと同時に『イトカワ』の真ん中の岩盤がどん! と崩れ、巨大な穴となって落ち込んだ。カプラ嬢達が身を寄せていた待避壕が、ついに爆撃に耐え切れなくなって崩壊したのだ。
 あの中にいたら恐らく全員死亡していた、と想像すると、全員の背中に冷たい汗がにじむ。
 「今後は穴に落ちないように注意!  支援魔法が使える者は、余裕ができたら手を挙げて知らせなさい!」
 G3プロフェッサーが、自分も結構な速度で走りながら激を飛ばす。Gv、すなわちギルド戦で長く戦った経験からか、息ひとつ切らせていない。何せこの戦争ゲームはよく走ることで有名で、砦の中を走り抜ける専門の『レーサー』と呼ばれる傭兵もいるほどだから納得だ。
 「 魔力の尽きた者は言いなさい! ヒールをG10に回して!」
 重い岩盾を抱えて縦横に走り回るG9に負けず、長身のG10ロードナイトも両肩に荷物を抱えて走り回っている。『BOT』にされたまま意識無く縛られたT4、そして例の死体袋だ。最初は数人で手分けして運んでいたものの、速度が上がらず疲労も大きいため、見かねた彼女が単独で引き受けたのである。
 自分の体重を上回る荷物を運ぶスピードとパワーは、重量のある武器や鎧を着て戦う騎士ならではだが、一方で膝、足首など肉体にかかる負担も大きく、所々で内出血を起こしているのが見える。
 これが常人なら、のたうち回るほどの激痛だろう。しかし、
 「何のこれしき! 『BOT』にされた仲間達の痛みを思えば、何ほどもない!」
 G10ロードナイト、あくまで男前である。
 「全員、息を整えて! もう少しよ!」
 飛行船のわずかな隙を捉えて休息をかけながら、全員を鼓舞し続けるG3プロフェッサー。さすがは『月の女神(アルテミス)』、その声と表情に動揺はない。だが実のところ、
 (苦しい……!)
 内心は焦りでいっぱいだった。
 待避壕を出て以来、カプラ嬢たちは『イトカワ』の上をひたすら駆け回り、飛行船の爆撃を避け続けている。
 だが彼女らがいかに精鋭でも、率いるグラリス達がいかに腕利き揃いでも、自在に空を移動する飛行船が相手では余りに不利すぎた。
 投げ落とされる爆薬砲弾は、直撃でなくとも爆風と破片を広範囲にばら撒き、まるでヤスリで削るようなダメージを蓄積していく。そしてさらに悪い事に、ここへ来てカプラ嬢達の疲労も濃い。
 『イトカワ』に幽閉されて以来、ろくな物も食べず、飲料水も十分でない境遇にじっと耐えて来たしわ寄せが、一気に肉体と精神を蝕んでいるのだ。
 しかし泣き言をほざいているヒマはない。もちろん、ほざく者もいない。
 それどころか、
 「走っしれ〜♪ はっしれ〜♪ いちに〜♪おいっちに〜♪」
 高い支援効果を持つ歌を片っ端からメドレーで歌いつつ、余裕のムーンウォークでひらひらと集団の間を走り回っているのはG6ジプシー。そこは歌って踊れる歌舞師の師範、この程度の運動はウォーミングアップにもならないらしい。
 弟子のカプラ・ダンサー達が力を振り絞ってそれに加わり、振りを合わせて一斉に歌い踊る様は、ちょっとした『ショー・クワイア』。
 だが場違いと言うなかれ、その歌は絶望を遠ざけ、踊りは希望を呼び込む。
 「はっしれ〜♪ ……つッ!」
 がん! 爆発で飛び散った拳大の瓦礫が、G6ジプシーの頬を斜め後ろから痛打した。運動・反射能力だけなら前衛の戦士系にも劣らない師範歌舞師も、さすがに死角からの痛撃は避け切れない。
 G6ジプシーの身体がぐらりと揺れ、その口からぽろり、と何かがこぼれる。
 「!」
 反応したのは弟子のカプラ・ダンサー、カプラWのノーナンバーだった。その小さな白い塊を、さっと両手でキャッチすると、
 「……!」
 無言でG6ジプシーに渡す。
 「さんきゅーでやんすよ、レタちゃん♪」
 にっ、と笑ってそれを受け取るG6ジプシー、その前歯の一本が無かった。口元を片手で隠しながら、もう片手で白い塊を受け取り、慣れた手つきで欠けた歯を埋める。
 『義歯』だ。
 実は、義歯はその一本だけではない。G6ジプシーの歯は一本残らず義歯なのだ。
 歯を抜いた後で義歯を埋め込み、一定時間放置した後でヒールの魔法を使えば、抜いた傷だけが治癒し、歯は二度と再生しなくなる。G6ジプシーは永久歯が生え揃った少女時代にそういう処置を受けた、いや『受けさせられて』いた。
 何故そんなことをしたか、疑問は当然だろう。
 その理由を以下に記すが、あまり気持ちの良い話ではないので、嫌な気分になりたくなければ読む必要はない。

 歯を抜かれた理由、それは『男性に奉仕するため』だ。
 そう、彼女は『そういう境遇』の生まれなのだ。
 
 彼女が生を受けたのは、世界中を流れ歩きながら歌や芸、そして『身体』を売って生活する漂泊民族の一つである。ルーツをたどればアマツの神社に仕え、諸国を旅してお布施を集めた『歩き巫女』の血に連なるらしい。
 この一族に生まれた女性は、幼い頃から歌と踊り、そして男性へのサービス技術を叩き込まれ、ただそれだけを財産として生きる。老いて商売ができなくなれば、長老として一族の統治を行う、そういう決まりであった。
 だが彼女が14歳の時、その運命が変わる。
 一族が乗り込んだ船が海賊に襲われ、彼女も戦利品として略奪されたのだ。一族の女性達は上記の理由から、闇市場で高額で取引される。
 世界のどこにあるとも知れぬ競売所で、下着ひとつ与えられずに歌と踊りを強要された彼女の競り値は、しかし他の女達に比べて低かったという。歌も身体もパッとしない、何とも地味な少女にしか見えなかった、というからやむを得まい。
 だが、そんな残り物の彼女を、ある一人の老富豪が競り落としたことで、市場に衝撃が走る。
 その老富豪、表の顔は七つの海に商船を走らせる海運王、だが真の顔は引退した元大海賊という異色の大物。そして何よりも『本物を見抜く』と評判の目利きだったからだ。
 老富豪は、競り落とした少女を前に開口一番、
 「お前ぇ、なんで手抜きの歌なんざ歌いやがった?」
 と、いきなり訊いたという。別に怒気を含むわけでもない静かな声だったが、しかし相手に一切の誤摩化しを許さない響きがある。
 「……誰のモノにもなりたくなかったから」
 少女だったG6ジプシーは、老富豪を真っすぐに見て答えた。
 自由。
 彼女の一族は、何よりもそれを尊ぶ。
 男を喜ばせて金をもらい、一生を屋根もない漂泊の中に暮らすその生活は、他所者の目からはさぞ非道い境遇に見えるだろう。
 だが、だからといって本人達もそう思っている、とは限らない。
 人にも、国にも、宗教にも、土地にも、組織にも縛られず、ただ自分の身体と心だけに責任を持つその生き方は、それ自体が壮大な自己肯定であり、そして誇りだったのだ。
 「そーかい。じゃ、好きにするといいや」
 老富豪は孫娘のような年齢のG6ジプシーを束縛も、もちろん虐待などせず、むしろ所有する船に乗せて世界中を連れ回し、様々な歌と踊り、芸に触れさせた。彼女が望むなら教師をつけ、その芸を磨かせてくれた。
 彼は知っていたのだ。

 彼女が『本物』であることを。

 そしていよいよ老いによる死が迫った時、老富豪は彼女を枕元に呼ぶ。
 「これで最後だ。何か望みがあったら言いな」
 言われたG6ジプシーは、ぱっと立って自室に戻り、大きな袋を持って戻って来ると、老富豪の枕元にどん、と置いた。
 袋の中身は金。彼女が老富豪と過ごす日々の中で、自ら貯めた全財産である。
 「このお金で、自分を買い戻したい」
 あの日、老富豪が自分を競り落としたのと同じ金額。あくまで自由を求める、それが誇り高き歌姫の望みだった。
 苦笑しながらそれを許した老富豪に、彼女はもう一つだけ、と最後の望みを告げた。

 「『おとーちゃん』って呼ばせて下さい」

 老富豪にも彼女にも、もう家族はない。天涯孤独。
 しかしこの最後の時に、二人は本当の家族になったのである。
 そして老富豪は、
 「お前ぇはもう俺らの娘だ。だから二度と誰のモノにもなるな。てっぺん取って、ふんぞり返って生きろ」
 豪快な遺言と共に、彼の財産のすべてをルーンミッドガッツ王国最大のリゾート都市・コモドシティに移させた。
 ショービジネスのメッカでもあるコモドシティに莫大な投資を行い、そこで彼女をデビューさせ、そのままカプラ・グラリスのオーディションに殴り込みをかけたのだ。
 だがグラリスのジプシー枠と言えば、コモドショービジネス界の歴代トップディーバが顔を揃える超激戦枠。。同時に嫉妬と欲望が渦巻く、まさに魔境の中の魔境として知られている。
 『グラリス・ジプシー』の座を得ることは歌姫の頂点を得ること、そして莫大な金を生むことと同義なのだから無理もない。
 しかしG6ジプシーはその魔境のど真ん中で、全くの無名から実力で他を圧倒し、堂々と『グラリス・ジプシー』の座を奪い取る。
 女声と男声を自在に歌い分ける『両声類(マルチボイス)』。
 さらに両方の声を同時に発声し、一人で合唱スキルすら再現できる『虹声類(レインボーボイス)』。
 聖戦後の歴史の中でも、数えるほどしか記録のない奇跡の発声技術を、生まれながらに駆使できる彼女の前に、最初から敵などいるはずがなかったのだ。このオーディションを最後に引退する先代のグラリス・ジプシーさえ、顔色を失って審査員席から逃げ出してしまったというから相当だろう。
 老富豪はもちろん、彼女がその技術を持つことを見抜いている。
 しかし意外なことに、彼がこの少女を買い取った本当の理由はそれではなかった。本物を見抜くその目には、技術など些細なことなのだ。
 「命さ。お前ぇの歌は」
 老富豪は笑って言ったという。
 「お前ぇって人間の中にゃあな、命の代わりに歌が入ってんだ。んで、絶対切れねぇゼンマイみてぇに、歌がお前ぇを生かしてる。そんな奴、俺らだって他に見たこと無ぇや」
 「およしなんし、おとーちゃん。人を化け物みたいに」
 ぺし、と掌で病床の老富豪を引っ叩く、それができるのも彼女だけだった。
 「あちきが死んだら、じゃあ骸は歌になりんすか?」
 「違ぇねえ。さあ、歌ってくれよ」
 応えた彼女の歌が病室を満たすと、老富豪は静かに目を閉じ、
 「ああ……怖くねえ。もう、なーんも怖くねぇや……」
 最後の言葉を残し、そして二度と目を開くことはなかった。
 グラリスNo6ジプシー。
 命を奏でる虹声の歌姫。
 だからその歌が、聴く者に届けるメッセージはただ一つ。

 『さあ、生きよう!』

 生きてこそ希望は希望となる。生きてこそ未来はやってくる。
 リズムに乗って一歩先、メロディーに乗せてもう一歩先へ。
 G6ジプシーの歌が、疲れ切ったカプラ嬢達を一人も欠かすことなく、未来へと運んでゆく。
 「飛行船、反転する!」
 爆撃に備え、ずっと空を睨みつけていたG1スナイパーの声に、全員が視線を真上に飛ばした。

 ばらばらばらばらああああぼぼぼぼぼぼ!!!

 『イトカワ』の上空、飛行船が舵を切って向きを変えている。いよいよその姿が明らかになった『マグフォード』の方へ移動を始めたのだ。カプラ嬢達を追い回すのをいったん諦め、最大の驚異となる双胴の飛行船を迎え撃つつもりだろう。
 頭上から襲う死の運命から、ひとまずは逃げ切った。
 「全員、今のうちに休憩! 残った食べ物と水を全部配って!」
 G3プロフェッサーの声に、若いカプラ嬢達が崩れ落ちるようにへたり込む。だがそんな彼女らに、
 「まだ終わりじゃないわよ! ストレッチしてクールダウン! お互いに脚をマッサージして、少しでも疲れを取ること!」
 指揮官は容赦ない。この先の展開次第では、運命がどう転ぶかまだわからないのだ。
 進路を変えた敵飛行船に対し、『マグフォード』は一切の反応をせず、これまで通り『イトカワ』へ向けて真っすぐに進んで来る。『イトカワ』のカプラ嬢達からも、『マグフォード』の気嚢に立ち続けるD1のルビーブロンドがはっきりと見える距離。
 まさに一触即発。
 飛行船同士の砲撃戦は、基本的には水上の船と同じ形態を取る。お互いの船を至近距離で平行に走らせるか、もしくはすれ違いながら艦砲を撃ち合うのだ。
 実はこれは、艦砲という武器の命中率の悪さに起因する。
 お互いに距離を置いた、しかも動いている船同士が撃ち合う大砲は、ほとんど当たらないものだ。例えるなら動き回る2台のトラックがあるとして、その荷台の上でゴルフクラブを振ってゴルフボールを打ち合う、そんな光景を想像してほしい。よほどの至近距離でもない限り、まず当たるものではない。
 大砲も同じで、『遠距離武器』と見せかけて、実際には近距離の殴り合いにしか使えないものなのである。
 よって二隻の飛行船がすれ違う、その瞬間がこそ勝負。
 「ねえねえ社長、あの船造ったのアンタだってね?」
 「ダッテネー?」
 これもGv育ちで足は達者なG2ハイウィザードが、G5ホワイトスミスの正面。なぜかその前にG15ソウルリンカー。
 3人ともウンコ座り。
 「んあ? あー、まあ全部じゃないけどな。エンジンとか、主立ったトコはやったぜ?」
 「じゃ楽勝なんでしょ? 凄い大砲とかで」
 「ラクショーネー?」
 「いや積んでねーよ、大砲なんざ」
 またどこかで拾ったらしい、枯れ草の茎をタバコ代わりにくわえたG5ホワイトスミスが、しれっと応える。
 「ルーンミッドガッツとかにも飛んでくから、めんどくせー条約とかいろいろあってさ、積めねーのよ大砲」
 「はあ?! 何それ負けちゃうじゃん!?」
 「負けちゃうネー!」
 G2ハイウィザードが血相を食って掛かった。G15ソウルリンカーは……どう見ても茶々を入れているだけだ。だがくわえタバコ(?)の残念美魔女は、両方まとめて豪快に笑い飛ばす。
 「だはははは!! バーカ言ってんじゃねえよ。負っけるワケねーだろが!」
 「だ、だって……」
 「アタシゃ『大砲は積んでない』って言っただけだ。『武装してない』なんて言ってねーよ。それに……」
 くわえタバコのまま、素っぴんなのにまるでルージュを引いたような唇を、急角度でにーっと吊り上げる。
 「ガチのタイマン(一対一の真剣勝負)だったらアンタ、あっちハジキ(大砲)の、こっちステゴロ(素手)だって楽勝楽勝。ま、見てなって」
 一応、日本語訳を付けてみる。
 そんな会話の間にも、二隻の飛行船はぐんぐんと距離を詰めていく。
 「……!」
 G5ホワイトスミスを除くカプラ嬢全員が、二隻の激突を固唾を飲んで見詰める。
 あと200メートル、100メートル。どちらの船も舵を切らない、まさに空の上のチキンレース。
 そしてついに二隻が接触する、その瞬間。

 『マグフォード』が『消えた』。

中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (18)
 
 「!?!?」
 カプラ嬢達が一斉に息を飲む。
 だが『マグフォードが消えた』と見えたのはもちろん錯覚。
 「下っ!」
 G1スナイパーの目は見逃さない。
 消えたはずの『マグフォード』は敵飛行船の真下。
 相手の目前で突然身体を沈めるボクシングの回避技術『ダッキング』を思わせる動きで、左右どちらにも避けることなく敵の懐をすり抜けていく。
 緊急降下(クラッシュダイブ)。
 飛行船の気嚢から浮遊ガスを大量放出して急降下する『マグフォード』の得意技である。並の飛行船には絶対に不可能なこの超起動を、それもほとんど目の前でやられたのだ。敵の目には『マグフォード』が本当に消えたように見えただろう。
 あまりに急激なダイブのため、『マグフォード』の気嚢上に仁王立ちしていたD1の身体が空中に放り出される。しかしそこはカプラの頂点、二度目ともなれば慌てることもない。あらかじめ握っておいた命綱を支点に空中で一回宙返り、さらに『ひねり』まで加えて着地する余裕が憎らしい。
 一見無駄に見えて、実は本当に無駄なこの華麗さ。
 見られること、魅せることにまずは重きを置くこのスタイルこそ、『グラリス』達とはまた異なる生粋のカプラ嬢『ディフォルテー』の本領。
 シュバルツバルドの空を竜巻のように舞う真紅の髪は、『マグフォード』の離れ業を讃える花吹雪だ。
 真上と真下、高度を違えた二隻の飛行船がすれ違う……と見えた瞬間、再び『マグフォード』が仕掛ける。
 気嚢の浮力を操って船首を思い切り持ち上げ、同時にエンジン4機の全開駆動で急上昇。敵飛行船の船尾プロペラ、そして後方を守る大砲の筒先を掠めるような急角度で舞い上がる。
 敵が大砲を撃つどころではない、気づいた時には遥か眼下へ置き去りにする早業。飛行船に対して『キレのある動き』とは矛盾にもほどがあるが、他に表現のしようがない。
 しかも、それで終わりではなかった。
 
 ひゅうぅぅぅん!
 
 長く尾を引く風切音。敵の監視がそれに気づいた時には、もうすべて遅い。

 どぐわっしゃああん!!!

 響き渡る破壊音。『イトカワ』のカプラ嬢達が何事かと目をこらす。
 遥かに広がる空を背景に、敵飛行船が船尾から一瞬、真上に浮き上がるほどの衝撃。次いで左右一対のプロペラの片方が、見事にバラバラになって砕け散る様が、まるでスローモーションのように映し出される。
 「っしゃああ!! ざまあ!!!」
 G5ホワイトスミスが膝を叩いて大爆笑。
 「何したのあれ?!」
 「見えなかったかい? 『錨』だよ『錨』!」
 疑問符を浮かべたG2ハイウィザードに、G5ホワイトスミスがドヤ顔で解説する。
 「あらかじめエアアンカーのワイヤーを伸ばしといて、下に垂らしながら急上昇しさんさ。で、敵とすれ違う時間差で、後部のプロペラに引っ掛けてぶっ壊したってわけよ」
 興奮を隠せないらしく、大げさな身振り手振り。
 「ありゃあ間違いない、『提督』アーレィ・バークだ。『ケツ掘りアンカー』たあ、さすが気が効いてやがるぜまったく!」
 自分の膝を叩くだけでは足らず、G2ハイウィザードの背中までバシバシとぶっ叩くものだから、それが魔法によって『攻撃』と判定され、せっかく張られたバリア呪文がカンカンカン!と音を立てて消費されていく。
 「迷惑っ!!」
 G2ハイウィザードに、しかめっ面で苦情を言われるのも仕方ない。

 ぼっ、ぼっ、ぶぼぼぼぼぼぉおおん!

 敵飛行船が異音を発しながら、残ったプロペラを必死に駆動させる。だが、もとから推力の低い飛行船でプロペラの片方を破壊されることは、人間で言えば片足をぶった切られるのにも等しい。
 こうなってはまともに船を動かすことも静止させる事もできず、もちろん大砲など撃ったところで当たるものではない。
 すれ違い様の、しかも最小限の一撃で敵を無力化した『マグフォード』こそ恐るべしだ。

 ばばばっ! ばばっ!

 『マグフォード』から、カプラ嬢達へ光信号。今度は正式な信号機を使い、救助のメッセージが伝えられる。
 時間が惜しいので『イトカワ』への着地も投錨も無し。船を近くに寄せるから、気嚢の上に飛び降りろ。
 以上。 
 「全員、これより浮遊岩塊を脱出! 飛行船に乗り込む!」
 カプラ嬢達が一斉に、最も近い岩の端へ走る。全員がG3プロフェッサーの声に対し、もう考えるより先に身体が反応するようになっている。

 ぶぅううぉおおおんん!!!!

 いっそ音楽的なほどに滑らかなプロペラ音を響かせ、『マグフォード』が『イトカワ』の下を潜るように接近する。
 『イトカワ』の端から見下ろせば、まるで大海を彷徨う筏の下を、巨大な鯨が行き過ぎるような不思議な光景。だがここは海ではない、その遥か下にはシュバルツバルドの赤茶けた荒野が広がっている。
 正真正銘、空の上。
 改めてその不思議な光景に目を奪われる。

 ぶぉぉん! ぶぉん! おぉん! おおおおお……!

 4機のエンジンのパラレル駆動音。これまた『マグフォード』得意の空中静止だ。なるほど、こうして空の上で自在に停船できる『マグフォード』に投錨は必要ない。この船のエアアンカーがさっぱり本来の役目を忘れ、敵のプロペラを破壊するだの、ケガ人を収容するだの、妙なことばかり上手な理由も納得である。
 『マグフォード』の気嚢の上、笑顔で手招きを繰り返すD1に、カプラ嬢達の間から黄色い歓声が上がった。同じ笑顔で手を振り返す者、中には感激と安堵のあまり泣き崩れる者までいる。
 だが、あくまで慎重なカプラの指揮官は、まだ緊張を緩めていない。
 「G15!」
 「アイヨー?」
 岩塊の端っこでウンコ座りするG5ホワイトスミスの足の間に、真似してちょこんとウンコ座りしていたG15ソウルリンカーが、名を呼ばれて顔を上げる。
 「先に降りて、あのD1が本物かどうか確認して下さい。万一『BOT』だったら、すぐに知らせて」
 「あ……アイヨー」
 その言葉に、全員の間に緊張が戻る。そうだ、まだ何も終わっていないのだ。
 ここまで来て、皆で力を合わせて必死に生き延びた今になって『また騙されました』では、今度こそ泣くにも泣けないではないか。
 「もう1人……G13、ここへ」
 「……」
 その呼びかけに対して、声による返事はなかった。ただ静かにカプラの人垣が割れ、一人の『グラリス』が無言のまま進み出る。
 『13』。
 死を招く魔の数字。
 カプラ・グラリスの歴史上、このナンバーを背負う職業は『ただ一つ』と決められている。
 そして今、そのナンバーを受け継ぐ『グラリス』に、指令が下された。
 「G15と一緒に降りろ、G13。そしてあれが『BOT』なら殺せ。後で蘇生できるように綺麗に。飛行船の人間が抵抗してきたら、それもすべて殺せ。そっちは蘇生の必要はない。copy?」
 「copy」
 それが了承の返事なのか。選ばれた二人のグラリスに対し、G4ハイプリーストらがバリアをはじめとする様々な防御・強化の魔法を贈る。
 準備完了。
 「GO !」
 指揮官の合図と同時に、二つの影が『イトカワ』の端を蹴って宙に舞った。
 「ハイヤーッ!」
 ほとんど無防備にぴょーんと飛び出すG15ソウルリンカー。
 「……」
 対するもう片方の『グラリス』は無言。G15ソウルリンカーの背後にぴたりと寄り添うようにしながら、D1の待つ『マグフォード』へ一直線に落下する。
 カプラ嬢達が固唾を飲んで見守る数秒。
 『マグフォード』の気嚢の上に、カーン! とバリアの接触音を響かせて着地したのは、G15ソウルリンカー。
 その隣にもう一人が着地……
 しなかった。
 ふぁさり、と気嚢の上に崩れ落ちたのは、脱ぎ捨てられたカプラ服の抜け殻だけ。
 「!?」
 二人を出迎えようとしたD1が、事態を把握できないまま喜びの表情を凍らせる。
 だがそれはまだ始まり。次の瞬間、D1の全身が凍り付く。
 首筋の左右に、ひやり、とした感触。
 手刀。
 D1の身体を背後から、まるで抱きしめるように交差した双手の手刀が、首の急所にぴたりと触れている。
 「G、13……!」
 カプラのトップ嬢をして、呆然とそう呟くのが精一杯。
 脱ぎ捨てたカプラ服を囮にして背後に回り込んだ、その『結果』はどうにか理解できる。だが、いつどうやってそれを行ったのか、その『過程』となると皆目見当がつかない。
 カプラの頂点を極めたD1の全感覚を持ってしても感度ゼロ。もし本当に殺すつもりだったなら、気づく間もなく殺されていただろう。
 いや、ひょっとして自分はもうとっくに殺されているのではないか、そんな錯覚さえ感じさせる恐るべき殺人技。
 D1だけではない、見る者すべての背筋を冷たい氷の刃が貫く。 

 グラリスNo13、『師範殲滅士(マスター・アサシンクロス)』
 名前は、無い。

中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 13:21 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (19)
 
 『十三番目のグラリス』。

 カプラ服を捨て、上下の下着とヘアバンドだけで飛行船の上に立つその姿は、死と殺戮を暗示する数字とは裏腹に、月光で研ぎ澄ましたナイフのように美しかった。
 名工が彫り上げた銀細工を思わせる精緻な容貌。
 水滴さえ留まれぬ滑らかな象牙の身体。
 それは異性はもちろん同性すら嘆息させる、女性美を極めた造形の芸術そのものだ。
 しかしその美しさの一方で、眼鏡の奥にあるその瞳や表情には、人間的な感情というものが全く感じられなかった。
 それはまるで、
 『生まれた時からそのように作られたのでそうしているだけ』
 とでも言わんばかり。
 人間という形をした虚無の器。
 水底の花。
 彼女には便宜上、カプラ社から『ザクロ』という名前が与えられているが、その名で呼ばれることはほとんど無いし、恐らく呼ばれても何の反応も返すまい。
 『カプラ2大ガッカリ美人』、その『東の横綱』が誰なのか、改めて言うまでもなかろう。
 もっとも、これらはすべて当たり前のこと。
 アサシンギルドで生まれ育った純血のアサシンに名前が、まして感情などあるはずがないのだ。
 例えば読者諸君にはお馴染みの、あの陽気なアサシンクロス『うき』のような冒険者を例に取ろう。
 彼らは駆け出しの『ノービス』を皮切りに、初級職の『シーフ』、上級職の『アサシン』へと、アサシンギルドの承認を経ながら修行を積み、やがて最高位『アサシンクロス』へとクラスアップしていく。
 だがこのG13アサシンクロスを始めとする純血種は全く違う。
 世界最古の職業集団『アサシンギルド』、その深い闇の中で生まれ育った彼らは、いきなり『完成品』として世に送り出され、最初から名前も心も持たない、ただ人を殺すだけの『装置』として存在を始める。
 そして十年に一度、同年代における『最高傑作』がカプラ社に送られ、グラリスNo13を襲名するのだ。
 特にそういう契約があるわけではないが、カプラ社が教導師範部隊『チーム・グラリス』を発足させて以来の、それはしきたりのようなものだった。
 それにしても、現代ですらその規模や構成員のほとんどが闇の中、という強烈なカルト性を保つアサシンギルドが、なぜこうして『グラリス』に人を送り続けるのか、その真意は、実は良く分かっていない。
 ただ一つだけ明らかなことは、それが彼らの『示威行為』だということだ。
 抜群の容姿と殺人技能を併せ持ち、代わりに人間性のすべてを剥奪された完全無欠の暗殺者。もし万一、『殺せ』の命令が下されたならば、たとえ『チーム・グラリス』の総力を持ってしても惨敗は必至、とまで言われる実力。
 それほどの存在を、あえて無害なカプラ嬢として街角に立たせる。
 闇そのものから生まれた死の申し子を、陽の降り注ぐ街角で、公共・公益のシンボルとして衆目にさらす。
 いかにも矛盾して見えるその行為を通じて、彼らアサシンギルドは世界に対し、こう語りかけるのだ。

 『memento mori(メメント モリ)』。
 汝ら、死を想え。

 死を、アサシンを、我らを恐れよ。
 しかし受け入れよ。
 と。

 彼らアサシンもまた、現代社会の中に生きる者として、人々に受け入れられねば生きてはいけない。だが一方で、人々に恐れられないアサシンなど、そもそもアサシンではない。
 死が常に人々の側に、恐るべき隣人としてそこにあることを示すため、現代社会に突き立てられた抜き身の刃。
 そう、死はそこにある。
 グラリスNo13アサシンクロス。
 彼女が振るう甘美なまでに無慈悲な死神の鎌が、D1のすらりとした首筋に触れている。
 「動いちゃだめヨー、D1」
 G15ソウルリンカーがのんびりと忠告してくるが、言われるまでもない。もし指一本、瞬き一つでも不審な動きを見せたら最後、二本の手刀は容赦なくD1の喉を両断し、『マグフォード』の気嚢を鮮血で染め上げるだろう。
 だがそんな極限状況にあってさえ、不思議とD1に恐怖はなかった。
 それどころかむしろ正反対。喜びと満足感のあまり、笑いをこらえるのが大変なほどだ。
 (……私は間違っていなかった)
 ほとんど安堵に近い想いが、D1の心を満たしていく。
 この浮遊岩塊『イトカワ』にカプラ嬢達が生き残っている、まだ戦っている、そう信じて『マグフォード』をここに導いた、彼女の決断は正しかったのだ。
 いや結果としてそれは、『信じる』などという根拠の無い、あいまいなものでさえなかった。
 彼女は『知っていた』のだ。
 『イトカワ』に残った者達がどれほどの力を持つ、何者であるのかを。
 ぴょこぴょこ、とG15ソウルリンカーが側にやって来て、D1の顔をじっと見つめる。
 糸のように細い目に、光。
 (『蛇』……?)
 なぜそう思ったのか、D1の脳裏に一瞬だけ異形のイメージが映り、すぐに消えた。
 この少女の姿のG15ソウルリンカーは、神仙都市コンロンにおいて百年に一度も現れないという『番外神女』の位を持つ天才霊能者だ。
 しかし、その位をわずか9歳で襲名したという逸話が、実は決して微笑ましい武勇伝などではないことを、D1は知っていた。
 20年前、コンロンと神仙界をつなぐダンジョンで発生した未曽有の心霊災害(スピリチュアル・ディザスター)、それがすべての発端だった。
 神仙界からごくまれに侵入する強力な凶神に対し、総力を挙げて封印の儀式を行っていた三百人もの神女が、突然暴れ出した凶神の尾でなぎ倒され、半数が死亡、残りも大半が意識不明に陥るという前代未聞の大災害。もし凶神がダンジョンから町に出てしまったら、どれほどの人命が失われるかわからない。
 だがその時、生き残った新米神女の一人が凶神に立ち向かった。
 まだサイズの合わないぶかぶかの巫女服を着た9歳の少女神女は、自ら相当の深手を負いながらも、死闘の末にとうとう凶神を倒した。まるで英雄譚の序章を思わせる結末。
 たがコンロンの人々は彼女を祝福しなかった。それどころか、彼らの顔に浮かんでいたのは真逆の『恐怖』。
 それもそのはず、神を奉るべき神女が、神の怒りを鎮めるどころか反対に神に逆らい、あろうことか倒してしまったのだ。百鬼魍魎・神仙怪異との共存を掲げるコンロンで、それは街を守った、という事実すら帳消しにするほどの『罪』と受け取られた。

 『神殺しの神女』

 人々は彼女にそのレッテルを張り、禁忌を犯した罰を与える。といっても、仮にも神女である彼女を殺すことはできない。
 そこで神女の階層から外れた『番外』の位を彼女に与え、表面上はカプラ社のスカウトに応えるという形で、事実上の追放処分としたのである。
 そしてもう一つ。
 子供を産んで血を残せないよう、少女のまま肉体の成長を止める呪いをほどこした。過去からも未来からも、彼女の魂を完全に孤立させたのだ。
 カプラ社から支払われる巨額の契約金すら、彼女の家族は受け取りを拒否したという。
 『お金もらうと『縁』が残っちゃうからネー』
 ほんのりと笑いながら語る彼女の胸中、それを推し量ることは誰にもできないだろう。
 グラリスNo15ソウルリンカー。
 命をかけて救った故郷に、だが二度と戻れぬ宿命を背負わされた神殺の神女。
 その目にじっと見つめられるD1の額に、小さな汗が滲んだ。『イトカワ』を、『マグフォード』を、そしてシュバルツバルドの空さえ内包するこの星の気圏、そのすべてに見つめられ、見透されるような感覚。
 そして巫女の口から、神託は下される。
 こぼれるような笑顔と共に。
 「おかえり、D1」
 瞬間、D1の喉から刃物が消え、代わりにG15ソウルリンカーの身体がぴょん、と抱きついてくる。
 今、死は祝福へと、その姿を変えたのだ。
 「はい……遅くなって申し訳ありません、G15。D1、ただいま戻りました」
 温もりに胸がつまりそうになる。
 気づけばG13アサシンクロスが脱ぎ捨てたカプラ服をまとい、片膝を付いて頭を垂れるポーズのまま固まっている。与えられたコマンドが終了したため、待機状態に入ったのだ。確かに恐るべき使い手ではあるものの、コマンドが与えられなければこうして動かず、また自分一人では満足に食事すら取れない。
 『イトカワ』で遭遇した様々な危機に、彼女がほとんど役に立たなかったのも当然。
 純血のアサシンに、『人を殺す』以外の何ができるというのか。
 「G15、これを」
 D1がポケットを探り、ハンカチで包んだ一つのクリップを大事そうに、本当に大事そうに取り出す。
 今は敵に囚われてしまった若き賢者・架綯が、カプラネットワークへのアクセスを修復する術式を込めた魔法具。万一にも飛行船から落としたら一大事とばかり、自分のシルクローブの袖にしっかりと噛ませて固定する。
 「これに触れて、カプラ倉庫にアクセスして下さい。ただ『積木霊』は使わないで。敵に聞こえる恐れがあります」
 「アイヨー?」
 もはやまったく疑いもせず、クリップの上にG15の小さな手がぽん、と乗せられる。
 「……?!」
 その顔が驚きに変わり、抱き付いていたD1の身体からぴょん、と飛び下りた。
 気づけばその手に、長い長い煙管が一本。
 復旧したカプラネットワークを通じ、真っ先にカプラ倉庫から取り出したらしい。
 「火」
 「はい、G15。『マグナムブレイク』!」
 どん!! D1の身体から吹き上がる爆炎の闘気。その端に、つい、と伸ばした煙管の先をちょん、と触れさせる。何とも荒っぽい着火もあったものだ。
 煙管を咥えてすーっ、と一服。
 「ぷっハー!」
 遠く北の地、『氷の洞窟』に棲むモンスター『スノウアー』よろしく、G15ソウルリンカーの口から盛大な紫煙が吐き出され、わずかの時間だけ一塊となって宙を漂った後、すぐにシュバルツバルドの風に溶けた。
 なにせG15ソウルリンカー、見かけは幼い少女だけに何とも背徳的な光景。
 「あああああああああああ!!!!!!!」
 遥か上、『イトカワ』の端から『あ』に『濁点付き』で轟いた絶叫は言うまでもない、カプラ随一の愛煙家・G5ホワイトスミスだ。
 そこへ向かってにーっ、と笑い顔を送ったG15ソウルリンカーが、ちょいちょい、と手招き。
 安全は確認されたのだ。
 「全員、脱出準備」
 G3プロフェッサーでさえ、声に安堵が混じるのを止められない。まして若いカプラ嬢達は、もう歓喜と涙でボロボロである。
 「ただしカプラ服を元に戻して、できるだけ髪も整えること。ここからは人目がある。もう無様な格好は許されないわよ」
 ぽんぽん、と手を叩いて注意喚起する、その声もどこか優しい。
 「よし、準備のできた者から並んで! 飛行船に飛び下りたらすぐに移動して場所を空ける! 次に降りる娘にぶつかるよ!」
 これに真っ先に反応したのがG5ホワイトスミスだ。もろ肌脱ぎにスカート全まくりというワイルドスタイルだったのが、もの凄い速度で服装を改めたと見るや、他を押しのける勢いで隻眼のG4ハイプリーストに食いつく。
 「準備できた準備! キリエ早よ! 早よはよ!!」
 いっそバリア呪文なしでも飛び下りかねない様子に、さすがのG4ハイプリーストも苦笑いで魔法を贈る。
 「よっしゃああああ!!!」
 後も見ないでジャンプ。『イトカワ』から『マグフォード』まで、実はちょっとしたビルから飛び下りるほどの高さがあるのだが、微塵も躊躇せず飛び出すとこころなど、愛煙家の執念こそ恐るべし。
 カーン! とバリアを消費させて気嚢の上に着地、今度はD1に食らいつくと、説明もそこそこに両手でクリップを掴む。
 「きたぁああああ!!」
 片手に煙草の箱、片手にライター。震える手で火を着け、得意のウンコ座りで一服。
 即座に最初の一本を吸い尽くし、すぐに次の一本。
 「あのう、G5? 灰を気嚢に落とさないようにお願いします……?」
 「わかってる、わかってらぁ畜生ぉ」
 ウンコ座りの背中に向かってそっと注意するD1に、帰って来たのは涙声だ。ちなみにタバコの灰は、そのままカプラ倉庫へ異次元転送しているらしい。
 「D1」
 「はい、G5?」
 「よく帰って来てくれた。嬉しいぜ」
 「いいえ。皆さんこそ、よく耐えて下さいました」
 万感を込めたやり取りの間にも、次々とバリアを消費するカーン、という音を響かせながら、カプラ嬢達が次々に飛び下りて来る。
 「梯子を使って甲板へ降りて! 暖かい飲み物と食べ物を用意してもらっています! お礼を言って受け取って!」
 身振りも交えて指示を出すD1の隣に、よっこらせと立ち上がったG5ホワイトスミスが並ぶ。煙草は唇の端。
 「ようD1、トイレどこだ?」
 「甲板から船内に入ってすぐ右です、G5」
 「あんがと」
 気嚢から甲板へ、それでもかなりの高さがあるのに、くわえ煙草にポケットハンドのまま梯子も使わずに飛び下りる。
 「といれ、トイレー!」
 ついでにG15ソウルリンカーまで、ぴょーんとジャンプ。
 実を言えばG5ホワイトスミス、『マグフォード』の設計にも関わっているからトイレの場所ぐらい承知の上だ。そこをあえて訊いたのは、若いカプラ嬢達が訊きたくても訊きにくい事に、代わってスピーカー役を引き受けたのである。
 鉄火肌で荒っぽい彼女を、しかし本気で嫌う人間が少ないのはこういう一面があるからだろう。
 『マグフォード』の乗組員達も知らん顔をしてくれる中、若いカプラ嬢たちがそーっと2人のグラリスに続く。『イトカワ』での生活で何が辛かったといって、若い女性達にとっては『これ』こそが最も堪え難かったのだから無理もない。
 さて若いカプラ嬢達が終わり、最後は『チーム・グラリス』。G4ハイプリーストの呪文を受け、これも次々に『イトカワ』を後にする。が、一方で、
 「いや、大丈夫! 大丈夫だから絶対押さないで! ほら、タイミング。自分のタイミングってのがあるのよ、アタシぐらいになれば!」
 『イトカワ』の端っこで、にぎやかに騒いでいるのは言うまでもない、G2ハイウィザードだ。
 「押さないでよ! 絶対押さないでよ! 自分で飛ぶから! ちゃんと飛ぶから、みんな先に行って……あああ、ちょっと置いていかないでよ!」
 いや、どう言おうがコレはもう、いわゆるフラグというものだろう。
 「ほっほ♪」
 「うえっ……?!」
 見えない『何か』に思い切り背中をどつかれ、小柄なG2ハイウィザードの身体が宙に舞う。
 「お……おぼえてろよクマコぉおおおおお!!!!」
 ラスボス的な台詞を長く後に引きながら、シュバルツバルドの空を真っ逆さまに落ちて行く。
 最後にG9パラディンとG4ハイプリースト、撤退する自陣の最後尾を守る2人が揃って『マグフォード』に落下。
 勢ぞろいした『チーム・グラリス』がD1を囲む。
 「でわちゃん、愛してるでやんすーっ♪」
 がばーっ、とD1にタックルして抱きしめるのはG6ジプシー。
 「G6も、お姉さん達も、ご無事でなによりです」
 首っ玉にかじりつかれながら苦笑するD1。
 「ふん、元気に決まってるでしょ、アタシぐらいになれば」
 気嚢の上にあぐらをかいたまま、ぶっすー、とした顔でブツブツ言い返すのはG2ハイウィザード。突き落とされたのをかなり根に持っているようだが、突き落とした方のG12チェイサーは、例によっているのかいないのか、その姿は見えない。
 「皆様、当船の船長アーレィ・バークと申します。ようこそ『マグフォード』へ、歓迎いたします」
 わざわざ気嚢の上まで上がって来たバークが、帽子を取って挨拶。すると、
 「『御乗船の皆様、船長より一言ご挨拶を申し上げます』」
 どこからか、バークそっくりの声。
 「『本日はシュバルツバルド航空をご利用頂きまして、まことにありがとうございます。本船はただいまジュノー国際空港を離陸いたしまして、目的地のアインブロックへ向け飛行中です。途中、気流の関係で揺れましても、飛行には支障はございません。御乗船の皆様におかれましては、どうぞ御安心のうえ空の旅をお楽しみ下さい。なおアインブロックの天候は晴れ、到着時刻は定刻の午後3時を予定しております』」
 飛行船の船内アナウンスだ。
 「あー、この声知ってる。聞いたことあるある」
 G2ハイウィザードが膝を叩く。
 「飛行船の中でお声は何度も拝聴したでやんすが、お顔を拝見するのは初めてでやんすねえ♪」
 G6ジプシーの悪戯である。
 「渋い声に負けず、こりゃまた良い男でやんすな♪」
 『多声類(マルチボイス)』の最高峰、『虹声類(レインボーボイス)』は伊達ではない。長年、定期船の船長を務めたバークの声を、見事に記憶・再現する。
 「恐れ入ります、G6」
 さすがのバークも苦笑するのみ。
 「救助に感謝します、バーク船長。本当に助かりました」
 G1スナイパーが代表して礼を言い、握手を交わす。
 「いえ、こちらこそカプラ嬢の皆様を船にお迎えできたこと、乗組員一同光栄に思っております」
 バークの言葉や立ち振る舞いから、その実力を感じたのだろう、『チーム・グラリス』の間に明らかな安堵が広がる。プロフェッショナルはプロフェッショナルを知るのだ。
 「さっそくで申し訳ないのですが、すぐに船を出発させたいのです。敵の飛行船が近づいている」
 バークが上空を指差すが、そこは『チーム・グラリス』。わざわざ視線を飛ばさなくとも、敵の飛行船が片方のプロペラで四苦八苦しつつも移動中なのは把握済みだ。
 「『イトカワ』……この巨大岩塊の名前ですが、そこに投錨して船体を固定し、艦砲を撃つつもりでしょう」
 敵はまだ攻撃を諦めていない、とバークは読んでいる。
 「ある程度距離を取れば、確かにそうそう当たるものではないとはいえ、万一もある。今、気嚢を傷つけられるのは避けたい」
 これからジュノーへ帰還し、あの『セロ』を相手に都市の奪還を敢行しなければならないことを考えれば、船長としてここは慎重になるのが当然だろう。
 だが、静かな声でそれに異を唱えた者がいる。
 「申し訳ないのですがバーク船長、あと20分……いえ15分でもいい。ここに船を停めておいて頂けませんか」
 G3プロフェッサーだ。
 その言葉に、はっと反応したのはD1だった。
 あわてて『チーム・グラリス』の面々を見回し、そして確信する。

 『数が足りない』

 「作戦はまだ続行中よ、D1」
 驚いて視線を向けて来るD1に、G3プロフェッサーが小さく笑みを返す。
 「本陣は退却したけれど、本陣だけが私の陣立てではない。陣の外にも布石は打ってあるわ」
 そう語るカプラの指揮官、その表情こそ見よ。敵に追い回され、満身創痍と言ってもいい状況で退却しながら、しかし一片も闘志を失っていない。
 『月の女神』は罠を張る。
 「そう、彼女はそこにいる。ここから見えないのが残念だけど……おぼえておきなさいD1」
 G3プロフェッサーが人差し指を高く、真っすぐに上げて『イトカワ』を指す。
 
 「あれが、『忍者』よ」

中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 13:33 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
第十三話 「Exodus Joker」 (20)
  その小さな変化に気づいた者は誰もいなかった。
 『イトカワ』の表面、飛行船からの度重なる爆撃で穴だらけ、瓦礫だらけの無惨な有様となったその一角で、小さな石が、からん、と転がったのである。
 あるいは気づく者がいたとしても、それを異常と思う人間はいなかったかもしれない、それほどに小さな変化。
 前兆。 

 ばらばらばたばた! ぶぼぼぼばらばら!!

 敵の飛行船が片方だけのプロペラを必死に駆動させながら、ゆっくりと『イトカワ』に近づく。バークの予想通り、この岩盤にエアアンカーを撃ち込むつもりだ。片肺飛行で不安定になった船体を固定し、その上で『マグフォード』を砲撃する。
 距離200メートル……100メートル。飛行船が作る巨大な影が、『イトカワ』の表面に領土を広げて行く。
 しゅん! 大型のボウガンがエアアンカーを射出。
 ごすぅんっ!!
 重い衝撃音。アンカーが『イトカワ』の岩盤に食い込み、ウインチがワイヤーを巻き上げて船体を固定した。
 その時だった。

 「イヤーッ!!!!!!!!」
 
 天を貫く気合い一閃。
 どっかあん!! 『イトカワ』の表面、積もっていた瓦礫の一角が吹き飛んだ。あの小さな石ころが転がった、まさにその場所だ。
 そして産み出されたのは一個の人影。カプラの制服とエプロンとヘアバンド、顔には眼鏡。
 『グラリス』だ。
 だがその容貌は、眼鏡から下の全てが黒布の覆面で覆われている。覆面の余った黒布が風に靡き、シュバルツバルドの空に真横の一直線を描き出す。
 「イヤーッ!!」
 覆面の『グラリス』が走り出した。一歩目からいきなりトップスピードに乗せる凄まじい歩法。荒れに荒れた『イトカワ』の表面を、まるでスケートリンクを滑るがごとく一直線に駆け抜ける。
 目指すはもちろん、錨と飛行船をつなぐワイヤーだ。とは言えワイヤーの角度は実に50度以上、登る側から見ればほとんど垂直に見えるはず。
 しかし減速は一切なし。
 急角度の、しかも細く不安定な足場をものともせず、これまた一気に駆け上がっていく。首から伸びる黒布もカプラ服のスカートも、その両腕さえも真後ろに靡かせた、力学的なバランスなど頭から無視する前傾姿勢。
 その独特のスタイルを見るまでもない、飛行船から絶叫が上がる。
 「に、『忍者』!!」
 「何で?! 忍者が何で?!」
 『おっとり刀』という表現がぴったりの有様で、忍者に向けて矢や弾丸が打ち出される。
 だが遅い。全ては遅い。
 忍びに忍んだ末、ついに敵を捕捉して襲いかからんとする忍者の足を、一体どこの何者が止められるというのか。
 見よ、忍びの恐ろしさ。
 技や術の破壊力も確かに怖い。忍者は体術も、忍術と呼ばれる魔法攻撃にも優れる万能攻撃職だ。だが同じ攻撃ならもっと強力なスキルを使う者はいるし、魔法の威力だって本職には遥かに及ばない。
 では忍者の真の怖さとは何か。一言で表現するならば、

 『そこにいる』

 これだ。
 そう、忍者はそこにいた。
 目を覆うほどの爆撃で滅茶苦茶に破壊され尽くした、もう虫一匹だって生きていそうもない『イトカワ』の上に、しかし忍者はいたのだ。油断した敵が不用意に近づいて来るのを、気配を殺してじっと待っていた。
 いつから? 決まっている、『最初から』だ。
 G3プロフェッサーがチーム・グラリスを集め、作戦と陣立てを説明したあの時から、たった一人で岩盤に穴を掘り、たった一人でその中に潜んでいたのだ。
 飛行船の爆撃を受けても動かず。味方が危機に陥っても、しまいには退却してしまっても、なお動かず。
 ひょっとしたら爆撃の直撃を受けて即死するかもしれず、あるいは味方に置いていかれ、『イトカワ』の上で野垂れ死にする可能性もある。
 だが忍者はそれを考えない。いや『それでいい』と考える。
 G3プロフェッサーが『布石』と呼んだそのままに、ただ捨てられた石のように、敵の訪れをじっと待ち続けていた。
 ゆえに、どれほど念入りに警戒しようとも予測不能、回避も不能。
 忍者はそこにいる。
 
 グラリスNo14、師範忍者(マスター・ニンジャ)
 名は『ジュワユーズ』。

 忍術は言うまでもなく、異国アマツからこの大陸に伝えられた技術だ。だから過去『グラリス』の師範忍者枠は、すべてアマツ系の忍者が務めている。だがこのG14は名前でも分かる通り、初のアマツ出身以外の師範忍者である。
 元はアマツの有力忍群に属し、抜け忍として追われた一人の忍者が、ルーンミッドガッツ王国に渡って結成した全く新しい忍群『starlit(星影)』。その創設者の実孫として生まれ、若くしてエースの称号『星影』を継いだ天才忍者。
 G14忍者が牙を剥く!
 敵が今さらエアアンカーのホールドを解き、飛行船が『イトカワ』を離れていく。
 しかし返す返すも全てが遅い。
 「イヤーッ!!!」
 飛行船へと至るワイヤーを駆け抜けたG14忍者が、最後の数メートルを残して思い切り跳躍。狙い撃たれた弾矢を足下に避けつつ空中で一回転し、飛行船の甲板をぐるりと囲む柵の上に、すとん、と立つ。
 両足をぴたりと揃え、胸の前で印を結ぶ『忍者立ち』。
 覆面の黒布が風になびき、眼鏡の奥の蒼い瞳が光る。
 アマツ伝統の忍術に、さらに大陸のスキルをふんだんに取り入れた『最新型』の忍者が、ついに敵の本丸に攻め入ったのだ。
 甲板にいる敵は、騎士や弓士など10人ほど。だが最初に狙うべき敵は明らかである。
 後衛で守られている『プリースト』だ。
 バリアを張り、傷を癒し、死者すら蘇らせるこの職業が一人いるだけで、集団の戦闘力・継戦能力は格段に跳ね上がる。下手に放置すれば、敵を倒しても倒しても、まるでゾンビのように立ち上がってきて押しつぶされてしまう。
 だからこそ、最初に排除する。
 「イヤーッ!!!」
 プリーストの立ち位置へ、狙い澄まして跳躍したG14忍者を、しかし敵も黙って見てはいなかった。
 「撃て撃て!!」
 敵陣から矢や銃弾が放たれる。だが、そこに忍者の姿はない。
 「消えた!?」
 敵が動転した次の瞬間、
 「イヤーッ!」
 G14忍者の姿が、プリーストの足下にうずくまるように出現していた。スカートの両足を左右に思い切り開き、さらに腰をぐい、と落とした独特の構え。
 忍者スキル『影跳び』。
 姿を消したまま、目的地まで一気に移動する術だが、本来はもっと視界の悪い屋内や夜間で使われるもの。それを真っ昼間に、しかも殺気満々の敵前で悠々と決めてみせるところ、達人がどうこう言うより、『ナメている』と言った方がぴったり来るだろう。
 「糞がっ!!」
 狙われたプリーストもベテランらしく、手に持った棍棒を忍者の頭めがけて振り下ろす。防御態勢も十分、盾をはじめとする高級な防具を身につけ、何よりもバリア呪文『キリエエレイソン』を展開している。
 忍者の故郷であるアマツに、大陸の『スキル』が伝来した時の衝撃は大きかった。これは瑞波・一条家の三の姫、一条静が『大陸のスキルは目に頼る』という弱点を突いた、あのルティエの戦いでも説明したエピソードだ。
 だがもう一つ、アマツの武芸者達を悩ませたのが、このバリア呪文『キリエエレイソン』だった。
 身体に加えられた攻撃を、遠距離・近距離に関わらず防御してしまう魔法の盾。しかもその効果には身体の全周囲360度、一切の死角が存在しないのだ。
 だが彼らはこの魔法にすら弱点を見いだした。
 「イヤーッ!!」
 着地したG14忍者がプリーストを拳で撃つ、と見せかけて、するりと相手の身体に密着する。
 バリア魔法は発動しない。
 この魔法の発動は、敵の動きが肉体に対してどれだけのダメージを与えるか、それを判定した上で行われる。そしてこの判定は『自動』だ。よって、

 『そっと触れば発動しない』

 何の事はない、それがこの魔法の唯一にして最大の弱点。魔法が『攻撃』と判定しないギリギリの速度を、『散る花が、肌に落ちるが如く』見切り、まずは敵に密着する。
 プリーストの懐に、肩を先して潜り込み、襟首と腰のベルトを腕でホールド。
 柔術の常識ならば、これでもう『詰め』だ。
 「!?」
 敵があわてて振りほどこうともがく。だがそれこそ思うつぼ、G14忍者がごく小さな動きで、プリーストの足をすっ、と払う。これも攻撃判定の外。
 完全にバランスを崩したプリーストの身体が一瞬、完全に宙に浮く。このまま甲板に叩き付けてもバリアが発動して無傷だが、そのままマウントを取ってバリアが尽きるまで殴り、とどめを刺せばよい。
 ただ、それだと周囲の敵から袋だたき。
 よってG14忍者はそれを選ばない。
 「イヤーッ!!!」
 宙に浮いた敵に自分の身体を密着させたまま、思い切り甲板を蹴る。その先は甲板の柵、捨て身の投げ技だ。
 「うわ……っ!?」
 プリーストが踏ん張る隙さえ与えず、もつれあったまま柵の外へ飛び出していく。これが海を往く船だったなら、二人とも海中へ真っ逆さまだろう。
 だがもちろん外は海ではない。
 空だ。
 「あっ!?」
 止める間も助ける間もない。一瞬で甲板から消えたプリーストと忍者の姿に、驚愕したのは残った敵集団だった。
 彼らとて油断していたわけではない。
 飛行船に殴り込んで来たG14忍者が飛び道具を使っても、あるいは忍術による魔法攻撃を仕掛けて来ても、十分に対応する備えはあった。だが攻守の要となるプリーストを排除するのに、まさか自分もろとも飛行船から落ちる、などと誰が予想するだろう。第一、それでは自分の命もない。ただの特攻だ。
 錨を上げた飛行船は既に『イトカワ』を離れはじめており、柵から落下すれば下は高度2000メートルの地面。
 プリーストであれば落下途中でテレポートの呪文を使い、セーブ位置である安全な町中へ瞬間移動する、という回避方法も考えられる。しかし忍者にそれはできない。
 あわてた数人の敵が甲板の柵に駆け寄り、下を覗き込む。
 だがそれが不用意。忍者を甘く見た。
 「イヤーッ!!」
 柵の外からいきなり二本の腕が伸び、騎士と銃士、二人の胸ぐらを掴む。G14忍者。いかなる方法か飛行船の外板に足場を作り、プリーストだけを落として自分は踏みとどまっていた。
 「うわっ!?」
 「ああっ!?」
 情けない悲鳴を上げるのが精一杯。二本の腕にバランスを崩され、柵を支点に身体を半回転させながら、あっさりと船外へ放り出される。
 はっとして柵から離れる敵集団の眼前に、柵の向こうから再びG14忍者が踊り出す。忍者に対して多勢に無勢と侮るのは命取り。細いワイヤーの上だろうが、飛行船の垂直の外板だろうが、自在に張り付き戦う技がある。
 忍者にとっては、あらゆる場所が足場であり、また武器でもあるのだ。
 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!!!!」
 G14忍者の両腕が霞むほどの速度で駆動され、敵集団の間からカカカカカーァン!!とバリア発動の音が鳴り響く。
 忍者のスキル、『手裏剣投げ』だ。
 『イトカワ』に穴を掘って隠れている間に作ったらしい、岩を削った手裏剣は、威力が低いため簡単にバリアに阻まれてしまう。しかしバリアを張り直すプリーストは既に船内にいない。地上へ落ちたか、テレポートで避難したか。ただ確かなことは、生死いずれにしてもプリーストがここに戻って来ることはできない、という事実だ。
 目にも止まらぬ手裏剣の連打が、バリアの寿命を削ぎ落して行く。
 「イヤーッ!!!」
 ついにバリアが根負けする時が来た。それを待ち受けたG14忍者の手から、今度こそ致死の一撃が放たれる。
 『クナイ無げ』
 忍者が使う『飛苦無(トビクナイ)』は、手裏剣を遥かに超えるサイズと重さを持つ投擲武器であり、当然のことながら威力もケタ違い。同じく岩を削ったものとはいえ、その一撃を食らえばただでは済まない。
 「イヤーッ!」
 「グワーッ!!」
 超スピードで飛来したクナイを脳天に食らった騎士の頭部が、兜ごとかくん、と真後ろに打ち倒される。何とか即死は免れたものの重度の頸椎捻挫、いわゆる『ムチ打ち』となり、苦痛にのたうち回るしかない。
 「イヤーッ!!」
 「グワーッ!!」
 弓士が土手っ腹にクナイを受け、背中から血と肉をぶち撒きながらぶっ倒れる。飛行船の後部甲板は、わずかの間に地獄絵図と化していた。
 「イヤーッ! イヤーッ!」
 G14忍者が片時も休まずクナイを撃ちまくりながら、鮮やかな足さばきで甲板を移動。ついに船内へと続く気密ドアをぶち破り、ついに船内へと侵入する。
 敵も矢を放ち、魔法を唱え、剣を振るって反撃するものの、G14忍者のトリッキーな動きにまるでついていけない。この狭い船内は、忍者と戦う環境としてはまさに最悪だ。
 さっきまで天井を走っていたと思ったのに、曲がり角一つ先に行かれたら最後、一瞬でその姿を見失う。
 「消えた!? どこだ!?」
 「床だ!」
 短剣を持った悪漢・ローグらしい敵が叫ぶ。見れば確かに、木製の廊下にちょうど人が通れるほどの穴が穿たれている。
 「ィャーッ!」
 穴の奥から気合い声、忍者はそこにいる。
 「この下って……おい!?」
 船の構造に気づいて真っ青になる敵集団。この真下は……艦砲の砲室!
 
 どっぐわーん!!!! 

 案の定、凄まじい爆発が彼らの足下をすくった。G14忍者が大砲の爆薬に点火したのだ。木製の廊下が下からの爆圧で滅茶苦茶に破壊され、全員が足を取られて立っているのも困難。
 そこへまたもや忍者! 床下から湧き上るように出現し、死のクナイが撃ち込まれる。
 「イヤーッ!!」
 ついでに下で手に入れたらしい、何かの果物のような携帯爆薬まで投げ込んで来るのだからたまらない。

 ばがん!!

 あわてて飛び退いた敵の足下で、ころころと転がってきた爆薬が炸裂、その威力でついに床が抜け、足場を失った敵の一団が落下していく。
 当のG14忍者は天井、コウモリのように逆さまにぶら下がって落下を回避し、そのまま天井を蹴ってまた姿を消す。どういう原理なのか、逆さまでもスカートがまくれ上がらないのが不思議である。
 
 『戦闘員は前甲板へ! ヤツの狙いはD4だ!』
 
 飛行船の船長らしい男の声が、伝声管を振るわせる勢いで艦内に響いた。
 一応は指揮官なりに、この読みは正しい。G14忍者の目的は飛行船の破壊や乗組員の殺害ではなく、『BOT』にされてしまったかつての仲間『D4』の救出である。
 そして今の放送は明らかな罠。
 G14忍者をエサで誘い、一気に死地に陥れる見え見えの手。もちろんG14忍者にとって、これが罠と分かっていても無視できない、と知った上で仕掛けている。
 「……!」
 覆面の下で何を思うのか、眼鏡の奥の青く光る目が微かに細められる。
 G14忍者が走り出す。と言っても廊下ではない、天井だ。一気に船内を突っ切り、一切のためらいもなく前部甲板へ続く気密扉に突進する。
 「イヤーッ!!」
 重い気密扉を身体ごとぶち破り、G14忍者が甲板に躍り出る。両足を開いて腰を落とす、あの地を這うが如き構えだ。
 案の定、そこは罠のど真ん中。数十人に上る戦闘要員が甲板を埋め尽くし、G14忍者を一斉にターゲットする。
 そのさらに奥、船首に近い位置にカプラ服の人影が見えた。
 ディフォルテーNo4、モーラ。
 魂を奪われて『BOT』にされ、カプラシステムを使って飛行船に弾薬を供給する『生きた弾薬庫』とされた悲劇のカプラ嬢。その目に魂がない証拠に、これだけ派手に暴れたG14忍者の方を見もしない。
 ただじっと正面を見つめるだけ。
 「イヤーッ!!」
 再び忍者の手から、バリアを打ち消す手裏剣が連打される。カカカカカーン! バリアを削る音が響くが、それもわずかの時間。
 「撃て!!」
 矢が、弾が、魔法が、槍が、あらゆる攻撃が空間を白熱させて襲いかかる。どんな鎧防具を着けていても無駄なほどの集中攻撃に、G14忍者の身体が爆発四散する。
 ……と、見えたのは幻。
 忍者スキル『空蝉』。
 甲板に残像だけを残し、本体は後方へトンボを切って再び船内に戻っている。鍛え抜いた見事な脚線美が稲妻の鋭さで躍動し、カプラ服のスカートが旗のように翻える。
 「イヤーッ!!!!」
 ドカン!!! 盛大なフェイントの上に、さらにフェイントを重ねたG14忍者が飛び出したのは、何と天井だ。船体の屋根を内側からぶち抜き、甲板を見下ろすように、すらり、と忍者立ち。
 「D4に近寄らせるな!!」
 敵がD4の周りにスクラムを組む。分厚く盾を重ね、槍や剣を海胆のように突き立てられれば、いかにG14忍者といえども攻め抜くのは難しいだろう。しかも騎士達の手には新しい槍が輝き、全員の魔力がほぼ満タンにまで回復している。D4のカプラ倉庫を使い、ほぼ無限の補給が可能なメリットを最大限に生かしている。
 「撃て!!」
 再び敵の飽和攻撃が迫る。だがG14忍者の行動は、あくまで敵の意表を突くものだった。
 「イヤーッ!!!」
 身体を思い切り捻って跳躍し、敵の真上で錐のように高速回転したのだ。カプラ服のスカートが円盤状に広がるほどの速度。
 瞬間、スカートの内側から果物型の携帯爆弾がまき散らされる。先ほど手に入れたものらしいが、どうやって保持していたものか、まるで弾薬庫をひっくり返したような量。
 
 ずがががががばばばばばあああああんん!!!

 狂ったような連続爆発に、敵が恐慌状態に陥りかける。
 だが元々、この携帯爆薬の殺傷能力は決して大きくない。敵の注意を引きつけたり、せいぜいが怪我を負わせる程度。強力な防具と、カプラ倉庫から供給される膨大な回復剤に守られた敵のスクラムを崩すには至らない。
 それどころか、空中にいたG14忍者を敵のスナイパーがターゲットする。
 「『シャープシューティング』!」
 矢に広範囲の闘気をまとわせて放つスナイパーのスキル。普通の矢による一直線の攻撃とは違い、半径数メートルという筒状の攻撃範囲を持つ厄介な攻撃だ。
 足場のない空中にいたG14忍者は無念、これを回避できなかった。闘気の渦に巻き込まれたカプラ服のスカートが裂け、跳躍の速度が一気に落ちる。その隙を、別の弓士が狙い撃つ。
 「『チャージアロー』!」
 どんっ!! 矢に込めた闘気のインパクトで敵を跳ね飛ばすスキル。威力こそ低いためダメージは少ないが、この飛行船という場所では極めて効果的な攻撃だ。
 「やった!」
 腕で矢をブロックした姿勢のまま、飛行船の外へ弾き出されたG14忍者に、敵の勝利宣言が浴びせられた。いくら忍者でも空を飛ぶ術はない。こうして船外に吹き飛ばされてしまっては、2000メートル下の地面まで真っ逆さまに落下するだけだ。
 敵が柵に駆け寄る。一応用心しながら下を覗き込めば、そこには確かに、仰向けのまま落下していくG14忍者の姿。
 「いよぉしっ!」
 「ざまっ!!」
 全員の間に、いささか下品ながら勝利の勝ちどきが上がった。世界最高峰とも言われるカプラ・グラリスを仕留めたのだから当然だろう。
 だが彼らは気づいていなかった。
 落下して行くG14忍者、その眼鏡の奥の瞳には敗北も、まして絶望もない。それどころか、その青い瞳を満たすのはむしろ『満足』。
 そう、忍者は敗北して退散させられたのではない。そもそも忍者が任務を果たさず、生きて戦場を離れることなどあり得ない。
 彼女は任務を『達成』し、その上で『撤退』したのだ。
 では任務とは?

 『船内に他のカプラ嬢がいないことを確認すること』
 『D4を救出すること』

 ……いや、だが待ってほしい。
 G14忍者はそんな任務をいつ果たしたのか? 飛行船の中で、ただ暴れていただけではなかったか?
 そう思うのは当然だろう。
 だが『見える』ものだけが忍者の仕業と思ってはいけない。それこそが忍者の思うつぼ。
 G14忍者は、任務を果たした。
 その成果は、勝ちどきを上げる敵の背後に。

 「ほっほ♪」

 任務は果たされたのだ。
 
中の人 | 第十三話 「Exodus Joker」 | 13:34 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
2/3PAGES | << >> |